JP4003500B2 - 腹膜機能解析システム - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、腎不全患者の状態に応じた至適な透析を可能とする腹膜機能解析システムに関する。より詳細には、患者の腹膜機能や腹膜透析の状態を精度良く推定し、その推定結果に基づいて腹膜機能を解析するように構成された腹膜機能解析システムに関する。
【0002】
【従来の技術】
従来の腹膜透析医療においては、腹膜機能の評価や至適な透析条件を探るために、腹膜透析患者に関する腹膜透析状態や腹膜透過能を、コンピュータを用いてシミュレーションすることによってリアルタイムに把握できるよう工夫されたソフトウェアを内蔵した装置が使用される機会が多くなってきている。当該装置においては、腹膜透析能の計算や、種々の腹膜透析処方のシミュレーション、あるいは残腎機能の計算等を行うことになる。
【0003】
従来は、腹膜透過が、毛細血管内皮細胞、間質、内皮細胞等の3つのバリアやこれらに存在する孔(ポア)によって影響を受けやすいという性質を有することから、この孔を介して拡散とコンべクションにより物質交換が行われているという腹膜透過理論を根拠として作製されているソフトウェアが主流となっている。
【0004】
ここで、腹膜透過現象をより正確に把握するために、薬物動態学あるいは薬物動力学を用いて解析することが考えられている。この場合、細部にわたる現象を詳細に表現したモデルを微視的薬物動力学モデル(以下、「微視的モデル」という。)、細部の現象を包括したモデルを巨視的薬物動力学モデル(以下、「巨視的モデル」という。)と呼んでいる。細部の現象を包括する技術としては、多段階反応(cascade)を1段階反応で近似する技術や、複雑な非線形反応を線形1次反応で近似する技術、あるいはモデルに含まれる腹膜機能パラメタ(以下、「キネティックパラメタ」という。)を実験式又は経験式で置換する技術等が考えられている。
【0005】
一般に、巨視的モデルは微視的モデルに比して支配方程式が簡素であり、キネティックパラメタ数及び従属変数が少なく、数値解析に必要なキネティックパラメタを最適化処理するに当たって、微視的モデルよりも演算処理量が少なく、解析学的にも容易である。
【0006】
しかしながら、巨視的モデルは細部の現象を包括していることから、微視的モデルに比して、計算精度と数値解析能が低下するという欠点を潜在的に有しており、当然ながら細部の現象の解析は不可能である。
【0007】
そこで、かかる巨視的モデル及び微視的モデルという2つのモデルに含まれているキネティックパラメタを、同時に最適化処理することによって、双方の欠点を補完しあうようにする方法が考えられている。かかる最適化処理方法としては、例えば制御工学におけるパウエル(Powell)法や、フレッチャーリーブス(Fletcher-Reeves)法等に代表される共益勾配法が良く用いられている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、これらの方法を用いることによって、複数の未知のキネティックパラメタを同時に最適化処理することが可能であるが、キネティックパラメタのセンシティビティーが高い場合、すなわちキネティックパラメタの微細な変動がモデル全体の安定性に多大な影響を与える場合には、最適化処理自体が収束することなく、発散(最適値が求まらない状態)あるいは無限処理に陥るおそれがあった。
【0009】
例えば薬物投与計画を検討する場合、ドナー側又はレセプタ側の着目溶質濃度について、定常状態近似可能な薬物動力学モデルとして解析することが多い。この場合、ドナー側又はレセプタ側を定常状態近似することにより、モデルの近似解析解を導出し、最適化処理にその近似解析解を適用して着目溶質濃度を算出することによって、演算処理量の軽減を図っていた。しかしながら、線形近似解析解を適用した場合であっても、最適化処理の発散を回避することができない場合も多く存在していた。
【0010】
特に腹膜透析においては、多面的腹膜機能解析を行うために、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデル(巨視的モデル)とスリーポアセオリ(Three Pore Theory)(微視的モデル)を併用することになる。これらの数理モデルを併用するためには、それぞれの数理モデルに含まれる複数のキネッティクパラメタを最適化処理しなくてはならない。
【0011】
現状では、臨床データを各々の数理モデルに用いることによってキネティックパラメタを個別に最適化処理し、最適値としてキネティックパラメタを決定している。かかる方法では、最適化処理を行うための演算処理量が多いだけでなく、最適化処理自体が発散してしまうおそれも強く、最適値が求まらない場合には患者の現状を的確に把握することができず、透析条件を修正することもできないことから、臨床における有用性が低くなってしまうという問題点を有していた。
【0012】
