しかしながら、特許文献1のように生物学的手法を併用してセレン酸を還元処理する場合や、非特許文献2〜7のように生物学的手法のみでセレン酸を還元処理する場合、高価な薬品である酵母抽出物を微生物に供給する必要があり、排水処理にかかるコストが多大なものとなる。そこで、実際の生物学的排水処理プロセスを考える上では、酵母抽出物に代わる安価で入手が容易なエネルギー源物質を微生物に供給して排水処理を行うことが望まれる。
また、石炭火力発電所などから発生する脱硫排水には、石炭由来の水溶性セレンだけでなく、高濃度の硝酸態窒素や硫酸が含まれている場合がある。このように、高濃度の硝酸態窒素や硫酸を含む排水は、微生物の活動に相応しい環境とは言えず、微生物の機能が阻害されて排水処理を適切に行えなくなる虞がある。そこで、高濃度の硝酸態窒素や硫酸が存在する過酷な環境下においても水溶性セレンを効率よく除去することのできる生物学的排水処理法の確立が望まれる。
さらに、産業排水中には水溶性セレンのみならず、環境汚染の原因となる様々な重金属が溶解している場合がある。そこで、水溶性セレンのみならず、水溶性重金属全般を排水から除去することのできる手法の確立が望まれている。
そこで、本発明は、酵母抽出物のような高価なエネルギー源物質を供給することなく、水溶性セレン等の水溶性重金属を除去することのできる生物学的排水処理法を提供することを目的とする。
また、本発明は、酵母抽出物のような高価なエネルギー源物質を供給することなく、硝酸態窒素や硫酸を高濃度に含む排水から、水溶性セレン等の水溶性重金属化合物を効率よく除去することのできる生物学的排水処理方法を提供することを目的とする。
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、酵母抽出物のような高価なエネルギー源物質を供給することなく、水溶性セレン等の水溶性重金属を不溶化することのできる微生物の探索を行った。その結果、エタノール等の低級アルコールをエネルギー源とし、嫌気環境下において硫酸を還元して硫化水素を生成する機能を有するデスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属の新規微生物の単離に成功した。また、この新規微生物はわずかではあるが亜セレン酸を直接還元して不溶性の元素状セレンとする機能を有することも見出した。そして、この新規微生物によって生成される硫化水素を亜セレン酸と反応させることで、水溶性の亜セレン酸を不溶性セレンとできることを知見した。そして、この知見に基づいて種々検討を行い、本発明を完成するに至った。
即ち、請求項1記載の硫酸還元微生物は、デスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属に属し、低級アルコールをエネルギー源として硫酸及び亜セレン酸を嫌気環境下で還元する能力を有する、受託番号FERM P−21577で受託されている硫酸還元微生物である。
したがって、この硫酸還元微生物によると、低級アルコールをエネルギー源として硫酸及び亜セレン酸を嫌気環境下で還元する能力を有することから、硫化水素と不溶性セレンを生成することができる。尚、このような機能を有するデスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属の微生物は本件出願時には知られておらず、この硫酸還元微生物は新規な微生物である。
次に、請求項2記載の水溶性重金属の不溶化処理方法は、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性重金属と接触させて、水溶性重金属を不溶性重金属とする工程を含むようにしている。
このように、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性重金属と接触させることで、水溶性重金属を硫化水素と反応させることができる。したがって、水溶性重金属を不溶性重金属とすることができる。
また、請求項3記載の排水処理方法は、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性重金属含有排水と接触させて、水溶性重金属を不溶性重金属とする工程を含むようにしている。
このように、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性重金属含有排水と接触させることで、排水に含まれている水溶性重金属を硫化水素と反応させることができる。したがって、排水に含まれている水溶性重金属を不溶性重金属とし、排水から分離可能な状態とすることができる。
次に、請求項4記載の排水処理方法は、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を亜セレン酸含有排水と接触させて、亜セレン酸を不溶性セレンとする工程を含むようにしている。
このように、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を亜セレン酸含有排水と接触させることで、排水に含まれている亜セレン酸を硫化水素と反応させることができる。したがって、排水に含まれている亜セレン酸を不溶性セレンとし、排水から分離可能な状態とすることができる。
次に、請求項5記載の排水処理方法は、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコールを供給すると共に水溶性セレン含有排水を接触させて、水溶性セレン含有排水に含まれるセレン酸から亜セレン酸を生成させる工程と、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性セレン含有排水と接触させて、水溶性セレン含有排水に含まれる亜セレン酸及びセレン酸還元微生物により生成された亜セレン酸を不溶性セレンとする工程とを含むようにしている。
受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物は、低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下でセレン酸を亜セレン酸に還元する能力を有する微生物である。したがって、このセレン酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコールを供給すると共に水溶性セレン含有排水を接触させることで、水溶性セレン含有排水に含まれているセレン酸から亜セレン酸を生成させることができる。そして、本発明の硫酸還元微生物に嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することにより生成された硫化水素を水溶性セレン含有排水と接触させることで、水溶性セレン含有排水に元々含まれている亜セレン酸のみならず、セレン酸還元微生物により生成された亜セレン酸をも硫化水素と反応させて不溶性セレンとすることができる。よって、排水中にセレン酸及び亜セレン酸として存在している水溶性セレンを不溶性セレンとし、排水から分離可能な状態とすることができる。
ここで、請求項6記載の排水処理方法のように、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物及び本発明の硫酸還元微生物を同一処理槽内に併存させて排水処理を行うようにしてもよい。
この場合には、排水に含まれる水溶性セレンを同一処理槽内で不溶性セレンとすることができる。
また、請求項7記載の排水処理方法のように、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物及び本発明の硫酸還元微生物に加えて、さらにパラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)を同一処理槽内に併存させて排水処理を行うようにしてもよい。
このように、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)を同一処理槽内に併存させることで、例えば石炭火力発電所等から排出される脱硫排水のように高濃度の硝酸態窒素(硝酸や亜硝酸等)を含む水溶性セレン含有排水を処理する場合においても、水溶性セレンを効率よく不溶性セレンとすることができる。
ここで、請求項8記載の排水処理方法のように、少なくとも本発明の硫酸還元微生物が担体に担持されるようにすることが好ましい。
この場合には、不溶性セレン等の不溶性重金属を担体に付着させて回収することができるので、不溶性セレン等の不溶性重金属を排水から分離するための処理を必要としなくなる。
次に、請求項9記載の排水処理方法は、排水に含まれる硫酸を本発明の硫酸還元微生物に供給する硫酸として利用するようにしている。
例えば石炭火力発電所等から排出される脱硫排水には、硫酸が含まれる場合があることから、排水そのものに含まれている硫酸を利用できる場合がある。このような場合には、本発明の硫酸還元微生物に硫酸を供給する手間を省くことができると共に、脱硫排水に含まれる硫酸濃度を低減することもできる。
次に、請求項10記載のバイオリアクターは、本発明の硫酸還元微生物が担持されている担体を有するものである。
このように、本発明の硫酸還元微生物が担持されている担体を有するバイオリアクターとすることで、このバイオリアクターに嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給して硫化水素を生成させることができる。したがって、このバイオリアクター中で生成された硫化水素を水溶性重金属含有排水と接触させることで、排水に含まれている水溶性重金属を硫化水素と反応させることができる。したがって、排水に含まれている水溶性重金属を不溶性重金属とすることができる。しかも、不溶性重金属は担体に付着させて回収することができる。
