[実施例1]
図1は、実施例1の変速機コントローラを含む車両の概略構成図である。車両は動力源としてエンジン1を備える。エンジン1の動力は、パワートレインPTを構成するトルクコンバータ2と、第1ギヤ列3と、変速機4と、第2ギヤ列(ファイナルギヤ)5と、差動装置6と、を介して駆動輪7へと伝達される。第2ギヤ列5には、駐車時に変速機4の出力軸を機械的に回転不能にロックするパーキング機構8が設けられている。
トルクコンバータ2は、ロックアップクラッチ2aを有する。ロックアップクラッチ2aが締結されると、トルクコンバータ2の滑りが無くなり、トルクコンバータ2の伝達効率が向上する。以下、ロックアップクラッチ2aをLUクラッチ2aと記載する。
変速機4は、バリエータ20を有する無段変速機である。バリエータ20は、プライマリプーリであるプーリ21と、セカンダリプーリであるプーリ22と、プーリ21,22の間に掛け回されたベルト23と、を有する。プーリ21は、主動側回転要素を構成し、プーリ22は従動側回転要素を構成する。
プーリ21,22は、それぞれ固定円錐板と、固定円錐板に対してシーブ面を対向配置した固定円錐版との間にV溝を形成する可動円錐板と、可動円錐板の背面に設けられ可動円錐板を軸方向に変位させる油圧シリンダと、を有する。プーリ21は、油圧シリンダ23aを有し、プーリ22は、油圧シリンダ23bを有する。
油圧シリンダ23a,23bに供給される油圧を調整すると、V溝の幅が変化し、ベルト23と各プーリ21,22との接触半径が変化し、バリエータ20の変速比が無段階に変化する。バリエータ20は、トロイダル型の無段変速機であってもよい。
変速機4は、副変速機構30を更に備える。副変速機構30は、前進2段・後進1段の変速機構であり、前進用変速段として1速と、1速よりも変速比の小さな2速を有する。副変速機構30は、エンジン1から駆動輪7に至る動力伝達経路において、バリエータ20と直列に設けられる。副変速機構30は、この例のようにバリエータ20の出力軸に直接接続されてもよいし、その他の変速ないしギヤ列等の動力伝達機構を介して接続されていてもよい。あるいは、副変速機構30はバリエータ20の入力軸側に接続されていてもよい。
車両は、エンジン1の動力の一部を利用して駆動されるオイルポンプ10と、オイルポンプ10がオイル供給によって発生させる油圧を調整して変速機4の各部位に供給する油圧制御回路11と、油圧制御回路11を制御する変速機コントローラ12と、を有する。油圧制御回路11は、複数の流路及び複数の油圧制御弁から構成される。油圧制御回路11は、変速機コントローラ12からの変速制御信号に基づき、複数の油圧制御弁を制御して油圧供給経路を切り替える。また、油圧制御回路11は、オイルポンプ10がオイル供給によって発生させる油圧から必要な油圧を調整し、調整した油圧を変速機4の各部位に供給する。これにより、バリエータ20の変速、副変速機構30の変速段の変更、LUクラッチ2aの締結・解放が行われる。
図2は、実施例1の変速機コントローラの概略構成図である。変速機コントローラ12は、CPU121と、RAM・ROMからなる記憶装置122と、入力インターフェース123と、出力インターフェース124と、これらを相互に接続するバス125と、を有する。
入力インターフェース123は、例えばアクセルペダルの操作量を表すアクセル開度APOを検出するアクセル開度センサ41の出力信号、変速機4の入力側回転速度を検出する回転速度センサ42の出力信号、プーリ22の回転速度Nsecを検出する回転速度センサ43の出力信号、変速機4の出力側回転速度を検出する回転速度センサ44の出力信号が入力される。
変速機4の入力側回転速度は、具体的には、変速機4の入力軸の回転速度、すなわちプーリ21の回転速度Npriである。変速機4の出力側回転速度は、具体的には、変速機4の出力軸の回転速度、すなわち副変速機構30の出力軸の回転速度である。変速機4の入力側回転速度は、例えばトルクコンバータ2のタービン回転速度など、変速機4との間にギヤ列等を挟んだ位置の回転速度であってもよい。変速機4の出力側回転速度についても同様である。
入力インターフェース123は、車速VSPを検出する車速センサ45の出力信号、変速機4の油温TMPを検出する油温センサ46の出力信号、セレクトレバーの位置を検出するインヒビタスイッチ47の出力信号、エンジン1の回転速度Neを検出する回転速度センサ48の出力信号、変速機4の変速範囲を1よりも小さい変速比に拡大するためのODスイッチ49の出力信号、LUクラッチ2aへの供給油圧を検出する油圧センサ50の出力信号、プーリ22への供給油圧であるセカンダリ圧Psecを検出する油圧センサ52の出力信号、車両の前後加速度を検出するGセンサ53の出力信号等が入力される。入力インターフェース123には、エンジン1を制御するエンジンコントローラ51から、エンジントルクTeのトルク信号も入力される。
記憶装置122には、変速機4の変速制御プログラム、変速制御プログラムに用いる各種マップ等が格納されている。CPU121は、記憶装置122に格納されている変速制御プログラムを読み出して実行し、入力インターフェース123を介して入力される各種信号に基づいて変速制御信号を生成する。また、CPU121は、生成した変速制御信号を、出力インターフェース124を介して油圧制御回路11に出力する。CPU121が演算処理で使用する各種値及びCPU121の演算結果は記憶装置122に適宜格納される。
変速機4は、パワートレインPTの共新周波数であるPT共新周波数Fptで前後振動が発生することがある。前後振動は、パワートレインPTのトルク変動に対して、変速機4の変速比の安定性が不足している場合に、トルク変動と変速機4の変速比の安定性が不足している場合に、トルク変動と変速機4の変速とが練成して発生すると考えられる。このため、進み補償を行い、変速機4の変速比の安定性を確保し、制振性を高めることで、前後振動を抑制する。
ところが、車両の走行状態によっては、次に説明するように、進み補償による制振効果が十分に得られない場合がある。しかしながら、車両の運転状態によっては、進み量Aが足りずに十分な制振効果が得られない場合があった。その一方で、ピーク値周波数Fpkの進み量Apkが増加するほど、制振効果は大きくなる傾向がある。このため、周波数に応じた進み量Apkを車両の運転状態に応じて可変にすることが考えられる。ところが、進み量Apkを増加させるとゲインGも増加するため、進み量Apkを大きくしすぎると、後述する変速比制御系100が不安定になることが懸念される。また、変速比制御系100の安定性は、車両の運転状態によって異なる。
一方、進み量Apkを大きくしていくと、変速機コントローラ12の状態が変化した場合、進み量Apkが不適切となる場合がある。そこで、位相進み補償に加えて、位相遅れ補償を行うことが望ましい。しかしながら、車両の運転状態によっては、遅れ量Bが足りずに、PT共振由来の車両振動が起きることが懸念される。また、遅れ量Bが多すぎると、制御系が不安定になって低周波制御加振が起きるおそれがある。
