以下、本発明に係る実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、その説明を省略する。まず、本発明に係る電波吸収体における実施形態の具体的な構成を説明する前に、本発明の基本原理について説明する。
平面状の電波吸収体に入射する電磁波のエネルギーに対して当該電波吸収体から反射する電磁波のエネルギーの比である反射減衰量Γは、下記の式(2)で表される(例えば、オーム社刊 内藤嘉之著 電波吸収体、森北出版 橋本修著 高周波領域に於ける材料定数測定法)。
但し、Zi:電波吸収体の入射インピーダンス
Z0:大気の波動インピーダンス
式(2)は、ZiとZ0とが近似すれば電波吸収体に入射した電磁波の反射量が減少し、すなわち電波吸収体による電磁波の減衰量が増大することを示している。また、Zi=Z0となれば電波吸収体は完全吸収体となる。大気の波動インピーダンスZ0は、120πである(以後、単純化して377Ωとして取り扱う)。
そこで、大気の波動インピーダンスZ0と同じシート抵抗377Ωを有する抵抗体を、電波吸収体として用いた場合について説明する。図1は、シート抵抗377Ωの抵抗体Aに電磁波が入射した状態を示す説明図である。図1に示すように、シート抵抗377Ωの抵抗体Aに電磁波が入射すると抵抗体Aの入射インピーダンスZiは、抵抗体Aの抵抗値377Ωと、抵抗体Aの背後における大気の波動インピーダンスZ0との並列和となる。そうすると、入射インピーダンスZiは波動インピーダンスZ0の1/2、すなわち189Ωとなって、入射インピーダンスZiと波動インピーダンスZ0との差が増大するため充分な反射減衰量及び透過減衰量も共に得られず、入射した電磁波の大半はそのまま抵抗体Aを透過してしまうため、このままでは電波吸収体として機能しない。
電磁波を透過させないためには、電磁波を反射させる導体板を、反射導体として配置すればよい。また、図24に示すように、電磁波の磁界成分は、反射導体面において最大となるから、反射導体の前面、すなわち磁界が最大となる位置に強磁性体を配置し、磁気損失により電磁波を減衰させることが考えられる。しかし、マイクロ波中に強磁性体を配置すると、表皮効果によって強磁性体のミクロン以下の表面にしか電磁界が作用せず、磁性体として機能しない。
金属面にマイクロ波のような高周波の電磁波が入射した場合、電界及び磁界は表皮効果により金属の極く薄い表皮厚(skin depth)にのみ、存在する。表皮厚δは、以下の式(3)で与えられ、透磁率が大きくなると表皮厚δは小さくなるという関係にある。
但し、ρ:固有抵抗(Ω・m)
f:電磁波の周波数(Hz)
μ0:真空の透磁率
μs:比透磁率
すなわち、比透磁率μsが増大すると表皮厚δが減少してしまうため、マイクロ波に対する表皮厚δは数nm〜数百nm程度となり、磁性体に電磁波が入射した場合、マイクロ波において発生する磁束はほとんど磁性体内部を透過できないために、ほとんど磁性体として機能しない。
マイクロ波に対して磁性体として機能する、すなわちマイクロ波を取り扱い対象とするいわゆるマイクロ波磁性体として、球体や扁平体等の磁性体微粒子をバインダーで固定し、磁性体の表面積を増大させることで、磁束と作用する部分を増大させるようにしたものが知られている(例えば、日刊工業新聞社「工業材料」平成10年10月発行Vol−46,No−10、p54〜58、フレキシブル電波吸収体「軟磁性デュアルラバーシート」(大同特殊鋼(株)))。
このような磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体を反射導体の前面、すなわち磁界が最大となる位置に配置することで、磁気損失によりマイクロ波を減衰させることが考えられる。
しかしながら、磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体は、磁性体微粒子を保持するために用いられるバインダーが誘電体であり、また、磁性体微粒子間には隙間が有るため静電容量が生じる結果、全体として容量性となり、等価的な誘電率が増大する。例えば上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体は、1GHzにおいて得られる等価的な比透磁率が8であるのに対し、等価的な比誘電率が80を超えることが示されている。このように、磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体では、マイクロ波に対してある程度の透磁率が得られるものの、透磁率よりも遙かに大きな誘電率が付随的に生じてしまう。
従って、このような磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体を反射導体の前面、すなわち磁界が最大となる位置に強磁性体を配置した場合であっても、マイクロ波に対して得られる磁気損失を増大することは容易でない。
また、上述したように、電波吸収体の入射インピーダンスZiと、大気の波動インピーダンスZ0とを近似させることができれば、電波吸収体に入射した電磁波の反射量が減少し、すなわち電波吸収体による電磁波の減衰量が増大する。大気中に抵抗体Aを配置すると、入射インピーダンスZiは、抵抗体Aの抵抗値と抵抗体Aの背後における大気の波動インピーダンスZ0との並列和となるために、入射インピーダンスZiを波動インピーダンスZ0に近似させることが困難となっているのであるから、抵抗体Aの背後にインピーダンスの高い材料を配置することができれば、抵抗体Aの抵抗値と抵抗体Aの背後のインピーダンスとの並列和を増大させて、入射インピーダンスZiと大気の波動インピーダンスZ0とを近似させ、電磁波の減衰量を増大させることができると考えられる。
そこで、上述のような磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体のマイクロ波に対する入射インピーダンスについて説明する。上述のような磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体の入射インピーダンスZiは、下記の式(4)で表される(例えば、オーム社刊 内藤嘉之著 電波吸収体、森北出版 橋本修著 高周波領域に於ける材料定数測定法)。
式(4)において、Z0は大気の波動インピーダンスで377Ω、μrはマイクロ波磁性体の複素透磁率で、μr=μ’−jμ”であり、εrはマイクロ波磁性体の複素誘電率で、εr=ε’−jε”であり、λはマイクロ波磁性体に入射する電磁波の波長であり、tはマイクロ波磁性体の厚さである。
式(4)に示すように、上述のようなマイクロ波磁性体の入射インピーダンスZiは、透磁率μrが増大すると増大し、誘電率εrが増大すると減少する。そのため、磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体では、透磁率μrを増大して入射インピーダンスZiを増大させようとしても、上述のように透磁率μrよりも大きな誘電率εrが付随的に生じてしまうため、入射インピーダンスZiを増大させることが困難である。
