JP4137327B2 - Ti−Zr系合金からなる医療器具 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、放射線科、循環器内科及び外科などの医療分野において経皮的血管形成術(PTA)等に代表されるX線透視下の治療行為に用いられるガイドワイヤー、ステント、心室補助装置やカテーテル等の医療器具に関するものである。さらに詳しくは、本発明は、生体内での十分な耐腐食性を有し、かつ構造材として必要な強度や加工性を有し、生体適合性及び適度な造影性、ならびにMRI対応をも兼ね備えたTi−Zr系合金からなる医療器具に関するものである。
【0002】
本発明のTi−Zr系合金は、Ti、Zr、Nb及びTa、ならびに必要であればSnやPd、Pt及びAuの生体適合性元素からなり、毒性が懸念されている金属元素を含まず、したがって、移植材料としても安全性を本質的に兼ね備えているTi系合金群に関するものである。
【0003】
このような医療器具の特に好ましい用途として、ステント、ガイドワイヤー、心室補助装置を例に解説する。ただし、上記合金類は、その物理科学的特性から見て、医療用途および一般用途において、他にも有用性があることが理解されるべきであり、本明細書の例示により限定されるものではない。
【0004】
【従来の技術】
ステントは、狭窄した体内脈管を拡張することを目的として血管をはじめとして尿路、胆管路、食道路や腎路内に適用される中空の管状物であり、長期間体内に留置されるステントの素材としては、ステンレス鋼のSUS316L、純金属のTa、Ni−Ti系の超弾性合金等が実用化されている。
【0005】
一方、人工関節の用途を中心に、インプラント用Ti基合金が種々検討されてきた。代表的には、純Ti,Ti−6Al−4V合金等(以下、一般的な合金の表記に従って、特に断りがない組成はすべて質量%とし、残部はTi及び不可避的不純物の質量%とする)が挙げられる。しかしながら、種々開発されたβ−Ti基合金を中心としたTi基合金は耐腐食性や含有元素の問題を完全にはクリアできていない。このような問題点に鑑みて、元素単体で生体に為害性のないとされるTi,Zr,Sn,Nb,Taを構成成分とするチタン合金をつくる試みがなされ、最近Ti基合金の改良が進んできている。例えば、特開平6−233811号公報ではTi−13Zr−13Nb合金を用いた人工心臓・人工関節等が、特開平9−215753号公報では前記Ti−13Zr−13Nb合金を用いたTi合金製自己拡張型ステントが提案されている。加えて、特公平8−16256号公報では長期埋め込み材料を意図したTi−15Zr−4Nb−4Ta−0.2Pd合金、Ti−15Sn−4Nb−2Ta−0.2Pd合金が、特開平8−299428号公報ではインプラント用材料としてTi−29Nb−13Ta−4.6Zr合金などが提案されている。これらの合金は、質量比で50質量%以上のTiを含むことを特徴としている。また、合金設計において構造材料として考えられているため、X線の不透過性については何ら考慮されていない。ステントについてはX線造影性が重視され貴金属のラジオパークマーカーを有するもの(特許第2825452号公報)や貴金属とステンレスとのクラッド材(特表平7−505319号公報)等が提案されているが、精密加工性と強度の問題で素材はステンレス鋼のSUS316Lを中心としており、ステンレス自体の耐食性の問題やメツキのピンホール腐食さらには異種金属との組み合わせによるガルバニック腐食等の問題が解決されていないので、長期埋め込み材としての安全性迄は考慮しきれていないと言える。
【0006】
Ti基合金に加えて、Zrの合金も生体適合性の高い合金として医療器具への応用が検討されている。例えば、特開平5−269192号公報では酸化ジルコニュウムの血液適合性に着目したZrを主成分とした人工心臓弁などが開示されている。最近の研究や特開平7−188876号公報では、Zr基金属ガラスのZr30Ti20Al25Pd25合金(原子量%)、特開平10−211184号公報のZr60Al15Ni15Cu5Co5合金(原子量%)等がある。これらはZrをベースとしたアモルファス合金であり、アモルファス合金の耐腐食性と非磁性を利用しているが、アモルファス合金とするためには、液体急冷法や粉末成形等の特殊な製造方法を用いなければならないと言う制約がある。
【0007】
さらに、チタン合金やジルコニア合金は、上述したように、それぞれTiまたはZrを主成分として50質量%以上含むものであり、これらの合金は耐腐食性に優れることから生体適合性素材として重視され、開発が進められている合金ではあるが、一般的なステンレス鋼に比べ加工性が悪いことや切削加工性が悪いことは周知の事実である。また、人工関節や人工心臓の材料として合金設計されたため、適度なX線造影性の点までは考慮されていない。さらに近年の医療器具への要求として、核磁気共鳴(MRI)の画像に影響を与えないことが、MRI装置の普及により要望されるようになってきている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、上記先行技術の問題点に鑑みてなされたものであり、上記課題を克服することにある。
【0009】
したがって、本発明の目的は、生体内で用いられ直接体液に触れることを想定し、ヒトの身体上または体内における長期間の留置にも耐えられる高い安全性を有する、新しい改良合金からなる医療器具を提供することにある。
【0010】
本発明の他の目的は、Ti,Zr,Nb,Ta等の生体適合性元素からなり、毒性が懸念される金属元素を含まず、ゆえに、移植材料としての安全性を本質的に兼ね備えており、かつ高強度で、かつ加工が容易であり、生体適合性に優れる新しい改良合金からなる医療器具を提供することにある。
【0011】
本発明の別の目的は、上記利点に加えて、X線透視下において適度なX線造影性を有する新規Ti−Zr系合金からなる医療器具、特に適度な造影性が付加価値として要求されるガイドワイヤー、カテーテル、ステント、ステントグラフト、静脈フィルター、人工血管等の医療器具を提供することにある。
【0012】
本発明のさらなる別の目的は、上記利点に加えて、核磁気共鳴の画像診断において、映像に影響を与えない医療器具を提供することにある。また、特に左室補助装置においては非磁性でかつ血液適合性に優れた血液流路を形成する必要があり、加工性に優れた金属素材が要望されており、このような要求を満足する金属素材、およびこのような金属素材からなる医療器具を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決する手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため、合金の基本設計より行った。最近の知見では、純Tiおよび純Zrは両者とも緻密な酸化皮膜を形成することにより良好な耐腐食性を示す材料であり、ほとんどの化学薬品に対しても耐性を有することが知られている。さらに詳細な検討結果から、純Tiと純Zrの各種薬品に対する耐腐食性は相補的であることが分かってきた。例えば、無機酸の沸騰塩酸・硫酸に対しては、純Tiは腐食されるが純Zrはほとんど侵されない;および無機塩化物の塩化第二鉄30質量%水溶液に対しては、純Tiは侵されないが、純Zrは侵されるなどで挙げられる。つまり、TiとZrの両者を組み合わせることにより最強の耐腐食性を持った合金が得られることが期待される。また、TiまたはZrのどちらかを合金の母相とした場合、どちらかの性質が優先的に出てしまうのは容易に理解される。
