以下、図面を参照して、本発明の1または複数の実施形態が説明される。しかしながら、発明の範囲は、開示された実施形態に限定されない。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、適宜、その説明を省略する。本明細書において、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
(1)エンジンの全体構成
図1は、実施形態における圧縮着火式エンジンの全体構成を概略的に示すシステム図である。図2は、エンジン本体およびピストンを説明するための図である。図2の上段には、エンジン本体の断面図が図示され、図2の下段には、ピストンの平面図が図示されている。図3は、気筒およびその近傍の吸排気系の構造を示す概略平面図である。
実施形態における圧縮着火式エンジンは、一例として、走行用の動力源として車両に搭載された4サイクルのガソリン直噴エンジンである。この圧縮着火式エンジンは、エンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流するEGR装置50とを含む。
エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、気筒2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、気筒2に往復摺動可能に挿入されたピストン5とを含む。エンジン本体1は、典型的には複数の(例えば4つの)気筒を有する多気筒型であるが、ここでは、簡略化のため、1つの気筒2のみに着目して説明する。
ピストン5の上方には、燃焼室6が画成される。この燃焼室6には、ガソリンを主成分とする燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。この供給された燃料は、燃焼室6で空気と混合されつつ燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。なお、燃焼室6に噴射される燃料は、主成分としてガソリンを含有していれば良く、例えばガソリンに加えてバイオエタノール等の副成分を含有しても良い。ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が配設される。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転駆動する。
気筒2の幾何学的圧縮比(ピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室の容積との比)は、後述するSPCCI燃焼(部分圧縮着火燃焼、Spark Controlled Compression Ignition燃焼)に好適な値として、13以上30以下に設定される。好ましくは、気筒2の幾何学的圧縮比は、オクタン価が91程度のガソリン燃料を使用するレギュラー仕様の場合では14以上17以下に設定され、オクタン価が96程度のガソリン燃料を使用するハイオク仕様の場合では15以上18以下に設定される。
シリンダブロック3には、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転速度(エンジン回転速度)を検出するクランク角センサSN1と、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する水温センサSN2とが配設される。
シリンダヘッド4には、燃焼室6に開口する吸気ポート9および排気ポート10と、吸気ポート9を開閉する吸気弁11と、排気ポート10を開閉する排気弁12とが設けられる。なお、本実施形態におけるエンジンのバルブ形式は、図2に示すように、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式である。より具体的には、吸気ポート9は、第1吸気ポート9Aおよび第2吸気ポート9Bを含み、排気ポート10は、第1排気ポート10Aおよび第2排気ポート10Bを含む。吸気弁11は、第1吸気ポート9Aおよび第2吸気ポート9Bをそれぞれ開閉するように合計2つ備え、排気弁12は、第1排気ポート10Aおよび第2排気ポート10Bをそれぞれ開閉するように合計2つ備える。
図3に示すように、第2吸気ポート9Bには開閉可能なスワール弁18が配設されている。スワール弁18は、第2吸気ポート9Bにのみ配設され、第1吸気ポート9Aには配設されていない。このようなスワール弁18が閉方向に駆動されると、スワール弁18が配設されていない第1吸気ポート9Aから燃焼室6に流入する吸気の割合が増大するため、気筒軸線の回りを旋回する旋回流、つまりスワール流が強化できる。逆に、スワール弁18を開方向に駆動されると前記スワール流が弱化できる。なお、本実施形態の吸気ポート9は、タンブル流(縦渦)を形成可能なタンブルポートである。このため、スワール弁18の閉時に形成されるスワール流は、タンブル流とミックスされた斜めスワール流となる。
吸気弁11および排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
吸気弁11用の動弁機構13には、吸気弁11の少なくとも開時期を変更可能な吸気VVT13aが内蔵される。同様に、排気弁12用の動弁機構14には、排気弁12の少なくとも閉時期を変更可能な排気VVT14aが内蔵される。これら吸気VVT13aおよび排気VVT14aの制御により、本実施形態では、吸気弁11および排気弁12の双方が排気上死点を跨いで開弁するバルブオーバーラップ期間が調整できる。このバルブオーバーラップ期間の調整により、燃焼室6に残留する既燃ガス(内部EGRガス)の量が調整できる。なお、吸気VVT13a(排気VVT14a)は、吸気弁11(排気弁12)の閉時期(開時期)を固定したまま開時期(閉時期)のみを変更するタイプの可変機構であって良く、吸気弁11(排気弁12)の開時期および閉時期を同時に変更する位相式の可変機構であって良い。
シリンダヘッド4には、燃焼室6に燃料(主にガソリン)を噴射するインジェクタ15と、インジェクタ15から燃焼室6に噴射された燃料と燃焼室6に導入された空気との混合気に点火する点火プラグ16とが配設される。シリンダヘッド4には、さらに、燃焼室6の圧力(以下、筒内圧力ともいう)を検出する筒内圧センサSN3が配設される。
図2に示すように、ピストン5の冠面には、その中央部を含む比較的広い領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹陥させたキャビティ20が形成される。キャビティ20の中心部には、相対的に上方に隆起したほぼ円錐状の隆起部20aが形成され、この隆起部20aを挟んだ径方向の両側がそれぞれ断面お椀状の凹部が形成されている。言い換えると、キャビティ20は、隆起部20aを囲むように形成された平面視ドーナツ状の凹部である。ピストン5の冠面のうちキャビティ20よりも径方向外側の領域は、円環状の平坦面からなるスキッシュ部21となっている。
インジェクタ15は、その先端部に複数の噴孔を持つ多噴孔型のインジェクタであり、当該複数の噴孔から放射状に燃料を噴射できる(図2中のFは各噴孔から噴射された燃料の噴霧を表している)。インジェクタ15は、その先端部がピストン5の冠面の中心部(隆起部20a)と対向するように配設される。
点火プラグ16は、インジェクタ15に対し吸気側に幾分ずれた位置に配設される。点火プラグ16の先端部(電極部)は、キャビティ20と平面視で重複する位置に設定される。
図1に示すように、吸気通路30は、所定の部材で形成され、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続される。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、吸気中の異物を除去するエアクリーナ31、吸気の流量を調整する開閉可能なスロットル弁32、吸気を圧縮しつつ送り出す過給機33、過給機33により圧縮された吸気を冷却するインタークーラ35、および、サージタンク36が配設される。吸気通路30には、吸気の流量を検出するエアフローセンサSN4、吸気の温度を検出する吸気温センサSN5、および、吸気の圧力を検出する吸気圧センサSN6が配設される。より具体的には、エアフローセンサSN4は、吸気通路30におけるエアクリーナ31とスロットル弁32との間の部分に配設され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気温センサSN5および吸気圧センサSN6は、サージタンク36に設けられ、当該サージタンク36内における吸気の温度およびその圧力を検出する。