また、このバイオリアクター中で生成された硫化水素を亜セレン酸含有排水と接触させることで、排水に含まれている亜セレン酸を硫化水素と反応させることができる。したがって、排水に含まれている亜セレン酸を不溶性セレンとすることができる。しかも、不溶性セレンは担体に付着させて回収することができる。
ここで、請求項11記載のバイオリアクターのように、本発明の硫酸還元微生物に加えて、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物がさらに担体に担持されているものとすることが好ましい。
このように、本発明の硫酸還元微生物に加えて、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物がさらに担持されている担体を有するバイオリアクターとすることで、このバイオリアクターに嫌気環境下で低級アルコール及び硫酸を供給することで硫化水素を生成させることができる機能に加えて、セレン酸から亜セレン酸を生成させることができる機能を付与することができる。したがって、このバイオリアクターに水溶性セレン含有排水を接触させることで、排水中にセレン酸及び亜セレン酸として存在している水溶性セレンを不溶性セレンとすることができる。しかも、不溶性セレンは担体に付着させて回収することができる。
また、請求項12記載のバイオリアクターのように、本発明の硫酸還元微生物及び受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物に加えて、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)がさらに担体に担持されているものとすることが好ましい。
このように、本発明の硫酸還元微生物及び受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物に加えて、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)がさらに担持されている担体を有するバイオリアクターとすることで、例えば石炭火力発電所等から排出される脱硫排水のように高濃度の硝酸態窒素を含む水溶性セレン含有排水を処理する場合においても、水溶性セレンを効率よく不溶性セレンとすることができる。しかも、不溶性セレンは担体に付着させて回収することができる。
以上、請求項1記載の硫酸還元微生物によれば、高価な酵母抽出物をエネルギー源とすることなく、安価な低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下で硫酸及び亜セレン酸を還元する機能を発揮させることが可能となる。したがって、硫化水素を低コストに生成することが可能になると共に、亜セレン酸を低コストに不溶性セレンとすることができる。
請求項2記載の水溶性重金属の不溶化処理方法によれば、本発明の硫酸還元微生物を利用するようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、水溶性重金属を不溶性重金属とすることが可能となる。したがって、水溶性重金属を低コストに不溶化処理することができる。
請求項3記載の排水処理方法によれば、本発明の硫酸還元微生物を利用するようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、排水に含まれる水溶性重金属を不溶性重金属とすることが可能となる。したがって、排水に含まれる水溶性重金属を不溶性重金属とする生物学的排水処理を低コストに実施することが可能となる。
請求項4記載の排水処理方法によれば、本発明の硫酸還元微生物を利用するようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、排水に含まれる亜セレン酸を不溶性セレンとすることが可能となる。したがって、排水に含まれる亜セレン酸を不溶性セレンとする生物学的排水処理を低コストに実施することが可能となる。
請求項5記載の排水処理方法によれば、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物及び本発明の新規硫酸還元微生物を併用するようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、排水に含まれる水溶性セレンを不溶性セレンとすることが可能となる。したがって、排水に含まれる水溶性セレンを不溶性セレンとする生物学的排水処理を低コストに実施することが可能となる。
請求項6記載の排水処理方法によれば、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物及び本発明の硫酸還元微生物を同一処理槽内に併存させて排水処理を行うようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、排水に含まれる水溶性セレンを同一処理槽内で不溶性セレンとすることが可能となる。
請求項7記載の排水処理方法によれば、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物及び本発明の新規硫酸還元微生物に加えて、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)を同一処理槽内に併存させて排水処理を行うようにしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、高濃度の硝酸態窒素が含まれている排水を処理する場合であっても、排水に含まれる水溶性セレンを効率よく不溶性セレンとすることが可能となる。したがって、例えば石炭火力発電所等から排出される脱硫排水を処理する場合においても、この排水に含まれる水溶性セレンを不溶性セレンとする生物学的排水処理を低コスト且つ効率よく実施することが可能となる。
請求項8記載の排水処理方法によれば、少なくとも硫酸還元微生物が担体に担持されるようにしているので、不溶性セレン等の不溶性重金属を担体に付着させて回収することが可能となる。したがって、不溶性セレン等の不溶性重金属を排水から分離するための処理、例えば固液分離処理等を行う手間を省くことができる。
請求項9記載の排水処理方法によれば、排水に含まれる硫酸を本発明の硫酸還元微生物に供給する硫酸として利用するようにしているので、例えば石炭火力発電所において発生する脱硫排水に含まれる硫酸を本発明の硫酸還元微生物の硫化水素生成源として利用しつつ、脱硫排水の硫酸濃度を低減することが可能となる。したがって、硫酸の供給にかかるコストを削減することが可能になると共に、脱硫排水に含まれる硫酸を処理するコストも削減することができ、排水処理コストを総合的に低減することが可能となる。
尚、本発明の水溶性重金属の不溶化処理方法及び排水処理方法によれば、硫化水素を排水処理槽等に直接添加する場合のように、硫化水素供給量の厳密な制御や、運転管理等を行う必要がない。また、排水処理槽等の外部に設置された硫化水素供給源等から硫化水素が漏洩しないように管理する必要もない。即ち、本発明によれば、微生物が生成する硫化水素を利用するようにしているので、硫化水素を発生させたい場所に微生物を生息させて、この微生物に低級アルコール及び硫酸を供給することで、嫌気環境下で硫化水素を生成させることができる。つまり、硫化水素を発生させたい場所で硫化水素を直接生成することができ、排水処理槽等の外部から硫化水素を供給する必要は一切ない。しかも硫化水素生成量は、硫酸の供給量、低級アルコールの供給量及び微生物数等によって制御することができるので、硫化水素を排水処理槽等に直接添加する場合と比べて、硫化水素供給量の制御や運転管理にかかる手間を大幅に低減でき、非常に簡易に不溶化処理及び排水処理を行うことが可能となる。要するに、本発明の水溶性重金属の不溶化処理方法及び排水処理方法によれば、微生物のエネルギー源物質にかかるコストを安価な低級アルコールとすることで大幅に低減することが可能になると共に、処理にかかる手間を化学的に硫化水素を供給する場合と比較して大幅に低減し、非常に簡易に実施することが可能となる。
次に、請求項10記載のバイオリアクターによれば、本発明の硫酸還元微生物が担持されている担体を有するものとしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下で硫酸と接触させることで、硫化水素を発生する機能を発揮させることができる。したがって、このバイオリアクターに、低級アルコールと、硫酸と、亜セレン酸等の水溶性重金属を含む排水とを嫌気環境下で接触させることで、排水に含まれる亜セレン酸等の水溶性重金属を不溶性セレン等の不溶性重金属とすることができる。しかも、不溶性セレン等の不溶性重金属は担体に付着させて回収することができる。
請求項11記載のバイオリアクターによれば、本発明の硫酸還元微生物に加えて、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物がさらに担持された担体を有するものとしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、嫌気性条件下において硫酸と接触させることで、セレン酸を亜セレン酸に還元する機能と、硫酸を還元して硫化水素を発生する機能とを発揮することができる。したがって、このバイオリアクターに、低級アルコールと、硫酸と、水溶性セレンを含む排水とを嫌気環境下で接触させることで、排水に含まれる水溶性セレンを不溶性セレンとすることができる。しかも、不溶性セレンは担体に付着させて回収することができる。
