JP4608654B2 - 一重項酸素発生光増感剤及びそれを用いた一重項酸素発生方法 - Google Patents
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- C01B13/02—Preparation of oxygen
Description
【0001】
本発明は、励起状態にある酸素分子である一重項酸素を高効率で大量に製造することができる一重項酸素発生光増感剤及びそれを用いた一重項酸素発生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸素分子の励起状態である一重項酸素は、大気中にある通常の酸素に比べ、非常に活性であり、様々な化学反応や生体の営みに深く関与している。また、その殺菌作用、細胞障害作用等のため生物、医学の分野においても非常に重要な物質であり、光力学療法として癌治療にも応用されている。
【0003】
一重項酸素は、一般には有機色素分子を光増感剤として、光増感剤から酸素分子へのエネルギー移動により生成される。しかしながら、これまでに開発された光増感剤はそれぞれ長所短所を持ち合わせており、実用面において理想的な特性を持つ光増感剤は実現されていない。また、化学、生物、医学等の多方面にわたって活用されており、一重項酸素を効率的に生成する方法に関する研究が精力的に推進されている。その一例として、例えば、特開2001−4542号公報に開示のものがある。
【0004】
しかしながら、従来の有機色素分子光増感剤は、(1)多くの材料が人体に有害である、(2)励起に特定波長の光が必要である、(3)エネルギー移動効率が低い、(4)溶液中に溶け込んだ状態の一重項酸素しか生成できない、等々の問題点があり、全く新しい概念に基づいたより実用的な光増感剤の開発が待たれている。
【0005】
本発明は、前記問題点を解決するためになされたものであり、半導体デバイスの分野でもっとも重要な材料であるシリコン(以下、Siという。)結晶と、地球上の全ての生物にとって最も重要な物質である酸素分子の新たな関係を創生する。具体的には、Si結晶をナノメーターサイズの多孔質状Si(以下、ポーラスSiという。)とすることにより、酸素分子に対する光増感剤としての機能を引き出し、励起状態にある酸素分子(一重項酸素)を高効率で大量に生産できるSiナノ結晶で形成されてなる一重項酸素発生光増感剤およびそれを用いた一重項酸素発生方法を提供することを目的とする。
【発明の開示】
【0006】
本発明者らは、半導体結晶をナノメーターサイズまで小さくすると、その電子状態が「分子」と類似したものになることに着目し、ナノ結晶が一重項酸素に対する光増感剤として作用する可能性について鋭意研究を行ってきた。その結果、最近Si結晶をナノメーターサイズまで小さくすることにより(Siナノ結晶)、一重項酸素に対する光増感剤としての機能が発現することを見出し本発明を完成した。
すなわち、本発明に係る一重項酸素発生光増感剤は、Siナノ結晶で形成されてなるものである。また、このSiナノ結晶が、水素終端化されていることが好ましい。また、Siナノ結晶は、発光された光のエネルギーが1.4〜2.0eVの範囲であって、1.63eVに発光ピークを有するものであることが好ましい。また、Siナノ結晶が、ポーラスシリコンであることが好ましい。また、このポーラスシリコンが、ポストエッチング処理されていることが好ましい。
【0007】
また、本発明に係る一重項酸素発生方法は、前述の一重項酸素発生光増感剤を、酸素を含む雰囲気中に置き、前記一重項酸素発生光増感剤に光を照射することによって、一重項酸素を発生するものである。ここで、一重項酸素発生光増感剤を、酸素を含む雰囲気中に置く方法としては、低温において、酸素を表面に吸着させる方法や、一重項酸素発生光増感剤を酸素ガス雰囲気中に置く方法、酸素ガスが溶け込んだ液体内に置く方法等、この一重項酸素発生光増感剤が酸素と接触する方法であれば、その方法は、特に限定されるものではない。