過給機33は、エンジン本体1と機械的に連係された機械式の過給機(スーパーチャージャ)である。過給機33の具体的な形式は特に問わないが、例えばリショルム式、ルーツ式および遠心式等の公知の過給機のいずれかが過給機33として用いられる。過給機33とエンジン本体1との間には、締結と解放とを電気的に切り替えできる電磁クラッチ34が介設される。電磁クラッチ34が締結されると、エンジン本体1から過給機33に駆動力が伝達され、過給機33による過給が実施される。一方、電磁クラッチ34が解放されると、上記駆動力の伝達が遮断され、過給機33による過給が停止される。
吸気通路30には、過給機33をバイパスするためのバイパス通路38が設けられる。バイパス通路38は、所定の部材で形成され、サージタンク36と後述するEGR通路51とを互いに接続する。バイパス通路38には開閉可能なバイパス弁39が配設される。
排気通路40は、所定の部材で形成され、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続される。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10および排気通路40を通じて外部に排出される。排気通路40には、排気音を検出する排気温センサSN7および触媒コンバータ41が配設される。排気温センサSN7は、排気通路40における排気ポート10と触媒コンバータ41との間の部分に配設され、当該部分を通過する排気の温度を検出する。触媒コンバータ41には、排気通路40を流通する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒41aと、排気ガス中に含まれる粒子状物質(PM)を捕集するためのGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルタ)41bとが内蔵される。なお、触媒コンバータ41の下流側に、三元触媒やNOx触媒等の適宜の触媒を内蔵した別の触媒コンバータが追加されても良い。
EGR装置50は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路51と、EGR通路51に配設されたEGRクーラ52およびEGR弁53とを含む。EGR通路51は、所定の部材で形成され、排気通路40における触媒コンバータ41よりも下流側の部分と、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間の部分とを互いに接続する。EGRクーラ52は、EGR通路51を通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(外部EGRガス)を熱交換により冷却する。EGR弁53は、EGRクーラ52よりも下流側(吸気通路30に近い側)のEGR通路51に開閉可能に設けられ、EGR通路51を流通する排気ガスの流量を調整する。EGR通路51には、EGR弁53の上流側の圧力と下流側の圧力との差を検出するための差圧センサSN8が配設される。
(2)制御系
図4は、エンジンの制御系を示すブロック図である。図5は、エンジンの運転領域を燃焼形態の相違により区分けしたマップ図である。図5の横軸は、回転速度であり、その縦軸は、負荷(要求トルク)である。図6は、SPCCI燃焼時の熱発生率の波形を示すグラフである。図6の横軸は、クランク角であり、その縦軸は、熱発生率である。
図4に示す制御処理部100は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)およびその周辺回路等を備えて構成される。
制御処理部100には、各種センサによる検出信号が入力される。例えば、制御処理部100は、クランク角センサSN1、水温センサSN2、筒内圧センサSN3、エアフローセンサSN4、吸気温センサSN5、吸気圧センサSN6、排気温センサSN7および差圧センサSN8と電気的に接続され、これらのセンサによって検出された情報(クランク角、エンジン回転速度、エンジン水温、筒内圧力、吸気流量、吸気温、吸気圧、排気温、EGR弁53の前後差圧等)が制御処理部100に逐次入力される。
そして、本実施形態では、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度を検出するアクセルセンサSN9と、車両の走行速度(以下、車速という)を検出する車速センサSN10とが備えられている。これらアクセルセンサSN9および車速センサSN10も制御処理部100に電気的に接続され、これらアクセルセンサSN9および車速センサSN10それぞれによる各検出信号も制御処理部100に逐次入力される。
制御処理部100は、上記各センサからの入力信号に基づいて、エンジンの運転領域に応じた種々の判定処理や演算処理等を実行しつつエンジンの各部を当該各部の機能に応じて制御する。すなわち、制御処理部100は、吸気VVT13a、排気VVT14a、インジェクタ15、点火プラグ16、スワール弁18、スロットル弁32、電磁クラッチ34、バイパス弁39およびEGR弁53等と電気的に接続され、上記判定処理や演算処理の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
前記エンジンの運転領域は、図5に示すように、回転速度および負荷(要求トルク)に応じた燃焼形態の相違によって4つの第1ないし第4運転領域A1〜A4に大別される。第1運転領域A1は、回転速度および負荷の双方が相対的に低い低速・低負荷の領域である。この第1運転領域A1に属する各運転点では、制御処理部100は、過給機33による過給を停止した状態(自然吸気の状態)で混合気をストイキメトリーなSPCCI燃焼させるように、エンジンの各部を制御する。第2運転領域A2は、回転速度が相対的に低くかつ負荷が相対的に高い低速・高負荷の領域である。この第2運転領域A2に属する各運転点では、制御処理部100は、過給機33により過給した状態で混合気をSPCCI燃焼させるように、エンジンの各部を制御する。第4運転領域A4は、回転速度が相対的に高い高速領域である。この第4運転領域A4に属する各運転点では、制御処理部100は、過給機33により過給した状態で混合気を、典型的なSI燃焼させるように、エンジンの各部を制御する。第3運転領域A3は、第1運転領域A1内に含まれる、回転速度および負荷の双方が相対的に中程度の中速・中負荷の領域である。この第3運転領域A3に属する各運転点では、制御処理部100は、過給機33により過給した状態で混合気をリーンバーンなSPCCI燃焼させるように、エンジンの各部を制御する。
前記SPCCI燃焼は、SI燃焼とCI燃焼とをミックスした燃焼形態である。より詳しくは、まず、SI燃焼は、点火プラグ16を用いた火花点火により混合気に点火し、その点火点から周囲へと燃焼領域を拡げていく火炎伝播により混合気を強制的に燃焼させる形態である。CI燃焼は、ピストン5の圧縮により高温・高圧化された環境下で混合気を自着火により燃焼させる形態である。これらSI燃焼とCI燃焼とをミックスしたSPCCI燃焼は、混合気が自着火する寸前の環境下で行われる火花点火により燃焼室6内の混合気の一部をSI燃焼させ、当該SI燃焼の後に(SI燃焼に伴うさらなる高温・高圧化により)燃焼室6内の残りの混合気を自着火によりCI燃焼させる、という燃焼形態である。
SPCCI燃焼は、SI燃焼時の熱発生よりもCI燃焼時の熱発生の方が急峻になるという性質を持つ。例えば、SPCCI燃焼による熱発生率の波形は、図6に示すように、SI燃焼に対応する燃焼初期の立ち上がりの傾きが、その後のCI燃焼に対応して生じる立ち上がりの傾きよりも小さくなる。SPCCI燃焼時の熱発生率の波形は、SI燃焼によって形成された相対的に立ち上がりの傾きが小さい第1熱発生率部と、CI燃焼によって形成された相対的に立ち上がりの傾きが大きい第2熱発生部とを、この順で連続して備える。このような熱発生率の傾向に対応して、SPCCI燃焼では、SI燃焼時に生じる燃焼室6内の圧力上昇率(dp/dθ)がCI燃焼時のそれよりも小さくなる。SI燃焼によって、燃焼室6内の温度および圧力が高まると、これに伴い未燃混合気が自着火し、CI燃焼が開始される。この自着火のタイミング(つまりCI燃焼が開始するタイミング)で、熱発生率の波形の傾きが小から大へと変化する。このため、SPCCI燃焼における熱発生率の波形は、CI燃焼が開始するタイミングで現れる変曲点(図6のX)を有している。
CI燃焼の開始後、SI燃焼とCI燃焼とが並行して行われる。CI燃焼は、SI燃焼よりも混合気の燃焼速度が速いため、熱発生率は、相対的に大きくなる。ここで、CI燃焼は、圧縮上死点の後に行われるため、熱発生率の波形の傾きが過大になることはない。すなわち、圧縮上死点を過ぎるとピストン5の下降によりモータリング圧力が低下するので、このことが熱発生率の上昇を抑制する結果、CI燃焼時のdp/dθが過大にならない。このように、SPCCI燃焼では、SI燃焼の後にCI燃焼が行われるという性質上、燃焼騒音の指標となるdp/dθが過大になり難く、単純なCI燃焼(全ての燃料をCI燃焼させた場合)に比べて燃焼騒音が抑制できる。
