JP4255101B2 - 神経変性疾患の治療薬 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明はポリグルタミン病などの神経変性疾患の予防及び/又は治療のための医薬に関する。
【0002】
【従来の技術】
ポリグルタミン病はハンチントン病、遺伝性脊髄小脳変性症などを含み、原因遺伝子産物内に存在する異常に伸長したポリグルタミン鎖によって引き起こされる神経変性疾患の一群である。タンパク質内部で異常に伸長したポリグルタミン鎖は核内で不溶性のタンパク質凝集を引き起こす。これまでに原因タンパク質の凝集体形成と神経細胞死との相関が指摘されているため、原因タンパク質の凝集形成阻害により細胞死を抑制できるものと考えられる。
【0003】
特に、ポリグルタミン病原因タンパク質の凝集はポリグルタミン鎖の異常伸長によって誘起されるため、異常に伸長したポリグルタミン鎖が引き起こすタンパク質の凝集を阻害することができれば、ポリグルタミン病の予防又は治療が可能になるものと期待される。また、神経細胞内でのタンパク質の凝集体の形成は、ポリグルタミン病だけでなく、アルツハイマー病やプリオン病などの神経変性疾患にも共通の特徴であることから、神経細胞内でのタンパク質の凝集を抑制することにより神経変性疾患を予防又は治療できるものと予想される。
【0004】
これまでポリグルタミン病に対する薬剤の報告は非常に少なく、筋収縮に関わるクレアチンやアポトーシス抑制剤であるミノサイクリンの投与がハンチントン病モデルマウスに対して有効に働くという報告があるのみである。ポリグルタミン病モデル細胞ではアポトーシスによって細胞死が起こることが広く指摘されているが、実際にアポトーシス抑制剤を臨床に用いるのは困難であるため、新たな観点から凝集阻害剤を探索する必要がある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、神経変性疾患の予防及び/又は治療のための医薬を提供することにある。より具体的には、神経細胞内におけるタンパク質凝集に起因する神経変性疾患、例えばポリグルタミン病などの疾患の予防及び/又は治療のための医薬を提供することが本発明の課題である。
【0006】
本発明者らは上記に課題を解決すべく鋭意研究を行ない、ポリグルタミン鎖の凝集を抑制する小分子の探索と開発を行った。その結果、本発明者らは、二糖類及びオリゴ糖類からなる群から選ばれる糖化合物がポリグルタミン鎖に対して高い凝集阻害効果を有しており、神経細胞死を顕著に抑制すること、並びにポリグルタミン病に対して高い予防及び治療効果を有することを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は、オリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質を有効成分として含み、神経細胞内におけるタンパク質凝集に起因する神経変性疾患の予防及び/又は治療のための医薬を提供するものである。この発明の好ましい態様によれば、オリゴ糖が二糖類である上記の医薬;オリゴ糖がトレハロースである上記の医薬;及び神経変性疾患がタンパク質内のポリグルタミンにより惹起されるタンパク質凝集に起因する疾患である上記の医薬;及び神経変性疾患がポリグルタミン病である上記の医薬が提供される。
【0008】
別の観点からは、本発明により、オリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質を有効成分として含む神経細胞内におけるタンパク質凝集の阻害薬が提供される。この発明の好ましい態様によれば、タンパク質凝集が該タンパク質に存在するポリグルタミン鎖により惹起される凝集である上記の阻害薬;オリゴ糖が二糖類である上記の阻害薬;オリゴ糖がトレハロースである上記の阻害薬が提供される。
【0009】
