JP2019502165A - スプルース共鳴木材の音響特性を改善する方法 - Google Patents

スプルース共鳴木材の音響特性を改善する方法 Download PDF

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Abstract

楽器用のスプルース共鳴木材の音響特性を改善する方法において、少なくとも1つの共鳴木材半加工品は、制御された滅菌条件下で、フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた処理に供される。予め滅菌された共鳴木材半加工品を、真菌の菌糸体が豊富な液体培地に浸漬し、暴露時間中そのまま暗所に保管し、最後に滅菌し、暴露時間中、18〜26℃の温度および約60〜約80%の相対湿度が維持される。液体培地が1リットル当たり200〜300gの量のナノフィブリル化セルロース(NFC)を含有することにより、局所的な欠陥のない共鳴木材の音響特性の再現可能かつ均一な改善が保証される。

Description

本発明は、楽器用のスプルース共鳴木材の音響特性を改善する方法に関する。さらに、本発明は、楽器用の改良されたスプルース共鳴木材、さらにその共鳴板がそのようなスプルース共鳴木材からなる楽器、特に擦弦楽器に関する。
楽器用の音響木材(いわゆる共鳴木材)はできるだけ軽量なものがよいが、同時に高い弾性係数(それぞれ弾性率またはヤング率)および高い音速を有するべきである。さらに、音響木材は節がなく、幅狭で均一な年輪を持ち、低い秋材率(20%未満)を有するべきである。わずかな厳選された木の種類のみがこれらの厳しい品質基準を満たす。
17世紀後半から18世紀初頭の間に作られた楽器は、多くの場合、現代の楽器よりも優れた特性を有している。この違いを説明するための仮説の1つは、これらの楽器の特定の木材品質が、マウンダー極小期と呼ばれる気候状況による、というものである。マウンダー極小期は1645年から1715年にわたり、冬が長く、夏の気温が低かったことにより、結果として明らかにより緩やかかつより均一に木が作られ、それにより、秋材の割合が小さくなった。有名なヴァイオリン製作者であるアントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari)は、最後の数十年間(いわゆる「黄金時代」)の彼の作品において、マウンダー極小期中に成長した木のスプルース木材を主に使用した。これらの楽器は、ごく稀にしか再現されない理想の音であると長く考えられている。
共鳴木材の(音響)材品質は、一般に、比率c/ρ(cは音速、ρは共鳴木材の原料密度)によって定義される(オノ(Ono)およびノリモト(Norimoto)、1983年及び1984年,シュパイヒャー(Spycher)、2008年,シュパイヒャー(Spycher)ら、2008年、表4)。音速は、弾性率(繊維に対して縦方向に曲げた場合)対密度の比の平方根に相当する。弾性率は幾何形状に依存しない材料パラメータであり、弾性率と面積慣性モーメントとの積により加工物の曲げ剛性が得られる(オノ(Ono)およびノリモト(Norimoto)、1983年及び1984年,シュパイヒャー(Spycher)、2008年,シュパイヒャー(Spycher)ら、2008年)。例えば、スプルース木材の縦方向の音速は4800〜6200m/秒、平均原料密度は320〜420kg/mである。両方のパラメータは、他の多くの木材特性と同様に、木材の含水率に依存し、実験の精度および施設に関する要件を増加させるだけでなく、試験結果の評価に関する要件をも増加させる。材料品質の改善を目指すすべての方法に対して特に興味深いのは、弾性率および原料密度の相対的な変化が音速に与える影響である。特定の方法では、弾性率(%)が原料密度の変化(%)にほぼ比例して変化する場合、音速はほぼ同じままである(材料品質は、原料密度の低下にほぼ反比例して高くなる)。このような弾性率および原料密度の相対的変化の比は、「狭い」と言われる(オノ(Ono)およびノリモト(Norimoto)、1983年及び1984年,シュパイヒャー(Spycher)、2008年,シュパイヒャー(Spycher)ら、2008年)。他方で、弾性率(%)が原料密度(%)よりも大幅に低下した場合、音速は大きくなる(すると、材料品質は、原料密度の低下に反比例するよりもさらに高くなる)。このような弾性率と原料密度の相対的変化の割合は、「広い」または「大きい」と言われ、共鳴木材の高い材料品質を達成するのに非常に望ましい(シュルスク(Schleske)、1998年,ヴェクスト(Wegst)、2006年)。しかし、弾性率対原料密度の比が広い共鳴木材は自然界ではほとんど見られないため、高価である(ボンド(Bond)、1976年,ブカー(Bucur)、2006年)。
共鳴木材の音響特性を改善するためのさまざまな方法が試みられてきた。特に、限定された処理時間の間に木材を分解する真菌種の作用に共鳴木材を曝すことが特許文献1で提案されている。そうする際、真菌種および処理期間は、一方では、処理によって木材の音速対木材の原料密度との比の増加が達成され、他方では、共鳴木材の強度の値が所定の最小値を下回らないよう選択されるべきである。使用される真菌種は、ズキンタケ科、サルノコシカケ科、スエヒロタケ科、キシメジ科およびクロサイワイタケ科の子嚢菌および担子菌であった。この方法を実施するために、処理される共鳴木材が、真菌に感染した同じ寸法を有する2つの木材の間に配置される、フィードボード(feedboard)法が用いられた。
続いて、特許文献1による方法と比較して、共鳴木材のより顕著な改善が望ましいことが広範な研究によって示されている。特に、提案された真菌種のいずれも共鳴木材の減衰率を増加させることができないことが判明した。音響材料の品質を改善しながら同時に減衰率を増加させることにより、聞き手が聞き苦しく感じることが多い楽器の高音が減少する。