CI燃焼の終了に伴いSPCCI燃焼も終了する。CI燃焼は、SI燃焼に比べて燃焼速度が速いので、SPCCI燃焼では、単純なSI燃焼(全ての燃料をSI燃焼させた場合)に比べて燃焼終了時期を早めることができる。言い換えると、SPCCI燃焼では、燃焼終了時期を膨張行程内において圧縮上死点に近づけることができる。これにより、SPCCI燃焼では、単純なSI燃焼に比べて燃費性能を向上させることができる。
このようなSPCCI燃焼を実行するために、一例として、第2運転領域A2では、より具体的には、制御処理部100は、エンジンの各部を次のように制御する。なお、以下の説明では、燃料噴射や火花点火の時期を特定する用語として、〜行程の「前期」「中期」「後期」と言う用語や、〜行程の「前半」「後半」と言う用語が適宜に用いられる。これらは、以下のように定義される。吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を3等分した場合では、各期間は、前から順に「前期」「中期」「後期」と定義される。このため、例えば圧縮行程の(i)前期、(ii)中期、(iii)後期は、それぞれ、(i)圧縮上死点前(BTDC)180〜120°CA、(ii)BTDC120〜60°CA、(iii)BTDC60〜0°CAの各範囲である。同様に、吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を2等分した場合では、各期間は、前から順に「前半」「後半」と定義される。このため、例えば、吸気行程の(iv)前半、(v)後半は、それぞれ、(iv)BTDC360〜270°CA、(v)BTDC270〜180°CAの各範囲である。
この第2運転領域A2では、点火プラグ16は、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に1回の火花点火を実行する。そして、この火花点火をきっかけにSPCCI燃焼が開始され、燃焼室6内の一部の混合気が火炎伝播により燃焼(SI燃焼)し、その他の混合気が自着火により燃焼(CI燃焼)する。
インジェクタ15は、吸気行程中に少なくとも1回の燃料噴射を実行する。例えば、インジェクタ15は、1サイクル中に噴射すべき燃料の全量を供給する1回の燃料噴射を吸気行程中に実行する。なお、吸気行程中に2回に分けて燃料が噴射されても良い。
スロットル弁32の開度は、理論空燃比相当の空気量が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入されるような開度、つまり、燃焼室6内の空気(新気)と燃料との重量比である空燃比(A/F)が理論空燃比(14.7)に略一致するような開度に設定される。一方、後述するように、第2運転領域A2では、EGR弁53が開弁されて外部EGRガスが燃焼室6に導入される。このため、第2運転領域A2では、燃焼室6内の全ガスと燃料との重量比であるガス空燃比(G/F)は、理論空燃比(14.7)よりも大きくなる。このように、本実施形態では、第2運転領域A2での運転時に、ガス空燃比(G/F)が理論空燃比よりも大きくかつ空燃比(A/F)が理論空燃比に略一致する環境(以下、これをG/Fリーン環境という)を形成しつつ混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。
過給機33は、ON状態とされる。過給機33がON状態とされて吸気が過給されているとき、バイパス弁39の開度は、サージタンク36内の圧力(過給圧)が目標圧力に一致するように制御される。
吸気VVT13aおよび排気VVT14aは、内部EGRが実質的に停止されるようなタイミングで吸気弁11および排気弁12を駆動する。
EGR弁53は、第2運転領域A2でのSPCCI燃焼に適した量の外部EGRガスが燃焼室6に導入されるように適宜の開度まで開弁される。このときのEGR弁53の開度は、所望のSPCCI燃焼の波形(後述する目標SI率および目標θci)を得るのに適した筒内温度が実現されるように調整される。
スワール弁18の開度は、理論空燃比相当の空気量よりも多くの空気が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入されるような開度に設定される。あるいは、スワール弁18の開度は、これよりも大きい所定の中間開度に設定される。
これに対し、他の一例として、典型的なSI燃焼が行われる第4運転領域A4では、より具体的には、制御処理部100は、エンジンの各部を次のように制御する。
点火プラグ16は、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に1回の火花点火を実行する。そして、この火花点火をきっかけにSI燃焼が開始され、燃焼室6内の混合気の全てが火炎伝播により燃焼する。
インジェクタ15は、少なくとも吸気行程と重複する所定の期間にわたって噴射を噴射する。例えば、インジェクタ15は、吸気行程から圧縮行程にかけた一連の期間にわたって燃料を噴射する。
過給機33は、ON状態とされ、過給機33による過給が行われる。このときの過給圧は、バイパス弁39によって調整される。
スロットル弁32およびEGR弁53は、燃焼室6内の空燃比(A/F)が理論空燃比もしくはこれよりもややリッチな値となるように、それぞれの開度が制御される。
スワール弁18は、全開とされる。これにより、第1吸気ポート9Aだけでなく第2吸気ポート9Bが完全に開放されて、エンジンの充填効率が高められる。
(3)SI率について
上述したように、本実施形態では、SI燃焼とCI燃焼とをミックスしたSPCCI燃焼は、第1ないし第3運転領域A1〜A3で実行されるが、このSPCCI燃焼では、SI燃焼とCI燃焼との比率を運転条件に応じてコントロールすることが重要である。
本実施形態では、上記比率として、SPCCI燃焼(SI燃焼およびCI燃焼)による全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合であるSI率が用いられる。図6は、このSI率を説明するための図であり、SPCCI燃焼が起きた場合におけるクランク角の変化に対する熱発生率(J/deg)の変化を示している。図6の波形における変曲点Xは、燃焼形態がSI燃焼からCI燃焼に切り替わるときに現れる変曲点である。この変曲点Xに対応するクランク角θciは、CI燃焼の開始時期と定義できる。このクランク角θci(CI燃焼の開始時期)よりも進角側に位置する熱発生率の波形の面積R1は、SI燃焼による熱発生量とされ、θciよりも遅角側に位置する熱発生率の波形の面積R2は、CI燃焼による熱発生率とされる。これにより、(SI燃焼による熱発生量)/(SPCCI燃焼による熱発生量)で定義される上記SI率は、上記各面積R1、R2を用いることによって、R1/(R1+R2)と表せる(SI率=R1/(R1+R2))。
SI率は、1サイクル中に燃焼室6に噴射される燃料の半分の質量(50%質量分)が燃焼した時期である燃焼重心と相関がある。例えば、SI率が小さいほど、混合気が自着火により同時多発的に燃焼するCI燃焼の割合が増えるので、平均的な燃焼速度が速くなり、燃焼重心が進角して圧縮上死点に近づく。このことは、熱効率の向上につながる一方で、燃焼騒音の増大を招くことになる。逆に、SI率が高い(CI燃焼の割合が小さい)ほど、平均的な燃焼速度が遅くなるので、燃焼重心が遅角して圧縮上死点から遠ざかる。このことは、燃焼騒音の抑制につながる一方で、熱効率の低下を招くことになる。本実施形態では、このようなSI率と燃焼重心との相関性を考慮して、燃焼騒音を許容レベル以下に抑えつつ高い熱効率が得られる最適な燃焼重心が目標燃焼重心として予め定められるとともに、この目標燃焼重心に対応する最適なSI率が目標SI率として予め定められている。
ここで、目標燃焼重心は、エンジンの運転条件(回転速度/負荷)に応じて変化する。例えば、熱発生量の多い高負荷条件のとき、燃料の噴射量が多く燃焼室6内でのトータルの熱発生量が大きい(言い換えると燃焼騒音が大きくなり易い)ため、熱発生量の少ない低負荷条件のときと比べて、燃焼騒音を抑えるべく燃焼重心を圧縮上死点から大きく遅角させる必要がある。逆に、低負荷条件のとき、高負荷条件のときに比べて、熱発生量が小さく燃焼騒音が大きくなり難いので、熱効率を高めるべく燃焼重心を進角側に設定することが望ましい。このことから、目標燃焼重心は、総じて、負荷が高いほど遅角側に(言い換えると負荷が低いほど進角側に)設定される。また、単位時間あたりのクランク角の進行量がエンジン回転速度に応じて変化することから、騒音および熱効率を考慮した最適な燃焼重心は、回転速度によっても変化する。このため、目標燃焼重心は、負荷だけでなく回転速度によっても可変的に設定される。