さらに別の観点からは、本発明により、上記医薬の製造のためのオリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質の使用;神経変性疾患の予防及び/又は治療方法であって、オリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質の予防及び/又は治療有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;及び神経細胞内におけるタンパク質凝集の阻害方法であって、オリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質の有効量をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が提供される。
また、本発明により、神経細胞内におけるタンパク質凝集に起因する神経変性疾患の予防のための健康食品であって、オリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質を含む食品が提供される。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明の医薬の有効成分として用いられるオリゴ糖の種類は特に限定されないが、例えば、2〜20個の単糖が結合したオリゴ糖、好ましくは2〜10個程度の単糖が結合したオリゴ糖を用いることができる。オリゴ糖を構成する2個以上の単糖は同一でも異なっていてもよい。また、オリゴ糖の結合様式も特に限定されず、還元性オリゴ糖又は非還元性オリゴ糖のいずれであってもよい。オリゴ糖のうち好ましいのは二糖類又は三糖類であり、特に好ましいのは二糖類である。
【0011】
本発明の医薬の有効成分としては、2種以上のオリゴ糖の混合物を用いてもよい。また、オリゴ糖に異性体が存在する場合には、純粋な形態の異性体又は異性体の任意の混合物を用いてもよい。また、オリゴ糖が塩、水和物、溶媒和物などを形成する場合には、それらを本発明の医薬の有効成分として用いてもよい。本発明の医薬の有効成分としては、オリゴ糖部分を含む化合物(例えばオリゴ糖のアルキル体、アシル体、又はエステル体など、あるいはオリゴ糖と低分子化合物との結合体など)を用いてもよい。
【0012】
二糖類としては、非還元性二糖(例えばトレハロース又はスクロースなど)又は還元性二糖のいずれを用いてもよい。1種類の単糖からなる還元性二糖にはいろいろな種類のものが知られており、例えば、α−又はβ−1,6’−、1,4−、1,3’−、1,2’−グルコビオース、ビシアノース、プリメベロース、ラクトース、ツラノース、ツチノース、ヒアロビオウロン酸などのいずれを用いてもよい。これらのうち、好ましいのはトレハロースである。
【0013】
トレハロースは2分子のD−グルコースが還元性基どうしで結合した非還元性二糖であり、グリコシド結合の様式によりα,α−体(天然型)、α,β−体(ネオトレハロースと呼ばれる場合もある)、及びβ,β−(イソトレハロースと呼ばれる場合もある)の3種類の異性体が存在する。本発明の医薬の有効成分としては、上記異性体のいずれを用いてもよく、2種以上の異性体の混合物を用いてもよい。
【0014】
本発明の医薬の有効成分であるオリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質は、神経変性疾患における原因遺伝子産物の神経細胞内、好ましくは神経細胞核内での凝集を阻害する作用を有している。好ましくは、神経変性疾患における原因遺伝子産物に存在する異常に伸長したポリグルタミン鎖によって引き起こされる神経細胞核内での該タンパク質の凝集を阻害する作用を有している。従って、本発明の医薬は、神経細胞内におけるタンパク質凝集に起因する神経変性疾患の予防及び/又は治療のための医薬として有用である。神経変性疾患としては、ハンチントン病又は遺伝性脊髄小脳変性症などに代表されるポリグルタミン病のほか、アルツハイマー病やプリオン病を例示することができるが、本発明の医薬の適用対象はこれらの疾患に限定されることはない。好ましい適用対象はポリグルタミン病である。
【0015】
