a.第1実施形態
以下、本発明の実施形態に係る車両の操舵制御装置について図面を用いて説明する。図1は、各実施形態に共通して車両の操舵制御装置が適用された電動パワーステアリング装置を概略的に示している。
この電動パワーステアリング装置は、転舵輪としての左右前輪FW1,FW2を転舵するために、運転者によって回動操作される操舵ハンドル11を備えている。この操舵ハンドル11は、操舵軸12の上端に固定されており、操舵軸12の下端は、転舵ギアユニット20に接続されている。
転舵ギアユニット20は、例えば、ラックアンドピニオン方式を採用したギアユニットであり、操舵軸12の下端に一体的に組み付けられたピニオンギア21の回転がラックバー22に伝達されるようになっている。また、転舵ギアユニット20には、運転者が操舵ハンドル11の回動操作によって入力する操舵トルクTを軽減するトルク(以下、このトルクをアシストトルクTaという)を発生するとともに、操舵トルクTに抗する方向にて略等しいトルク(以下、このトルクを反力トルクTzという)を発生する電動モータ23が設けられている。なお、以下の説明においては、この電動モータ23をEPSモータ23という。そして、このEPSモータ23は、発生したアシストトルクTaまたは反力トルクTzをラックバー22に対して伝達可能に組み付けられている。
この構成により、操舵ハンドル11から操舵軸12に入力された操舵トルクTがピニオンギア21を介してラックバー22に伝達されるとともに、EPSモータ23が発生したアシストトルクTaまたは反力トルクTzがラックバー22に伝達される。このように伝達された各トルクに応じて、ラックバー22は軸線方向に変位し、ラックバー22の両端に接続された左右前輪FW1,FW2が左右に転舵されるようになっている。
次に、EPSモータ23の作動を制御する電気制御装置30について説明する。電気制御装置30は、車速センサ31、操舵角センサ32、操舵トルクセンサ33を備えている。車速センサ31は、車両の車速Vを検出して出力する。操舵角センサ32は、操舵軸12に組み付けられていて、操舵ハンドル11の回転量すなわち操舵軸12の回転量を検出して操舵角θとして出力する。なお、操舵角θは、中立位置を「0」とし、車両の前進方向に対して、左方向の回転を正の値で表すとともに、右方向の回転を負の値で表す。操舵トルクセンサ33は、操舵軸12に組み付けられていて、同軸12に入力された操舵トルクTを検出して出力する。なお、操舵トルクTは、中立位置を「0」とし、車両の前進方向に対して、操舵軸12を左方向に回転させるトルク値を正の値で表し、右方向に回転させるトルク値を負の値で表す。
これらの各センサ31〜33は、ステアリング電子制御ユニット34(以下、単にステアリングECU34という)に接続されている。ステアリングECU34は、CPU、ROM、RAMなどからなるマイクロコンピュータを主要構成部品とするものであり、プログラムの実行によりEPSモータ23の作動を制御してアシストトルクTaまたは反力トルクTzを発生させる。このため、ステアリングECU34の出力側には、EPSモータ23を駆動するための駆動回路35が接続されている。駆動回路35内には、EPSモータ23に流れる駆動電流を検出するための電流検出器35aが設けられている。電流検出器35aによって検出された駆動電流は、EPSモータ23の駆動を制御するために、ステアリングECU34にフィードバックされている。
次に、上記のように構成した電動パワーステアリング装置の作動について説明する。上述したように、ステアリングECU34は、EPSモータ23を駆動制御することにより、運転者による操舵ハンドル11の回動操作に対してアシストトルクTaまたは反力トルクTzを付与することができる。以下、まず、通常時にステアリングECU34がアシストトルクTaを付与する通常制御から具体的に説明する。
ステアリングECU34は、運転者によって操舵ハンドル11が回動操作されると、この回動操作に係る負担を軽減するために目標アシストトルクTadを算出する。具体的に、ステアリングECU34は、目標アシストトルクTadを算出するために、車速センサ31から検出車速Vを入力するとともに、操舵トルクセンサ33から検出操舵トルクTを入力する。