この点に関して、驚くべきことに、フィシスポリヌス・ヴィトレウス(Physisporinus vitreus)で処理することにより、減衰率を増加させながら同時に上述の音響材料の品質値の改善を達成することができ、それにより音響特性全体の改善が得られる(非特許文献1)。
上記で記載された方法の欠点は、選択された真菌種による木材での均一なコロニー形成が保証できないことである。コロニー形成が不均一な場合、音響材料の品質が不均一にしか改善されないか、またはまったく改善されないという結果になる。さらに、コロニー形成が不均一な場合、木材の望ましくない強度損失、亀裂および割れ目が発生するおそれがある。さらに、フィシスポリヌス・ヴィトレウスは他の真菌種との競合性が低く、したがって他の種による汚染の影響を非常に受けやすいことが判明している。
技術的な記事である非特許文献2には、フィシスポリヌス・ヴィトレウスによって引き起こされる変化を示すこともできるスプルース木材の微視的細胞壁要素の自動視覚化および定量化の方法が記載されている。
特許文献2には、さまざまな種類の細胞培養のための担体物質としてヒドロゲルまたは膜の形態の植物由来ナノフィブリル化セルロースを使用することが記載されている。
欧州特許第1734504号明細書 国際公開第2012/056109号
F.W.M.R.シュヴァルツェ(Schwarze,F.W.M.R.)、M.シュパイヒャー(Spycher,M.)、S.フィンク(Fink,S.)著、「バイオリン用の優れた木材−寒冷気候のための木材腐朽菌の代用」、New Phytologist179号、2008年、p.1095−1104 M.J.ファー(Fuhr,M.J.)ら著、「断層顕微鏡法によるノルウェースプルースの細胞壁構造に対する木質腐朽菌フィシスポリヌス・ヴィトレウスの影響の自動定量」、Wood Sci Technol46号、2012年、p.769−779
本発明の目的は、特に音響特性の改善、より短い処理時間およびより均質な製品を保証する、楽器用のスプルース共鳴木材の製造のための改善された方法を提供することである。本発明のさらなる目的は、楽器用の改善された共鳴木材、さらにそれから製造された楽器を提供することである。
これらの目的は、本発明によれば、請求項1に記載の方法、請求項10に記載の共鳴木材、さらには請求項11に記載の楽器によって達成される。
本発明の第1の態様によれば、共鳴木材半加工品は、楽器用のスプルース共鳴木材の音響特性を改善するために、制御された滅菌条件下で、フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた処理に供される。これにより、予め滅菌された共鳴木材半加工品を、真菌の菌糸体が豊富な液体培地に浸漬し、暴露時間中そのまま暗所に保管し、最後に滅菌する。液体培地は、1リットル当たり200〜300gの量のナノフィブリル化セルロース(NFC)を含有する。「制御された滅菌条件」とは、本文脈においては、少なくとも温度および相対湿度が所定の範囲内に保たれ、外来の真菌種による汚染が防止される環境として理解されるものとする。本発明によれば、18〜26℃の温度および約60〜約80%の相対湿度が調整される。
適切な培養容器中の滅菌条件下での最初の滅菌およびフィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いたその後の処理により、プロセスが汚染の影響を受けないことを保証する。最終的な滅菌は、フィシスポリヌス・ヴィトレウスの作用を制御された方法で停止させる。液体培地が1リットル当たり200〜300gの量のナノフィブリル化セルロース(NFC)を含有することにより、プロセスの著しく改善された効率が達成され、したがって、プロセスはより迅速かつより均一に起こる。
本発明の手段を通じて、局所的な欠陥のない共鳴木材の音響特性の再現可能かつ均一な改善が保証される。
共鳴木材半加工品は、一般に、特に、擦弦楽器または撥弦楽器の共鳴板または裏板を製造することが意図された適切な共鳴木材の板状部分であると理解される。本文脈では、これは例外なくスプルース木材である。
滅菌条件下でプロセスを実施するための培養容器として使用するためには、例えばオートクレーブに適したプラスチック製の滅菌可能な材料で作られた密閉可能な培地密な容器が一般に適している。さらに、所定の湿度で制御された雰囲気を内部で調整できるように容器を用意しなければならない。空気を制御して供給するために、滅菌マイクロフィルタを備えた少なくとも1つの弁が設けられる。
真菌の菌糸体が豊富な液体培地は、公知のように、栄養分を含む緩衝水溶液であると理解され、これにフィシスポリヌス・ヴィトレウスの純粋な培地の菌糸体サンプルを混合し、その後適切な時間培養した。
本発明によれば、液体培地は、液体培地1リットル当たり200〜300gの量のナノフィブリル化セルロース(NFC)を含有する。本文脈において、用語「ナノフィブリル化セルロース」(「NFC」とも略される)は、約3nm〜約200nmの直径および少なくとも500nmの長さならびに少なくとも100のアスペクト比(長さ:直径)を有するセルロース繊維であると理解すべきである。典型的には、NFC繊維は、10〜100nm、平均50nmの直径、および少なくとも数マイクロメートルの長さを有し、アスペクト比は1000以上であってもよい。NFCは一般に、木材および他の植物繊維から機械的粉砕プロセスによって得られ、この最初の記述は1983年のへリック(Herrick)ら(F.W.へリック(Herrick,F.W.)、R.L.カスビエ(Casebier,R.L.)、J.K.ハミルトン(Hamilton,J.K.);K.R.サンドバーグ(Sandberg,K.R.)著、「ミクロフィブリル化セルロース:形態学およびアクセシビリティ」、J.Appl.Polym.Sci.Appl.Polym.Symp37号、1983年、p.797−813)およびターバック(Turback)ら(A.F.