JP2023100577A - 散乱x線の複合吸収材料 - Google Patents

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Abstract

【課題】従来、医療分野等でのX線利用において、患者等の身体・テーブル等の散乱体が、入射する一次X線の多くを散乱し、散乱X線の発生源となっている。これによって診療室内等の空間の放射線量率が高くなり、患者等・医療従事者を被ばくさせている。現状の対策では、医療従事者には重(暑)苦しい防護衣等の放射線防護具を着用するという負担を強いられている。【解決手段】本発明では、散乱X線を異なった役割を持った3層以上を密着して多層に重ねた複合吸収材料により減弱させて吸収する。複合吸収材料は、鉛の低反射減弱層(初層)、多層吸収層(拡散吸収体、電子吸収体)より構成される。1~3対の拡散吸収体と電子吸収体の対を隙間なく重ね合わせて配置することで、入射した散乱X線を最大限に効率的に線エネルギー吸収する。X線はそのエネルギーを光電子等の運動エネルギー等に変換させることで消滅する。【選択図】図10

Description

本発明は、エックス線(X線)源で発生した一次X線の照射を受けた散乱体が発生する散乱X線を、異なる特定の役割を持った異なる元素の層を密着して重ねた多層構造体で吸収することで、空間の放射線量率を低減することができる複合吸収材料に関するものである。
医療分野ではX線管球を使用した検査・診断装置として、多目的診断用システム(例えば、X線テレビジョン(TV)装置)、X線によるCT(Computed Tomography)装置(以下、「X線CT装置」という)、血管造影法(アンギオグラフィ)に使用するX線透視装置(以下、「アンギオ装置」という)、等が使用されている。一方、検査だけを目的とした歯科X線診断装置や乳房X線撮影装置(以下、「マンモグラフィー」という)等が使用されている。
これらの、X線管球でX線を発生する装置は比較的小規模なものを中心に、既に国内の医療分野でかなり普及している。
近年見られるものにX線管球を使用した装置のX線の放射線エネルギー(以下、「エネルギー」という)は、X線TV装置では80~130キロ電子ボルト(KeV)程度、X線CT装置では最大で120KeV程度、アンギオ装置では同・150KeV程度のX線を発生する。一方、歯科X線診断装置では同・60~70KeV程度、マンモグラフィーでは同・30KeV程度のX線を発生する。
そのため、X線管球で発生できる最大エネルギーが150KeV以下のX線利用は、既に国内の医療分野でかなり普及している。また、このエネルギー領域のX線は非破壊検査でも多用されており、機器分析では同・69.5KeV未満のX線が多用されている。
最近の医療分野では、X線透視像や血管造影像などを見ながら、体内にカテーテルと呼ばれる細い管や針などを入れ、外科的手術なしで出来るだけ体に傷を残さずに病気を治療するインターベンショナル・ラジオロジー(Interventional Radiology、以下、「IVR」と呼ぶ)の手法を用いた治療が年々、増加している。
上記アンギオ装置を適用する血管造影法(アンギオグラフィ)は、血管内に造影剤を注入し、その流れをX線で撮影することによって、血管そのものの形状などを観察する方法である。X線を通しにくい造影剤を目的の血管に流し込んでから、X線撮影をすることで、造影剤の入った部分の血管の形をはっきりと写しだすことができる。
ここではアンギオ装置を代表例として、その構造・使用法および空間線量率を説明する。アンギオ装置の代表的な構造は、患者が横たわる寝台(以下、「テーブル」という)の上下または左右のどちらかにX線管球を設置し、反対方向に設置したX線受像機にて患者を透過したX線を受光する。アンギオ装置では本来的にX線の直接線は管球を出て患者を通過して受像機に至るという、一直線で一方向の照射経路である。上記X線管球から照射され患者を通過したX線は受像機に入射して透視画像として液晶TV画面に表示されるが、X線の一部は患者の体で散乱し、装置の周囲に散乱線として放出される。アンギオ装置は、脳・心臓などの内臓・血管などのカテーテル手技を行うことが、大きな目的の1つとなっている。そのため、アンギオ装置では手術の時間中は常に透視または観察を行っている。術者を含む医療従事者はアンギオ装置の機側にいる時間が長いため、患者により散乱されたX線をかなり多量に被ばくすることになる。術者が装置の近傍で10時間に及ぶ手技を行うこともある。術者が機側で頻繁に患者に対して手技を行う上記アンギオ装置における手術は長時間にわたる場合もあるため、術者を含む医療従事者の被ばく防護は重要な課題である。
なお、上述の通り、医療X線利用においては、患者や被検者の身体組織が照射されたX線を散乱する散乱体となっている。
非特許文献1では、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告図書であり、術者のX線透視ガイド下手技における放射線防護について述べている。また、非特許文献1ではテーブル近くおよびその周辺の相対的な放射線強度を表している。放射線の一次線源はX線管球であるが、この一次X線ビームは患者だけに照射すべきであると述べている。患者、装置の一部、テーブルから散乱する放射線、いわゆる「二次放射線」または「散乱線」が医療従事者の放射線被ばくの主な線源であり、有用な経験則によればX線管球に一番近い患者側のテ-ブル下部の位置で放射線量率が最も高くなると述べている。具体的には、非特許文献1の図3.7(P.23)では、アンダーチューブ型のX線透視装置で計測される光子数は、テ-ブル上部の位置の一次X線の0.5倍(0.5×線量)、テ-ブル側部の位置の一次X線の1倍(1×線量)、テ-ブル下部の位置の一次X線の2~3倍(2-3×線量)になることを示している。
なお、本明細書の以降の部分では、特に断りがない限り、以下の用語を用いるものとする。まず、遮へいとはX線の透過を防ぐ現象の総称であり、細分化すると反射・散乱・吸収および別の光子発生等の個別の現象の全てを含んでいるが、特に断りがなく遮へいと述べる場合はこれら個々の現象を区別しなくても良い場合に使う用語とする。これは本発明が物資とX線との相互作用によるエネルギーの吸収、より詳しくは線エネルギー吸収(実施例7に定義する電子吸収が相当)に着目したものであるため、これとの区別を明確にするためである。なお、別の光子発生は、特性X線・オージェ電子の発生と制動放射による制動X線の発生の総称である。さらに、吸収体とは後述する拡散吸収体と電子吸収体の総称である。
放射線の一次線源はX線管球であるが、この一次X線ビームを「一次X線」と呼ぶ。X線管球の管電圧が100kVの場合、発生する一次X線は連続エネルギーとなり、概ね100KeVが最大エネルギーとなる。また、X線発生装置の状態にもよるが、そのエネルギーの平均値(以下、「実効エネルギー」という)は最大エネルギーの60~70%程度の場合が多いため、ここでは65%で一定と仮定する。本明細書の以降の部分では、特に断りがない限り、実効エネルギーを示すものとする。
一次X線が患者・被検者、装置の一部等に当たり散乱した放射線を「1次散乱線」と呼ぶ。1次散乱線がさらに他の床・壁・天井等の物質や患者・被検者、装置の一部等に当たり再散乱した放射線を「2次散乱線」と呼ぶ。以降を3次、4次と表現する。1次散乱線、2次散乱線等の全ての散乱線を総称して「散乱X線」と呼ぶ。また、散乱X線の中に含まれるが、物質にX線を照射した際にその物質から放射されるX線である特性X線と制動X線の2種類を総称して「二次X線」と呼ぶ。これに対して、一次X線があまり散乱や吸収されることなく、一次X線のエネルギーを殆ど維持したまま入射角そのままで透過するか、あるいは、小角度な散乱(以下、「小角散乱」という)をして透過したX線を「直接線」と呼ぶ。
さらに、診察用撮影室、検査室、治療室、エックス線診療室等を総称して「診療室内等」と呼ぶ。本明細書の以降の部分では、特に断りがない限り、X線管球の位置はテーブルの下部に配置するアンダーチューブ型のX線透視装置を例として記載する。
加えて、本明細書の以降の部分では、元素と記載した部分は特に断りがない限りその元素を含む材料を意味し、材料は特に断りがない限り金属元素単体の材料を意味する。金属元素単体の材料は薄い板状(シート状)または薄膜(箔状)のものが多い。
従来法規に基づき、医療用のX線を発生するX線管球の周囲には鉛材料がX線遮蔽体として設置されおり、出射方向以外の一次X線を遮へいしている。一般に、遮へい材料に鉛(Pb)を使用した場合、管電圧150キロボルト(kV)で発生したX線の半価層は約0.3ミリメートル(mm)と言われている。通常の診察用撮影室であればX線遮蔽体は鉛の厚さ約1mmで法令等に定める基準値を充分満足するとされている。
X線管球では、真空中に封入したフィラメントと金属ターゲットの間に数10kVの高電圧をかけて、フィラメントから発生する熱電子を加速し、ターゲットに衝突させてX線を発生させている。医療用のX線透視装置のX線源の場合は、通常、ターゲットにはタングステン(W)が使用される。発生するX線は2種類ある。大きな運動エネルギーをもった熱電子がWターゲットで急速に減速される際に放出されるのが制動放射によるX線(以下、「制動X線」という)である。制動X線は連続エネルギーを持つ。制動X線の最大エネルギーは、X線管球の管電圧によって決まる。管電圧が100kVの場合、一次X線の最大エネルギーは概ね100KeVとされている。これに加えて、X線管球に加える電圧がある値を越えると、ターゲットに用いた金属固有の波長(すなわち、エネルギー)をもつ非常に鋭いピークが現れる。これが固有のエネルギー(以下、「単色」という)の特性X線である。Wターゲットの場合は、管電圧が69.5kVを超えた際に、約58~59KeVと約67KeVの2本のピークが現れる。
これらWやPbの特性X線は一般に光子数が多く、あらゆる方向に向けて放出される。これを有効に遮るには一定の厚みの遮へいが必要となる。また、連続エネルギーの制動X線もあらゆる方向に向けて放出される。X線管球を収納するケースは数mmの鉛(Pb)で製作されており、これで遮へいされている場合が多く、一般にX線管球の一次X線は出口窓以外からは出射されない。
線管球の出射出口にあるベリリウム(Be)等のX線放射(透過)窓を通過した一次X線は、照射野の寸法を調整するX線可動絞りと1次散乱線の低エネルギー側成分を一次X線から濾過する付加フィルタ(その目的から以下、「濾過フィルタ」という)を通過する。X線可動絞りは、一般に上羽根、下羽根、奥羽根(以下、「羽根等」という)で構成される。多くの場合、これらはX線管球に近い方から、奥羽根、濾過フィルタ、下羽根、上羽根の順番で設置されている。X線可動絞りの羽根等の材料には、鉛(Pb)やタングステン(W)およびこれらを含む材料が使用されている。また、濾過フィルタの材料には、1~2mm程度のアルミニウム(Al)と0.5mm程度の銅(Cu)の薄い板材が使用されている場合が多い。一次X線が高いエネルギーの場合などには0.05mm程度のニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、銀(Ag)等の薄い板材が使用される場合もある。
一次X線がX線可動絞りの羽根等のWまたはPb等の材料に当たると、光電効果等による光電子が放出され、連続エネルギーの制動X線を発生すると共に、入射する一次X線のエネルギーが吸収端の値を超えると特性X線が発生する。K殻の吸収端であるK吸収端(Kab)はWが約69.5KeV、Pbが約88KeVである。K吸収端により発生する特性X線はK-X線と呼ばれ、原子番号が大きな元素ではエネルギーが異なるKαとKβが発生する場合が多い。一方、L殻の吸収端であるL吸収端により発生する特性X線はL-X線と呼ばれる。PbのL吸収端は約13~16KeVであり、約10.5~14.8KeVのL-X線が発生する。Pbは良い遮へい材として多用されているが、Pbを単体で使用するとこのL-X線はPb表面から外部空間に放出され、エネルギーは低いものの被ばくの原因となる。但し、20KeV以下は多くの場合、個人線量計では計測されない。
K-X線については、WのKαは約58~59KeVであり、Kβは約67KeVである。PbのKαは約73~75KeVであり、Kβは約85KeVである。なお、ここで特性X線のKαはL殻に励起した軌道電子がエネルギー放出してK殻に戻る際に発生する特性X線であり、KβはM殻に励起した軌道電子がエネルギー放出してK殻に戻る際に発生する特性X線である。KβよりもKαの方が発生確率は高い。なお、本明細書ではKαとKβを区別する必要がない場合は、両者のエネルギーの最小値から最大値の幅として表記する。
X線可動絞り内のAlやCu等の濾過フィルタは、入射するX線に含まれていた低エネルギー成分、すなわちX線管球で発生する制動X線と奥羽根で発生する散乱X線等の低いエネルギー成分を出射側の一次X線から除去している。これはX線受像機の画質のコントラストを改善する目的である。濾過フィルタの濾過性能やその効果を実験的に確認した報告例は過去に数件あり、本明細書でも後述する。一次X線の濾過の際に、濾過フィルタからはかなり多くのコンプトン散乱線や制動X線、また条件によっては特性X線等による散乱X線が発生している筈である。その可能性を指摘する報告例もあるが、これらの散乱X線、特にそのエネルギー波高分布を実測した報告例は見当たらない。そのため、本明細書では濾過フィルタからの散乱X線は、その発生原理から推定して検討を進めることとした。
アンギオ装置は上記X線管球によりX線を発生させている。アンギオ装置は一般に一次X線を患者・被検者の患部周辺に透過させることにより、体内を透視または観察することが目的である。しかし、一次X線のエネルギーが60~100KeV領域で仮に単色な場合は生体組織におけるX線の半価層が32~39mm程度である。例えば体厚が半価層の5倍に相当する160~195mmの部位では、単純計算では透過量は32分の1に減少してしまう。第2半価層は第1半価層より厚くなるため、実際の透過量はこれよりやや増加し、5%程度と言われている。このエネルギー領域では、概略の数値として一次X線のほぼ全てである割合(32分の31よりもやや少ない割合)は身体組織により散乱(屈折・反射)または吸収される。身体組織(胸部)による吸収は一次X線の10数%程度と言われているため、一次X線の80%程度が身体組織により散乱されている。X線の散乱現象には、コンプトン散乱とトムソン散乱がある。患者・被検者の身体組織による散乱線は患者・医療従事者や空気を含めた周囲の物質で散乱を繰り返して長い距離を飛び回った後に、最終的には多くが身体組織よりも原子番号の大きな元素で構成された周囲にある物質により吸収される。
1次散乱線は、比較的低いものから高い領域のエネルギーを持つ前方・後方への散乱線と、比較的低いエネルギーを中心とした側方への散乱線が存在することになる。
一方、二次散乱(再散乱)は、上述した1次散乱線と同じ物質や周囲の異なる物質との相互作用によって、1次散乱線のエネルギーに基づき引き続き起こる。この場合は、1次散乱線の方位は一次X線とは既に異なっている場合が多いが、2次散乱線はさらに一層様々のあらゆる方位となる。3次散乱線以降は、この傾向が一層助長される。
そのため、一次X線は散乱を繰り返すことにより、減弱しながら一次X線の入射方向とは全く異なったあらゆる方向からの散乱X線となる。これが診療室内等の全域に一定の分布をもつ空間線量率をもたらせている。
光電効果とコンプトン散乱は原子番号が大きな元素の方が生起し易いが、入射エネルギーが高くなるに従って光電効果が起こる確率よりもコンプトン散乱が起こる確率が増える。
水とX線との相互作用で光電効果とコンプトン散乱の断面積が等しいエネルギーは約40KeVであり、身体組織もほぼ同様であると言われている。すなわち、これよりエネルギーが高くなるとコンプトン散乱が生起する確率が増える。これはX線エネルギーが約40KeV以上では患者・被検者の身体による光電効果によるX線の吸収(以下、「光電吸収」という)よりも、コンプトン散乱によるX線の散乱が起こる確率が高くなることを意味している。身体組織はカルシウム(Ca)や鉄(Fe)を含んだ骨以外は、主に水素(H)・炭素(C)・酸素(O)等の軽元素で構成されており、光電吸収が起こり難い。主にコンプトン散乱が起こり易く、次いでトムソン散乱が起こる可能性がある。
非特許文献2のQ13の図(P.20)には、透視時の心臓カテーテル診療室内の床上100センチメートル(cm)位置における空中線量分布が示されている。これはテーブルの水平方向で、術者の腰辺りの高さの測定値である。この図の前提となる装置は、アンダーチューブ型のX線透視装置であり、X線管球はテーブルの下にある。照射方向は一次X線の入射方向は胸部立位正面(P→A)である。この図によれば、診療室内の空間線量率は、術者が立つ付近では約500マイクロシーベルト/時(μSV/h)、約50cm離れた位置で約250μSV/h、約100cm離れた位置で約100μSV/h、約200cm離れた位置で約10μSV/hとなっている。国内法規で放射線管理区域を設置する基準とされる境界の空間線量率である1300μSv/500h、すなわち時間平均の2.6μSv/hに比較すると、診療室内の広い範囲でかなり高い。なお、診療室内等での空間線量率は後述の実施例1で詳細に示す。
診療室等の上記空間線量率が広範囲に高いのは、X線管球以外のX線の発生源、すなわち散乱X線の発生源(以下、「散乱体」という)に遮へいを施さず、かつ、上記散乱X線を吸収して消滅させることをせずに放置しているためである。そのため、現代の医療分野では、患者や被検者に照射されたX線が散乱して飛び交うため、X線治療室や撮影室の全体をエックス線診療室として遮へいする規定となっている。また、術者等の医療従事者は散乱X線があらゆる方向に飛び交う診療室内で医療行為を行うことを余儀なくされ、鉛や無鉛の代替元素で遮へいする重い防護衣等の放射線防護具を身に着けて手術・検査等を行っているのが現状である。すなわち、防護衣等の放射線防護具は散乱X線が飛び交うことを前提とし、ひとえに医療従事者がX線に曝されているのを放射線防護具での遮へいにより防護している。これは「遮へいは線源の可能な限り近くで行う」という遮へい設計の原則や「正当性が評価され、合理的に達成可能な限り低い放射線被ばくを容認する」という放射線防護の原則から外れており、可能な限り早期に見直されるべきである。
非特許文献1では遮へいに用いられる放射線防護具を例示しており、それは鉛エプロン、天井懸架型遮へい(移動式天井懸架スクリーン、その他吊り下げ式鉛フラップ等)、搭載型遮へい、甲状腺保護具、眼の保護具等が提案されている。しかし、これらの放射線防護具は、特定の方向に向けて平面的に散乱するX線、すなわち意図した方位からのX線を防護することを想定している。既に周囲の空間全域に散乱してしまったX線が全方向から照射される中では、意図しない方位からの散乱X線から医療従事者を被ばく防護できない。すなわち、これらの放射線防護具は、幾分かでも医療従事者の被ばくを低減することを目的とするものであり、散乱線による被ばく低減の根本的な解決策にはならない。これらの放射線防護具による被ばく低減の効果は、特定の方向に限られた限定的なものになる。
非特許文献3は国際原子力機関(IAEA)が発行したポスターを日本で和訳した図書であり、X線透視における従事者防護の10の要点を述べている。
ここで示される10の要点の最初の要点には防御デバイスが示されている。この防御デバイスには、前合わせおよびスカートタイプのプロテクター、防護メガネが例示されている。前合わせのプロテクターは0.25mm鉛当量を使用すれば、前方0.35mm鉛当量、後方で0.25mm鉛当量の遮へい能力を持ち、これにより90%程度の防御能力あるとしている。しかし、これらの防護衣の合計重量は2.8~5.0キログラム(kg)と重いため、着用等に伴い医療従事者に疲労等の身体的な影響などをもたらせている。その上、夏場に着用すると暑さによりかなり汗をかくことで、疲労する。夏場の暑さ対策のために外気を取り込むための送風ファンを備えたプロテクターを利用するケースもあるが、暑さは軽減されるが、ファンと蓄電池の重量によって一層重くなる。
(特許文献の概要)
防護衣の遮へい材料は従来から数多くの材料が特許文献で提案されている。
特許文献1は、最も普遍的な防護衣の遮へい材料である鉛シートに関連するものである。
これに対して、特許文献2~5の4つの特許文献は、鉛を使用しない防護衣の遮へい材料に関するものである。また、これらは2層以上の原子番号(Z)が低い材料と高い材料を組み合わせることで、防護衣用の遮へい材料は鉛を使用しないものとしている。しかし、これらは防護衣によるX線の遮へいを目的としており、本発明の目的である防護衣を無くすことを狙って散乱X線を吸収することを意図したものではない。
一方、特許文献6は、地球等の軌道に乗って回っている宇宙船の宇宙船用部材のための電子及び陽子放射線に対して放射線遮蔽を与える積層材若しくは構造体としての積層軽量放射線遮蔽材に関するものである。これは宇宙船用部材の構造体を対象としているが、X線ではなく、電子線や陽子線による遮へいを目的としている。また、電子線や陽子線の吸収を意図した記述はない。
特許文献1は、医療従事者や作業員を保護するために用いられる防護服に関して、鉛シートと、この鉛シートの少なくとも片面に積層された柔軟性あるいは弾力性を有して折り曲げ時にスペーサーとして作用する材料を提案している。これは2枚の鉛シートの折り曲がり等を防ぐ目的の材料であり、2枚の鉛シートの間に差し込む柔軟性あるいは弾力性のある高分子材料等を提案するものである。特許文献1は、防護衣用の遮へい材としての2層の鉛およびその化合物のみを対象としており、異なる材質を組み合わせる考えはない。また、散乱体からの散乱X線の吸収体としてAl、Si、Fe、Cu等を使用する考えは見当たらない。
特許文献2も同様に防護服に関して、60から125kVの電圧を伴うX線管のエネルギー領域で、それぞれ異なるシールド特性を有する少なくとも2つの層構造を有する無鉛放射線防護材料を提案している。なお、代表な層構造は、二次放射層およびバリア層を含み、二次放射層の両側にバリア層を備え、二次放射層は、スズ(Sn)またはセリウム(Ce)を50から100重量%の量で含有し、バリア層は、71を上回る原子番号の少なくとも1種の元素またはその化合物を含有し、その元素は、ビスマス(Bi)、Wおよびこれらの化合物から選択される無鉛放射線防護材料としている。
特許文献2は、例えばSn・Ce等の二次放射層をBi・W等の71を上回る原子番号の元素のバリア層で挟む、3層構造の無鉛放射線防護材料を提案するものである。しかし、これは防護具を対象とした遮へい材料であり、初層は入射X線を非反射で減弱するPbとした上で多層吸収層を介して最外層は蛍光収率が低い元素とする考えや、散乱体からの散乱X線の吸収体としてAl、Si、Fe、Cu等を使用する考えは見当たらない。
特許文献3も同様にX線防護材に関して、低エネルギーX線を対象とした2層構造を有する無鉛放射線防護材料を提案している。低エネルギー領域であるため、第一の層はK吸収端が17~64keVの第一の元素を含み、第二の層はK吸収端が65~80keVの第二の元素を含んでおり、両者とも微粒子が繊維とともにマトリクスに固定され、積層状態が、縫製によって維持されていることを特徴としている。なお、鉛は使用しない。
特許文献3は、例えばNb、Mo、Ag、Sn、バリウム(Ba)、Ce等の元素の第一の層と、タンタル(Ta)、W等の元素の第二の層の2層構造の無鉛放射線防護材料を提案するものである。しかし、これは防護具を対象とした遮へい材料であり、前述の初層をPbとして多層構造体を介して最外層を低い蛍光収率の元素とする考えや、前述の吸収体としてAl、Si、Fe、Cu等を使用する考えは見当たらない。
特許文献4も同様にX線または放射線防護材料に関して、個別複合層は小さな原子番号を伴う化学元素を含む材料を伴う2次放射層と大きな原子番号を伴う化学元素を含む材料を伴うバリア層および補強層からなる3層構造を有する無鉛放射線防護材料を提案している。ここで補強層は強度の要件を満たすものであり、放射線遮へいとは機能が異なっているので除外し、ここでは2層構造として認識する。まったく同じ構成の個別複合層が2つあり、その1つは防護衣とするが、もう1つは他の個別複合層の表面から離れた位置に設置されていることを特徴としている。離れた位置にもう1つの個別複合層を設ける理由は、防護衣の2次放射層から再放出される2次散乱線をバリア層が吸収するためだと述べている。しかし、特許文献4の明細書にはこの原理や機構の説明は見当たらない。
特許文献4は、個別複合層を離れた位置にもう1つ設置するという構成の要件を除けば、例えばSn、アンチモン(Sb)、ヨウ素(I)、セシウム(Cs)、Ba、ランタン(La)、Ceや希土類元素等の元素の2次放射層と、Ta、W、Bi等のバリア層の2層構造の無鉛放射線防護材料を提案するものである。しかし、これは防護具を対象とした遮へい材料であり、前述の初層をPbとして多層構造体を介して最外層を低い蛍光収率の元素とする考えや、前述の吸収体としてAl、Si、Fe、Cu等を使用する考えは見当たらない。
特許文献5も同様に可撓性の放射線防護衣服材料に関して、110KeV以下の一次X線で照射された患者・被検者の人体等で散乱した散乱X線を対象とし、50.2KeV以下のK吸収端の値のCs等の元素のバリア層と、バリア層のK-α1線よりも少ないK吸収端の値を有するカドミウム(Cd)等の元素の二次的な層の2層構造を有し、軽量ではあるが実際上有効な無鉛放射線防護材料を提案している。人体等の散乱X線を対象とするのでX線エネルギーは50KeVと低く、鉛以外の遮へい材料で軽量化できるとしている。しかし、特許文献5の明細書には、人体で散乱した散乱X線のX線エネルギー分布は示されていない。その上、実際の散乱X線は後述の実施例2の通り、もう少し高いエネルギー領域にある。
特許文献5は、例えばGd、La、Ce、BaおよびCs等の元素のバリア層と、Sb、Sn、BaおよびCd等の元素の二次的な層の2層構造の無鉛放射線防護材料を提案するものである。しかし、防護具を対象とした遮へい材料であり、前述の初層をPbとして多層構造体を介して最外層を低い蛍光収率の元素とする考えや、前述の散乱体からの散乱X線の吸収体としてAl、Si、Fe、Cu等を使用する考えは見当たらない。
特許文献6は、電子及び陽子放射線に対して放射線遮蔽を与える積層軽量放射線遮蔽材に関して、選択的に電子及び陽子放射線を減衰させる第1層と、選択的に制動放射線を減衰させるとともにその過程において光電子を生成する大なる原子番号の第2層と、第2層から発せられた光電子を減じる小なる原子番号の第3層からなる3層構造を有する積層軽量放射線遮蔽材料を提案している。
特許文献6は、例えばAl等の第1層と、金(Au)・Pb・銀(Ag)・チタン(Ti)・Ta・W等の金属箔などの第2層と、ボロンファイバ強化非金属マトリクス複合材等の第3層の3層構造を備えた積層軽量放射線遮蔽材を提案するものである。また、原子番号は照射面の第1層の元素の最も小さく、2層目の元素は3層構造の中で最も大きく、3層目の元素は2層目より小さくなる。これは、本発明の照射面から透過方向に向かって順に原子番号が小さい元素を配置する考えとは明らかに異なっている。また、特許文献6は電子線・陽子線を対象とする宇宙船の構造体用の3層構造の遮へい材料であり、前述の初層をPbとして多層構造体を介して最外層を低い蛍光収率の元素とする考えは見当たらない。
非特許文献1に示されたようにテ-ブル下部の位置で計測される光子数が一次X線の2~3倍になるとの現象は、既に多くの一次X線が吸収されることなく診療室内等に散乱され、散乱X線として患者・医療従事者の被ばくの原因となっていることを明示している。本明細書での散乱体は、一次X線の照射野にあって1次散乱線を発生するものとしている。この散乱体は(1)患者・被検者の身体、(2)テーブル(寝台)であり、後述により(3)X線源出口の直近の可動X線絞り内にある付加(濾過)フィルタを加えた3つを代表例とする。
従来の特許文献1~5で提案されているものは、防護衣等のX線防護具に使うX線の遮へい材料であり、空間の散乱X線の吸収や消滅を意図したものはない。すなわち、散乱X線を吸収することで空間線量率を低減することを狙っていない。
患者・医療従事者の被ばく防護のためには、患者・医療従事者にこれらの散乱体から散乱X線が照射される前に、散乱体の直近で取り囲んで配置する複合吸収材料によって、反射や散乱させることなく吸収しなければならない。
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特開昭62-12898公報 特表2007-504450公報 特開2016-11913公報 特表2009-541720公報 特開2013-516612公報 特開2001-2088913公報
本発明は医療分野等でのX線利用において、患者・医療従事者の被ばくの原因となっている散乱X線を吸収することで空間の放射線量率を低減することを目的としている。
すなわち、X線管球で発生した一次X線は、(1)患者・被検者の身体、(2)テーブル等の散乱体により多次にわたり散乱され、散乱体はあらゆる方向に散乱X線を放出する。現状は、散乱X線を散乱体の付近で吸収されることなく放置しているため、診療室等内の広い領域の空間線量率が高くなっており、これが医療従事者の職業被ばくを招いている。
現状は、高い空間線量率に対する被ばく防護として、術者等の医療従事者は防護衣等の放射線防護具を着用している。これらはいずれも特定の方向からの放射線を防護するものであり、あらゆる方向に向けて立体的に散乱するX線には対応できないため、実質的な被ばく低減の度合いは期待された効果よりも小さい。また、防護具等は重苦しいもの・暑苦しいものや取扱いが煩雑なものが多く、術者に身体的・精神的な負担を強いている。すなわち、装置側にX線の遮へいや吸収機能を付して空間線量率を低減させることが望ましい。その上で防護衣等はより簡易なものとする、より好ましくは防護衣等を無くすことが望ましい。
本発明が解決しようとする課題は、本発明が提案する複合吸収材料により一次X線に曝された散乱体の近傍で散乱X線を吸収することで診療室等の空間の放射線量率を低減することである。また、その結果として、医療従事者の職業被ばくを低減することである。さらに、重苦しいもの・暑苦しいものや取扱いが煩雑な防護衣等の放射線防護具を無くす、もしくは、軽減することにより、医療従事者の負担を軽減することである。
本発明は患者・医療従事者の被ばくの原因となっている散乱X線を、異なった特定の役割を持った層を密着して多層に重ねた吸収体で吸収することで、散乱X線による空間の放射線量率を低減することができる複合吸収材料を提案する。すなわち、複合吸収材料による板や袋等の構造体を、照射野の散乱体の外側を包むように取り囲んで設置し、散乱X線を吸収することにより、診療室等の空間線量率を低減させることを目的としている。なお、医療用の放射線透過装置の場合の散乱体は、一次X線に曝される(1)患者・被検者の身体、(2)テーブル等である。また、散乱体には後述により、(3)X線源出口の直近の可動X線絞り内の濾過フィルタを加えることとする。
複合吸収材料は、散乱体からの散乱X線を低反射で減弱する低反射減弱層の初層と、多層吸収層で構成される。低反射減弱層は10分の1価層(以下、「1/10価層」と表記する)程度の厚さとした鉛(Pb)であり、入射した散乱X線を反射することなく受入れ、全エネルギー領域の光子数の積分値を概ね10分の1程度に減弱させる。多層吸収層は低反射減弱層で減弱された散乱X線等を対象に、最大限に効率良く線エネルギー吸収することで、X線(電磁波)の光子エネルギーを電子の運動エネルギー等に変換し、それを吸収するものである。これによりX線は消滅する。多層吸収層は1~3対の後述する拡散吸収体と電子吸収体の対を摘出し、それを外部環境に露出した側の面が最も小さい原子番号の元素になるように、外側の面に向けて原子番号が降順に隙間なく重ね合わせて配置する。多層吸収層の外部環境に露出される側の層(以下、「最外層」という)の元素の原子番号が22以上の場合は、その外側には選択肢としてアルミニウム(Al)の光電子等回収層または軟X線吸収層を付加する場合がある。すなわち、複合吸収材料の最外層は蛍光収率wKが20%以下の元素による材料である。
なお、ここでの蛍光収率、線エネルギー吸収、電子吸収割合等の用語の技術背景と定義を簡単に以下に示す。X線による物質の透過現象では、I/I0=Exp(-μt)で線減衰係数μ(1/cm)が定義される。なお、Iは出射側、I0は入射側の強度(例えば光子数や線量率)であり、tは物質の厚さである。μが大きい物質は散乱や吸収等により減衰させる能力が大きい。μが小さいと透過する光子やコンプトン散乱等で散乱された光子側に残るエネルギーが多い。
μの内数として線エネルギー転換係数μtr、更にμtrの内数としてμtrと線エネルギー吸収係数μenがある。μtrは、特性X線とオージェ電子等の別途の光子としてエネルギーが再放出されずに光電効果で電子に転換されるエネルギー分を示す。μenは、μtrのうち、制動X線等の別途の光子としてエネルギーが再放出されずに電子に吸収されて残るエネルギー分のみを示す。「別途光子」は、特性X線および制動X線の総称とする。別途光子には別の光子と言う一般の用語に含まれるオージェ電子発生は含まない。他で定義されている「別の光子」にはオージェ電子発生も含む。その他に線光電吸収係数μPEがある。μPEは光電効果で吸収されるエネルギー分であり、電子に吸収されて残るエネルギー分と別途光子として再放出されるエネルギー分の和である。μenは実施例8で、μPEは実施例9でその詳細を示す。