そこで、変速機コントローラ12(以下、コントローラ12とも記載する。)は、以下で説明する変速制御を行う。以下では、変速機4の変速比としてバリエータ20の変速比Ratioを用いて説明する。変速比Ratioは、後述する実変速比Ratio_A,目標変速比Ratio_D及び到達変速比Ratio_Tを含むバリエータ20の変速比の総称である。
図3は、実施例1の変速比制御系の要部を示す制御ブロック図である。変速比制御系100は、実変速制御値が目標変速制御値になるように変速機4の変速比制御を行うことで、変速機4のフィードバック変速制御を行う。変速比制御系100は、コントローラ12、アクチュエータ111、バリエータ20から構成される。
コントローラ12は、目標値生成部131と、FB補償器132と、位相補償オンオフ決定部133と、進み量決定部134と、進み量フィルタ部135と、第1位相進み補償器136と、第2位相進み補償器137と、第1スイッチ部138と、オンオフ指令フィルタ部139と、センサ値フィルタ部140と、第1ピーク値周波数決定部141と、遅れ量決定部142と、遅れ量フィルタ部143と、第2ピーク値周波数決定部144と、第1位相遅れ補償器145と、第2位相遅れ補償器146と、第2スイッチ部147と、PT共振検知部150と、油振検知部151と、発散検知部152と、を有する。FBは、フィードバックの略である。
目標値生成部131は、変速制御の目標値を生成する。目標値は、具体的には、変速比Ratioを変速制御値とした最終目標変速制御値である到達変速比Ratio_Tに基づく目標変速比Ratio_Dとされる。変速制御値は、例えば、制御パラメータとしてのプライマリ圧Ppriとしてもよい。到達変速比Ratio_Tは、変速マップで車両の運転状態に応じて予め設定されている。このため、目標値生成部131は、検出された運転状態に基づき、対応する到達変速比Ratio_Tを変速マップから読み出す。車両の運転状態は、具体的には、車速VSP及びアクセル開度APOを用いる。
目標値生成部131は、到達変速比Ratio_Tに基づき、目標変速比Ratio_Dを算出する。目標変速比Ratio_Dは、到達変速比Ratio_Tになるまでの間の過渡的な目標変速比であり、目標変速制御値を構成する。算出された目標変速比Ratio_Dは、FB補償器132に入力される。
FB補償器132は、変速比Ratioの実値である実変速比Ratio_A、目標変速比Ratio_Dに基づき、フィードバック指令値を算出する。フィードバック指令値は、例えば、実変速比Ratio_Aと目標変速比Ratio_Dの誤差を埋めるためのフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBである。FB補償器132では、FBゲインG_FBが可変とされる。FBゲインG_FBは、変速比制御系100で行う変速機4の変速比制御のFBゲインであり、車両の運転状態に応じて可変とされる。車両の運転状態は、例えば、変速比Ratio,変速比Ratioの変化率α,入力トルクTpri等である。変速比Ratioの変化率αは、言い換えると、変速速度である。FB補償器132で算出されたフィードバック指令値(フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FB)は、進み量決定部134と、第1位相進み補償器136に入力される。
位相補償オンオフ決定部133は、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相進み補償及び位相遅れ補償のオンオフを決定する。位相補償オンオフ決定部133は、プーリ状態値Mと、後述する発散検知部152の指示値発散情報と、FBゲインG_FBと、後述する油振検知部151の油振検知情報と、後述するPT共振検知部150のPT共振情報と、目標変速比Ratio_Dと、に応じて、位相補償のオンオフを決定する。プーリ状態値Mは、プーリ21,22が、前後振動が発生する状態であるか否かを判定するための値であり、回転速度Npri,プーリ22への入力トルクTsec,変速比Ratio,及び変速比Ratioの変化率αを含む。入力トルクTsecは、例えばエンジン1及びプーリ22間に設定された変速比(第1ギヤ列3のギヤ比及びバリエータ20の変速比)をエンジントルクTeに乗じた値として算出することができる。変速比Ratioには、実変速比Ratio_A及び目標変速比Ratio_Dを適用することができる。変速比Ratioは、実変速比Ratio_Aまたは目標変速比Ratio_Dとしてもよい。
位相補償オンオフ決定部133は、具体的には、回転速度Npri,入力トルクTsec,変速比Ratio,及び変化率αの4つのパラメータすべてに応じて、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相進み補償及び位相遅れ補償のオンオフを決定する。位相補償オンオフ決定部133は、入力トルクTsec,変速比Ratio,及び変化率αのいずれかのパラメータに応じて、位相進み補償及び位相遅れ補償のオンオフを決定するように構成してもよい。位相補償オンオフ決定部133は、プーリ状態値Mに加えて、更にLUクラッチ2aの締結状態と、変速比4に対するドライバ操作の状態と、フェールの有無とに応じてフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相補償のオンオフを決定する。図4は、変速機コントローラが行う制御の一例を示すフローチャートである。
ステップS1では、これらのプーリ状態値M全てが前後振動発生値であると判定した場合は、ステップS2に進む。一方、これらのプーリ状態値Mのいずれかが前後振動発生値でないと判定した場合は、ステップS5に進み、PT共振ではないと判定する。したがって、前後振動は発生しないと判定してステップS10に進み、位相補償をオフにする。
ステップS2では、LUクラッチ2aが締結されているか否かを判定する。これにより、LUクラッチ2aの締結状態に応じて、位相補償のオンオフが決定される。LUクラッチ2aが解放されている場合は、前後振動は発生しないと判断してステップS5に進み、LUクラッチ2aが締結している場合は、前後振動が発生する状態であると判断してステップS3に進む。
ステップS3では、変速機4に対するドライバ操作の状態が所定状態であるか否かを判定し、変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりも大きくなる第1操作状態、もしくは変速比Ratioが定常状態になる第2操作状態か否かを判定する。
第1操作状態とは、ODスイッチ49がOFFの状態である。第2操作状態は、セレクトレバーによってマニュアルレンジが選択されている状態や、スポーツモード等のマニュアルモードが選択されている状態など、ドライバ操作によって変速比Ratioが固定される状態である。ドライバ操作の状態が所定状態であるか否かを判定することで、変速比Ratioが所定変速比Ratio1よりも継続的に大きくなることや、変速比Ratio1が継続的に定常状態になることを判定することができる。よって、変速比Ratioが、前後振動が発生する状態であることを確実に判定する。ステップS3において、所定状態ではないと判定された場合はステップS5に進み、所定状態であると判定された場合はステップS4に進む。