【0014】
したがって、相溶性の良いTiとZrをほぼ等質量用いた母合金を出発点として、Nb,Ta等の生体適合性元素を適宜添加したTi−Zr系合金を作製し、これらについてX線造影性等それぞれの医療器具が要求する物性や特性を吟味して、上記諸目的を達成できる新規なTi−Zr系合金群を発見するに至った。
【0015】
上記知見に加えて、本発明者らは、ZrとSnはTiとの組み合わせにおいて適宜置換が可能であることをも見出し、すなわち、Ti,Zr,Nb,Taを基本組成とする合金において、Zrの一部をSnで置換した組成を有するTi−Zr系合金群が同様にして医療器具の素材として好適であることをも発見した。なお、当然のことながら、原料の純Ti,純Zrから不可避的に不純物として入り得るH,O,N,Fe,C,Pd,Ru,Ni等の元素は、所望の特性を阻害しない範囲内であればある程度含まれることは許容される。具体的には、原料として用いられる工業品純Tiにはグレードにもよるが0.5質量%以下の量のこれら元素が含まれているのが普通である。ただし、これらの元素のうちC,N及びO等の、毒性のない格子間元素は積極的に含有させても良い。この場合、合金の物性を損なわない範囲としてこれらの格子間元素及び不純物の含有量は各々合金の0.5質量%を越えないことが好ましい。実際には、本発明のTi−Zr系合金は基本的にTi,Zr,Nb,Ta,Sn等の非磁性材料を用いているので、作製されるTi−Zr系合金も非磁性であり、核磁気共鳴の映像に影響を与えない医療器具となる。この磁石につかない性質は駆動力に磁力を用いるような左室補助装置においては重要な特性を付与することになる。
【0016】
すなわち、本発明の上記諸目的は、下記(1)〜(10)によって達成される。
【0017】
(1)Ti 25〜50質量%、Zr 25〜60質量%、Nb 5〜30質量%及びTa 5〜40質量%からなり、かつTiに対するZrの質量比が0.5〜1.5であり、かつTaに対するNbの質量比が0.125〜1.5であるTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
【0018】
(2)Tiに対するZrの質量比が0.8〜1.2である、前記(1)に記載のTi−Zr系合金。
【0019】
(3)前記(1)または(2)に記載のTi−Zr系合金におけるZrの一部がSnで置換され、かつ該Snの含有率が合金組成の5〜10質量%であるTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
【0020】
(4)前記(1)または(2)に記載のTi−Zr系合金におけるNbまたはTaの少なくともいずれか一方がPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素で置換されるTi−Zr系合金からなる医療器具。
【0021】
(5)さらに構成元素の全質量に対して、0.01〜5質量%のPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の添加元素を含む前記(1)または(2)に記載のTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
【0022】
(6)前記(1)から(5)のいずれかに記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有するガイドワイヤー。
【0023】
(7)前記(1)から(5)のいずれかに記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有するステント。
【0024】
(8)前記(1)から(5)のいずれかに記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有する心室補助装置。
【0025】
(9)血液と接触する医療器具であって、該医療器具は前記(1)から(5)のいずれかに記載のTi−Zr系合金からなる機能性本体部を有し、かつ血液と接触する合金表面にヘパリンが共有結合されている事を特徴とする医療器具。
【0026】
(10)該医療器具はガイドワイヤー、ステントまたは心室補助装置である前記(9)に記載の医療器具。
【0027】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
第一の概念によると、本発明は、Ti 25〜50質量%、Zr 25〜60質量%、Nb 5〜30質量%及びTa 5〜40質量%からなり、かつTiに対するZrの質量比が0.5〜1.5であり、かつTaに対するNbの質量比が0.125〜1.5であるTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具を提供するものである。上記概念において、各構成元素の含有量(質量%)は、合金の構成元素の和が、不純物や5質量%以下の添加物を除いて、100質量%となるようにそれぞれ選定される。このような基本組成とすることにより、耐腐食性に優れ、有害なイオンを生じない。また、加工性と強度を両立した生体適合性合金を提供できる。また、TiまたはZrの性質のどちらかが支配的にならないことを考慮すると、Tiに対するZrの質量比を0.5〜1.5の範囲内にする必要がある。なお、Tiに対するZrの質量比が上記範囲を逸脱すると、母相はどちらかの性質が色濃く現れ、冷間加工性を失う。
【0029】
上記概念の合金を構成する構成元素のうち、Tiは、常温では六方最密格子構造(α相)をとり、大きな延性が期待できないが、882℃以上では体心立方格子構造(β相)に変わり、α相より大きな延性が現れることが知られている。また、純Ti(グレード2)のヤング率は106GPaであり、610℃以上で表面にTiO2の緻密な酸化被膜を形成し、このTiO2膜は常温の空気中では変化せず、強度に優れ、耐食性をも有し、また、300℃以上ではTiCl4を生じる。なお、Tiは、比強度(引張強度を比重で割った商)に優れるため、この特性を利用して、Tiをベースとした合金として多用されているが、しかしながら、TiをベースとしたTi基合金は合金化すると固溶体になり、延性に大きな影響をおよぼす。もし延性が失われると、少なくとも鋳造組織を改善する重要な手段としての鍛造ができなくなる。したがって、優れたTi基合金の条件としては、塑性が有ることが条件である。現在、残念ながらTi基合金に目的の元素を添加しても脆くて加工性が非常に悪く使用できない例が多い。これに対して、本発明によるように、所定の組成でTi−Zr−Nb−Taからなる四元合金を用いることにより、上記欠点を克服できることを見出したのである。
【0030】
