詳細な説明
多能性幹細胞を選択された分化因子の存在下で培養すると、成熟神経細胞またはその前駆細胞の表現型特徴を有する細胞を著しく高い比率で有する細胞の集団が誘導されることが見いだされた。これらの細胞は、薬物スクリーニング、および神経系の異常に関係がある状態の治療に用いるのに適している。
本発明に含まれる系は、ヒト胚性幹(hES)細胞の樹立系から得られる細胞集団によって例示される。分化は、以下に述べるいくつかの技法、例えば、胚様体を形成させること、またはhES細胞を1つもしくは複数のTGF-βスーパーファミリーアンタゴニストの存在下にて適した基質上で培養することにより、開始させることができる。ニューロン系譜への分化能が決定され、成熟ニューロンへとさらに分化しうる前駆細胞が得られる。
hES細胞から形成された神経前駆細胞は、図3(A)に示されているように、培養下で約40回の倍加を経て継代することができる。注目されることには、この細胞は、図3(B)に示されているように、成熟ニューロンへと分化する能力を完全に維持している。増殖能および分化能をこのように強力に兼ね備えたものは、培養下にあるヒト神経細胞ではこれまで得られていない。
本発明に従って得られた成熟ニューロンは、この細胞種に特徴的な突起を伸ばし、ニューロフィラメントおよびMAP-2などのニューロン特異的マーカーに対する染色を示す上に、シナプトフィジンに対する染色によって検出されるようにシナプス形成の所見を示す。これらの細胞は種々の神経伝達物質物質に応答し、標準的なパッチクランプシステムによって計測される活動電位を発することができる。これらのすべての点から、この細胞はすべての神経学的な機能を遂行しうるように思われる。
特に関心が持たれるのは、この系には、治療的に重要な特徴を備えたニューロンを生成しうる前駆細胞の割合が最適化されるように調節される能力があることである。図1は、ドーパミン作動性ニューロンの特徴であるチロシンヒドロキシラーゼに対して陽性染色されたニューロンを示している。この種の細胞はパーキンソン病の治療に特に望ましいが、これまでに記載された他の供給源からは、この種の適した細胞を十分に豊富に得ることはできない。図4に示されているように、前駆細胞をマイトジェンであるEGFおよびFGF-2ならびにニュートロフィンであるBDNFおよびNT-3を含む培地中で継代すると、集団内の全細胞に占める比率としてTH陽性細胞を約7%生成しうる増殖性細胞集団が生じる。
本発明の多能性幹細胞および系譜が拘束されたいくつかの前駆細胞は培養下で広い範囲にわたって増殖するため、本開示において記載する系は、神経細胞の限りない供給源をもたらす。未分化多能性幹細胞のレベル、または分化能が決定された神経前駆細胞のレベルでは、商業規模に増殖させることが可能である。本発明の細胞には、研究、医薬品開発、およびCNS異常の治療的管理における重要な用途がある。
定義
本開示の目的に関して、「神経前駆体細胞」または「神経前駆細胞」という用語は、ニューロン(ニューロン前駆細胞または成熟ニューロンなど)またはグリア細胞(グリア前駆細胞、成熟アストロサイト、または成熟オリゴデンドロサイトなど)のいずれかである子孫を生成する細胞を意味する。これらは一般に、何らかの様式で脱分化または再プログラミングを行わない限り、単独でインビトロで培養した場合に他の胚葉の子孫を生じない。
「ニューロン前駆体細胞(neuronal progenitor cell)」または「ニューロン前駆細胞(neuronal precursor cell)」とは、成熟ニューロンである子孫を生じうる細胞のことである。これらの細胞はグリア細胞を生じる能力も有してもよく、有していなくてもよい。「グリア前駆体細胞(glial progenitor cell)」または「グリア前駆細胞(glial precursor cell)」という用語は、成熟アストロサイトまたは成熟オリゴデンドロサイトである子孫を生じうる細胞のことである。これらの細胞は神経細胞を生じる能力も有してもよく、有していなくてもよい。
本開示で用いる「分化誘導物質」は、神経細胞系譜の分化細胞(前駆細胞および終末分化細胞を含む)を作製するために本発明の培養系において用いる一群の化合物の1つのことを指す。化合物の作用様式に関する制限は全く意図していない。例えば、本物質は、表現型の変化を誘導もしくは補助すること、特定の表現型を有する細胞の増殖を促進することもしくは他のものの増殖を遅延させること、または未知の機序を介して他の作用物質とともに作用することによって分化過程を補助するものであってよい。
原型となる「霊長類多能性幹細胞」(pPS細胞)とは、受精後の任意の時点にある前胚、胚または胎児組織に由来する多能性細胞のことであり、適切な条件下で、8〜12週齡SCIDマウスに奇形腫を形成させる能力といった当技術分野で標準的に認められた検査に従って、胚の3つの層である内胚葉、中胚葉および外胚葉のすべてからの派生物であるいくつかの異なる細胞種を子孫として生成しうるという特徴を有する。pPS細胞の定義に含まれるものとして、様々な種類の胚細胞があり、ヒト胚性幹(hES)細胞およびヒト胚性生殖(hEG)細胞が例示される。pPS細胞は、好ましくは、悪性の源に由来するものではない。細胞は正倍数体であることが望ましい(しかし、必ずしも必然というわけではない)。
pPS細胞の培養物は、集団内の幹細胞およびその派生物の本質的な割合が、胚または成体由来の分化細胞とは区別される形態を示す場合、「未分化」であると記載される。集団内の未分化細胞のコロニーはしばしば分化した隣接細胞によって取り囲まれることがあることが認識されている。
「フィーダー細胞」または「フィーダー」は、第2の種類の細胞が増殖しうる環境を提供するために、別の種類の細胞と共培養されるある種類の細胞のことである。pPS細胞集団は、pPS細胞の増殖を補助する新たなフィーダー細胞を加えない分割を少なくとも1回経た上で細胞が増殖している場合に、フィーダー細胞を「本質的に含まない」という。
「胚様体」という用語は、pPS細胞を単層培養下で過成長させた場合、または懸濁培養下で維持した場合に出現する分化細胞および未分化細胞の凝集物のことを指す。胚様体は、形態的基準および免疫細胞化学によって検出可能な細胞マーカーによって識別できる、一般的には複数の胚葉に由来する、種々の細胞種の混合物である。
「成長環境」とは、対象となる細胞がインビトロで増殖、分化または成熟すると考えられる環境のことである。環境の特徴には、細胞を培養する培地、存在しうる成長因子または分化誘導因子、および存在しうる支持構造(固体表面上の基質など)が含まれる。
細胞は、任意の適した人為的操作の手段によってポリヌクレオチドが細胞内に導入された場合、または細胞がポリヌクレオチドを遺伝によって受け継いだ、最初の改変細胞の子孫である場合に、「遺伝的に改変された」「トランスフェクトされた」または「遺伝的に形質転換された」という。ポリヌクレオチドはしばしば、細胞がタンパク質を高いレベルで発現することを可能にする、対象となるタンパク質をコードする転写可能な配列を含むと考えられる。遺伝的改変は、改変細胞の子孫が同一の改変を有していれば「遺伝性」である。
一般的な技法
分子遺伝学および遺伝子工学における方法は、「分子クローニング:実験マニュアル(Molecular Cloning:A Laboratory Manual)」(Sambrookら、Cold Spring Harbor);「哺乳動物細胞用の遺伝子導入ベクター(Gene Transfer Vectors for Mammalian Cells)」(Miller & Calos編);および「分子生物学における最新プロトコール(Current Protocols in Molecular Biology)」(F.M. Ausubelら編、Wiley & Sons)のそれぞれの最新版に記載されている。細胞生物学、タンパク質化学および抗体技術については、「タンパク質化学における最新プロトコール(Current Protocols in Protein Science)」(J.E. Colliganら編、Wiley & Sons);「細胞生物学における最新プロトコール(Current Protocols in Cell Biology)」(J.S. Bonifacinoら、Wiley & Sons)および「免疫学における最新プロトコール(Current Protocols in Immunology)」(J.E. Colliganら編、Wiley & Sons.)に記載がある。
