JP3903475B2 - 乾性角膜症治療剤 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、角膜の炎症性疾患、特に乾性角膜症の発生を予防ならびに治療する薬剤に関し、さらに詳細には、眼に投与して刺激感または角膜障害を発生させないという特長を有する、血清アルブミンを主成分とする乾性角膜治療剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
乾性角膜症とは、角膜の乾燥によって生じる疾患であり、近年、急速に増加してきた眼の疾患の1つである。中年層のヒトに多発し、特に更年期の女性に多いことからホルモンの関与が疑われているが、その原因は未だ十分には明らかにされていない。患者数増加の原因として、環境の変化、すなわち眼を酷使する社会となってきたことがあげられる。コンピューターの長時間使用、車の運転、テレビの長時間視聴などは、瞬目数を減少させることから、乾性角膜症を引き起こす。また、冷暖房による部屋の乾燥など、空気環境によっても、乾性角膜症を引き起こしやすいことがわかってきた。さらに、シェーグレイン症候群の一症状として、あるいは角結膜炎の合併症としても乾性角膜症は起こるといわれている。これらの疾患を有する患者の自覚的症状としては、眼の疲労感、異物感および灼熱感などがあり、患者にとって通常の生活を送る上での障害となっている。
【0003】
乾性角膜症の治療法としては、原因療法がないので、現状としては対症療法が行われている。そのうち、薬物によらない治療法としては、涙点閉鎖、眼点縫合、非含水性ソフトコンタクトレンズなどがある。しかし、これらの治療法は不確実であったり、眼の刺激痛が強くなって、治療法を中止せざるを得なくなる場合も多い。また、薬物治療法として、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸あるいは人工涙液などを用いる方法がある。しかし、ヒアルロン酸はその効果が弱く、また人工涙液は効果が極めて一時的であり、十分でない等の問題がある。その上、ヒアルロン酸などの薬物は乾性角膜症の治療薬であるにもかかわらず、副作用として、眼瞼炎に加え、掻痒感、刺激感、充血、表層性角膜炎などの角膜障害が現れることがある。そのため、ヒアルロン酸などの薬剤で治療しても、完全に無症状とする症例は少なく、結果的に患者を失望させることもある。
【0004】
最近、アルブミンを有効成分とする、角結膜障害やドライアイなどの症状を処置するために有用な薬剤が報告されている(WO97/39769)。しかしながら、該医薬組成物はアルブミンを多量に、特に10〜1000mg/mlも含有する医薬組成物である。このように、多量にアルブミンを含有する薬剤は、水溶液として点眼した場合、浸透圧が高くなるため、眼にしみたり、角膜障害を起こす可能性がある。また、粘度が高くなり、点眼剤としては扱いにくくなる。
【0005】
一方、アルブミンは一般に蛋白質製剤および酵素製剤の安定化剤として周知であり、安定化剤としてアルブミンを使用する点眼剤としては、インターフェロン、フィブロネクチンまたはリゾチームを有効成分とするものが公知である(特開平6-271478号公報、特開平5-310592号公報、特開昭61-103836号公報、特開昭57-126422号公報など)。しかし、アルブミンを蛋白質の安定化剤として使用している従来の点眼剤から、アルブミン自体が乾性角膜炎に対して、いかなる治療効果を奏するかは明らかではない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、投与した局所において刺激作用などの副作用を生じることなく、角膜の炎症性疾患、特に乾性角膜症の発生を予防ならびに治療する薬剤を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明者らは種々鋭意検討した結果、高純度の血清アルブミンを低濃度に調製した薬剤が、投与した眼局所において刺激作用などの副作用を生じることなく、乾性角膜症に対して優れた効果を見い出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明はヒト血清アルブミン濃度が0.001〜0.3mg/mlであるヒト血清アルブミンを有効成分とする乾性角膜症抑制剤である。
