JP2020527695A - 質量分析装置におけるデータ取得方法 - Google Patents

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Abstract

本発明は、a.イオン源を設けてプリカーサイオンを生成するステップと、b.プリカーサイオンを第1の質量分析装置に供給するステップであって、第1の質量分析装置は、マスウインドウの外側に位置するプリカーサイオンが第1の質量分析装置を通過し、マスウインドウ内に位置するプリカーサイオンが第1の質量分析装置を通過できないように、少なくとも1つのマスウインドウを選択する、ステップと、c.第1の質量分析装置を通過するプリカーサイオンをコリジョンセルに供給して衝突解離を行い、プロダクトイオンを生成するステップと、d.プロダクトイオンを第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録するステップと、e.ステップbからステップdを繰り返すステップであって、ステップbを繰り返し実施するたびに、選択されるマスウインドウは、それ以前に選択されたマスウインドウ全てと重複していない、ステップとを含み、マスレンジ内のマスウインドウが全て選択された後、繰返しが停止される、質量分析装置におけるデータ取得方法を提供する。本発明は、データ非依存型取得法におけるイオン利用効率を効果的に向上させ、データ後処理の難易度を低下させることができる。【選択図】 図3

Description

本発明は、質量分析(MS)データ取得の分野に関し、特に、質量分析装置における新規なデータ取得方法に関する。
高分解能タンデム質量分析装置は現在、(メタボロミクス、およびプロテオミクスなどを含む)オミクス分析における重要な分析機器となっている。オミクス分析における複合試料に対しては、高スループット、高感度、および高カバレッジの質量分析のデータ取得方法が必要となる。従来の方法としては、1998年にDucretらによって提案されたデータ依存型取得法(DDA)が挙げられる。この方法では、最初にプリカーサイオンスキャンを実施し、次いで存在量の多いプリカーサイオンを選択し、これらをコリジョンセルに進入させて解離を行い、これによりプロダクトイオンスペクトルを取得している。この方法は、分析対象に関して高いカバレッジを達成できるため、依然として広く使用されている取得方法である。
近年、データ非依存型取得法(DIA)が急速に開発されている。DDA法と比較して、この方法はより高い感度、より広範囲のダイナミックレンジ、ならびにより高い分析スループットおよび優れた定量化能力を有する。このような方法の典型的な代表例としては、特許文献1に記載されているMS法と、特許文献2に記載されているSWATH法とがある。MS法では、最初にプリカーサイオンスキャンを実施し、次いでマスウインドウの広範囲または全体にわたるプリカーサイオンをコリジョンセルに供給して解離を行い、プロダクトイオンスペクトルを記録している。このプリカーサイオンとプロダクトイオンとは、同じ特徴を有するクロマトグラフィー(またはイオン移動度質量分析)における同じ分析対象のプリカーサイオンおよびプロダクトイオンの保持時間とピークプロファイルとを利用することにより、デコンボリューションアルゴリズムを通じて関連付けられる。SWATH法は主にターゲット分析を対象としているため、プリカーサイオンのプレスキャンを省略することができる。通常、プリカーサイオンは質量に応じて直接分離され、その際各ウインドウ幅は、たとえば25Daとなる。次いで、四重極によって選択されたプリカーサイオンの各ウインドウがコリジョンセルへと導入されて、解離が行われる。ここでプロダクトイオンスペクトルが記録され、データベースと比較されて、その後プロダクトイオン強度が定量化に使用される。どちらの方法でも、マスウインドウの全レンジに及ぶプリカーサイオンが選択され、コリジョンセルに導入されて、同時に解離されることになる。ただし、マスウインドウが小さ過ぎると、DIA法の効率が低下してしまうという矛盾があり、これはすなわち、イオン利用効率が低くなり過ぎて、マスレンジ全体をスキャンするのに時間がかかってしまうということである。また、マスウインドウが大き過ぎると、イオン利用効率は向上するが、スペクトルの複雑さが増大し、データ後処理(たとえば、データベースと比較して分析対象を同定したり、プリカーサイオンとプロダクトイオンとを相関させるデコンボリューションを行ったりする)の難易度が上昇してしまうことになる。このために、分析対象イオンの不一致や誤判定が発生する。したがって、上記の課題または矛盾を解決する方法が必要となる。