本発明の医薬としては、有効成分であるオリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質をそのままヒトを含む哺乳類動物に投与してもよいが、一般的には、有効成分であるオリゴ糖及びオリゴ糖部分を含む化合物からなる群から選ばれる物質とともに1又は2以上の製剤用添加物を含む医薬組成物を調製して投与することが望ましい。本発明の医薬の投与経路は特に限定されず、経口投与又は非経口投与のいずれで投与してもよい。経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤などを例示することができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、吸入剤、座剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤などを挙げることができる。
【0016】
これらの医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物としては、当業者に利用可能なものであれば特に限定されることはなく、賦形剤、結合剤、崩壊剤、着色剤、矯味矯臭剤、コーティング剤、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、無痛化剤などを適宜使用できる。本発明の医薬の投与量は特に限定されないが、有効成分であるオリゴ糖の種類、投与経路、並びに患者の年齢、体重、及び症状などの条件に応じて適宜選択するのがよい。一般的には、例えば成人一日あたり0.01〜100グラム程度を一日一回又は数回に分けて投与することができる。
【0017】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
A.実験方法
(I)蛋白実験
(a)材料
一般的な化学物質は半井テスク及び和光純薬により供給された。分子生物学用一般試薬はタカラ酒造及び東洋紡から購入した。モノ−、ジ−及びオリゴ−サッカライドは半井テスク、和光純薬、シグマ及び東京化成有機化学から提供された。
(b)Mb-Q35の調製
文献記載の方法により(Tanaka, M., et al., J. BIol. Chem., 276, pp.45470-45475, 2001)、α−ヘリックスCとDの間のコーナーに35グルタミンリピートを有するマッコウクジラミオグロビン変異体(Mb-Q35)をTB1大腸菌中で発現させて精製した。
【0018】
(c)濁度(凝集)
500μMの薬剤 10μLを50 mMリン酸カリウムバッファー, pH 7.0中 150 μMのMb-Q35 90μLに加え、このMb溶液を37℃でインキュベートした。適当な時点でMb溶液2μLを100μLの50mMリン酸カリウムバッファー, pH 7.0で希釈し、350、550及び700 nmにおける吸光度をUV-可視分光光度計(UV-2400 PC、島津製作所、日本)で記録した。
(d)フィルターリターデイションアッセイ
3、0.3、0.03又は0.003 mM の薬剤を含む 150μM Mb溶液を37℃で3日間インキュベートした後、その1μLを 200μLの 2% SDS溶液で希釈し、BRL ドット-ブロット濾過ユニットを用いて2% SDSで予め平衡化しておいたセルロースアセテートメンブレン (ポアサイズ0.22 μm)で濾過した(18)。フィルターを 200 μLの 2% SDSで数回洗浄した後、5%スキムミルクでブロックし、ポリクローナルMb抗体 (1:10,000)(ケミコン・インターナショナル社、Temecula、CA)でイムノブロッティングした。
【0019】
(e)電子顕微鏡
500μMの薬剤 5μLを 50 mMリン酸カリウムバッファー, pH 7.0中 150 μMのMb-Q35 45μLに加え、このMb溶液を37℃で2週間インキュベートした。150μM Mb溶液2μLをカーボンコートした400メッシュの銅グリッド上に吸着させ、100mMリン酸ナトリウムバッファー中 2%パラホルムアルデヒド-2%グルタルアルデヒドで固定した。その後、サンプルを 2%ホスホタングステン酸でネガティブ染色した。画像はLEO 912AB電子顕微鏡(LEO社、Cambridge、UK)を用いて×50,000で記録した。
【0020】
(II) 細胞実験
(a)細胞培養及び処理
