圧電素子を超音波発生源として利用する超音波振動子は各種の構成のものが知られているが、その代表的な構成として、一対の金属ブロックとこれらの金属ブロックの間に固定された分極処理済の圧電素子から構成されたランジュバン型超音波振動子が知られている。なかでも、分極処理済の圧電素子を一対の金属ブロックの間でボルトにより接続し、高圧で締め付け固定した構造のボルト締めランジュバン型超音波振動子は高エネルギーの超音波振動の発生が可能なため、各種材料の切削加工、塑性加工、砥粒加工などを行うための工具に付設して用いる超音波加工での利用が検討されている。さらに、各種の超音波振動子については、その超音波振動子にて発生する超音波振動を振動板や振動手段を介して送信することによる、超音波洗浄、金属接合、プラスチック溶着、超音波霧化、乳化・分散などの超音波処理の用途、そして魚群探知機などの水中音響器(ソナー)、超音波探傷器、医療用エコー診断装置、流量計などの通信的応用機器への利用が検討され、多くの分野で実際に使用されている。
ボルト締めランジュバン型超音波振動子を含む各種の超音波振動子の構成は既に知られているが、念のため、代表的なボルト締めランジュバン型超音波振動子の構成とその利用形態の一例を添付の図1と図2を参照して以下に簡単に説明する。
図1は、ボルト締めランジュバン型超音波振動子の代表的な構造の例を示す図である。ボルト締めランジュバン型超音波振動子1は、一対の金属ブロック2a、2bの間に分極済の圧電素子(例:PZTなどの圧電セラミック板)3を挟み、ボルト4を用いて金属ブロック2a、2bを互いに締め付けた構造を有する。図1において、圧電素子に記入されている矢印は分極方向を示す。なお、圧電素子3には、電気エネルギーを印加するための端子として利用する電極片(通常はリン青銅などの電極片を用いる)5a、5bが接続されている。
図2は、ボルト締めランジュバン型超音波振動子を超音波振動源として用いる超音波研削加工装置(研磨機)の構成例を示す図である。図2において、超音波研削加工装置10は、ハウジング11内に、下端部にホーン12を介して接続された研磨具13を備えた超音波振動子1を収容し、この超音波振動子1を軸受14により回転可能に支持している。超音波振動子1の回転は、サーボユニット15に接続された交流スピンドルモータ16により駆動される。図2の装置では、超音波振動子1の超音波振動のための電気エネルギーは、外部に設けた電気エネルギー供給源17に接続しているカーボンブラシとスリップリングとから構成されている接触型給電装置18を介して供給される。
超音波加工装置において各種工具に超音波振動を与えることにより期待される効果は、当該工具による加工作業に必要な電気エネルギーの節減や加工精度の向上などであるが、これまでに製造され、実際の加工作業に使用されてきた超音波加工装置では、その期待された効果が充分に得られていない。このため現在の時点では超音波加工装置の普及は十分進んでいるとは云えない。従って、超音波加工の更なる普及を進めるためには、超音波加工作業の実施において超音波振動子の振動の励起のため必要な電気エネルギー量を低減を実現し、さらに充分な加工精度の向上が得られるような改良が必要である。
本発明の発明者は、これまでに、超音波振動子の振動の励起に必要な電気エネルギー量に見合う加工精度の向上が期待できる様々な超音波振動子の改良発明を案出し、特許出願を行ってきた。たとえば、それらの改良発明の内で最近の発明としては特許文献1に開示されている発明を挙げることができる。
特許文献1には、工具と超音波振動体との振動複合体を高い安定性にて支持し、かつ超音波振動体において発生する超音波エネルギーの該振動複合体の支持体(固定支持体)への漏出を低いレベルに抑制することによって振動エネルギーの工具への高い効率での印加を可能にする支持構造として、工具を備えた超音波振動体にフランジを付設し、フランジの片側面を、別に用意した固定体に形成したフランジ支持面に応力を掛けた状態で接触させることにより係合支持する支持構造(但し、超音波振動体のフランジは、固定体のフランジ支持面には接合されてなく、また固定体の支持面に接触して係合支持された超音波振動体のフランジは、該超音波振動体が振動状体にある時にはフランジの厚み方向に超音波振動する構造とされる)が開示されている。
特許文献1に記載の新たな超音波振動子の支持構造を利用する超音波加工装置により、従来知られていた構造の超音波振動子を用いる超音波加工装置の問題点については少なからずの解決が見られた。しかしながら、特許文献1に記載の超音波振動子の支持構造を利用した超音波加工装置についても、実用的に充分に満足できるレベルの電気エネルギーの必要量の削減と加工精度の向上とが得られていない。