このように、SPCCI燃焼における目標燃焼重心は、エンジンの回転速度および負荷に応じて変化するので、これに合わせて、目標SI率も回転速度および負荷に応じて可変的に設定される。例えば、上述したように、目標燃焼重心は、負荷が高いほど遅角側に存在するので、これに合わせて、目標SI率は、負荷が高いほど大きくなるように(言い換えると負荷が高いほどCI燃焼の割合が減少するように)設定される。
そして、本実施形態では、上記のように設定される目標燃焼重心および目標SI率が実現されるように、点火プラグ16による点火時期、燃料の噴射量/噴射時期、および筒内状態量といった制御量の目標値が、それぞれ運転条件(回転速度と負荷との組合せで定義される運転点)に応じて予め定められている。なお、前記筒内状態量は、例えば、燃焼室6内の温度やEGR率等である。EGR率には、燃焼室6内の全ガスに対する外部EGRガス(EGR通路51を通じて燃焼室6に還流される排気ガス)の割合である外部EGR率と、燃焼室6内の全ガスに対する内部EGRガス(燃焼室6に残留する既燃ガス)の割合である内部EGR率とが含まれる。
例えば、点火プラグ16による点火時期(火花点火の時期)が進角されるほど、多くの燃料がSI燃焼により燃焼することになり、SI率が高くなる。また例えば、燃料の噴射時期が進角されるほど、多くの燃料がCI燃焼により燃焼することになり、SI率が低くなる。あるいは、燃焼室6の温度が高くなるほど、多くの燃料がCI燃焼により燃焼することになり、SI率が低くなる。さらに、SI率の変化は、燃焼重心の変化を伴うので、これらの各制御量(点火時期、噴射時期、筒内温度等)の変化は、燃焼重心を調整する要素となる。
上記傾向に基づいて、本実施形態では、点火時期、燃料の噴射量/噴射時期および筒内状態量(温度、EGR率等)の各目標値が、上述した目標燃焼重心および目標SI率を実現可能な組合せになるように運転条件ごとに予め定められている。SPCCI燃焼によるエンジンの稼働の場合、制御処理部100は、これら制御量の各目標値に基づいて、インジェクタ15、点火プラグ16、EGR弁53、吸・排気VVT13a、14a等を制御する。例えば、制御処理部100は、点火時期の目標値に基づいて点火プラグ16を制御するとともに、燃料の噴射量/噴射時期の目標値に基づいてインジェクタ15を制御する。制御処理部100は、燃焼室6の温度およびEGR率の各目標値に基づいてEGR弁53および吸・排気VVT13a,14aを制御し、EGR通路51を通じた排気ガス(外部EGRガス)の還流量や内部EGRによる既燃ガス(内部EGRガス)の残留量を調整する。
なお、目標燃焼重心および目標SI率がエンジンの運転条件ごとに予め定められている本実施形態では、これら目標燃焼重心および目標SI率に適合する燃焼が行われた場合のCI燃焼の開始時期θciもおのずと定まっていることになる。以下の説明では、このように目標燃焼重心および目標SI率に基づき定まっているCI燃焼の開始時期は、「標準θci」と呼称する。この標準θciは、後述するフローチャート(図7の処理S4)において目標θciを決定するときの基準となる。
(4)燃焼騒音指標値に基づいたSPCCI燃焼時の制御
図7は、SPCCI燃焼時での制御処理部によって実行される制御を示すフローチャートである。このフローチャートに示す制御がスタートすると、制御処理部100は、まず、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、アクセルセンサSN9の検出値(アクセル開度)やエアフローセンサSN4の検出値(吸気流量)等から特定されるエンジン負荷とに基づいて、インジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期を決定する(S1)。なお、上述から理解されるように、この決定される燃料の噴射量/噴射時期は、前記目標燃焼重心および目標SI率を実現するための噴射量/噴射時期である。
次に、制御処理部100は、現時点の運転条件下で燃焼騒音に関して許容できる、筒内圧の上限値である基準値W(図9)を決定する(S2)。より具体的には、制御処理部100は、アクセルセンサSN9の検出値(アクセル開度)等から特定されるエンジン負荷と、車速センサSN10により検出される車速と、図9に示されるマップM1とに基づいて、基準値Wを特定する。
図9のマップM1は、基準値Wを車速/エンジン負荷ごとに規定したマップであり、制御処理部100に予め記憶されている。このマップM1は、エンジン負荷を所定の低負荷に固定したまま車速を変化させたときの基準値W1を規定した第1の特性Q1と、エンジン負荷を所定の高負荷に固定したまま車速を変化させたときの基準値W2を規定した第2の特性Q2とを含む。低負荷用の第1の特性Q1に規定される基準値W1よりも、高負荷用の第2の特性Q2に規定される基準値W2の方が大きくなるように設定される。第1の特性Q1(および第2の特性Q2)は、いずれも、車速が高くなるほど基準値W1(W2)が大きくなる右上がりの傾向を有している。高負荷用の第2の特性Q2は、車速に対する基準値W2の変化率(波形の傾き)がいずれの車速においても概ね同じとなる正比例に近い特性を有している。これに対し、低負荷用の第1の特性Q1は、車速が所定値V0未満の領域(低車速域)での基準値W1の変化率が、所定値V0以上の領域(高車速域)での基準値W1の変化率よりも大きくなる非線形な特性を有している。
前記処理S2では、制御処理部100は、上記各センサSN8、SN9の検出値等から特定される現時点の車速およびエンジン負荷(現運転条件)を上記図9のマップM1に照合することにより、現運転条件に対応する基準値Wを特定する。より詳しくは、制御処理部100は、低負荷用の第1の特性Q1上の値から現時点の車速に対応する基準値W1を特定するとともに、高負荷用の第2の特性Q2上の値から現時点の車速に対応する基準値W2を特定し、さらに、これら2つの基準値W1、W2を用いた線形補間により、現運転条件に対応する基準値Wを特定する。例えば、現時点のエンジン負荷が第1の特性Q1に対応する負荷と第2の特性Q2に対応する負荷との中間値であった場合には、基準値W1と基準値W2との中間値が、現運転条件に対応する基準値Wとして特定される。また、現時点のエンジン負荷が第1の特性Q1に対応する負荷よりも低い(もしくは第2の特性Q2に対応する負荷よりも高い)場合には、基準値W1よりも低い値(基準値W2よりも高い値)が、現運転条件に対応する基準値Wとして特定される。
上述した各特性Q1、Q2の特徴より、基準値Wは、車速/エンジン負荷が高いほど大きい値に設定される。すなわち、基準値Wは、車速およびエンジン負荷のいずれが高くなっても大きくなる値であり、車速およびエンジン負荷がともに低い条件のときが最も小さく、車速およびエンジン負荷がともに高い条件のときが最も大きくなる。これは、低車速・低負荷の条件であるほど小さな燃焼騒音でも感知され易い(逆に言えば高車速・高負荷の条件であるほど大きな燃焼騒音でも感知され難い)からである。
図7に戻って、次に、制御処理部100は、前記処理S2で特定された現運転条件に対応する基準値Wから、気筒の筒内圧に関するヒストグラムの標準偏差σに基づく余裕代yを差し引いた値を、最終基準値Wx(=W−y)として決定する(S3)。この気筒の筒内圧に関するヒストグラムの標準偏差σの演算手法は、後述する。前記余裕代yは、1σであっても良いが(y=1σ)、分布の99.73%をカバーできる観点から、好ましくは、3σである(y=3σ)。このように標準偏差を考慮して最終基準値Wxを決定するのは、燃焼サイクルごとの燃焼騒音のばらつきが大きいにもかかわらず同一の基準値Wを採用したとすると、基準値Wを超えるような大きな騒音の燃焼が偶発的に起きる可能性が高くなるからである。
次に、制御処理部100は、目標とするCI燃焼の開始時期である目標θciを決定する。この目標θciは、SI燃焼からCI燃焼に切り替わるクランク角(図6に示したクランク角θci)の目標値であり、最終基準値Wx以下に抑えることを目的に決定される。
図8は、図7に示す処理S4の詳細を示すサブルーチンである。このサブルーチンに示す制御がスタートすると、制御処理部100は、まず、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、アクセルセンサSN9の検出値等から特定されるエンジン負荷と、前記処理S3で決定された最終基準値Wxと、図10に示されるマップM2とに基づいて、最終基準値Wx以下に抑え得る限界のCI燃焼の開始時期であるθci限界を決定する。より具体的には、制御処理部100は、前記処理S3で決定された最終基準値Wxを図10のマップM2に照合することにより、当該最終基準値Wxに一致するようなθciを、前記θci限界として特定する。