次に、ステアリングECU34は、図2に示すように、検出操舵トルクTに対する目標アシストトルクTadの変化を表す特性マップを参照して目標アシストトルクTadを決定する。ここで、目標アシストトルクTadは、操舵ハンドル11の遊びを確保するために検出操舵トルクTの絶対値が相対的に小さい場合には「0」となり、検出操舵トルクTの絶対値が増大することに伴ってより大きな値に変化し、検出操舵トルクTの絶対値が所定の値よりも大きくなると一定の値となる変化特性を有している。また、目標アシストトルクTadは、図2に示すように、検出車速Vの増大に伴って小さな値に変化し、検出車速Vの減少に伴って大きな値に変化する変化特性も有している。そして、ステアリングECU34は、特性マップを参照することにより、検出操舵トルクTに対応する目標アシストトルクTadを決定する。
このように、目標アシストトルクTadを決定すると、ステアリングECU34は、この決定した目標アシストトルクTadに対応するように予め設定された駆動電流を、駆動回路35を介してEPSモータ23に供給する。このとき、ステアリングECU34は、電流検出器35aを介してEPSモータ23に流れる駆動電流を入力し、目標アシストトルクTadに対応した大きさの駆動電流がEPSモータ23に適切に流れるように駆動回路35をフィードバック制御する。このEPSモータ23の駆動制御により、同モータ23は目標アシストトルクTadに一致するアシストトルクTaを発生し、この発生したアシストトルクTaが操舵ハンドル11に伝達される。その結果、運転者は小さな操舵トルクTによって操舵ハンドル11を極めて容易に回動操作することができる。
ところで、例えば、運転者が操舵ハンドル11を切り込み方向にて過度に回動操作した場合、車両が意図したよりも過度に旋回する(ヨーイングする)状況が生じる。この場合、運転者は、過度に回動操作した操舵ハンドル11を切り戻し方向にすなわち中立位置方向に回動操作し、車両に発生した過度のヨーイング運動を抑制しようとする。
ここで、操舵ハンドル11が切り込み方向と切り戻し方向とに繰り返し回動操作される状況(以下、この状況を繰り返し回動操作という)では、操舵ハンドル11の操舵角θの変化と操舵トルクTの変化との間に位相差が生じる場合がある。このことを図3を用いて具体的に説明する。図3は、操舵ハンドル11の繰り返し回動操作に伴う周波数(すなわち操舵速度θ’)の変化に対する(操舵角θ/操舵トルクT)の応答特性を示している。図3に示すように、運転者による操舵ハンドル11の繰り返し回動操作に伴って周波数(操舵速度θ’)が変化すると、ある周波数(操舵速度θ’)のときに(操舵角θ/操舵トルクT)の値が増加、言い換えれば、操舵トルクTが小さく(所謂、操舵ハンドル11が軽く)なる。すなわち、操舵速度θ’が増加すると、(操舵角θ/操舵トルクT)の応答特性として非定常応答成分が発生するようになる。なお、以下の説明においては、(操舵角θ/操舵トルクT)の応答特性を操舵応答特性という。
このように、操舵応答特性として非定常応答成分が発生すると、操舵トルクTが小さくなるため、操舵ハンドル11がその回動方向にて振動しやすくなる。そして、この操舵ハンドル11の回動方向の振動と車両に発生したヨーイングの振動とが互いに逆相により共振(所謂、連成)すると、ヨーイングの振動が増幅して車両の挙動が乱れる状況が生じ、その結果、操舵ハンドル11の回動方向に発生した振動が収束しにくくなる。さらに、車両が加速状態または減速状態にあるときには、一般的に、車両が偏向して挙動の乱れが発生しやすくなる。その結果、操舵応答特性として非定常応答成分が発生している状況において、この乱れた車両の挙動を修正するために操舵ハンドル11を回動操作すると、操舵ハンドル11の回動方向に発生した振動がより収束しにくくなる。
このため、ステアリングECU34は、運転者による操舵ハンドル11の繰り返し回動操作に起因して発生する操舵応答性の非定常応答成分を低減するとともに、車両の挙動を考慮して操舵ハンドル11の振動を収束させて操舵応答性を安定させる。以下、この操舵ハンドル11に発生した振動を収束させるための制御(この制御を連成補償制御という)を、ステアリングECU34内にてコンピュータプログラム処理により実現される機能を表す図4の機能ブロック図を用いて具体的に説明する。