トランケイテッドN-末端ハンチントン (tNhtt)-16Q-EGFP、tNhtt-60Q-EGFP 及び tNhtt-150Q-EGFPを安定に発現するマウスブラストーマ Neuro2a細胞を10% FBS, 50μg/mlペニシリン及び 50μg/mlストレプトマイシンを添加したDMEM (シグマ-アルドリッチ社、St. Louis、MO) 中で通常継代した。各蛋白はEGFPのN末端に融合した異なるポリグルタミン長を伴う 1-90アミノ酸のtNhttを含む。安定細胞系の確立は文献記載の方法に従った(Wang, G.H., Neuroreport, 10, pp.2435-2438, 1999)。細胞は5 mM dbcAMP (N6,2'-O-ジブチルアデノシン-3',5'-サイクリックモノホスフェートナトリウム塩)処理して分化させ、tNhtt-EGFP蛋白の発現は 1μM ポナステロンA (インビトロゲン社、Carlsbad、CA)で誘導した。
【0021】
(b)凝集体カウント
凝集体をカウントするために、48ウェルプレートに 2〜5×104個の tNhtt-60Q-EGFP細胞を植えた。ポナステロンA及びdbcAMPで細胞を処理する時に、トランスポート・トランジエント・パーミアブライゼイションキット(ライフテクノロジー社、Gaithesburg、MD)を用いて適当な濃度で加えた。tNhtt-60Q-EGFPの凝集体形成を誘導及び分化の3日後にモニターした。凝集体を有する細胞を蛍光顕微鏡下で手計数した。
(c)細胞生存率
細胞生存率アッセイ用に、48ウェルプレートに 2〜5×104個の tNhtt-150Q-EGFP細胞を植えた。ポナステロンA及びdbcAMPで細胞を処理する時に、トランスポート・パーミアブライゼイションキット(ライフテクノロジー社)を用いて適当な濃度で加えた。誘導及び分化の4日後に、先に述べたように(4)MTTアッセイにより細胞生存率を評価した。
【0022】
(d)免疫蛍光法
チャンバースライド中で成育させたtNhtt-150Q-EGFP細胞を3日間誘導及び分化させた。細胞をPBSで2回洗浄し、PBS中 4%パラホルムアルデヒド(PFA)で20分間固定し、PBS中 0.5% Triton X-100で15分間透過処理し、よく洗浄した後、TBST(50 mM Tris; pH 7.5, 0.15 M NaCl, 0.05% Tween)中 2%ウシ血清アルブミン (BSA)で2時間ブロックした。O-結合型N-アセチルグルコサミン (O-NacGlc)抗体(アフィニティ・バイオリージェンツ社、Golden、CO)(1:1,000)を4℃で一晩インキュベートした。TBSTで数回洗浄した後、細胞を Alexa Fluor 546マウス二次抗体(1:1,000)(モリキュラー・プローブズ社、Eugene、Oregon)と共に1時間インキュベートし、数回洗浄した。サンプルをコンフォーカル顕微鏡(フルオビュー、オリンパス、日本)で観察した。
【0023】
(e)レクチンカラム実験
tNhtt-16Q-EGFP、tNhtt-60Q-EGFP又はtNhtt-150Q-EGFPのセルライセートを、PBS及び0.5% triton X-100で予め平衡化しておいたWGAアガロースカラム(アマシャム・ライフサイエンス社、Buckinghamshire、UK)又は Con A セファロース 4Bカラム(アマシャム・ライフサイエンス社)に通した。0.5% triton X-100を含むPBSでカラムをよく洗浄した後、結合蛋白をWGAカラムは 100 mM NacGlcで、Con Aカラムは100 mM α-D-メチルマンノシドでそれぞれ溶出した。溶出液を SDS-PAGEで分離し、PVDFメンブレンに移し、マウスモノクローナルGFP抗体でイムノブロッティングを行った。
【0024】
(f)共免疫沈降実験
tNhtt-EGFP細胞を氷上で30分間、RIPAバッファー(1xPBS, 10 mM EDTA, 0.5% Triton X-100, 1 mM PMSF 及びプロテアーゼ阻害剤カクテル (1 タブレット/50 mL) (ロッシュ社))で溶解した。セルライセートを短時間ソニケートし、4℃で20分間、15k rpmで遠心し、上清を免疫沈降に使用した。バイオ−ラッド・プロテイン・アッセイ試薬(バイオ−ラッド・ラボラトリーズ社、Hercules、CA)及び標準としてBSAを用いてブラッドフォードの方法によって蛋白濃度を測定した。各免疫沈降実験において、0.2 ml RIPAバッファー中 200μgの蛋白を10μl(4μg)のGFP抗体とともにインキュベートした。回転させながら4℃で10時間インキュベートした後、20μlの磁気プロテインGビーズ(パースペクティブ・バイオシステム社、Framingham、MA)を加え、4℃で一晩インキュベートを続けた。ビーズを磁石(ダイナル社、Oslo、Norway)で引き落とし、RIPAバッファーで数回洗浄し、最後にPBSで洗浄した。結合蛋白をSDSサンプルバッファーでビーズから溶離させ、5分間煮沸して、イムノブロッティングにより分析した。