一重項酸素の生成には、前述したように、従来は、有機色素分子光増感剤から酸素分子へのエネルギー移動により、基底状態にある酸素分子を励起状態に持ち上げる方法が一般に用いられていた。しかしながら、この方法には溶液に溶け込んだ状態の一重項酸素しか得られない(ガス状態の生成は困難)、光増感剤の励起に色素の吸収スペクトルにマッチした特定波長の光しか利用できない、エネルギー移動効率が低い、等の問題点があった。ところが、Siナノ結晶、特に、ポーラスSiは、第1に、Siナノ結晶は固体であり、その表面に物理吸着または衝突した酸素分子にエネルギー移動し一重項酸素を生成するため、ガス状態の一重項酸素を発生することができる。第2に、ポーラスSiは、多孔質状であり膨大な表面積を有するため、非常に小さい体積で大量の一重項酸素を生成することができる。第3に、Siナノ結晶は、近赤外光の一部から可視光全域の光を吸収するため、励起光源の種類を選ばない。自然光(太陽光)による高効率な一重項酸素生成が可能になると、大気汚染や水汚染対策に一重項酸素を利用できる可能性があり、その効果は計り知れない。第4に、Siナノ結晶の電子状態は分子と類似しており、励起状態が三重項状態と一重項状態に分裂しているという特性を有している。Siナノ結晶の場合、三重項状態のみならず、一重項状態の寿命も非常に長く、効率よく三重項状態が形成されるため、エネルギー移動効率が非常に高い。これは、Siが間接遷移型半導体であるためであり、発光デバイスとしては不適切な材料であるというSiの最大の欠点が、この場合は重要な長所となっている。第5に、Siは人体に無害であるため、生物、医学分野での応用にも適している。
【0008】
なお、ここでいうSiナノ結晶とは、サイズが数ナノメーターから数十ナノメーター程度のSi結晶をいう。このSiナノ結晶は、量子サイズ効果(量子閉じ込め効果)により、バルクSi結晶とは異なる電子状態を持つ。バルクSi結晶が近赤外領域にバンドギャップを持つのに対して、Siナノ結晶ではサイズの減少に伴ってバンドギャップが近赤外領域から可視領域にシフトしている。また、ポーラスSiとは、Si結晶の陽極化成により生成される多孔質状のSiをいう。このポーラスSiの骨格は、Siナノワイヤー若しくはナノ結晶により形成されている。陽極化成に用いるSiの極性(n型、p型)、不純物濃度、結晶面方向、陽極化成時の電流値等を制御することにより、孔(ポア)及びナノワイヤー、ナノ結晶のサイズ、形、成長方向等を制御することができる。
【0009】
また、光増感剤とは、光により励起された後、その励起エネルギーを他の物質に移動し(エネルギー移動)、その物質を励起状態に持ち上げる作用をする物質をいう。一般に、光学遷移が禁制で、光吸収が非常に小さい材料の励起状態を生成するために用いられるものである。また、エネルギー移動とは、ある物質から他の物質に励起エネルギーを伝達することをいう。ここで、Siナノ結晶を励起する方法としては、外部からSiナノ結晶に光を照射する方法及び、Siナノ結晶に電流を注入し、励起する方法等、いずれの方法であっても良い。
【0010】
ここで、本発明に係るポーラスSiは、Si基板をフッ酸とエタノールアルコールが1対1の割合で混合された混合溶液に浸け、数分間通電することによってSiの陽極化成によってSiがエッチングされて表面から所定の深さの孔(ポア)が形成されることで作製されている。また、使用できるSi基板としては、単結晶、多結晶の別を問わずに使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、実施例により、本発明をより具体的に説明する。
(ポーラスSiの作製)
Siウェハー(p型(100)、1mΩcm〜100Ωcm)をフッ酸(50%)とエタノールアルコールの1対1の混合溶液に浸漬し、10〜50mA/cm2で数分間通電した。これによって、Siの陽極化成によって、Siウェハーの表面から40μm程度の深さまでポーラスSiを得た。エッチングされずに残ったSiナノワイヤー(ナノ結晶)の平均直径は数nmで、ポロシティー(多孔度)は10%〜90%程度である。また、この際にSiナノ結晶は、水素終端化される。また、ここでいう、Siナノ結晶は、粒径が1nm〜50nmであるものである。
【0012】
第1図(a)にポーラスSiの平面透過型電子顕微鏡写真を示す。観察は試料の平面方向に対して行った。試料がスポンジ状の多孔質構造になっているのがわかる。拡大図の格子縞はSiの(111)面に対応しており、エッチングされずに残った柱部分がSiナノ結晶より構成されていることがわかる。第1図(b)は、ポーラスSiの断面の走査型電子顕微鏡写真を示す。
【0013】
