JP4132975B2 - 鋳造体強化方法、およびそれに使用される工具 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、鋳物に生ずるひけ巣やピンホールあるいはブローホールなどといった鋳造欠陥を補修または低減(以下、補修と低減とを総括的に「補修」という)するための鋳造体強化方法、および、それに使用するための工具に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、自動車や自動二輪車などのエンジンの軽量化を図るべく、アルミニウム材料によりエンジンのシリンダブロックを鋳造成形する手法が採用される場合がある。アルミニウム材料の金属強度は低いので、その場合には、シリンダボアの耐摩耗性を向上させるために、この内壁面に耐摩耗層を形成する必要がある。
【0003】
たとえば、耐摩耗層は、円筒形状を呈した鉄系金属製のライナをシリンダブロックに圧入するか、あるいは、このライナをシリンダブロックの鋳造成形の際に予め組み込むことにより形成される。このようなライナは、シリンダブロックに埋設される際に適度な強度を必要とするため、その肉厚が比較的厚く(約3mm程度)される。そのため、このような耐摩耗層を有するシリンダブロックにおいては、重量増加となるばかりでなく、冷却効率が悪くなってしまい、エンジン冷却用の水路を余分に形成したり、これに付随して冷却ポンプを大型化する必要があり、コスト的に不利となってしまう。
【0004】
また、たとえば、耐摩耗層は、クロムを含有する金属などをシリンダボアの内壁面にメッキ加工することにより形成される。このような場合では、メッキ液を廃棄処理しなければならず、また、クロムが廃棄ガス中に入り込むため、環境問題を引き起こす可能性がある。
【0005】
そこで、近年においては、プラズマ溶射法によりシリンダボアの内壁に鉄系金属を溶着させることによって耐摩耗層を形成する技術が注目されている。この方法によれば、耐摩耗層の形成は、シリンダボアの内壁面を切削加工により削り出した後に行われ、耐摩耗層は、鉄系金属の粉末体を加熱しつつシリンダボアの内壁面に吹き付けることによって形成される。このような耐摩耗層は、鉄系金属がシリンダボアの内壁面に溶着した形態をとり、その厚みが比較的薄く(0.1mm程度)されうる。したがって、この方法によれば、上述した種々の問題を解消することが可能となる。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、シリンダブロックは、鋳物であるがゆえに、その形成の際に、ピンホールやブローホールなどの欠陥が生じてしまう。また、アルミニウム材料による鋳物は、凝固時のひけが大きく、ひけ巣が生じ易い。これらの鋳造欠陥は、シリンダブロックの表面だけでなくその内部にも生じる。そのため、プラズマ溶射に先立って削り加工しても、シリンダボアの内壁面に鋳造欠陥が露出してしまう。
【0007】
このような場合、シリンダボアの内壁面に対して、プラズマ溶射法により耐摩耗層を形成する際に、鋳造欠陥内において溶射金属が分断したり、溶射金属膜が鋳造欠陥を覆いきれずに、この鋳造欠陥が孔として残ってしまう。その結果、シリンダボアの内壁に要求される平滑性や強度要件を充足することができないことが多い。
【0008】
鋳造欠陥に起因するこのような不具合を解消するための手法の一つとして、熱硬化性樹脂により鋳造欠陥を塞ぐ鋳造体強化方法が知られている。具体的には、この方法においては、欠陥補修が必要な鋳造物ないし製品が、熱硬化性樹脂を主成分とする含浸液に一旦浸漬された後、乾燥炉にて加熱乾燥されることにより、含浸液に含まれていた樹脂成分が硬化させられる。これにより、鋳造欠陥が熱硬化性樹脂により塞がれる。
【0009】
しかしながら、このような方法は、樹脂を用いるため、熱や機械的衝撃を受けるシリンダボアの内壁面の補修に適用するのは困難である。また、この方法は、樹脂含浸、加熱乾燥の工程追加により、製造工程全体が複雑化してしまう。
