本明細書の開示は、視床下部前駆細胞の精製方法及びその利用に関する。本精製方法は、幹細胞を視床下部前駆細胞、ひいては視床下部ニューロンへの分化誘導プロセスにおいて得られる視床下部前駆細胞を含む細胞集団中の非前駆細胞の細胞表面に特異的に発現する4種のタンパク質、EpCAM、PECAM−1、PDGFRα及びDpp4を見出したことに基づいている。従来、かかる細胞集団に関し、非前駆細胞に特異的なタンパク質は同定されていなかった。また、こうした細胞集団から、この種のタンパク質を識別情報として用いて、視床下部前駆細胞を効率的に精製できることも全く知られていなかった。
本精製方法によれば、従来の精製方法における少なくとも1つの不都合を回避できる。すなわち、本精製方法によれば、非前駆細胞の細胞表面マーカーを利用して視床下部前駆細胞を精製できるため、視床下部前駆細胞の遺伝子改変を回避することができる。また、本精製方法によれば、Rax陰性の視床下部前駆細胞も含めて精製することができる。さらに、本精製方法によれば、未熟な神経外胚葉細胞の混入を回避できる。さらにまた、本精製方法によれば、視床下部前駆細胞の回収率を向上させることができ、精製後の細胞増殖能も良好に維持することもできる。
本精製方法の排除工程は、細胞表面マーカーに直接的又は間接的に結合する磁性粒子を介して磁力により非前駆細胞を捕捉して排除する工程としてもよい。こうすることで、非前駆細胞と併存する視床下部前駆細胞に対するダメージを抑制して、視床下部前駆細胞をより良好な状態で、しかもより効率的に精製できる。
本明細書に開示される視床下部前駆細胞の生産方法は、精製方法における排除工程を備えることができる。かかる方法によれば、効率的に視床下部前駆細胞を生産することができる。本明細書に開示される視床下部ニューロンの生産方法も、前記排除工程を備えることができる。この方法によれば、効率的に視床下部ニューロンや視床下部組織を生産することができる。
本明細書に開示される視床下部前駆細胞の精製キットによれば、前記各種の細胞表面マーカーに対する抗体を含むことで、視床下部前駆細胞を効率的かつ良好な状態で精製でき、視床下部前駆細胞の精製ほか、視床下部ニューロンや視床下部組織の生産を効率化できる。
本明細書に開示されるスクリーニング方法は、多能性幹細胞に由来する分化前駆細胞を含む細胞集団における、前記分化前駆細胞以外の細胞に特異的な細胞表面マーカーをスクリーニングする工程を備えることができる。このため、本スクリーニング方法によれば、多能性幹細胞から分化誘導によって目的の分化細胞の前駆細胞を精製して、その後、目的の分化細胞を得るのに有用な細胞表面マーカーをスクリーニングすることができる。以下、本明細書の開示の各種実施形態について詳細に説明する。
(視床下部前駆細胞の精製方法)
本精製方法は、幹細胞の視床下部前駆細胞を含有する細胞集団から、EpCAM発現細胞、PECAM−1発現細胞、PDGFRα発現細胞及びDpp4発現細胞を排除する工程を備えることができる。これらの4種の細胞表面マーカーは、胚性幹細胞由来の視床下部前駆細胞を含有する細胞集団において、非前駆細胞に特異的に発現しており、これらの細胞表面マーカーを発現する細胞を前記細胞集団から除くことにより、結果として、視床下部前駆細胞が精製される。なお、視床下部前駆細胞が精製できるのであれば、前記細胞集団からこれらの発現細胞の除去率については、特に限定しない。すなわち、これらの発現細胞の少なくとも一部が除去されればよい。好ましくは、前記細胞集団からEpCAM発現細胞、PECAM−1発現細胞、PDGFRα発現細胞及びDpp4発現細胞を50%以上除くことであり、より好ましくは、70%以上除くことであり、さらに好ましくは80%以上除くことであり、なお好ましくは90%以上除くことであり、最も好ましくは、これらの発現細胞が全て除かれる。
(視床下部前駆細胞)
本明細書において「視床下部前駆細胞」とは、視床下部を構成する細胞への分化能力を有するとともに視床下部を構成する細胞への分化が決定づけられており、かつ自己複製能力を有する細胞ということができる。視床下部を構成する細胞としては、例えば、視床下部ニューロン、グリア細胞(アストロサイトなど)が挙げられる。視床下部前駆細胞は、Rax遺伝子をマーカーとして確認することができるほか、視床下部前駆細胞であることを確認するには、後述する視床下部前駆細胞から視床下部ニューロンへの分化誘導を行って確認することができるほか、脳に移植してその分化能を確認する方法等が挙げられる。