請求項12記載のバイオリアクターによれば、本発明の硫酸還元微生物及び受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物に加えて、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)がさらに担持された担体を有するものとしているので、安価な低級アルコールをエネルギー源として、嫌気性条件下において硫酸と接触させることで、高濃度の硝酸態窒素が含まれている排水と接触させた場合においても、セレン酸を亜セレン酸に還元する機能と、硫酸を還元して硫化水素を発生する機能とを発揮することができる。したがって、例えば火力発電所等から排出される脱硫排水を処理する場合においても、この排水に含まれる水溶性セレンを効率よく不溶性セレンとすることができる。しかも、不溶性セレンは担体に付着させて回収することができる。
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
本発明の微生物は、デスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属に属する新規な硫酸還元微生物である。これまでに、デスルフォビブリオ(Desulfovibrio)属に属する微生物において、酵母抽出物といった高価な物質をエネルギー源とすることなく、低級アルコールをエネルギー源として硫酸及び亜セレン酸を還元する能力を有する微生物はこれまでに報告例がない。尚、この新規微生物は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成20年5月21日付けで受託番号FERM P−21577として受託されている。尚、以降の説明ではこの新規硫酸還元微生物をHT−1株と呼ぶこととする。
HT−1株にエネルギー源として供給する低級アルコールとしては、炭素数1〜3のアルコール、例えばメタノール、エタノール、プロパノールを用いることができ、特にエタノールを用いることが好適である。
エネルギー源としての低級アルコールの供給には、公知あるいは新規の手法を適宜用いればよい。例えば、国際公開2006/135028または電力中央研究所報告V06023 (2007)に開示されている技術を用いて行えばよい。具体的には、ポリエチレン膜、ポリプロピレン膜またはポリビニルアルコール膜を一部に有する密封構造の容器(袋)の内部にエタノール等の低級アルコールを密封することで、ポンプや供給量を制御する手段を備えることなく、微生物が必要とする低級アルコールを常時緩やかに供給することができる。勿論、ポンプや供給量を制御する手段を利用して排水に低級アルコールを直接供給することにより実施してもよい。
HT−1株は、低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下で硫酸呼吸を行い、硫酸を還元する。その際に生成される硫化水素を利用することによって、水溶性セレンに代表される水溶性重金属を不溶化することができる。例えば、排水に溶解している亜セレン酸をHT−1株によって生成された硫化水素と接触させることで、亜セレン酸を還元して元素状セレンとし、あるいは亜セレン酸を硫化セレンとして排水中から析出させることができる。つまり、排水に溶解していた亜セレン酸を不溶性セレンとして固液分離可能な状態とすることができる。尚、本発明において処理対象とする排水とは、産業排水は勿論のこと、産業排水の流出や土壌に埋め立て処分された廃棄物等からの溶出等によって重金属汚染された地下水等も含むものである。
ここで、硫化水素生成源としての硫酸の供給には、公知あるいは新規の手法を適宜用いればよい。例えば、国際公開2006/135028に開示されている技術を用いて行えばよい。具体的には、ポリビニルアルコール膜を一部に有する密封構造の容器(袋)の内部に硫酸を密封することで、ポンプや供給量を制御する手段を備えることなく、微生物が必要とする硫酸を常時緩やかに供給することができる。勿論、ポンプや供給量を制御する手段を利用して排水に硫酸を供給することにより、担体に担持された微生物に硫酸を供給するようにしてもよい。また、石炭火力発電所等から排出される脱硫排水のように、硫酸を含む排水を処理する場合には、硫酸の供給は必要としない。このように、排水に含まれている硫酸を利用する場合には、硫酸の供給にかかるコストを大幅に削減することができ、ひいては、排水中の硫酸濃度を低下させることも可能となる。
硫化水素によって不溶化することのできる不溶性重金属としては、例えば、亜セレン酸(SeO3 2−)、陽イオンの形態で存在している銅(Cu)、銀(Ag)、鉛(Pb)、カドミウム(Cd)、水銀(Hg)、スズ(Sn)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)及びアルミニウム(Al)等が挙げられる。
ここで、排水中には、亜セレン酸だけでなく、セレン酸が溶解している場合がある。特に、石炭火力発電所等から排出される脱硫排水には、石炭由来のセレン酸及び亜セレン酸が含まれていることが多い。しかしながら、亜セレン酸を硫化水素によって不溶化することはできるものの、セレン酸を硫化水素によって不溶化することはできない。
そこで、本発明の排水処理方法においては、受託番号FERM P−20840で受託されているシュードモナス(Pseudomonas)属のセレン酸還元微生物(以下、4C−C株と呼ぶ)をHT−1株と併用するようにしている。4C−C株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年3月13日付けで受託されおり、エタノール等の低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下でセレン酸を亜セレン酸に還元する機能を有する公知の微生物である(電力中央研究所報告V06017(2007)、Eng.Life Sci.7:p235−240(2007))。尚、この微生物は僅かではあるが亜セレン酸を不溶性セレンに還元する機能も有している。
したがって、4C−C株によって水溶性セレン含有排水に含まれるセレン酸を亜セレン酸に還元することができる。そして、HT−1株が生成する硫化水素と水溶性セレン含有排水とを接触させることによって、水溶性セレン含有排水に元々含まれていた亜セレン酸のみならず、4C−C株によってセレン酸が還元されて生成された亜セレン酸をも不溶性セレンとすることができる。つまり、4C−C株とHT−1株とを併用することによって、排水に溶解している水溶性セレンの全ての化学形態(セレン酸及び亜セレン酸)を不溶性セレンとする生物学的排水処理を実現することができる。
ここで、4C−C株を利用した排水処理とHT−1株を利用した排水処理は、別々の排水処理槽で実施するようにしてもよいが、同一の排水処理槽で実施することが好ましい。4C−C株とHT−1株は、低級アルコールをエネルギー源として嫌気環境下でその機能を発揮するという共通した性質を有している。また、処理槽内に硫酸が存在している場合、例えば500mg/Lの高濃度の硫酸が存在している場合であっても、4C−C株の機能は阻害されることはない。さらには、4C−C株とHT−1株を併存させても、いずれか一方の活性や生存が阻害されることがない。したがって、4C−C株とHT−1株とを同一の排水処理槽内に併存させ、嫌気環境下で低級アルコールと硫酸を供給することで、4C−C株とHT−1株の双方を同時に機能させることができ、水溶性セレンを不溶性セレンとする処理を同一の排水処理槽内で完結させることができる。
ところで、石炭火力発電所等から排出される脱硫排水には、石炭由来の水溶性セレンのみならず、高濃度の硝酸態窒素、例えば硝酸や亜硝酸が含まれている場合がある。本願発明者等の実験によると、4C−C株とHT−1株とを同一の排水処理槽内に併存させて排水処理を行うことで、100mg−N/Lの硝酸を含む排水であっても、水溶性セレンを不溶性セレンとすることが可能であることが確認されたが、その処理速度は、硝酸を含まない排水を処理する場合と比べると低下した。
そこで、本発明の排水処理方法においては、4C−C株及びHT−1株に加えて、パラコッカス デニトリフィカンス(Paracoccus denitrificans)(以下、P−d株と呼ぶ)を同一の排水処理槽内に併存させることが好ましい。
P−d株は、エタノール等の低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下で亜セレン酸を不溶性セレンに還元する機能を有すると共に、硝酸及び亜硝酸を窒素ガスに還元する機能とを有する公知の微生物である(電力中央研究所報告V06017(2007)、Eng.Life Sci.7:p235−240(2007))。
つまり、P−d株は、4C−C株及びHT−1株と同様、低級アルコールをエネルギー源として嫌気環境下でその機能を発揮するという共通した性質を有している。また、処理槽内に硫酸が存在している場合、例えば500mg/Lの高濃度の硫酸が存在している場合であっても、P−d株の機能は阻害されることはない。さらには、P−d株を4C−C株及びHT−1株を併存させても、これらのうちのいずれかの微生物の活性や生存が阻害されることがない。
そして、4C−C株及びHT−1株に加えて、P−d株を同一の排水処理槽内に併存させることによって、排水に高濃度の硝酸態窒素、例えば100mg−N/Lの硝酸が含まれている場合においても、硝酸を含まない排水を処理する場合とほぼ同等の処理速度で水溶性セレンを不溶性セレンとすることができる。したがって、硝酸や亜硝酸等の硝酸態窒素を多く含む場合がある石炭火力発電所の排水等に含まれる水溶性セレンを効率よく不溶化することが可能となる。
尚、HT−1株、4C−C株及びP−d株は、嫌気環境下、即ち排水中に溶存酸素が実質的に存在しない環境下においてそれぞれの機能を発揮する微生物である。したがって、排水中の溶存酸素濃度によって、これらの微生物の機能が低下する虞がある。このような場合には、排水中に窒素ガスや希ガス等の不活性ガスを導入して、溶存酸素濃度を減少させるようにすればよい。
