本発明において染色体断片置換系統とは、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている系統を意味する。ここで、外来品種は、元品種以外の品種であれば特に限定されるものではなく、元品種と同一種の植物の品種であってもよく、元品種と異なる種の植物の品種であってもよく、動物等の植物以外の品種であってもよい。なお、本発明において品種とは、同一種の植物であって、遺伝的構成が異なるために、ある形質において同種内の他品種から明確に識別し得る集団を意味する。
本発明において標的領域とは、元品種の染色体中の領域であって、外来品種由来の染色体断片と置換する目的の領域を意味する。例えば、イネやコムギ、シロイヌナズナ等の遺伝子情報が十分に解明されている植物の品種においては、目的の形質遺伝子を含む特定の染色体領域を、外来品種由来の染色体断片と置換することにより、元品種の形質が改良された新品種を作製することができる。ここで、標的領域は、親個体として用いる染色体断片置換系統において、外来品種由来の染色体断片に置換された部分の領域であれば特に限定されるものではなく、1の遺伝子領域であってもよく、2以上の遺伝子を含む領域であってもよい。例えば、外来品種が元品種とは種の異なる品種である場合等には、標的領域は、1の遺伝子領域であることが好ましい。また、外来品種が元品種と同一種の他品種である場合等、外来品種が元品種の近縁種である場合には、1の遺伝子領域であってもよく、2以上の遺伝子を含む領域であってもよい。また、遺伝子領域は、翻訳領域のみであってもよく、翻訳領域に加えて、イントロン等の非翻訳領域、プロモーター領域やターミネーター領域等の制御領域等を含む領域であってもよい。
本発明においてDNAマーカーは、元品種由来の染色体と外来品種由来の染色体を識別し得る染色体上のDNA配列の差異を検出し得るものであれば、特に限定されるものではなく、遺伝子解析分野で通常用いられているDNAマーカーを用いることができる。該DNAマーカーとして、例えば、SNP(Single Nucleotide Polymorphism、一遺伝子多型)やSSR(Simple Sequence Repeats、単純反覆配列)の繰り返し数の違い等の遺伝子多型を検出し得るマーカーであってもよく、RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism、制限酵素断片長多型)マーカーであってもよい。なお、これらのDNAマーカーによる、元品種由来アレルと外来品種由来アレルとの識別は、常法により行うことができる。例えば、各個体から抽出したDNAを鋳型とし、特定のSNPやSSRと特異的にハイブリダイズし得るプライマー等を用いてPCRを行い、電気泳動法等を用いてPCR産物の有無を検出し、各多型を識別することができる。また、各個体から抽出したDNAを制限酵素処理した後、電気泳動法等を用いてDNA断片のパターンを検出し、各多型を識別することができる。なお、特定のSNPやSSRと特異的にハイブリダイズし得るプライマー等は、該SNPやSSRの塩基配列に応じて、汎用されているプライマー設計ツール等を用いて常法により設計することができる。また、設計されたプライマー等は、当該技術分野においてよく知られている方法のいずれを用いても合成することができる。
これらのDNAマーカーは、公知のDNAマーカーを適宜用いることができる。また、新規に作製したDNAマーカーであってもよい。公知のDNAマーカーとして、例えば、イネにおいては、特許文献2等において開示されているSNPマーカーや、Rice Genome Research Program(http://rgp.dna.affrc.go.jp/publicdata.html)において公開されているDNAマーカーを用いることができる。オオムギにおいては、GrainGenes:A Database for Triticeae and Avena(http://wheat.pw.usda.gov/GG2/index.shtml)、CR−EST: The IPK Crop EST Database(http://pgrc.ipk−gatersleben.de/est/index.php)等において公開されているDNAマーカーを用いることができ、ソルガムにおいては、GRAMENE(http://www.gramene.org/db/markers/marker_view)等において公開されているDNAマーカーを用いることができ、コムギにおいては、GrainGenes:A Database for Triticeae and Avena、WHEAT CAP(http://maswheat.ucdavis.edu/)等において公開されているDNAマーカーを用いることができ、トウモロコシにおいては、MaizaGDB(http://www.maizegdb.org/)等において公開されているDNAマーカーを用いることができる。また、GRAMENEには、その他の穀物のDNAマーカーも開示されており、これらを用いることもできる。
まず、本発明の植物ゲノム設計方法について説明する。
本発明の植物ゲノム設計方法は、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統を用い、元品種の染色体中の1又は複数の標的領域を、外来品種由来の染色体断片により置換された植物のゲノムを設計する方法であって、1の標的領域ごとに、下記要件(i)を充足するDNAマーカーM1〜M5を設定し、当該標的領域を含み、かつ前記外来品種由来の染色体断片により置換される置換領域の上流側末端をDNAマーカーM1とM2の間とし、下流側末端をDNAマーカーM4とM5の間とするように、ゲノムを設計することを特徴とする。
(i)DNAマーカーM2は標的領域の上流側末端又はその上流にあり、DNAマーカーM1は前記DNAマーカーM2の上流にあり、DNAマーカーM4は前記標的領域の下流側末端又はその下流にあり、DNAマーカーM5は前記DNAマーカーM4の下流にあり、DNAマーカーM3は前記標的領域中にあること。
なお、本発明において、上流側とは染色体の短腕側を意味し、下流側とは染色体の長腕側を意味する。
上記要件(i)を充足するようにDNAマーカーを設定することにより、導入される外来品種由来の染色体断片の長さ、すなわち該染色体断片により置換される元品種の染色体中の置換領域をコントロールすることができる。このため、本発明の植物ゲノム設計方法を用いることにより、元品種の染色体に目的の遺伝子以外の他の遺伝子を多数導入してしまうおそれや、標的領域の近隣に存在する目的の遺伝子以外の遺伝子が外来品種由来の元品種の染色体に置換されるおそれを最小限に抑えつつ、標的の外来品種由来遺伝子を元品種の染色体に導入するようにゲノムを設計することができる。
それぞれのDNAマーカーは、各品種が属する植物種の公知の遺伝子情報等に基づいて設定することができる。なお、各品種の遺伝子情報等は、例えば、国際的な塩基配列データベースであるNCBI(National center for Biotechnology Information)やDDBJ(DNA Data Bank of Japan)等において入手することができる。特にイネの各品種の遺伝子情報は、KOME(Knowledge−based Oryza Molecular biological Encyclopedia、http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/)等において入手することができる。
図1は、元品種の染色体G上における標的領域T、置換される外来品種由来染色体断片L、及びDNAマーカーM1〜M5を示した図である。外来品種由来染色体断片Lの上流側末端、すなわち、外来品種由来染色体断片Lにより置換される元品種の染色体中の置換領域の上流側末端はDNAマーカーM1とM2の間にあり、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある。このため、DNAマーカーM1とM2の距離をd1、DNAマーカーM2とM4の距離をd2、DNAマーカーM4とM5の距離をd3とすると、外来品種由来染色体断片Lの長さ(該置換領域の長さ)は、下記式(1)で表わされる。
式(1) d2≦ 外来品種由来染色体断片Lの長さ ≦d1+d2+d3
DNAマーカーM2を上流側に設定することにより、外来品種由来染色体断片Lの長さが長くなり、下流側に設定することにより、外来品種由来染色体断片Lの長さが短くなる。同様に、DNAマーカーM4を下流側に設定することにより、外来品種由来染色体断片Lの長さが長くなり、上流側に設定することにより、外来品種由来染色体断片Lの長さが短くなる。
また、DNAマーカーM1とM2の距離d1が長ければ、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端が存在し得る範囲が広く、導入される外来品種由来染色体断片Lの長さが確定しにくくなる。一方、距離d1が短ければ、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端が存在し得る範囲が狭く、導入される外来品種由来染色体断片Lの長さが確定しやすくなる。同様に、DNAマーカーM4とM5の距離d3が長ければ、外来品種由来染色体断片Lの下流側末端が存在し得る範囲が広く、導入される外来品種由来染色体断片Lの長さが確定しにくくなり、距離d3が短ければ、外来品種由来染色体断片Lの下流側末端が存在し得る範囲が狭く、導入される外来品種由来染色体断片Lの長さが確定しやすくなる。
外来品種由来染色体断片Lの長さが長くなるほど、標的領域の両側に存在する遺伝子も、標的領域に存在する目的の遺伝子とともに元品種に導入される可能性が高くなる。目的の遺伝子以外の遺伝子も導入されるということは、元品種に存在する目的遺伝子以外の遺伝子も置換されてしまうということであり、元品種が有していた優れた形質が、不用意に損なわれてしまうおそれがある。目的遺伝子以外に導入される遺伝子が少なければ少ないほど、すなわち、外来品種由来染色体断片Lの長さが標的領域の長さに近いほど、元品種の優良形質を置換してしまう可能性を抑えることができるため好ましい。
ここで、DNAマーカーM2及びM1が標的領域Tの上流側末端に近いほど、そしてDNAマーカーM4及びM5が標的領域Tの下流側末端に近いほど、外来品種由来染色体断片Lの長さが短く、元品種へ導入される標的領域以外の染色体領域を短くすることができる。そこで、DNAマーカーM2は、標的領域Tの上流側末端に近傍のDNAマーカーであることが好ましく、標的領域Tの上流側末端と同一部位であることがより好ましい。また、DNAマーカーM1は、DNAマーカーM2の上流側の近傍のDNAマーカーであることが好ましい。一方、DNAマーカーM4は、標的領域Tの下流側末端に近傍のDNAマーカーであることが好ましく、標的領域Tの下流側末端と同一部位であることがより好ましい。また、DNAマーカーM5は、DNAマーカーM4の下流側の近傍のDNAマーカーであることが好ましい。
但し、DNAマーカーM1とM2の距離d1、DNAマーカーM2とM4の距離d2、DNAマーカーM4とM5の距離d3が、それぞれ短くなりすぎると、組み換え頻度が小さくなり、後代個体を選抜する集団のサイズを大きくしないかぎり、目的の後代個体を得られにくくなる。一方、外来品種が元品種の近縁種である場合には、両品種の染色体のDNA配列は相同性が高いため、外来品種由来染色体断片Lの長さが長く、目的遺伝子の近隣の遺伝子も外来品種由来の遺伝子に置換された場合であっても、元品種の優良形質が損なわれない可能性がある。このため、DNAマーカーM1、M2、M4、M5の設定は、標的領域の長さ、元品種と外来品種が近縁種か遠縁種か、選抜する集団のサイズ等を考慮して、適宜決定することが好ましい。