従って、本発明の課題は、実用的に充分に満足できるレベルの電気エネルギーの必要量の削減と加工精度の向上とを共に実現することのできる超音波加工に適した超音波振動子の構造と超音波振動子の振動の励起方法を提供することにある。
本発明の発明者は、特許文献1に記載の超音波振動子の支持構造の改良を目的として、改めて超音波振動子における超音波振動発生のメカニズムの検討を行なった。そしてその検討に際して、超音波振動子を強固に支持する構造のモデルとして、図3に示す支持構造を案出した。すなわち、図3の支持構造では、ボルト締めランジュバン型超音波振動子1を組み立てるに際して、先ず、前方側に配置する金属ブロック(一般に「フロントマス」と呼ばれる)2bの上側端部の周囲に環状の支持枠体6を金属ブロックと一体として形成し、このフロントマス2bと後方側に配置する金属ブロック(一般に「リアマス」と呼ばれる)2aとの間に分極処理済の平板状の圧電素子3をボルト4で締め付け固定させた。そして、このように構成したボルト締めランジュバン型超音波振動子1を用意した上で、環状の支持枠体6の縁部を、雄ネジを備えたハウジング11(このハウジング自体が図示しない支持構造体である基台に接続され、固定されている)と雌ネジを備えたナット7との嵌め合い構造により係合させ、拘束固定した。なお、ボルト締めランジュバン型超音波振動子1の圧電素子3への電気エネルギーの供給は、ハウジング11に形成した孔を介して、ハウジングの外部に設けた超音波発振回路8から予め決めた周波数を持つ電圧を印加するようにした。
次いで、図3に示した支持構造で支持固定する超音波振動子として、その振動特性を実験により観察するために、図4に示す形状とサイズ(単位:mm)のボルト締めランジュバン型超音波振動子1を作製した。図4のボルト締めランジュバン型超音波振動子1は、分極処理済の平板状圧電素子(PZT圧電素子)3a、3bをステンレススチール製のリアマス2aと同じくステンレススチールを材料として環状の支持枠体6と共に一体的に成形したフロントマス2bとの間に配置し、同じくフロントマス2bと一体的に成形したボルト4で締め付け固定させる構成としている。そして、フロントマス2bの下部には工具を装着したコレットをはめ込むためのテーパ状の凹部を形成した。
図4に示した形状とサイズを持つボルト締めランジュバン型超音波振動子の超音波振動特性を実験により観察するために、まずインピーダンスアナライザを用いて、超音波振動子を非拘束とした状態での周波数特性を測定し、次いで、同じ超音波振動子を、図3に示した支持構造にて支持固定(拘束)した状態として同様に周波数特性を測定した。図4のボルト締めランジュバン型超音波振動子の非拘束状態での周波数特性を表すアドミッタンス曲線を図5に、そして図3に示した支持構造で拘束した状態での周波数特性を表すアドミッタンス曲線を図6に示す。
図5のアドミッタンス曲線から明らかなように、測定対象のボルト締めランジュバン型超音波振動子は、非拘束状態では42.125KHzの周波数位置に一つのアドミッタンスピークが現れる。このアドミッタンスピークの周波数(42.125KHz)は、非拘束状態にある図4の超音波振動子の縦一次振動を励起させる共振周波数であると理解される。
一方、図6の拘束状態のボルト締めランジュバン型超音波振動子のアドミッタンス曲線には、図5のアドミッタンス曲線で見られた縦一次振動を励起させる共振周波数に近い周波数(44.375KHz)に一つのアドミッタンスピークが現れ、さらにそのアドミッタンスピークの周波数よりも低周波数側の領域の24.250KHzの周波数位置に、上記共振周波数におけるアドミッタンスピークよりも若干小さいアドミッタンスピークが現れることが判明した。
図6のアドミッタンス曲線で現れた二つのアドミッタンスピークの存在は、いずれの周波数であっても、測定対象のボルト締めランジュバン型超音波振動子の超音波振動の励起が可能であることを意味するとりかいされる。すなわち、それらの二つの周波数はいずれも超音波振動の励起を可能にする共振周波数に相当すると考えられる。本発明者はこれらの二つの互いに異なる周波数位置に現れるアドミッタンスピークの存在に注目して、図6のアドミッタンス曲線から判明した二つの共振周波数に近似した周波数を持つ電圧を、図3に示した拘束条件にある図4のボルト締めランジュバン型超音波振動子に印加し、超音波振動を励起させ、振動下にあるフロントマス2bの下端面の縦方向の振動変位量をレーザードップラー振動計により測定した。