細胞培養の方法に関する概要は、「動物細胞の培養:基本技法マニュアル(Culture of Animal Cells: A Manual of Basic Technique)」(R.I. Freshney編、Wiley & Sons);「細胞培養の一般的技法(General Techniques of Cell Culture)」(M.A. Harrison & I.F. Rae、Cambridge Univ. Press)および「胚性幹細胞:方法およびプロトコール(Embryonic Stem Cells: Methods and Protocols)」(K. Turksen編、Humana Press)に記載されている。
神経系異常の詳細、ならびにさまざまなタイプの神経細胞、マーカー、および関連する可溶性因子の特徴については、「CNS再生:基礎科学および臨床的進歩(CNS Regeneration: Basic Science and Clinical Advances)」、M.H. Tuszynski & J.H. Kordower編、Academic Press, 1999を参照されたい。神経細胞の扱いおよび栄養補給については、「ニューロン:細胞分子生物学(The Neuron: Cell and Molecular Biology)」、第3版、I.B. Levitan & L.K. Kaczmarek、Oxford U. Press, 2001;および「組織培養下のニューロン(The Neuron in Tissue Culture)」、L. W. Haynes編、John Wiley & Son Ltd. 1999に記載されている。
幹細胞の源
本発明はさまざまなタイプの幹細胞を用いて実施しうる。本発明に用いるのに特に適したものには、胚盤胞または妊娠期間中の任意の時点で採取した胎児組織もしくは胚組織などの妊娠後に形成される組織に由来する霊長類多能性幹(pPS)細胞がある。その非制限的な例には、以下に述べるように、胚性幹細胞または胚性生殖細胞の初代培養物または樹立系がある。本発明の技法を初代胚または胎児組織を用いて直接実施し、最初に未分化細胞系を樹立せずに、神経細胞を初代胚細胞から導き出すこともできる。
胚性幹細胞は、霊長類種に属する生物の胚盤胞から単離することができる(米国特許第5,843,780号;Thomsonら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92: 7844, 1995)。ヒト胚性幹(hES)細胞は、Thomsonら(米国特許第6,200,806号;Science 282: 1145, 1998;Curr. Top. Dev. Biol. 38: 133 ff., 1998)およびReubinoffら、Nature Biotech. 18: 399, 2000に記載された技法を用いて、ヒト胚盤胞細胞から調製することができる。hES細胞と等価な細胞種には、その多能性派生物、例えば、国際公開公報第01/51610号(Bresagen)に概要が示された原始外胚葉様(EPL)細胞が含まれる。
ヒト胚生殖(hEG)細胞は、最終月経から約8〜11週後に採取したヒト胎児材料中に存在する始原生殖細胞から調製することができる。適した調製方法、Shamblottら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95: 13726, 1998および米国特許第6,090,622号に記載されている。
pPS細胞は、分化を促すことなく増殖を促進する培養条件を用いて、培養下で連続的に増やすことができる。模範例となる血清含有ES培地は、80%DMEM(Knock-Out DMEM、Gibcoなど)、20%規定ウシ胎仔血清(FBS、Hyclone)または血清代替物(国際公開公報第98/30679号)、1%非必須アミノ酸、1mM L-グルタミン、および0.1mMβ-メルカプトエタノールから構成される。使用の直前に、ヒトbFGFを最終濃度4ng/mLとなるように添加する(国際公開公報第99/20741号、Geron Corp.)。
伝統的に、ES細胞はフィーダー細胞の層、一般には胚組織または胎児組織に由来する混合細胞集団の層の上で培養されている。ジェロン(Geron)社の研究者は、フィーダー細胞がなくてもpPS細胞を未分化状態で維持しうることを発見した。フィーダー細胞を含まない培養物は、細胞外マトリックス上(Matrigel)(登録商標)またはラミニンなど)で維持すること、または細胞を分化させずに増殖させることを支える因子を含む栄養培地中で培養することができる。その例には、このような因子を分泌する細胞、例えば、放射線を照射した初代マウス胚線維芽細胞(またはヒト胚性幹細胞に由来する線維芽細胞様の細胞)により前培養を行い、馴化の前および後に8ng/mLの塩基性FGFを添加することによって得られる馴化培地がある。ES細胞は顕微鏡下では、核/細胞質比が高く、核小体が顕著であって、稠密なコロニーを形成し、典型的にはSSEA 3および4などの特徴的な表現型マーカーを発現するものとして認められる。胚性幹細胞の扱いおよび栄養補給に関するこれ以上の詳細は、国際公開公報第99/20741号および国際公開公報第01/51616号に示されている。
本発明に記載した技法のいくつかを、胎児組織または成体組織から得られた神経細胞または神経前駆細胞の分化を維持または進行させるために用いることもできる(米国特許第5,852,832号;第5,654,183号;第5,849,553号;および5,968,829号;ならびに国際公開公報第09/50526号および国際公開公報第99/01159号)。別に明記する場合を除き、本発明は、ヒト、非ヒト霊長類、家畜および他の非ヒト哺乳動物を含む、任意の脊椎動物種の細胞を用いて行うことができる。
神経前駆細胞および終末分化細胞を調製するための材料および手順
本発明の神経前駆細胞および成熟ニューロンを、幹細胞を、適した分化パラダイムを用いて分化させることによって作製することができる。
分化プロトコールは一般に、適した基質、および分化誘導物質を添加した栄養培地を含む培養環境で行われる。適した基質には、例えばポリ-L-リジンおよびポリオルニチンによって例示される陽性荷電を有するコーティングを施した固体表面が含まれる。基質には細胞外マトリックス成分、例えばフィブロネクチンおよびラミニンをコーティングすることができる。他の許容される細胞外マトリックスには、マトリゲル(Matrigel)(登録商標)(エンゲルブレス-ホルム-スワーム腫瘍細胞由来の細胞外マトリックス)が含まれる。ポリ-L-リジンをフィブロネクチン、ラミニンまたはその両方と組み合わせた配合基質も適している。
本発明の神経系譜細胞は、所望の細胞種の増殖または生存を支える培地中で培養される。栄養分を血清ではなく遊離アミノ酸として供給する規定培地を用いることがしばしば望ましい。また、神経細胞の持続培養のために開発された添加物を培地に加えることも有益である。その例には、Gibco社から販売されているN2およびB27添加物がある。
神経分化経路に沿った細胞の進行は、所望の細胞種の生成を増強する分化因子の混合物を培地に含めることによって促進される。これには、細胞もしくはその子孫が分化細胞種の表現型特徴を取り入れるように導くこと、所望の表現型を有する細胞の増殖を促進すること、または他の細胞種の増殖を抑制することが含まれうる。これらの因子の作用様式を理解することは、本発明を実施する目的には通常は必要ではない。