ステアリングECU34は、操舵応答性の非定常応答成分を低減するとともに、車両の挙動として車両の加減速状態を考慮して連成補償制御を実行するための連成補償制御部40を有している。この連成補償制御部40は、連成補償トルク演算部41とゲイン演算部43とを備えている。以下、まず、連成補償トルク演算部41から説明する。
連成補償トルク演算部41は、操舵応答性の非定常応答成分を低減するために操舵ハンドル11に付与する目標収束アシストトルクTasを演算するものである。以下、この目標収束アシストトルクTasの演算を説明する。
上述したように、操舵応答特性に非定常応答成分が発生すると、操舵ハンドル11の回動操作方向に振動が発生しやすくなる。ここで、操舵応答特性に非定常応答成分が発生した場合、発生した非定常応答成分は、操舵応答特性から定常応答成分を差し引いたものとなる。なお、操舵応答特性における定常応答成分は、無限時間が経過したときの応答特性である。また、操舵応答特性の非定常応答成分は、操舵ハンドル11の操舵速度θ’と車両の車速Vに依存するものである。このため、連成補償トルク演算部41は、操舵応答特性として車両モデルで表された伝達関数から定常応答成分を差し引いて操舵速度θ’や車速Vに依存する非定常応答成分を求め、この非定常応答成分が打ち消されるように目標収束アシストトルクTasを演算する。
具体的には、連成補償トルク演算部41は、操舵角センサ32によって検出された操舵角θを時間微分する微分器42から操舵速度θ’を入力するとともに、車速センサ31によって検出された車速Vを入力する。そして、連成補償トルク演算部41は、下記式1によって表される車両の伝達関数P(s)を用いて、目標収束アシストトルクTasを演算する。
ここで、前記式1は、既知の2輪モデルを用いて、操舵角θを入力とし、操舵トルクTを出力とする車両の伝達関数である。なお、前記式1中のmは車両重量を表し、ξはトレールを表し、Kfは前輪コーナリングパワーを表し、Krは後輪コーナリングパワーを表す。また、前記式1中のIvはヨー慣性モーメントを表し、Lfは前輪車軸−重心間距離を表し、Lrは後輪車軸−重心間距離を表し、Nsはステアリング・オーバオール・レシオを表す。
また、操舵速度θ’を入力とし、目標収束アシストトルクTasを出力とする伝達関数F(s)は、操舵速度θ’に応じて操舵応答特性の非定常応答成分と等しい目標収束アシストトルクTasを発生させるものであるため、前記式1によって示される操舵応答特性を表す車両伝達関数P(s)からこのP(s)の定常応答成分すなわち無限時間が経過したときの伝達関数P(0)を引き、次数を下げた下記式2に従って求めることができる。
ただし、前記式2中のP
num(s)はP(s)の分子を表し、P
den(s)はP(s)の分母を表す。
したがって、連成補償トルク演算部41は、車速センサ31によって検出された車速Vを前記式1に代入してP(s)およびP(0)を演算し、この演算したP(s)およびP(0)を前記式2に代入することによって、検出車速Vでの伝達関数F(s)を演算することができる。そして、連成補償トルク演算部41は、微分器42から入力した操舵ハンドル11の操舵速度θ’と前記演算した伝達関数F(s)とを乗算することによって目標収束アシストトルクTasを演算する。
ここで、このように演算された目標収束アシストトルクTasが操舵ハンドル11の回動操作に付与されると、図5にて実線により示す操舵応答特性は、破線により示した非定常応答成分を含む操舵応答特性に比して、特定の周波数(操舵速度θ’)における増加が効果的に抑制される。すなわち、目標収束アシストトルクTasを付与することにより、全周波数域(全操舵速度域)において運転者による操舵ハンドル11の繰り返し回動操作に起因する振動を抑制することができる。そして、連成補償トルクT演算部41は、演算した目標収束アシストトルクTasを乗算器45に供給する。