そこで、本発明は、上記問題点を解決するために、薬物動力学の解析において、キネティックパラメタの最適化処理が発散することなく、かつ演算処理量を軽減することができ、解析結果を臨床にも活用することができる腹膜機能解析システムを提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために本発明にかかる腹膜機能解析システムは、多面的腹膜機能を解析する腹膜機能解析システムであって、同一の現象を解析する巨視的薬物動力学モデルと微視的薬物動力学モデルを構築するモデル構築部と、巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を決定するキネティックパラメタ仮設定部と、微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理に適用する初期推定値を、巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタと微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタとの相関関係から、前記キネティックパラメタ仮設定部において決定された前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値に基づいて決定する初期推定値決定部と、前記初期推定値を用いて前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理し、前記腹膜の透析能及び除水能を定量的に評価する腹膜機能解析部とを含み、前記巨視的薬物動力学モデルとして、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデル又は前記パイル−ポポビッチモデルの改良モデルが、前記微視的薬物動力学モデルとして、スリーポアセオリー(Three Pore Theory)又は前記スリーポアセオリーの改良モデルが適用されることを特徴とする。
【0014】
かかる構成により、巨視的薬物動力学モデルにおいて最適化されたキネティックパラメタを微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理するための初期推定値として用いることによって、最適化処理自体が発散する可能性を抑制するだけでなく、最適化処理全体の演算処理量を削減することができ、解析結果を臨床にも容易に活用することが可能となる。
【0015】
また、本発明にかかる腹膜透析システムは、初期推定値の妥当性を評価するために、定常状態を近似することによって、非線形モデルを線形モデルに簡易化した数式で算出した溶質濃度の予測値と実測値の誤差を評価する初期推定値評価部をさらに含むことが好ましい。定常状態近似を仮定したドナー側またはレセプター側の着目溶質濃度の推算値を算出し、それを実測値と比較し誤差を評価し、推算値と実測値の誤差が小さいほど最適化処理の計算量は少なく最適値を得ることが可能になるからである。
【0016】
また、本発明にかかる腹膜機能解析システムは、巨視的薬物動力学モデルとして、(数3)により表されるパイル−ポポビッチモデルを、微視的薬物動力学モデルとして、(数4)により表されるスリーポアセオリーを用いることが好ましい。
【0017】
【数3】
【0018】
式中、VB、VDは体液量と透析液量[mL]、CB、CDは体液中と透析液中溶質濃度[mg/mL]、tは透析液貯留時間[min]、Gは溶質生成速度[mg/min]、KAは総括物質移動・膜面積係数(MTAC)[mL/min]、QUは体液から透析液への正味の濾過流量[mL/min]、σはスタベルマン(Staverman)の反撥係数[−]、CAVEは腹膜の平均溶質濃度[mg/mL]、a1[mL/min]、a2[1/min]、a3[mL/min]は腹腔内透析液量の変化パラメタを表す。
【0019】
【数4】
【0020】
式中、CLptotは総腹膜クリアランス[mL/min]、CLpSはSmall Poreを介する小中分子溶質の腹膜クリアランス[mL/min]、CLpLはLarge Poreを介する大分子溶質の腹膜クリアランス[mL/min]、Peはペクレ数、LpScはCell Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVcはCell Poreの限外濾過流量[mL]、LpSSはSmall Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVsはSmall Poreの限外濾過流量[mL]、LpSLはLarge Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVLはLarge Poreの限外濾過流量[mL]、LpStotは腹膜全体の透水係数[mL/min/mmHg]、ΔPは静水圧勾配[mmHg]、Δπcolは膠質浸透圧勾配[mmHg]、Δπcryは晶質浸透圧勾配[mmHg]、JVLymphはリンパ吸収流量[mL/min]、A0/Δxは開孔面積を血管壁幅で除したパラメタ[cm2/cm]を表す。
【0021】
また、本発明にかかる腹膜透析システムは、微視的薬物動力学モデル及び巨視的薬物動力学モデルに対して、臨床データを適用することが好ましい。
【0022】
また、本発明にかかる腹膜透析システムは、キネティックパラメタのうち、少なくとも総括物質移動・膜面積係数(MTAC)、スタベルマン(Staverman)の反撥係数(σ)、除水パラメタ(a1、a2、a3)、A0/Δx、Cell Pore 透水流量(JVC)、Large Pore 透水流量(JVI)、リンパ吸収流量(Lymph)を用いて、腹膜の透析能及び除水能を評価することが好ましい。
【0023】