【0009】
【発明の実施の様態】
本発明で使用するヒト血清アルブミンとは、ヒト血漿から採取し、精製されたアルブミンまたは遺伝子工学的に生産された組換ヒト血清アルブミンなどがある。このヒト血清アルブミンは高い純度であることが望ましい。具体的には純度99%以上であることが望ましい。不純物は異物抗原となり、アレルギー反応を起こしたり、異物性炎症を起こすため、乾性角膜症の治療を遅らせたり、悪化させる可能性がある。また、組換ヒト血清アルブミンには、耐熱性ウイルスあるいはクロイツフェルトヤコブ病原体などの混入の可能性がなく、実用上、好ましい。
【0010】
ヒト血清アルブミンの溶解剤としては、眼に適用できる溶媒がよく、生理食塩液、等張リン酸緩衝液、人工涙液などが例示される。ヒト血清アルブミンの濃度は、0.001〜0.3mg/mlであることが必要である。ヒト血清アルブミンの濃度が、0.3mg/mlを超えても、乾性角膜炎に対する発症抑制効果が増強されることはないが、眼に対する刺激作用を生じる。
また、0.001mg/ml未満であると、乾性角膜症に対する抑制効果を発現しない。
【0011】
また、本発明の乾性角膜症治療剤は、正常な涙液や血液などと等張であり、かつpHが中性でなければならない。これらが大きく相違すると、点眼時に眼痛あるいは眼に沁みて、不快感がある。また、物理的または化学的刺激により、眼疾患を悪化させたり、新たな眼の障害を生じることがある。
ヒト血清アルブミンの生理的浸透圧と等張となる濃度は、約5w/v%であるため、乾性角膜症治療剤としては、約5w/v%以上のアルブミン濃度では、生理的に高張液となるため、角膜に障害を起こしたり、乾性角膜症の治療を遅延する。
したがって、本発明では乾性角膜治療剤のpHをpH6.0〜7.5、好ましくは6.8〜7.4とする。また、浸透圧比(生理食塩液比)は0.5〜1.5、好ましくは、0.8〜1.0の範囲とする。
【0012】
本発明の乾性角膜症治療剤における溶質は、眼科に適用できる溶液であって、塩化ナトリウム、ブドウ糖、リン酸、ホウ酸、重炭酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムの一部または2種類以上を含む水溶液である。
また、本発明の乾性角膜症治療剤はヒト血清アルブミン以外の蛋白質などを含まないか、または微量の他の蛋白質を含む。また、糖類、例えば、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロースおよびブドウ糖などを含有することができる。
【0013】
さらに、本発明の乾性角膜症治療剤は、乾性角膜症の発生を促進したり、その治療を遅延したり、または障害しない濃度のアルブミン安定化剤、抗菌物質、および防腐剤などを含有してもよい。アルブミン安定化剤としては、アセチルトリプトファンナトリウム、カプリル酸ナトリウム等が例示される。アセチルトリプトファンナトリウムの添加量は、例えば、組換トヒト血清アルブミンに対して、1〜4w/w%、好ましくは、2〜2.25w/w%である。カプリル酸ナトリウムの添加量は、例えば、組換ヒト血清アルブミンに対して、0.5〜3w/w%、好ましくは、1〜2w/w%である。
抗菌物質としては、抗生物質、サルファ剤およびキノロン系化合物などが挙げられる。抗生物質としてはスルベニシリンナトリウム、ピマリシン、硫酸ジベカシン、硫酸ゲンタマイシン、硫酸ベカナマイシン、ラクトピオン酸エリスロマイシン、およびクロラムフェニコールなどが挙げられる。サルファ剤としては、スルフィソキサゾールなど、キノロン類はオフロキサシンなどが挙げられる。防腐剤としてはパラヒドロキシ安息香酸およびその塩類、パラヒドロキシ安息香酸のエステル、低級アルキルエステル系防腐剤、塩酸ベンザルコニウムなどが挙げられる。
【0014】
本発明の乾性角膜症治療剤を収容する容器としては、薬剤を収容する1室、または2室以上を有するガラス製もしくはプラスチック製の容器がある。例えば、2室以上を有する容器を使用する場合は、ヒト血清アルブミンを含む成分を1室に充填し、他の成分を他室に充填する。