ゲイン演算部43は、車両が加速状態にあるか減速状態にあるかに応じて変化し、目標収束アシストトルクTasの大きさを変更(増加)するためのゲインKgを演算するものである。このため、ゲイン演算部43は、車速センサ31によって検出された車速Vを時間微分する微分器44から車速Vの微分値V’(すなわち加減速度)を入力する。そして、ゲイン演算部43は、図6に示すゲイン特性マップを用いて、入力した微分値V’に応じたゲインKgを演算する。ここで、ゲインKgは、微分値V’の絶対値が相対的に小さい場合すなわち車両の加減速度が小さい場合には「1」となり、微分値V’の絶対値が増大することに伴ってより大きな値に変化し、微分値V’の絶対値が所定の値よりも大きくなると一定の値となる変化特性を有している。このように、ゲインKgを演算すると、ゲイン演算部43は、演算したゲインKgを乗算器45に供給する。
乗算器45においては、連成補償トルク演算部41から供給された目標収束アシストトルクTasとゲイン演算部43から供給されたゲインKgとを乗算し、最終的な要求収束アシストトルクTas_reqを演算する。そして、乗算器45は、演算した最終的な要求収束アシストトルクTas_reqを駆動制御部46に供給する。
駆動制御部46は、供給された要求収束アシストトルクTas_reqに対応する駆動電流を予め設定された関係に基づいて(例えば、予め設定されたマップを参照して)算出する。そして、駆動制御部46は、この算出した駆動電流を駆動回路35を介してEPSモータ23に供給する。このとき、駆動制御部46は、電流検出器35aを介してEPSモータ23に流れる駆動電流を入力し、要求収束アシストトルクTas_reqに対応した大きさの駆動電流がEPSモータ23に適切に流れるように駆動回路35をフィードバック制御する。このEPSモータ23の駆動制御により、同モータ23は、要求収束アシストトルクTas_reqに一致するアシストトルクTaまたは反力トルクTzを発生し、この発生したアシストトルクTaまたは反力トルクTzが操舵ハンドル11に伝達される。
以上の説明からも理解できるように、この第1実施形態によれば、連成補償トルク演算部41は、操舵応答特性における非定常応答成分を低減するための目標収束アシストトルクTasを演算することができる。また、ゲイン演算部43は、微分器44から供給された車速Vの微分値V’(すなわち加減速度)と図6に示したゲイン特性マップとを用いて、車両の挙動が乱れやすい加速状態または減速状態に応じて目標収束アシストトルクTasの大きさを増加させるゲインKgを演算することができる。そして、乗算器45が演算されたゲインKgと目標収束アシストトルクTasとを互いに乗算して要求収束アシストトルクTas_reqを演算し、駆動制御部46が演算された要求収束アシストトルクTas_reqを用いてEPSモータ33の作動を制御することができる。
これにより、車両の走行に伴う挙動の変化すなわち車両の加減速状態を考慮して、操舵応答特性における非定常応答成分を低減することができる。したがって、良好な操舵応答特性を確保することができ、その結果、車両の挙動が乱れやすい加速状態または減速状態においても、車両の挙動を安定させることができる。
上記第1実施形態においては、連成補償制御部40のゲイン演算部43が図6に示したゲイン特性マップを用いて、車速Vの微分値V’の絶対値が大きいすなわち加速度が大きいまたは減速度が大きいときに一定のゲインKgを演算するように実施した。この場合、図7に示すように、車速Vの微分値V’の絶対値が極めて大きいときに、ゲインKgが「1」よりも小さくなるゲイン特性マップに変更して実施することも可能である。この場合には、車両の加速度または減速度が極めて大きいときにゲインKgが「1」よりも小さく演算されるため、最終的な要求収束アシストトルクTas_reqが小さくなる。したがって、操舵ハンドル11の操舵速度θ’によっては上述した回動操作方向における振動が収束されにくくなるものの、車両の加速度または減速度が極めて大きい状態において、運転者が意図するように操舵ハンドル11を回動操作することができる。なお、車両の加速度または減速度が極めて大きい場合以外、すなわち、ゲインKgが「1」以上のときでは、上記第1実施形態と同様の効果が期待できる。
b.第2実施形態