また、本発明にかかる腹膜透析システムは、パイル−ポポビッチモデル及びスリーポアセオリーを用いることによって、排液中の着目溶質の濃度に基づいて、血中溶質濃度を推算することができることが好ましい。推算により求まった推定値と臨床値を比較することによって、キネマティックパラメタを再評価できるからである。
【0024】
また、本発明は、上記のような腹膜機能解析システムの機能をコンピュータの処理ステップとして実行するソフトウェアを特徴とするものであり、具体的には、多面的腹膜機能を解析する腹膜機能解析方法を具現化するコンピュータ実行可能なプログラムであって、同一の現象を解析する巨視的薬物動力学モデルと微視的薬物動力学モデルを構築するステップと、巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を決定するステップと、微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理に適用する初期推定値を、巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタと微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタとの相関関係から、前段のステップにより決定された前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値に基づいて決定するステップと、前記初期推定値を用いて前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理し、前記腹膜の透析能及び除水能を定量的に評価するステップとを含み、前記巨視的薬物動力学モデルとして、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデル又は前記パイル−ポポビッチモデルの改良モデルが、前記微視的薬物動力学モデルとして、スリーポアセオリー(Three Pore Theory)又は前記スリーポアセオリーの改良モデルが適用されることを特徴とする。
【0025】
かかる構成により、コンピュータ上へ当該プログラムをロードさせ実行することで、巨視的薬物動力学モデルにおいて最適化されたキネティックパラメタを微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理するための初期推定値として用いることによって、最適化処理自体が発散する可能性を抑制するだけでなく、最適化処理全体の演算処理量を削減することができ、解析結果を臨床にも容易に活用することができる腹膜透析システムを実現することが可能となる。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態にかかる腹膜透析システムについて、図面を参照しながら説明する。図1は、本実施の形態にかかる腹膜透析システムの機能ブロック構成図である。
【0027】
図1において、11は巨視的モデルと微視的モデルを構築するモデル構築部を、12は巨視的モデルにおけるキネティックパラメタを決定するキネティックパラメタ仮設定部を、それぞれ示している。
【0028】
また、13は巨視的モデルにおけるキネティックパラメタと微視的モデルにおけるキネティックパラメタとの相関関係から、微視的モデルにおけるキネティックパラメタ最適化処理における初期推定値を決定する初期推定値決定部を、14は微視的モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理し、透析条件等を定める透析条件解析部を、それぞれ示している。
【0029】
なお、本発明の実施の形態にかかる腹膜透析システムにおいては、巨視的モデルとしてパイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルを、微視的モデルとしてスリーポアセオリー(Three Pore Theory)を、それぞれ採用するものとする。もちろん、これらに限定されるものではない。
【0030】
まず、モデル構築部11において、患者の腹膜透析状況について、巨視的モデルとしてパイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルを、微視的モデルとしてスリーポアセオリー(Three Pore Theory)を、各々構築する。本実施の形態においては、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルを(数5)に示すように、スリーポアセオリー(Three Pore Theory)を(数6)に示すように、それぞれ定めるものとする。
【0031】
【数5】
【0032】
式中、VB、VDは体液量と透析液量[mL]、CB、CDは体液中と透析液中溶質濃度[mg/mL]、tは透析液貯留時間[min]、Gは溶質生成速度[mg/min]、KAは総括物質移動・膜面積係数(MTAC)[mL/min]、QUは体液から透析液への正味の濾過流量[mL/min]、σはスタベルマン(Staverman)の反撥係数[−]、CAVEは腹膜の平均溶質濃度[mg/mL]、a1[mL/min]、a2[1/min]、a3[mL/min]は腹腔内透析液量の変化パラメタを表す。
【0033】
【数6】
【0034】