本明細書において「視床下部ニューロン」とは、脳の視床下部組織を構成しうるニューロンであって、前脳ニューロンの一種である間脳ニューロンに含まれる。前脳ニューロンとは、前脳組織(即ち、大脳及び間脳から構成される組織)に存在するニューロンをいう。前脳ニューロンは、大脳(終脳)ニューロン、間脳ニューロン(例えば、視床細胞、視床下部細胞など)に分類できる。
なお、本明細書において「ニューロン」とは、他のニューロンあるいは刺激受容細胞からの刺激を受け別のニューロン、筋あるいは腺細胞に刺激を伝える機能を有する細胞をいう。ニューロンは、ニューロンが産生する神経伝達物質の違いにより分類でき、例えば、分泌する神経伝達物質などの違いで分類されている。これらの神経伝達物質で分類されるニューロンとしては、例えば、ドパミン分泌ニューロン、アセチルコリン分泌ニューロン、セロトニン分泌ニューロン、ノルアドレナリン分泌ニューロン、アドレナリン分泌ニューロン、グルタミン酸分泌ニューロンなどがあげられる。ドパミン分泌ニューロン、ノルアドレナリン分泌ニューロン、アドレナリン分泌ニューロンを総称してカテコールアミン分泌ニューロンと呼ぶ。
(幹細胞)
本明細書において幹細胞とは、細胞分裂を経ても同じ分化能を維持することができる細胞のことをいう。幹細胞の例としては、受精卵あるいはクローン胚由来で多能性を有する胚性幹細胞(ES細胞)、生体内の組織中に存在する体性幹細胞や多能性幹細胞、各組織の基になる肝幹細胞、皮膚幹細胞、生殖幹細胞、生殖幹細胞由来の多能性幹細胞、体細胞由来で核初期化によって得られる多能性幹細胞などが挙げられる。
なかでも「多能性幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、胎盤を除く生体を構成するすべての細胞(三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)由来の組織)に分化しうる能力(分化万能性(pluripotency))を有する幹細胞をいい、胚性幹細胞もこれに含まれる。「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞から得られる。また、体細胞に数種類の遺伝子を導入することにより、胚性幹細胞に似た分化万能性を人工的に持たせた細胞(人工多能性幹細胞ともいう)も含む。多能性幹細胞は、自体公知の方法で作成することが可能である。例えば、Cell 131(5)pp.861−872や、Cell 126(4)pp.663−676に記載の方法などが挙げられる。
幹細胞としては、例えば温血動物、好ましくは哺乳動物に由来する細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。
具体的に本発明の方法で用いられる幹細胞としては、例えば、着床以前の初期胚を培養することによって樹立した哺乳動物等の胚性幹細胞(以下、「胚性幹細胞I」と省略)、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した胚性幹細胞(以下、「胚性幹細胞II」と省略)、体細胞へ数種類の転写因子を導入することにより樹立した誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)、および胚性幹細胞I、胚性幹細胞II又はiPS細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学の手法を用いて改変した多能性幹細胞(以下、「改変多能性幹細胞」と省略)が挙げられる。
より具体的には、胚性幹細胞Iとしては、初期胚を構成する内部細胞塊より樹立された胚性幹細胞、始原生殖細胞から樹立されたEG細胞、着床以前の初期胚の多分化能を有する細胞集団(例えば、原始外胚葉)から単離した細胞、あるいはその細胞を培養することによって得られる細胞などが挙げられる。
胚性幹細胞Iは、着床以前の初期胚を、文献(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994))に記載された方法に従って培養することにより調製することができる。
胚性幹細胞IIは、例えば、Wilmutら(Nature 385,810(1997))、Cibelliら(Science,280,1256(1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素,44,892(1999))、Baguisiら(Nature Biotechnology,17,456(1999))、Wakayamaら(Nature,394,369(1998);Nature Genetics,22,127(1999);Proc.Natl.Acad.Sci.USA,96,14984(1999))、RideoutIIIら(Nature Genetics,24,109(2000))等によって報告された方法を用いることにより、例えば以下のように作製することができる。