また、排水の嫌気環境を長期間保持するために、非多孔性膜を一部に有する密封構造の容器中に酸素吸収物質を充填した酸素吸収装置を排水中に浸漬するようにしてもよい(国際公開2006/135028)。酸素吸収物質としては、酸素を吸収でき、非多孔性膜を腐食しないものであればよく、還元鉄のような固体還元剤や、還元剤を入れた溶液、例えば亜硫酸ナトリウム溶液などを用いることができるが、これらに限定されない。この酸素吸収装置によれば、非多孔性膜の酸素分子透過性能に支配される緩やかな速度で被処理液中の溶存酸素を吸収できるので、被処理液の嫌気性雰囲気を長期間保持することができる。
尚、P−d株は、排水中の低級アルコール濃度が4体積%以上になるとその機能が発揮できなくなったり死滅したりする虞がある(電力中央研究所報告V06023 (2007))。また、HT−1株及び4C−C株についても排水中の低級アルコール濃度を高めすぎるとその機能が発揮できなくなったり死滅したりする虞がある。したがって、排水中のアルコール濃度は4体積%未満とすることが好ましい。
ここで、上記微生物を利用して排水処理を行う際には、上記微生物を排水処理槽内に遊離(懸濁)させた状態としてもよいが、担体に担持させて排水処理に供することが好ましい。この場合には、排水中の不溶性セレン等の不溶性重金属の大部分を担体に付着させて回収することができる。したがって、処理後の排水から担体を取り出すだけで、排水中から不溶性セレン等の不溶性重金属の大部分を回収することができる。したがって、排水から不溶性セレン等の不溶性重金属を固液分離処理する手間を省くことができる。
担体には、少なくともHT−1株を担持させる。これにより、不溶性セレン等の不溶性重金属を担体に付着させて回収することができる。そして、HT−1株に加えて、4C−C株を担持させることによって、排水中の水溶性セレンの全ての化学形態(セレン酸及び亜セレン酸)を不溶性セレンとして担体に付着させて回収することが可能となる。さらに、HT−1株及び4C−C株に加えて、P−d株を担持させることによって、高濃度の硝酸態窒素を含む排水を処理する場合においても、排水中の水溶性セレンの全ての化学形態(セレン酸及び亜セレン酸)を効率良く不溶性セレンとして担体に付着させて回収することが可能となる。但し、排水処理の簡易性を高める観点からは、HT−1株以外の微生物も担体に担持させることが好適であるが、HT−1株以外の微生物は必ずしも担体に担持する必要はなく、排水に懸濁させるようにしてもよい。
担体としては、例えば、活性炭、アルミナ、発泡プラスチック、高分子ゲル等を用いることができるが、特に高分子ゲルの使用が好適である。高分子ゲルは、特に微生物を固定させやすく且つ不溶性セレン等の不溶性重金属を付着させやすい。高分子ゲルとしては、例えばコラーゲン、フィブリン、アルブミン、カゼイン、セルロースファイバー、セルローストリアセタート、寒天、アルギン酸カルシウム、カラギーナン、アガロース等の天然高分子、ポリアクリルアミド、ポリ−2−ヒドロキシエチルメタクリル酸、ポリビニルクロリド、γ−メチルポリグルタミン酸、ポリスチレン、ポリビニルピロリドン、ポリジメチルアクリルアミド、ポリウレタン、光硬化性樹脂(ポリビニルアルコール誘導体、ポリエチレングリコール誘導体、ポリプロピレングリコール誘導体、ポリブタジエン誘導体等)等の合成高分子、またはこれらの複合体が挙げられる。また、吸水性ポリマーを用いることも可能である。吸水性ポリマーを用いる場合には高分子ゲルを用いる場合と比べて排水の吸収が起こりやすく、排水中の水溶性セレンの処理をより効率的に行うことができる。吸水性ポリマーとしては一般的に用いられているものを使用することができるが、具体的には、ポリアクリル酸、ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸やそれらの改変物、ポリエチレングリコール改変物等が挙げられる。尚、ここで言う改変物とは、イオン性基をもつ高分子を前記高分子の一部に架橋させた物である。
担体の形状については、特に限定されるものではないが、表面積をできるだけ高めて、排水との接触面積を大きくすることで、排水処理効率を高めやすくなり、好ましい。
ここで、不溶性セレンはピンク色を呈する物質であり、不溶性セレンの担体への付着状況を目視により容易に確認することができる。したがって、バイオリアクターが十分に呈色した後に排水中から取り出せば、排水中から水溶性セレンを不溶性セレンとして簡易に回収できる。
また、微生物を担持した担体を利用することによって、沈殿などの回収が困難な環境、例えば活性汚泥中であっても、不溶性セレン等の不溶性重金属を担体に付着させて回収することができる。つまり、微生物を担持した担体を利用することによって、場所を選ぶことなく、非常に手軽に不溶性セレン等の不溶性重金属を回収して環境浄化を行うことができる。
尚、担体に付着した不溶性セレンを回収する方法としては、担体を燃焼させることにより不溶性セレンを蒸発させ、燃焼ガスに同伴したセレンを濃縮させるようにすればよい。または、担体に付着した不溶性セレンを酸化して水溶性の形態とした上で水に浸漬して回収すればよい。この場合には、担体を再利用できる。
ここで、少なくともHT−1株を担持させた担体を有するバイオリアクターの好適な実施形態について以下に説明する。
図1に本発明のバイオリアクターの実施の一形態を示す。このバイオリアクター1は、少なくともHT−1株を担持させた担体2を不織布3上に塗布して固定化し、不織布3を表面側として袋状とし、内部空間4からエネルギー源である低級アルコールを供給するようにしている。ここで、バイオリアクター1の構成は、不織布3を袋の外側表面のみに備える形態には限定されず、不織布3を袋の内側表面のみに備える形態としてもよいし、不織布3を袋の外側表面と内側表面の双方に備えるようにしてもよい。また、バイオリアクター1を剛体のフレームなどにより強度を向上させてもよいし、不織布3の替わりにナイロンネットなどを用いるようにしてバイオリアクター1の表面を保護するようにしてもよい。ただし、不織布3のような保護材をバイオリアクター1の表面に設けることは必須要件ではない。
内部空間4からのエネルギー源の供給方法は特に限定されるものではないが、上記した国際公開2006/135028または電力中央研究所報告V06023 (2007)に開示されている技術を用いて実施することが好ましい。即ち、ポリエチレン膜、ポリプロピレン膜またはポリビニルアルコール膜等の非多孔性膜11を一部に有する密封構造の容器(袋)10の内部にエタノール等の低級アルコール12を密封することで、ポンプや供給量を制御する手段を備えることなく、微生物が必要とする低級アルコール12を常時緩やかに供給することができる。したがって、図1に示すように、この容器(袋)10をバイオリアクター1の内部空間4に収容することで、担体2に担持されている微生物(HT−1株)に低級アルコール12を常時緩やかに供給することができる。
尚、硫化水素生成源としての硫酸の供給方法についても特に限定はされないが、上記した国際公開2006/135028に開示されている技術を用いて実施することが好ましい。即ち、ポリビニルアルコール膜を一部に有する密封構造の容器(袋)の内部に硫酸を密封することで、ポンプや供給量を制御する手段を備えることなく、微生物が必要とする硫酸を常時緩やかに供給することができる。したがって、この容器(袋)をバイオリアクター1の内部空間4に収容することで、担体に担持されている微生物(HT−1株)に硫酸を常時緩やかに供給することができる。勿論、硫酸を含む排水を処理する場合には、硫酸の供給は必要としない。
上記のように構成されたバイオリアクター1を排水中に浸漬したり、あるいは水溶性セレン等の水溶性重金属を含む環境に配置して嫌気環境とすることで、バイオリアクター1の担体2さらには不織布3に不溶性セレン等の不溶性重金属を付着させて回収することができる。そして、不溶性セレン等の不溶性重金属回収後のバイオリアクター1を取り出すだけで、セレン等の重金属濃度を低減させて環境の浄化を行うことができる。
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、HT−1株とP−d株とを同一処理槽内で併用するようにしてもよい。排水にセレン酸が含まれない場合には、HT−1株とP−d株とを同一処理槽内で併用することによって、排水に高濃度の硝酸態窒素が含まれる場合であっても、水溶性重金属を不溶性重金属として効率よく処理することが可能となる。
また、セレン酸還元微生物として、4C−C株以外の菌株を利用するようにしてもよい。即ち、4C−C株と同様、エタノール等の低級アルコールをエネルギー源として、嫌気環境下でセレン酸を亜セレン酸に還元する機能を有する公知あるいは新規の微生物を利用するようにしてもよい。さらに、酵母エキス、含硫アミノ酸、乳酸塩等をエネルギー源として、嫌気環境下でセレン酸を亜セレン酸に還元する機能を有する公知あるいは新規の微生物、例えばアゾアクルス属、シュードモナス属、パラコッカス属、デレイヤ属、バチルス属、エンテロバクター属等の微生物を利用するようにしてもよい。
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
(分析方法)
以下に説明する実施例において、硫酸、セレン酸、亜セレン酸、硝酸及び亜硝酸濃度は、AS9−HCカラムを使用して、イオンクロマトアナライザ(ICS−1500、DIONEX)を用いて測定した。
(1)硫化水素と水溶性セレンとの化学的反応性の検討
硫化水素と水溶性セレンとの化学的反応性について検討した。
硫化水素は以下のようにして発生させた。即ち、厚さ0.05mmのポリエチレンフィルム(ミツワ株式会社製)を袋状に加工したもの(長さ:50mm、幅:30mm)の内部に、硫化鉄0.4gと2Nの塩酸1mLを封入した。これにより、袋の内部で硫化鉄と塩酸とを反応させて、塩化鉄と硫化水素とを発生させ、ポリエチレンフィルムから硫化水素を透過させて袋の外側に供給可能とした。