ステップS4では、PT共振が起きると判定してステップS6に進む。ステップS6からステップS8では、位相補償をオンにできる状態か否かの判定が行われる。言い換えると、位相補償の実行の可否が判定される。
ステップS6では、フェールがあるか否かを判定する。フェールは、例えば、変速機4の変速制御に用いられる油圧制御回路11やセンサ・スイッチ類のフェールを含む変速機4に関するフェールである。尚、変速機4に関連する他の車両のフェールであってもよい。
ステップS6でフェールがあると判定した場合は、ステップS8に進んで位相補償の実行を禁止し、ステップS10に進んで位相補償をオフにする。一方、フェールが無いと判定した場合は、フェールが無いと判定した場合は、ステップS7に進んで位相補償の実行を許可し、ステップS9に進んで位相補償をオンにする。
図3に戻り、位相補償オンオフ決定部133は、位相補償のオンを決定した場合はオン指令を出力し、位相補償のオフを決定した場合はオフ指令を出力する。オンオフ指令は、位相補償オンオフ決定部133から、進み量決定部134と、オンオフ指令フィルタ部139とに入力される。
進み量決定部134は、進み量Apkを決定する。進み量決定部134は、位相補償オンオフ決定部133の後流に設けられる。進み量決定部134は、信号経路における配置上、このように設けられる。進み量決定部134は、オンオフ指令に応じて、言い換えると、位相補償のオンオフ決定に応じて進み量Apkを決定する。進み量決定部134は、オフ指令が入力された場合に進み量Apkをゼロに決定する。進み量決定部134は、オン指令が入力された場合、車両の運転状態に応じて進み量Apkを決定する。進み量決定部134には、車両の運転状態を指標するパラメータとして、FBゲインG_FB,回転速度Npri,入力トルクTsec,変速比Ratio,セカンダリ圧Psec及び油温TMPが入力される。進み量決定部134は、これら複数のパラメータに応じて進み量Apkを決定する。言い換えると、車両の運転状態に応じて進み量Apkを可変にする。尚、進み量決定部134は、これら複数のパラメータのうち少なくともいずれかに応じて進み量Apkを可変としてもよい。
進み量決定部134は、各パラメータに応じて進み量Apkを決定することで、運転状態に応じて可変とすることができ、狙いの周波数での進み量Aを設定できる。尚、進み量Aを増加させる場合、バリエータ20など変速比制御系100の具体的仕様との関係を考慮し、安定的に動作可能な範囲に制限する。この制限は、各パラメータに応じた制限量として計算あるいは実験により予め求めることができる。進み量Apkは、実際には各パラメータに応じて決定した進み量Apkを各パラメータに応じて設定した制限量の分、更に減少させることで決定される。
進み量決定部134は、決定した進み量Apkをもとに第1進み量Apk1,第2進み量Apk2が決定される。第1進み量Apk1は、後述する一次の位相進み補償を行う場合に対応させて設定され、第2進み量Apk2は、後述する二次の位相進み補償を行う場合に対応させて設定される。第2進み量Apk2は、第1進み量Apk1の1/2とされる。各パラメータに応じて決定される進み量Apkは、第2進み量Apk2に対応するように設定される。各パラメータに応じて決定される進み量Apkは、第1進み量Apk1に対応するように設定されてもよい。進み量Apkは、進み量決定部134から進み量フィルタ部135に入力される。
進み量フィルタ部135は、進み量決定部134の後流に設けられ、進み量Apkのフィルタ処理を行う。進み量フィルタ部135は、信号経路における配置上、このように設けられる。進み量フィルタ部135は、具体的にはローパスフィルタ部とされ、例えば一次のローパスフィルタで構成される。進み量フィルタ部135は、進み量Apkのフィルタ処理を行うことで、進み補償のオンオフが切り替えられた際に、位相補償のオンオフの決定に応じた位相補償のゲインGの変化のなましを行うゲインなまし部を構成する。ゲインGの変化のなましを行うことで、位相補償のオンオフの切り替えに伴うゲインGの変化量の抑制が図られる。すなわち、進み量Aが変化し、例えば30Hzのセンサノイズのゲインが、20Hzで変化した場合、加法定理によって10Hzと50Hzの成分が発生してしまう。ここで、10Hzの成分は、入力された振動が減衰しない自励振動を引き起こす場合がある。すなわち、高周波が高周波でゲイン変化した場合、低周波を生み出し、低周波に反応する自励振動を刺激する。そこで、センサノイズの周波数と自励振動の周波数とに基づいてカットオフ周波数を設定し、このカットオフ周波数のローパスフィルタによりフィルタ処理を行う。これにより、自励振動の発生を回避する。
第1位相進み補償器136と、第2位相進み補償器137と、第1スイッチ部138とには、進み量フィルタ部135から進み量Apkが入力される。第1位相進み補償器136と第2位相進み補償器137とには、第1ピーク値周波数決定部141からピーク値周波数Fpkも入力される。第1位相進み補償器136と第2位相進み補償器137とは共に入力された進み量Apk、更には入力されたピーク値周波数Fpkに基づき、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相進み補償を行う。フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相進み補償を行うことで、変速機4のフィードバック変速制御の位相進み補償が行われる。第1位相進み補償器136と第2位相進み補償器137とは、具体的には一次のフィルタで構成され、入力された進み量Apk、さらには入力されたピーク値周波数Fpkに応じたフィルタ処理を行うことで、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相進み補償を行う。
第2位相進み補償器137は、第1位相進み補償器136と直列に設けられる。第2位相進み補償器137は、信号経路における配置上、このように設けられる。第2位相進み補償器137は、第1位相進み補償器136によって一次の位相進み補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBが入力される。したがって、第2位相進み補償器137は、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相進み補償を行う場合、一次の位相進み補償を更に重ねて行う。これにより、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの二次の位相進み補償が行われる。第2位相進み補償器137は、第1位相進み補償器136と共に進み補償部を構成する。
