JP3560157B2 - 直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケット - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ディーゼル油やガソリン油など、高圧縮によって高温となった空気に直接、燃料を注入して自動着火させる直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いられるスプロケットに関する。
【0002】
【従来の技術】
自動車などに搭載したエンジンのタイミング伝動機構には、ローラーチェーンやサイレントチェーンなどのタイミング伝動チェーンが用いられており、これらのタイミング伝動チェーンとともに使用されるクランク軸側の駆動スプロケット、カム軸側の従動スプロケットなどのタイミング伝動スプロケットには、焼結合金や炭素鋼、合金鋼からなるスプロケットが用いられている。
そして、このようなタイミング伝動スプロケットには、炭素を配合した粉末金属を成形及び焼き固めた後に、スプロケット歯面の強度、耐摩耗性を向上するために、高周波手段などを用いて焼入れ焼戻し処理や浸炭焼入れ焼戻し処理等の表面硬化処理(特開2000−239710号公報参照)が施されており、ガソリンエンジンのタイミング伝動機構に広く用いられている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、ディーゼル油やガソリン油などの燃料をエンジンのシリンダ内へ直接噴射する方式の直噴型エンジンでは、シリンダ内に直接燃料を噴射するため、燃焼途中で火炎伝搬が途絶える半燃え現象が生じたり、混合時に燃料の拡散が進まないことがあり、燃えカスであるスス(carbon soot)が生じ易く、このようなススがエンジンオイル中に多量に混入するため、完全燃焼する普通のガソリンエンジンと比べて、エンジンオイルの劣化が激しい。
そのため、従来のタイミング伝動スプロケットは、上述したようにススが混入して劣化したエンジンオイル、いわゆる、劣化油を潤滑油として使用した場合、劣化していないエンジンオイル、いわゆる、新油を潤滑油として使用した場合に比較すると、数倍の摩耗を歯面に生じるという問題があった。
【0004】
すなわち、直噴型エンジンで発生するススには、ガソリン油やディーゼル油の主成分である有機化合物に起因するカルボキシル基(−COOH)のような官能基が多く含まれている。このため、従来のような浸炭処理を施したタイミング伝動スプロケットを直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いた場合、タイミング伝動スプロケットの極表層(数ナノメートル程度)でFe炭化物中の炭素(C)が、上記官能基により、分解、離脱し、スプロケットの極表層においてFe炭化物の金属組織が崩れて、極表層が軟化し、タイミング伝動チェーンとの摺動接触により、より一段と摩耗する。
【0005】
図3は、クロムモリブデン鋼(SCM420)に旋削加工、歯切り加工を施した後、浸炭焼入れ焼戻し処理を施した従来のタイミング伝動スプロケットをディーゼル油を燃料とする直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いて、劣化していない新油を潤滑油として使用した場合(c)とススが混入して劣化した劣化油を潤滑油として使用した場合(b)とにおけるスプロケット歯面の摩耗量を測定した結果、すなわち、エンジンオイルの劣化に伴うスプロケット歯面の摩耗状況を示している。
なお、スプロケット歯面の摩耗量を測定するための試験条件は以下のとおりである。
イ)タイミング伝動チェーン:ピッチ6.35mmのサイレントチェーン
ロ)スプロケットの歯数:21枚
ハ)チェーン負荷:1.5kN
ニ)回転速度:6500回転/分
この図3に示す測定結果から明らかなように、従来のような浸炭焼入れ焼戻し処理を施したタイミング伝動スプロケットは、ススが混入して劣化した劣化油を潤滑油として使用した場合(b)には、新油を潤滑油として使用した場合(c)に比べて、スプロケットの摩耗量がきわめて大きく、経時的にみれば、やがては、歯飛びなどの噛み合い不良を生じる程度の摩耗量となることが必至である。
【0006】
また、従来のような浸炭焼入れ焼戻し処理を施したタイミング伝動スプロケットは、スプロケット歯面の摩耗量が増大すると、タイミング伝動チェーンとの噛み合いにおいて不具合が生じ、チェーンとスプロケットとの噛み合う音が大きくなって、騒音の原因となる。
図4は、スプロケット歯面に0.2mmの摩耗が生じたタイミング伝動スプロケット(b1)と新品のタイミング伝動スプロケット(b2)との噛み合い騒音を比較した測定結果を示したものであり、この測定結果から明らかなように、摩耗したタイミング伝動スプロケット(b1)は、新品のタイミング伝動スプロケット(b2)に比べて、いかなる回転速度領域であっても平均で2〜3dB程度、騒音レベルが高い。なお、噛み合い騒音を測定するための試験条件は以下のとおりである。