上記ポリエチレン袋を、100mg−Se/Lのセレン酸水溶液が入れられた200mL容のトールビーカーと、100mg−Se/Lの亜セレン酸水溶液が入れられた200mL容のトールビーカーとにそれぞれ投入した。上記ポリエチレン袋を投入後、トールビーカー内の水溶液を20℃で18時間連続的に攪拌し、経時的に試料を採取して、硫化水素と水溶性セレン(セレン酸、亜セレン酸)との化学的反応性を検討した。
硫化水素に対するセレン酸の化学的反応性を検討した結果を図2に示す。図2に示される結果から、セレン酸濃度に変化が無く、硫化水素とセレン酸は化学的反応を起こさないことが確認された。
次に、硫化水素に対する亜セレン酸の化学的反応性を検討した結果を図3に示す。図3に示される結果から、ポリエチレン袋の投入直後から亜セレン酸濃度は急激に低下し、1時間後には24.3mg−Se/Lとなった。また、その際に、水溶液中に赤茶色の沈殿が観察された。
以上の結果から、硫化水素によって水中に溶存する亜セレン酸を沈殿処理(不溶化処理)できることが明らかとなった。一方、水中に溶存するセレン酸については、硫化水素によって沈殿処理できないことが明らかとなった。
(2)新規微生物の探索
上記(1)の実験結果から、硫化水素によって亜セレン酸を沈殿処理できることが明らかとなった。そこで、硫酸還元により硫化水素を産生でき、且つ安価な低級アルコールをエネルギー源として利用することのできる新規微生物の探索を行った。
微生物の単離源として、排水処理施設の8種類の汚泥を用いた。50mL容のガラスバイアル瓶に、表1に示す硫酸を含む培地を20mL入れ、1mLの汚泥試料をそれぞれ添加した。また、唯一のエネルギー源としてエタノール(99.5%)を0.2mL加えた。バイアル瓶内は窒素ガスを用いて嫌気状態とした後、30℃、120rpmで振とうして17日間集積培養を行った。この操作により、エタノールをエネルギー源として硫酸還元可能な新規微生物を探索した。
バイアル瓶内で硫酸還元が行われているか否かの判断は、以下のようにして行った。即ち、培地中の硫酸が硫化水素まで還元された場合、培地中の硫酸鉄と硫化水素が反応して硫化鉄の黒色沈殿が生じるので、この色の変化をバイアル瓶内で硫酸還元が行われているか否かの判断基準とした。
その結果、全てのバイアル瓶内で硫酸還元が行われていると判断されたことから、全てのバイアル瓶内の試料について、新しい培地20mLに2mLの培養液を植え継ぎ、さらに同条件で培養を続けた。その結果、培養液の継代を2回行った後も、全ての試料において硫酸還元が行われていると判断されたことから、全ての試料をリン酸緩衝液(Na2HPO4・12H2O(9g/L)、KH2PO4(1.5g/L)、pH 7.5)を用いて適宜希釈し、希釈液を得た。
次に、表2に示す寒天培地に希釈液を塗布し、30℃の嫌気状態下で11日間静置培養を行った。そして、取得したコロニーの中から硫酸を還元するものが1つの試料において見つかった。そこで、このコロニーを選択し、希釈して新しい寒天培地に植え継いで単離し、硫酸還元能力の維持と他の微生物の混入が生じていないことを確認した。この株をHT−1株と名付けた。
HT−1株を単離した後、この株がエタノールをエネルギー源として硫酸還元可能か否かを以下の方法により確認した。即ち、表1に示す硫酸を含む液体培地中にHT−1株を添加し、硫化鉄の黒色沈殿が生じるかどうかを調べた。その結果、硫化鉄の黒色沈殿が生じ、HT−1株がエタノールを用いて硫酸還元可能であることが明らかとなった。
次に、HT−1株を光学顕微鏡により形態観察した。また、Barrow等の方法に基づき、生理学的な特性を検討した(Barrow G L, Feltham R K A.: Cowan and Steel’s manual for the Identification of Medical Bacteria, 3rd ed., Cambridge University Press. (1993))。16S rDNAの塩基配列解析については、定法によりDNAを抽出した後、PCRを行い、シークエンスした。
HT−1株の形態学的及び生理学的な特性を表3に示す。HT−1株はグラム陰性で運動性を有する湾曲桿菌であった。これらの結果と16S rDNA塩基配列解析結果に基づき、Kreig等の文献(Krieg N R, Holt J G: Bergey’s Mannual of Systematic Bacteriology: Volume One. Williams and Wilkins, Baltimopre. (1984))から、HT−1株はDesulfovibrio sp.と同定された。
HT−1株は、平成20年5月21日付けで受託番号FERM P−21577として独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに寄託された。
尚、HT−1株は、エタノールをエネルギー源として機能することが確認されたことから、エタノールとその構造が類似している低級アルコール、特にエタノールと炭素数が1つしか違わないメタノールやプロパノールについても、エネルギー源として使用することができるものと考えられる。
(3)供試菌株の前培養及び調整
以降の実験で使用するHT−1株及び本願発明者によって独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年3月13日付けで受託番号FERM P−20840として受託されているPseudomonas sp.(4C−C株)の前培養及び調整を行った。
HT−1株の前培養は、表4に示す液体培地を用いて、30℃、120rpmで嫌気的に振とうして行った。
4C−C株の前培養は、表5に示す液体培地を用いて、30℃、30rpmで好気的に振とうして行った。
培養後、遠心分離(20,000g、4℃、10分間)を行って集菌し、リン酸緩衝液(Na2HPO4・12H2O(9g/L)、KH2PO4(1.5g/L)、pH 7.5)を用いて2回洗浄した。HT−1株と4C−C株の洗浄菌体はそれぞれリン酸緩衝液に懸濁し、以降の実験に供した。
(4)HT−1株の特性の検討
HT−1株について、種々の陰イオンに対する還元能力の有無を検討した。
50mL容のガラスバイアル瓶に、表6に示す人工排水を30mL入れ、20mg/Lの硫酸、20mg−Se/Lのセレン酸、20mg−Se/Lの亜セレン酸、20mg−N/Lの硝酸、20mg−N/Lの亜硝酸をそれぞれ個別に加えた試料を調製した。次に、各試料に対し上記(3)で調整したHT−1株を0.415mg−wet weight/mLとなるように添加し、エネルギー源として0.3mLのエタノールを加えた。窒素ガスを用いてバイアル瓶内を嫌気状態とした後、30℃、120rpmで14日間振とう培養し、各種陰イオン濃度の分析を行った。
HT−1株の各種陰イオンに対する還元能力の有無を表7に示す。表7において+++は還元能力を有することを意味しており、+は還元能力をわずかに有することを意味しており、−は還元能力を有さないことを意味している。
硫酸濃度については、14日後には検出限界以下となった。このことから、HT−1株は、エタノールをエネルギー源として硫酸還元できることが示された。
亜セレン酸濃度については、14日後に2.4mg−Se/Lの低下が見られた。このことから、HT−1株は、エタノールをエネルギー源として、わずかではあるが亜セレン酸を還元できることが明らかとなった。
セレン酸、硝酸及び亜硝酸については、濃度変化は殆ど見られなかった。このことから、HT−1株は、セレン酸、硝酸及び亜硝酸を還元する能力は有していないことが明らかとなった。
(5)HT−1株を用いた亜セレン酸処理の検討
HT−1株を人工排水に懸濁した状態における亜セレン酸処理について検討した。
50mL容のガラスバイアル瓶に、表6に示す人工排水を30mL入れ、10mg−Se/Lの亜セレン酸を加えた試料と、500mg/Lの硫酸を加えた試料と、10mg−Se/Lの亜セレン酸及び500mg/Lの硫酸を加えた試料とを準備した。これらの試料のそれぞれに対し、上記(3)で調整したHT−1株を0.77mg−wet weight/mLとなるように添加し、エネルギー源として0.3mLのエタノールを加えた。窒素ガスを用いてバイアル瓶内を嫌気状態とした後、30℃、120rpmで8日間振とう培養し、経時的に試料を採取して各種陰イオン濃度の分析を行った。
各試料の硫酸濃度の経時変化を図4に示す。図4において、□は人工排水に10mg−Se/Lの亜セレン酸を加えた試料を用いた場合の結果であり、△は人工排水に500mg/Lの硫酸を加えた試料を用いた場合の結果であり、●は人工排水に10mg−Se/Lの亜セレン酸及び500mg/Lの硫酸を加えた試料を用いた場合の結果である。硫酸のみを加えた人工排水試料と、硫酸及び亜セレン酸を加えた人工排水試料の双方において、徐々に硫酸濃度が低下することが確認された。
次に、各試料の亜セレン酸濃度の経時変化を図5に示す。図5において、□、△及び●の表す意味は図4と同様である。硫酸及び亜セレン酸を加えた人工排水試料において、21時間後に亜セレン酸濃度が検出限界以下となることが確認された。亜セレン酸のみを加えた人工排水試料についても、実験開始初期にはHT−1株の亜セレン酸還元能に起因して若干の濃度低下が見られたものの、その後はほぼ一定の濃度を示した。この結果から、硫酸及び亜セレン酸を加えた人工排水試料の場合、HT−1株により硫酸が還元されて生成された硫化水素が亜セレン酸と反応し、不溶性のセレンとなり、亜セレン酸濃度が低下したと考えられた。
以上の結果から、HT−1株を用い、エネルギー源としてエタノールを使用することで、人工排水中の硫酸を還元することができることが明らかとなった。そして、硫酸の還元によって生成された硫化水素によって亜セレン酸を不溶性セレンとして処理可能なことが明らかとなった。
(6)HT−1株と4C−C株の併用によるセレン酸処理の検討1