レーザードップラー振動計を用いた上記のフロントマス2bの下端面の縦方向の振動変位量の測定結果によれば、図6の相対的に大きな高周波数側のアドミッタンスピークの周波数に近似した周波数(43.86KHz)の電圧を印加することにより超音波振動(いわゆる縦一次振動)を励起させた超音波振動子のフロントマスの2bの下端面の振動変位量は約33μmであり、その超音波振動に要する電力は約3.5Wであることが判明した。これに対して、図6の相対的に小さい低周波数側のアドミッタンスピークの周波数に近似した周波数(23.64KHz)の電圧を印加して超音波振動を励起させた超音波振動子のフロントマス2bの下端面の振動変位量は約30μmであったが、その超音波振動に要した電力は約0.5Wと顕著に低減することが判明した。
従って、図6のアドミッタンス曲線の高周波数側に現れる相対的に大きなアドミッタンスピークに相当する周波数の電圧印加により超音波振動子に現れる超音波振動(縦一次振動)と低周波数側に現れる相対的に小さなアドミッタンスピークに相当する周波数の電圧印加により超音波振動子に現れる超音波振動とは、その縦方向の振動変位量についてはほぼ同等となるが、その略同等の振動変位量の超音波振動を励起させるために必要な電力は、後者が前者の約1/7(0.5W/3.5W)となること、すなわち、図4に示した構成のボルト締めランジュバン型超音波振動子を図3に示した支持構造を利用して支持拘束した状態で超音波振動を励起させるために必要な電力は、後者の低周波数側の共振周波数の電圧の印加での振動を利用することにより、前者の高周波数側の共振周波数の電圧の印加での振動(縦一次振動)を利用した場合に比べて、大幅に低減することが判明した。
次いで、図4に示した構成のボルト締めランジュバン型超音波振動子のフロントマス2bの凹部に工具をそなえたコレットを装着して、その工具の先端部の振動変位量についても今度は縦方向と横方向の両方向で測定する実験を行った。この実験では、工具として想定したドリルのモデルとして、長さ40mm、径3mmの断面が円形の棒体を選び、この棒体をコレット下端部に突き出し長さ14.8mmにて装着し、この超音波加工用工具モデルを用いて測定を行った。
上記の工具先端部の振動変位量の測定実験では、図4の構成のボルト締めランジュバン型超音波振動子にコレットと工具を装着して構成した超音波加工用工具モデルについてのインピーダンスアナライザーにより得られたアドミッタンス曲線に基づき、高周波数側の共振周波数は30.20KHz、そして低周波数側の共振周波数は21.09KHzとして、それぞれの周波数を持つ電圧をボルト締めランジュバン型超音波振動子に印加した。
この測定実験の結果、高周波数側の共振周波数の電圧の印加により振動させた超音波振動子に装着した工具の先端部の縦方向の振動変位量は8.33μmp−pであって、横方向の振動変位量は0.787μmp−pであること、そして当該振動に必要とした電力は1.17Wであることが判明した。一方、低周波数側の共振周波数の電圧の印加により振動させた超音波振動子に装着した工具の先端部の縦方向の振動変位量は7.70μmp−pであって、横方向の振動変位量は0.248μmp−pであること、そして当該振動に必要とした電力は0.31Wであることが判明した
従って、上記の測定実験の結果から、いずれの共振周波数での超音波振動でも同等の縦方向の振動変位量が得られているが、横方向の振動変位量については、低周波数側の共振周波数の電圧の印加による振動では、高周波数側の共振周波数の電圧の印加による振動(縦一次振動)に比べて、約1/3(0.248/0.787)となることが判明した。また、電力使用量も、低周波数側の共振周波数の電圧の印加による振動では、高周波数側の共振周波数の電圧の印加による振動(縦一次振動)に比べて、約1/4(0.31/1.17)となることから、超音波振動の励起に必要な電力使用量も顕著に低減することが確認された。
以上に記載した実験結果から、上記の超音波振動子の縦一次振動を励起させる共振周波数よりも低周波数側に現れるアドミッタンスピークに相当する共振周波数の電圧の印加による超音波振動子の振動励起方法を利用することにより、振動励起に必要な電力の顕著な低減と共に、縦振動に付随して励起される横振動(横揺れ)の顕著な低減も実現することが判明した。