現在、遺伝子の配列情報は明らかになっているものの、その機能が不明である遺伝子は、数多く存在している。また、機能が既知と考えられている遺伝子であっても、その後の解析により、未知の新たな機能が発見されることも少なくない。原理的には、このような機能未知の遺伝子をコードする染色体断片を、該遺伝子を本来有していない元品種の染色体中に導入し、得られた品種が有する生理活性等の生物学的性質を、元品種と比較検討することにより、該遺伝子の機能を解明することが可能である。しかしながら、MAS法等の従来の手法を用いた品種改良法では、元品種に導入される外来品種由来の染色体断片を厳密に制御することが困難であり、導入された染色体断片中に、目的の遺伝子以外にどのような遺伝子がコードされているのか、該染色体断片により置換され失われた元品種の染色体領域にどのような遺伝子がコードされていたのか、等の情報が不明である場合が多い。このため、従来法により外来品種由来染色体断片を導入するように設計されたゲノムを有する品種の場合には、元品種と異なる生物学的性質が、導入した目的の遺伝子により発現した機能であるのか否か、精確に評価することは非常に困難である。また、目的の形質を導入することができた場合であっても、その他の形質も変動した場合、該変動が導入した目的の遺伝子の未知の機能によるものなのか、それとも該遺伝子以外の別の遺伝子によるものなのか、判断することが難しい。
これに対して、本発明の植物ゲノム設計方法により設計されたゲノムは、外来品種由来染色体断片の長さや置換領域が、従来になくより厳密に規定することができる。このため、本発明の植物ゲノム設計方法を用いて外来品種由来染色体断片を導入するように設計されたゲノムを有する品種の場合には、該外来品種由来染色体断片により導入される形質を、従来になく高精度に評価することが可能となる。したがって、本発明の植物ゲノム設計方法は、遺伝子の機能解析等にも好適に用いられ得る。
次に、本発明の新品種の作製方法について説明する。本発明の新品種の作製方法は、本発明の植物ゲノム設計方法を利用して新品種を作製する方法である。具体的には、以下の4種(第一〜第四)の作製方法がある。
本発明の新品種の作製方法においては、元品種は、植物品種であれば特に限定されるものではないが、イネ科、マメ科、アブラナ科、ミカン科、アオイ科、キク科、ヒユ科、トウダイグサ科、ヒルガオ科、ユリ科等の品種であることが好ましい。イネ科の植物として、例えば、イネ、トウモロコシ、モロコシ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ヒエ、ソルガム等が好ましい。また、マメ科の植物として、例えば、ラッカセイ、ヒヨコマメ、ダイズ、インゲンマメ、ミヤコグサ、ウマゴヤシ等が好ましく、アブラナ科の植物として、例えば、シロイヌナズナ、アブラナ、ナズナ、ダイコン、キャベツ、ワサビ等が好ましい。その他、ミカン科の植物として、例えば、オレンジ等が好ましく、アオイ科の植物として、例えば、ワタ等が好ましく、キク科の植物として、例えば、ヒマワリ、レタス、ヒャクニチソウ、トマト、ジャガイモ、トウガラシ、タバコ等が好ましく、ヒユ科の植物として、例えば、テンサイ等が好ましく、トウダイグサ科の植物として、例えば、セイヨウハギクソウ、キャッサバ等が好ましく、ヒルガオ科の植物として、例えば、アサガオ等が好ましく、ユリ科の植物として、例えば、タマネギ等が好ましい。
本発明の新品種の作製方法においては、染色体断片置換系統として、特に自殖植物又は自殖植可能な植物の系統であることが好ましい。ゲノム設計における不確定要素を低減させることができるためである。ここで、自殖とは、自分自身を配偶者とした交配を意味する。具体的には、雌雄同株植物の場合、自家受粉によって胚珠が受精し、種子がつくられること、すなわち自家交配のことである。
特に、本発明の新品種の作製方法は、遺伝子組み換え法を用いず、比較的安全に、かつ安定的に新品種を作製することができることから、本発明において用いられる染色体断片置換系統は、食用植物が元品種であるものが好ましく、イネ、コムギ、トウモロコシ、ダイズ等が元品種であるものがより好ましく、イネであることがさらに好ましい。イネ品種として、コシヒカリ、ハバタキ、IR64等であることが好ましく、コシヒカリであることが特に好ましい。なお、本発明において用いられる染色体断片置換系統は、常法により作製されたものであってもよく、独立行政法人農業生物資源研究所イネゲノムリソースセンター等の機関より入手可能なものであってもよい。
本発明の第一の新品種の作製方法は、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統を用い、元品種の染色体中の1又は複数の標的領域に対して、一標的領域ごとに下記工程(1−1)〜(1−6)を行うことを特徴とする。
(1−1)標的領域の上流側末端又はその上流にDNAマーカーM2を、前記DNAマーカーM2の上流にDNAマーカーM1を、前記標的領域の下流側末端又はその下流にDNAマーカーM4を、前記DNAマーカーM4の下流にDNAマーカーM5を、前記標的領域中にDNAマーカーM3を、それぞれ設定する工程。
(1−2)前記染色体断片置換系統と前記元品種とを交配させ、前記DNAマーカーM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を得る工程。
(1−3)前記工程(1−2)において得られた後代個体を自家交配し、後代個体を得る工程。
(1−4)前記工程(1−3)において得られた後代個体、又は前記工程(1−3)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2及びM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
(1−5)前記工程(1−4)において選抜された後代個体を自家交配することにより、後代個体を得る工程。
(1−6)前記工程(1−5)において得られた後代個体、又は前記工程(1−5)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
以下、工程ごとに説明する。
まず、工程(1−1)として、標的領域の上流側末端又はその上流にDNAマーカーM2を、前記DNAマーカーM2の上流にDNAマーカーM1を、前記標的領域の下流側末端又はその下流にDNAマーカーM4を、前記DNAマーカーM4の下流にDNAマーカーM5を、前記標的領域中にDNAマーカーM3を、それぞれ設定する。すなわち、元品種の染色体の標的領域に置換により導入される外来品種由来の染色体断片の上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間に、それぞれくるように、各DNAマーカーをそれぞれ設定する。
具体的には、各DNAマーカーの設定は、本発明の植物ゲノム設計方法と同様である。このようにDNAマーカーを設計することにより、新品種の作製において、導入される外来品種由来の染色体断片の長さをコントロールし、目的の遺伝子以外の遺伝子を元品種の染色体に導入することや、標的領域の近隣に存在する目的の遺伝子以外の遺伝子が外来品種由来の元品種の染色体に置換されることを効果的に抑制することが可能となる。
次に、工程(1−2)において、前記染色体断片置換系統と前記元品種とを交配させ、前記DNAマーカーM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を得る。なお、染色体断片置換系統を種子親、元品種を花粉親として交配してもよく、元品種を種子親、染色体断片置換系統を花粉親として交配してもよい。
通常、交配においては、親個体が有する遺伝子は、ランダムに配偶子に配置されるため、DNAマーカーにより選抜された後代個体は、目的の形質をコードする遺伝子は有しているものの、その他の遺伝子領域が親個体からどのように変化しているのかは不明である。このため、得られた後代個体の表現形質が、DNAマーカーと連鎖している染色体領域によるものなのか、それとも他の染色体領域に存在する遺伝子の影響であるのか、判別することは困難である。本発明においては、親個体として、染色体断片置換系統と、該染色体断片置換系統の元品種とを用いることにより、得られた後代個体は、該染色体断片置換系統において外来品種由来の染色体断片以外の他の領域は、全て元品種と同じ遺伝子を有しているため、外来品種由来の染色体断片による影響を容易に判別することが可能となる。
なお、本発明の新品種の作製方法において、交配は、自然交配であってもよいが、種子親と花粉親を確実に特定することができるため、人工的に交配することが好ましい。ここで、人工的な交配の方法は、種子親の雌しべに花粉親から採取した花粉を受粉させ、受精させることができる方法であれば、特に限定されるものではなく、常法により行うことができる。
工程(1−3)として、工程(1−2)において得られた後代個体を自家交配し、後代個体を得た後、工程(1−4)として、工程(1−3)において得られた後代個体、又は工程(1−3)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2及びM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する。
図2(1a)〜(1c)は、工程(1−3)において得られる後代個体のうち、工程(1−4)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(1−3)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2及びM3がヘテロ染色体領域である後代個体(1a)、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM2及びM3が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(1b)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2及びM3が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(1c)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(1a)が、工程(1−4)において最終的に選抜される後代個体である。後代個体(1b)又は(1c)は、さらに、それぞれ元品種の個体と戻し交配させ、得られた後代個体から、後代個体(1a)を選抜することができる。
次に工程(1−5)として、このように工程(1−4)において選抜された後代個体(1a)を自家交配することにより、後代個体を得た後、工程(1−6)として、前記工程(1−5)において得られた後代個体、又は前記工程(1−5)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体を選抜する。
図2(1d)〜(1f)は、工程(1−5)において得られる後代個体のうち、工程(1−6)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(1−5)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4がヘテロ染色体領域である後代個体(1d)、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(1e)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域である後代個体(1f)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(1e)が、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある、本発明の第一の新品種の作製方法により作製される目的の新品種である。後代個体(1d)又は(1f)は、さらに、それぞれ自家交配させ、得られた後代個体から、後代個体(1e)を選抜することができる。