上記(1)の実験で明らかとなったように、硫化水素はセレン酸とは全く反応しない。したがって、セレン酸の処理を考える際には、セレン酸を亜セレン酸まで還元する必要がある。そこで、セレン酸を亜セレン酸まで還元するセレン酸還元微生物である4C−C株をHT−1株と併用することで、セレン酸を不溶性セレンとして処理することについて検討した。
50mL容のガラスバイアル瓶に、表8に示す人工排水(10mg−Se/Lのセレン酸と500mg/Lの硫酸とを含む)を30mL加え、上記(3)において調整した4C−C株とHT−1株とをいずれも0.77mg−wet weight/mLになるように添加した。尚、バイアル瓶には、エネルギー源として0.3mLのエタノールを加えた。窒素ガスを用いてバイアル瓶を嫌気状態とした後、30℃、120rpmで振とうして4日間培養実験を行った。実験条件は、以下に示す(a)〜(d)の4条件とした。培養開始後、経時的に試料を採取し、分析に供した。
(a)微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを添加
(c)HT−1株のみを添加
(d)4C−C株とHT−1株の両方を添加
セレン酸濃度の経時変化を図6に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図7に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図8に示し、硫酸濃度の経時変化を図9に示す。尚、図6〜図9において、◇は(a)の条件における実験結果を示し、△は(b)の条件における実験結果を示し、■は(c)の条件における実験結果を示し、●は(d)の条件における実験結果を示す。
図6に示す実験結果から、4C−C株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、セレン酸濃度は時間と共に低下し、24時間以降は検出限界以下となることが確認された。これに対し、微生物添加なしの場合と、HT−1株を単独で用いた場合においては、セレン酸濃度が変化しないことが確認された。
図7に示す実験結果から、微生物添加なしの場合と、HT−1株を単独で用いた場合においては、亜セレン酸は検出されないことが確認された。また、4C−C株とHT−1株とを併用した場合においても、亜セレン酸は検出されないことが確認された。これに対し、4C−C株を単独で用いた場合、亜セレン酸濃度は24時間後に8.6mg−Se/Lまで増大し、その後ほぼ一定の値を保つことが確認された。つまり、4C−C株がセレン酸を亜セレン酸に還元する能力を有していることが確認された。
図8に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、24時間後には総セレン濃度は検出限界以下となった。また、この場合には、人工排水がピンク色に変化することが確認された。これに対し、微生物添加なしの場合と、HT−1株を単独で用いた場合においては、セレン酸濃度が変化しないことが確認されたことから、総セレン濃度の変化も殆どみられなかった。また、4C−C株を単独で用いた場合については、セレン酸を亜セレン酸に還元する能力に起因して、総セレン濃度が若干低下した後、一定値となることが確認された。
図9に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、硫酸濃度は時間と共に低下し、96時間後には14.1mg/Lまで低下することが確認された。これに対し、4C−C株とHT−1株とを併用した場合以外では、硫酸濃度はほぼ一定であることが確認された。尚、HT−1株単独の場合について、硫酸還元活性が見られなかった理由は、人工排水中のセレン酸によって硫酸還元が阻害されたためと考えられた。
以上の結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、4C−C株によるセレン酸還元の結果として生じた亜セレン酸が、HT−1株による硫酸還元の結果として生成した硫化水素と反応して不溶性セレンとなることにより、人工排水中の総セレン濃度を検出限界以下とできることが明らかとなった。
また、4C−C株とHT−1株とを併用することで、人工排水中の総セレン濃度を検出限界以下とできることが明らかとなったことから、これらの菌株同士が、互いの生存を阻害することがないことも明らかとなった。さらには、硫酸が高濃度に存在する過酷な環境下においても、4C−C株が十分に機能することも明らかとなった。
次に、エタノールをエネルギー源として、硝酸態窒素や硫酸が高濃度に存在する環境下においても亜セレン酸を不溶性セレンに還元する微生物であるParacoccus denitrificans JCM-6892株(P−d株)をHT−1株の代わりに用いて、同様の実験を行い、4C−C株とHT−1株とを併用した場合の水溶性セレンの処理速度と、4C−C株とP−d株とを併用した場合の水溶性セレンの処理速度とを比較検討した。尚、P−d株の機能の詳細については、以下の文献において報告されている(電力中央研究所報告V06017 (2007)、Eng.Life Sci. 7:235-240 (2007))。
ここで、水溶性セレンの処理速度を求めるにあたっては、人工排水中の水溶性セレンが検出限界以下に達するのに要した時間と人工排水中の初期水溶性セレン量から、接種した微生物量あたりの値として算出した。
その結果、4C−C株とP−d株とを併用した場合と比較して、4C−C株とHT−1株とを併用した場合では、水溶性セレンの処理速度は5.6倍となることが確認された。即ち、4C−C株とP−d株とを併用した場合と比較して、4C−C株とHT−1株とを併用した場合では、水溶性セレンの処理速度が向上することが確認された。
また、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、セレン酸は24時間以内に検出限界以下となり、また、亜セレン酸の蓄積は見られなかった。このことから、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、亜セレン酸から不溶性セレンとなる過程は律速段階では無いことが明らかとなった。これに対し、4C−C株とP−d株とを併用した場合には、亜セレン酸の蓄積が見られ、亜セレン酸から不溶性セレンとなる過程が律速段階となっているものと考えられた。したがって、水溶性セレンの処理速度の違いは、亜セレン酸から不溶性セレンとなる過程が律速段階にあるか否かの違いから主に生じるものと考えられた。
以上、4C−C株とHT−1株とを併用することで、エタノールをエネルギー源として亜セレン酸を経由してセレン酸を不溶性セレンとすることができることが明らかとなった。しかも、亜セレン酸から不溶性セレンが生成される過程が律速段階では無いことから、処理速度も十分に高いものとできることが明らかとなった。
(7)HT−1株と4C−C株の併用によるセレン酸処理の検討2
上記(6)の実験で明らかとなったように、4C−C株とHT−1株とを併用することで、水溶性セレンを不溶性セレンとして処理することが可能であった。但し、上記(6)の実験では、4C−C株とHT−1株とを人工排水に懸濁させていたため、微生物と不溶性セレンは、人工排水中に混在している状態であった。実際の排水処理プロセスを考えた場合、排水中から不溶性セレンを効率的に除去する手法を確立することが望ましい。そこで、不溶性セレンの回収プロセスの簡易化について、4C−C株とHT−1株とを併用して担体に固定した状態でのセレン酸処理の検討を行った。
微生物の固定は以下のようにして行った。封筒型(長さ:40mm、幅:20mm)に加工したポリエチレンテレフタレート製の不織布(G2260−1S、東レ株式会社)に、上記(3)で調製した4C−C株及びHT−1株の双方を混合した高分子ゲルを0.7mm厚になるように塗布した。高分子ゲルには、微生物の懸濁液と光硬化性樹脂PVA−SbQ(SPP−H−13、東洋合成工業株式会社)を1:3の割合で混合したものを用いた。高分子ゲルを硬化させるため、メタルハライドランプ(MT−250DL、岩崎電気株式会社)を用いて、20分間の光照射(1,000μmol/m2/s)を行った。光照射の際には、高分子ゲルを氷冷し、熱による微生物の不活性化を防いだ。高分子ゲルの塗布及び硬化は、封筒型に加工した不織布の片面ずつに実施した。
封筒型の不織布は、内部に微生物のエネルギー源を充填できる空隙を持っている。厚さ0.05mmのポリエチレンフィルムを袋状に加工したものの内部に、エネルギー源として99.5%エタノールを0.3mL入れて密封し、このポリエチレン袋を封筒型の不織布内に封じ込めた。ポリエチレンフィルムの内部に密封されたエタノールは、徐々に放出されて封筒型の不織布にしみ出し、高分子ゲルに固定された微生物にエネルギー源として供給されるようにした(国際公開2006/135028、電力中央研究所報告V06023 (2007))。
50mL容のガラスバイアル瓶に、表8に示す人工排水(10mg−Se/Lのセレン酸と500mg/Lの硫酸とを含む)を30mL加え、上記の封筒型の不織布を投入した。上記(3)において調整した4C−C株及びHT−1株は、人工排水中濃度で換算して0.77mg−wet weight/mLになるように高分子ゲルに固定した。窒素ガスを用いてバイアル瓶を嫌気状態とした後、30℃、120rpmで振とうして5日間培養実験を行った。実験条件は、以下に示す(a)〜(d)の4条件とした。培養開始後、経時的に試料を採取し、分析に供した。
(a)高分子ゲルのみで微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを固定
(c)HT−1株のみを固定
(d)4C−C株とHT−1株の両方を固定