【0010】
本発明はこのような事情のもとで考え出されたものであって、鋳造体に生じる鋳造欠陥を良好に補修することができる鋳造体強化方法、および、それに使用される工具を提供することを目的とする。
【0011】
【発明の開示】
上記課題を解決するため、本願発明では、次の技術的手段を講じている。
【0012】
すなわち、本願発明の第1の側面により提供される鋳造体強化方法は、円筒形状のボア部を有する鋳造体を製造する際に、当該ボア部を規定するボア壁面の元となる初期面に生じた鋳造欠陥を補修するためのものであって、前記初期面に対して、摺接部を有する工具の当該摺接部を圧接させつつ摺動させて、当該初期面の金属組織を塑性流動させることによって、前記初期面より退避する溝部と当該溝部に隣接して前記初期面より突き出る突条部とからなる連続凹凸形状面を形成するための塑性流動工程と、前記連続凹凸形状面において、金属組織の塑性流動が生じた深さ範囲内で前記溝部よりも深部までを切削除去することによって、仕上面を形成するための仕上工程と、を含むことを特徴としている。
【0013】
本発明によれば、前記ボア壁面(鋳造体の表面)は、金属組織の塑性流動が生じた結果として形成された面(前記連続凹凸形状面)がそのまま最終面とされたものではなく、前記仕上面として削り出されたものである。ここで、前記塑性流動工程において、鋳造体は、前記溝部および突条部が形成されるレベルまで積極的に金属組織が塑性流動させられるので、鋳造体において、表面から比較的深い範囲を、金属組織が塑性流動した部分とすることができる。前記仕上面は、前記連続凹凸形状面において、金属組織の塑性流動が生じた深さ範囲内で溝部よりも深部までを切削除去したものであるため、金属組織が塑性流動した部分が仕上面に露出しうる。したがって、鋳造体における金属組織が塑性流動した部分では、鋳造欠陥が押しつぶされて消滅した状態となっているため、前記仕上面として、鋳造欠陥が露出するのを防止した平滑なものとすることができる。その結果、ボア壁面に対してプラズマ溶射法などにより溶射金属膜を形成する場合、この膜に対して平滑性および強度要件の両方を同時に満足させることができる。
【0014】
ところで、特開2000−336465号公報と特開2001−259824号公報には、鋳造体の表面に対して塑性流動加工を施すことにより、鋳造欠陥を補修する技術が開示されているが、これらの公報においては、塑性流動加工により生じた面が最終面とされているため、鋳造体の表面を平滑にすることができない。これに対し、本発明では、上述したように、塑性流動により生じた凹凸面をさらに溝部よりも深い仕上面まで削り出すので、これを平滑にすることができる。また、前記した公報の方法では、塑性流動により生じた面がそのまま最終面となるため、その最終面が不当に凹凸とならない程度までしか塑性流動させることができず、鋳造体における金属組織が塑性流動する範囲は、鋳造体の表面から比較的浅くならざるえを得ず、鋳造欠陥が鋳造体の表面に残ってしまう可能性がある。すなわち、鋳造体に対する鋳造欠陥の補修が不充分となりうる。これに対して、本発明においては、上述したように、後に仕上加工をすることを前提にしているから、鋳造体に対して、前記溝部および突条部が形成されるレベルまで塑性流動を積極的に起こさせて、鋳造体における金属組織が塑性流動する範囲を比較的深くすることができる。したがって、鋳造体に対する鋳造欠陥の補修を充分なものとすることができる。
【0015】
なお、本発明の方法の対象となる鋳造体としては、アルミニウム製に限定されないが、製品の軽量化や塑性流動の生じ易さを考慮すると、アルミニウム製又はアルミニウム合金製であるのが好ましい。
【0016】
この鋳造体強化方法においては、たとえば、前記塑性流動工程の前に、前記初期面を削り出すための前工程を行ってもよい。
【0017】
