JP5157748B2 - 溶接変形が小さい鋼板 - Google Patents

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Description

本発明は、造船、海洋構造物、建築構造物、橋梁、土木などの分野で用いられる、溶接変形が小さい鋼板に関する。特に、隅肉溶接の作業時に発生する溶接変形が小さい厚鋼板に関する。
一般に、各種溶接鋼構造物の製作時には、溶接金属の凝固収縮およびその後の冷却と相変態による収縮・膨張により、変形が発生する。溶接変形の代表的なものとして、T型隅肉溶接部の角変形が挙げられる。角変形を残したまま構造物を製作すると、部材の変形により座屈強度が大幅に低下したり、破壊特性が劣化したりするので、設計者が狙った構造物とはならない。そのような事態を防ぐために、様々な工夫により防止策が講じられている。
現状適用されている溶接変形防止策を大別すると、次の(i)〜(iii)の3つになる。
(i) 設計の工夫(被変形部材の剛性を高める方法)
溶接変形が残留する原因は、溶接金属や母材の溶接止端部近傍が塑性変形を受けるためである。塑性変形を受けた部位は、その外側の部分を弾性的に変形させようとするが、剛性が高い、すなわち断面積が大きい場合には、その変形量は小さくなる。したがって、断面積を大きくするように設計変更することが一つの防止策となり得る。しかしながら、断面積を大きくするという設計変更は、使用鋼材のコストアップ、重量アップおよび工期長期化の面でロスが多い。
(ii) 溶接時の工夫
溶接時に、何らかの工夫をしておくことで溶接変形を防止することが可能である。幾つかの方法があるが、まずは溶接前に予め逆方向に曲げておくことである。溶接後には角変形が発生するが、予め逆方向に曲げておくことにより所望の形状に仕上がる可能性がある。また、溶接時に端部を拘束しておき変形を許容しない方法もある。さらに、後行トーチを設置し、溶接後に適切な位置を再加熱することにより逆に曲げ戻す方法も採られる場合がある。しかしながら、何れも大幅な工数増加を伴うので、コストアップ要因となる。
(iii) 溶接後の矯正加工
溶接後に矯正する方法として、機械的矯正と線状加熱矯正がある。しかしながら、これらの方法も大幅な工数増加が必要であるとともに熟練した高度な技能も要求される。
上記の(i)〜(iii)の対策はすべて製作上の工夫であるが、溶接材料の工夫により溶接変形の低減を図ることが、たとえば、特許文献1に提案されている。しかしながら、溶接材料のコストアップが経済性を阻害したり、また効果が不十分であったりと、問題は多く、現実的に適用が進んでいない状況である。
これに対して、母材となる鋼材の工夫により溶接変形を抑制しようとした例もあり、次のとおり、いくつか提案されている。
特許文献2には、NbとMoを複合添加することにより溶接熱履歴中の析出を促し降伏応力を高める方法が開示されている。しかしながら、特にMoの添加は大幅なコストアップをもたらすため、汎用性に乏しい。
特許文献3および4には、母材となる鋼材のベイナイトおよび/又はマルテンサイトの分率を20%以上に制御し、さらに炭窒化物の分散状態を規定することによって、降伏応力を高め、もって溶接変形を抑制することの記載がある。しかしながら、必ずしも実用上十分な溶接変形低減効果を得るまでには至っていない。
そして、特許文献5には、母材となる鋼材のベイナイト率を70%以上とし、さらに固溶Nb量を0.0040%確保することによって、溶接変形を抑制することの記載がある。しかしながら、ベイナイト比率が70%以上になると母材の強度が汎用レンジから逸脱する場合が生じるだけでなく、Nbによる溶接割れ性の阻害が問題化するおそれがある。
特開平7-9191号公報 特開平7-138715号公報 特開2003-268484号公報 特開2006-2211号公報 特開2006-2198号公報
このように、従来方法では、それぞれ経済性および実際的再現性の観点から難があり、実用上では改良の余地が大きい。
特に、厚さ15mm以上の厚鋼板を用いて製造される溶接構造物では、個々の溶接箇所における変形量は小さくても溶接構造物全体としては大きな変形が生じ得るため、溶接変形量を極力小さくすることが必要となる。なお、厚みの上限は特に限定するものではないが、50mmまでのものを扱うのが好ましい。
本発明は、上記事情に鑑み、低コストで確実に隅肉溶接において溶接変形を抑制させる技術を確立し、溶接変形が小さい鋼板を提供することを目的とする。なお、溶接変形量の目標値は従来鋼の1/2とした。
本発明者らは、かかる課題を解決すべく、種々検討の結果、鋼板の化学組成の規定するとともに、その金属組織についても規定した。実験と併せて実施した熱連成FEM解析によって得られた各材料物性値の独立した影響を示したものを図1に示す。また、FEM解析の計算条件を図2に示す。