「蛍光収率」とは、光電効果で放出される特性X線とオージェ電子の内の特性X線の割合である。蛍光収率は、実施例4でその詳細を示す。「線エネルギー吸収」とは、線エネルギー吸収係数μenで表現されるエネルギーの吸収分を意味しており、X線が物質と相互作用した際に電子の運動エネルギー等に変換してエネルギーを吸収(実施例7で定義する電子吸収)した分である。「線減衰」、「線エネルギー転換」、「線光電吸収」も同様とする。「電子吸収割合」とは、μen/μであり、全ての線減衰のうちの線エネルギー吸収(実施例7で定義を示す電子吸収)する割合を示す。μen/μが大きいものは線エネルギー吸収が支配的である。μen/μが小さいものは、小さい分だけ別途光子の放出が増える。
前項の用語を使って、本発明の複合吸収材料の機能と特徴を概説する。初層の低反射減弱層の鉛(Pb)は、入射したX線の多くを線減衰する。本発明の複合吸収材料では入射X線は一次X線ではなく、1回以上は散乱した散乱X線を主な対象としている。線減衰は光電効果が支配的であり、多くは線エネルギー吸収されるが、別の光子も放出する。入射X線のエネルギーが吸収端を超えると、別途光子のうち特性X線が多くの割合となる。例えば、PbのK-X線は約72.8~84.9KeV、L-X線は約10.5~14.8KeVである。出射側の部位近傍で発生する別途光子は低反射減弱層の外部空間に放出される。Pb層の厚みを増やすと別途光子の透過や放出も厚みに反比例して低減するが、厚みを増やすと密度が高いため質量が大きく(重く)なる。また、L-X線の外部空間への放出を無くすることはできない。これを避けるために出射側に相対的に質量が小さい(軽い)多層吸収層を設ける。
PbのK吸収端は88KeVであり、L吸収端が約13~16KeVである。拡散吸収体はこのエネルギーの間(17~87KeV)の例えば60/50/40/30/20KeVにK吸収端がある原子番号が37以上で81未満の元素であり、多層吸収層中に1~4元素を配置する。
拡散吸収体はK吸収端の特異吸収により著しく線減衰するが、電子吸収割合が70%未満の元素のため著しく線エネルギー吸収もするが、同時に別途光子も再放出する。あちこちの方向への別途光子の再放出により、周囲の層に減弱した光子を拡散押戻しする役割もある。
電子吸収体は別途光子等を吸収する元素であり、固有のエネルギーの特性X線を発生する拡散吸収体の対となる元素を既知のデータから机上検討により選択・摘出する。また、電子吸収体は電子吸収割合が70%以上でより良くは80~90%程度の元素とし、これと相互作用を起こす殆どの光子を線エネルギー吸収(同・電子吸収)する元素として存在させる。そのため、電子吸収体は、原子番号が11以上で82以下の元素となる。
多層吸収層は摘出した1~3対の拡散吸収体と電子吸収体の対を原子番号で降順に配置することにより、最大限に効率良く線エネルギー吸収(同・電子吸収)することで、X線の電磁波のエネルギーを電子の運動エネルギー等に変換し、電子は複合吸収材料内で最大飛程を迎え、吸収される。
複合吸収材料の初層はPbであるが、他の層は外部環境に露出した側(最外層)の面から順に原子番号の小さい材料を隙間なく重ね合わせて配置する。本明細書は計測され利用可能なデータの制限から固定したエネルギー値に基づいて説明しているが、複合吸収材料内のX線エネルギーは側方や後方の散乱線と同様に連続エネルギー分布である。また、拡散押戻しにより材料内の光子はジグザグに進みながら、最外層に向けて次第に減弱するようなエネルギー分布となる。減弱に伴いμの値は大きくなり、μPEも同様に大きくなる。そのため、前項で説明した内容は、材料内のあちこちで場所によらず同時多発で起こっている。各層の厚さも薄く、エネルギーも連続的であるため、対である拡散吸収体と電子吸収体は隣り合わせの別の層とする必要はない。1つの層でも構わない。さらに、後述のように減弱の過程で両者の役割区分が入れ替わることもあり、特性が近い元素の組合せ(例えばNbとMo)は1つの元素に統合することも可能である。また、そのため、最外層に向けて降順に隙間なく重ね合わせて配置する拡散吸収体と電子吸収体は、最外層以外は並びの順番が多少入れ替わっても大きな支障は生じない。
すなわち、複合吸収材料の初層はPb、多層吸収層は外側から順に原子番号の小さい材料を隙間なく重ね合わせて配置し、最外層はK殻の特性X線の放出割合である蛍光収率wKが20%以下(原子番号で言えば22以下)の元素となる。最外層は蛍光収率が20%以下と低いため、自己からの特性X線の外部空間への放出量は少なくなる。
換言すれば複合吸収材料とは、低反射減弱層(初層)、多層吸収層(拡散吸収体、電子吸収体)、軟X線吸収層等を外側に向けて順に原子番号が低くなるように材料を配置し、減弱に伴い大きなμとμPEの値を確保して最大限に効率的に線エネルギー吸収(同・電子吸収)し、最外層は蛍光収率も特性X線のエネルギーも低くなる吸収材を配置することにより、軟X線領域の散乱X線まで吸収して外部空間の空間線量率を低くするものである。
本項と前項で概要を述べた内容を、以下でもう少し詳しく述べる。
(一次X線の透過と人体吸収・散乱:詳細は実施例1と4)
医療用のX線透視装置では、X線源で発生した一次X線が炭素繊維製のテーブルを通過して患者・被検者の身体組織に当たって大部分は散乱され、一部は吸収され、残された数%程度が透過する。身体組織は光電効果とコンプトン散乱の断面積が等しいエネルギー(これを光電吸収上限エネルギー:Eupという)は約40KeVであり、これ以上のエネルギーでは光電吸収よりもコンプトン散乱が主体になる。テーブルの材料を炭素(C)で代表させた場合、そのEupは約19KeVであり、同様となる。すなわち、例えば100KeV程度の一次X線であれば身体組織とテーブルにより約80%程度が散乱され、10数%が吸収され、5%程度が透過する。一次X線が約40KeV以上の場合は、身体組織とテーブルでは光電効果による吸収(光電吸収)が支配的ではなく、コンプトン散乱が支配的な相互作用となる。これらの詳細は後述の実施例1と実施例4を参照とする。
(コンプトン散乱:詳細は実施例3と5)
現状は、患者・被検者の身体組織とテーブルからの散乱X線が吸収されることなく、比較的高い放射線量率のまま散乱しているため、診療室内の空間線量率が全般に高くなっている。例えば100KeVの一次X線がコンプトン散乱を1回した場合の散乱角と散乱X線のエネルギーは、45°で約95%、90°で約84%、135°で約75%となり、180°で約72%に減弱する。身体組織とテーブルによる散乱はある確率で何回か行われる場合があるが、統計的にはこの1回の散乱角が踏襲され、減弱の割合は散乱回数に依存することが知られており、実測結果と整合した数値解析結果で表現されている。身体組織とテーブルによる散乱X線はあらゆる方向に放出されるが、そのX線エネルギーの分布は前方>側方>後方の順となる。これらの詳細は後述の実施例3と実施例5を参照とする。
(診療室内等の空中線量率:詳細は実施例1と4および5)
前記従来技術(非特許文献1)に前述の通り、診療室内等の空中線量率はテ-ブル下部の位置で計測される光子数が一次X線の2~3倍と最も高く、テーブル上部が最も低い。これは前項の身体組織とテーブルによる散乱X線エネルギーの分布では説明できず、テーブル下部に別の散乱体が存在することを意味している。AlのEupは約50KeVであり、これ以上のエネルギーでは光電吸収よりもコンプトン散乱が主体になる。Alの濾過フィルタの周囲に遮へい体が無い型式のX線源の場合は、あらゆる方向に向かって散乱X線が発生する。そのため、本発明の散乱体には、(3)X線源出口の直近の可動X線絞り内の濾過フィルタを加えることとする。これらの詳細は後述の実施例1と実施例4および実施例5を参照とする。
(人体散乱の後方成分と側方成分:詳細は実施例2と3)
医療用のX線透視装置で照射され患者・被検者の身体組織やテーブルに当たって散乱された散乱X線のエネルギー波高分布を計測した例はあまり多くない。ここでは散乱や吸収の特性が近い水またはアクリルファントムで身体組織を代用した既報の実験室での同・計測結果を引用して、複合吸収材料を検討した。身体組織からの散乱X線の後方散乱成分は非特許文献5より引用し、管電圧100kVの場合で中央値は約40KeVと最大値は約80KeVと考えた。また、側方散乱成分を非特許文献6より引用して管電圧110kVの場合で中央値は約65KeV、最大値は約88KeVと考えた。これらの詳細は後述の実施例2と実施例3を参照とする。
(吸収端と特異吸収と特性X線:詳細は実施例6)
低反射減弱層とするPbはμ(線減衰係数)が広いエネルギー領域で高い数値である良い遮へい材であり、Eupは約500KeVである。そのため、医療用の放射線透過装置のX線源からの一次X線のエネルギー領域である40~150KeVでは光電効果が主要な領域(光電領域)にある。反射に相当する後方へのコンプトン散乱は支配的ではない。一方、PbのK吸収端は88KeVであり、L吸収端が約16KeVである。光電効果は複数の殻で光電効果が可能なときは原子核に近い内側の軌道電子、すなわちK殻が最も起こり易い。
そのため、PbのK吸収端は88KeVであるが、これ以上の散乱X線の照射を受けるとそれに伴う特性X線(K-X線)が72.8~84.9KeVの範囲で発生してしまう。PbのK-X線の線エネルギー吸収(同・電子吸収)は容易ではない。一方、PbはL吸収端が約13~16KeVであり、約10.5~14.8KeVのL-X線が発生する。Pbを単体で遮へい材として使った場合は、このL-X線が外部空間のあちこちの方向に散乱X線として発生することは避けられない。このPbのL-X線よりも低い位置が他の元素(例えば、CuやFe)のK吸収端よりやや高いエネルギー領域であれば、これら他の元素による特異吸収が優先される。このエネルギー領域のX線は個人線量計では感度上の理由で計測されないが、これを線エネルギー吸収(同・電子吸収)することは容易である。
一般には吸収端付近のやや高い側のエネルギー領域で著しく光電吸収するという「特異吸収」が起こる。Pbの場合はK吸収端の約88KeVよりもやや高い側のエネルギー領域で特異吸収する。しかし、88KeV未満(例えば87KeV)でL吸収端の約16KeVのやや高い側のエネルギーまでの領域では特異吸収しない。そのため、多層吸収層が無い場合は最外層が外部環境に露出するというその空間配置上の理由を含め、外部空間により多くのX線が漏れ出す可能性もある。これらの詳細は後述の実施例6を参照とする。
(K吸収端の順番と電子吸収割合:詳細は実施例7)
Ba、Sn、Ag、Mo,Nb等の元素は17~87KeVの間にK吸収端(Kab)がある。Cu、Ni、Fe、Ti、Si、Al等の元素は16KeV未満にK吸収端(Kab)がある。これらの元素の特性の全体像を判り易く示すために、表1の(a)は関連する特性データを整理して示した。表1の(b)ではNISTデータベースより引用し、データを計測した単色の80,50,30,10KeVの単色のエネルギー毎のμ、μenを示した。また、これより算出した電子吸収割合(μen/μ)示した。表1の横軸は元素である。
表1にはμen/μ≧70%とした電子吸収域(表中の太い破線)、μen/μ<70%とした別途光子発生域(同・細い一点鎖線)を線図で表示する。μが10(1/cm)以下の元素は電子吸収域の対象外とした。また、80KeVでの電子吸収域は電子吸収割合が最も高く、100KeV以上でも電子吸収域が存在するPbとし、これを初層の低反射減弱層とした。なお、Pbよりも原子番号の大きなビスマス(Bi)、トリウム(Th)、ウラン(U)等の元素も同様の特性であり、初層の低反射減弱層として利用できる。しかし、規制等から実用性はあまり高くないため、ここでは初層の低反射減弱層はPbを代表として述べる。複合吸収材料は散乱体の周囲を囲んで設置することを前提としているが、初層のPbは散乱体からみて最も内側の層となる。表1ではエネルギーが下がるほど、μとμenの値が大きくなっており、電子吸収域・別途光子発生域共に、原子番号が低い側にシフトしている。また、10KeVになるとほぼ全ての元素が電子吸収域となっている。これらの詳細は後述の実施例7と実施例8を参照とする。
(電子吸収域と別途光子発生域)
表1の(b)の通り、電子吸収域と別途光子発生域は、元素(原子番号)とエネルギーで大まかにその役割を区分することができる。また、同じエネルギーの欄を横(元素の並び)方向に見れば、隣付近の原子番号の元素と同じ役割区分となる部分がある。一方で同じ元素の欄を縦(エネルギーの並び)方向に見れば、Sn、Ag、Moのように次第に電子吸収域と別途光子発生域という役割区分が変わるものがある。なお、表1では既存データの制約から各吸収係数を計測した単色のエネルギーで分けて示しているが、複合吸収材料内ではエネルギーは連続的であると予想される。それを考えると本来的に役割区分は相互に重なることがあり、実際は表1のように単色のエネルギーの刻みで明確な境界線を引いて役割区分を示すことが難しい。NbやCuも、縦方向に見れば役割区分が変わっている。すなわち、この元素は任意のこのエネルギーではこちらの役割区分であるという説明の方が正確である。なお、重なりがあること自体は悪いことではなく、かえって全てのエネルギー領域を複合吸収材料により網羅的に線エネルギー吸収(同・電子吸収)する上では好ましい。
(説明上のエネルギー領域の区分)
測定して表示可能な既存のデータは単色のエネルギーであるとの制約がある中で説明を判り易くするために、本明細書の以降の記載では、特に注記がない限り、以下のエネルギー区分で大まかな役割区分を記載することとする。すなわち、高エネルギー領域は50~87KeVとし、中エネルギー領域は25~50KeVとし、低エネルギー領域は5~25KeVとする。また、軟X線領域は0.2~5.0KeVとする。このエネルギー区分は説明上のものであり、実際の現象の違いを表したものではない。
(多層吸収層の考え方と役割:詳細は実施例8)
K吸収端よりやや高い側のエネルギー領域では、Ba、Sn、Ag、Mo,Nb等の元素は特異吸収によりμenが大きいため良好に線エネルギー吸収(同・電子吸収)する。また、50KeV以上の高エネルギー領域ではBa、Snおよび50KeV未満の中エネルギー領域ではAg、Mo,Nb等が、μも大きい。そのため別途光子すなわち二次X線(特性X線、制動X線)放出も大きく、これらの元素は各々のエネルギー領域で電子吸収に加えて両側の層に光子の拡散押戻しを行う良好な拡散吸収体として機能する。これの元素は特異吸収により周囲の元素と比較してμがあまりに大きいため、μenはμの7割以下となっている。例えば、30KeVではSn、Ag、Mo、Nb等のμとμenは、Pbと同等の1E+2(1/cm)のオーダーである。これはPbと同レベルのX線の電子吸収を密度の小さな軽い材料で得られ、その上、両側にある周囲の層により効率的に電子吸収を起こさせる拡散押戻しもできることを意味している。
一方、高エネルギー領域ではNb、Mo、Ag、Cdおよび中・低エネルギー領域ではAl、Si、Ti、Fe、Cuは、μとμenが同等のオーダーで概ね等しく、別途光子を放出せずに良好な電子吸収体として機能する。これらの詳細は後述の実施例8を参照とする。
Figure 2023100577000002
(散乱X線を消滅させる方法:詳細は実施例9)
上述の内容を踏まえ、ここでは低反射減弱層(初層)と、拡散吸収体と電子吸収体から成る多層吸収層による線エネルギー吸収(同・電子吸収)により散乱X線を消滅させる方法の概要を示す。低反射減弱層のPbは前述の通り、入射した散乱X線を反射することなく受入れ、全エネルギー領域の光子数の積分値を概ね10分の1程度に減弱させる。
多層吸収層は、10~80KeVの間の線エネルギー吸収係数μenと線減衰係数μのデータが既知である任意の単色のエネルギーで材質を設定する。すなわち、任意の単色のエネルギー毎に摘出した拡散吸収体と電子吸収体の対による多層で構成し、低反射減弱層の外側に配置する。多層吸収層は各エネルギー領域でμenが大きな元素の層で構成されており、全エネルギー領域で良好に線エネルギー吸収(同・電子吸収)する。さらに、複合吸収材料内の任意のエネルギー下で一定の比率で別途光子すなわち二次X線(特性X線、制動X線)放出する拡散吸収体となる1~3種の元素の層を設け、効率的に電子吸収を起こさせるために拡散押戻しをする。拡散吸収体で放出される別途光子は自己または両側の層、すなわち外側の電子吸収体や内側の低反射減弱層等が吸収する。すなわち、Pbは良い電子吸収体として機能する。また、多層吸収層の拡散吸収体と電子吸収体の対を、外部環境に露出した側の面に向けて順に原子番号の小さい材料を隙間なく重ね合わせて配置する。これにより初層で減弱されたX線を、最大限に効率良く線エネルギー吸収(同・電子吸収)することで、X線の電磁波のエネルギーを電子の運動エネルギー等に変換し、それを複合吸収材料内で吸収するものである。これにより電磁波としてのX線は消滅する。これらの詳細は後述の実施例9を参照とする。
(多層吸収層の基本的な構成と材質:詳細は実施例10)
ここで、表1の単色エネルギーの電子吸収域と別途光子放出域の情報を基に複合吸収材料の基本的な構成と材質を整理する。
散乱体(身体組織、テーブル、濾過フィルタ等)より88KeV未満の散乱X線の照射を受ける初層(1層目)には、低反射で大きく減弱できるPbを用いる。
2層目より多層吸収層となるが1つ目の拡散吸収体には、40~60KeV(中央値:50KeV)を意図して狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばSn等を用いる。2層目に対なる3層目の電子吸収体には、50KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばNbまたはMo等を用いる。厚みが増えるがCu、Feでも構わない。4層目の2つ目の拡散吸収体には、20~40KeV(中央値:30KeV)を意図して狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばMo等を用いる。4層目に対なる5層目の電子吸収体には、30KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばCuまたはFeを用いることも考えられる。
しかし、蛍光収率はCuが37%、Feは29%であり、僅かながらもあちこちの方向に向けて10KeV未満の特性X線を発生するため、CuまたはFeを外部環境に露出される側の層(以下、「最外層」という)にするのは空間線量率を低減する上で良くない。最外層の元素の蛍光収率は20%以下、原子番号で言えば22以下とするのが好ましい。複合吸収材料内のこの位置のエネルギーや空間線量率の低減目標にもよるが、条件によっては蛍光収率が低いTi(同・18%)、Si(同・5%)、Al(同・4.4%)等を用いるのが良い。TiのK吸収端は4.96KeVであるため、必然的に多層吸収層の拡散吸収体を構成する元素のK吸収端は5KeV以上となる。
多層吸収層は漏出する散乱X線が期待より高い線量率であれば各層の厚みを増やすか、もしくは上述の2対で全5層ではなく、3対で全7層もしくは4対で全9層でも構わない。これらの詳細は後述の実施例10を参照とする。
(選択肢とする光電子等回収層:詳細は実施例11)
複合吸収材料の多層吸収層の最外層で発生した光電子等は、高速でやや大きな運動エネルギーのまま外部空間へ放出される場合があるため、必要に応じてそれを阻止して回収しなければならない。光電効果による光電子、コンプトン電子、オージェ電子等の光電子等の運動エネルギーはベータ(β)線と同様に連続エネルギーであると仮定して金属材料中の最大飛程を計算した。その結果、電気伝導度が良く、光電子等回収層の材料に適するAlの場合で、最大飛程は最大エネルギーが100KeVの場合で約0.07mm、50KeVで約0.02mm、30KeVと10KeVでは0.01mm以下である。
従って、光電子等の放出を阻止して回収するための、Al膜による光電子等回収層は最大で0.07mmあれば良く、最外層表面での光電子の最大エネルギーが30KeV程度であればより好ましくは0.01mm程度でも良い。なお、光電子等回収層のAl箔は選択肢の1つとの位置付けである。これらの詳細は後述の実施例11を参照とする。
(選択肢とする軟X線吸収層:詳細は実施例12)
前々項のCuまたはFeの例の通り、多層吸収層の最外層で発生した特性X線等がそのまま外部空間へ放出される場合は、必要に応じてそれを阻止しなければならない。最外層のCuまたはFeで発生する数KeVの軟X線領域のK-X線を阻止する軟X線吸収層は、これらよりも低い原子番号で蛍光収率が低い元素を選択する必要がある。軟X線吸収層にはAlを選択し、多層吸収層の最外層(例えば5層目)にCuまたはFeが配置された場合の軟X線吸収層の材質と必要厚さについて検討した。μ(線減衰係数)より求めたAlの10KeVの半価層は0.098mm、1/10価層は0.326mmであるため、軟X線吸収層の必要厚さは1/10価層相当の0.3mmとした。なお、軟X線吸収層のAl板は選択肢の1つとの位置付けである。これらの詳細は後述の実施例12を参照とする。
(標準的な構成での厚みの考え方:詳細は実施例15)
ここでは低反射減弱層(初層)と拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層の構成と、厚みの考え方を述べる。医療用のX線透視装置を例としても、患者・被検者の患部・体厚に基づく一次X線のエネルギー・光子数によって異なり、同じ装置の中でも散乱体の仕様により散乱X線のエネルギー分布・光子数は異なる。空間線量率の低減目標もケース・バイ・ケースである。すなわち、現場の要求条件は、その被ばく行為の正当性に基づき毎回異なる。
低反射減弱層のPbは、遮へい体と位置付けではないが、透過する全エネルギーで積分した光子数が10分の1程度になるように減弱させる役割を期待している。最初の設定は、高エネルギー領域の側方の散乱X線を前提として1/10価層程度とした厚みとして0.3mmを考えた。多層吸収層のJIS Z4501の鉛当量を求めた後に、現場の要求条件との比較からPbの厚みが不足する場合は追加するとの考え方とする。
多層吸収層の拡散吸収体と電子吸収体は実施例10で意図的に狙ったエネルギーの1/10価層相当の厚さとした。2対で全5層の例をSn-MoとNb-Cuとした場合、Snは0.3mm、Moは0.3mm、Nbは0.1mm、Cuは0.2mmと試算した。MoとNbは特性の近い元素の組合せを統合して0.4mmのNbとすることができる。
選択オプションである光電子等回収層のAl箔の厚さは最大0.07mmであり、軟X線吸収層のAl板の厚さは0.3mm程度である。軟X線吸収層のAl板を選択した場合、初層の0.3mmのPbを合計した標準的な複合吸収材料(全5層:Pb-Sn-Nb-Cu-Al)の厚さは1.5mmである。初層のPbを除いた多層吸収層の厚さは1.2mmである。ここで例示した1/10価層に基づいて設定した多層吸収層の各層で0.3mmという厚みはかなり大きく、実際には多層吸収層の各層は半価層もしくはもっと薄い厚みでも機能を発揮できると思われる。これらの詳細は後述の実施例15を参照とする。
(複合吸収材料の構成:詳細は実施例16)
ここでは具体的な材質とその組合せおよび配置の順序を説明する。多層吸収層はまず表1の行に示す単色のエネルギー(前述した10から80KeVの間の任意のエネルギー)毎で検討して対になる拡散吸収体と電子吸収体とを机上検討により摘出する。それを最外層に向けて原子番号が低くなる順序で並べる。その上でエネルギー吸収特性の近い元素の組合せ(例えばFeとCu、NbとMo等)の元素を統合する。統合の場合は両者の厚みを加算する。
多層吸収層は1~3対の摘出した拡散吸収体と電子吸収体の対を、外部環境に露出した側の面に向けて順に原子番号の小さい材料を隙間なく重ね合わせて配置する。また、複合吸収材料の最外層は蛍光収率が20%以下の元素による材料である。最外層には選択肢としてアルミニウム(Al)の光電子等回収層または軟X線吸収層を付加する場合がある。
例えば拡散吸収体と電子吸収体の対が、2対で全5層の場合でPb-Sn-Nb-Cu-Al、3対で全7層の場合でPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Fe-Al、1対で全3層の場合でPb-Nb-Siが考えられる。特性の近い元素の組合せであるFeとCuを統合することで、3対で全7層はPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Alと全6層とすることがより好ましい。これらの詳細は後述の実施例16を参照とする。
なお、ここでは本発明の複合吸収材料をアンギオ装置等の医療用のX線透視装置の場合を例に説明したが、複合吸収材料は医療用のX線カメラ、X線CT装置、歯科X線診断装置、マンモグラフィー等にも応用可能である。
さらに複合吸収材料は医療用のX線装置に限らず、工業用の非破壊検査装置、連続照射(架橋・重合)装置、厚さ計等のX線装置や、X線回折法(XRD)、X線吸収微細構造(XAFS)分析法、X線光電子分光法(XPS)等のX線分析装置等にも応用可能である。
本発明の複合吸収材料で医療従事者等の放射線作業従事者の職業被ばくの原因となっている散乱X線による空間の放射線量率を低減することができる。また、これにより、防護衣等の放射線防護具を薄いものや軽いものに変えることができ、より好ましくは防護衣等を無くすことができる。以って、当該技術の医療分野や産業分野への利用に多大な寄与をなしうるものである。
図1は既報の診療室内等の空中線量率分布と推定したX線のエネルギー収支のイメージ図である。 図2は既報の後方散乱線・側方散乱線を実測した際の試験装置と散乱X線のエネルギー波高分布である。 図3は吸収物質の原子番号Zと光子のエネルギー(MeV)との相関で示した光子と物質の相互作用を表す図である。 図4は光電効果のうちエネルギー吸収されずに放出される特性X線とオージェ電子のうち、K殻の特性X線の放出割合(蛍光収率)を示す図である。 図5はNISTデータベースのPb、W、Gd、Ba、Sn、Nb、Cu、Alの質量減衰係数(μ/ρ)と質量エネルギー吸収係数(μen/ρ)を比較した図である。 図6はNISTデータベースのPb、Sn、Nb、Cu、Alの線光電吸収係数(μPE)と散乱X線エネルギーの相関を示した図である。 図7はPb,Gd,Ba,Sn、Cu、Fe,Ti、Alの光子エネルギー毎の電子吸収割合(%)を整理した図である。 図8は既報の1~2種類の付加(濾過)フィルタを透過したX線のエネルギー波高分布を計測した試験装置(a)と計測結果(b)の図である。 図9は既報のPb板上に上乗せした付加(濾過)フィルタを透過した後方散乱線と特性X線のエネルギー波高分布を計測した試験装置(a)と計測結果(bとc)の図である。 図10は複合吸収材料の基本ケースの構成を示す図である。a.は構成の概要、b.は2対で全5層、c.は3対で全7層、d.は1対で全3層となる複合吸収材料の例を示す。なお、対とは多層吸収層にある拡散吸収体と電子吸収体の対(ペア)の数を示す。 図11は複合吸収材料の光電子等回収層付加ケースの構成を示す図である。a.は構成の概要、b.は2対で全6層、c.は3対で全8層、d.は1対で全4層となる複合吸収材料の例を示す。 図12は複合吸収材料の軟X線吸収層付加ケースの構成を示す図である。a.は構成の概要、b.は2対で全6層、c.は3対で全8層、d.は1対で全4層となる複合吸収材料の例を示す。 図13は散乱体の1つである患者・被検者の人体用の複合吸収材料の構造の例を示す図である。(a)は柔軟型(a.着衣、b.掛布・敷布)、(b)は自立型(a.アーチ型、b.箱型)の吸収体である。 図14は散乱体の1つであるテーブル用の複合吸収材料の構造の例を示す図である。(a)は梱包カバー型、(b)は貼付け板型の吸収体である。 図15は散乱体の1つであるX線源(X線可動絞り)用の複合吸収材料の構造の例を示す図である。(a)はX線源用、(b)は懸垂型、(c)は床置き型の吸収体である。 図16は本発明で実施したX線透過試験の実験装置の構成を示す図である。a.は逆ブロードビーム条件(RBB)、b.はナロービーム条件(NB)の構成図である。 図17はX線透過試験の各多層試験品の透過率(逆ブロードビーム条件:RBB)の比較図である。 図18はX線透過試験の各多層試験品の透過率(ナロービーム条件:NB)の比較図である。 図19は、追加実験でのX線透過試験(その2)の各試験品の管電圧がa.90,b.70,c.50kVの透過率(RBB、NB)の比較図である。 図20は、本実験と追加実験を合わせて選択した材質とその厚さの組み合わせた7種類の供試材料について管電圧がa.90,b.70,c.50kVの逆ブロードビーム条件(RBB)での透過率の比較図である。 図21は、同上の7種類の供試材料について(a)透過率の低減効果と(b)低減への寄与率の比較図である。
以下、図面に示した実施の形態に基づき、本発明を詳細に説明する。
実施例1~10は、本発明の低反射減弱層と多層吸収層の理論的背景を示す。
実施例11~12は、最外層とする光電子等回収層と軟X線吸収層という複合吸収材料の基本的な構成に対する選択オプションの提示である。
実施例13~14は、2つの元素の金属板や金属膜を重ねた事例を含む既往の実験の報告例を引用し、本発明の考え方の妥当性を検証する。
実施例15は、複合吸収材料の標準的な構成に基づく厚みの考え方を示す。
実施例16は、複合吸収材料の基本構成図を示す。
実施例17~19は、複合吸収材料の具体的な用例とそこでの構成を示す。
実施例20は、本発明で利用する複合吸収材料に利用可能な金属材料の他の用途での普及状況と複合吸収材料の製造方法を示す。
実施例21は、既存のJIS規格の試験基準に則って本発明で実施した透過X線試験の方法と結果を記載する。また、実施例22は実施例21の追加実験であり、同様の内容を記載する。実施例23は実施例21と追加した実施例22の結果を一覧して評価したものである。
なお、ここに示す材料やその構成は単なる例示であって、本発明を限定することを意図するものではない。
実施例1~実施例15では、本発明に至った知見を整理した上で、本明細書において利用可能な形態に整理し、本発明の考案を進めた内容の詳細を示す。すなわち、既知の知見を活用して、実施例1では診療室内等の空中線量率分布の測定例とX線透視装置でのX線のエネルギー収支、実施例2では散乱X線のエネルギー波高分布の測定例とX線透視装置への応用の考え方、実施例3では側方向散乱線のエネルギー波高分布の数値解析例とX線透視装置への応用の考え方を示す。また、既知の放射線に係る物理特性データを利用して、実施例4ではX線の相互作用と光電吸収が支配的に起こる領域、実施例5では散乱体で起こるコンプトン散乱による影響、実施例6ではK吸収端での光電吸収による特異吸収、実施例7では各元素のK吸収端の順序・相関と電子吸収割合(μen/μ)の考え方を示す。さらに、上述を利用して、実施例8では拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層の考え方と役割、実施例9は複合吸収材料により散乱X線を消滅させる方法、実施例10は複合吸収材料により散乱X線を消滅させる基本的な構成を考案した結果を示す。
加えて、実施例11~実施例12は基本的な構成に対する選択オプションの提示である。実施例11は最外層から放出される光電子等の阻止と光電子等回収層の考え方、実施例12は最外層から放出される軟X線の阻止と軟X線吸収層の考え方を示す。
また、実施例13~実施例14では複数の元素の材料を重ねた事例を含む既往の実験の報告例を引用し、考察を加えることにより本発明で仮定して検討を進めた内容と電子吸収割合(μen/μ)の考え方の妥当性を検証した結果を示す。実施例15ではこれらの知見を踏まえて複合吸収材料の標準的な構成に基づく厚みの考え方を示す。
(診療室内等の空中線量率分布測定例とX線透視装置のエネルギー収支)
実施例1は、診療室内等の空中線量率分布の測定例とX線のエネルギー収支を示す。図1ではa.が診療室内等の空中線量率分布を示し、b.がX線透視装置の大まかなX線のエネルギー収支のイメージを示す。単位はμSv/hであり、数値が大きいほど放射線量率が高い。
図1のa.は非特許文献4(粟井一夫ら、2001)で報告された診療室内の高さ50、100、150cm位置での胸部立位正面(P→A)透視時の平面的な空間線量率の広がりを示している。非特許文献4の透視時の空中線量分布(装置C・D)の装置Cを引用した。一次X線の散乱により外部空間(大気中)に漏出した散乱X線が如何に多いか判る。
X線源1中のX線管球2で発生した一次X線はX線可動絞り3中に設置された濾過フィルタ4で低エネルギー成分を除去した後に、炭素繊維製のテーブル(寝台)3上に設置した水ファントム6に入射する。X線はここで吸収・透過・散乱される。透過したX線はX線受像機7で透過像を出力する。図1のa.は非特許文献4の装置Cの結果を引用している。装置Cでは管電圧は63kV 、管電流は5.3mA、撮影モードはパルス透視(15p/s)、濾過フィルタは2.5mmAl+0.1mmCuとの条件で計測された。図1のa.では散乱X線は50>100>150cmとなっている。
図1はかなり過去の非特許文献4のデータを引用している。本明細書を記載した時点ではパルス照射が普及して空間線量率は小さくなる傾向にあるが、その数値や分布は図1と大きく変わっていない。これは一次X線を散乱するX線可動絞り3内の濾過フィルタ4や患者・被検者の人体組織が正しく遮へいされていないためである。