イ)タイミング伝動チェーン:ピッチ6.35mmのサイレントチェーン
ロ)駆動側スプロケットの歯数:21枚
従動側スプロケットの歯数:42枚
ハ)チェーン負荷:0.7kN
ニ)駆動側スプロケットの回転速度:500〜5000回転/分
【0007】
さらに、タイミング伝動スプロケットが摩耗すると、その摩耗粉が潤滑油の中に入り込み、その摩耗粉が研磨材として作用するため、スプロケットやチェーンばかりでなく、これらのタイミング伝動部品に付属するテンショナレバー、チェーンガイドなどのエンジン付属部品の摩耗を惹起することになり、さらに、タイミング伝動スプロケットの摩耗が進行すると、チェーンの噛み合い異常から、タイミング伝動チェーンの歯飛びが発生したり、最悪なケースでは歯が破損したりして、エンジンの損傷に至る恐れがあるという問題があった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、前述したような従来の直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いられるタイミング伝動スプロケットの課題を解決するものであって、カルボキシル基を多く含むススがエンジンオイルに混入してエンジンオイルが劣化し易い直噴型エンジンであっても、このエンジンオイルの劣化に起因するスプロケット歯面の摩耗促進を抑制して、耐摩耗性、耐久性及び静粛性に優れた直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットを提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
前記目的のため、本発明は、クロムモリブデン鋼に旋削加工、歯切り加工を施されたスプロケット歯面を備えて、カルボキシル基を多く含むススがエンジンオイルに混入してエンジンオイルが劣化し易い直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いられるスプロケットであって、前記スプロケット歯面に浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理による表面硬化処理層が形成されていることにより、エンジンオイルの劣化に起因するスプロケット歯面の摩耗促進が抑制されていることによって、前記課題を解決するものである。
【0010】
なお、本発明が用いられる直噴型エンジンとしては、ディーゼル油やガソリン油など、高圧縮によって高温となった空気に直接、燃料を注入して自動着火させるエンジンであれば、ディーゼルエンジンあるいは直噴型ガソリンエンジンのいずれでも良い。
そして、本発明の直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットは、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理による表面硬化処理層が形成されていることを特徴とするものであるが、その基本的な製造方法については、クロムモリブデン鋼に鋳造、鋼材切断、鍛造のいずれか一つで加工した後、旋削加工、歯切加工を経て、高周波焼入れ焼戻し処理する方法を採用している。
【0011】
また、本発明の直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットと噛み合うタイミング伝動チェーンについては、ローラーチェーン、サイレントチェーンのいずれであっても何ら差し支えない。
【0012】
【作用】
本発明の直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットによれば、クロムモリブデン鋼に旋削加工、歯切り加工を施されたスプロケットの少なくともスプロケット歯面に、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理による表面硬化処理層が形成されていることによって、その表面が硬化した状態になっているため、スス等が混入した潤滑油であってもスプロケット歯面の摩耗を抑制せしめて、タイミング伝動スプロケットがタイミング伝動機構の中で長期にわたり静粛に円滑に回転する。
【0013】
このような、スス等が混入した潤滑油であってもタイミング伝動スプロケットの摩耗を抑制することができるメカニズムについては、その全貌が明らかになっていないが、スプロケット歯面に浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を施すことによって、硬化したスプロケット歯面の組成中に含まれる窒素(N)が炭化物の炭素(C)の分解、離脱を抑制し、極表層の軟化、摩耗の促進を抑制することがその一因となっていると推測される。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明である直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケット(以下、「直噴型エンジン用スプロケット」という。)の好ましい実施の形態を、以下の実施例に基づいて説明する。