【0025】
(III)マウス実験
(a)トランスジェニックマウスR6/2脳切片の調製
21日齢のR6/2野生型又はトランスジェニックマウスに0.2又は2%トレハロース(水溶液)を経口投与した。8週齢又は12週齢時のR6/2野生型又はトランスジェニックマウスに、心臓経由でPBS、次いで4%PFAを灌流させた。脳及び肝臓を切除し、4% PFAで4℃、2-3日間処理した後に固定し、PBS中30%スクロースに移し、4℃でインキュベートした。組織は TISSU MOUNT(チバメディカル、日本)を加えて冷凍しマウントした。冷凍組織はミクロトーム(MICROM HM 560、ミクロ-エッジ-インストロメンツ社、ZEISS、Germany)を用いて10 μm厚の連続切片とした。
【0026】
(b)免疫組織化学
冷凍切片を乾燥させて0.3%過酸化水素を含むメタノールと共にインキュベートして数回洗浄し、3%ヤギ血清(ケミコン社)で1時間ブロックした後、一次抗体と共に一晩インキュベートした。一次抗体はユビキチン(1:10,000) (ダコ社、 Carpinteria、CA)及び Neu N (1:2,000) (ケミコン社)である。凍結連続切片(10μm)(運動皮質についてはブレグマ0.20 mmないし0.50 mm;横紋筋についてはブレグマ0.20 mmないし0.50 mm及びブレグマ-1.30 mmないし-1.50 mm)をハンチントン凝集体及びニューロン細胞生存率の分析に使用した。免疫染色はABCエリートキット(ベクター・ラボラトリーズ社、Berlingame、CA)により行った。簡単に説明すると、一次抗体と一晩インキュベートした後、切片をTBSTで数回洗浄し、ビオチニル化した適当な二次抗体と室温で1時間インキュベートして洗浄し、ABC試薬とインキュベートして洗浄し、DAB基質によって発色した。切片を流水で30分間洗浄し、エタノール及びキシレンで徐々に脱水して、MOUNT-QUICK(大同産業社、日本)でマウントした。この切片を顕微鏡(AX80、オリンパス、日本)で観察した。
【0027】
(c)免疫蛍光法
R6/2 Tgマウスの脳切片をPBS中4%PFAで20分間固定し、よく洗浄した後、TBST中2%BSAでブロックした。この脳切片をユビキチン(1:1000) 及び O-NAcGlc (1;500)抗体と共にインキュベートした後、それぞれ Alexa Fluor 488 及び Alexa Fluor 546 二次抗体 (モリキュラー・プローブス社)と共にインキュベートした。切片はコンフォーカル顕微鏡(フルオビュー、オリンパス)を用いて観察及び視覚化した。
【0028】
B.実験結果と考察
(a)濁度
Mb-Q35の凝集体形成を Mb-Q35 溶液の濁度を指標にして調べた。その結果、トレハロースはコントロールの PBS に比べて、20% 程度 Mb-Q35 の凝集体形成を抑制し、濃度に従って阻害効果が増大した(図1:濁度はUV-可視分光光度計を用いて550 nmの吸光度で評価した)。トレハロースの阻害効果は、これまでに阻害効果が報告されている13量体のペプチド(QBP1)に匹敵するものであった。一方、単糖のグルコースの濃度を上げても阻害効果の顕著な増加は認められなかった。また、N-アセチルガラクトサミン4量体は約 30%の大きな阻害効果を示した。さらに、各種二糖を用いて阻害実験を行った。その結果、二糖にはポリグルタミン凝集体形成の阻害効果が見られた(図2)。
【0029】
(b) フィルターリターデイションアッセイ
