以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
(定義)
本明細書において「iFECD」(immobilized Fuchs’ endothelial corneal dystrophy)は、フックス角膜内皮ジストロフィの不死化細胞の略称である。
本明細書において「HCEC」(human corneal endothelial cells)とは、ヒト角膜内皮細胞の略称である。「iHCEC」は、不死化(immobilized)ヒト角膜内皮細胞の略称である。
本明細書において「トランスフォーミング増殖因子−β(トランスフォーミング成長因子−β;略称TGF−βとも表示される)」とは、当該分野で用いられるものと同様の意味で用いられ、様々な硬化性疾患や、関節リウマチ、増殖性硝子体網膜症の病態形成を担い、脱毛に深く関与し、免疫担当細胞の働きを抑制する一方、プロテアーゼの過剰産生を抑制することによって肺組織が分解され肺気腫に陥るのを防ぎ、癌細胞の増殖を抑制するなど、多彩な生物活性を示す分子量25kDのホモダイマー多機能性サイトカインである。ヒトでは、TGF−β1〜β3までの3つのアイソフォームが存在する。TGF−βはレセプターに結合できない分子量約300kDの不活性な潜在型として産生され、標的細胞表面やその周囲において活性化されてレセプターに結合できる活性型となり、その作用を発揮する。
理論に束縛されることを望まないが、標的細胞におけるTGF−βの作用はSmadという情報伝達を担う一連のタンパク質のリン酸化経路によって伝達されるとされている。まず、活性型TGF−βが標的細胞表面に存在するII型TGF−βレセプターに結合すると、II型レセプター2分子とI型TGF−βレセプター2分子からなるレセプター複合体が形成され、II型レセプターがI型レセプターをリン酸化する。次に、リン酸化I型レセプターは、Smad2またはSmad3をリン酸化すると、リン酸化されたSmad2およびSmad3はSmad4と複合体を形成して核に移行し、標的遺伝子プロモーター領域に存在するCAGA boxと呼ばれる標的配列に結合し、コアクチベーターとともに標的遺伝子の転写発現を誘導するとされている。
トランスフォーミング(形質転換)増殖因子−β(TGF−β)シグナル伝達経路は、その標的遺伝子の調節によって、細胞増殖および分化、増殖停止、アポトーシス、ならびに上皮間充織分化転換(EMT)といったような、多くの細胞活性を調節することができる。TGF−β自体(例えば、TGF−β1、TGF−β2およびTGF−β3)、アクチビンおよび骨形成タンパク質(BMP)が含まれる、TGF−βファミリーのメンバーは、細胞増殖、分化、移動およびアポトーシス等の強力な調節剤である。
TGF−βは、Bリンパ球、Tリンパ球および活性化マクロファージを含め、多くの細胞により、および多くの他の細胞型により産生される、約24Kdのタンパク質である。免疫系に対するTGF−βの効果の中には、IL−2レセプター誘導、IL−1誘発性胸腺細胞増殖の阻害、およびIFN−γ誘発性マクロファージ活性化の遮断がある。TGF−βは、様々な病的状態に関与すると考えられており(Border et al.(1992)J.Clin.Invest.90:1)、そして腫瘍抑制物質または腫瘍プロモーターのいずれかとして機能することが十分裏付けられている。
TGF−βは、2つのセリン/スレオニンキナーゼ細胞表面レセプターであるTGF−βRIIおよびALK5によって、そのシグナル伝達を媒介する。TGF−βシグナル伝達は、TGF−βRIIがALK5レセプターをリン酸化するのを可能とする、リガンド誘発性レセプター二量体化で開始される。そのリン酸化は、ALK5キナーゼ活性を活性化して、活性化ALK5は次に、下流エフェクターSmadタンパク質(MADの脊椎動物相同体、または「Mothers against DPP(デカペンタプレジック)」タンパク質)、Smad2または3をリン酸化する。Smad4とのp−Smad2/3複合体は、核に入って、標的遺伝子の転写を活性化する。
Smad3は、SmadのR−Smad(レセプター−活性化Smad)サブグループのメンバーであって、TGF−βレセプターによる転写活性化の直接メディエーターである。TGF−β刺激は、Smad2およびSmad3のリン酸化および活性化をもたらし、これらは、Smad4(脊椎動物における「共通(common)Smad」または「co−Smad」)と複合体を形成し、これが核と共に蓄積して、標的遺伝子の転写を調節する。R−Smadは、細胞質に局在し、そしてTGF−βレセプターによるリガンド誘発性リン酸化で、co−Smadと複合体を形成して、核へと移動し、ここで、それらは、クロマチンおよび協同転写因子と関連のある遺伝子発現を調節する。Smad6およびSmad7は阻害性Smad(「I−Smad」)であり、すなわち、TGF−βにより転写的に誘発されて、TGF−βシグナル伝達の阻害剤として機能する(Feng et al.(2005)Annu.Rev.Cell.Dev.Biol.21:659)。Smad6/7は、R−Smadのレセプター媒介活性化を妨げることにより、それらの阻害効果を発揮する;それらは、R−Smadの動員およびリン酸化を競合的に妨げる、I型レセプターと関連する。Smad6およびSmad7は、Smad6/7相互作用タンパク質のユビキチン化および分解をもたらす、E3ユビキチンリガーゼを補充することが知られている。
TGF−βシグナル伝達経路は、このほか、BMP−7などによって伝達される経路も存在し、これは、ALK−1/2/3/6を経由し、Smad1/5/8を介して機能が発現されるとされている。TGF−βシグナル伝達経路については、J. Massagu’e, Annu. Rev. Biochem. 1998. 67: 753-91;Vilar JMG, Jansen R, Sander C (2006) PLoS Comput Biol 2(1):e3; Leask, A., Abraham, D. J. FASEB J.18, 816-827 (2004); Coert Margadant & Arnoud Sonnenberg EMBO reports (2010)11, 97-105; Joel Rosenbloom et al., Ann Intern Med. 2010; 152: 159-166等を参照のこと。
本明細書において「トランスフォーミング増殖因子(TGF)−βシグナル阻害剤」とは、TGFシグナル伝達を阻害する任意の因子をいう。TGF−βについて拮抗する場合はアンタゴニストという場合もあるが、本発明についていう場合TGF−βアンタゴニストはTGF−βシグナル阻害剤に包含される。この阻害剤は、通常物質であるので、「TGFβシグナル阻害物質」は、「TGFβシグナル阻害剤」と交換可能に使用されうる。
したがって、代表的には、本発明において用いられるTGF−βシグナル阻害剤としては、TGF−βのアンタゴニスト、TGF−βのレセプターのアンタゴニスト、またはSmad3の阻害剤、リガンドトラップ(リガンドに対する抗体、デコイレセプター)、アンチセンスオリゴヌクレオチド、TGF−β受容体キナーゼ阻害剤、ペプチドアプタマー、siRNA、shRNAなどを挙げることができるがこれらに限定されない(Connolly E., et al. Int. J. Biol. Sci. 2012; 8(7): 964-978 Fig3等を参照)。
本発明で用いられうる例示的なTGF−βシグナル阻害剤としては、SB431542(4−[4−(1,3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)]−1H−イミダゾール−2−イル]ベンズアミド)、BMP−7、抗TGF−β抗体、抗TGF−βレセプター抗体、TGF−βのsiRNA、TGF−βレセプターのsiRNA、TGF−βのアンチセンスオリゴヌクレオチド、6,7−ジメトキシ−2−((2E)−3−(1−メチル−2−フェニル−1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−3−イル−プロプ−2−エノイル))−1,2,3,4−テトラヒドロイソキノロン、A83−01(3−(6−メチル−2−ピリジニル)−N−フェニル−4−(4−キノリニル)−1H−ピラゾール−1−カルボチオアミド)、ステモレキュールTM TLK インヒビター(2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1,5−ナフチリジン)、ステモレキュールTM BMPインヒビターLDN−193189(6−(4−(ピペリジン−1−イル)エトキシ)フェニル)−3−(ピリジン−4−イル)ピラゾロ[1,5−a]ピリミジン)、SD−208(2−(5−クロロ−2−フルオロフェニル)−4−[(4−ピリジニル)アミノ]プテリジン)、LY364947(4−[3−(2−ピリジニル)−1H−ピラゾール−4−イル]−キノリン)、それらの薬学的に許容可能な塩もしくは溶媒和物、またはその薬学的に受容可能な塩の溶媒和物等を挙げることができるがこれらに限定されない。
このほかのTGF−βシグナル阻害剤としては、TGF−βの1つまたは複数のアイソフォームに対するモノクローナル抗体およびポリクローナル抗体(米国特許第5,571,714号;国際公開第97/13844号および国際公開第00/66631号もまた参照)、TGF−βレセプター、そのようなレセプターの可溶性形態(例えば、可溶性TGF−βIII型レセプター)、またはTGF−βレセプターに対して向けられる抗体(米国特許第5,693,607号、米国特許第6,001,969号、米国特許第6,010,872号、米国特許第6,086,867号、米国特許第6,201,108号;国際公開第98/48024号;国際公開第95/10610号;国際公開第93/09228号;国際公開第92/00330号)、潜在性関連ペプチド(国際公開第91/08291号)、大きな潜在型TGF−β(国際公開第94/09812号)、フェチュイン(米国特許第5,821,227号)、デコリンならびにバイグリカン、フィブロモジュリン、ルミカン、およびエンドグリンなどの他のプロテオグリカン(国際公開第91/10727号;米国特許第5,654,270号、米国特許第5,705,609号、米国特許第5,726,149号;米国特許第5,824,655号;国際公開第91/04748号;米国特許第5,830,847号、米国特許第6,015,693号;国際公開第91/10727号;国際公開第93/09800号;および国際公開第94/10187号)、ソマトスタチン(国際公開第98/08529号)、マンノース−6−リン酸またはマンノース−1−リン酸(米国特許第5,520,926号)、プロラクチン(国際公開第97/40848号)、インスリン様成長因子II(国際公開第98/17304号)、IP−10(国際公開第97/00691号)、Arg−Gly−Asp含有ペプチド(Pfeffer、米国特許第5,958,411号;国際公開第93/10808号)、植物、菌類、および細菌の抽出物(EP−A−813875;特開平8−119984号;およびMatsunaga et al.,米国特許第5,693,610号)、アンチセンスオリゴヌクレオチド(米国特許第5,683,988号;米国特許第5,772,995号;米国特許第5,821,234号、米国特許第5,869,462号;および国際公開第94/25588号)、SmadおよびMADを含む、TGF−βシグナル伝達に関与するタンパク質(EP−A−874046;国際公開第97/31020号;国際公開第97/38729号;国際公開第98/03663号;国際公開第98/07735号;国際公開第98/07849号;国際公開第98/45467号;国際公開第98/53068号;国際公開第98/55512号;国際公開第98/56913号;国際公開第98/53830号;国際公開第99/50296号;米国特許第5,834,248号;米国特許第5,807,708号;および米国特許第5,948,639号)、SkiおよびSno(Vogel、1999、Science、286:665;およびStroschein et al.,1999、Science、286:771−774)、その同起源のレセプターへのTGF−βの結合を阻害するまたはそれに干渉するのに適している、1つまたは複数の一本鎖オリゴヌクレオチドアプタマーまたはそれをコードする発現プラスミド、ならびにTGF−βの活性を阻害する能力を保持する、上記に同定される分子の任意の変異体、断片、または誘導体を含むが、これらに限定されない。