患者・被検者の身体組織によりコンプトン散乱した散乱X線であれば、一次X線の入射方向から小角で前方散乱したもの(例:散乱角θ=0~30°)が最もエネルギーが高く、次いで側方散乱(例:散乱角θ=45~135°)したものが高く、後方散乱したもの(例:散乱角θ=150~180°)が最もエネルギーが弱い。散乱体である身体組織の中で何度かコンプトン散乱するとしても、統計的には身体組織で散乱した散乱X線による空間線量率は150>100>50cmとなる筈である。50cmと100cmの散乱X線が高いのは、患者・被検者の身体組織が散乱体としてコンプトン散乱したものではなく、可動X線絞り内の羽根等や濾過フィルタ等の散乱体による寄与が大きい可能性を示している。
図1のb.はX線透視装置のP→A透視時での大まかなX線のエネルギー収支のイメージ図を示す。四角で囲まれた数字は一次X線の放射線量率を100とした場合の相対値である。
一次X線のエネルギーが60~100キロ電子ボルト(KeV)領域で単色な場合は生体組織におけるX線の半価層が32~39mm程度である。例えば体厚が半価層の5倍に相当する160~195mmの部位では、透過量は32分の1に減少してしまう。第2半価層は第1半価層より厚くなるため、実際の透過量はこれよりやや増加し、5%未満と言われている。すなわち、このエネルギー領域では、概略の数値として一次X線のほぼ全てである割合(32分の31よりもやや少ない割合)は身体組織により散乱(屈折・反射)または吸収される。身体組織(胸部)による吸収は一次X線の10数%程度と言われているため、一次X線の約8割が身体組織により散乱されている。
身体組織に近い水とX線の相互作用において、30~100KeV領域は軽元素のコンプトン散乱の割合が大きくなるエネルギー領域であり、質量減弱係数とが質量エネルギー吸収係数の差が大きくなる。この領域ではコンプトン散乱光子が物質外へ放出される割合が増えることにより,物質内での吸収の割合が減少する。患者・被検者の医療被ばくの低減には良いかも知れないが、散乱線は医療従事者の職業被ばくに寄与している。
本明細書では判り易くするために、一次X線が「100」とした場合にX線受像機への透過割合と「3」とした。また、同様に身体組織(胸部)による吸収は「14」とし、炭素樹脂製のテーブルによる吸収は「3」とした。すなわち、一次X線が100とした場合に、人体吸収分と透過分は合計で20と考え、残りの80は散乱分と考えた。図1のa.を概括的に評価し、散乱X線の割合は、50cm高さで「44」、100cm高さで「24」、150cm高さで「12」と考えた。この割合を図1のb.中の枠内の数字に記載した。図1のb.の枠内に記載したX線の割合はあくまでも大まかなイメージとして理解するものであり、厳密な数値として議論すべきものではないことに注意が必要である。
(散乱X線のエネルギー波高分布の測定例とX線透視装置への応用の考え方)
実施例2は散乱X線のエネルギー波高分布の測定例を示す。図2は既報で後方散乱線・側方散乱線を実測した際の試験装置と散乱X線のエネルギー波高分布を示す。図中のグラフの縦軸は光子数(相対値)、横軸は光子エネルギー(KeV)である。
図2のa.は、非特許文献5(青木清ら、2000)にある一次X線と水ファントムで後方散乱後の散乱X線のエネルギー毎のエネルギー波高分布の実測データを示している。使用した後方散乱線スペクトル測定装置はオーバ―チューブ型の構成である。X線源1からの一次X線はX線可動絞り3を通過後に鉛板8で低エネルギーの散乱成分を除去後に水ファントム7に入射し、所定の散乱角に設置された鉛コリメーター9中の半導体検出器10でエネルギー波高分布を計測している。管電圧は100kVで濾過フィルタなしの条件で計測された。図中に透過前((1)位置)と150°散乱後((3)位置)の半導体検出器でエネルギー波高分布した結果が示される。ここで計測された散乱角が150°の後方散乱線のピーク位置の中央値と最大値は、管電圧100kVの場合で約40KeVと約80KeVであった。150°後方散乱線にはX線管球中のWターゲットの特性X線は観察されなかった。
図2のb.は、非特許文献6(松本一真ら、1999)にあるアクリル製のファントム(放射線の人体影響を見積もるための人体模型)で側方散乱後の散乱X線と同・透過後X線のエネルギー毎のエネルギー波高分布の実測データを示している。使用した90°散乱線スペクトル測定装置はオーバ―チューブ型の構成である。X線源1からの一次X線はCuフィルタ8を通過して低エネルギーの散乱成分を除去後にアクリルファントム11に入射し、透過前((1)位置)と90°散乱後((3)位置)のX線スペクトルアナライザ(検出器)でエネルギー波高分布を計測される。管電圧は110kVで濾過フィルタはCu板の厚さ0.0、0.1、0.3mmが比較して計測された。非特許文献6ではX線源1にCu濾過フィルタ8を付けた方が90°散乱後((3)位置)のピークが大きくなったと報告しているが、これはCu濾過フィルタ8による散乱線を検出器が計数した可能性がある。ここで計測された散乱角が90°の側方散乱線のピーク位置の中央値と最大値は、管電圧110kVの場合で約65KeVと約87KeVであった。
散乱X線の吸収による消滅を考える上では散乱線のエネルギー波高分布データが重要であるが、後方・側方散乱線共に報告例は多くない。さらに、術者の眼球を含む上半身に相当する高さ150cm位置の前方散乱線のエネルギー波高分布の測定例は見当たらなかった。
図2のc.は、前述したa.とb.の実測結果を本明細書の検討に反映するにあたり、オーバ―チューブ型のa.とb.の測定位置を、アンダーチューブ型のX線透視装置(以下、「本装置」という)の対応位置に読み替えた結果を示す図である。
図2のa.の150°後方散乱線は、概ね本装置の床上高さ50cm位置に相当している。図2のb.の90°側方散乱線は、概ね本装置の床上高さ100cm位置に相当している。
そのため、本明細書では、図2のa.の150°後方散乱線が床上高さ50cm位置の、図2のb.の90°側方散乱線が床上高さ100cm位置のエネルギー波高分布を表現しているものと考え、以降の検討を進める。
(側方線のエネルギー波高分布の数値解析例とX線透視装置への応用)
実施例3は、実験結果と連関が示された数値解析による側方向散乱線のエネルギー波高分布解析結果よりX線透視装置での散乱X線のエネルギー分布とその領域(範囲)を考察する。
非特許文献7(加藤秀起、1991)では、Birchによる近似計算式を基にした数値解析を行っており、管電圧100kVと120kVの入射直接線と、その側方向散乱線のエネルギー波高分布を予測している。非特許文献7では数値解析の予測結果は、実験結果との整合性は良かったと述べている。非特許文献7の数値解析の予測結果を表2に示す。表2の図の横軸は光子エネルギー(KeV)、縦軸は光子数(相対値)である。
表2のA-1欄のP-3の入射直接線はX線管球ターゲットのWの特性X線(Kα:58~59KeV、Kβ:67KeV)が示されており、実験結果と整合している。管電圧と最大の制動X線の相関は100kVの際にはほぼ100KeVが示されており、これも実験結果と整合している。なお、表2のA-1欄のO-1の120kVの図は発明者がP-4から付加フィルタがない場合のエネルギー波高分布を検討し、追加した推定図である。
表2のA-2欄のP-6とP-4は、A-1欄の入射直接線に2mmAl+0.5mmCuの付加(濾過)フィルタを加えた場合のエネルギー波高分布を予測した結果である。一次X線中の30~60KeV領域のX線が除去されており、前述の非特許文献7(松本一真ら、1999)や後述の非特許文献13(越田 吉郎、2001)および非特許文献14(諸住 高ら、1978)の実験結果と良く整合している。
表2のB-1欄は、A-1欄の入射直接線が人体組織(水ファントムで模擬)で散乱された際の90°方向の側方向散乱線を数値解析で予測した結果である。また、表2のB-1欄のS-3とS-4によれば、高さ100cm位置に相当する90°側方散乱線のピーク位置の中央値と最大値は、管電圧100kVの場合で約40KeVと約90KeV、管電圧120kVの場合で約50KeVと約105KeVと予想されている。図2のb.では側方向散乱線のピーク位置は管電圧110KeVの場合で中央値が約65KeV、最大値が約88KeVとなっている。前述の非特許文献6(松本一真ら、1999)の実験結果とは、中央値付近のエネルギー波高分布の形状はある程度整合しているが、最大値付近のエネルギー波高分布の形状はやや異なっている。図2のb.では最大値付近のエネルギー波高分布は、光子エネルギーが高くなると光子数が急激に低下し、最大値付近の光子数は僅かである。同様に、側方散乱したX線の光子エネルギーの最大値や最大値付近の光子数は実測値よりもやや大きいように思われる。後述の実施例4に示す125keVの入射X線が90°散乱した場合の出射光子のエネルギーは84%になっており、これと比較してもやや高い。
表2のB-2欄は、B-1欄の側方向散乱線に付加(濾過)フィルタとして2mmAl+0.5mmCuを加えた場合のエネルギー波高分布を記載すべき欄であるが、この欄に反映できる図は非特許文献7に存在していない。そもそも、本明細書に記載した全ての先行技術文献では、空間線量率を低減するために、患者の身体組織から出る側方向散乱線にX線管球の濾過フィルタを加えて散乱X線の減弱や吸収を図るという考え方はない。そのため、発明者がB-1欄の側方向散乱線に、低エネルギー成分の吸収のために2mmAl+0.5mmCuを加えた場合の推定線を破線で追加する形で表記した。管電圧100kVと120kVの場合で2mmAl+0.5mmCuを加えた場合の側方向散乱線の推定線をO-2、O-3に示す。フィルタ追加により、側方向散乱線も30~60KeVの散乱線は大幅に除去できると予想した。前述の通り、90°散乱した側方散乱線の最大値は、実測されるよりも高く表示される傾向にあるため、O-2とO-3の場合でも比例配分により若干低くなるものと予想した。それでも、2mmAl+0.5mmCuフィルタだけでは、側方向散乱X線に60~90KeVの散乱線はそのまま残っている。
そのため、散乱X線の吸収による消滅を考える上では、散乱線の低エネルギー成分の吸収を分担するAlやCuフィルタに加え、60~87KeVの散乱線の高エネルギー成分の分担する材料による吸収を考える必要がある。その上、比較的には軽元素であるAlやCuフィルタによる一次散乱線の再散乱を防止する必要がある。
Figure 2023100577000003
(X線の相互作用と光電吸収が支配的に起こる領域)
実施例4では、物質とX線との相互作用を説明し、光電領域とそこでの蛍光収率を示す。図3は、吸収物質の原子番号と光子のエネルギー(MeV)との相関で示した光子と吸収物質の相互作用を表す図である。図4は、光電効果のうちエネルギー吸収されずに放出される特性X線とオージェ電子のうち、特性X線の割合(蛍光収率)を示す図である。
図3のa.は1981年にBarrettらにより報告され現在では一般に示されている吸収物質の原子番号Zと光子のエネルギーY(KeV)との相関で示した光子と物質の相互作用を表す図である。図3のa.は、代表的なX線と物質との相互作用である光電効果、コンプトン効果、電子対生成を取り上げ、光電効果が主要な領域(以下、「光電領域」という)、コンプトン効果が主要な領域(以下、「散乱領域」という)、電子対生成が主要な領域(以下、「電子対生成領域」という)を示し、各々が支配的な範囲が示されている。X線のエネルギーが小さいときには光電効果による減衰が主であり、エネルギーが大きくなるにしたがってコンプトン効果による減衰が多くなる。電子対生成は、エネルギーが1.02MeV以上でないと起らないため、本明細書で取り扱う医療用および工業用の放射線利用装置の範囲では対象外である。
本発明では散乱X線のエネルギーを減弱させることにより散乱領域をいち早く脱して光電領域に導き、光電効果による吸収(光電吸収)を著しく行わせること、さらに詳しくは電子吸収を著しく行わせることでX線のエネルギーを失わせて光電子等の運動エネルギーに転換することにより、X線を消滅させることを狙っている。そのため、中・低エネルギー領域での物質とX線との相互作用の理解が重要である。
X線を物質に照射すると電子によって散乱される。その散乱メカニズムは、コンプトン散乱とトムソン散乱の2つがある。コンプトン散乱は、X線が電子と弾性衝突することによって、電子にエネルギーと運動量を受け渡すために、入射X線の振動数と異なる散乱X線が生じる。これはX線の粒子性を示す現象である。一方、トムソン散乱は、電磁波であるX線の振動電場によって電子が振動することによって、同じ周波数のX線を再放射する。これが散乱X線となる。この現象はマクスウェル方程式で記述され、X線の波動性を示している。
光電効果は、物質中の軌道電子が原子核に束縛されているエネルギーを超える電磁波や光を照射されると電子が物質の表面から光電子が放出される現象である。X線が持っていたエネルギーは、電子が原子核の引力を振りきって軌道の外に出るエネルギーと、外に出た電子の運動エネルギーになる。X線等の入射光子が原子内殻の軌道電子と衝突し、エネルギーを軌道電子に与えた後に消滅する。軌道電子が原子から分離され、光電子として放出される。入射光子(X線)のエネルギーEは光電子の運動エネルギーに変換されるが、その際に原子(物質)への結合エネルギー分は失われる。すなわち、光電子の最大速度をVmax、光電子の質量をm、物質への結合エネルギー(仕事関数、または電離エネルギー)をWとすると、E=hν=1/2mVmax-Wとの関係式となる。なお、h はプランク定数、νは入射光子(X線)の振動数である。
光電子を放出した残りのエネルギーは、空位になった軌道に外側の軌道電子が遷移し、特性X線やオージェ電子が放出される。特性X線は前述の通りである。オージェ電子とは、高いエネルギーによって内殻電子が励起された原子から放出される特定のエネルギーを持った外殻の電子である。内殻励起状態の緩和過程では、特性X線の放出とオージェ電子の放出が競争的に起こる。この過程での特性X線の放出割合を蛍光収率と言い、K-X線はL-X線よりも常に大きい。これは光電効果が原子核に近い軌道(K殻)電子の方が起こりやすいためである。蛍光収率は原子番号に比例しており、軽元素ほど低い。例えばK殻の特性X線(K-X線)の放出割合を示す蛍光収率wKは、原子番号6のCでは0.5%程度、原子番号13のAlは3.4%程度、原子番号22のTiは19%程度、原子番号29のCuは38%程度であり、これらではオージェ電子放出の方が多い。一般には原子番号が32のゲルマニウム(Ge)まではオージェ電子放出が起こりやすく、それ以上の原子番号では特性X線の放出が起こり易くなると言われている。
概括的には光電効果が起こる確率は原子番号の3乗から5乗に比例する。また、入射光子エネルギーの概ね3乗に反比例する。そのため、原子番号が大きな元素の方が光電効果は生起し易く、低いエネルギー領域の方が顕著である。例えばPbの場合は約500KeV以下、Alの場合は約50KeV以下で大きな光電効果を発現する。
しかし、光電効果の発生する頻度を表す断面積(以下、「光電効果断面積」という)は吸収端で特異的に急激に変化する。吸収端とは光電効果断面積が軌道電子束縛エネルギーで急激に増加する部分を言う。原子核に近い軌道電子はK殻であるため、相互作用を受ける物質のK吸収端以上のエネルギー近傍では光電効果が著しく起こる。低いエネルギー領域ではK殻電子やL殻電子の電離エネルギー以上になると光電効果を起こせるが、それ以下でこれらは起こせない。光電効果の効率が著しく不連続に変化するが、これがK吸収端、L吸収端と呼ばれるものである。
コンプトン散乱は、X線が物質の原子に当たった時に、電子とX線が同時にはじき飛ばされる現象であり、入射X線よりも低いエネルギーとなった散乱線がビリヤードのようにあらゆる方向にはじき飛ばされる。X線のエネルギーの一部が電子をはじき飛ばすエネルギーとして使われるため、散乱X線の波長は失ったエネルギーの分だけ入射X線の波長よりも長くなり、エネルギーは入射X線よりも弱くなる。これはインコヒーレント散乱、非干渉性散乱とも言われている。
そのため、1次散乱線の方位は前方散乱(入射X線と同じ方向へ散乱)・後方散乱(入射方向へ散乱)に加えて、側方散乱(入射方向から90°方向を中心とする方位へ散乱)もある。コンプトン散乱では散乱角θが大きくなるに従って 散乱X線の波長は長くなる、すなわちエネルギーは低くなり、θ=180°の後方散乱で最小となる。
なお、概括的にはコンプトン散乱における原子当たりの断面積(以下、「コンプトン散乱断面積」という)は、原子番号が大きな元素の方がコンプトン散乱は生起し易い。また、コンプトン散乱が起こる確率は入射エネルギーに反比例する。
トムソン散乱は、X線が患者やテーブル等の物質との相互作用により方位の多くが前方散乱(出射方向へ散乱)するものと後方散乱するものがあり、エネルギーは入射X線と同じである。そのため、1次散乱線の方位は前方散乱と後方散乱がある。なお、トムソン散乱した1次散乱線は側方散乱するものは殆どないと言われている。
また、トムソン散乱とは、屈折・反射弾性散乱であり、X線が物質に当たり付与されたエネルギーにより振動する核外電子が、振動を止める際にエネルギーを放出する現象であり、散乱X線の波長が入射X線と同じ波長であるため、両者のエネルギーは同じである。これはコヒーレント散乱、干渉性散乱とも言われている。
なお、トムソン散乱は主に可視光等の低周波の電磁波の散乱現象であり、X線の場合は数10KeVまでの領域で発生するとも言われているがしきい値となるエネルギーは明確ではない。自由電子によるトムソン散乱の散乱断面積(以下、「トムソン散乱断面積」という)は、0.665×10のマイナス28乗(0.665E-28)平方メートル(m)とされているが、その相対標準不確かさが大きいとも言われている。
なお、トムソン散乱による散乱体からの1次散乱線は、エネルギーが一次X線と同レベルに高く、検討が必要なのは特にテーブルから上方への前方散乱である。後述の通り、本明細書は照射野の一次X線に曝される散乱体によるテーブルの側方と下方への散乱X線の低エネルギー成分について検討している。X線透視装置ではトムソン散乱による散乱線の散乱角とエネルギーとの関係は明確でない点もあり、実測データによる裏付けが必要である。そのため、本発明では、トムソン散乱により一次X線と同レベルに高エネルギーなX線をテーブルから上方と下方に照射することになる1次散乱線は対象としていない。
図3のa.には、光電領域が示されており、原子番号が大きく、光子エネルギーが小さいほど光電効果が起こり易いことを示している。図3のb.はa.の光電効果(断面積τ)とコンプトン散乱(断面積σ)の発生確率が同じになる線(σ=τ)を本発明の光電吸収上限エネルギー(Eup)として利用するためにべき乗回帰した際に作成した図である。べき乗回帰式はY=2.13×Zの1.23乗(Z1.23)となった。この式で原子番号Zを代入してσ=τとなる光子のエネルギーYを求めた。算出した結果はこの光子のエネルギーY=光電吸収上限エネルギーEupとして元素毎に表1中に示した。換言すると、これ以下のエネルギー領域でこれ以上の原子番号の元素では光電吸収が支配的なX線と物質との相互作用と言える。光電吸収上限エネルギーEupはコンプトン散乱と同じ確率で光電吸収が起こるエネルギーを示すものであり、いわば各元素で光電吸収が支配的に起こる上限のエネルギーと考えられる。すなわち、一次X線の照射を受ける可能性がある複合吸収材料の初層は、Eupが対象と考えている最大エネルギーである120KeVを上回っている必要がある。具体的にはCo(Z=27)よりも大きな原子番号Zの元素でなければならない。
但し、Eupは光電領域の中で、元素・エネルギー毎に定量的にどの程度の割合で光電吸収が起こるか、換言するとどの元素がどのエネルギー領域での光電吸収が大きいかを示すものではない。これについては、実施例7でさらに詳しく後述する。
図4のa.には、非特許文献8(高岡京、1982)から引用したK殻の特性X線(K-X線)の放出割合を示す蛍光収率wKと原子番号Zとの関係が示されており、原子番号が大きい方が特性X線の放出割合が大きいこと、すなわちオージェ電子の放出割合が小さいことを示している。図4のb.は各元素の蛍光収率を本発明で利用するために二次回帰した際に作成した図である。原子番号が30~82の回帰式1と原子番号が6~30の回帰式2の2つに分けて二次回帰式を作成した。回帰式1はwK=-1.52E-03+4.29E-04Z+2.34E-04Zとなり、回帰式2はwK=-5.91E-01+4.07E-02Z-2.63E-04Zとなった。この式で原子番号Zを代入して各元素の蛍光収率wKを算出した。算出した結果は蛍光収率(K-X線の放出割合)として元素毎に表1中に示した。なお、蛍光収率にはL殻の特性X線(L-X線)の放出割合であるwLを示す場合もあるが、本発明ではK殻のwKのみを対象とする。
(散乱体で起こるコンプトン散乱による影響)
実施例5は、散乱体(患者・被検者の人体組織、X線可動絞り内の濾過フィルタ等)内で起こるコンプトン散乱による散乱X線の発生過程とその性状と対策を考察する。
いかなる元素もX線の照射を受けてある程度のコンプトン散乱を起こすが、各元素はその特性に応じてなるべくコンプトン散乱されないエネルギー領域で使うとの考え方はできる。すなわち、各元素は実施例4で述べた光電吸収上限エネルギーEup以下のエネルギー領域で使うことを考えるべきである。この考え方に基づけばEupが19KeVのCや、50KeVのAlや、95KeVのTiを、120KeVの一次X線に曝して、散乱領域で使うことは避けるべきである。
ただ、身体組織で光電吸収とコンプトン散乱の断面積が等しいエネルギー(すなわち、光電吸収上限エネルギー:Eup)は約40KeVと言われており、これ以上のエネルギーでは光電吸収よりもコンプトン散乱が主体になる。しかし、マンモグラフィーを除く医療用のX線透視装置では体幹部を透視するのに管電圧を70~120kVに設定し、発生する一次X線を70~120KeVとすることが多いため、身体組織で約30~87KeVの散乱X線が発生するのは医療目的からしてやむを得ない。
一方、X塩管球付近のX線可動絞り内にある羽根等や濾過フィルタ等からも散乱X線が発生する。絞りの羽根等の材料はW(Eup:約428KeV)やPb(Eup:約486KeV)であるため、70~120KeVの一次X線が照射されても光電領域にあるため、コンプトン散乱による散乱X線は限定的である。一般的に多用される濾過フィルタの材料であるCu(Eup:約135KeV)は光電領域にあるが、Al(Eup:約50KeV)は散乱領域にある。前述の実施例4の通り、原子番号が20以下のものは入射エネルギーが小さくてもコンプトン散乱が起こり易い。
散乱線はさまざまな条件で変動するが,直接線と同じく,入射X線光子数がn倍に増加すればn倍になるという単純な比例関係がある。この比例関係を非特許文献9(本田道隆、2010)では、入射X線に対する散乱した出射X線の比であるSTPR(Scatter to primary ratio)をSTPR=Xs/Xpとの式で定義している。なお、Xpは直接線成分量、Xsは散乱線成分量である。
管電圧が上昇すれば平均X線光子エネルギーが高くなり、身体組織内でのコンプトン散乱の回数が増加するとともに,全体の中で前方に散乱する光子が確率的に増加する。材質が同じ患者身体の厚みを増加したときにSTPRが上昇するという事象は特に重要な散乱線の特性である。
また,身体の厚みが厚くなることによる影響はSTPRの上昇だけではなく、散乱線の方向や飛程にも影響する。患者身体から発生した散乱線成分はさまざまな方向をもっているが、周囲から身体の中心に向かう成分よりも中心から身体の外に広がる方向の成分が相対的に多い。そして、その成分は患者身体を透過、あるいは相互作用してさらに散乱する。散乱した成分の一部のうち再び中心に向かうものもあるが、透過するものも含めれば多くの成分はさらに外側に向かう。つまり身体の厚みが厚くなれば散乱線はよりも遠くまで広がる。
散乱線が広がるという性質は、照射野を狭くすると散乱線量が低減するという現象も引き起こす。一般に照射野を20×20cmから10×10cmの4分の1にすれば、散乱線量は約2~4割低減すると言われている。散乱線を少なくするには照射野を絞った方が良いが、これは医療行為の要求で決まるものである。照射野が広い状態でX線透視装置を利用することがあるのは避けられない。
患者身体から発生した散乱線は、グレーデル効果により患者身体と遮へい体間の隙間が空けば空くほどその隙間から逃げる成分が多くなるために、離れた位置の遮へい体で検出される散乱線は一見低減する。別の言い方をすれば、患者身体と遮へい体間の隙間が空けば空くほどその隙間から空間に散乱により逃げる成分が多くなる。空間への散乱を抑制するには、散乱X線の遮へい体は患者身体等の散乱体のごく近傍に設置しなければならない。
コンプトン散乱後の出射X線のエネルギーと波長には理論式から導かれた計算式がある。出射X線のエネルギーE'γ(MeV)=Eγ/(1+1.96・Eγ・(1-cosθ))、入射X線と出射X線の波長の差Λλ(m)=h・(1-cosθ)/(m・c)との計算式で示される。なお、Eγは入射X線のエネルギー(MeV)、θは散乱角(degree)、mは電子の質量、cは光速、hはプランク定数、eは電子の電荷である。
これらの式により入射光子の光子エネルギーが50、75、100、125、150KeVの場合で、算出した散乱角毎の出射光子の特性(波長、エネルギー)を表3に示す。表3の算出結果は、コンプトン散乱が1回だけ起こった場合の結果を意味している。
表3の散乱角90°および散乱角150°の数値と、実施例2に示した散乱角90°の側方散乱および散乱角150°の後方散乱の実測した散乱X線のエネルギー波高分布のエネルギーのグラフ読み取り数値とを比較すると、明らかに後者の方がエネルギーは低い方向に向けた拡がりをもって分布しているのが判る。すなわち、実測された散乱X線のエネルギー波高分布の結果は人体組織を模擬した水ファントムが一定の厚さがあるため、一次X線が水ファントムにより1回だけ散乱されたものではなく複数回の散乱があったことを示している。水ファントム内での散乱回数は明らかではないが、多くは複数回のコンプトン散乱をしている。コンプトン散乱を繰り返す間に散乱X線は次第にその光子エネルギーを失い、エネルギー波高分布で見られる光子数のピーク位置は光子エネルギーが低い側にシフトする。すなわち、コンプトン散乱を繰り返す間に散乱X線は光子エネルギーが弱くなる。
散乱体で再散乱したものは、ある確率で1~数回目のコンプトン散乱により、いかなる材料にも吸収されずに外部空間(大気中)に漏出してしまう。実施例2で実測された散乱X線はこの大気中に漏れ出したものである。散乱体から外に出てしまうので、軽元素による大気やその湿度(水分)により吸収されることなく散乱を繰り返す。そのため、実施例1のように診療室内の空間線量率はX線源を中心に全体が上昇している。診療室内の空間線量率を低減するにはこの場での主な物質とX線の相互作用を、上述のようなコンプトン散乱に支配された散乱領域にあるのを見直し、光電吸収で支配する光電領域のものに変える必要がある。
診療室内の空間線量率を低減するには重元素のPbやWによるかなり厚い遮へい体で散乱体を完全に囲ってしまえば良いが、重い構造物が周囲にあると術者等の医療従事者は手技・手術ができない。実用するには、散乱体のなるべく近傍で、なるべく軽い材料で散乱体から漏出しようとする散乱X線を効率良く相互作用させて(トラップして)減弱させ、光電吸収により吸収(電子吸収により消滅)させる必要がある。そのためには、大きな光電効果断面積をもって、高い確率で光電吸収できる材料、さらに詳しくは電子吸収を著しく行わせることできる材料を吸収体として配置することが好ましい。
Figure 2023100577000004
(K吸収端での光電吸収による特異吸収)
実施例6では、種々のエネルギー領域における元素のK殻・L殻・M殻による吸収端と光電吸収の関係を示す。
長周期表にある各元素は、第1周期の元素は最外殻がK殻、第2周期はL殻、第3周期はM殻、第4周期はN殻というように周期が大きくなるごとに最外殻が外側になる。図1のa.の通りコンプトン散乱は一般には原子番号が大きな元素の方が起こり易く、起こる確率は入射エネルギーに反比例すると言われているが、原子番号が20以下の場合は入射エネルギーが小さくても起こり易い。光電効果は原子番号が大きな元素の方が起こり易く、低いエネルギー領域の方が顕著である。光電効果は複数の殻で光電効果が可能なときは原子核との相互作用により、原子核に近い内側の軌道電子、すなわちK殻>L殻>M殻の順に起こり易いことが一般に知られている。吸収端から少し高いエネルギー領域から吸収端に至るエネルギー領域で、光電効果よる特異なエネルギー吸収がある。X線吸収微細構造(XAFS)等の多くの機器分析法はこの原理を物質の定性や定量に利用している。本発明では、このように各元素のK吸収端付近のやや高い側のエネルギー領域でエネルギーを良く吸収する現象を「特異吸収」と呼ぶ。特異吸収ではK吸収端付近のやや高い側のエネルギー領域でX線のエネルギー吸収反応が、高い確率で、かつ、反応の速度論的に迅速に(以下では「著しく」と言う)発生し、光電吸収しているものと考えられる。
一方で、PbはL吸収端による特性X線(L-X線)も見逃せない。このL-X線は約10.5~14.8KeVのエネルギーがあり、これがあちこちの方向に散乱X線として発生することは避けられず、診療室等内の空間線量率を一定レベル増加させる。このPbのL-X線よりも低い位置が他の元素(例えば、CuやFe)のK吸収端よりやや高いエネルギー領域であれば、これら他の元素による特異吸収が優先される。
表4は本明細書の説明に使用する主な元素の吸収端と、K吸収端による特性X線(K-X線:KβとKβ)および蛍光収率(K-X線の放出割合)を纏めて示す。表4にはK吸収端、L吸収端、M吸収端までしか記載していないが、吸収端が発現するエネルギーはK吸収端が最も高く、L吸収端、M吸収端になるに従いって大幅に低くなっているのが判る。表4にあるL吸収端はCa以降の元素により0.34~15.85KeV、M吸収端はNb以降の元素により0.36~2.34KeVである。この10KeV以下のエネルギー領域(以下、「極低エネルギー領域」という)になると、L吸収端、M吸収端を利用して散乱X線のエネルギーを光電吸収する元素を含む材料は多数が存在している。5~25KeVのエネルギー領域(以下、「低エネルギー領域」という)もPbのL吸収端やMo、Nb、Cu、Fe、等のK吸収端があり、同様である。散乱X線の吸収に係る技術課題は25~50KeVのエネルギー領域(以下、「中エネルギー領域」という)、50~87KeVのエネルギー領域(以下、「高エネルギー領域」という)で、どんな方法で散乱X線のエネルギーを光電吸収するかにある。特に実施例2の側方・後方散乱線にある通り、25~87KeVが重要である。
そのため、以降では複数の元素のK吸収端を利用しての25~50KeVの中エネルギー領域と50~87KeVの高エネルギー領域の散乱X線を著しく光電吸収する方法を検討する。
Figure 2023100577000005
(各元素のK吸収端の順序・相関と電子吸収割合(μen/μ)の考え方)
実施例7は、各元素のK吸収端の順序・相関と、各元素の電子に吸収されるエネルギーの割合の考え方を示す。ここで取り扱うデータは非特許文献10の米国国立標準技術研究所(NIST)の物理測定研究所(PML)、X線フォームファクタ、減衰および散乱テーブル(以下、「NISTデータベース」と言う)を引用した。NISTデータベースには、各元素の質量減衰係数μ/ρ、質量エネルギー吸収係数μen/ρが無料で公開され、定期的に更新されている。これをそれぞれの物質の密度ρで掛けたものを線減衰係数μ、線エネルギー吸収係数μenと言う。線減衰係数μはI/I=Exp(-μt)で定義される係数であり、μが大きい物質は散乱や吸収等により減衰させる能力が大きい。なお、Iは出射側、Iは入射側の強度(例えば光子数)であり、tは物質の厚さである。IとIは放射線の線量率で表現される場合もある。また、μとμenの相関は以下の通りである。
線減衰係数μは、光子が失ったエネルギー(B)を入射光子のエネルギー(A)で割ったものであり、B/Aとなる。その差(A-B)がコンプトン散乱等で散乱された光子側に残るエネルギーである。線エネルギー転移係数μtrは、光子が失ったエネルギー(B)で電子に転移したエネルギー(C)を割ったもの(C/B)に線減衰係数μを掛けたものであり、C/Aとなる。その差(B-C)が特性X線・オージェ電子等の別の光子の形態として放出されるエネルギー:Gcである。線エネルギー吸収係数μenは、電子に転移したエネルギー(C)で電子に吸収されたエネルギー(D)を割ったもの(D/C)に線エネルギー転移係数μTRを掛けたものであり、D/Aとなる。その差(C-D)が制動放射によって失われるエネルギー:Gbである。これらの大小関係は、線減衰係数μ>線エネルギー転移係数μtr>線エネルギー吸収係数μenとなる。
線減衰係数μと線エネルギー吸収係数μenは、μen=(1-Gc-Gb)×μとの式で表すことができる。すなわち、線エネルギー吸収係数μenを線減衰係数μで割った値μen/μ(=1-Gc-Gb)は、全エネルギー減衰のうちの、電子に吸収される割合を示している。この割合(μen/μ)の大小が、散乱X線を消滅させて電子の運動エネルギーに変換させる現象の大小に直接的に関与するため、本発明では重要である。そのため、μenで示されるこの線エネルギー吸収の現象を「電子吸収」と呼び、その割合(μen/μ)を「電子吸収割合」と呼ぶ。