適した分化誘導物質には、上皮成長因子(EGF)、トランスフォーミング成長因子α(TGF-α)、任意の種類の線維芽細胞成長因子(例えば、FGF-4、FGF-8および塩基性線維芽細胞成長因子=bFGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、インスリン様成長因子(IGF-1など)、高濃度インスリン、ソニックヘッジホッグ、ニューロトロフィンファミリーのメンバー(神経成長因子=NGF、ニューロトロフィン3=NT-3、脳由来神経栄養因子=BDNF)、骨形態形成タンパク質(特にBMP-2およびBMP-4)、レチノイン酸(RA)、およびgp130と複合体を形成する受容体のリガンド(LIF、CNTFおよびIL-6)などのさまざまな種類の成長因子が含まれる。前記の因子に対するそれぞれの細胞表面受容体と結合する代替リガンドおよび抗体も適している。一般的には複数の分化誘導物質を用いるが、これには上記のまたは下記の実施例において列挙する作用物質の2個、3個、4個またはそれ以上が含まれうる。
1つの分化方法において、pPS細胞を、ポリ-リジンでをコーティングしたカバーグラス、フィブロネクチンもしくはラミニンなどのニューロンフレンドリーな基質タンパク質でコーティングしたカバーグラスまたはコーティングしていないカバーグラスのような、付着性ガラスまたはプラスチック表面などの適した基質上に直接プレーティングする。続いて細胞を、神経細胞へと分化を促進させるのに適合した、適した栄養培地中で培養する。これを「直接分化」法と呼び、国際公開公報第01/51616号、および優先権を主張する米国特許出願第09/888,309号にさらに例示されている。ノギンおよびフォリスタチンなどのTGF-βスーパーファミリーアンタゴニストは、神経性の分化を誘導すること、および直接分化によって得られる神経細胞の表現型特徴を有する細胞の集団を高めることにおいて、特に有用である(実施例4)。
もう1つの分化方法では、細胞塊を形成させるために、pPS細胞をまず不均一な細胞集団へと予め分化させる。その変法の一例では、pPS細胞を懸濁培養することにより、それから胚様体を形成させる。選択的には、胚様体内部の分化を促進するために、前に挙げた分化誘導物質の1つまたは複数(レチノイン酸など)を培地中に含めることができる。胚様体が十分な大きさまたは成熟に達した時点(一般的には3〜4日)で、それらを分化培養用の基質上にプレーティングする。胚様体は、細胞を分散させずに基質上に直接プレーティングすることができる。これにより、神経細胞前駆細胞が胚様体の外側および細胞外マトリックスに遊走することが可能になる。その後、これらの培養物を適切な培地中に継代すると、神経前駆細胞を選別するのに有用である。手順によっては、細胞をまずEGF、bFGF、PDGFおよびIGF-1などのマイトジェン混合物中で培養し、続いて、神経前駆細胞を選び出すためにマイトジェンおよびニュートロフィンを組み合わせたものの中で継代する。
本発明は、特定の神経表現型を生成させるために有効な因子の組み合わせを同定するための方法を含む。神経の分化または成長を増強することが知られた、または増強すると思われるさまざまな因子を、他の組織もしくは種に由来する神経細胞に対する既知の作用、既知の受容体結合活性、機能が知られた他の因子との構造的相同性または他の適切な基準に基づいて、さまざまな機能クラスにカテゴリー化する。各クラスに属する因子を適した作用濃度でまとめる。続いて、細胞を、まとめた因子クラスのそれぞれ(さまざまな組み合わせで)とともに培養し、因子を前駆細胞または所望のタイプの成熟ニューロンの成長を促進する能力に関して評価する。必須な因子クラスは、それが存在しないことによって混合物が所望の表現型を促進する能力を失うことによって同定される。必須のクラスが同定され、他のものが除外されたところで、クラスのそれぞれを、最小限の混合物が同定されるまで成分を一つずつ除くことによって分解する。この方法の実施については実施例4に例示されている。
必要であれば、特定の集団が富化されるように分化細胞を分取することができる。例えば、細胞を神経細胞に特徴的なマーカー(NCAMなど)と結合する抗体またはリガンドと接触させた後に、特異的に認識された細胞を、固相吸着または蛍光活性化細胞分取法などの適した免疫学的技法を用いて分離することができる。所望の細胞種の接着性または遊離性を、不均一な集団内の他の細胞からそれを分離するために利用する、ディファレンシャルプレーティング(differential plating)法または収集法も同じく適している。
神経前駆細胞の表現型は、マイトジェン(bFGFおよびEGF)+1つまたは複数のニュートロフィン(BDNF、NT-3、またはその両方)の組み合わせを用いて、増殖培養下で継代しうることが見いだされている。これは実施例2、4および5に例示されている。この方法によれば、増殖能および成熟ニューロンを生じる能力の両方を保ちながら、細胞を最大40回倍加するまで継代させることができる(図3)。
分化能が決定された前駆細胞は、操作に対する回復力が強く、標的組織に移動して機能的に適合した様式で組み込まれる能力が高いと考えられるため、ヒトの治療法において特に価値が高いと考えられる。前駆細胞は、実施例5に例示されているように固体表面上で増殖させることもでき、または懸濁培養下で増殖させること(この場合には細胞塊または球状構造体を形成する傾向がある)もできる。一例としては、神経前駆細胞を、ほぼ集密化した時点でトリプシンを用いて回収する。続いてそれらを約半分の密度で非接着性ウェルに播き、10ng/mLのBDNF、NT-3、EGFおよびbFGFを含む補足培地中で、培地を週に約3回交換しながら培養する。
神経前駆細胞の誘導または維持の期間中に培地の他の成分を適切に選択することにより、それらが生成する成熟細胞の範囲および特徴に影響を及ぼすことができる。実施例4に例示されているように、神経前駆細胞の直接分化期間中にレチノイン酸を培地に含めると、終末分化した際に生じるMAP2細胞の比率は高くなるが、ドーパミン作動性ニューロンと相関するチロシンヒドロキシラーゼ(TH)に関して陽性である細胞の比率は低くなる。一方、エリスロポエチン(EPO)または培地中のサイクリックAMPレベルを高める作用物質を、神経前駆細胞の形成期間中に培地中に含めると、TH陽性ニューロンを形成する能力が高まる。別の方法として、細胞をEPO経路を活性化するある種の抗体もしくはアゴニストとともに培養すること、または細胞を軽度の低酸素条件下(低O2レベル、約3〜6%)で培養することもできる。ドーパミン作動性表現型の形成を増強するためのEPOの使用は実施例3に例示されている。
これらの手順のいずれかに従って調製された神経前駆細胞は、成熟ニューロンへとさらに分化させることができる。完全に分化した細胞は、種々の化合物の神経組織に対する作用に関するインビトロ評価およびスクリーニングを含む、本発明のさまざまな用途に適している。また、完全分化細胞を、その由来となった神経前駆細胞の機能的能力を特徴づけるために作製することも有用である。
成熟ニューロンは、神経前駆細胞を成熟因子、例えばフォルスコリン(または細胞内cAMPレベルを上昇させる他の化合物、例えばコレラ毒素、イソブチルメチルキサンチン、ジブチルアデノシン環状一リン酸)、c-kitリガンド、レチノイン酸、またはニュートロフィンファミリーに属する任意の因子もしくは因子の組み合わせとともに培養することによって形成させることができる。特に有効なのは、ニュートロフィン-3(NT-3)を脳由来神経栄養因子(BDNF)と組み合わせたものである。他の候補には、GDNF、BMP-2およびBMP-4がある。代替的または付加的に、神経前駆細胞の増殖を促進する因子の一部またはすべて、例えばEGF、FGF、または培養物の維持にこれまで用いてきた他のマイトジェンを除去することによって成熟を増強することもできる。
考えられるさらなる適合化
本発明の神経細胞前駆細胞集団の多くには、かなり高い増殖能がある。必要であれば、内因性遺伝子からの転写を増加させること、または導入遺伝子を導入することのいずれかによって、細胞内のテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)のレベルを高めることにより、複製能をさらに高めることができる。特に適しているのは、国際公開公報第98/14592号に提供されているヒトテロメラーゼの触媒成分(hTERT)である。ヒト細胞におけるテロメラーゼのトランスフェクションおよび発現は、Bodnarら、Science 279: 349, 1998およびJiangら、Nat. Genet. 21: 111, 1999に記載されている。遺伝的に改変された細胞は、RT-PCR、テロメラーゼ活性(TRAPアッセイ)、hTERTに関する免疫細胞化学染色、または複製能により、標準的な方法に従ってhTERT発現に関して評価することができる。