TGF−β阻害剤は、TGF−βアンタゴニストであり得、そのレセプターへのTGF−β結合を遮断するヒトモノクローナル抗体またはヒト化モノクローナル抗体(またはF(ab)2断片、Fv断片、単鎖抗体、およびTGF−βに結合する能力を保持する抗体の他の形態もしくは断片などのその断片)であり得る。TGF−βレセプターおよびTGF−βレセプターのTGF−β結合断片、とりわけ、可溶性断片は、本発明の方法における有用なTGF−βアンタゴニストである。ある実施形態において、TGF−β機能の好ましい阻害剤は、可溶性TGF−βレセプター、とりわけ、例えば、TGFBIIRまたはTGFBIIIRの細胞外ドメイン、好ましくは組換え可溶性TGF−βレセプター(rsTGFBIIRまたはrsTGFBIIIR)を含む、TGF−βII型レセプター(TGFBIIR)またはTGF−βIII型レセプター(TGFBIIIRもしくはベータグリカン)である。TGF−βレセプターおよびTGF−βレセプターのTGF−β結合断片、とりわけ、可溶性断片は、本発明の方法における有用なTGF−βアンタゴニストである。TGF−βレセプターおよびそれらをコードする核酸は、当技術分野において十分に知られている。TGF−β1型レセプターをコードする核酸配列は、GenBankアクセッション番号L15436および米国特許第5,538,892号(Donahoe et al.)において開示される。TGF−β2型レセプターの核酸配列は、GenBankアクセッション番号AW236001、AI35790、AI279872、AI074706、およびAA808255の下で公的に入手可能である。TGF−β3型レセプターの核酸配列もまた、GenBankアクセッション番号NM003243、AI887852、AI817295、およびAI681599の下で公的に入手可能である。
またさらなる他のTGF−βシグナル阻害剤またはアンタゴニストおよびそれらの製造方法は、現在開発中のより多くのものと共に、当該分野で十分知られている。有効なTGF−βアンタゴニストはいずれも、本発明の方法において有用であり得ることから、使用する特異的TGF−βシグナル阻害剤またはアンタゴニストは、限定的な特徴のものではない。そのようなアンタゴニストの例には、1つまたはそれより多いアイソタイプのTGF−βに対するモノクローナルおよびポリクローナル抗体(米国特許第5,571,714号および国際公開97/13844)、TGF−βレセプター、そのフラグメント、その誘導体、およびTGF−βレセプターに対する抗体(米国特許第5,693,607号、同第6,008,011号、同第6,001,969号および同第6,010,872号、ならびに国際公開92/00330、国際公開93/09228、国際公開95/10610および国際公開98/48024);潜伏関連ペプチド(latency associated peptide;国際公開91/08291)、large lacent TGF−β(国際公開94/09812)、フェチュイン(米国特許第5,821,227号)、デコリン、ならびにバイグリカン、フィブロモジュリン、ルミカンおよびエンドグリンといったような他のプロテオグリカン(米国特許第5,583,103号、同第5,654,270号、同第5,705,609号、同第5,726,149号、同第5,824,655号、同第5,830,847号、同第6,015,693号、ならびに国際公開91/04748、国際公開91/10727、国際公開93/09800および国際公開94/10187)が含まれる。
そのようなアンタゴニストのさらなる例には、ソマトスタチン(国際公開98/08529)、マンノース−6−リン酸またはマンノース−1−リン酸(米国特許第5,520,926号)、プロラクチン(国際公開97/40848)、インスリン様増殖因子II(国際公開98/17304)、IP−10(国際公開97/00691)、アルギニン(arg)−グリシン(gly)−アスパラギン酸(asp)含有ペプチド(米国特許第5,958,411号および国際公開93/10808)、植物、真菌類および細菌類の抽出物(欧州特許出願第813875号、特開平8−119984号および米国特許第5,693,610号)、アンチセンスオレゴヌクレオチド(米国特許第5,683,988号、同第5,772,995号、同第5,821,234号および同第5,869,462号、ならびに国際公開94/25588)、ならびにSmadおよびMAD(欧州特許出願EP874046、国際公開97/31020、国際公開97/38729、国際公開98/03663、国際公開98/07735、国際公開98/07849、国際公開98/45467、国際公開98/53068、国際公開98/55512、国際公開98/56913、国際公開98/53830および国際公開99/50296、ならびに米国特許第5,834,248号、同第5,807,708号および同第5,948,639号)、ならびにSkiおよびSno(G.Vogel,Science,286:665(1999)およびStroschein et al.,Science,286:771-74(1999))、ならびにTGF−βの活性を阻害する能力を保持する上記分子のいずれかのフラグメントおよび誘導体を含め、TGF−βシグナル伝達に関与する他のタンパク質の宿主が含まれる。
本発明における使用のための適したTGF−βアンタゴニストはまた、TGF−βの量または活性を阻害するそれらの能力が保持される限り、前述のTGF−βアンタゴニストの機能的変異体、変異体、誘導体、および類似体をも含む。本明細書において使用される「変異体」、「誘導体」、および「類似体」は、親化合物に対して同様の形または構造を有し、TGF−βアンタゴニストとして作用する能力を保持する分子を指す。例えば、本明細書において開示されるTGF−βアンタゴニストのいずれも、結晶化されてもよく、有用な類似体は、(1つまたは複数の)活性部位の形のための担う座標に基づいて合理的に設計され得る。その代わりに、当業者は、不必要な実験を伴うことなく、知られているアンタゴニストの官能基を改変し得、あるいは活性、半減期、生物学的利用能、または他の望ましい特徴の増加についてそのような改変分子をスクリーニングし得る。TGF−βアンタゴニストがポリペプチドである場合、ポリペプチドの断片および改変体は、送達の容易さ、活性、半減期などを増加させるために産生され得る(例えば、上記に議論されるようなヒト化抗体または機能的抗体断片)。合成および組換えポリペプチドの産生の当技術分野における技術のレベルを考慮すれば、そのような改変体は、不必要な実験を伴うことなく、達成される可能性がある。当業者らはまた、本明細書において記載されるTGF−β阻害剤の結晶構造および/または活性部位についての知識に基づいて新規な阻害剤を設計してもよい。可溶性TGF−βレセプターなどのポリペプチド阻害剤はまた、遺伝子移入を介して有効に導入され得る。したがって、本発明の方法のある実施形態は、TGF−βレセプターまたは結合パートナー、好ましくは可溶性レセプターまたは可溶性結合パートナーの発現のための適したベクターの使用を含む。ある好ましい実施形態において、可溶性TGF−βアンタゴニストの投与は、可溶性アンタゴニストをコードするcDNA、あるいは、TGF−βII型レセプター(rsTGFBIIR)またはTGF−βIII型レセプター(rsTGFBIIIR)の細胞外ドメインをコードするcDNAを含むベクターを使用する遺伝子移入によって達成することができ、このベクターは、ベクターを用いて形質移入される細胞中で可溶性TGF−βアンタゴニストのin situ発現を引き起こし、TGF−βの活性を阻害し、TGF−β媒介性の線維形成を抑制する。任意の適したベクターを使用することができる。好ましいベクターは、遺伝子移入の目的で開発されたアデノウイルスベクター、レンチウイルスベクター、エプスタインバーウイルス(EBV)ベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、およびレトロウイルスベクターを含む。遺伝子移入の他の非ベクター方法、例えば脂質/DNA複合体、タンパク質/DNA抱合体、裸のDNAの移入方法などもまた使用することができる。アデノウイルス遺伝子移入を介しての送達のために開発されたさらなる適したTGF−βアンタゴニストは、Ig Fcドメインに融合された、TGF−βII型レセプターの細胞外ドメインをコードするキメラcDNA(Isaka et al., 1999、Kidney Int.、55:pp.465〜475)、TGF−βII型レセプターのドミナントネガティブ変異体のアデノウイルス遺伝子移入ベクター(Zhao et al., 1998、Mech.Dev.、72:pp.89〜100)、およびTGF−β結合プロテオグリカンであるデコリンのアデノウイルス遺伝子移入ベクター(Zhao et al., 1999、Am.J.Physiol.、277:pp.L412-L422)を含むが、これらに限定されない。アデノウイルス媒介性の遺伝子移入は、他の遺伝子送達様式と比較して、効率が非常に高い。
TGF−βレセプターおよびTGF−βレセプターのTGF−β結合フラグメント、可溶性フラグメント等は、本発明において有用なTGF−βアンタゴニストである。TGF−βレセプターおよびそれらをコードする核酸は、当該分野で十分知られている。TGF−β1型レセプターをコードする核酸配列は、GenBankのアクセッション番号L15436およびDonahoeらの米国特許第5,538,892号に開示されている。TGF−β2型レセプターの核酸配列は、GenBankのアクセッション番号AW236001;AI35790;AI279872;AI074706;およびAA808255の下、公的に入手可能である。TGF−β3型レセプターの核酸配列もまた、GenBankのアクセッション番号NM003243;AI887852;AI817295;およびAI681599の下、公的に入手可能である。1つの例示的な実施形態において、TGF−βアンタゴニストは、そのレセプター、またはF(ab)2フラグメント、Fvフラグメント、単鎖抗体、およびTGF−βに結合する能力を保持する他の「抗体」型といったようなそのフラグメントへのTGF−β結合を遮断する抗体である。その抗体は、キメラ化またはヒト化され得る。本明細書中、キメラ化抗体は、ヒト抗体の定常領域、およびマウス抗体といったような非ヒト抗体の可変領域を含む。ヒト化抗体は、ヒト抗体の定常領域およびフレームワーク可変領域(すなわち、超可変領域以外の可変領域)、ならびにマウス抗体といったような非ヒト抗体の超可変領域を含む。勿論、その抗体は、ファージ提示システムから選択されるもしくは選抜されるか、またはゼノマウスから産生されるヒト抗体といったような、いずれかの他の種類の抗体誘導体であり得る。
Smad関連の知見も増大している。TGF−βシグナル伝達経路は、この分子がタイプI(TbRI)およびタイプII(TbRII)のセリン/スレオニンキナーゼ受容体からなるヘテロ二量体細胞表面複合体に結合し、そしてこのヘテロ二量体細胞表面複合体を誘起するときに開始される。ついでこのヘテロ二量体受容体は、前記のシグナルを下流の標的Smadプロテインのリン酸化を通じて前記のシグナルを伝播する。上述のように、Smadタンパク質には三つの機能クラスがあり、それらは、例えばSmad2及びSmad3のような、レセプターにより制御されるSmad(R−Smad)、Smad4とも呼ばれるコメディエーター(Co−Smad)および阻害Smad(I−Smad)である。このヘテロ二量体受容体複合体によるリン酸化に続いて、このR−SmadがこのCo−Smadと複合体を形成し、そして前記の核に移り、他の各タンパク質と連携して、それらは標的遺伝子の転写を調節する(Derynck, R., et al. (1998) Cell 95: 737-740);Massague, J. and Wotton, D. (2000) EMBO J. 19:1745)。ヒトSmad3のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列は、例えばGenBank Accession No. gi:42476202に開示されている。ネズミSmad3のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列は、例えばGenBank Accession No. gi:31543221に開示されている。上述のように、TGF−β刺激は、Smad2およびSmad3のリン酸化および活性化をもたらし、これらは、Smad4(「common Smad」または「co−Smad」とも称する)と複合体を形成し、これが核と共に蓄積して、標的遺伝子の転写を調節する。したがって、TGF−βシグナル阻害は、Smad2、3またはco−Smad(Smad4)の阻害によっても達成されうる。R−Smadは、細胞質に局在し、そしてTGF−βレセプターによるリガンド誘発性リン酸化で、co−Smadと複合体を形成して、核へと移動し、ここで、それらは、クロマチンおよび協同転写因子と関連のある遺伝子発現を調節する。したがって、R−Smadを直接または間接に阻害することによってもTGF−βシグナル阻害が達成されうる。Smad6およびSmad7は阻害性Smad(I−Smad)であり、すなわち、TGF−βにより転写的に誘発されて、TGF−βシグナル伝達の阻害剤として機能する(Fengら(2005)Annu. Rev. Cell. Dev. Biol. 21: 659)。Smad6/7は、R−Smadの受容体媒介活性化を妨げることにより、それらの阻害効果を発揮する。それらは、R−Smadの動員およびリン酸化を競合的に妨げる、I型受容体と関連する。Smad6およびSmad7は、Smad6/7相互作用タンパク質のユビキチン化および分解をもたらす、E3ユビキチンリガーゼを補充することが知られている。したがって、Smad6および7は、本発明においてTGF−βシグナル阻害剤として機能しうる。