また、標的領域の両端の確定は、本発明の第一の新品種の作製方法のように、導入される外来品種由来染色体断片の上流側末端を確定した後に下流側末端を確定してもよく、本発明の第二の新品種の作製方法のように、下流側末端を確定した後に上流側末端を確定してもよい。
本発明の第二の新品種の作製方法は、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統を用い、元品種の染色体中の1又は複数の標的領域に対して、一標的領域ごとに下記工程(2−1)〜(2−6)を行うことを特徴とする。
(2−1)標的領域の上流側末端又はその上流にDNAマーカーM2を、前記DNAマーカーM2の上流にDNAマーカーM1を、前記標的領域の下流側末端又はその下流にDNAマーカーM4を、前記DNAマーカーM4の下流にDNAマーカーM5を、前記標的領域中にDNAマーカーM3を、それぞれ設定する工程。
(2−2)前記染色体断片置換系統と前記元品種とを交配させ、前記DNAマーカーM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を得る工程。
(2−3)前記工程(2−2)において得られた後代個体を自家交配し、後代個体を得る工程。
(2−4)前記工程(2−3)において得られた後代個体、又は前記工程(2−3)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM3及びM4が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
(2−5)前記工程(2−4)において選抜された後代個体を自家交配することにより、後代個体を得る工程。
(2−6)前記工程(2−5)において得られた後代個体、又は前記工程(2−5)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
工程(2−1)〜(2−3)は、本発明の第一の新品種の作製方法の工程(1−1)〜(1−3)と同様である。
図3(2a)〜(2c)は、工程(2−3)において得られる後代個体のうち、工程(2−4)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(2−3)において得られる後代個体から、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM3がヘテロ染色体領域である後代個体(2a)、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM3が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(2b)、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM3が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(2c)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(2a)が、工程(2−4)において最終的に選抜される後代個体である。後代個体(2b)又は(2c)は、さらに、それぞれ元品種の個体と戻し交配させ、得られた後代個体から、後代個体(2a)を選抜することができる。
図3(2d)〜(2f)は、工程(2−5)において得られる後代個体のうち、工程(2−6)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(2−5)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4がヘテロ染色体領域である後代個体(2d)、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(2e)、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域である後代個体(2f)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(2e)が、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある、本発明の第二の新品種の作製方法により作製された目的の新品種である。後代個体(2d)又は(2f)は、さらに、それぞれ自家交配させ、得られた後代個体から、後代個体(2e)を選抜することができる。
また、標的領域の両端の確定は、本発明の第一又は第二の新品種の作製方法のように、導入される外来品種由来染色体断片の片側末端を確定した後に他方の末端を確定してもよく、本発明の第三の新品種の作製方法のように、まず、両側末端を確定してもよい。
本発明の第三の新品種の作製方法は、元品種の染色体の一部のみが外来品種由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統を用い、元品種の染色体中の1又は複数の標的領域に対して、一標的領域ごとに下記工程(3−1)〜(3−6)を行うことを特徴とする。
(3−1)標的領域の上流側末端又はその上流にDNAマーカーM2を、前記DNAマーカーM2の上流にDNAマーカーM1を、前記標的領域の下流側末端又はその下流にDNAマーカーM4を、前記DNAマーカーM4の下流にDNAマーカーM5を、前記標的領域中にDNAマーカーM3を、それぞれ設定する工程。
(3−2)前記染色体断片置換系統と前記元品種とを交配させ、前記DNAマーカーM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を得る工程。
(3−3)前記工程(3−2)において得られた後代個体を自家交配し、後代個体を得る工程。
(3−4)前記工程(3−3)において得られた後代個体、又は前記工程(3−3)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、DNAマーカーM1とM5のいずれか一方が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、他方が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
(3−5)前記工程(3−4)において選抜された後代個体を、自家交配することにより、後代個体を得る工程。
(3−6)前記工程(3−5)において得られた後代個体、又は前記工程(3−5)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
工程(3−1)〜(3−3)は、本発明の第一の新品種の作製方法の工程(1−1)〜(1−3)と同様である。
工程(3−4)として、工程(3−3)において得られた後代個体、又は前記工程(3−3)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、DNAマーカーM1とM5のいずれか一方が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、他方が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する。すなわち、工程(3−3)において得られた後代個体の中から、目的の後代個体を選抜してもよく、また、工程(3−3)において得られた後代個体から、少なくともいずれか一方のアレルにおいて、DNAマーカーM1とM5の間に、元品種由来アレルの領域と外来品種由来アレルの領域との組み換えのポイントが存在している後代個体を選抜した後に、該後代個体を戻し交配させて得られた後代個体の中から、目的の後代個体を選抜してもよい。
図4(3a)〜(3f)は、工程(3−3)において得られる後代個体のうち、工程(3−4)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(3−3)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域である後代個体(3a)、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3b)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c)、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3d)、DNAマーカーM1が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域である後代個体(3e)、DNAマーカーM1が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(3a)又は(3d)が、工程(3−4)において最終的に選抜される後代個体である。後代個体(3b)、(3c)、(3e)、又は(3f)は、さらに、それぞれ元品種の個体と戻し交配させ、得られた後代個体から、後代個体(3a)又は(3d)を選抜することができる。
次に工程(3−5)として、このように工程(3−4)において選抜された後代個体(3a)又は(3d)を自家交配することにより、後代個体を得た後、工程(3−6)として、前記工程(3−5)において得られた後代個体、又は前記工程(3−5)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体から、前記DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体を選抜する。
図5(3g)〜(3i)は、工程(3−4)において得られる後代個体が(3a)であった場合のうち、工程(3−6)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(3−5)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4がヘテロ染色体領域である後代個体(3g)、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3h)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域である後代個体(3i)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(3h)が、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある、本発明の第三の新品種の作製方法により作製された目的の新品種である。後代個体(3g)又は(3i)は、さらに、それぞれ自家交配させ、得られた後代個体から、後代個体(3h)を選抜することができる。
図5(3j)〜(3l)は、工程(3−4)において得られる後代個体が(3d)であった場合のうち、工程(3−6)において好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。まず、工程(3−5)において得られる後代個体から、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4がヘテロ染色体領域である後代個体(3j)、DNAマーカーM1及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3k)、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2、M3及びM4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域である後代個体(3l)をそれぞれ選抜する。ここで、後代個体(3k)が、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある、本発明の第三の新品種の作製方法により作製された目的の新品種である。後代個体(3j)又は(3l)は、さらに、それぞれ自家交配させ、得られた後代個体から、後代個体(3k)を選抜することができる。