前記塑性流動工程では、たとえば、前記連続凹凸形状面は、円筒形状の前記ボア部のボア軸心の方向に前記溝部および前記突条部が交互に連続して並ぶように形成される。この場合、各溝部および各突条部は、完全なリング状であってもよいし、ネジ山やネジ溝のように螺旋状であってもよい。
【0018】
前記塑性流動工程では、たとえば、前記溝部は、前記初期面に対して0.15〜0.40mmの深さまで形成される。
【0019】
前記仕上工程は、たとえば、前記連続凹凸形状面から前記突条部を切削除去することによって第1仕上面を形成するための第1仕上工程(粗仕上工程)と、前記第1仕上面をさらに切削することによって第2仕上面を形成するための第2仕上工程(最終仕上工程)とを含んでいる。
【0020】
前記第1仕上面は、たとえば、前記溝部から0〜0.20mmの深さにて削り出される。また、前記第2仕上面は、たとえば、前記第1仕上面から0.05〜0.10mmの深さにて削り出される。
【0021】
前記工具としては、たとえば、一の工具軸心に対して平行となるように延設されかつ当該工具軸心からそれぞれ等距離に設けられた複数の摺接部を有し、各摺接部が、前記工具軸心に対して平行に並べられた複数の山形刃を有するように形成されたものが用いられる。
【0022】
なお、前記工具における山形刃の材質は限定されないが、補修対象の鋳造体の材質よりも硬い材質で構成されているのが好ましい。たとえば、鋳造体がアルミニウム製の場合、前記工具としては、前記山形刃が鋼製であるものとする。
【0023】
前記塑性流動工程は、たとえば、前記初期面で規定される孔部内で前記ボア軸心と前記工具軸心とが平行となるように前記工具を配設し、かつ、当該工具を前記工具軸心回りに自転させることによって、前記初期面に対して前記複数の摺接部を圧接させつつ摺動させることによって行われる。
【0024】
前記塑性流動工程は、たとえば、前記ボア軸心を公転軸として、前記摺接部が前記初期面に対して圧接しつつ摺動することが可能な軌道で前記工具を公転させることによって行われる。前記工具は、たとえば、前記自転の方向と前記公転の方向とは同一となるように操作される。但し、自転と公転の回転方向を逆にしてもよい。
【0025】
前記工具としては、たとえば、前記山形刃の頂部が丸みの付いた形状を有するものが用いられる。
【0026】
前記工具としては、たとえば、前記山形刃の山高さが、0.3〜0.8mmであるものが用いられる。
【0027】
前記工具としては、たとえば、前記工具軸心に対して周方向に離隔した2〜8の摺接部を有するものが用いられる。但し、この数は限定的でない。
【0028】
本願発明の第2の側面により提供される工具は、鋳造体の表面における金属組織を塑性流動させるための工具であって、一の工具軸心に対して平行となるように延設されかつ当該工具軸心からそれぞれ等距離に設けられた複数の摺接部の各々が、前記工具軸心の周方向に離間しているとともに、前記工具軸心に対して平行に並べられた複数の山形刃を有することを特徴としている。
【0029】
前記山形刃の頂部は、たとえば、丸みの付いた形状を有している。
【0030】
前記山形刃の山高さは、たとえば、0.3〜0.8mmとされる。
【0031】
前記工具は、たとえば、前記工具軸心に対して周方向に離隔した2〜8の摺接部を有している。この数が限定的にないのは、先に述べたとおりである。
【0032】
本願発明の第3の側面により提供される鋳造体強化方法は、鋳造体の表面に生じる鋳造欠陥を補修するためのものであって、前記鋳造体の初期の表面である初期面に対して、摺接部を有する工具の当該摺接部を圧接させつつ摺動させて、当該鋳造体表面の金属組織に塑性流動を生じさせることによって、前記初期面より退避する溝部と当該溝部に隣接して前記初期面より突き出る突条部とからなる連続凹凸形状面を形成するための塑性流動工程と、前記連続凹凸形状面において、金属組織の塑性流動が生じた深さ範囲内で前記溝部よりも深部までを切削除去することによって、仕上面を形成するための仕上工程と、を含むことを特徴としている。