第1スイッチ部138は、入力された進み量Apkに応じて第1位相進み補償器136と第2位相進み補償器137とで位相進み補償を行う場合、つまり二次の位相進み補償を行う場合と、第1位相進み補償器136のみで位相進み補償を行う場合、つまり一次の位相進み補償を行う場合とを切り替える。
図5は、位相進み補償器のボード線図の一例を示す図である。図6は、位相進み補償器の所定周波数におけるゲイン変化の一例を示す図である。図5において、横軸は周波数を対数で示す。図5,6において、細線C1は一次の位相進み補償器の場合を示し、太線C2は二次の位相進み補償器の場合を示す。一次、二次の場合ともに、位相進み補償器は、ピーク値周波数Fpkで進み量Aが第1進み量Apk1になるように設定されている。第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137からなる位相進み補償器では、二次の位相進み補償を行う場合に、第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137それぞれの進み量Apkを第2進み量Apk2とすることで、ピーク値周波数Fpkに応じた進み量Aが第1進み量Apk1とされる。
図6に示すように、ゲインGは、一次、二次の場合ともに、進み量Aが大きくなると大きくなる。ただし、進み量Aが所定値A1を超えたあたりからは、進み量Aが大きくなるほど、一次のゲインGの上昇率に対して二次のゲインGの上昇率は小さくなる。つまり、位相進み補償の二次化によるゲイン抑制効果は、進み量Aが所定値A1よりも大きい場合に得られる。また、図5に示すように、進み量Aが所定値A1より小さい場合、位相進み補償の二次化によって、ゲイン抑制効果が得られない一方で、ピーク値周波数Fpkの両側で進み量Aが大きく減少するという作用は生じることになる。結果、実際のPT共振周波数Fpt及びピーク値周波数Fpk間の周波数ずれによって進み量Aが減少しやすくなり、変速比Ratioの安定性を向上させる効果、つまり制振効果が減少しやすくなる。このため、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBに応じた一次の位相進み補償の進み量Aが所定値A1よりも小さい場合には、ゲイン抑制効果が望めない一方、一次の位相進み補償を行うことで、周波数ずれによってゲインGが低下し、制振効果が減少しやすくなる事態を回避する。所定値A1は、図6に示すような進み量Aに応じたゲインGの辺特性に基づき、予め設定することができる。所定値A1は、位相進み補償の二次化によるゲイン抑制効果が得られる範囲内で、好ましくは最小値に設定することができる。
このように、位相進み補償を行うにあたり、進み量決定部134と第1スイッチ部138とは、具体的には次のように構成される。すなわち、進み量決定部134は、各パラメータに応じて決定した進み量Aが所定値A1よりも小さい場合に一次の位相進み補償を行うと判断し、進み量Apkを第1進み量Apk1に決定する。また、進み量決定部134は、進み量Aが所定値A1以上の場合に二次の位相進み補償を行うと判断し、進み量Apkを第2進み量Apk2に決定する。進み量Aは、マップデータ等で予め設定することができる。
第1スイッチ部138は、第1進み量Apk1が選択された場合に、第1位相進み補償器136のみで位相進み補償を行うように切り替えを行う。また、第1スイッチ部138は、第2進み量Apk2が選択された場合に、第1位相進み補償器136と第2位相進み補償器137とで位相進み補償を行うように切り替えを行う。このように構成することで、第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137は、進み量Aが所定値A1よりも小さい場合に、第1位相進み補償器136のみで位相進み補償を行うように構成される。
第1スイッチ部138は、一次の位相進み補償を行う場合に、第2位相進み補償器137のみで位相進み補償を行うように構成されてもよい。進み量決定部134は、進み量Apkの代わりに進み量Aを第1スイッチ部138に入力してもよい。第1スイッチ部138は、このようにして入力された進み量Aに基づいて切り替えを行ってもよい。これにより、第1進み量Apk1や第2進み量Apk2になましが施されていても、一次、二次の位相進み補償を適切に行える。
第1スイッチ部138は、位相補償オンオフ決定部133とともに、プーリ状態値Mに応じて、第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137の少なくともいずれかによって進み補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBをフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBとして設定する。第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137の少なくともいずれかは、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの進み補償を行う進み補償部を構成する。進み補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBは、第1位相遅れ補償器145に出力される。
第1ピーク値周波数決定部141は、位相進み補償のピーク値周波数Fpk1を決定する。図7は、変速比Ratioに応じたPT共振周波数Fptの変化を示す図である。図7に示すように、PT共振周波数Fptは、変速比Ratioが大きいほど小さくなる。このため、第1ピーク値周波数決定部141は、変速比Ratioが大きいほどピーク値周波数Fpk1を小さくする。これにより、変速比Ratioに応じてPT共振周波数Fptが変化しても、PT共振周波数Fpt及びピーク値周波数Fpk1間の周波数ずれを適切に抑制できる。変速比Ratioは、具体的には、目標変速比Ratio_Dが目標値生成部131から入力される。第1ピーク値周波数決定部141が決定したピーク値周波数Fpk1は、第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137それぞれに入力される。これにより、第1ピーク値周波数決定部141は、変速比Ratioに基づき、第1位相進み補償器136及び第2位相進み補償器137が行う位相進み補償それぞれのピーク値周波数Fpkを設定するように構成される。
ただし、ピーク値周波数Fpkに狙いの周波数として設定されるPT共振周波数Fptは、実際のPT共振周波数Fptと必ずしも一致しない。結果、二次の位相進み補償を行う場合には、実際のPT共振周波数Fpt及びピーク値周波数Fpk間の周波数ずれによって、次に説明する進み量Aの減少という事態が生じる。
