JP5151659B2 - 重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法 - Google Patents

重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、芳香族カルボン酸類、特にフェノール酸類の芳香族炭素に結合した水素を重水素に置換して、動態解析試薬に有用な重水素化芳香族カルボン酸類を製造する方法に関する。
近年、食品に含まれる機能性成分として食品機能性化合物、とりわけフェノール化合物が、注目されている。フェノール化合物は抗酸化活性、抗変異原性、抗発がん性など様々な機能性を有することが明らかになっている。フェノール化合物は、生体内で多様な代謝を受け様々な代謝物へ化学変換されるため、生体作用機構が未解明であるものが多い。
分析装置の高性能化、分析手法の発達によって、このような食品機能性化合物の分析はかなり精密にできるようになったが、それらが代謝により多様な化学修飾を受けた代謝物は、これらの装置や手法によってでさえ、生体内での挙動解析が困難である。
そのため、そのままでは挙動解析が困難な食品機能性化合物や代謝化合物について、生体内挙動解析を確実に行うためには、同位体で標識されたその化合物を用いる方法が有効であると考えられる。同位体標識化合物は、生体内で未標識化合物とほぼ同様の挙動をとり同様の代謝を受けるため、正確な動態解析が行える試薬として、臨床的にも実験的にも多くの実績がある。
このような同位体標識化合物には、14Cのような放射性同位体を用いているものと、13Cのような安定同位体を用いているものとがある。
放射性同位体標識化合物は、放射性同位体が崩壊して放射線を発するため非常に感度がよく、ごく微量でも容易に検出できる。しかし、放射線を発するため被爆の恐れがあり、被爆防止設備が整った専用の実験施設等を必要とする。
一方、安定同位体標識化合物は、安定同位体自体が常に天然に一定割合で存在しており、日常的にヒトの体内へ摂取されている。したがって、安定同位体標識化合物は、一般の試薬と同様に、安全に取り扱うことができる。
その安定同位体は、かつてその検出が困難であったが、近年の分析機器の発達によって、かなり精密に検出、定量できるようになった。
このような安定同位体標識化合物のうち、特に重水素(D)標識化合物、及び重炭素(13C)標識化合物は、研究施設で広く一般的に使用されるようになってきた核磁気共鳴分光法、質量分析法により、生体内での追跡が可能であることから、生体内動態を調べる試薬として、有用であると考えられる。
実際に現在、安定同位体標識化合物として、13C標識化合物が、主に医薬品代謝研究に用いられている。そのような医薬品の13C標識化合物はほとんど市販されておらず、13C標識原料物質から少量の受注製造がされているに過ぎない。
安定同位体化合物が、市販され入手可能な場合であっても、非常に高価なため、食品成分動態解析試薬として、ふんだんに用いることは難しい。
重水素標識化合物は、13C標識化合物よりも幾分、簡便に調製できるため、食品成分動態解析試薬として利用可能であると考えられるが、これまでに動態解析試薬として利用された例が殆んど無い。
フェノール等の重水素化芳香族化合物の製造方法として、例えば非特許文献1のようにD-硫酸という非常に過激な反応条件を用いるものや、非特許文献2のように水素化触媒であるニッケル珪藻土を利用するものが知られているが、反応性や経済性や実用性の点で問題があり満足すべきものではない。
また、非特許文献3に、ハロゲン化芳香族化合物を重水溶液中でアルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ土類金属炭酸塩の存在下、ラネー合金触媒で処理することにより、重水素化芳香族化合物を得るという調製方法に関する報告があるが、この方法は、特殊なラネー合金触媒を必要とする。
さらに、特許文献1に、電子供与性の置換基をもつ芳香族化合物を重水素及び位置選択剤存在下、高温、高圧の反応条件でベンゼン環に直接結合する水素を重水素に置換する方法が、開示されている。この方法では非常に高い温度、圧力が必要なため特別な設備が必要となる。
インゴールド,クリストファーケイ.;ライジン,クリフォード ジー.;及びウィルソン,クリストファーエル.(Ingold, Christopher K.; Raisin, CliffordG. and Wilson, Christopher L.)、ジャーナル オブ ザ ケミカル ソサエティ(Journalof the Chemical Society)、1936年、p.1637-1643. マクドナルド,コリンジー. 及びシャンノン,ジェームズ エス.(Macdonald, Colin G. and Shannon, James S.)、オーストラリアン ジャーナル オブ ケミストリー(Australian Journal of Chemistry)、1967年、第20巻第2号、p.297-311. マサシ,タシロ;アキオ,イワサキ;及びゴウキ,フクタ(Masashi, Tashiro.; Akio, Iwasaki.;and Gouki, Fukata.)、ジャーナル オブオーガニック ケミストリー(Journal of Organic Chemistry)、1978年、第43巻、p.196-199. 特開2005−220118号公報