図1中、横軸は熱伝導率(白丸プロット)、変態点Ac1(黒丸プロット)、強度TS(四角プロット)であり、縦軸は角変形量を示す。図1より、鋼板の熱伝導率を大きくしても角変形量は変化がなく、変態点が上昇すると角変形量は大きくなり、強度が大きくなると角変形量は小さくなることが判る。よって、溶接変形は特に強度や変態点に大きく依存し、溶接変形量(角変形量)の目標値を従来鋼(角変形量はおよそ0.8mm)の1/2、すなわち0.4mmとすると、強度が極めて高くなって汎用強度クラスから逸脱することになる。汎用強度クラスからの逸脱は、一般的な商取引上の対象外となるだけでなく、構造設計上の問題や溶接性の問題も併発する可能性があり、望ましくない。
そこで本発明者らは、汎用強度クラスに適合する常温強度は保持したまま、高温強度を増加させてなる鋼種の開発を目指した。
なお、従来から高温強度に効果のあると言われるMoは、合金コストの高騰によりコストアップ要因となるので、現実的ではない。そこで、本発明者らは比較的安価で溶接性への悪影響も小さいCrに着目し、種々試験を実施した。その結果、次の(a)〜(d)に示す知見が得られた。
(a) Crは高温強度を増加させることができる。Crを1.0%以上含有させると、Moを共存させなくても高温強度を確保することができ、もって溶接変形を十分に抑制することができる。しかしながら、Crの含有量が1.0%未満では、Moを共存させない場合には高温強度の確保は不十分なものとなる。
(b) また、Nbを含有させることは必須である。Nbを含有させないと高温強度の確保は不十分なものとなる。ただし、Nbの添加量は少量でよく、0.005%以上であれば良い。
(c) 汎用強度レベルに適合させるためにはフェライト組織を含ませることが必須である。靭性の観点からフェライト組織の結晶粒径は30μm以下であることが必要である。また、溶接変形を最小化するためにベイナイトあるいはマルテンサイト組織からなる硬相の硬さは硬い方が良く、硬相と軟相の硬さ比は1.5以上とする必要がある。
(d) 鋼板の製造方法は一般的な条件でも良いが、通常鋼に比べ焼入性が高い傾向にあるため、汎用強度レベルに適合させるために工夫するのが好ましい。
本発明は、上記の知見を基礎として完成したものであって、その要旨は下記の(1)〜(4)に示す溶接変形が小さい鋼板にある。
(1)
質量%で、C:0.10〜0.25%、Si:0.01〜0.7%、Mn:0.3〜2%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Cr:1〜2.5%、Mo:0.05%以下、Nb:0.005〜0.1%、Al:0.003〜0.1%およびN:0.01%以下を含み、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、金属組織がフェライト組織10〜60%およびベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織40〜90%からなり、かつ、当該フェライト組織の平均粒径が30μm以下であって、ベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織の硬度とフェライト組織の硬度との比が1.5以上であることを特徴とする溶接変形が小さい鋼板。
(2) 質量%で、さらに、Ti:0.1%以下を含有することを特徴とする上記(1)の溶接変形が小さい鋼板。
(3) 質量%で、さらに、Cu:2%以下、Ni:3.5%以下、V:0.1%以下、B:0.004%以下およびZr:0.02%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)の溶接変形が小さい鋼板。
(4) 質量%で、さらに、Ca:0.004%以下、Mg:0.002%以下およびREM:0.002%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかの溶接変形が小さい鋼板。
なお、鋼板における溶接変形の小さい溶接方法との観点から本発明を考察すると、鋼板における溶接変形は実質的には溶接熱影響部における溶接変形であるので、溶接熱影響部において所定の要件を満足した上で溶接をすれば、溶接変形抑制能は向上すると考えられる。
したがって、本発明は、溶接方法の観点からは、
「質量%で、C:0.10〜0.25%、Si:0.01〜0.7%、Mn:0.3〜2%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Cr:1〜2.5%、Mo:0.05%以下、Nb:0.005〜0.1%、Al:0.003〜0.1%およびN:0.01%以下を含み、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有する鋼板の溶接方法であって、溶接前の鋼板における溶接熱影響部となる部位の金属組織がフェライト組織10〜60%およびベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織40〜90%からなり、かつ、当該フェライト組織の平均粒径が30μm以下であって、ベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織の硬度とフェライト組織の硬度との比が1.5以上であることを特徴とする溶接方法。」