上記第1実施形態においては、連成補償制御部40が車両の挙動として加速状態または減速状態に応じてゲインKgを演算し、このゲインKgを非定常応答成分を低減するための目標収束アシストトルクTasに乗算することによって要求収束アシストトルクTas_reqを演算するように実施した。この場合、連成補償制御部40が車両の加速状態または減速状態に応じてゲインKgを演算することに代えて(または加えて)、加速状態または減速状態によって変化する車両の荷重移動および駆動輪のスリップ率を考慮して要求収束アシストトルクTas_reqを演算するように実施することも可能である。
すなわち、車両が加減速状態にあるときに、荷重移動が生じると左右前輪FW1,FW2側または後輪側のコーナリングパワーが減少し車両の挙動が乱れやすく不安定になる。また、車両が加減速状態にあるときに駆動輪のスリップ率が変化すると車両の挙動が乱れやすく不安定になる。したがって、この第2実施形態においては、車両の荷重移動および駆動輪のスリップ率を考慮して要求収束アシストトルクTas_reqを演算する。なお、以下、この第2実施形態を説明するが、上記第1実施形態と同一部分に同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
この第2実施形態においては、図8に示すように、上記第1実施形態における連成補償制御部40のゲイン演算部43が省略されるとともに、前後荷重配分推定部47、第1ゲイン演算部48および第2ゲイン演算部49が追加されて変更されている。したがって、以下の説明においては、前後荷重配分推定部47、第1ゲイン演算部48および第2ゲイン演算部49を詳細に説明する。
前後荷重配分推定部47は、車両の加速状態または減速状態に応じて発生する荷重移動に伴う前後荷重配分の変化を推定するものである。このため、前後荷重配分推定部47は、微分器44から車速Vの微分値V’(すなわち、加減速度)を入力する。そして、前後荷重配分推定部47は、入力した微分値V’に応じて、車両が加速状態にあるときには車両後方に荷重が移動してリア側の荷重配分が増加したことを表す荷重配分値Wを推定し、車両が減速状態にあるときには車両前方に荷重が移動してフロント側の荷重配分が増加したことを表す荷重配分値Wを推定する。ここで、前後荷重配分推定部47は、荷重配分値Wが、例えば、入力した微分値V’と比例関係にあるものとして推定するとよい。このように荷重配分値Wを推定して決定すると、前後荷重配分推定部47は、荷重配分値Wを第1ゲイン演算部48に供給する。
第1ゲイン演算部48は、車両が加速状態にあるか減速状態にあるかに応じて変化する荷重配分値Wの大きさに応じて、目標収束アシストトルクTasの大きさを変更(増減)するためのゲインKwを演算するものである。このため、第1ゲイン演算部48は、図9に示すゲイン特性マップを用いて、前後荷重配分推定部47から供給された荷重配分値Wに応じたゲインKwを演算する。ここで、ゲインKwは、車両が加減速状態になく荷重移動が生じていない場合(具体的には一定の車速Vにて走行している場合)すなわち前後荷重配分推定部47から「0」に決定された荷重配分値Wが供給された場合には、車両ごとに予め設定された基本前後荷重配分となるため、「1」に設定される。また、ゲインKwは、荷重配分値Wが正の値として増大するとき(すなわち荷重移動によってフロント側が重くなるとき)には、「1」よりも大きな値に変化し、荷重配分値Wが負の値として減少するとき(すなわち荷重移動によってリア側が重くなるとき)には、「1」よりも小さな値に変化する変化特性を有している。このように、ゲインKwを演算すると、第1ゲイン演算部48は、演算したゲインKwを乗算器45に供給する。
第2ゲイン演算部49は、加減速状態にあるときの駆動輪(左右前輪FW1,FW2または後輪)のスリップ率Sdの大きさに応じて、目標収束アシストトルクTasの大きさを変更(増加)するためのゲインKdを演算するものである。なお、スリップ率Sdの検出については、例えば、各輪の車輪速や前後方向の加速度などを用いる周知の方向が採用できるものとし、詳細な説明を省略する。そして、この第2実施形態においては、周知の方法によって検出された駆動輪のスリップ率Sdを用いるものとする。