本発明者は次いで、上記の超音波振動子の縦一次振動を励起させる共振周波数よりも低周波数側に現れるアドミッタンスピークに相当する共振周波数の電圧の印加により発生する超音波振動子の振動の性質を解明すべく、市販の有限要素法の解析ソフトウエアであるANSYS(販売元:アンシス・ジャパン株式会社)を用い、図4のランジュバン型超音波振動子を図3の拘束条件(すなわち、図6のアドミッタンス曲線が得られた超音波振動子の拘束条件)にて拘束した場合に励起される超音波振動の解析を行った。
上記の有限要素法による超音波振動の解析の結果、超音波振動子の縦一次振動を励起させる共振周波数よりも低周波数側に現れるアドミッタンスピークに相当する共振周波数の電圧の印加により発生する超音波振動子の振動は、図7のANSYS解析画像から明らかなように、超音波振動子の全体が同一の縦方向(超音波振動子の長軸方向)に振動する往復運動であって、超音波振動子の内部には振動の節となる部位が存在しない超音波振動(本明細書では、この振動を疑似縦零次振動と呼ぶ)であることが判明した。なお、図7の画像によれば、この疑似縦零次振動では、環状の支持枠体が基台と接する部位に振動の節が現れ、環状の支持枠体自体もまた上記超音波振動と同位相の超音波振動を行うことも判明した。すなわち、この疑似縦零次振動の超音波振動は、超音波振動子全体が同一の縦方向に振動する往復運動であって、超音波振動子の内部に振動の節となる部位を一個持ち、その節となる部位を境にして縦方向に互いに逆方向となる振動を示すモードである縦一次振動とは明らかに異なる振動であり、このため、印加される電気エネルギーの損失が少なく、かつ必然的に横方向への振動が少なくなるという利点が発生する結果となるのであろうと推定される。
一方、超音波振動子の縦一次振動を励起させる共振周波数の電圧により発生する振動は、図8のANSYS解析画像からも明らかなように、超音波振動子の内部に振動の節となる部位を一個持ち、その節となる部位を境にして縦方向に互いに逆方向となる振動を示すモードである。
本発明は、ランジュバン型超音波振動子における超音波振動の励起に関する上述の本発明者による新規な知見に基づいて完成した発明である。
従って、本発明により、金属ブロック、側面に環状に突出した支持枠体を備えた金属ブロック、そしてこれらの金属ブロックの間に固定された分極処理済の圧電素子を含むランジュバン型超音波振動子を用意し、このランジュバン型超音波振動子を該支持枠体を介して基台に接続して拘束状態にて支持した後、該超音波振動子の圧電素子に、その圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復振動からなる超音波振動を励起させることのできる周波数を持つ電圧を印加することによって、該ランジュバン型超音波振動子に、該圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復振動からなる超音波振動(疑似縦零次振動)を励起させることを特徴とするランジュバン型超音波振動子の新規な振動励起方法が提供される。
また、本発明により、上記の超音波振動子の振動励起方法において、疑似縦零次振動を励起することのできる周波数が、該振動子の縦一次振動モードの振動を励起する共振周波数よりも低い周波数範囲に含まれる周波数である振動励起方法も提供される。
さらに、本発明により、上記の超音波振動子の振動励起方法において、環状の支持枠体が基台と接する部位に振動の節を持ち、上記超音波振動と同位相の超音波振動を行う振動励起方法も提供される。
さらにまた、本発明により、金属ブロック、側面に環状に突出した支持枠体を備えた金属ブロック、そしてこれらの金属ブロックの間に固定された分極処理済の圧電素子を含むランジュバン型超音波振動子を、このランジュバン型超音波振動子の一方の端部に工具を接続した状態で上記支持枠体を介して基台に接続して拘束状態にて支持した超音波加工装置を用意し、該ランジュバン型超音波振動子の圧電素子に、該圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復運動を励起させることのできる周波数を持つ電圧を印加して、該圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復振動からなる超音波振動を励起させることにより、上記工具にその超音波振動を伝達することを特徴とする超音波加工方法が提供される。
さらにまた、本発明により、上記の超音波加工方法において、工具が、上記ランジュバン型超音波振動子の中心軸の周囲を回転する工具である超音波加工方法が提供される。