本発明に係る電波吸収体は、反射導体の前面、すなわち磁界が最大となる位置に、後述するようにマイクロ波中でも磁性体として機能する磁性体層を配置し、この磁性体層の前面に抵抗体層を配置して抵抗体層の背後のインピーダンスを増大させ、抵抗体層から見た入射インピーダンス、すなわち抵抗体層のインピーダンスと磁性体層のインピーダンスとの並列和を大気の波動インピーダンスZ0と近似させることで、電波吸収体を薄型化しつつ電磁波の減衰量を増大させようとするものである。
図2は、本発明の一実施形態に係る電波吸収体の構成の一例を示す断面図である。図2に示す電波吸収体1は、電磁波の入射方向から見て抵抗体層2、磁性体層3、及び導体層4の順に積層されて構成されている。
抵抗体層2は、例えば薄い布やプラスチックシートにカーボン塗料を吹き付けた抵抗シートで、数百Ω程度の抵抗値ではマイクロ波での表皮効果はほとんど現れないので、ミリ波程度の周波数までは純抵抗と近似することができ、直流で測定してマイクロ波に適用することができる。抵抗体層2の抵抗値Rは、シート抵抗であり、Ω/口、すなわち縦横同一寸法(非定尺基準(Dimensionless))で表された抵抗値である。
また、抵抗体層2の抵抗値Rとしては、例えば、大気の波動インピーダンスZ0である377Ω以上の抵抗値を好適に用いることができる。
図3は、図2に示す磁性体層3と導体層4との一例を示す斜視図である。磁性体層3は、例えば複数の磁性線材31を平織にした織物であり、導体層4は、例えば複数の線材41を平織にした織物であり、磁性体層3と導体層4とによって、重ね織り組織が構成されている。磁性体層3は、例えば14メッシュ(網目幅△は1.8mm)にされている。
なお、磁性体層3は、複数の磁性線材31が互いに異なる方向に交差して網状にされていればよく、例えばたて糸とよこ糸の他に斜め方向の磁性線材31を交差させて三方向の磁性線材31によって網状にされていてもよい。また、磁性体層3は、平織に限らず、斜文織、朱子織、綾織等、種々の織物とすることができる。また、磁性体層3は、織物に限らず、編物であってもよく、例えば平編、ゴム編、パール編等、種々の編物とすることができる。磁性体層3が編物として構成されている場合、複数の磁性線材31が、例えば互いにループ状にされた状態で、互いに異なる方向に交差するようにして編み込まれていてもよい。
また、導体層4は、磁性体層3より網の目が小さく、例えば200メッシュ(網目幅△は0.125mm)にされている。導体層4は、網目幅△を小さくすることで、入射電磁波に対して反射導体として機能するようにされている。
図4は、導体層4のメッシュ数Mと導体層4の透過減衰量との関係を示すグラフである。後述するように、磁性線材31と同様に構成された半径dが15μmの線材41によって、導体層4を40メッシュの網状に構成した場合、周波数1GHzの電磁波に対する透過減衰量が約6dBとなり、導体層4に入射した電磁波の約1/2が反射する。従って、導体層4は、40メッシュ以上にされていれば、反射導体として用いることができる。また、導体層4は、80メッシュで周波数3GHzの電磁波に対する透過減衰量が約6dBとなり、導体層4に入射した電磁波の約1/2が反射する。従って、導体層4は、80メッシュ以上にされていることが、より望ましい。
平織の織物の場合、網目幅△は、織る糸の柔軟性にもよるが、一般に糸の線径の4倍〜6倍程度が限界であるといわれている。そして、糸の線径の4倍〜6倍を超えて網目幅△を大きくすると、目詰まり現象によって糸の位置がずれてしまい、網目幅△や織物の形態を維持できない。磁性体層3は、後述するように磁性線材31の線径が例えば30μmであるのに対し、網目幅△は例えば1.8mmであるから、線径に対して網目幅△が遙かに大きく、そのままでは網目幅△を維持できない。
しかしながら、図3に示す磁性体層3は、磁性体層3より網の目が小さい導体層4と組み合わされて重ね織り組織が構成されているため、接結点Pによって磁性線材31が保持され、磁性体層3の網目幅△が維持されるようになっている。
図5は、磁性線材31の構成の一例を示す模式図である。図5(a)は磁性線材31の断面図を示し、図5(b)は磁性線材31の斜視図を示している。図5に示す磁性線材31は、線材311(第2線材)の外周に例えば導電体の第二層313が設けられ、さらに第二層313の外周に第一層312が設けられている。磁性線材31の半径dは、例えば15μmにされている。
線材311は、例えばナイロン(登録商標)糸、ポリエステル繊維、ガラス繊維等の絶縁材料で構成されている。また、第二層313は、例えばメッキ、蒸着、塗布等により形成されている。第二層313は、金属等の導電材料であればよいが、無電解メッキに適した導電材料、例えば銅やアルミ等の正磁性体とすれば、無電解メッキによって第二層313を形成することが容易となる。
線材311は、必ずしも絶縁材料でなくてもよいが、ナイロン(登録商標)糸、ポリエステル繊維、ガラス繊維等の柔軟な絶縁材料を用いることで、織物や編物にして磁性体層3を構成することが容易となる。
第一層312は、例えばニッケル、鉄、コバルト、Permalloy、Amorphousその他の合金や化合物等の強磁性体を、第二層313の外周に電解メッキすることにより形成されている。このような強磁性体材料は、無電解メッキに適さないため、直接線材311の外周にメッキしようとすると、良好な磁性体層が得られない。しかし、磁性線材31は、線材311の外周に無電解メッキ等の方法により第二層313か形成されているので、第二層313の外周に第一層312を電解メッキにより設けることが可能となる。これにより、電解メッキにより形成された第一層312は、無電解メッキ等により形成される場合よりも強度が高められ、第一層312が剥離するおそれが低減される。
そして、第一層312の厚さtは、電波吸収体1によって吸収させようとする電磁波の周波数をfとした場合に、上記式(3)から得られる表皮厚δ以下にされている。これにより、電波吸収体1の取り扱い対象の周波数範囲において、表皮効果によって磁性線材31の表面に集中する磁束を強磁性体の第一層312内に浸入させて、磁性体としての磁気的効果が得られるようにされている。なお、第一層312の厚さtは、必ずしも厳密に表皮厚δ以下である必要はなく、おおよそ0.1μm以下であればよい。
図6は、線材41の構成の一例を示す模式図である。図6(a)は線材41の断面図を示し、図6(b)は線材41の斜視図を示している。図6に示す線材41は、磁性線材31と同様の構成にされており、第一層312及び第二層313によって、導電性にされている。なお、線材41は、導電性であればよく、磁性線材31と同様の構成にする必要はない。線材41は、例えば強磁性体の第一層312を備えない構成であってもよく、例えば金属等の導体単線や撚り線をそのまま線材41として用いてもよい。