図5はNISTデータベースに収録された質量減衰係数(μ/ρ)と質量エネルギー吸収係数(μen/ρ)のデータを図で比較したものである。図5は表計算ソフトの散乱図のグラフ化機能を使って作図した。図5の縦軸はμ/ρとμen/ρ(cm)、横軸は光子エネルギー(KeV)で共に対数表示である。a-1~a-4はAl、Cu、Nb、Snを示し、b-1~b-4はBa,Gd、W、Pbである。エネルギー毎の比較を容易にするために、各々の図を縦断して100KeVに短破線、50KeVに一点鎖線、30KeVに二点鎖線、10KeVに長二点鎖線を補助線として入れた。
図5では各々の元素のK吸収端、L吸収端、M吸収端等が示されている。K吸収端は原子番号と比例しているが各々が異なるエネルギー位置にあることが判る。K吸収端より高い側のエネルギー領域ではμ/ρやμen/ρは凸形状のピークとなり大きくなるが、低い側のエネルギー領域では凹形状のピークとなり一旦小さくなる。一般に質量減衰係数は物質に依存しないと言われているが、これは少なくとも各元素の吸収端付近では当てはまらない。吸収端付近では減衰が大きくなったり、小さくなったりする。K吸収端でμ/ρやμen/ρが小さくなった際に、X線との相互作用が活発でなくなり、減衰の度合いが弱まる。すなわち、吸収端の光子エネルギーでは少なくとも透過するX線の光子数が増える。透過量を減らすという遮へい体を設計する場合は、K吸収端の低い側のμ/ρに基づいて遮へい体の厚さを決めている。しかし、これは重い遮へい体を適用することになり、医療分野の用途には見合わない。
例えば、Pbの場合、K吸収端(Kab)は88KeVであるが、88KeVの高い側ではμ/ρは7.68cm/gであったものが、低い側では1.91cm/gと約25%に減少する。一方、μen/ρは同様に2.16cm/gから1.48cm/gと約69%に減少する。すなわちPbはK吸収端の前後でμ/ρとμen/ρは変化し、K吸収端以上のエネルギー領域では、散乱(入射方向への反射も含む)が一定の割合あることが判る。
図5ではAl以外の元素では、K吸収端より高い側のエネルギー領域では、μen/ρの破線はμ/ρの実線より下に大きく離れる。すなわち、K吸収端以上ではμ/ρ>μen/ρの関係となる。これは高エネルギー側からK吸収端に至るエネルギー吸収の過程では、電子吸収分と並んでかなり多くの割合でGc(別の光子放出)分とGb(制動放射)分があることを示している。換言するとK吸収端より高い側のエネルギー領域で電子吸収分は一定の割合に留まり、特性X線や制動X線の発生にもある割合でエネルギーが利用されている。これよりAl以外の各元素は、K吸収端より高い側のエネルギー領域では、一部は吸収体として機能するが散乱体としても機能する。
一方で、図5ではK吸収端より低い側のエネルギー領域では、WやPb等の原子番号が大きな元素を除けば、μen/ρの破線とμ/ρの実線はほぼ一致している。K吸収端の直後では、ある確率で特性X線と制動X線が発生し、K吸収端があった元素も周囲の他の元素もこれらを電子吸収していることになる。WやPb等は電子吸収分も多いが、ある割合でGc(別の光子放出)分とGb(制動放射)分が継続している。
Alは、他の元素とは異なり、K吸収端よりかなり高いエネルギー位置より電子吸収分が主体となっている。すなわち、AlのK吸収端は1.56KeVであるが、30KeV辺りから電子吸収が主体となる。これはAlのみならずCu等の原子番号が低い元素に共通した傾向である。
(拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層の考え方と役割)
実施例8は、拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層の考え方と役割を示す。
更に実際に即した検討を進めるために、表5では図5のμ/ρとμen/ρに密度ρを掛けた線減衰係数μと線エネルギー吸収係数μenとして表記し、前述したμ中のμenの割合(μen/μ:%)を表中に示した。同様にNISTデータベースより数値を引用したが、表5の横軸の元素はAl、Si、Ti、Fe、Cu、Nb、Mo、Sn、Ba、Gd、W、Pbを、縦軸のX線エネルギーは10、20、30、40、50、80、100KeVのデータを抽出して示した。μの数値が大きい元素は線減衰が大きく、μenの数値が大きい元素は線エネルギー吸収、すなわち電子吸収が大きい。
また、表5では電子吸収割合μen/μが70%以上である光電吸収の電子吸収が支配的な領域(以下、「電子吸収域」という)を破線で囲んで示し、μen/μが70%未満である別途光子放出が支配的な領域(以下、「別途光子放出域」という)を一点鎖線で囲んで示した。なお、μen/μが70%以上でも、μenが10(1/cm)未満の元素は必要となる金属板の厚さの観点から電子吸収域の対象としなかった。μen/μの割合が大きな物質・元素は電子吸収の割合が大きく、μen/μの割合が小さな物質・元素は電子吸収の割合が小さくて別の光子(特性X線・制動X線等およびオージェ電子)放出の割合が大きい。
表5より判る通り、電子吸収域と別途光子放出域の場所・範囲は、X線エネルギーにより異なっている。例えばPb以下の元素では100KeV以上では、電子吸収域が存在しない。80KeVでは原子番号が大きな元素の中ではPbのみが電子吸収域となった。これはPbのK吸収端が88KeVにあるためと予想される。そのため、X線の照射を受ける初層は、本発明の目的では安定同位体の範囲ではPb以外には考えられない。80KeVでの電子吸収域は電子吸収割合が最も高く、100KeV以上でも電子吸収域が存在するのはPbのみである。WはK吸収端がPbよりも低いエネルギーであり、ここには使えない。このPbによる初層は透過する全エネルギーで積分した光子数が10分の1程度になるように減弱させる役割がある。しかも、対象となる散乱体からの散乱X線エネルギー領域はPbのK吸収端である88KeV未満と考えた。また、最大のエネルギーが88KeV未満の散乱X線が照射される面に配置するPbの初層を「低反射減弱層」と呼ぶ。なお、過去にはPbの埋設処分時の毒性等から使用が制限されたが、現代ではPbのリサイクルが普及し、基板等の半田以外の用途でのPbの登用は管理が必要ではあるが使用に係る制限は緩和されている。なお、Pbよりも原子番号の大きなBi(Kab:90.53KeV)、Th(Kab:109.65KeV)、U(Kab:115.61KeV)等の元素も同様の特性であり、K吸収端(Kab)の値はPbよりも更に高いため初層の低反射減弱層として利用できる。しかし、これらは長半減期ではあるもののα崩壊する放射性同位元素(RI)であり、ThとUは国際規制物質でもあり、その利用には幾多の規制上の制約がある。そのため、これらを使用することは容易ではない。従って、一次X線エネルギーが高い場合等で、利用する可能性はあるものの、実用性の観点からここでは初層の低反射減弱層はPbを代表として説明する。
100KeVの一次X線の照射を受けた照射野では、原理上、主に前方に向けて88KeV以上の散乱X線が発生する。そもそも、照射野に複合吸収材料を設置してしまうとX線透視装置の場合はその目的に適わない。これはすなわち、本発明の複合吸収材料は照射野の前方散乱分を除く、主に照射野外から発生する散乱X線を対象とすることを意味する。本発明の複合吸収材料は照射野内ではくり抜いているため存在せず、照射野外では散乱体の周囲を囲んで設置することを前提としているが、初層のPbは散乱体からみて最も内側の層となる。
表5では、入射するX線エネルギーが低下するにつれ、電子吸収域は原子番号が低い側に拡がっている。例えば、50KeVではGd・W・Pbが、30KeVではBaを加えて、20KeVではさらにSnを加えて電子吸収域にある。電子吸収域の元素は、散乱X線を消滅させて電子の運動エネルギーに変換させるために重要な役割を果たす。
これらの電子吸収域より低い原子番号の元素が別途光子放出域にある。例えば、80KeVではGd・Wが、50KeVではSn・Baが、30KeVではMo・Sn・Nbが、20KeVではMo・Nbが別途光子放出域にある。50KeVではGd・Wが、30KeVでは加えてBaが、20KeVでは更に加えてSnが別途光子放出域を外れている。
50KeV以下では別途光子放出域よりも原子番号がさらに低い側に、電子吸収域が再度登場する。例えば、50KeVではFe、Cu、Nb、Moが、30KeVと20KeVではTi、Fe、Cuが電子吸収域にある。Al、Siも電子吸収域にあるが、μenの絶対値がやや小さいためこのエネルギーでは除外した。10KeV以下では別途光子放出域のものはかなり減少し、Al、Si、Ti、FeをはじめとするCu以外の表5の横軸の全ての元素が電子吸収域にある。Cuは電子吸収割合μen/μが69%と僅かに別途光子放出域にあるが、これはK吸収端が8.979KeVであるため、10KeVは既に特異吸収のエネルギー領域であったためと予想される。本発明の目的からは電子吸収域の元素が重要であることは言うまでもないが、別の理由から別途光子放出域の元素による散乱も重要である。
前項では、80KeVではW・Gdが、50KeVではSn・Baが、30KeVではSn・Mo・Nbが別途光子放出域にあると述べた。これらがμen/μが70%未満であることは事実だが、μの絶対値は表5の中の全ての元素と比較してかなり大きく、μenは同列の隣の元素と同程度かやや大きく、μenは1E+2(1/cm)のオーダーである。これは分数の分子側のμenが小さい訳ではなく、分母側のμが大きくなった結果である。すなわち、各々の元素のK吸収端付近のやや高いエネルギーが活発に取り込まれる局面で、その取り込みがあまりに速すぎるため電子吸収までは至ることができず、別途光子(特性X線や制動X線)が放出されてしまったものが多いためと予想している。これは別途光子放出域の元素は線減衰係数μと線エネルギー吸収係数μenの数字は大きいので、電子吸収の量も別途光子放出の量もそれぞれ大きいことを意味している。また、K吸収端付近のやや高い側のエネルギー領域で線減衰係数μの絶対値が大きいことは、特異吸収の領域ではX線のエネルギー吸収反応が、著しく発生していることを裏付けている。本発明では、別途光子放出域の元素には、取り込んだ光子のいわゆる掻き混ぜ(拡散)や前方・後方を含めたあちこちの方向への押し戻しに相当する機能を期待する。
別途光子放出域の元素の役割を引き続き説明する。初層のPb層で減弱した散乱X線のエネルギーが40~60KeVでは例えばSn・Ba等、30~40KeVでは、例えばSn・Mo・Nb等が別途光子放出域の元素である。すなわち、Snが両エネルギー領域で共通する代表的な別途光子放出域の元素として登場している。
これらの別途光子放出域の元素を初層の外側の例えば2層目に配置すれば、特異吸収により一定の割合で電子吸収をしつつも、特定の方向に向かっていた(例えば外に出ようとしていた)散乱X線を、特性X線や制動X線等の別途光子としてあちこちの方向に放出し、前方・後方の両横の層(例えば初層と3層目)や自らの層の中に押し戻す役割が期待できる。
このように初層のPbより外側の2層目以降に配置して、特異吸収により電子吸収をしつつ別途光子放出する原子番号が37~81の元素を含む層を「拡散吸収体」と呼ぶ。また、この別途光子放出によるいわゆる拡散や押し戻しの機能を「拡散押戻し」と呼ぶ。更に拡散吸収体の外側の横の層(例えば拡散吸収体を2層目とした場合の3層目)に位置して、高い割合で電子吸収する役割の層を「電子吸収体」と呼ぶ。電子吸収体は、原子番号が11以上で82以下の元素となる。電子吸収体はこの位置のX線エネルギーに見合った電子吸収域の元素とする必要がある。この位置の散乱X線のエネルギーが50KeV程度の場合はFe、Cu、Nb、Moであり、30KeVの場合はTi、Fe、Cuである。Fe、Cuが両エネルギー領域で共通する電子吸収域の元素として登場している。
なお、拡散吸収体として別の光子を放出する「拡散押戻し」を期待する場合は、その元素のK吸収端以上のエネルギーのX線が来る場所に置くことが要件となる。拡散吸収体および電子吸収電子吸収体共に、μ(線減衰係数)が大きければ、大きい方が良い。
なお、上述の拡散吸収体と電子吸収体の対による多層で構成される吸収層を、本発明では「多層吸収層」と呼ぶ。
電子吸収域の電子吸収体は、単色のエネルギーで材質を机上検討して摘出する際には、電子吸収割合μen/μが70%以上であれば出来るだけ大きい方が良い。出来れば90%以上であることが好ましく、100%がより好ましい。
一方、別途光子放出域の拡散吸収体は、μen/μが小さければ小さい方が良い訳ではない。拡散押戻しと共に電子吸収の役割を分担するためである。そのため、拡散吸収体はμen/μが70%未満を定義とするが、40~69%の範囲にあることが好ましく、50~69%の範囲にあることがより好ましい。
なお、実際の複合吸収材料内では散乱X線は連続エネルギー分布となっているので、上述の考え方を基本として、さらに拡張して考察する。
Figure 2023100577000006
従来のX線回折法(XRD)等の分析手法では、単色に近いX線を必要とするために、Kα線の強度をあまり弱めることなく、Kα線以外のX線強度を弱めることが必要である。この目的には、X線の吸収端がX線管球のターゲット材のKα線とKβ線との中間にあるような物質の薄い箔のフィルタ材を通すことで、Kβ線を著しく減弱できることが、古来より良く知られている。このターゲット材-フィルタ材の組合せは、Cu-Ni、Mo-Zr、Fe-Mn、Cr-V等である。しかし、本発明の場合は、いわば発生源に係わらずKα線とKβ線の両方のX線強度を吸収により弱めることを目的とするため、この手法は取らない。本発明では、散乱X線そのものや拡散吸収体での特異吸収により再放出される別途光子すなわち二次X線(特性X線、制動X線)の全てを、電子吸収体等の幾重もの電子吸収する元素により線エネルギー吸収する手法とする。
(複合吸収材料により散乱X線を消滅させる方法)
実施例9は、低反射減弱層(初層)と、拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層との複合吸収材料による線エネルギー吸収により散乱X線を消滅させる方法を示す。
実施例6~8では、エネルギー毎に電子吸収域にある元素と別途光子放出域にある元素が異なることを述べた。本発明の目的には電子吸収域にある元素を使う必要があることを述べた。但し、別途光子放出域にある元素でも電子吸収は活発であり、これと並行して別の光子放出による拡散押戻しを使う必要があることを述べた。
大量の散乱X線を薄い多層状の複合吸収材料で消滅させるには、初層のPbの外側の拡散吸収体のK吸収端で一斉に多くのエネルギーを特異吸収させるのが良い。また、初層による減弱や、拡散吸収体による電子吸収と拡散押戻しや、電子吸収体による電子吸収の後に散乱X線は減衰し、次第に光子数が少なくなる。運動エネルギーを付与された電子は高速で移動を開始するが後述の実施例11の通り、複合吸収材料内では極めて短い飛程で停止する。高エネルギーを付与された電子により再びX線が発生することがあるが、その確率は極めて低く、1%未満と言われている。そのため、全体としては散乱X線のエネルギーが次第に減衰し、その光子数が少なくなる。
実施例7で述べた通り、低反射減弱層(初層)のPbではK吸収端の88KeVでμが小さくなり、線減衰が減少して透過量が増える領域がある。これに近いエネルギー領域にK吸収端がある元素を外側に配置し、透過するX線や初層による散乱X線を可能な限り多く線エネルギー吸収するのが良い。外側に配置した層の元素のK吸収端では著しく電子吸収すると共に、特性X線(K-X線)とオージェ電子が発生する。オージェ電子は複合吸収材料中で自明に電子吸収される。このK-X線と次なる層の散乱X線を可能な限り多く線エネルギー吸収するために、K-X線に近いエネルギー領域にK吸収端がある元素をさらに外側に配置する。段階的に原子番号の異なる元素を順番に並べることにより、余すところなく次第に減衰する散乱X線を吸収するのが良い。また、これを重ねるうちに蛍光収率(特性X線の発生割合)が低くなる22以下の原子番号の元素の層に至らせることにより、外側の層から外部空間に放出される特性X線の発生を低減する。各元素にエネルギー毎の半価層があるように、電子吸収体の厚みがこの減衰に寄与し、減衰には光電吸収が支配的に寄与する。
これらにより多層状の複合吸収材料の中で、広いエネルギーの全領域で連続して著しく特異吸収を起こす必要がある。しかし、K吸収端は元素に固有の値でありエネルギー領域が連続的なものにはならない。そのため、K吸収端の異なる元素を順番に複数並べて、段階的に隙間なく全エネルギー領域で漏れなく特異吸収させる必要がある。
図6は一例としてPb、Sn、Nb、Cu、Alの線光電吸収係数(μPE)と散乱X線エネルギーの相関を示す。図6に利用したμPEのデータは非特許文献11に掲載されたものである。これは非特許文献10(NISTIR5632、1995)を掲載しているのと同じNISTのホームページ(HP)中に存在している。非特許文献11は非特許文献10を2004年7月に更新してHPで公開したデータベースである。
図6の縦軸の線光電吸収係数(μPE)は非特許文献11に収録された質量光電吸収係数(μPE/ρ)に密度ρを掛けて得た。横軸は光子エネルギーである。縦軸の線光電吸収係数(μPE)は、光電効果断面積に基づく吸収係数であるため、電子吸収と別途光子放出(特性X線と制動X線)の両方を含んでいる。この両方を含む現象を線光電吸収と呼ぶ。μPEも実施例7で前述のI/I=Exp(-μPE・t)の式で定義することができる。原理上の考え方は違うが、μPE(線光電吸収係数)は実施例7のμtr(線エネルギー転移係数)が最も近い数値となる。拡散吸収体および電子吸収体共に、μPEは大きければ、大きい方が良い。図6は表計算ソフトの散乱図のグラフ化機能を使って作図した。NISTデータベースに数値の報告がない部分はそのままの状態で利用しているため、線がところどころ切断している。図中に各々の元素のK吸収端の位置をPb-K、Sn-K、Nb-K、Cu-K、Fe-Kのように付記した。PbだけはL吸収端、M吸収端としてPb-L、Pb-Mも記入した。
図6の通り、μPEは全体に左肩上がりの線図である。すなわち、横軸の光子エネルギーが小さい方がμPEの数値は大きい。各元素に所定のエネルギーでK吸収端による吸収係数の凸部と凹部があり、一般に原子番号が増加すると各々の線は右上に移動することによりμPEは増加する。μPE(線光電吸収係数)には、コンプトン散乱分は含まないが、光電効果に伴う光電子発生、特性X線発生、オージェ電子発生、制動放射によるX線発生等は含んでいる。ここに別の光子(特性X線・制動X線およびオージェ電子)放出分を含むため、必然的にμPEはμen(線エネルギー吸収係数)より大きい数値となる。μPEの全てが電子吸収分ではなく、μPEは電子吸収分と押し戻し分の両方を対象としている。すなわち、μPEはその単色の光子エネルギー位置での光電効果に伴う相互作用の激しさを示している。
PbのK吸収端は88.0KeVでありL吸収端は13.04~15.85KeVであるため、間隔が空いた間(約17~87KeV)のX線は吸収端での特異吸収はなく、著しい吸収と別の光子の放出を伴う光電吸収を行うことが出来ない。しかしながら、μPEを示す図6のPb-KとPb-Lのピークの凸部の間には、Sn-K、Nb-Kのピークの凸部があり、これらは著しい光電吸収を行う。μPEはPb-L > Nb-K > Sn-K > Pb-Kである。Pb-LとPb-Mのピークの凸部の間には、Cu-KやFe-Kもあり、上述と同様のことが言える。これはすなわち、例えばSn、Nb、Cu、Fe等の元素を併せて多層吸収層(拡散吸収体と電子吸収体の対)に設置すれば、低反射減弱層(初層)のPbのみよりも著しい吸収と別の光子の放出を伴う光電吸収を行うことが出来ることを意味している。
また、仮に同じ単色の光子エネルギー位置でのSn、Nb、Cu、Fe等の元素のμPEが、Pbと同等もしくはそれ以下だったとしても、これらの元素を多層吸収層に設置する意味はある。Sn、Nb、Cu、Fe等の元素は、Pbよりも密度が小さいため、単一の元素によるμPEと厚さtの積が同じ値であっても材料は軽くなる。複数の元素のμPEと各々の厚さtの積を合計した値は、同じ重さのPbの層のμPEと厚さtの積の値よりも大きくなる。すなわち、同じ重さならPbよりもμPEと厚さの積の値よりも大きくなり、同じμPEと厚さtの積の値ならPbよりも軽くなる。
実施例8では電子吸収と拡散押戻しのために、30~60KeVの散乱X線に対する1つ目の拡散吸収体として、例えばSn(Kab:29.20KeV)を例えば2層目に置くのが良いと述べた。図6の通り、K吸収端近傍でのμPEは、PbのそれよりもSnの方が大きい。すなわち、K吸収端の特異吸収により、これらは著しく電子吸収と拡散押戻しをする。同様に実施例8では例えば3層目の電子吸収体には例えばCu・Feが良いと述べた。
SnのK吸収端は約30KeVであり、これ以下のX線エネルギー範囲での特異吸収にSnを使う訳にはいかない。複合吸収材料の中で、コンプトン散乱や二次X線によりあちこち方向に向けて様々なエネルギーの散乱X線が飛び交っており、その中に約30KeV未満の散乱X線が含まれることを考慮すると、このエネルギー領域を無視する訳にもいかない。特異吸収を踏まえて著しく電子吸収しなければ、散乱X線がコンプトン散乱等により複合吸収材料から外部空間へ漏出する可能性が高くなる。
そのため、初層のPbを1層目とした場合の外側の例えば4層目にK吸収端が20~30KeV前後の元素を2つ目の拡散吸収体として置くのが良い。これに該当する代表的な別途光子放出域にある元素には、例えば表5にあるMo(Kab:20.00KeV)とNb(Kab:18.98KeV)がある。図6の通り、K吸収端近傍でのμPEは、PbのそれよりもNbの方が大きい。原理上、Moの方が更に大きい。すなわち、前述の1つ目のSnと同様に2つ目もK吸収端の特異吸収により、著しく電子吸収と拡散押戻しをする。
4層目となる2つ目の拡散吸収体(例えばMo・Nb)の外側には、外部空間への散乱X線の漏出を抑制するために、必ずこの間のX線エネルギー領域(10~20KeV)に見合った電子吸収体を置く必要がある。表5によれば、この位置の散乱X線のエネルギーが20KeVの場合はTi、Fe、Cuである。10KeVの場合は、表5の横軸のほぼ全ての元素が電子吸収域の元素として登場している。10KeVではCuのみがμen/μが69%とその定義から外れているが、前述の通りこれはK吸収端が近いためであり、電子吸収を表すμenが小さい訳ではない。むしろCuのμenは1E+3オーダーと他の元素より大きい。そのため、本発明では10KeVでCuは電子吸収域にあると見做す。すなわち、この電子吸収体は5層目となるが、10~50KeVに共通する代表的な電子吸収域の元素としては、例えばCu・Feが挙げられる。但し、Cu・Fe等からの特性X線の発生にも配慮が必要であり、実施例10で後述する蛍光収率(特性X線の放出割合)の課題がある。
表5を元素毎に上下方向に見て判る通り、別途光子放出域とされたSn、Nb、Mo等の元素は、複合吸収材料内で特異吸収に伴い著しく電子吸収と拡散押戻しをしながらも、エネルギーの低下と伴って、ある光子エネルギー領域からは電子吸収域の元素に役割を変える。すなわち、電子吸収と拡散押戻しの枠割変更が連続的に発生している。これを模式的に図7に表す。
図7は縦軸を表5の電子吸収割合(%)とし、横軸が光子エネルギーである。図7は表計算ソフトの折れ線グラフのグラフ化機能を使って作図した。表5との違いは、横軸の光子エネルギーはNISTデータベースでμ、μenが報告された20~80KeVの全データをプロットした点にある。一見、何らかの吸収端のエッジを示すように見えるが、図7は表5の全体像を見易くしただけである。
すなわち、元々は別途光子放出域にいて拡散押戻しを担当していたSn等の元素は複合吸収材料内の所定の場所でのエネルギーの低下に伴い電子吸収域になることで役割が電子吸収に変わる。しかし、そのエネルギーではNbやMo等の元素が拡散押戻しを引き継いで担当するが、電子吸収域にいるSn、Cu、Fe,Ti等の元素が電子吸収を続ける。これが多層内で連続的に起こるのが複合吸収材料の特徴である。説明上は意図的に狙うエネルギーの中央値として50、30KeV等の単色の光子エネルギーで拡散押戻しと電子吸収を説明してきたが、複合吸収材料内ではエネルギーは連続的なのでこれらは全てが同時多発しており、場所(層)によって著しい特異吸収をするエネルギー帯(レンジ)が違っているだけである。ただ、著しく特異吸収すると、複合吸収材料の各層の元素は別途光子放出するよりも電子吸収する割合が高いものを使っているので、別途光子すなわち二次X線(特性X線、制動X線)放出よりも電子に運動エネルギーを与えることを優先するためX線が消滅することになる。また、最外層には特性X線の発生割合(蛍光収率)が低い元素を配置するため、特性X線が複合吸収材料の外部空間に漏れ出ることがない。さらに、エネルギーを受け取った電子は最大飛程が短いので複合吸収材料中で直ちに静止する。
(複合吸収材料により散乱X線を消滅させる具体的な構成)
実施例10では、機能の異なる多層から成る複合吸収材料により最大のエネルギーが88KeV未満の散乱X線を消滅させる具体的な構成を示す。
実施例6~9では、散乱X線を消滅させる低反射減弱層(初層)、多層吸収層の拡散吸収体と電子吸収体の組合せの考え方を示した。ここでは、表5の電子吸収域と別途光子放出域の情報を基に基本的な構成と材質を整理した上で、その設定の操作(多層吸収層の設計方法)を示す。複合吸収材料内では光子は連続エネルギーだが、ここでは理解のための表5のデータより単色のエネルギーでの拡散吸収体、電子吸収体の組合せの考え方として整理した。ここでは、まず、既報のNISTデータから任意の単色のエネルギー毎での拡散吸収体・電子吸収体の組合せの設定の操作を説明し、次に多層吸収層全体での拡散吸収体・電子吸収体の組合せの設定の操作を説明する。
まず、既存のNISTデータから任意の単色のエネルギー毎での拡散吸収体・電子吸収体の組合せの設定の操作(多層吸収層の設計方法)を説明する。拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが80KeVの場合は、表5の80KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物はSn、Ba、GdまたはWとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はPbのみである。この電子吸収体は非反射減弱層のPbが兼務して統合されるため、実際には配置されない。初層のPb層で減弱した後の実効エネルギーが80KeVの場合というのは、一次X線の最大エネルギーが例えば120KeV以上という極めて高いエネルギーの場合に限られる。
拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが50KeVの場合は、表5の50KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物は、Ag、Cd、SnまたはBaとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はFe、Ni、Cu、Zr、NbまたはMoとする。電子吸収体にはGd、WまたはPbを配置することも、近接する層に配置されたものがあれば他の役割で設置したこれらを兼務して統合することもできる。
拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが30KeVの場合は、表5の30KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物はNb、Mo、Ag、CdまたはSnとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はTi、V、Cr、Mn、Co、Fe、NiまたはCuとする。電子吸収体にはBa、Gd、WまたはPbを配置することも、近接する層に配置されたものがあれば他の役割で設置したこれらを兼務して統合することもできる。
拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが20KeVの場合は、表5の20KeVの電子吸収割合μen/μが70%未満で拡散吸収体とする元素の単体または化合物はNbまたはMoとする。同・70%以上でその対となる電子吸収体とする元素の単体または化合物はSi、Ti、V、Cr、Mn、Co、Fe、Ni、CuまたはZnとする。電子吸収体にはAg、Cd、Sn、Ba、Gd、WまたはPbを配置することも、近接する層に配置されたものがあれば他の役割で設置したこれらを兼務して統合することもできる。
次に多層吸収層全体での拡散吸収体・電子吸収体の組合せの設定の操作(多層吸収層の設計方法)を説明する。
散乱体(身体組織、テーブル、濾過フィルタ等)より88KeV未満の散乱X線の照射を受ける初層には、このエネルギー領域での散乱が小さいPbを用いる。
例えば2層目の1つ目の拡散吸収体には、40~60KeV(中央値:50KeV)を意図的に狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばSn等を用いる。Ba、Cd、Agでも構わない。
2層目に対なる3層目の電子吸収体には、50KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばMoまたはNb等を用いる。厚みが増えるがCu、Feでも構わない。
例えば4層目の2つ目の拡散吸収体には、20~40KeV(中央値:30KeV)を意図的に狙い、この領域で別途光子放出域にある元素である例えばNbまたはMo等を用いる。Ag、Cd、Snでも構わない。
4層目に対なる5層目の電子吸収体には、30KeVの領域で電子吸収域にある元素である例えばCuまたはFeを用いる。しかし、前述の通り、蛍光収率はCuが37%程度あり、僅かながら有意な特性X線を放出する可能性がある。Feは29%である。そのため、CuまたはFeを外部環境に露出する層(以下、「最外層」という)とすると外部空間に特性X線が放出されるため空間線量率を低減する上では良くない。最外層は蛍光収率が20%以下、原子番号で言えば22以下の元素による材料が良い。なお、後述の実施例12に示す軟X線吸収層として蛍光収率が4.4%のAl板を利用する場合は、CuまたはFeを用いて構わない。複合吸収材料内の散乱X線のエネルギー領域が30KeV程度にあるなら例えば蛍光収率が18%のTiを用いるのが良い。20KeV程度にあるなら例えば蛍光収率が5%程度のSi等を用いるのが良い。すなわち、条件によってはAl、Si、Tiでも構わない。TiのK吸収端は4.96KeVであるため、必然的に多層吸収層の拡散吸収体を構成する元素のK吸収端は5KeV以上となる。
上記の構成により、図6に示した88KeV未満の散乱X線を消滅させ、電子の運動エネルギーに変換することができる。
前項で示す通り、多層吸収層は漏出する散乱X線が期待より高い線量率であれば各層の厚みを増やすか、もしくは5層ではなく7層もしくは9層として拡散吸収体と電子吸収体の対を増やすのが好ましい。層数を増やす場合、意図的に狙うエネルギーの中央値は60KeV(拡散吸収体は図7のGd等)、40KeV(拡散吸収体は図7のBa等)などを追加することになる。なお、5層の場合なら多層吸収層は2対、7層の場合なら多層吸収層は3対、9層の場合なら多層吸収層は4対である。7層もしくは9層とする場合は、拡散吸収体には別の別途光子放出域にある元素を使用してさらに多くの元素から成る多層吸収層を構成させて約17~87KeVのPbの吸収端の間を埋めることがより好ましい。電子吸収体の方は、複数の拡散吸収体で共有しても、また、他のエネルギー帯の拡散吸収体を電子吸収体として統合して利用しても構わない。すなわち、電子吸収体は多層吸収層の中にある拡散吸収体から発生する別途光子(例えば特性X線)のエネルギーに該当して電子吸収するものがあれば良い。なお、約16KeVとは低反射減弱層(初層)に使うPbのL吸収端である。
一方、複合吸収材料を重さに対する配慮が不要な場所で使用する場合は、全ての電子吸収体にPb等を用いることも有効である。但し、Wは密度がかなり大きいため使用しない。
但し、本明細書では多層吸収層は2対とした全5層で構成される複合吸収材料を標準ケースとしての構成に基づく厚みを後述の実施例15により説明する。
なお、10KeV以下の散乱X線は表5の通り、電子吸収域にある元素が複合吸収材料に多くある。また、表5に記載した以外にも10KeV以下のX線エネルギー領域で電子吸収域にある元素は多数ある。そのため、10KeV以下の散乱X線は実施例6~9のような元素を例示しての評価は行わないが、ここで示した複合吸収材料による電子吸収により散乱X線を消滅させることが可能である。
(最外層から放出される光電子等の阻止と光電子等回収層の考え方)
実施例11では複合吸収材料中で発生し、最外層から外部空間へ放出される光電子等の阻止と回収の考え方を示す。散乱X線と複合吸収材料との相互作用により、光電効果による光電子の発生の他にコンプトン電子、オージェ電子等の種々の電子が発生する。これらを総称して「光電子等」と呼ぶ。また、複合吸収材料から放出された光電子等を回収する層を「光電子等回収層」と呼ぶ。
