上記の特許文献1〜3に記載の技術は、特定疾患の病変部を直接評価する方法ではなく、疾患により生成される物質についての評価を行うため、特定疾患に罹患している可能性の有無を簡便に判定する1次スクリーニング手段として有用であると考えられる。1次スクリーニング手段では、病状が軽度な患者であっても正確に罹患の可能性を指摘する感度が高いことが必要であると同時に、特定疾患に罹患している被験者の検体に対して陰性であると判定する偽陰性の判定が少ないことが求められる。具体的には、例えば悪性腫瘍の1次スクリーニング手段として用いる場合には、早期がんと判定されるような病状が軽度な患者についても罹患の可能性があることを指摘する能力を有することが必要とされる。
しかしながら、早期がんの1次スクリーニング手段として特許文献1の技術では、検出能力(感度)が十分でなかったり、実際には陰性である検体も陽性であると判定されてしまう偽陽性の判定結果が多いという問題があることが判明した。このような問題が発生する原因として、検体として用いる体液には、疾患に由来する微量の蛍光性物質のほかに疾患に寄与しないバックグラウンドとなる蛍光性物質が大量に含まれることから、3次元光スペクトルにおいて疾患に由来する蛍光性物質の濃度の差異を捉えることが難しいという点がある。さらに、検体となる体液は、被験者毎に濃度や構成成分が異なることが多い。したがって、指標物質を特定して濃度補正を行った場合でも、個人差に由来するバックグラウンド成分が多く精度の向上が困難という問題もある。このため、特に軽度の疾患の場合において微量の蛍光性物質による3次元光スペクトルの微小な差異を捉えることが困難となり、判定能力が向上しないため、1次スクリーニング手段としての実用化が困難であった。
一方、体液等の検体から得られる3次元光スペクトルの解析方法として、特許文献2や特許文献3の技術を用いることを検討した場合においても、やはり実用化が困難である。特許文献2及び特許文献3の技術では、いずれも、計測結果に対して規格化又は標準化した後のスペクトル全体に対して主成分分析を行って、スペクトルに含まれる成分又は因子の要約を行っている。したがって、特許文献2又は特許文献3の解析方法を用いた場合、軽度の疾患のように特にバックグラウンド成分に比べて疾患に由来する蛍光性物質が微量であるときに、バックグラウンド成分の個人差(検体差)による影響が大きく、疾患由来の蛍光性物質成分の有無による分析結果の差異が小さくなるため、疾患に関する正確な判定が困難になっている。
本発明は上記を鑑みてなされたものであり、判定方法が簡便であり、病状が軽度な場合であっても疾患に罹患している疑いのある検体をより正確に判定することのできる疾患判定方法及び疾患判定用データ生成方法を提供することを目的とする。
本発明者等が検討したところ、3次元光スペクトルにおける励起光波長が280nm〜370nm、かつ、出射光波長が300nm〜500nmの範囲の部分は、疾患の属性に応じた変化がほとんど現れない一方、疾患の属性とは関係のない他の属性に基づく変化が大きく現れることが判明した。また、バックグラウンド変化部の強度パターン自体が、上述の範囲における出射光の強度に基づいて概ね数種類のグループ(以下、バックグラウンドグループと称する)に分類されること、及び、各3次元光スペクトルのバックグラウンド変化部がどのバックグラウンドグループに属するかを判断した上で、バックグラウンドグループ毎に予め個別に定められた3次元光スペクトルの形状に関する評価関数に基づいて各3次元光スペクトルを評価して評価値を得ることにより、従来に比べて精度よく疾患の属性の判定ができることが判明した。
上記目的を達成するため、本発明に係る疾患判定方法は、疾患の属性が未知の生体試料に対して波長を連続的又は断続的に変化させながら励起光を照射し、生体試料から発せられる出射光の波長及び強度を計測することにより得られた、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される3次元光スペクトルを、3次元光スペクトルにおける励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300〜500nmの範囲における出射光の強度に基づいて複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類するバックグラウンド分類工程と、バックグラウンドグループ毎にあらかじめ定められた、3次元光スペクトルの形状を評価する評価関数に基づいて3次元光スペクトルの評価値を取得する評価値取得工程と、評価値に基づいて前記生体試料の疾患の属性を判定する属性判定工程と、を備える。
本発明によれば、疾患の属性との関連性が低い上述の範囲の出射光の強度に基づいて各3次元光スペクトルが複数のバックグラウンドグループのいずれかに好適に分類され、バックグラウンドグループ毎に予め定められた評価関数により各3次元光スペクトルの評価値がそれぞれ得られることと成る。したがって、より正確な疾患判定が可能となる。
ここで、本発明に係る疾患判定方法において、バックグラウンド分類工程では、3次元光スペクトルの励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300nm〜500nmの範囲におけるピーク位置に基づいて3次元光スペクトルを分類することが好ましい。
上記のように、励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300nm〜500nmの範囲におけるピーク位置に基づいて生体試料(3次元光スペクトル)を分類することにより、分類を容易に行うことが可能となり、判別精度も高くなる。
また、本発明に係る疾患判定方法において、バックグラウンド分類工程では、3次元光スペクトルを、3次元光スペクトルの励起光波長290nm〜300nmにおいて波長範囲430nm〜440nmに出射光のピークが存在するグループと、3次元光スペクトルの励起光波長310nm〜320nmにおいて波長範囲400nm〜410nmに出射光のピークが存在するグループと、に分類することが好ましい。
発明者等の検討によれば、生体試料を測定することにより得られる3次元光スペクトルを、上記の2つのバックグラウンドグループに分類することにより、極めて精度よく判別が行える。したがって、少なくともこれらのグループに分類することにより、疾患の属性の判別精度を高くすることができる。
本発明に係る疾患判定方法において、評価関数は、3次元光スペクトルの励起光波長を例えば360nm〜580nmの間の所定の値に定めることにより得られる2次元出射光スペクトルの形状に関する評価関数を含むことが好ましい。
また、この評価関数は、さらに、3次元光スペクトルの出射光波長を例えば400nm〜700nmの間の所定の値に定めることにより得られる2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数、又は、
3次元光スペクトルにおける、励起光波長及び出射光波長の第1の特定の組合せに対応する出射光強度と、励起光波長及び出射光波長の第2の特定の組合せに対応する出射光強度と、の比を含むことが好ましい。
上記の評価関数が、これらを含むことにより生体試料の疾患の属性の判別精度をより一層高くすることができる。
また、疾患判定工程において、評価値を用いた判別関数に基づいて生体試料の疾患の属性を判定することが好ましい。これにより、複数の評価値を用いて疾患の判定が高精度かつ簡便に行える。
本発明に係る疾患判定方法は、生体試料は尿であることが好ましい。また、本発明に係る疾患判定方法は、生体試料は、酸又はアルカリが添加された態様をとることができる。
生体試料が尿である場合、本発明に係る疾患判定方法が好適に行われる。また、酸又はアルカリが添加された態様をとることで、生体試料の測定環境を考慮し、より判定精度を高めることができる。