米国特許第6717130号明細書 米国特許第8809770号明細書 米国特許第5672870号明細書
従来技術における上記の欠点に鑑みて、本発明の目的は、従来技術における上記の課題を解決するための、質量分析装置におけるデータ非依存型取得法を提供することである。
上記および他の関連する目的を達成するために、本発明は、a.イオン源を設けてプリカーサイオンを生成するステップと、b.前記プリカーサイオンを第1の質量分析装置に供給するステップであって、前記第1の質量分析装置は、マスウインドウの外側に位置する前記プリカーサイオンが前記第1の質量分析装置を通過し、前記マスウインドウ内に位置する前記プリカーサイオンが前記第1の質量分析装置を通過できないように、少なくとも1つの前記マスウインドウを選択する、ステップと、c.前記第1の質量分析装置を通過する前記プリカーサイオンをコリジョンセルに供給して衝突解離を行い、プロダクトイオンを生成するステップと、d.前記プロダクトイオンを第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録するステップと、e.ステップbからステップdを繰り返すステップであって、ステップbを繰り返し実施するたびに、選択される前記マスウインドウは、それ以前に選択された前記マスウインドウ全てと重複していない、ステップとを含み、マスレンジ内の前記マスウインドウが全て選択された後、前記繰返しが停止される、質量分析装置におけるデータ取得方法を提供する。
本発明の一実施形態では、本方法は、ステップeの後となるステップfをさらに含み、前記ステップfは、前記選択されたマスウインドウ内の前記プリカーサイオンによって生成される、前記プロダクトイオンに対応するスペクトルを、第一次データ後処理によって取得することを含む。
本発明の一実施形態では、本方法は、ステップfの後となるステップgまたはステップjをさらに含む。前記ステップgは、前記選択されたマスウインドウ内の前記プリカーサイオンによって生成される前記プロダクトイオンに対応するスペクトルを、第2の数学的後処理によって取得することを含み、前記ステップjは、前記プロダクトイオンの前記スペクトルをデータベースと比較し、分析対象を同定することを含む。
本発明の一実施形態では、本方法は、ステップeの後となるステップhをさらに含み、前記ステップhは、前記記録されたスペクトル全てを合計することにより、合計スペクトルを求めることを含む。
本発明の一実施形態では、ステップfの後にステップgを含む場合、ステップhの後にステップiを含むことになり、また、ステップfの後にステップjを含む場合、ステップhの後にステップi’を含むことになる。前記ステップiは、ステップgで取得した前記スペクトルを定性的結果とし、ステップhで求めた前記合計スペクトルを定量的結果とすることを含む。前記ステップi’は、ステップjで得られた結果にステップhで求めた前記合計スペクトルを組み合わせたものに基づいて、定量分析を実施することを含む。
本発明の一実施形態では、本方法は、ステップaの後に、ステップkを少なくとも1回実施するステップをさらに含み、前記ステップKは、前記マスレンジ内の前記イオン全てに前記第1の質量分析装置を通過させ、前記コリジョンセルに進入させて解離を行うことと、前記解離したプロダクトイオン全てを前記第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録することとを含む。
本発明の一実施形態では、ステップkで取得した前記マススペクトルをステップfのデータソースの1つとして使用して、ステップfの計算誤差を補正する。
本発明の一実施形態では、ステップfの前に、前記スペクトルにノイズ低減処理を施す。
本発明の一実施形態では、前記ノイズ低減処理は、高速フーリエ変換アルゴリズムによって高周波ノイズを除去することを含む。
本発明の一実施形態では、前記分析対象のクロマトグラフ分離を行うステップをステップaの前に含む。
本発明の一実施形態では、ステップgにおける第二次データ後処理は、前記プリカーサイオンとプロダクトイオンとの間におけるクロマトグラフピークプロファイルまたは保持時間の一貫性に応じて、同じ前記分析対象の前記プリカーサイオンとプロダクトイオンとを相関させるデコンボリューションを実施することを含む。
