JP4161125B2 - 質量分析法および質量分析装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、質量分析法および質量分析装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
質量分析法は、多くの分析法の中で、物質を構成する分子の質量を決定できると同時にその物質の微量分析が可能であるという特徴を有する。質量分析法では、被測定物を様々なイオン化法を用いてイオン化し、質量/電荷比(m/z)に基づくスペクトルを測定することによって、被測定物の分子量や構造を決定する。
【0003】
また、質量数が同じ分子でもその組成が異なる場合には、電子イオン化法(Electron Ionization)や高速原子衝撃イオン化法(FastAtom Bombardment)などを用いて、試料分子から解離したフラグメントイオンを測定することによって、その識別が可能である場合が多い。
【0004】
しかしながら、通常用いられているイオン化法では、組成が同じで構造が異なる異性体の識別および構造決定は困難である場合が多い。一方、化学物質では、異性体によって特性が大きく異なるため、異性体の識別は重要な問題である。たとえばダイオキシンでは、塩素原子の置換位置によって毒性が大きく異なる。そのため、質量分析法においても異性体の識別をすることが望まれるが、異性体の識別および構造決定には、試料分子を解離させて得られるフラグメントイオンを測定することが必要である。
【0005】
異性体の識別が可能な方法としては、衝突活性化解離(Collisionally Activated Dissociation:CAD)法や、表面誘起解離(Surface Induced Dissociation:SID)法を用いる質量分析法が挙げられる。CAD法では、生成したイオンを希ガス等のターゲットと衝突させて励起解離させ、解離生成したイオンの質量スペクトルを測定することによって、一部の分子についてはその異性体の識別が可能である。また、SID法では、生成したイオンを固体表面と衝突させて励起解離させ、解離生成したイオンの質量スペクトルを測定している。これらの衝突解離方法では、いずれも、元のイオンよりもエネルギーの高い状態に励起することによって試料分子を解離させている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記従来の励起方法では、励起状態における内部エネルギー分布が広いために、さまざまな解離機構で解離が生じることになる。その結果、質量分析において、さまざまな解離機構で解離したフラグメントイオンを測定することになるため、それらのスペクトルが重なって異性体の識別が困難になる。
【0007】
このような状況に鑑み、本発明は、異性体の識別および分析を実現可能とする新たな質量分析法、およびそれに用いる質量分析装置を提供することを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本発明の質量分析法は、(i)被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成する工程と、(ii)前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを分離してターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する工程と、(iii)前記フラグメントイオンの質量分析を行う工程とを含むことを特徴とする。この質量分析法によれば、内部エネルギーが狭い特定の励起状態から解離したフラグメントイオンを生成できるため、被測定物の構造に敏感な質量分析が可能になる。また、この方法ではイオンの分析を行うため、微量試料の分析と定量が可能であるという質量分析の利点を維持している。
【0009】
上記質量分析法では、前記nが3以上の整数であり、前記(ii)の工程は、(ii−1)前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを分離してターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンを生成する工程と、(ii−2)前記(n−1)価以下の正イオンをターゲットに衝突させて(n−2)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する工程とを含んでもよい。この構成によれば、MS/MS/MS法による質量分析を行うことができる。
【0010】
上記質量分析法では、前記ターゲットが、アルカリ金属の蒸気であることが好ましい。
【0011】
また、本発明の質量分析装置は、被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成するためのイオン化手段と、前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを質量分離するための分離手段と、質量分離された前記n価の正イオンを衝突させることによって、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成するための電子移動反応発生手段と、前記フラグメントイオンの質量分析を行うための分析手段とを備えることを特徴とする。この質量分析装置によれば、本発明の質量分析法を容易に実施できる。
【0012】
上記質量分析装置では、前記電子移動反応発生手段がアルカリ金属の蒸気であることが好ましい。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0014】
(実施形態1)
実施形態1では、本発明の質量分析法について説明する。
実施形態1の質量分析法では、まず、被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成する(工程(i))。すなわち、被測定物のイオン化は、2価以上の多価イオンが含まれるように行う。生成する多価イオンの価数に特に限定はないが、たとえば2価、3価、4価といった価数の正イオンを生成する。被測定物を正イオンにする方法としては、多価イオンを生成するために質量分析法で一般的に用いられているイオン化法を用いることができる。具体的には、たとえば、電子イオン化法(EI)、化学イオン化法(CI)、高速原子衝撃法(FAB)、大気圧化学イオン化法(APCI)、マトリックス支援レーザーイオン化法(MALDI)や、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)などを用いることができる。