式中、CLptotは総腹膜クリアランス[mL/min]、CLpSはSmall Poreを介する小中分子溶質の腹膜クリアランス[mL/min]、CLpLはLarge Poreを介する大分子溶質の腹膜クリアランス[mL/min]、Peはペクレ数、LpScはCell Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVcはCell Poreの限外濾過流量[mL]、LpSSはSmall Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVsはSmall Poreの限外濾過流量[mL]、LpSLはLarge Poreの透水係数[mL/min/mmHg]、JVLはLarge Poreの限外濾過流量[mL]、LpStotは腹膜全体の透水係数[mL/min/mmHg]、ΔPは静水圧勾配[mmHg]、Δπcolは膠質浸透圧勾配[mmHg]、Δπcryは晶質浸透圧勾配[mmHg]、JVLymphはリンパ吸収流量[mL/min]、A0/Δxは開孔面積を血管壁幅で除したパラメタ[cm2/cm]を表す。
【0035】
次に、キネティックパラメタ仮設定部12において、巨視的モデルにおけるキネティックパラメタを定めることになる。すなわち、巨視的モデルであるパイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルについて、キネティックパラメタの最適化処理を行うことによって、キネティックパラメタに対してある程度の絞り込みを行うことにより、微視的モデルであるスリーポアセオリーにおけるキネティックパラメタの最適化処理が発散することを未然に防止するものである。(数5)に示すパイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルの中で、腹膜機能に関連するパラメタとしては、総括物質移動・膜面積係数MTAC[mL/min]、スタベルマン(Staverman)の反撥係数σ[−]、腹腔内透析液量の変化パラメタa1[mL/min]、a2[1/min]、a3[mL/min]等が考えられる。これらの値をパイル−ポポビッチモデルにおいて最適化処理を行うキネティックパラメタとして定めることになる。
【0036】
そして、初期推定値決定部13において、巨視的モデル及び微視的モデルに含まれている各々のキネティックパラメタの中から相関性を有するものを見出し、2つのモデルをキネティックパラメタにより連結することになる。
【0037】
具体的には、まずパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタの最適値を求めておき、求まった最適値を用いてスリーポアセオリーにおけるキネティックパラメタの初期推定値(Initial Guess)を決定することになる。パイル−ポポビッチモデル及びスリーポアセオリにおけるキネティックパラメタにおいて、相関性が強いと考えられるキネティックパラメタセットを(表1)に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
(表1)に示すように、(数5)に示す総括物質移動・膜面積係数MTACと(数6)に示す開孔面積を血管壁幅で除したパラメタA0/Δxとは、図2からも明らかなように、正の相関性を有していることがわかる。また、(数5)に示す腹腔内透析液量の変化パラメタa3は、生理学的には晶質浸透圧勾配が消失した後の再吸収速度、すなわち(数6)におけるLymphと相関することになる。
【0040】
また、スリーポアセオリは、パラメタA0/Δx及びLymphのパラメタセンシティビティーが非常に高く、最適化処理の発散の有無と計算時間はこれらのパラメタの設定値に依存することになる。
【0041】
そこで、透析解析部14において、あらかじめパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタの最適値を求めておき、当該最適値をキネティックパラメタの初期推定値として用いて、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの最適化処理を行うことになる。あらかじめ、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの初期推定値をパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタの最適値として求めていることから、当該初期推定値はスリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの最適値に近似しており、最適値を求める演算処理自体が軽減されることが期待できる。
【0042】
また、パイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタの最適値が、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの初期推定値として妥当であるか否かの妥当性評価を行うことも考えられる。求まった初期推定値によって、演算処理が収束することを保証するためである。
【0043】
この場合、初期推定値評価部15をさらに設けて、非線形モデルを線形モデルに簡易化した(数7)に基づいて算出された溶質濃度の予測値と実測値の誤差を評価することになる。
【0044】
すなわち、初期推定値を用いて算出した排液中着目溶質(代謝産物、尿毒物質)濃度を(数7)等に代入することによって、血中着目溶質濃度を推算し、この推算値と臨床データ(実測値)を評価することになる。
【0045】