エネルギーが100KeVの電子線の空気中の飛程は11cmある。複合吸収材料から光電子等が外部空間に放出されると患者・被検者または医療従事者の皮膚や眼への被ばく影響を検討しなければならない。散乱X線が電子吸収されて発生する電子の運動エネルギーは、前述の実施例4に記載の通り、W(物質中の原子への結合エネルギー)分等が失われるため、入射光子(X線)のエネルギーよりも必ず低くなる。そのため、今回の場合は、対象とする散乱X線が88KeV未満であるため、複合吸収材料内で発生した光電子等の最大エネルギーが88KeVを超えることはない。
Al板は電子線であるベータ(β)線の遮へい材として知られている。Alの半価層は単色の電子線として計算すると、100KeVで約15mm、80KeVで約13mm、50KeVで約7mm、30KeVで約2.3mm、10KeVではさらに低下して約0.1mmとなる。このように単色の電子線として計算すると、かなり大きな数字(厚み)となる。しかし、複合吸収材料中の散乱X線は連続的なエネルギー分布であるため、光電子等も単色ではなく、β線と同様に連続エネルギー分布を持っている。連続エネルギーのβ線は物質中では指数関数的に減衰するため、この単色の電子線の半価層はあまり意味を持たない。
運動エネルギーを持った光電子は電子線であるβ線と基本的に同じであり、その質量が小さいために、原子や原子核と衝突する割合が少なく、電離作用を起こす割合も比較的に少ない。したがって、物質中を走行中に失われるエネルギーもさほど大きくない。また物質中の原子核は電子に比べてはるかに重いので、電子は通過する物質の原子核および電子との衝突のたびに、はじきとばされて(散乱されて)ジグザグ運動をしながら進行する。その結果、同じ厚さの物質中を通過した光電子であっても、β線と同様に実際には直線距離とは異なる距離を飛行していることになる。
こうした効果が複合する結果、ある線源からの光電子による電離作用はβ線と同様に距離と共に指数関数的に減少する。β線のAl中の最大飛程はRmaxρ(g/cm)=0.407×Eの(1.265-0.0954×InE)乗から求められる。Eはβ線の最大エネルギー(MeV)である。ρは密度であり、Rmaxρをρ(g/cm)で除すると最大飛程Rmax(cm)が得られる。なお、この関係式の適用範囲は10KeV~3MeVとされている。ここでは光電子の場合もβ線と同じと仮定して光電子の最大飛程を求めた。
表6には上記の考え方に基づき、各元素の金属材料内でのβ線の最大飛程、すなわち、物質中を通過する光電子の最大飛程Rmaxを算出した結果を示した。Alは電気伝導度が良く、光電子等回収層の材料として適しているため、ここではAlだけを紹介する。なお、Alは、一次X線や高いエネルギーの散乱X線の照射を受けない部位に設置する。
表6によれば、Al(密度ρ=2.6941g/cm)中の光電子の最大飛程Rmaxは最大エネルギーが100KeVの場合で約0.07mm、同・80KeVで約0.05mm、50KeVで約0.02mm、30KeVと10KeVでは0.01mm以下である。そのため、放出される光電子等を阻止するには、Al板の場合で必要厚さは最大でも0.07mmである。
複合吸収材料にAlより密度が大きな金属を利用すれば、光電子の最大飛程は更に短くなる。また、初層のPb等の密度が大きな金属も使った複合吸収材料の全層の厚さは、いかなる場合でも0.1mm以上ある。そのため、複合吸収材料中から放出される光電子等は固体内を長距離移動することはできない。すなわち、表層部の物理分析手法であるX線光電子分光法(XPS)の原理にも示される通り、複合吸収材料の外部環境に露出する表面(以下、「最外層表面」という)近傍から放出された光電子等のみが固体から出ることができる。
また、複合吸収材料の最外層表面近傍の散乱X線のエネルギーは、複合吸収材料内での数回の相互作用により低エネルギー領域か極低エネルギー領域のものが大多数であることが予想される。従って、光電子等の放出を阻止して回収するための、Al膜による光電子等回収層は最大でも0.07mmあれば良く、最外層表面での光電子の最大エネルギーが30KeV程度であればより好ましくは0.01mm程度でも良い。なお、光電子等回収層は前項の基本的な構成の選択オプションであり、実施例12の軟X線吸収層と同じ位置付けである。
Figure 2023100577000007
(最外層から放出される軟X線の阻止と軟X線吸収層の考え方)
実施例11は複合吸収材料の多層吸収層の最外層の材料で発生する数KeVの軟X線領域の特性X線が外部空間へ放出されるのを阻止する軟X線吸収層の考え方を示す。ここでは、軟X線領域は0.2~5.0KeVと考えているが、現状では個人線量計や電離箱式検出器やNaI検出器等の各種サーベイメータでは検出感度以下のエネルギー領域である。検出されていないため問題視はされていないが、太陽光中の紫外線と同様に重篤度は低いが皮膚や眼に対する一定の被ばく影響がある。
複合吸収材料の多層吸収層の最外層(例えば5層目)は、表4で示すところの原子番号が11~30程度でK吸収端が1~10KeVの元素を含む材料が、電子吸収体として配置される場合が多い。これらの材料は表5の通り、10KeV領域では、FeとCu以外は電子吸収割合μen/μが90%以上であり、線エネルギー吸収(電子吸収)能力が極めて高い。なお、μen/μは90%以下であるが、Feでも80%、Cuでも69%であり、これらも線減衰能力と線エネルギー吸収能力はかなり高い。
これらの元素は表4の通り、蛍光収率が3~40%程度あり、かなり小さいものもあれば、有意な特性X線(K-X線)を発生するものもある。この場所で特性X線を発生すると外側に何らかの層がなければ、特性X線が外部空間にそのまま放出されてしまい、空間線量率が一定レベルだけ高くなる。これは散乱X線を吸収して空間線量率を低くするとした複合吸収材料の目的に反する。これに対策して有意な特性X線(K-X線)を発生するものの外側に設置する最外層を「軟X線吸収層」と呼ぶ。軟X線吸収層は前項の実施例11の光電子等回収層と同様に基本的な構成の選択オプションである。
表4によれば、Al(Z:13、Kab:1.56KeV)のK-X線は1.49KeVであり、蛍光収率が4.4%であるため、Alが多層吸収層の最外層であってもこの特性X線による空間線量率への影響は生じないことが予想される。Mg(Z:12、Kab:1.20KeV)やSi(Z:14、Kab:1.84KeV)も同様である。
さらに、Ti(Z:22、Kab:4.96KeV)のK-X線は4.51~4.93KeVであり、蛍光収率も18%であるため、空間線量率の低減目標値次第で、影響は生じる場合と生じない場合があることが予想される。すなわち、Tiは当落線上にある。
一方、Cu(Kab:8.98KeV)とFe(Kab:7.11KeV)のK-X線は、それぞれ8.04~8.90KeVと6.40~7.06KeVであり、蛍光収率は37%と29%であるため、これらの場合は空間線量率には有意な影響が生じることが予想される。
そのため、多層吸収層の最外層(例えば5層目)にCuまたはFeが配置された場合の軟X線吸収層の材質と必要厚さについて検討した。材質は上述の通り、原子番号が14以下のMg、Al、Siが良い。これらは、Eupが約50KeVであるため、一次X線や高いエネルギーの散乱X線の照射を受けない部位に設置しなければならない。
厚みを検討するに当たり表7で半価層と1/10価層を算出した。表7は、表5の線減衰係数μより算出した半価層:X0.5と1/10価層:X0.1を一覧した。X0.5=0.693/μ(cm)、X0.1=2.303/μ(cm)で算出した。縦軸の光子の入射エネルギーは単色の場合で10,20,30,40,50、60、80、100KeVとした。
表7でAlの例では10KeVの半価層は0.098mm、1/10価層は0.326mmであるため、軟X線吸収層の必要厚さは1/10価層相当の0.3mmとした。
すなわち、換言すれば複合吸収材料とは、低反射減弱層(初層)、多層吸収層(拡散吸収体、電子吸収体)、軟X線吸収層等と外側に向けて順に原子番号が低くなるように材料を配置し、減弱に伴い大きなμとμPEの値を確保して最大限に効率的に線エネルギー吸収(同・電子吸収)し、最外層は蛍光収率も特性X線のエネルギーも低くなる吸収材を配置することにより、軟X線領域の散乱X線まで吸収して外部空間の空間線量率を低くするものである。
Figure 2023100577000008
(既往の報告例を用いた検証:その1)
実施例13では、一次X線からの低エネルギー成分を除去する付加(濾過)フィルタの性能を評価した非特許文献13による既往の報告例1を示して本発明の妥当性を検証する。すなわち、1~2種類の付加(濾過)フィルタを透過したX線のエネルギー波高分布を計測した結果より、金属膜を重ねた場合の効果等を考察する。
非特許文献13(越田吉郎、2001)は、IVRのX線受像機の画質の低い状態のコントラストを改善するために、種々の複合的な付加(濾過)フィルタおよび水ファントムを透過したX線のエネルギー波高分布の計測を実施している。ここではAl、Cu、Nb、Mo、Ag等の付加(濾過)フィルタを実験に適用し、各々の金属膜単体とAgとNbの金属膜を組み合わせた複合フィルタによる一次X線からの低エネルギー成分の除去(濾過)性能を評価した。X線源はWターゲットに管電圧は70~110kVで運転し、直径1mmの貫通穴を前方に透過したX線のエネルギー波高分布は、CORTEC社製プレナ型高純度半導体検出器により計測している。側方散乱線や後方散乱線は測定していない。
図8のa.に実験装置を示す。実験装置の長さは3mであり、X線源の絞りに厚さ8mmのPb板を使用し、検出器までに3枚の厚さ6mmのPb板をスリットとしている。絞りと2枚のスリットには直径2mmの貫通穴を開け、最後のスリットは前方以外の散乱線の妨害を防ぐため直径1mmの貫通穴を開けている。付加(濾過)フィルタや水ファントムは、直径2mmの貫通穴を開けたスリットの間に設置している。水ファントムには人体組織組成に近い市販のファントムであるMix-Dpも使われている。
非特許文献13では、種々の1種類の付加(濾過)フィルタの任意のX線エネルギーの値での透過率を比較した結果を述べている。使用したX線源の管電圧は110kVである。計測したX線エネルギー毎に整理した1種類の付加(濾過)フィルタ材料(Al、Cu、Nb、Mo)のX線の透過率を表8に示す。
表8は全データが示されていないと思われるが、非特許文献13よれば、厚さ2~4mmのAlでは40keV以下で大きな透過率の減少が観察され、低エネルギー成分を除去できたと述べている。他の元素では厚さ0.1~0.2mmのCuでは52keV以下、厚さ0.05~0.1mmのNbとMoでは72keV以下の低エネルギー成分を除去できたと述べている。また、NbやMoは低エネルギーでX線をよく減弱させ、高エネルギーでは透過率が高い。Alは同じ傾向にあるがNbやMoの方が顕著であり、銅はこれらの中間であったと述べている。さらにHubbellら(非特許文献10)の質量減衰係数μ/ρ(実施例8で前述)を使って求めても、減弱の程度を相対的に比較できることが分かったとしている。フィルタの厚さは透過する光子数には影響を与えたが、除去できる低エネルギー成分の高い側のエネルギー値には影響を与えなかったと述べている。
Figure 2023100577000009
非特許文献13の上述の結果を表8の範囲で考察する。なお、考察での評価指標として使用する数値である各元素の光電吸収上限エネルギー(Eup)、K吸収端(Kab)、蛍光収率(wK)を示すと、AlがEup:50KeV、Kab:1.56KeV、wK:4.4%、CuがEup:135KeV、Kab:8.98keV、wK:37%、NbがEup:207KeV、Kab:18.98keV、wK:64%、MoがEup:213KeV、Kab:20.00keV、wK:65%である。
この実験の一次X線エネルギーは110KeVと予想され、Cu・Nb・Moは全て光電領域にあった。すなわち、透過率を増加させるコンプトン散乱の前方散乱の寄与はあまり大きくないと考えられる。また、Al・Cu・Nb・Mo共にwKの割合に応じて特性X線(K-X線)を発生しているが、Kα・Kβ共に23KeV未満であるため、表8ではその現象が見られなかったものと考えられる。
Alは40keV以下で大きな透過率の減少があったとされるが、これはEup(50KeV)を境としてAlが散乱領域から光電領域に移行し、KabとwKが低いため特性X線を放出することなく光電吸収が進んだためと理解できる。
非特許文献13ではCuでは52keV以下、NbとMoでは72keV以下の低エネルギー成分を除去できたと述べているが、表8で透過率が0.5以下になるのはCuの場合で約30数KeV、NbとMoの場合で約40KeV弱と読み取れる。これをそれぞれのKabと比較すると、Cuの場合で約3倍、NbとMoの場合で約2倍のエネルギー値である。これは表5で線減衰係数μが1E+2(1/cm)のオーダーとなる欄、すなわちNb・Moでは40~20KeV、Cuの30~20KeVとほぼ一致している。なお、Cuの30KeVは四捨五入した。上述の考察により、表8の結果は上手く説明できる。これは実施例6で述べたK吸収端付近の高エネルギー側での光電吸収が著しい特異吸収が起こっていることを裏付けている。
また、表5と図7でCuとNb・Moとの電子吸収割合はμen/μの数値は、各エネルギーでかなり違った傾向を示しているのが判る。Cuは50~10KeVでは電子吸収域(μen/μ≧70%)にあり、80KeVでは別途光子放出域(μen/μ<70%)にある。一方のNb・Moは80~40KeVでは概ね電子吸収域にあり、30~20KeVでは別途光子放出域にある。CuのwKは37%なので、Cuは80KeVでは光電吸収したエネルギーの1割弱を特性X線として発生している。Nb・MoのwKは65%程度なので、Nb・Moは30~20KeVの領域で光電吸収したエネルギーの約2割を特性X線として発生している。しかし、上述の通り、これらのK-X線は計測のレンジ外である。仮に計測できたとしても、特性X線が発生する方位は前方とは限らず、あちこちの方位を向いているため、透過率を増加させるという影響は大きくなかったと予想される。
次に、非特許文献13で示された、AgとNbの付加(濾過)フィルタについて1種類の金属膜の場合と、2種類の金属膜を重ね合わせた場合で任意のX線エネルギーの値での透過率を比較した結果を説明する。試験装置は図8のa.を使用し、管電圧は70kVと90kVで比較した。図8のb.に厚さ0.1mmのAg(Kab:25.51KeV)と厚さ0.1mmのNbの付加(濾過)フィルタを透過したX線のエネルギー波高分布の分析解析結果を示す。フィルタなしの結果ではWのK-X線は管電圧70kVの場合は見られないが、同・90kVの場合は明確に観察されている。WのK-X線は58~59KeV、Kβ:67KeVである。同・90kVの場合でも、WのL-X線(8.4~11.3KeV)は図8では見当たらない。また、スリットとしたPb板のK-X線、L-X線は共に見当たらない。
図8のb.では、管電圧が70kVと90kVにおけるNbのみの結果をb-1とb-2に示す。同様にAgのみ1種類とAgとNbの2種類の金属膜を重ね合わせた場合の結果をb-3とb-4に示す。AgフィルタはNbフィルタのX線源側に設置した。b-2とb-4ではX線管球のWターゲットのK-X線が、b-3とb-4ではAgフィルタのK-X線(Kα:21.99~22.10、Kβ:24.93keV)が明確に確認できる。
また、図8のb-1とb-2のNbのみ1種類およびb-3とb-4のAgのみ1種類と比較して、b-3とb-4のAgとNbの2種類では、72keV以下の低エネルギー成分をより良く除去している。また、b-3とb-4のAgのみ1種類で確認されたAgのK-X線は、AgとNbの2種類では確認されない。後段(検出器側)に設置したNbフィルタがAgのK-X線のピークを完全に消失させてしている。しかし、AgとNbではWのK-X線はピークを僅かに低くするだけで、ピークを消失させるには至っていない。これは低エネルギー成分の濾過が目的の付加フィルタの実験であるため、その目的からは当然である。
非特許文献13の図8の実験結果を考察すると、除去を開始するエネルギー値には金属膜の元素の種類が影響し、金属膜の厚みは透過する光子数にのみ影響することが判る。Ag(Z=47)とNb(Z=41)の2種類による濾過効果は、各々の1種類の和か、もしくは、それ以上の濾過効果として機能しており、原子番号Zが比較的近い元素の2種類を組合せた場合でも打消し合うことはないことが判る。さらに前述の実施例6~実施例9で説明してきた特異吸収の現象、すなわちK吸収端付近の高いエネルギー側で著しい線エネルギー減衰領域があることは、これらの結果からもその妥当性が確認できる。
しかし、この実験はX線源に設置する付加(濾過)フィルタを評価するのが目的であり、フィルタ前の入射X線とフィルタ透過後の直径1mmの貫通穴のあるスリットにて側方・後方の散乱線を除いた透過X線のエネルギー波高分布を測定している。フィルタを透過した一次X線から低エネルギー成分が除去される効果を評価しているが、透過の際に側方・後方へ散乱するX線やその低減効果は測定されていない。また、フィルタで濾過したとする一次X線には前方散乱によるものが含まれている可能性がある。AlのEupは50KeVであり、70~90KeVのX線源だとコンプトン散乱が支配的な散乱領域にある。また、表5中に示す電子吸収割合(μen/μ)は、例えば50KeVのAgでは64%であり、30KeVのNbでは62%であるため、光電吸収したエネルギーの約4割で別途光子放出が起こっている。さらに図4の蛍光収率はAgでは64%であり、Nbでは74%であるため、別途光子放出の約6~7割が特性X線の発生である。
そのため、この1~2種類の付加(濾過)フィルタの実験結果は、コンプトン散乱の前方散乱分や特性X線の前方への発生分を透過率に含めた評価になっている。すなわち、μ(線減衰係数)を評価している。また、この実験は透過率の測定が主な目的であり、金属フィルタによる散乱X線の線エネルギー吸収(すなわちμen)は評価していない。
非特許文献13の実験結果により、本明細書の実施例で説明してきた2種類での濾過効果や特異吸収の内容の妥当性を確認できた。しかし、この1~2種類の付加(濾過)フィルタではコンプトン散乱や別途光子放出が発生しており、濾過とは言うものの自分で発生した散乱X線を透過に含めて評価しており、少なくとも本発明の金属膜による散乱X線の吸収は評価していない。これは電子吸収により散乱X線の消滅を狙う本発明の目的とは異なる。
さらに、付加(濾過)フィルタ性能の評価であるため当然であるが、Al、Cu,Nb,Agが1種類の場合でも、AgとNbの2種類を重ねた場合でも約60KeV領域のWのK-X線は除去できていない。また、2種類を重ねた場合でも電子吸収割合が7割に達しないため、散乱体から発生する散乱X線の吸収体としてはまだ力不足である。すなわち、管電圧70kV以上の一次X線で照射される散乱体から発生する散乱X線の中~高エネルギー成分を除去するには、この実験の構成では不足している。その目的には、より大きな原子番号の金属板を設置する必要があることを暗示している。
(既往の報告例を用いた検証:その2)
実施例14では、Pb板へ入射する放射線の後方散乱線を抑制できる金属フィルタ板の材質を評価した非特許文献14の既往の報告例2を示して本発明の妥当性を検証する。すなわち、数種類の金属フィルタ板により散乱X線の低エネルギー成分を除去した結果より、電子吸収割合の指標としての妥当性等を考察する。
非特許文献14(諸住高ら、1978)は、床面に静置した厚さ3mmのPb板にCo-57線源からの122keVのガンマ(γ)線および管電圧が60kVと80kVのX線源からのX線を入射し、Pb板上に金属等のフィルタ板を上乗せして後方散乱線の線量率とエネルギー波高分布を計測し、後方散乱線を抑制するフィルタ板材を評価している。ここではPb板上に静置した金属フィルタはAl、Ti、Cu、Cd等である。これを標的として照射し、後方散乱線を電離箱とエネルギー波高分布の分析が可能なNaI(TI)シンチレーションカウンタ(以下、「NaI検出器」という)で計測した。これにより標準鉛板(SLP)への上乗せ設置式の金属フィルタによる後方散乱の抑制効果を評価した。
非特許文献14の実験で使用した放射線源はメスバウアー分析装置用のγ線源と、Wをターゲット材としたX線管球によるX線源である。γ線とX線は共に電磁波であり、γ線は波長が短いため得られる光子エネルギーは全般に高いが、物質との相互作用という意味で検討すべき現象は同じであり、光子エネルギーに応じてその程度が定量的に異なる。使用したγ線は122keVであるため、120KeVの単色の一次X線と挙動はほぼ同じである。ただ、このオーダーのγ線をPbに照射すると強いK-X線が発生する。
図9の(a)に実験装置を示す。実験装置はJIS Z4508を準用した散乱比測定箱を使用している。測定箱は鉛板で作られており、その最頂部に線源を取付け、放射線はまず鉛板で遮へいされた中空円筒内を進む。円筒直下の底部の円形窓の下に密着した試料板の表面に垂直方向に照射する。照射面に対し15°、30°、45°、60°の角度(以下、「逆方位」という)の方向にあけた窓のところに放射線測定用のプローブを置いて,散乱線の照射線量率とエネルギー波高分布を測定している。
図9の(b)に標準鉛板(SLP)に金属フィルタを上乗せした場合の122keVのγ線による後方散乱線の抑制効果を示したエネルギー波高分布図を示す。縦軸は計数率であり、横軸はエネルギーであるが、元図は波高分析器(使用チャンネル数256)のチャンネル番号となっている。エネルギー(KeV)とチャンネル番号は、ほぼ比例関係にあるので、発明者が換算して概ねのエネルギー軸を図中に付記した。図9(b)のaが3mm厚さの標準鉛板(SLP)のみで計測したブランク条件での逆方位45°(正方位では135°の後方散乱となる)のエネルギー波高分布図であり、76keVに極大部があったとしている。76keVが極大となったのは、Pbから発生した特性X線のKα(72.80~74.97KeV)、Kβ(84.94KeV)の両方の影響であると述べている。また、エネルギー波高分布図には86.6KeVの位置にコンプトン散乱の小さなピークが76keVに極大部を持つ大きなピークの中腹に寄り添って観測されたと述べている。なお、表3の通り、122keVの入射γ線のコンプトン散乱による散乱角とエネルギーの関係は逆方位45°(同・135°)では86.6KeVに、逆方位60°(同・150°)では84.4KeVになる。
図9(b)のbはTi板(厚さ0.5mm)、cはAl板(同1mm)、dはCu板(同1mm)、eはCd板(同0.7mm)を上乗した際の逆方位45°のエネルギー波高分布図である。bとcはブランク条件と大きな差異はない。標準鉛板(SLP)の逆方位45°のエネルギー波高分布図のピーク面積を1とした場合の散乱比(以下、「特定後方散乱比」という)は、dが0.5、eが0.2であったと述べている。
図9の(C)は、a.に標準鉛板(SLP)、b.SLPにCu板(厚さ0.5mm)を上乗せした場合の、逆方位15°、30°、45°、60°のエネルギー波高分布図を示す。a.とb.両方共にこのピークは逆方位60°(同・150°)が最も大きい。しかし、逆方位60°にある筈の84.4KeVのコンプトン散乱によるピークは、特性X線による大きなピークに阻まれて見当たらない。
非特許文献14ではdのCu板と、eのCd板がSLPの上乗せフィルタとして最も良いと述べている。
非特許文献14はかなり過去の著作物であるが、様々に有益な情報が含まれており、考察して活用することが望ましい。但し、NaI検出器はエネルギー分解能が悪く、特に散乱X線が主体的となる50KeV以下の領域では感度が悪くなって微小なピークを十分に検出できない可能性があり、20KeV以下では感度がほとんど無い点には注意が必要である。
図3からPbのEupは486KeVであり、照射したγ線が122KeVなので光電領域にあり、コンプトン散乱よりも光電効果の確率が高い。表5からPbの電子吸収割合(μen/μ)は、100KeVで36%、150KeVで52%であり、122KeVでは電子吸収よりも別途光子放出の割合の方が大きいことが予想できる。図4からPbの蛍光収率は98%であり、放出される別の光子はほぼ全てが特性X線である。つまり、122KeVのγ線の照射を受けたPbは特性X線によるX線発振器のような状況になっており、巨大な特性X線ピークが観察されたことも理解できる。
図9の(a)の実験装置は後方散乱のみを検出する構造になっており、前方散乱や側方散乱分は検出できていない。後方散乱分であれば表3中に示すコンプトン散乱の入射エネルギー125KeVでの正方位120°~150°の散乱角では69~73%に弱まった出射エネルギーEx‘を計測することになる。図9の(b)の122KeVのγ線のエネルギー波高分布図には72~85KeVに発生するPbのK-X線が強いため、ピークは特性X線のものが大きく、コンプトン散乱のものは小さい。コンプトン散乱による後方散乱線は86.6KeVの位置以外にもある筈だが、大きな特性X線ピークが存在するためコンプトン散乱のピークは隠れてしまって見えない。そのため、事実上、この試験は後方散乱線の測定ではなく、PbのK-X線による金属フィルタ板による濾過性能の試験になっている。
そのように考えれば、色々な現象が見えて来る。表5中に示す電子吸収割合(μen/μ)は、Cuでは80KeVで73%、50KeVで84%であるため、50~80KeVではCuは良好に電子吸収できる。但し、100KeVで64%と低下する。また、表4中に示すCuの蛍光収率は37%程度であり、放出される別の光子はオージェ電子が約6割と支配的である。特性X線の発生割合は4割以下と少ないが、これがCuの特定後方散乱比が僅かに悪かった理由となっている。一方、前述の実施例13で示した通り、CuはPbのK-X線(約72~84KeV)のエネルギー条件でも光電領域にあり、一定の電子吸収の性能を発揮できたものと考えられる。そのため、図9の(c)のbの通り、逆方位5°、30°、45°ではPbのコンプトン散乱線ピークがそれぞれの場所で確認できる。しかし、実施例13の場合と同様にCuフィルタはWのK-X線のピークを僅かに低くするだけで、ピークを消失させるには至っていない。そのため、散乱X線の電子吸収による吸収体としてはまだ力不足である。
一方、Cdでは100KeVで72%であり、80KeVで71%であるため、80~100KeVではある程度良好に電子吸収できている。但し、50KeVでは63%と低下する。また、Cdの蛍光収率は75%である。そのため、電子吸収割合(μen/μ)が更に下がって別途光子放出域となれば約7割強の多くの特性X線を発生することになる。
次に、X線源を用いた場合の結果を示す。表9に管電圧60kVと80kVのX線源からのX線による後方散乱線の線量率とその特定後方散乱比を示す。詳細は不明であるが、非特許文献14ではこのX線源からの一次X線の光子エネルギーは、30keVと40keVだったと述べている。それが平均なのか、実効なのか、最大なのかは分らない。また、非特許文献14ではX線源の方はエネルギー波高分布図の報告がなかった。
このX線エネルギー領域では上述のγ線エネルギー領域とは異なり、標準鉛板(SLP)のみのブランク条件よりも、Cd板(厚さ0.5mm)を上乗した場合が、後方散乱線量率と特定後方散乱比が増加している。Cd板(Kab:26.71KeV)については、K-X線の発生がその理由であると述べている。逆に、鉄板(厚さ0.7mm)やチタン板(同0.5mm)といった原子番号25前後の金属フィルタをSLPに上乗した場合が、最も特定後方散乱比が少なくなっている。管電圧80kVの場合は60kVに比べて、Cd・Cu・Alの後方散乱線量率は約1.7倍に増加したと述べている。
非特許文献14の情報は有益だが、X線源は装置等の環境整備が十分でなかったらしく、X線出力が30~40KeVと低い状況であった。また、NaI検出器は、20KeV以下のエネルギー領域ではエネルギー波高分布の分析ができないため、Al、Ti、Fe、CuのK-X線が発生していても検出はできない。このデータから低エネルギー領域の確定的な解釈はできないが、考察して活用することが望ましい。
30~40KeVの一次X線を照射したPbから発生するコンプトン散乱で後方散乱した散乱X線は、表3の正位135°であれば25~35KeVと予想される。表5の30KeVでは線減衰係数μ(1/cm)は、Alが3、Tiが23、Feが64、Cuが98であり、一定の良い線減衰効果が期待できる。電離箱で計測したと思われる表9の特定後方散乱比はAlが0.3~0.5、TiとFeが0.11~0.15、Cuが0.4であり、Cuを除けばμと傾向が一致する。Cuがやや大きいのは、次項に示す通り、その特性X線が発生したものと予想される。そのため、Pb表面そのままよりも、Ti・Fe等の原子番号が小さい金属膜を上乗せすることにより、後方散乱線は低くなっている。Alがやや同散乱比が高いことは表5のAlのμの傾向で説明できる。
表9の実験結果で特筆的なのは、CdとCuの挙動である。非特許文献14はCdが特性X線を放出して後方の空間線量率が上昇したと述べているが、Cuにも発生していることが予想される。これらの挙動は実施例8で述べた電子吸収割合(μen/μ)により明確に説明できる。Cdは30KeVでの電子吸収割合(μen/μ)は、表5の通り42%であり、電子吸収域になく、明らかに別途光子放出域にある。また、図4によりCdの蛍光収率は75%程度と予想されるため、発生する別の光子は特性X線が支配的になる。Cuの電子吸収割合(μen/μ)は84%であり、蛍光収率は37%なので、入射X線の6%程度の割合で8.0~8.9KeVの特性X線が発生する。Cuの特定後方散乱比がTiとFeに比べてやや大きいのは、この特性X線の発生によるものと予想される。ここで示した図4と表5に基づく解釈は表9の既往の実験結果と完全に一致しており、実施例8で述べた電子吸収割合の指標が裏付けられた。
Cdや前述のAgのように、特性X線を多くの割合で発生する可能性がある元素を、すなわち、蛍光収率が大きな元素を複合吸収材料の最外層表面に配置するのは良くない。後段にNb以下の原子番号の小さい元素を配置して、特性X線分を吸収するべきである。本発明の複合吸収材料の考え方を応用すれば、発生する特性X線のエネルギーが20KeV以上のCdやAgの上にはNb・Mo等を、10KeV未満のCuの上にはAl・Ti等の金属膜を上乗せすれば、X線源による実験での後方散乱線を低減できたものと予想される。また、Tiでは4.5~4.9KeV、Feでは6~7KeVの特性X線が数%の割合で発生するため、より低い空間線量率とするにはさらにAlの金属板を上乗せするのが良い。
すなわち、複合吸収材料の中にCdのような拡散吸収体の層が存在しても、その層の両側の層に電子吸収体があれば、ほぼ全ての散乱X線を電子吸収により吸収することで消滅させることができる。
非特許文献14の実験結果により、本明細書の実施例で説明してきた中~高エネルギー領域の散乱X線の電子吸収能力、指標としての電子吸収割合等の多くの内容の妥当性を確認できた。特にPb、Cu、Cdの事例により、電子吸収割合(μen/μ)を指標として電子吸収域と別途光子放出域との判定を行うことが有効であり、現実の挙動から70%をその仕切り値とするのが合理的であることが判った。
また、Cdでの事例のように、各元素には電子吸収域にあったものが別途光子放出域に突然変貌するエネルギー値がある。それはK吸収端付近のやや高いエネルギー領域にある。複合吸収材料内は連続エネルギー分布にあると予想されるが、対象とするエネルギー範囲の幅の中で、複合吸収材料の多層の中で次第に光子エネルギーと光子数を低下させながら、光子エネルギーの低下に伴い同じ元素でも役割区分を変えながら使わなければならない。この役割区分の変更に対応するには、周囲の層にある他の元素による電子吸収と拡散押戻しの補完関係を良く確認する必要がある。
一方で、PbのK-X線が発生してしまうと、Cu等で一定の線エネルギー吸収はできるが、軽元素の薄い金属板では十分に線減衰させる手段はないことが判る。PbのK-X線を十分に遮るには鉛セルや重コンクリート遮へい体等の大掛かりな設備となってしまう。医療分野等の簡単な設備でのX線利用では、Pbが強い特性X線を発生しない散乱X線が88KeV未満で使用するべきである。
さらに、30~40KeVの散乱X線であれば、Al、Ti、Fe、Cuの比較的軽元素による金属膜を上乗せすることによりPb表面より後方散乱線が低くなることが判った。しかし、前述の通り、管電圧70kV以上で発生する散乱X線の電子吸収による吸収体としてはまだ力不足である。
しかしながら、実施例13での述べたのと同様に、この既往の実験の金属フィルタ材ではコンプトン散乱や特性X線が発生している。自身で発生した散乱X線を含めた後方散乱部の線量率を評価しており、少なくとも本発明の金属膜による散乱X線の吸収は評価していない。これは電子吸収により散乱X線の消滅を狙う本発明の目的とは異なっている。
Figure 2023100577000010
(複合吸収材料の標準的な構成に基づく厚みの考え方)
実施例15では、複合吸収材料の標準的な構成に基づく厚みの考え方を説明する。
本発明の複合吸収材料は、一次X線に照射された散乱体(人体組織、X線可動絞りの付加フィルタ、テーブル等)から発生する散乱X線の吸収を対象としている。結果的に散乱X線の透過量は低下するが、遮へい体のように散乱X線の透過量を積極的に低下することを目的とするものではない。
散乱体を取り囲んで設置する複合吸収材料は、固有の機能を持つ多層の金属膜等で構成されている。複合吸収材料は低反射減弱層(初層)、多層吸収層(1対となる拡散吸収体と電子吸収体が1~3対)等で構成される。最外層にAlの0.07mm以下の光電子等回収層または0.3mm以下の軟X線吸収層を追加する場合がある。