さらにまた、本発明により、上記の超音波加工方法において、工具が、上記ランジュバン型超音波振動子の中心軸に沿う方向での往復運動を行う工具である超音波加工方法が提供される。
さらにまた、本発明により、金属ブロック、側面に環状に突出した支持枠体を備えた金属ブロック、そしてこれらの金属ブロックの間に固定された分極処理済の圧電素子を含むランジュバン型超音波振動子を、このランジュバン型超音波振動子の一方の端部に超音波送信具を接続した状態で上記支持枠体を介して基台に接続して拘束状態にて支持した超音波送信装置を用意し、該ランジュバン型超音波振動子の圧電素子に、該圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復運動を励起させることのできる周波数を持つ電圧を印加して、該圧電素子の平面に垂直な方向での該超音波振動子の内部に振動の節を持たない往復振動からなる超音波振動(疑似縦零次振動)を励起させることにより、上記超音波送信具にその超音波振動を伝達することを特徴とする超音波送信方法が提供される。
本発明の超音波振動子の振動励起方法は、超音波振動子の新たなモードの超音波振動である縦零次振動の励起を実現する。そして、本発明の超音波振動子の振動励起方法を利用する超音波加工方法では、超音波振動子を用いる超音波加工の省電力化が可能となり、また加工精度の向上も実現する。また、本発明の超音波振動子の振動励起方法を利用する超音波送信方法では、超音波送信の省電力化が可能となり、さらに超音波振動子から発生する疑似縦零次振動の超音波振動は高い指向性を示すため、効率の良い超音波振動の送信が可能になる。
本発明の超音波振動子の新規な振動励起方法で利用する共振周波数(超音波振動子の縦一次振動モードの振動を励起する共振周波数に対応するアドミッタンスピークよりも低周波数側に現れるアドミッタンスピークに対応する共振周波数:本明細書では疑似縦零次振動を励起する共振周波数と表現する)の存在は、本発明者の知る限りにおいて、これまでに当業者に認識されたことはない。また、上記疑似縦零次振動を利用する超音波振動子の振動励起方法は、本発明者の知る限りにおいて、これまでに実施されたことはない。
本発明に従う疑似縦零次振動を励起する共振周波数を利用する超音波振動子の振動励起方法を実施するためには、先ず外部に想定した支持体(基台)に超音波振動子を堅固に支持固定(拘束)することを可能にする図4に例示したような構成の環状の支持枠体を備えた超音波振動子を製造することが必要となる。そして、そのようにして製造した超音波振動子を、図3に示したような方法で、環状の支持枠体の周縁部にてハウジングで支持固定(拘束)する。なお、図3では、環状の支持枠体6は、フロントマス2bに形成されているが、環状の支持枠体は、リアマスに形成されていてもよい。また、環状の支持枠体はフロントマスあるいはリアマスに一体的に形成することが望ましいが、独立して形成した環状あるいは円盤状の支持枠体をフロントマスあるいはリアマスに装着固定するか、あるいはフロントマスとリアマスとの間に装着固定することもできる。
次に、前記のように環状の支持枠体を利用して支持固定した超音波振動子の振動特性をインピーダンスアナライザにより測定し、図6に示すようなアドミッタンス曲線を得る。そのアドミッタンス曲線に図6のような二つのピーク(アドミッタンスピーク)が現れれば、通常、高周波側に現れるピークの周波数が縦一次振動励起の共振周波数であり、低周波数側に現れるピークの周波数が疑似縦零次振動の励起に利用できるの共振周波数であると判断できる。なお、必要であれば、その超音波振動子を非拘束状態とした上でインピーダンスアナライザを利用してアドミッタンス曲線を得て、そのアドミッタンス曲線に現れるアドミッタンスピークに相当する周波数(縦一次振動を励起する共振周波数に相当する)と、前記の高周波数側のアドミッタンスピークの周波数との比較に基づき、その高周波数側の共振周波数が縦一次振動励起の共振周波数に相当することを確認することもできる。
超音波振動子の形状によっては、アドミッタンス曲線に縦一次振動のアドミッタンスピークが現れないこともある。その場合には公知の計算式を利用する方法に従って、縦一次振動を励起する共振周波数を推定し、その共振周波数よりも低波長側の領域に現れるアドミッタンスピークの周波数を疑似縦零次振動の周波数と決め、この疑似縦零次振動の周波数を持つ電圧の印加により目的の疑似縦零次振動を励起させることもできる。