と把握することもできる。
もちろん、鋼板が、質量%で、さらに、Ti:0.1%以下、Cu:2%以下、Ni:3.5%以下、V:0.1%以下、B:0.004%以下、Zr:0.02%以下、Ca:0.004%以下、Mg:0.002%以下およびREM:0.002%以下のうちの1種又は2種以上を含有してもよい。
ここで、後述するように、母材となる鋼板全体が上記の要件を満足するように製造した上で溶接してもよいし、母材となる鋼板のうち溶接しようとする部位(溶接熱影響部となる部位)のみを加工してその部位について上記の要件を満足させた上で溶接してもよい。
そして、この溶接方法は、溶接変形の大きい隅肉溶接の際にも適用することができる。なお、隅肉溶接は、重ね継手、T継手、十字継手などにおいて行われるが、この溶接方法は継手母材の相対的な位置関係で特に大きな溶接変形が生じるT継手と十字継手における隅肉溶接に特に有効である。
本発明によれば、低コストで確実に隅肉溶接において溶接変形を抑制することができる鋼板を提供することができる。
本発明において、溶接変形が小さい鋼板の化学組成および金属組織を限定する理由は次のとおりである。
(A)鋼板の化学組成
鋼板の各成分の作用効果および各成分の好ましい含有量は下記のとおりである。なお、含有量に関する「%」は「質量%」を意味する。
C:0.02〜0.25%
Cは強度向上にもっとも有効な元素であり、かつ安価な元素である。ただし、0.02%未満では他の元素の併用による強度保証が必要となり、結果的にコストアップ要因となる。また、0.25%を超えて含有させると溶接性を著しく阻害する。したがって、Cの含有量は0.02〜0.25%とする。
Si:0.01〜0.7%
Siは強度向上に寄与する元素である。ただし、0.01%未満では必要とする強度を確保することができない。また、0.7%を超えて添加すると母材靱性と溶接性靱性を著しく劣化させることになる。したがって、Siの含有量は0.01〜0.7%とする。
Mn:0.3〜2%
Mnは強度確保のために必要な元素である。ただし、0.3%未満では必要とする強度を確保することができない。また、2%を超えて添加すると溶接性が劣化する。したがって、Mnの含有量は0.3〜2%とする。
P:0.05%以下
Pは、不純物として鋼中に存在する元素である。Pの含有量が0.05%を超えると、粒界に偏析して靭性を低下させるのみならず、溶接時に高温割れを招くため、Pの含有量を0.05%以下とする。
S:0.008%以下
Sは、不純物として鋼中に存在す元素である。Sの含有量が0.008%を超えると、中心偏析を助長したり、延伸形状のMnSが多量に生成したりするため、母材およびHAZの機械的性質が劣化する。したがって、Sの含有量の上限を0.008%とする。
Cr:1〜2.5%
Crは焼入れ性の向上を通じて強度を高めるのに有効な元素である。この効果を得るには1%以上の添加が必要となる。しかし、2.5%を超えると靱性が劣化する。したがって、Crの含有量は1〜2.5%とする。なお、好ましい含有量は1〜1.8%である。
Mo:0.05%以下
Moは、コストの著しい増加をもたらすため、添加しない。不純物として混入してくる場合があるが、その場合でもMoの含有量は0.05%以下とする。
Nb:0.005〜0.1%
Nbは、鋼板の金属組織の再結晶化を遅延させる効果がある。ただし、その含有量が0.005%未満ではその効果が得られない。また、0.1%を超えると前記効果が飽和する一方でHAZの靱性を著しく損なう。したがって、Nbの含有量は0.005〜0.1%とする。なお、好ましい含有量は0.008〜0.020%である。
Al:0.003〜0.1%
Alは脱酸のために必須の元素である。脱酸を確実に行うためには、0.003%以上の含有量が必要である。ただし、0.1%を超えると、特にHAZにおいて靱性が劣化しやすくなる。これは、粗大なクラスター状のアルミナ系介在物粒子が形成されやすくなるためと考えられる。したがって、Alの含有量は0.003〜0.1%とする。
N:0.01%以下
Nは、不純物として鋼中に存在する元素である。Nの含有量が0.01%を超えると、母材靱性とHAZ靭性の悪化原因となる。したがって、Nの含有量の上限を0.01%とする。
本発明に係る溶接変形が小さい鋼板は、上記の成分のほか、必要に応じて、次の第1群から第3群までの少なくとも1群から選んだ1種以上の成分を含有させることができる。以下、これらの群に属する成分について述べる。
第1群の成分:Ti
Ti:0.1%以下