ターバック(Turback,A.F.)、F.W.スナイデル(Snyder,F.W.)、K.R.サンドバーグ(Sandberg,K.R.)著、「ミクロフィブリル化セルロース、新しいセルロース製品:特性、用途、商業可能性」、J.Appl.Polym.Sci.Appl.Polym.Symp37号、1983年、p815−827)にさかのぼる。新たな材料は、当初、ミクロフィブリル化セルロース(MFC)と呼ばれていた。しかし、今日では、MFCという用語の他に、セルロースナノファイバー(CNF)、ナノフィブリル化セルロース(NFC)、およびセルロースナノフィブリルまたはセルロースミクロフィブリルなどのさまざまな他の用語が一般的に使用されている。これは例えば、均質化または粉砕プロセスによって得られる、アスペクト比(=長さ対直径の比)が高く、完全なままの植物繊維と比較して重合度が低く、それに対応して表面積が増大したセルロース繊維から作られた半結晶質セルロース含有材料である(M.アンドレセン(Andresen,M.)、L.S.ヨハンソン(Johansson,L.S.)、B.S.タネン(Tanem,B.S.)、P.ステニウス(Stenius,P.)著、「疎水性ミクロフィブリル化セルロースの性質と特性」、セルロース13号、2006年、p.665−677)。「セルロースナノクリスタル」とも呼ばれ、通常100〜500nmの長さを有する棒状の形状を有する直線状の「セルロースウィスカ」(セルロース源に応じて、最大1μmの長さの結晶もある)とは対照的に、セルロースナノファイバーは長く、柔軟性がある。それから形成されたNFCは、典型的には結晶質領域および非晶質領域を含み、強い水素結合故に網目構造を有する(例えばJ.ルー(Lu,J.)、P.アスケランド(Askeland,P.)、L.T.ドルザル(Drzal,L.T.)著、「エポキシ複合材料用ミクロフィブリル化セルロースの表面改質」49号、2008年、p.1285〜1298。T.ジマーマン(Zimmermann,T.)、E.ポーラー(Pohler,E.)、T.ガイガー(Geiger,T.)著、「ポリマー補強のためのセルロースフィブリル」、Adv.Eng.Mat6号、2004年、p.754−761ページ。S.イワモト(Iwamoto,S.)、W.カイ(Kai,W.)、A.イソガイ(Isogai,A.)、T.イワタ(Iwata,T.)著、「原子間力顕微鏡法による単細胞セルロースミクロフィブリルの弾性係数」、生体高分子(Biomacromolecules)10号、2009年、p.2571−2576を参照のこと)。
本発明による方法は、原則として、共鳴木材の単一の半加工品を用いて実施することができることが理解されるであろう。しかし、原則として、単に効率のためにいくつかの共鳴木材半加工品が同時に処理される。この目的のために、培養容器は、対応する凹部および支持要素を有して都合よく設計される。好都合なことに、この方法は、特に、共にヴァイオリン用のカバーを形成する2つの共鳴木材半加工品を用いて実施することができる。
本発明の好ましい実施形態は、従属請求項で定義されている。
処理はフィシスポリヌス・ヴィトレウスEMPA642を用いて実施されることが好ましい(請求項2)。
暴露時間の間、約22℃、特に21℃〜23℃の範囲内の温度および約70%、特に65〜約75%の範囲の相対湿度が維持されることが好ましい(請求項3)。
この方法を実施するとき、暴露時間は、共鳴木材が以下の強度値、すなわち、
少なくとも7GPa、好ましくは少なくとも10GPaの繊維に対して縦方向の曲げ率と、
少なくとも24N/mm、好ましくは少なくとも34N/mmの繊維に対して縦方向の圧縮強度と、
少なくとも3N/mm、好ましくは少なくとも4.2N/mmの繊維に対して横方向の圧縮強度と、
を有するように選択されることが好ましい(請求項4)。
本発明の手段を通じて、4〜6ヶ月という比較的短時間の暴露時間を用いて優れた特性を有する共鳴木材の製造が可能となる(請求項5)。
本発明によるプロセスに使用される液体培地は、制御されたpH条件下でNFC含有栄養培地にフィシスポリヌス・ヴィトレウスを播種して培養することによって得られることが好ましい(請求項6)。このプロセスのために、スプルース木材抽出物およびナノフィブリル化セルロースを含む水性栄養培地をまず導入し、真菌含有液体培地培養物または真菌で覆われたおがくず粒子を接種することが好ましい。
原則的に、数ヶ月の暴露時間の後に実施される共鳴木材半加工品の滅菌は、公知の方法で実施することができる。この目的のために、エチレンオキシドが使用されることが好ましい(請求項7)。
本発明の方法の結果として、処理された共鳴木材半加工品の色指数が増加する。色空間(L、a、b)に定義された色指数Eが少なくとも14増加することが好ましい(請求項8)。さらに、少なくとも11の色空間(L、a、b)に定義された色差ΔEを特徴とする木材の色変化が生じることが好ましい(請求項9)。
本発明のさらなる態様によれば、本発明の方法によって製造される楽器用のスプルース共鳴木材は、未処理の共鳴木材と比較して、縦方向の音響放射が少なくとも20%、好ましくは少なくとも24%増加し、縦方向の減衰は少なくとも25%、好ましくは少なくとも29%増加するという事実によって特徴付けられる。木材と関連して一般的に通常であるように、この場合、「縦方向」、「半径方向」および「接線方向」の区別もなされる。縦方向は木の成長方向に対応するのに対し、半径方向および接線方向はほぼ環状の年輪を指す。共鳴木材の場合、縦方向の特性は、その音響特性、特にヴァイオリンの音質にとっても特に重要である。
本発明のさらに別の態様は、本発明による改良されたスプルース共鳴木材で作られた少なくとも1つの共鳴板を備えた楽器、特に擦弦楽器に関する。本文脈においては、「楽器」は最も広い意味で理解されるべきであり、特に、このような共鳴板は、ラウドスピーカボックス内の木材製の膜にも使用することができる。
