JP5196526B2 - 遺伝子導入による内在性遺伝子の転写活性化 - Google Patents

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本発明は、内在性遺伝子の転写を活性化するDNA、該DNAを利用した内在性遺伝子の転写活性化方法、および内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物の製造方法に関する。
遺伝子組換えにより導入遺伝子を発現させて形質を改変する場合は、通常、転写活性を有するDNA配列(プロモーター)の下流にcDNA等を挿入し、これを対象生物に導入することにより行われてきた。内在性遺伝子を転写活性化させる方法としてアクティベーション・タギングがあるが、この方法では特定の遺伝子を転写活性化させるのは困難である。プロモーターの下流に発現させたい遺伝子のcDNAを接続して導入・発現させる方法およびアクティベーション・タギング法は、共に導入遺伝子に常に依存している。kapoorらがpMADS3のエクトピック発現が起こる現象を報告したが(非特許文献1参照)、この時点では分子機構は殆ど不明な状態であった。
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
特開2002-125684(特許第3943321号) Kapoor, M. et al., (2005). Transgene-triggered, epigenetically regulated ectopic expression of a flower homeotic gene pMADS3 in Petunia, The Plant Journal, 43, 649-661. Kapoor , M. et al.,(2002).Role of petunia pMADS3 in determination of floral organ and meristem identity, as revealed by its loss of function, The Plant Journal, 32, 115-127 Suguru Tsuchimoto et al., (1993). Ectopic Expression of pMADS3 in Transgenic Petunia Phenocopies the Petunia blind Mutant, The Plant Cell, 5, 843-853
本発明は、内在性遺伝子の転写を活性化するDNA、該DNAを利用した内在性遺伝子の転写活性化方法、および内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物の製造方法を課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った。本発明は、内在性遺伝子の発現制御領域に対応する塩基配列の逆反復配列DNAを導入・発現させることにより、対応する内在性遺伝子の転写を活性化する方法を提供する。発現した逆反復配列を含む転写物は、2本鎖RNAを経て約20ヌクレオチドのRNA分子(small RNA)にプロセスされ、対応する塩基配列を有するゲノムDNAのメチル化を誘導するという分子機構によっていると考えられた(図1)。DNAメチル化のパターンの一部は導入遺伝子が分離した後代でも保存されるため、対象遺伝子の活性化状態が持続する。このため、組換え遺伝子フリーの形質改良を可能にすると考えられる。
従来は、プロモーターの下流に発現させたい遺伝子のcDNAを接続し、植物に導入して発現させるのが一般的であった。また内在性遺伝子を転写活性化させる方法としてアクティベーション・タギング法がある。プロモーターの下流に発現させたい遺伝子のcDNAを接続して導入・発現させる方法およびアクティベーション・タギング法は、共に導入遺伝子に常に依存している点で、導入遺伝子に依存しない本願発明による方法に劣っている。KapoorらがpMADS3のエクトピック発現が起こる現象を報告したが(Kapoor, M. et al., (2005). Transgene-triggered, epigenetically regulated ectopic expression of a flower homeotic gene pMADS3 in Petunia. Plant J. 43, 649-661.)、この時点では分子機構は殆ど不明な状態であった。今回本発明者らは、分子機構に対する考察からRNAi法の応用を発案し、計画的で効率的に内在性遺伝子を転写活性化することを示した。
ペチュニアのMADSボックス型転写因子pMADS3は、雄ずいおよび雌ずいに特異的に発現し、これらの器官の特異性を決定づける役割を果たすホメオティック遺伝子である。本遺伝子を過剰発現すると花弁が葯化すること(Tsuchimoto, S.et al., (1993). Ectopic expression of pMADS3 in transgenic petunia phenocopies the petunia blind mutant. Plant Cell 5, 843-853.)、遺伝子サイレンシングによって2重花序および内部花の形成が起こること(Kapoor, M.et al., (2002). Role of petunia pMADS3 in determination of floral organ and meristem identity, as revealed by its loss of function. Plant J. 32, 115-127.)(高辻博志、ミヌ・カプール、「MADSボックス遺伝子を標的とした植物の花型の改良」、特願2000-330642(特許第3943321号))、が報告されている。また、pMADS3のゲノムDNA断片をペチュニアに導入した時に内在性pMADS3のエクトピック発現が起こる現象をすでに報告した(Kapoor, M. et al., (2005). Transgene-triggered, epigenetically regulated ectopic expression of a flower homeotic gene pMADS3 in Petunia. Plant J. 43, 649-661.)。しかしながら、上記論文で報告されたpMADS3エクトピック発現は偶然見出された現象であり、この時点では分子機構についてまったく不明であった。また形質発現する系統出現の頻度も低かった。
これに対して、本発明による方法では、pMADS3エクトピック発現の分子機構の理解および論理的考察に基づき、RNA interference (RNAi)(McGinnis, K.et al., (2005). Transgene-Induced RNA Interference as a Tool for Plant Functional Genomics. In Methods in Enzymology (Academic Press), pp. 1-24.)を応用した方法により、計画的かつ効率的にpMADS3エクトピック発現を誘導することを可能にしている(図1)。
pMADS3は第2イントロンに転写制御配列をすべて含んでいる(Kapoor, M. et al., (2005). Transgene-triggered, epigenetically regulated ectopic expression of a flower homeotic gene pMADS3 in Petunia. Plant J. 43, 649-661.)。本発明では、第2イントロン中の部分配列に対応する逆反復配列RNAをCaMV35Sプロモーターの制御下に発現させた結果、13系統中12系統の形質転換体において、pMADS3の本来の発現部位ではない花弁において内在性pMADS3の転写物レベルが上昇し、その結果、花のホメオティック変化(花弁の雄しべ化)が誘導された。pMADS3がエクトピック発現している系統においては、導入した反復配列に対応する領域のゲノムDNAが著しくメチル化されていた。この結果は、遺伝子の転写制御領域の特定部位を標的とした逆反復配列を発現させることによって、内在性遺伝子中の導入配列に対応する領域がDNAメチル化され(RNA-directed DNA methylation, RdDM)、その結果、転写が活性化されたことを示している。RdDMによる遺伝子サイレンシング(transcriptional gene silencing, TGS)はこれまで報告されているが(Aufsatz, W. et al., (2002). RNA-directed DNA methylation in Arabidopsis. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 99 Suppl 4, 16499-16506.)、転写活性化は前例がない。本発明における解析結果から、おそらく、本来転写を正に制御するシスエレメントのDNAメチル化は転写抑制(TGS)を、転写を負に制御するシスエレメントのDNAメチル化は転写活性化を、それぞれもたらすのであろうと推測される。
さらに、形質転換系統の後代(T1世代)における形質を調べた結果、導入遺伝子を保持しない個体においても、DNAメチル化状態が一部保持されるとともに内在性pMADS3の転写活性化状態が維持されており、T0世代と同様な花のホメオティック変化が認められた。これは、遺伝子導入によって改変された形質が、導入遺伝子非依存的に遺伝することを示している。
即ち本発明は、内在性遺伝子の転写を活性化するDNA、該DNAを利用した内在性遺伝子の転写活性化方法、および内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物の製造方法に関し、より詳しくは、
〔1〕 内在性遺伝子の転写を活性化するDNAであって、内在性遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列とが結合した構造を有するRNAをコードするDNA、
〔2〕 前記順方向配列および逆方向配列との間にスペーサー配列が結合した構造を有する、〔1〕に記載のDNA、