さらに Inhibitor が凝集体形成に与える影響をさらに検討するために、Filter Retardation Assayを行った。この方法では、メンブレン状にSDS 耐性な凝集体のみが残り、それがミオグロビン抗体で検出可能となる。PBS のレーンではすべて dot blotが確認できたことから、SDS 耐性の Mb-Q35 の凝集体が形成されているのがわかる(図3)。一方、QBP1(13残基のペプチド)やコンゴーレッド存在下ではそれぞれ 0.3, 0.03 mM で凝集体の形成が阻害された。マンノースやグルコースは 3 mM でも凝集体が形成されたのに対して、3 mM トレハロースは凝集体阻害効果を示した。
【0030】
(c)電子顕微鏡
凝集体についてさらに詳しく調べるために、阻害剤存在下での凝集物を電子顕微鏡で観測した。PBS の添加では、直径10 nm、長さ500 nm ほどの繊維が観測できた(図4)。また、この繊維は 50μM グルコース存在下でも同様に観察された。一方、トレハロース存在下の凝集体にはこのような繊維状の構造体は認められず、トレハロースがアミロイド繊維の形成を抑制することが明らかとなった。
【0031】
(d)凝集体カウント
阻害剤の凝集体阻害効果をハンチントン病モデル細胞において検討した。tNhtt-60Q-EGFP 安定細胞株を用い、tNhtt-60Q-EGFPの発現誘導およびNeuro2a細胞の分化と同時に阻害剤を最終濃度50 μMで細胞へ添加した。3日後に凝集体を含む細胞を数えた結果、トレハロースは約 30%、凝集体を含む細胞数を減少させた(図5)。また、トレハロースの凝集阻害効果は濃度依存を示し、濃度上昇と共に凝集体数も減少した。また、1 mM のトレハロースを加えても細胞毒性は見られなかった。
【0032】
さらに各種二糖を用いて阻害実験を行った。二糖は細胞内においてもポリグルタミン凝集体形成の阻害効果が見られた(図6)。アミロイドβやプリオンタンパク質の凝集体形成を阻害するとの報告があるポルフィリン類やデンドリマー類のポリグルタミン凝集体への阻害効果についても検討したが、ポルフィリン類やデンドリマー類は Neuro 2a 細胞に対して細胞毒性があり、その効果を評価することができなかった。
【0033】
(e) 細胞生存率
tNhtt-150Q-EGFP の安定細胞株を使用して阻害剤存在下での細胞生存率を評価した。4日後に、MTT アッセイによって細胞生存率を調べたところ、トレハロースの添加によって細胞生存率が約20%増大し、その生存率は濃度依存性を示した(図7)。また、N-アセチルガラクトサミン・テトラマーも約30%の大きな効果を示した。さらに各種二糖を用いてtNhtt-150Q-EGFP 細胞の生存率を調べた。その結果、二糖は細胞生存率を高める傾向にあることが判明した(図8)。
【0034】
(f) 免疫組織化学
トレハロースがインビトロの細胞系で高い凝集体抑制効果、細胞死抑制効果を示したため、ハンチントン病モデルマウスとして R6/2 Transgenic mouse を使用してインビボでの効果を検討した。水(0% トレハロース)、0.2% トレハロース, 2% トレハロースを調製し、3週齢(離乳時)より経口投与し、8 週齢および12週齢のマウス脳凍結切片を用いてABC法に従ってユビキチン抗体および NeuN 抗体で染色した。染色部位は大脳の運動皮質と線条体および肝臓である。マックスコープを用いて凝集体の数および面積をカウントし、トレハロース投与の影響を評価した。
【0035】
8 週齢で 2% トレハロース投与により、運動皮質と線条体における凝集体数が水の投与(コントロール)に比べて1/2程度まで減少した(図9)。0.2% の投与においても2%よりはやや効果が劣るものの、高い阻害効果を示した。また、トレハロースの凝集体形成抑制効果は、凝集体の面積の減少からも明らかとなった。12 週齢においても 2% トレハロース投与により凝集体数は約60%に減少した (図10)。一方、0.2% 投与では凝集体抑制効果は8 週齢に比べて和らいだ。8週齢のマウスに比べて12週齢では凝集体抑制効果が小さかった。このことは、トレハロースが完全に凝集体を除去するわけではなく、凝集体形成の速度を遅らせていることを示唆している。R6/2 Tg mouse においては肝臓においても多くの凝集体が形成されることが知られている。12 週齢において、2% トレハロース投与により水投与(コントロール)に比べて数で約1/6 へと大きく凝集体が減少した(図11)。また、0.2% の投与においても凝集体は大きく減少したが、2 % 投与の方が高い効果を示した(図12, 13)。