治療用途およびその他の用途に用いるためには、前駆神経細胞または成熟神経細胞の集団が未分化pPS細胞を実質的に含まないことが望ましい。集団から未分化幹細胞を欠乏させる1つの方法は、エフェクター遺伝子が未分化細胞において好ましい発現を引き起こすプロモーターの制御下に置かれているベクターを、それらにトランスフェクトすることである。適したプロモーターには、TERTプロモーターおよびOCT-4プロモーターが含まれる。エフェクター遺伝子は細胞に対して直接溶解性があるもの(例えば、毒素またはアポトーシスのメディエーターをコードするもの)でもよい。または、エフェクター遺伝子に、抗体またはプロドラッグなどの外的因子の毒性作用に対する感受性を細胞に付与する作用があってもよい。その例には単純ヘルペスチミジンキナーゼ(tk)遺伝子があり、これはそれが発現された細胞にガンシクロビルに対する感受性を与える。適したpTERT-tk構築物は国際公開公報第98/14593号(Morinら)によって提供されている。
神経前駆細胞および終末分化細胞の特徴
細胞は、形態的特徴、発現された細胞マーカー、酵素活性、または神経伝達物質およびそれらの受容体の検出または定量化、ならびに電気生理機能のような、さまざまな表現型基準に従って特徴づけることができる。
本発明に含まれるある種の細胞は、神経細胞またはグリア細胞に特徴的な形態的特徴を有する。これらの特徴はこのような細胞の存在を評価している当業者によって容易に認識される。例えば、ニューロンの特徴は、細胞体が小さいこと、ならびに軸索および樹状突起を思わせる多数の突起である。本発明の細胞を、さまざまな種類の神経細胞に特徴的な表現型マーカーを発現するか否かに従って特徴づけることもできる。
対象となるマーカーには、ニューロンに特徴的なβ-チューブリンIII、微小管関連タンパク質2(MAP-2)またはニューロフィラメント;アストロサイトに存在するグリア線維性酸性タンパク質(GFAP);オリゴデンドロサイトに特徴的なガラクトセレブロシド(GalC)またはミエリン塩基性タンパク質(MBP);未分化hES細胞に特徴的なOct-4;神経前駆細胞および他の細胞に特徴的なネスチンが非制限的に含まれる。A2B5(糖脂質)およびポリシアル酸付加型神経細胞接着分子(NCAMと略する)は既に記載されている。神経細胞系譜細胞を検討する場合にはA2B5およびNCAMが有益なマーカーであるが、これらのマーカーは肝細胞または筋細胞などの他の細胞種にも認められることがある点を認識しておくべきである。β-チューブリンIIIは、以前は神経細胞に特異的と考えられていたが、hES細胞の亜集団もβ-チューブリンIII陽性であることが判明している。MAP-2は、さまざまな種類の完全分化ニューロンに対するより厳密なマーカーである。本発明に従って調製されたある種の細胞集団は、これらのマーカーに対して陽性と試験されるものを、単独または様々な組み合わせにおいて、少なくとも30%、50%、75%、90%、またはそれ以上の割合で含む。
本開示において列挙した、および当技術分野で知られている組織特異的マーカーは、任意の適した免疫学的手法(例えば、細胞表面マーカーに関するフローイムノサイトケミストリー(flow immunocytochemistry)、細胞内マーカーまたは細胞表面マーカーに関する免疫組織化学(例えば、固定した細胞または組織切片に対するもの)、細胞抽出物のウエスタンブロット分析、および細胞抽出物または培地中に分泌された産物に関する固相酵素免疫アッセイ法など)を用いて検出することができる。細胞による抗原の発現は、標準的な免疫細胞化学またはフローサイトメトリーアッセイ法において、選択的には細胞の固定後に、さらに選択的には標識を増幅するために標識した二次抗体または他の結合物(ビオチン-アビジン結合物など)を用いて、明らかに検出可能な量の抗体が抗原と結合する場合に「抗体で検出可能である」という。
組織特異的遺伝子産物の発現を、ノーザンブロット分析、ドットブロットハイブリダイゼーション分析、または配列特異的プライマーを標準的な増幅法に用いて逆転写酵素により開始するポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により、mRNAレベルで検出することもできる。これ以上の詳細については米国特許第5,843,780号を参照されたい。本開示に列挙した個々のマーカーに関する配列データは、ジェンバンク(GenBank)(URL www.ncbi.nlm.nih.gov:80/entrez)などの公開データベースから入手可能である。mRNAレベルでの発現は、一般的な対照比較実験における標準的な手順に従った細胞試料に関するあるアッセイ法の成績で、明らかに識別可能なハイブリダイゼーションまたは増幅産物が得られる場合に、本開示に記載のアッセイ法の1つに従って「検出可能である」という。蛋白質またはmRNAレベルで検出される組織特異的マーカーの発現は、そのレベルが、未分化pPS細胞、線維芽細胞または他の無関係な細胞種などの対照細胞のものの少なくとも2倍、好ましくは10倍を上回る、または50倍を上回る場合に陽性とみなされる。
同じく神経細胞、特に終末分化細胞に特徴的なものに、神経伝達物質の生合成、放出および再取り込みに関与する受容体および酵素、ならびにシナプス伝達に関係する脱分極および再分極に関与するイオンチャネルがある。シナプス形成の証拠は、シナプトフィジンに対する染色によって得られる。特定の神経伝達物質に対する受容性に関する証拠は、γ-アミノ酪酸(GABA)、グルタミン酸、ドーパミン、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)、ノルアドレナリン、アセチルコリン、およびセロトニンに対する受容体を検出することによって得られる。
本発明の特定の神経前駆細胞集団の分化により(例えば、NT-3およびBDNFを用いて)、少なくとも20%、30%または40%がMAP-2陽性である細胞集団が生じうる。NCAM陽性細胞またはMAP-2陽性細胞のかなりの割合、例えば5%、10%、25%またはそれ以上の割合(細胞数に基づいて)が、アセチルコリン、グリシン、グルタミン酸、ノルエピネフリン、セロトニン、またはGABAなどの神経伝達物質を合成しうると考えられる。本発明のある種の集団は、免疫細胞化学またはmRNA発現による評価でチロシンヒドロキシラーゼ(TH)に関して1%、5%または10%またはそれ以上の割合が陽性である、NCAM陽性細胞またはMAP-2陽性細胞を含む(NCAMもしくはMAP-2陽性細胞の割合(%)、または集団中に存在する全ての細胞の割合(%)のいずれかとして)。THは当技術分野でドーパミン合成細胞に対するマーカーであると一般にみなされている。
分化した集団に存在する成熟ニューロンをさらに解明するために、機能的基準に従って細胞の試験を行うことができる。例えば、神経伝達物質、またはインビボでニューロンに影響を及ぼすことが知られた他の環境条件に反応して生じるカルシウム流を、任意の標準的な技法によって測定することができる。まず、形態的基準またはNCAMなどのマーカーによって集団内のニューロン様細胞を特定する。神経伝達物質または条件を細胞に対して適用し、その反応を観測する。活動電位の所見があるか否か、および加えた電圧と反応との間の遅れ時間はどの程度であるかを明らかにするために、細胞に対して標準的なパッチクランプ法を行うこともできる。
pPS細胞の樹立系から派生させた場合、本発明の細胞集団および単離された細胞は、その由来となった細胞系と同じゲノムを有するものとして特徴づけることができる。このことは、通常の有糸分裂の過程を経て未分化細胞系から神経細胞を得たとした場合に推測しうるように、pPS細胞と神経細胞との間で染色体DNAの90%以上が同一であることを意味する。導入遺伝子(TERTなど)の導入または内因性遺伝子のノックアウトのために組換え法によって処理された神経細胞も、操作されていないすべての遺伝因子が保たれるため、やはりその由来となった細胞系と同じゲノムを有すると考えられる。