〔3〕 前記DNAの上流にプロモーター活性を有するDNA、および前記DNAの下流にターミネーター活性を有するDNAが結合した構造を有する、〔1〕または〔2〕に記載のDNA、
〔4〕 前記RNA(二本鎖を形成する領域に相当するRNA)の鎖長が、100塩基対以上、1000塩基対以下であることを特徴とする、〔1〕に記載のDNA、
〔5〕 前記発現制御領域に、転写調節領域またはその一部が含まれる、〔1〕に記載のDNA、
〔6〕 前記転写調節領域が、転写抑制領域である、〔5〕に記載のDNA、
〔7〕 前記転写抑制領域に、サイレンサー、またはネガティブ-シス-エレメントが含まれる、〔6〕に記載のDNA、
〔8〕 前記転写調節領域に、配列番号:10に記載の塩基配列からなるDNAが含まれる、〔5〕に記載のDNA、
〔9〕 前記転写調節領域に、以下の(a)〜(c)のいずれかに記載のDNAが含まれる、〔5〕に記載のDNA、
(a)CCAATCAモチーフ配列をコードするDNA
(b)CArGモチーフ配列をコードするDNA
(c)BELLRINGER結合サイト様配列をコードするDNA
〔10〕 内在性遺伝子が、MADS3遺伝子またはそのホモログである、〔1〕に記載のDNA、
〔11〕 発現制御領域が、配列番号:9に記載の塩基配列における1,001位-2,000位の塩基配列を少なくとも含むことを特徴とする、〔1〕または〔10〕に記載のDNA、
〔12〕 発現制御領域が、配列番号:9に記載の塩基配列における1701位〜1800位の塩基配列、または1251位〜1500位の塩基配列を少なくとも含むことを特徴とする、〔1〕、〔10〕、または〔11〕のいずれかに記載のDNA、
〔13〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNAを含むベクター、
〔14〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを保持する宿主細胞、
〔15〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを保持する植物細胞、
〔16〕 〔15〕に記載の植物細胞を含む形質転換植物体、
〔17〕 〔16〕に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体、
〔18〕 〔16〕または〔17〕に記載の形質転換植物体の繁殖材料、
〔19〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを有効成分として含有する、内在性遺伝子の転写活性化剤、
〔20〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを有効成分として含有する、内在性遺伝子のエクトピック発現誘導剤、
〔21〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを有効成分として含有する、非ヒト生物の形質改変用薬剤、
〔22〕 非ヒト生物が植物である、〔21〕に記載の薬剤、
〔23〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることにより、内在性遺伝子の転写を活性化する方法、
〔24〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることによる、内在性遺伝子のエクトピック発現を誘導する方法、
〔25〕 〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることによる、植物体の形質を改変する方法、
〔26〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統の作出方法、
(a)〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNAまたは〔13〕に記載のベクターを、該内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程
(b)内在性遺伝子が活性化した形質転換植物体を選抜する工程
(c)前記選抜した形質転換植物体を自殖または他の系統の植物体と交配し、交雑後代から内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統を得る工程
〔27〕 前記発現制御領域のゲノムDNAをメチル化することを特徴とする、〔23〕〜〔26〕のいずれかに記載の方法、
〔28〕 以下の(a)および(b)の工程を含む、内在性遺伝子が活性化した植物の製造方法、
(a)〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNA、または〔13〕に記載のベクターを植物細胞に導入および発現させる工程
(b)該植物細胞から植物体を再生させる工程
〔29〕 以下の(a)および(b)の工程を含む、内在性遺伝子が活性化した植物の製造方法、
(a)〔1〕〜〔12〕のいずれかに記載のDNAを有する植物と交雑させる工程
(b)前記DNAを有する改変された植物体を選抜する工程
〔30〕 〔28〕または〔29〕に記載の工程を含む、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導された植物の製造方法、
〔31〕 〔28〕または〔29〕に記載の工程を含む、形質が改変された植物の製造方法、に関する。
本発明者らは、従来技術とは全く異なる原理に基づいた方法により、遺伝子導入によって植物自身が保有する特定の内在性遺伝子を転写活性化し、本来発現しない組織または時期での発現誘導を可能にする技術を提供することに成功した。また本発明によって提供される技術により誘導された特定遺伝子の活性化は、後代において、導入遺伝子が分離した後も保持されていた。このことは、組換え遺伝子を内包しない形質改変植物の作出が可能であることを示している。
本発明は、遺伝子導入が可能なあらゆる生物に適用できる可能性があり、植物の形質改変にとどまらず、動物や微生物を対象とした形質改変にも有効と考えられる。
さらに昨今、遺伝子組換え体の安全性や組換え遺伝子への環境への拡散に対する懸念から、遺伝子組換え作物の実用利用が遅れている。本発明で示した内在性遺伝子転写の導入遺伝子非依存的な活性化が一般化すれば、この問題のブレークスルーにも貢献できると考えられる。
本発明者らは、RNAi法の応用を発案し、初めて内在性遺伝子を転写活性化するDNAを単離することに成功した。
RNAi(RNA interference)とは、ある遺伝子(標的となる遺伝子)と相同な、センスRNAとアンチセンスRNAからなる二本鎖RNA(double-strand RNA;dsRNA)が、標的遺伝子の転写産物(mRNA)の相同部分の破壊を誘導し、標的遺伝子の発現を抑制し得る、という現象で、当初線虫を使用した実験によりはじめて提唱され(Fire A,et al.,Nature, (1998) 391, 806-811)、現在では線虫だけでなく、植物、線形動物、ショウジョウバエ、原生動物などの様々な生物において観察されている。
最近では、より短い21〜23 ヌクレオチドのsiRNA (small interfering RNA)が、哺乳動物細胞系でも細胞毒性を示さずにRNAiを誘導できることが示された(Elbashir SM,et al., Nature, (2001) 411, 494-498)。このようにRNAiは、標的遺伝子の発現を抑制し得ることから、従来の煩雑で効率の低い相同組換えによる遺伝子破壊方法に代わる簡易な遺伝子ノックアウト方法として、または、遺伝子治療への応用可能な方法として注目を集めている。
またdsRNAを細胞内に導入する場合、線虫ならば直接注入する方法等が採られているが、植物の場合には通常、細胞壁の存在によってdsRNAの直接導入は困難であるとされている。よって、植物の場合、逆方向反復配列(inverted repeat sequence; IR配列)を用いて転写後にdsRNAを形成させる手法がとられている。
本発明は、内在性遺伝子の転写を活性化するDNAを提供する。即ち、内在性の遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列とが結合した構造を有するRNAをコードするDNAを提供する。
ここで「順方向配列および逆方向配列とが結合した構造」とは、標的となる内在性遺伝子に対する順方向配列(センス鎖配列)と逆方向配列(アンチセンス鎖配列)が結合した逆方向反復配列を指し、即ち同一鎖上において互いに相補的な配列を交互に含む配列を指す。本発明において用いられる、順方向配列または逆方向配列構造を有するRNAは、標的となる内在性遺伝子と相同性の高い遺伝子もしくは該遺伝子の部分領域と必ずしも完全に同一である必要はないが、相同性を有することが好ましい。
「同一鎖上において互いに相補的な配列」とは、例えば、5'-ATGC-3'とその相補的配列3'-TACG-5'を意味するが、これらが同一鎖上に含まれるため、後者は5'-GCAT-3'として逆方向に配置される。ここで「相補的」(相同的という場合もある)とは、標的となる内在性遺伝子の発現制御領域の核酸もしくはその相補鎖との間で二本鎖を形成しうる塩基配列を有することを指すが、完全に一致した塩基配列を有しなくとも構わない。ここで「相補鎖」とは、A:T(ただしRNAの場合は U)、G:Cの塩基対からなる2本鎖核酸の一方の鎖に対する他方の鎖を指す。塩基対の形成によって標的となる核酸との間に二本鎖を形成するに十分な塩基配列を有していれば良い。
本発明における「核酸」とはRNAまたはDNAを意味する。また、所謂PNA (peptide nucleic acid)等の化学合成核酸アナログも、本発明の核酸に含まれる。PNAは、核酸の基本骨格構造である五単糖・リン酸骨格を、グリシンを単位とするポリアミド骨格に置換したもので、核酸によく似た3次元構造を有する。
このような本発明の内在性遺伝子の転写を活性化するDNAから転写反応によって得られるmRNAは、逆方向反復配列構造を有しており、相補配列同士が水素結合を行うことによりdsRNAを形成する。