図8は、ピーク値周波数Fpkのずれが及ぼす影響の説明図である。PT共振周波数Fpt1は、ピーク値周波数Fpkよりも実際のPT共振周波数Fptが低かった場合を示し、PT共振周波数Fpt2は、ピーク値周波数Fpkよりも実際のPT共振周波数Fptが高かった場合を示す。これらの間で周波数ずれ量の大きさFAは同じである。図8に示すように、二次の位相進み補償を行う場合、ずれ量の大きさFAが同じでも、実際のPT共振周波数FptがPT共振周波数Fpt1であった場合の方がPT共振周波数Fpt2であった場合よりも、進み量Aの減少量は大きくなる。このため、第1ピーク値周波数決定部141は、第2進み量Apk2が入力された場合、つまり二次の位相進み補償を行う場合、一次の位相進み補償を行う場合よりもピーク値周波数Fpkを低くすることで、周波数ずれの方向によって、偏った態様で進み量Aが大きく減少しないようにする。
遅れ量決定部142は、遅れ量Bpkを決定する。遅れ量決定部142は、位相補償オンオフ決定部133の後流に設けられる。遅れ量決定部142は、信号経路における配置上、このように設けられる。遅れ量決定部142は、オンオフ指令に応じて、言い換えると、位相補償のオンオフ決定に応じて遅れ量Bpkを決定する。遅れ量決定部142は、オフ指令が入力された場合に遅れ量Bpkをゼロに決定する。遅れ量決定部142は、オン指令が入力された場合、車両の運転状態に応じて遅れ量Bpkを決定する。遅れ量決定部142には、車両の運転状態を指標するパラメータとして、FBゲインG_FB,回転速度Npri,入力トルクTsec,変速比Ratio,セカンダリ圧Psec,車両加速度,ブレーキ操作状態,プライマリ圧Ppri,エンジントルク,トルクコンバータのトルク比,LUクラッチ2aの締結状態,油温TMP等が入力される。遅れ量決定部142は、これら複数のパラメータに応じて進み量Bpkを決定する。言い換えると、車両の運転状態に応じて進み量Bpkを可変にする。尚、遅れ量決定部142は、これら複数のパラメータのうち少なくともいずれかに応じて遅れ量Bpkを可変としてもよい。
遅れ量決定部142は、各パラメータに応じて遅れ量Bpkを決定することで、運転状態に応じて可変とすることができ、狙いの周波数での遅れ量Bを設定できる。尚、遅れ量Bを増加させる場合、バリエータ20など変速比制御系100の具体的仕様との関係を考慮し、安定的に動作可能な範囲に制限する。この制限は、各パラメータに応じた制限量として計算あるいは実験により予め求めることができる。遅れ量Bpkは、実際には各パラメータに応じて決定した遅れ量Bpkを各パラメータに応じて設定した制限量の分、更に減少させることで決定される。
遅れ量決定部142は、決定した遅れ量Bpkをもとに第1遅れ量Bpk1,第2遅れ量Bpk2が決定される。第1遅れ量Bpk1は、後述する一次の位相遅れ補償を行う場合に対応させて設定され、第2遅れ量Bpk2は、後述する二次の位相遅れ補償を行う場合に対応させて設定される。第2遅れ量Bpk2は、第1遅れ量Bpk1の1/2とされる。各パラメータに応じて決定される遅れ量Bpkは、第2遅れ量Bpk2に対応するように設定される。各パラメータに応じて決定される遅れ量Bpkは、第1遅れ量Bpk1に対応するように設定されてもよい。遅れ量Bpkは、遅れ量決定部142から遅れ量フィルタ部143に入力される。
ここで、進み量Aと遅れ量Bとの関係について説明する。図12は、位相進み補償を行う際の進み量と遅れ量との関係を表す説明図である。位相進み補償部は、走行状態に応じた進み量Aを設定する。ここで、車両振動を抑制するのに必要な最低限の進み量を制振限界と定義する。よって、進み量Aが制振限界を表す最小進み量Aminよりも小さくなると、位相進み補償による制振機能が得られず、PT共振周波数Fptと重なることによって振動を招く。
また、フィードバック制御が破綻しないロバスト性と、プライマリ回転数Npriを十分に安定させることができる外乱抑圧性の二つを担保できる最大の進み量を安定限界と定義する。特に、外乱抑圧性能には、車両の商品性として要求される性能があり、低周波のフィードバックゲインG_FBを下げられる限界が存在しているためである。よって、進み量Aが安定限界を表す最大進み量Amaxよりも大きくなると、指令信号の発散により位相進み補償による制振機能が得られず、適切な指令信号を出力することが困難となる。
よって、進み量Aを設定する際は、最小進み量Aminよりも大きく、最大進み量Amaxよりも小さな値を設定する。尚、通常の走行時に最も多いと考えられる走行状態において、発明者が鋭意検討したところ、ほとんどの走行状態では、Amin<Amaxの関係が得られるため、適切な進み量Aを設定することができる。
しかしながら、図12(a)に示すように、走行状態によっては、Amin>Amaxとなる走行状態が存在する。この場合、制振限界で必要としている進み量が、安定限界を超えてしまうと、制振性と安定性を両立できる領域である生存領域が存在しないため、適切な位相進み補償を行うことが困難となる。そこで、実施例1では、位相遅れ補償を行うこととした。これにより低周波成分のゲインを小さくすることなく、ロバスト性を向上させ、安定限界を引き上げることができる。
図12(b)は、遅れ量により安定限界を引き上げた場合を表す図である。このように、遅れ量Bが0の場合には、Amax<Aminの関係にあったものを、遅れ量BによりAmaxを引き上げることで、引き上げ後の安定限界をAmax(B)とする。これにより、Amin<Amax(B)の関係を得ることができる。よって、生存領域を確保することができ、適切な進み量Aを設定できる。尚、遅れ量Bを設定する際には、Amax(B)とAminとの差が所定量以上となるように設定する。これにより、進み量Aが取りうる範囲を確保することで、走行状態に応じて適切な進み量Aを設定できる。実施例1では、進み量Aとして、AminとAmax(B)との中間値を設定する例を示すが、中間値に限らず、安定限界を重視してAmax(B)に近い進み量Aを設定してもよいし、制振限界を重視してAminに近い進み量Aを設定してもよい。
ここで、図12(c)に示すように、生存領域は、車両の走行状態に応じて様々な領域に出現するため、遅れ量Bを固定値とすると、複数の生存領域に対応することができない。そこで、実施例1では、進み量Aと遅れ量Bを可変とすることで、複数の生存領域に対応可能とし、制振性と制御の安定性を確保している。例えば、進み量と遅れ量の自動調整機能として下記のような方法により実現する。
(a)PT共振検知部150によりPT共振を検知すると、PT共振が止まるまで進み量Aを大きくし、PT共振検知が起きない最小値を進み量Aとして設定する。
(b)PT共振検知中に、進み量Aの増加によって発散検知部152が発散を検知すると、発散が止まるまで遅れ量Bを大きくし、発散が起きない最小値を遅れ量Bとして設定する。
(c)上記(b)の発散検知中に、油振検知部151により油振を検知した場合には、LUクラッチ2aを解放し、位相遅れ補償器をオフとすることで、位相遅れを解消する。
また、進み量と遅れ量とフィードバックゲインG_FBとを組み合わせた自動調整機能としてもよい。