神経前駆細胞および終末分化細胞の用途
本発明は、多数の神経前駆細胞ならびに成熟ニューロンおよびグリア細胞を作製するための方法を提供する。これらの細胞集団は、重要な研究、開発および商業的目的に用いうる。
本発明の細胞は、他の系譜由来の細胞において好ましく発現されるcDNAが比較的混入していないcDNAライブラリーを調製するために用いることができる。例えば、多能性細胞を1000rpm、5分間の遠心処理によって回収し、続いてmRNAを調製し、逆転写を行い、さらに選択的には、成熟ニューロン、アストロサイトもしくはオリゴデンドロサイトまたは未分化アストロサイトに由来するcDNAを用いたサブトラクションを行う。マイクロアレイ分析により、ニューロンの発現パターンを他の細胞種と比較することが可能であり、その概要については、Fritzら、Science 288: 316, 2000;「マイクロアレイバイオチップ技術(Microarray Biochip Technology)」、L Shi, www.Gene-Chips.com.による総説がある。
また、本発明の分化細胞を、多能性神経前駆細胞、ニューロン系譜またはグリア細胞系譜に分化能が決定された細胞、ならびに成熟ニューロン、アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトのマーカーに対して特異的な抗体を調製するために用いることもできる。ポリクローナル抗体は、本発明の細胞を免疫原性形態として脊椎動物に注射することによって調製しうる。モノクローナル抗体の作製は、ハーロウ(Harrow)およびレーン(Lane)(1988)、米国特許第4,491,632号、第4,472,500号および第4,444,887号ならびにMethods in Enzymology 73B: 3 (1981)などの標準的な参考文献に記載されている。
商業的に関心が持たれる用途には、細胞を、低分子薬のスクリーニング、および臨床的治療法のためのニューロンを含む薬学的組成物の調製に用いることが含まれる。
薬物スクリーニング
本発明の神経前駆細胞は、神経前駆細胞およびそれらのさまざまな子孫の特徴に影響を及ぼす因子(溶媒、低分子薬、ペプチド、ポリヌクレオチドなど)または環境条件(培養条件または操作など)のスクリーニングに用いることができる。
いくつかの用途においては、pPS細胞(分化細胞、または未分化細胞)を、神経細胞への成熟を促す因子、またはこのような細胞の長期培養下での増殖および維持を促す因子のスクリーニングに用いる。例えば、成熟因子または成長因子の候補の試験は、それらを種々のウェルに入ったpPS細胞に添加した後に、その結果生じた表現型変化を、細胞のさらなる培養および使用に関して望まれる基準に従って判定することによって行われる。
本発明の他のスクリーニング用途は、神経組織または神経伝達に対する効果について薬学的化合物を試験することに関する。スクリーニングは、化合物が神経細胞に対して薬理効果を及ぼすように設計されたという理由から行ってもよく、または別の効果を及ぼすように設計された化合物に神経系に対する有害な副作用がある可能性があるという理由から行ってもよい。スクリーニングは、本発明の神経前駆細胞または終末分化細胞、例えばドーパミン作動性ニューロン、セロトニン作動性ニューロン、コリン作動性ニューロン、感覚ニューロンおよび運動ニューロン、オリゴデンドロサイトならびにアストロサイトなどの任意のものを用いて行うことができる。
概論については、標準的な教科書である「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)」、Academic Press、1997および米国特許第5,030,015号を参照されたい。薬学的化合物候補の活性の評価は一般に、本発明の分化細胞を候補化合物と、単独または他の薬剤との併用で組み合わせることを含む。試験者は、化合物に起因する細胞の形態、マーカー表現型または機能的活性の変化の有無を判定し(非処理細胞または不活性化合物で処理した細胞と比較する)、観察された変化を化合物の効果と相関づける。
細胞傷害性はまず第一に、細胞の生育性、生存、形態、ならびに特定のマーカーおよび受容体の発現に対する影響によって判定しうる。染色体DNAに対する薬剤の影響は、DNAの合成または修復を測定することによって判定しうる。[3H]-チミジンまたはBrdUの取り込みは、特に細胞周期内で不定期にみられる場合または細胞複製に必要なレベルを上回る場合は、薬剤の影響と一致する。有害効果には、中期分裂像から判定される姉妹染色分体交換の割合が異常であることも含まれる。より詳細な説明については、ヴィッカーズ(A. Vickers)(pp 375〜410、「薬学研究におけるインビトロの方法(In vitro Methods in Pharmaceutical Research)、Academic Press、1997)を参照されたい。
細胞機能に対する影響は、細胞培養下または適切なモデルにおいて、受容体結合、神経伝達物質の合成、放出または取り込み、電気生理、および神経突起またはミエリン鞘の成長などの神経細胞の表現型または活性を観察するための任意の標準的なアッセイ法を用いて評価しうる。例えば、薬剤がシナプス接触および可塑性を変化させる能力は、シナプシンまたはシナプトフィジンに対する免疫細胞化学染色により、培養下で計測しうる。電気生理はIPSPおよびEPSP(抑制性および興奮性シナプス後電位)を測定することによって評価しうる。または、二電極システムを用いて、一方の細胞を刺激し、システム内の第2の細胞の応答を評価する。候補薬剤の存在下におけるシステムの挙動を薬剤の非存在下における挙動と比較して、薬剤がシナプス接触または細胞可塑性に影響する能力と相関づける。
治療的使用
本発明は、中枢神経系(CNS)機能の程度を回復させるための神経前駆細胞の使用であって、おそらくは機能の先天性異常、疾病状態の影響または損傷の結果のために、このような治療を必要とする対象に対する使用も提供する。
神経前駆細胞の治療的投与に対する適合性を判定するために、細胞をまず適した動物モデルで試験することができる。1つのレベルでは、細胞がインビボで生存し、その表現型を維持する能力を評価する。神経前駆細胞を、免疫不全動物(ヌードマウス、または化学的手法もしくは照射により免疫不全とした動物など)に対して、大脳腔内または脊髄内などの観察可能な部位に投与する。数日ないし数週間またはそれ以上の期間の後に組織を採取し、pPS由来の細胞が存在し続けているか否かを評価する。
これは、検出可能な標識(緑色蛍光蛋白質またはβ-ガラクトシダーゼなど)を発現する細胞;あらかじめ標識した(例えば、BrdUまたは[3H]チミジンにより)細胞を投与すること;またはその後に構成性細胞マーカーを検出すること(例えば、ヒト特異的抗体を用いて)によって行える。神経前駆細胞を齧歯類モデルで試験する場合には、ヒト特異抗体を用いる免疫組織化学的手法もしくはELISA、またはヒトポリヌクレオチド配列に対して特異的な増幅が起こるようなプライマーおよびハイブリダイゼーション条件を用いるRT-PCR分析により、投与した細胞の存在および表現型を評価することができる。遺伝子発現をmRNAまたは蛋白質のレベルで評価するのに適したマーカーは本開示の別の箇所に提示している。