第2図に一重項酸素が三重項酸素に緩和する時に放出する近赤外発光(約1.26μm)を検出できるシステムの概要を示す。この検出システムは、近赤外発光分光分析装置2(InGaAsダイオードアレー、感度範囲(800−1700nm))と時間分解発光分光分析装置3(Si ICCD)及び、Siナノ結晶を冷却するためのコールドフィンガー型のクライオスタット1(4K−300K)とで構成されている。具体的には、ポーラスSi試料をコールドフィンガー型のクライオスタット1内に固定し、このSi試料に外部から励起光を照射する。なお、このクライオスタット1には、酸素濃度を厳密に制御する精密ガスバルブ4が取り付けており、バルブ4を介してターボ分子ポンプ5と酸素ボンベ6に接続してある。また、本システムには、近赤外領域の発光測定と全く同じ試料の状態下で、ポーラスSiからの可視発光を常にモニターできるように、光学系の途中に必要に応じて光ファイバーを設置できるようにしており、光ファイバーを通して可視領域の発光をSi ICCD3で測定できる。この構成により、近赤外領域から可視領域までの広範囲にわたって、全く同じ環境(試料温度、酸素濃度、吸着酸素量等)下で発光を測定することができる。
【0014】
第3図に、極低温(4K)におけるポーラスSiの発光スペクトルを示す。縦軸は対数で表示している。破線は、ポーラスSiのポアに何も吸着させず真空中で測定したスペクトル、実線はポアに酸素を吸着した状態のスペクトルを示す。酸素の吸着は、高温(100K以上)でクライオスタット内に適当な圧力の酸素を導入し、その後試料を冷却することにより行った。通常、低温ではポーラスSiは2つのブロードな発光バンドを持つ。高エネルギー側のバンドはポーラスSi内に閉じ込められた励起子からの発光で、ポーラスSiを構成するナノ結晶のサイズや形の分布を反映しスペクトルが非常にブロードなものになっている。低エネルギー側の発光は、ポーラスSi表面の欠陥(ダングリングボンド)に起因する発光である。ポーラスSiのポアに酸素を吸着するとスペクトル形状が次のように大きく変化する。(1)酸素分子の第2励起状態(1Σ)と基底状態(3Σ)のエネルギー差に対応する1.63eVより高エネルギー側で発光が非常に弱くなり、超高感度のCCDでも観測が困難になる。なお、縦軸は対数表示である。(2)1.63eV以下においても発光強度が1桁以上低下するとともに、周期的な振動構造が観測される。(3)高エネルギー側の励起子の発光のみならず、低エネルギー側の欠陥からの発光も酸素吸着により強度が低下する。(4)酸素分子の第1励起状態(1Δ)と基底状態(3Σ)のエネルギー差に対応する0.98eVに比較的シャープな発光が現れる(挿入図(左)参照)。このシャープな発光は、生成された一重項酸素が通常の三重項酸素に緩和するときに放出するフォトンを検出したものであり、一重項酸素生成の直接的な証拠である。さらに、後ほど示すようにポーラスSiの発光のクエンチの程度と一重項酸素の発光強度の間には強い相関がある。このことは、酸素分子がポーラスSiを構成するSiナノ結晶からのエネルギー移動により励起されていることを示している。互いの発光強度に相関が見られることから、一重項酸素からの発光を直接観測することなく、Siナノ結晶の発光のクエンチの程度を測定することにより一重項酸素発生の状況を間接的に調べることができる。
【0015】
第3図において、1.63eVより高エネルギー側でポーラスSiの発光のクエンチが特に顕著であることから、Siナノ結晶中の励起子は酸素分子の1Σ状態とより強くカップリングすると考えられる。これには、エネルギー移動時の軌道角運動量保存が関与していると考えている。1Σ状態へのエネルギー移動においては軌道角運動量は保存されるが、1Δ状態へのエネルギー移動では軌道角運動量の変化を伴うためエネルギー移動割合が小さくポーラスSiの発光のクエンチも小さいと考えられる。Siナノ結晶から酸素分子へのエネルギー移動のメカニズムを詳細に調べるためには、ナノ結晶内の励起と酸素分子の結合(カップリング)の強度のエネルギー依存性を知る必要がある。しかしながら、第3図において酸素を吸着した状態で観測されるスペクトルは、カップリング強度とポーラスSiを構成するSiナノ結晶のサイズ、形分布によるスペクトルの不均一広がりをかけ合わせたものになっている。これらの影響を取り除き、純粋にカップリング強度とエネルギーの関係を抽出するため、真空状態のスペクトルを酸素を吸着した状態のスペクトルで割り算した結果を第4図に示す。