本発明において使用されうるSmad3の阻害剤としては、アンチセンスヌクレオチド、siRNA、抗体等のほか、低分子化合物として、Calbiochemから販売される6,7−ジメトキシ−2−((2E)−3−(1−メチル−2−フェニル−1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−3−イル−プロプ−2−エノイル))−1,2,3,4−テトラヒドロイソキノロンなどを挙げることができるがそれらに限定されない。
本明細書において、「(TGF−β等の)発現を抑制する物質(例えば、核酸)」とは、標的遺伝子のmRNAの転写を抑制する物質、転写されたmRNAを分解する物質(例えば、核酸)、またはmRNAからの蛋白質の翻訳を抑制する物質(例えば、核酸)であれば特に限定されるものでない。かかる物質として、siRNA、アンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイムまたはこれらの発現ベクター等の核酸などが例示される。その中でも、siRNAおよびその発現ベクターが好ましく、特にsiRNAが好ましい。「遺伝子の発現を抑制する物質」としては、上記のほか、タンパク質やペプチド、あるいは他の小分子も含まれる。なお、本発明において標的遺伝子は、TGF−βシグナル伝達経路に関与する任意の遺伝子である。
本発明において標的とされるTGF−β等の特定の内在性遺伝子の発現を阻害する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者によく知られている。アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を阻害する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。即ち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を阻害する(平島および井上,新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現,日本生化学会編,東京化学同人,1993,319−347.)。
本発明で用いられるアンチセンス核酸は、上記のいずれの作用により、上述のTGF−βのシグナル伝達経路のメンバー等をコードする遺伝子(核酸)の発現および/または機能を阻害してもよい。一つの実施形態としては、上述のTGF−β等をコードする遺伝子のmRNAの5’端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3’の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、上述のTGF−β等をコードする遺伝子の翻訳領域だけでなく、非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明で利用されるアンチセンス核酸に含まれる。使用されるアンチセンス核酸は、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3’側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製された核酸は、公知の方法を用いることで所望の動物(細胞)に形質転換することができる。アンチセンス核酸の配列は、形質転換される動物(細胞)が有するTGF−β等をコードする遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に阻害するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも12塩基以上25塩基未満であることが好ましいが、本発明のアンチセンス核酸は必ずしもこの長さに限定されず、例えば、11塩基以下、100塩基以上、または500塩基以上であってもよい。アンチセンス核酸は、DNAのみから構成されていてもよいが、DNA以外の核酸、例えば、ロックド核酸(LNA)を含んでいてもよい。1つの実施形態としては、本発明で用いられるアンチセンス核酸は、5’末端にLNA、3’末端にLNAを含むLNA含有アンチセンス核酸であってもよい。また、本発明において、アンチセンス核酸を用いる実施形態では、例えば平島および井上,新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現,日本生化学会編,東京化学同人,1993,319−347.に記載される方法を用いて、TGF−β等の核酸配列に基づき、アンチセンス配列を設計することができる。
TGF−β等の発現の阻害は、リボザイム、またはリボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子を指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子,タンパク質核酸酵素,1990,35,2191.)。
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3’側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 228, 228.)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 239, 285.、小泉誠および大塚栄子,タンパク質核酸酵素,1990,35,2191.、Koizumi, M. et al., Nucl. Acids Res., 1989, 17, 7059.)。
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えば、タバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, JM., Nature, 1986, 323, 349.)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi, Y. & Sasaki, N., Nucl. Acids Res, 1991, 19, 6751.、菊池洋,化学と生物, 1992, 30, 112.)。このように、リボザイムを用いてTGF−β等をコードする遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を阻害することができる。
TGF−β等の内在性遺伝子の発現の抑制は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA干渉(RNA interference、以下「RNAi」と略称する)によっても行うことができる。RNAiは、2本鎖RNA(dsRNA)が直接細胞内に取り込まれると、このdsRNAと相同な配列を持つ遺伝子の発現が抑えられ現在注目を浴びている手法である。哺乳類細胞においては、短鎖dsRNA(siRNA)を用いることにより、RNAiを誘導する事が可能で、RNAiは、ノックアウトマウスと比較して、効果が安定、実験が容易、費用が安価であるなど、多くの利点を有している。siRNAについては、本明細書において他の箇所において詳述される。
本明細書において、「siRNA」とは、15〜40塩基からなる二本鎖RNA部分を有するRNA分子であり、前記siRNAのアンチセンス鎖と相補的な配列をもつ標的遺伝子のmRNAを切断し、標的遺伝子の発現を抑制する機能を有する。詳細には、本発明におけるsiRNAは、TGF−β等のmRNA中の連続したRNA配列と相同な配列からなるセンスRNA鎖と、該センスRNA配列に相補的な配列からなるアンチセンスRNA鎖とからなる二本鎖RNA部分を含むRNAである。かかるsiRNAおよび後述の変異体siRNAの設計および製造は当業者の技量の範囲内である。TGF−β等の配列の転写産物であるmRNAの任意の連続するRNA領域を選択し、この領域に対応する二本鎖RNAを作製することは、当業者においては、通常の試行の範囲内において適宜行い得ることである。また、該配列の転写産物であるmRNA配列から、より強いRNAi効果を有するsiRNA配列を選択することも、当業者においては、公知の方法によって適宜実施することが可能である。また、一方の鎖が判明していれば、当業者においては容易に他方の鎖(相補鎖)の塩基配列を知ることができる。siRNAは、当業者においては市販の核酸合成機を用いて適宜作製することが可能である。また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することができる。
二本鎖RNA部分の長さは、塩基として、15〜40塩基、好ましくは15〜30塩基、より好ましくは15〜25塩基、更に好ましくは18〜23塩基、最も好ましくは19〜21塩基である。これらの上限および下限は、これら特定のものに限定されず、これら列挙されているものの任意の組み合わせであってもよいことが理解される。siRNAのセンス鎖またはアンチセンス鎖の末端構造としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、平滑末端を有するものであってもよいし、突出末端(オーバーハング)を有するものであってもよく、3’端が突き出したタイプが好ましい。センスRNA鎖およびアンチセンスRNA鎖の3’末端に数個の塩基、好ましくは1〜3個の塩基、さらに好ましくは2個の塩基からなるオーバーハングを有するsiRNAは、標的遺伝子の発現を抑制する効果が大きい場合が多く、好ましいものである。オーバーハングの塩基の種類は特に制限はなく、RNAを構成する塩基あるいはDNAを構成する塩基のいずれであってもよい。好ましいオーバーハング配列としては、3’末端にdTdT(デオキシTを2bp)等を挙げることができる。例えば、好ましいsiRNAとしては、全てのsiRNAのセンス・アンチセンス鎖の、3’末端にdTdT(デオキシTを2bp)をつけているものが挙げられるがそれに限定されない。
さらに、上記siRNAのセンス鎖またはアンチセンス鎖の一方または両方において1〜数個までのヌクレオチドが欠失、置換、挿入および/または付加されているsiRNAも用いることができる。ここで、1〜数塩基とは、特に限定されるものではないが、好ましくは1〜4塩基、さらに好ましくは1〜3塩基、最も好ましくは1〜2塩基である。かかる変異の具体例としては、3’オーバーハング部分の塩基数を0〜3個としたもの、3’−オーバーハング部分の塩基配列を他の塩基配列に変更したもの、あるいは塩基の挿入、付加または欠失により上記センスRNA鎖とアンチセンスRNA鎖の長さが1〜3塩基異なるもの、センス鎖および/またはアンチセンス鎖において塩基が別の塩基にて置換されているもの等が挙げられるが、これらに限定されない。ただし、これらの変異体siRNAにおいてセンス鎖とアンチセンス鎖とがハイブリダイゼーションしうること、ならびにこれらの変異体siRNAが変異を有しないsiRNAと同等の遺伝子発現抑制能を有することが必要である。