神経系機能の回復に関する試験を行うための種々の動物モデルは、「CNS再生:基礎科学および臨床的進歩(CNS Regeneration: Basic Science and Clinical Advances)」、タスジンスキ(M.H. Tuszynski)およびコルドワ(J.H. Kordower)編、Academic Press、1999に記載されている。パーキンソン病は、ラットに黒質線状体の病変を外科的に導入し、それによって脳内の主なドーパミン経路を遮断することによってモデル化しうる。もう1つの標準的な動物モデルは、マウスまたは非ヒト霊長類の黒質内に、MPTP(1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン)により、ドーパミン作動性ニューロンの化学的障害を起こさせたものである。これらの例は、Furnsら、Proc. Natl. Acad. Sd. USA 80: 4546、1983;Freedら、Appl. Neurophysiol. 47: 16、1984;およびBjorklundら、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 19: 2344, 2002に提示されている。
本発明の分化細胞を、それを必要とするヒト患者における組織の再構成または再生のために用いることもできる。細胞を、それらが意図した組織部位に定着または移動し、機能欠損領域を再構成または再生させることを可能とする様式で投与する。例えば、中枢治療しようとする疾患に応じた神経系の実質内またはクモ膜下腔内の部位に、神経幹細胞を直接移植する。移植は25,000〜500,000細胞/μLの密度の単細胞懸濁液または小凝集物を用いて行う(米国特許第5,968,829号)。本発明に含まれるある種の神経前駆細胞は、神経系に対する急性障害または慢性障害の治療のために設計される。例えば、興奮毒性は、てんかん、脳卒中、虚血、およびアルツハイマー病を含むさまざまな疾患に関与するとみられている。ドーパミン作動性ニューロンをパーキンソン病を治療するため、GABA作動性ニューロンをハンチントン病を治療するため、および運動ニューロンを脊髄損傷または筋萎縮性側索硬化症(ALS)を治療するために、製剤化してもよい。
本発明による神経前駆細胞および終末分化細胞は、ヒト投与用に十分に無菌な条件下で調製した等張性添加剤を含む薬学的組成物の形態として供給することができる。医薬品の製剤化に関する一般的な原理に関しては、「細胞療法:幹細胞移植、遺伝子治療および細胞免疫療法(Cell Therapy: Stem Cell Transplantation, Gene Therapy, and Cellular Immunotherapy)」、モルツィン(G. Morstyn)およびシェリダン(W. Sheridan)編、Cambridge University Press、1996;ならびに「造血幹細胞療法(Hematopoietic Stem Cell Therapy)」、ボール(E.D. Ball)、リスター(J. Lister)およびロー(P. Law)、Churchill Livingstone、2000を参照されたい。
選択的には、組成物を、何らかの神経学的異常の改善を目的としたCNS機能の再構成といった望ましい目的に関する文書を添付して、適した容器内にパッケージ化してもよい。
以下の実施例は、本発明の特定の態様に関する非制限的な例示として提示するものである。
実施例1:胚性幹細胞の成熟ニューロンへの分化
ヒト胚性幹(hES)細胞は、以前に記載された通り、フィーダーを含まない培養物から入手した(オーストラリア特許第729377号;国際公開公報第01/51616号)。胚様体は以下の通りに作製した。hES細胞の集密化した単層培養物を、1mg/mLコラゲナーゼ中で5〜20分間インキュベートし、その後に細胞をプレートから剥離させることによって回収した。続いて、細胞を分離して塊にした上で、80%KO(「ノックアウト」)DMEM(Gibco)および熱非働化を行っていない20%FBS(Hyclone)から構成され、1%非必須アミノ酸、1mMグルタミン、0.1mMβ-メルカプトエタノールを補充した培地を入れた非接着性細胞培養プレート(Costar)中にプレーティングした。細胞は1ウェル(6ウェルプレート)当たり2mL培地中に1:1または1:2の比で播種した。
4日間の懸濁培養後に、胚様体を、10ng/mLヒトEGF、10ng/mLヒトbFGF、1ng/mLヒトPDGF-AA、および1ng/mLヒトIGF-を添加した規定培地の入った、フィブロネクチンをコーティングしたプレートにプレーティングした。胚様体はプレートに付着し、細胞は単層を形成するようにプラスチック上を移動し始めた。
3日後に、ニューロンの形態を備えた多くの細胞が観察された。神経前駆細胞は、BrdU取り込み、ネスチン染色に関して陽性で、かつ系譜特異的分化マーカーが認められない細胞として同定された。ニューロン前駆細胞およびグリア前駆細胞と推定されるものは、ポリシアル酸付加型NCAMおよびA2B5に関して陽性のものとして同定された。フローサイトメトリーによる測定で、細胞の41〜60%はNCAMを発現し、20〜66%はA2B5を発現した。NCAM陽性細胞の部分集団はβ-チューブリンIIIおよびMAP-2を発現することが見いだされた。GFAPまたはGalCなどのグリアマーカーとの共存は全く認められなかった。A2B5陽性細胞はニューロンおよびグリアの両方を生成するように思われた。A2B5細胞の部分集団はβ-チューブリンIIIまたはMAP-2を発現し、別の部分集団はGFAPを発現した。ニューロンの形態を備えた細胞の一部は、A2B5およびNCAMの両方によって二重染色された。NCAM陽性集団およびA2B5陽性集団はどちらも、グリアよりもニューロンをはるかに多く含んでいた。
マイトジェンは全く含まないが、10ng/mLニュートロフィン-3(NT-3)および10ng/mL脳由来神経栄養因子(BDNF)は含む培地中に細胞を再プレーティングすることにより、細胞集団をさらに分化させた。広範囲に突起を伸ばしたニューロンが約7日後に観察された。レチノイン酸(RA)中に維持した胚様体に由来する培養物は、RAの非存在下で維持したもの(約5%)よりもMAP-2陽性細胞の割合が多かった(約26%)。GFAP陽性細胞は斑状に認められた。GalC陽性細胞も同定されたが、細胞は大きく、複雑な突起を有するというよりは平坦であった。
神経伝達物質の合成の有無についても評価した。β-チューブリンIIIまたはMAP2を共発現し、ニューロンに特徴的な形態を有するGABA免疫反応性細胞が同定された。ニューロンマーカーを共発現しないGABA陽性細胞も時折同定されたが、これはアストロサイト様の形態を有していた。チロシンヒドロキシラーゼ(TH)およびMAP-2の両方を発現する神経細胞が同定された。シナプトフィジン抗体を用いた染色により、シナプス形成が同定された。
ヒトES細胞のH9系から分化した培養物においてTH染色が観察された。胚様体を10μMレチノイン酸中で4日間維持した後に、EGF、塩基性FGF、PDGFおよびIGFが入った、フィブロネクチンをコーティングしたプレートにプレーティングして3日間おいた。次にそれらを、10ng/mL NT-3および10ng/mL BDNFを添加したN2培地中にあるラミニン上に継代し、さらに14日間分化させた。分化した細胞を4%パラホルムアルデヒドにより室温で20分間固定し、続いてドーパミン作動性細胞のマーカーであるTHに対する抗体を用いて現像した。
実施例2:ドーパミン作動性細胞の濃縮された集団
胚様体を10μMレチノイン酸の存在下で4日間懸濁培養した後に、EGF、bFGF、PDGFおよびIGF-1を添加した規定培地中にプレーティングして3〜4日間おいた。続いて細胞を磁気ビーズ選別またはイムノパンニングにより、A2B5陽性またはNCAM陽性が集積した集団に分離した。
免疫選択した細胞を、10ng/mL NT-3および10ng/mL BDNFを添加した規定培地中で維持した。14日後に、NCAMに関して選別された細胞の25±4%はMAP-2陽性であった。このうち1.9±0.8%はGABA陽性であり、3±1%は、ドーパミン合成の律速酵素で一般にドーパミン合成細胞を代表するとみなされているチロシンヒドロキシラーゼ(TH)に関して陽性であった。
NCAMに関して選別された細胞集団において、NCAM +veであった細胞はGFAPまたはGalCなどのグリアマーカーを発現しなかった。これらのデータは、本質的にグリア前駆細胞の混入を伴わない、ニューロンに限定された前駆細胞を含む集団を、hES細胞培養物から直接単離しうることを示している。