このように、磁性線材31及び線材41は、表面が導電性にされているので、磁性体層3と導体層4とからなる重ね織り組織の複数の接結点Pにおいて、磁性体層3と導体層4とが交錯して導通するようになっている。
磁性体層3は、予め磁性線材31を形成した後に、磁性線材31を織ったり編んだりすることによって網状に形成してもよいが、線材311を織ったり編んだりすることによって網状にした後に、網ごと無電解メッキや電解メッキ等の工程に通すことにより、第二層313及び第一層312を形成するようにしてもよい。線材311の網を形成した後に例えば無電解メッキによって第二層313を形成し、第二層313を形成した後に例えば電解メッキによって第一層312を形成することにより、網を織ったり編んだりする工程で第一層312が剥離することがなくなり、かつ線材311の網における線材311同士が交錯した状態の上から無電解メッキや電解メッキ等の工程により第二層313及び第一層312が形成されるので、磁性体層3における磁性線材31同士の交錯点での導通が、良好となる。
また、線材311によって例えば14メッシュの第1網と、例えば200メッシュの第2網とを形成すると共に、第2網における所定数の網の目毎に第1網の線材311を交錯させて重ね織り組織を構成した後に、重ね織り組織ごと例えば無電解メッキによって第二層313を形成し、第二層313を形成した後に例えば電解メッキによって第一層312を形成するようにしてもよい。この場合、網を織ったり編んだりする工程で第一層312が剥離することがなくなり、かつ網構造と複雑に絡み合ってメッキ層が形成されるので、第一層312の強度を向上することができる。さらに、第1、第2網における線材311同士が交錯し、かつ第1、第2網が重ね織り組織にされた接結点Pの上から無電解メッキや電解メッキ等の工程により第二層313及び第一層312が形成されるので、磁性体層3における磁性線材31同士の交錯点、導体層4における線材41同士の交錯点、及び磁性体層3と導体層4との接結点Pでの導通が良好となる。
なお、磁性体層3は、必ずしも線材を織ったり編んだりすることにより網状にされる例に限られず、例えば複数の磁性線材31が同一平面内で、互いに異なる方向に交差点を共有するように交差して配置されることにより網にされていてもよく、例えば樹脂成形により網を形成したり、例えば板状の絶縁材をプレス加工、エッチング等の方法により網の目となる複数の開口部を形成し、残余の部分が同一平面内で互いに異なる方向に交差する網とすることにより、上記第1網を形成してもよい。このように形成された第1網に、無電解メッキと電解メッキとを順次施すこと等により第二層313と第一層312とが形成された磁性体層3は、網の目の各辺が磁性線材31に相当する。
また、導体層4は、必ずしも線材を織ったり編んだりすることにより網状にされる例に限られず、例えば複数の線材41が同一平面内で、互いに異なる方向に交差点を共有するように交差して配置されることにより網にされていてもよく、例えば樹脂成形により網を形成したり、例えば板状の絶縁材をプレス加工、エッチング等の方法により網の目となる複数の開口部を形成し、残余の部分が同一平面内で互いに異なる方向に交差する網とすることにより、上記第2網を形成してもよい。また、例えば金属等の導体板をプレス加工、エッチング等することにより、網の目となる複数の開口部を形成し、残余の部分が同一平面内で互いに異なる方向に交差する網とすることにより、導体層4を形成してもよい。
また、導体層4は、必ずしも網構造に限られず、導体板をそのまま導体層4として用いてもよい。この場合、接結点Pの代わりに、磁性体層3の網目毎に、導体層4と磁性体層3とを接着させたり、圧着したりすることにより導通させてもよい。
次に、このようにして構成された磁性線材31の磁気特性について説明する。図1に示す磁性線材31の長手方向に対して、周波数fの電磁波に対して実効的に得られる比透磁率を等価比透磁率μeとすると、等価比透磁率μeは、下記の式(5)で与えられる。
但し、μs:第一層312の直流における比透磁率
t:第一層312の厚さ
δ:式(3)により得られる表皮厚
図7、図8は、ニッケルで構成された第一層312の厚さtと磁性線材31の等価比透磁率μeとの関係を示すグラフである。図7、図8の横軸は第一層312の厚さtを示し、縦軸は等価比透磁率μeを示している。図7、図8に示すように、1,2,3GHz、及び10GHzのいずれにおいても、第一層312の厚さtが薄くなるほど等価比透磁率μeは増大し、第一層312の厚さtが極限に薄ければ、等価比透磁率μeは第一層312を構成するニッケルの直流比透磁率(1120)に収斂する。
第一層312の厚さtは、薄くなりすぎると第一層312の金属分子の配置が粗くなって連続して磁束が流れなくなるので、厚さtは、磁束が連続して流れる程度の厚さ、例えば第一層312の金属分子における直径の10倍程度以上であれば、薄くなるほど等価比透磁率μeを増大させることができる。例えば、無電解メッキにより第一層312を形成する場合、無電解メッキにより形成可能な膜厚の最小値は経験的に0.005μmといわれているので、例えば、厚さtを0.005μm以上であって、表皮厚δ以下としてもよい。
ここで、ニッケルの直流比透磁率μsを1120、抵抗率ρを6.85×10−8(Ω・m)とすると、式(3)から、周波数1GHzでのニッケルの表皮厚δは、0.12μmとなる。そして、磁性線材31の第一層312の厚さtを表皮厚δと等しい0.12μmとすると、磁性線材31の1GHzにおける等価比透磁率μeは、図7から、750となる。
そうすると、例えばニッケルをそのままシート状にして電波吸収体に用いた場合には、1GHzでは表皮効果によって等価比透磁率μeは、ほとんど1を超えず、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体であっても、1GHzにおいて得られる等価比透磁率μeは8程度であるのに対し、磁性線材31の長手方向に対して得られる等価比透磁率μeは、750であるから遙かに大きな値となる。
また、図8に示すように、例えば磁性線材31の第一層312の厚さtを表皮厚δの100倍である12μmとした場合であっても、1GHzにおける等価比透磁率μeは10を超え、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体よりも大きな等価比透磁率μeが得られる。ここで、式(5)から、第一層312の直流における比透磁率μsが大きいほど、等価比透磁率μeが大きくなるから、第一層312としてニッケルの直流における比透磁率μs以上の比透磁率μsを有する強磁性体を用いて、第一層312の厚さtを12μm以下とすれば、磁性線材31の等価比透磁率μeは1GHzにおいて10を超え、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体よりも大きくすることができる。