なお、上記RNA分子は、一方の端が閉じた構造の分子、例えば、ヘアピン構造を有するsiRNA(short hairpin RNA ; shRNA)であってよい。即ち、分子内においてdsRNAを形成し得る一本鎖RNA分子は、本発明に含まれる。
dsRNAが形成されると、DICERという酵素が該dsRNAに接触し、dsRNAをsmall interfering RNAまたはsiRNAと呼ばれる、約20 ヌクレオチド程度の小さな断片(RNA分子)に分解し、RNAiが開始される。上記DICERとは、RNase III核酸分解酵素ファミリーの一種である。
また、上記RNA分子において21-25ヌクレオチドからなる小RNA(small temporally regulated RNA ; stRNA)も本発明に含まれる。
なお、本発明においては、上記の逆方向反復配列を、単に「逆反復配列」と記載する場合がある。さらに、逆方向反復配列という概念そのものは当業者にとって公知である。上記の逆方向反復配列構造を有するDNAを作製する方法についても、特に制限は無く、標的となる内在性遺伝子の塩基配列を基に当業者に公知の手法を用いて作製することができる。例えば、化学的な合成、核酸増幅反応等の酵素を利用した合成、プラスミド等の自己複製能を有する核酸を利用する生物学的な合成等のうち、いずれを利用しても構わない。
また、一方の鎖(例えば、順方向の塩基配列)が判明していれば、当業者においては容易に他方の鎖(相補鎖)の塩基配列を知ることができる。また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することもできる。
なお本明細書においては、上記内在性遺伝子の転写を活性化するDNAであって、内在性遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列とが結合した構造を有するRNAをコードするDNAについて、単に「本発明のDNA」と記載する場合がある。
本発明のDNAは、順方向配列および逆方向配列との間に、任意の配列、例えばスペーサーと呼ばれる、RNAの二本鎖形成に関与しない配列が結合した(挿入された)構造を有するDNAであってもよい。用いられるスペーサー配列には特に制限はなく、例えばβ-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子断片、ルシフェラーゼ遺伝子断片等を利用することができる。
用いられるスペーサー配列の長さに特に制限はないが、好ましくは、100塩基対以上1,000塩基対以下、より好ましくは300塩基対の長さのスペーサー配列を用いることができる。
本発明のDNAは、該DNAの上流にプロモーター活性を有するDNA、また該DNAの下流にターミネーター活性を有するDNAが結合した構造のDNAであることが好ましい。本発明におけるプロモーター活性を有するDNAおよびターミネーター活性を有するDNAは、必ずしもその由来が本発明の内在性遺伝子の転写を活性化するDNAと同一である必要はなく、必要に応じて適宜選択可能である。
本発明におけるプロモーター活性を有するDNAとしては、例えば恒常的な遺伝子発現を行うためのプロモーター(例えばカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター)や外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーター等を用いることができる。他にも例えば、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーターなどを利用することができる。
また、誘導的に活性化されるプロモーターとしては、例えば細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネキチナーゼ遺伝子のプロモーターやタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーター、低温によって誘導されるイネの「lip19」遺伝子のプロモーター、高温によって誘導されるイネの「hsp80」遺伝子と「hsp72」遺伝子のプロモーター、乾燥によって誘導されるシロイヌナズナの「rab16」遺伝子のプロモーター、紫外線の照射によって誘導されるパセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター、嫌気的条件で誘導されるトウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。また、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によって、「rab16」は植物ホルモンのアブシジン酸の散布によっても誘導される。
本発明におけるターミネーター活性を有するDNAとしては、例えばオクトピン合成酵素のターミネーター、ノパリン合成酵素ターミネーター等を利用することができる。
ターミネーター活性を有する配列を含むことによって、上記内在性遺伝子の転写を活性化するDNAを確実に発現させることができる。
なお本発明のDNAの具体的な構造として、例えば、後述の実施例1に記載されるDNA、および図2に記載されるベクターに導入されたDNAの構造を示すことができる。図2に示すように、上記DNAは、5'側のKpn Iサイト近傍から、プロモーター配列、順方向配列、スペーサー配列、逆方向配列、ターミネーター配列と示される。なおプロモーター配列と順方向配列との間には、Ω配列、Sac Iサイト、Nco Iサイトが含まれていてもよい。順方向配列とスペーサー配列との間にはCla Iサイトおよび/またはSwa Iサイトが含まれていてもよい。スペーサー配列と逆方向配列との間にはBam HIサイトおよび/またはCla Iサイトが含まれていてもよい。逆方向配列とターミネーター配列との間には、Xho Iサイト、Pac Iサイト、Spe Iサイトのいずれかまたは複数が含まれていてもよい。ターミネーター配列から3'側には、Pst Iサイト、Sph Iサイト、Hind IIIサイト、Eco RVサイト、Eco RIサイトのいずれかまたは複数が含まれていてもよい。
本発明の内在性遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列とが結合した構造を有するRNAの長さ(鎖長)については、特に制限は無く、内在性遺伝子の転写を活性化できる長さであれば構わない。好ましくは100塩基対以上であり、1000塩基対以下である。
本発明においては、本発明のDNAから転写反応によって得られるmRNAがdsRNAを形成し、siRNAにプロセスされ、対応する塩基配列を有するゲノムDNAのメチル化を誘導するという分子機構によっていると考えられる(図1)。
DNAのメチル化(DNA methylation)とは、ゲノムDNAにおける唯一の塩基修飾であり、遺伝子転写調節やゲノムインプリンティングなどのゲノム機能に重要な役割を担っている。また、細胞の長期記憶装置として、生理的には発生や組織の分化に関わっている。
逆方向反復配列の発現によってDNAのメチル化が起こること(RNA-directed DNA methylation, RdDM)は、既に知られている(Aufsatz, W., Mette, M.F., van der Winden, J., Matzke, A.J., and Matzke, M. (2002). RNA-directed DNA methylation in Arabidopsis. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 99 Suppl 4, 16499-16506.)。またRdDMによって標的遺伝子のサイレンシング(transcriptional gene silencing, TGS)が誘導されることも知られている。しかしながら本願発明者らは、標的となる内在性遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列とが結合した構造を有するRNAをコードするDNAを、内在性遺伝子を有する細胞に導入および発現させることによって、DNAのメチル化を生じさせ、従来とは異なり、標的となる内在性遺伝子の転写活性化を誘導させることに成功した。
本発明における「発現制御領域」には、転写調節配列を有する「転写調節領域」またはその一部が含まれる。この転写調節領域には、転写活性化に関与する配列(エンハンサーまたはポジティブ-シス-エレメント)および転写抑制に関与する配列(サイレンサーまたはネガティブ-シス-エレメント)が含まれる。
本発明者らは、RdDMにより、上記転写活性化に関与する配列が不活性化された場合には遺伝子サイレンシング、転写抑制に関与する配列が不活性化された場合には転写活性化になると考えた。即ち本願発明における転写調節領域は、転写抑制に関与する配列を有する「転写抑制領域」であることが好ましい。
上記本発明の転写調節領域には、DNAメチル化される領域が含まれていることを特長とする。本発明の転写調節領域の一つの態様として、例えば配列番号:10に記載の塩基配列からなるDNAを挙げることができる。当該塩基配列は、後述するpMADS3のホモログのイントロン2において高度に保存されている配列である。上記の配列番号:10に記載される塩基配列にDNAメチル化が生じ、それによって内在性遺伝子の転写活性化が生じるものと考えられる。
本発明の転写調節領域の他の態様としては、例えば以下の(a)〜(c)のいずれかに記載のDNAを挙げることができる。
(a)CCAATCAモチーフ配列をコードするDNA
(b)CArGモチーフ配列をコードするDNA
(c)BELLRINGER結合サイト様配列をコードするDNA