これに対して、A2B5に関して選別された細胞には、ニューロンおよびアストロサイトの両方を生成する能力があった。集積化を行った後に、細胞をNT-3およびBDNFを添加した規定培地中に入れ、14日間にわたり分化させた。プレーティングから最初の1〜2日以内にA2B5集積化集団内の細胞は突起を伸ばし始めた。2週後に細胞は成熟ニューロンの形態を呈し、細胞の32±3%はMAP-2陽性であった。重要なことに、MAP-2細胞の3±1%はTH陽性であり、一方、0.6±0.3%はGABA免疫反応性であった。これらのデータは、アストロサイトおよびニューロン(ドーパミンを合成するものを含む)の両方に対する前駆細胞を含む細胞集団を、hES細胞から入手しうることを示している。
TH発現ニューロンを得るための条件に関するさらに詳細な検討を、以下の通りに行った。集密化したH7系のhES細胞から、32回目の継代の時点で1mg/mLコラゲナーゼ(37℃、5〜20分間)中にてインキュベートし、培養皿から剥離させた上で細胞を非接着性培養プレート(Costar(登録商標))に入れることにより、胚様体を形成させた。この結果得られたEBを、FBSおよび10μM全トランスレチノイン酸を含む培地中で懸濁培養した。4日後に凝集物を回収し、遠心管内で沈降させた。続いて上清を吸引し、凝集物を、増殖培地(DMEM/F12 1:1、N2、1/2の強度のB27、10ng/mL EGF(R & D Systems)、10ng/mL bFGF(Gibco)、1ng/mL PDGF-AA(R & D Systems)および1ng/mL IGF-1(R & D Systems)を添加)中にて、ポリL-リジンおよびフィブロネクチンをコーティングしたプレート上にプレーティングした。
EBを付着させて3日間増殖させた後、トリプシン処理(Sigma)を約1分間行うことによって回収し、増殖培地中にて、1.5×105個/ウェルの密度で、ポリ-リジンおよびラミニンをコーティングした4穴チェンバースライド上にプレーティングして1日間おいた。次に培地を、B27および以下の成長因子混号物の1つを添加した神経基本培地に交換した:
・10ng/mL bFGF(Gibco)、10ng/mL BDNF、および10ng/mL NT-3
・10ng/mL bFGF、5000ng/mLソニックヘッジホッグ、および100ng/mL FGF8b
・10ng/mL bFGFのみ
1日おきに栄養分を補給しながら、細胞をこれらの条件下で6日間維持した。第7日の時点で、培地を、B27および以下の混号物の1つを添加した神経基本培地に交換した:
・10ng/mL BDNF、10ng/mL NT-3
・1μM cAMP、200μMアスコルビン酸
・1μM cAMP、200μMアスコルビン酸、10ng/mL BDNF、10ng/mL NT-3
培養物に1日おきに栄養分を補給し、第12日になった時点で免疫細胞化学分析のために抗THまたは抗MAP-2で標識した。40倍対物レンズを用いて、3つのウェルの各々における4つの視野を算定することにより、マーカーの発現を定量化した。
その結果を表1に示す。bFGF、BDNF、およびNT-3の存在下における初期培養により、最も高い割合でTH陽性細胞が得られた。
(表1)ドーパミン作動性ニューロンを作製するための条件
実施例3:エリスロポエチンとの培養によってドーパミン作動性細胞の比率を高めること
次の実験では、胚様体を、ポリ-リジン、フィブロネクチンをコーティングしたウェル上にプレーティングし、10ng/mL EGF、1ng/mL PDGF-AA、10ng/mL bFGFおよび1ng/mL IGF-1とともに培養した。第4日の時点で、混合物に5U/mL EPO、700μM cAMP、またはその両方を添加した。この細胞を再プレーティングし、10ng/mL BDNF、10ng/mL NT-3により、さらに選択的にはEPO、cAMP、および200μMアスコルビン酸とともに7日間処理した。結果は表2に示されている。この実験では、全細胞のうちMAP-2陽性であったものの割合は異常に低かった。
(表2)ドーパミン作動性ニューロンを作製するための条件
これらのデータは、神経前駆細胞の誘導期間中にcAMPおよびEPOを添加すると最終的に得られるニューロンのうちチロシンヒドロキシラーゼを発現するものの比率が高くなることを初めて示したものである。Studerらは、EPOの存在下または低酸素分圧下における中脳前駆細胞の増殖および分化により、ドーパミン作動性ニューロンの数が増加することを報告している(J. Neurosci. 20: 7377, 2000)。EPOには低酸素状態での神経保護効果があり、多能性前駆細胞をニューロン経路に向かわせると考えられている(Shingoら、J. Neurosci. 21: 9733, 2001)。この作用は、Janusキナーゼ-2と核因子κB(NF-κB)との間の相互干渉、Bcl-x(L)発現のアップレギュレーション、またはAP-1(Jun/Fos)経路の活性化に起因する可能性がある。pPS由来の神経細胞におけるこれらの経路を他の手段によって調節することにより、EPOの作用が模倣される可能性がある。
実施例4:hES細胞からドーパミン作動性ニューロンへの直接分化
この検討では、ヒトES細胞を、胚様体を形成させることなくニューロンに分化させるためのさまざまなパラダイムを評価した。
被験因子を相同性および/または機能的重複に基づいてグループ分けするための方策を開発した(表3)。因子のグループ分けを行うと、その群の内部に付随する活性がES細胞集団に対して誘発される可能性が高くなる。仮説は、その混合物の内部にある特定の因子が分化カスケードを惹起するというものである。分化が進行し、細胞の受容体発現プロフィールが変化するに伴って、それらは混合物中の他の因子に応答するようになると考えられる。
因子の複雑な混合物を処理期間を通じて連続的に与えることにより、細胞の応答性がいかにして変化するか、およびいつ変化するかを、厳密に規定する必要がなくなる。所望の分化プロセスを誘発する混合物が同定された場合には、最適な最小限の混合物が得られるように、それを系統立てて単純化することができる。さらなる試験を行った後、最小限の処理は、最終的には、列挙された因子のうち、同時にまたは経験的に決定されたプロトコールに従って逐次的に用いられる、1つ、2つ、3つまたはそれ以上のものから構成されると考えられる。
実験は以下の通りに行った。ヒトES細胞系の単層培養物を、コラゲナーゼIV中で5〜10分間インキュベートした後に細胞をプレートから剥離させることによって回収した。細胞を粉砕によって分離させた上で、Knockout代用血清(Gibco BRL)を加えてマウス胚フィーダー細胞により24時間の馴化を行ったKnockout DMEM培地(Gibco BRL))中にて成長因子減少型マトリゲル(growth factor-reduced Matrigel(登録商標)による前処理を行った96ウェル組織培養プレート上に、サブコンフルエント状態でプレーティングした。プレーティングから1日後に、培地を、0.5mMグルタミン、B27添加物(Gibco BRL)および以下に示す被験因子の群を添加したNeurobasal(NB)培地(Gibco BRL)と交換した。細胞にはグルタミン、B27および被験因子を含む新たなNeurobasal培地を11日間与えた。
11日後に細胞をトリプシン中で5〜10分間インキュベートすることによって回収し、 1:6に希釈した上で、ラミニンで前処理した96ウェル組織培養プレート上に再プレーティングし、グルタミン、B27および被験因子を含む新たなNeurobasal培地をさらに5日間与えた。細胞を4%パラホルムアルデヒド中で20分間固定した上で、初期ニューロンマーカーであるβ-チューブリン-III、後期ニューロンマーカーであるMAP-2、およびドーパミン作動性ニューロンに伴う酵素であるチロシンヒドロキシラーゼに対する抗体によって染色した。細胞核はDAPIで標識し、視覚的検査によって定量した。結果は表4に示されている。
(表4)hES細胞からニューロンへの直接分化
−=試験せず