また、本発明の乾性角膜症治療剤の剤型としては、ヒト血清アルブミン単独または他の成分と併せて固形または溶液の状態とし、ヒト血清アルブミンを含まない他の成分も同様に固形または溶液の状態としてもよい。固形状態としては粉末、細粒あるいは錠剤などがあり、溶液状態としては、蒸留水あるいは水溶液溶媒などに溶解した液である。点眼するに当たっては、2種以上の液剤からなる場合は、混合してから投与し、固形の状態の成分を含む場合は、固形成分を溶媒に溶解し混合した後に投与する。
【0015】
ヒト血清アルブミンは無菌原体を用い、無菌的に上記容器に充填する。無菌でない原体は水溶媒に溶解した後、例えば、60℃、10時間、加熱処理するか、または孔径0.22μmのメンブランフィルターを用いた濾過滅菌などの滅菌処理が必要である。
【0016】
本発明の乾性角膜症治療剤の一例は、下記組成を有する。
【0017】
【表2】
【0018】
本発明の乾性角膜症治療剤は、眼に対して局所投与、すなわち点眼投与する。臨床的には、点眼量は1回20〜60μl/眼、好ましくは1回30〜50μl/眼であり、1日当たり、3〜10回、好ましくは4〜6回であることが好ましい。
【0019】
【実施例】
以下、本発明の角膜乾燥治療剤を実施例により、詳細に説明する。
調製例1
下記組成を有する角膜乾燥治療剤を調製した。
ヒト血清アルブミン 0.1mg
人工涙液:
ブドウ糖 28mg
塩化ナトリウム 55mg
塩化カリウム 16mg
リン酸1水素ナトリウム 33mg
アセチルトリプトファンナトリウム 0.24mg
カプリル酸ナトリウム 0.135mg
注射用蒸留水 10.0ml
【0020】
上記化合物を注射用蒸留水に溶解して、pH7.0〜pH7.5に調整した後、窒素置換した容器に充填後、60℃、10時間加熱熱滅菌した。得られた溶液を光、並びに酸素および炭酸ガスを通過させない容器に充填した。アルブミン濃度は0.01mg/mlであった。浸透圧比(生理食塩液比)は、0.95〜1.05であった。
【0021】
調製例2
下記組成を有する2種の溶液AおよびBを調製した。
A溶液:
無菌ヒト血清アルブミン 0.1mg
アセチルトリプトファンナトリウム 0.24mg
カプリル酸ナトリウム 0.135mg
注射用蒸留水 1.0ml
B溶液:
ブドウ糖 38.4mg
塩化ナトリウム 55mg
塩化カリウム 15mg
乾燥炭酸ナトリウム 5.6mg
リン酸水素ナトリウム 6mg
注射用蒸留水 9.0ml
【0022】
2室からなるプラスチック容器の1室に、B溶液を充填し、120℃、20分間滅菌した。その後、他方の室を窒素ガスで充填した後、A溶液を充填し、60℃、10時間加熱処理した。使用時にA溶液とB溶液を混和した。アルブミン濃度は0.01mg/mlであり、浸透圧比(生理食塩液比)は、0.95〜1.05であった。
【0023】
調製例3
A混合物(以下の成分は全て無菌):
ヒト血清アルブミン 0.1mg
アセチルトリプトファンナトリウム 0.24mg
カプリル酸ナトリウム 0.135mg
ブドウ糖 22mg
塩化ナトリウム 85mg
塩化カリウム 13mg
乾燥炭酸ナトリウム 6mg
リン酸1水素ナトリウム 27.5mg
B溶液:
注射用蒸留水 10.0ml
【0024】
2室からなるプラスチック製容器の1室に窒素ガスを充填した。B溶液を窒素充填した1室に充填し、120℃、20分間滅菌した。使用時に、A錠剤をB溶液に溶解した。
アルブミン濃度は0.01mg/ml、浸透圧比(生理食塩液比)は、0.95〜1.05であった。pHは6.8であった。
【0025】
試験例1
日本白色系雄性ウサギ(体重2〜3kg)を用いて、生理食塩液に溶解したヒト血清アルブミンの乾性角膜症に及ぼす効果を確認した。
まず、ウサギをウレタン麻酔下に固定箱に固定し、眼瞼を開創器を用いて強制的に開眼させ、被験液50μlを1つの眼の眼表面(角膜面)に滴下し、そのまま、6時間放置した。その後、生理食塩液に溶解した 1%メチレンブルー液 50μlを滴下し、2分後に生理食塩液で眼表面を2回洗浄した。ついで、ウサギをネンブタール麻酔下に放血致死せしめ、角膜を摘出し、アセトン溶液(100W/V%アセトン液:飽和硫酸ナトリウム水溶液 =7:3、容量比)に24時間浸漬し、溶出した色素濃度を660nmで吸光度を測定した。