第2ゲイン演算部49は、図10に示すゲイン特性マップを用いて、駆動輪のスリップ率Sdに応じたゲインKdを演算する。ここで、ゲインKdは、駆動輪のスリップ率Sdが「0」であって車両の挙動が安定する場合には、「1」に設定される。また、ゲインKdは、駆動輪のスリップ率が増大するとき(すなわち車両の挙動が乱れやすくなるとき)には、「1」よりも大きな値に変化する変化特性を有している。このように、ゲインKdを演算すると、第2ゲイン演算部49は、演算したゲインKdを乗算器45に供給する。
乗算器45においては、上記第1実施形態と同様に、連成補償トルク演算部41から目標収束アシストトルクTasが供給され、この目標収束アシストトルクTasと第1ゲイン演算部48から供給されたゲインKwと第2ゲイン演算部49から供給されたゲインKdとを乗算し、最終的な要求収束アシストトルクTas_reqを演算する。そして、乗算器45は、演算した最終的な要求収束アシストトルクTas_reqを駆動制御部46に供給する。駆動制御部46においては、上記第1実施形態と同様に、供給された要求収束アシストトルクTas_reqに対応する駆動電流を予め設定された関係に基づいて(例えば、予め設定されたマップを参照して)算出する。そして、駆動制御部46は、この算出した駆動電流を駆動回路35を介してEPSモータ23に供給する。これにより、EPSモータ23は、要求収束アシストトルクTas_reqに一致するアシストトルクTaまたは反力トルクTzを発生し、この発生したアシストトルクTaまたは反力トルクTzが操舵ハンドル11に伝達される。
以上の説明からも理解できるように、この第2実施形態によれば、連成補償トルク演算部41は、操舵応答特性における非定常応答成分を低減するための目標収束アシストトルクTasを演算することができる。また、前後荷重配分推定部47は、微分器44から供給された車速Vの微分値V’(すなわち加減速度)と図6に示したゲイン特性マップとを用いて、加減速状態における前後荷重の配分値Wを決定することができる。また、第1ゲイン演算部48は、前後荷重配分推定部47から供給された配分値Wと図9に示したゲイン特性マップとを用いて、車両の挙動が乱れやすい加速状態または減速状態に応じて目標収束アシストトルクTasの大きさを増加または減少させるゲインKwを演算することができる。さらに、第2ゲイン演算部49は、駆動輪のスリップ率Sdと図10に示したゲイン特性マップとを用いて、駆動輪に発生したスリップ状態に応じて目標収束アシストトルクTasの大きさを増加させるゲインKdを演算することができる。そして、乗算器45が演算されたゲインKwおよびKdと目標収束アシストトルクTasとを互いに乗算して要求収束アシストトルクTas_reqを演算し、駆動制御部46が演算された要求収束アシストトルクTas_reqを用いてEPSモータ33の作動を制御することができる。
これにより、この第2実施形態においても、車両の走行に伴う挙動の変化すなわち車両の加減速状態および駆動輪のスリップ状態を考慮して、操舵応答特性における非定常応答成分を低減することができる。したがって、良好な操舵応答特性を確保することができ、その結果、車両の挙動が乱れやすい加速状態や減速状態、あるいは、駆動輪のスリップ状態においても、車両の挙動を安定させることができる。
上記第2実施形態においては、連成補償制御部40の第2ゲイン演算部49が図10に示したゲイン特性マップを用いて、駆動輪のスリップ率Sdの変化に対して一次関数的に増大するゲインKdを演算するように実施した。この場合、図11に示すように、駆動輪のスリップ率Sdの変化に対して二次関数的(非線形的)に増減するゲインKdを演算するように実施することも可能である。この場合には、駆動輪のスリップ率Sdの増大に伴ってゲインKdが「1」よりも小さく演算されるため、最終的な要求収束アシストトルクTas_reqが小さくなる。したがって、操舵ハンドル11の操舵速度θ’によっては上述した回動操作方向における振動が収束されにくくなるものの、駆動輪のスリップ率Sdが大きい状態において、運転者が意図するように操舵ハンドル11を回動操作することができる。なお、駆動輪のスリップ率Sdが大きい場合以外、すなわち、ゲインKdが「1」以上のときでは、上記第2実施形態と同様の効果が期待できる。