さらに、siRNAは、一方の端が閉じた構造の分子、例えば、ヘアピン構造を有するsiRNA(Short Hairpin RNA;shRNA)であってもよい。shRNAは、標的遺伝子の特定配列のセンス鎖RNA、該センス鎖配列に相補的な配列からなるアンチセンス鎖RNA、およびその両鎖を繋ぐリンカー配列を含むRNAであり、センス鎖部分とアンチセンス鎖部分がハイブリダイズし、二本鎖RNA部分を形成する。
siRNAは、臨床使用の際には、いわゆるoff−target効果を示さないことが望ましい。off−target効果とは、標的遺伝子以外に、使用したsiRNAに部分的にホモロジーのある別の遺伝子の発現を抑制する作用をいう。off−target効果を避けるために、候補siRNAについて、予めDNAマイクロアレイなどを利用して交差反応がないことを確認することが可能である。また、NCBI(National Center for Biotechnology Information)などが提供する公知のデータベースを用いて、標的となる遺伝子以外に候補siRNAの配列と相同性が高い部分を含む遺伝子が存在しないかを確認する事によって、off−target効果を避けることが可能である。
本発明のsiRNAを作製するには、化学合成による方法および遺伝子組換え技術を用いる方法等、公知の方法を適宜用いることができる。合成による方法では、配列情報に基づき、常法により二本鎖RNAを合成することができる。また、遺伝子組換え技術を用いる方法では、センス鎖配列やアンチセンス鎖配列をコードする発現ベクターを構築し、該ベクターを宿主細胞に導入後、転写により生成されたセンス鎖RNAやアンチセンス鎖RNAをそれぞれ取得することによって作製することもできる。また、標的遺伝子の特定配列のセンス鎖、該センス鎖配列に相補的な配列からなるアンチセンス鎖、およびその両鎖を繋ぐリンカー配列を含み、ヘアピン構造を形成するshRNAを発現させることにより、所望の二本鎖RNAを作製することもできる。
siRNAは、標的遺伝子の発現抑制活性を有する限りにおいては、siRNAを構成する核酸の全体またはその一部は、天然の核酸であってもよいし、修飾された核酸であってもよい。
本発明におけるsiRNAは、必ずしも標的配列に対する一組の2本鎖RNAである必要はなく、標的配列を含んだ領域に対する複数組(この「複数」とは特に制限されないが、好ましくは2〜5個程度の少数を指す。)の2本鎖RNAの混合物であってもよい。ここで標的配列に対応した核酸混合物としてのsiRNAは、当業者においては市販の核酸合成機およびDICER酵素を用いて適宜作製することが可能であり、また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することができる。なお、本発明のsiRNAには、所謂「カクテルsiRNA」が含まれる。また、本発明におけるsiRNAは、必ずしも全てのヌクレオチドがリボヌクレオチド(RNA)でなくともよい。即ち、本発明において、siRNAを構成する1もしくは複数のリボヌクレオチドは、対応するデオキシリボヌクレオチドであってもよい。この「対応する」とは、糖部分の構造は異なるものの、同一の塩基種(アデニン、グアニン、シトシン、チミン(ウラシル))であることを指す。例えば、アデニンを有するリボヌクレオチドに対応するデオキシリボヌクレオチドとは、アデニンを有するデオキシリボヌクレオチドのことをいう。
さらに、本発明の上記RNAを発現し得るDNA(ベクター)もまた、TGF−β等のの発現を抑制し得る核酸の好ましい実施形態に含まれる。例えば、本発明の上記二本鎖RNAを発現し得るDNA(ベクター)は、該二本鎖RNAの一方の鎖をコードするDNA、および該二本鎖RNAの他方の鎖をコードするDNAが、それぞれ発現し得るようにプロモーターと連結した構造を有するDNAである。本発明の上記DNAは、当業者においては、一般的な遺伝子工学技術により、適宜作製することができる。より具体的には、本発明のRNAをコードするDNAを公知の種々の発現ベクターへ適宜挿入することによって、本発明の発現ベクターを作製することが可能である。
本発明において標的遺伝子の発現を抑制する核酸には、修飾された核酸を用いてもよい。修飾された核酸とは、ヌクレオシド(塩基部位、糖部位)および/またはヌクレオシド間結合部位に修飾が施されていて、天然の核酸と異なった構造を有するものを意味する。修飾された核酸を構成する「修飾されたヌクレオシド」としては、例えば、無塩基(abasic)ヌクレオシド;アラビノヌクレオシド、2’−デオキシウリジン、α−デオキシリボヌクレオシド、β−L−デオキシリボヌクレオシド、その他の糖修飾を有するヌクレオシド;ペプチド核酸(PNA)、ホスフェート基が結合したペプチド核酸(PHONA)、ロックド核酸(LNA)、モルホリノ核酸等が挙げられる。上記糖修飾を有するヌクレオシドには、2’−O−メチルリボース、2’−デオキシ−2’−フルオロリボース、3’−O−メチルリボース等の置換五単糖;1’,2’−デオキシリボース;アラビノース;置換アラビノース糖;六単糖およびアルファ−アノマーの糖修飾を有するヌクレオシドが含まれる。これらのヌクレオシドは塩基部位が修飾された修飾塩基であってもよい。このような修飾塩基には、例えば、5−ヒドロキシシトシン、5−フルオロウラシル、4−チオウラシル等のピリミジン;6−メチルアデニン、6−チオグアノシン等のプリン;および他の複素環塩基等が挙げられる。
修飾された核酸を構成する「修飾されたヌクレオシド間結合」としては、例えば、アルキルリンカー、グリセリルリンカー、アミノリンカー、ポリ(エチレングリコール)結合、メチルホスホネートヌクレオシド間結合;メチルホスホノチオエート、ホスホトリエステル、ホスホチオトリエステル、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエート、トリエステルプロドラッグ、スルホン、スルホンアミド、サルファメート、ホルムアセタール、N−メチルヒドロキシルアミン、カルボネート、カルバメート、モルホリノ、ボラノホスホネート、ホスホルアミデートなどの非天然ヌクレオシド間結合が挙げられる。
本発明の二本鎖siRNAに含まれる核酸配列としては、TGF−βまたは他のTGF−βシグナルのメンバーに対するsiRNAなどを挙げることができる。
また、本発明の核酸または薬剤をリポソームなどのリン脂質小胞体に導入し、その小胞体を投与することも可能である。siRNAまたはshRNAを保持させた小胞体をリポフェクション法により所定の細胞に導入することができる。そして、得られる細胞を例えば、静脈内、動脈内等に全身投与する。眼の必要な部位等に局所的に投与することもできる。siRNAはin vitroにおいては非常に優れた特異的転写後抑制効果を示すが、in vivoにおいては血清中のヌクレアーゼ活性により速やかに分解されてしまうため持続時間が限られるためより最適で効果的なデリバリーシステム開発が求められてきた。一つの例としては、OCHIYA, T et al., Nature Med., 5:707-710, 1999、Curr.Gene Ther., 1 :31-52, 2001より生体親和性材料であるアテロコラーゲンが核酸と混合し複合体を形成させると、生体中の分解酵素から核酸を保護する作用がありsiRNAのキャリアーとして非常に適しているキャリアーであると報告されており、このような形態を利用することができるが、本発明の核酸または医薬の導入の方法はこれには限られない。このようにして、生体内においては血清中の核酸分解酵素の働きにより、速やかに分解されてしまうため長時間の効果の継続を達成することができる。例えば、Takeshita F. PNAS.(2003) 102(34) 12177-82、Minakuchi Y Nucleic Acids Reserch(2004) 32(13) e109では、牛皮膚由来のアテロコラーゲンが核酸と複合体を形成し、生体内の分解酵素から核酸を保護する作用があり、siRNAのキャリアーとして非常に適していると報告されており、このような技術を用いることができる。
本明細書において「薬剤」、「剤」または「因子」(いずれも英語ではagentに相当する)は、広義には、交換可能に使用され、意図する目的を達成することができる限りどのような物質または他の要素(例えば、光、放射能、熱、電気などのエネルギー)でもあってもよい。そのような物質としては、例えば、タンパク質、ポリペプチド、オリゴペプチド、ペプチド、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、ヌクレオチド、核酸(例えば、cDNA、ゲノムDNAのようなDNA、mRNAのようなRNAを含む)、ポリサッカリド、オリゴサッカリド、脂質、有機低分子(例えば、ホルモン、リガンド、情報伝達物質、有機低分子、コンビナトリアルケミストリで合成された分子、医薬品として利用され得る低分子(例えば、低分子リガンドなど)など)、これらの複合分子が挙げられるがそれらに限定されない。ポリヌクレオチドに対して特異的な因子としては、代表的には、そのポリヌクレオチドの配列に対して一定の配列相同性を(例えば、70%以上の配列同一性)もって相補性を有するポリヌクレオチド、プロモーター領域に結合する転写因子のようなポリペプチドなどが挙げられるがそれらに限定されない。ポリペプチドに対して特異的な因子としては、代表的には、そのポリペプチドに対して特異的に指向された抗体またはその誘導体あるいはその類似物(例えば、単鎖抗体)、そのポリペプチドがレセプターまたはリガンドである場合の特異的なリガンドまたはレセプター、そのポリペプチドが酵素である場合、その基質などが挙げられるがそれらに限定されない。
本明細書において、「角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態」とは、角膜内皮の疾患、障害または状態のうち、細胞外マトリクス(ECM)異常に関連するものをいう。そのようなものとしては、たとえば、フックス角膜内皮ジストロフィに関する障害、翼状片、アレルギー性疾患、角膜炎、角膜潰瘍等を挙げることができる。
本明細書において「フックス角膜内皮ジストロフィに関する障害」とは、フックス角膜内皮ジストロフィに関する任意の障害をいい、そのうち、細胞外マトリクス(ECM)異常に関連ものが本発明の特に目的とするものであるが、それに限定されない。そのような細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する、フックス角膜内皮ジストロフィに関する障害としては、たとえば、羞明、霧視、視力障害、眼痛、流涙、充血、疼痛、水疱性角膜症、眼の不快感、コントラスト低下、グレア、角膜実質の浮腫、水疱性角膜症、角膜混濁等を挙げることができるがこれらに限定されない。
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J.et al.(1989).Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001); Ausubel, F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Ausubel, F.M.(1989).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Innis, M.A.(1990).PCR Protocols: A Guide to Methods and Applications, Academic Press; Ausubel, F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Ausubel, F.M.(1995).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Innis, M.A.et al.(1995).PCR Strategies, Academic Press; Ausubel, F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Wiley, and annual updates; Sninsky, J.J.et al.(1999). PCR Applications: Protocols for Functional Genomics, Academic Press、Gait, M.J.(1985).Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRLPress; Gait, M.J.(1990).Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRL Press; Eckstein, F.(1991).Oligonucleotides and Analogues: A Practical Approach, IRL Press; Adams, R. L. et al.(1992).The Biochemistry of the Nucleic Acids, Chapman&Hall; Shabarova, Z.et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids, Weinheim; Blackburn, G. M. et al.(1996).Nucleic Acids in Chemistry and Biology, Oxford University Press; Hermanson, G.T.(1996). Bioconjugate Techniques, Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されている。角膜内皮細胞については、Nancy Joyceらの報告{Joyce, 2004 #161} {Joyce, 2003 #7}がよく知られているが、前述のごとく長期培養、継代培養により線維芽細胞様の形質転換を生じ、効率的な培養法の研究が現在も行われている。これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