図10のマップM2は、θci(CI燃焼の開始時期)と最終基準値Wxとの標準的な関係を規定したマップであり、制御処理部100に予め記憶されている。より具体的には、マップM2は、エンジン回転速度を一定(N1)としかつエンジン負荷を種々変化させた場合に得られる最終基準値Wxの標準的な特性を規定しており、横軸は、θciを、縦軸は、最終基準値Wxをそれぞれ表している。なお、図10では便宜上、低負荷、中負荷、高負荷の3種類の負荷のみを示しているが、これら3種類の負荷以外における特性も上記マップM2には含まれている。また、上記マップM2は、エンジン回転速度を一定(N1)とした場合のマップであるが、これとは異なる種々のエンジン回転速度に対し作成されたマップも、上記マップM2と同様にそれぞれ制御処理部100に記憶されている。なお、エンジン回転速度/負荷がマップM2に規定されていない値である場合には、例えば線形補間により最終基準値Wxが求められる。
次に、制御処理部100は、前記処理S21で決定されたθci限界が、予め定められた標準θciよりも遅角側であるか否かを判定する(S22)。この判定の結果、θci限界が標準θciよりも遅角側である場合(YES)には、制御処理部100は、θci限界を目標θciとして決定し(S23)、本サブルーチンを終了する。一方、前記判定の結果、θci限界が標準θciよりも遅角側でない場合(NO、すなわちθci限界と標準θciとが同一であるかもしくはθci限界が標準θciよりも進角側である場合)には、制御処理部100は、標準θciを目標θciとして決定し(S24)、本サブルーチンを終了する。
図7に戻って、次に、制御処理部100は、クランク角センサSN1の検出値に基づいて、予め定められた特定クランク角が到来したか否かを判定する(S5)。この特定クランク角は、点火プラグ16による点火時期を決定するタイミングとして予め定められたものであり、例えば圧縮上死点前60°CA程度に定められている。この判定の結果、特定クランク角が到来した場合(YES)には、制御処理部100は、次に、処理S6を実行し、一方、前記判定の結果、特定クランク角が到来していない場合(NO)には、制御処理部100は、処理を処理S5に戻す。すなわち、特定クランク角が到来するまで、この処理S5が繰り返し実行される。
前記処理S6では、制御処理部100は、前記処理S4で決定された目標θciを実現するための点火時期を決定する。ここで、本実施形態では、エンジンの運転条件ごとに、目標燃焼重心および目標SI率と、これら目標燃焼重心および目標SI率に対応する標準θciと、標準θciを実現するための点火時期、燃料の噴射量/噴射時期、および筒内状態量(温度、EGR率等)の各目標値が予め定められているので、制御処理部100は、これらの各目標値を基準に点火時期を決定することができる。例えば、標準θciと目標θciとのずれ量と、上記特定クランク角時点での筒内状態量とに基づいて、目標θciを実現するための点火時期が決定される。
すなわち、標準θciと目標θciとのずれ量が大きいほど、標準θciに対応して定められた点火時期の当初の目標値(以下、デフォルト点火時期という)から大きくずらした時期を点火時期として決定する必要がある。また、上記特定クランク角時点での筒内状態量がその目標値から大きくずれているほど、やはりデフォルト点火時期から大きくずらした時期を点火時期として決定する必要がある。一方、本実施形態では、燃料の噴射量/噴射時期として当初の目標値がそのまま採用されるので、これら燃料の噴射量/噴射時期のずれ量は、考慮しなくてよい。前記処理S6では、制御処理部100は、以上のような事情に基づき予め用意された所定の演算式を用いて、標準θciと目標θciとのずれ量と、筒内状態量の目標値に対するずれ量とから、点火プラグ16による点火時期を決定する。筒内状態量つまり燃焼室6の温度やEGR率等は、例えば吸気温センサSN5、吸気圧センサSN6、差圧センサSN8等の検出値から予測することができる。
次に、制御処理部100は、前記処理S6で決定された点火時期にて点火プラグ16を点火し、この点火をきっかけに混合気をSPCCI燃焼させる(S7)。
このような動作がSPCCI燃焼での各燃焼サイクルごとに実施される。
(5)気筒の筒内圧に関するヒストグラムの標準偏差の演算
気筒の筒内圧に関するヒストグラムの標準偏差等を処理するために、制御処理部100には、制御処理プログラムおよび前記制御プログラムを実行する上で必要な種々の所定のデータが予め記憶されている。この制御処理プログラムは、エンジンの各部を当該各部の機能に応じて制御する制御プログラム、燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムの標準偏差を求める標準偏差処理プログラム、所定の運転点において、今回の燃焼サイクルより前に前記標準偏差処理プログラムで求められた標準偏差を、前記今回の燃焼サイクルにおいて前記標準偏差処理プログラムで求められた標準偏差に基づいて更新する標準偏差更新プログラム、前記標準偏差更新プログラムで更新された標準偏差に基づいて前記気筒の筒内圧の上限値を求める上限値処理プログラム、および、前記所定の運転点において、前記上限値処理プログラムで求めた上限値以下となるように前記内燃機関を制御する燃焼制御プログラム等を含む。前記所定のデータは、上述や後述の運転条件ごとに予め定められた各関係、上述のマップM1、M2および前回の燃焼サイクルまでの標準偏差等を含む。そして、制御処理部100には、前記制御処理プログラムの実行により、図4に示すように、制御部101、標準偏差処理部102、標準偏差更新部103、上限値処理部104および燃焼制御部105が機能的に構成される。さらに、制御処理部100には、各運転点ごとに対応付けて、前記前回の燃焼サイクルまでの各標準偏差を記憶する標準偏差記憶部106が機能的に構成されている。
制御部101は、エンジンの各部を当該各部の機能に応じて制御し、エンジンの全体制御を司るものである。
標準偏差処理部102は、燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムの標準偏差を求めるものである。筒内圧のヒストグラムは、正規分布である場合もあるが、例えば、ノッキングや失火等によって、前記ヒストグラムが正規分布であるとみなせない非正規分布である場合がある。このため、より具体的には、標準偏差処理部102は、次のように今回の燃焼サイクルでの標準偏差を求めている。
図11は、一例として、所定の1つの運転点での筒内圧のヒストグラムを示す図である。図11の横軸は、筒内圧であり、その縦軸は、頻度である。図12は、関数F(a)のグラフである。図12の横軸は、aであり、その縦軸は、F(a)である。
筒内圧のヒストグラムは、例えば、図11に示すように、最頻の筒内圧mに対し、非対称となっている。このような筒内圧のヒストグラムを、破線αで示すように、正規分布とみなすことは、難しい。なお、図示を省略するが、筒内圧のヒストグラムは、正規分布となる場合もある。そこで、本実施形態では、この非正規分布の筒内圧のヒストグラムは、最頻の筒内圧mで、筒内圧が最頻の筒内圧m以下である−側ヒストグラム(x≦m)と、筒内圧が最頻の筒内圧mを超えている+側ヒストグラム(m<x)とに、2個に分割され、前記−側ヒストグラムおよび前記+側ヒストグラムは、それぞれ、実線β−、β+で示すように、正規分布とみなされ、前記非正規分布の筒内圧のヒストグラムは、これら実線β−、β+から成る実線βで表すことにする。これにより、筒内圧のヒストグラムは、筒内圧をxとし、前記−側ヒストグラムの標準偏差をs−とし、前記+側ヒストグラムの標準偏差をs+とすると、次式1で表すことができる。なお、式1は、s−=s+である場合、正規分布となるため、式1は、非正規分布だけでなく、正規分布も含む。
各筒内圧は、或る確率で発生するので、筒内圧のヒストグラムは、確率分布と見ることができる。確率論では、期待値は、1次のモーメントで表すことができ、分散σ2(=s2、s− 2、s+ 2)は、1次のモーメントと2次のモーメントで表すことができる。モーメントは、データの分布の仕方を示すものである。前記式1の1次ないし3次の各モーメントE[x]、E[x2]、E[x3]は、それぞれ、次式2ないし式4となる。なお、式2ないし式4の中で、√は、2/πのみにかかる。
そこで、y=x、x2、x3としてE[y]をE[y− n]で近似して逐次推定することにより、前記式2ないし式4の連立方程式を解くことによって、m、s−、s+を求めることができる。ここで、E[y− n]は、次式5で定義される。
ここで、E[y