【0033】
本願発明のその他の特徴および利点については、以下に行う発明の実施の形態の説明から、より明らかになるであろう。
【0034】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の好ましい実施の形態について、図面を参照して具体的に説明する。
【0035】
図1は、鋳造体の一例を示す切り欠き斜視図、図2は、図1の鋳造体を製造する際に形成される中間体を示す切り欠き斜視図である。図3、図5および図7は、本願発明に係る鋳造体強化方法を説明するための図である。図4(a)は、本願発明に係る工具の一例を示す側面図、図4(b)は、図4(a)の平面図である。図6は、図5のVI-VI線に沿う断面図であって、図6(a)は、加工初期の様子を示し、図6(b)は、加工後の様子を示す。また、図8は、図7のVIII-VIII線に沿う拡大断面図、図9は、図7のIX-IX線に沿う拡大断面図である。
【0036】
図1に示す鋳造体1は、自動車や自動二輪車などに搭載されるエンジンのシリンダブロックとして形成されたものであって、エンジンのピストンが収容される円筒状のボア部2を有している。このシリンダブロック1は、エンジンの軽量化を図るべく、本実施形態では、アルミニウム材料により形成されている。アルミニウム材料は、一般に、耐摩耗性が低いので、このシリンダブロック1には、エンジンに組み込まれる際に、ピストンとの間の摩擦によってボア部2を規定するボア壁面2aの表面が摩耗してしまうのを防止するために、ボア壁面2aを覆う耐摩耗層9が設けられる。
【0037】
このような耐摩耗層9は、鉄系金属により、0.1mm程度の厚さに形成され、その形成の際には、たとえば、プラズマ溶射法が用いられる。この方法によれば、上記鉄系金属の粉末体が加熱されつつボア壁面2aに対して吹き付けられ、これにより、鉄系金属がボア壁面2aに溶着して耐摩耗層9が形成される。
【0038】
上記シリンダブロック1を形成する際には、まず、当初は寸法調整のされていないボア部2を有するシリンダブロック中間体10を鋳造により成形する。ボア部2は、図2に示すように、その内壁面が、ボア壁面2aの元となる初期面20aとして、円筒内面状に形成されており、その当初の内径が、ボア部2の最終の内径よりもたとえば0.4mm〜1.4mm程度小さくなるように設定されている。シリンダブロック中間体10は、鋳造成形されるがゆえに、ひけ巣やピンホールあるいはブローホールなどといった、気泡状の欠陥(鋳造欠陥)29を有している。このような鋳造欠陥29は、シリンダブロック中間体10の各所に生じており、その一部には、初期面20aの表面に露出しているものもある。
【0039】
次に、初期面20a近傍に生じた鋳造欠陥29を補修する。この作業は、以下に説明する鋳造体強化方法により行われ、その結果として、寸法調整されたボア壁面2aが形成される。
【0040】
すなわち、この鋳造体強化方法では、まず、図3に示す連続凹凸形状面3を形成するための塑性流動工程を行う。連続凹凸形状面3は、上記初期面20aより退避する溝部31と当該溝部31に隣接して前記初期面20aより突き出る突条部32とからなり、ボア部2の軸心(ボア軸心)21が延びる方向に溝部31および突条部32が交互に連続して並ぶように形成されている。この連続凹凸形状面3は、初期面20aの金属組織を塑性流動させることにより形成されたものであり、その形成に際しては、たとえば、図4(a)および図4(b)に示す工具7が使用される。
【0041】