なお、本発明の第三の新品種の作製方法においては、工程(3−4)において、図4に示す(3a)〜(3f)の全ての個体を選抜した場合であっても、工程(3−5)の前に、下記工程(3−7−1)及び(3−7−2)を行うことにより、DNAマーカーM1及びM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2、M3、及びM4が前記外来品種由来アレルのホモ染色体領域である目的の後代個体を得ることができる。
(3−7−1)前記工程(3−4)において選抜された後代個体を、自家交配することにより、後代個体を得る工程。
(3−7−2)前記工程(3−7−1)において得られた後代個体、前記工程(3−7−1)において得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体、又は前記工程(3−7−1)において得られた後代個体を自家交配させて得られた後代個体を戻し交配させて得られた後代個体から、(ii−1)前記DNAマーカーM1が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2及びM3が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体、又は(ii−2)前記DNAマーカーM5が前記元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM3及びM4が前記元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する工程。
工程(3−7−2)において選抜される個体のうち、(ii−1)DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2及びM3が元品種由来アレルと外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体は、本発明の第一の新品種の作製方法の工程(1−4)において最終的に選抜される後代個体(1a)に相当し、(ii−2)DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM3及びM4が元品種由来アレルと外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体は、本発明の第二の新品種の作製方法の工程(2−4)において最終的に選抜される後代個体(2a)に相当する。したがって、工程(3−7−2)において選抜された個体は、本発明の第一の新品種の作製方法の工程(1−5)及び(1−6)、又は本発明の第二の新品種の作製方法の工程(2−5)及び(2−6)と同様に、工程(3−5’)及び(3−6’)を行うことにより、外来品種由来染色体断片Lの上流側末端がDNAマーカーM1とM2の間に、下流側末端がDNAマーカーM4とM5の間にある、本発明の第三の新品種の作製方法により作製された目的の新品種を得ることができる。
図6〜図9は、工程(3−7−1)において得られる後代個体のうち、比較的好ましい後代個体の染色体領域を示した図である。図中白抜き太線が元品種由来アレルを、塗りつぶし太線が外来品種由来アレルを、それぞれ示している。DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M5がヘテロ染色体領域である後代個体(3a−a)、DNAマーカーM1及びM2が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM3〜M5がヘテロ染色体領域である後代個体(3a−b)は、後代個体(3a)の自家交配により得られる後代個体である。DNAマーカーM1及びM2がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM3〜M5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3b−a)、DNAマーカーM1がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3b−b)は、後代個体(3b)の自家交配により得られる後代個体である。DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−a)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−b)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−c)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2及びM3がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−d)、DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−e)、DNAマーカーM1及びM2が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM3がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−f)、DNAマーカーM1及びM2が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM3及びM4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3c−g)は、後代個体(3c)の自家交配により得られる後代個体である。
また、DNAマーカーM1〜M4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3d−a)、DNAマーカーM1〜M3がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3d−b)は、後代個体(3d)の自家交配により得られる後代個体である。DNAマーカーM1〜M4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5がヘテロ染色体領域である後代個体(3e−a)、DNAマーカーM1〜M3が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5がヘテロ染色体領域である後代個体(3e−b)は、後代個体(3e)の自家交配により得られる後代個体である。DNAマーカーM1が元品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が外来品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−a)、DNAマーカーM1〜M4が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−b)、DNAマーカーM1及びM2が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−c)、DNAマーカーM1及びM2が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM3及びM4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−d)、DNAマーカーM1が外来品種由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2〜M4がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−e)、DNAマーカーM1及びM2が外来品種由来アレルのホモ染色体領であり、DNAマーカーM3がヘテロ染色体領域であり、DNAマーカーM4及びM5が元品種由来アレルのホモ染色体領域である後代個体(3f−g)は、後代個体(3f)の自家交配により得られる後代個体である。
工程(3−7−1)において得られるこれらの後代個体のうち、後代個体(3a−a)は図2に示す後代個体(1a)に相当し、後代個体(3d−a)は図3に示す後代個体(2a)に相当する。したがって、これらの後代個体を選抜し、次の工程(3−5’)に進めることができる。
また、後代個体(3b−b)、(3c−a)、(3c−b)、(3c−c)、(3c−d)、及び(3c−e)をそれぞれ自家交配させ、得られた後代個体の中には、染色体領域が後代個体(1a)に相当する個体が含まれ得る。同様に、後代個体(3e−a)、(3f−a)、(3f−b)、(3f−c)、(3f−d)、及び(3f−e)をそれぞれ自家交配させ、得られた後代個体の中には、染色体領域が後代個体(2a)に相当する個体が含まれ得る。そこで、これらの後代個体を選抜し、次の工程(3−5’)に進めることができる。
一方、後代個体(3b−a)を自家交配させ、得られた後代個体の中には、染色体領域が後代個体(3b−b)に相当する個体が含まれ得る。同様に、後代個体(3e−b)を自家交配させ、得られた後代個体の中には、染色体領域が後代個体(3e−a)に相当する個体が含まれ得る。そこで、これらの後代個体を選抜し、さらに自家交配させ、得られた後代個体の中から、染色体領域が後代個体(1a)や(2a)に相当する個体を選抜し、次の工程(3−5’)に進めることができる。
工程(3−4)において選抜される後代個体は、元品種由来アレルの領域と外来品種由来アレルの領域との組み換えのポイントの位置が不明であり、標的領域が外来品種由来の染色体断片により置換されていない後代個体や、標的領域が部分的に外来品種由来の染色体断片により置換されているにすぎない後代個体も選抜されてしまう。そこで、工程(3−4)において選抜された後代個体から、標的領域が外来品種由来の染色体断片により置換されている後代個体を選抜したものを、工程(3−5)に用いてもよい。ここで、標的領域が外来品種由来の染色体断片により置換されている後代個体の選抜は、DNAマーカーM3が元品種由来アレルと前記外来品種由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体を選抜する等のDNAマーカーを用いた選抜であってもよく、外来品種由来染色体断片の置換により導入される標的の形質を有する後代個体を選抜する等の形質検定による選抜であってもよい。工程(3−3)において得られる後代個体数が少ない場合には、形質検定による選抜を行ってもよい。
工程(1−6)、(2−6)又は(3−6)において選抜された後代個体、すなわち、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により作製された新品種は、目的の形質を有しているか否かを確認することが好ましい。例えば、新品種の個体から自殖種子を採取し、該種子を個体別に集団として栽培する。この栽培集団を適宜観察又は分析等することにより、目的の形質を有していること、及び、集団全体が分離していないことを確認することができる。
また、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法において、標的領域は、1であってもよく、複数であってもよい。複数である場合には、標的領域ごとに上記工程を繰り返し行うことにより、全ての標的領域が外来品種由来のホモ染色体断片に置換された後代個体を得ることができる。
本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により、導入される外来品種由来の染色体断片の領域をコントロールし、目的の遺伝子領域以外の他の遺伝子の導入を効率的に抑制することができるため、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的形質を有する新品種を作製することができる。このため、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により作製された品種は、導入された染色体断片による元品種の形質に対する改良効果を、非常に信頼性高く判定することができる。