− n]は、x、x
2、x
3それぞれのn燃焼サイクル目の期待値であり、E[y
− n−1]は、x、x
2、x
3それぞれの直近のn−1燃焼サイクルまでの期待値である。min(A、B)は、A、Bの中で小さい方を出力する演算子であり、n
maxは、逐次推定する際に用いられる過去のデータの個数である(例えば、直近の過去に取得された100個のデータを逐次推定で用いる場合ではn
maxは、100である)。
しかしながら、実際(現実)の筒内圧のヒストグラムは、厳密には式1で表せないので、前記式2ないし式4の連立方程式の解は、存在しない場合が有り得、非線形の連立方程式の解を求める情報処理は、煩雑となる。そこで、1次ないし3次の各モーメントE[x]、E[x2]、E[x3]で、次式6、7のように、M2、M3が定義される。
さらに、s−、s+が、a、s0でs−=(1−a)s0、s+=(1+a)s0と定義されると、M2、M3は、次式8のように、aの関数F(a)で表すことができる。
M2、M3は、上述のように、逐次推定で求められるE[y](y=x、x2、x3)から、式6、7を用いて逐次推定できるから、関数F(a)の値は、M3/(M2)(3/2)から求めることができる。関数F(a)の値が求められると、前記式8からaの値を求めることができる。実際には、関数F(a)は、図12に示すように、単調増加関数であるので、関数F(a)の値とaの値とを互いに対応付けたルックアップテーブルを予め用意して前記所定のデータの1つとして制御処理部100に記憶しておくことにより、標準偏差処理部102は、逐次推定のM3/(M2)(3/2)で求めた関数F(a)の値から、前記ルックアップテーブルを参照することにより、aの値を求めることができる。
ここで、逐次推定のM3/(M2)(3/2)で求めた関数F(a)の値は、±1の範囲を超える場合が有り得、また、3σ(=3s、3s−、3s+)を推定する目的に合わない程、非対称な分布に計算結果が成ってしまう可能性もある。このため、aの値は、所定の数値範囲に制限される。すなわち、関数F(a)の値が第1所定値以上では、前記aの数値範囲の上限値にクリップされ、関数F(a)の値が第2所定値以下では、前記aの数値範囲の下限値にクリップされる。このaの数値範囲は、複数のサンプルから予め適宜に設定され、例えば、±0.7、±0.75、±0.8等に設定され、前記第1所定値は、前記aの数値範囲の上限値におけるF(a)の値であり、前記第2所定値は、前記aの数値範囲の下限値におけるF(a)の値である。
一方、M2は、前記式6から、a、s0を用いて次式9のように表すことができ、M2は、前記式6により、逐次推定で求められるE[x]、E[x2]から、逐次推定できる。したがって、標準偏差処理部102は、逐次推定で求められるM2と上述のように求めたaとから、この式9によりs0を求めることができる。したがって、このように求めたa、s0から、標準偏差処理部102は、s−=(1−a)s0、s+=(1+a)s0によってs−、s+を求めることができる。
さらに、s−、s+が求まると、標準偏差処理部102は、前記式2から、mを求めることができる。
このように標準偏差処理部102は、m、s−、s+を求めることができる。例えば、図11に示すように、最頻の筒内圧mが中央より高圧側に寄ったヒストグラムでは、このように求めた標準偏差s+の3s+は、正規分布とみなして求めた標準偏差sの3sよりも、図11から分かるように、より適正である。上述の処理S3では、最終基準値Wxは、基準値から標準偏差(好ましくは標準偏差の3倍)を減算することによって求められたが、正規分布とみなして求めた標準偏差sと非正規分布の場合を考慮して求めた標準偏差s+との差分だけ、余裕代を大きく取り過ぎていたことが分かる。したがって、本実施形態では、これ応じた熱効率の改善が期待できる。
そして、本実施形態では、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおける筒内温に基づいて、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布か否かを判定し、判定結果に応じて前記今回の燃焼サイクルにおける標準偏差を求めている。
図13は、一例として、ノッキングおよび失火における筒内圧の各ヒストグラムを示す図である。図13Aは、ノッキングが生じた場合における筒内圧のヒストグラムを示し、図13Bは、失火が生じた場合における筒内圧のヒストグラムを示す。図13Aおよび図13Bの各横軸は、筒内圧であり、各縦軸は、頻度である。
筒内温が比較的高い場合、ノッキングが起こり易く、この結果、筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないことが多い。例えば、ノッキングが生じた場合における筒内圧のヒストグラムは、図13Aに示すように、最頻の筒内圧mよりも高圧側の裾が伸びたプロファイルを持つ非正規分布となる。このため、本実施形態では、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内温が所定の第1閾値温度以上である場合に、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定する。前記筒内温は、本実施形態では、エンジン水温、吸気温および排気温と筒内温との対応関係が予め求められ、前記対応関係が制御処理部100に記憶され、水温センサSN2、吸気温センサSN5および排気温センサSN7それぞれで測定されたエンジン水温、吸気温および排気温から前記対応関係に基づいて制御処理部100によって求められる。このように本実施形態では、水温センサSN2、吸気温センサSN5、排気温センサSN7および制御処理部100は、前記気筒の筒内温を測定する筒内温測定部の一例に相当する。あるいは、制御処理部100に接続された、筒内温を測定する温度センサが筒内温センサとして筒内圧センサSN3と併せて設けられても良い。前記所定の第1閾値温度は、運転点ごとに、複数のサンプルから予め適宜に設定され、複数の運転点それぞれに対応付けられて複数の第1閾値温度が前記所定のデータの1つとして制御処理部100に記憶される。したがって、標準偏差処理部102は、今回の運転点に対応する第1閾値温度を用いて上述の判定を実施する。
そして、筒内温が比較的低い場合、例えば失火等により燃焼が不安定に成り易く、この結果、筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないことが多い。例えば、失火が生じた場合における筒内圧のヒストグラムは、図13Bに示すように、最頻の筒内圧mよりも低圧側の裾が伸びたプロファイルとなる。このため、本実施形態では、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内温が前記第1閾値温度より低い所定の第2閾値温度以下である場合に、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定する。前記所定の第2閾値温度は、運転点ごとに、複数のサンプルから予め適宜に設定され、複数の運転点それぞれに対応付けられて複数の第2閾値温度が前記所定のデータの1つとして制御処理部100に記憶される。したがって、標準偏差処理部102は、今回の運転点に対応する第2閾値温度を用いて上述の判定を実施する。
上述から、本実施形態では、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内温が前記第2閾値温度を超え、前記第1閾値温度未満である場合に、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布であると判定する。
なお、本実施形態では、上述のように、筒内温の高温側および低温側それぞれで、筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定されたが、この判定は、筒内温の高温側および低温側のうちのいずれか一方で実施されても良い。すなわち、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内温が前記第1閾値温度以上である場合に、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定し、一方、前記筒内温が前記第1閾値温度未満である場合に、前記ヒストグラムが正規分布であると判定して良い。また、標準偏差処理部102は、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内温が前記第2閾値温度以下である場合に、前記今回の燃焼サイクルにおいて筒内圧センサSN3で測定される筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定し、一方、前記筒内温が前記第2閾値温度を超える場合に、前記ヒストグラムが正規分布であると判定して良い。