この工具7は、全体として円柱形状とされた作用部7aを有しており、その軸心(工具軸心)71を中心として回転操作される。作用部7aには、工具軸心71に対して平行となるように延設されるとともに工具軸心71からそれぞれ等距離で周方向に等間隔に設けられた複数の摺接部72が形成されている。各摺接部72は、後述するようにして、初期面20aの金属組織を圧縮および塑性流動させるための部分であって、このような金属組織の圧縮および塑性流動が比較的広範囲にわたって生じるように、複数の山形刃73を有している。この工具7において、複数の山形刃73は、各摺接部72に対して工具軸心71と平行に並ぶように設けられており、そのそれぞれは、その山高さhがたとえば0.3mm〜0.8mmとなるように形成されている。また、各山形刃73は、初期面20aの金属組織における塑性流動が円滑かつ均一に起り易いように、その頂部73aが丸みの付いた形状とされている。
【0042】
このような工具7は、図5に示すように、ボア部2内において、工具軸心71がボア軸心21と平行となり、かつ、ボア軸心21と初期面20aとの間の距離よりも、ボア軸心21と山形刃73の頂部73aとの間の最大距離が長くなるように配置される。この工具7は、作用部7aの直径がボア部2の内径よりも小とされており、工具軸心71を中心として回転(自転)させられるだけでなく、ボア軸心21を中心として回動(公転)させられる。これにより、工具7の各山形刃73が、初期面20aに対して圧接しつつ摺動し、工具7を所定の速度で公転させながら自転させることによって、溝部31および突条部32が形成される。この後、工具7の作用部7aにおける工具軸心方向の長さがボア部2におけるボア軸心方向の長さよりも短い場合、工具7をボア部2内においてボア軸心方向に移動させて、さらに工具7の回転(自転・公転)操作を行うという一連の作業を繰り返すことによって、初期面20aの全域にわたって溝部31および突条部32を形成することができる。その結果、連続凹凸形状面3が形成される(図3)。
【0043】
より詳細には、工具7の各山形刃73が初期面20aに対して圧接しつつ摺動する初期の段階において、初期面20aにおける山形刃73が当接する領域は、図6(a)に示すように、金属組織が圧縮されつつ窪むとともに、圧縮された金属組織の一部が塑性流動して山形刃73の刃面に沿って盛り上がっていく。その後、各山形刃73の初期面20aに対する圧接・摺動が進行すると、図6(b)に示すように、初期面20aにおける金属組織が圧縮される領域および金属組織が塑性流動する領域が拡大していく。これにより、窪んだ部分が深くかつ広くなることによって溝部31が形成される一方、盛り上がった部分も増大し、これが工具7における各山形刃73の間の空間に収容されていくことによって突条部32が形成される(但し、突条部32が各山形刃73の間の空間を完全に占有しなくともよい)。そして、これら溝部31および突条部32が初期面20aの全域にわたって設けられることによって連続凹凸形状面3が形成される。
【0044】
このようにして形成された連続凹凸形状面3において、溝部31の底からある程度の深さ範囲にありかつ周方向全域にわたる領域、および突条部32の内部の領域(以下、これらの領域を総じて「表層」という)3aは、圧縮された金属組織あるいは塑性流動した金属組織により形成されたものとなりうる。また、圧縮された金属組織および塑性流動した金属組織は、密となっており、その内部の鋳造欠陥29が押しつぶされて消滅した状態(図6(a)および図6(b)における符号29′を参照)となっている。したがって、連続凹凸形状面3は、上記表層3a内に鋳造欠陥がない状態となるように形成される。換言すれば、この塑性流動工程は、鋳造欠陥が存在しない表層3aを有する連続凹凸形状面3を形成するための工程である。
【0045】
なお、この塑性流動工程においては、工具7を回転させる際に、自転の方向と公転の方向が同一となるように操作して、自転と公転とが相互に妨げ合わないようにしている。これにより、初期面20aに対する金属組織の圧縮および塑性流動の工程を円滑に行えるようにしている。
【0046】