疾患判定用データ生成方法は、疾患の属性が既知の複数の生体試料に対してそれぞれ波長を連続的又は断続的に変化させながら励起光を照射し、各生体試料から発せられる出射光の波長及び強度を計測することにより得られた、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される複数の3次元光スペクトルを、前記各3次元光スペクトルにおける励起光280〜370nmかつ出射光300〜500nmの範囲の部分における出射光の強度に基づいてそれぞれ複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類するバックグラウンド分類工程と、
3次元光スペクトルの形状を評価する複数の評価関数に基づく3次元光スペクトルの複数の評価値を、3次元光スペクトル毎に取得する評価値取得工程と、
3次元光スペクトル毎に得られた複数の評価値と、各3次元光スペクトルが属する生体試料の既知の疾患の属性と、に基づいて、各生体試料の疾患の属性を判別するのに適した評価関数を、バックグラウンドグループ毎にそれぞれ選択する評価関数選択工程と、を備える。
上記のように、疾患の属性との関連性が低い上述の範囲の出射光の強度に基づいて各3次元光スペクトルが複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類され、バックグラウンドグループ毎に適切な評価関数が選択されることにより、より正確な疾患判定が可能となる評価関数を得ることができる。
本発明に係る疾患判定用データ生成方法は、バックグラウンド分類工程では、3次元光スペクトルの励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300nm〜500nmの範囲におけるピーク位置に基づいて分類することが好ましい。
上記のように、励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300nm〜500nmの範囲におけるピーク位置に基づいて生体試料(3次元光スペクトル)を分類することにより、精度が高くなる分類を容易に行うことが可能となる。
さらに、本発明に係る疾患判定用データ生成方法において、バックグラウンド分類工程では、3次元光スペクトルを、3次元光スペクトルの励起光波長290nm〜300nmにおいて波長範囲430nm〜440nmに出射光のピークが存在するバックグラウンドグループと、3次元光スペクトルの励起光波長310nm〜320nmにおいて波長範囲400nm〜410nmに出射光のピークが存在するバックグラウンドグループと、に分類することが好ましい
発明者等が検討したところ、生体試料を測定することにより得られる3次元光スペクトルを、上記の2つのグループに分類することにより、疾患の属性の判別精度を高くすることができる。
本発明に係る疾患判定用データ生成方法において、評価関数は、3次元光スペクトルにおいて励起光波長を例えば360nm〜580nmの間の所定の値に定めることにより得られる2次元出射光スペクトルの形状に関する評価関数を含むことが好ましい。
また、この評価関数は、さらに、3次元光スペクトルにおいて出射光波長を例えば400nm〜700nmの間の所定の値に定めることにより得られる2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数、又は、
3次元光スペクトルにおける、励起光波長及び出射光波長の第1の特定の組合せに対応する出射光強度と、励起光波長及び出射光波長の第2の特定の組合せに対応する出射光強度と、の比を含むことが好ましい。
これにより、疾患の属性の判別精度をより高くすることができる。
また、評価関数選択工程では、判別分析法により評価関数を選択する態様をとることが好ましい。
本発明に係る疾患判定用データ生成方法において、さらに、選択された評価関数に基づく評価値を用いて各生体試料の疾患の属性を判別する判別関数をバックグラウンドグループ毎に取得する判別関数取得工程を備えることが好ましい。
これにより、判別が容易となる。
本発明に係る疾患判定用データ生成方法は、生体試料は尿であることが好ましい。また、本発明に係る疾患判定用データ生成方法は、生体試料は、酸又はアルカリが添加された態様をとることができる。
生体試料が尿である場合、本発明に係る疾患判定用データ生成方法が好適に行われる。また、酸又はアルカリが添加された態様をとることで、生体試料の測定環境を考慮し、より判定精度を高めることができる。
なお、本発明に係る疾患判定方法及び疾患判定用データ生成方法は、以下に示すとおり、それぞれ疾患判定装置及び疾患判定用データ生成装置の発明としても記述することができる。これはカテゴリが異なるだけで、同様の作用及び効果を奏する。
本発明に係る疾患判定装置は、疾患の属性が未知の生体試料に対して波長を連続的又は断続的に変化させながら励起光を照射し、生体試料から発せられる出射光の波長及び強度を計測することにより得られた、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される3次元光スペクトルを、前記3次元光スペクトルにおける励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300〜500nmの範囲における出射光の強度に基づいて複数のバックグラウンドグループに分類するバックグラウンド分類手段と、
バックグラウンドグループ毎にあらかじめ定められた、3次元光スペクトルの形状を評価する評価関数に基づいて3次元光スペクトルの評価値を取得する評価値取得手段と、
評価値に基づいて生体試料の疾患の属性を判定する属性判定手段と、を備える。
本発明に係る疾患判定用データ生成装置は、疾患の属性が既知の複数の生体試料に対してそれぞれ波長を連続的又は断続的に変化させながら励起光を照射し、前記各生体試料から発せられる出射光の波長及び強度を計測することにより得られた、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される複数の3次元光スペクトルを、3次元光スペクトルにおける励起光280〜370nmかつ出射光300〜500nmの範囲の部分における出射光の強度に基づいて複数のバックグラウンドグループに分類するバックグラウンド分類手段と、
3次元光スペクトルの形状を評価する複数の評価関数に基づく3次元光スペクトルの複数の評価値を、3次元スペクトル毎に取得する評価値取得手段と、
3次元光スペクトル毎に得られた複数の評価値と、各3次元光スペクトルが属する生体試料の既知の疾患の属性と、に基づいて、各生体試料の疾患の属性を判別するのに適した評価関数を、バックグラウンドグループ毎にそれぞれ選択する評価関数選択手段と、を備える。
本発明に係る疾患判定装置及び疾患判定用データ生成装置を用いることで、疾患判定用データの生成及び疾患の判定が好適に行われる。
本発明によれば、判定方法が簡便であり、病状が軽度な場合であっても疾患に罹患している疑いのある検体をより正確に判定することのできる、疾患判定方法及び疾患判定用データ生成方法を提供することができる。
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において、同一又は同等の要素には同一符号を用い、重複する説明を省略する。
(第1実施形態)
図1及び図2を用いて、本発明の第1実施形態に係る疾患判定用データ生成方法を示す。図1は、第1実施形態に係る疾患判定用データ生成方法の概要を示すフロー図である。本実施形態に係る疾患判定用データ生成方法においては、疾患の属性が既知の複数の生体試料を用いて本フローにしたがって操作を行う。ここで生成する疾患判定用データは、疾患の属性が未知の生体試料について、疾患に罹患している可能性があるかどうかを判定するために1次スクリーニングとして用いるためのデータとしての、評価関数及び判別関数である(詳しくは第2実施形態参照)。なお、本実施形態では、疾患として腫瘍(がん)を対象とし、疾患の属性として腫瘍の有無を判別する場合について説明する。