本発明の一実施形態では、ステップbの前にプリカーサイオンスキャンを含み、前記スキャンを前記第2の質量分析装置によって実施する。
本発明の一実施形態では、前記第1の質量分析装置は四重極型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、または飛行時間型質量分析装置である。
本発明の一実施形態では、前記第2の質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置またはフーリエ変換型質量分析装置である。
本発明の一実施形態では、イオン移動度に応じて前記プリカーサイオンを分離するステップをステップbの前に含む。
本発明の一実施形態では、前記第1の質量分析装置を通過しない前記マスウインドウ内のイオンは、後続の分析または検出のために前記第1の質量分析装置の特定の方向に沿って放出される。
本発明の一実施形態では、ステップbにおいて、少なくとも5マスユニット(ダルトン)を連続して含むマスウインドウが、前記第1の質量分析装置で選択される。
本発明の一実施形態では、ステップbにおいて、少なくとも5つの不連続なマスウインドウが前記第1の質量分析装置で選択され、各ウインドウは1マスユニット(ダルトン)を含む。
本発明の一実施形態では、前記少なくとも5つの不連続なマスウインドウは擬似ランダム分布をなす。
本発明の一実施形態では、前記第一次データ後処理において逆アダマール変換のアルゴリズムを使用する。
上述したように、本発明のマススペクトルデータ取得方法は、従来技術と比較して極めて高いイオン利用効率を実現することができ、ひいては優れた定量化能力を有する。その上、データ後処理の難易度を大幅に低下させることができ、分析対象の親イオンとプロダクトイオンとの不一致や誤判定の可能性が低下することになる。したがって、本発明のデータ取得方法は、強力な同定能力を有する。
本発明の従来技術における装置を示す概略図である。 本発明の第1の実施形態に係る装置を示す概略図である。 本発明の第1の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。 本発明の第1の実施形態に係る、マスウインドウの選択シーケンスを示す概略図である。 5A〜5Fは、本発明の一実施形態における、第一次データ後処理の前後のマススペクトルを示す。 本発明の第2の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。 本発明の第3の実施形態に係る方法を部分的に示すフローチャートである。
本発明の実施について、具体的な実施形態をもって以下に記載しており、また本発明の他の利点および効果については、当業者であれば、本発明の開示内容から容易に理解することができる。本発明を、他の種々の具体的な実施形態で具体化または実施することができ、本明細書の詳細事項を、同様に種々の視点および用途に基づくものとすることができ、また本発明の精神および範囲から逸脱することなく、種々の修正および変更をなすことができる。なお、以下の実施形態および実施形態の構成要件は、相反することなく互いに組み合わせることができる。
なお、以下の実施形態に示す図面は、本発明の基本概念を概略的に例示したものに過ぎず、よって本発明に関連する構成要素のみを図面に示している。したがって、実際に実施するにあたり、これらの図面を必ずしも構成要素の数、形状、および大きさに従って描画しているわけではない。実際に実施するにあたり、各構成要素の形式、数、および割合がランダムに変更される場合があり、またこれらの構成要素のレイアウトがより複雑になる可能性がある。
図1は、たとえば特許文献2に記載されているSWATH法など、現在一般的となっているDIA技術解決法で使用される装置を示す概略図であり(取得方法を示す概略図ではない)、1は、イオンの生成および搬送に使用されるイオン源であり、2は、プリカーサイオンの選択に使用される第1の質量分析装置(たとえば、四重極)であり、3は、プリカーサイオンを解離させてプロダクトイオンを生成する際に使用されるコリジョンセルであり、4は、プロダクトイオンを分析するための、第2の質量分析装置(通常、高分解能質量分析装置)である。具体的な分析プロセスは以下のとおりである。マスウインドウM内のイオン5は第1の質量分析装置2によって選択され、マスウインドウMの外側に位置する他のイオン6は、四重極2を通過することができずに廃棄される。通常、マスウインドウMの幅は20Daなどの数〜数十マスユニット(Da)であり、20Daの幅を有するプリカーサイオンは全てコリジョンセル3に進入し、衝突により解離することで、多数のプロダクトイオンが生成される。