(好ましい実施形態の説明)
以下に好ましい実施形態の説明を記載するが、この実施形態は本発明の例示であり、本発明の範囲はそのような好ましい実施形態に限定されないことが理解されるべきである。当業者はまた、以下のような好ましい実施例を参考にして、本発明の範囲内にある改変、変更などを容易に行うことができることが理解されるべきである。
(TGFβシグナル阻害剤を含む、角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態の処置または予防)
1つの局面において、本発明はTGFβシグナル阻害剤を含む、角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態の処置または予防薬を提供する。本発明では、角膜内皮においてECMが関連する疾患、障害または状態を、TGFβシグナル阻害剤を投与することによって、予想外にECMの異常を低減または消失させることができたことを見出した。したがって、このようなTGFβシグナル阻害剤の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態の処置または予防のための用途は従来の知見からは予想できなかった用途であるといえる。
好ましい実施形態では、本発明が対象とする疾患、障害または状態は、フックス角膜内皮ジストロフィに関する障害である。フックス角膜内皮ジストロフィは現在のところ、根本的な治療方法や技術が存在せず、フックス角膜内皮ジストロフィの治療は角膜移植に頼らざるを得なかった。本発明は、フックス角膜内皮ジストロフィの中でもひとつの重要な異常または障害の原因となる細胞外マトリクス(ECM)異常を処置しうることから、フックス角膜内皮ジストロフィの処置または予防に有用であることが理解される。
1つの特定の実施形態では、本発明が対象とする疾患、障害または状態は、フックス角膜内皮ジストロフィにおける羞明、霧視、視力障害、眼痛、流涙、充血、疼痛、水疱性角膜症、眼の不快感、コントラスト低下,グレア、角膜実質の浮腫、角膜混濁を含む。
本発明の医薬または方法の投与(移植)対象は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられるが、霊長類が好ましく、特にヒトが好ましい。霊長類での角膜内皮治療はこれまで十分な成績が達成されておらず、その意味で本発明は画期的な治療法および医薬を提供する。
TGF−βシグナル伝達経路は、ALK4,5または7を経由するSmad2/3系と、ALK1, 2, 3または6を経由するSmad1/5/8系とに大きく分類され、いずれも線維化に関連していることがよく知られている(J.Massagu’e, Annu.Rev.Biochem.1998.67:753-91;Vilar JMG, Jansen R, Sander C(2006) PLoS Comput Biol 2(1):e3;Leask, A., Abraham, D.J. FASEB J.18, 816-827(2004); Coert Margadant & Arnoud Sonnenberg EMBO reports(2010) 11, 97-105;Joel Rosenbloom et al., Ann Intern Med.2010;152:159-166.)。BMP−7はTGF−βシグナルを抑制し線維化を抑制することができることも知られている(上記文献の他、Ralf Weiskirchen, et al., Frontiers in Bioscience 14, 4992-5012, June 1, 2009;Elisabeth M Zeisberg et al., Nature Medicine 13, 952-961(2007);Michael Zeisberg et al., Nature Medicine 9, 964-968(2003))。しかしながら、これらの文献では、非常に特殊な疾患である梅毒性角膜実質炎または人工的に作製した重度の障害により実際にコラーゲンなどの細胞外基質からなる膜状組織を伴うような状態についてTGF−βとの関与が記載されているが、これから治療効果を予測することは困難である。また、角膜の重度な障害時の線維化がIL−1βにより、途中p38 MAPKの活性化によるということも示されているが、他方ウサギでの過剰な冷凍外傷により生体において重度の炎症が生じた時にみられる線維化がp38 MAPKの活性化を伴い、阻害剤で一部線維化が抑制できることをウサギを用いて示されている。これらの知見は極めて強い炎症が生体に生じ細胞外基質からなる膜状組織を伴うような状況においてp38 MAPKの活性化を伴うことを示したものであり、TGF−βシグナル阻害剤がフックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態を処置または予防に有効であるということを述べたものではなく、正常状態の維持についてなんら示唆を与えるものではない。このように、角膜内皮細胞については、従前は正常機能を保ちつつ培養することは困難であると考えられており、これまでに報告されたものは、結局のところフックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態を処置または予防できなかった。ましてや、TGF−βシグナル伝達経路を抑制することにより、フックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態を処置または予防することができるとは考えられていなかった。
本発明で用いられるTGF−βシグナル阻害剤は、TGF−βのシグナル経路を阻害することができる限り、どのような薬剤(agent)を用いてもよい。また、阻害されるべきTGF−βシグナル伝達経路は、周知のように、TGF−βおよびTGF−βレセプターが直接関連するもののほか、BMP−7のように最終的にTGF−βのシグナル伝達経路と同様(阻害剤・アンタゴニスト等であれば正反対)の効果を発揮するものであれば、どのようなシグナルに関連する因子であってもよい。
本発明においては、TGF−βシグナル阻害剤を単独で含めることも、また必要に応じて数種類を併用して含めることもできる。
1つの実施形態では、TGF−βシグナル阻害剤は、TGF−βのアンタゴニスト、TGF−βのレセプターのアンタゴニスト、またはSmad3の阻害剤、本明細書において他に例示される成分、それらの薬学的に許容可能な塩もしくは溶媒和物、またはその薬学的に受容可能な塩の溶媒和物を少なくとも1種含む。TGF−βのアンタゴニスト、TGF−βのレセプターのアンタゴニスト、およびSmad3の阻害剤は本明細書において他の箇所で説明された任意のものを利用することができる。
1つの実施形態では、本発明において用いられうるTGF−βシグナル阻害剤は、SB431542(4−[4−(1, 3−ベンゾジオキソール−5−イル)−5−(2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]ベンズアミド)、BMP−7、抗TGF−β抗体、抗TGF−βレセプター抗体、TGF−βのsiRNA、TGF−βレセプターのsiRNA、TGF−βのアンチセンスオリゴヌクレオチド、6, 7−ジメトキシ−2−((2E)−3−(1−メチル−2−フェニル−1H−ピロロ[2, 3−b]ピリジン−3−イル−プロプ−2−エノイル))−1, 2, 3, 4−テトラヒドロイソキノロン、A83-01(3−(6−メチル−2−ピリジニル)−N−フェニル−4−(4−キノリニル)−1H−ピラゾール−1−カルボチオアミド)、ステモレキュールTM TLK インヒビター(2−(3−(6−メチルピリジン−2−イル)−1H−ピラゾール−4−イル)−1, 5−ナフチリジン)、ステモレキュールTM BMPインヒビターLDN−193189(6−(4−(ピペリジン−1−イル)エトキシ)フェニル)−3−(ピリジン−4−イル)ピラゾロ[1, 5−a]ピリミジン)、SD−208(2−(5−クロロ−2−フルオロフェニル)−4−[(4−ピリジニル)アミノ]プテリジン)、LY364947(4−[3−(2−ピリジニル)−1H−ピラゾール−4−イル]−キノリン)、本明細書において他に例示される成分、それらの薬学的に許容可能な塩もしくは溶媒和物、またはその薬学的に受容可能な塩の溶媒和物を少なくとも1種含む。なお、言及した抗体は中和抗体であってもよいがこれに限定されない。理論に束縛されることを望まないが、Smad2/3(ALK4、5および7に関連する)を介して効果を奏するSB431542、Smad1/5/8(ALK1、2、3および6に関連する)を介して効果を奏するBMP−7の両方でフックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態を処置または予防効果が観察されていることから、これらのいずれの経路のTGF−βシグナル阻害剤であっても、本発明の効果を達成することができると理解される。
好ましい実施形態では、本発明において用いられるTGF−βシグナル阻害剤は、SB431542(4−[4−(1, 3−ベンゾジオキソール−5−イル)2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]ベンズアミド)を含む。フックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する疾患、障害または状態が改善されることが示されたからである。好ましい実施形態では、SB431542は、使用時に約0.1μM〜約10μMの濃度で存在するように含まれ、好ましくは、使用時に約1μM〜約10μMの濃度で存在するように含まれ、さらに好ましくは使用時に約1μMの濃度で存在するように含まれる。