また、上記工具7は、図4(b)に示すように、4つの摺接部72を有するものとされているが、工具7としては、工具軸心71に対して周方向に離間した2〜8の摺接部72を有するものが好ましい。すなわち、工具7の作用部7aは、平面視において、多角形状とされるのが好ましい。このような工具7によれば、山形刃73は、初期面20aに対して適度な入射角で断続的に当るので、金属組織の圧縮および塑性流動を良好に生じさせることができる。特に、6個の山形刃73を周方向等間隔に設ける場合には、金属組織の圧縮および塑性流動を良好に生じさせ易いことを本発明者は実験的に確認している。
【0047】
図6(a)に示すように、上記塑性流動工程においては、具体的に、溝部31の深さが初期面20aに対して0.15mm〜0.40mmとなるようにして連続凹凸形状面3を形成しており、これにより、表層3aの深さdが溝部31の底から0.1mm〜0.35mmの範囲にわたる領域とされる。
【0048】
この鋳造体強化方法では、上記した塑性流動工程に次いで、仕上面を削り出すための仕上工程が行われる。この仕上工程は、上記連続凹凸形状面3の表層3a、すなわち、金属組織の圧縮および塑性流動が生じた領域を、塑性流動が生じた深さ範囲内で溝部31の底よりも深部までを切削することによって、ボア壁面2aとなる仕上面を形成するための工程である。この鋳造体強化方法において、仕上工程は、図8に示すように、連続凹凸形状面3から突条部32を切削除去することによって第1仕上面4を形成するための第1仕上工程(粗仕上工程)と、図9に示すように、この第1仕上面4をさらに切削することによってボア壁面2aとしての第2仕上面5を形成するための第2仕上工程(最終仕上工程)とを含んでいる。なお、この仕上工程では、第1仕上工程および第2仕上工程を経て、連続凹凸形状面3における上記表層3aの深さ範囲よりも浅い部分が除去されるようにして、連続凹凸形状面3を切削する。すなわち、ボア壁面2aは、シリンダブロック中間体10において金属組織を圧縮および塑性流動させた領域を露出させたものである。
【0049】
この仕上工程は、たとえば、2種類の刃具(第1刃具81および第2刃具82)を有する公知の装置を用いて行うことができる。このような装置では、図7に示すように、第1刃具81は、連続凹凸形状面3が形成されたシリンダブロック中間体10のボア部2内において、連続凹凸形状面3に当接するように固定されている。この装置を駆動して、第1刃具81を、ボア部2に対してボア軸心21の回りに相対的に回転させることによって、連続凹凸形状面3を切削することができる。このとき、図8に示すように、溝部31の底からたとえば0〜0.2mmの深さ(d1)まで連続凹凸形状面3を切削することによって、連続凹凸形状面3から突条部32が切削除去され第1仕上面4が形成される。
【0050】
一方、第2刃具82は、図7に示すように、シリンダブロック中間体10′のボア部2内において、連続凹凸形状面3(第1仕上面4)に対して当接する位置と離間する位置との間で往復移動可能に支持されている。この第2刃具82は、第1刃具81が連続凹凸形状面3を切削しているときには、連続凹凸形状面3から離間した位置に配置されており、第1刃具81が第1仕上面4を形成し終えた後に第1仕上面4に当接するように移動させられる。この状態において、第2刃具82を、ボア部2に対してボア軸心21の回りに相対的に回転させることによって、第1仕上面4を切削することができる。このとき、図9に示すように、第1仕上面4を、たとえば0.05mm〜0.10mmの深さ(d2)まで切削することによって、第2仕上面5が形成される。このようにして、第1仕上工程および第2仕上工程が効率的に行われる。
【0051】
次に、上記金属欠陥補修方法の作用を説明する。
【0052】