これらのプロダクトイオンは全て第2の質量分析装置4に進入して質量分析が行われ、これによってプロダクトイオンスペクトルが取得される。次いで、第1の質量分析装置2において、同じウインドウ幅、すなわち20Daを有するが、それ以前に選択されたマスレンジとは重複していないマスウインドウMが選択され、これに続いて衝突誘起解離とプロダクトイオンスペクトルの記録とが行われる。事前設定したマスレンジが選択するマスウインドウによって完全にカバーされるまで、本プロセスが繰り返される。上記のプロダクトイオンスペクトルは20Daのレンジのプリカーサイオンによって生成されるため、データの後処理が必要となる。通常、2つの方法が実施可能である。1つはデータベースと直接比較して同定を行い、分析対象を同定する方法であり、もう1つは同じ分析対象のプリカーサイオンとプロダクトイオンとの間におけるクロマトグラフピークプロファイルまたは保持時間の一貫性に応じて、数学的なデコンボリューション処理を実施することにより、プリカーサイオンがプロダクトイオンと対応するようにする、すなわち、各プリカーサイオンに対応するプロダクトイオンスペクトルを取得する方法である。
上記の方法で、101Da〜2100Daのm/zなどの典型的なマスレンジで、20Daのマスウインドウを使用する場合、100回のMS/MS分析が必要となり、すなわちイオン利用効率が1%となる。効率を高めるために、200Daなどのより広いマスウインドウを使用することができる。この場合、必要となるのは10回のMS/MS分析のみであり、イオン利用効率は10%となる。ただし、200Daのレンジにあるプリカーサイオンは全てコリジョンセルに進入して解離し、これによって多数のプロダクトイオンが生成され、プロダクトイオンスペクトルが極めて複雑になる。この場合、データ後処理を実施するのは非常に困難となる。データベースに従ってプロダクトイオンを決定できない場合があり、あるいはプリカーサイオンとプロダクトイオンとの間に多数の不一致が発生する可能性がある。
図2から図5の5Fを参照すると、本発明によって質量分析装置におけるデータ取得方法が提供され、本方法は以下のステップを含む。
ステップaで、イオン源1’からプリカーサイオンを生成する。
ステップbで、マスウインドウを分割する。図4に示すように、合計n個のウインドウは、M、M、…、M、…、Mn−1、およびMを含むマスレンジに分割される。たとえば、マスレンジが101Da〜2100Daで、マスウインドウの幅が20Daである場合、100個のマスウインドウはM(101〜120Da)、M(121〜140Da)、M(141〜160Da)…M99(2061〜2080Da)、およびM100(2081〜2100Da)とそれぞれ表される。次いで、図2に示すように、第1の質量分析装置2’によって第一次イオンスクリーニングが実施される。従来技術とは異なり、本実施形態のイオンフィルタリング中、マスウインドウM内のイオン(図2で数字5’で示している)は、第1の質量分析装置2’を通過できず、マスウインドウMの外側に位置するイオン(すなわち、図2で数字6’で示している、121Da〜2100Daのレンジの質量を有するマスウインドウM〜M100のイオン)が全て、第1の質量分析装置2’を通過する。
ステップcで、通過するイオン(マスウインドウM〜M100のイオン)は全て、図2に示すようにコリジョンセル3’に進入して衝突誘起解離し、これによって多数のプロダクトイオンが生成される。
ステップdで、プロダクトイオンは全て、図2に示すように第2の質量分析装置4’に進入して質量分析が行われ、次いでプロダクトイオンスペクトルが記録される。図5の5Aに示すように、プロダクトイオンスペクトルとは、横軸にm/zと、縦軸にイオン信号強度とを有する複雑なスペクトルである。数学的には、マスウインドウMに対応する質量jのイオン信号強度(S(1、j)と表示)を、ウインドウM〜M100のそれぞれにおけるプリカーサイオンによって生成される質量jのプロダクトイオン強度の重ね合わせと考えることができ、ウインドウM内のプリカーサイオンによって生成される質量jのプロダクトイオン強度をI(i、j)と表示する場合、S(1,j)=I(2,j)+I(3,j)+…+I(99,j)+I(100,j)となる。