本発明で使用されるTGFβシグナル阻害剤の濃度は、通常約0.1〜100μmol/l、好ましくは約0.1〜30μmol/l、より好ましくは約1μmol/lであり、数種類使用する場合は適宜変更することができ、他の濃度範囲としては、例えば、通常、約0.001〜100μmol/l、好ましくは、約0.01〜75μmol/l、約0.05〜50μmol/l、約1〜10μmol/l、約0.01〜10μmol/l、約0.05〜10μmol/l、約0.075〜10μmol/l、約0.1〜10μmol/l、約0.5〜10μmol/l、約0.75〜10μmol/l、約1.0〜10μmol/l、約1.25〜10μmol/l、約1.5〜10μmol/l、約1.75〜10μmol/l、約2.0〜10μmol/l、約2.5〜10μmol/l、約3.0〜10μmol/l、約4.0〜10μmol/l、約5.0〜10μmol/l、約6.0〜10μmol/l、約7.0〜10μmol/l、約8.0〜10μmol/l、約9.0〜10μmol/l、約0.01〜50μmol/l、約0.05〜5.0μmol/l、約0.075〜5.0μmol/l、約0.1〜5.0μmol/l、約0.5〜5.0μmol/l、約0.75〜5.0μmol/l、約1.0〜5.0μmol/l、約1.25〜5.0μmol/l、約1.5〜5.0μmol/l、約1.75〜5.0μmol/l、約2.0〜5.0μmol/l、約2.5〜5.0μmol/l、約3.0〜5.0μmol/l、約4.0〜5.0μmol/l、約0.01〜3.0μmol/l、約0.05〜3.0μmol/l、約0.075〜3.0μmol/l、約0.1〜3.0μmol/l、約0.5〜3.0μmol/l、約0.75〜3.0μmol/l、約1.0〜3.0μmol/l、約1.25〜3.0μmol/l、約1.5〜3.0μmol/l、約1.75〜3.0μmol/l、約2.0〜3.0μmol/l、約0.01〜1.0μmol/l、約0.05〜1.0μmol/l、約0.075〜1.0μmol/l、約0.1〜1.0μmol/l、約0.5〜1.0μmol/l、約0.75〜1.0μmol/l、約0.09〜35μmol/l、約0.09〜3.2μmol/lであり、より好ましくは、約0.05〜1.0μmol/l、約0.075〜1.0μmol/l、約0.1〜1.0μmol/l、約0.5〜1.0μmol/l、約0.75〜1.0μmol/lを挙げることができるがこれらに限定されない。
好ましい実施形態では、使用されるTGF−βシグナル阻害剤は、4−[4−(1, 3−ベンゾジオキソール−5−イル)2−ピリジニル)−1H−イミダゾール−2−イル]ベンズアミドまたはその薬学的に許容可能な塩を含む。
別の好ましい実施形態では、本発明において用いられるTGF−βシグナル阻害剤は、BMP−7を含む。線維化が抑制された上に、正常機能を担うタンパク質が保持されていることが示され、また霊長類への移植にも耐え得るからである。好ましい実施形態では、BMP−7は、使用時に約10ng/ml〜約1000ng/mlの濃度で存在するように含まれ、より好ましくは、使用時に約100ng/ml〜約1000ng/mlの濃度で存在するように含まれる。BMP−7は、使用時に約100ng/mlの濃度で存在するように含まれていても、約1000ng/mlの濃度で存在するように含まれていてもよい。
本発明の処置または予防薬は、さらなる医薬成分を含んでいてもよい。そのような医薬製品の代表例としては、Rhoキナーゼ阻害剤、ステロイドを挙げることができる。理論に束縛されることを望まないが、Rhoキナーゼ阻害剤を含めることにより、角膜内皮細胞の接着を亢進することによって細胞の脱落を防止し、良好な細胞形態および高い細胞密度を持った角膜内皮細胞層の形成を可能とするため、TGFβシグナル阻害剤の効果を強化することができるからである。本発明においては、1種類のRhoキナーゼ阻害剤を単独で含めることも、また必要に応じて数種類を併用して含めることもできる。
本発明において使用されうるRhoキナーゼ阻害剤としては、下記文献:米国特許4678783号、特許第3421217号、国際公開第95/28387、国際公開99/20620、国際公開99/61403、国際公開02/076976、国際公開02/076977、国際公開第2002/083175、国際公開02/100833、国際公開03/059913、国際公開03/062227、国際公開2004/009555、国際公開2004/022541、国際公開2004/108724、国際公開2005/003101、国際公開2005/039564、国際公開2005/034866、国際公開2005/037197、国際公開2005/037198、国際公開2005/035501、国際公開2005/035503、国際公開2005/035506、国際公開2005/080394、国際公開2005/103050、国際公開2006/057270、国際公開2007/026664などに開示された化合物があげられる。かかる化合物は、それぞれ開示された文献に記載の方法により製造することができ、例えば、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジンまたはその塩(たとえば、ファスジル(1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン))、(R)−(+)−トランス−(4−ピリジル)−4−(1−アミノエチル)−シクロヘキサンカルボキサミドまたはその塩(たとえば、Y−27632((R)−(+)−トランス−(4−ピリジル)−4−(1−アミノエチル)−シクロヘキサンカルボキサミド2塩酸塩1水和物)など)などを挙げることができる。
本発明中のRhoキナーゼ阻害剤の濃度は、通常約1〜100μmol/l、好ましくは約5〜20μmol/l、より好ましくは約10μmol/lであり、数種類使用する場合は適宜変更することができ、他の濃度範囲としては、例えば、通常、約0.001〜100μmol/l、好ましくは、約0.01〜75μmol/l、約0.05〜50μmol/l、約1〜10μmol/l、約0.01〜10μmol/l、約0.05〜10μmol/l、約0.075〜10μmol/l、約0.1〜10μmol/l、約0.5〜10μmol/l、約0.75〜10μmol/l、約1.0〜10μmol/l、約1.25〜10μmol/l、約1.5〜10μmol/l、約1.75〜10μmol/l、約2.0〜10μmol/l、約2.5〜10μmol/l、約3.0〜10μmol/l、約4.0〜10μmol/l、約5.0〜10μmol/l、約6.0〜10μmol/l、約7.0〜10μmol/l、約8.0〜10μmol/l、約9.0〜10μmol/l、約0.01〜50μmol/l、約0.05〜5.0μmol/l、約0.075〜5.0μmol/l、約0.1〜5.0μmol/l、約0.5〜5.0μmol/l、約0.75〜5.0μmol/l、約1.0〜5.0μmol/l、約1.25〜5.0μmol/l、約1.5〜5.0μmol/l、約1.75〜5.0μmol/l、約2.0〜5.0μmol/l、約2.5〜5.0μmol/l、約3.0〜5.0μmol/l、約4.0〜5.0μmol/l、約0.01〜3.0μmol/l、約0.05〜3.0μmol/l、約0.075〜3.0μmol/l、約0.1〜3.0μmol/l、約0.5〜3.0μmol/l、約0.75〜3.0μmol/l、約1.0〜3.0μmol/l、約1.25〜3.0μmol/l、約1.5〜3.0μmol/l、約1.75〜3.0μmol/l、約2.0〜3.0μmol/l、約0.01〜1.0μmol/l、約0.05〜1.0μmol/l、約0.075〜1.0μmol/l、約0.1〜1.0μmol/l、約0.5〜1.0μmol/l、約0.75〜1.0μmol/l、約0.09〜35μmol/l、約0.09〜3.2μmol/lであり、より好ましくは、約0.05〜1.0μmol/l、約0.075〜1.0μmol/l、約0.1〜1.0μmol/l、約0.5〜1.0μmol/l、約0.75〜1.0μmol/lを挙げることができるがこれらに限定されない。
本発明は、点眼剤として投与することができる。
投与量、投与回数は、症状、年齢、体重、投与形態により異なるが、通常成人に対し、例えば点眼剤として使用する場合には、有効成分を約0.0001〜0.1w/v%、好ましくは約0.003〜0.03w/v%含有する製剤を、1日あたり1〜10回、好ましくは1〜6回、より好ましくは1〜3回、1回当たり約0.01〜0.1mL投与することができる。本発明の医薬を前房内に注入する場合には、上記濃度の10分の1〜1000分のlの濃度のものが使用され得る。当業者は疾患の状態によって、TGFβシグナル阻害剤、Rhoキナーゼ阻害剤等の種類および濃度を適宜選択することができる。
別の局面において、本発明は、角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する障害の処置または予防のためのTGFβシグナル阻害物質を提供する。TGFβシグナル阻害物質は、TGFβシグナル阻害剤と交換可能に使用されうる。この用途において、角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常およびTGFβシグナル阻害剤については、本明細書において説明した任意の実施形態を使用することができる。
別の局面において、本発明は、被験体における角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常に関連する障害の処置または予防のための方法であって、該方法は該被験体に対して有効量のTGFβシグナル阻害剤を投与する工程を包含する、方法を提供する。この方法において、角膜内皮の細胞外マトリクス(ECM)異常およびTGFβシグナル阻害剤については、本明細書において説明した任意の実施形態を使用することができる。
本発明の医薬または方法の投与(移植)対象は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられるが、霊長類が好ましく、特にヒトが好ましい。霊長類での角膜内皮治療はこれまで十分な成績が達成されておらず、その意味で本発明は画期的な治療法および医薬を提供する。
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
以下に、本発明の角膜内皮細胞の細胞を正常に培養する例を記載する。該当する場合生物試料等の取り扱いは、厚生労働省、文部科学省等において規定される基準を遵守し、該当する場合はヘルシンキ宣言またはその宣言に基づき作成された倫理規定に基づいて行った。研究のための眼の寄贈については、全ての故人ドナーの近親者から同意書を得た。本研究は、エルランゲン大学(ドイル)、SightLifeTM(Seattle,WA)アイバンクの倫理員会またはそれに準ずるものの承認を受けた。
フックス角膜内皮ジストロフィは角膜内皮細胞が細胞死に至り、残存する角膜内皮細胞が、ポンプ機能、バリア機能を代償できなくなると角膜の透明性を維持できなくなり角膜混濁による失明に至る。また、フックス角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮細胞は、細胞外マトリックスを過剰に産生しguttaeの形成およびデスメ膜の肥厚を生じることが知られている。guttaeの形成およびデスメ膜の肥厚は光の散乱などを生じるために視力低下、羞明、霧視の原因とない患者のQOLを著しく傷害する。フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞株(iFECD)をモデルとして、健常ドナー由来の不死化角膜内皮細胞株(iHCEC)と比較して細胞外マトリックスの産生に関わる原因を明らかにして、治療ターゲットの同定を行った。
(調製例:フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞株(iFECD)モデルの作製)
本例では、フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞から不死化角膜内皮細胞株(iFECD)を作製した。
(培養方法)
シアトルアイバンクから購入した研究用角膜より角膜内皮細胞を基底膜とともに機械的に剥離し、コラゲナーゼを用いて基底膜よりはがして回収後、初代培養を行った。培地はOpti−MEM I Reduced−Serum Medium, Liquid(INVITROGEN カタログ番号:31985-070)に、8%FBS(BIOWEST、カタログ番号:S1820-500)、200mg/ml CaCl2・2H2O(SIGMA カタログ番号:C7902-500G)、0.08% コンドロイチン硫酸(SIGMA カタログ番号:C9819-5G)、20μg/mlアスコルビン酸(SIGMA カタログ番号:A4544-25G)、50μg/mlゲンタマイシン(INVITROGEN カタログ番号:15710-064)および5ng/ml EGF(INVITROGEN カタログ番号:PHG0311)を加えた3T3フィーダー細胞用の馴化させたものを基本培地として用いた。また、基本培地にSB431542(1μmol/l)およびSB203580(4−(4−フルオロフェニル)−2−(4−メチルスルホニルフェニル)−5(4−ピリジル)イミダゾール<4−[4−(4−フルオロフェニル)−2−(4−メチルスルフィニルフェニル)−1H−イミダゾール−5−イル]ピリジン)(1μmol/l)を添加したもの(「SB203580+SB431542+3T3馴化培地」という)で培養した。