上記塑性流動工程において、シリンダブロック中間体10には、図3に示すように、溝部31および突条部32からなる連続凹凸形状面3が形成される。上述したように、溝部31および突条部32は、ボア部2の初期面20aの金属組織を圧縮および塑性流動させることにより形成されたものであるため、連続凹凸形状面3の表層3a、すなわち、連続凹凸形状面3における溝部31の底から0.10mm〜0.35mmの深さ範囲にありかつ周方向全域にわたる領域と、突条部32の内部の領域とにおいては、図6(a)および図6(b)に示すように、鋳造欠陥が押しつぶされて消滅した状態となる。このような連続凹凸形状面3は、上記仕上工程において切削されることによって、第1仕上面4、およびボア壁面2aとなる第2仕上面5とされる。第1仕上面4は、図8に示すように、溝部31の底から0〜0.20mmの深さ(d1)にて削り出されたものとされており、かつ、第2仕上面5は、図9に示すように、第1仕上面4から0.05〜0.10mmの深さ(d2)にて削り出されたものとされているので、第2仕上面5は、溝部31の底から0.05〜0.30mmの深さ(d1+d2)にて削り出されたものとなる。すなわち、ボア壁面2aは、上述したように、シリンダブロック中間体10において金属組織を圧縮および塑性流動させた領域を露出させたものとなる。したがって、全域にわたって鋳造欠陥が露出しないようにして、ボア壁面2aを形成することができる。
【0053】
その結果、プラズマ溶射法などにより、ボア壁面2aに対して鉄系金属を溶着させた耐摩耗層9を形成する際には、従来例のように、鋳造欠陥内において溶射金属層が分断されたり、溶射金属膜が鋳造欠陥を覆いきれずにこの鋳造欠陥が孔として残るのを防止することができる。
【0054】
なお、上記した実施の形態では、シリンダブロック中間体10を鋳造した際に設けられたボア部2の内壁面が初期面20aとされているが、鋳造直後においてボア部2の内壁面に比較的大きな凹凸がある場合などでは、上記塑性流動工程の前に、ボア部2の内壁面を切削することによって初期面20aを形成するための前工程を設けてもよい。このようにすれば、初期面20aをほぼ円筒内面状とすることができ、連続凹凸形状面3を形成する際に、工具7を初期面20aに対して一様な押圧力で圧接させることができる。したがって、上記表層3aを溝部31の底から均一な深さ範囲に形成することができる。その結果、全域にわたって鋳造欠陥が露出していないボア壁面2aを確実に形成することができる。
【0055】
もちろん、本願発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内でのあらゆる設計変更はすべて本願発明の範囲に含まれる。たとえば、上記実施の形態によれば、鋳造体1は、シリンダブロックとされているが、これに限ることはなく、たとえば、トランスミッションケースなどに形成されたベアリング嵌入孔など、他の鋳造体とされていてもよい。また、補修対象となる面は必ずしも円筒面でなくともよい。
【図面の簡単な説明】
【図1】鋳造体の一例を示す切り欠き斜視図である。
【図2】図1の鋳造体を製造する際に形成される中間体を示す切り欠き斜視図である。
【図3】本願発明に係る鋳造体強化方法を説明するための切り欠き斜視図である。
【図4】(a)は、本願発明に係る工具の一例を示す側面図、(b)は、(a)の平面図である。
【図5】本願発明に係る鋳造体強化方法を説明するための概略平面図である。
【図6】図5のVI-VI線に沿う断面図であって、(a)は、加工初期の様子を示し、(b)は、加工後の様子を示す。
【図7】本願発明に係る鋳造体強化方法を説明するための概略平面図である。
【図8】図7のVIII-VIII線に沿う拡大断面図である。
【図9】図7のIX-IX線に沿う拡大断面図である。
【符号の説明】
1 シリンダブロック(鋳造体)
2 ボア部
2a ボア壁面
3 連続凹凸形状面
4 第1仕上面
5 第2仕上面
7 工具
20a 初期面
21 ボア軸心
31 溝部
32 突条面
71 工具軸心
72 摺接部
73 山形刃
Claims (16)
- 円筒形状のボア部を有する鋳造体を製造する際に、当該ボア部を規定するボア壁面の元となる初期面に生じた鋳造欠陥を補修または低減するための方法であって、