【0036】
(g)ポリグルタミン-糖間の相互作用
以上の結果はポリグルタミン-糖間の相互作用の存在を示唆している。そこで、ハンチントン病モデル細胞においてポリグルタミンと糖タンパク質が結合するかを Neuro2a 細胞を用いて検討した。tNhtt-Q16-EGFP, tNhtt-Q60-EGFP, tNhtt-Q150-EGFP の細胞溶解物を WGA アガロースカラム、Con A セファロースカラムに通し、洗浄後、それぞれ100 mM N-アセチルグルコサミン(NAcGlc), 100 mM α-D-メチルマンノシドで溶出した。その溶出液をSDS-PAGEで分離後、GFP 抗体でウェスタンブロッティングを行った(図14)。その結果、tNhtt-Q16-EGFPは検出できず、tNhtt-Q60-EGFPが弱く、tNhtt-Q150-EGFPが強く検出できたことから、伸長したポリグルタミンがNAcGlcやD-マンノースに修飾された糖タンパク質と特異的に結合することが明らかになった。
【0037】
(h)O-結合型NAcGlc修飾
O-結合型NAcGlcによる修飾は近年、細胞内のリン酸化の調節、つまりシグナル伝達に重要であることが示唆されている。そこで、ポリグルタミン結合タンパク質にO-結合型NAcGlc修飾が存在するか否かをO結合型NAcGlc抗体を用いて検討した。tNhtt-Q16-EGFP, tNhtt-Q60-EGFP, tNhtt-Q150-EGFP の細胞溶解物をGFP 抗体で免疫沈降させ、O-結合型NAcGlc 抗体でイッムノブロットを行った 。その結果、tNhtt-Q150-EGFP のレーンではバンドがいくつか確認できたが、Nhtt-Q16-EGFP、tNhtt-Q60-EGFPのレーンにはバンドは確認できなかった(図15)。したがって伸長したポリグルタミンに結合するタンパク質の中には O-結合型NAcGlc で修飾されたタンパク質が存在することが判明した。
【0038】
次に、ポリグルタミン凝集体の中にも、O-結合型NAcGlcで修飾されたタンパク質が取り込まれているか否かを検討するために、tNhtt-Q150-EGFP 細胞をO結合型 NAcGlc 抗体で染色した。tNhtt-Q150-EGFP は細胞質において緑色の凝集体を形成する一方で、赤色で染色されたO-結合型 NAcGlc 抗体は緑色の凝集体によく共局在化した(図16(B))。この結果は、ポリグルタミン凝集体の中に、O-結合型 NAcGlc で修飾されたタンパク質が存在することを示している。同様に、12 週齢の R6/2 Tg mouse を用いて核内封入体の中に O-結合型 NAcGlc で修飾されたタンパク質があるかどうかを調べた。大脳凍結切片に対してユビキチン(緑色)、O-結合型 NAcGlc (赤色)で二重染色を行った。ユビキチン染色により緑色の凝集体が多く確認できた。O結合型 NAcGlc 抗体は、核膜を染色するとともに、緑色の核内封入体にも共局在化した(図16(C))。この結果は、R6/2 Tg mouse の核内封入体の中に、O-結合型 NAcGlc で修飾されたタンパク質が存在することを示している。なお、O-NAcGlc で修飾された核タンパク質としてp53がポリグルタミンと結合することがこれまでに示唆されている(Steffan, J.S., Proc. Natl. Adad. Sci., U.S.A., 97, pp.6763-6768, 2000)。
【図面の簡単な説明】
【図1】 インビトロにおける薬剤によるポリグルタミン凝集体の阻害効果を示した図である。150 μM Mb-Q35を50μM薬剤の存在下でインキュベートし、Mb溶液の濁度により阻害効果を調べた結果を示した図である。
【図2】 インビトロにおける薬剤によるポリグルタミン凝集体の阻害効果を示した図である。150 μM Mb-Q35を50μM薬剤の存在下でインキュベートし、Mb溶液の濁度により阻害効果を調べた結果を示した図である。