(a1)PT共振検知部150によりPT共振を検知すると、PT共振が止まるまで進み量Aを大きくし、PT共振検知が起きない最小値を進み量Aとして設定する。
(b1)PT共振検知中に、進み量Aの増加によって発散検知部152が発散を検知すると、発散が止まるまで遅れ量Bを大きくし、発散が起きない最小値を遅れ量Bとして設定する。
(c1)上記(b1)の発散検知中に、油振検知部151により油振を検知した場合には、低周波振動がおきない最大値に遅れ量Bを設定する。
(d1)上記(c1)のときに、低周波振動限界まで遅れ量Bを設定した状態のときは、フィードバックゲインG_FBを低下させる。
(e1)上記(a1)〜(d1)を繰り返し、PT共振検知、発散検知、油振検知が止まる制御状態を探索する。
(f1)上記の探索を行っても、尚、PT共振検知、発散検知、油振検知のいずれかが止まらない場合には、LUクラッチ2aを解放し、位相遅れ補償器をオフとすることで、位相遅れを解消する。
この進み量と遅れ量とフィードバックゲインG_FBとを組み合わせた自動調整機能の場合、単に進み量と遅れ量のみで制御する場合に比べて、以下の利点がある。例えば、PT共振を抑制するために進み補償器を作動させると、ロバスト性が悪化する。これを解決するために、例えば、8Hz振動域の限界を1/2にする必要がある。仮に、フィードバックゲインG_FBのみで1/2にすると、低周波成分も1/2となる。すると、外乱抑圧性能が大幅に低下し、オフセットが発生してしまう。すなわち、低周波成分のフィードバック作用を得られず、定常偏差がいつまでも残るおそれがある。そこで、フィードバックゲインG_FBを下げる限界を0.7とし、残りの0.7倍を位相遅れ補償で担保する。そうすると、高周波は0.7×0.7≒0.5となり、オフセットを発生させることなく、外乱抑圧性能を確保できる。
遅れ量フィルタ部143は、遅れ量決定部142の後流に設けられ、遅れ量Bpkのフィルタ処理を行う。遅れ量フィルタ部143は、信号経路における配置上、このように設けられる。遅れ量フィルタ部143は、具体的にはローパスフィルタ部とされ、例えば一次のローパスフィルタで構成される。遅れ量フィルタ部143は、遅れ量Bpkのフィルタ処理を行うことで、位相補償のオンオフが切り替えられた際に、位相補償のオンオフの決定に応じた位相進み補償のゲインGの変化のなましを行うゲインなまし部を構成する。ゲインGの変化のなましを行うことで、位相補償のオンオフの切り替えに伴うゲインGの変化量の抑制が図られる。すなわち、進み量Bが変化し、例えば30Hzのセンサノイズのゲインが、20Hzで変化した場合、加法定理によって10Hzと50Hzの成分が発生してしまう。ここで、10Hzの成分は、入力された振動が減衰しない自励振動を引き起こす場合がある。すなわち、高周波が高周波でゲイン変化した場合、低周波を生み出し、低周波に反応する自励振動を刺激する。そこで、センサノイズの周波数と自励振動の周波数とに基づいてカットオフ周波数を設定し、このカットオフ周波数のローパスフィルタによりフィルタ処理を行う。これにより、自励振動の発生を回避する。
第2ピーク値周波数決定部144は、位相遅れ補償のピーク値周波数Fpk2を決定する。第2ピーク値周波数決定部144は、ピーク値周波数Fpk1に応じてピーク値周波数Fpk2を決定することで、ピーク値周波数Fpk2を変化させる。図9は、位相遅れ周波数特性を表す図である。第1位相進み補償器136及び/又は第2位相進み補償器137(以下、単に位相進み補償器とも記載する。)をオンとすると、PT共振発生領域にてPT共振による車両振動を低減できる。しかしながら、高い周波数のゲインが上がるため、制御が不安定化する。そこで、第1位相遅れ補償器145及び/又は第2位相遅れ補償器146(以下、単に位相遅れ補償器とも記載する。)をオンとすると、遅れのピーク値周波数Fpk2以上の高周波ゲインを下げることで、制御の不安定化を抑制できる。
しかしながら、PT共振周波数より遅い低周波数の応答が振動的になり、かつ、位相進み補償器で進めた量を低減してしまう。また、位相遅れ補償器には、遅れ量がピークになる周波数が存在し、そのピーク値から離れるほど遅れ量が低減する。加えて、PT共振周波数は、変速比Ratioに応じて変化する。そのため、位相遅れ補償器の遅れピーク値周波数Fpk2が固定された場合、変速比変化に応じてPT共新周波数Fptが変化してしまい、遅れピーク値周波数Fpk2に近づいてしまう。仮に、遅れピーク値周波数Fpk2とPT共新周波数Fptとが近づけば近づくほど、遅れ量が増加してしまい、車両振動低減効果が減少してしまう。これを回避するために、遅れピーク値周波数Fpk2を必要以上に遅く設定すると、ピーク値周波数Fpk2以上のゲインを下げる効果によって、制御に必要な周波数のゲインまで低下してしまう。そこで、必要な周波数のゲインを下げることなく、車両振動を低減するために、位相遅れ補償器のピーク値周波数Fpk2を、PT共振周波数、位相進み量、位相遅れ量に適合させることとした。
図10は、進み補償のピーク値周波数と遅れ補償のピーク値周波数との関係を表す図である。横軸は、周波数、縦軸は位相である。進み補償は一点鎖線で示し、遅れ補償は実線で示す。位相進み補償器におけるピーク値周波数Fpk1と、位相遅れ補償器のピーク値周波数Fpk2との関係は、図8に示す関係とすることが好ましい。この場合、ピーク値周波数Fpk1の進み量とピーク値周波数Fpk2の遅れ量とが周波数軸上で重なることを回避できるため、両者が打ち消しあうことが無いからである。図8のf2を進み量と遅れ量との離れるべき周波数である。f2は固定値とし、PT共振周波数Fptの1/10とする。f1は、f2低周波数側端部からピーク値周波数Fpk2が離れるべき周波数である。f3は、f2高周波数側端部からピーク値周波数Fpk1が離れるべき周波数である。進み量をA、遅れ量をBとしたとき、f1,f2,f3は以下の関係式で表される。
f1=Fpk2{(1+sinB)/(1−sinB)}1/2
f2=Fpt/10
f3=Fpk1{(1+sinA)/(1−sinA)}1/2
ここで、実際には、高周波数側のピーク値周波数Fpk1を例えば2〜5Hzの間に設定し、進み量Aを決定する。この値を基準に、f1とf2とf3とを加算した値だけ離れた位置に該当する低周波数側のピーク値周波数Fpk2及び遅れ量Bを決定する。これにより、ピーク値周波数Fpk2とFpk1とを適切な位置に設定することができ、車両振動低減効果を確保しつつ、適切な制御ゲインを確保できる。
第2ピーク値周波数決定部144が決定したピーク値周波数Fpk2は、第1位相遅れ補償器145及び第2位相遅れ補償器146それぞれに入力される。これにより、第2ピーク値周波数決定部144は、変速比Ratioに基づき、第1位相遅れ補償器145及び第2位相遅れ補償器146が行う位相進み補償それぞれのピーク値周波数Fpk2を設定するように構成される。