【0016】
第4図では、値が大きいほど発光のクエンチの程度が大きくなる。1Σ状態のエネルギーに対応する1.63eVにおいてクエンチが最大になっていることがわかる。非常に多くの構造が見られるが、構造の周期はすべてSiのTOフォノンのエネルギー(フォノンの状態密度のピークエネルギー、約63meV)と一致している。このフォノン構造の観測は、1Δ状態へのエネルギー移動時にエネルギー保存則を満足するためSiナノ結晶中でフォノンが放出されていることを示唆している。1Δ状態のエネルギー(0.98eV)から数えると、最大で8個のTOフォノンの放出に伴う構造が観測されている。通常、エネルギー移動のレートはエネルギーを与える側(ドナー)と受け取る側(アクセプター)のスペクトルの重なりに強く依存するため、共鳴的なエネルギー移動に比べてフォノンの放出を伴うエネルギー移動のレートは極端に小さくなる。今回、最大で8個のTOフォノンの放出を伴うエネルギー移動による構造が観測された原因は、低温においてSiナノ結晶の励起子の寿命が極端に長いことにあると考えている。酸素を吸着した状態で4Kでは通常は1.63eV以上で発光はほとんど観測されない。しかしながら少し高温(40K〜50K程度)で測定を行うとクエンチが小さくなり1.63eV以上においても微弱な発光が観測される。第4図において、1.63eV以上のエネルギーでもスペクトルに構造があらわれていることがわかる。構造をよりクリアにするためにスペクトルを2回微分したものを同時に示す。1.63eV以上と同様に、SiのTOフォノンのエネルギーの周期で構造が現れており、1Σ状態へのエネルギー移動においてもSi中のフォノンの放出によりエネルギー保存則が満たされていることがわかる。
【0017】
第5図に、低温(4K)において得られた酸素吸着量が異なる2種類のデータを比較する。縦軸は第5図と同様にクエンチの度合いを示している。吸着量が多い場合(破線)は少ない場合(実線)に比べて、発光のクエンチの程度が大きく、また一重項酸素からの発光も強いことがわかる(第5図では、酸素吸着状態のスペクトルを真空状態のスペクトルで割り算しているため、一重項酸素からの発光は下向きのピークとして現れる。)。酸素吸着量が大きい場合は、1.63eV以下でクエンチの程度はだらだらと変化しており、バルクSiのバンドギャップ以下まで連続している。発光のクエンチは1Δ状態のエネルギーより低エネルギー側でも観測される。一方、酸素吸着量が小さい場合は、1.63eVからバルクSiのバンドギャップまではほとんどクエンチが見られず、バンドギャップ以下のエネルギーで再びクエンチが観測される。この結果は非常に重要な意味を持つ。前述のようにバルクSiのバンドギャップ以下の発光は、Siナノ結晶表面のダングリングボンドに起因する。励起子のダングリングボンドへの捕獲は、励起子の発光寿命に比べて極端に短いため、一つでもダングリングボンドを持つナノ結晶は室温では発光を示さず、このようなナノ結晶の存在がポーラスSi試料全体の発光量子効率を決定している。1.63eV以下で発光のクエンチがほとんど観測されないような酸素吸着量が少ない状態においてもダングリングボンドの発光のクエンチが観測されたことは、励起子から酸素分子の1Σ状態へのエネルギー移動時間がダングリングボンドへのトラップの時間と同等であることを示している。発光に寄与しない“暗い”ナノ結晶からもエネルギー移動が可能であるということは、高効率な一重項酸素の発生が可能であることを示している。
【0018】
第6図に110KにおけるポーラスSiの発光スペクトル(a)と発光のクエンチの程度(b)を示す。酸素濃度を7通り変化させている。酸素濃度が増加するに伴い、発光強度が低下する(発光のクエンチが大きくなる)ことがわかる。第6図(b)で、発光のクエンチは1.63eVでもっとも顕著であり、1.85eVにも構造が見られる。その他の領域ではクエンチはほとんど観測されない。1.63eVのピークは酸素分子の1Σ状態のエネルギーに一致しており、このクエンチがSiナノ結晶から酸素分子へのエネルギー移動によるものであることがわかる。つまり、ガス状態の酸素分子にたいしても、Siが光増感剤として機能する。1.85eVの構造は、2つの酸素分子のペアの1Δ状態への励起に対応しており、この構造も一重項酸素形成によるものである。