また、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法において、各標的領域に対して設定したDNAマーカーM1〜M5は、該方法により作製された品種に特有のゲノム情報である。したがって、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により作製された品種は、これらのDNAマーカーを用いて鑑別することができる。
具体的には、本発明の植物品種の鑑別方法は、ある植物個体が、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法を用いて作製された特定の品種であるか否かを鑑別する方法であって、当該植物個体のゲノム解析により、前記DNAマーカーM1〜M5からなる群より選択される1以上のDNAマーカーをタイピングし、得られたタイピング結果が、前記特定の品種の結果と一致する場合に、当該植物個体が前記特定の品種であると鑑別することを特徴とする、植物品種の鑑別方法である。
ここで、品種の鑑別には、一標的領域ごとに5のDNAマーカーM1〜M5があるが、DNAマーカーM1〜M5の全てを用いてもよく、5個のDNAマーカーのうちの幾つかを用いてもよい。例えば、上流側の組み換えポイントであるDNAマーカーM1とM2のみを用いてもよく、下流側の組み換えポイントであるDNAマーカーM4とM5のみを用いてもよく、標的領域を含むDNAマーカーM2とM4のみを用いてもよい。また、標的領域が複数ある場合には、各標的領域のDNAマーカーを適宜組み合わせて用いてもよい。複数のDNAマーカーを適宜組み合わせることにより、より厳密な品種鑑別が可能となる。
本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により作製された品種(以下、本発明の第一の品種ということがある。)の個体は、該個体の作製に用いられた元品種の個体と同様に、交配して後代個体を得ることができる。特に、本発明の第一の品種の個体及び、該品種の個体の後代個体からなる群より選択される2個体を交配して後代個体を得ることが好ましい。本発明においては、該2個体として、互いに少なくとも1の標的領域が異なる2個体であることが好ましく、また、交配して得られる後代個体が、元品種の染色体中の複数の標的領域が、外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体であることが好ましい。
次に、本発明の第四の新品種の作製方法について説明する。本発明の第四の新品種の作製方法は、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法により作製された本発明の第一の品種の個体のうち、少なくとも一の標的領域が互いに異なる2個体を親個体として交配させることにより、それぞれの親個体が有している、外来品種由来染色体断片により置換された領域を、全て集積させたゲノムを有する新品種を作製する方法である。
すなわち、本発明の第四の新品種の作製方法は、(4−1)本発明の第一の品種の個体を種子親とし、前記種子親とは少なくとも1の標的領域が異なる、本発明の第一の品種の個体を花粉親とし、前記種子親と前記花粉親とを交配し、後代個体を得る工程と、(4−2)前記工程(4−1)において得られた後代個体を自家交配することにより、後代個体を得る工程と、(4−3)前記工程(4−2)において得られた後代個体から、元品種の染色体中、種子親が有する標的領域と花粉親が有する標的領域のいずれもが、外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている後代個体を選抜する工程と、を有することを特徴とする。
また、本発明の第四の新品種の作製方法は、前記工程(4−3)の後、さらに、(4−4)本発明の第一の品種の個体、前記工程(4−3)において選抜された個体、及びこれらの後代個体からなる群より、互いに少なくとも1の標的領域が異なる2個体を種子親及び花粉親として選択し、交配させて後代個体を得る工程と、(4−5)前記工程(4−4)において得られた後代個体を自家交配することにより、後代個体を得る工程と、(4−6)前記工程(4−5)において得られた後代個体から、元品種の染色体中、種子親が有する標的領域と花粉親が有する標的領域のいずれもが、外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている後代個体を選抜する工程と、(4−7)前記工程(4−4)〜(4−6)を1回以上繰り返す工程と、を有していてもよい。
なお、各後代個体において、各標的領域が外来品種由来のホモ接合体断片であるか否かは、本発明の第一の新品種の作製方法において用いられたDNAマーカーM1〜M5を用いて識別することができる。
戻し交配とMAS法による従来の品種改良方法では、前述したように、導入される染色体断片の長さをコントロールすることができないため、目的の遺伝子の他に多くの機能不明な遺伝子も一緒に導入される。導入される染色体断片の数が多くなればなるほど、導入される機能不明な遺伝子数も増えるため、交配により複数の形質を改良しようとすると、改良する目的の形質以外の形質が劣化する等の問題が生じてしまう。また、このように、多くの不明な遺伝子が導入されている可能性が高いため、目的の形質が、意図して導入した染色体断片(標的領域の染色体断片)により形質が改良されたとは限らず、標的領域の染色体断片を有する後代個体であっても、目的の形質が改良されていない個体も多く得られてしまう。さらに、選抜に使用するDNAマーカーは、元品種において標的領域の染色体断片と連鎖しているに過ぎず、複数回の交配により、染色体がランダムに配置される結果、標的領域の染色体断片と連鎖しなくなり、該DNAマーカーを用いては、標的領域の染色体断片を有する後代個体を選抜できなくなる場合も多い。
例えば、従来の交配法により元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Aのホモ染色体断片を導入した個体P1(A)と、従来の交配法により元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Bのホモ染色体断片を導入した個体P1(B)とを交配させて、得られた後代個体を自家交配することにより、元品種の染色体に外来品種由来の標的領域AとBの両方が外来品種由来のホモ接合体である個体P2(AB)を得る場合に、標的領域AとBが互いに独立であり、メンデルの法則に従う場合には、理論上は1/16の確率で後代個体から個体P2(AB)を選抜することができる。しかしながら、選抜された個体P2(AB)は、必ずしも目的の2形質が改良されているとは限らず、また、目的の形質が改良されていたとしても、その他の形質が劣化している場合が多い。この問題は、導入する標的領域の数が多くなるほど深刻であり、実際には、3つ以上の形質を改良することは非常に困難であった。
これに対して、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法を用いて作製された品種の個体及びこれらの後代個体は、標的領域以外の染色体領域の導入を可能な限り抑制することができるため、元品種と異なる形質は、導入された外来品種由来の標的領域の染色体断片の効果である可能性は非常に高い。したがって、本発明の第四の新品種の作製方法のように、例えば、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法を用いて元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Aのホモ染色体断片を導入した個体P1(A)と、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法を用いて元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Bのホモ染色体断片を導入した個体P1(B)とを交配させて、元品種の染色体に外来品種由来の標的領域AとBの両方が外来品種由来のホモ接合体である個体P2(AB)を得た場合には、該個体P2(AB)では、その他の元品種が有する好ましい形質を変更することなく、個体P1(A)が改良されていた形質Aと個体P1(B)が改良されていた形質Bの両方の形質が改良されていることが十分に期待し得る。このように、本発明の第四の新品種の作製方法を用いることにより、改良される形質を交配により順次蓄積することができ、3つ以上の形質を簡便にかつ高い精度で改良することができる。
また、選抜に用いるDNAマーカーM1〜M5は、標的領域中又は近接するDNAマーカーであるため、本発明の第四の新品種の作製方法を用いた場合のように、複数回交配を繰り返したとしても、該DNAマーカーM1〜M5を用いて十分に標的領域の染色体断片を有する後代個体を選抜することができる。
例えば、本発明の第一の品種の個体であって、元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Aのホモ染色体断片を導入した個体P1(A)を種子親とし、本発明の第一の品種の個体であって、元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Bのホモ染色体断片を導入した個体P1(B)を花粉親とし、P1(A)とP1(B)とを交配して、得られた後代個体を自家交配することにより後代個体を得た後、得られた後代個体から、元品種の染色体中、標的領域AとBのいずれもが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P2(AB)を選抜することにより、新品種を作製することができる。ここで、標的領域AとBが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、1/16の確率で後代個体から個体P2(AB)を選抜することができる。
また、このようにして得られた後代個体P2(AB)と、元品種の染色体に外来品種由来の標的領域Cのホモ染色体断片を導入した個体P1(C)を交配させて後代個体を得た後、得られた後代個体を自家交配することにより得られた後代個体から、元品種の染色体中、標的領域A、B、Cのいずれもが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P3(ABC)を選抜することにより、新品種を作製することができる。ここで、標的領域A、B、Cが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、1/64の確率で後代個体から個体P3(ABC)を選抜することができる。
標的領域A、B、Cのいずれもが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P3(ABC)は、例えば、以下の方法によっても作製することができる。まず、P1(B)とP1(C)を交配させて後代個体を得た後、得られた後代個体を自家交配することにより得られた後代個体から、元品種の染色体中、標的領域B及びCが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P2(BC)を選抜する。ここで、標的領域BとCが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、1/16の確率で後代個体から個体P2(BC)を選抜することができる。その後、P2(AB)とP2(BC)を交配させて後代個体を得た後、得られた後代個体からP3(ABC)を選抜することによって、P3(ABC)を作製することができる。P2(AB)とP2(BC)はいずれも標的領域Bは外来品種由来のホモ接合体であるため、標的領域A、B、Cが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、1/16の確率で後代個体から個体P3(ABC)を選抜することができる。