【0015】
次に、得られた複数の正イオンからn価(nは2以上の整数)の正イオンを分離してターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する(工程(ii))。工程(ii)では、生成された複数の正イオンから1つのイオン(親イオン)を質量分離し、これをターゲットに衝突させる。なお、質量分離するイオンは、任意に選択することが可能であり、測定する親イオンを変えることによって、被測定物に関するより多くの知見が得られる。
【0016】
工程(ii)で行われる質量分離は、質量分析法において一般的に使用されている分離装置を用いて行うことができ、たとえば、磁場型(Sector Type)の分離装置、四重極型(Quadrupole)の分離装置、イオントラップ型(Ion Trap)の分離装置、飛行時間型(Time of Flight)の分離装置、フーリエ変換イオンサイクロトロン型(Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance)の分離装置を用いて行うことができる。
【0017】
工程(ii)で用いられるターゲットには、衝突した多価イオンと電子移動反応を起こしてより価数が低い正イオンを生成させるターゲットを用いる。たとえば、イオン化エネルギーが低く且つ電子雲の広がりが大きいアルカリ金属(たとえば、Fr、Cs、Rb、K、Na、Liなど)の蒸気は、近共鳴電子移動が効率よく起こりやすいため、ターゲットとして好ましい。なお、多価イオンのイオン化エネルギーは通常かなり高いため、アルカリ金属の蒸気以外のターゲットも可能であると考えられる。
【0018】
次に、工程(ii)で生成されたフラグメントイオンの質量分析を行う(工程(iii))。フラグメントイオンの質量分析は、従来の質量分析法で用いられている方法を適用できる。具体的には、質量分離装置とイオン検出器とを備える質量分析装置で質量分析を行うことができる。以上の方法では、MS/MS法に相当する質量分析を行うことができる。このとき、親イオンとフラグメントイオンの電荷が異なっている。質量分離は、質量/電荷比(m/z)の値に基づいて行われるため、この点を考慮して分析結果を解析する必要がある。
【0019】
なお、多価イオンの価数nが3以上である場合には、ターゲットへの衝突を複数回行ってもよい。すなわち、工程(ii)として、工程(i)で生成された複数の正イオンからn価(nは2以上の整数)の正イオンを分離してターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンを生成する工程(工程(ii−1))と、生成された(n−1)価以下の正イオンをターゲットに衝突させて(n−2)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する工程(工程(ii−2))とを行ってもよい。この場合には、MS/MS/MS法に相当する質量分析を行うことができる。なお、ターゲットへの衝突とフラグメントイオンの分離とは3回以上繰り返してもよい。このように、本発明によればMSn法に相当する質量分析を行うことができる。
【0020】
以下、本発明の質量分析法の原理について説明する。多価イオンは、価数の低いイオンよりもイオン化エネルギー分だけエネルギーが高い。本発明では、n価の多価イオン(親イオン)をターゲットに衝突させ、電子移動反応などによって脱励起し、価数の低い正イオンを生成させる。このとき生成された価数の低い正イオンは、元の多価イオンよりもエネルギー状態が低くなるが、生成した価数のイオンとしては励起状態となることが多い。このため、生成された価数の低いイオンは解離してフラグメントイオンが生成される。
【0021】
本発明における分子の解離機構と、従来の質量分析法における分子の解離機構とを図1に模式的に示す。なお、図1は模式図であり、実際の分析における分子の解離とは異なる場合がある。図1においてAおよびBは、それぞれ原子団を意味し、ABは、AおよびBが結合して形成された分子を意味する。従来のSID法やCAD法などでは、AB+イオンをそれぞれ経路12や経路15で励起することによって試料分子の解離が行われていた。しかしながら、この場合には、励起状態における内部エネルギー分布14または16(図1のハッチングで示す部分)が広いため、さまざまな解離機構で解離が生じることになる。一方、本発明の方法では、AB2+イオンなどの多価イオンをより価数の低い正イオンに移行させることによって解離を生じさせている。この場合、価数の低い正イオンの励起状態は、エネルギー分布13(図1のハッチングで示す部分)のように狭いことが多く、特定の解離を生じさせることが可能となる。その結果、本発明の方法では、異性体の識別能を高くすることが可能となる。
【0022】
以上説明したように、本発明の質量分析法によれば、従来の質量分析法に比べて、被測定物の構造に敏感な質量分析を行うことが可能になる。
【0023】
(実施形態2)
実施形態2では、本発明の質量分析装置について説明する。
【0024】
実施形態2の質量分析装置は、被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成するためのイオン化手段と、イオン化手段で生成された複数の正イオンからn価の正イオンを質量分離するための分離手段と、質量分離されたn価の正イオンを衝突させることによって、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成するための電子移動反応発生手段と、生成されたフラグメントイオンの質量分析を行うための分析手段とを備える。
【0025】