上記概念において、Tiの含有量は、Zrの含有量と以下に示す関係を満たすと同時に、構成元素の全質量に対して、通常、25〜50質量%、好ましくは30〜40質量%、より好ましくは30〜35質量%である。この際、Tiの含有量が50質量%を超えると、Tiの含有量が高くなりすぎ、Ti本来の欠点である塑性及び加工性の悪さが顕著に現れてしまい、従来のTi基合金と同様に常温での加工ができず熱処理等の工程が増え、好ましくない。逆に、Tiの含有量が25質量%未満であると、Ti量が少なく過ぎて、やはりTiを用いることの利点である優れた強度、比強度、耐食性及び安定性が充分でなく、Tiの持つ優れた性質が現われず、もはやTiベースの合金とは呼べず、やはり好ましくない。
【0031】
また、本発明の合金の構成元素であるZrは、常温では六方最密格子構造(α相)をとり、862℃以上で体心立方構造(β相)に変わる。また、Zrは、空気中で緻密な酸化被膜を生じ、耐食性に優れ、特に高温の水中での耐食性は他金属に比べて著しく高く、融解アルカリ中でも反応しにくいという性質を有する。このようにZrは優れた耐食及び耐酸性を有するため、各種機械用途に用いられる。なお、純Zrのヤング率は、94.5GPaである。
【0032】
上記概念において、Zrは、Zrの含有量が、構成元素の全質量に対して、25〜60質量%の範囲でありかつTiに対するZrの質量比が0.5〜1.5の範囲内となる条件を満たすことを必須とする。好ましくは、Zrの含有量は、構成元素の全質量に対して、25〜45質量%、より好ましくは30〜35質量%である。また、Tiに対するZrの質量比は、好ましくは0.5〜1.5、より好ましくは0.8〜1.2である。この際、Zrの含有量が25質量%未満であるまたはTiに対するZrの質量比が0.5未満であると、合金中にTiのα相が析出して、塑性及び加工性が著しく低下し、ヤング率が上昇し、生体組織との親和性も悪くなり好ましくない。これに対して、Zrの含有量が60質量%を超えるまたはTiに対するZrの質量比が1.5を超えると、耐食性の改善は見られず、得られる合金の比重が増加するだけであり、やはりヤング率が上昇し、塑性及び加工性が低下し、やはり好ましくない。このようにしてZrの含有量を上記したような特定の範囲内に設定することによって、Tiを常温空気中で変化させずに、かつZrは緻密な酸化被膜を形成して、両者の特徴が相乗して良好な耐食性・耐酸性を示すことができる。
【0033】
また、上記概念において、Ti−Zr系合金におけるZrの一部がSnで置換されてもよい。Snは、X線造影における造影性を向上することができるので、Zrの一部がSnで置換されたTi−Zr系合金は、X線造影における造影性がよくなり、部品の薄肉化が計れる。この際、Snの含有率は、合金全体の、5〜10質量%、好ましくは6〜9質量%である。Snの含有率を合金全体の5質量%以上とすることによって、X線造影性の改善が認められる。これに対して、Snの含有率が10質量%を超えると、得られる合金の耐腐食性と冷間加工性が低下し、加工可能な圧延率が低下するので、やはり好ましくない。
【0034】
さらに、本発明の合金の構成元素であるNbは、展延性を示し、そのヤング率は105GPaであり、その硬さは錬鉄と同程度で、他の構成元素であるTaより柔らかい金属である。したがって、Nbを添加することにより、得られる合金にしなやかさ(低弾性)を付与することができる。また、Nbは、空気中で酸化被膜を生成して耐食性を示す金属であり、フッ化水素酸以外の酸には不溶であり、アルカリ水溶液にも溶けず、各種合金(例えば、耐熱合金)の添加元素として広く用いられている。このため、Nbを本発明のTi−Zr系合金の構成成分とすることによって、Zrと協働して耐食性・耐酸性を向上させることができる。
【0035】
上記概念において、Nbは、Nbの含有量は、構成元素の全質量に対して、5〜30質量%の範囲でありかつTaに対するNbの質量比が0.125〜1.5の範囲内となる条件を満たすことを必須とする。好ましくは、Nbの含有量は、構成元素の全質量に対して、10〜20質量%、より好ましくは10〜15質量%である。また、Taに対するNbの質量比は、好ましくは0.3〜1.5、より好ましくは0.5〜1.0である。この際、Nbの含有量が5質量%未満であるまたはTaに対するNbの質量比が0.125未満であると、得られる合金のしなやかさが充分でなく、塑性が低下し、ヤング率が上昇していくという問題が生じる。逆に、Nbを30質量%を超えて添加するとまたはTaに対するNbの質量比が1.5を超えると、耐食性の向上もしなやかさの向上も望むことができず、また、耐食性の改善は見られず、比重が増加するだけとなり、生体組織との親和性においても改善が見られず、やはり好ましくない。
【0036】
さらにまた、本発明の合金の構成元素であるTaは、Nbと同様にして、展延性に富み、弾力性がある。また、Taは、Nbより硬い金属で、そのヤング率は187GPaである。したがって、Taを添加することによって、合金の弾性を高めることはできるものの、しなやかさを付与することはできない。また、Taは、空気中で酸化被膜を生成して耐食性を示す金属であり、極めて耐食性が強いという特徴を有する。このため、Taを本発明のTi−Zr系合金の構成成分とすることによって、Zrと協働してその耐食性を向上させることができる。
【0037】
上記概念において、Taの含有量は、Nbの含有量と上記関係を満たすと同時に、構成元素の全質量に対して、通常、5〜40質量%、好ましくは10〜30質量%、より好ましくは15〜25質量%である。この際、Taの含有量が5質量%未満であると、得られる合金のヤング率が上昇し、展延性が低下し、耐力性も劣り、好ましくない。これに対して、Taを40質量%を超えて添加しても、耐食性の向上を望むことができないだけでなく、比重が増加するだけとなり、また、しなやかさを次第に失うことになり、また、得られる合金が脆くなり加工しにくくなるため、やはり好ましくない。
【0038】
または、本発明において、上記Ti−Zr系合金の構成成分であるNbおよび/またはTaがPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素で置換されてもよい。この際、少なくとも一種の置換元素の含有量は、置換元素の種類及び含有量によって決定される。これらの置換元素はすべて耐食性に優れた元素であり、これらの元素でNbおよび/またはTaを置換することで母材の耐食性の向上を図ることができる上、生体組織に悪影響を与えず、生体親和性にも優れているので、本発明の合金を医療用用途に使用する際には、特に好適に使用される。
【0039】
上記態様による合金の組成の具体例としては、上記組成条件を満たすものであれば特に制限されるものではないが、例えば、下記が挙げられる。
【0040】
▲1▼ Tia1Zrb1Nbc1(Pd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素)d1の多元合金(この際、a1は、Tiの含有量(質量%)を表わし、25〜50の範囲であり、b1は、Zrの含有量(質量%)を表わし、25〜60の範囲であり、c1は、Nbの含有量(質量%)を表わし、5〜30の範囲であり、及びd1は、置換元素の合計含有量(質量%)を表わし、5〜40の範囲であり、かつb1/a1が0.5〜1.5であり、かつc1/d1が0.125〜1.5である);