Tiは、主に脱酸元素として作用するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、脱酸はAlによっても可能であるため、必ずしも含有させる必要はない。ただし、Ti含有量が多い場合にはTi酸化物またはTi−Al酸化物が形成されるため、特に小入熱溶接部熱影響部における組織を微細化する能力が失われる。このため、必要に応じて含有させる場合のTi含有量は0.1%以下とする。なお、Tiを含有させることによる脱酸効果を確実に得るためには、その含有量を0.01%以上とするのが好ましい。
第2群の成分:Cu、Ni、V、B、Zr
Cu:2%以下
Cuは靱性をあまり劣化させずに強度を向上させることができるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、Cu含有量が2%を超えると熱間圧延時に亀甲状の割れを発生させるので、必要に応じて含有させる場合のCu含有量は2%以下とする。なお、Cuを含有させることによる強度向上効果を確実に得るためには、その含有量を0.05%以上とするのが好ましい。さらに好ましい含有量は、0.2%以上である。
Ni:3.5%以下
Niは母材靱性を向上させ、かつ焼入性向上により強度向上にも寄与する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、Niは高価な元素であるからNiを過大に含有させると大きなコストアップ要因となる。このため、必要に応じて含有させる場合のNiの含有量の上限を3.5%以下とする。なお、Niを含有させることによる上記効果を確実に得るためには、その含有量を0.05%以上とするのが好ましい。
V:0.1%以下
Vは強度向上に有効な元素であるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、Vの含有量が0.1%を超えると靱性が大きく劣化するので、必要に応じて含有させる場合のV含有量は0.1%以下とする。なお、Vを含有させることによる強度向上効果を確実に得るためには、その含有量を0.005%以上とするのが好ましい。
B:0.004%以下
Bは焼入性を向上させて強度を高める作用があるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、Bの含有量が0.004%を超えると、強度を高める効果が飽和し、また、母材、HAZともに靱性劣化の傾向が著しくなる。したがって、必要に応じて含有させる場合のBの含有量は0.004%以下とする。なお、Bを含有させることによる焼入れ性と強度を高める効果を確実に得るためには、Bの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
Zr:0.02%以下
Zrは鋼中で窒化物を微細分散析出し、強度を向上させる効果があるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.02%を超えて添加すると粗大析出物を形成し、靭性を劣化させるので、必要に応じて含有させる場合のZrの含有量は0.02%以下とする。なお、Zrを含有させることによる強度向上効果を確実に得るためには、Zrの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
第3群の成分:Ca、Mg、REM
Ca:0.004%以下
Caは鋼中のSと反応して溶鋼中で酸硫化物(オキシサルファイド)を形成する。この酸硫化物はMnSなどの延伸形状の介在物とは異なり、圧延加工で圧延方向に伸びることがなく圧延後も球状であるため、延伸形状の介在物の先端などを割れの起点とする溶接割れや水素誘起割れを抑制する作用があるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、その含有量が0.004%を超えると靱性の劣化を招くことがある。したがって、必要に応じて含有させる場合のCaの含有量は0.004%以下とする。なお、溶接割れや水素誘起割れを抑制する効果を確実に得るためには、Caの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
Mg:0.002%以下
MgはMg含有酸化物を生成し、TiNの発生核となり、TiNを微細分散させる効果を持つので、必要に応じて含有させることができる。ただし、その含有量が0.002%を超えると、酸化物が多くなりすぎて延性低下をもたらす。したがって、必要に応じて含有させる場合のMgの含有量の上限を0.002%とする。なお、TiNを微細分散させる効果を確実に得るためには、Mgの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
REM:0.002%以下