まず、(数7)を用いて、初期推定値から算出した透析液中溶質濃度CD[mg/mL]を用いて、血中溶質濃度CBとほとんど同じ値を示す最大透析液中溶質濃度CDmax[mg/mL]を求める。
【0046】
【数7】
【0047】
なお、(数7)において、tは透析液貯留時間[min]を、zはCDmax/2となる透析液貯留時間[min]を、それぞれ示している。
【0048】
具体的には、図3に示すように、(数7)に含まれるCDmaxは透析液中着目溶質濃度の最大値であり、CBと近似していることから、CDmaxと実測値の血中溶質濃度を比較することになる。
【0049】
そして、(数7)を(数8)に変形することによって、2点の任意時刻における透析液中着目溶質濃度CDmaxが求まっていれば、図4に示すように(数8)の切片としてCBの近似値を得ることが可能となる。
【0050】
【数8】
【0051】
また、いわゆるヘンダーソン(Henderson)の式(数9)の解析解は、(数10)で表すことができ、(数11)を用いることによって、CBの推算値を算出することが可能となる。
【0052】
【数9】
【0053】
(数9)において、VDは透析液量[mL]を、CB又はCDは体液中及び透析液中の溶質濃度[mg/mL]を、tは透析液貯留時間[min]を、KAは総括物質移動・膜面積係数MTAC[mL/min]を、それぞれ示している。
【0054】
【数10】
【0055】
【数11】
【0056】
(数10)及び(数11)において、CD(0)は透析開始時の透析液中溶質濃度を、他は(数9)と同様の意味を表している。
【0057】
すなわち、既に決定しているパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタMTACと、2点の任意時刻における透析液中着目溶質濃度CDmaxが求まっていれば、(数9)あるいは(数10)の切片から、CBの近似値を算出することが可能となる。
【0058】
そして、CBの近似値と実測値を比較することによって、パイル−ポポビッチモデルにおいて最適化処理されたキネティックパラメタが、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの最適化処理についての初期推定値として妥当か否かを評価することができる。すなわち、初期推定値が最適値の近傍である場合には、最適化処理の演算処理量が軽減され、最適化処理においても演算が発散することを回避することができることになる。
【0059】
上述した処理を行うことによって、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの初期推定値の妥当性を検討することができ、さらに実測値近傍の予測値を算出するキネティックパラメタセットを選択することによって、スリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの最適化処理における発散を回避することが可能になる。
【0060】
さらに、キネティックパラメタの最適値を用いて腹膜の透析能及び除水能を定量的に評価することも可能になる。
【0061】
次に、図5は本発明の実施の形態にかかる腹膜透析システムにおける処理、すなわち、巨視的モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を初期推定値として、微視的モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を決定する処理の流れ図である。
【0062】
図5において、まず臨床データ等の実測値を目的値として、巨視的モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理を行う(ステップS501)。腹膜透析においては、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデルが巨視的モデルに該当し、ステップS101では、パイルポポビッチモデルに含まれるキネティックパラメタである総括物質移動・膜面積係数MTAC[mL/min]、スタベルマン(Staverman)の反撥係数σ[−]、腹腔内透析液量の変化パラメタa1[mL/min]、a2[1/min]、a3[mL/min]等を決定することになる。
【0063】
次に、巨視的モデルと微視的モデルにおけるキネティックパラメタの相関性を用いて、微視的モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理の初期推定値を設定する(ステップS502)。腹膜透析では、ステップS101で最適化処理したパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタから、スリーポアセオリ(Three Pore Theory)におけるキネティックパラメタであるA0/Δx、Large Pore 透水流量JVL、リンパ吸収流量Lymphについて最適化処理することになる。
【0064】
そして、パイル−ポポビッチモデルとスリーポアセオリにおけるキネティックパラメタの相関性を(表1)のように求め、相関性を有するキネティックパラメタセットを求める。
【0065】
すなわち、前述した(表1)に示すように、総括物質移動・膜面積係数MTACと開孔面積を血管壁幅で除したパラメタA0/Δxとは、正の相関性を有しており、腹腔内透析液量の変化パラメタa3と再吸収速度Lymphとも相関性を有することになる。さらに、Large Pore 透水流量JVLはタンパク質の実測クリアランスから推測可能である。