散乱X線が透過する際に全ての層で線エネルギー吸収により電子吸収し、主に電子の運動エネルギーに変える。また、散乱X線が透過する際には意図しない散乱線や特性X線の発生を可能な限り低減する。
すなわち、多層の金属膜等で構成される複合吸収材料中での著しい線エネルギー吸収による電子吸収により電磁波である散乱X線を消滅させようとしている。
医療用のX線透視装置を例としても、一次X線のエネルギー分布・光子数は異なり、同じ装置の中でも散乱体(人体組織、テーブル、X線可動絞りの濾過フィルタ等)により散乱X線のエネルギー分布・光子数は異なっている。アンダーチューブ型のアンギオ装置の人体組織(水ファントム等で代用)で散乱した後方・側方の散乱X線のエネルギー分布は図2に示した通りである。図2では100~110KeVの一次X線に対して、散乱X線の中央値は後方散乱線((2)位置)が約40KeV、側方散乱線((3)位置)が約65KeVとなった。
また、図1の診療室内等の空間線量率分布によれば、テーブル下部(床上高さ50cm)がテーブル側部(同・100cm)、テーブル上部(同・150cm)よりも全体的に線量率が高い。そのため、X線可動絞りの付加フィルタ(2.5mmAl+0.1mmCu)からの散乱X線も多いことが予想される。しかし、X線可動絞りの付加(濾過)フィルタからの散乱X線のエネルギー分布は見当たらない上、使用する付加フィルタは施設・設備毎に個々使用する金属板の材質や厚さが異なることが予想される。図2の後方散乱線((4)位置)、側方散乱線((5)位置)に一般性のある数値を見出すことが出来ないため、ここでは付加(濾過)フィルタからの散乱X線のエネルギー分布が人体組織(同)のそれと同じで、光子数が相対的に多いものと仮定して検討を進めた。
X線のような電磁波は光電子やβ線のような荷電粒子と違い、阻止能より最大飛程を決めることができない。X線やγ線は計測されたNISTデータベース等の線減衰係数μより半価層と1/10価層を求めて、光子の透過量が2分の1または10分の1になる元素単体の金属膜の厚みを評価するしかない。本発明も半価層と1/10価層より複合吸収材料の厚みと構成の考え方を整理する。しかし、一次X線の大部分は図2のX線源((1)位置)の波高エネルギー分布の通り連続エネルギーであるため、物質透過中に低エネルギー成分から徐々に吸収され,物質透過後にはX線質が硬くなると線質硬化(ビームハードニング)が起こる。線質硬化により、第1半価層よりも第2半価層が大きくなることには注意が必要である。そのため、複合吸収材料の多層の各層の厚みは、余裕を持たせて設定するものとする。
本発明の目的は複合吸収材料により散乱体からの散乱X線を吸収し、診療室内等の空間線量率を低減することで防護具の着用を不要にすることであるが、空間線量率をどこまで低下させるかは、施設・設備毎の放射線管理上の要求により異なる。また、医療用のX線透視装置を例としても、一次X線のエネルギー分布・光子数は患者・被検者の体厚によって異なり、同じ装置の中でも散乱体の仕様により散乱X線のエネルギー分布・光子数は異なる。空間線量率の低減目標もケース・バイ・ケースである。すなわち、現場の要求条件は、その正当性に基づき毎回異なる。そのため、これらの現場の要求条件の変化に相応して低反射減弱層(初層)のPbの厚さの増加で対応する考え方とする。
低反射減弱層のPbは、遮へい体ではないが、透過する全エネルギーで積分した光子数が10分の1程度になるように減弱させる役割を期待している。最初に設定する高エネルギー領域の側方等の散乱X線を前提として1/10価層程度とした厚さを設定する。多層吸収層が減弱と吸収の対象とする散乱X線の割合を増やす意味から、低反射減弱層のPb層の厚みは管電圧(一次X線のエネルギー)見合いで十分に大きい方が良い。多層吸収層のJIS Z4501の鉛当量を求めた後に、現場の要求条件との比較からPbの厚みが不足する場合は追加するとの考え方とする。
一方、Al膜による光電子等回収層(最外層)の必要厚さは前述の通り最大で0.07mmであり、これは変動がない。これらに基づき、ここでは低反射減弱層(初層)と拡散吸収体・電子吸収体から成る多層吸収層の構成と、厚みの考え方を述べる。検討には表7を引用する。表7による計算では厚み(mm)は小数点以下3桁まで表示しているが、工業的にはAlホイル以外の薄板材やシートや膜材は0.05mm、0.1mm、0.2mm、0.3mm等の単位で生産される。途中の中途半端な数値を設定しても実現できないため、この引例の段階で表7に相当しつつも、普及している厚みの数値に置き換えている。
まず、Pbによる低反射減弱層(初層)の厚みの考え方を示す。前述の通り、低反射減弱層(初層)には、透過する全エネルギーで積分した光子数が10分の1程度になるように減弱させる役割を期待している。ここでは仮に低反射減弱層(初層)が図2のb.の側方散乱線((3)位置)の散乱X線の照射を受けたものとして検討する。散乱X線の側方散乱線(図2の(3)位置)で中央値が約65KeV、最大値が約88KeVの連続エネルギーである。60~67KeV付近にある筈のWターゲットによる特性X線ピークは顕著に見当たらない。
まず、最大値の約90KeV付近の1/10価層の厚みを考えてみると、表7では80KeVで0.843mm、100KeVで0.367mmとなってしまう(注:Kabが88KeVなのでここでは数値が逆転する)。複合吸収材料の低反射減弱層(初層)のPbは透過X線の遮へいを目的としたものではない。また、連続エネルギーの最大値であることを考慮すると、これではあまりにオーバースペックである。オーバースペックは重量増に直結するため、避けるべきである。なお、80KeVの半価層は0.254mmである。
一方、中央値の約65KeV付近の1/10価層の厚みを考えてみると、表7では60KeVで0.406mmとなる。65KeVの1/10価層も0.4mm程度と予想される。
後述の多層吸収層等の鉛当量の加算もあるので、低反射減弱層(初層)の厚みは0.3mmより検討に着手し、上述の考え方により加算分を測定後に不足分を補うものとする。
次に標準的な一例とした2対の多層吸収層の場合でその構成と厚みの考え方を示す。0.3mmのPbの低反射減弱層(初層)を透過したX線は全体の光子数が半分強まで減少し、特に低エネルギー成分の光子数が小さな数字となる。エネルギー波高分布図の山の高さは大幅に低くなる。その中央値は入射線の半分の値になることはなく、多くの場合は変わらないが、ここでは50KeV以上になると予想した。また、最大値は約88KeVのままである。
多層吸収層の対は、K吸収端以外に設定した任意の単色エネルギーでの線エネルギー吸収係数μen/線減衰係数μの比を見て、拡散吸収体と電子吸収体の対となる元素(材質)とその厚さを設定する。この設定の操作(多層吸収層の設計方法)は、μenとμの連続エネルギーのデータが未知であるため、1対では1つの、2対以上では複数の段階的な任意の単色エネルギー(例えば、50KeVと30KeV)で行う。
実施例10では2層目の1つ目の拡散吸収体は、40~60KeV(中央値:50KeV)を意図的に狙って別途光子放出域にあるSnを引例した。表5ではSnの50KeVの電子吸収割合μen/μは59%、表7ではSnの半価層は0.089mm、1/10価層は0.295mmである。そのため、厚さは例えば1/10価層相当の0.3mmを設定する。
3層目の2層目の対になる電子吸収体は、50KeVの領域で電子吸収域にあるMoとした。表5ではMoの50KeVの電子吸収割合μen/μは72%、表7ではMoの50KeVの半価層は0.097mm、1/10価層は0.321mmであり、表9の50KeVの最大電子飛程は0.0062mmである。そのため、厚さは例えば1/10価層相当の0.3mmを設定する。なお、Nbも全て同程度の数値である。
実施例10では4層目の2つ目の拡散吸収体は、20~40KeV(中央値:30KeV)を意図的に狙って別途光子放出域にあるNbを引例した。表5ではNbの30KeVの電子吸収割合μen/μは62%、表7ではNbの30KeVの半価層は0.03mm、1/10価層は0.101mmであるため、厚さは例えば1/10価層相当の0.1mmを設定する。
5層目の4層目の対になる電子吸収体は、30KeVの領域で電子吸収域にあるCuとした。表5ではCuの30KeVの電子吸収割合μen/μは86%、表7ではCuの30KeVの半価層は0.071mm、1/10価層は0.236mmである。そのため、厚さは例えば1/10価層相当の0.2mmを設定する。
上述の2対の多層吸収層の厚みを合計すると、約0.9mmである。但し、これは多層吸収層のイメージを表現したものであり、多層吸収層の構成要件とするものではない。
多層吸収層の外側に選択オプションとして設置される実施例12の軟X線吸収層と実施例11の電子吸収層がある。
実施例12では多層吸収層の最外層から放出される軟X線を阻止する軟X線吸収層のAl板の必要厚さは、10KeVでの1/10価層相当の0.3mmを設定すると述べた。なお、多層吸収層の最外層がTiより原子番号が小さい元素による材料であれば、軟X線吸収層は不要である。
実施例11では多層吸収層の最外層から放出される光電子等を阻止する電子吸収層とするAl膜の必要厚さは、最大で0.07mmと述べた。なお、多層吸収層の最外層がTiより原子番号が小さい元素による材料である場合に電子吸収層を設置する。
上述の低反射減弱層(初層)のPbの厚さを0.3mmとすると、2対の多層吸収層の厚み0.9mmと軟X線吸収層の0.3mmを合計すると1.5mmとなる。また、その単位面積当たりの重量(以下、「単位重量」という)は12.1Kg/mとなる。複合吸収材料と効果が同一の材料は考えられないため比較対象として良くないが同じ厚さの鉛板の単位重量は16.95Kg/mとなるため、これに比べると71%とかなり軽量になる。
一方、複合吸収材料は原理上、更なる軽量化ができる。まず、多層吸収層の内部の隣り合う相似する傾向にある金属板の統合に関して述べる。図7の電子吸収割合のエネルギー依存性の図にあるように、NbとMoは同様の傾向にある。同様にFeとCuも同様の傾向にある。K吸収端の数値において、Nb(Kab:18.98)とMo(Kab:20.00)の比は0.95である。Fe(Kab:7.11)とCu(Kab:8.98)の比は0.79である。すなわち、両者の小数点以下2桁目を四捨五入した比は0.8以上である。また、各々の20/30/40/50/60KeVでの電子吸収割合(μen/μ)の数値の比も0.8以上である。これらが前段の対の電子吸収体と後段の対の拡散吸収体として隣り合う場合、あえて層を分ける意味はなく、両者の合計の厚み分を片側の金属板の厚みに増して元素を統合しても構わない。これは実施例9の図7の説明で述べた通り、電子吸収体と拡散吸収体の役割がエネルギーに応じて連続的に変更され、ある単色のエネルギーを境に逆転する場合もあるためである。
上述の3層目の電子吸収体のMoは、4層目の拡散吸収体のNbと統合することができる。そのため、統合後の3層目と4層目を兼ねたNbの50KeVでの半価層は0.12mm、1/10価層は0.41mmであるため、厚さは1/10価層相当の0.4mmを設定することができる。この統合により単位重量は11.6Kg/mとなる。
次に、多層吸収層の最終層と複合吸収材料の最外層である電子吸収層の統合について述べる。内部の隣り合う相似する傾向にある金属板の統合に関して述べる。複合吸収材料内の散乱X線のエネルギー領域が30KeV程度にあるなら多層吸収層の4層目のCuの代わりに蛍光収率が18%のTiを用いることができる。この場合はCuの特性X線への対応が不要となり光電子等回収層のAlは0.07mmに出来るため、その単位重量は10.6Kg/mとなる。
さらに、同・エネルギー領域が10KeV程度にあるなら多層吸収層の4層目は光電子等回収層のAlと兼ねることができる。この場合は多層吸収層の4層目のCuの代わり厚さ0.3mmのAlが複合吸収材料の最終層の電子吸収体となり、0.3mmのAl板であった光電子等回収層が不要となる。この場合の複合吸収材料の厚みは約1.0mmとなり、その単位重量は9.81Kg/mとなる。
本発明では汎用的で自明にこの複合吸収材料の適切な材質の組み合わせや対の数(1対か2対か)および厚みや単位重量を決めることができると述べているのではない。診療室等の目標とする空間線量率や、対象のX線透視装置の出力や構造、毎回のX線源の管電圧・管電流の変動、対象とする散乱体(X線可動絞り、テーブル、人体組織等)の種類に応じて個別に複合吸収材料の構成を適正に決め、各層の厚みを決める必要がある。散乱体の周囲にPb板だけを遮へい体として設置するよりも、多層吸収層を付加した方が診療室等は低い空間線量率にすることができる。但し、後述の実施例21の実験結果の通り、前記で例示した1/10価層に基づいて設定した各層で0.3mmという厚みはかなり大きく、後述の実施例21の通り、実際には多層吸収層の各層は半価層もしくはもっと薄い厚みでも機能を発揮できると思われる。前記で例示した複合吸収材料の全厚み1.5mmは上限になると考えられる。この例示ケースでの低反射減衰層である初層のPb層と軟X線吸収層のAl層の厚みは各々0.3mmであるため、複合吸収材料の多層吸収層の全厚みは0.9mmが上限になると考えられる。
(複合吸収材料の基本構成図)
実施例16では、複合吸収材料20の基本構成を図解して説明する。図10は基本ケース、図11は最外層に光電子等回収層70付加ケース、図12は最外層に軟X線吸収層90付加ケースの構成を示す。図10の基本ケースの構成には、光電子等回収層や軟X線吸収層がない。これらの図中には一点鎖線で対となる拡散吸収体50と電子吸収体60を結んで示し、各図における対の番号を(1)~(3)で示した。図中には例となる元素記号等をカッコ内に示したが、これは例示であり、本発明を限定するものではない。
具体的な材質とその組合せおよび配置の順序をここで説明する。多層吸収層40はまず表5の行に示す単色のエネルギー毎で机上検討して対になる拡散吸収体50と電子吸収体60とを摘出する。それを最外層に向けて原子番号が低くなる順序で並べる。その上でエネルギー吸収特性の近い元素の組合せ(例えばFeとCu、NbとMo等)の元素を統合する。統合の場合は両者の厚みを加算する。
多層吸収層は摘出した1~3対の拡散吸収体と電子吸収体の対を、原則的には外部環境に露出した側の面に向けて順に原子番号の小さい材料を隙間なく重ね合わせて配置する。複合吸収材料は薄い層であり、材料中を移動する光子の速度は速いため、対となる拡散吸収体と電子吸収体とが1~2層離れていても支障はない。また、複合吸収材料の最外層は蛍光収率が20%以下の元素による材料であることが好ましい。多層吸収層の最外層が原子番号23以上の元素の場合は、最外層にはAlの光電子等回収層または軟X線吸収層を付加する。
図10は多層吸収層の最外層を蛍光収率が低く、発生する特性X線のエネルギーが低いAl、Si、Mg等とした場合のPbの低反射減弱層(初層)30と多層吸収層40(1~3対)のみからなる基本ケースの構成を示した。a.は構成の説明図、b.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が2対で全5層となる複合吸収材料21、c.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が3対で全7層となる複合吸収材料22、d.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が1対で全3層となる複合吸収材料23を示す。
ここでの材質の組合せの例は、全5層の場合でPb-Sn-Nb-Cu-Al、全7層の場合でPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Fe-Al、全3層の場合でPb-Nb-Siである。特性の近い元素の組合せであるFeとCuを統合し、この全7層の場合はPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Alと全6層としても良い。複合吸収材料の組合せパターンの考え方はここに記載の通りであるが、具体的な材質とその組合せや各々の厚さは、X線源の一次X線および散乱X線の性状や空間線量率の低減目標から実施例15に一例を示す手法で決める。
図11は多層吸収層の最外層をTiまたはバナジウム(V)等の蛍光収率が低いが特性X線のエネルギーが軟X線領域ではやや低い元素を含む材料を配置するもので、厚さ0.07mmとしたAl箔の光電子等回収層70がある構成を示す。a.は構成の説明図、b.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が2対で全6層となる光電子等回収層付加ケースの複合吸収材料24、c.は多層吸収層30が拡散吸収体40と電子吸収体50が3対で全8層となる光電子等回収層付加ケースの複合吸収材料25、d.は多層吸収層30が拡散吸収体40と電子吸収体50が1対で全4層となる光電子等回収層付加ケースの複合吸収材料26を示す。
ここでの材質の組合せの例は、全6層の場合でPb-Sn-Nb-Cu-V-Al箔、全8層の場合でPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Fe-Ti-Si箔、全4層の場合でPb-Mo-Ti-Al箔である。特性の近い元素の組合せであるFeとCuを統合し、この全8層の場合はPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Ti-Si箔と全7層としても良い。前記と同様に材質とその組合せや各々の厚さは、X線源・散乱X線の性状や空間線量率の低減目標から実施例15に一例を示す手法で決める。
図12は多層吸収層40の最外層にCuまたはFe等の蛍光収率と発生する特性X線のエネルギーが軟X線領域ではやや高い元素を含む材料を配置するもので、厚さ0.3mmとしたAl板の軟X線吸収層75がある構成を示す。a.は構成の説明図、b.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が2対で全6層となる軟X線吸収層付加ケースの複合吸収材料27、c.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が3対で全8層となる軟X線吸収層付加ケースの複合吸収材料28、d.は多層吸収層40が拡散吸収体50と電子吸収体60が1対で全4層となる軟X線吸収層付加ケースの複合吸収材料29を示す。
ここでの材質の組合せの例は、全6層の場合でPb-Sn-Nb-Cu-Fe-Al、全8層の場合でPb-Ba-Mo-Sn-Nb-Cu-Fe-Al、全4層の場合でPb-Sn-Cu-Alある。特性の近い元素の組合せであるFeとCuおよびMoとSnを統合し、この全8層の場合はPb-Ba-Sn-Nb-Cu-Alと全6層としても良い。前記と同様に材質とその組合せや各々の厚さは、X線源・散乱X線の性状や空間線量率の低減目標から実施例15に一例を示す手法で決める。
複合吸収材料は多種多様な組合せパターンがあり、具体的な材質とその組合せや各々の厚さは、X線源の一次X線および散乱X線の性状や空間線量率の低減目標から実施例15に一例を示す手法で決めることになる。次項(実施例17)以降でその構造の実施例を述べることになるが、その前にここでは複合吸収材料の素材としての機械的特性、すなわち可撓(可とう)性(微弾性とも言う)と強度(剛性とも言う)について、分類して整理する。
実施例15の通り、複合吸収材料は、金属材料の薄板材等で構成した上限とする一例では全体の厚みが1.5mm程度で、重さが10~12Kg/mとなっている。複合吸収材料は一定の重量があるため、可撓性のある材料で重量を分散させて人体組織や機械に沿わせて設置する場合(以下、「柔軟型」という)と、自前の強度で自立させて設置する場合(以下、「自立型」という)がある。前者の分類の柔軟型のものはPb、Ba、Sn、Nb、Ca、Cu、Mn、Si、Al等の元素を主成分として含む材料であり、これを「可撓性複合吸収材料80」と呼ぶ。後者の分類の自立型のものは機械的強度の高い1種類以上のMo、Zr、Ni、Co、Fe、Cr、V、Ti、Mg等の元素の単体や化合物を含む材料を構成の中に加えた材料であり、これを「剛性複合吸収材料79」と呼ぶ。
(複合吸収材料を用いた構造の実施例その1:人体用の複合吸収材料)
実施例17ではX線透視装置での散乱体の1つである患者・被検者の人体用の複合吸収材料81の構造の例を示す。人体用の複合吸収材料は図13の通り、人体を包むように外側を取り囲んで設置する。人体が散乱体であるため、人体側がPbの低反射減弱層(初層)となる。(a)は柔軟型の吸収体82、(b)は自立型の吸収体83の構造例である。人体6-aは複合吸収材料20で外側を囲んでテーブル5の天板5-a上に横たわることになる。人体用の複合吸収材料81には、一次X線の照射野部分をくり抜いた、くり抜き部84がある構造となる。また、人体内のかなりの距離を透過するため、胸部・胴部のみならず頭部や下腹部まで外側を囲んで設置しなければならない。
図13の(a)柔軟型のaは着衣型の吸収体82-a、bは敷布・掛布型の吸収体82-bである。図13の(b)自立型の吸収体83のaはアーチ型の吸収体83-a、b.は箱型の吸収体83-bである。いずれの場合でも、一次X線が透過する照射野の部分は、複合吸収材料に円形や角形等の穴状のくり抜き部を設ける。また、頭部には可撓性複合吸収材料80で作った目・口の部分に穴を開けただけの、より隠れる部分が多い目出し帽やヴェールやニカブ等(以下、「頭部カバー85」という)を設ける。頭部カバー85の代わりに頭部フード85-aを設けても良い。
図13の(a)柔軟型のa.着衣型の吸収体82-aは、可撓性複合吸収材料80を生地としたフード付きの前合わせ検査衣86の例を示す。これは病院での検査衣の素材をそのまま複合吸収材料20としたものであり、患者・被検者が着用する。検査衣ではなく、レインコートの一種であるポンチョのようなものでも良いが、術者の手技のために前合わせの構造としなければならない。効率良く患者・被検者の外側を囲んで設置することができるのが特長であるが、可撓性複合吸収材料80を裁断して縫製・成形しなければならない。要件に見合う元素を含んだSi等の無機化合物材料の場合、柔軟性のあるものは多数考えられる。金属材料の場合は、可撓性複合吸収材料80となる、Pb-Sn-Cu-Alやその一部分の元素を含む材料により構成できる。
後述の実施例21の通り、着衣型の吸収体82-aを製造するための可撓性複合吸収材料80を製造する環境は整っている。現状で市販品はないが、従来技術の水準を考慮すれば、例えば金属材料でも可撓性複合吸収材料80となるPb-Sn-Cu-Alをクラッド圧延して一体化させたシート材料を製造することも可能である。
図13の(a)柔軟型のb.敷布・掛布型の吸収体82-bは、可撓性複合吸収材料80の薄くて長方形の平板状(シート状)である。患者・被検者に医療従事者が普段に使用している高分子化合物製の掛布・シーツとは材質が変わるだけであり、敷布87と掛布88は、共にa.の着衣型の吸収体82-aのように縫製は必要ない。患者・被検者等にあまり違和感がなく、医療従事者による取扱いも容易であるのが特長である。
敷布87は材質が可撓性複合吸収材料80によるシーツのようなシート状である。敷布87は、人体6-aを包むようにテーブル5上で内側に折り曲げて使用する。照射野のくり抜き部54があるが、この位置が変わらなければ、患者・被検者の人体組織に毎回の取付ける必要はなく、テーブル5上で静置しても良い。テーブル等に静置して利用する場合は、多少重量が重くても構わない。
一方、掛布88は材質が可撓性複合吸収材料80による掛布団のようなシート状である。掛布88は、人体6-aを包むようにして人体の下側に折込んで使用する。照射野にくり抜き部84がある。掛布87により患者・被検者の人体と敷布およびテーブルの間を密着する。患者・被検者にとって掛布87が重い場合は、掛布の内側に炭素繊維製の骨組みを設置して荷重を支えても良い。
図13の(b)自立型のa.アーチ型の吸収体83-aの場合は、剛性複合吸収材料79を半円筒状に成形し、テーブル上で自己(吸収体)が自重を支える掛布87と同じ機能のものである。b.箱型の吸収体83-bは、剛性複合吸収材料79を折り曲げプレス加工して成形し、テーブル5上で自己が自重を支える構造である。テーブル側には複合吸収材料20がないので、テーブル5上に敷布87を設置する。また、頭部に複合吸収材料20がないので、頭部カバー85を使用する。天井には照射野のくり抜き部84がある。共に両端部は前項の可撓性複合吸収材料80の敷布87(シーツ)の材料で患者・被検者の人体と敷布87およびテーブルの間を密着する。
(複合吸収材料を用いた構造の実施例その2:テーブル用の複合吸収材料)
実施例18ではX線透視装置での散乱体の1つであるテーブル(寝台)用の複合吸収材料の構造の例を示す。現在、医療用のX線透視装置で用いられているテーブルはX線の吸収が少ないので透過量は多くなるように炭素繊維(CFRP)製のものが多い。図3から炭素(C)のEupは19KeVであり、一次X線がこれ以上のエネルギーとなると光電効果よりもコンプトン散乱の確率が高い。そのため、炭素(C)が主成分であるCFRPからは、身体組織と同様にコンプトン散乱による散乱X線の発生割合は多い。テーブル用の複合吸収材料91は図14の通り、テーブルの外側を包むように取り囲んで、または、上下面を2枚で挟んで設置する。(a)は梱包カバー型の吸収体91-a、(b)は貼付け板型の吸収体91-bの構造例である。テーブル用の複合吸収材料91も、一次X線の照射野部分をくり抜いたくり抜き部84がある構造となる。テーブル5が散乱体であるため、テーブル側がPbの低反射減弱層(初層)となる。
図14の(a)梱包カバー型の吸収体91-aの場合は、材質が可撓性複合吸収材料80による筒状の袋である梱包カバー92を使用する。梱包カバー92は、テーブルカバーのようなものであり、開放された端部より差し込む構造である。可撓性複合吸収材料80を裁断し、取扱いが容易な構造に裁縫する。極端に照射野の位置が変わらなければ、梱包カバー92を取り付ける位置を僅かに移動することにより照射野のくり抜き部84の位置を変えることができる。この梱包カバー型の吸収体91-aの筒状の梱包カバー92の変形例として、前記実施例17の可撓性複合吸収材料80による着衣型の吸収体82-aのポンチョの例のように、人体とテーブルを一体として差し込むことで外側を取り囲んで設置しても良い。
図14の(b)テーブル型の吸収体91-bの場合は、テーブル5の天板を2枚の剛性複合吸収材料79の貼付け板93で挟むものである。すなわち、天板5-a上面の上貼付け板93-aと、天板5-a下面の下貼付け板93-bがある。上貼付け板93-aと下貼付け板93-bには照射野のくり抜き部64がある。照射野に近い位置にある天板5-aの端部には端面貼付け板93-cを貼り付ける。全ての貼付け板は、テーブル側が低反射減弱層のPbとなるように設置する。
なお、X線源1からの一次X線に散乱成分が多く、テーブル5の天板5-a下面の広い範囲に高いエネルギーの散乱X線が照射される場合は、追加貼付け板93-dを照射野付近に貼り付ける。追加貼付け板93-dは、低反射減弱層のPbが一次X線の照射に曝されてK-X線が発生しないように注意する必要があり、場合によっては取り外して設置する。
(複合吸収材料を用いた構造の実施例その3:X線可動絞り用の複合吸収材料)
実施例19ではX線透視装置での散乱体であるX線源1のX線可動絞り3用の複合吸収材料20の構造の例を示す。X線可動絞り用の複合吸収材料95は図15の通り、X線源全体の外側を包むように取り囲んで設置する。(a)はX線源用の吸収体96、(b)は懸垂型の吸収体97、(c)は床置き型の吸収体98の構造例である。
非特許文献15(宮川潤ら、2017)では、X線源の上半分に鉛製のカバー(厚さ0.175mm)を設置すると、床上130cmの点における診療室内等の空間線量率は上下部防護カーテンを装着した状態でも13~45%は低減したと述べている。また、鉛製のカバーのX線を放出する開口の切取り面積を調整して一次X線束と含鉛シートの隙間をなくした方が散乱線を遮へいできたと述べている。しかし、空間線量率は大きく低減する訳ではなかったと述べている。前記実施例5で述べた通り、X線可動絞り3からの散乱X線はAl等の付加(濾過)フィルタ4からのコンプトン散乱によるものが多いと予想され、側方や後方である床方向も含めてあらゆる方位に放出される。そのため、X線可動絞り3用の複合吸収材料20は床方向を含めてX線源1を包んで取り囲まなければならない。なお、アンダーチューブ型X線透視装置の場合は、付加(濾過)フィルタ4かからの後方散乱は床面への散乱を意味する。
図15の(a)X線源用の吸収体96は、X線管球部を含めたX線源1の外側を包んで取り囲んで設置する。また、一次X線の放出口であるX線管球の窓99には円形のくり抜き部84を設ける。X線源カバー型の吸収体96は構造が簡単なことが特長であり、Cアーム12でX線源1が移動した場合でも吸収体として機能するが、X線源1からテーブル5に至る空間での散乱線等は吸収することができない。
図15の(a)は梱包型の吸収体であり、シート状の可撓性複合吸収材料80の真ん中に円形のくり抜き部84を設けた風呂敷のようなX線源梱包100である。X線源梱包100でX線源1を漏れなく包み、底面で結合または留め具で締結する。移動機構12-bとの接合は一度接合ボルト等を取外した上でX線源梱包100によりX線源1を包み、接合ボルト等はX線源梱包100を貫通させて再度移動機構12-bに取付けする。接合ボルトのX線管球側の端部には円盤状の鉛板を貼り付けて散乱X線の漏出を防ぐ。
前述の実施例17の通り、X線源カバー101を製造するための環境や材料は整っている。
図15の(b)懸垂型の吸収体97は、市販の防護カーテンのように可撓性複合吸収材料80をテーブル5とCアーム摺動受部12-aの下面から懸垂してX線源1の外側を囲んで覆う構造の底付き懸垂カーテン102である。但し、診療室内等の床面に向けた散乱X線を吸収するために底付きとなっている点が市販の防護カーテンと異なる。Cアーム12の稼働方向に幅が広いカーテンとすればCアーム12でX線源1が移動した場合でも吸収体として機能させることができる。また、X線源1からテーブル下端に至る空間もカーテンの内部にできるので、ここでの散乱線も吸収できる。底付き懸垂カーテン102の上端部はテーブル5の天板5-aの下面に隙間なく密着させる。Cアーム摺動受部12-aとの接合部も同様である。散乱X線が漏出する隙間が避けられない状況であれば、密着用治具103を設置する。
図15の(c)床置き型の吸収体98は、剛性複合吸収材料79で製作した底付き箱104によりX線源1の外側を囲んで覆う構造である。上述の懸垂型の吸収体97と同様にX線源1の移動やテーブル5との空間における散乱線に対応できる。また、床置き型であるため、ある程度、重量を気にせずに必要機能に見合った複合吸収材料の仕様を決めることができることが特徴である。また、底付き箱103の上端部はテーブルの天板下面に隙間なく密着させる。Cアーム摺動受部12-aとの接合部も同様である。散乱X線が漏出する隙間が避けられない状況であれば、同様に密着用治具103を設置する。
(複合吸収材料の素材の普及状況と製造方法)
実施例20では、実施例15~19で使用する材料のうち、複合吸収材料に利用可能な金属材料の他の用途での普及状況と複合吸収材料の製造方法を示す。
金属材料による薄い板材(シート)のクラッド圧延(圧接)材や表面メッキ材の現状技術による普及状況を以下に説明する。
(1)鉛シート(Pbシート)は防音シートとして既に国内で普及しており、多種の厚さ0.3~3mmのPb圧延シートが国内で市販されている。
(2)タングステンシート(Wシート)は放射線遮へいシートとして既に国内で普及しており、多種の厚さ0.1~5mmのW圧延シートが国内で市販されている。
(3)スズは工業的には軸受け用ホワイトメタルやPb-Sn合金であるはんだやブリキ用メッキ素材が普及している。国内で板材としては装飾用の厚さ1.8~3.5mmのSn板や泉メタル(株)社で実験用のSn圧延シート(箔)が市販されている。また、海外製品では工業規模の圧延シート(コイル)も市販されている。
(4)銀シート(Agシート)はAlよりも強度の高い耐紫外線・防水性のプラスチックを複合した耐候性シートとして既に国内で普及している。金属の単価が高いため市販の純金属の板材は0.01~3mmのAg圧延板の小片が市販されている。
(5)ニオブシート(Nbシート)は工業的な用途が少ないが、研究開発用に厚さ0.1~15.0mmのNb板が国内で市販されている。また、シートと板がASTM B393に規定されており、海外製品では工業規模の圧延シート(コイル)も市販されている。
(6)銅シート(Cuシート)は耐食シートや導電・基板シートとして既に国内で普及しており、厚さ0.1~60mmのCu圧延シート(コイル)が三宝メタル販売(株)社等で既に市販されている。
(7)チタンシート(Tiシート)は耐食シートや装飾シートとして既に国内で普及しており、多種の厚さ0.002~6mmのTi圧延シート(コイル)が市販されている。
(8)アルミニウムシート(Alシート)は装飾用シートや食品梱包ホイルとして既に国内で普及しており、多種の厚さ0.01~10mmのAl箔やAl圧延シート(コイル)が国内で市販されている。
(9)Cu-Alクラッド圧延材は、厚さ0.1mmの薄膜状の製品がバイメタル・ジャパン(株)社や東洋鋼鈑(株)社等で既に市販されている。また、Cu-AlやSn-Cuのクラッド箔材は、バイメタル・ジャパン(株)社で製造可能とされている。