【0019】
1.63eV付近でポーラスSiの発光のクエンチが最も大きいことは、低温において酸素分子がポーラスSiに吸着している場合と一致している。低温では、1Σ状態へのエネルギー移動に比べると効率が小さいものの、1Δ状態へのエネルギー移動も観測される。また、Siナノ結晶内でフォノンを放出することにより酸素のエネルギー準位とのエネルギーのミスマッチが解消されている。そのため、ポーラスSiを形成するほぼすべてのナノ結晶がエネルギー移動に寄与することができる(全観測領域でポーラスSiの発光がクエンチする)。一方、ガス状態では1.63eVの低エネルギー側で発光のクエンチが急激に小さくなり、1.4eV以下ではクエンチは全く見られない。このことは、ガス状態では1Δ状態へのエネルギー移動の効率が非常に小さいことを示している。また、1Σ状態の高エネルギー側でもクエンチの程度は1Σ状態のエネルギーから遠ざかるとともに小さくなる。つまり、ガス状態では酸素分子の1Σ状態のエネルギーもしくは、酸素分子ペアの21Δ状態のエネルギーに一致するバンドギャップエネルギーを持つSiナノ結晶のみが酸素分子に共鳴的にエネルギー移動することができる。この原因として次のことが考えられる。ガス状態ではエネルギー移動は酸素分子のポーラスSi表面への衝突イベントの間に行われる。ナノ結晶中の励起子と1Σ状態のカップリングは非常に強いため、衝突の間にエネルギー移動が終了することが可能だが、1Δ状態とのカップリングは比較的弱く(エネルギー移動時間が長く)、衝突イベントの間にエネルギー移動を行うことが困難であると考えられる。また、励起子のエネルギーと1Δ状態、1Σ状態の間にエネルギーのミスマッチがあるとエネルギー保存則を満足するためにナノ結晶中でフォノンを放出する必要があり、放出するフォノンの数に応じてエネルギー移動レートは低下する。低温では、酸素分子はナノ結晶表面に吸着しており、また励起子の寿命が非常に長いため、フォノンの放出を伴う非共鳴エネルギー移動が可能だが、ガス状態ではこのような過程はより困難になると考えられる。
【0020】
Siナノ結晶のバンドギャップ(発光エネルギー)はそのサイズに依存して変化する。第7図にSiナノ結晶の発光ピークエネルギー(バンドギャップに対応)とサイズの関係を示す。第7図はSiO2薄膜中に埋め込まれたSiナノ結晶のデータでありポーラスSiのものとは完全には一致しないが、このエネルギー領域では大きな違いはないと考えられる(同じサイズで比較するとポーラスSiでは発光ピークエネルギーが高エネルギー側にある傾向がある。)。第8図より、Siナノ結晶からガス状態の酸素分子へエネルギー移動し一重項酸素を発生させるためにはSiナノ結晶のサイズが2.5nm程度、もしくはそれ以下である必要があることがわかる。そのため、構成するSiナノ結晶のサイズが2.5nm程度であるポーラスSiの生成方法を開発することが実用上は非常に重要であるが、本発明に係るポーラスSiを構成するSiナノ結晶は球形ではなく、楕円形もしくはワイヤー状であり、サイズは特に限定されるものではない。
【0021】
第8図に室温でのポーラスSiの発光スペクトルと酸素導入に伴う発光のクエンチの程度を示す。110Kの場合に比べるとクエンチの程度が小さいが、酸素濃度に依存して発光がクエンチしていく様子がわかる。このことは、室温においてもSiナノ結晶からのエネルギー移動により一重項酸素が生成していることを示している。また、110Kの場合と同様に、発光のクエンチは1.63eVで最も大きくなっており、室温の場合も直径2.5nm程度のSiナノ結晶において、エネルギー移動が最も効率的に行われることがわかる。
【0022】
110Kのデータと比較すると、室温でのポーラスSiの発光のクエンチは小さい。温度、酸素圧力、発光のクエンチの関係を詳細にしらべるため、3種類の温度で発光のクエンチの程度を測定した。第9図に結果を示す(○:120K、□:200K、△:300K)。第9図で横軸は酸素圧力、縦軸は酸素導入に伴う発光強度のクエンチの程度を示す。発光のクエンチは低温ほど大きいことがわかる。また、クエンチの程度はある酸素濃度で飽和し、それ以上酸素濃度を増加してもクエンチの程度はそれほど大きくならない。この結果を説明するために、各条件におけるポーラスSi表面に吸着する酸素分子の量についてラングミュアの吸着等温式により考察する。ポーラスSi表面における酸素分子の全吸着サイトに占める酸素分子が吸着したサイトの割合θ(T,P)は、下記式(1)で与えられる。