図10は、元品種の染色体中の、3の標的領域(標的領域A、B、C)を外来品種由来の染色体断片に置換した品種の作製方法を示した模式図である。図中、四角は各個体を示し、四角中のアルファベットは、各標的領域が外来品種由来のホモ染色体断片に置換されていることを示している。四角が積み重なったピラミッドでは、1の四角は2の四角の上段に積み重ねられているが、下段の2の四角が親個体であり、上段の1四角が交配により得られた後代個体を意味する。また、四角が積み重なったピラミッドの左側の数値は、各標的領域が互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合の、各後代個体が得られる確率を示している。図10(a)が、上述したP2(AB)とP1(C)を交配させてP3(ABC)を作製する方法を示したものであり、図10(b)が、上述したP2(AB)とP2(BC)を交配させてP3(ABC)を作製する方法を示したものである。このように、本発明の第一〜第三の新品種の作製方法を用いて作製された品種及びこれらの後代個体のうち、互いに少なくとも1の標的領域が異なる個体同士を、順次交配していくことにより、外来品種由来の染色体断片で置換された標的領域を蓄積し、元品種の染色体中の、4つ以上の標的領域が外来品種由来の染色体断片で置換された品種も作製することができる。
ここで、元品種の染色体中の、4の標的領域(標的領域A、B、C、D)を外来品種由来の染色体断片に置換した品種P4(ABCD)を作成する場合に、例えば、標的領域A及びBが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P2(AB)と、標的領域C及びDが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P2(CD)とを交配させた場合には、標的領域A、B、C、Dが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、得られた後代個体を自家交配することにより、1/256の確率で後代個体から個体P4(ABCD)を選抜することができる。同様に、5の標的領域(標的領域A、B、C、D、E)を外来品種由来の染色体断片に置換した品種P5(ABCDE)を作成する場合に、例えば、標的領域A、B、Cが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P3(ABC)と、標的領域D及びEが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P2(DE)とを交配させた場合には、標的領域A、B、C、D、Eが互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、1/1024の確率で後代個体から個体P5(ABCDE)を選抜することができる。
しかしながら、通常目的の後代個体を得る場合には、選抜集団のサイズを、目的の後代個体が存在する確率の数〜10倍程度に設定する。選抜集団のサイズが不十分であると、目的の後代個体が得られないおそれが高いためである。一方で、通常は一個体から採取し得る種子数は限られている。例えば、イネでは、一個体から1000粒程度しか種子を確保することができず、植物体が弱く、数十粒しか種子が得られない場合もある。さらに、選抜集団のサイズが大きくなるほど、必要な時間や労力、コストが過大となる。このため、目的の後代個体が存在する確率が1/1024以上となる作製方法は、現実には非常に実施困難であると考えられる。
本発明の第四の新品種の作製方法においては、選抜された後代個体を順次交配することにより、外来品種由来の染色体断片に置換された標的領域を蓄積させていくことができるため、一度の選抜集団における目的の後代個体が存在する確率を1/256〜1/16となるようにして、新品種を作製することが可能である。
例えば、標的領域A、B、C、Dが、互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、まず、上述したP2(AB)の作製方法と同様にしてP2(AB)とP2(CD)を作製した後、P2(AB)とP2(BC)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP4(ABCD)を選抜することによって、P4(ABCD)を作製することができる。この場合、理論上、選抜集団から1/256の確率でP4(ABCD)を選抜することができる。
また、P2(AB)と、上述したP3(ABC)の作製方法と同様にして作製したP3(BCD)とを交配させて後代個体を得た後、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP4(ABCD)を選抜してもよい。P2(AB)とP3(BCD)はいずれも標的領域Bは外来品種由来のホモ接合体であるため、理論上、選抜集団から1/64の確率でP4(ABCD)を選抜することができる。
さらに、P3(BCD)と同様にして作製したP3(ABC)とP3(BCD)とを交配させて後代個体を得た後、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP4(ABCD)を選抜してもよい。P3(ABC)とP3(BCD)はいずれも標的領域B及びCは外来品種由来のホモ接合体であるため、理論上、選抜集団から1/16の確率でP4(ABCD)を選抜することができる。
図11は、品種P4(ABCD)の作製方法を示した模式図である。図11(a)が、上述したP2(AB)とP2(CD)を交配させてP4(ABCD)を作製する方法を示したものであり、図11(b)が、上述したP2(AB)とP3(BCD)を交配させてP4(ABCD)を作製する方法を示したものであり、図11(c)が、上述したP3(ABC)とP3(BCD)を交配させてP4(ABCD)を作製する方法を示したものである。
また、例えば、標的領域A、B、C、D、Eが、互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、P2(AB)とP3(CDE)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP5(ABCDE)を選抜することによって、P5(ABCDE)を作製することができる。この場合、理論上、選抜集団からP5(ABCDE)を選抜することができる確率は1/1024である。
これに対して、上述したP3(ABC)の作製方法と同様にしてP3(ABC)とP3(CDE)をそれぞれ作製した後、P3(ABC)とP3(CDE)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP5(ABCDE)を選抜することによって、P5(ABCDE)を作製することができる。P3(ABC)とP3(CDE)はいずれも標的領域Cは外来品種由来のホモ接合体であるため、この場合、理論上、選抜集団から1/256の確率でP5(ABCDE)を選抜することができる。
また、上述したP3(ABC)の作製方法と同様にしてP3(ABC)を、上述したP4(ABCD)の作製方法と同様にしてP4(BCDE)を、それぞれ作製した後、P3(ABC)とP4(BCDE)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP5(ABCDE)を選抜してもよい。P3(ABC)とP4(BCDE)はいずれも標的領域B及びCは外来品種由来のホモ接合体であるため、理論上、選抜集団から1/64の確率でP5(ABCDE)を選抜することができる。
その他、上述したP4(ABCD)の作製方法と同様にしてP4(ABCD)とP4(BCDE)をそれぞれ作製した後、P4(ABCD)とP4(BCDE)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP5(ABCDE)を選抜してもよい。P4(ABCD)とP4(BCDE)はいずれも標的領域B、C、Dは外来品種由来のホモ接合体であるため、この場合、理論上、選抜集団から1/16の確率でP5(ABCDE)を選抜することができる。
図12は、品種P5(ABCDE)の作製方法を示した模式図である。図12(a)が、上述したP2(AB)とP3(CDE)を交配させてP5(ABCDE)を作製する方法を示したものであり、図12(b)が、上述したP3(ABC)とP3(CDE)を交配させてP5(ABCDE)を作製する方法を示したものであり、図12(c)が、上述したP3(ABC)とP4(BCDE)を交配させてP5(ABCDE)を作製する方法であり、図12(d)が、上述したP4(ABCD)とP4(BCDE)を交配させてP5(ABCDE)を作製する方法を示したものである。
また、例えば、標的領域A、B、C、D、E、Fが、互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合には、P3(ABC)とP3(DEF)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP6(ABCDEF)を選抜することによって、P6(ABCDEF)を作製することができる。この場合、理論上、選抜集団からP6(ABCDEF)を選抜することができる確率は1/4096である。
また、P3(ABC)とP4(CDEF)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP6(ABCDEF)を選抜することによっても、P6(ABCDEF)を作製することができる。この場合、理論上、選抜集団からP6(ABCDEF)を選抜することができる確率は1/1024である。
これに対して、上述したP4(ABCD)の作製方法と同様にしてP4(ABCD)とP4(CDEF)をそれぞれ作製した後、P4(ABCD)とP4(CDEF)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配して後代個体を得ることにより、理論上、選抜集団から1/256の確率でP6(ABCDEF)を選抜することができる。P4(ABCD)とP4(CDEF)はいずれも標的領域C及びDが外来品種由来のホモ接合体であるためである。
また、上述したP4(ABCD)の作製方法と同様にしてP4(ABCD)を、上述したP5(ABCDE)の作製方法と同様にしてP5(BCDEF)を、それぞれ作製した後、P4(ABCD)とP5(BCDEF)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP6(ABCDEF)を選抜することによっても、P6(ABCDEF)を作製することができる。P4(ABCD)とP5(BCDEF)はいずれも標的領域B、C、Dは外来品種由来のホモ接合体であるため、この場合、理論上、選抜集団から1/64の確率でP5(ABCDE)を選抜することができる。
また、上述したP5(ABCDE)の作製方法と同様にしてP5(ABCDE)とP5(BCDEF)をそれぞれ作製した後、P5(ABCDE)とP5(BCDEF)を交配させて後代個体を得、さらに自家交配することにより得られた後代個体からP6(ABCDEF)を選抜することによっても、P6(ABCDEF)を作製することができる。P5(ABCDE)とP5(BCDEF)はいずれも標的領域B、C、D、Eは外来品種由来のホモ接合体であるため、この場合、理論上、選抜集団から1/16の確率でP6(ABCDEF)を選抜することができる。
図13は、品種P6(ABCDEF)の作製方法を示した模式図である。図13(a)が、上述したP3(ABC)とP3(DEF)を交配させてP6(ABCDEF)を作製する方法を示したものであり、図13(b)が、上述したP3(ABC)とP4(CDEF)を交配させてP6(ABCDEF)を作製する方法を示したものであり、図13(c)が、上述したP4(ABCD)とP4(CDEF)を交配させてP6(ABCDEF)を作製する方法であり、図13(d)が、上述したP4(ABCD)とP5(BCDEF)を交配させてP6(ABCDEF)を作製する方法を示したものであり、図13(e)が、上述したP5(ABCDE)とP5(BCDEF)を交配させてP6(ABCDEF)を作製する方法を示したものである。