同様に、図8から、第一層312としてニッケルの直流における比透磁率μs以上の比透磁率μsを有する強磁性体を用いて、第一層312の厚さtを4μm以下とすれば、磁性線材31の等価比透磁率μeは10GHzにおいても10を超え、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体における1GHzでの等価比透磁率μeよりも10GHzにおける等価比透磁率μeを大きくすることができる。
すなわち、すくなくとも、磁性線材31の第一層312の厚さtを表皮厚δ以下にすることにより、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体よりも等価比透磁率μeを増大することができる。さらに、図8のグラフから、直流においてニッケルの透磁率以上の透磁率を有する強磁性体によって第一層312を構成し、第一層312の厚さtを12μm以下とすれば、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体よりも等価比透磁率μeを増大できることが確認できた。
また、第一層312は導体であるから、磁性線材31全体としても導体となり、基本的に誘電率が生じないので、磁性線材31は、高周波の電磁波に対して誘電率をほとんど増大させることなく磁性体として機能する。
なお、第一層312をメッキで形成する場合、厚さtが薄いもの、例えばt=0.01μmといったものを作成することは容易であり、むしろ厚さtを厚くする方が製造上の困難性をともなう。例えばニッケルの80GHzにおける表皮厚δは、0.014μmであるから、厚さ0.01μmの第一層312は表皮厚δより薄い。すなわち、磁性線材31にメッキにより厚さ0.01μmの第一層312を形成すると、磁性線材31を、80GHz以下の周波数範囲、例えば100MHz〜80GHzというような周波数範囲で磁性体として機能させることが容易となる。
次に、磁性線材31によって、上述の磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体よりも高い透磁率が得られる原理について説明する。図9は、磁性体に磁界が作用することにより生じる反磁界(demagnetizing field)について説明するための説明図である。図9に示すように、磁性体100に外部から加えられた磁界Hoが作用すると、磁性体100の両端にNとSの磁極が形成される。この磁極により生じる磁界は、磁界Hoと方向が逆向きの反磁界Hdとなり、磁界Hoが反磁界Hdにより打ち消される結果、磁性体100の内部磁界、すなわち有効磁界Hは、H=Ho−Hdとなる。
ここで、磁界Hoにより磁性体100に生じた磁化の強さをJ(T)、真空の透磁率をμ0とすると、Hd=N・J/μ0で表される。ここでNは、反磁界係数と呼ばれ、磁性体における反磁界Hdの生じ易さを示している。反磁界係数Nは、磁性体100の形状や、外部磁界Hoが加えられる方向によって異なる。
図10(a)は、図5に示す磁性線材31における反磁界係数Nを説明するための説明図である。また、図10(b)は、磁性体微粒子を用いたマイクロ波磁性体の球体の磁性体微粒子101における反磁界係数Nを説明するための説明図である。磁性体の三つの主軸x,y,z方向の反磁界係数Nx,Ny,Nzは、Nx+Ny+Nz=1の関係が有る。
そして、図10(b)に示すように、磁性体微粒子101では、反磁界係数Nx,Ny,Nzは、1/3,1/3,1/3となり、すなわちいかなる方向の外部磁界Hoに対しても、反磁界Hdが生じて磁性体微粒子101内部の有効磁界Hが弱められる結果、磁性体微粒子101の磁気的作用が弱められる。一方、図10(a)に示すように、図1に示す磁性線材31のような線状の磁性体、すなわち全体の長さ>>直径となるような磁性線材31に対しては、磁性体の長さ方向に対して垂直な反磁界係数Nx,Nyが1/2,1/2となり、磁性体の長さ方向の反磁界係数Nzがゼロとなることが知られている((株)学献社刊 山田、宮沢、別所著 基礎磁気工学)。
ここで、印加磁界をHo、真空の透磁率をμ0、磁性体微粒子101や磁性線材31等の磁性体の直流での比透磁率をμs、等価比透磁率をμe、反磁界係数をNとすると、磁性体内の磁束密度Bは、以下の式(6)で与えられる。
磁性体微粒子101では、磁性体微粒子101を強磁性体で構成すると、比透磁率μsは、ニッケルで1120、鉄で5000、PermalloyやAmorphousでは1万を超え、式(6)における1/μsの項は微少近似により無視でき、N=1/3であることから、下記の式(7)が得られる。
よって、球体に近似される形状の磁性体微粒子101単体では、例え比透磁率μsが1120以上になるような強磁性体を用いたとしても、反磁性効果により等価比透磁率μeは3となり、さらに表皮効果により等価比透磁率μeが減ぜられ、等価比透磁率μeは、3に満たない値となってしまう。
一方、図1に示す磁性線材31では、式(6)にN=0を代入すると、μ0μeHo=μ0μsHoとなり、μe=μsが得られる。すなわち、図5に示す磁性線材31では、線材の長手方向における等価比透磁率μeは、反磁性効果によっても磁性体材料の比透磁率μsがそのまま得られ、例えば磁性体材料として、ニッケルを用いれば等価比透磁率μeは1120、鉄を用いれば等価比透磁率μeは5000となり、表皮効果による透磁率の低下を考慮しても、球体に近似される形状の磁性体微粒子101単体の場合と比べて大幅に、磁性線材31の長手方向の磁束に対する等価比透磁率μeを増大させることができる。
ここで、磁性線材31単体では、磁性線材31の長手方向について、等価比透磁率μeを増大することができる。従って、磁性線材31の長手方向と直交する方向の磁束に対しては、長手方向より等価比透磁率μeが減少してしまう。しかしながら、磁性体層3は、複数の磁性線材31が互いに異なる方向に交差して網状にされているので、二方向に対して反磁界係数がゼロとなるように線状の磁性線材31が配置される。そうすると、外部から印加されたいかなる方向の磁束も、反磁界係数がゼロとなる二方向にベクトル分解されて反磁性効果が低減されるので、磁性体層3全体としては、磁束の方向、すなわち外部から入射する電磁波の偏波面の方向に関わらず、等価比透磁率μeが増大する。
なお、磁性線材31は、電磁波に対して線状の形状に近似できる必要がある。そうすると、磁性線材31の半径dと長さLとは、L>>d、例えばL>100dの条件を満たすと共に、吸収させようとする電磁波の波長λに対し、d<<λ、例えばd<λ/1000の条件を満たすことが望ましい。
また、磁性線材31の太さ(直径)をD、波長λの電磁波により生じる表皮効果における表皮厚をδ、磁性線材31,31aの比透磁率をμsとした場合、D<4δ・μsであってもよく、D≧4δ・μsであってもよい。