【0023】
【数1】
【0024】
ここでPは酸素圧力、K(T)は吸着平衡定数である。酸素導入によるポーラスSiの発光のクエンチの割合が、酸素の被覆率に比例すると仮定すると、クエンチの程度(Q)は、下記式(2)であらわされる。
【0025】
【数2】
【0026】
(T),とθ(T)をフィッティングパラメーターとし、第9図の実験結果をフィッティングした結果を実線で示す。式(2)により実験結果が非常によく再現できていることがわかる。つまり、Siナノ結晶からガス状態の酸素分子へのエネルギー移動の割合は、ナノ結晶表面の酸素の被覆率に比例する。フィッティングにより得られたA(T)、K(T)を第11図にまとめて示す。
【0027】
温度の上昇とともに、K(T)、A(T)ともに小さくなり、結果として発光のクエンチの程度(一重項酸素生成量)が小さくなる。K(T)の低下は酸素濃度を高くすることにより克服できるため、実際上特に問題ない。A(T)の低下は、同じ量の酸素が吸着しても、温度が高いほどエネルギー移動の効率が小さいことを意味している。この原因については、完全には明らかになっていないが、最も大きい原因はエネルギー移動に寄与しているであろうと考えられる三重項励起子の割合が減少することにあると考えられる。より効率よく一重項酸素を生成するためには、ポーラスSiを冷却した状態で使用することが望ましい。
【0028】
また、ポーラスSiを陽極化成後に、フッ酸(50%)とエタノールアルコールの1対1の混合溶液に浸漬しポストエッチングを行うと、第10図に示すように、発光クエンチの強度は、ポストエッチングの時間が長くなるに従い、強くなることが分かる。これは、ポストエッチングされることによって、ポーラスSiの各孔の内面が均等にエッチングされ、各Siナノ結晶間のネック部分が細くなるためであると考えられる。
【0029】
本発明に係る一重項酸素発生光増感剤は、励起光を与えることによって簡単に一重項酸素を発生することができるため、例えば、この一重項酸素発生光増感剤を酸素が通過できる孔を有したSiO2等のガラスによって挟み込み、カセット状に形成し、空気が通過する前後のいずれかからそのカセット表面に励起光を与えることによって、通過する空気のうち、酸素が一重項酸素となり、通過する空気中の細菌等の滅菌或いは殺菌が可能なフィルターとして使用することが可能となる。しかし一重項酸素を長時間放出し続ける事により性能が劣化して必要な一重項酸素を放出しする事が困難に成る事が起こり得るが、カセット状の一重項酸素フィルターを交換するか、もしくは前述のポストエッチングを行う事でカセットの再生を簡易に行え、性能が回復して再使用する事が容易にできる。
【0030】
本発明に係る一重項酸素発生光増感剤は、以上のように構成されており、Siナノ結晶に酸素を吸着させて、励起光を与えることによって簡単に一重項酸素を発生することができるため、例えば、この一重項酸素発生光増感剤を酸素が通過できる孔を有したSiO2等のガラスによって挟み込み、カセット状に形成し、空気が通過する前後のいずれかからそのカセット表面に励起光を与えることによって、通過する空気のうち、酸素が一重項酸素となり、通過する空気中の細菌等の滅菌或いは殺菌が可能なフィルターとして使用することが可能となる。なお、この際、発生する一重項酸素が直接人間に接触するようであれば、発生してくる一重項酸素は、直接外部に放出しないように、一旦水槽等に通し、バブリングして、使用することが好ましい。一重項酸素は、溶液中で、μ秒単位で直ぐに三重項状態の通常の酸素に変化してしまうからである。
【0031】
また、Siナノ結晶を前述実施形態の一例として示した以外に、例えば、粉末状として使用することもできる。この場合は、その粉末状の一重項酸素発生増感剤を体内の必要な部分に、導入し、体外から光を照射することよって体内の各種部位に形成された病巣を、発生した一重項酸素で小さくすることも可能となり、工業的な使用方法以外に医学的用途に適用可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、以上のように一重項酸素発生光増感剤としてナノメーターサイズのSi結晶を用いる。このため、従来の一重項酸素発生光増感剤として用いられていた有機色素分子光増感剤と異なり、(1)豊富で安価な材料(低コスト)、(2)人体に無害、(3)簡便な製造プロセス、(4)量産化が容易、(5)励起光の波長を選ばず、紫外〜可視全域の光を有効利用、(6)高エネルギー移動効率、(7)ガス状態(気体状態)もしくは溶液中に溶けこんだ状態の一重項酸素が発生可能であるという効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