(10)炭素鋼(Fe)を基材としたクラッド圧延材は多くの種類が既に国内で普及している。特許文献5のAlクラッド鋼やCuクラッド鋼が地下鉄のリアクションプレートや耐食性鋼板として既に普及している。また、JIS G 3603にTiクラッド鋼が規定されている。さらにステンレス鋼(SUS)を基材としたAl-ステンレス鋼クラッド材は電磁誘導式炊飯器用に普及している。
(11)鉄やステンレス鋼を基材としたクラッド材料の規格としてJIS G 3601にはステンレスクラッド鋼が、JIS G 3602にはニッケル及びニッケル合金クラッド鋼が、JIS G 3603にはチタンクラッド鋼が、JIS G 3604には銅及び銅合金クラッド鋼が、規定されている。
(12)遮へい材料や吸収材料等で必要厚さが比較的薄い場合は、メッキや溶射等の表面処理をした鋼板を利用することもできる。例えば、材料等の規格としてJIS G 3303にはSnを鋼板にメッキしたぶりき及びぶりき原板が、JIS G 3302には溶融亜鉛めっき鋼板及び鋼帯が、JIS G 3314には溶融アルミニウムめっき鋼板及び鋼帯が規定されている。
(13)同様に製造方法等の規格としてJIS H 8619には電気すずめっきが、JIS H 8641には溶融亜鉛めっきが、JIS H 8615には工業用クロムめっきが、JIS H 8617にはニッケルめっき及びニッケル-クロムめっきが、JIS H 8621には工業用銀めっきが、JIS H 8646には無電解銅めっきが、JIS H 8642には溶融アルミニウムめっきが規定されている。
前項の金属材料による薄い板材(シート)のクラッド圧延(圧接)材や表面メッキ材の現状技術を応用し、複合吸収材料を製造する方法を説明する。前項の通り、Fe(SUSを含む)、Ti、Cu、Al等はクラッド圧延技術が既に普及している。また、Sn、Zn、Cr、Ag、Cuは表面メッキ技術が既に普及している。Ti、Fe(同)、Ni、Mo等の板材を基材として、薄い板材(シート)が市販されているSn、Zn、Cr、Cu等の複数をクラッド圧延する技術は、現状で工業的に十分に利用可能である。そのため、多層吸収層を1枚または2枚のクラッド圧延材として製造することは可能である。最外層のAlやTiも同様である。さらに近未来的には開発により低反射減弱層のPbを加えてクラッド圧延材とすることも期待される。すなわち、本発明の複合吸収材料は、現時点では2枚程度のクラッド圧延シートとして製品を実用できる。また、近未来的にはこれを1枚のクラッド圧延シートにすることも可能である。
大量生産する際には複合吸収材料は前述のクラッド圧延法や表面メッキ法により製造するのが良いが、少量生産の場合や構造体を製造する際には、別の方法も考えられる。例えば、少量生産の場合は摩擦圧接、爆発圧接、ガス圧接または拡散接合等により製造することも可能である。肉盛り溶接(オーバーレイ)することも可能である。さらに構造体を製造する場合は熱間または冷間の鍛造により圧接することも可能である。また、鋳込み材をクラッド圧延することも可能である。
(本発明の複合吸収材料のX線透過試験)
実施例21では、複合吸収材料による線減衰および線エネルギー吸収(同・電子吸収)の度合いを大まかに把握するために、既存の試験基準に則って本発明で実施したX線透過試験(以下、「本実験」という)の方法と結果を報告する。
原則として参照した試験基準は1957年に制定され2011年に改訂されたJIS Z4501(診断用X線防護用具)の鉛当量試験であり、これは検量線を厚さが既知の鉛板による補間法で求め、透過線量率の比較で試験品の鉛当量を評価するものである。具体的な試験方法や試験条件は2016年に制定されたJIS T61331-1(第1部:材料の減弱特性の決定方法)に準拠した。JIS T61331-1では、診断用装置と防護用具に則した線質が規定された。また、防護用具の散乱線を評価する試験方法である逆ブロードビーム条件が新たに追加された。一般に逆ブロードビーム条件は試験装置による散乱の影響を排除して透過線量率を評価でき、検出器は試験体の近傍に面積型線量計を設置するため、純粋に試験品による散乱の程度が評価できると言われている。また、ナロービーム条件は固定絞りと検出器(ペンシルまたは指先型線量計等)の間に距離があるため、遮へい体としての試験品の散乱によるビルドアップを評価できると言われている。
本発明は散乱線を減弱して吸収する複合吸収材料の評価であるため、この逆ブロードビーム条件による試験評価が最も相応しい。しかし、従来行われてきたのはナロービーム条件も多いことから参考として実施し、結果を比較した。今回は、患者身体による散乱線を前提としたエネルギー領域で評価した。ナロービーム条件は主に透過成分を測定し、測定できる前方への小角な散乱成分は全体の一部である。これに対して、逆ブロードビーム条件は透過成分に加え、試験品による散乱成分は広角な前方への散乱成分と一部の側方への散乱成分を測定できる。この両者を比較すると、複合吸収材料による線エネルギー吸収の効果が差として表現されると考えられる。また、更に一部では鉛当量(mmPb)を評価した
(供試材料)
本実験の供試材料を説明する。この試験は逆ブロードビーム条件およびナロービーム条件であるため、実験材料は比較的小さいサイズの四角平切板であり、幅100mm×長さ100mmのPb板・Sn板・Nb板・Cu板・Al板とした。多層試験品は2~5枚を重ね、比較用Pb板は1~2枚を重ねて実験装置の所定位置に保持ケースにより取付ける。
Pb板(純度>99%)はニラコ製の厚さ0.2、0.3mmの2種類を用意した。なお、多層試験品ではないが比較用Pb板として0.5mmを用意した。
Sn板(純度>98.5%)は千住金属工業製の厚さ0.1、0.3mmの2種類を用意した。
Nb板(純度>98.5%)はアルバック製の厚さ0.1、0.3mmの2種を用意した。
Cu板(純度>98.5%)はリカザイ製の厚さ0.1、0.3mmの2種類を用意した。
Al板(純度>99%)は、東洋アルミニウム製の厚さ0.1、0.3mmの2種類と、パール金属製の厚さ0.04mmの3種類を用意した。
供試材料の組み合わせ条件は、表10に示す通りである。
(実験装置)
本実験の実験装置を説明する。本実験の実験装置であるX線透過試験装置110の概念図を図16に示す。
図16の110-a)逆ブロードビーム条件中のa、b、d、Dは、次の通りとした。すなわち、X線源1中のX線管球2の焦点からビーム測定絞り114までの距離aは、149cmとした。試験品115と平面電離箱116の外面との間の距離bは5mmとした。なお、測定器の中心までの試料-測定器間距離は11mmである。前方以外の散乱線の妨害を遮へいするPb製のビーム測定絞り114の孔の直径dは2cmとした。平面電離箱116の幅Dは18cmとした。
図16の110-b)ナロービーム条件中のa、b、c、Wは、次の通りとした。すなわち、焦点からPb製の固定絞り113までの距離aは70cmとした。試験品115と検出器有効中心117との間の距離bは60cmとした。固定絞り113から試験品115までの距離cは20cmとした。Wは試験体検出器側表面でのビーム径を指しており、今回は孔の直径の2cmである。
なお、現行JISに準拠したため、測定したのは前方に透過した線量率のみであり、今回は側方散乱線や後方散乱線は測定していない。また、今回は前方・側方・後方のX線のエネルギー波高分布は測定していない。
(供試材料の組み合わせ)
まず、本実験の供試材料の組み合わせを示す。本実験の1回目(No.1)と2回目(No.2)と3回目(No.3)の供試材料の組み合わせの考え方を表10に示す。初層のPbは低反射減弱層である。多層吸収層の拡散吸収体のSnと対になる電子吸収体はNb、拡散吸収体のNbの対になる電子吸収体はCuである。Nbは拡散吸収体と電子吸収体の両方を兼ねている。1回目~3回目では、供試材料を組み合わせた多層試験品は6~7条件とし、比較用Pb板は3条件とした。供試材料を組み合わせは各層の種類と厚みをパラメータとした。初層のPbは固定であるが、他のCuを除く各層は有無のケースで比較した。1回目は管電圧110kVで実施し、低反射減弱層のPbと多層吸収層のSn、Nb、Cuに加え、最外層にAlを使用した。2回目は同・90kVと70kVで実施し、低反射減弱層のPbと多層吸収層のSn、Nb、Cuを使用した。3回目は同・50kVを加えて、さらに薄いSn、Nb、Cuを使用することとした。
2回目の実験は表11の通り、No.2-1~No.2-6の6条件とした。No.2-8~No.2-10は、比較用Pb板である。No.2-11は多層試験品を置かない条件で計測したブランク条件である。
Figure 2023100577000011

Figure 2023100577000012
次に、本実験の実験条件を示す。試験体系は2条件とし、JIS T61331-1の逆ブロードビーム条件(RBB)とナロービーム条件(NB)とした。管電圧は3条件とし、110、90、70kVとした。これに対応する最大のX線エネルギーは110、90、70KeVであり、対応する実効の平均エネルギーは45~77KeVと予想される。ビーム測定絞り(固定絞り)は1条件で固定し、直径φ2cmの開口とした。上述のパラメータを組み合わせて実施した実験条件を表12に示す。
本実験はJIS T61331-1の試験方法に準じた線質および配置で多層試験品にX線を照射し、透過X線量率を測定した。各多層試験品および各測定位置につき5回測定を行い、平均値および標準偏差を求めた。透過X線量率(以下、「線量率」という)として表示するX線量測定単位は空気衝突カーマであり、単位はミリグレイ/分(mGy/分)の単位で示される。
さらに、本実験の測定項目は多層試験品を透過した線量率である。逆ブロードビーム条件では主に透過方向のX線を検出する平面電離箱型検出器(面積型線量計)を使用した。面積型線量計は、X線の照射により線量計の検出器の内部空間(内容積)で生じた電荷(単位:ピコクーロン(pC))が表示され、これを線量率に換算した。ナロービーム条件では指向性のない指先型検出器を使用し、表示される1cm線量率を線量率に換算した。
得られた線量率から透過率を算出した。透過率(%)は、対象である各々の多層試験品・比較用Pb板の線量率をブランクの線量率で割った値を百分率で表示したものである。
Figure 2023100577000013

(X線透過試験の実験結果)
実施例21では1回目(No.1)と2回目(No.2)のX線透過試験の逆ブロードビーム条件(RBB)およびナロービーム条件(NB)での実験結果を表13に示す。表13のa.は逆ブロードビーム条件(RBB)、表14のb.はナロービーム条件(NB)を示す。また、表13では空気衝突カーマの線量率(mGy/分)とそこから算出した透過率(%)の平均値を示している。なお、表13の標準偏差は1σの数値を示しており、プラス方向とマイナス方向の1σの区間におさまる確率は正規分布の場合で約68%である。
1回目(No.1)は、管電圧110kVの条件で、最外層にAl板を配置した試験を行った。2回目(No.2)は、管電圧90kVと70kVの条件で、最外層にAl板を配置しない試験を行った。
表13によれば、逆ブロードビーム条件(RBB)とナロービーム条件(NB)の両方ではブランクに比べて、多層試験品と比較用Pb板の線量率は、X線の遮へい効果により1~2桁ほど小さくなっていることが判る。多層試験品の透過率は全て比較用Pb板の0.2mmPb板よりも低く、一部では0.5mmPb板よりも低い。RBBとNBの透過率を比較すると、多層試験品と比較用Pb板共に、全般にRBBの方がNBよりも若干大きな数値となっている。これは試験体系の構成からナロービーム条件(NB)の方が、検出器に入射せずに空間に逃げる散乱X線が多いためと考えられる。

(比較基準とした0.3mmPbと0.2mmPbの透過率)
本実験の多層試験品の結果を評価する指標について説明する。本実験では、各々の多層試験品の透過率の数値と、多層試験品のPb層(0.3mmPbまたは0.2mmPb)のみの透過率の数値とを相互比較することにより、多層吸収層(Sn、Nb、Cu等)により透過率を低下させる効果を評価した。すなわち、多層試験品のPb層のみの透過率を比較基準とし、多層試験品の透過率は比較基準より低ければ低い方が良い。
No.1-3以降およびNo.2-3以降の多層試験品では低反射減弱層として初層に0.2mmPbを使用している。0.2mmPbの結果は、表13の比較用Pb板のNo.2-10の結果を引用した。表13の結果により、比較基準とする0.2mmPbの透過率は、RBBの110kV、90kV、70kVでは15.2%、11.3%、5.9%となった。NBの90kV、70kVでは10.3%、4.7%である。
No.1-1~2およびNo.2-1~2の多層試験品では低反射減弱層として初層に0.3mmPbを使用している。比較用Pb板では0.3mmPbを計測しなかったため、表13に示した比較用Pb板のNo.2-8~10の計測結果より最小二乗法近似式を求め、0.3mmPbの透過率を推定した。比較用Pb板による0.3mmPb板の透過率の推定の過程と結果を表14に示す。表14のa.は逆ブロードビーム条件(RBB)、表14のb.はナロービーム条件(NB)を示す。
表14の結果により、比較基準とする0.3mmPbの透過率は、RBBの110kV、90kV、70kVでは10.8%、7.8%、3.8%となった。NBの90kV、70kVでは7.2%、3.0%となった。
(逆ブロードビーム条件(RBB)の実験結果)
表13のa.の逆ブロードビーム条件(RBB)での透過率を引用して視覚的に整理した結果を図17に示す。図17では試験品の透過率を棒グラフで示し、比較基準とした多層試験品のPb層(厚さは0.3mmまたは0.2mm)の透過率を線グラフで示している。線グラフの比較基準の透過率には、0.3mmPbは表14から、0.2mmPbは表13のaのNo.2-10から引用した。すなわち、線グラフと棒グラフの差が、本発明の多層吸収層の付加による透過率の低減効果を示している。
(110kVでの逆ブロードビーム条件(RBB)の結果の説明)
まず、最初に実施した1回目(No.1)のX線透過試験である管電圧110kVで逆ブロードビーム条件(RBB)について図17に示した結果について説明する。
多層試験品のNo.1-1(全5層、Sn・Nb・Cu・Alの各層は0.3mm)とNo.1-2(全5層、同・各層は0.1mm)はPb層が0.3mmであるが、透過率は各々1.3%と4.2%となった。これは比較基準とした管電圧110kVでの0.3mmPbの透過率とした10.8%に比べると大幅に低い。
No.1-3以降の多層試験品はPb層が0.2mmであるが、厚さ0.2mmの比較用Pb板(No.1-10)の管電圧110kVでの透過率15.2%に比較して全てが低い。No.1-3(全5層、Sn・Nb・Cu・Alの各層は0.1mm)、No.1-4(全4層、0.1mmNb抜き)、No.1-5(全4層、0.1mmSn抜き)の透過率は各々6.2%と8.5%と9.4%となった。これらも上述の比較基準の15.2%以下であって透過率の低減効果は明らかであるが、多層吸収層に用いた材料の種類によるX線透過特性の違いを表現している。Sn・Nb・Cu・Alの全ての材質を利用するのが透過率は最も低いが、Nbを抜いた場合はSnを抜いた場合に比べて透過率は高くなっている。また、NbとSnの両方を抜いた場合の透過率は更に高くなっている。
多層試験品のNo.1-6(全3層、0.2mmPb-0.1mmCu-0.1mmAl)とNo.1-6(全3層、Alだけが0.04mm)の透過率は全く同じ数値であった。他の予備試験を踏まえて確認したが、最外層のAl層の有無により透過率に変化がなかった。
これはこの構成で最外層のAl層が担当するのが主に20KeV以下の軟X線(一部は紫外線領域)である。一方、電離箱式検出器はX線のエネルギーが30KeV未満は正確に定量できず、20KeV未満は検出感度がほとんど無い。JIS T61331-1の規定に準拠した本実験での検出器である電離箱式の検出感度以下であるため、出力された数値に差が生じなかったものと予想される。
そのため、1回目の管電圧110kVの条件での予備実験でAlの有無が電離箱の透過線量率には有意に表現されないことを確認した上で、2回目(No.2)以降は最外層の候補であるAlは材料の組合せから全て外すこととした。
(90kVと70kVでの逆ブロードビーム条件(RBB)の結果の説明)
次に、図17に示した逆ブロードビーム条件(RBB)で実施した2回目(No.2)の90kVと70kVでのX線透過試験結果について説明する。
多層試験品のNo.2-1(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.3mm)とNo.2-2(全4層、同・各層は0.1mm)はPb層が0.3mmであるが、RBBでの透過率は各々同・90kVで0.8%と2.7%、同・70kVで0.1%と0.8%となった。これは同・90kVと同・70kVでの比較基準の0.3mmPbの透過率とした前述の各々7.8%と3.8%に比べると低い。
No.2-3以降の多層試験品はPb層が0.2mmであるが、比較基準の厚さ0.2mmPb(No.2-10)の管電圧90kVと同・70kVでの透過率である各々11.3%と5.9%に比較して全てが低い。管電圧90kVでのNo.2-3(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.1mm)、No.2-4(全3層、0.1mmNb抜き)、No.2-5(全3層、0.1mmSn抜き)、No.2-6(全2層、SnとNb抜き)の透過率は各々4.1%と5.9%と6.6%および9.5%となった。これは比較基準の同・90kVでの0.2mmPb板(No.2-10)の透過率である11.3%に比べると低い。
管電圧70kVでのNo.2-3(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.1mm)、No.2-4(全3層、0.1mmNb抜き)、No.2-5(全3層、0.1mmSn抜き)、No.2-6(全2層、SnとNb抜き)の透過率は各々1.4%と2.4%と2.8%および4.7%となった。これは比較基準の厚さ0.2mmPb板(No.2-10)の70kVでの透過率5.9%に比べると低い
90kVと70kVでも、材料の種類によるX線透過特性の違いを表現しているのは110kVと同様である。また、Sn・Nb・Cuの全ての材質を利用するのが透過率は最も低いが、Nbを抜いた場合、Snを抜いた場合、および、SnとNbの両方を抜いた場合と比べて透過率は高くなっている。
(逆ブロードビーム条件(RBB)の結果のまとめ)
図17によれば、110kV・90kV・70kVの全てにおいて、透過率は線グラフで示した比較基準の0.3mmPbおよび0.2mmPbよりも、全ての多層試験品の棒グラフの方が低い。また、低反射減弱層として0.2mmPbを含む多層試験品の透過率は、SnとNbを抜いた多層試験品(No.1-6~7とNo.2-6)を除き、110kV・90kV・70kVの全てにおいて、比較基準の0.3mmPbの透過率よりも低い。すなわち、本発明の多層吸収層を付加による透過率の低減効果(以下、「本発明の透過率の低減効果」という)があることが判った。
また、透過率は110kV・90kV・70kVの全てにおいて、多層試験品の平均密度や質量と大まかには反比例の関係があることが判ったが、線形等の画一的な相関式で表現することはできない。すなわち、Snまたは/かつNbを抜いたケースに示される通り、多層吸収層の構成である材質の種類と厚みによって種々に異なる透過率を示している。透過率が高くなった理由は、Snを抜いた場合は50KeV領域の拡散吸収体が存在しなかっためであり、Nbを抜いた場合は30KeV領域の拡散吸収体が存在しなかっためであり、SnとNbの両方を抜いた場合は両エネルギー帯の拡散吸収体が存在しなかっためである予想される。これはすなわち、多層吸収層の材質の種類と厚みにより透過線量率の低減効果、すなわち散乱X線の減弱と吸収の程度が異なることを意味している。
(ナロービーム条件(NB)の実験結果)
次に、表13のb.の90kVと70kVでのナロービーム条件(NB)での透過率を引用して整理した結果を図18に示す。図18では試験品の透過率を棒グラフで示し、比較基準とした多層試験品のPb層(厚さは0.3mmまたは0.2mm)の透過率を線グラフで示している。線グラフの比較基準の透過率には、0.3mmPbは表14から、0.2mmPbは表13のbのNo.2-10から引用した。すなわち、線グラフと棒グラフの差が、本発明の多層吸収層の付加による透過率の低減効果を示している。
多層試験品のNo.2-1(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.3mm)とNo.2-2(全4層、同・各層は0.1mm)はPb層が0.3mmであるが、表18のナロービーム条件(NB)での透過率は各々同・90kVで0.7%と2.6%、同・70kVで0.1%と0.6%となった。これは比較基準とした同・90kVと同・70kVでの0.3mmPbの透過率とした前述の各々7.2%と3.0%に比べると低い。
No.2-3以降の多層試験品はPb層が0.2mmであるが、比較基準とした厚さ0.2mmの比較用Pb板(No.2-10)の管電圧90kVと同・70kVでの透過率である各々10.3%と4.7%に比較して全てが低い。管電圧90kVでのNo.2-3(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.1mm)、No.2-4(全3層、0.1mmNb抜き)、No.2-5(全3層、0.1mmSn抜き)、No.2-6(全2層、SnとNb抜き)の透過率は各々3.9%と5.4%と6.2%および8.8%となった。これは同・90kVでの0.2mmPb板(No.2-10)の透過率である10.3%に比べると低い。
管電圧70kVでのNo.2-3(全4層、Sn・Nb・Cuの各層は0.1mm)、No.2-4(全3層、0.1mmNb抜き)、No.2-5(全3層、0.1mmSn抜き)、No.2-6(全2層、SnとNb抜き)の透過率は各々1.2%と1.8%と2.3%および3.8%となった。これは比較基準の厚さ0.2mmPb板(No.2-10)の70kVでの透過率4.7%に比べると低い。
図18のNBによればRBBと同様に、90kV・70kVの全てにおいて、透過率は線グラフで示した比較基準の0.3mmPbおよび0.2mmPbよりも、全ての多層試験品の棒グラフの方が低い。また、SnとNbを抜いた多層試験品(No.1-6~7とNo.2-6)を除き、比較基準の0.3mmPbの透過率よりも低いことも同様である。すなわち、ナロービーム条件(NB)でも本発明の透過率の低減効果が確認できることが判った。
また、Snまたは/かつNbを抜いたケースに示される通り、多層吸収層の構成である材質の種類と厚みによって種々に異なる透過率を示していることもRBBと同様である。
次に、表15では、表13のbの逆ブロードビーム条件(RBB)の透過率をナロービーム条件(NB)の透過率で割った透過率比を算出した。一次X線の比較的高いエネルギーのX線が散乱する状態を考察することが目的であるため、表15では管電圧90kVにおける数値を整理した。
表15によれば、多層試験品(No.2-1~7)の透過率比は、いずれも比較用Pb板のNo.2-9(0.5mmPb)とNo.2-10(0.2mmPb)よりも低くなった。これにより、多層吸収層がある複合吸収材料は、Pb板のみよりも散乱X線の放出が低いことが予想される。
多層試験品の中でもNbが無いNo.2-4とNo.2-6はやや高めの数値となった。これはNbによる50KeV領域の電子吸収体の機能が無くなったため、RBB透過率よりもNB透過率が他の多層試験品に比べて高くなり、そのエネルギー領域の散乱X線の線量率が多く検出されたためと予想される。
Figure 2023100577000016
(本発明の多層吸収層を付加による透過率の低減効果)
ここでは表13と図17(RBB)と図18(NB)の結果を整理し、1回目(No.1)と2回目(No.2)のX線透過試験による本発明の多層吸収層を付加による透過率の低減効果を表16に示す。表16のa.は逆ブロードビーム条件(RBB)、b.はナロービーム条件(NB)を示す。表16では、(1)は図17・図18の線グラフで示した比較基準とした多層試験品のPb層の厚さ(0.3mmまたは0.2mm)であり、(2)はその透過率を示している。(3)は図17・図18の棒グラフで示した多層試験品の透過率を示している。すなわち、(2)から(3)を差し引いた数値が本発明の透過率の低減効果を数値で示したものである。この透過率の低減効果の数値の存在自体が、本発明の複合吸収材料の多層吸収層の各層が散乱X線を低減する効果があることを示している。また、表中の透過率の項の右欄には本発明の透過率の低減効果が占める割合(寄与率)として、(2)を1.000とした際の比の数値を示す。また、以降ではX線透過試験の1回目と2回目で結果が共通の場合は、No.の後の試験区分の表記を省略し、材料の区分のみをハイフン後(例:No-1)に記載している。
(逆ブロードビーム条件(RBB)での透過率の低減効果)
表16のaには、X線透過試験の1回目(110kV)と2回目(90kV・70kV)の逆ブロードビーム条件(RBB)で判った本発明による透過率の低減効果を示す。
表16のaによれば、管電圧が110→90→70kVと低減すると多層試験品の試験品透過率が低くなり、それに伴って透過率の低減効果も減少するが、寄与率は増加している。これは管電圧の低下に伴い、一次X線からの直接線の放射線強度が低下することで低反射減弱層(Pb)を透過するX線の高・中エネルギー成分の割合が減少し、相対的に低エネルギー成分を主体とする散乱X線の割合が増加したためと考えられる。本発明では、これを「一次X線の効果」と呼ぶ。
また、低反射減弱層(Pb)の厚みはNo-1~2の0.3mmから、No-3以降の0.2mmと薄くなることでも試験品透過率が高くなっているが、No-1とNo-3では透過率の低減効果は変わらない。しかしながら、No-3では試験品透過率が高くなった分だけその寄与率はやや減少する。これは低反射減弱層(Pb)の厚みの小さくなるに伴って散乱X線の発生割合の低減し、低減効果が減少したと考えられる。すなわち、初層のPb層の厚みは管電圧見合いで十分に大きい方が本発明の低減効果は増加することを意味している。本発明では、これを「散乱線割合の効果」と呼ぶ。
一方、Pb層にCuだけを付加しているため拡散吸収体と電子吸収体の対を形成できないNo-6は透過率が高く、本発明の透過率の低減効果とその寄与率も低い。これは、対が形成できなければ透過率の低減効果は著しく劣ることを意味している。No-6の結果は、逆説的に本発明の多層吸収層の付加による透過率の低減効果の存在を示している。本発明では、これを「対形成の効果」と呼ぶ。
さらに、No-3以降で多層吸収層を構成するSnやNb等の材質の一部が抜けるにつれて透過率が高くなり、透過率の低減効果は不規則に減少している。しかし、その寄与率は表16を右にいくに従って低くなっている。これに比べ、多層吸収層を構成する材質の種類(Sn、Nb,Cu)が維持されたNo-3以前は全体的に透過率が低く、透過率の低減効果は高いレベルにある。すなわち、全体で見れば多層吸収層の各層の厚みの大小を問わず、本発明の透過率の低減効果とその割合(寄与率)は高い。これは、拡散吸収体と電子吸収体の対は1対よりも2対の方が、すなわち材質の種類(Sn、Nb,Cu)が維持された方が、本発明の透過率の低減効果は高く、各層の厚みへの依存性は相対的に高くない(ある程度薄くても良い)ことを意味している。本発明では、これを「2対の効果」と呼ぶ。
(ナロービーム条件(NB)での透過率の低減効果)
表16のbには、X線透過試験の2回目(90kV・70kV)のナロービーム条件(NB)で判った本発明による透過率の低減効果を示す。
表16のbによれば、前項の逆ブロードビーム条件(RBB)で前記した「一次X線の効果」、「散乱線割合の効果」、「対形成の効果」、「2対の効果」は、全て概ね同様に確認できた。一方、NBは全般に多層試験品の透過率が低く、RBBの同条件と比較した低下率は90kVで4~6%、70kVで約20%となっている。しかし、NBの低下率は、90kVではNo.2-4(全3層、0.1mmNb抜き)とNo.2-6(全3層、SnとNb抜き)が約8%、70kVではNo.2-4が約24%となっている。いずれも「散乱線割合の効果」の寄与が大きいが、No.2-6は「対形成の効果」も寄与していると予想される。また、No.2-4はK吸収端以外に設定した任意の単色エネルギーが50KeVでの電子吸収体と、30KeV領域の拡散吸収体を兼務しているNbが抜けたことによる「2対の効果」が顕在化したためと予想される。なお、No.2-1の低下率も大きいが、透過率がほぼ0に近い数値であり、現状で算出過程の数値の精度から正確な評価は難しいと思われる。
Figure 2023100577000017

本実験の結果を整理する。本実験ではJIS規格に準拠した逆ブロードビーム条件でPb製のビーム測定絞りの直径φ2mmの貫通口でコリメートされたX線が多層試験品を通過した際の透過率を、直後に設置した面積型線量計で計測し、鉛当量を評価した。また、加えてナロービーム条件でPb製の固定絞りの直径φ2mmの貫通口でコリメートされたX線が多層試験品を通過した際の透過率を、距離が離れた位置に設置した指先型線量計で計測した。今回の供試材料は、市販の厚さ0.1mm~0.3mmの板材(Pb板、Sn板、Nb板、Cu板)を重ねて使用した。検出器はJIS規格に準拠した電離箱型検出器を使用した。今回はX線エネルギーの波高スペクトル分析は行っていない。但し、今回使用した電離箱型検出器は原理上、30KeV未満の低エネルギー成分は定量困難であり、20KeV未満は検出感度がないため、散乱X線の低エネルギー成分は十分に評価できていないことに注意が必要である。今回の実験結果から以下の通り考察される。
(1)全ての試験条件の多層試験品で、低反射減弱層のPb層に、本発明の多層吸収層の1~2対の拡散吸収体・電子吸収体から成る各層を付加することで、多層試験品の透過率は全て0.3mmまたは0.2mmのPb層のみの場合より低くなることが判った。
(2)一般に透過率は低ければ低い方が良いが、本発明の散乱X線を減弱して吸収する多層吸収層の付加により、本試験の大部分の構成でPb層のみでは到達していない領域まで多層試験品の透過率を低くできることが判った。
(3)管電圧が110→90→70kVと低減するに従って多層試験品の透過率が低くなり、それに伴って透過率の低減効果が減少する。しかし、多層試験品の透過率に占める本発明の低減効果の寄与の割合(寄与率)は次第に増加することが判った。
(4)多層吸収層を構成する材質の一部が抜けるにつれて透過率は高くなり、低減効果とその寄与の割合は減少する。拡散吸収体と電子吸収体の対が形成できなければ透過率の低減効果は著しく減少することが判った。
(5)拡散吸収体と電子吸収体の対は1対よりも2対の方が透過率は低くなる。本発明の透過率の低減効果には、多層吸収層の構成のうち種類による依存性は高く、材質の構成により透過率は不規則に異なった。一方、各層の厚みへの依存性は普遍的に高い訳ではなく、条件によっては相対的に低い。入射する一次X線エネルギーと初層のPb層の厚みとの相関が適切であれば、多層吸収層の各層が薄くても種類が適切であれば一定に機能することが判った。
(6)一次X線からの直接線の線減衰にはPbが有効であり、低反射減衰層である初層のPb層の厚みは管電圧見合いで十分に大きい方が、本発明の散乱X線の透過率の低減効果は増加することが判った。これは本発明の多層吸収層は散乱X線に効果を発揮することを示している。
実験結果をまとめた。東京都立産業技術研究センターでの依頼試験結果では、本試験により低反射減弱層のPbに多層吸収層を付加することで、放射線の透過線量率が低くなることを確認した。例えば、No.2-3の逆ブロードビーム条件の管電圧90kVの場合のように、0.2mmPbに0.1mmSn-0.1mmNb-0.1mmCuを付加することで、透過率は11.3%が4.1%に低下することが判った。また、0.3mmPb板の透過率は7.8%と推定され、No.2-3はこれより低い。
また、散乱X線の減弱と吸収による線量低減には、多層吸収層の各層の組合せは、拡散吸収体と電子吸収体が1対でも効果はあるが、より良くは各層が薄くても2対以上あるのが良い。また、各層の厚みは0.3mmである必要は必ずしもなく、0.1mmでも透過率の低減効果はあることが判った。原理的にはより良くはそれ以下でも良いと思われる。
他方、一次X線の直線線の線減衰には適切な厚さの低反射減弱層の初層のPbが有効であり、放射線の強度に応じてその厚みを調整するのが良い。このPb層の厚みは管電圧見合いで十分に大きい方が、多層吸収層による散乱X線の減弱と吸収による線量低減効果が増加することが判った。
従って、管電圧に応じて適切な厚さの低反射減弱層のPbに、適切な種類の多層吸収層を付加することで透過率が低くなることが判った。また、多層吸収層を構成する材質の設定の操作(多層吸収層の設計方法)の際の、K吸収端以外に設定した任意の単色エネルギー(例えば50、30KeV)には抜けが少ない方が良く、拡散吸収体と電子吸収体の組合せは2対以上ある方がより良いことが判った。今後、計測体系を見直し、低反射減弱層の初層のPbや多層吸収層の各層の厚み等を最適化することにより一層の効果を示すことができる。
(追加実施した複合吸収材料のX線透過試験その2)