▲2▼ Tia2Zrb2(Pd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素)c2Tad2の多元合金(この際、a2は、Tiの含有量(質量%)を表わし、25〜50の範囲であり、b2は、Zrの含有量(質量%)を表わし、25〜60の範囲であり、c2は、置換元素の合計含有量(質量%)を表わし、5〜30の範囲であり、及びd2は、Taの含有量(質量%)を表わし、5〜40の範囲であり、かつb2/a2が0.5〜1.5であり、かつc2/d2が0.125〜1.5である);および
▲3▼ Tia3Zrb3(Pd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素)c3+d3の多元合金(この際、a3は、Tiの含有量(質量%)を表わし、25〜60の範囲であり、b3は、Zrの含有量(質量%)を表わし、25〜60の範囲であり、及びc3+d3は、置換元素の合計含有量(質量%)を表わし、10〜50の範囲であり、かつb3/a3が0.5〜1.5である)。
【0041】
本発明において、置換元素は、上記特性を考慮しつつ、使用する用途や所望の性質により適宜選択される。
【0042】
または、本発明において、上記Ti−Zr系合金に、構成元素の全質量に対して、0.01〜5質量%のPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の添加元素を添加してもよい。これらの添加元素(Pt、Au及びPd)すべては耐食性に優れた元素であり、添加元素を所定の割合で添加することによって母材の機械的強度や耐食性の向上を図ることができる上、生体組織に悪影響を与えず、生体親和性にも優れているので、本発明の医療器具に好適に使用できる。
【0043】
添加元素を使用する際の添加元素の含有量は、構成元素の全質量に対して、0.01〜5質量%であることが好ましく、より好ましくは1〜4質量%、最も好ましくは2〜3質量%である。この際、添加元素の含有量が0.01重量%未満であると、添加元素の添加効果があまり認められず、残存微量元素と変わらず雑質の範囲であり、好ましくなく、これに対して、添加元素の含有量が5質量%を超えると、所望の性質とは異なった性質が現われ、やはり好ましくない。
【0044】
本発明のTi−Zr系合金の製造方法は、上述したような特定の組成を有する合金を製造できる方法であれば特に制限されないが、例えば、所望の元素(例えば、Tiでは、スポンジチタン、純チタン グレード1〜4など;Zrでは、スポンジジルコニウム、純ジルコニウムなど;Nbでは、純ニオブ、およびTaでは、純タンタルを、形を制限せず、純度は性質に影響をおよぼさない程度のものを、所定の組成(質量%)となるように秤量し、これを水冷銅ハース内でアーク溶解し、合金化し、インゴットとする方法;るつぼで溶解し、合金化し、アトマイズにより粉末とする方法;同様の溶解で鋳造する方法;浮遊溶解し合金化し、インゴットとする方法;およびメカニカルアロイング法、スパッタ法、プラズマ法など、通常工業的に行なわれている方法、ならびに各種研究機関や文献等で発表されている方法などが挙げられる。また、Sn、置換または添加元素を使用する場合には、これらの元素の形態は、特に制限されずに公知の方法における場合と同様であるが、例えば、純金属の状態でそれぞれ使用される。
【0045】
このように、前記範囲で規定された本発明のTi−Zr系四元合金は、Ti及びZrを主成分とする合金であるにもかかわらず、その金属組織は、特別な熱処理を施さなくても、常温でβ相を示すので、圧延・鍛造或いは機械加工などを常温で行うことができ、非常に優れた加工性を示す。このため、このようなTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具もまた、複雑な形状や構造を有していても、容易に圧延・鍛造或いは機械加工を施すことが可能である。
【0046】
本発明はまた、生体適合性・加工性・物性面で従来技術のTi基合金より優れた新規なTi−Zr系合金を用いることが特徴であるため、従来の生体材料を意識した医療器具がすべて上記Ti−Zr系合金からなる部分を有する本発明の医療器具として応用が可能である。本発明の医療器具としては、例えば、特開平6−233811号公報に記載される人工心臓、人工弁、ペースメーカー等;特開平5−73475号公報に記載される人工関節、骨ネジ、骨プレート等;さらには、ガイドワイヤー、カテーテル、ステント、ステントグラフト、静脈フィルター、人工血管、心室補助装置、および歯科用インプラントなどが挙げられる。これらのうち、好ましくは、ステント、ガイドワイヤー、心室補助装置、及びペースメーカーのハウジング、特にステント、ガイドワイヤー、心室補助装置である。
【0047】
したがって、本発明の他の概念によると、本発明によるTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有するガイドワイヤー、ステント、および心室補助装置が提供される。
【0048】
また、本発明のさらなる他の概念によると、血液と接触する医療器具であって、該医療器具は本発明によるTi−Zr系合金からなる機能性本体部を有し、かつ血液と接触する合金表面にヘパリンが共有結合されていることを特徴とする医療器具、好ましくはガイドワイヤー、ステント及び心室補助装置が提供される。上記概念による発明は、本発明による合金がTi,Zr等、易酸化性金属が多く含まれることを利用して、ヘパリンを共有結合でき、抗血栓性を付与できるという本発明者らによる知見に基づいてなされたものである。
【0049】
上記概念において、Ti−Zr系合金から、ガイドワイヤー、ステント、および心室補助装置用の機能性本体部分を成形する方法は、公知の方法が同様にして使用できるが、例えば、伸線加工、引抜加工、エッチング、レーザー加工、鋳造、鍛造、プレス加工、切削およびMIMなどが挙げられる。また、成形される形状や構造は公知のものと同様のものを成形可能である。
【0050】
上記概念において、血液と接触する合金表面にヘパリンを結合させる方法としては、公知の方法が同様にして使用できるが、例えば、合金表面をオゾン酸化後、ポリエチレンイミンを反応させ固定化し、グルタールアルデヒドを介してヘパリンを固定化する方法が利用できる。このようにして合金表面にヘパリンを固定化することにより、血液と直接触れる医療器具に非常に好適な性質が付与される。また、本発明の医療器具は、ヘパリン以外にも抗血栓処理として汎用される材料であるDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングや化学蒸着法によるパリレンコート等の被覆やテフロンやエステル類の表面潤滑化等の修飾処理をしても良い。また、既存のコーティング技術はほとんど併用することができる。加えて、薬剤を含む組成物によって被覆することも、医療器具によって任意に選択できる。例えば、本発明のTi−Zr系合金の外表面に酸素拡散硬化、窒素硬化、物理蒸着、化学蒸着、イオン注入、ドーピング等の処理を施し表面硬化や表面改質することが可能である。
【0051】
以下、本発明の医療器具の実施態様を図を参照しながら具体的に説明する。なお、下記表1は、本発明で用いられる合金の組成例と従来技術の合金の組成例との比較を示す。下記表1から、本発明の合金の組成は従来に比べTiとZrがほぼ同質量含まれ、Zrが相対的に多いのが特徴である新規な組成であることが分かる。