本発明の実施にあたっては、上記各実施形態および各変形例に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
例えば、上記各実施形態および各変形例においては、微分器44が車速センサ31によって検出された車速Vを時間微分して微分値V’(加減速度)を計算し、この微分値V’を用いて車両が加速状態にあるか減速状態にあるかを判定するように実施した。この場合、車両に前後方向の加速度を検出する加速度センサが設けられている場合には、微分値V’に代えて、直接的に検出された前後方向の加速度を用いて実施することも可能である。この場合であっても、上記各実施形態および各変形例と同様の効果が期待できる。
また、上記第2実施形態および変形例においては、連成補償制御部40における前後荷重配分推定部47が微分器44から供給された微分値V’を用いて荷重配分値Wを推定して決定するように実施した。この場合、例えば、車両のフロント側とリア側とにそれぞれ荷重を検出する荷重センサが設けられている場合には、直接的に検出された荷重を用いて荷重配分値Wを決定して実施することも可能である。この場合であっても、上記第2実施形態および変形例と同様の効果が期待できる。
また、上記第2実施形態および変形例においては、車両の駆動輪におけるスリップ率Sdとして左右前輪FW1,FW2または後輪のスリップ率Sdを採用して実施した。この場合、車両が4輪駆動である場合には、例えば、前輪側と後輪側の駆動比率に応じて、採用する駆動輪のスリップ率Sdを適宜切り替えるように実施することも可能である。この場合であっても、上記第2実施形態および変形例と同様の効果が期待できる。
また、上記第2実施形態および変形例においては、第2ゲイン演算部49が車両の駆動輪におけるスリップ率Sdに応じてゲインKdを決定し、乗算器45がこのゲインKdを目標収束アシストトルクTasに乗算するように実施した。しかしながら、必要に応じて、第2ゲイン演算部49を省略して実施することも可能である。この場合においても、少なくとも、車両の加減速状態に応じて変化する荷重移動の影響を考慮して要求収束アシストトルクTas_reqを演算することができ、操舵ハンドル11の操舵応答特性を安定化させるとともに、加減速状態にある車両の挙動を安定させることができる。
また、上記第1実施形態および変形例における連成補償制御部40に対して、上記第2実施形態における第2ゲイン演算部49を設けて実施することも可能である。この場合には、上記第1実施形態および変形例における効果に加えて、駆動輪がスリップ状態にあることに伴う車両の不安定挙動も考慮して、操舵ハンドル11の操舵応答特性を安定化させるとともに、加減速状態にある車両の挙動を安定させることができる。
さらに、上記各実施形態および各変形例においては、操舵ハンドル11と転舵ギアユニット20とを操舵軸12によって直接的に連結する電動パワーステアリング装置を用いて実施した。この場合、例えば、操舵ハンドル11の回転方向への変位とラックバー22の軸線方向への変位とを相対的に変位可能とする可変ギア機構を設けた電動パワーステアリング装置を用いて実施することも可能である。なお、可変ギア機構の構造および作動については、周知であるためその詳細な説明を省略する。
このような電動パワーステアリング装置においては、上記各実施形態および各変形例の電動パワーステアリング装置に比して、操舵軸12が操舵ハンドル11と一体的に回転可能な操舵入力軸と転舵ギアユニット20に接続された転舵出力軸から構成される点が異なる。そして、可変ギア機構が、操舵入力軸と転舵出力軸とを互いに接続し、操舵入力軸の回転量と転舵出力軸の回転量を適宜相対的に変更する点で異なる。
しかし、このように構成される電動パワーステアリング装置であっても、操舵応答性として非定常応答成分が発生する場合がある。この場合には、上記各実施形態および各変形例と同様の連成補償制御を実行することにより、操舵応答性を安定させることができ、その結果、車両の挙動を安定させることができる。