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、特殊で高価な試薬を用いることなく、簡便に効率よく、しかも安全に、重水素化芳香族カルボン酸類を調製することができ、簡易で汎用性に優れた経済的な製造方法を提供することを目的とする。
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、フェノール性水酸基を含有した芳香族カルボン酸類を、重水中に触媒非存在下で溶解又は懸濁させて、加熱し、前記芳香族カルボン酸類の芳香環上の水素を、重水素に置換することを特徴とする。
請求項2に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項1に記載されたもので、70℃〜前記重水の沸点に、前記加熱することを特徴とする。
請求項3に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項1に記載されたもので、前記芳香族カルボン酸類は、芳香環をベンゼン環とし、その環上にカルボキシル基と水酸基とを夫々少なくとも一つ以上有するフェノール酸類であることを特徴とする。
請求項4に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項3に記載されたもので、前記フェノール酸類が、モノヒドロキシ安息香酸、ジヒドロキシ安息香酸、トリヒドロキシ安息香酸、又はそれらのアルキルエーテル体であることを特徴とする。
請求項5に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項1に記載されたもので、前記芳香族カルボン酸類及びそれの重水素化芳香族カルボン酸類が夫々、
4−ヒドロキシ安息香酸及び3,5−d置換−4−ヒドロキシ安息香酸又は2,3,5,6−d4置換−4−ヒドロキシ安息香酸、
4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸及び5−d置換−4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、
2,3−ジヒドロキシ安息香酸及び5−d置換−2,3−ジヒドロキシ安息香酸、
3,4−ジヒドロキシ安息香酸及び5−d置換−3,4−ジヒドロキシ安息香酸、
2,5−ジヒドロキシ安息香酸及び3,4,6−d置換−2,5−ジヒドロキシ安息香酸、
3,5−ジヒドロキシ安息香酸及び2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸、
2,6−ジヒドロキシ安息香酸及び3,4,5−d置換−2,6−ジヒドロキシ安息香酸、又は
3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸及び2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸であることを特徴とする。
請求項6に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項1に記載されたもので、前記加熱の後、重水を除去することを特徴とする。
請求項7に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項6に記載されたもので、前記加熱と前記重水の除去との重水素化工程を、複数回繰り返すことを特徴とする。
請求項8に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、請求項6又は7に記載されたもので、前記重水の重水素イオン濃度を、塩化重水素、及び/又は重水酸化ナトリウムにより調整しつつ、前記重水素に置換することを特徴とする。
本発明の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法によれば、食品機能性化合物である芳香族カルボン酸類、とりわけフェノール酸類のような食品機能性化合物を、高価な触媒のような特殊な試薬を用いることなく、簡便かつ安全に、芳香環上の水素を、選択的に効率よく、しかも安価に、また一度に大量に、重水素化することができる。
またこの製造方法によれば、重水素化芳香族カルボン酸類、特にフェノール酸類であるヒドロキシ安息香酸のオルト位、メタ位およびパラ位のうち少なくとも一つの位置を、検出に有用な標識同位体である重水素に置換できる。
さらにこの製造方法は、触媒も特殊な試薬も用いていないため、経済性、汎用性、環境保全性に優れるという効果を奏する。
得られた重水素化芳香族カルボン酸類は、機能性食品中の食品機能性化合物の生体内挙動解明に利用できるため、高付加価値を有する。
発明を実施するための好ましい形態
以下、本発明を実施するための好ましい形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
本発明の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、下記化学式(1)
Figure 0005151659