このような判定によって、前記筒内圧のヒストグラムが正規分布であると判定された場合、標準偏差処理部102は、上述のように求めた標準偏差s−、s+をそのまま最終的な標準偏差s−、s+とする。一方、前記判定によって前記筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定された場合、標準偏差処理部102は、上述のように求めた標準偏差s−と標準偏差s+との差分△s(=|s−−s+|)を求め、上述のように求めた標準偏差s−、s+それぞれを前記差分△sに基づいて補正して最終的な標準偏差s−、s+を求める。より具体的には、標準偏差処理部102は、例えば、標準偏差s−、s+それぞれから差分△sを減算することで前記補正を行う(s−←s−−△s、s+←s+−△s)。なお、標準偏差処理部102は、差分△sに所定値を乗算した乗算結果を標準偏差s−、s+それぞれから減算することで前記補正を行っても良い。上述のように、非正規分布のヒストグラムを、正規分布の−側ヒストグラムと+側ヒストグラムから成るとみなしているので、標準偏差s−、s+は、ヒストグラム全体が正規分布とみなして求めた標準偏差sよりも適正であるが、必ずしも真値であるとは限らない。そこで、本実施形態では、その真値は、少なくとも、ヒストグラム全体が正規分布とみなして求めた標準偏差sより低圧側に存在するので、上述のように、標準偏差s−、s+が、正規分布からのずれ分を反映している差分△sで補正されている。
標準偏差更新部103は、所定の運転点において、今回の燃焼サイクルより前に標準偏差処理部102で求められた標準偏差s−、s+を、前記今回の燃焼サイクルにおいて標準偏差処理部102で求められた最終的な標準偏差s−、s+に基づいて更新するものである。より具体的には、標準偏差更新部103は、今回の運転点に対応付けられて標準偏差記憶部106に記憶されている前回の燃焼サイクルまでの標準偏差s−の分散と、上述のように求めた今回の燃焼サイクルの最終的な標準偏差s−の分散との平均を求め、この求めた平均の分散から更新後の今回の燃焼サイクルでの標準偏差s−を求める。次回の燃焼サイクルの際に前回の燃焼サイクルまでの標準偏差s−として用いるために、標準偏差更新部103は、この求めた更新後の今回の燃焼サイクルでの標準偏差s−を今回の運転点に対応付けて標準偏差記憶部106に記憶する。同様に、標準偏差更新部103は、今回の運転点に対応付けられて標準偏差記憶部106に記憶されている前回の燃焼サイクルまでの標準偏差s+の分散と、上述のように求めた今回の燃焼サイクルの最終的な標準偏差s+の分散との平均を求め、この求めた平均の分散から更新後の今回の燃焼サイクルでの標準偏差s+を求める。次回の燃焼サイクルの際に前回の燃焼サイクルまでの標準偏差s+として用いるために、標準偏差更新部103は、この求めた更新後の今回の燃焼サイクルでの標準偏差s+を今回の運転点に対応付けて標準偏差記憶部106に記憶する。
上限値処理部104は、標準偏差更新部103で更新された更新後の標準偏差に基づいて気筒の筒内圧の上限値を求めるものである。より具体的には、筒内圧の上限値を求めるため、前記+側ヒストグラムの標準偏差s+が用いられ、上限値処理部104は、標準偏差更新部103で更新された更新後の標準偏差s+に基づいて気筒の筒内圧の上限値を求める。より詳しくは、前記上限値は、上述の処理S3で説明したように、この更新後の標準偏差s+(=σ)に基づく余裕代yを、前記処理S2で特定された基準値Wから差し引くことで求められる(上限値=最終基準値Wx)。すなわち、本実施形態では、上限値処理部104は、上述の処理S3を実行する。
なお、上述では、標準偏差更新部103は、標準偏差s−も更新したが、上限値処理部104は、標準偏差s−を利用しないので、標準偏差更新部103は、標準偏差s+のみを処理対象とし、標準偏差s−を処理対象としなくても良い。
燃焼制御部105は、前記所定の運転点において、上限値処理部104で求めた上限値以下となるように内燃機関(本実施形態では部分圧縮着火式エンジン)を制御するものである。本実施形態では、燃焼制御部105は、上述の処理S1、処理S2、処理S4、処理S5、処理S6および処理S7の各処理を実行する。
図14は、標準偏差を求める処理を示すフローチャートである。図15は、一例として、実施形態の効果を説明するための図である。図15の横軸は、燃焼サイクルであり、その縦軸は、筒内圧である。
このような各機能ブロックを備えた制御処理部100は、各燃焼サイクルごとに、筒内圧の標準偏差の演算に関し、次のように動作する。
図14において、まず、制御処理部100は、標準偏差処理部102によって、今回の運転点、筒内圧および筒内温としてエンジン水温を取得する(S41)。より具体的には、標準偏差処理部102は、クランク角センサSN1の検出信号からエンジン回転速度を求め、アクセルセンサSN9の検出信号(アクセル開度)やエアフローセンサSN4の検出信号(吸気流量)等からエンジン負荷を求め、今回の運転点を求め、筒内圧センサSN3、水温センサNS2、吸気温センサSN5および排気温センサSN7それぞれの各検出信号(筒内圧、エンジン水温、吸気温および排気温)を取得する。この取得の工程S41は、例えば、圧縮上死点を0度とした場合におけるクランク角が所定の角度、例えば180度になったタイミングで実行される。
次に、制御処理部100は、標準偏差処理部102によって、標準偏差を求める(S42)。より具体的には、上述のように、標準偏差処理部102は、E[y]をE[y− n]で近似して逐次推定することにより、第1ないし第3の各モーメントE[x]、E[x2]、E[x3]を求め、これらから前記式6、7を用いてM2、M3を求め、M3/(M2)(3/2)から関数F(a)の値を求め、この求めた関数F(a)の値から前記ルックアップテーブルに基づいてaを求め、M2、aからs0を求め、a、s0から標準偏差s−、s+を求め、この求めた各標準偏差s−、s+を今回の運転点に対応付けて標準偏差記憶部106に記憶する。
次に、制御処理部100は、標準偏差処理部102によって、前記筒内圧のヒストグラムが正規分布か否かを判定する(S43)。より具体的には、上述のように、標準偏差処理部102は、水温センサSN2、吸気温センサSN5および排気温センサSN7それぞれから処理S41で取得したエンジン水温、吸気温および排気温から前記対応関係に基づいて筒内温を求め、この求めた筒内温と前記第1および第2閾値温度それぞれとを比較し、この求めた筒内温が前記第1閾値温度以上である場合には、正規分布ではない(非正規分布である)と判定し、前記求めた筒内温が前記第1閾値温度未満であって前記第2閾値温度を超えている場合には、正規分布であると判定し、前記求めた筒内温が前記第2閾値温度以下である場合には、正規分布ではない(非正規分布である)と判定する。この判定の結果、正規分布であると判定された場合(Yes)では、標準偏差処理部102は、次に、処理S44を実行し、一方、前記判定の結果、正規分布ではないと判定された場合(No)では、標準偏差処理部102は、次に、処理S45を実行する。
この処理S44では、制御処理部100は、標準偏差処理部102によって、正規分布での最終的な標準偏差を求め、次に、処理S46を実行する。より具体的には、上述のように、標準偏差処理部102は、処理S42で求めた標準偏差s−、s+をそのまま最終的な標準偏差s−、s+とする。
前記処理S45では、制御処理部100は、標準偏差処理部102によって、非正規分布での最終的な標準偏差を求め、次に、処理S46を実行する。より具体的には、上述のように、標準偏差処理部102は、処理S42で求めた標準偏差s−と標準偏差s+との差分△sを求め、前記処理S42で求めた標準偏差s−、s+それぞれを前記差分△sに基づいて補正して最終的な標準偏差s−、s+を求める。
この処理S46では、制御処理部100は、標準偏差更新部103によって、所定の運転点において、今回の燃焼サイクルより前に標準偏差処理部102で求められた標準偏差s−、s+を、前記今回の燃焼サイクルにおいて標準偏差処理部102で求められた最終的な標準偏差s−、s+に基づいて更新し、本処理を終了する。
このような更新後の標準偏差は、図7を用いて説明した上述の処理S1ないし処理S7で用いられる。
一例として、筒内圧の実データから、上述の手法により求めた標準偏差s−、s+の3s−、3s+が図15に示されている。図15には、前記筒内圧の実データが、正規分布とみなして求めた標準偏差sの3sも示されている。標準偏差s+の3s+の方が標準偏差sの3sより適切であることが、図15から分かる。