一方、アドミッタンス曲線に三つ以上のアドミッタンスピークが現れた場合においても、上記の方法により縦一次振動を励起する共振周波数を推定し、その共振周波数よりも低波長側の領域に現れるアドミッタンスピークの周波数を疑似縦零次振動の周波数として、この疑似縦零次振動の周波数を持つ電圧の印加により目的の疑似縦零次振動を励起させることもできる。
上記の超音波振動子に工具を装着して超音波加工用振動工具を構成し、その超音波加工用振動工具に前記の方法により決定した疑似縦零次振動励起用の共振周波数の電圧を印加することにより、その工具に疑似縦零次振動を励起することができる。但し、前記の方法により決定した疑似縦零次振動励起用の共振周波数は、工具およびコレットなどの工具装着具を装着していない状態での測定により確認した共振周波数であるため、工具の疑似縦零次振動を励起することができる最適な共振周波数とは若干のずれが生じる可能性がある。また、超音波加工用振動工具の拘束条件(支持固定条件)の僅かなずれによっても、最適な共振周波数のずれが発生することがある。従って、工具を装着させ、基台に拘束した超音波振動子の疑似縦零次振動励起用の共振周波数の決定は、励起される超音波振動を確認しながら最適な共振周波数を決定できるような共振周波数の追尾が可能な超音波発振回路を利用することにより行うことが望ましい。
なお、図4のような構成の超音波振動子を製造し、図3に示したような支持固定構造により超音波振動子を拘束した状態でインピーダンスアナライザを利用してアドミッタンス曲線を得ても、図6に示したような複数(通常は二つ)のアドミッタンスピークが現れない場合には、超音波振動子の拘束条件を調整することにより、図6に示したような二つのピークを有するアドミッタンス曲線が得られるようになることもある。しかしながら、そのような超音波振動子の拘束条件の調整によっても、図6に示したような二つのピークを有するアドミッタンス曲線が得られない場合には、超音波振動子の形状の設定や、超音波振動子の支持固定構造が、目的とする疑似縦零次振動の励起には不適切であると考えられるため、改めて図3の超音波振動子の拘束条件とと図4の超音波振動子の形状とサイズを参考にして、超音波振動子の設計変更と支持固定構造の再検討を行う必要がある。なお、図3の超音波振動子の拘束条件とと図4の超音波振動子の形状とサイズは、本発明の実施方法の代表的な態様を示したものに過ぎず、本発明の超音波振動子の疑似縦零次振動の励起方法の実施の態様を限定する条件ではない。
前記のように、本発明者は、本発明の超音波振動子の振動励起方法により発生する超音波振動が、「圧電素子の平面に垂直な方向での該振動子の内部に振動の節を持たない往復振動からなる超音波振動」であるとした。次に、この結論の根拠となったデータについて改めて説明する。
前述のように、図6のアドミッタンス曲線の低周波数側に現れているアドミッタンスピークの存在は、本発明者が知る限りにおいては、知られていない。このため、この低周波数側のアドミッタンスピークが現れる周波数位置に相当する周波数が何を意味するかの点については、本発明者は最初は判断できなかった。しかしながら、これまでに説明した実験事実から明らかなように、この低周波数側のアドミッタンスピークが現れる周波数位置に相当する周波数も当該超音波振動子の共振周波数であって、当該共振周波数の電圧の印加により拘束状態にある超音波振動子で励起される縦方向の超音波振動は少ない消費電力で発生し、さらに横方向の振動は少ないことが確かめられた。
このため、本発明者は、今回確認された超音波振動の振動モードを解析するために、前述のように、市販の有限要素法に基づく計算ソフトであるANSYSを用い、実験に使用した超音波振動子の形状、サイズ、材料そして超音波振動子の支持固定条件(拘束条件)において超音波振動子に発生する超音波振動の振動モードの解析を行った。その振動モードの解析結果が図7と図8に示されている。
前述のように、図7が、本発明に従う、拘束条件での超音波振動子に、低周波数側の共振周波数の電圧を印加した場合に現れる振動モードを表す画像であり、この画像から、超音波振動子に現れる振動は超音波振動子全体が一方の方向に向かう振動であり、その振動の節は、超音波振動子の内部には存在せず、超音波振動子の環状支持枠体の外側端部(基台への接続部に相当する)に存在することが分かる。次に、図8からは、拘束条件での超音波振動子に、高周波数側の共振周波数の電圧を印加した場合に現れる振動モードを表す画像であり、この画像から、超音波振動子に現れる振動は、超音波振動子内部に節を有し、その節を境界として、上下に振動する伸縮振動であることが分かる。