哺乳類動物細胞の核を摘出後初期化(核を再び発生を繰り返すことができるような状態に戻す操作)し、除核した哺乳動物の未受精卵に注入する方法を用いて発生を開始させ、発生を開始した卵を培養することによって、他の体細胞の核を有し、かつ正常な発生を開始した卵が得られる。
体細胞の核を初期化する方法としては複数の方法が知られている。例えば、核を提供する側の細胞を培養している培地を、5〜30%、好ましくは10%の仔ウシ胎児血清を含む培地(例えば、M2培地)から3〜10日、好ましくは5日間、0〜1%、より好ましくは0.5%の仔ウシ胎児血清を含む貧栄養培地に変えて培養することで細胞周期を休止期状態(G0期もしくはG1期)に誘導することで初期化することができる。
また、同種の哺乳動物の除核した未受精卵に、核を提供する側の細胞の核を注入し、数時間、好ましくは約1〜6時間培養することで初期化することができる。
初期化された核は除核された未受精卵中で発生を開始することが可能となる。初期化された核を除核された未受精卵中で発生を開始させる方法としては複数の方法が知られている。細胞周期を休止期状態(G0期もしくはG1期)に誘導し初期化した核を、電気融合法などによって同種の哺乳動物の除核した未受精卵に移植することで卵子を活性化し発生を開始させることができる。
同種の哺乳動物の除核した未受精卵に核を注入することで初期化した核を、再度マイクロマニピュレーターを用いた方法などによって同種の哺乳動物の除核した未受精卵に移植し、卵子活性化物質(例えば、ストロンチウムなど)で刺激後、細胞分裂の阻害物質(例えば、サイトカラシンBなど)で処理し第二極体の放出を抑制することで発生を開始させることができる。この方法は、哺乳動物が、例えばマウスなどの場合に好適である。
いったん発生を開始した卵が得られれば、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の公知の方法を用い、胚性幹細胞を取得することができる。
iPS細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)に、例えば、Oct3/4、Sox2及びKlf4(必要に応じて更にc−Myc又はn−Myc)を導入することにより製造することが出来る(Cell,126:p.663−676,2006;Nature,448:p.313−317,2007;Nat Biotechnol,26:p.101−106,2008;Cell 131:861−872,2007)。
改変多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変多能性幹細胞の作製に際して改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法を用い、行うことができる。
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)のゲノム遺伝子を単離し、単離したゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製したターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子を改変した幹細胞を作製することができる。
なお、標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法は、当業者において周知であり、当業者であれば、公知の方法により目的の標的遺伝子を単離することができる。標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別ほか、選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法も、当業者に周知である。また、幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。マウス胚性幹細胞の例としては、EB5細胞などが挙げられる。
幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、幹細胞は、ウシ胎児血清(FCS)、KnockoutTM Serum Replacement(KSR)、LIFを添加した無フィーダー細胞による培養により維持できる。