【0052】
【表1】
【0053】
また、下記表2は、上記で作製された本発明の実施合金例の室温での圧延試験結果(冷間加工性の適否)とX線造影性の試験結果を示す。この際、圧延試験は、各合金のキャスト板を作製し、その後室温でロール圧延可能か否かを調べた。ひび割れを生じず冷間加工できたものを○とした。
【0054】
下記表2からも分かるとおり、従来のTi基合金は、その金属組成が常温では硬くて脆いα相であるため圧延・鍛造或いは切削などの機械加工は難しく、唯一、高温領域で析出する機械加工可能なβ相領域でしか加工ができないことが知られている。また、Zr系合金はZr自体に発火性があり、加工が難しいことはよく知られている。これらTi合金やZr合金は室温で機械加工を行うとクラックが入り易く、機械加工が難しいことは衆知の事実である。従って、本発明に用いる素材が冷間加工可能であるという事実は生体用合金に一般的な機械加工技術が適応できると言う点で画期的と言える。
【0055】
一方、下記表2において、X線透視下でのX線造影性については、各合金キャスト後の板を耐水ペーパーと研磨剤を併用したバフ研磨して、厚みを80ミクロンに合わせて測定した。X線造影性の測定方法はASTM F640−79記載の方法により、厚さ15mmのAl遮蔽板上で測定した。装置は実際の病院のX線撮影装置(HITACHI DHF−158CX)を用いた。得られたX線画像をスキャナーでパーソナルコンピューターに読み込み、デンシトメトリーで陰影を数値化する方法を採用した。数値は陰影度をグレースケールで表現し、数字が大きいほど陰が濃い、即ち、X線画像上よく見えることを意味する。感覚的に数字の意味を分かりやすく表現するため、評価合金の肉厚を80ミクロンとしたとき金の厚みでは何ミクロン相当になるか同時に測定した金の検量線を用いて換算した。
【0056】
【表2】
【0057】
さらに、実際の医療現場でのX線造影性を数値化するため、通常行われている冠状動脈の造影剤検査(CAG,Coronary angiography)のX線条件(73kV/500mA)で、厚みを20〜120ミクロンとした純金の検量線を人体の上に置いたときの様子を図1に示す。図1は検量線のX線画像であり、5mm角の純金板11を20,40,60,80,100,120ミクロン(画像上11a〜11fである)の厚みに調整して並べて、検量線系列は心臓の真上位置にしておかれている。X線は背中側から照射されており背骨12と肋骨13が観察されている。この時の検量線は図2に示すものが得られた。これから、金の厚みとグレースケールの値は良い相関性を示していることが分かる。また、図2から、X線造影性はある程度グレースケールの加成性が成り立つが、人体の場合バックグラウンド消去が難しく原点は通らなかった。言い換えると、金の厚みが10ミクロン以下になると骨とのコントラストがほとんどないので実質上区別できなく見えなくなる。このため金の検量線と同時にサンプルを測定することにより数値化を試みる必要があることが分かった。なお、図1中、人間の背骨12はX線画像上、造影性は金の厚み20ミクロン相当であり、肋骨13は12ミクロン相当程度であることが分かった。
【0058】
さらに、血管造影においては造影剤をカテーテルを通して血管内に注入し血管を図3に示すが、この画像から先ほどの図2検量線を用いて液体の造影剤を注入した場合の造影剤は、場所による濃淡の差はあるが、冠状動脈の左冠動脈の#6、即ち、図3中14の近辺で平均50ミクロン相当のX線造影性を示すことが分かった。つまり、金の50ミクロンレベルが医師が日常診断に用いている画像レベルであり、くっきり良く見える造影性レベルと言える。これに対して、一般の造影用ガイドワイヤー(0.035インチ)は金の厚み33ミクロン相当であり、造影性ガイドワイヤーは医師や放射線科技士によれば視認性が良いとされており、X線透視下の視認性は従来汎用されている血管造影用の太いガイドワイヤー(外径0.035インチ)程度あれば良く視認でき、このX線造影性が一つの目標数値となり得る。実際には、金の20ミクロンの厚みの板11aは背骨13と区別が可能であり、肋骨13と背骨12は重なっても識別できることから、金の20ミクロン相当のX線造影性を目標数値とすれば良いことが分かった。今回のX線造影性の実験結果から、X線造影性の最低レベルは金の10ミクロン程度であり、11d,11e,11fの画像から金の80ミクロン以上は必要ない事も分かった。このため、金換算のX線造影性の数値で表わした際に、肋骨12ミクロンと造影剤50ミクロンの間の造影性が適度なX線造影性であると考えることができ、より好ましくは金の厚みで20〜40ミクロンが適度なX線造影性の範囲であると考えられる。具体的には、サンプルのトータルの肉厚を厚さ80〜100ミクロンとしたとき、X線造影性は純金の20〜40ミクロン相当であることが目標となる。この点に関しては、上記表2から本発明のTi−Zr系合金がその条件を好適に満たすことが分かる。また、上記表1及び2中の本発明の合金例5に示されるように、Ta,Sn等の含有量で造影性をコントロールできることも分かった。したがって、本発明では、X線造影性は試料の厚みに依存するので、製品の設計時に厚み・機械強度を設定し、合金組成を調整することにより造影性を適度にコントロールして適度な造影性を有する医療器具の提供が可能である。上記表1及び2中の本発明の合金例4に示されるように、貴金属(Au)を添加元素として加えて造影性をコントロールすることも可能である。なお、一部、Ti合金の高Nb合金やZr単体がこの範囲に含まれるが、冷間加工性が不可能であり加工性が悪いので実用的ではない。
【0059】
さらに、下記表3に本発明の合金例の機械的特性値として引張試験結果、曲げ試験結果及び硬度の測定結果を示す。ただし、曲げ試験結果は室温で圧延が可能でクラックのない板材についてのみ行ったため、従来技術の合金例は測定できなかった。文献および特許記載の数値から、従来のTi合金は引張強度で1000MPaより低く、ステンレス鋼のSUS316Lは940MPa程度であることが知られており、これから、引張強度は本発明のTi−Zr系合金例の方が高く製品の設計上有利であることが考察される。
【0060】
【表3】
【0061】
本発明のTi−Zr系合金では、厚み80ミクロンでX線造影性は金20ミクロン相当以上となり、肋骨・背骨との織別が可能で、造影剤より薄く識別が可能である。従って、適度なX線造影性を有することが分かった。また、従来材料より加工性と機械強度も優れることが分かった。この性質は血管系ステントやマイクロガイドワイヤーにとっては重要な特性であるので、下記実施例の項でさらに詳細に説明する。
【0062】