本発明の実施例を以下で図面を参照してさらに詳細に説明する。
プライマー08/9328を用いたRAPDフラグメントのゲル電気泳動分離である。サンプルを分析番号(表1)で標識し、陰性対照(鋳型DNAなし)をNと示し、使用したDNA分子量マーカは100bpラダー(M)であった。 フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた12ヶ月間の培養後の木材サンプルの質量損失であり、異なる3種類の木材の原料密度ρ(棒グラフ)および質量損失Δm(四角付きの線グラフ)である。 時間の関数としての木材中の応力σの緩和の例である。 マイクロベンド荷重前後の木材サンプルの写真である。 切りたての木材(対照)、真菌処理済みスプルース木材および古い木材サンプル(テストーレ(Testore)、Rougemont(ルージュモン))における荷重下での変形の関数としての応力緩和を示す。 フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた12ヶ月の培養後の木材サンプルにおける縦方向の音響放射の増加である。 フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた12ヶ月の培養後の木材サンプルにおける縦方向の減衰特性の増大である。 異なる期間(4〜12ヶ月)の真菌処理または貯蔵時間後の共鳴木材の全体の色(緑色)および輝度(灰色)の変化を示す。 異なる期間(4〜12ヶ月)の真菌処理または貯蔵時間後の製材の全体の色(緑色)および輝度(灰色)の変化を示す。 切りたての木材(上)、12ヶ月間真菌処理されたサンプル(中)、ルージュモンからの古い木材サンプル(下)とを示す。 未処理状態と比較した、異なる期間(4〜12ヶ月)の真菌処理後の共鳴木材(白丸)および製材(黒丸)の色差ΔEである。破線は、同じ種類の木材の切りたてのサンプルと比較した、古い木材サンプル(ルージュモン)の色差を示す。 未処理木材(対照)、12ヶ月間真菌処理済み木材および古い木材(テストーレおよびルージュモン)の異なる波数におけるFT−IR分光吸収率の定性的比較である。1508cm−1および1738cm−1の波数で、ピーク値を測定した(破線)。
真菌種の分子生物学的測定
フィシスポリヌス・ヴィトレウスの分子生物学的測定のために、クローン特異的プライマーを設計し、合成した。結果として、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)において10−5の感度を達成することができる。木材からの直接的な真菌DNA抽出技術と組み合わせて種特異的プライマーを用いることによるP.vitreusの検出は、そのような同定を実施する際に通常の標準PCRと、その後のゲル電気泳動との実施で十分であるため、かなり単純化される。このプロセスの所要時間は数時間であり、したがって、純粋な培養物の産生を回避することができるため、従来の方法に比べてはるかに迅速かつより効果的である。さらに、サンプリング中の外部由来の汚染リスクは、特異的プライマー対の使用によって顕著に最小限に抑えられる。
P.vitreusの存在および浸透度を検出するために、滅菌条件下で木材の内部から小さなサンプルを採取し、従来の方法に従って栄養培地に移した。続いて、サンプルを人工気象室内で数日間培養し、真菌の菌糸体の成長を調べた。同定特徴は、菌糸体の巨視的および顕微鏡的特徴からなっていた。この手順は、数日間から数週間を必要とし、外部由来の汚染のリスクを伴うため、これによりP.vitreusの(再)同定がより困難なものとなる。1980年代に真菌種の特徴を明らかにするために開発された分子生物学的方法は、この時間のかかるプロセスの代替として役立つ可能性がある(シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、2006年)。
信頼性のある同定方法の上記の品質基準を満たすために、真菌種P.vitreusの決定的な検出のための株特異的プライマーを構築した。表1には、これらの研究で使用された真菌種が列挙されている。分子生物学的研究のためのDNA抽出は、シグマ・アルドリッチ(Sigma Aldrich)社のExtract−N−Amp(商標)植物PCRキットを使用して、製造業者の指示に従って実施した。
第1のステップでは、使用した真菌種の系統識別のためにRAPD(ランダム増幅多型DNA)PCRを実施した。非常に短いオリゴヌクレオチドプライマーを使用することにより、この方法ではPCRによって特異的なDNAバンドパターンが生成され、識別に使用される。これらは、迅速な類似性解析を実施し、種の異なる分離株を同定するための最も一般的な方法のうちの一部である(シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、1998年,シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、2006年)。合計で、11種の真菌種(表1)のDNAサンプルを10種のランダム10merプライマーで増幅し、電気泳動分離バンドパターンを評価した(図1)。
P.vitreusのための特異的プライマー対の開発のために、使用された真菌種のITS1−5、8S−ITS2領域は、最初にバイオメトラ(Biometra)社のサーモサイクラーを使用して、ホワイト(White)ら(1990年)のITS1/ITS4プライマーの組み合わせによって増幅された。リボソームDNA(rDNA)は、使用したプライマーの標的領域であった。それは、とりわけ、保存的である(真菌種および他の真核生物の)コーディング遺伝子断片18S、5.8Sおよび28S rRNAからなる(シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、2006年)。これらの3つのコーディング遺伝断片は、高変異性イントロンである内部転写領域(ITS1およびITS2)によって互いに分離されている。