図9は、図7に示した画像が表す振動モードを模式的に説明する図である。すなわち、本発明に従う振動モードの超音波振動では、超音波振動子は、全体として一方の方向に振動する往復振動を繰り返す。超音波振動子を基台に支持固定する環状の支持枠体は、基台との接続部(環状支持枠体の周縁部に相当)に節を持ち、超音波振動子の接続部に相当する環状支持枠体の内周部もまた、超音波振動子と同期する往復運動を繰り返す振動を示す。この振動モードが本明細書で説明している疑似縦零次縦振動モードに相当する。
図10の(A)は、図8に示した画像が表す振動モードを模式的に説明する図である。すなわち、図8の超音波振動では、超音波振動子は、その圧電素子が存在する略中央部(圧電素子が存在する位置)に節を持ち、上下に伸縮する振動(縦一次振動)を繰り返す。縦一次振動がこのような伸縮振動であるため、工具が装着される一方の側の面(下側面)の縦振動の励起に際して、図9に示した疑似縦零次縦振動モードで実現する下側面の縦振動と同等の振動量(変位量)を得るためには相対的に大きな電力が必要となるものと推定される。
図10の(B)は、図10(A)に示した超音波振動子の振動の様子を模式的に拡大して示す図であって、電気エネルギーの印加による圧電素子3に現れるの変形の状況(推定状況)を模式的に示す図である。すなわち、圧電素子3は、印加される電気エネルギーの変動により膨張と収縮を繰り返すが、その膨張時には、図に示すように、圧電素子に付与されている圧力に抗する形で、中央部が膨出するように変形すると考えられる。従って、この圧電素子の変形がその中心に完全に対称な形状で発生しなければ、超音波振動子の上下の端面は伸縮振動の中心面とは完全な平行面とならず、このため、超音波振動子の上下の端面における横振動が発生しやすくなると推定される。
図11は、本発明の超音波振動子の振動励起方法に利用できる超音波振動子の形状とサイズ(単位:mm)そして支持固定構造の他の例を示す図であり、図12は、図11に示した超音波振動子の支持固定構造における励起により発生する超音波振動(疑似縦零次振動)を有限要素法により得られた画像として示す図である。図7に示した画像と同様に、超音波振動子に現れる振動が超音波振動子全体が一方の方向に向かう往復振動であり、その振動の節は、超音波振動子の内部には存在せず、超音波振動子の環状支持枠体の外側端部(基台への接続部に相当する)に存在する。
本発明により超音波振動子にて励起される疑似縦零次振動は、従来から利用されているを縦一次振動と組み合わせて利用することもできる。その利用の態様を、図13の(A)と(B)を参照して説明する。
図13の(A)と(B)は、それぞれ本発明の超音波振動子の振動励起方法に利用する超音波振動子の支持固定構造の他の例を示す図、そしてこの支持固定構造にある超音波振動子を、本発明に従う疑似縦零次振動と従来技術で利用されている縦一次振動とを組み合わせて使用する超音波加工の振動モードを示す図である。たとえば、図13(A)の超音波振動子の右側のフロントマスの端部に工具として切断刃物(カッター)を装着した切断加工に用いる場合、その切断刃物による切断作業の作業効率の向上そして切断刃物の局所疲労を防ぐために、超音波振動子に、図(B)に示す疑似縦零次振動モードの振動と縦一次振動モードの振動とを交互に発生させるような実施形態が考えられる。
図14は、本発明の超音波加工方法の利用の一態様である工具(超音波振動子の中心軸の周囲を回転する工具)としてドリルを使用する穿孔装置の構成例を示す図(超音波発振回路の図示は省略)である。この図14は、工具としてドリルを用いる超音波加工装置の超音波振動子として、本発明の疑似縦零次振動の超音波振動を与えることのできるランジュバン型超音波振動子を用いる装置を示す。
図14に示す超音波加工装置は、モータ21、モータ軸22、モータ台23、カップリング(結合具)24、回転軸25、ロータリートランス固定部26a、ロータリートランス回転部26b、固定側トランス台27、スリーブ28、回転側トランス台29、外側間座用リング30、ケース31、ハウジング32、外側間座33a、内側間座33b、そしてベアリング34を含む超音波振動子支持回転装置に、工具を備えたランジュバン型超音波振動子が装着されている構成にある。この超音波振動子支持回転装置は超音波加工装置における超音波振動子支持回転装置として一般的に利用されている装置である。