(取得方法)
フックス角膜内皮ジストロフィの臨床診断により水疱性角膜症に至り、角膜内皮移植(デスメ膜内皮角膜移植=DMEK)を実施されたヒト患者3名より文書による同意および倫理員会の承認のもと角膜内皮細胞を得た。DMEKの際に機械的に病的な角膜内細胞と基底膜であるデスメ膜とともに剥離し、角膜保存液であるOptisol−GS(ボシュロム社)に浸漬した。その後、コラゲナーゼ処理を行い酵素的に角膜内皮細胞を回収して、SB203580+SB431542+3T3馴化培地により培養した。培養したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞はSV40ラージT抗原およびhTERT遺伝子をPCRにより増幅して、レンチウイルスベクター(pLenti6.3_V5-TOPO; Life Technologies Inc)に導入した。その後、レンチウイルスベクターを3種類のヘルパープラスミド(pLP1、pLP2、pLP/VSVG; Life Technologies Inc.)とともにトランスフェクション試薬(Fugene HD; Promega Corp., Madison, WI)を用いて293T 細胞 (RCB2202; Riken Bioresource Center, Ibaraki, Japan)に感染させた。48時間の感染後にウイルスを含む培養上清を回収して、5μg/mlのポリブレンを用いて、培養したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞の培養液に添加して、SV40ラージT抗原およびhTERT遺伝子を導入した。フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の位相差顕微鏡像を確認した。コントロールとしてシアトルアイバンクから輸入した研究用角膜より培養した角膜内皮細胞を同様の方法で不死化し、正常角膜内皮細胞の不死化細胞株を作製した(iHCEC)。健常ドナー由来の不死化角膜内皮細胞株(iHCEC)および不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の位相差顕微鏡像をみると、iHCECおよびiFECDはいずれも正常の角膜内皮細胞同様に一層の多角形の形態を有する。iHCECおよびiFECDはDMEM+10%FBSにより維持培養を行ったSB431542は、TOCRIS社から得た(カタログ番号:1614)。SB203580はCALBIOCHEMから得た(カタログ番号:559389)。
(調製例2:不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の正常機能の確認)
本実施例では、不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の正常機能の確認を行った。
(Na+/K+−ATPaseおよびZO−1による免疫染色)
まず、不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の正常機能の確認のために、Na+/K+−ATPaseおよびZO−1による免疫染色を行った。角膜内皮細胞の機能であるポンプ機能、バリア機能を確認するためである。Na+/K+−ATPaseおよびZO−1はそれぞれ、角膜内皮細胞の機能であるポンプ機能、バリア機能の正常性を示す。手法は以下のとおりである。
(染色等の細胞観察方法(組織学的試験))
細胞観察は位相差顕微鏡にて行った。また、細胞を固定した後に機能関連マーカーとしてZO−1、Na+/K+−ATPaseを用いて免疫染色を行い蛍光顕微鏡にて観察を行った。組織染色検査のために、培養した細胞をLab−TekTM Chamber SlidesTM(NUNC A/S, Roskilde, Denmark)に入れ、4%ホルムアルデヒドで10分間室温(RT)で固定し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)とともに30分間インキュベートした。具体的には、Lab−TekTMChamber SlidesTM(NUNC A/S, Roskilde, Denmark)上の培養細胞を室温で10分間4%ホルムアルデヒド中で固定し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)とともに30分間インキュベートした。細胞の表現型を調べるために、密着結合関連タンパク質であるZO−1(Zymed Laboratories, Inc., South San Francisco, CA)、ポンプ機能に関連するタンパク質であるNa+/K+−ATPase(Upstate Biotec, Inc., Lake Placid, NY)の免疫組織化学分析を行った。細胞の機能に関連するマーカーとしてZO−1およびNa+/K+−ATPaseを使用した。ZO−1、Na+/K+−ATPaseの染色は、それぞれ、ZO−1ポリクローナル抗体、Na+/K+−ATPaseモノクローナル抗体の1:200希釈を用いて実施した。二次抗体には、Alexa Fluor(登録商標)488標識、または、Alexa Fluor(登録商標)594標識ヤギ抗マウスIgG(Life Technologies)の1:2000希釈を使用した。次いで、細胞の核をDAPI(Vector Laboratories, Inc., Burlingame, CA)またはPI(Sigma−Aldrich)で染色した。次いで、スライドを蛍光顕微鏡(TCS SP2 AOBS;Leica Microsystems, Welzlar, Germany)で観察した。
結果を見たところ、iHCECおよびiFECDともに全ての細胞でNa+/K+−ATPaseおよびZO−1を発現しており、作製した不死化細胞株が正常な機能を維持していることが示された。
また、iHCECおよびiFECDの透過型電子顕微鏡による形態観察像を示す。iHCECおよびiFECDをDMEMにより無血清でTranswell上に培養し1週間後にコンフルエントの状態で固定して透過型電子顕微鏡により形態を観察したところ、形態的に明らかな異常を認めない一層の細胞であることが示された。
また、フックス角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮細胞は細胞外マトリックスを過剰に産生しguttaeの形成およびデスメ膜の肥厚を生じることが知られている。そこで、細胞外マトリックスを構成するタンパク質であるI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現について、iHCECおよびiFECDを培養皿で培養し免疫染色を行った。iFECDにおいてiHCECと比較してI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現が増加していることが示された。また、培養したiHCECおよびiFECDの遺伝子発現レベルをリアルタイムPCR法により検討したところI型コラーゲン、フィブロネクチンは有意に発現レベルの亢進を認め、IV型コラーゲンにおいては発現亢進の傾向を認めた。
フックス角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮同様にiFECDが細胞外マトリックスを過剰に産生するかどうかについて検討した。iHCECおよびiFECDをTranswell上にDMEMにより無血清で培養し1週間後にコンフルエントの状態で固定してHE染色を行った。iFECDにおいてiHCECと比較して有意に肥厚した細胞外マトリックスの産生を認めた。以上よりフックス角膜内皮ジストロフィ患者における過剰な細胞外マトリックスの産生という特徴を有する疾患モデル細胞を作製した。疾患モデル細胞を用いた解析によに不明点の多いフックス角膜内皮ジストロフィの病態解明に寄与することが期待されるため、この細胞を用いて、以下フックス角膜内皮ジストロフィの治療薬の開発を試行した。
(実施例1:細胞外マトリックスの産生に関わる上皮間葉系移行(EMT)にかかわる遺伝子についてリアルタイムPCRを用いて発現量の解析)
本実施例では、iHCECおよびiFECDについて、細胞外マトリックスの産生に関わる上皮間葉系移行(EMT)にかかわる遺伝子についてリアルタイムPCRを用いて発現量の解析を行った結果を示す。
(リアルタイムPCR)
・リアルタイムPCR法:また、以下の方法にてSnail1、Snail2またはZEB1に対するTaqman法にてPCRを行った。TaqmanプローブはINVITROGENから購入した。I型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンのmRNA量をリアルタイムPCR法により調べた。細胞からの総RNAの抽出にはRNEasy(QIAGEN社、カタログ番号:74106)を用いた。抽出したRNAはReverTra Ace(TOYOBO社、カタログ番号:TRT−101)により逆転写反応(42℃、60分間)を行い、反応試薬TaqMan Fast Advanced mastermix(Applied Biosystems)によりGAPDHを内部標準としてI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンを増幅した。PCR反応には下記に示すプローブ (Applied Biosystemsから入手可能な標識プライマーセット)を用いて、StepOneTM (Applied Biosystems) real-time PCR systemにより行った。
Snail1 Hs00195591_ml SNAI1
Snail2 Hs00950344_ml SNAI2
ZEB1 Hs00232783_ml ZEB1
GAPDH TaqMan(R)pre developed Assay Reagents Human GADPH (cat no.: 4333764F)。
(結果)
結果を図1に示す。図1に示されるように、細胞外マトリックスの産生に関わる上皮間葉系移行(EMT)にかかわる遺伝子についてリアルタイムPCRを用いて発現量の解析を行ったところ、Snail1およびZEB1においてiFECDにおいてiHCECと比較して有意に発現の亢進を認めた。
(TGFβによるSnail1およびZEB1の発現亢進)
Snail1およびZEB1の発現亢進が細胞外マトリックスの産生に関わるかどうかを確認するために、Snail1およびZEB1の発現を促進することが知られているTGFβにて刺激を行った。手法は以下のとおりである。iFECDおよびiHCECを10%ウシ胎児血清を含むDMEMで培養し、10%ウシ胎児血清を含まないDMEMにて一晩培養したのちにリアルタイムPCR法にてSnail1、ZEB1、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現を調べた。PCR反応には下記に示すプローブを用いて、StepOneTM (Applied Biosystems) real-time PCR systemにより行った。
Snail1 Hs00195591_ml SNAI1
ZEB1 Hs00232783_ml ZEB1
I型コラーゲン Hs00164004_ml COL1A1
IV型コラーゲン Hs00266327_ml COL4A1
VIII型コラーゲン Hs00697025_ml COL8A2
フィブロネクチン Hs01549976_ml FN1
GAPDH TaqMan(R)pre developed Assay Reagents Human GADPH (cat no.: 4333764F)。
結果を図2に示す。TGFβによりiFECDにおいてSnail1およびZEB1の発現は有意に促進されることを確認した(A, B)。そこで、細胞外マトリックスの構成タンパク質の遺伝子発現量をリアルタイムPCRにより解析したところ、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現が有意に促進された。
(実施例2:iFECDが産生する細胞外マトリックスのTGFβによる促進)
本実施例では、 iFECDが産生する細胞外マトリックスはTGFβにより促進されるかについての検討を行った。