まず、ステップSP1において、疾患の属性が既知である複数の生体試料を準備する。具体的には、疾患に罹患していない健常者及び疾患に罹患している腫瘍患者の尿を採取し、尿検体を準備する。次に、尿検体を遠心分離等によって微細な固形分と液分とに分離し、上澄み液を収集する。次に、ステップSP2において、この上澄み液をネジ付き試験管等の密閉圧力容器に入れ、これに塩酸等の酸を加えて混合し、これを一定温度に加熱しながら一定時間保持することにより、尿検体の上澄み液の酸・加熱処理を行う。これにより、上澄み液に含まれる生化学成分の一部又は全部が加水分解等の化学変化を生じ得る。酸の使用量としては、上澄み液1質量部に対して、例えば6mol/L(リットル;以下同様)の塩酸を好ましくは0.1〜10質量部、より好ましくは0.2〜5質量部を用いることができる。また、前処理工程における加熱温度は、好ましくは100〜200℃、より好ましくは100〜160℃とされ、加熱時間は、0.5〜5時間であると好ましく、0.7〜2時間であるとより好ましい。
前処理工程が終了した後、上澄み液を室温に冷却し、ステップSP3において、一定量の水酸化ナトリウム溶液で適宜希釈し、液性がアルカリ性となるように調整する。このとき、アルカリ濃度は特に制限されず、pH領域の液性(アルカリ性)となっても構わないが、調整の容易さの観点より、例えば水酸化ナトリウムを用いた場合にOHイオン濃度が0.01〜2mol/L程度となるようにすると好ましく、より好ましくは0.1〜2mol/L程度とされる。
次に、ステップSP4において、液性が調整された溶液を希釈し、濃度を調整する。このときの濃度調整は、後述の蛍光測定時において測定器のレンジを超えないようにするために行われる。希釈濃度は吸収法によって求められ、この結果を基に溶液を希釈する。具体的には、波長300nmの光を溶液に照射した際の吸光度が、試料となる複数の溶液の間で一定となるように、それぞれの溶液を希釈する。以上により、蛍光測定を行うための試料溶液が得られる。
次いで、ステップSP5において、石英セル等の蛍光測定用容器に蛍光測定用試料の一定量を入れ、一般に使用される蛍光光度計に収容する。そして、その蛍光測定用試料に所定波長の励起光を照射し(励起光照射工程)、その際に試料から発せられる所定波長の蛍光強度を計測する(出射光計測工程)。これにより、励起光波長、出射光(蛍光)波長、及び出射光(蛍光)強度からなる3次元光スペクトルを得る。なお、出射光(蛍光)測定に際しては、試料温度を例えば室温で一定に保持することが望ましい。
このとき、励起光としては、好ましくは200〜900nmである。より好ましくは250〜600nmの波長の光を連続的に波長走査して照射すると好適である。一方、計測する出射光(蛍光)の波長範囲としては、好ましくは200〜900nm、より好ましくは300〜600nmである。
次に、ステップSP6では、上記ステップSP5で得られた3次元光スペクトルのデータ解析を行う。このステップでは、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される複数の3次元光スペクトルにおいて、励起光波長280〜370nmかつ蛍光波長300〜500nmの範囲の部分における出射光(蛍光)強度に基づいて、各3次元光スペクトルを複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類するバックグラウンド分類工程と、複数の評価関数に基づく3次元光スペクトルの複数の評価値を3次元スペクト毎にそれぞれ取得する評価値取得工程と、3次元光スペクトル毎に得られた各評価値と、各3次元光スペクトルを測定した試料溶液の元となる検体提供者の疾患の既知の属性とを考慮し、疾患の属性を判別するのに適した評価関数を、バックグラウンド分類工程において分類したバックグランドグループ毎に選択する評価関数選択工程と、が行われる。
図2は、第1実施形態において3次元光スペクトルのデータ解析(ステップSP6)の好適な手順の一例を示すフロー図である。ステップSP6では、まず、ステップSP61において、各3次元光スペクトルについて、当該3次元光スペクトルの形状を評価する多数の評価関数に基づいて評価値の取得を行う(評価値取得工程)。この評価値は、3次元光スペクトルの形状を評価する評価関数が定まると、各3次元光スペクトルに対して一意に定まる値であり、詳しくは後述する。
なお、本ステップにおいて、出射光(蛍光)測定により得られた3次元光スペクトルにおいて、励起光の波長を所定の値に固定することにより得られる、出射光(蛍光)の波長に対して出射光(蛍光)の強度をプロットした2次元スペクトルを「2次元出射光スペクトル」と呼ぶ。また、3次元光スペクトルにおいて、出射光(蛍光)の波長を所定の値に固定することにより得られる、励起光の波長に対して出射光(蛍光)の強度をプロットした2次元スペクトルを「2次元励起光スペクトル」と呼ぶ。
図3は、本実施形態に基づき、健常者から採取した尿を検体として試料溶液を作成し、蛍光測定した際の3次元光スペクトルの例である。この3次元光スペクトルは、励起光の波長を210nmから580nmまで10nm間隔で変化させ、それぞれの波長において出射される出射光(蛍光)のスペクトルを測定したものである。また、出射光(蛍光)のスペクトルの測定範囲は300nmから700nmであり、分解能が10nmである。図3の3次元光スペクトルの場合、励起光波長300nmで出射光(蛍光)波長430nm付近にピークP1がある。
続いて、評価関数の一例として、「3次元光スペクトルの励起光の波長を所定の値に定めることにより得られる2次元出射光スペクトルの形状を示す評価関数」(以下、「2次元出射光スペクトルの形状を示す評価関数」と呼ぶことがある)、について説明する。所定の値としては、360nm〜580nmが好ましく、特に、430nm、460nm、490nm、等が好ましく、離散的に波長選択することが適切である。「2次元出射光スペクトルの形状を示す評価関数」の具体例としては、例えば、「2次元出射光スペクトルにおけるピーク波長」、及び、「2次元出射光スペクトルのピークの出射光強度に対して所定の割合(例えば、10〜90%のいずれか)の出射光強度となる、ピーク波長に比して長波長側又は短波長側の波長」等がある。
図4は、図3に示される3次元光スペクトルの励起光の波長400nmにおける2次元出射光スペクトルを示したものである。この2次元出射光スペクトルは、ピークの出射光の強度を1として規格化し、相対強度を示したものである。また、図4で示される曲線は、互いに隣接する測定データとの間を補完したものである。図4の2次元出射光スペクトルでは、例えばピーク波長が441nmであることが読み取れる。また、ピーク波長よりも長波長側で、出射光強度がピークの強度に対して0.5となる点の出射光波長は521nmである。したがって、評価関数として、「励起光波長400nmにおける2次元出射光スペクトルにおけるピーク波長」と定義される関数を用いて評価値を取得すると「441nm」という値が得られ、「励起光波長400nmにおける2次元出射光スペクトルにおいて、ピークの出射光波長に対して長波長側であり、かつ、当該ピークにおける出射光強度に対する相対出射強度が0.5である出射光の波長」と定義される関数を用いて評価値を取得すると「521nm」という値が得られる。なお、「ピークの出射光波長に対して長波長側であり」として、ピークから先で下降する形状を抽出しているが、ピークへ向かって上昇する立上がり形状も健常者群と腫瘍患者群とを比較する重要な要素となるため、例えば、「励起光波長400nmにおける2次元出射光スペクトルにおいて、ピークの出射光波長に対して短波長側であり、かつ、当該ピークにおける出射光強度に対する相対出射強度が0.5である出射光の波長」も好適な評価関数である。
このようにして、「3次元光スペクトルの励起光の波長を所定の値に定めることにより得られる2次元出射光スペクトルの形状を示す評価関数」に基づく評価値を3次元光スペクトル毎に取得することができる。なお、同じ3次元出射光スペクトルを対象とした場合でも、「所定の値」に定められる励起光の波長が異なると2次元出射光スペクトルが異なるので評価値が異なるものとなる。