以上説明したように、本実施形態は、筒内温に基づいて、今回の燃焼サイクルにおける筒内圧のヒストグラムが正規分布か否かを判定し、判定結果に応じて前記今回の燃焼サイクルにおける標準偏差を求めている。このため、本実施形態は、前記ヒストグラムが正規分布ではない場合でも、気筒の筒内圧の上限値を適切に設定できる。このように求めた標準偏差に基づき求めた前記気筒の筒内圧の上限値が、現実には非正規分布である前記ヒストグラムを正規分布と考えて求めた標準偏差に基づき求めた前記気筒の筒内圧の上限値より大きい場合では、これら上限値の差分に応じた熱効率の改善が見込まれる。したがって、本実施形態は、気筒の筒内圧の上限値を適切に設定できるため、燃焼騒音を許容値に収めつつ、熱効率を改善できる。
本実施形態によれば、内燃機関が一例として部分圧縮着火式エンジンであるので、気筒の筒内圧の上限値を適切に設定できる、部分圧縮着火式エンジンの制御方法および制御装置が提供できる。
本実施形態は、筒内温が前記第1閾値温度以上である場合に、筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定する。このため、本実施形態は、ノッキングに起因して前記ヒストグラムが正規分布ではない場合でも、気筒の筒内圧の上限値を適切に設定できる。
本実施形態は、筒内温が前記第2閾値温度以下である場合に、筒内圧のヒストグラムが正規分布ではないと判定する。このため、本実施形態は、不安定な燃焼に起因して前記ヒストグラムが正規分布ではない場合でも、気筒の筒内圧の上限値を適切に設定できる。
前記補正した第1標準偏差σの3倍に基づいて前記気筒の筒内圧の上限値が求められる場合(y=3σ)、このような実施形態は、前記気筒の筒内圧がばらついても前記気筒の筒内圧を上限値以下に押さえることができる。すなわち、このような実施形態は、燃焼騒音を許容範囲内に押さえることができる。
なお、上述の実施形態では、内燃機関が部分圧縮着火式エンジンであったが、これに限定されるものではなく、他の型式のエンジンであっても良い。例えば、内燃機関は、ディーゼルエンジンであっても良く、前記ディーゼルエンジンによる燃焼騒音を許容範囲内に収めるために、筒内圧の上限値の決定に、上述の各処理が利用されても良い。
また、上述の実施形態では、1燃焼サイクル中に燃焼室6に噴射される燃料の半分の質量(50%質量分)が燃焼した時期である燃焼重心が用いられてが、これに限定されるものではなく、適宜に変更できる。すなわち、1燃焼サイクル中に前記気筒に供給される燃料のうち目標の質量割合(例えば40%質量や60%質量等)の燃料が燃焼した時期である目標質量燃焼時期が用いられても良い。
また、上述の実施形態では、前記式1が正規分布の場合も含むので、前記式1の各標準偏差s−、s+を求めることによって、所定の運転点での1燃焼サイクルにおける筒内圧に関するヒストグラムを正規分布とした場合における第1標準偏差が求められたが、前記第1標準偏差は、正規分布の公式から求められも良い。より具体的には、分散s2(=M2)は、前記式6に示すように、2次のモーメントから1次のモーメントの2乗を減算することによって求められるから、標準偏差処理部102は、E[y]をE[y− n]で近似して逐次推定することにより、第1および第2の各モーメントE[x]、E[x2]を求め、2次のモーメントから1次のモーメントの2乗を減算することによって分散s2を求め(s2=E[x2]−{E[x]}2)、この求めた分散s2の平方根を求めることによって第1標準偏差sを求めても良い。
第1および第2閾値温度に基づいて判定した判定結果が実際には、誤っている場合がある。そこで、上述の実施形態において、図4に破線で示すように、制御処理部100は、筒内圧センサSN3で測定された筒内圧に基づいて、前記処理S43での標準偏差処理部102による判定結果の正否を判定する正否判定処理を複数実施し、この実施した複数の正否判定処理の結果に基づいて前記第1および第2閾値温度の少なくとも一方を修正する修正処理部107をさらに備えても良い。このような実施形態は、前記判定結果の正否を複数回判定し、この正否判定の判定結果に基づいて前記第1および第2閾値温度の少なくとも一方を修正するので、前記第1および第2閾値温度に基づいて筒内圧のヒストグラムが正規分布か否かをより適切に判定できるようになる。
より具体的には、まず、ノッキングが生じると、筒内圧に高周波振動が含まれる。このため、修正処理部107は、例えば、所定のサンプリング間隔で筒内圧センサSN3の検知信号を取得し、この取得した今回の燃焼サイクルの検知信号に高周波振動を含むか否かを判定することによって、ノッキングの発生の有無を判定する。高周波信号が含まれている場合には、ノッキングの発生有りと判定される。高周波信号が含まれていない場合には、ノッキングの発生無しと判定される。次に、修正処理部107は、この筒内圧センサSN3による判定結果と、前記処理S43での標準偏差処理部102による判定結果とを比較することによって、前記処理S43での標準偏差処理部102による判定結果の正否を判定する。修正処理部107は、このような正否判定処理を予め設定された所定の期間(修正判定期間)中に複数実施し、前記修正判定期間経過時の結果、筒内温が前記第1閾値温度未満であって前記第2閾値温度を超えていて正規分布(ノッキングが発生し難い)と判定したが、筒内圧センサSN3による判定結果ではノッキングの発生有りと判定した第1不一致回数が予め設定された第1閾値回数以上である場合には、その筒内温度は、筒内圧のヒストグラムが非正規分布する温度であったと判定して、修正処理部107は、前記第1閾値温度を、予め設定された第1修正値だけ下げることによって前記第1閾値温度を修正する(第1閾値温度←第1閾値温度−第1修正値)。一方、前記結果、筒内温が前記第1閾値温度以上であって非正規分布(ノッキングが発生し易い)と判定したが、筒内圧センサSN3による判定結果ではノッキングの発生無しと判定した第1一致回数が予め設定された第2閾値回数以上である場合に、修正処理部107は、前記第1閾値温度を、予め設定された第2修正値だけ上げることによって前記第1閾値温度を修正する(第1閾値温度←第1閾値温度+第2修正値)。
そして、失火が生じると、実際の筒内圧が当該運転点で想定される筒内圧よりも下がる。このため、修正処理部107は、例えば、所定のクランク角のタイミングで筒内圧センサSN3の検知信号を取得し、この取得した筒内圧が当該運転点で想定される筒内圧に基づく予め設定された閾値筒内圧よりも低いか否かを判定することによって、失火の発生の有無を判定する。前記筒内圧が前記閾値筒内圧よりも低い場合には、失火の発生有りと判定される。前記筒内圧が前記閾値筒内圧以上である場合には、失火の発生無しと判定される。次に、修正処理部107は、この筒内圧センサSN3による判定結果と、前記処理S43での標準偏差処理部102による判定結果とを比較することによって、前記処理S43での標準偏差処理部102による判定結果の正否を判定する。修正処理部107は、このような正否判定処理を前記修正判定期間中に複数実施し、前記修正判定期間経過時の結果、筒内温が前記第1閾値温度未満であって前記第2閾値温度を超えていて正規分布(失火が発生し難い)と判定したが、筒内圧センサSN3による判定結果では非正規分布(失火が発生し易い)と判定した第2不一致回数が予め設定された第3閾値回数以上である場合に、修正処理部107は、前記第2閾値温度を、予め設定された第3修正値だけ上げることによって前記第2閾値温度を修正する(第2閾値温度←第2閾値温度−第3修正値)。一方、前記結果、筒内温が前記第2閾値温度以下であって非正規分布(失火が発生し易い)と判定したが、筒内圧センサSN3による判定結果では失火の発生無しと判定した第2一致回数が予め設定された第4閾値回数以上である場合に、修正処理部107は、前記第2閾値温度を、予め設定された第4修正値だけ下げることによって前記第2閾値温度を修正する(第2閾値温度←第2閾値温度−第4修正値)。
修正処理部107は、このような各処理を運転点ごとに実施する。これら第1閾値回数、第1修正値、第2閾値回数、第2修正値、閾値筒内圧、第3閾値回数、第3修正値、第4閾値回数および第4修正値は、それぞれ、運転点ごとに、複数のサンプルから適宜に設定される。第1ないし第4修正値は、同一値であって良く、あるいは、異値であって良い。
本発明を表現するために、上述において図面を参照しながら実施形態を通して本発明を適切且つ十分に説明したが、当業者であれば上述の実施形態を変更および/または改良することは容易に為し得ることであると認識すべきである。したがって、当業者が実施する変更形態または改良形態が、請求の範囲に記載された請求項の権利範囲を離脱するレベルのものでない限り、当該変更形態または当該改良形態は、当該請求項の権利範囲に包括されると解釈される。