次いで、このようにして得られたPCR産物を商業的に精製し、配列決定した(Synergene、Zurich)。P.vitreus642のITS領域の配列は、国際データベースEMBL(受託番号FM202494)に寄託されている。ITS領域の種特異性のために、P.vitreus642の配列を使用して、Clustal Xおよび国立生物工学情報センター(National Center for Biotechnology Information(NCBI)、http://www.ncbi.nlm.nih.gov/tools/primer-blast/)のBasic Local Alignment Search Tool(Primer−BLAST)のプログラムによりP.vitreusでのみ生じる短いDNA配列(20塩基)を単離した。これらの短いDNA配列は合成され(マイクロシンセ(Microsynth))、P.vitreus特異的プライマー対として用いられた。このように、P.vitreusは、もはやバンドパターンのみによって識別されるのではなく、プライマー対が構築されたP.vitreusのDNAのみによって426塩基対のPCR産物が生成できる種特異的PCRによって識別される。この評価または識別は、肯定的または否定的な結果のいずれかのみを出すため、明確である(シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、2000年,シュミット(Schmidt)およびモレス(Moreth)、2006年)。
生物学的物質の寄託
上記のフィシスポリヌス・ヴィトレウスEMPA642株のサンプルは、1981年よりブダペスト条約に基づいて承認された寄託機関(国際寄託当局(International Depository Authority:IDA))であるCBS−KNAW(Centraalbureau voor Schimmelcultures Fungal Biodiversity Centre)に首尾よく寄託されていた。寄託された物質には受託番号FM202494が割り当てられている。
実施例
1.真菌種の培養
真菌種の培養のために、ペトリ皿(直径9cm)中の適切な滅菌麦芽寒天培地上でフィシスポリヌス・ヴィトレウス(EMPA株番号642または643)を前培養した。培養培地がP.vitreusの真菌の菌糸体により異常増殖したらすぐ(約12〜16日後)に、約2gの滅菌スプルースおがくず(粒径2mm未満)を滅菌条件下で各ペトリ皿の培地の中央に置いた。さらに4〜6週間後、P.vitreusにより完全に増殖したおがくず基材は、液体培地への接種に使用された。
1.1 栄養基質の組成
− 麦芽エキス 40g/リットル
− 寒天(純粋) 25g/リットル
1.2 培養条件
22℃および70±5%相対湿度(暗所)
1.3 液体培地の調製
ナノフィブリル化セルロース栄養培地は、予備実験に基づいてP.vitreusの培養に特に適切な液体培地であることが判明している。
2.栄養培地の組成
10%スプルース木材エキス1)を含む水道水中、
− ナノフィブリル化セルロース 300g/リットル
− 麦芽エキス 5.0g/リットル
− KCl 7.1g/リットル
1)スプルース木材抽出物(水道水1リットル中に約200gのスプルース木材おがくずを30分間沸騰させ、室温で24時間静置して濾過する)
2.1 液体培地の播種
ナノフィブリル化セルロース含有液体培地1200mlを蒸気オートクレーブ中において121℃で20〜30分間滅菌し、液体培地培養物(同じ組成物を含む)(8週間より古くない)を含有する約100mlの真菌種を播種するか、または第1の液体培地培養物の播種の場合には、パラグラフ2に記載のようにP.vitreusを用いて真菌種(約1〜2g)を介して増殖した新鮮なおがくず粒子を播種した。
2.2 培養
ナノフィブリル化セルロース含有液体培地の培養は、制御されたpH条件下(必要に応じて制御された酸素供給下でpHを6.8〜7.2に調整した)のバイオリアクタ内でP.vitreusを用いて滅菌条件下で実施した。撹拌機の回転速度を「低」に調整した。あるいは、栄養培地は、水平シェーカー(50u/分)で綿栓を備えた適切な三角フラスコ中で、22℃および相対湿度70±5%にて暗い人工気象室内で4〜8週間、静置培養または振とう培養として生成することができる。
3.スプルース木材の真菌処理
真菌含有液体培地の導入およびスプルース木材(スプルース木材製のヴァイオリンカバーボード)の実際の暴露時間または真菌処理は、特別に準備した培養器内で滅菌条件下で実施した。
3.1 培養器の構成
培養器は、内部寸法が554mm×354mm×141mm(供給元:WEZクンストストッフヴェルクAG(WEZ Kunststoffwerk AG)社、CH−5036 オーバーエントフェルデン(Oberentfelden)、商品番号:6413.007)のプラスチック(PPC)製の耐熱容器および対応するサイトグラス製の変形カバープレートからなる。この培養器には、処理される共鳴木材半加工品(ヴァイオリンカバー)に適合する寸法および形状のステンレス鋼製の2つの処理容器と、3〜4個の出口用開口を有する対応する充填チューブが適切に挿入された複数のホルダ(支持デバイス)とが配置され、前述の出口用開口が培養容器内のパイプシステム(耐熱材料製)および入口弁に接続されている。この構成により、滅菌条件下で真菌含有液体培地を培養器内に充填することが可能になる。
3.2 液体培地を導入する前の準備
処理される2つの共鳴木材半加工品(ヴァイオリンカバー用)を、ステンレス鋼製の処理容器内の適切な支持デバイスに導入した。必要に応じて少数のガラスビーズを処理容器下部の代替物(体積ディスプレーサ)として充填することにより、充填に必要な真菌含有液体培地の総量を低減することができる。