ステップeで、bからdまでのプロセスを繰り返す。ただしこの場合、ステップbでのウインドウの選択は上記とは異なり、たとえば、ウインドウMが選択される。すなわち、ウインドウM内に位置するイオンは質量分析装置2’を通過することができず、ウインドウMの外側に位置するイオンが全て通過し、衝突により解離する。次いで、図5の5Bに示すように、プロダクトイオンスペクトルが記録される。当該プロセスは、M、M...〜M100が順に選択され、全てのマスウインドウが選択されるまで繰り返され、その後当該ステップが停止する。図4は、マスウインドウの選択シーケンスを示す。なお、このシーケンスはm/zの昇順または降順である必要はなく、任意の順序とすることができる。
ステップfで、第一次データ後処理を実施する。ステップdおよびステップeでは、100個のプロダクトイオンスペクトルが生成され(1番目、2番目、およびn番目のスペクトルを、それぞれ図5の5A、5B、および5Cに示している)、ここで各スペクトルは、99個のウインドウ内のプリカーサイオンによって生成される、プロダクトイオンのスペクトルの重ね合わせから生じている。このデータ後処理は、個々のウインドウ内のプリカーサイオンによって生成される、プロダクトイオンのスペクトルを取得するために実施される。100個のプロダクトイオンスペクトルの取得中に、分析対象のプリカーサイオンのピークパターンに実質的な変化が生じていないと考えられる場合、以下の関係式が成り立つ。
Figure 2020527695

上記の関係式から、以下の式を簡単に得ることができる。
Figure 2020527695

ここで、i=1,2…100であり、I(i、j)は、i番目のウインドウ内のプリカーサイオンによって生成される質量jのプロダクトイオンの強度である。このようにして、100個全てのスペクトルを使用して、個々のウインドウ内のプリカーサイオンによって生成されるさらに100個のプロダクトイオンスペクトルが取得される。1番目、2番目、およびn番目のスペクトルをそれぞれ図5の5D、5E、および5Fに示している。
ステップgで、第二次データ後処理を実施する。ステップfで取得されるプロダクトイオンスペクトルは、マスレンジ(すなわち、マスウインドウ)内のプリカーサイオンの衝突によって生成される、ハイブリッドプロダクトイオンのスペクトルである。マスウインドウは大きくないが(上記の実施例では20Da)、一つ一つのプリカーサイオンに対応するプロダクトイオンスペクトルを取得するには、デコンボリューションが必要となる。したがって、ステップgは、ほとんどのDIA法のデコンボリューションプロセスと一致している。通常の処理方法は、プリカーサイオンとプロダクトイオンとの間におけるクロマトグラフピークプロファイルまたは保持時間情報の一貫性を利用することにより、数学的なデコンボリューションを実施して、同じ分析対象のプリカーサイオンとプロダクトイオンとを相関させるステップを含む。デコンボリューションの一般的なアルゴリズムには、ピアソンの相関係数、相互相関スコア、k平均クラスタリング、エントロピー最小化法、内積スコア、および最小スパニングツリーなどが含まれる。種々のアルゴリズムが当業者に周知であるため、ここではこれらについて説明しない。
ステップhで、ステップdおよびステップeで取得した全てのプロダクトイオンスペクトルを合計して、合計スペクトルを求める。
ステップiで、ステップgおよびステップhの結果をまとめて、データ分析を実施する。本ステップでは、ステップgの結果を定性分析に使用する。すなわち、高分解能プロダクトイオンスペクトルの質量電荷比、同位体存在量分布、フラグメント分布、クロマトグラフィー保持時間、およびその他の情報に、事前設定データベース内の標準物質に関する情報(データベースに記憶された標準物質の質量電荷比、保持時間、同位体存在比、およびその他の情報など)を組み合わせたものに従って分析対象のイオンを決定し、次いでステップhで求めた合計スペクトルのプロダクトイオン強度情報に基づいて、この分析対象のイオンを定量化する。