上記(b)のCArGモチーフ配列については、Hong, R.L., Hamaguchi, L., Busch, M.A., and Weigel, D. (2003). Regulatory elements of the floral homeotic gene AGAMOUS identified by phylogenetic footprinting and shadowing. Plant Cell 15, 1296-1309.、BELLRINGER結合サイト様配列についてはBao, X., Franks, R.G., Levin, J.Z., and Liu, Z. (2004). Repression of AGAMOUS by BELLRINGER in floral and inflorescence meristems. Plant Cell 16, 1478-1489.に記載されているものを用いることができる。上記(a)〜(c)の配列のいずれも上記配列番号:10に記載の塩基配列に含まれている。
また本発明における内在性遺伝子としては、例えばMADS3遺伝子またはそのホモログを挙げることができる。
MADSボックス遺伝子は、MADSボックスと呼ばれる保存性領域を含む転写因子をコードする遺伝子で、30以上の遺伝子からなる遺伝子ファミリーを形成している。その多くは、転写制御を介して植物の形態形成や器官形成を制御していることが判明している。花の器官形成に関する3つのクラス(ABCモデル)のホメオティック遺伝子の多くは、MADSボックス遺伝子であり、詳細に研究されている(酒井一、花の形態形成の分子遺伝学、新版「植物の形を決める分子機構」(秀潤社)150-163 (2000)、後藤弘爾、花の形態形成−花開く植物分子遺伝学−、「植物の形を決める分子機構」(秀潤社)52-61 (1994)、Weigel, D., and Meyerowitz, E.M., Cell, 78, 203-209 (1994))。ペチュニアから単離されたMADSボックス型転写因子の一つであるpMADS3(ペチュニア由来のMADS3)は、花の器官の特異性決定に関与するホメオティック遺伝子である。その構造および発現パターンから花のABCモデルではCクラスに属するとされている。ペチュニアの植物体全体にpMADS3遺伝子を発現する形質転換体では、花弁の先端に葯が形成される(雄しべ化)、まれにがく片の先端に雌しべ様の構造が形成される、などのホメオティック変異が表れることが判明している。この事実もまたMADS3がCクラス遺伝子であることを示している(Tsuchimoto, S. et al., (1993). Plant Cell, 5, 843-853,、高辻博志, 花の器官分化を制御する転写調節因子, 「植物の形を決める分子機構」(秀潤社)96-106, (1994))。pMADS3に関しては、そのcDNA配列が文献(Tsuchimoto, S. et al., (1993), Plant Cell, 5, 843-853)において報告されている。
MADS3のホモログは多数知られており、上記ペチュニアのpMADS3遺伝子の他にも、シロイヌナズナのAGAMOUS遺伝子(Sieburth, L.E., and Meyerowitz, E.M. (1997). Molecular dissection of the AGAMOUS control region shows that cis elements for spatial regulation are located intragenically. Plant Cell 9, 355-365.; Busch, M.A., Bomblies, K., and Weigel, D. (1999). Activation of a floral homeotic gene in Arabidopsis. Science 285, 585-587.)、キンギョソウのPLENA遺伝子(Bradley, D., Carpenter, R., Sommer, H., Hartley, N., and Coen, E. (1993). Complementary floral homeotic phenotypes result from opposite orientations of a transposon at the plena locus of Antirrhinum. Cell 72, 85-95.)およびFARNELLI遺伝子(Davies, B., Motte, P., Keck, E., Saedler, H., Sommer, H., and Schwarz-Sommer, Z. (1999). PLENA and FARINELLI: redundancy and regulatory interactions between two Antirrhinum MADS-box factors controlling flower development. EMBO J. 18, 4023-4034.)等を例示することができる。
上記ホモログにおいては、転写制御配列がイントロン2に含まれることが知られている。また実験的に証明されてはいないが、phylogenetic footprinting とphylogenetic shadowingというbioinformaticsの方法により、上述以外の多種の植物におけるホモログでもイントロン2に転写制御配列の存在が予想されている(Hong, R.L., Hamaguchi, L., Busch, M.A., and Weigel, D. (2003). Regulatory elements of the floral homeotic gene AGAMOUS identified by phylogenetic footprinting and shadowing. Plant Cell 15, 1296-1309.)。
また本発明のDNAにおける発現制御領域としては、例えば配列番号:9に記載の塩基配列における1001位〜2000位の塩基配列を少なくとも含むDNA、を挙げることができる。配列番号:9に記載の塩基配列は、ペチュニアMADS3の第2イントロン(全長4010 bp)を表すものである。より具体的には、配列番号:9に記載の塩基配列における1701位〜1800位の塩基配列、または1251位〜1500位の塩基配列を少なくとも含む、発現制御領域を挙げることができる。
また本発明は、上記本発明のDNAを含むベクターを提供する。以下本発明においては、本発明のDNAを含むベクターを単に「ベクター」として記載することがある。
本発明のベクターには、上述のRNAiを誘導するために構築されたベクターが含まれる。本発明のベクターは、本発明のDNAが含まれるため、細胞に導入された場合には該細胞において転写によって形成される一本鎖RNAが分子内で対合してdsRNAを形成する。このようなRNAiを誘導するために構築されたベクターは、結果として内在性遺伝子の転写活性化を誘導することができる。
本発明のベクターとしては、内在性遺伝子の転写活性化に用いられる上記ベクターの他、形質転換体作製のために細胞内で本発明のDNAを発現させるベクター、例えば形質転換植物体作製のために植物細胞内で本発明のDNAを発現させるためのベクターも含まれる。植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えばプラスミド、ファージ、またはコスミドなどを例示することができる。
また上記「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が含まれる。
本発明のベクターは、本発明のDNAを恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有してもよい。
当業者においては、所望のDNAを有するベクターを、一般的な遺伝子工学技術によって、適宜、作製することが可能である。通常、市販の種々のベクターを利用することができる。
本発明のベクターは、宿主細胞内において本発明のDNAを保持したり、発現させるためにも有用である。
本発明におけるDNAは、通常、適当なベクターへ担持(挿入)され、宿主細胞へ導入される。即ち本発明は、本発明のDNAまたはベクターを保持する宿主細胞を提供する。該ベクターとしては、挿入したDNAを安定に保持するものであれば特に制限されず、例えば宿主に大腸菌を用いるのであれば、クローニング用ベクターとしてpBluescriptベクター(Stratagene社製)などが好ましいが、市販の種々のベクターを利用することができる。本発明のDNAを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる目的としてベクターを用いる場合には、特に発現ベクターが有用である。発現ベクターとしては、試験管内、大腸菌内、培養細胞内、生物個体内でDNAを発現するベクターであれば特に制限されないが、例えば、試験管内発現であればpBESTベクター(プロメガ社製)、大腸菌であればpETベクター(Invitrogen社製)、培養細胞であればpME18S-FL3ベクター(GenBank Accession No. AB009864)、生物個体であればpME18Sベクター(Mol Cell Biol. 8:466-472(1988))、植物個体であればpBINPLUSベクター(van Engelen, F.A. et al., (1995). pBINPLUS: an improved plant transformation vector based on pBIN19. Transgenic Res. 4, 288-290.)などを例示することができる。ベクターへの本発明のDNAの挿入は、常法(Molecular Cloning, 5.61-5.63)により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる。
上記宿主細胞としては特に制限はなく、目的に応じて種々の宿主細胞が用いられる。本発明のDNAを発現させるための細胞としては、例えば、細菌細胞(例:ストレプトコッカス、スタフィロコッカス、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌)、昆虫細胞(例:ドロソフィラS2、スポドプテラSF9)、動物細胞(例:CHO、COS、HeLa、C127、3T3、BHK、HEK293、Bowes メラノーマ細胞)および植物細胞を例示することができる。