続いて、評価関数の一例としての、「3次元光スペクトルの出射光の波長を所定の値に定めることにより得られる2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数」(以下、「2次元励起光スペクトルの形状を示す評価関数」と呼ぶことがある)について説明する。所定の値としては、400nm〜700nmが好ましく、特に、550nm等が好ましい。「2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数」の具体例としては、例えば、「2次元励起光スペクトルにおける、第1の特定の励起光波長に対する出射光強度と、第2の特定の励起光波長に対する出射光強度と、の比」が挙げられる。図5は、図3に示される3次元光スペクトルの出射光(蛍光)の波長450nmにおける2次元励起光スペクトルを示したものである。この2次元励起光スペクトルについても、図5の2次元出射光スペクトルと同様に、ピークの出射光強度を1として規格化し、相対強度を示したものである。この2次元励起光スペクトルでは、例えば、任意の励起光の波長を2つ選択しこれらの波長における出射光強度の比(レシオ値)を評価関数とすることができる。図5の二次元励起光スペクトルの場合、励起光の波長350nmにおける出射光強度(Ex350)と励起光の波長400nmにおける出射光の強度(Ex400)とのレシオ値は、Ex400/Ex350=1.12となり、これが評価値となる。なお、同じ3次元出射光スペクトルを対象とした場合でも、「所定の値」に定められる出射光の波長が異なると2次元励起光スペクトルが異なるので評価値が異なるものとなる。
上記のほか、例えば、図6に示される種々の評価手法を用いて、2次元出射光スペクトルの形状に関する評価関数や2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数を定義することができる。図6において、例えば、事前に評価関数で評価する際に用いる2次元スペクトルにおける波長の範囲を規定しておき、その励起光の波長と、ピーク波長との差(fw)、ピーク波長より長波長側でありピークに対して相対強度が72.5%である地点の波長との差(fh)、ピーク波長より長波長側でありピークに対して相対強度が50%である地点の波長との差(fe)、ピーク波長より短波長側でありピークに対して相対強度が72.5%である地点の波長との差(rh)等を用いることもできる。また、ピーク波長と、ピーク波長より長波長側でありピークに対して相対強度が72.5%である地点の波長との差(a)またはピーク波長より長波長側でありピークに対して相対強度が72.5%である地点の波長との差(b)、(a)と(b)との比、ピークに対して短波長側及び長波長側にそれぞれ配置し、ピークに対して相対強度が72.5%である2箇所の波長の差(wd)等を評価関数とすることも可能である。
なお、上述の評価関数において、二次元出射光スペクトル及び二次元励起光スペクトルは、それぞれ個々のスペクトルにおいてそのスペクトルの有するピークの出射光(蛍光)強度を1として規格化されているが、他の生体試料との関係や、同一の生体試料から得られる3次元光スペクトルにおける他の二次元出射光スペクトルや他の二次元励起光スペクトルとの比較によって規格化したものではない。したがって、規格化は本質的な事項ではなく、規格化しなくても結果に影響はなく、さらに、上記で求められる評価値は、各スペクトルの強度の絶対値に関する値ではなく、各スペクトルの形状を示す評価値である。
さらに、評価関数の他の一例として、「3次元光スペクトルにおける、励起光波長及び出射光波長の第1の特定の組合せに対応する出射光強度と、励起光波長及び出射光波長の第2の特定の組合せに対応する出射光強度と、の比」(以下、3次元光スペクトルの2点の強度比に関する評価関数と呼ぶ)について説明する。この評価関数は、任意の励起光の波長及び出射光の波長の組み合わせにおける出射光の強度を、互いに異なる2つの組合せについてそれぞれ求め、その蛍光強度の比(レシオ値)として定義される評価関数であり、算出結果(レシオ値)が評価値となる。第1の特定の組合せと第2の特定の組合せとにおいて、出射光の波長、及び、励起光の波長の少なくとも一方は互いに異なる数値である。具体的には、例えば図4の3次元光スペクトルにおいて、励起光の波長が340nmかつ出射光の波長が530nmの点における出射光の強度値(Ex340・Em530)と、励起光の波長が370nmかつ出射光の波長が450nmの点における出射光の強度値(Ex370・Em450)と、のレシオ値(評価値)は、(Ex340・Em530)/(Ex370・Em450)=0.558となる。これについても、同一の3次元光スペクトルを対象にした場合でも、2地点の組み合わせを互いに異なるものとすれば、互いに異なる評価値が得られる。また、この3次元光スペクトルの2点の強度比に関する評価関数も3次元光スペクトルの形状を評価する関数である。
このように、ステップSP61では、一つの3次元光スペクトル毎に、それぞれ多数の評価関数に基づく多数の評価値を取得する。
次に、ステップSP62において、各3次元光スペクトルを、疾患の属性とは関係のない属性に基づいて出射光の強度変化が現れる部分の強度パターン、すなわち、バックグラウンド変化部の強度パターンに応じて複数のバックグラウンドグループに分類する(バックグラウンド分類工程)。ここでは、3次元光スペクトルにおける励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300〜500nmの範囲における出射光の強度、好ましくはピーク位置、に基づいて、当該3次元光スペクトルを複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類する。具体的には、例えば、本ステップでは、各生体試料の3次元光スペクトルの励起光波長290nm〜300nmにおいて、波長範囲430nm〜440nmに出射光のピークが存在するグループと、3次元光スペクトルの励起光波長310nm〜320nmにおいて、波長範囲400nm〜410nmに出射光のピークが存在するグループと、に分類する。
なお、本ステップにおけるバックグラウンドグループへの分類のために、上述の範囲における強度ピークの数や位置等をステップSP61であらかじめ上述の評価関数とは別に取得しておいてもよく、この場合、各3次元光スペクトルがどのグループに分類されるかの判定は、当該ピーク数やピーク位置を用いた判別分析法を用いて行うことが好ましい。以降の工程では、このステップで分類されたバックグラウンドグループ毎に処理を行う。本実施形態では、特に、3次元光スペクトルの励起光波長290nm〜300nmにおいて、波長範囲430nm〜440nmに出射光のピークが存在するグループと、3次元光スペクトルの励起光波長310nm〜320nmにおいて、波長範囲400nm〜410nmに出射光のピークが存在するグループとに分類することが好ましい。
次に、ステップSP63〜SP67において、バックグラウンドグループ毎に、疾患の属性を判別するのに適した評価関数の選択を行う。
まず、ステップSP63では、ステップSP61で取得した各3次元光スペクトルの形状についての複数の評価値のうち、特に、2次元出射光スペクトルの形状を評価する複数の評価関数の中から、疾患の属性を判別するのに適した評価関数の選択を行う。具体的には、バックグラウンドグループ毎に、2次元出射光スペクトルの形状を評価する複数の評価関数に基づいて得られた複数の評価値と、各3次元光スペクトルの属する疾患の属性との相関関係等に基づいて、健常者群と腫瘍患者群との違いを明確に判別するのに適した、2次元出射光スペクトルの形状を評価する評価関数を、1又は複数選択する。具体的には、例えば、個々の評価関数から得られる評価値に対して2標本t検定を適用させ、評価関数の有意差を検討するとよい。また、FisherR. A.の線形の判別分析法などを用いて、判別関数によって導かれるF統計量が所定の閾値(例えば、F=4.0)以上となる評価関数を選択する方法も有用である。F統計量が大きい場合、当該F統計量が導出された評価関数が判別に有効な指標となることを意味する。したがって、F統計量の大きい評価関数を選択することにより疾患の属性の誤判別率は低下する。
そして、ステップSP64で、健常者群と腫瘍患者群とを十分に低い誤判別率で判別できる、2次元出射光スペクトルの形状を評価する評価関数が、各バックグラウンドグループに対してひとつ以上得られたかを判断し、得られない場合には、ステップSP71に進み、2次元出射光スペクトルの形状を評価する評価関数を再設定し、再び、ステップSP63に戻る。一方、各バックグラウンドグループ毎にそれぞれ適切な評価関数が1つ以上取得されたと判断されたらステップSP65へ進む。