従来技術(すなわち、背景技術で説明したように、マスウインドウを選択的に通過させてプロダクトイオンスペクトルを記録し、データ後処理を実行する)と比較して、本発明に記載している上記のステップでは、マスウインドウを選択的に通過させない方法を用いており、これによってイオン利用効率が大幅に向上し、その際ウインドウが小さくなるほど、イオン利用効率が高まることになる。たとえば、このマスウインドウは20Daである。2000Daのマスレンジでは、1980Daのマスレンジ内の残りのイオンが通過できる。1サイクルではイオン総利用効率は99%となり、これは、選択的に通過させる方法でのイオン利用効率の99倍となる。このようなイオン利用効率は、ステップhで求めた合計スペクトルの極めて高いプロダクトイオン強度に反映されている。高いイオン利用効率を有することにより、本方法の優れた定量化能力が保証されることになる。一方、本発明は、好ましくは10〜30Daのより狭いマスウインドウを選択する傾向があるため、ステップfで取得されるプロダクトイオンスペクトルの複雑さが大幅に低減され、その後実施されるステップgの数学的なデコンボリューション処理では、デコンボリューションの難易度が大幅に低下することになる。当然ながら、本発明は従来技術と比較して、データ後処理プロセス(ステップf)を別途設けているが、プロセスにおける計算の難しさおよび計算時間の消費は極めて低いものとなる。
上記の実施形態では、本方法はステップaの後に、マスレンジ内のイオン全てに第1の質量分析装置を通過させ、コリジョンセルに進入させて解離を行い、また解離したプロダクトイオン全てを第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録するステップkをさらに含み、このステップkを複数回繰り返し実施することができる。この場合のスペクトルは、実際にはプリカーサイオン全てによって生成されるプロダクトイオンに対応するスペクトルであり、ステップhで求めた合計スペクトルと本質的に同じである。ただし、スペクトルは1つのクロマトグラフィースポット内で複数回取得することができ、ステップfで、データソースの1つとしてこれを使用することができる。本ステップにより、クロマトグラフピークプロファイルの変化に起因するステップfの計算誤差を補正することができる。
上記の実施形態では、ステップfの前に数学的処理のステップを含めることができ、本ステップでは、元のマススペクトル全てにノイズ低減処理を施す。本ステップを実施する理由は、本方法では非常に多くのイオンが通過するため、ノイズ(主に化学ノイズ、ニュートラルノイズ、および溶媒効果に起因するノイズなど)もまたスペクトルに記録されることが避けられないからである。従来の方法よりも高い信号対雑音比を得るためには、まずノイズ低減処理を行う必要がある。ノイズ低減ステップとして非常に効率的なのは、高速フーリエ変換により高周波ノイズを除去することである。ここで、高周波ノイズは、主にクロマトグラフィー(主に液体クロマトグラフィー)における溶媒分子およびイオンの影響により発生している。
上記の実施形態では通常、クロマトグラフ分離を行うステップをステップaの前に含む。クロマトグラフピークプロファイル、および保持時間など、クロマトグラフィーによる分析対象の分離に関する情報は、ステップgで行うデータ後処理用のデータソースの一部として使用することができる。
上記の実施形態では、ステップbの前にプリカーサイオンスキャンプロセスを含めることができ、このスキャンプロセスは第2の質量分析装置によって実施される。通常、ステップgで行うデータ後処理用のデータソースの一部として使用するには、高分解能プリカーサイオンスペクトルが必要となる。
上記の実施形態では、第1の質量分析装置は四重極型質量分析装置であることが好ましく、またこれを、たとえばイオントラップ型質量分析装置、および飛行時間型質量分析装置などの他の分析装置とすることもできる。四重極を第1の質量分析装置として使用する場合、特定のマスウインドウの外側にあるイオンが通過できるようにするために、選択されたウインドウ内のイオンは双極RFまたは四重極RF励起によって励起され、その結果イオンが四重極の径方向(または他の方向)に沿って放出されて、次段に移動できないようにしている。同様の方法が特許文献3に記載されている。第2の質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置、およびフーリエ変換型質量分析装置などの高分解能質量分析装置であることが好ましい。
上記の実施形態では、たとえば四重極またはイオントラップによって選択的に励起され、径方向に放出されるイオンなど、第1の質量分析装置を通過しないマスウインドウ内のイオンを、検出器によって検出することもできるし、その後の分析用に残すこともできる。
上記の実施形態では、イオン移動度に応じてプリカーサイオンを分離するステップをステップbの前に含めることができる。イオン移動度のピークパターンやドリフト時間など、イオン移動度に応じた分析対象の分離に関する情報を、ステップgで行うデータ後処理用のデータソースの一部として使用することができる。