また、生体内で本発明のDNAを発現させる方法としては、本発明のDNAを適当なベクターに組み込み、例えば、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、リポソーム法、カチオニックリポソーム法、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(エレクトロポーレーション)(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクション法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法などの当業者に公知の方法により生体内に導入する方法などが挙げられる。
体内への投与は、ex vivo法であっても、in vivo法であってもよい。
また、植物体内へ本発明のDNAを導入する場合、DNAは、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール法等を用いて、植物細胞に直接導入することもできるが、植物への遺伝子導入用プラスミドに組込み、これをベクターとして、植物感染能のあるウイルスあるいは細菌を介して、間接的に植物細胞に導入することもできる。かかるウイルスとしては、例えば代表的なウイルスとして、カリフラワーモザイクウイルス、タバコモザイクウイルス、ジェミニウイルス等が挙げられ、細菌としては、アグロバクテリウム等が挙げられる。アグロバクテリウム法により、植物への遺伝子導入を行う場合には、市販のプラスミドを用いることができる。このようなベクターを用いて、植物体内へ本発明のDNAを導入する場合の方法としては、好ましくは、アグロバクテリウムを介して遺伝子を導入するリーフディスク法(Jorgensen, R.A. et al., (1996). Chalcone synthase cosuppression phenotypes in petunia flowers: comparison of sense vs. antisense constructs and single-copy vs. complex T-DNA sequences. Plant Mol. Biol. 31, 957-973.)が挙げられる。
なおこれら上述の形質転換方法は、宿主となる植物などの種類(例えば単子葉植物、双子葉植物)に応じて適宜選択することが好ましい。
本発明において「植物」とは、特に制限されないが、例えばペチュニアのMADS3遺伝子(pMADS3)、あるいはpMADS3遺伝子のホモログ(pMADS3ホモログ)を有する植物を挙げることができる。
本発明における植物は具体的には、ペチュニア(ツクバネアサガオ)、シロイヌナズナ、キンギョソウ、タバコ、トマト、キク、バラ、カーネーション、トルコギキョウ等を例示することができ、好ましくはペチュニアである。
なお後述の実施例に記載される手法で、本発明のDNAが導入された形質転換植物体を作成することも可能である。
また、本発明は、本発明のDNAまたは本発明のベクターを保持する植物細胞を提供する。さらに本発明は、本発明の植物細胞を含む形質転換植物体を提供する。本発明のDNAまたは本発明のベクターが導入される細胞には、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。植物細胞としては特に制限はない。
本発明の植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。
形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し植物体を再生させる方法、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法などを挙げることができるが、特に制限されるものではない。いくつかの技術については既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
本発明のDNAを含むベクターの導入により形質転換した植物細胞を効率的に選択するために、上記組み換えベクターは、適当な選抜マーカー遺伝子を含む、もしくは選抜マーカー遺伝子を含むプラスミドベクターと共に植物細胞へ導入することが好ましい。この目的に使用される選抜マーカー遺伝子は、例えば抗生物質カナマイシンまたはゲンタマイシンに耐性であるネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、ハイグロマイシンに耐性であるハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、および除草剤ホスフィノスリシンに耐性であるアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等が挙げられる。
組み換えベクターを導入した植物細胞は、導入された選抜マーカー遺伝子の種類に従って適当な選抜用薬剤を含む公知の選抜用培地に置床し培養する。これにより形質転換された植物培養細胞を得ることができる。
形質転換された植物細胞は、再分化させることにより植物体を再生させることが可能である。再分化の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えばイネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594 (1989))の方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta 99:12(1971))の方法が挙げられ、シロイヌナズナであればAkamaら(Plant Cell Reports 12:7-11 (1992))の方法が挙げられ、ユーカリであれば土肥ら(特開平8-89113号公報)の方法が挙げられる。
一旦、ゲノム内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のDNAまたはベクターが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。
また本発明のDNAもしくはベクターは、例えば、内在性遺伝子が転写活性化された植物体、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導された植物体、もしくは形質が改変された植物体の作出等に利用することが可能である。
本発明のDNAもしくはベクターを、所望の植物体において発現させることにより、内在性遺伝子が転写活性化された植物体、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導された植物体、もしくは形質が改変された植物体を作製することが可能である。
即ち本発明は、本発明のDNAもしくはベクターを有効成分とする、内在性遺伝子の転写活性化剤、内在性遺伝子のエクトピック発現誘導剤、あるいは形質改変用薬剤を提供する。
本発明における「内在性遺伝子の転写活性化剤」とは、内在性遺伝子の転写を活性化する作用を有する薬剤を言い、本発明のDNAもしくはベクターを有効成分とする物質、または組成物(混合物)を指す。本発明の内在性遺伝子の転写活性化剤は、負の転写調節によって転写抑制されている遺伝子を一定の場所(器官)や生育時期に転写活性化する場合や、遺伝子プロモーターの機能解析における負のシスエレメント(サイレンサー)を探索する場合に用いることができる。
本発明における「内在性遺伝子のエクトピック発現誘導剤」とは、内在性遺伝子をエクトピックに発現させることを誘導する作用を有する薬剤を言い、本発明のDNAもしくはベクターを有効成分とする物質、または組成物(混合物)を指す。「エクトピックに発現」とは、異所性に発現すること、即ち本来発現しない場所または時期において遺伝子が発現することを指す。本発明の内在性遺伝子のエクトピック発現誘導剤は、例えば植物の内在性遺伝子、たとえば病害抵抗性遺伝子を病原菌感染に先立って発現させて植物の病害抵抗性を高める、形態形成や生長に関与する遺伝子を本来の発現以外の部位に発現させて花などの形態を改変するなどの用途に用いることができる。
本発明における「形質改変用薬剤」とは、非ヒト生物の形質を改変する作用を有する薬剤を言い、本発明のDNAもしくはベクターを有効成分とする物質、または組成物(混合物)を指す。本発明の形質改変用薬剤は、例えば病害抵抗性を高める、花の形態や草姿を改変して鑑賞価値を高める、植物の開花時期を調節するなどの用途に用いることができる。
上記薬剤における「非ヒト生物」とは、特に制限されないが、好ましくは植物である。
また本発明の薬剤においては、有効成分であるDNAまたはベクター以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
また本発明は、内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統の作出方法を提供する。本発明者らは、本発明のDNAによって誘導された内在性遺伝子の活性化は、後代において、導入遺伝子が分離した後も保存されていたことを見出した。即ち組換え遺伝子を内包しない形質転換植物の作出が可能であることを示すものである。
本発明の内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統の作出方法の一つの態様としては、例えば以下の(a)〜(c)の工程を含む作出方法を挙げることができる。
(a)本発明のDNAまたはベクターを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程
(b)内在性遺伝子が活性化した形質転換植物体を選抜する工程
(c)前記選抜した形質転換植物体を自殖または他の系統の植物体と交配し、交雑後代から内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統を得る工程