充填パイプを培養器内の入口弁に接続した。
培養器をカバープレート(サイトグラス製)でしっかりと閉じ、その中に置かれた共鳴木材半加工品を含む容器全体を、例えば電離放射線により低熱作用下で滅菌した。
3.3 真菌含有液体培地の導入
事前に滅菌され、処理される共鳴木材半加工品(ヴァイオリンカバー)を備えた培養器を、滅菌条件下で10%減圧(約100mbar)に供した。培養器内の減圧により、真菌含有液体培地を、バイオリアクタ、振とう培養物または静置培養物に直接つながっている事前にさらに滅菌されたプラスチックチューブおよび弁を介して、滅菌条件下で共鳴木材半加工品を有する処理容器内に充填チューブを介して供給することができる。
共鳴木材半加工品が約5〜10mm(カバープレートのサイトグラスを通して検出可能)の厚さを有する真菌含有液体培地の層で均一に覆われるとすぐに、供給ラインを停止し、供給チューブを空にした。次いで、培養器は滅菌マイクロフィルタを備えた弁を用いて標準圧力になるまで通気し、意図される真菌処理(暴露時間)に適切な空調キャビン内で全体を培養した。
3.4 切りたての真菌処理済みスプルース木材サンプルおよび古いスプルース木材サンプルの培養
レッドスプルースの樹木(オウシュウトウヒ(Picea abies L.))から採取した12×2.5×150mm(半径×接線×縦)の寸法の2つのサンプル。この樹木は、2009年秋にズファース(Sufers)地域で伐採された。木材の原料密度は、相対木材湿度65%で370kg/mであった。木材のサンプルは幅狭の年輪を有し、共鳴木材には品質グレード「極上(master fine)」が割り当てられ得る。いくつかの木材サンプルを未処理対照として使用し、他を22℃および相対湿度70%にて暗所でP.vitreusと共に培養した。比較研究の目的で、古い木材サンプルを、チェロ(製造年1700年、ヴァイオリン製作者カテネス(Catenes))と、ルージュモンの(チェロの製作のために使用されていた)歴史的家屋(スイス1756年)の梁と、から採取した。65%の相対湿度では、テストーレの木材サンプルの原料密度は410kg/mであり、ルージュモンの木材サンプルの原料密度は456kg/mであった。さらに、年輪が幅狭および幅広の木材の2つのサンプルを真菌治療の前後に検査した。さらに、年輪が幅広および幅狭の木材のサンプルを調製した。
すべての木材サンプルのうち、処理前および処理後に回転顕微鏡を用いて、切断厚さ0.06mm、長さ15mmおよび幅1.5mmの調製物を作成した。真菌を含有するナノフィブリル化セルロース含有液体培地により取り囲まれた木材サンプルが入った培養器を、12ヶ月間、22℃(および相対湿度70±5%)で適切な空調キャビン内で、必要な暴露時間培養した(真菌処理)。2〜4週間の期間、新鮮な酸素に富んだ空気が滅菌マイクロフィルタを備えた弁を通して滅菌条件下で供給された。12ヶ月の培養期間の後、木材サンプルを洗浄し、次いでエチレンオキシドで滅菌した。各サンプルの変異型から、最低5つの複製を、応力緩和を決定するマイクロメカニカル測定装置で試験した。続いて、サンプルをフーリエ変換赤外(FT−IR)分光計にて動的水蒸気吸着(DVS)により分析した。
4.改質木材のサンプリングおよび後処理
真菌処理の後、培養器を開ける。処理容器内に置かれた真菌処理済みの木材サンプルを、真菌の糸球体と完全に混ざり合ったナノフィブリル化セルロース液体培地から取り出し、表面に付着した菌糸体から機械的に(金属へらで)注意深く清浄にした。
4.1 真菌処理後のスプルース木材の乾燥
取り出したばかりの真菌により改質した共鳴木材半加工品(ヴァイオリンカバー)は、比較的高い含水率、場合によっては150〜250%を超える含水率を有し、その後、亀裂(年輪剥離)を避けるために徐々に乾燥させなければならない。
この目的のために、スプルース板をまず相対湿度80%の人工気象室(20℃)で(最終的には予めかび菌の増殖を防ぐためにキシレン含有雰囲気を有する容器に入れて)保管し、次いで65%、後に50%の相対湿度で人工気象室において数週間の期間にわたって連続的に乾燥させた。
4.2 真菌処理済みの共鳴木材半加工品の滅菌
楽器製造のための真菌により改質した共鳴木材半加工品の乾燥後、かつ加工の前に、真菌により改質した共鳴木材半加工品を、例えば電離放射線により(低熱作用下で)必要に応じて滅菌してもよい。
5 .真菌処理済み木材の質量損失
真菌処理前後の各種木材サンプルの原料密度ρRを図2に示す。真菌処理済み木材サンプルの平均質量減少Δmは3.3%±0.9%である。図2から、木材の原料密度が低下すると、質量損失が減少することが分かる。最も大きな質量損失は高品質の共鳴木材(低原料密度)で見られ、最も小さな質量損失は低品質木材(高原料密度)で見られた。
6.真菌処理済み木材の応力緩和
ブルゲルト(Burgert)ら(2003年)によれば、曲げ荷重下でマイクロメカニカルな調査が実施された。木材サンプルの厚さは、測微カリパスを用いてサンプルの中央および側面を測定した。幅および長さ(約10mm)は透過光明視野顕微鏡で測定した。サンプルに最大で50Nの荷重がかかり、実験は1μm/秒の速度で実施した(図3)。特定の荷重レベルでは、応力緩和を測定するために、モータを120秒間オフにした。相対応力緩和は以下のように計算した。
式中、σは初期張力であり、σは120秒間の緩和後の張力である。
図4では、切りたての木材(対照)、真菌処理済み木材および古い木材の応力緩和を比較している。応力緩和は、初期応力から2分後の有効応力までの減少から計算した。測定データにある程度のばらつきが見られたが(決定係数:R=0.6〜0.82)、真菌処理済み木材は切りたての木材よりも高い応力緩和を有することは疑う余地なく明らかである。