図6は、本発明の第2の実施形態を示す。本実施形態では、ステップgを省略してステップjを実施しており、ここでは、ステップfで取得したプロダクトイオンスペクトルに対してデータ分析を直接実施している。本ステップはSWATH法のデータ処理ステップに類似しており、主にターゲット分析に対応している。すなわち、プロダクトイオンスペクトル及びクロマトグラフィー情報をデータベース内のそれらと比較し、分析して分析対象を同定し、次いで図6のステップi’に示すように、ステップhで求めた合計スペクトルを参照して定量分析を実施している。
図7は、本発明による第3の実施形態を示す。本実施形態のステップb’では、単一のマスウインドウを選択する代わりに、複数のマスウインドウ(たとえば5つ)を選択する。これらのマスウインドウは不連続であることが好ましく、またマスウインドウはそれぞれ、ユニットマス(1ダルトン)のみを含む。さらに、これらのマスウインドウは擬似ランダム分布をなす。選択された複数のマスウインドウの外側に位置するイオンは、第1の質量分析装置を通過する。この際、ステップfのデータ後処理は逆アダマール変換となる。種々の用途を有するこのようなアルゴリズムは、飛行時間型質量分析、およびイオン移動度分光分析などで広く使用されており、当業者には周知であるため、ここではこれについて説明しない。本実施形態の利点は、ただ1つのスペクトルではなく、全てのプロダクトイオンスペクトルの情報を変換プロセスで利用するため、変換されたデータの信号対雑音比が著しく向上することにある。本実施形態では、第1の質量分析装置はイオントラップ型質量分析装置であることが好ましい。このような質量分析装置を使用することにより、選択された任意の質量のイオンを容易に放出することができ、これによって次のコリジョンセルにイオンが供給されることを回避できる。また、第1の質量分析装置を四重極型質量分析装置とすることもできる。四重極型質量分析装置の場合、イオンが素早く通過する、すなわち低いRF振動周期のみが発生することに起因して、1ダルトンのマスウインドウ内のイオンを放出することが一般に難しいと考えられているが、特別な高周波電界を印加するという技法で今やこの目的を達成できることが分かっている。したがって、本実施形態では四重極型質量分析装置に制約は存在しない。
要約すると、本発明のMSデータ取得方法は、データ非依存型取得法におけるイオン利用効率を向上させ、データ後処理の難易度を低下させ、従来技術における種々の欠点を効果的に克服しているので、高い産業応用価値を有することになる。
上記の実施形態は、本発明の原理および利点の単なる例示に過ぎず、本発明を限定することを意図するものではない。当業者であれば、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、上記の実施形態に修正または変更をなすことができる。したがって、本発明の精神および範囲から逸脱することなく当業者によってなされる同等の修正または変更は全て、本発明の添付の特許請求の範囲によって網羅される。

Claims (20)

  1. a.イオン源を設けてプリカーサイオンを生成するステップと、
    b.前記プリカーサイオンを第1の質量分析装置に供給するステップであって、前記第1の質量分析装置は、マスウインドウの外側に位置する前記プリカーサイオンが前記第1の質量分析装置を通過し、前記マスウインドウ内に位置する前記プリカーサイオンが前記第1の質量分析装置を通過できないように、少なくとも1つの前記マスウインドウを選択する、ステップと、
    c.前記第1の質量分析装置を通過する前記プリカーサイオンをコリジョンセルに供給して衝突解離を行い、プロダクトイオンを生成するステップと、
    d.前記プロダクトイオンを第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録するステップと、
    e.ステップbからステップdを繰り返すステップであって、ステップbを繰り返し実施するたびに、選択される前記マスウインドウは、それ以前に選択された前記マスウインドウ全てと重複していない、ステップとを含み、マスレンジ内の前記マスウインドウが全て選択された後、前記繰返しが停止される、質量分析装置におけるデータ取得方法。
  2. ステップeの後となるステップfを含み、
    前記ステップfは、前記選択されたマスウインドウ内の前記プリカーサイオンによって生成される、前記プロダクトイオンに対応するスペクトルを、第一次データ後処理によって取得することを含む、請求項1に記載のデータ取得方法。