ステップ65では、バックグラウンドグループ毎に、さらに、ステップSP61で取得した各3次元光スペクトルの形状についての複数の評価値のうち、特に、二次元励起光スペクトルの形状に関する複数の評価関数、及び、3次元光スペクトルの2点の強度比に関する複数の評価関数から、より、適切に疾患の属性を判別することを可能とする関数の選択を行う。具体的には、2次元出射光スペクトルの形状を評価する複数の評価関数に基づいて得られた複数の評価値又は3次元光スペクトルの2点の強度比に関する複数の評価値と、各3次元光スペクトルの属する疾患の属性との相関関係等に基づいて、健常者群と腫瘍患者群との違いをより明確に区別するのに適した、評価関数を1又は複数選択する。ここでは、ステップSP63で選択した2次元出射光スペクトルの形状に関する評価関数の少なくとも1つと組み合わせることによって、誤判別率をより一層低下できる評価関数を選ぶことが好ましい。具体的には、例えば、判別分析法などを用い、F統計量が所定の閾値(例えば、F=4.0)以上となる評価関数を選択すればよく、これを満足できる評価関数を、各バックグラウンドグループ毎に1又は複数選択すればよい。
次に、ステップSP66では、ステップSP65で、健常者群と腫瘍患者群とを十分に低い誤判別率で判別できるさらなる評価関数が、各バックグラウンドグループに対してひとつ以上得られたか判断し、得られない場合には、ステップSP72に進み、2次元励起光スペクトルの形状を評価する評価関数及び3次元光スペクトルの2点の強度比に関する複数の評価関数を再設定し、再び、ステップSP65に戻る。一方、各バックグラウンドグループ毎にそれぞれ適切なさらなる評価関数が1つ以上取得されたと判断されたらステップSP67へ進む。
次に、ステップSP67では、上記のステップSP66において選択された多数の評価関数から、さらに、判別関数に使用する評価関数を再選択する。ステップSP63〜ステップSP66において選択された多数の評価関数には、お互いに相関が高いものが含まれる可能性がある。相関が高い評価関数同士を組み合わせて判別関数を作成しても、判定精度の向上は見込めず作業の無駄となる可能性が高い。また、ステップSP63〜ステップSP66において選択された評価関数を全て採用した場合、多数の評価関数によって計算負荷が高くなることが予想されるため、本ステップでは、必要かつ十分な数の評価関数を再選択する。評価関数の選択数は10以下であることが好ましい。具体的には、判別分析法により算出するF統計量が所定の閾値(例えば、F=4.0)以上となる評価関数で、各評価関数の許容値が大きくなるような組み合わせを選択することが必要となる。上記の許容値が小さい場合、任意の評価関数同士の相関が強いことを意味し、判別関数を推定する際の誤差要因になりやすい。これにより、互いに相関の高い評価関数を効率良く排除できる。
次に、ステップSP68では、ステップSP67で再選択した評価関数による評価値と、各検体の既知の属性とに基づいて、腫瘍の有無を判別する判別分析法による判別関数を、各バックグラウンドグループ毎に得る(判別関数取得工程)。具体的には、例えば、判別分析法等を用いて、当該グループに属する尿検体を健常者群と腫瘍患者群とに群分けするための判別関数(例えば、正準スコア、Mahalanobis距離等)を取得することができる。なお、正準スコアとは、判別分析法を用いて評価関数を選択し、その評価関数に基づいて統計量を求めた後、その統計量から当該評価関数の有用性を評価した場合に得られる結果を示す数値である。
さらに、ステップSP69では、選択された評価関数や判別関数を用いて、属性が既知の生体試料を判別することにより、誤判別率を検証する。具体的には、まず、Mahalanobis距離を基準として、0〜1の範囲において、0を健常者群の分布の中心、1を腫瘍患者群の分布の中心と定義した場合のプロバビリティ値を求める。得られたプロバビリティ値を用いて、真の陽性率(敏感度)と偽陽性率とをプロットしたROC曲線(ReceiverOperating Characteristic curve;受信者動作特性曲線)を作成する。なお、本ステップではこれまでのステップによってあらかじめ選択された評価関数を用いて生体試料の属性の判別を行う。したがって選択された評価関数の評価を行われないため、Mahalanobis距離からプロバビリティ値を算出し、その結果から当該生体試料が健常者群と腫瘍患者群のどちらに属するかの群分けを行うことができる。
上記の結果をもとに、ステップSP70では、バックグラウンドグループ毎に、判別能力の改善が必要かどうかを判断する。ここで、これまでの工程で選択した評価関数に基づく判別関数が、要求される判別能力よりも高い判別能力を有している場合は、判別能力の改善は不要であるから、データ解析ステップ(ステップSP6)が完了する。一方、選択した評価関数が低い判別能力しか有しておらず、判別能力の改善が必要と判断された場合は、ステップSP73で評価関数の変更箇所を選択する。ここでは、例えば、ROC曲線の下面積が0.8以下の場合には、3次元光スペクトルの形状に関する評価関数の修正が必要であると判断し、ステップSP71に進んで蛍光スペクトルに評価関数の再選択を行う。一方、ROC曲線の下面積が0.8以上の場合には、評価関数の選択プロセスに問題があるかを判断するため、ステップSP67に進んで評価関数の選択数を多くする等の操作を行い、ROC曲線の下面積がさらに大きくなるかの検討を行う。この時、評価関数の組み合わせにおいて、下面積に大きな変動が無く、さらに判別能力の改善が必要な場合(例えば下面積を0.9以上としたい場合)、評価の低いF統計量、許容値を持つ評価関数の再選択を行うため、ステップSP71に進んで、再度計算を行い、判別能力の改善が図られたかを確認する。この手順を十分な下面積が得られるまで繰り返し行う。
以上のステップを経ることで、疾患判定用データ生成処理が終了する。なお、上で述べたように、ステップSP63以降のステップは、ステップSP62で分類したバックグラウンドグループ毎に行われる。すなわち、ステップSP70で判定能力の改善が不要と判定され、データ解析ステップ(ステップSP6)が完了した後に得られる疾患判定用データ(1又は複数の評価関数及び判別関数)は、バックグランドグループ毎に取得されるものである。なお、ステップSP63、65、67でそれぞれ評価関数の選択を行っているが、これに限られず、例えば、ステップSP67を省略しても、或いは、ステップSP63のみを行っても実施は可能である。ステップSP63のみを行う場合には、評価関数が、各バックグラウンドグループ毎に1つとなることもある。
続いて、本実施形態の作用について説明する。3次元光スペクトルにおいて、疾患の属性に応じた変化が現れる部分と、疾患とは関係ない他の属性に応じた変化が現れる部分(以下、バックグラウンド変化部という)とがあり、バックグラウンド変化部の出射光の強度は、疾患の属性に応じた変化が表れる部分の強度と同等以上となる場合が多い。したがって、3次元光スペクトル自体がバックグラウンド変化部の影響を大きく受けるため、全ての生体試料に対して互いに同一に設定された評価関数により各3次元光スペクトルの評価値を得ても、これらを用いて高精度に疾患の属性を判別することは困難である。しかしながら、3次元光スペクトルにおける励起光波長が280nm〜370nm、かつ、出射光波長が300nm〜500nmの範囲の部分は、疾患の属性に応じた変化がほとんど現れない一方、疾患の属性とは関係のない他の属性に基づく変化が大きく現われる。
本実施形態では、バックグラウンド変化部の強度パターン自体を、上述の範囲における出射光の強度に基づいて概ね数種類のバックグラウンドグループに分類し、各3次元光スペクトルのバックグラウンド変化部がどのバックグラウンドグループに属するかを判断した上で、バックグラウンドグループ毎に予め個別に定められた3次元光スペクトルの形状に関する評価関数に基づいて各3次元光スペクトルを評価して評価値を得ている。したがって、バックグランドグループ毎に適切な評価関数を定めることができるので、従来に比べて精度よく疾患の属性の判定が可能な疾患判定用データが取得できる。