(式(1)中、R,R,R,R及びRは、フェノール性水酸基、水素原子、メトキシ基のようなアルコキシ基の何れかであって、少なくとも一つがフェノール性水酸基であり、少なくとも一つが水素原子であれば、その組み合わせは自在に選択し得る。)で示されるフェノール酸類、例えばヒドロキシ安息香酸の芳香環に直接結合する水素に対し、水素から重水素への置換反応を行い、それのオルト位、メタ位およびパラ位のうち少なくとも1つの位置に重水素を導入して、下記式(2)で示される重水素化フェノール酸類
Figure 0005151659
(式(2)中、R1’,R2’,R3’,R4’及びR5’は、R,R,R,R及びRがフェノール性水酸基又はアルコキシ基であれば同種のものを示し、R,R,R,R及びRが水素原子であれば重水素原子又は水素原子を示す。)を製造するというものである。
より具体的には、芳香環上の水素原子から重水素原子への置換反応を、以下の化学反応式〔I〕のようにして行う。
Figure 0005151659
ヒドロキシ安息香酸(3)を重水に溶解又は懸濁させ、70℃〜沸点温度に加熱、好ましくは還流温度に加熱して、芳香環上にあってオルト位、メタ位及びパラ位のうちの少なくとも1つの位置の水素原子と、重水中の重水素原子とを置換反応させる。加熱は、超音波で脱気してから、窒素ガスのような不活性ガス雰囲気下で、120℃の油浴により、48時間以上行うことが好ましい。
その後、水を除去、例えば凍結乾燥すると、芳香環上とフェノール性水酸基とカルボキシル基の夫々の水素原子が重水素化したヒドロキシ安息香酸を、得ることができる。
必要に応じて、軽水、即ち通常の水を多量に作用させて希釈することにより、フェノール性水酸基やカルボキシル基の重水素原子を水素原子に変換し、凍結乾燥して脱水したり抽出したりすると、フェノール性水酸基とカルボキシル基の夫々の重水素原子が軽水中の水素原子と交換した重水素化ヒドロキシ安息香酸(4)が、得られる。
一旦、芳香環上の水素原子が重水素化されると、軽水に作用させても、再び水素原子へ殆んど戻らない。それに比べ、フェノール性水酸基やカルボキシル基の重水素原子と水素原子とは、速やかに互いに交換し易い。
始発物質の芳香族カルボン酸類として、フェノール酸であるヒドロキシ安息香酸の例を挙げて説明したが、その水酸基の位置は、オルト位、メタ位及びパラ位の何れであってもよい。重水素化芳香族カルボン酸類は、モノヒドロキシ安息香酸、ジヒドロキシ安息香酸、トリヒドロキシ安息香酸、又はそれらの内の何れかのフェノール性水酸基がメチルエーテル化のようなアルキルエーテル化してアルコキシ体となったものであってもよい。その他フェノール性水酸基を含有した芳香族カルボン酸類であってもよい。
加熱操作とその後の重水の除去操作との各操作を交互に行う重水素化工程を、複数回繰り返して、重水素化率を一層向上させてもよい。
必要に応じ、重水の重水素イオン濃度を、塩化重水素や重水酸化ナトリウムにより調整してもよい。
芳香環上の水素の重水素化は、水素の位置によって反応速度が異なるため、重水素化された位置が異なる複数種の重水素化芳香族カルボン酸類の混合物として、得られる。それらの同位体異性体は、分離できないので、核磁気共鳴分光法、質量分析法で測定したとき、それらの混合物のデータとして、同定される。
モノヒドロキシ安息香酸、ジヒドロキシ安息香酸、トリヒドロキシ安息香酸、それらのアルキルエーテル体を、重水素化したときの主生成物の例を、下記化学式(5)〜(12)に示す。それらの化学式は、フェノール性水酸基とカルボキシル基の夫々の重水素原子が軽水中の水素原子と交換した状態で、示してある。
Figure 0005151659
モノヒドロキシ安息香酸の一例として、4−ヒドロキシ安息香酸から主に3,5−d置換−4−ヒドロキシ安息香酸(5)と2,3,5,6−d4置換−4−ヒドロキシ安息香酸(5’)とが得られる。
ジヒドロキシ安息香酸やそのアルキルエーテル体の一例として、4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸(バニリン酸)から主に5−d置換−4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸(6)、
2,3−ジヒドロキシ安息香酸(ピロカテク酸)から主に5−d置換−2,3−ジヒドロキシ安息香酸(7)、
3,4−ジヒドロキシ安息香酸(プロトカテク酸)から主に5−d置換−3,4−ジヒドロキシ安息香酸(8)、
2,5−ジヒドロキシ安息香酸(ゲンチジン酸)から主に3,4,6−d置換−2,5−ジヒドロキシ安息香酸(9)、
3,5−ジヒドロキシ安息香酸(α−レソルシル酸)から主に2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸(10)、
2,6−ジヒドロキシ安息香酸(γ−レソルシル酸)から主に3,4,5−d置換−2,6−ジヒドロキシ安息香酸(11)が夫々得られる。
トリヒドロキシ安息香酸の一例として、3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸(没食子酸)から主に2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸(12)が、得られる。
以下、本発明を適用する重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法の実施例を詳細に説明する。