実施例22では、実施例21に追加して実施した複合吸収材料のX線透過試験その2(以下、「追加実験」という)の方法と結果を報告する。実施例21では、1)Pbに多層吸収層を付加することでX線の透過線量率が低くなること、2)多層吸収層の各層の組合せは各層が薄くても拡散吸収体と電子吸収体が2対以上あるのが良いこと、3)管電圧が低減するに従って多層試験品の透過率が低くなり、それに伴って透過率の低減効果が減少するが、多層試験品の透過率に占める本発明の低減効果への寄与の割合(低減への寄与率)は次第に増加することが判った。
実施例22の追加実験では、試験装置は実施例21と同一であるが、箔状(厚さ0.05mm)の薄いSn板・Nb板・Cu板を追加して準備し、管電圧は低い側の50kVでのX線透過試験と鉛当量試験も実施した。追加実験の狙いは、前述した実施例21の結果を踏まえ、実施例21の結果を類似系で確認すると共に、低いエネルギーが主体であるが光子数は多い状態にある散乱X線を効率良く消滅させて電子の運動エネルギーに変換できる材料組合せと各材料の厚みを大まかに把握することにある。
なお、追加実験は実施例21の表10の試験計画に示した3回目(No.3)の実験を実施したものであり、新たな知見を求めたものではなく、薄い試料と低い管電圧で従来の知見をより精度良く確認する位置付けのものである。
(供試材料)
追加実験の供試材料を説明する。追加実験の供試材料は実施例21の本実験の寸法と同じ幅100mm×長さ100mmであり、厚さ0.3mm、0.2mm、0.1mmのものは本実験と同一とし、厚さ0.05mmのSn板・Nb板・Cu板を追加した。多層試験品は2~4枚を重ねて実験装置の所定位置に保持ケースにより取付ける。厚さ0.05mmのSn板・Nb板・Cu板は外国製であり、材料証明書が付与されていなかったため、リガク社製の波長分散型蛍光X線分析装置(XRF)ZSX PrimusIIで定量分析した。XRFの測定では、X線管球はロジウム(Rh)を用いた。X線の管電圧は20~60kV、管電流は2~150mAの範囲で、対象の試料と元素に応じて装置により自動で制御される。真空式の試料ホルダーは上面照射型であり、ふたのX線照射窓の穴径が30mmのものを使用した。また、試料は台座とバネを用いてホルダー上面に隙間なく押し付けられる。
Sn板の厚さ0.05mmはNigbooPiccafoTrading社製であり、XRFで測定したSn純度は99%以上であった。
Nb板の厚さ0.05mmはNigbooPiccafoTrading社製であり、XRFで測定したNb純度は99%以上であった。
Cu板の厚さ0.05mmは、TongGuangJingXiaoBu社製であり、XRFで測定したCu純度は99%以上であった。
供試材料の組み合わせ条件には変更はなく、実施例21の表10に示した通りである。
(実験装置)
追加実験で使用したX線透過試験装置110は実施例21の本実験と同じである。その概念図は図16であり、逆ブロードビーム条件は図16の110-aに、ナロービーム条件は110-bに示したものである。
(供試材料の組み合わせ)
追加実験の新たな供試材料の組み合わせは、実施例21の表10に示した3回目(No.3)の供試材料の組み合わせである。3回目は同・50kVを加えて、さらに薄いSn、Nb、Cuを使用することとした。
3回目である追加実験は、表17の通り、No.3-1~No.3-7(以下、「No.3シリーズ」という)の7条件とし、管電圧90kV、70kV、50kVのX線透過試験を行い、50kVの鉛当量測定を行った。No.3-8~No.3-10は比較用Pb板である。No.3-11は多層試験品を置かない条件で計測したブランク条件である。
追加実験の実験条件は実施例21と同じであり、JIS T61331-1の逆ブロードビーム条件(RBB)とナロービーム条件(NB)である。NBは系外に散乱して放出される光子は計測しないため、RBBとの比較のために測定している。管電圧は90、70、50kVの3条件であるが、90、70kVは新たな供試材料の組み合わせであるNo.3シリーズについてのみである。これは実施例21に対応するデータを取得する目的である。一方、同様の目的で、実施例21の表11に示したNo.2-1~No.2-6(以下、「No.2シリーズ」という)の6条件についても、管電圧50kVのX線透過試験を追加した。
追加実験では実施例21と同一の方法で、透過X線量率を測定し、結果は対象である各々の多層試験品・比較用Pb板の線量率をブランクの線量率で割った値を百分率で表示した透過率(%)で示した。
上述のパラメータを組み合わせて実施した追加実験の実験条件を表18に示す。
(X線透過試験その2の追加試験結果)
追加試験で実施したNo.3シリーズの管電圧50~90kVのX線透過試験のRBBおよびNBでの実験結果を表19に示す。また、No.2シリーズの管電圧50kVのX線透過試験のRBBおよびNBでの実験結果を表20に示す。表中の線量率の数値の単位は、ミリグレイ/分(mGy/分)である。透過率は多層試験品の線量率をブランク条件の線量率で割った無次元の数字であるが、これを百分率で表記した。多層試験品の低反射減弱層のPb(初層Pb層)厚さが0.3mmであるNo.3-1~3-3とNo.2-1~2-2では線量率と標準偏差が同じ数値であり、これは定量下限以下であることを意味している。
表19によれば、実施例21と同様に、RBBとNBの両方で、多層試験品の線量率は、同じPb厚さである比較用Pb板と比較して小さくなっていることが判る。これは管電圧90kVと70kVに加えて、今回新たに実施した50kVでも同様の傾向であった。多層試験品の透過率は全て比較用Pb板の0.2mmPb板よりも低く、No.3-7以外は0.3mmPb板よりも低い。RBBとNBの透過率を比較すると、多層試験品と比較用Pb板共に、全般にRBBの方がNBよりも若干大きな数値となっているのは前回(実施例21)と同じである。ただ、管電圧50kVでは両者の差がやや大きくなっている。これは管電圧50kVではNBで検出器に入射せずに空間に逃げる散乱X線の割合が、90kVと70kVよりも増えたためと考えられる。
(No.2シリーズの50kVの実験結果)
追加試験で実施したNo.2シリーズの管電圧50kVのX線透過試験のRBBおよびNBでの実験結果を表20に示す。表20によれば、RBBとNBの両方で、多層試験品の透過率は、表19に示される同じPb厚さの比較用Pb板と比較して小さくなっていることが判る。これは実施例21に示した管電圧90kVと70kVでの傾向と同じである。但し、RBBとNBの透過率の差は、今回の50kVでは小さくなっている点は前項に示したNo.3シリーズと異なる点である。
また、No.2-4(全3層、0.2mmPb-0.1mmSn-0.1mmCu)とNo.2-5(全3層、0.2mmPb-0.1mmNb-0.1mmCu)の透過率の値は、表13の70kVよりも表20の50kVの方が、差は小さくなっている。
(No.3シリーズのRBBとNBの透過率の比較図)
表19のNo.3シリーズのRBBとNBの透過率を引用して視覚的に整理した結果を図19に示す。図19では多層試験品の透過率を棒グラフで示し、比較基準とした多層試験品の低反射減弱層のPb(厚さは0.3mmまたは0.2mm)に相当する比較用Pb板の透過率を線グラフで示している。棒グラフと線グラフの差は、多層試験品で多層吸収層の付加による透過率の低減効果を表現している。すなわち、図19は実施例21のNo.2シリーズの図17(RBB)や図18(NB)と同様に、多層吸収層の付加により透過率の低減効果があることを明確に示している。なお、線グラフの比較基準の透過率には、0.3mmPbは表14から、0.2mmPbは表13のaのNo.2-10から引用した。0.3mmPbを表14から引用したのは実施例21と共通の比較条件とするためである。
なお、比較用Pb板に相当するNo.3-9の0.3mmPb板の実質厚さは周辺部のマイクロメータ測定値の5点平均で0.32mmであった。また、No.3-10の実質厚さは同様に0.23mmであった。図19では実施例21と整合させるため表14の数値を記入しているが、上記の理由により表19のNo.3-9の数値とでは若干異なっている。
(No.3シリーズの管電圧90、70、50kVでのRBBとNBの結果の説明)
追加実験としてNo.3シリーズで実施した管電圧90kVと70kVと50kVで逆ブロードビーム条件(RBB)、ナロービーム条件(NB)について図19に示した結果について説明する。
多層試験品のNo.3-1(全4層、Snは0.3mm、Nb・Cuは0.1mm)とNo.3-2(全4層、Nbは0.3mm、Sn・Cuは0.1mm)とNo.3-2(全4層、Cuは0.3mm、Sn・Nbは0.1mm)は初層Pb層が0.3mmである。例えばこの中で最も透過率の数値が大きいNo.3-3の管電圧90、70kVでの透過率は、RBBが2.7%、0.6%、NBが2.1%、0.5%であった。50kVでの線量率は定量下限以下であったため透過率は評価できない。一方、比較基準の0.3mmPbの同・90、70kVでの透過率は、RBBで7.8%、3.8%、NBで7.2%、3.0%であった。No.3-3の透過率は比較基準とした0.3mmPbの透過率と比較すると全てが低く、すなわちNo.3-1~No.3-3の透過率は、比較基準とした0.3mmPbの透過率と比較すると全てが低い。
No.3-4以降の多層試験品は初層Pb層が0.2mmである。例えばNo.3-4(全4層、Cuは0.05mm、Sn・Nbは0.1mm)以降で最も透過率の数値が大きいNo.3-7(全4層、Sn・Nb・Cuは全て0.05mm)の管電圧90、70、50kVでの透過率は、RBBで6.9%、3.0%、0.45%、NBで6.2%、2.3%、0.25%であった。一方、比較基準の厚さ0.2mmPbの同・90、70、50kVでの透過率は、RBBで11.3%、5.9%、1.43%、NBで10.3%、4.7%、0.96%であった。No.3-7の透過率は比較基準とした0.2mmPbの透過率と比較すると全てが低く、すなわちNo.3-4~No.3-7の透過率は比較基準とした0.2mmPbの透過率と比較すると全てが低い。
(No.3シリーズの初層Pb層が0.3mmの場合の結果の説明)
初層Pb層が0.3mmであるNo.3-1~No.3-3の透過率は、RBBとNBとを比較すると絶対値はRBBの方が若干大きいが、相対的な変化の傾向は両者で同じだった。ここでは、多層吸収層のうち厚さを0.3mmと厚くする材質を順次変え、他の材質の厚さは0.1mmで同じとした。その結果、透過率の差は僅差であるが、透過率はSnを0.3mmとしたNo.3-1が最も低く、次にNbを0.3mmとしたNo.3-2が低く、最も高いのはCuを0.3mmとしたNo.3-3となった。この傾向は、管電圧90kVと70kVでは同じであった。
(No.3シリーズの初層Pb層が0.2mmの場合の結果の説明)
初層Pb層が0.2mmであるNo.3-4~No.3-7の透過率は、RBBとNBとを比較すると絶対値はRBBの方が若干大きいが、相対的な変化の傾向は両者で同じであった。ここでは、材質のうち1~3種類の厚さを0.05mmと薄いものに順次変え、他の材質の厚さは0.1mmで同じとした。すなわち、No.3-4~No.3-6では材質のうち1~2種類の厚さは0.1mmとしている。No.3-7はSn・Nb・Cuは全て0.05mmとした。
その結果、透過率はCuを0.05mmとしたNo.3-4が最も低く、次にSnを0.05mmとしたNo.3-5が低くなった。さらに、CuとSnを0.05mmとしたNo.3-6が低く、最も高いのはSn・Nb・Cuの全てを0.05mmとしたNo.3-7となった。この傾向は、管電圧90kV・70kV・50kVで同じであった。
(No.3シリーズの透過率比の比較)
次に、表21では、表19の逆ブロードビーム条件(RBB)の透過率をナロービーム条件(NB)の透過率で割った透過率比を算出した結果を示す。一次X線による比較的高いエネルギーのX線が散乱する状態を考察することが目的であるため、表21では管電圧90kVにおける数値を整理した。
表21によれば、多層試験品のNo.3-1~No.3-3の透過率比は、いずれも比較用Pb板の0.3mmPb相当品(No.3-9)の透過率比よりも低くなった。また、多層試験品のNo.3-4、No.3-5、No.3-7の透過率比は、同・0.2mmPb相当品(No.3-10)の透過率比よりも低くなった。No.3-6は同等となった。これは、実施例21と同様に、多層吸収層がある複合吸収材料は、比較用Pb板単体のみよりも散乱X線の放出が小さいためと予想される。
(No.3シリーズの多層吸収層を付加による透過率の低減効果)
(本発明の多層吸収層を付加による透過率の低減効果)
表22は、No.3シリーズの多層吸収層を付加による透過率の低減効果を確認した。表22のa.は逆ブロードビーム条件(RBB)、b.はナロービーム条件(NB)を示す。表22は、実施例21の表13と同形式の表である。表22では、(1)は図19の線グラフで示した比較基準とした多層試験品の初層Pb層の厚さ(0.3mmまたは0.2mm)であり、(2)はその透過率を示している。(3)は図19の棒グラフで示した多層試験品の透過率を示している。すなわち、(2)から(3)を差し引いた数値が本発明の多層試験による透過率の低減効果を数値で示したものである。この透過率の低減効果の数値の存在自体が、本発明の複合吸収材料の多層吸収層の各層が散乱X線を低減する効果があることを示している。また、表中の透過率の項の右欄には本発明の透過率の低減効果への寄与の割合(低減への寄与率)として、(2)を1.000とした際の比の数値を示した。透過率と寄与率の比較結果は以下で説明する。
(No.3シリーズのRBBでの透過率の低減効果)
表22のa.には、X線透過試験の3回目(90、70、50kV)のNo.3シリーズの逆ブロードビーム条件(RBB)で判った本発明による透過率の低減効果を示している。
表22のa.によれば、同じ試験番号で管電圧が90→70→50kVと低減すると多層試験品の試験品透過率が低くなり、それに伴って透過率の低減効果も減少しているが、本発明の低減効果への寄与の割合(低減への寄与率)は増加している。すなわち、実施例21で述べた「一次X線の効果」がここでも確認された。
また、管電圧90kV/70kV/50kVの各々で、低反射減弱層(Pb)の厚みはNo.3-1~No.3-3の0.3mmよりも、0.2mmと薄くなったNo.3-4以降の方が、試験品透過率(3)は大きくなっている。すなわち、実施例21で述べた「散乱線割合の効果」がここでも確認された。
なお、透過率の低減効果(同上)は全ての試験番号の中でNo.3-4が最大であり、管電圧90・70kVではその次はNo.3-7である。No.3-4とNo.3-7は多層吸収層の厚みはSn・Nb・Cuが各々0.1mmと0.05mmと同じ厚みである。No.3シリーズには材質を抜いた試験番号はないが、ここでも実施例21で述べた「対形成の効果」、「2対の効果」が確認された。
一方、No.3シリーズの表22ではNo.2シリーズの表16とは異なり、No.3-1→No.3-7に向かうに従って次第に寄与率が低下していない。これはNo.3シリーズは全ての層数が4層であり、層数を減らすことなく、厚みを変える場合を含めて種々の材質と厚みの組み合わせを評価したためである。
(No.3シリーズのNBでの透過率の低減効果)
表22のb.には、X線透過試験の3回目(90、70、50kV)のナロービーム条件(NB)で判った本発明による透過率の低減効果を示す。
表16のb.によれば、NBの透過率とその低減効果の数値はRBBと同等かやや小さくなるが、表22のb.でもその傾向は同様である。また、前項のRBBと同様に「一次X線の効果」、「散乱線割合の効果」、「対形成の効果」、「2対の効果」は、全て確認できた。
表22のNo.3シリーズのRBBとNBでは、管電圧50kVの透過率とその低減効果の傾向が90・70kVとやや異なっている。透過率の低減効果(同上)はNo.3-4が最大であることは他の管電圧(90・70kV)と変わらない。しかし、管電圧50kVではその次はNo.3-7ではなく、No.3-5→No.3-6→No.3-7の順となった。なお、初層Pb層0.3mmのNo.3-1~No.3-3の透過率は定量下限以下であり結果の数値に記載がない。
本発明の多層吸収層のうちSnは50KeV領域の拡散吸収体の役割を期待している。しかし、X線源の管電圧が50kVであれば、低反射減弱層のPbで一次X線が減衰されて全ての散乱線が50KeVよりも小さくなるため、多層吸収層の線源側の1番目に配置されたSnが50kVの拡散吸収体として機能しなかったと予想される。同・2番目に配置されたNbは、30kVの拡散吸収体の役割を期待しており、これは機能したと予想される。そのため、拡散吸収体として機能しないSnの厚みが薄くても(またはSnが存在しなくても)透過率の低減効果(同上)への影響が小さく、90・70kVと比較してNo.3-5とNo.3-6の透過率が相対的に低くなったものと予想される。
このようにX線源の管電圧が低い場合は、それに対応して多層吸収層の線源側の1番目の拡散吸収体の材質を選択するべきである。
(No.3シリーズの結果のまとめ)
実施例22の追加実験では、試験装置は実施例21と同一であるが、箔状(厚さ0.05mm)の薄いSn板・Nb板・Cu板を追加して準備し、管電圧は低い側の50kVでのX線透過試験を実施した。追加実験のNo.3シリーズの各層の材質は全てPb・Sn・Nb・Cuによる4層で構成し、それぞれの材質の厚みをパラメータとして変化させた。低反射減弱層のPb(初層Pb層)の厚みは0.3mmまたは0.2mmとした。多層吸収層のSn・Nb・Cuは、は0.1mmまたは0.05mmとした。これにより実施例21の結果を類似系で再現させて確認すると共に、低いエネルギー領域に適用できる複合吸収材料の材料組合せと各材料の厚みを大まかに把握することを目的とした。得られた結果の概要は以下の通りである。
(1)実施例21で見出した複合吸収材料の多層吸収層による透過率の低減効果は、実施例22の追加実験でも確認することができた。
(2)実施例21で見出した「一次X線の効果」、「散乱線割合の効果」、「対形成の効果」・「2対の効果」は、実施例22の追加実験でも確認することができた。
(3)実施例22の追加実験にて実施例21で得られた結果を類似系で再現させて確認したことにより、本発明の複合吸収材料の機能と性能が確実なものとなった。
(4)実施例22の追加実験では、X線源の管電圧50kVからのX線エネルギーよりも低い50KeV以下のX線エネルギー領域を対象とした多層吸収層の拡散吸収体の役割のSnを設置しても、そのX線エネルギーでは拡散吸収体としては機能しないものと考えられる。
(5)逆説的には、50KeV領域を狙って設置した拡散吸収体であるSnはそれ以上のX線エネルギーであれば機能するものと考えられる。そのため、これは複合吸収材料の設計手法の妥当性を示すものであり、この知見は複合吸収材料の設計に役立てることができる。
(第1回~第3回のX線透過試験を一覧した評価)
実施例23では実施例21(第1回・第2回の本試験)と実施例22(第3回の追加試験)の結果を一覧して評価した。図20は選択7種の90,70,50kVのRBBの透過率を示す。図21は選択7種のRBBの透過率の低減効果(a)と寄与率(b)の比較を示す。図20と図21では、逆ブロードビーム条件(RBB)の低反射減弱層のPb(初層Pb層)の厚みが0.2mmの7種類の試験番号の結果を表記して比較した。選択7種である7種類の試験番号は、No.2-3(試験片の重量:47g)、No.3-5(同:44g)、No.3-4(同:43g)、No.2-5(同:40g)、No.2-4(同:39g)、No.3-6(同:39g)、No.3-7(同:36g)である。図20と図21では試験片の重量は左端が最も大きく、右に行くに従って重量が小さくなるように配置した。
図20は選択7種の90,70,50kVのRBBの透過率を棒グラフで示す。透過率は小さいのが良い複合吸収材料である。図20では厚み0.2mmの初層Pb層に相当する厚み0.2mmの比較用Pb板の透過率を破線グラフで示した。また、参考用に90,70kVでは厚み0.3mmの比較用Pb板の透過率を二点鎖線グラフで示した。50kVのものは定量下限付近であったため示していない。図20ではいずれの棒グラフ(90,70,50kVの透過率)は、破線グラフ(0.2mmPb)よりも小さい透過率となっている。そのため、これらの複合吸収材料は多層吸収層を付加により透過率の低減効果があることを明確に示している。また、90,70kVでは二点鎖線グラフ(0.3mmPb)よりも小さい透過率となっている。これは複合吸収材料が多層吸収層を付加した効果により、厚み0.2mmの低反射減弱層のPbの厚さよりも厚さが0.1mm大きい、0.3mmPbよりも小さい透過率となっていることを意味している。
図21は選択7種のRBBの透過率の低減効果(a)と低減への寄与率(b)の比較を示す。図21のa.の多層吸収層の付加による透過率の低減効果は、実施例21の表16および実施例22の表22で説明の通り、試験片の透過率から厚み0.2mmの比較用Pb板の透過率を差し引いた数値を折れ線グラフで示している。図21のb.の寄与率は前述の差し引いた数値と比較用Pb板の透過率との比率を示している。図21には折れ線グラフの凹凸の状況を見易いように左側の最初の点と右側の最後の点を結んだ補助線を細線で記入している。なお、補助線自体には何らかの現象を表示するといった意味はない。
図20で述べた通り、同じ試験番号で管電圧が90→70→50kVと低減すると多層試験品の試験品透過率が低くなり、図21のa.によればそれに伴って透過率の低減効果も減少している。しかし、図21のb.によれば、低減への寄与率(透過率の低減効果への寄与の割合)は逆に増加している。
図21のa.の低減した透過率と図21のb.の寄与率は、両者共に右肩下がりの折れ線グラフとなっており、基本的には試験片の重量と反比例している。より詳細に見ると90、70kVではNo.3-5とNo.2-5が凹の方向に、No.3-4とNo.2-4が凸の方向に、正の相関からの変化を与えている。50kVで低減した透過率の数値は材質による変化はあまりない。これらの凹凸の変化があるのは、単純に多層吸収層の厚みや重量だけではなく、多層吸収層の材質、すなわち拡散吸収体と電子吸収体の対による効果も含まれていることを示している。
第1回~第3回のX線透過試験を一覧した結果のまとめは以下の通りである。
(1)図20によれば、厚さ0.2mmの低反射減弱層のPb(初層Pb層)に多層吸収層(Sn・Nb・Cuのうち2種または3種)を付加することにより、90,70,50kVのX線の透過率が低減している。
(2)図20および図21のa.によれば、多層吸収層の付加により低減する透過率は、90kVが最も大きく低減しており、50kVが最も小さく低減している。
(3)図21のb.によれば、低減への寄与率は、前項とは並びが逆になり、50kVが最も大きく、90kVが最も小さく低減している。
(4)前項で上述した低減した透過率や低減への寄与率は、X線エネルギーと多層吸収層の材質の組み合わせとその厚さにより変化する。また、図21のa.と図21のb.の折れ線グラフを凹凸させている。この変化には単純に多層吸収層の厚みや重量だけではなく、多層吸収層の材質である拡散吸収体と電子吸収体の対による効果も含まれている。
(5)前述した低減した透過率は、逆ブロードビーム条件(RBB)よりもナロービーム条件(NB)の方が数値は低いが、変化の傾向は同様である。
(6)上述により説明した複合吸収材料のX線を減弱して吸収する機能と性能は、実施例21と実施例22の合計3回の実験(X線源の管電圧:110,90,70,50kV)により確認された。
1.X線源
2.X線管球
3.X線可動絞り
4.付加(濾過)フィルタ
5.テーブル(寝台)、5-a.天板、5-b.テーブル台
6.水ファントム、6-a.人体
7.X線受像機
8.鉛板
9.鉛コリメーター
10.半導体検出器
11.アクリルファントム
12.Cアーム、12-a.Cアーム摺動受部、12-b.移動機構
13.Lアーム
14.アーム土台
15.線量計
20.複合吸収材料
21.複合吸収材料(基本ケース全5層)
22.複合吸収材料(基本ケース全7層)
23.複合吸収材料(基本ケース全3層)
24.複合吸収材料(光電子等回収層付加ケース全6層)
25.複合吸収材料(光電子等回収層付加ケース全8層)
26.複合吸収材料(光電子等回収層付加ケース全4層)
27.複合吸収材料(軟X線吸収層付加ケース全6層)
28.複合吸収材料(軟X線吸収層付加ケース全8層)
29.複合吸収材料(軟X線吸収層付加ケース全4層)
30.低反射減弱層(初層)
40.多層吸収層
50.拡散吸収体
60.電子吸収体
70.光電子等回収層、
75.軟X線吸収層
79.剛性複合吸収材料
80.可撓(可とう)性複合吸収材料
81.人体用の複合吸収材料
82.柔軟型の吸収体、
82-a.着衣型の吸収体、
82-b.掛布・敷布型の吸収体
83.自立型の吸収体、
83-a.アーチ型の吸収体,
83-b.箱型の吸収体
84.くり抜き部
85.頭部カバー,85-a.頭部フード
86.フード付きの前合わせ検査衣
87.敷布
88.掛布
91.テーブル用の複合吸収材料,
91-a.テーブル用の梱包カバー型の吸収体、
91-b.テーブル用の貼付け板型の吸収体
92.梱包カバー,
93.貼付け板,93-a.上貼付け板、93-b.下貼付け板
96.X線源用の梱包カバー型の吸収体
97.X線源用の懸垂型の吸収体
98.X線源用の床置き型の吸収体
99.X線管球の窓
102.底付き懸垂カーテン型の吸収体
103.密着用治具
104.底付き箱型の吸収体
110.X線透視試験装置、
110-a).逆ブロードビーム条件、
110-b).ナロービーム条件
112.X線源絞り
113.固定絞り
114.ビーム測定絞り
115.試験品
116.平面電離箱
117.検出器有効中心

Claims (20)

  1. エックス(X)線を吸収して外部空間の放射線量率を低減するために多層に構成した元素の単体または化合物を含んだ複合吸収材料において、X線の照射を受ける面に鉛(Pb)の低反射減弱層を配置し、その外側に5から87キロ電子ボルトの間にK吸収端の値がある1種類以上の元素から成る拡散吸収体と、各々の拡散吸収体による線減衰に伴い放出される二次X線を線エネルギー吸収できる電子吸収体が存在し、これらの拡散吸収体と電子吸収体の対により構成される多層吸収層は隙間なく重ね合わせ、外部環境に露出した最外層には原子番号が最も小さい元素を配置することを特徴とする複合吸収材料
  2. 請求項1に記載の前記複合吸収材料は、散乱体からのX線の照射を受ける鉛(Pb)の前記低反射減弱層と、前記多層吸収層中で対になる前記拡散吸収体と前記電子吸収体とが異なる3元素以上で構成され、3層以上の層を成すことを特徴とする複合吸収材料
  3. 請求項1に記載の前記最外層は、K殻の特性X線の放出割合を示す蛍光収率が20%以下の元素または原子番号が22以下の元素とすることを特徴とする複合吸収材料
  4. 請求項1、請求項2または請求項3に記載の前記多層吸収層は、各層が前記最外層に向けて原子番号が降順になるように元素を配置することを特徴とする複合吸収材料
  5. 請求項1に記載の前記拡散吸収体は、ガドリウム(Gd)、バリウム(Ba)、カドミウム(Cd)、銀(Ag)、スズ(Sn)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)またはジルコニウム(Zr)の1種類以上の元素の単体または化合物を含んだ材料を使用することを特徴とする複合吸収材料
  6. 請求項1に記載の前記電子吸収体は、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、シリコン(Si)、リン(P)、イオウ(S)、塩素(Cl)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)または亜鉛(Zn)の1種以上の単体または化合物を含んだ材料を使用することを特徴とする複合吸収材料
  7. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の前記多層吸収層は、鉛(Pb)のK吸収端とL吸収端の間にK吸収端の値をもつ原子番号が37以上で81未満の元素のうち、10から80キロ電子ボルトの間の任意の単色のエネルギーでの線エネルギー吸収係数μenと線減衰係数μが既知であり、K吸収端未満の単色のエネルギーでのμenをμで割った比の数値が0.7未満の元素の単体または化合物を含んだ材料を前記拡散吸収体とすることを特徴とする複合吸収材料
  8. 請求項7に記載の前記多層吸収層は、原子番号が11以上で82以下の元素のうち、前記拡散吸収体を設定した単色のエネルギーでの線エネルギー吸収係数μenを線減衰係数μで割った比の数値が0.7以上の元素の単体または化合物を含んだ材料を前記電子吸収体とすることを特徴とする複合吸収材料
  9. 請求項1、請求項2、請求項7または請求項8に記載の前記多層吸収層は、前記拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが50キロ電子ボルトの場合は、前記拡散吸収体とする元素の単体または化合物は銀(Ag)、カドミウム(Cd)、スズ(Sn)またはバリウム(Ba)とし、その対となる前記電子吸収体とする元素の単体または化合物は鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)またはモリブデン(Mo)とすることを特徴とする複合吸収材料
  10. 請求項1、請求項2、請求項7または請求項8に記載の前記多層吸収層は、前記拡散吸収体を設定する単色のエネルギーが30キロ電子ボルトの場合は、前記拡散吸収体とする元素の単体または化合物はニオブ(Nb)、はモリブデン(Mo)、銀(Ag)、カドミウム(Cd)またはスズ(Sn)とし、その対となる前記電子吸収体とする元素の単体または化合物はチタン(Ti)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)または銅(Cu)とすることを特徴とする複合吸収材料
  11. 請求項1、請求項2、請求項5、請求項6、請求項7、請求項8、請求項9または請求項10に記載の前記拡散吸収体または前記電子吸収体は、原子番号の近い2種類の元素のK吸収端の数値および線エネルギー吸収係数μen/線減衰係数μの数値において、低い側の数値を高い側の数値で割った比の数値が0.8以上のものを、1種類の元素に統合することを特徴とする複合吸収材料
  12. 請求項1、請求項2、請求項3、請求項4、請求項5、請求項6または請求項7に記載の前記多層吸収層は、全ての元素が金属単体の板状の材料で構成する際には、厚みが0.9mm以下となることを特徴とする複合吸収材料
  13. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の複合吸収材料は、その最外層の外側の面に、最大のエネルギーが5キロ電子ボルト未満の電磁波を吸収する原子番号が14以下の1種以上の元素の単体または化合物を含んだ軟X線吸収層を設けることを特徴とする複合吸収材料
  14. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の複合吸収材料は、その最外層の外側の面に、最大のエネルギーが88キロ電子ボルトの電子の最大飛程を上回る厚さを持つ金属アルミニウムによる光電子等回収層を設けることを特徴とする複合吸収材料
  15. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の複合吸収材料は、散乱体の表面形状に沿って設置するために鉛(Pb)、バリウム(Ba)、スズ(Sn)、ニオブ(Nb)、カルシウム(Ca)、銅(Cu)、シリコン(Si)またはアルミニウム(Al)の元素の単体または化合物より成る材料を使用することを特徴とする可撓性の複合吸収材料
  16. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の複合吸収材料は、自己の強度により散乱体から自立して設置するためにモリブデン(Mo)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、チタン(Ti)またはマグネシウム(Mg)の元素の単体または化合物を含んだ材料を使用することを特徴とする剛性の複合吸収材料
  17. 請求項15または請求項16に記載の複合吸収材料は、複数の元素から成る金属単体の複数の板状の材料をクラッド圧延により1枚ないし2枚の積層した板状またはシート状の材料にすることを特徴とする複合吸収材料。
  18. 請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載の複合吸収材料は、最大のエネルギーが88キロ電子ボルト未満の散乱X線を発生する散乱体の照射野以外の外側を包んで取り囲むことができる板状または層状の材料であることを特徴とする複合吸収材料
  19. 請求項1に記載の前記低反射減弱層は、原子番号が82を超える元素とすることを特徴とする複合吸収材料
  20. 請求項19に記載の前記低反射減弱層は、ビスマス(Bi)、トリウム(Th)またはウラン(U)とすることを特徴とする複合吸収材料
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