特に、励起光波長280nm〜370nmかつ出射光波長300nm〜500nmの範囲におけるピーク位置に基づいて3次元光スペクトルをバックグラウンドグループに分類することにより、分類を容易に行うことが可能となり、判別精度も高くなる。
さらに、評価関数として、光スペクトルのいずれかの点の絶対値に関する評価関数でなく、例えば、ピーク波長、ピーク強度に対して所定の割合の強度となる波長、強度比、等の光スペクトルの形状に関する評価関数を採用しているのであるので、どのような条件で得られた3次元光スペクトルデータであっても容易に精度よく処理が行える。
次に、図7を用いて、本実施形態に係る疾患判定用データの生成処理を好適に行うことのできる疾患判定用データ生成装置500について説明する。
本実施形態に係る疾患判定用データ生成装置500は、石英セル等の透明容器502内の尿検体501に対して前処理や液性調節を行う前処理部544と、前処理等された透明容器502内の尿検体501に対して励起光を照射する励起光照射部504と、透明容器502内の尿検体501から出射される蛍光を計測する出射光計測部506と、蛍光計測結果の処理等を行うコンピュータ装置510と、を備えている。
前処理部544は、尿検体501を貯留する透明容器502に対して酸、アルカリ、緩衝剤等を供給する酸・アルカリ供給部540と、透明容器502内の尿検体501を加熱する加熱部542を有している。この前処理部544は、尿検体501に酸やアルカリ等を加えて加熱することにより尿検体中の生化学成分の一部又は全部に対して加水分解等の化学変化を生じさせる。また、この前処理部544は、この前処理後の尿検体501に対して、さらに、酸やアルカリさらには緩衝剤等を投入して液性の調節を行う。
励起光照射部(励起光照射手段)504は、尿検体501が含まれる透明容器502に対して、励起光を、その波長が連続的に変化するようにして出射する。ここで、励起光照射部504は、尿検体に含まれる自家発光成分を励起すべく200〜900nmの波長を連続的に波長走査して照射することが好ましく、250〜600nmの波長の光を連続的に波長走査して照射することがより好ましい。なお、励起光照射部504が連続的に波長走査しない場合には、例えば、波長を断続的に変化させても良い。
出射光計測部506は、励起光が照射されることによって尿検体501から発せられる蛍光を検出し、その強度を計測する。出射光計測部506が計測する蛍光の波長範囲としては、好ましくは200〜900nm、より好ましくは300〜600nmであると好適である。これは、尿検体501に含まれる自家発光成分からの蛍光波長を十分にカバーできる波長範囲である
コンピュータ装置510は、励起光照射部504や出射光計測部506や前処理部544を制御するコントローラ512、出射光計測部506からのデータを加工して3次元光スペクトルを取得する加工部514、各3次元光スペクトルについての疾患の属性等のデータが入力される入力部522、加工部514で取得された各3次元光スペクトルの評価値を取得する評価値取得部515、各3次元光スペクトルをいずれかのバックグラウンドグループに分類するバックグラウンド分類部516、評価関数を選択する評価関数選択部517、判別関数を取得する判別関数取得部518、判別関数の妥当性等を評価する判定部519、生成された疾患判定用データを出力する出力部520、及び、生成した疾患判定用データとしての評価関数や判別関数を格納する格納部524の機能を、CPUやメモリ等の周知のハードウエア及びこのCPUによって実行されるソフトウエアを用いて実現する装置である。
コントローラ512は、励起光の波長の走査の態様や励起光を照射するタイミング等を指示すべく励起光照射部504を制御すると共に、出射光計測部506がこの励起光照射部504による出射の開始に連動して蛍光の計測を行うように出射光計測部506を制御する。また、コントローラ512は、蛍光の計測に先立って、前処理部544を制御して、尿検体501に対して所望の前処理、液性調節及び濃度調整を行う。
加工部514は、励起光照射部504から励起光波長の走査のデータを取得すると共に、出射光計測部506から、当該励起光による励起に応じて検出した蛍光波長及び蛍光強度のデータを取得し、励起光波長、蛍光波長及び蛍光強度の3次元光スペクトルのデータを得る。
入力部522は、各尿検体すなわち3次元光スペクトルの疾患の属性を、格納部524に提供する。属性は使用者によってキーボード等を用いて入力される情報である。また、入力部522は、評価関数を格納部524へ提供する機能も有する。
評価値取得部515は、格納部524に格納された多数の評価関数に基づいて、各3次元光スペクトルについての複数の評価値の取得を行う。すなわち、評価値取得部515では、図2に示すステップSP61の処理、及び、ステップSP71、72の一部の処理が行われる。
バックグラウンド分類部516は、3次元光スペクトルを複数のバックグラウンドグループのいずれかに分類するバックグラウンド分類処理を行う。すなわち、バックグラウンド分類部516では、図2で示すステップSP62に係る処理が行われる。
評価関数選択部517は、バックグラウンド分類部516で行われたバックグラウンドグループの分類及び評価値取得部515で取得された評価値を受け取り、バックグラウンドグループ毎に、疾患の有無の属性に適する評価関数を選択する。すなわち、評価関数選択部517では、図2で示すステップSP63〜ステップ67が行われる。
判別関数取得部518は、評価関数選択部517で選択された評価関数に基づいて、疾患の属性を判別するための判別関数をバックグラウンドグループ毎に取得する。すなわち、判別関数取得部518では、図2で示すステップSP68が行われる。
判定部519は、判別関数及び評価関数の選択の妥当性について判断する。すなわち、判定部519では、図2で示すステップSP69〜ステップ70、及び、ステップSP71、72の一部の処理が行われる。
格納部524は、評価値取得部515で使用する評価関数、評価関数選択部517においてバックグランドグループ毎に選択された評価関数や、判別関数取得部518でバックグラウンドグループ毎に取得された判別関数を格納する。また、バックグラウンド分類部516で用いるバックグラウンド分類の基準等も併せて格納されている。
出力部520は、選択された評価関数や判別関数、或いは、評価関数選択時に作成したROC曲線等をプリンター、ディスプレイ、メディアといった出力装置に出力する。併せて、これらの情報を格納部524へ格納する。
本実施形態に係る疾患判定用データ生成装置500において、バックグラウンド分類部516がバックグラウンド分類手段に相当する。また、評価値取得部515が評価値取得手段に相当し、評価関数選択部517が評価関数選択手段に相当する。
本実施形態によれば、上述と同様にしてより高い精度で疾患を判定できる疾患判定用データを取得することができる。
(第2実施形態)
図8を用いて、本発明の第2実施形態に係る疾患判定方法を示す。図8は、第2実施形態に係る疾患判定方法の概要を示すフロー図である。本実施形態に係る疾患判定方法においては、疾患の属性が未知の生体試料を対象とし、当該生体試料の疾患の属性について判断を行う。具体的には、ここでなされる疾患判定方法は、疾患の属性が未知の生体試料に対して、疾患に罹患している可能性があるかどうかを判定する1次スクリーニングとして用いられる方法である。なお、本実施形態では、第1実施形態と同様に、判定対象の疾患が腫瘍(がん)であり、疾患の属性として腫瘍の有無について判定する場合について説明する。
まず、ステップSP11において、疾患の属性が未知の生体試料を準備する。すなわち、疾患の属性を判定する被験者の尿を採取し、尿検体を準備する。次に、ステップSP2において、上澄み液の酸・加熱処理を行い、ステップSP3で液性調整を行い、ステップSP4で濃度調整を行い、ステップSP5で出射光(蛍光)測定を行う。これらのステップSP2〜SP5で行われる処理は、第1実施形態に係る疾患用判定データ生成方法と同様である。