先ず、重水素化ヒドロキシ安息香酸類の製造方法について説明する。その実施態様は、前記化学式(1)で示されその芳香環に直接結合しているR〜Rの内、少なくとも一つがフェノール性水酸基と水素原子とであるヒドロキシ安息香酸類を、重水素中で加熱して、芳香環に直接結合している水素原子を、重水素原子へ置換するという反応を行い、カルボキシル基に対してオルト位、メタ位およびパラ位のうち少なくとも一つの位置に、重水素原子を導入するというものである。
その具体例を、実施例1〜8に示す。
(実施例1)4−ヒドロキシ安息香酸から3,5−d置換−4−ヒドロキシ安息香酸及び2,3,5,6−d4置換−4−ヒドロキシ安息香酸の製造
冷却管を付けたフラスコ中で、4−ヒドロキシ安息香酸の0.1gを重水20mlに懸濁乃至溶解させ、超音波で振動させて脱気し、窒素ガス雰囲気下、フラスコを120℃に48時間加熱して、還流させ、重水素化させた後、冷却し、凍結乾燥して脱水するという重水素化工程を、2回繰返した。必要に応じて水道水から調製したイオン交換水のような軽水で希釈して、凍結乾燥により下記化学反応式〔II〕に示すように、99%の反応及び回収収率で、白色粉末の3,5−d置換−4−ヒドロキシ安息香酸(5)と2,3,5,6−d4置換−4−ヒドロキシ安息香酸(5’)とを、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
(5)について 500MHz 1H-NMR(D2O) δ:7.90(2H, ArH)
(5’)について500MHz 1H-NMR(D2O) δ:シグナル無し。
(実施例2)4−ヒドロキシ3−メトキシ安息香酸から5−d置換−4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、4−ヒドロキシ3−メトキシ安息香酸を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔III〕に示すように、99%の反応及び回収収率で、白色粉末の5−d置換−4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(メタノールd4) δ:7.54(1H, s, ArH), 7.53(1H, s, ArH), 3.87(3H, s, OCH3)
(実施例3)2,3−ジヒドロキシ安息香酸から5−d置換−2,3−ジヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、2,3−ジヒドロキシ安息香酸を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔IV〕に示すように、70%の反応及び回収収率で、淡黄褐色粉末の5−d置換−2,3−ジヒドロキシ安息香酸を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:7.37(1H, d, J=8.0Hz, ArH), 6.98(1H, d, J=8.0Hz, ArH)
(実施例4)3,4−ジヒドロキシ安息香酸から5−d置換−3,4−ジヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、3,4−ジヒドロキシ安息香酸を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔V〕に示すように、97%の反応及び回収収率で、白色粉末の5−d置換−3,4−ジヒドロキシ安息香酸(8)を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:7.47(2H, s, ArH)
(実施例5)2,5−ジヒドロキシ安息香酸から3,4,6−d置換−2,5−ジヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、2,5−ジヒドロキシ安息香酸を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔VI〕に示すように、96%の反応及び回収収率で、白色粉末の3,4,6−d置換−2,5−ジヒドロキシ安息香酸(9)を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:シグナル無し。
(実施例6)3,5−ジヒドロキシ安息香酸から2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、3,5−ジヒドロキシ安息香酸を用いたことと、重水素化工程を3回繰返したこと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔VII〕に示すように、98%の反応及び回収収率で、黄色粉末の2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸(10)を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:シグナル無し。
126MHz 13C-NMR(D2O) δ:170.4(C), 156.9(C), 132.3(C), 115.1(CD), 111.2(CD)
MS(ESI) [M-H]-155.8, [2M-H]-312.8