被験液は、調製例1〜3に記載されるように、ヒト血清アルブミンを所定濃度になるように生理食塩液に溶解して調製した。陽性対照薬である人工涙液は、市販マイテイアー(武田薬品製)を使用し、コンドロイチン硫酸はコンドロン(3W/V%コンドロイチン硫酸含有、科研製薬製)、ヒアルロン酸はヒアレイン(0.1W/V%ヒアルロン酸含有、参天製薬製)を原液のまま、あるいは生理食塩液で所定濃度に希釈して使用した。
その結果を表3に示す。
【0026】
【表3】
生理食塩液に溶解したヒト血清アルブミンの効果
*;溶媒群と比較して、p<0.05で有意差あり。
**;溶媒群と比較して、p<0.01で有意差あり。
【0027】
表3から明らかなように、ヒト血清アルブミンは0.001〜0.3(W/V)%の濃度では、実験的乾性角膜症の発生を有意に抑制し、市販の乾性角膜治療剤であるコンドロイチン硫酸およびヒアルロン酸より強い効果を示した。
【0028】
試験例2
日本白色系雄性ウサギ(体重2〜3kg)を用いて、等張リン酸緩衝液に溶解したヒト血清アルブミンの効果を確認した。該試験は試験例1と同様にして行った。被験液はヒト血清アルブミンを所定濃度になるように、等張リン酸緩衝液に溶解して調製した。
【0029】
【表4】
**;溶媒群と比較して、p<0.01で有意差あり。
【0030】
表4から明らかなように、ヒト血清アルブミンは等張リン酸緩衝液に溶解しても、0.001(W/V)%以上の濃度で、実験的乾性角膜症に対して発生を有意に抑制した。
【0031】
試験例3
日本白色系雄性ウサギ(体重2〜3kg)を1群3〜6匹として、試験例1と同様に試験した。被験液はヒト血清アルブミンを所定濃度になるように、調製例1の人工涙液処方に溶解して調製した。
【0032】
【表5】
*;溶媒群と比較して、p<0.05で有意差あり。
**;溶媒群と比較して、p<0.01で有意差あり。
【0033】
表5から明らかなように、ヒト血清アルブミンは人工涙液に溶解しても、0.001(W/V)%以上の濃度で実験的乾性角膜症の発生を有意に抑制することを示した。
【0034】
試験例4
アルブミンの組織に対する刺激性を、下記のようにして検討した。
まず、生理食塩水に溶解した0.01、0.1、0.3、1.0、0.5、0.10、10.0、25.0w/v%のヒト血清アルブミン溶液ならびに生理食塩水0.2mlをラットの背部皮内に投与し、その直後に、2%ポンタミンスカイブルー液2mL/kgを静脈内投与した。その45分後に断頭致死せしめ、背部皮膚組織の皮内染色部の一定面積を抜き取り、Katayamaらの方法(Katayama S., et al:Microbiol.Immunol.,22,89-101(1978))に従って色素を抽出した。すなわち、組織片に1.2N水酸化カリウム液1mLを加え、37℃、24時間加温して、組織を溶解後、アセトン/0.6Nリン酸混液(13/5)9mLを加えて、振とうして抽出し、遠心分離した。上清の色素濃度を分光光度計で測定した。
【0035】
【表6】
【0036】
*;生理食塩液群(溶媒群)と比較して、p<0.05で、有意差あり。
**;生理食塩液群(溶媒群)と比較して、p<0.01で、有意差あり。
【0037】
表6に示すように、ヒト血清アルブミンは0.01〜0.3w/v%では有意な作用を示さなかったが、0.3w/v%以上の濃度において漏出色素濃度の有意な上昇を示したことから、局所刺激作用を有することがわかった。
これらのことから、ヒト血清アルブミンは0.3w/v%以上では眼に対して刺激作用を有する可能性が示唆され、眼に対する治療薬としては、0.01w/v%以下がであることが適切であると判断できる。
【0038】
【発明の効果】
本発明の乾性角膜症治療剤は、低濃度の血清アルブミンを含有することにより、局所刺激作用を発現することなく実験的乾性角膜症の発生を著しく抑制するという特長をもつ。
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