図5及び6は、本発明の合金を直径0.5mmの線材にしたときの核磁気共鳴診断装置(本明細書では、単に「MRI」とも称する)の画像である。また、図4は、試料の配置に関する斜視図であり、直径0.5mm、長さ6cmの線材を生理食塩水を満たしたパットにならべた様子を示している。図4中、符号4はプラスチック製容器であり、符号40は生理食塩水である。符号41〜47は試料の金属線材である。符号41は市販のステンレス鋼の316L材であり(以下、「SUS316L」と略記する)、符号42は市販のステンレス鋼の3041材であり(以下、「SUS304」と略記する)、符号43は市販のβチタン鋼のTi−6Al−4V材であり(以下、「64Ti」と略記する)、符号44は本発明の合金例−1のTi−34.8Zr−11.8Nb−23.0Ta合金(組成は質量%)から作製されたTi−Zr合金線であり(以下、「Ti−ZR合金」と略記する)、符号45は市販のJIS二種の純Ti線であり(以下、「Ti」と略記する)、符号46は市販のNi−Tiの超弾性線であり(以下、「Ni−Ti」と略記する)、符号47はステンレス鋼の631材である(以下、「SUS631」と略記する)。実際の装置:HITACHI MRP7000(磁場強度0.3テスラ)を用いて線材試料の長手方向に垂直な断面のMR画像(図5)と試料の長手方向に平行に試料断面のMR画像(図6)を得た。図5は、縦断面を観察したときの画像例であるが、従来から問題とされる符号42のSUS304及び符号47のSUS631等は非常に大きなアーチファクトを生じることが分かる。また、0.5mmの線材が棒のように拡大されており診断画像に影響を与えてしまう。例えば、図5の画像で41の316Lは42のSUS304の大きなアーチファクトの影響で画像が流れていることが観察され、43の64Tiは所在が確認できなくなってしまっている。これに対して、44,45,46のTi系線材は画像にほとんど影響を与えずほぼ等倍の画像が得られた。次に、図5の縦断面の観察後、42,47はアーチファクトが大きすぎる試料であることが分かったので、42のSUS304及び47のSUS631を測定試料から除き、横断面を観察し、その結果を図6に示す。41のSUS316LはMR観測上画像に若干のアーチファクトを生じることが知られている材料である。41のSUS316Lとの比較で本発明の合金例のTi−Zr合金線材44がアーチファクトを生じずMRI観察できることが分かる。このことは同時に観察した43のβ−Ti合金の64Ti線、46のNi−Ti線や45の純Ti線と同等であった。なお、46のNi−Ti超弾性合金や45の純TiがMRI下でアーチファクトを生じないことは既に公知である。
【0063】
さらにまた、図7は、本発明に用いるTi−Zr系合金の1N塩酸中でのアノード分極試験の結果を純Tiとの比較を示す。この実験は、胃の中での留置を想定したもので、合金や純Tiが胃酸という非常に過酷な条件で腐食されないかどうかを調べる試験である。純Ti(JIS二種)はSUS316Lや生体用コバルト合金やTi−6Al−4V,ELI合金などのβ−Ti合金より、耐腐食性に優れることが既に知られているが、本発明で用いるTi系合金は、電流値が純Tiよりさらに低く、格段に耐腐食性が良いと言える。即ち、本発明で用いるTi系合金は、最高レベルの耐腐食性をもった合金であると言え、生体材料として好適であることが分かった。
【0064】
上述したように、本発明で用いるTi系合金は医療器具素材、生体用材料として好適な新規なTi−Zr系合金であることが十分理解されるが、この合金の更に具体的な医療器具への適応例を下記実施例において説明する。本発明は、生体適合性・加工性・物性面で従来技術のTi合金より優れた新規なTi−Zr系合金を用いることが特徴であり、従来の生体材料を意識した医療器具にはすべて応用が可能である。例えば、例えば、特開平6−233811号公報に記載される人工心臓、人工弁、ペースメーカー等;特開平5−73475号公報に記載される人工関節、骨ネジ、骨プレート等;さらには、ガイドワイヤー、カテーテル、ステント、ステントグラフト、静脈フィルター、人工血管、心室補助装置、および歯科用インプラントなどが挙げられる。これらのうち、好ましくは、ステント、ガイドワイヤー、心室補助装置及びペースメーカーのハウジング、特にステント、ガイドワイヤー、心室補助装置に好適に用いることができる。
【0065】
【実施例】
以下、本発明を下記実施例を参照しながらより詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0066】
実施例1:ステント
表1の合金例−5であるTi−36.2Zr−12.3Nb−12.0Ta−7.9Sn合金(質量%)のパイプを作製した。ステントの製造方法と構造デザインの詳細は特開平9−299486号公報に開示されるのと同様である。概略は外径1.4mm、肉厚0.10mmのパイプを長さ50mmにカットして、パイプ上にYAGレーザーで図9の展開図で示されるステントのパターンを形成した。バリ取りと表面研磨を施し、図8の部分省略断面図で示される形状のステント80を作製した。ステントストラット81の幅は0.15mm、肉厚は0.08mmに仕上げた。ステントのデザインは他に種々のものが適応でき、様々な形状デザイン・製造方法が好適に利用できる。例えば、ステンレスの平板にステントパターンを打ち抜いた後、管にして溶接して作製する方法での製造も可能である。ステントパターンの打ち抜きには、フォトアプリケーションと呼ばれるマスキングと化学薬品を用いたエッチング方法、型による放電加工法、機械的な切削加工法が利用できる。また、スロッティドタイプ以外にもワイヤーを用いたメッシュタイプやコイルタイプのステントも本発明の素材で容易に作製できる。本発明のTi−Zr合金は冷間加工が可能な為、従来のステンレス素材やTaを前提としたステントデザイン・加工法を容易に適応でき、種々のステントに応用可能である。
【0067】
本発明で表1の合金例−5を用いて、ストラットの厚みを80ミクロンとしたステント80を作製し、バルーン101上にマウントし、図10に示されるように、豚冠状動脈の左冠状動脈(LAD#6)にステント80を運搬し、バルーン101を拡張することにより、ステントを所定の位置に留置した。なお、血管100および血管の狭窄部102に予めガイドワイヤー103を通過させ、ガイドワイヤー103に沿ってステントシステム104を挿入する。図10はステント手技の説明図である。
【0068】
本発明のステント80は従来の同デザインのステンレス製のステントに比べ素材の弾性率が4分の1と低いため、ステント80自体の柔軟性も向上し、デリバリーバルーン+ステントのステントシステム104の拡張バルーン部全体105の柔軟性が向上し、屈曲の強いトーチャスな血管にもデリバリーがさらに容易となった。すなわち、本発明のステント80は、柔軟性に優れるため、曲がった血管であっても血管に沿って、所定の部位にまでステントを運搬・留置することが可能であった。また、本発明のステント80の弾性率は、従来の材料のステンレス鋼SUS316Lに比べ格段に低いので、血管形状に馴染みやすくコンフォーマビリティー優れるステントとなった。さらに、機械強度はステンレスSUS316Lと同等以上であり拡張保持力等に影響はなかった。X線透視下の視認性は期待通りで、数値として純金の24ミクロン程度の厚みがあり、肋骨の2倍の造影性があり背骨とも明瞭に区別でき、ステント80のストラット81が目視確認できた。この点については、従来、ステンレス製のステントはX線造影上全く見えないことが臨床上指摘されており、ステントの留置位置の決定に支障をきたしていたため、非常に好ましいといえる。