次に、磁性線材31の周波数特性について説明する。まず、磁性線材31のような薄い磁性体層を備えない導体線102のインピーダンスについて、説明する。図11は、導体線102及び磁性線材31に、紙面に垂直方向にマイクロ波電流が流れた際に生じる磁束を説明するための説明図である。図11(a)は導体線102の断面を示し、図11(b)は磁性線材31の断面を示している。
まず、図11(a)に示すように、導体線102にマイクロ波電流が流れた場合には、導体線102の外周における大気中に、外部磁束Beを生じる。また、導体線102の内部には、表皮効果によって磁束が浸入できないため磁界が存在しない。
導体線102の外周に外部磁束Beが生じると、無限大の大地に向かう電界によって、静電容量Cを生じる。静電容量Cは、導体線102の全体に分布するから、導体線102は分布定数回路となる。そうすると、導体線102のインピーダンスZ1は、流れる電流の周波数に対して周期性を生じ、下記の式(8)で示される。
式(8)において、△は導体線102の長さ、λは流れる電流の波長である。
式(8)によれば、導体線102のインピーダンスZ1は、双曲線関数Tanhなる周期関数によって変動するので、上述したように抵抗体層の背後に導体線102を配置して、抵抗体層の背後のインピーダンスを増大させようとしても、広い周波数帯域に渡って抵抗体層の背後のインピーダンスを増大させることができない。そうすると、広い周波数帯域に渡って抵抗体層のインピーダンスと抵抗体層の背後のインピーダンスとの並列和を大気の波動インピーダンスZ0と近似させることができないので、広帯域に渡って電磁波の減衰量を増大させることが困難である。
一方、磁性線材31の等価比透磁率μeは、式(5)によって与えられ、周波数に対する周期性がなく、第一層312の厚さtが薄いほど等価比透磁率μeが大きくなる。そして、磁性線材31の等価比透磁率μe>>大気の透磁率μ0 になると、第一層312の方が大気中より遙かに磁束が通りやすくなるため、第一層312を流れる内部磁束Biが生じる。この場合、第一層312の内部は磁気的に短絡状態となり、内部磁束Biは外部磁束Beの等価比透磁率μe倍大きくなるため、内部磁束Bi>>外部磁束Be の関係になる。そうすると、工学的近似では、外部磁束Beの影響は無視でき、内部磁束Biのみが残る。
磁性線材31に内部磁束Biしか存在しない場合、電磁波は磁性線材31内を伝播し、内部磁束Biに応じた電界は大気中に生じない。従って、大地に向かう電気力線が存在せず、静電容量Cが生じない。そうすると、磁性線材31のインピーダンスは、静電容量Cに基づく上述の式(8)とは異なる取り扱いとなる。
以下、磁性線材31のインピーダンスについて説明する。図5に示す磁性線材31を、図12に示すように、厚さtの第一層312の背面に、平面状の負荷インピーダンスZLの線材311が設けられた平面磁性体103に近似して考えると、このような平面磁性体103内を伝播する波の特性インピーダンスZw及び伝播定数γwは、以下の式(9)によって与えられる(「竹山説三 電気磁気学現象理論 丸善 XVI−3. 導体内の平面波」)。
但し、ω:電磁波の角周波数
μ:μ0×μs
μ0:大気の透磁率
μs:第一層312の直流の透磁率
ρ:第一層312の抵抗率(Ω・m)
そして、平面磁性体103内の伝送マトリックスHは、以下の式(10)によって与えられる。
ここで、平面磁性体に対する電磁波入射方向からみた入射インピーダンスZ2は、以下の式(11)で与えられる。
式(11)は、1m2あたりの値であるから、半径dの円筒に換算すると、磁性線材31の入射インピーダンスZiは、下記式(12)によって与えられる。但し、t<<dであるものとする。
ここで、図5に示す磁性線材31のように、芯線が絶縁体の場合、負荷インピーダンスZLは、下記の式(13)によって与えられる。
但し、Z0:真空中の波動インピーダンス
εd:絶縁体(線材311)の誘電率
式(12)に式(13)を代入すると、式(12)は、下記の式(14)に近似できる。
従って、磁性線材31の入射インピーダンスZiは、式(14)で与えられる。
次に、磁性線材31を用いて図3に示す網状の磁性体層3を構成した場合、磁性体層3の網目幅△が、式(14)における磁性線材31の長さ△に相当するから、磁性体層3の網目幅△が大きいほど、インピーダンスZiが増大する。
この場合、網目の間隔△が、吸収しようとする電磁波の波長λに対して大きくなりすぎると、電磁波と作用しなくなってしまうので、網目幅△は、λ/4以下、望ましくはλ/36以下の範囲内で、大きくなるほど磁性線材31のインピーダンスZiが増大する。網目幅△は、磁性体層3のメッシュ数をMとした場合、△=25.4mm/Mで与えられる。
次に、図2に示す電波吸収体1の入射面インピーダンスZpについて説明する。図3に示す磁性体層3と導体層4とを重ね合わせた部分は、電波吸収体1の抵抗体層2と並列接続されるインピーダンスZsと、電波吸収体1の抵抗体層2と直列接続されるインピーダンスZtとを生じる。インピーダンスZsは、図13に示す磁性体層3の平面構造によって生じるインピーダンスであり、式(14)で与えられる入射インピーダンスZiと等しい。
図14は、図2に示す電波吸収体1の断面図である。なお、導体層4は、図3に示すように網状であり、磁性線材31と交錯しているが、図14では、説明を容易にするため板状の反射導体として記載している。図14に示すように、磁性体層3と導体層4との接結点Pにおいて、磁性体層3は導体層4と導通している。そうすると、導体層4を挟んで反対側に、磁性体層3の鏡像Imが等価的に現れる。そして、磁性体層3と鏡像Imとの間に、およそ一辺が△となる三角形状のループ11が構成され、ループ11を流れる循環電流が生じる。そして、この循環電流によって磁界が生じるため、この磁界に起因してインピーダンスZtが生じる。
この場合、インピーダンスZtは、インピーダンスZsで近似できるので、下記の式(15)が成立する。
このようにして構成された電波吸収体1の伝送マトリクスGは、抵抗体層2の抵抗値をRとすると、下記の式(16)で示される。
電波吸収体1の入射面インピーダンスZpは、下記の式(17)で与えられる。
そして、電波吸収体1の反射減衰量Γは、下記の式(18)で与えられる。
入射面インピーダンスZpは、Zp=r+jXで表され、実抵抗分rと、リアクタンス分Xとが含まれている。ここで、大気の波動インピーダンスZ0はリアクタンス分Xがゼロなので、入射面インピーダンスZpは、実抵抗分rが377Ωに近づき、かつリアクタンス分Xがゼロに近いほど、反射減衰量Γは大きくなる(減衰する)。
図15は、電波吸収体1の入射面インピーダンスZpと、反射減衰量Γとの関係を示すグラフである。図15に示すように、リアクタンスXが小さくなるほど反射減衰量Γが大きくなる(減衰する)。さらに、図15から、リアクタンスXが10Ω、25Ω、50Ωのいずれであっても、入射面インピーダンスZpが200Ω〜700Ωの範囲で反射減衰量Γが、−10dBより大きく(減衰量が大きく)なることが確認できた。電波吸収体1は、反射減衰量Γが−10dB以上であれば、電波吸収体として好適に用いることができる。