(実施例7)2,6−ジヒドロキシ安息香酸から3,4,5−d置換−2,6−ジヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、2,6−ジヒドロキシ安息香酸を用いたことと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔VIII〕に示すように、28%の反応及び回収収率で、黄色粉末の3,4,5−d置換−2,6−ジヒドロキシ安息香酸(11)を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:シグナル無し。
(実施例8)3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸から2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸の製造
実施例1の4−ヒドロキシ安息香酸に代えて、3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸を用いたことと以外は、実施例1と同様にして、下記化学反応式〔IX〕に示すように、99%の反応及び回収収率で、黄色粉末の2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸(12)を、主生成物として得た。
Figure 0005151659
それの分光学的データは、その化学構造を支持している。
500MHz 1H-NMR(D2O) δ:シグナル無し。
126MHz 13C-NMR(D2O) δ:170.4(C), 144.4(C), 144.3(C), 137.9(C), 121.1(C),
110.0(CD)
MS(ESI) [M-H]- 170.1, [M-COO-H]- 126.9
なお、NMRの測定にはBRUKER BIOSPIN製
ADVANCE DRX500を用いた。その測定条件は、1H-NMRの共鳴周波数を500MHz、13C-NMRの共鳴周波数を126MHzとし、5mmのmulti nuclear probeを使用して、積算回数を1H-NMRで24回、13C-NMRで1200回とした。
またMSの測定にはWaters製Quattro micro API、試料注入の流速は10μl/min、イオン化法はエレクトロスプレーイオン化(ESI)法のネガティブモードを採用した。脱溶媒及びコーンガスは窒素を用い、その流量は350
l/hr、50 l/hr、温度は350℃、100℃とした。コーン電圧は-20Vに設定した。またMS測定サンプルはH2Oで0.125mg/mlに調製した試料を用いた。
次に、重水素置換率を1H-NMRで測定するに当り、繰返し測定の再現性について検討し、測定精度を確認した。
(測定精度の確認)
NMR用サンプルは、フェノール酸類のような原料化合物とそれを重水素化した重水素化フェノール酸類のような生成物とを夫々被測定化合物とし、その10mgを精秤し、それに1mlのDOまたはメタノールdを加えて溶解し、さらに、内部標準として10mg/mlの3-(Trimethylsilyl)propionic-2,2,3,3-d4 Acid sodium salt(TSP)の重水溶液の50μlを加えて、調製したものである。
重水素置換率は、下記数式から算出されるものである。
Figure 0005151659
なお、標品として重水素化の未処理の原料化合物を用い、生成物として重水中その原料化合物を加熱還流させる重水素化の処理を行い凍結乾燥により重水を除去したものを用いた。各ピークの積分値は、内部標準の積分値を1としたときの相対値として算出したものである。
重水素置換率の繰返し測定の再現性は、実施例8の2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸(12)を用いて、9回の繰返し測定を行った。その結果を、表1に示す。
Figure 0005151659
このように9回の繰り返し測定における相対標準偏差が0.15%と非常に小さいことから、測定再現性は非常に高いことが確認された。この結果から、重水素化フェノール酸類のような重水素化芳香族カルボン酸類は、動態試薬の標識体として、有効であり、しかも精密かつ正確に測定できることが、示された。
(重水素置換率の測定)
前記数式に従い、実施例1〜8の化合物について、重水素置換率を測定した。その結果をまとめて、表2に示す。なお、表2中、重水素置換率が10%以上のものを重水素化されたものとして、記載してある。
Figure 0005151659
表2には記載していないが、4−ヒドロキシ−3,5−ジメトキシ安息香酸(シリンガ酸)でも、多少、重水素置換率が低いが、重水素化される。
次に、重水素化工程の繰返し回数と、重水素置換率との相関関係について検討した。
(重水素化工程の繰返し回数に応じた重水素置換率の測定)
実施例1〜8における重水素化工程の繰返し回数と、その回数毎の各置換位置での重水素置換率を、前記と同様にして測定した。その結果を図1〜3に示す。
図1〜3から明らかな通り、凡そ繰返し回数と共に重水素置換率が向上していた。とりわけ、3,5−ジヒドロキシ安息香酸、2,6−ジヒドロキシ安息香酸、3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸の重水素置換率が、高かった。