第1位相遅れ補償器145と、第2位相遅れ補償器146と、第2スイッチ部147とには、遅れ量フィルタ部143から遅れ量Bpkが入力される。第1位相遅れ補償器145と第2位相遅れ補償器146とには、第2ピーク値周波数決定部144からピーク値周波数Fpk2も入力される。第1位相遅れ補償器145と第2位相遅れ補償器146とは共に入力された遅れ量Bpk、更には入力されたピーク値周波数Fpk2に基づき、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相遅れ補償を行う。フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相遅れ補償を行うことで、変速機4のフィードバック変速制御の位相遅れ補償が行われる。第1位相遅償器145と第2位相遅れ補償器146とは、具体的には一次のフィルタで構成され、入力された遅れ量Bpk、さらには入力されたピーク値周波数Fpk2に応じたフィルタ処理を行うことで、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相遅れ補償を行う。
第2位相遅れ補償器146は、第1位相遅れ補償器145と直列に設けられる。第2位相遅れ補償器146は、信号経路における配置上、このように設けられる。第2位相遅れ補償器146は、第1位相遅れ補償器145によって一次の位相遅れ補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBが入力される。したがって、第2位相遅れ補償器146は、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの一次の位相遅れ補償を行う場合、一次の位相遅れ補償を更に重ねて行う。これにより、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの二次の位相遅れ補償が行われる。第2位相遅れ補償器146は、第1位相遅れ補償器146と共に遅れ補償部を構成する。
図11は位相遅れ補償器の周波数特性を示すボード線図である。例えば、80度の遅れ量を一次の位相遅れ補償のみ行う場合、PT共振周波数Fpt以外、言い換えると狙いの周波数以外の周波数領域における位相遅れも大きくなる。この傾向は、PT共振周波数Fptよりも低周波数側において特に顕著となる。そうすると、制御加振が発生しやすくなるという問題がある。これに対し、80度の遅れ量を達成するために、40度の遅れ量を設定した第1位相遅れ補償器145と第2位相遅れ補償器146とを直列に配置した場合、PT共振周波数Fpt以外の周波数領域、特に低周波数側の位相遅れが小さくなり、制御加振を回避できる。
ただし、実際のPT共振周波数Fptが狙いのPT共振周波数Fptよりも、特に低周波数側にずれた場合、遅れ量Bの減少量が大きくなってしまう。すなわち、図11に示す、狙いのPT共振周波数Fptよりも、例えば高周波数側に+2Hzずれたとしても、遅れ量Bの減少量は小さいが、低周波数側に−2Hzずれた場合、遅れ量Bの減少量が大きいことが分かる。また、ゲインについても、特に高周波数側において低下量が大きくなり、変速比制御系100のロバスト性が低下するおそれがある。そこで、第2ピーク値周波数決定部144において、ピーク値周波数Fpk2を決定する際に、予め設計値よりも低い周波数となるように決定する。つまり二次の位相進み補償を行う場合、一次の位相進み補償を行う場合よりもピーク値周波数Fpkを低くすることで、周波数ずれの方向によって、偏った態様で遅れ量Bが大きく減少しないようにする。これにより、実際のPT共振周波数Fptが狙いのPT共振周波数Fptからずれたとしても、低周波数側にずれることを抑制することができ、変速比制御系100のロバスト性を確保できる。
第2スイッチ部147は、入力された遅れ量Bpkに応じて第1位相遅れ補償器145と第2位相遅れ補償器146とで位相進み補償を行う場合、つまり二次の位相遅れ補償を行う場合と、第1位相遅れ補償器145のみで位相遅れ補償を行う場合、つまり一次の位相遅れ補償を行う場合とを切り替える。二次の位相遅れ補償を行うことで、一次の位相遅れ補償を行う場合と比較して、遅れ量が影響する範囲を狭くすることができる。よって、ピーク周波数Fpk2を低くする必要が無く、すぐに安定限界に達することを回避できる。また、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBに応じた一次の位相遅れ補償の進み量Bが所定値B1よりも小さい場合には、第1位相遅れ補償器145のみで位相遅れ補償を行い、進み量Bが所定値B1以上のときは、第2位相遅れ補償器を用いて二次の位相遅れ補償を行う。
このように、位相遅れ補償を行うにあたり、遅れ量決定部142と第2スイッチ部147とは、具体的には次のように構成される。すなわち、遅れ量決定部142は、各パラメータに応じて決定した遅れ量Bが所定値B1よりも小さい場合に一次の位相遅れ補償を行うと判断し、遅れ量Bpkを第1遅れ量Bpk1に決定する。また、遅れ量決定部142は、遅れ量Bが所定値B1以上の場合に二次の位相遅れ補償を行うと判断し、遅れ量Bpkを第2遅れ量Bpk2に決定する。遅れ量Bは、マップデータ等で予め設定 することができる。
第2スイッチ部147は、第1遅れ量Bpk1が選択された場合に、第1位相遅れ補償器145のみで位相遅れ補償を行うように切り替えを行う。また、第2スイッチ部147は、第2遅れ量Bpk2が選択された場合に、第1位相遅れ補償器145と第2位相遅れ補償器146とで位相遅れ補償を行うように切り替えを行う。このように構成することで、第1位相遅れ補償器145及び第2位相遅れ補償器146は、遅れ量Bが所定値B1よりも小さい場合に、第1位相遅れ補償器145のみで位相遅れ補償を行うように構成される。すなわち、位相遅れ補償器の遅れ量が増えれば増えるほど、ピーク周波数のすそ野の位相遅れを低減できる。そのため、制御加振が起こる低周波の位相遅れが解消されるため、制御加振が起こりにくくなる。しかし、例えば遅れ量が40degを超えたあたりから、高周波ゲインを下げる量が減少し、ロバスト性が低下する。よって、40degを下回る遅れ量の場合は、二次化によるデメリットが強くなるため、第1位相遅れ補償器145のみを使用する。
第2スイッチ部147は、一次の位相遅れ補償を行う場合に、第2位相遅れ補償器146のみで位相遅れ補償を行うように構成されてもよい。遅れ量決定部142は、遅れ量Bpkの代わりに遅れ量Bを第2スイッチ部147に入力してもよい。第2スイッチ部147は、このようにして入力された遅れ量Bに基づいて切り替えを行ってもよい。これにより、第1遅れ量Bpk1や第2遅れ量Bpk2になましが施されていても、一次、二次の位相遅れ補償を適切に行える。