また、電波吸収体1は、図23に示す損失誘電体を用いた電波吸収体のように、λ/4に近い厚みを持たせる必要がないので、式(17)等に基づいて、磁性線材31における第一層312の厚さt、第一層312の比透磁率μs、網目幅△、及び抵抗体層2の抵抗値Rを適宜設定して、入射面インピーダンスZpが200Ω以上、700Ω以下の範囲になるようにすることで、−10dB以上の反射減衰量を確保しつつ、薄型化することが容易となる。
図16は、上述のようにして構成された電波吸収体1の反射減衰量Γの一例を示すグラフである。ここで、線材311として半径dが15μmのポリエステル繊維を用い、この線材311を平織りにして200メッシュの第2網を作成した。さらに、この線材311を平織りにして14メッシュの第1網を形成しつつ第2網の組織点7個毎に第1網の線材311を交錯させて接結点を設け、重ね織り組織とした。
次に、この重ね織り組織に銅の無電解メッキを施して、厚さtが約0.02μmの第二層313を形成し、さらに鉄とニッケルとの合金を電解メッキして厚さtが約0.05μmの第一層312を形成した。この合金は、鉄:ニッケル=50:50にされている。この合金の比透磁率及び固有抵抗を測定すると、比透磁率μsが8000、固有抵抗が55×10−8Ω・mであった。
そして、抵抗体層2の抵抗値Rを377Ωより大きい380Ωにした場合と、1200Ωにした場合とで、反射減衰量Γを算出した。
図16に示すように、抵抗値Rを1200Ωにした場合、0.8GHz〜20GHzの広い周波数帯域で、−10dB以上の大きな減衰量が得られ、電波吸収体として機能することが確認できた。特に、1.1GHz〜3GHzの周波数範囲では、−20dB以上の極めて大きな減衰量が得られることが確認できた。また、抵抗値Rを1200Ωにした場合、1.2GHz〜100GHzを越える極めて広い周波数帯域で、−10dB以上の大きな減衰量が得られることが確認できた。
図16に示すように、低周波数の領域では、磁性体層3の入射インピーダンスZiが高周波領域より小さいので、抵抗体層2との並列和により得られる電波吸収体1の入射面インピーダンスZpが小さくなる結果、反射減衰量Γが増大している。
また、抵抗体層2の抵抗値Rを調節することにより、特定の周波数範囲で反射減衰量Γを増大させたり、あるいは周波数が増大するにつれて反射減衰量Γを増大させるといったように、反射減衰量Γの周波数特性を調節することができる。
図17は、上述の磁性線材31における鉄とニッケルとの合金のメッキ厚(第一層312の厚さt)を変化させた場合の、磁性線材31のリアクタンスを示すグラフである。図17に示すように、リアクタンスがピークを示す第一層312の厚さtが存在している。そうすると、図15に示すように、リアクタンスXが小さくなるほど反射減衰量Γは大きくなる(電磁波が減衰する)から、図17に示すリアクタンスのピークを避けるように、第一層312の厚さtを設定することが望ましい。
本発明者は、電波吸収体1によって吸収しようとする取り扱い対象周波数範囲の最低値、すなわち取り扱い対象周波数範囲において最もリアクタンスが低くなる周波数で、式(14)における(γW・t)が、0.6〜0.9ラジアンの範囲となる厚みtにおいて、最も電磁波の減衰効果が高くなることを見出した。
なお、例えば図18に示す電波吸収体1aのように、磁性体層3を複数、例えば2層重ねる構成としてもよい。この場合、磁性体層3を2層重ねたインピーダンスは、下記の式(19)で表され、磁性体層3が1層の場合よりもインピーダンスが高くなるため、入射面インピーダンスZpを377Ωに近づけることが、より容易となる。
図18に示す電波吸収体1aは、10メッシュの網目にされた磁性体層3が2層重ねられており、一番背後の200メッシュの網にされた導体層4は、反射板と等価な機能を持つ。磁性体層3の磁気特性は網目間隔が広く、磁性体層3が細いほど大きくなる。それは相反する条件であり、細い線の網目間隔は狭くなるので、各層毎に織ってそれを重ねたのでは実現に困難性を伴う。そこで、2層の磁性体層3の間で線材31を特定間隔で絡める事で、磁性体層3を細くしつつ、網目間隔を広げることが容易となる。このように、2層の磁性体層3の間で線材31を特定間隔で絡める技術は、紡織技術では確立されている。
線材31の径が太く、網目間隔が狭い(大きなメッシュ数)と磁気効果は減少し、磁性体と言うよりも反射導体として機能する。それ故に、2層の磁性体層3には、紡織機で切れないで織れる最小径である30μmの線材を使用した。しかし反射体として使用する導体層4は、100μm径の太い線材41を、200メッシュの網状にして、外部ストレスで変形しない安定な網目間隔が維持できるようにした。
30μm径の絶縁芯に銅メッキを施し、さらに鉄とニッケルの合金を厚さ約0.5μmでメッキした線材を用いて、10メッシュの網を構成した場合、入射インピーダンスは大気の波動インピーダンスより高くなる。また、100μm径の絶縁芯に銅メッキを施し、さらに鉄とニッケルの合金を厚さ約0.5μmでメッキした線材を用いて200メッシュの網を構成した場合、入射インピーダンスは大気の波動インピーダンスより低くなり、反射体として機能する。
現実に細い線材或いは層間の線を接触により相互に電気接続する事は不可能に近い。それ故に図18に示すように、2層の磁性体層3と導体層4とを、織り上げてからメッキすることで、電気接続を容易に行うことができる。
即ち、図18に示す電波吸収体1aは、導体層4における実用上の十分な反射効果と、2層の磁性体層3、及び導体層4の間での電気的接続と、2層の磁性体層3における確実な網目間隔の維持を旧来の紡織設備により実現している。
図19、図20は、図18に示す電波吸収体1aの入射面インピーダンスZpを示すグラフである。入射面インピーダンスZpは複素数であり、Zp=r+jXで表されるので、実抵抗分rを図19に示し、リアクタンス分Xを図20に示している。図21は、図18に示す電波吸収体1aの反射減衰量Γを示すグラフである。
電波吸収体1aは、磁性体層3のメッシュ数を10、磁性線材31の半径dを15μm、第一層312を上述の鉄とニッケルとの合金とした。また、図19、図20は、第一層312の厚さtが0.05μm、0.1μm、0.25μm、0.5μmの場合について、実抵抗分rとリアクタンス分Xとを示した。
図19に示すように、上述の電波吸収体1aでは、周波数fが1GHzにおいて、実抵抗分rが約450Ωとなり、大気の波動インピーダンスより大きいので、抵抗体層2の抵抗値Rとの並列和を377Ωに近似させることが容易となる。また、図20に示すように、リアクタンス分Xはゼロとなり、反射減衰量Γを増大させる(電磁波の減衰量を増大させる)ことが容易となる。
なお、図19、図20では、第一層312の厚さtが0.05μm、0.1μm、0.25μm、0.5μmのいずれの場合も実抵抗分r、リアクタンス分Xに差がなく、第一層312の厚さtが表皮厚δ以下であって、特に0.5μm以下であれば、抵抗体層2の背面のインピーダンスを増大させて反射減衰量Γを増大(電磁波を減衰)させ得ることが確認できた。