上述したように、イネ等の一度の交配により得られる後代個体の数が比較的少量である植物の場合には、一度の選抜集団における目的の後代個体が存在する確率を1/64〜1/16となるようにして、新品種を作製することが好ましい。つまり、染色体中に異なる標的領域の和が3以下であるような組み合わせの個体同士を、順次交配させることにより、元品種の染色体中の、複数の標的領域を外来品種由来の染色体断片に置換した品種を安定的に作製することができる。
図14は、一度の選抜集団における目的の後代個体が存在する確率を1/64〜1/16として、品種P6(ABCDEF)を作製する方法を示した模式図である。図14(a)が、全ての選抜集団における確率を1/16とした場合の作製方法を示した図であり、図14(b)及び(c)が、全ての選抜集団における確率を1/16又は1/64とした場合の作製方法を示した図である。なお、標的領域数を7以上とした場合であっても、一度の選抜集団における目的の後代個体が存在する確率を1/64〜1/16として、同様に作製し得る。
各標的領域が互いに連鎖することなく独立であり、メンデルの法則に従う場合に、一度の選抜集団における目的の後代個体が存在する確率をどのように規定するかは、一度の交配により得られる後代個体の数や、最終的に目的の品種の個体を得られるまで時間等を考慮して、適宜決定することができる。交配により得られる後代個体の数が十分である場合には、目的の後代個体が存在する確率を1/64等のように高めに設定することができる。この場合、一度の選抜集団の規模が比較的大きくなり、一度の選抜に必要な時間や労力、コストは大きくなるが、比較的少ない選抜回数で目的数の標的領域を外来品種由来の染色体断片に置換した品種を得ることができる。一方、一度の交配により得られる後代個体の数が少ない場合には、一度の選抜集団の規模は小さくせざるを得ず、一度の選抜に必要な時間やコスト等は抑えられるが、選抜回数が多くなり、最終的に目的の品種の個体を得られるまでの時間が長くなる。例えば、図11に示すように、P4(ABCD)を作製する場合に、図11(a)の方法では、まず、P1(A)とP1(B)を交配しP2(AB)を選抜する回と、P1(C)とP1(D)を交配しP2(CD)を選抜する回と、P2(AB)とP2(CD)を交配しP4(ABCD)を選抜する回の3回の選抜により作製することができる。一方、図11(c)の方法では、例えば、P1(A)とP1(B)を交配しP2(AB)を選抜する回と、P1(C)とP1(D)を交配しP2(CD)を選抜する回と、P2(AB)とP1(C)を交配しP3(ABC)を選抜する回と、P1(B)とP2(CD)を交配しP3(BCD)を選抜する回と、P3(ABC)とP3(BCD)を交配しP4(ABCD)を選抜する回の、少なくとも5回の選抜により作製される。図11(a)の方法は、交配させる親個体が有する外来品種由来の染色体断片に置換された標的領域が、それぞれ異なるため、図11(c)の方法よりも、一度の選抜集団を大きくする必要があるが、より少ない選抜回数でP4(ABCD)を作製することができる。
本発明においては、上述するように、染色体の一部が外来品種由来の染色体断片に置換されている染色体断片置換系統の後代品種であって、1又は複数の標的領域が外来品種由来の染色体断片により置換されており、前記染色体断片の長さが、前記標的領域の上流に設定されたDNAマーカーと、前記標的領域の下流に設定されたDNAマーカーとにより制御されていることを特徴とする新品種を作製することができる。本発明においては、標的領域を適宜設定することにより、後述する実施例に記載の新品種、特にイネ品種コシヒカリかずさ4号(Oryza sativa L.cultivar Koshihikari−kazusa4 gou)等の有用な新品種を得ることができる。
その他、本発明の第一〜第四の新品種の作製方法を用いて作製された品種であって、元品種の染色体中の2以上の標的領域を外来品種由来の染色体断片に置換した品種の個体及びこれらの後代個体と、元品種の個体とを交配し、得られた後代個体を自家交配することにより、親個体が有する外来品種由来の染色体断片に置換された複数の領域のうち、少なくとも1の領域が、元品種由来の染色体断片に置換された新品種を作製することができる。例えば、本発明の第一〜第四の新品種の作製方法を用いて、元品種の染色体中、標的領域A、B、Cのいずれもが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されている個体P3(ABC)を作製した場合に、このP3(ABC)と元品種の個体とを交配し、得られた後代個体を自家交配することにより、標的領域A及びBのみが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されており、標的領域Cは元品種由来の染色体断片に置換されている個体P2(AB)や、標的領域Bのみが外来品種由来のホモ染色体断片に置換されており、標的領域A及びCは元品種由来の染色体断片に置換されている個体P2(B)等の新品種の個体を得ることもできる。
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
本発明を用いて、イネ品種コシヒカリの耐倒伏性を改良した新品種を作製した。
まず、背の低いイネ品種ハバタキとイネ品種コシヒカリとを交配して、分離集団でQTL(Quantitative Trait Locus) 解析を行った結果、第1染色体のSd1領域に大きなQTLが存在することがわかった。コシヒカリのその領域をハバタキ由来の遺伝子領域にすれば、コシヒカリの背(稈長)が低くなり、耐倒伏性が強くなると予想した。そこで、コシヒカリで戻し交配をして、コシヒカリのSd1領域をハバタキ由来の遺伝子断片に置換した染色体断片置換系統を作製した。
次に、本発明の植物ゲノム設計方法に従い、得られた染色体断片置換系統のハバタキ由来の染色体断片領域の長さを調節し、ゲノムを設計した。具体的には、Sd1領域にあるDNAマーカーSP−4009をDNAマーカーM1(Sd1)、DNAマーカーG2003をDNAマーカーM2(Sd1)、DNAマーカーG2002をDNAマーカーM3(Sd1)、DNAマーカーSP−462をDNAマーカーM4(Sd1)、DNAマーカーSP−1259をDNAマーカーM5(Sd1)とした。これらのDNAマーカーを図15及び表1に示した。DNAマーカーM1(Sd1)とM2(Sd1)の距離d1は約1.6kbp、DNAマーカーM2(Sd1)とM4(Sd1)の距離d2は約90kbp、DNAマーカーM4(Sd1)とM5(Sd1)の距離d3は約750kbpである。これにより、コシヒカリの染色体中、ハバタキ由来染色体断片L1の長さは、90kbp<L1<842kbpとなる。
次に、得られた染色体断片置換系統とコシヒカリとを交配させ、DNAマーカーM3(Sd1)が、コシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体(種子)を10個収穫した。得られた種子を全て栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。
収穫された種子をさらに栽培した。圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1(Sd1)がコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2(Sd1)及びM3(Sd1)がコシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である栽培個体を選抜した。
この選抜された栽培個体を自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。この収穫された種子をさらに栽培し、圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1(Sd1)及びM5(Sd1)がコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2(Sd1)、M3(Sd1)、及びM4(Sd1)がハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体1個を選抜した。この選抜された栽培個体が、コシヒカリのSd1領域のDNAマーカーM1(Sd1)とDNAマーカーM5(Sd1)の間の領域を、ハバタキ由来染色体断片に置換した新品種であり、本発明者はこの新品種を「コシヒカリえいち4号」と命名した。図16はコシヒカリえいち4号のゲノムを模式的に表した図である。
コシヒカリえいち4号とコシヒカリの形質を比較検討した(愛知県にて2005〜2006年に実施)。形質の検討は、種苗法(平成10年法律第83号)第5条第1項に基づく品種登録出願のための特性審査に準拠して行った。検討結果を表2〜4に示す。対照品種であるコシヒカリと日本晴の稈長は、それぞれ99.0cm、86.8cmであったのに対して、コシヒカリえいち4号の稈長は83.3cmと短くなっていた。一方、コシヒカリえいち4号は、稈長が低くなる以外は、基本的にコシヒカリと同じであり、コシヒカリの穂発芽性難の優良形質も有していた。さらに、図17に示すように、稈長が低くなったことで、耐倒伏性も高められていた。
したがって、これらの結果から、本発明の植物ゲノム設計方法を用いてゲノムを設計し、本発明の新品種の作製方法を用いて作製することにより、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的の形質を有する新品種を作製し得ることが明らかである。
[実施例2]
本発明を用いて、イネ品種コシヒカリの着粒密度を高めた新品種を作製した。
まず、イネ品種ハバタキとイネ品種コシヒカリとを交配して、分離集団でQTL解析を行った結果、第1染色体の約5Mbの領域に、コシヒカリより着粒密度が高いQTLが存在することがわかった。すなわち、その領域に存在するGn1遺伝子が、着粒密度を制御する原因遺伝子であることがわかった。そこで、コシヒカリのGn1遺伝子をハバタキ由来の遺伝子領域にすれば、コシヒカリの着粒密度が高くなると予想した。そこで、コシヒカリで戻し交配をして、コシヒカリのGn1遺伝子を含む領域をハバタキ由来の遺伝子断片に置換した染色体断片置換系統を作製した。
次に、本発明の植物ゲノム設計方法に従い、得られた染色体断片置換系統のハバタキ由来の染色体断片領域の長さを調節し、ゲノムを設計した。具体的には、Gn1遺伝子領域にあるDNAマーカーSP−2032をDNAマーカーM1(Gn1)、DNAマーカーSP−170をDNAマーカーM2(Gn1)、DNAマーカーSP−4028をDNAマーカーM3(Gn1)、DNAマーカーSP−4038をDNAマーカーM4(Gn1)、DNAマーカーSP−4030をDNAマーカーM5(Gn1)とした。これらのDNAマーカーを図18及び表5に示した。DNAマーカーM1(Gn1)とM2(Gn1)の距離d1は約201kbp、DNAマーカーM2(Gn1)とM4(Gn1)の距離d2は約37kbp、DNAマーカーM4(Gn1)とM5(Gn1)の距離d3は約7kbpである。これにより、コシヒカリの染色体中、ハバタキ由来染色体断片L2の長さは、37kbp<L2<246kbpとなる。
次に、得られた染色体断片置換系統とコシヒカリとを交配させ、実施例1と同様して、交配と選抜を繰り返し、コシヒカリのGn1遺伝子領域のDNAマーカーM1(Gn1)とDNAマーカーM5(Gn1)の間の領域を、ハバタキ由来染色体断片に置換した新品種である個体を選抜した。本発明者はこの新品種を「コシヒカリえいち2号」と命名した。図19はコシヒカリえいち2号のゲノムを模式的に表した図である。