なお上記方法は、発現制御領域のゲノムDNAがメチル化されることを特徴とする方法である。DNAメチル化されるシトシンが含まれる配列がCGまたはCNGの場合は、細胞分裂時にメチル化パターンが娘染色体のDNAにコピーされるが(maintenance methylation)、それ以外の配列(CNN)の場合は、RNAシグナルが無い限り細胞分裂時には保存されない(de novo methylation)。CGまたはCNG配列がメチル化されている場合は、導入遺伝子の分離とは無関係に形質が後代に遺伝子するが、メチル化配列がCNNの場合は導入遺伝子によってRNAが発現している間だけメチル化と形質が維持されると考えられる。
本発明のDNAもしくはベクターを導入および発現させた植物体は、野生型植物体と比較して、内在性遺伝子が転写活性化、内在性遺伝子の異所(エクトピック)発現が誘導、あるいは植物の形質が改変されている。例えば、ペチュニアMADS3の第2イントロンの部分配列に対応する逆方向反復配列RNAをコードするDNAによって形質転換された植物体は、pMADS3の本来の発現部位ではない花弁において内在性pMADS3の転写物レベルが上昇し、その結果、花のホメオティック変化(花弁の雄しべ化)が誘導されることが明らかとなった。さらに、形質転換系統の後代(T1世代)における形質を調べた結果、導入遺伝子を保持しない個体においても、DNAメチル化状態が一部保持されるとともに内在性pMADS3の転写活性化状態が維持されており、T0世代と同様な花のホメオティック変化が認められたことが明らかになった。これは、導入遺伝子によって改変された形質が、導入遺伝子非依存的に後代に遺伝することを示すものである。本発明の手法を用いれば、昨今問題となっている遺伝子組み換え体の安全性や組換え遺伝子への環境への拡散に対する懸念に対する遺伝子組み換え作物実用利用の遅れに対する突破口となると考えられる。
また本発明は、内在性遺伝子の転写を活性化する方法を提供する。本発明の好ましい態様においては、本発明のDNAまたはベクターを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程を含む方法である。本方法においては、例えば該DNAを、植物細胞へ導入し、該細胞を植物へ再生させることによっても達成することができる。該DNAの植物もしくは植物細胞への導入は、上述の方法によって実施することができる。
また本発明においては、上記の本発明のDNAまたはベクターを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程によって、内在性遺伝子のエクトピック発現を誘導することができる。例えば、上記工程を含む方法によって、本来内在性遺伝子が発現する部位ではない部位や本来とは異なる時期において、内在性遺伝子を発現させることも可能となる。即ち、上記工程を含む内在性遺伝子のエクトピック発現を誘導する方法も本発明に含まれる。
また本発明においては、上記の本発明のDNAまたはベクターを内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程によって、植物の形質を改変することができる。例えば、上記工程をを含む方法によって、植物の形質(例えば形態や機能等)を改変させることも可能となる。即ち、上記工程を含む植物の形質を改変する方法も本発明に含まれる。
本発明のDNAを利用して、内在性遺伝子の転写が活性化された形質転換植物体を作製する場合には、本発明のDNAを適当なベクターに挿入して、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させる。本発明のDNAまたはベクターは、植物体における内在性遺伝子の転写活性化機能を有するが、本発明のDNAまたはベクターを任意の植物体に導入し発現させることにより、それらの植物体の内在性遺伝子の転写を活性化させることが可能である。
上述のように、本発明のDNAまたはベクターを植物体の細胞内へ導入および発現させる工程を含む、植物体における内在性遺伝子を転写活性化させる方法もまた本発明に含まれる。該方法によって、内在性遺伝子が転写活性化された植物体が作出される。従って本発明は、本発明のDNAまたはベクターを植物体の細胞内へ導入および発現させる工程を含む、内在性遺伝子が転写活性化された植物体の製造方法を提供する。
上記本発明の方法によって作出された植物体は、内在性遺伝子の転写が活性化されることが期待される。上述のように、本発明のDNAまたはベクターを植物細胞へ導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む形質転換植物体、即ち内在性遺伝子の転写が活性化した植物の製造方法もまた本発明に含まれる。具体的には、以下の(a)および(b)の工程を含む製造方法である。
(a)本発明のDNAまたはベクターを植物細胞に導入および発現させる工程
(b)該植物細胞から植物体を再生させる工程
上記工程(a)における本発明のDNAまたはベクターの植物細胞への導入は、上述の方法によって行うことができる。また上記工程(b)における該植物細胞からの植物体の再生についても、上述の方法によって行うことができる。
本発明の内在性遺伝子の転写が活性化された植物体は、他の製造方法(例えば育種法)によっても作出することが可能である。
上記の育種法としては、例えば、本発明のDNAを有する品種と交雑させることを特徴とする一般的な育種法(交雑育種法等)を挙げることができる。該方法によって、内在性遺伝子の転写が活性化された植物体を作出することができる。育種法によって本発明の植物体を作製する際には、公知の種々の文献を参照して適宜実施することができる。
本発明の上記製造方法(育種法)の好ましい態様としては、以下の工程(a)および(b)を含む方法である。
(a)本発明のDNAを有する植物と交雑させる工程
(b)前記DNAを有する改変された植物体を選抜する工程
また上記の工程を含む製造方法によって作出された植物体は、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導されると考えられる。即ち上記工程を含む、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導された植物の製造方法もまた本発明に含まれる。
さらに上記の工程を含む製造方法によって作出された植物体は、形質が改変されると考えられる。即ち上記工程を含む、形質が改変された植物の製造方法もまた、本発明に含まれる。
以下本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕 pMADS3遺伝子の第2イントロンを標的とした逆反復配列を含む植物発現ベクターの構築
pMADS3第2イントロン(全長4010 bp、配列番号:9)中の部分配列である領域II(第2イントロンの開始部位を1とした時の部位1001-2000)の逆反復配列を発現させるための植物発現ベクターpBiMADS-I2-2は以下の手順に従って作成した。
まず、PCRにより、領域IIの塩基配列をもつDNA断片を得た。PCRは、pBS/pMADS3(Kapoor et al. (2002). Role of petunia pMADS3 in determination of floral organ and meristem identity, as revealed by its loss of function. Plant J. 32, 115-127.)を鋳型とし、以下の表1(プライマーの塩基配列)に示す領域II増幅用プライマーセット(MADSi2RNAi-2FおよびMADSi2RNAi-2R)を用いて行った。
PCR反応は、エキスパンドハイフィディリティPCRシステム(ロシュ社)を用い、96℃/2分の後、96℃/30秒、55℃/30秒、72℃/1分を30サイクルした後、72℃/10分の条件で行った。これによって得られたDNA断片の5’末端にはPacIおよびNcoI制限酵素認識配列、3’末端にはBamHIおよびClaI制限酵素認識配列が付加される。このDNA断片をNcoIとClaIで切断しpGKmFGCのNcoI/ClaIサイトに挿入して、pMADS3第2イントロンの領域IIに対応する配列を順方向にもつベクターを得た。さらにこのベクターのPacI/BamHIサイトに、PacIとBamHIで切断したDNA断片を挿入し、領域II配列の逆反復配列をもつpGKmMADS-I2-2を得た。この逆反復配列は、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター領域(P35S; 0.7 kb)の下流、オクトピン合成酵素のターミネーター領域(OCS3’; 0.8 kb)の上流に位置する。また、順方向配列と、逆方向配列の間には約300 bpのβ-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子断片がスペーサーとして挿入されている。次に、pGKmMADS-I2-2からKpnIとEcoRIを用いてP35S/逆反復配列/OCS3’を切り出し、植物発現ベクターであるpBINPLUS(van Engelen, F.A. et al., (1995). pBINPLUS: an improved plant transformation vector based on pBIN19. Transgenic Res. 4, 288-290.)のKpnI/EcoRIサイトに挿入して、pBiMADS-I2-2を得た(図2)。
同様にして、pMADS3第2イントロンの領域I(部位1-1000)および領域III(部位2001-3000)、領域IV(部位3001-4010)に対応する逆反復配列をそれぞれ発現させるためのベクター、pBiMADS-I2-1、pBiMADS-I2-3、pBiMADS-I2-4を作製した。
〔実施例2〕 各融合遺伝子のペチュニア細胞への導入
実施例1で構築したプラスミドベクターを、アグロバクテリウム・チュメファシエンスGV3101株を用いたリーフディスク法(Jorgensen, R.A. et al., (1996). Chalcone synthase cosuppression phenotypes in petunia flowers: comparison of sense vs. antisense constructs and single-copy vs. complex T-DNA sequences. Plant Mol. Biol. 31, 957-973.)によってペチュニアへ導入した。形質転換されたペチュニア細胞の選抜は、カナマイシンを用いて行った。pBiMADS-I2-1およびpBiMADS-I2-2、pBiMADS-I2-3、pBiMADS-I2-4を導入した形質転換体を、各々V001系統およびV002系統、V003系統、V004系統とした。