【0066】
そこで、ステップS502で設定した微視的モデルにおけるキネティックパラメタの初期推定値を用いて、定常状態に近似することができないドナー側又はレセプタ側の着目溶質濃度を算出し、定常状態に近似可能なドナー側又はレセプタ側の着目溶質濃度を算出する。
【0067】
また、既に決定しているパイル−ポポビッチモデルにおけるキネティックパラメタMTACと、2点の任意時刻の透析液中着目溶質濃度があれば、CBの近似値を算出できることから、CBの近似値と実測値を比較することによって、キネティックパラメタの初期推定値の妥当性を評価することが可能となる。初期推定値が最適値の近傍である場合には、最適化処理の計算量を軽減することができ、最適化処理の発散を回避することも可能となる。
【0068】
次に、微視的モデルにおけるキネティックパラメタの初期推定値の妥当性を評価し(ステップS503)、当該初期推定値を用いることによって最適化処理が発散あるいは不定形とならない場合には(ステップS504:No)微視的モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理を行う(ステップS505)。
【0069】
上述した一連の処理を行うことによって決定した巨視的モデル及び微視的モデルにおけるキネティックパラメタを用いて、薬物動態の解析を行うことによって、さらに高精度な薬物動態の解析が可能になる。
【0070】
具体的には、腹膜透析において、着目溶質の腹膜の透過性を表現する総括物質移動・膜面積係数MTAC、開孔面積を毛細血管壁幅で除した値A0/Δx、あるいは腹膜の透水性を表現するrLpSC(=LpSC/LpStot)、rLpSL(=LpSL/LpStot)、及びリンパ吸収量Lymphの経年的変化を考察することにより、腹膜の溶質除去能及び水分除去能を評価することが可能となる。
【0071】
これらのパラメタは、生理学的に固有の特徴を有するが、任意のパラメタの相関を考慮することによって、腹膜の特徴の変化(脂溶性・水溶性等)を考察でき、二次的な腹膜機能評価を行うことが可能となる。したがって、腹膜透析歴を経年的に観察すると、変化が乏しいにも関わらず重篤な症状をきたす場合等についても、さらに計算精度の高い解析を行うことができ、より安全な腹膜透析を実施することが可能となる。
【0072】
具体例として、図6は、尿素におけるMTACと、クレアチニンにおけるMTACの比と、腹膜透析による水分除去量の関係を示している。図6に示すように、脂溶性を示す尿素におけるMTACが低い値を示すと、腹膜の透水性が低下する傾向が示されており、腹膜の脂溶性の変化に伴う腹膜透析の継続可能性を推定することが可能となる。
【0073】
以上のように本実施の形態によれば、巨視的モデル及び微視的モデルにおけるキネティックパラメタを高精度に最適化処理し、高精度に決定されたキネティックパラメタを用いることによって、薬物動態の多面的評価が可能になる。
【0074】
なお、本発明の実施の形態にかかる腹膜透析システムを実現するプログラムは、図7に示すように、CD−ROM72−1やフレキシブルディスク72−2等の可搬型記録媒体72だけでなく、通信回線の先に備えられた他の記憶装置71や、コンピュータ73のハードディスクやRAM等の記録媒体74のいずれに記憶されるものであっても良く、プログラム実行時には、プログラムはローディングされ、主メモリ上で実行される。
【0075】
また、本発明の実施の形態にかかる腹膜透析システムにより生成されたパイル−ポポビッチモデルあるいはスリーポアセオリに関するデータ等についても、図7に示すように、CD−ROM72−1やフレキシブルディスク72−2等の可搬型記録媒体72だけでなく、通信回線の先に備えられた他の記憶装置71や、コンピュータ73のハードディスクやRAM等の記録媒体74のいずれに記憶されるものであっても良く、例えば本発明にかかる腹膜透析システムを利用する際にコンピュータ73により読み取られる。
【0076】
【発明の効果】
以上のように本発明によれば、定常状態に近似可能な薬物動力学モデルに含まれているキネティックパラメタを最適化処理するための初期推定値の設定において、種々のキネティックパラメタセットを用いて推定した定常状態に近似可能な着目溶質濃度(推定値)とその実測値の誤差を評価し、誤差が最小となるパラメタセットを最適化処理における初期推定値に設定することで、最適化処理の発散を回避することが可能となる。
【0077】
また、同一現象の巨視的な薬物動力学モデル及び微視的な薬物動力学モデルに含まれるキネティックパラメタの相関性を利用し、巨視的な薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを用いて、微視的な薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理の初期推定値を設定することにより、最適化処理の演算処理量を軽減することが可能となる。
【0078】
さらに、微視的な薬物動力学モデルに含まれるキネティックパラメタを高精度に最適化処理することで、これらパラメタを用いた薬物動力学あるいは薬物動態学の多面的評価が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の実施の形態における腹膜透析システムの機能ブロック構成図
【図2】 MTACとA0/Δxとの相関性を示す図