反応性に関し、芳香族化合物は、安定なため通常、芳香環に直接、置換反応できないが、芳香環の電子密度が高いため、一般的に求電子試薬(E)と反応を起こし得る。下記化学式〔X〕に示すように、求電子試薬が付加しカルボカチオン中間体が生成するが、その後ただちにプロトン(H)が脱離して置換反応となる。カルボカチオン中間体では芳香族性が失われているために不安定であるが、プロトンが脱離すると再び安定な芳香族化合物となれるのでプロトンの脱離は速やかに進行する。
Figure 0005151659
フェノール性水酸基を含有した芳香族カルボン酸類の一例であるヒドロキシ安息香酸類は、分子内に、置換基として水酸基とカルボキシル基とを有する。
水酸基を有する芳香族化合物であるフェノールは、下記化学式〔XI〕のようにオルト位・パラ位が負電荷となる共鳴構造をとるため、求電子置換反応はオルト−パラ配向性を示す。
Figure 0005151659
また、下記化学式〔XII〕及び〔XIII〕に示す通り、求電子試薬がオルト位とパラ位に攻撃したときの中間体は、特に(xii-a)・(xii-b)や(xiii-a)・(xiii-b)のように安定構造をとるため反応に有利である。しかし求電子試薬がメタ位へ攻撃したときの中間体は、下記化学式〔XIV〕のように安定構造をとれないため反応に不利である。反応中間体の安定性からも水酸基を有する芳香族化合物の求電子置換反応は、オルト-パラ配向性を示す。
Figure 0005151659
なお、メトキシ基がベンゼン環に置換している場合も、フェノール性水酸基と同様の共鳴構造をとりうるためオルト-パラ配向性を示すが、フェノキシドイオンを生成できないため反応性はフェノール性水酸基で置換された場合よりも乏しい。
一方、カルボキシル基を有する芳香族化合物である安息香酸は、下記化学式〔XV〕のようにオルト位・パラ位が正電荷となる共鳴構造をとるため、求電子試薬がオルト位とパラ位よりもメタ位に攻撃し易いことに起因して、メタ配向性を示す。
Figure 0005151659
また、下記化学式〔XVI〕及び〔XVII〕に示す通り、求電子試薬がオルト位とパラ位へ攻撃したときの中間体は、特に(xvi-a)や(xvii-a)のように不安定構造をとるため反応に不利である。しかし求電子試薬がメタ位へ攻撃したときの中間体は、下記化学式〔XVIII〕に示すとおり、反応中間体が安定構造をとるため、その反応性の点からもカルボキシル基を安息香酸の求電子置換反応は、メタ配向性を示す。
Figure 0005151659
このように求電子試薬への攻撃は、−COOH置換で強いメタ配向性を示し、−OH置換で強いオルト−パラ配向性を示し、−OCH置換で弱いオルト−パラ配向性を示すと考えられることから、これらの影響を統合したものが、重水素イオンの求電子攻撃の受けやすさを示しているものと推察される。
また、ヒドロキシ安息香酸の重水素イオンによる求電子攻撃の受け易さの実施結果は、置換反応における置換度に反映されていると考えられる。求電子反応における置換基効果と重水素置換率を、表2にまとめて記載した。
表2には、重水素置換前に、各種安息香酸の芳香環へ直接結合している水素を有する位置のものを太枠で示し、10%以上の重水素置換率のものを太字で示してある。
表2から明らかな通り、2,5−ジヒドロキシ安息香酸の6位と、2,6−ジヒドロキシ安息香酸の4位との2箇所は、置換基効果と重水素置換率とに相関性がなかったが、それ以外の位置では、24箇所中22箇所(92%)で、置換基効果と重水素置換率との間に極めて相関性があった。
次いで、分子軌道法を用いてヒドロキシ安息香酸類の芳香族炭素上の電荷を計算し、重水素置換率との比較を行った。
計算には、CAChe version 6.01-MOPAC2002(Fujitu Ltd.)を用いた。まず、構造を作図しAM1を用いて初期配座を決定し、AM1/COSMO of MOPAC2002を用いて構造最適化を行い、この構造上でヒドロキシ安息香酸類上芳香族炭素の電荷を計算した。計算結果で負電荷が大きな炭素ほど、重水素イオンの求電子置換反応を受けやすいと、推測される。電荷計算結果と重水素置換率の関係を、同じく表2にまとめて示す。
表2から明らかな通り、全ての芳香族炭素は負電荷を持つという計算結果であった。負電荷量と重水素置換率との間の相関係数は、0.55であり、正の相関性が認められた。同一分子内の電荷と置換率の関係はよく反映されているから、置換率予測の一指標となり得る。
より詳細に重水素置換のメカニズムを検討するために、フロンティア軌道理論を用いた芳香族炭素電荷の計算結果と重水素置換率を比較した。CAChe version 6.01-MOPAC2002(Fujitu Ltd.)上でelectrophilic susceptibilityを計算した。Electrophilic susceptibilityは電荷計算と同様の手順で行い、CACheのTabulatorで電子密度表面を作成しフロンティア軌道のElectrophilic部位を表示したところ、同様な結果が得られた。
次に、重水素化芳香族カルボン酸類の安定性について検討した。
(生体内条件下での安定性)
実施例6で調製した2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸、及び実施例8で調製した2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸を、生体内でのpHに近い条件下に曝したときの重水素置換率を、経時的に測定した。