次に、ステップSP12では、3次元光スペクトルのバックグラウンド分類を行う(バックグラウンド分類工程)。このステップでは、励起光の波長、出射光の波長、及び、出射光の強度から構成される複数の3次元光スペクトルにおいて、励起光波長280〜370nmかつ蛍光波長300〜500nmの範囲の部分における蛍光強度に基づいて、複数のバックグラウンドグループの内のいずれかに分類する。具体的には、第1実施形態のステップSP62と同様に行われる。すなわち、あらかじめ定められたバックグラウンド分類方法に則って各尿検体がどのバックグラウンドグループに属するかを判定し分類する。
次に、ステップSP13では、ステップSP12で分類されたバックグラウンドグループに対応する1又は複数の評価関数を用いて、3次元光スペクトルについての1又は複数の評価値を取得する(評価値取得工程)。例えば、各バックグラウンドグループに対応する評価関数としては、第1実施形態のステップSP67でバックグラウンドグループ毎に選択された1又は複数の評価関数を用いればよい。第1実施形態では、好適な評価関数を求めるために、ステップSP61で大量に評価値を取得する必要があったが、本実施形態に係る疾患判定方法では、あらかじめ疾患判定に用いる評価関数がバックグラウンドグループ毎に決まっているため、必要な評価関数だけを用いて評価値を取得するだけでよい。
続いて、ステップSP14において、ステップSP13で取得された1又は複数の評価値を用いて疾患判定、すなわち、疾患に罹患している可能性があるか(陽性)、健常であるか(陰性)、を判定する。好ましくは、第1実施形態のステップSP68でバックグラウンドグループ毎に取得された判別関数を用い、当該3次元光スペクトルが属するバックグラウンドグループに対応した判別関数と、ステップSP13で取得された評価値とを用いて疾患判定を行う。この時、第1実施形態のステップSP68で求められるMahalanobis距離から計算されるプロバビリティ値に対し、疾患の属性が未知の尿検体のプロバビリティ値が決定される。
以上によって、本実施形態に係る疾患判定方法が完了する。本実施形態によれば、3次元光スペクトルの所定の範囲のデータに基づいて3次元光スペクトルを複数のバックグランドグループに分類し、各バックグラウンドグループ毎に予め定められた評価関数及び評価値を用いて疾患の有無を判定しているので、極めて高精度の判定が行える。
次に、図9を用いて、本実施形態に係る疾患判定処理を好適に行うことのできる疾患判定成装置600について説明する。
本実施形態に係る疾患判定装置600は、石英セル等の透明容器502内の尿検体501に対して前処理や液性調節を行う前処理部544と、前処理等された透明容器502内の尿検体501に対して励起光を照射する励起光照射部504と、透明容器502内の尿検体501から出射される蛍光を計測する出射光計測部506と、蛍光計測結果の処理等を行うコンピュータ装置510と、を備えている。
また、コンピュータ装置510は、励起光照射部504や出射光計測部506や前処理部544を制御するコントローラ512、出射光計測部506からのデータを加工する加工部514、バックグラウンドを分類するバックグラウンド分類部516、バックグラウンド分類がなされたデータについて、各評価関数に対する評価値を取得する評価値取得部525、取得された評価値及び疾患用判定データに基づいて検体の属性を判定する判定部530、検体の属性の判定結果を出力する出力部532、及び、疾患判定用データを格納する格納部524の機能を、CPUやメモリ等の周知のハードウエア及びこのCPUによって実行されるソフトウエアを用いて実現する装置である。
上記の機能のうち、石英セル等の透明容器502内の尿検体501に対して前処理や液性調節を行う前処理部544、前処理等された透明容器502内の尿検体501に対して励起光を照射する励起光照射部504、及び、透明容器502内の尿検体501から出射される蛍光を計測する出射光計測部506の機能は第1実施形態に係る疾患判定用データ生成装置1と同様である。また、コンピュータ装置510に含まれるコントローラ512の機能についても第1実施形態に係る疾患判定用データ生成装置1と同様である。
格納部524は、疾患判定用データを格納する。格納部524に格納される疾患判定用データは、例えば、第1実施形態においてバックグラウンドグループ毎に選択された、1又は複数の評価関数及び判別関数である。この疾患判定用データは、予め図示しない入力手段等によって格納部に格納すればよい。また、バックグラウンドグループの分類に用いる判別用データも格納部524に必要に応じて格納されている。
評価値取得部525は、評価関数を用いて各3次元光スペクトルの評価値を取得する。用いる評価関数は対象となる3次元光スペクトルが分類されたバックグランドグループ毎に応じて異なるものであり、それぞれ、バックグランドグループ毎に格納部524に格納された評価関数である。すなわち、評価値取得部525では、図2で示すステップSP13が行われる。
判定部530では、評価値取得部525において取得された評価値及び好ましくはバックグランドグループ毎に定められた判別関数を参照して、各尿検体の属性を判定する。すなわち、判定部530では、図2で示すステップSP14が行われる。
また、出力部532は、判定部530における判定結果をプリンターや、ディスプレイといった出力装置に出力する。判定結果は、例えば図9のD1で示すようなデータテーブルとして、検体番号及び疾患に対する判定結果(陽性または陰性等)が出力される。
本実施形態に係る疾患判定装置600において、バックグラウンド分類部516がバックグラウンド分類手段に相当する。また、評価値取得部525が評価値取得手段に相当し、判定部530が属性判定手段に相当する。
本実施形態によれば、上述と同様に精度の高い判定が行われる。
以上、本発明における好適な実施形態を具体的に示したが、本発明はこれに限定されるものではなく、種々の変更が可能である。例えば、3次元光スペクトルの形状に関する評価関数として、上述のものとは異なる評価関数を用いることもできる。また、上記実施形態では疾患判定用データ生成装置500と疾患判定装置600は異なる装置として述べたが、これらの装置は1台から構成されてもよい。
以下、実施例に基づき本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
以下の実施例では、疾患の属性が既知の検体を用いて疾患判定用データ生成を行った際の詳細な手順と、その結果得られた疾患判定用データについて説明する。
(検体の準備〜前処理)
まず健常者1406名及び悪性腫瘍患者167名から採取した尿検体を併せて1573検体準備した。なお、本実施例では悪性腫瘍の種類及びステージについては特に限定せず、何らかの悪性腫瘍に罹患している者を悪性腫瘍患者とし、その他の者を健常者とした。
全1573検体を3000galで10分間遠心分離した。遠心分離によって得られた尿検体の上澄み液を収集し、その上澄み液の各1mLを、6mol/Lの塩酸2mLを含むネジ付き試験管に封入し、上澄み液成分の加水分解を促進すべく、150℃で1時間加熱処理した。
前処理した尿検体の上澄み液各10μlを2mol/LのNaOH溶液及び2mol/LのHClで個別に10倍に希釈した。これらの溶液について、波長300nmに対する吸光度を測定し、各検体が吸光度1.0となるように純水で希釈した。以上によって、各検体についてアルカリ性の液性を有する蛍光測定用試料及び酸性の液性を有する蛍光測定用試料をそれぞれ調整した。
ここで、両液性の蛍光測定用試料を用いて後述する「蛍光計測」と同様にして予備的に3次元光スペクトルを取得したところ、アルカリ性試料の方が健常者の尿検体と悪性腫瘍患者の尿検体との差異が顕著であった。そこで、以下の結果については、アルカリ性試料の結果のみを示すものとする。ただし、上述した実施形態の説明で言及したように、アルカリ性試料のみならず、酸性試料さらには中性試料の蛍光測定は、互いの計測データの解析を補足する意味で非常に有用である。
