JP4664399B2 - 高Cr系鋼構造物のじん性評価方法 - Google Patents

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本願発明は高Cr系鋼構造物のじん性評価方法に関する。更に詳細には、本願発明は、超々臨界圧プラントや高速炉において高いクリープ強度を要求される部位に広く用いられ、核融合炉での使用も検討されているCr含有量が8〜14wt%の高Cr系鋼に対して、長期間使用によるじん性低下、及びその後の熱処理によるじん性回復を、pHの値が0より大きく5より小さい酸性溶液を電解液に用いたアノード分極曲線における電流密度の極大値、または電気量により評価する方法に関する。
Cr含有量が8〜14wt%の高Cr系鋼は超々臨界圧プラントや高速炉において高いクリープ強度を要求される部位に広く用いられ、核融合炉での使用も検討されている。高Cr系鋼として例えば、火STPA27(原子力安全・保安院 電力安全課作成の火力業務内規集より)、火STPA28(同)を挙げることができる。高Cr系鋼は長期間の稼動により材質の劣化が生じてじん性が低下するが、適正な条件で熱処理を行うとじん性は回復するという特徴を有する。このようなじん性の低下と向上は、ラーベス相と呼ばれる脆い相の析出と消失によることが知られている。そのため、ラーベス相の析出量を把握することが可能となれば、高Cr系鋼構造物のじん性を把握することができる。
現状では、高Cr系鋼構造物からレプリカ試料等を採取して、透過型電子顕微鏡等の大規模な装置を用いてラーベス相の生成状況を観察し、過去のデータや経験からじん性を評価している。しかし、この手法では、(1) 現場で直接評価することができないこと、(2) ラーベス相の観察に長時間を要することから、効率性に欠ける。そのため、現場で簡易的にじん性を評価できる手法が望まれている。
このような状況下、現場で簡易的にじん性を評価する手法の1つとして、電気化学計測が提案されている。例えば、pH=14のアルカリ性溶液を電解液に用いたアノード分極曲線から電流密度の極大値を求めることにより熱時効ぜい化を評価する方法が提案されている(非特許文献1参照)。このような電流密度の増加(極大値)は、材料中の析出物等がイオン化して電解液中に溶解し、このときに電子を放出するために生じる。
駒崎慎一,岸 繁男,庄子 哲雄,千葉秀樹,鈴木 康史,「材料(Vol.49,No.8〜14)」に記載の「W強化型9%Crフェライト系耐熱鋼の熱時効ぜい化と電気化学的手法によるその評価」,社団法人日本材料学会,2000年8月,p.919-926
しかしながら、上記文献には、じん性に大きな影響を及ぼすラーベス相の他に、じん性にほとんど影響を及ぼさない炭化物も電解液中に溶解する旨が記載されている。そうすると、上記文献に記載された評価方法では、材料の化学成分等の違いで炭化物の析出量が異なる場合、じん性を評価することは困難である。
したがって、高Cr系鋼において、材料の化学成分等の違いに影響されることなく、ラーベス相のみが溶解して生じるパラメータを用いてじん性を簡便に評価する方法が求められている。
本願発明は、このようなじん性を簡便に評価する方法を提供することを目的とする。
[課題を解決するための手段及びその効果]
1.上記課題を解決するための、本願発明に係る高Cr系鋼からなる構造物のじん性を評価する方法は、所定の高Cr系鋼について、所定の電解液を用いて得られたアノード分極曲線から所定のパラメータとじん性との間の特性線図を予め求める工程と、前記高Cr系鋼からなる構造物に対して前記電解液を用いてアノード分極曲線から前記パラメータの値を計測する工程と、前記構造物から計測された前記パラメータの値を前記特性線図に当てはめることにより、前記高Cr系鋼からなる構造物のじん性を評価する工程とを有することを特徴とする。
本願発明に係るじん性評価方法によれば、高Cr系鋼構造物に関して、長期間使用後のじん性低下及びその後の熱処理によるじん性回復について簡便に評価することができるという有利な効果を奏することができる。
2.好ましくは、前記高Cr系鋼は、Cr含有量(wt%)が8以上14以下であってラーベス相が析出する鋼である。
また好ましくは、前記電解液は、pHの値が0より大きく5より小さい酸性溶液である。
また好ましくは、前記パラメータがアノード電流密度の極大値である。
また好ましくは、前記パラメータがアノード電流密度の電気量であり、前記電気量は、アノード電流密度が極小値となる電流密度に対応する電位間における電流密度の積分値である。