材料の時間に依存した機械的挙動、例えば、応力緩和により、さまざまな時間的および空間的レベルで重要な細胞要素の大きさおよび再配向に関する結論を引き出すことが可能になる(コスグローブ(Cosgrove)1993年)。マイクロメカニカル応力緩和試験では、漸減が観察されたが、これはおそらく木材中のさまざまな細胞壁構成成分の再配向の結果として生じるものである。本発明者らは、中間のラメラによって互いに連結された木繊維の再配向が存在すると考えており、その遅延はヘミセルロースおよびリグニンからなる非晶質マトリックスへのセルロースフィブリルの取り込みから生じる。切りたての木材、真菌処理済み木材および古い木材の緩和挙動の差により、主としてリグニンおよびヘミセルロースの分解による超顕微鏡レベルでの物質の分解が起こることが示唆される。この結果、木材に応力緩和が生じる(コーラー(Kohler)ら、2002年,ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)およびナヴィ(Navi)、2007年)。そして埋め込まれたセルロースフィブリル周辺の細胞壁マトリックス(ヘミセルロースおよびリグニン)の分解は、振動特性に影響を与えるか、または木材の減衰特性を変化させる(ノグチ(Noguchi)ら、2012年)。
7.音響放射および減衰
楽器用の共鳴木材の選択に使用される最も重要な音響特性は、減衰(tanδ)および音響放射(R)である。高品質の共鳴木材は、高い音響放射(R)を有する。Rは、音響放射によって本体の振動がどの程度強く減衰するかを表す。他方では、音の減衰は、音の強さのいかなる種類の減少も説明するが、これは必ずしも、例えば、より広い範囲にわたる音響エネルギーの発散、すなわち拡散による音響エネルギーの減少に関連しているとは限らない。両方の特性を、未処理対照および真菌処理済み木材について試験した。木材サンプルの振動特性は、65%の相対含水率で真菌処理(5.4に記載)前後に測定した。結果は、真菌処理済み木材において音響放射および減衰の両方が有意に増加することを示している(図5〜図6)。
8.測色
測色は、360〜740nmの波長で三刺激値色計(コニカミノルタ)を用いて木材サンプルに対して実施した。このデバイスにより、1°の測定角度で輝度および色の非接触測定が可能となる。真菌処理済み木材および切りたての木材について色座標を決定し、色指数を以下のように計算した。
式中、Lは0(黒)から100(白)の輝度を定義するのに対し、aは赤(+60)対緑(−60)の比を定義し、bは黄(+60)対青(−60)の比を定義する。
図7は、4〜12ヶ月後の切りたておよび真菌処理済みの共鳴木材(a)および製材(b)の色指数E abおよび輝度Lを示す。真菌処理の期間が長くなるにつれ、色指数は増加する一方、輝度は減少する。元の状態では、切りたての共鳴木材(a)および製材(b)について29.9(±0.8)のE指数が見られた(図7a〜図7b)。真菌処理の12ヶ月後、E指数は、真菌処理済み共鳴木材(図7a)については44.5(±1.2)増加、真菌処理済み製材(図7b)については41.6(±0.6)増加した。
審美的な観点から、高い色指数(E)は、木材が真菌処理後により古そうな色の外観を有するため、ヴァイオリン製作において有利である。古い木材サンプル(ルージュモン、1756年、スイス)の測色を用いた比較研究では、色指数E=37.2および輝度指数L=73.7が示されている。
しかし、ここで対象となる色の変化は、通常、定義上L、aおよびbにわたる色空間内のベクトルの長さであるEの値の変化のみによって説明されるものではない。特に有益な値は、色変化前の色点(L 、a 、b )と色変化後の色点(L 、a 、b )とを結ぶ変化ベクトルの長さΔEである。
量ΔEは色差とも呼ばれる。図8において、未処理状態と比較した、異なる期間(4〜12ヶ月)の真菌処理後の共鳴木材(白丸)および製材(黒丸)の色差ΔEの時間経過が示されている。比較のため、破線は、同種の木材の切りたてのサンプルと比較した、古い木材サンプル(ルージュモン)の色差を示す。
9.FT−IR分析
図9は、1800〜800cm−1の領域における真菌処理済み木材および切りたての木材、ならびに古い木材(テストーレおよびルージュモン)のFT−IRスペクトルを示し、リグニンの芳香環振動(C=C)に由来する1508cm−1の吸収が正規化されている。古い木材においては、ヘミセルロースの分解に起因する1738cm−1の波数におけるリグニン対多糖類の比が優位に増加している(エステバン・ガルシア(Garcia,Esteban)ら、2006年,ナジヴァリー(Nagyvary)ら、2006年,ガンヌ・シェドヴィル(Ganne-Chedeville)ら、2012年)。同様の分解プロセスは、FT−IRによって、真菌処理済み木材についても見られた。測定によれば、ヘミセルロースおよびリグニンを表す波数818,589および1051における絶対値が減少したことが示されている。真菌処理下と自然老化とでは、多糖類およびリグニンの分解プロセスは同一ではないが、物理的特性および収着挙動ならびに膨潤および収縮挙動はそれぞれ、切りたての木材と類似していると推定することができる。
切りたての木材と比較すると、FTIR分析によれば、真菌処理済み木材および古い木材におけるリグニン/多糖類の比の有意な変化が明らかとなった(レーリンガー(Lehringer)ら、2011年,ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)ら、2014年a,ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)ら、2014年b)。有意差とは、古い木材中のヘミセルロースの割合が低いことであった。定性的研究によって、リグニンおよびヘミセルロースの両方が、木材の脱リグニン中に異なる速度で分解されることが確認された(レーリンガー(Lehringer)ら、2011年)。選択的脱リグニンおよび自然老化後のリグニンおよびヘミセルロースの分解プロセスは同一ではないが、それらの組成は切りたての木材とは著しく異なると推測できる。おそらく、切りたての木材の異なる組成は、水分との相互作用、例えば、材料の収着ダイナミクス、水分容量および構造安定性に影響を及ぼす。これらの変化はまた、木材の解剖学的構造および細胞壁の超分子構造にも影響を及ぼすが、これは木材の振動機械的特性に顕著な影響を及ぼす。研究によれば、木材構造の解剖学的均一性が高まることにより、木材の振動特性、曲げ剛性および減衰に有利な影響を及ぼすことが示されている(ヤキーラ(Jakiela)ら、2008年,ストール(Stoel)およびボーマン(Borman)、2008年)。