REMは、溶接熱影響部の組織の微細化や、Sの固定に寄与するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、その含有量が0.002%を超えると、REMは母材の靱性に悪影響を与える介在物となるので、必要に応じて含有させる場合のREMの含有量0.002%以下とする。なお、組織の微細化やSの固定効果を確実に得るためには、REMの含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。なお、REMとは、ランタニドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種又は2種以上を含有させることができる。また、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
(B)金属組織
金属組織のフェライト分率は、10〜60%とする。溶接変形防止の観点から、降伏しやすい組織であるフェライトは少ない方が良いが、汎用強度鋼の強度レンジに適合させるため、フェライト分率の上下限を、それぞれ60%および10%とした。また、フェライト組織の平均粒径は破壊靭性の観点から小さい方が良い。そして、フェライト組織の平均粒径が30μmを超えると十分な破壊靭性を得ることができないため、その上限値を30μmとした。
フェライト組織以外の組織はベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織である。すなわち、ベイナイト組織、マルテンサイト組織または(ベイナイト+マルテンサイト)組織である。ここで、フェライト組織を軟相、そして、ベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織を硬相と呼ぶ。素材が多様な温度で全降伏することを極力防ぐ必要があることから、硬相の硬度は高い方が望ましい。一方、軟相が存在することにより、構造用鋼として降伏強度と引張強度を規格などに適合するレンジに調整することが可能となる。ただし、前述したとおり、硬相を硬くしておくことにより溶接変形は抑制されるので、ここでは、硬相と軟相の硬度比という指標を用いて、溶接変形抑制能を規定することとした。発明者らの検討により、硬相の硬度が軟相の硬度の1.5倍以上となると、溶接変形抑制能の向上が顕著化するため、硬度比は1.5倍以上とする。
次に、本発明に係る鋼板を得るための圧延や熱処理の条件等について説明する。
熱間圧延に先立ってまず鋼塊を加熱するが、このときの加熱温度をAc点以上にすると完全にオーステナイト相にすることができ、未変態部分がない状態で均質化されるため、加熱温度をAc点以上とするのが好ましい。具体的には900〜1200℃に加熱するのが好ましい。そして、熱間圧延に際して薄肉端の圧延仕上げ温度を900℃以下にすると、結晶粒が適度な大きさとなって、素材の破壊靭性が十分となることから、900℃以下とするのが好ましい。圧延仕上げ温度の下限は、特に定めるものではなく、強度を汎用強度レンジに適合させることができればどのような条件でも良い。ただし、圧延仕上げ温度を700℃以上にすると、二相域加工による異方性は目立たないから、望ましい。圧延に引き続いて、加速冷却なども行って良い。加速冷却を行う場合には、圧延後直ちにあるいは若干の放置時間のあと、中心部の冷却速度を0.5〜20℃/sに制御するのが好ましい。冷却停止温度については150〜500℃を目安に制御するのが好ましい。また、圧延後に熱処理を適宜実施してもよい。熱処理を実施する場合には焼ならし処理か焼戻し処理を行うのが好ましく、温度はそれぞれ800〜1100℃、300〜700℃の温度帯を選ぶのが好ましい。
本発明にかかる鋼板の一例を示す。表1に示す組成成分の鋼塊を、表2に示すそれぞれの加熱温度・仕上げ温度・加速冷却・熱処理条件にて製造した。鋼板の板厚は16mmとした。
Figure 0005157748
Figure 0005157748
また、表3にこのようにして得られた鋼板の降伏点YP、引張強度TS、遷移温度vTrs、フェライト分率、フェライト平均粒径、硬相と軟相の硬さ比および溶接角変形量をそれぞれ示す。
Figure 0005157748
なお、得られた鋼板の引張特性を測定するために、JIS−Z−2201に記載の試験方法に準じて試片を採取した。採取位置は、板厚方向の1/4近辺およびL方向(圧延方向と平行)とした。なお、降伏点は10N/mm・sの試験速度として下降伏点を求め、明確な降伏点が現れない場合は0.2%耐力とした。引張特性の目標値は、降伏点YPが350N/mm以上、そして、引張強度TSが490〜720N/mmとした。