前記初期面に対して、摺接部を有する工具の当該摺接部を圧接させつつ摺動させて、当該初期面の金属組織を塑性流動させることによって、前記初期面より退避する溝部と当該溝部に隣接して前記初期面より突き出る突条部とからなる連続凹凸形状面を形成するための塑性流動工程と、
前記連続凹凸形状面において、金属組織の塑性流動が生じた深さ範囲内で前記溝部よりも深部までを切削除去することによって、仕上面を形成するための仕上工程と、
を含むことを特徴とする、鋳造体強化方法。 - 前記塑性流動工程の前に、前記初期面を削り出すための前工程を更に含む、請求項1に記載の鋳造体強化方法。
- 前記塑性流動工程では、前記連続凹凸形状面は、円筒形状の前記ボア部のボア軸心の方向に前記溝部および前記突条部が交互に連続して並ぶように形成される、請求項1または2に記載の鋳造体強化方法。
- 前記塑性流動工程では、前記溝部は、前記初期面に対して0.15〜0.40mmの深さまで形成される、請求項1から3のいずれか1つに記載の鋳造体強化方法。
- 前記仕上工程は、前記連続凹凸形状面から前記突条部を切削除去することによって第1仕上面を形成するための第1仕上工程と、前記第1仕上面をさらに切削することによって第2仕上面を形成するための第2仕上工程とを含む、請求項1から4のいずれか1つに記載の鋳造体強化方法。
- 前記第1仕上面は、前記溝部から0〜0.20mmの深さにて削り出される、請求項5に記載の鋳造体強化方法。
- 前記第2仕上面は、前記第1仕上面から0.05〜0.10mmの深さにて削り出される、請求項6に記載の鋳造体強化方法。
- 前記工具は、一の工具軸心に対して平行となるように延設されかつ当該工具軸心からそれぞれ等距離に設けられた複数の摺接部を有しており、
各摺接部は、前記工具軸心に対して平行に並べられた複数の山形刃を有する、請求項1から7のいずれか1つに記載の鋳造体強化方法。 - 前記塑性流動工程では、前記初期面で規定される孔部内で前記ボア軸心と前記工具軸心とが平行となるように前記工具を配設し、かつ、当該工具を前記工具軸心回りに自転させることによって、前記初期面に対して前記複数の摺接部を圧接させつつ摺動させる、請求項8に記載の鋳造体強化方法。
- 前記塑性流動工程では、前記ボア軸心を公転軸として、前記摺接部が前記初期面に対して圧接しつつ摺動することが可能な軌道で前記工具を公転させる、請求項8または9に記載の鋳造体強化方法。
- 前記山形刃の頂部は、丸みの付いた形状を有する、請求項8から10のいずれか1つに記載の鋳造体強化方法。
- 前記山形刃の山高さは、0.3〜0.8mmである、請求項8から11のいずれか1つに記載の鋳造体強化方法。
- 鋳造体の表面における金属組織を塑性流動させるための工具であって、
一の工具軸心に対して平行となるように延設されかつ当該工具軸心からそれぞれ等距離に設けられた複数の摺接部の各々が、前記工具軸心の周方向に離間しているとともに、前記工具軸心に対して平行に並べられた複数の山形刃を有することを特徴とする、工具。 - 前記山形刃の頂部は、丸みの付いた形状を有する、請求項13に記載の工具。
- 前記山形刃の山高さは、0.3〜0.8mmである、請求項13または14に記載の工具。
- 鋳造体の表面に生じる鋳造欠陥を補修または低減するための方法であって、
前記鋳造体の初期の表面である初期面に対して、摺接部を有する工具の当該摺接部を圧接させつつ摺動させて、当該鋳造体表面の金属組織に塑性流動を生じさせることによって、前記初期面より退避する溝部と当該溝部に隣接して前記初期面より突き出る突条部とからなる連続凹凸形状面を形成するための塑性流動工程と、
前記連続凹凸形状面において、金属組織の塑性流動が生じた深さ範囲内で前記溝部よりも深部までを切削除去することによって、仕上面を形成するための仕上工程と、
を含むことを特徴とする、鋳造体強化方法。
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