蛍光計測用の石英セルに液性調整した各蛍光測定用試料を入れ、蛍光光度計((株)日立製作所製;型式F4500)を使用し、波長210〜580nmの励起光を波長走査しながら照射した。そして、試料から出射される波長300〜700nmの蛍光を計測し、3次元光スペクトルを取得した。なお、励起光波長及び出射光(蛍光)波長の走査は、波長10nm間隔で実施した。なお、3次元光スペクトルを取得する際には、検体を含まない測定用試料をバッファーとして用意し、当該バッファーの測定データを、検体データから減算することにより、1次、2次散乱光や水の散乱光及び溶媒の蛍光の影響を取り除いた3次元光スペクトルデータを取得した。
(評価値取得)
上記で得られた3次元光スペクトルについて評価関数を用いてそれぞれ評価値を取得した。この時点では、どの評価関数を疾患判定用データに用いるかは決まっていないため、候補としている全ての評価関数を用いて評価値を算出した。採用した評価関数は、例えば、2次元出射光スペクトルの形状に関する評価関数としては、励起光波長を360〜580nmまでの10nm刻みとし、2次元出射光スペクトルを1nm刻みで補間することで、それぞれ、ピーク波長、ピーク波長の強度に対する50〜90%の0.5%刻みの光出力強度となるピークの前後の波長を採用した。また、2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数としては、出射光強度を400〜700nmの10nm刻みとし、2次元励起光スペクトルを300〜580nmまでの10nm刻みで第1の波長、及び第2の波長を選択し、それぞれ組み合わせた比を評価関数とした。3次元光スペクトルの励起光波長及び出射光波長の第1の特定の組合せに対応する出射光強度と、励起光波長及び出射光波長の第2の特定の組合せに対応する出射光強度と、の比としては、励起光波長を300〜580nmまでの10nm刻み、2次元出射光スペクトル400〜700nmの10nm刻みで、任意の座標を第1の組み合わせ及び第2の組み合わせとして選択し、それぞれ評価関数とした。
(バックグラウンド分類)
本実施例では、例えば、励起光波長280nmから370nmにおいて得られる3次元光スペクトルの出射光(蛍光)波長300nmから500nmの範囲における強度ピークの位置に基づいて、各3次元光スペクトルを2つのバックグラウンドグループに分類した。図10は、上記の波長範囲において各検体の3次元光スペクトルが有するピークを示したものである。縦軸が励起光波長であり、横軸が出射光(蛍光)波長である。また健常者群(○)と腫瘍患者群(×)とを区別して表記した。健常者群(○)と腫瘍患者群(×)とにおいて、ピークの位置について明確な差異は見出しにくかった。また、3次元光スペクトルは、バックグランドの強度パターンによって、概ね、励起290nmから300nmにおいて出射光(蛍光)430nmから440nm付近にピークを持つグループと、励起310nmから320nmにおいて、出射光(蛍光)400nmから410nm付近にピークを持つグループに概ね分けられ、同時に、両方のピークを持つ集団も多いことが分かった。したがって、3次元光スペクトルの励起光波長290nm〜300nmにおいて、波長範囲430nm〜440nmに出射光のピークが存在するグループ(グループ1)と、3次元光スペクトルの励起光波長310nm〜320nmにおいて、波長範囲400nm〜410nmに出射光のピークが存在するグループ(グループ2)と、に分類した。なお、両方のグループに分類されるものでも、どちらのピークがより強いかに応じていずれかのグループに含めた。
なお、図3は、グループ1に分類される3次元光スペクトルの一例である。ピークP1が励起光波長290nm〜300nm、蛍光波長430nm〜440nmのピークに相当する。図11は、グループ2に分類される3次元光スペクトルの一例である。ピークP2が励起光波長310nm〜320nm、蛍光波長400nm〜410nmのピークに相当する。
なお、バックグラウンドグループの分類が、疾患の属性の有無とどの程度関係があるかについて、本実施例で採用したバックグランドグループの分類方法に従って3次元光スペクトルを分類した結果と、それぞれの疾患の属性との関連性を表1に示す。
上記のように、1468検体がグループ1に分類され、105検体がグループ2に分類されたが、疾患の属性との相関性は乏しかった。なお、表1において「オーバーフロー」とは、励起光波長300nmにおいて、蛍光スペクトルのピークが測定器における測定可能範囲を超過してしまったことを示す。表1に示すように全検体のうち約1%がオーバーフローに該当した。これは薬物等の影響が原因であると考えられる。オーバーフローとなった検体はデータから除外し、以降の評価には用いないこととした。また、表1の結果のうち、グループ1に分類された検体を用いて、以降の疾患判定用データ生成を行った結果を以下に示すが、グループ2に分類された検体も同様の傾向が得られた。
(評価関数の選択)
グループ1に分類された検体について、各3次元光スペクトルの疾患の属性と、各3次元光スペクトルの複数の評価値との相関関係に基づいて、疾患の属性の判別に寄与する評価関数の選択を行った。グループ1においては、まず2次元出射光(蛍光)スペクトルの形状に関する評価関数から判別に適するものを132個選択した。
図12は評価値の分布の一例を示す。図12では、健常者群1314検体及び腫瘍患者群147検体について、励起光波長430nmの励起光波長における2次元出射光(蛍光)スペクトルの形状についての評価関数のひとつであり、立ち上がり時(ピークよりも短波長側)に蛍光強度がピークの蛍光強度に対して72.5%となる地点の波長と励起光波長との差(rh430)を評価関数としたものである。図12では、この評価関数を用いて取得した評価値をヒストグラム化したものである。縦軸は当該評価関数による評価値であり、横軸はそれぞれの評価値の頻度を示している。図12を参照すると、健常者群と腫瘍患者群とを比較したときに、どちらの群においても頻度が高い評価値もあるが、全体としては異なる傾向を有することが確認できる。このように健常者群を腫瘍患者群とで差が見られた評価値(評価関数)については、群間で頻度に有意差があるかを評価し、有意差がある場合は評価関数として選択した。有意差の基準としては、判別分析法におけるF統計量4.0以上とした。
本実施例においては、上記の手法によって蛍光スペクトルに関する評価関数として4関数(rh_430、rh_460、rh_490、fe_490)を選択した。続いて、同様にして、2次元励起光スペクトルの形状に関する評価関数を1関数((Ex380・Em550)/(Ex340・Em550))、3次元光スペクトルにおける、励起光波長及び出射光波長の第1の特定の組合せに対応する出射光強度と、励起光波長及び出射光波長の第2の特定の組合せに対応する出射光強度と、の比に関する評価関数として1関数(励起350nmにおけるピーク強度と3次元光スペクトルの励起波長280nm以上におけるピーク強度の比)を選択した。この計6関数を用いて健常者群1314検体及び腫瘍患者群147検体の合計1461検体について、判別分析法を用いてMahalanobis距離を基準として、0〜1の範囲において、0を健常者群の分布の中心、1を腫瘍患者群の分布の中心と定義したプロバビリティ値をそれぞれ求め、0.5以上の場合を陽性、0.5未満の場合を陰性とした判定を行った。その結果を表2に示す。
表2において、陽性とは判別分析法により腫瘍患者群に属すると判定されたものであり、陰性とは判別関数により健常者群に属すると判定されたものを示す。この結果、疾患の属性が健常者群である検体のうち92%の検体が、上記の6関数を用いた判別分析法により健常者群に属すると判定された。また、疾患の属性が腫瘍患者群である検体についても、その84%が正しく判定された。したがって、この6関数を用いた疾患判定用データによれば、感度0.84、特異度0.92で判別が行われたことを示す。
上記で得られた判定結果に対するROC曲線を図13に示す。図13のROC曲線では下面積が0.933、95%信頼区間として下限0.906、上限0.960という結果が得られた。したがって、本判定に用いた6関数を疾患判定用データにおける評価関数として用いることで、疾患の属性が未知である検体について同様の測定を行った場合でも、図13に示すROC曲線が示すように高い精度で疾患判定を行うことができる。