〔実施例3〕 形質転換ペチュニアにおける花器官のホメオティック変化
V002形質転換系統は、内在性のpMADS3が花弁で異所的に発現したペチュニア(Tsuchimoto, S. et al., (1993). Ectopic expression of pMADS3 in transgenic petunia phenocopies the petunia blind mutant. Plant Cell 5, 843-853.、Kapoor, M. et al., (2005). Transgene-triggered, epigenetically regulated ectopic expression of a flower homeotic gene pMADS3 in Petunia. Plant J. 43, 649-661.)と同様な表現型(ect-pMADS3)を示した。図3Aに示すように、花弁が脈組織に沿ってくびれ、そのくびれた脈組織の先端部に葯様構造が認められた。これらの花では、雌ずいおよび雄ずいは正常な外見を呈していた。13系統のうち12系統においてect-pMADS3が現れ、残り1系統は、野生形と同一の形質を示した。また、V001およびV003、V004系統では、花器官におけるホメオティック変化は認められなかった(表2:各表現型を示す形質転換体の系統数(T0世代))。
〔実施例4〕 形質転換ペチュニアにおける内在性pMADS3の発現
形質転換体における内在性pMADS3の発現解析は、内在性pMADS3のみを特異的に検出し、導入pMADS3を検出しないDIG標識RNAプローブ(pMADS3 cDNA3’領域のHindIII/SpeI断片、464 bp)を用い、ロシュ社のマニュアルに従って行った。内在性pMADS3は本来雄ずいおよび雌ずいに特異的に発現している(非形質転換体、WT V26)。これに対し、V002系統の花では、雄ずいおよび雌ずいに加え、花弁においても内在性pMADS3が異所的(エクトピック)に発現していた(図3B)。実施例3および4の結果は、pMADS3第2イントロン領域IIの逆反復配列を発現させることにより、内在性pMADS3を活性化できることを示していると同時に、領域IIがpMADS3エクトピック発現に必要十分であることを示している。
内在性pMADS3エクトピック発現に必要な領域をさらに詳細に特定するため、領域II(1,001-2,000)を含む領域を250-550 bpの単位でさらに分割したDNA領域を逆反復配列発現の標的とする形質転換体を作製した(図4A)。その結果、1,501-1,800 の300 bp領域を標的とした系統(V008)に強いect-pMADS3形質が高頻度に現れ、それより上流の領域を含む系統(V006およびV007)においてもやや弱い形質がV008の場合より低頻度で現れた。1,501-1,800 の300 bpの領域をさらに100bp単位で分割した結果、1,701-1,800 bpの領域を標的とした系統(V019)およびこの部分を含む領域を標的とした系統(V016)においてect-pMADS3形質が誘導された(図4B)。これらの結果から、1,701-1,800 の領域にpMADS3エクトピック発現に関わるDNA配列が存在することが示された。また、V005およびV006の結果から、1251-1,500の領域にもpMADS3エクトピック発現に関わる別のDNA配列が存在することが示された(図4A)。1,701-1,800 の領域には、シロイヌナズナのpMADS3オーソログであるAGAMOUSのイントロン2に見出された(候補)シス・エレメントのCCAATCA motif、CArG motif(Hong, R.L. et al., (2003). Regulatory elements of the floral homeotic gene AGAMOUS identified by phylogenetic footprinting and shadowing. Plant Cell 15, 1296-1309.)、BELLRINGER結合サイト様配列(Bao, X. et al., (2004). Repression of AGAMOUS by BELLRINGER in floral and inflorescence meristems. Plant Cell 16, 1478-1489.)が含まれている。また多数のpMADS3ホモログのイントロン2に高度に保存されている70 bpの配列(Davies, B. et al., (1999). PLENA and FARINELLI: redundancy and regulatory interactions between two Antirrhinum MADS-box factors controlling flower development. EMBO J. 18, 4023-4034.)もこの領域に含まれている。
〔実施例5〕 pMADS3エクトピック発現形質の遺伝
pMADS3エクトピック発現形質を示したV002系統を野生型ペチュニアと交配してT1種子を得、T1世代における花の表現型および導入遺伝子の有無を調べた。導入遺伝子を特異的に増幅するプライマーセットを用い、ゲノムDNAを鋳型としてPCRを行った結果、T1世代においては、12個体中7個体が導入遺伝子を保持し、そのうち6個体がpMADS3エクトピック発現形質を示した。一方、5個体は導入遺伝子を分離により失っていたが、そのうち少なくとも1個体(T1-5)がpMADS3エクトピック発現形質を示した(図5A)。すなわち、この結果は遺伝子導入によって誘導されたpMADS3エクトピック発現形質が、後代においては導入遺伝子非依存的に発現していることを示している。1,501-1800 bpの300 bpの領域を逆反復配列の標的とした系統(V008)についても同様の解析を行った結果、この系統においても導入遺伝子非依存的に内在性pMADS3異所的発現が誘導されていることが確認された(図5B)。
〔実施例6〕 DNAメチル化の解析
形質転換体のDNAメチル化状態を解析するには、つぼみからゲノムDNAを抽出し、Methylamp DNA Modification Kit(エピジェンテック社)を用いてbisulfite処理した。次にBisulfite処理後のDNAを鋳型としてPCRを行い、得られたPCR産物をpGEM-T easyベクター(プロメガ社)にクローニング後、常法により塩基配列を決定した。その結果、V002系統のT1世代において、通常はメチル化されていないpMADS3第2イントロンの領域IIの配列に著しいDNAメチル化が検出された。
この結果によって、pMADS3第2イントロン領域IIのDNAメチル化がpMADS3エクトピック発現と密接に関連し、T1世代で導入遺伝子分離後もpMADS3エクトピック発現の形質が保持されるのは、DNAメチル化によって転写制御に関する情報がゲノムDNAに記憶されることが要因であると推測された。おそらく、実施例4において特定された1,701-1,800 の領域に含まれるシス・エレメントのいずれかにおけるDNAメチル化がpMADS3エクトピック発現に深く関わっていることが推測される。
〔実施例7〕 pMADS3イントロン2部分配列逆反復配列発現系統における各花器官でのpMADS3遺伝子の発現
実施例4において作製し、花の表現型を調べた形質転換ペチュニアの各系統において、各花器官における内在性pMADS3遺伝子の発現をリアルタイムRT-qPCRによって詳細に解析した(図7A)。その結果、逆反復配列の標的とする領域が短くなるにしたがってがく片および花弁におけるpMADS3遺伝子の発現レベルが高まる傾向を示し(図7A)、pMADS3遺伝子の発現レベルと比例した花弁の雄ずい化などのホメオティック変化が認められた(図7B)。
〔実施例8〕 pMADS3エクトピック発現系統におけるDNAメチル化の解析
実施例4において作製した形質転換ペチュニアの各系統におけるDNAメチル化パターンを調べた結果、内在性pMADS3遺伝子のイントロン2中の逆反復配列発現領域に対応するDNA配列にシトシンメチル化が検出された(図8)。この結果は、実施例4および実施例7の結果と考え合わせ、pMADS3イントロン2中の特定DNA配列(1700-1800)におけるシトシンメチル化と内在性pMADS3のがく片および花弁でのエクトピック発現との因果関係を示している。以上の結果を総合すると、逆反復配列発現によって内在性pMADS3遺伝子のイントロン2中のDNAのシトシンメチル化が誘導され、おそらくその部分に含まれるpMADS3発現の負の制御に関わるシスエレメントが不活性化された結果、内在性pMADS3のがく片および花弁でのエクトピック発現に至ったと考えられる。
〔実施例9〕 逆反復配列発現によって誘導されたDNAメチル化は導入遺伝子の分離後も後代に遺伝する
実施例5において、pMADS3エクトピック発現形質が導入遺伝子の分離後も保持されることを示した。そこで、pMADS3エクトピック発現と直接関わるDNAメチル化が導入遺伝子分離後も保持されているかどうかについて調べた(図9)。pMADS3エクトピック発現が観察されたT0世代の形質転換ペチュニア系統pMADS3:GUS (73-6)およびpMADS3:PhSUP1 (71-14)を非形質転換ペチュニア(cv. Mitchell)とそれぞれアウトクロスして得られたT1世代の後代のうち数個体において、導入遺伝子を分離で失っていることがPCRによって確認されたにもかかわらず、内在性pMADS3遺伝子(形質転換体由来のsu2のみ)が花弁でエクトピック発現していることがわかった。そのうちの2個体についてbisulfite法によるDNAメチル化分析を行った結果いずれの場合も、花弁でエクトピック発現しているpMADS3遺伝子(su2)のイントロン2部分配列に強いシトシンメチル化が検出された。シトシンメチル化が検出された配列は対称メチル化部位(CGおよびCNG)が多く、非対称メチル化部位(CNN)は少なかった。このことは、導入遺伝子が分離した後、maintenanceメチル化部位(CGおよびCNG)のメチル化は保存され、de novoメチル化部位(CNN)のメチル化は失われていったことを示している。この結果は、実施例5において観察された導入遺伝子の分離後も保持される内在性pMADS3エクトピック発現がDNAメチル化によって媒介されていることを示している。