【図3】 フィルターリターデイションアッセイにより阻害剤存在下(3、0.3、0.03、0.003 mM) におけるMb凝集体のSDS-耐性を調べた結果を示した図である。1μLの 150 μM Mb 懸濁液を2% SDS溶液に溶解し、酢酸セルロースメンブレンに移し、ポリクローナルMb抗体によりイムノブロットした。(a)PBS、(b)グルコース、(c)トレハロース、(d)QBP1、(e)マンノース、(f)コンゴレッド、(g)N-アセチルガラクトサミンテトラマー、(h)メレジトースを示す。
【図4】 (a) PBS (対照)、(b) 60 μM トレハロース又は(c)グルコースの存在下におけるMb変異体の凝集体の電子顕微鏡写真を示した図である。凝集体は 2% ホスホタングステン酸ナトリウムで染色し電子顕微鏡で観察した。スケールバーは 100 nmを示す。
【図5】 薬剤によるtNhtt-60Q-EGFP の安定細胞系におけるポリグルタミン凝集体の阻害効果を示した図である。
【図6】 薬剤によるtNhtt-60Q-EGFP の安定細胞系におけるポリグルタミン凝集体の阻害効果を示した図である。
【図7】 薬剤によるtNhtt-150Q-EGFP細胞の生存率への作用を示した図である。
【図8】 薬剤によるtNhtt-150Q-EGFP細胞の生存率への作用を示した図である。
【図9】 R6/2 トランスジェニックマウスにおけるトレハロース投与によるポリグルタミン凝集体の阻害作用を示した図である。トレハロースの濃度は0.2及び 2%であり、試験領域は8週齢 R6/2 Tgマウスの大脳の運動皮質である。
【図10】 R6/2 トランスジェニックマウスにおけるトレハロース投与によるポリグルタミン凝集体の阻害作用を示した図である。トレハロースの濃度は0.2及び 2%であり、試験領域は8週齢 R6/2 Tgマウスの大脳の線条体である。
【図11】 R6/2 トランスジェニックマウスにおけるトレハロース投与によるポリグルタミン凝集体の阻害作用を示した図である。トレハロースの濃度は0.2及び 2%であり、試験領域は12週齢 R6/2 Tgマウスの大脳の運動皮質である。
【図12】 R6/2 トランスジェニックマウスにおけるトレハロース投与によるポリグルタミン凝集体の阻害作用を示した図である。トレハロースの濃度は0.2及び 2%であり、試験領域は12週齢 R6/2 Tgマウスの大脳の綿状体である。
【図13】 R6/2 トランスジェニックマウスにおけるトレハロース投与によるポリグルタミン凝集体の阻害作用を示した図である。トレハロースの濃度は0.2及び 2%であり、試験領域は12週齢 R6/2 Tgマウスの肝臓である。
【図14】 レクチンカラムへの結合蛋白のウェスタンブロッティングの結果を示した図である。細胞溶解物(tNhtt-16Q-EGFP、tNhtt-60Q-EGFP及びtNhtt-150Q-EGFP)を(A) WGAアガロースカラム、又は (B) Con A セファロース 4Bカラムに結合させて、100 mM NAcGlc 及びα-D-メチルマンノシドで溶出させた。GFP融合トランケイテッドハンチントンの検出はマウスモノクローナルGFP抗体で行った。
【図15】 ポリグルタミン結合タンパク質にO-結合型NAcGlc修飾が存在するか否かをO-結合型NAcGlc抗体を用いて検討した結果を示した図である。マウスモノクローナルO-NAcGlc 抗体によるtNhtt-16Q-EGFP、tNhtt-60Q-EGFP又はtNhtt-150Q-EGFP-結合蛋白のイムノブロッティングの結果を示した。
【図16】 ポリグルタミン結合タンパク質にO-結合型NAcGlc修飾が存在するか否かをO-結合型NAcGlc抗体を用いて検討した結果を示した図である。図中、(B)は tNhtt-150Q-EGFP安定細胞についての結果を示し、(C)はR6/2 Tg マウス(12 週齢)におけるO-結合型N-アセチルグルコシル化修飾を有する蛋白のハンチントン凝集体への共局在化の結果を示す。スケールバーは 20 μmを示す。
Claims (2)
- トレハロースを有効成分として含む、ポリグルタミン病の予防及び/又は治療のための医薬。
- トレハロースを有効成分として含む、神経細胞内におけるタンパク質凝集であって該タンパク質に存在するポリグルタミン鎖により惹起される凝集の阻害薬。
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