また好ましくは、前記アノード分極曲線を求める際の電位掃引速度が100mV/s以下である。
本願発明に係るじん性評価方法は、以下のような有利な効果を奏することができる。すなわち、じん性に大きな影響を与えるラーベス相のみがアノード分極時に溶解して、アノード電流密度の極大値や電気量として検出される。したがって、本願発明に係るじん性評価方法は、アノード電流密度の極大値や電気量を用いることで、Cr含有量が8〜14wt%の高Cr系鋼構造物に関して、長期間使用後のじん性低下及びその後の熱処理によるじん性回復について簡便に評価することができるという有利な効果を奏することができる。
(1)高Cr系鋼のじん性評価に使用する検出装置について
本願発明の実施例を説明する前に、既に知られている計測に用いる装置の例について説明する。
図1中、10は検出装置を示す。検出装置10は、容器3の上面を経由して白金製の対極5及び照合電極6が内部に挿入された容器3と、リード線により対極4及び照合電極5に接続されたポテンショスタット7と、ポテンショスタットに接続されたポテンシャルスイーパ8及びデータ収録装置9とを備える。容器3は、下面が開口しており、開口端には内部の電解液4の漏出を防止するためのパッキンのようなシール部材2が設けられている。
Cr含有量(wt%)が8以上14以下の高Cr系鋼構造物に対してじん性を評価する場合、図1に示すように、電解液4を高Cr系鋼構造物1に直接接触させ、その際、生成される電荷の変化を電気的に検出して、高Cr系鋼構造物1のアノード分極曲線を記録する。高Cr系鋼構造物1はリード線を経てポテンショスタット7に接続されている。
(2)実験1
次に、高Cr系鋼としての9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼(Cr含有量は8.8wt%)の溶接金属についてじん性評価実験を行った結果について説明する。この耐熱鋼は、Cr、Mo、Nb、V、Si、C、残部Feなどの化学元素で構成されている。勿論、9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼は例示であり、その他の高Cr系鋼(Cr含有量が8〜14重量パーセント)についても同様の実験を行うことができる。
実験1で用いたサンプルは、9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼のMIG溶接金属を600℃の温度にて半年間保持した熱時効材Aと、上記金属を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材Bと、上記金属を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材を750℃の温度にて1.5時間保持した熱処理材Cとの3種類である。なお、本明細書において、「溶接金属」とは、溶接を施した際に溶接中に溶融して凝固した金属のことをいう。
じん性低下及びじん性回復を把握するために、シャルピー衝撃試験の結果をグラフ化したものを図2に示す。なお、図2中のグラフのデータは、各サンプルについて3回繰り返し試験を行いその平均をとった値である。同図に示すように、600℃に1年間保持した熱時効材Bは、半年間保持した熱時効材Aと比較して衝撃吸収エネルギーが低く、熱時効が長時間の方がじん性が低下することがわかる。一方、600℃に1年間保持した熱時効材を750℃に1.5時間保持した熱処理材Cの場合、衝撃吸収エネルギーが高くなっており、じん性が向上(回復)することがわかる。シャルピー衝撃試験後の熱時効材B及び熱処理材Cの破面の顕微鏡写真を夫々、図3及び図4に示す。図3及び図4中、aはラーベス相を、bは母相を示す。熱時効材Bの顕微鏡写真を観察すると、熱時効材Aと比較してラーベス相aが多数観察された。一方、熱処理材Cを同様に観察すると、ほとんどのラーベス相aが母相b中に固溶して消失していた。このことから、ラーベス相の量とじん性とは相関があると考えられる。
続いて、各サンプルについて、上記検出装置10を用いてアノード分極曲線を計測した。なお、計測時の表面は金属光沢面を呈している必要があり、酸化皮膜や汚れ等の異物が表面に付着している場合は、研磨等により取り除かなければならない。