第1図(a)は、ポーラスSiの透過型電子顕微鏡像の一例を示す図である。試料の平面方向を観察している。多孔質構造になっていることがわかる。拡大図の格子縞はSiの{111}面(0.31nm)に対応しており、エッチングされずに残った柱部分がSiナノ結晶より構成されていることがわかる。ポーラスSiの平面透過型電子顕微鏡写真を示す図である。第1図(b)は、このポーラスSiの断面の電子顕微鏡写真を示す図である。
第2図は、一重項酸素からの発光を測定するシステムの概略模式図である。
第3図は、低温(4K)におけるポーラスSiの発光スペクトル。破線はポーラスSiのポアに酸素を吸着せず真空中で測定したスペクトルを示す図である。実線は、ポアに酸素を吸着した状態のスペクトル。挿入図(左)は、一重項酸素からの発光スペクトルの拡大図、挿入図(右)は、酸素分子の電子配置を示す。
第4図は、真空中で測定した発光スペクトルを酸素吸着状態で測定したスペクトルで割り算した結果を示す図である。値が大きいほど、酸素吸着による発光のクエンチが大きいことに対応している。高エネルギー側のデータは発光が完全にクエンチしない条件下で測定した。構造をよりクリアに示すため、スペクトルの2回微分を示す。
第5図は、真空中で測定した発光スペクトルを酸素吸着状態で測定したスペクトルで割り算した結果(4K)を示す図である。酸素吸着量の異なる2種類のデータを示している(破線:吸着量大、実線:吸着量小)。
第6図(a)は、110KでのポーラスSiの発光スペクトルを示し、第6図(b)は、酸素ガス導入による発光のクエンチの程度を示す図である。酸素圧力は7種類変化している。
第7図は、Siナノ結晶の発光スペクトルとサイズの関係(SiO2薄膜中に埋め込まれたSiナノ結晶のデータ)を示す図である。サイズが小さくなるとともに発光ピークが高エネルギー側にシフトする。ポーラスSiの発光のサイズ依存性とは完全には一致しないが、このエネルギー領域では大きな違いは無いと考えられる。
第8図(a)は、室温でのポーラスSiの発光スペクトルを示し、第8図(b)は、酸素ガス導入による発光のクエンチの程度を示す図である。酸素圧力は8種類変化している。
第9図は、発光のクエンチの程度と酸素圧力の関係を示す図である。(□:120K、○:200K、△:300K)。実線は、式(4)によるフィッティング結果を示すものである。
第10図は、ポストエッチング時間と発光強度及びクエンチ強度との関係を示す図である。
第11図は、第9図に示すフィッティングした結果より得られたA(T)、K(T)を表にまとめた図である。
Claims (8)
- シリコンナノ結晶で形成されてなる一重項酸素発生光増感剤。
- 前記シリコンナノ結晶が、水素終端化されている請求項1に記載の一重項酸素発生光増感剤。
- 前記シリコンナノ結晶は、発光された光のエネルギーが1.4〜2.0eVの範囲であり、1.63eVに発光ピークを有する請求項1に記載の一重項酸素発生増感剤。
- 前記シリコンナノ結晶は、水素終端化され、発光された光のエネルギーが1.4〜2.0eVの範囲であり、1.63eVに発光ピークを有する請求項1に記載の一重項酸素発生増感剤。
- 前記シリコンナノ結晶が、水素終端化されている請求項1に記載の一重項酸素発生光増感剤。
- 前記シリコンナノ結晶が、ポーラスシリコンである請求項1に記載の一重項酸素発生光増感剤。
- 前記ポーラスシリコンが、ポストエッチング処理されている請求項6に記載の一重項酸素発生光増感剤。
- シリコンナノ結晶で形成されてなる一重項酸素発生光増感剤を、酸素を含む雰囲気中に置き、前記一重項酸素発生光増感剤に光を照射することによって、一重項酸素を発生する一重項酸素発生方法。
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