イオン化手段は、多価イオンを生成可能なイオン化手段であればよく、実施形態1で説明したような従来から用いられているイオン化手段を用いることができる。同様に、分離手段および分析手段には、質量分析法において一般的なものを用いることができる。具体的には、分離手段として、磁場型(Sector Type)の分離手段、四重極型(Quadrupole)の分離手段、イオントラップ型(Ion Trap)の分離手段、飛行時間型(Time of Flight)の分離手段、フーリエ変換イオンサイクロトロン型(FourierTransform Ion Cyclotron Resonance)の分離手段などを用いることができる。また、分析手段には、分離手段とイオン検出手段とを組み合わせた一般的な分析手段を用いることができる。電子移動反応発生手段には、実施形態1で説明したターゲットを用いることができ、具体的にはアルカリ金属の蒸気を用いることができる。
【0026】
以下、本発明の質量分析装置の一例を説明する。本発明の質量分析装置20の構成を図2に模式的に示す。
【0027】
質量分析装置20は、イオン源21と、スリット22a〜22dと、静電場23と、磁場24と、ターゲットチャンバ25と、電場26と、イオン検出器27とを備える。静電場23および磁場24は、分離手段として機能する。また、電場26およびイオン検出器27は、分析手段として機能する。
【0028】
イオン源21は、被測定物(試料分子)を多価イオンにイオン化するためのイオン化手段であり、具体的には電子イオン化法(EI)、化学イオン化法(CI)、高速原子衝撃法(FAB)、大気圧化学イオン化法(APCI)、マトリックス支援レーザーイオン化法(MALDI)や、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)で用いられるイオン化手段を適用できる。イオン源で生成された多価イオンは、イオン加速電圧で加速されてスリット22aを通過し、静電場23に導入される。静電場23に導入された多価イオンは、静電場23と磁場24とによって高い精度で質量分離され、分離されたn価(nは2以上の整数)のイオン(親イオン)がターゲットチャンバ25に導入される。ターゲットチャンバ25にはCsやKといったアルカリ金属の蒸気が配置されており、ターゲットチャンバ25に導入された親イオンは、アルカリ金属の蒸気と衝突する。衝突した親イオンとアルカリ金属ターゲットとは、電子移動反応を起こし、親イオンを(n−1)価の正イオンにする。生成された(n−1)価の正イオンは、解離して、親イオンの構造に関する情報を与えるフラグメントイオンを生成する。このフラグメントイオンを電場26およびイオン検出器27で分析することによって、フラグメントイオンの分析および定量を行う。
【0029】
このようにして、本発明の質量分析装置によれば、本発明の質量分析法を容易に実施できる。なお、図2に示した装置の構成は一例であり、本発明の質量分析装置は図2の構成に限定されない。たとえば、図2ではターゲットが1つである場合を示しているが、電場26とイオン検出器27との間にさらにターゲットおよび分離器を配置し、MS/MS/MS型の質量分析装置としてもよい。さらに、同様に、ターゲットおよび分離器を複数配置して、MSn型の質量分析装置としてもよい。また、本発明はイオントラップ型の装置にも適用でき、この場合には、イオントラップが、親イオンを分離するための分離手段と、フラグメントイオンを分離するための分離手段(分析手段の一部)として機能する。そして、フラグメントイオンの生成は、イオントラップ内にアルカリ金属の蒸気などを導入することによって行われる。
【0030】
以上、本発明の実施の形態について例を挙げて説明したが、本発明は、上記実施の形態に限定されず本発明の技術的思想に基づき他の実施形態に適用することができる。
【0031】
【発明の効果】
以上のように本発明の質量分析法によれば、試料分子の構造に敏感な質量分析を行うことができ、従来の質量分析法では困難であった異性体の識別を可能とできる。また、本発明の質量分析装置によれば、本発明の質量分析法を容易に実施できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の質量分析法の概念を模式的に示す図である。
【図2】 本発明の質量分析装置について一例の構成を模式的に示す図である。
【符号の説明】
20 質量分析装置
21 イオン源
22a〜22d スリット
23 静電場
24 磁場
26 電場
25 ターゲットチャンバ
27 イオン検出器
Claims (3)
- (i)被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成する工程と、
(ii)前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを分離してアルカリ金属の蒸気であるターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する工程と、
(iii)前記フラグメントイオンの質量分析を行う工程とを含むことを特徴とする質量分析法。 - 前記nが3以上の整数であり、
前記(ii)の工程は、
(ii−1)前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを分離してアルカリ金属の蒸気であるターゲットに衝突させ、(n−1)価以下の正イオンを生成する工程と、
(ii−2)前記(n−1)価以下の正イオンをアルカリ金属の蒸気であるターゲットに衝突させて(n−2)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成する工程とを含む請求項1に記載の質量分析法。 - 被測定物をイオン化してn価(nは2以上の整数)の正イオンを含む複数の正イオンを生成するためのイオン化手段と、前記複数の正イオンから前記n価の正イオンを質量分離するための分離手段と、
質量分離された前記n価の正イオンを衝突させることによって、(n−1)価以下の正イオンであるフラグメントイオンを生成するための電子移動反応発生手段と、
前記フラグメントイオンの質量分析を行うための分析手段とを備える質量分析装置であって、
当該電子移動反応発生手段が、アルカリ金属の蒸気であることを特徴とする質量分析装置。
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