図21は、第一層312の厚さtを0.5μmとして、抵抗体層2の抵抗値Rが400Ω、450Ω、500Ω、600Ωの場合について、反射減衰量Γを示した。図21に示すように、周波数fが1GHzにおいて、抵抗値Rが400Ω、450Ω、500Ω、600Ωのいずれにおいても反射減衰量Γは−10dBを超え、大きな減衰量が得られた。
なお、磁性線材31は、必ずしも第二層313を備えている必要はなく、例えば図22に示す磁性線材31aのように、第二層313を備えず、線材311の外周に、厚さtが電波吸収体1によって吸収させようとする電磁波の周波数をfとした場合に上記式(3)から得られる表皮厚δ以下にされた第一層312をメッキ、蒸着、塗布等により形成し、上述の磁性線材31の代わりに磁性線材31aを用いるようにしてもよい。
上述のように、本発明に係る電波吸収体は、一方面から入射した所定周波数の電磁波を吸収する電波吸収体であって、前記一方面から順に、抵抗体を含む抵抗体層と、磁性体として機能する磁性体層と、導体層とを備え、前記磁性体層は、第1線材の外周に強磁性体の第一層が設けられた磁性線材によって網状にされたものであり、前記第一層の厚さは、前記周波数の電磁波により生じる表皮効果における表皮厚以下である。
この構成によれば、磁性体層を構成する磁性線材が線状の形状をしているため、磁性線材の長さ方向の反磁界係数がゼロとなって反磁性効果が低減される。また、強磁性体の第一層の厚さが、吸収しようとする周波数の電磁波により生じる表皮厚以下にされることによって、当該周波数の電磁波に対して実効的に得られる比透磁率である等価比透磁率が増大する。また、導体層に入射した電磁波は、導体層の表面で磁界が最大となるが、磁性体層は導体層の前面に配置されるので、磁界が大きくなる位置に等価比透磁率が増大された磁性体層が配置されることにより、磁性体層と磁界との磁気的作用が増大される結果、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる。電波吸収体の入射インピーダンスは、抵抗体層のインピーダンスと抵抗体層の背後のインピーダンスとの並列和により得られるが、抵抗体層の背後に配置された磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる結果、電波吸収体の入射インピーダンスを増大させて大気の波動インピーダンスに近づけることが容易となる。電波吸収体から反射する電磁波は、波吸収体の入射インピーダンスと大気の波動インピーダンスとが近づくほど減少し、すなわち電磁波の反射減衰量が増大(吸収量が増大)するから、電波吸収体の入射インピーダンスを大気の波動インピーダンスに近づけることが容易となれば、電磁波の吸収量を増大させることが容易となる。また、このような電波吸収体は、背景技術に係る電波吸収体のように、電磁波の電界成分が大きくなる反射導体から離れた位置に損失誘電体を配置する必要がなく、反射導体となる導体層の前面直近の位置に磁性体層を配置すればよいから、薄型化することが容易となる。
また、本発明に係る電波吸収体は、一方面から入射した所定周波数の電磁波を吸収する電波吸収体であって、前記一方面から順に、抵抗体を含む抵抗体層と、磁性体として機能する磁性体層と、導体層とを備え、前記磁性体層は、第1線材の外周に、直流におけるニッケルの透磁率以上の透磁率を有する磁性体の第一層が設けられた磁性線材によって網状にされており、前記第一層の厚さは、12μm以下である。
この構成によれば、磁性体層を構成する磁性線材が線状の形状をしているため、磁性線材の長さ方向の反磁界係数がゼロとなって反磁性効果が低減される。また、強磁性体の第一層の厚さが、12μm以下にされることによって、当該周波数の電磁波に対して実効的に得られる比透磁率である等価比透磁率が増大する。また、導体層に入射した電磁波は、導体層の表面で磁界が最大となるが、磁性体層は導体層の前面に配置されるので、磁界が大きくなる位置に等価比透磁率が増大された磁性体層が配置されることにより、磁性体層と磁界との磁気的作用が増大される結果、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる。電波吸収体の入射インピーダンスは、抵抗体層のインピーダンスと抵抗体層の背後のインピーダンスとの並列和により得られるが、抵抗体層の背後に配置された磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる結果、電波吸収体の入射インピーダンスを増大させて大気の波動インピーダンスに近づけることが容易となる。電波吸収体から反射する電磁波は、波吸収体の入射インピーダンスと大気の波動インピーダンスとが近づくほど減少し、すなわち反射減衰量が増大(吸収量が増大)するから、電波吸収体の入射インピーダンスを大気の波動インピーダンスに近づけることが容易となれば、電磁波の吸収量を増大させることが容易となる。また、このような電波吸収体は、背景技術に係る電波吸収体のように、電磁波の電界成分が大きくなる反射導体から離れた位置に損失誘電体を配置する必要がなく、反射導体となる導体層の前面直近の位置に磁性体層を配置すればよいから、薄型化することが容易となる。
また、前記第一層の厚さは、4μm以下であることが好ましい。第一層の厚さが4μm以下であれば、等価比透磁率がさらに増大し、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることが容易になる結果、電波吸収体の入射インピーダンスを大気の波動インピーダンスに近づけて、電磁波の吸収量を増大することが容易になる。
また、前記第1線材は、絶縁材料であることが好ましい。第1線材が絶縁材料であれば、第1線材の抵抗が増大するので磁性体層の入射インピーダンスを増大させることが容易になる。
また、前記第1線材は、絶縁材料により構成された第2線材と、無電解メッキに適した導電材料によって、前記第2線材の外周に形成された第二層とからなるものであることが好ましい。
第1線材の外周に第一層を形成する方法としては、強度や品質の点で電解メッキを用いることが望ましいが、絶縁材料に強磁性体を直接電解メッキすることにより第一層を形成することはできない。しかし、無電解メッキに適した導電材料を絶縁材料の第2線材に無電解メッキすることは容易である。従って、第2線材の外周に無電解メッキにより導電材料からなる第二層が形成された第1線材を構成することは容易である。そして、このように構成された第1線材は、外周に強磁性体を電解メッキすることにより、第一層を形成することが容易である。
また、前記磁性体層の網目の幅は、前記波長λの1/4以下であることが好ましい。網の目の大きさが波長λの1/4以下であれば、網の目が電磁波と作用して、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる。