セレン酸濃度の経時変化を図10に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図11に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図12に示し、硫酸濃度の経時変化を図13に示す。尚、図10〜図13において、◇は(a)の条件における実験結果を示し、△は(b)の条件における実験結果を示し、■は(c)の条件における実験結果を示し、●は(d)の条件における実験結果を示す。
図10に示す実験結果から、4C−C株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、セレン酸濃度は時間と共に低下し、4C−C株を単独で用いた場合については44時間以降は検出限界以下となり、4C−C株とHT−1株とを併用した場合については20時間以降は検出限界以下となることが確認された。これに対し、微生物添加なしの場合と、HT−1株を単独で用いた場合においては、セレン酸濃度が変化しないことが確認された。
図11に示す実験結果から、微生物添加なしの場合と、HT−1株を単独で用いた場合においては、亜セレン酸は検出されないことが確認された。これに対し、4C−C株とHT−1株とを併用した場合と、4C−C株を単独で用いた場合においては、亜セレン酸が検出されることが確認された。4C−C株とHT−1株とを併用した場合については、20時間後には4.7mg−Se/Lまで増大したが、その後低下して44時間以降は検出限界以下となった。4C−C株を単独で用いた場合については、亜セレン酸濃度は44時間後まで増大して8.4mg−Se/Lとなり、その後はほぼ一定となることが確認された。つまり、高分子ゲルに固定された状態においても、4C−C株がセレン酸を亜セレン酸に還元する能力を発揮することが確認された。
図12に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、総セレン濃度は時間と共に徐々に低下して44時間後には検出限界以下となることが確認された。また、4C−C株とHT−1株とを併用した場合(4C−C株とHT−1株の両方を高分子ゲルに固定した場合)には、人工排水中に発生した全ての不溶性セレンが不織布及び不織布上に塗布した高分子ゲルに集積し、図14に示すように、実験開始時(A)に乳白色であった不織布が実験終了後(B)にピンク色に変化することが確認された。その際、人工排水中には沈殿は生じなかった。尚、図14において、符号13はバイアル瓶を示し、符号14は人工排水を示している。これに対し、4C−C株とHT−1株とを併用した場合以外では、高分子ゲルを塗布した不織布は、培養期間を通して乳白色のままであった。但し、4C−C株を単独で用いた場合については、セレン酸を亜セレン酸に還元する能力に起因して、総セレン濃度が若干低下した後、一定値となることが確認された。
図13に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、硫酸濃度は時間と共に低下し、116時間後には235.7mg/Lとなった。これに対し、4C−C株とHT−1株とを併用した場合以外では、硫酸濃度はほぼ一定であることが確認された。尚、HT−1株単独の場合について、硫酸還元活性が見られなかった理由は、人工排水中のセレン酸によって硫酸還元が阻害されたためと考えられた。
以上の結果から、4C−C株とHT−1株とを高分子ゲル等の担体に固定して併用した場合において、4C−C株によるセレン酸還元の結果として生じた亜セレン酸が、HT−1株による硫酸還元の結果として生成した硫化水素と反応して不溶性セレンとなることにより、人工排水中の総セレン濃度を検出限界以下とでき、しかも不溶性セレンを担体に付着させて回収できることが明らかとなった。
また、4C−C株とHT−1株とを高分子ゲル等の担体に固定して併用することで、人工排水中の総セレン濃度を検出限界以下とできることが明らかとなったことから、これらの菌株同士が、高分子ゲル等の担体に固定した場合においても互いの生存を阻害することがないことも明らかとなった。さらには、硫酸が高濃度に存在する過酷な環境下においても、高分子ゲル等の担体に固定した4C−C株が十分に機能することも明らかとなった。
次に、エタノールをエネルギー源として、P−d株をHT−1株の代わりに用いて、同様の実験を行い、4C−C株とHT−1株とを併用した場合の水溶性セレンの処理速度と、4C−C株とP−d株とを併用した場合の水溶性セレンの処理速度とを比較検討した。
尚、水溶性セレンの処理速度は、上記(6)と同様に算出した。上記(6)と(7)の実験において得られた水溶性セレンの処理速度の比較データを表9に示す。
微生物を固定した状態においても、4C−C株とP−d株とを併用した場合と比較して、4C−C株とHT−1株とを併用した場合では、水溶性セレンの処理速度は4.2倍となることが確認された。即ち、4C−C株とP−d株とを併用した場合と比較して、4C−C株とHT−1株とを併用した場合では、水溶性セレンの処理速度が向上することが明らかとなった。
この結果は、上記(6)のように微生物を固定せず人工排水に懸濁した場合と同様の傾向であった。但し、微生物を固定した状態の方が懸濁した状態よりも水溶性セレンの処理速度及び硫酸の還元速度が小さかった。その理由は以下のように考えられた。即ち、微生物を固定した場合、水溶性セレンや硫酸が高分子ゲル内へ入り込まなければ微生物の反応は起こらないため、高分子ゲル内への水溶性セレンや硫酸の拡散が律速となっていることが考えられた。
ここで、4C−C株とHT−1株とを併用して用いた場合、上記(6)のように懸濁状態とした場合とは異なり、高分子に固定した状態では培養初期に亜セレン酸の蓄積が見られることが確認された。即ち、亜セレン酸から不溶性セレンとなる過程が律速段階となっていた。微生物が懸濁している状態の場合では、攪拌を行っているため溶液中は完全混合状態となっているが、微生物が高分子に固定されている状態では、高分子ゲル内部では、物質移動は拡散のみによって行われる。そのため、4C−C株によってセレン酸から還元された亜セレン酸に関しては、拡散によって高分子ゲル内を移動する速度が律速になったと考えられた。
以上の結果から、微生物を高分子ゲルに固定した状態においても、4C−C株とHT−1株とを併用することで、エタノールをエネルギー源として亜セレン酸を経由してセレン酸を不溶性セレンとすることができることが明らかとなった。しかも、微生物を懸濁した状態とは異なり、高分子ゲルに微生物を固定した場合には、不溶性セレンが全て不織布及び不織布上に塗布した高分子ゲルに集積し、人工排水中には沈殿が生じなかったことから、4C−C株とHT−1株とを高分子ゲルのような担体に固定して処理を行うことで、不溶性セレンの回収プロセスを簡易化できる可能性が示された。
(8)人工排水に硝酸が存在する場合のセレン酸処理の検討1
石炭火力発電所などから発生する脱硫排水には、高濃度の硝酸態窒素が含まれている場合がある。そこで、排水中に高濃度の硝酸態窒素が含まれている場合にも、排水中のセレン酸を処理可能か検討した。
まず、人工排水の硝酸濃度を100mg−N/Lとした以外は上記(6)と同様の条件で実験を行った。微生物の添加条件についても、上記(6)と同様、以下の通りとした。
(a)微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを添加
(c)HT−1株のみを添加
(d)4C−C株とHT−1株の両方を添加
セレン酸濃度の経時変化を図15に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図16に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図17に示し、硫酸濃度の経時変化を図18に示し、硝酸濃度の経時変化を図19に示し、亜硝酸濃度を図20に示し、総窒素濃度(硝酸と亜硝酸の総和)を図21に示す。尚、図15〜図21において、□は(a)の条件における実験結果を示し、◇は(b)の条件における実験結果を示し、○は(c)の条件における実験結果を示し、△は(d)の条件における実験結果を示す。
図15に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用することで培養から21時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。また、4C−C株のみを用いた場合にも、21時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。しかしながら、図16に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合においても、亜セレン酸を検出限界以下まで低減するためには、培養から332時間必要であることが明らかとなった。また、図17に示す実験結果から、セレン酸と亜セレン酸の双方を検出限界以下まで低減するためには、培養から332時間必要であることが明らかとなった。
ここで、上記(6)で行った実験のように、人工排水に硝酸が含まれていない場合には、培養から24時間以内に水溶性セレンの双方を検出限界以下まで低減することができた。このことから、人工排水に硝酸が含まれている場合には、水溶性セレンの不溶化処理が阻害されることが明らかとなった。但し、処理速度が遅くはなるものの、4C−C株とHT−1株とを併用することで、水溶性セレンを検出限界以下まで低減することは可能であることが明らかとなった。
また、図19〜図21に示す実験結果から、4C−C株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、硝酸と亜硝酸が69時間以内に検出限界以下まで低下して窒素に還元されることが明らかとなった。このことから、4C−C株が硝酸及び亜硝酸還元能を有していることが確認された。
次に、上記と同様の実験条件で、P−d株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用した場合について追加実験を行った。