図1は、本発明の一実施例である直噴型エンジン用スプロケットの概略図であり、図2は、浸炭窒化処理した本発明品(a)と浸炭処理した従来品(b)の摩耗特性を比較した図である。
【0015】
本実施例の直噴型エンジン用スプロケット10は、ディーゼルエンジンのタイミング伝動機構に用いるために、クロムモリブデン鋼(SCM420)に旋削加工、歯切り加工を施した後、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を施したものであって、図1に示すようなスプロケット歯面に表面硬化処理層12が形成されている。
【0016】
このようにして得られた本発明の直噴型エンジン用スプロケットが奏する効果を確認するために、クロムモリブデン鋼(SCM420)に旋削加工、歯切り加工を施したスプロケットに、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を施した本発明品(a)と、従来から行われていた浸炭焼入れ焼戻し処理を施した比較品(b)の2種類を製造し、下記の試験条件で、ススを含有した劣化油中でのタイミング伝動スプロケットの摩耗量を測定した。
<試験条件>
イ)タイミング伝動チェーン:ピッチ6.35mmのサイレントチェーン
ロ)スプロケット歯数:21枚
ハ)チェーン負荷:1.5kN
ニ)回転速度:6500回転/分
【0017】
図2は、タイミング伝動スプロケットの摩耗量を測定した結果、すなわち、浸炭窒化処理した本発明品と浸炭処理した従来品の摩耗特性を示しており、この図に示す測定結果から明らかなように、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を施した本発明品(a)は、浸炭焼入れ焼戻し処理を施した比較品(b)に比較すると、スプロケット歯面の摩耗量が3分の1以下に抑制されており、200時間経過後も同様に抑制されており、このことから、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理が、直噴型エンジン用スプロケットの表面硬化処理としてきわめて有効であることが確認できる。
【0018】
【発明の効果】
以上詳述したように、本発明は、クロムモリブデン鋼に旋削加工、歯切り加工を施されたスプロケット歯面を備えて、カルボキシル基を多く含むススがエンジンオイルに混入してエンジンオイルが劣化し易いディーゼルエンジン又は直噴型ガソリンエンジンのタイミング伝動機構に用いられるスプロケットの少なくともスプロケット歯面に、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理による表面硬化処理層が形成されていることによって、エンジンオイルが劣化し易い直噴型エンジンであっても、このエンジンオイルの劣化に起因するスプロケット歯面の摩耗促進を抑制して、優れた耐摩耗性、耐久性及び静粛性を発揮することができる。
しかも、本発明の直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットは、公知技術である浸炭窒化焼入れ焼戻し処理をクロムモリブデン鋼に旋削加工、歯切り加工を施されたスプロケットの表面硬化処理技術として採用したことによって、浸炭焼入れ焼戻し処理よりも、低い焼入れ温度の採用が可能になるため、表面硬化処理がし易く、製造コストも格別増加することがない。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例である直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケットの概略図。
【図2】浸炭窒化処理した本発明品と浸炭処理した従来品の摩耗特性を比較した図。
【図3】エンジンオイルの劣化に伴うスプロケット歯面の摩耗状況を示した図。
【図4】タイミング伝動時の騒音測定結果を示した図。
【符合の説明】
10 ・・・ 直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケット
12 ・・・ 表面硬化処理層

Claims (1)

  1. クロムモリブデン鋼に旋削加工、歯切り加工を施されたスプロケット歯面を備えて、カルボキシル基を多く含むススがエンジンオイルに混入してエンジンオイルが劣化し易い直噴型エンジンのタイミング伝動機構に用いられるスプロケットであって、
    前記スプロケット歯面に浸炭焼入れ焼戻し処理よりも低い焼入れ温度の浸炭窒化焼入れ焼戻し処理による表面硬化処理層が形成されていることにより、エンジンオイルの劣化に起因するスプロケット歯面の摩耗促進が抑制されていることを特徴とする直噴型エンジン用タイミング伝動スプロケット。
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