図1は、RNAiの応用によるpMADS3エクトピック発現誘導の概念図である。逆反復配列を含む転写物が2本鎖RNA (dsRNA)を形成し、さらに約20ヌクレオチドのsmall RNAにプロセスされて、相同配列を有する標的のゲノムDNAに作用する。これによってRNA依存性DNAメチル化が誘導され、標的遺伝子の転写が活性化される。 図2は、逆反復配列発現用植物発現ベクター(pBiMADS-l2-2)を表す図である。 図3は、形質転換体におけるpMADS3エクトピック発現と花弁の葯化を表す写真である。(A) 形質転換体(V002系統)の花に現れた花弁上の葯様組織(矢印で示す部分)を示す写真である。(B) 野生型および形質転換植物における内在性pMADS3の発現について示す写真である。非形質転換体ではpMADS3は雄ずいと雌ずいに特異的に発現しているのに対し、V002系統では、花弁にもpMADS3が発現していた。(上段:ノーザン、中段:RT-PCR、下段:総RNAのエチジウム・ブロマイド染色像) 図4は、pMADS3 イントロン2領域IIをさらに分割した部分領域の逆反復配列発現によるect-pMADS3形質の誘導について示す図である。(A) pMADS3 イントロン2領域II(1,001-2,000)を含む配列を250-550 bp単位で分割した部分領域の逆反復配列を導入した形質転換体に表れた表現型(個体数)。(B) 300bp領域(1,501-1,800)を約100 bp単位で分割した部分領域の逆反復配列を導入した形質転換体に表れた表現型(個体数)。 図5は、T1世代における導入遺伝子非依存的pMADS3エクトピック発現について示す写真である。(A) V002系統のT1個体(T1-5)におけるpMADS3 mRNAの発現。(B) V008各系統のT1個体におけるpMADS3 mRNAの発現。いずれも野生型ペチュニア(cultivar Mitchell, MWT)との交配で得られたT1世代のうち、導入遺伝子が分離で失われていることがゲノミックPCRによって確認された個体について、pMADS3 mRNAの発現をRT-PCRによって調べた。 図6は、pMADS3エクトピック発現を示す系統における内在性pMADS3遺伝子第2イントロンのメチル化状態について示す図である。白丸は非メチル化CG、白四角は非メチル化CNG、白三角は非メチル化CNN、黒丸はメチル化CG、黒四角はメチル化CNG、黒三角はメチル化CNNを表す。 図7は、pMADS3イントロン2部分配列逆反復配列発現系統における各花器官でのpMADS3遺伝子の発現(A)とそれにともなう花器官の形態変化を示す写真(B)である。(A)形質転換ペチュニア系統の葉(lf)、がく片(se)、花弁(pl)、雄ずい(st)、雌ずい(ca)におけるpMADS3遺伝子のmRNAの発現をリアルタイムRT-qPCRで調べた。内部標準のelongation factor遺伝子の発現との比で示している。(B) 形質転換ペチュニアの各系統における典型的な花の形態。 図8は、pMADS3イントロン2部分配列逆反復配列発現系統におけるpMADS3イントロン2部分配列(1500から1850位)のメチル化パターンを示す。各植物個体からのDNAをbisulfite処理した後、クローニングし、各サンプルにつき少なくとも9クローンの塩基配列を決定して各部位におけるシトシンのメチル化の割合(%)を算出した。個々のシトシンを含む配列は、対称メチル化部位(CGおよびCNG)か非対称メチル化部位(CNN)であるかを明示した。 図9は、pMADS3エクトピック形質を示す形質転換ペチュニア(pMADS3:GUSおよびpMADS3:PhSUP1)と非形質転換ペチュニアとを交配して得たT1世代におけるpMADS3イントロン2部分配列のメチル化パターンを示す。miは非形質転換ペチュニア由来のpMADS3アリルを、su2はpMADS3:GUSまたはpMADS3:PhSUP1系統由来のpMADS3アリルを、それぞれ表す。

Claims (29)

  1. 内在性遺伝子の転写を活性化するDNAであって、内在性遺伝子の発現制御領域に対応する順方向配列および逆方向配列が結合した構造を有するRNAをコードし、
    前記発現制御領域が、配列番号:9に記載の塩基配列における1,001位〜2,000位の塩基配列、1701位〜1800位の塩基配列、または1251位〜1500位の塩基配列を少なくとも含むことを特徴とする、前記DNA。
  2. 前記順方向配列および逆方向配列との間にスペーサー配列が結合した構造を有する、請求項1に記載のDNA。
  3. 前記DNAの上流にプロモーター活性を有するDNA、および前記DNAの下流にターミネーター活性を有するDNAが結合した構造を有する、請求項1または2に記載のDNA。
  4. 前記RNAの鎖長が、100塩基対以上、1000塩基対以下であることを特徴とする、請求項1に記載のDNA。
  5. 前記発現制御領域に、転写調節領域またはその一部が含まれる、請求項1に記載のDNA。
  6. 前記転写調節領域が、転写抑制領域である、請求項5に記載のDNA。
  7. 前記転写抑制領域に、サイレンサー、またはネガティブ-シス-エレメントが含まれる、請求項6に記載のDNA。
  8. 前記転写調節領域に、配列番号:10に記載の塩基配列からなるDNAが含まれる、請求項5に記載のDNA。
  9. 前記転写調節領域に、以下の(a)〜(c)のいずれかに記載のDNAが含まれる、請求項5に記載のDNA。
    (a)CCAATCAモチーフ配列をコードするDNA
    (b)CArGモチーフ配列をコードするDNA
    (c)BELLRINGER結合サイト様配列をコードするDNA
  10. 内在性遺伝子が、MADS3遺伝子またはそのホモログである、請求項1に記載のDNA。
  11. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNAを含むベクター。
  12. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを保持する宿主細胞。
  13. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを保持する植物細胞。
  14. 請求項13に記載の植物細胞を含む形質転換植物体。
  15. 請求項14に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
  16. 請求項14または15に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
  17. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを有効成分として含有する、内在性遺伝子の転写活性化剤。
  18. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを有効成分として含有する、内在性遺伝子のエクトピック発現誘導剤。
  19. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを有効成分として含有する、非ヒト生物の形質改変用薬剤。
  20. 非ヒト生物が植物である、請求項19に記載の薬剤。
  21. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることにより、内在性遺伝子の転写を活性化する方法。
  22. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることによる、内在性遺伝子のエクトピック発現を誘導する方法。
  23. 請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを、内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させることによる、植物体の形質を改変する方法。
  24. 以下の(a)〜(c)の工程を含む、内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統の作出方法。
    (a)請求項1〜10のいずれかに記載のDNAまたは請求項11に記載のベクターを、該内在性遺伝子を有する細胞内に導入および発現させる工程
    (b)内在性遺伝子が活性化した形質転換植物体を選抜する工程
    (c)前記選抜した形質転換植物体を自殖または他の系統の植物体と交配し、交雑後代から内在性遺伝子が転写活性化された形質転換植物体系統を得る工程
  25. 前記発現制御領域のゲノムDNAをメチル化することを特徴とする、請求項21〜24のいずれかに記載の方法。
  26. 以下の(a)および(b)の工程を含む、内在性遺伝子が活性化した植物の製造方法。
    (a)請求項1〜10のいずれかに記載のDNA、または請求項11に記載のベクターを植物細胞に導入および発現させる工程
    (b)該植物細胞から植物体を再生させる工程
  27. 以下の(a)および(b)の工程を含む、内在性遺伝子が活性化した植物の製造方法。
    (a)請求項1〜10のいずれかに記載のDNAを有する植物と交雑させる工程
    (b)前記DNAを有する改変された植物体を選抜する工程
  28. 請求項26または27に記載の工程を含む、内在性遺伝子のエクトピック発現が誘導された植物の製造方法。
  29. 請求項26または27に記載の工程を含む、形質が改変された植物の製造方法。
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