コシヒカリえいち2号とコシヒカリの形質を実施例1と同様にして比較検討した(愛知県にて2005〜2006年に実施)。検討結果を表6〜8に示す。表中、「(2005)」は2005年に測定した値を、「(2006)」は2006年に測定した値を、それぞれ示している。対照品種であるコシヒカリの着粒密度は、2005年には7.01粒/cmであり、2006年には8.89粒/cmであった。同じく対照品種である日本晴の2006年の着粒密度は5.99粒/cmであった。これに対して、コシヒカリえいち2号の着粒密度は、2005年には10.7粒/cmであり、2006年には10.0粒/cmであり、コシヒカリや日本晴よりも非常に高く、良好であった。一方、コシヒカリえいち2号は、着粒密度が高い以外は、コシヒカリとの有為差が検出されなかった。なお、対照品種をコシヒカリとどんとこいとし、2005年に新潟県において実施した場合にも、表6〜8とほぼ同等の結果が得られていた。
したがって、これらの結果からも、本発明の植物ゲノム設計方法を用いてゲノムを設計し、本発明の新品種の作製方法を用いて作製することにより、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的の形質を有する新品種を作製し得ることが明らかである。
[実施例3]
コシヒカリを北海道において栽培すると、種まきから出穂までの期間は約144日と長い。つまり、5月中旬から種を播くと、9月中旬以降にならないと出穂しない。しかしながら、9月中旬以降になると北海道では気温が低くなり、コシヒカリは正常に登熟できない。このため、北海道等の北の地方でコシヒカリを栽培するためには、早生化する必要がある。そこで、本発明を用いて、早生化したイネ品種コシヒカリの新品種を作製した。
まず、イネ品種ハバタキとイネ品種コシヒカリとを交配して、分離集団でQTL解析を行った結果、熱帯地域でコシヒカリを早生化するQTLを明らかにした。すなわち、その領域に存在するHd1遺伝子が、早生化を制御する原因遺伝子である可能性が高いと考えられた。そこで、コシヒカリで戻し交配をして、コシヒカリのHd1遺伝子を含む領域をハバタキ由来の遺伝子断片に置換した染色体断片置換系統を作製した。
次に、本発明の植物ゲノム設計方法に従い、得られた染色体断片置換系統のハバタキ由来の染色体断片領域の長さを調節し、ゲノムを設計した。具体的には、Hd1遺伝子領域にあるDNAマーカーSP−2513をDNAマーカーM1(Hd1)、DNAマーカーSP−586をDNAマーカーM2(Hd1)、DNAマーカーSP−2254をDNAマーカーM3(Hd1)、DNAマーカーSP−1603をDNAマーカーM4(Hd1)、DNAマーカーSP−604をDNAマーカーM5(Hd1)とした。これらのDNAマーカーを図20及び表9に示した。DNAマーカーM1(Hd1)とM2(Hd1)の距離d1は約344kbp、DNAマーカーM2(Hd1)とM4(Hd1)の距離d2は約1508kbp、DNAマーカーM4(Hd1)とM5(Hd1)の距離d3は約1279kbpである。これにより、コシヒカリの染色体中、ハバタキ由来染色体断片L2の長さは、1507kbp<L2<3131kbpとなる。
次に、得られた染色体断片置換系統とコシヒカリとを交配させ、DNAマーカーM3が、コシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である後代個体(種子)を3個収穫した。得られた種子を全て栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。
収穫された種子をさらに栽培した。圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1(Hd1)がコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、DNAマーカーM2(Hd1)及びM3(Hd1)がコシヒカリ由来アレルとハバタキ由来アレルとのヘテロ染色体領域である栽培個体を選抜した。
この選抜された栽培個体を自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を収穫した。この収穫された種子をさらに栽培し、圃場に移植できる程度に成育させた後、各栽培個体の葉からDNAを回収し、DNAマーカーM1(Hd1)及びM5(Hd1)がコシヒカリ由来アレルのホモ染色体領域であり、前記DNAマーカーM2(Hd1)、M3(Hd1)、及びM4(Hd1)がハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体1個を選抜した。この選抜された栽培個体が、コシヒカリのHd1領域のDNAマーカーM1(Hd1)とDNAマーカーM5(Hd1)の間の領域を、ハバタキ由来染色体断片に置換した新品種であり、本発明者はこの新品種を「コシヒカリえいち3号」と命名した。図21はコシヒカリえいち3号のゲノムを模式的に表した図である。
コシヒカリえいち3号とコシヒカリの形質を実施例1と同様にして比較検討した(愛知県にて2005〜2006年に実施)。検討結果を表10〜12に示す。表中、「(2005)」は2005年に測定した値を、「(2006)」は2006年に測定した値を、それぞれ示している。対照品種であるコシヒカリと日本晴の出穂期は、それぞれ8月7日、8月17日であったのに対して、コシヒカリえいち3号の出穂期は7月27日であり、10日以上早くなっていた。また、成熟期は、コシヒカリと日本晴がそれぞれ9月18日、9月28日であったのに対して、コシヒカリえいち3号は9月7日であり、出穂期が早まったのにしたがって成熟期も早くなっていることが分かった。その他、出穂期が早くなったことで、稈長も低くなっていた。一方、それ以外の形質については、コシヒカリえいち3号は、基本的にコシヒカリと同じであり、コシヒカリが有する穂発芽性難の優良形質も有していた。
実際に、コシヒカリえいち3号を北海道で栽培した結果、コシヒカリより24日早生であった。また、コシヒカリとは異なり、ほぼ正常に登熟した。これらの結果からも、本発明の植物ゲノム設計方法を用いてゲノムを設計し、本発明の新品種の作製方法を用いて作製することにより、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、標的の形質を有する新品種を作製し得ることが明らかである。
その後、ハバタキのHd1遺伝子を含む領域はコシヒカリに対して、面白い調節機能を持つ事がわかった。つまり、名古屋より北の地域では、コシヒカリを早生化する機能を持っているが、沖縄より南の地域では、コシヒカリを晩生化する機能を持っていた。例えば、コシヒカリえいち3号を名古屋で栽培すると、約10日間コシヒカリより早生化した。一方で、コシヒカリえいち3号を熱帯気候であるベトナムホーチミンの南ローンセンで栽培した結果、コシヒカリより11日遅生化した。つまり、コシヒカリえいち3号は北の地域でも南の地域でも良好に栽培し得ることが明らかになった。
コシヒカリは、味が良く、優れた品種であるが、北の地方では種まきから出穂までの期間が長過ぎて、安全に出穂・登熟できず、逆に南の地方では出穂期が短すぎて収量が取れないため、栽培地域が限られる。例えば、コシヒカリを熱帯地方において栽培すると、わずか35日程度で出穂してしまい、とても収量が得られない場合が多い。これに対して、本発明の新品種の作製方法を用いて作製されたコシヒカリえいち3号は、味等のコシヒカリの優良形質を保持しつつ、栽培可能地域が非常に広いという優れた生育特性を有している。
[実施例4]
実施例3で作製したコシヒカリえいち3号の収量性及び耐倒伏性を改善するために、本発明の第四の方法を用いて、コシヒカリえいち2号、コシヒカリえいち3号、及びコシヒカリえいち4号の、それぞれが有するハバタキ由来染色体領域の全てがハバタキ由来染色体断片で置換されている新品種コシヒカリかずさ4号を作製した。
具体的には、コシヒカリえいち3号とコシヒカリえいち2号を交配し、得られた後代個体(種子)のうち2個を栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を100個得た。この100個の種子を全て栽培し、各後代個体のDNAマーカーを調べ、DNAマーカーM3(Hd1)とDNAマーカーM3(Gn1)の両方がハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体を1個体選抜した。この固体をP2(HG)とした。なお、各後代個体のDNAマーカーは、各個体を育苗し、苗からサンプリングした葉からDNAを抽出し、このDNAを用いて解析を行った。
一方、コシヒカリえいち4号とコシヒカリえいち2号を交配し、得られた後代個体(種子)のうち5個を栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を150個得た。この150個の種子を全て栽培し、各後代個体のDNAマーカーを調べ、DNAマーカーM3(Sd1)とDNAマーカーM3(Gn1)の両方がハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体を1個体選抜した。この固体をP2(SG)とした。
次に、P2(HG)とP2(SG)を交配し、得られた後代個体(種子)のうち2個を栽培し、自殖(自家交配)させ、さらに後代個体である種子を100個得た。この100個の種子を全て栽培し、各後代個体のDNAマーカーを調べ、DNAマーカーM3(Hd1)とDNAマーカーM3(Sd1)の両方がハバタキ由来アレルのホモ染色体領域である栽培個体を1個体選抜した。本発明者はこの新品種を「コシヒカリかずさ4号」と命名した。図22はコシヒカリかずさ4号のゲノムを模式的に表した図である。コシヒカリかずさ4号の染色体は、Hd1遺伝子領域、Sd1領域、及びGn1遺伝子領域のいずれもハバタキ由来のホモ染色体断片に置換されている。
コシヒカリかずさ4号とコシヒカリの形質を実施例1と同様にして比較検討した。検討結果を表13〜16に示す。コシヒカリかずさ4号は、コシヒカリえいち4号と同様に、対照品種であるコシヒカリと日本晴と比べて稈長が短く、耐倒伏性が高くなっていた。また、コシヒカリえいち3号と同様に、コシヒカリや日本晴と比べて出穂期が9日間以上早く、成熟期も早かった。さらに、コシヒカリえいち2号と同様に、コシヒカリや日本晴と比べて着粒密度が高くなっており、主茎粒数も多くなっていた。つまり、穂の長さに対して着粒密度が高くなっていた。また、元品種であるコシヒカリよりも籾(成熟)1000粒当たりの重量が高くなっていた。特に、コシヒカリかずさ4号は、穂収穫係数が、コシヒカリや日本晴よりも非常に高く、収穫性が極めて良好であることが分かった。一方、それ以外の形質については、コシヒカリかずさ4号は、基本的にコシヒカリと同じであった。
すなわち、コシヒカリかずさ4号と、コシヒカリや日本晴との形質比較により、コシヒカリかずさ4号が、元品種であるコシヒカリのその他の形質に影響を及ぼすことなく、Sd1遺伝子、Hd1遺伝子、Gn1遺伝子をハバタキ由来遺伝子に置換する、というゲノム設計時に期待された形質を有していることが確認された。
したがって、これらの結果から、本発明の新品種の作製方法を用いて作製した新品種同士を交配することにより、種子親と花粉親がそれぞれ有する外来品種由来のホモ染色体断片を全て蓄積した後代個体を得ることができ、元品種が有する好ましい形質を変更することなく、複数種類の標的の形質を有する新品種を作製し得ることが明らかである。
なお、コシヒカリかずさ4号は、本発明の新品種の作製方法を用いて作製した新品種であり、コシヒカリが有する味等の優良形質を維持しつつ、耐倒伏性に優れ、収量も多く、かつ栽培地域が広いという非常に優れた品種である。そこで、出願人は、コシヒカリかずさ4号を、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター中央第6)に新規植物として寄託した(寄託日:平成20年7月1日)。受託番号がFERM P−21596である。