2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸100mgを10mlの純水に溶解させ、1N−水酸化ナトリウムでpH7.0に調整した生理食塩水中、7日間、37℃でインキュベートした。1、3、5及び7日目に、NMRで重水素置換率を測定した。その結果を、表3に示す。
Figure 0005151659
また、同様に2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸を、インキュベートして、経時的にNMRで重水素置換率を測定した。その結果を、表4に示す。
Figure 0005151659
表3及び4から明らかな通り、重水素化フェノール酸類のような重水素化芳香族カルボン酸類は、生体内に近い条件下で、安定であることから、重水素標識された動態試薬として、利用可能であることが示された。
本発明の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法は、フェノール酸類のような芳香族カルボン酸類である食品機能性化合物の生体内での挙動解析のための標識化合物を調製するのに有用である。
本発明を適用する重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法によるモノヒドロキシ安息香酸の重水素化工程の繰返し回数と、重水素置換率との相関を示す図である。 本発明を適用する重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法によるジヒドロキシ安息香酸の重水素化工程の繰返し回数と、重水素置換率との相関を示す図である。 本発明を適用する重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法によるジヒドロキシ安息香酸及びトリヒドロキシ安息香酸の重水素化工程の繰返し回数と、重水素置換率との相関を示す図である。

Claims (8)

  1. フェノール性水酸基を含有した芳香族カルボン酸類を、重水中に触媒非存在下で溶解又は懸濁させて、加熱し、前記芳香族カルボン酸類の芳香環上の水素を、重水素に置換することを特徴とする重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  2. 70℃〜前記重水の沸点に、前記加熱することを特徴とする請求項1に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  3. 前記芳香族カルボン酸類は、芳香環をベンゼン環とし、その環上にカルボキシル基と水酸基とを夫々少なくとも一つ以上有するフェノール酸類であることを特徴とする請求項1に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  4. 前記フェノール酸類が、モノヒドロキシ安息香酸、ジヒドロキシ安息香酸、トリヒドロキシ安息香酸、又はそれらのアルキルエーテル体であることを特徴とする請求項3に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  5. 前記芳香族カルボン酸類及びそれの重水素化芳香族カルボン酸類が夫々、
    4−ヒドロキシ安息香酸、及び3,5−d置換−4−ヒドロキシ安息香酸又は2,3,5,6−d4置換−4−ヒドロキシ安息香酸
    4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸及び5−d置換−4−ヒドロキシ−3−メトキシ安息香酸、
    2,3−ジヒドロキシ安息香酸及び5−d置換−2,3−ジヒドロキシ安息香酸、
    3,4−ジヒドロキシ安息香酸及び5−d置換−3,4−ジヒドロキシ安息香酸、
    2,5−ジヒドロキシ安息香酸及び3,4,6−d置換−2,5−ジヒドロキシ安息香酸、
    3,5−ジヒドロキシ安息香酸及び2,4,6−d置換−3,5−ジヒドロキシ安息香酸、
    2,6−ジヒドロキシ安息香酸及び3,4,5−d置換−2,6−ジヒドロキシ安息香酸、又は
    3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸及び2,6−d置換−3,4,5−トリヒドロキシ安息香酸
    であることを特徴とする請求項1に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  6. 前記加熱の後、重水を除去することを特徴とする請求項1に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  7. 前記加熱と前記重水の除去との重水素化工程を、複数回繰り返すことを特徴とする請求項6に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
  8. 前記重水の重水素イオン濃度を、塩化重水素、及び/又は重水酸化ナトリウムにより調整しつつ、前記重水素に置換することを特徴とする請求項6又は7に記載の重水素化芳香族カルボン酸類の製造方法。
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