【図3】 パイル−ポポビッチのモデルによる厳密解によって得られたCB、CD、及びVDと貯留時間tとの関係を示す図
【図4】 パイル−ポポビッチのモデルによる厳密解によって得られたCB、CD、及びVDと貯留時間tとの関係を示す図
【図5】 本発明の実施の形態における腹膜透析システムの処理の流れ図
【図6】 尿素MTAC/クレアチニンMTACと腹膜除水量の関係を示す図
【図7】 コンピュータ環境の例示図
【符号の説明】
11 モデル構築部
12 キネティックパラメタ仮設定部
13 初期推定値決定部
14 透析条件解析部
71 回線先の記憶装置
72 CD−ROMやフレキシブルディスク等の可搬型記録媒体
72−1 CD−ROM
72−2 フレキシブルディスク
73 コンピュータ
Claims (7)
- 多面的腹膜機能を解析する腹膜機能解析システムであって、
同一の現象を解析する巨視的薬物動力学モデルと微視的薬物動力学モデルを構築するモデル構築部と、
前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を決定するキネティックパラメタ仮設定部と、
前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理に適用する初期推定値を、前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタと前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタとの相関関係から、前記キネティックパラメタ仮設定部において決定された前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値に基づいて決定する初期推定値決定部と、
前記初期推定値を用いて前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理し、前記腹膜の透析能及び除水能を定量的に評価する腹膜機能解析部とを含み、
前記巨視的薬物動力学モデルとして、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデル又は前記パイル−ポポビッチモデルの改良モデルが、前記微視的薬物動力学モデルとして、スリーポアセオリー(Three Pore Theory)又は前記スリーポアセオリーの改良モデルが適用されることを特徴とする腹膜機能解析システム。 - 前記初期推定値の妥当性を評価するために、
定常状態を近似することによって、非線形モデルを線形モデルに簡易化した数式で算出した溶質濃度の予測値と実測値の誤差を評価する初期推定値評価部をさらに含む請求項1記載の腹膜機能解析システム。 - 前記巨視的薬物動力学モデルとして、(数1)により表される前記パイル−ポポビッチモデルを、前記微視的薬物動力学モデルとして、(数2)により表される前記スリーポアセオリーを用いる請求項1記載の腹膜機能解析システム。
- 前記微視的薬物動力学モデル及び前記巨視的薬物動力学モデルに対して、臨床データを適用する請求項1から3のいずれか一項に記載の腹膜機能解析システム。
- 前記キネティックパラメタのうち、少なくとも総括物質移動・膜面積係数(MTAC)、スタベルマン(Staverman)の反撥係数(σ)、除水パラメタ(a1、a2、a3)、A0/Δx、Cell Pore 透水流量(JVC)、Large Pore 透水流量(JVI)、リンパ吸収流量(Lymph)を用いて、腹膜の透析能及び除水能を評価する請求項1から4のいずれか一項に記載の腹膜機能解析システム。
- 前記パイル−ポポビッチモデル及び前記スリーポアセオリーを用いることによって、排液中の着目溶質の濃度に基づいて、血中溶質濃度を推算することができる請求項3に記載の腹膜機能解析システム。
- 多面的腹膜機能を解析する腹膜機能解析方法を具現化するコンピュータ実行可能なプログラムであって、
同一の現象を解析する巨視的薬物動力学モデルと微視的薬物動力学モデルを構築するステップと、
前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値を決定するステップと、
前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適化処理に適用する初期推定値を、前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタと前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタとの相関関係から、前段のステップにより決定された前記巨視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタの最適値に基づいて決定するステップと、
前記初期推定値を用いて前記微視的薬物動力学モデルにおけるキネティックパラメタを最適化処理し、前記腹膜の透析能及び除水能を定量的に評価するステップとを含み、
前記巨視的薬物動力学モデルとして、パイル−ポポビッチ(Pyle-Popovich)モデル又は前記パイル−ポポビッチモデルの改良モデルが、前記微視的薬物動力学モデルとして、スリーポアセオリー(Three Pore Theory)又は前記スリーポアセオリーの改良モデルが適用されることを特徴とするコンピュータ実行可能なプログラム。
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