一例として、電解液4としてpH=0.2の硫酸水溶液を用いて、電位掃引速度1.67mV/sでアノード分極曲線を求めた結果を図5に示す。なお、図5中のグラフのデータは、各サンプルについて3回繰り返し試験を行いその平均をとった値に基づく。
図5中、600℃に半年間保持した熱時効材A及び1年間保持した熱時効材Bでは、アノード電流密度に極大値が生じた。一方、熱処理材Cでは極大値が生じず、熱時効材A及び熱時効材Bと熱処理材Cとの間に相違が見られた。
なお、電位掃引速度が100mV/s以上の場合、図5に示すような明瞭な電流密度の極大値が生じないため、電位掃引速度が100mV/s以下であることが好ましい。また、溶液のpHが0以下では、材料を電解液中に浸漬しただけで材料の溶解が始まるため、使用する電解液の条件として不適切である。また、pHが5以上では、図5に示すような熱時効材での電流密度の明瞭な極大値が生じないため、電解液の条件として不適切である。したがって、pHの値が0より大きく5より小さい酸性溶液が本評価に適した電解液としての条件となる。
上記アノード分極曲線の計測後に熱時効材Bの表面を撮影した顕微鏡写真を図6に示す。同図中、bは母相を、cは黒点を示す。ここで見られる黒点cの穴はラーベス相aが溶解した痕跡であることから、本実験に使用した電解液4はラーベス相aのみを溶解することがわかる。このことは、pHの値が0より大きく5より小さい他の酸性溶液を電解液として使用した際も同様である。
以下の説明を簡便にするために、ある熱時効材(例えば、熱時効材B)のアノード分極曲線を図7に例示する。同図中、Ip及びI0は夫々、アノード電流密度の極大値及び極小値を示す。また、Qは、極小値(I0)となる電流密度に対応する電位(V1、V2)間における電流密度の積分値である電気量を示す。
上述したように、電解液(pH=0〜5の酸性溶液)はラーベス相のみを溶解するから、図7に示すアノード電流密度の極大値(Ip) がラーベス相の析出量を表す一のパラメータとして挙げられる。また、極小値(I0)となる電流密度に対応する電位(V1、V2)間における電流密度の積分値である電気量(Q)がラーベス相の析出量を表す他のパラメータとして挙げられる。
上記3種類のサンプル(熱時効材A、熱時効材B、熱処理材C)を用いて、アノード分極曲線から求めた一のパラメータとしてのアノード電流密度の極大値(Ip)とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図(例えば、特性曲線)を定めた結果を図8に示す。
高Cr系鋼構造物のじん性を評価する場合、その構造物についてアノード分極曲線からアノード電流密度の極大値(Ip1)を求める。次に、この極大値(Ip1)の値を予め求めておいた特性曲線(図8)に当てはめることにより、高Cr系鋼構造物のじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)を求めることができる。図8に示す例では、実験によりアノード電流密度の極大値としてIp1=1.5A/m2が得られた場合、高Cr系鋼構造物のじん性は、このIp1の値に対応する30℃での衝撃吸収エネルギー(E)=75ジュールであると評価することができる。
同様に、他のパラメータとしてのアノード電流密度の電気量(Q) とじん性との間の特性線図を求めた結果を図9に示す。上述したアノード電流密度の極大値(Ip1)の場合と同様に、じん性評価の対象物としての高Cr系鋼構造物のアノード分極曲線で得られた電気量(Q)の値を予め求めておいたじん性と電気量Qとの間の特性線図に当てはめることにより、高Cr系鋼構造物のじん性を求めることができる。
勿論、上記9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼(Cr含有量は8.8wt%)の溶接金属は例示であり、その他の高Cr系鋼(Cr含有量が8〜14重量パーセント)の溶接金属についても同様の結果を得ることができる。
なお、参考までに、上述した3回繰り返し試験の結果(熱時効材A、熱時効材B、及び熱処理材Cに関する、アノード電流密度の極大値(Ip)と、アノード電流密度の電気量(Q)と、30℃での衝撃吸収エネルギーとの関係)をまとめたものを表1に示す。
(3)実験2
続いて、高Cr系鋼としての9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼(Cr含有量は8.8wt%)の母材についてじん性評価実験を行った結果について説明する。なお、本明細書において、「母材」とは、被溶接金属材料のことをいう。