  3. ステップfの後となるステップgまたはステップjを含み、
    前記ステップgは、前記選択されたマスウインドウ内の前記プリカーサイオンによって生成される前記プロダクトイオンに対応するスペクトルを、第2の数学的後処理によって取得することを含み、
    前記ステップjは、前記プロダクトイオンの前記スペクトルをデータベースと比較し、分析対象を同定することを含む、請求項2に記載のデータ取得方法。
  4. ステップeの後となるステップhを含み、
    前記ステップhは、前記記録されたスペクトル全てを合計することにより、合計スペクトルを求めることを含む、請求項3に記載のデータ取得方法。
  5. ステップfの後にステップgを含む場合、ステップhの後にステップiを含むことになり、また、ステップfの後にステップjを含む場合、ステップhの後にステップi’を含むことになり、
    前記ステップiは、ステップgで取得した前記スペクトルを定性的結果とし、ステップhで求めた前記合計スペクトルを定量的結果とすることを含み、
    前記ステップi’は、ステップjで得られた結果にステップhで求めた前記合計スペクトルを組み合わせたものに基づいて、定量分析を実施することを含む、請求項4に記載のデータ取得方法。
  6. ステップaの後に、ステップkを少なくとも1回実施するステップを含み、
    前記ステップkは、前記マスレンジ内の前記イオン全てに前記第1の質量分析装置を通過させ、前記コリジョンセルに進入させて解離を行うことと、前記解離したプロダクトイオン全てを前記第2の質量分析装置に供給して質量分析を行い、スペクトルを記録することとを含む、請求項5に記載のデータ取得方法。
  7. ステップkで取得した前記マススペクトルをステップfのデータソースの1つとして使用して、ステップfの計算誤差を補正する、請求項6に記載のデータ取得方法。
  8. ステップfの前に、前記スペクトルにノイズ低減処理を施す、請求項2に記載のデータ取得方法。
  9. 前記ノイズ低減処理は、高速フーリエ変換アルゴリズムによって高周波ノイズを除去することを含む、請求項8に記載のデータ取得方法。
  10. 前記分析対象のクロマトグラフ分離を行うステップをステップaの前に含む、請求項3に記載のデータ取得方法。
  11. ステップgにおける第二次データ後処理は、前記プリカーサイオンとプロダクトイオンとの間におけるクロマトグラフピークプロファイルまたは保持時間の一貫性に応じて、同じ前記分析対象の前記プリカーサイオンとプロダクトイオンとを相関させるデコンボリューションを実施することを含む、請求項10に記載のデータ取得方法。
  12. ステップbの前にプリカーサイオンスキャンを含み、前記スキャンを前記第2の質量分析装置によって実施する、請求項1に記載のデータ取得方法。
  13. 前記第1の質量分析装置は四重極型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、または飛行時間型質量分析装置である、請求項1に記載のデータ取得方法。
  14. 前記第2の質量分析装置は、飛行時間型質量分析装置またはフーリエ変換型質量分析装置である、請求項1に記載のデータ取得方法。
  15. イオン移動度に応じて前記プリカーサイオンを分離するステップをステップbの前に含む、請求項1に記載のデータ取得方法。
  16. 前記第1の質量分析装置を通過しない前記マスウインドウ内のイオンは、後続の分析または検出のために前記第1の質量分析装置の特定の方向に沿って放出される、請求項1に記載のデータ取得方法。
  17. ステップbにおいて、少なくとも5マスユニット(ダルトン)を連続して含むマスウインドウが、前記第1の質量分析装置で選択される、請求項1から16のいずれか一項に記載のデータ取得方法。
  18. ステップbにおいて、少なくとも5つの不連続なマスウインドウが前記第1の質量分析装置で選択され、各前記ウインドウは1マスユニット(ダルトン)を含む、請求項1から16のいずれか一項に記載のデータ取得方法。
  19. 前記少なくとも5つの不連続なマスウインドウは擬似ランダム分布をなす、請求項18に記載のデータ取得方法。
  20. ステップfで、前記第一次データ後処理において逆アダマール変換のアルゴリズムを使用する、請求項19に記載のデータ取得方法。
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