セレン酸濃度の経時変化を図22に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図23に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図24に示し、硫酸濃度の経時変化を図25に示し、硝酸濃度の経時変化を図26に示し、亜硝酸濃度を図27に示し、総窒素濃度(硝酸と亜硝酸の総和)を図28に示す。尚、図22〜図28に示す結果を得るための実験条件は以下の(a)〜(e)であり、□は(a)の条件における実験結果を示し、◇は(b)の条件における実験結果を示し、○は(c)の条件における実験結果を示し、×は(d)の条件における実験結果を示し、△は(e)の条件における実験結果を示す。
(a)微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを添加
(c)P−d株のみを添加
(d)HT−1株のみを添加
(e)4C−C株とHT−1株とP−d株とを添加
図22に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、培養から24時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。しかも、図23に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、亜セレン酸が検出されず、図24に示す実験結果から、セレン酸と亜セレン酸の双方を24時間以内に検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。
また、図26〜図28に示す実験結果から、P−d株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用した場合において、硝酸と亜硝酸が24時間以内に検出限界以下まで低下して窒素に還元されることが明らかとなった。
以上の結果から、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、排水中に硝酸が高濃度に存在している環境下においても、排水中に硝酸が存在していない場合と同等の処理速度で水溶性セレンを不溶化処理できることが明らかとなった。
(9)人工排水に硝酸が存在する場合のセレン酸処理の検討2
上記(8)の実験で明らかとなったように、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用することで、排水中に硝酸が高濃度に存在している環境下においても、水溶性セレンを不溶性セレンとして効率よく処理することが可能であった。但し、上記(8)の実験では、4C−C株とHT−1株とP−d株とを人工排水に懸濁させていたため、微生物と不溶性セレンは、人工排水中に混在している状態であった。そこで、不溶性セレンの回収プロセスの簡易化について、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用して担体に固定した状態で、排水中に硝酸が高濃度に存在している環境下においても、セレン酸処理が可能か否かについて検討を行った。
まず、人工排水の硝酸濃度を100mg−N/Lとした以外は上記(7)と同様の条件で実験を行った。微生物の添加条件についても、上記(7)と同様、以下の通りとした。
(a)高分子ゲルのみで微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを固定
(c)HT−1株のみを固定
(d)4C−C株とHT−1株の両方を固定
セレン酸濃度の経時変化を図29に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図30に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図31に示し、硫酸濃度の経時変化を図32に示し、硝酸濃度の経時変化を図33に示し、亜硝酸濃度を図34に示し、総窒素濃度(硝酸と亜硝酸の総和)を図35に示す。尚、図29〜図35において、□は(a)の条件における実験結果を示し、◇は(b)の条件における実験結果を示し、○は(c)の条件における実験結果を示し、△は(d)の条件における実験結果を示す。
図29に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用することで培養から20時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。また、4C−C株のみを用いた場合にも、20時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。しかしながら、図30に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株とを併用した場合においても、亜セレン酸を検出限界以下まで低減するためには、培養から332時間必要であることが明らかとなった。また、図31に示す実験結果から、セレン酸と亜セレン酸の双方を検出限界以下まで低減するためには、培養から332時間必要であることが明らかとなった。
ここで、上記(7)で行った実験のように、人工排水に硝酸が含まれていない場合には、培養から44時間以内に水溶性セレンの双方を検出限界以下まで低減することができた。このことから、人工排水に硝酸が含まれている場合には、水溶性セレンの不溶化処理が阻害されることが明らかとなった。但し、処理速度が遅くはなるものの、4C−C株とHT−1株とを併用することで、水溶性セレンを検出限界以下まで低減することは可能であることが明らかとなった。
また、図33〜図35に示す実験結果から、4C−C株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とを併用した場合において、硝酸と亜硝酸が116時間以内に検出限界以下まで低下して窒素に還元されることが明らかとなった。このことから、4C−C株が高分子ゲル等の担体に固定された状態においても、硝酸及び亜硝酸還元能を発揮することが確認された。
次に、上記と同様の実験条件で、P−d株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用した場合について追加実験を行った。
セレン酸濃度の経時変化を図36に示し、亜セレン酸濃度の経時変化を図37に示し、総セレン濃度(セレン酸と亜セレン酸の総和)の経時変化を図38に示し、硫酸濃度の経時変化を図39に示し、硝酸濃度の経時変化を図40に示し、亜硝酸濃度を図41に示し、総窒素濃度(硝酸と亜硝酸の総和)を図42に示す。尚、図36〜図42に示す結果を得るための実験条件は以下の(a)〜(e)であり、□は(a)の条件における実験結果を示し、◇は(b)の条件における実験結果を示し、○は(c)の条件における実験結果を示し、×は(d)の条件における実験結果を示し、△は(e)の条件における実験結果を示す。
(a)高分子ゲルのみで微生物添加なし(対照区)
(b)4C−C株のみを固定
(c)P−d株のみを固定
(d)HT−1株のみを固定
(e)4C−C株とHT−1株とP−d株とを固定
図36に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、培養から20時間以降はセレン酸を検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。しかも、図37に示す実験結果から、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、亜セレン酸濃度は培養から116時間以降は検出限界以下となり、図38に示す実験結果から、セレン酸と亜セレン酸の双方を116時間以内に検出限界以下まで低減できることが明らかとなった。
また、図40〜図42に示す実験結果から、P−d株を単独で用いた場合と、4C−C株とHT−1株とP−d株とを併用した場合において、硝酸と亜硝酸が20時間以内に検出限界以下まで低下して窒素に還元されることが明らかとなった。
ここで、4C−C株とHT−1株とを固定した場合と、4C−C株とHT−1株とP−d株とを固定した場合とを比較するため、図43に4C−C株とHT−1株とを固定した場合のセレン濃度の経時変化を纏めた図を示し、図44に4C−C株とHT−1株とP−d株とを固定した場合のセレン濃度の経時変化を纏めた図を示す。また、図45に4C−C株とHT−1株とを固定した場合の窒素濃度の経時変化を纏めた図を示し、図46に4C−C株とHT−1株とP−d株とを固定した場合の窒素濃度の経時変化を纏めた図を示す。尚、図43と図44の□はセレン酸濃度を示し、◇は亜セレン酸濃度を示し、○は総セレン濃度を示す。また、図45と図46の□は硝酸濃度を示し、◇は亜硝酸濃度を示し、○は総窒素濃度を示す。
図43〜図46に示されるように、高濃度の硝酸が存在する環境下において、P−d株を併用することによって、総セレン濃度及び総窒素濃度の双方をより速く低減できることが明らかとなった。
以上の結果から、微生物を高分子ゲルに固定した状態においても、4C−C株とHT−1株に加えてP−d株を併用することで、排水中に硝酸が高濃度に存在している環境下においても、効率良く水溶性セレンを不溶化処理できることが明らかとなった。しかも、微生物を懸濁した状態とは異なり、高分子ゲルに微生物を固定した場合には、不溶性セレンが全て不織布及び不織布上に塗布した高分子ゲルに集積し、人工排水中には沈殿が生じなかったことから、4C−C株及びHT−1株に加えて、P−d株を併用して高分子ゲルのような担体に固定して処理を行うことで、排水中に硝酸が高濃度に存在している環境下においても、不溶性セレンの回収プロセスを簡易化できる可能性が示された。