超音波振動子支持回転装置の下端部には、圧電素子35a、35bをフロントマス36とリアマス37とで挟み、ボルト38で締めることにより固定した構成を持つランジュバン型超音波振動子がナット39(それ自体基台に装着固定されている)により装着固定(拘束)されている。そして、ランジュバン型超音波振動子のフロントマス36の凹部には、コレット40がコレットナット41により装着固定されており、そしてコレット40には工具であるドリル42が装着固定されている。
図15は、本発明の超音波加工方法の利用の一態様である工具(超音波振動子の中心軸の周囲を回転する工具)として研磨具を使用する研磨装置の構成例を示す図(超音波発振回路の図示は省略)である。この図15の研磨装置の超音波振動子支持回転装置は、図14に示した超音波加工装置の超音波振動子支持回転装置と同一の構成としている。そして、図15の研磨装置においても、超音波振動子支持回転装置の下端部には、圧電素子35a、35bをフロントマス36とリアマス37とで挟み、ボルト38で締めることにより固定した構成を持つランジュバン型超音波振動子がナット39により装着固定(拘束)されている。そして、ランジュバン型超音波振動子のフロントマス36の下端部には、工具であるリング状砥石43が砥石基台(通常はアルミニウム合金製)44を介して装着固定されている。
図16は、本発明の超音波加工方法の利用の一態様である工具(超音波振動子の軸方向に往復運動する工具)としてカッターを使用する研削装置の構成例を示す図である。この研削装置では、研削装置と加工対象材料(ワーク)の一方もしくは双方が相対的な位置関係を変えるように水平方向に移動し、超音波振動子に装着されたカッター52は上下方向に振動(往復運動)するため、超音波振動子の支持構造体は回転しない。従って、図16の研削装置では、筒状ハウジング51の内部下側に、圧電素子35a、35bを環状の支持枠体36aを備えたフロントマス36とリアマス37とで挟み、ボルト38で締めることにより固定した構成を持つランジュバン型超音波振動子がナット39(それ自体基台に装着固定されている)により装着固定(拘束)されている。そして、ランジュバン型超音波振動子のフロントマス36の凹部には、コレット40がコレットナット41により装着固定されており、そしてコレット40には工具であるカッター52が装着固定されている。
圧電素子35a、35bのそれぞれの表面に形成されている電極板53a、53bは、超音波発振回路54に電気的に接続されていて、超音波振動子に電気エネルギーを印加する。
なお、図16の研削装置では、ランジュバン型超音波振動子のハウジング51の内部での固定を確実にするための手段として発泡樹脂55が充填されている。
図17は、本発明の超音波送信方法を利用する装置の一態様である超音波振動子を備えた洗浄器の構成例を示す図である。図17の装置では、圧電素子35a、35bをフロントマス36とリアマス37とで挟み、ボルト38をリアマス37に形成されたナットで締めることにより固定した構成を持つランジュバン型超音波振動子がナット39によりハウジング51に装着固定(拘束)されている。そして、ランジュバン型超音波振動子のフロントマス36の上端部には、洗浄器(図示なし)の底部に装着する振動板56がボルト57により装着固定されている。
図18は、本発明の超音波送信方法を利用する装置の一態様である超音波ソナーの構成例を示す図である。図18の超音波ソナーでも、圧電素子35a、35bをフロントマス36とリアマス37とで挟み、ボルト38をリアマス37に形成されたナットで締めることにより固定した構成を持つランジュバン型超音波振動子がナット39によりハウジング51に装着固定(拘束)されている。そして、ランジュバン型超音波振動子のフロントマス36の上端部には、ボルト57を介して超音波を空気中に送信するための送信具58が装着固定されている。
なお、本発明の疑似縦零次振動を利用する超音波加工方法および超音波送信方法の実施に利用できる装置は、添付図面に示した構成の装置に限定されることはない。すなわち、超音波を利用する曲げ加工、深絞り加工、しごき加工、引き抜き加工などの塑性加工、超音波を利用する研削加工、超音波を利用する遊離砥粒加工、超音波を利用する接合加工、超音波を利用するプラスチック成形加工、超音波を利用するマイクロ加工、超音波を利用する分散装置や霧化装置、超音波モータ、超音波白内障手術装置、超音波破砕吸引装置、超音波結石破砕装置、超音波歯科用治療装置、超音波連続鋳造装置、超音波エロ―ジョン試験装置、ポリエチレン架橋装置、超音波乾燥装置、超音波空中センサ、超音波流量計などの超音波発生源としてランジュバン型超音波振動子を使用する各種の装置で本発明の振動励起方法が提供する疑似縦零次振動を利用することができる。