また、得られた鋼板の衝撃特性を測定するために、JIS−Z−2202に記載の試験方法に準じて試片を採取した。採取位置は、板厚方向の1/4近辺およびL方向(圧延方向と平行)で、2mmVノッチシャルピー試験片とし、様々な温度における脆性破面率を測定し、遷移温度を求めた。シャルピー特性の目標値は遷移温度が0℃以下であることとした。組織観察は光学顕微鏡で行った。観察によって得られた像を画像解析した。例えば、粒径を算出する場合には、短径と長径を測定し、その和の1/2から粒径を求めた。このようにして100視野観察して求めた個々の粒子の粒径について、算術平均したものを「平均粒径」と規定した。また、金属組織のフェライト分率は、上記と同様の観察法によって得られた100視野観察分の面積に対するフェライトの面積割合を算出することによって求めた。ベイナイト分率とマルテンサイト分率についても同様であるが、表3にはフェライト分率のみを表示した。
そして、隅肉溶接による溶接角変形量は次の要領にて評価を行った。
鋼板は、図3に示すように、T型の溶接試験片を作成し、片側を三角形の剛性の高い鋼板で拘束し、反対側を1パスの隅肉溶接を実施した。使用した溶接材料は、一般的な50キロ鋼用フラックスコアードワイヤであり、溶接条件は10.4kJ/cm(200A−26V−30cm/min)とした。溶接後の十分時間が経ったところで、試験片を定板の上に置き、図4に定義する角変形量θを、溶接開始位置・中央位置・終端位置の3箇所において、すきまゲージによって測定し、それらの平均値を溶接角変形量とした。なお、この方法で測定した通常の汎用50キロ鋼の溶接角変形量はおよそ1゜程度であり、本発明の目標とする溶接角変形レベルは0.5゜である。
この結果、Mark 1-eの鋼板(比較例)においては、仕上温度が910℃と高くかつ冷却条件を空冷としたため、フェライトの生成量が多く、また生成したフェライトが粒成長して平均粒径が大きくなった。このため、引張強度が小さくなった。また、硬相と軟相の硬さの比は本発明の範囲内にあるにもかかわらず、溶接角変形量も大きくなった。これは、軟相としてのフェライトと硬相の量のバランスが崩れたためであると考えられる。以上のように、Mark 1-eの鋼板は引張強度が低く、溶接角変形量も大きいので、構造用鋼板として不適切な鋼材である。
次に、Mark 1-fの鋼板(比較例)においては、加熱後の冷却速度を25℃/secとしたため、焼きが入りすぎてフェライトが生成されず、鋼板自体の引張強度が大きくなり、かつ靭性も大きく低下した。溶接角変形量は小さいものの構造用鋼板としては不適切な鋼材である。
さらに、Mark 40〜46の鋼板(比較例)においては、本発明に規定する鋼組成を満足しておらず、鋼板自体の靭性が低下した。構造用鋼板としては不適切の鋼材である。
これに対して、その他のMarkで示される本発明例に係る鋼板においては、いずれも引張特性が、降伏点YPが350N/mm以上、そして、引張強度TSが490〜720N/mm級の汎用鋼であって、遷移温度vTrs、フェライト分率、フェライト平均粒径、硬相と軟相の硬さ比も適正範囲にあり、溶接角変形量も目標の0.5゜以内に収まっているので、構造用鋼板として適切であることが分かる。
以上説明したように、本発明によれば、低コストで確実に隅肉溶接において溶接変形を抑制することができる鋼板を提供することができる。
溶接角変形量に及ぼす各材料物性値の影響を示すFEM計算結果である。 FEM解析の計算条件を示す模式図である。 溶接角変形量を評価するのに用いた試験片を示す図である。 溶接角変形量の定義を示す図である。

Claims (4)

  1. 質量%で、C:0.10〜0.25%、Si:0.01〜0.7%、Mn:0.3〜2%、P:0.05%以下、S:0.008%以下、Cr:1〜2.5%、Mo:0.05%以下、Nb:0.005〜0.1%、Al:0.003〜0.1%およびN:0.01%以下を含み、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、金属組織がフェライト組織10〜60%およびベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織40〜90%からなり、かつ、当該フェライト組織の平均粒径が30μm以下であって、ベイナイト組織および/又はマルテンサイト組織の硬度とフェライト組織の硬度との比が1.5以上であることを特徴とする溶接変形が小さい鋼板。
  2. 質量%で、さらに、Ti:0.1%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の溶接変形が小さい鋼板。
  3. 質量%で、さらに、Cu:2%以下、Ni:3.5%以下、V:0.1%以下、B:0.004%以下およびZr:0.02%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接変形が小さい鋼板。
  4. 質量%で、さらに、Ca:0.004%以下、Mg:0.002%以下およびREM:0.002%以下のうちの1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の溶接変形が小さい鋼板。
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