また、前記磁性体層の網目の幅は、前記波長λの1/36以下であることが好ましい。網の目の大きさが波長λの1/36以下であれば、網の目の電磁波との作用が増大し、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることができる。
また、前記磁性体層と前記導体層とは、所定の間隔毎に複数箇所で導通していることが好ましい。この構成によれば、導体層を挟んで磁性体層の反対側に、磁性体層の鏡像が等価的に現れる。そうすると、磁性体層と導体層との複数の導通箇所で、磁性体層とその鏡像とが接続され、磁性体層と鏡像とで構成されるループ状の電流経路が生じる。そのため、外部から印加された磁界に対して当該電流経路に循環電流が流れ、この循環電流により磁界が生じる結果、当該磁性体層に等価的なインダクタンスが付与されて、磁性体としての磁気的効果が増大する。
また、前記磁性体層は、前記磁性線材を織った織物であることが好ましく、前記磁性線材を編んだ編物であってもよく、略板状の部材に網の目状の貫通孔が形成されてなる網における当該網の目の各辺を前記第1線材とするものであってもよい。この構成によれば、磁性体層を磁性線材によって網状に構成することが容易である。
また、前記網状の磁性体層において前記磁性線材が、互いに交差する点が、前記導体層と導通していることが好ましい。この構成によれば、磁性体層と導体層とが、所定の間隔毎に複数箇所で導通する。
また、前記導体層は、導体線によって、前記磁性体層よりも目が小さい網状にされたものであり、前記磁性線材は、前記導体層における所定数の網の目毎に前記導体線と交錯しており、各交錯位置で、前記導体層と導通していることが好ましい。この構成によれば、磁性体層の磁性線材は、磁性体層よりも目が小さい網状にされた導体線と交錯することによって保持されるので、磁性体層の網目幅が維持される。
また、前記磁性体層は、前記磁性線材を織った織物であり、前記導体層は、導体線を織った織物であり、前記磁性体層と前記導体層とによって、重ね織り組織が構成され、前記重ね織り組織の接結点において、前記磁性体層と前記導体層とが導通することが好ましい。
この構成によれば、磁性線材を織った織物と導体線を織った織物とで重ね織り組織を構成することによって、織物技術を用いて磁性体層と導体層とを構成し、かつ磁性体層と導体層とを所定の間隔毎に複数箇所で導通させることができるので、磁性体層と導体層とを構成することが容易となる。
また、前記抵抗体層の抵抗値は、前記磁性体層のインピーダンス値との並列和した値が、大気の波動インピーダンスと近似する抵抗値になるように、設定されていることが好ましい。抵抗体層の抵抗値と磁性体層のインピーダンス値とを並列和した抵抗値が、大気の波動インピーダンスと近似する値になるように、抵抗体層の抵抗値が設定されていれば、電磁波の吸収量を増大させることができる。
また、前記大気の波動インピーダンスと近似する抵抗値は、200Ω以上、700Ω以下の範囲であることが好ましい。抵抗体層の抵抗値と磁性体層のインピーダンス値とを並列和した値が、200Ω以上、700Ω以下の範囲であれば、電波吸収体として良好な反射減衰量が得られる。
また、前記強磁性体は、鉄とニッケルとの合金であることが好ましい。鉄とニッケルとの合金は、第一層の材料として適している。
また、前記電磁波の周波数は、少なくとも1GHzを含むことが好ましい。この場合、当該電波吸収体が吸収する周波数範囲にマイクロ波が含まれるので、当該電波吸収体は、マイクロ波に対して電波吸収体として機能するいわゆるマイクロ波電波吸収体となる。
また、前記第一層の厚さは、前記吸収しようとする電磁波の周波数範囲の最低値において、以下の式(1)における(γW・t)が、0.6ラジアン≦(γW・t)≦0.9ラジアンの範囲となる厚さtであることが好ましい。
但し、ω:電磁波の角周波数
μ:前記強磁性体の透磁率
ρ:前記強磁性体の抵抗率(Ω・m)
第一層の厚さtが、吸収しようとする電磁波の周波数範囲の最低値において、式(1)における(γW・t)が、0.6ラジアン≦(γW・t)≦0.9ラジアンの範囲となる場合、磁性体層の入射インピーダンスを増大させることが容易になる結果、電波吸収体の入射インピーダンスを大気の波動インピーダンスに近づけて、電磁波の吸収量を増大することが容易になる。
また、本発明に係る電波吸収体の製造方法は、上述の電波吸収体の製造方法であって、前記第2線材の外周に、前記導電材料を無電解メッキすることによって前記第二層を形成する工程と、前記第二層が形成された前記第1線材の外周に、強磁性体を電解メッキすることによって前記第一層を形成する工程とを有する。
この構成によれば、絶縁材料の第2線材の外周に、導電材料が無電解メッキされて第二層が形成され、さらに第二層の上から強磁性体が電解メッキされて第一層が形成されるので、第一層を電解メッキによって形成することができる結果、第一層の強度を向上させることができる。
また、本発明に係る電波吸収体の製造方法は、上述の電波吸収体の製造方法であって、前記第2線材によって第1網を形成する工程と、第3線材によって前記第1網より網の目が小さくされた第2網を形成する工程と、前記第2網における所定数の網の目毎に前記第1網の第1線材を交錯させる工程と、前記第2網に前記第1線材が交錯された状態の前記第1網及び前記第2網に、無電解メッキに適した導電材料を無電解メッキすることによって、前記第2線材の外周に前記第二層を形成して前記第1線材を形成すると共に前記第3線材に導電性を付与する工程と、前記導電材料が無電解メッキされた前記第1網及び前記第2網に、強磁性体を電解メッキすることにより前記第1線材の外周に強磁性体の第一層が設けられた磁性線材を形成する工程とを有する。
この構成によれば、絶縁材料の第2線材によって第1網が形成され、第3線材によって第1網より網の目が小さくされた第2網が形成され、第2網における所定数の網の目毎に第1網の第1線材が交錯される。また、第2網に第1線材が交錯された状態の第1網及び第2網に、無電解メッキに適した導電材料が無電解メッキされて第2線材の外周に第二層が形成された第1線材が形成されると共に第3線材に導電性が付与される。そして、導電材料が無電解メッキされた第1網及び第2網に、強磁性体が電解メッキされて第1線材の外周に強磁性体の第一層が設けられた磁性線材が形成される。この場合、第2網における所定数の網の目毎に第1網の第1線材が交錯された状態にされた後に、導電材料が無電解メッキされ、さらにその上から強磁性体が電解メッキされて第一層が形成されるので、第1網や第2網を形成する工程でメッキ層が剥離することがなく、かつ網構造と複雑に絡み合ってメッキ層が形成される結果、電解メッキにより形成された第一層の強度を向上することができる。さらに、第1網における第2線材同士が交錯する点、第2網における第3線材同士が交錯する点、及び第2線材と第3線材とが交錯する点の上からメッキされることにより、これらの点における導通が良好となる。