iHCECおよびiFECDをTranswell上にDMEMにより無血清で培養し1週間後にコンフルエントの状態で固定してHE染色を行った。その手順は以下のとおりである。必要に応じて脱パラフィン(例えば、純エタノールにて)、水洗を行い、オムニのヘマトキシリンでサンプルを10分浸した。その後流水水洗し、アンモニア水で色出しを30秒間行った。その後、流水水洗を5分行い、塩酸エオジン10倍希釈液で2分間染色し、脱水し、透徹し、封入した。iHCECおよびiFECDはTGFβ刺激により、有意に肥厚した細胞外マトリックスの産生を認めた。さらに、TGFβ存在下においてiFECDはiHCECと比較して有意に肥厚した細胞外マトリックスの産生を認めた。
これらのことからフックス角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮細胞はSnail1およびZEB1の発現レベルが高く、TGFβの刺激に対して健常者角膜内皮細胞に比べて、細胞外マトリックスの産生量が有意に高いことを示す。
(実施例3:siRNAを用いたSnail1およびZEB1抑制による、細胞外マトリックス産生に与える影響)
本実施例では、Snail1およびZEB1の発現亢進が細胞外マトリックス産生の原因であることを実証するために、siRNAを用いてSnail1およびZEB1を抑制して、細胞外マトリックス産生に与える影響を検討した。実験の手順は以下のとおりである。
(手法)
iFECDおよびiHCECを播種してSnail1 Stealth RNAiTM (Life Technologies Corp., Carlsbad, CA)またはZEB1 Stealth RNAiTM (Life Technologies Corp., Carlsbad, CA)およびLipofectamineTM RNAiMAX(Life Technologies Corp., Carlsbad, CA)とともに37°Cにて12時間インキュベートした。ランダムな配列のRNAiをコントロールとして用いた。その後、細胞を継代して実験に用いた。3種類づつのSnail1 Stealth RNAiTMおよびZEB1 Stealth RNAiTMを用いて実験を行い代表例を結果として示した。siRNAにてSnail1またはZEB1をノックダウンした細胞を播種し、リアルタイムPCR法にてSnail1、ZEB1、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現を調べた。PCR反応には下記に示すプローブを用いて、StepOneTM(Applied Biosystems)real-time PCR systemにより行った。
(材料)
siRNA
Snail1のsiRNA (SNAI1 HSS143995*、SNAI1 HSS143996、SNAI1 HSS143997)
ZEB1のsiRNA (ZEB1 HSS110548*、ZEB1 HSS110549、ZEB1 HSS186235)
ただし、結果に示したsiRNAを*として表記した。
リアルタイムPCR法のプローブ
Snail1 Hs00195591_ml SNAI1
ZEB1 Hs00232783_ml ZEB1
I型コラーゲン Hs00164004_ml COL1A1
IV型コラーゲン Hs00266327_ml COL4A1
VIII型コラーゲン Hs00697025_ml COL8A2
フィブロネクチン Hs01549976_ml FN1
GAPDH TaqMan(R)pre developed Assay Reagents Human GADPH (cat no.: 4333764F)。
(結果)
結果を図4に示す。siRNAによりSnail1およびZEB1の発現が抑制されることを確認した(A, F)。siRNAによるSnail1またはZEB1の発現抑制により、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現が有意に抑制された。この結果から、ZEB1またはSnail1は細胞外マトリクス構成タンパク質の遺伝子発現を不に制御することがわかった。
(免疫染色によるI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現の調節)
次に、免疫染色によりI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現が抑制されていることを確認した。免疫染色の手法は、上記調製例2に準じ、抗体については、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの抗体に代えて実験を行った。
・I型コラーゲンに対する抗体:Anti collagen type I (Rabbit polyclonal)
(ROCKLLANDTM antibodies and assays、Cat no.: 600-401-103S)
IV型コラーゲンに対する抗体:collagen type IV (Rabbit polyclonal)(Abcam、Cat no.: ab6586)
フィブロネクチンに対する抗体:Anti-fibronectin (mouse monoclonal)(BD Biosciences、Cat no.: 610077)
組織染色検査のために、培養した細胞をLab−TekTM Chamber SlidesTM(NUNC A/S, Roskilde, Denmark)に入れ、4%ホルムアルデヒドで10分間室温(RT)で固定し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)とともに30分間インキュベートした。具体的には、Lab−TekTMChamber SlidesTM(NUNC A/S, Roskilde, Denmark)上の培養細胞を室温で10分間4%ホルムアルデヒド中で固定し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)とともに30分間インキュベートした。細胞の産生する細胞外マトリックの発現を調べるために、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンに対する抗体をそれぞれ1:200希釈を用いて実施した。二次抗体には、Alexa Fluor(登録商標)488標識、または、Alexa Fluor(登録商標)594標識ヤギ抗マウスIgG(Life Technologies)の1:2000希釈を使用した。次いで、細胞の核をDAPI(Vector Laboratories, Inc., Burlingame, CA)またはPI(Sigma−Aldrich)で染色した。次いで、スライドを蛍光顕微鏡(TCS SP2 AOBS;Leica Microsystems, Welzlar, Germany)で観察した。
(結果)
結果を図5に示す。図5に示されるように、siRNAによるSnail1またはZEB1の発現抑制により、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現がタンパク質レベルにおいても抑制されることを確認した。
(実施例4:Snail1またはZEB1の発現抑制による、iFECDの細胞外マトリックスの過剰産生の抑制)
本実施例では、Snail1またはZEB1の発現抑制による、iFECDの細胞外マトリックスの過剰産生が抑制されることを確認した。
さらにiHCECおよびiFECDをTranswell上にDMEMにより無血清で培養し1週間後にコンフルエントの状態で固定してHE染色を行った。HE染色は上記実施例の手順に準じた。
(結果)
結果を図6に示す。図6に示されるように、siRNAによるSnail1またはZEB1の発現抑制により、iFECDの細胞外マトリックスの過剰産生は抑制され正常レベルとなった。したがって、ZEB1またはSnailの抑制によりフックス角膜内皮ジストロフィ細胞の過剰な細胞外マトリクス産生を抑制することができることが見出された。
(実施例5:TGFβシグナル阻害剤による角膜内皮における細胞外マトリックス異常の調節)
次に、TGFβシグナル阻害剤であるSB431542を用いてTGFβシグナルを阻害し角膜内皮における細胞外マトリックス異常の調節ができるかを実験した。SB431542は、TOCRIS社から得た(カタログ番号:1614)。
(リアルタイムPCRによる検討)
リアルタイムPCRにより遺伝子発現量を確認した。リアルタイムPCRは上記実施例に準じて行った。I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンについては、以下のプローブを用いた。
I型コラーゲン Hs00164004_ml COL1A1
IV型コラーゲン Hs00266327_ml COL4A1
VIII型コラーゲン Hs00697025_ml COL8A2
フィブロネクチン Hs01549976_ml FN1
GAPDH TaqMan(R)pre developed Assay Reagents Human GADPH (cat no.: 4333764F)
(結果)
結果を図7に示す。図7に示すように、リアルタイムPCR によりSnail1およびZEB1の有意な発現量の低下を認めた。さらに、SB431542によりiFCEDの細胞外マトリックスの構成タンパク質の遺伝子発現量をリアルタイムPCRにより解析したところ、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現が有意に抑制された。
(免疫染色によりI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現の検討)
次に、同様に免疫染色によりI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンの発現を検討した。免疫染色は、上記実施例に準じて行ったがI型コラーゲン、IV型コラーゲン、フィブロネクチンについての抗体は以下を用いた。
・I型コラーゲンに対する抗体:Anti collagen type I (Rabbit polyclonal)
(ROCKLLANDTM antibodies and assays、Cat no.: 600-401-103S)
IV型コラーゲンに対する抗体:collagen type IV (Rabbit polyclonal)(Abcam、Cat no.: ab6586)
フィブロネクチンに対する抗体:Anti-fibronectin (mouse monoclonal)(BD Biosciences、Cat no.: 610077)
(結果)
結果を図8に示す。図8に示されるように、SB431542を用いたTGFβシグナル阻害により、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、VIII型コラーゲン、フィブロネクチンの発現がタンパク質レベルにおいても抑制されることを確認した。
(実施例6:1週間後にコンフルエントの状態で固定した場合のTGFβシグナル阻害剤の効果)
本実施例では、1週間後にコンフルエントの状態で固定した場合のTGFβシグナル阻害剤の効果を確認した。
さらにiHCECおよびiFECDをTranswell Permeable Supports: 0.4μm, 6well plates(Costar、Cat no.: 3450)により無血清で培養し1週間後にコンフルエントの状態で固定してHE染色を行った。HE染色は上記実施例に準じて行った。
(結果)
結果を図9に示す。図9に示すように、SB431542を用いたTGFβシグナル阻害により、iFECDの細胞外マトリックスの過剰産生は抑制され正常レベルとなった。
以上よりフックス角膜内皮ジストロフィ患者はSnail1またはZEB1の亢進によりTGFβシグナル下で健常者と比べて過剰量の細胞外マトリックスを産生することが示された。さらに、Snail1またはZEB1などのEMT関連およびタンパク質産生に関わる遺伝子のsiRNAなどによる抑制により細胞外マトリックスの産生を抑制できることが示された。また、TGFβシグナルを阻害することでも細胞外マトリックスの産生を抑制できることが示された。TGFβシグナルの阻害または、Snail1またはZEB1などのEMT関連遺伝子またはシグナルの抑制はフックス角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮細胞の細胞外マトリックス過剰産生を抑制しguttaeの形成およびデスメ膜の肥厚を抑制できる可能性が示された。
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。