実験2で用いたサンプルは、9Cr-1Mo-Nb-V系耐熱鋼の母材の初期材(製造したままの材料)Dと、この母材を600℃の温度にて半年間保持した熱時効材Eと、上記母材を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材Fと、上記母材を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材を660℃の温度にて1.5時間保持した熱処理材Gと、上記母材を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材を690℃の温度にて1.5時間保持した熱処理材Hと、上記母材を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材を720℃の温度にて1.5時間保持した熱処理材Iと、上記母材を600℃の温度にて1年間保持した熱時効材を750℃の温度にて1.5時間保持した熱処理材Jとの7種類である。
表2は、上記サンプルについて実験1と同様に3回繰り返し試験を行い、アノード電流密度の極大値(Ip)と、アノード電流密度の電気量(Q)と、30℃での衝撃吸収エネルギーとの関係をまとめたものである。
この実験結果から、母材についても実験1の溶接金属と同様に、アノード電流密度の極大値(Ip)とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図(図10)、及びアノード電流密度の電気量(Q) とじん性との間の特性線図(図11)を求めることができる。すなわち、これらの特性線図を利用して、高Cr系鋼構造物の母材のじん性を評価することができる。
勿論、上記母材は例示であり、その他の高Cr系鋼(Cr含有量が8〜14重量パーセント)の母材についても同様の結果を得ることができる。
高Cr系鋼のじん性評価に使用する検出装置の模式図である。 熱時効材A及びB並びに熱処理材Cに対してシャルピー衝撃試験を行った結果をグラフに示した図である。 シャルピー衝撃試験後の熱時効材Bの破面の顕微鏡写真である。 シャルピー衝撃試験後の熱処理材Cの破面の顕微鏡写真である。 熱時効材A及びB並びに熱処理材Cに関するアノード分極曲線をグラフに示した図である。 アノード分極曲線の計測後に熱時効材Bの表面を撮影した顕微鏡写真である。 熱時効材Bのアノード分極曲線を示す図である。 溶接金属に関する、アノード電流密度の極大値(Ip)とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図を示す図である。 溶接金属に関する、アノード電流密度の電気量(Q)とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図を示す図である。 母材に関する、アノード電流密度の極大値(Ip)とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図を示す図である。 母材に関する、アノード電流密度の電気量(Q) とじん性(30℃での衝撃吸収エネルギー)との間の特性線図を示す図である。
符号の説明
1 高Cr系鋼構造物
4 電解液
5 対極
6 照合電極
7 ポテンシャルスイーパ
10 検出装置
a ラーベス相
b 母相
c 黒点

Claims (3)

  1. Cr含有量(wt%)が8以上14以下であってラーベス相が析出する高Cr系鋼からなる構造物のじん性を評価する方法において、
    前記高Cr系鋼について、硫酸水溶液からなる電解液を用いて得られたアノード分極曲線からアノード電流密度の極大値とじん性との間の特性線図を予め求める工程と、
    前記高Cr系鋼からなる構造物に対して前記電解液を用いてアノード分極曲線からアノード電流密度の極大値を計測する工程と、
    前記構造物から計測された前記アノード電流密度の極大値を前記特性線図に当てはめることにより、前記高Cr系鋼からなる構造物のじん性を評価する工程とを有することを特徴とする、じん性評価方法。
  2. 前記電解液は、pHの値が0より大きく5より小さい、請求項1に記載のじん性評価方法。
  3. 前記アノード分極曲線を求める際の電位掃引速度が100mV/s以下である、請求項1又は2に記載のじん性評価方法。
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