なお、ステンレス製のステントでも肉厚を極端に厚くすれば視認できるようになるが、その分ステントの柔軟性が損なわれ、デリバリー性能が損なわれることは自明である。本発明のステント80は、背骨の上でも金の24ミクロンのX線造影性を有することから人体の組織と識別でき、確認造影で造影剤を流すと造影剤通過の様子が観察された。ステント80は金の24ミクロン程度のX線造影性であり透けて見える程度のX線造影性を有している。従って、金の50ミクロン程度のよりコントラストの強い造影剤の通過ははっきりと観察できることが予想できる。逆に、X線造影性の強い所に、より薄い造影性のものを流しても確認しづらくなる。従来のTaを素材としたステントは強度保持のためストラットの直径が130ミクロン程度の太さがあり、厚みもあるので金の100ミクロン程度のX線造影性を有する。つまり必要以上にはっきり見えすぎてコントラストが強くステント内腔が分からないと言う問題を有する。従って、よりX線造影性の低い造影剤の通過の様子は事実上観察できなかった。また、拡張後のステント内径の測定は内部が透けず分からないため不可能であったり、ステントが再狭窄してきているかどうかも造影剤を流して確認しづらいと言う問題があった。このため、骨との識別が可能でかつ造影剤の通過が観察できるような適度な造影性を持ったステントが望まれていた訳であるが、本発明のステント80は造影剤と明確にX線造影性が異なり、透けて見える適度な造影性を有することが確認できた。さらに本発明のTi−Zr系合金製ステント80は長期の生体適合性と加工性と高強度と柔軟性を兼ね備えており、安心して埋め込める理想的なステントとなった。
【0069】
実施例2:ヘパリンコーティングステント
実施例1と同様にして作製した本発明のステント80に特開平10−1551190号公報に記載と同様の方法でヘパリンコートを施した。特開平10−151190号公報に記載の方法におけるヘパリンの共有結合は、本ステント80の素材がTi,Zr,Nb,Ta等の易酸化性の金属素材からなることから、オゾン酸化による表面酸化が可能なため、容易にカップリング材を結合でき、したがって、アミノ化ヘパリンの反応も可能であり、ヘパリンが共有結合できた。また、その効果は、特開平10−155190号公報に記載のステンレス製ステントにヘパリンコートしたものと同等の抗血栓性効果が動物実験で認められた。
【0070】
実施例3:ガイドワイヤー
カテーテルの案内具として用いられるガイドワイヤーの素材に関する要求物性は特公平3−015914号公報等に詳しく述べられている。Ni−Ti超弾性合金やアモルファス合金がこれまでガイドワイヤーに好適な材料として提案されてきたが、本発明の合金も低弾性率かつ高強度かつバネ性を有するので適応可能である。
【0071】
また、本発明のTi−Zr合金を用いることにより、従来合金に比べX線造影性が顕著に改善されるので、特にマクロガイドワイヤーをつくることができる。当然ながら、通常の特公昭62−20827号公報に記載のスプリングタイプのガイドワイヤーや特公平2−24549号公報や特公平2−24550号公報に記載の比較的低剛性の先端部を有するプラスチック被覆タイプのガイドワイヤーに用いることも可能である。
【0072】
好適な一例として、下記マイクロワイヤへの適応例を解説する。非常に細いマイクロワイヤはNi−Tiの超弾性合金をコアにしたものやステンレス鋼をコアにしたものが従来代表的に用いられるが、コア素材自体のX線造影性は乏しいので、外径が0.016インチ以下のワイヤーになるとX線透視下での視認性を補うため、造影フィラーを混練した樹脂で被覆するほかに造影マーカーをプラスするなどの工夫がなされていた。しかしながら、医療現場の要求は更に細い外径0.010インチや0.007インチのガイドワイヤーを要求するようになってきている。この場合、造影マーカーや造影層は極端に薄くならざるを得ない。その場合、ガイドワイヤーのコア自体に造影性がないとガイドワイヤー自体が見えなくなる。また、ガイドワイヤーは曲がりくねった血管内に挿入され、柔軟でかつバネ弾性を要求される。加えて、目的の血管を選択するため屈曲した状態で、遠位端部へ手元からのトルクが伝達される必要がある。
【0073】
本発明の合金例−4のTi−34.4Zr−11.7Nb−22.7Ta−1.2Au(質量%)は、合金例1の合金を母合金として1.2質量%の純金を加えることにより、作製した合金である。この合金例−4の合金をコア111に用いて、図11の部分断面斜視図で示されるガイドワイヤー110を作製した。コア111は造影剤を混練した被覆樹脂112で先端部から30cm迄、部分的に樹脂被覆し、ガイドワイヤー110操作近位部は合金そのものを裸で用いた(図示せず)。また、先端樹脂の表面には、特公平1−33181号公報に記載の湿潤時潤滑性を発現する親水性コート樹脂を被覆した(図示せず)。本発明の合金例−4を用いて作製された基部外径0.07インチで、先端部外径0.07インチ、先端柔軟部コア径が0.05mmのガイドワイヤーは、コアの合金そのものに金の25ミクロン程度のX線造影性を有するのでX線透視下で観察可能であった。実際に観察された本発明のガイドワイヤーのX線透視下での視認性はX線造影剤を含有した樹脂被覆相を有するのでX線造影性は金の30ミクロン相当であった。従来、ガイドワイヤーの視認性の問題と細径化したときの引張強度が不足するため、先端部のコア径を細径化するのは設計上限界があった。これに対して、本発明の合金例−4は1500MPaもの引張強度であり、安心して細径化に挑戦できた。さらに、ヤング率が65.2GPaと低弾性率でありながら、2500MPaもの3点曲げ強度を有しており、しなやかで強いしかも反発弾性を有するガイドワイヤーに最適な素材であり、ガイドワイヤー110として使用した場合、トルク伝達性、腰強度等について非常に好適な特性を示した。
【0074】
実施例4:遠心式ポンプタイプの左室補助装置
本発明の合金例−2のTi−29.8Zr−12.1Nb−23.6Ta(質量%)を用いて、特開平9−313600号公報に記載の遠心ポンプタイプの左室補助装置120を作製した。図12は、本実施例の左室補助装置をインペラ部分にて切断した断面図である。図12のハウジング121を本発明の合金例−2を用いて作製している。ハウジング内部の血液と直接触れる流路121aおよびインペラ122には、特開平10−151190号公報に記載されるのと同様にしてヘパリンコートを施した。駆動原理に磁気浮上を用いるために、インペラ122には永久磁石123が装着されている。ハウジング部は外部電磁石(図示せず)により、永久磁石123が反発浮上してインペラ122は接触軸なしに回転する。インペラ122の回転により、血液は流入ポート(図示せず)より供給され、流出ポート124より排出される。従って、ハウジングの部材は非磁性でかつ磁気を良く通す必要がある。従来、ハウジング121の素材は形状が複雑なため、非磁性のプラスチック材料が用いられ検討が進められていた。しかしながら、長期の動物実験においてプラスチックの経時劣化による流入または流出ポート部の破損事故が認められた。血管との接続部として繰り返し応力のかかるポート部の材質は長期の生体内での使用を想定すると高分子材料では強度劣化の点で不十分であり、複雑な形状を作製できる金属系素材が求められた。生体適合性と非磁性の観点から純Ti材が選ばれ、純Ti合金の切削加工による製作が試みられた。しかしながら、純Tiの切削加工性は非常に悪く超高回転の加工装置を用いても加工に1週間近くの時間を要し、生産性が悪く価格も相当高価なものになった。これに対して、合金例−2のTi−Zr合金は圧延性及び機械加工性に優れ板材のプレス加工の導入と切削加工の組み合わせが可能となり大幅に加工時間の短縮が計られた。また、純Tiに比べ耐腐食性が同等以上であり、生体適合性に優れるので長期の埋め込みにも純Ti以上に安心である。本発明の左室補助装置120はハウジング121の加工性が良く量産化とコストダウンにつながることが期待される。なお、インペラ122その他の部品を本発明のTi−Zr合金で作製することも可能である。