第2スイッチ部147は、位相補償オンオフ決定部133とともに、プーリ状態値Mに応じて、第1位相遅れ補償器136及び第2位相遅れ補償器137の少なくともいずれかによって遅れ補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBをフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBのとして設定する設定部を構成する。第1位相遅れ補償器136及び第2位相遅れ補償器137の少なくともいずれかは、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの遅れ補償を行う遅れ補償部を構成する。遅れ補償が行われたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBは、補償後のフィードバック指令値を構成する。
アクチュエータ111には、第1スイッチ部138から選択されたフィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBと、目標変速比Ratio_Dに基づいて設定された図示しないプライマリ指示圧Ppri_FF(バランス推力や変速比を決定する目標プライマリ指示圧)が入力される。アクチュエータ111は、例えば、油圧制御回路11に設けられたプライマリ圧Ppriを制御するプライマリ圧制御弁であり、プライマリ圧Ppriの実圧Ppri_Aが目標変速比Ratio_Dに応じた指示圧Ppri_Dになるようにプライマリ圧Ppriを制御する。これにより、実変速比Ratio_Aが目標変速比Ratio_Dになるように変速比Ratioが制御される。
センサ部40は、バリエータ20の実変速比Ratio_Aを検出する。センサ部40は、具体的には、回転速度センサ42及び回転速度センサ43で構成されている。センサ部40が検出した変速比の実値(センサ値)である実変速比Ratio_Aは、センサ値フィルタ部140に入力される。センサ値フィルタ部140には、オンオフ指令フィルタ部139を介してオンオフ指令も入力される。
オンオフ指令フィルタ部139は、位相補償がオンになる場合に、オン指令をセンサ値フィルタ部140に出力し、位相補償がオフになる場合に、オフ指令をセンサ値フィルタ部140に出力し、位相補償がオフになる場合、オフ指令をセンサ値フィルタ部140に出力する。すなわち、位相遅れ補償器をオンとすると、図9に示すように、高周波のゲインを下げるため、ゲイン変化が生じる。そのため、振動的にオンオフ指令値がハンチングすると、それに応じたゲイン変化の振動が生じ、ハンチングの周期に応じたノイズが発生してしまう。そこで、オンオフ指令フィルタ部139では、オンオフの切り替え時に発生するハンチングの周期に応じたノイズを低減するために、ローパスフィルタを介して出力する。
センサ値フィルタ部140は、実変速比Ratio_Aのフィルタ処理を行う。センサ値フィルタ部140では、オンオフ指令に応じてフィルタ処理の態様が変更される。具体的には、センサ値フィルタ部140では、オンオフ指令に応じてフィルタ処理の次数又は実行・停止が切り替えられる。センサ値フィルタ部140は、オフ指令が入力された場合に、一次のローパスフィルタとされ、オン指令が入力された場合に高次のローパスフィルタとされるか、或いはフィルタ処理を停止する。
このように、センサ値フィルタ部140を構成することで、一次のローパスフィルタを用いると、除去したい周波数以下の領域で僅かな遅れが発生することに対し、オン指令が入力された場合には、遅れが改善される。結果、フィードバックプライマリ指示圧Ppri_FBの位相を更に進めることができる。センサ値フィルタ部140は、例えば、フィルタ処理のオン・オフ又は次数を切り替え可能に設けられた1又は複数の一次のローパスフィルタを有した構成とすることができる。センサ値フィルタ部140からの実変速比Ratio_Aは、FB補償器132に入力される。
PT共振検知部150では、Gセンサ53により検出された前後加速度Gの振動成分を抽出し、振動成分の振幅が所定値以上の状態が所定時間以上継続した場合、振動が発生していると判断する。一方、振動成分の振幅が所定時間以上継続した場合には、振動が発生していないと判断する。
油振検知部151では、まず、油圧センサ52により検出された電圧信号を油圧信号に変換し、バンドパスフィルタ処理によってDC成分(制御指令に応じた変動成分)を除去し、振動成分のみを抽出する。そして、振動成分の振幅を算出し、油圧信号の振幅が所定振幅以上の状態が所定時間以上継続した場合には、油振が発生していると判断する。一方、油振が発生しているときに、振幅が所定振幅未満の状態が所定時間以上継続した場合には、油振が発生していないと判断する。尚、油圧信号としてプライマリプーリ油圧を用いてもよいし、両方を用いてもよい。
発散検知部152では、最終的な指令信号が発散しているか否かを検知する。ここで、指令信号の発散は、周波数が所定値以上で、かつ、振幅が所定値以上の状態が所定時間継続したか否かに基づいて検知する。
以上説明したように、実施例1にあっては、下記の作用効果が得られる。
(1)実圧Ppri_Aが指示圧Ppri_Dになるように変速機4のフィードバック制御を行う無段変速機の制御装置であって、
フィードバック制御の位相進み補償を行う位相進み補償部と、
フィードバック制御の位相遅れ補償を行う位相遅れ補償部と、
エンジン1と駆動輪との間の動力伝達経路の共振を抑制可能な制振限界となるAminと、フィードバック制御の発散を回避可能な安定限界となるAmaxとの差に基づいて、位相進み補償の進み量A及び位相遅れ補償の遅れ量Bを決定する進み量決定部134及び遅れ量決定部142と、を備えた。
よって、パワートレインの制振性を確保しつつ、フィードバック制御の安定性を確保できる。
(2)進み量決定部134及び遅れ量決定部142は、AminよりAmaxが小さい場合、遅れ量Bにより拡大された安定限界であるAmax(B)が、Aminより大きくなるように、遅れ量Bを決定する。
よって、生存領域を確保することができ、パワートレインの制振性を確保しつつ、フィードバック制御の安定性を確保できる。
(3)進み量決定部134及び遅れ量決定部142は、Amax(B)が、Aminよりも所定量以上大きくなるように、遅れ量Bを決定する。
よって、生存領域における進み量Aの設定可能範囲を確保することができ、走行状態に応じた適切な進み量Aを設定できる。
[他の実施例]
以上、本発明を実施するための形態を実施例に基づいて説明したが、本発明の具体的な構成は実施例に示した構成に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
実施例では、第1ピーク値周波数決定部141は、目標変速比Ratio_Dに応じてピーク値周波数Fpk1を決定したが、実変速比Ratio_Aに基づいてピーク値周波数Fpk1を決定してもよい。これにより、目標変速比Ratio_Dと実変速比Ratio_Aとが乖離した場合であっても、ピーク値周波数Fpk1を狙った周波数に近づけることができる。
また、実施例1では、変速比に基づくサーボ系のフィードバック制御を行う構成を示したが、入力トルクの変動に応じてフィードバック制御を行う構成としてもよい。また、実施例1では、変速機コントローラ12内で上記制御が構成される例について示したが、複数のコントローラで実現してもよい。