もう1つの実験では、グルタミン、B27、および前記の被験因子群を添加したNeurobasal培地中で細胞を培養し、トリプシン処理によって第8日の時点で回収して、再プレーティングして5日間おいた。結果は表5に示されている。
いくつかの処理パラダイムは、ニューロンの直接分化を誘導した。第5群の因子(ノギンおよびフォリスタチン)を含めた処理が最も有効であった。
図1は、処理B、処理D、および処理Fを用いて得られ、β-チューブリン-IIIに対して染色された分化細胞の視野の例を示している。形態およびβ-チューブリン-III染色によれば、細胞の約5〜12%がニューロンである。MAP-2染色によれば、これらの約1/3が成熟ニューロンである。全ニューロンのうち約2〜5%(MAP-2陽性ニューロンの5〜15%)は、ドーパミン作動性表現型に一致するチロシンヒドロキシラーゼに対しても染色された。
以後の実験は、特定の因子混合物の効果および分化の動態をさらに解明する目的で行った。
図2(A)は、TGF-βスーパーファミリーアンタゴニストであるノギンおよびフォリスタチンをさまざまな期間にわたって用いた実験の結果を示している。サブコンフルエント状態にあるH7系のhES細胞を、cAMP濃度を700μgとした点を例外として、処理Dによって15日間処理した。その結果から、ノギンおよびフォリスタチンが両方ともニューロン分化に寄与し、相乗的に働くことが示された。ノギンは約1週間の時点(第5〜8日)で重要であるように思われ、一方、フォリスタチンは2週間前後の時点(第13〜15日)の時点で重要であり、これは小さな神経突起ではなく成熟ニューロンの生成を最大限にした。
図2(B)は、TGF-βスーパーファミリーのアンタゴニストを含む表4中の処理混合物を用いたニューロン誘導の時間経過を示している。図2(C)は、ノギンおよびフォリスタチンの直接分化における効果をさらに示している。第1のバーによって表されたhES細胞は、第1、4、6、7、9、10および11群の因子(表3)、ならびに700μM cAMP、5U/mL EPO、および30ng/mL FGF-8(第2群)によって処理されている。ノギンおよびフォリスタチンの非存在下ではβ-チューブリン陽性ニューロンは事実上全く形成されなかった。しかし、ノギンおよびフォリスタチンのみ、またはレチノイン酸との併用により、hES細胞は最初の段階でニューロン分化へと誘導された。ノギン/フォリスタチンの初期誘導によって神経前駆細胞が生成され、これが引き続いて、他の因子の添加によってニューロンを形成するように誘導されうるとの仮定を立てている。
図2(D)は、ドーパミン作動性ニューロンが望まれる場合に混合物からレチノイン酸(RA)を除く有益性を示している。細胞を以前の通りに処理Fによって分化させるか(左の2本のバー)、またはレチノイン酸を除去して分化させた(右の2本のバー)。レチノイン酸を含めるとβ-チューブリン陽性ニューロンの比率は幾分上昇したが、チロシンヒドロキシラーゼに対して陽性染色されたニューロンの比率は低下した。
実施例5:連続継代による神経前駆細胞の増殖性再生
本発明の神経前駆細胞は培養下で継代および増殖を行うことができ、これはそれらの独特かつ有益な特性の一部を表している。
1件の例示的な実験において、ヒト胚性幹細胞を回収し、20%FIBSおよび10μMレチノイン酸を含むノックアウトDMEM中で懸濁培養下におき、胚様体を形成させた。4日後に、胚様体を、N2添加物、B27添加物(通常量の半量)、10ng/mLヒトEGF、10ng/mLヒトbFGF、1ng/mLヒトPDGF-AA、および1ng/mLヒトIGF-1を添加したDMEM/F12培地の入った、ポリ-L-リジン/フィブロネクチンをコーティングしたプレートにプレーティングした。
細胞を3日間培養し、以下の通りに短時間のトリプシン処理によって回収した。0.5mLの0.5%トリプシン(0.53mM EDTA中)(Gibco # 25300-054)を6ウェルプレートの各ウェル中に層状に重ねた後、直ちにプレートから除去した。15秒おいた後(室温)、B27添加物を加えたNeurobasal培地をウェルに入れ、続いてそれを採取して遠心処理を行い、遊離細胞を回収した(細胞の1%〜10%)。
6ウェルプレートを1mL/ウェルの15μg/mLポリ-L-リジン(Sigma #P1274)でコーティングし、続いて1mL/ウェルの20μg/mLヒト胎盤ラミニン(Gibco # 23017-015)で一晩コーティングした。ディファレンシャルトリプシン処理によって得た細胞ペレットを、B27添加物、10ng/mL NT-3、および10ng/mL BDNFを含むneurobasal培地中に再懸濁し、コーティングしたウェル上に500,000〜750,000個/ウェルの密度でプレーティングした。
5日後に、細胞を完全なトリプシン処理によって回収し、計数した上で、さまざまな因子混合物の入った、ポリ-リジン/ラミニンをコーティングしたウェル中に、100,000〜150,000個/ウェルの密度で再プレーティングした。用いた濃度は以下の通りである:10ng/mL NT-3、10ng/mL BDNF、10ng/mLヒトEGF、10ng/mLヒトbFGF、または10ng/mL LIF、これらのさまざまな組み合わせ。細胞には週3回、培地の半分を交換して新たな培地を与えた。7日毎に細胞をトリプシン処理し、計数した上で、同じ因子を含む新鮮な培地中にて再び継代した。
図3(A)は、この実験による増殖曲線を示している。BDNFおよびNT-3のみの中で継代した細胞は約1週後には増殖を停止し、主としてニューロンに分化した。しかし、EGFおよびbFGFを培地に添加すると細胞は前駆細胞の形態で増殖を続けた。これらの細胞のマーカーのプロフィールを表6に示す。
このように、BDNF、NT-3、EGFおよびbFGFの組み合わせの中で継代した細胞は、神経前駆細胞マーカーであるネスチンおよびNCAMを大量に発現した。
図3(B)は、これらの細胞をBDNFおよびNT-3のみの存在下で終末分化するように誘導した場合に得られた結果を示している。BDNF、NT-3、EGFおよびbFGFの組み合わせの中で継代した細胞は、終末分化させるとより多くのニューロンを生じ、これは分化前に神経前駆細胞の割合が多かったことと一致していた。
図4(A)は、チロシンヒドロキシラーゼに対して陽性染色された細胞の割合を示している。この場合も、BDNF、NT-3、EGFおよびbFGFの組み合わせが、検討した組み合わせの中で最も優れた収率をもたらした。
図4(B)は、BDNFおよびNT-3のみを用いるのでなく、NT-4、神経成長因子、アスコルビン酸、cAMPおよびドーパミンなどの補足的な因子を(表3に示した濃度で)用いて終末分化を誘導することにより、さらに多くのTH陽性ニューロンを生じさせうることを示している。集団内の全細胞数の最大5%がドーパミン作動性マーカーの表現型を示した。
H7 hES細胞系に由来する神経前駆細胞を、B27添加物、30%代用血清および10%DMSOを含む神経基本培地における第10継代の時点で凍結した(凍結バイアル当たり5×105個)。この細胞を約6.5カ月後に解凍した。解凍細胞は凍結前にみられた特徴の多くを有していた:すなわち、β-チューブリンおよびMAP-2の陽性率は60〜80%であり、チロシンヒドロキシラーゼ陽性率は約5%であった。
1件の関連実験においては、細胞を培養基質上ではなく、細胞塊として増殖および継代した。神経前駆細胞を、ほぼ集密化した時点(約3または4×105細胞/ウェル)でトリプシン処理によって6ウェルプレートから回収した。続いてそれらを、B27添加物、10ng/mL BDNF、10ng/mL NT-3、10ng/mL EGFおよび10ng/mL bFGFを含む2mLの神経基本培地を入れた非接着性ウェルに約2.5×105細胞/ウェルの密度で播種し、培養した。細胞には翌日に培地の半分を交換することによって栄養分を与え、その後4日間培養した。続いてそれらを、10ng/mL BDNFおよび10ng/mL NT-3を含むがマイトジェンは含まない培地中で分化させた。
本開示で説明した本発明に対するある種の適合化は、当業者にとって日常的な最適化に属する事項であり、発明の精神または添付する特許請求の範囲を逸脱することなく、実行することができる。