水分子が木化細胞壁に浸透すると、水分子はセルロースミクロフィブリルの表面ならびにリグニンおよびヘミセルロースからなるマトリックスによって吸収される。木材ポリマー間のヒドロキシル基を介した水分子の吸収は、細胞壁のヘミセルロースおよびリグニンの曲げ剛性を低下させる結果となるが、これは材料の振動および機械的特性に影響を及ぼす。木材の減衰は、相対湿度の増加とともに有意に増加し(ハント(Hunt)およびグリル(Gril)、1996年,ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)ら、2014年b)、これは木材の共鳴特性に悪影響を及ぼす。古い木材および真菌処理済み木材におけるヘミセルロースの分解により、材料の振動時の水分収着および機械的特性(メカノソープティビティ)への影響が低減される。この発見は、P.vitreusを用いて培養された木材において最近確認された(ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)ら、2014年b)。細胞壁におけるリグニンおよびヘミセルロースの分解の別の結果は、結晶質セルロースの暴露増加および木材の収着安定性の改善である。切りたての木材と比較して、動的吸着試験によって、水分子の加速した拡散プロセスが古い木材および真菌処理済み木材において示され得る(ジラーニ・セッディギ(Sedighi,Gilani)ら、2014年b)。
雰囲気との水分交換中の材料の安定性が高いと、木材の振動特性および時間に依存した機械的特性の信頼性、例えば、応力緩和およびクリープ挙動を改善される可能性が高い(ハント(Hunt)およびグリル(Gril)、1996年)。
本明細書に記載される真菌による木材改質の方法は、木材から製造される楽器の安定性および共鳴品質に極めて重要な種々の機械的応力条件(例えばチューニング)および物理的応力条件(例えば、空気湿度変動)下での材料の応力緩和の一時的低下をもたらす。自然に老化した木材と真菌処理済み木材との間の顕著な類似性は、真菌処理が共鳴木材の加速老化のために大切な木材改質プロセスであることを示している。2009年のオスナブリュック樹木管理会議(Osnabruck Baumpflegetagen)の盲検法における真菌処理済みヴァイオリンの成功は、真菌処理済み木材および古い木材の機械的および吸湿的安定性の類似性に起因する可能性が非常に高い。
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Claims (11)

  1. 楽器用のスプルース共鳴木材の音響特性を改善する方法であって、
    少なくとも1つの共鳴木材半加工品が、制御された滅菌条件下で、フィシスポリヌス・ヴィトレウスを用いた処理に供され、
    予め滅菌された前記共鳴木材半加工品を、真菌の菌糸体が豊富な液体培地に浸漬し、暴露時間中そのまま暗所に保管し、最後に滅菌し、前記暴露時間中、18〜26℃の温度および約60〜約80%の相対湿度が維持され、
    前記液体培地は、1リットル当たり200〜300gの量のナノフィブリル化セルロース(NFC)を含有することを特徴とする、方法。
  2. 前記処理はフィシスポリヌス・ヴィトレウスEMPA642を用いて行われる、請求項1に記載の方法。
  3. 前記暴露時間の間、21〜23℃の温度および約65〜約75%の相対湿度が維持される、請求項1または2に記載の方法。
  4. 前記暴露時間は、前記共鳴木材が以下の強度値、すなわち、
    少なくとも7GPa、好ましくは少なくとも10GPaの繊維に対して縦方向の曲げ率と、
    少なくとも24N/mm、好ましくは少なくとも34N/mmの繊維に対して縦方向の圧縮強度と、
    少なくとも3N/mm、好ましくは少なくとも4.2N/mmの繊維に対して横方向の圧縮強度と、
    を満たすように選択される、請求項1〜3のうちいずれか一項に記載の方法。
  5. 前記暴露時間は4〜6ヶ月である、請求項1〜4のうちいずれか一項に記載の方法。
  6. 前記液体培地は、制御されたpH条件下でNFC含有栄養培地にフィシスポリヌス・ヴィトレウスを播種して培養することによって得られる、請求項1〜5のうちいずれか一項に記載の方法。
  7. 前記共鳴木材半加工品の滅菌はエチレンオキシドを用いて実施される、請求項1〜6のうちいずれか一項に記載の方法。
  8. 色空間(L、a、b)に定義される色指数Eの少なくとも14の増加が生じる、請求項1〜7のうちいずれか一項に記載の方法。
  9. 少なくとも11の前記色空間(L、a、b)に定義された色差ΔEを特徴とする前記木材の色変化が生じる、請求項1〜8のうちいずれか一項に記載の方法。
  10. 未処理の共鳴木材と比較して、縦方向の音響放射が少なくとも20%、好ましくは少なくとも24%増加し、縦方向の減衰は少なくとも25%、好ましくは少なくとも29%増加する、請求項1〜9のうちいずれか一項に記載の方法によって製造される楽器用の改良されたスプルース共鳴木材。
  11. 請求項10に記載の改良されたスプルース共鳴木材で作られた少なくとも1つの共鳴板を備えた、楽器、特に弦楽器。
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