【0075】
【発明の効果】
本発明の医療器具は、生体に為害性のない金属であるTi,Zr,Nb,Taを主成分とした新規Ti系合金からなるので、生体適合性に優れ長期の生体埋め込み材料として用いることができる。さらにTi,Zrの含量とTa,Nbの組成比を特定範囲に限定することによって、史上最強の耐腐食性と従来合金にない低弾性率を有しつつ、高強度と加工性の確保が可能になった。従って、本発明の医療器具の設計自由度は格段に向上した。これにより従来から生体適合性を主な理由として、加工の難しいTi系材料が用いられてきた人工関節、人工心臓、補てつ器具、人工血管、人工角膜、鼓膜チューブ、ペースメーカー等の医療器具に関して生産性向上とコストダウンに寄与できる。さらにTaやSn等のX線透視性を付与する元素の含量を適宜調節することによって、X線透視下での適度なX線造影性の調節能を本発明の合金は有しているので、X線透視下に用いられるカテーテル類、ステント、ステントグラフト、静脈フィルター等に好適でかつ適度なX線造影性を付与でき、改良された医療器具を提供できるので、インターベンショナルラジオロジーと呼ばれるX線透視下の治療の進歩に貢献できる。
【0076】
上記利点に加えて、本発明の医療器具は非磁性の元素から構成されたTi−Zr系合金であるのでMRIの画像に影響を与えない。即ち、本発明の医療器具はMRIと組み合わせて使える内視鏡用具、鉗子、手術器具、医療用クリップ等の医療器具の提供が可能になる。現在、研究レベルであるが、MRIインターベンションと呼ばれる手技があり、これは、X線の代わりにMRIの画像をたよりに、MRI下でカテーテルや内視鏡を用いた診断・治療を行う手技であり、術者のX線被爆が低減できるメリットから近未来の治療手技として期待されている。本発明によればMRIインターベンションに用いられる医療器具を提供でき、医療の進歩に大いに貢献することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、冠状動脈検査の撮影条件で撮影された純金のX線画像であり、X線造影性の数値化を説明するための写真である。
【図2】 図2は、図1をパーソナルコンピュータにより画像処理して得られた純金のX線造影性の検量線図である。
【図3】 図3は、ヒト冠状動脈のX線造影検査時の左冠動脈のX線画像であり、液体の造影剤が血液に注入され、血管が描出されている画像であり、造影剤のX線造影性の数値化を説明するための写真である。
【図4】 図4は、本発明の実施合金例のMR画像を撮影したものであり、測定サンプルの配置を示す斜視図である。
【図5】 図5は、図3に示す配置のサンプル長手方向に対する垂直断面のMR画像である。
【図6】 図6は、図3に示す配置のサンプル長手方向に対する平行断面のMR画像である。
【図7】 図7は、本発明の実施合金例のアノード分極試験結果を示す特性図である。
【図8】 図8は、本発明のステントの一実施例の部分省略断面図である。
【図9】 図9は、図8に示したステントの拡張前の展開図である。
【図10】 図10は、ステントを挿入状態を説明するための説明図である。
【図11】 図11は、本発明の一実施例のガイドワイヤーの斜視部分断面図である。
【図12】 図12は、本発明の一実施例の左室補助装置の本体遠心ポンプ部をインペラ部分にて切断した断面図である。
【符号の説明】
4…プラスチック製容器、
11,11a〜11f…純金板、
12…ヒト背骨、
13…ヒト肋骨、
14…ヒト冠状動脈、
40…生理食塩水、
41…ステンレス鋼SUS316L線材、
42…ステンレス鋼SUS304線材、
43…Ti−6Al−4V合金線材、
44…本発明の合金例−1(Ti-34.8Zr-11.8Nb-23.0Ta:質量%)の線材、
45…純Ti線材、
46…Ni−Ti超弾性合金線材、
47…ステンレス鋼SUS631線材、
80…ステント、
81…ステントストラット、
100…血管、
101…バルーン、
102…血管狭窄部、
103…ガイドワイヤー、
104…ステントシステム、
105…ステントマウント部、
110…ガイドワイヤー、
111…コア、
112…被覆樹脂、
120…遠心ポンプ型左室補助装置、
121…ハウジング、
121a…ハウジング内面、血液流路、
122…インペラ、
123…永久磁石、
124…血液流出ポート。
Claims (9)
- Ti 25〜50質量%、Zr 25〜60質量%、Nb 5〜30質量%及びTa 5〜40質量%からなり、かつTiに対するZrの質量比が0.5〜1.5であり、かつTaに対するNbの質量比が0.125〜1.5であるTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
- 請求項1に記載のTi−Zr系合金におけるZrの一部がSnで置換され、かつ該Snの含有率が合金組成の5〜10質量%であるTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
- 請求項1に記載のTi−Zr系合金におけるNbまたはTaの少なくともいずれか一方がPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の置換元素で置換されるTi−Zr系合金からなる医療器具。
- さらに構成元素の全質量に対して、0.01〜5質量%のPd、Pt及びAuからなる群より選ばれる少なくとも一種の添加元素を含む請求項1に記載のTi−Zr系合金からなる部分を有する医療器具。
- 請求項1から4のいずれか1項に記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有するガイドワイヤー。
- 請求項1から4のいずれか1項に記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有するステント。
- 請求項1から4のいずれか1項に記載のTi−Zr系合金からなる金属製の機能性本体部分を有する心室補助装置。
- 血液と接触する医療器具であって、該医療器具は請求項1から4のいずれか1項に記載のTi−Zr系合金からなる機能性本体部を有し、かつ血液と接触する合金表面にヘパリンが共有結合されている事を特徴とする医療器具。
- 該医療器具はガイドワイヤー、ステントまたは心室補助装置である請求項8に記載の医療器具。
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