本精製方法は、幹細胞由来の視床下部前駆細胞を含有する細胞集団(以下、単に、本細胞集団ともいう。)から、EpCAM発現細胞、PECAM−1発現細胞、PDGFRα発現細胞及びDpp4発現細胞を含む非視床下部前駆細胞を排除する工程を備えることができる。本細胞集団において、EpCAM、PECAM−1、PDGFRα及びDpp4の各タンパク質は、いずれも、非前駆細胞に特異的な細胞表面マーカーとして表面抗原として認識可能に発現されている。しかも、これら4つのタンパク質のいずれかまたは複数を細胞表面に発現する細胞を排除することで、非前駆細胞を高効率に排除でき、結果として高い純度で視床下部前駆細胞を得ることができる。
本精製方法は、例えば、既に開示した特許文献1(WO2009/148170号、以下、単に文献1という。)に開示されるSFEBq法及び当該方法において得られる視床下部前駆細胞を含む細胞集団に好適に適用される。説明の都合上、SFEBq法及び視床下部前駆細胞を含む細胞集団については後段で詳述し、本精製方法について先に説明する。
(非前駆細胞特異的細胞表面マーカー)
排除工程では、幹細胞由来の視床下部前駆細胞を含む細胞集団(以下、単に、本細胞集団という。)から、非前駆細胞に特異的に発現するタンパク質をそれぞれ発現する細胞を排除する。
ここで、EpCAM(上皮細胞接着分子、CD326、KSA又はTROP1ともいう。)は、40kDaの細胞接着因子であり、同種親和性でカルシウム非依存性の細胞間相互作用に関与する。EpCAMはI型膜タンパクで、主に上皮の基底膜に発現しているとされている。
また、PECAM−1(Platelet Endothelial Cell Adhesion Molecule−1、血小板内皮細胞接着因子−1、CD31ともいう。)は、一般に、胚及び成体血管内皮細胞で発現するとされている、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する130kDaの膜内在性糖タンパク質である。
また、PDGFRα(Platelet−derived growth factor receptor、血小板由来増殖因子受容体α、CD140aともいう。)とは、チロシンキナーゼ活性を有する膜受容体PDGFR ファミリーのメンバーであり、一般に、その異常発現は脊椎動物モデルでは発生異常に、ヒトでは多数の疾患に関与することが知られている。
Dpp4(Dipeptidyl Peptidase−4、EC3.4.14.5、CD26ともいう。)とは、一般に、腸管ホルモンであるインクレチンの不活化を行う酵素(セリンプロテアーゼ)であり、細胞膜上をはじめ可溶性タンパク質として血液中にも存在している。Dpp4はT細胞などの免疫系細胞表面にも発現して分化マーカーとされている。
なお、これらの各タンパク質は、哺乳類において広く共通して分布している。したがって、本精製方法を適用する哺乳類の種類に応じてそれぞれのアミノ酸配列が特定される。後述する各種識別体も、例えば、ヒトなど適用する動物における各タンパク質に応じて準備される。
(本細胞集団から非前駆細胞の排除)
これらのタンパク質を細胞表面に発現する細胞を識別して回収するには、例えば、これらのタンパク質と特異的に結合するタンパク質又はペプチド、DNA、RNAなどのポリヌクレオチド等を非前駆細胞の識別体として適宜用いることができる。なお、ここでいう結合とは、特に限定するものではないが、水素結合、双極子相互作用、静電的相互作用などの非共有結合性の結合であることが好ましい。
こうしたタンパク質又はペプチドとしては、抗体又はその一部を用いることができる。特定のタンパク質を抗原とする抗体等を取得することは当業者において周知であり、当業者であれば、公知の方法に基づいて適宜抗体を取得できる。なお、抗体は、動物を免疫して得られるもののほか、人工的に合成された抗体であってもよいし、抗原結合部位を有する可変領域を少なくとも含む一部分であってもよい。
抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。こうした抗体としては、例えば、抗EpCAM抗体、抗PECAM−1抗体、抗PDGFRα抗体及び抗Dpp4抗体が挙げられる。
また、タンパク質としては、上記タンパク質を受容体又はリガンドとする場合において、リガンド又は受容体を用いることができる。
また、DNA又はRNAなどのポリヌクレオチドは、特定タンパク質に対して、水素結合、双極子相互作用、静電的相互作用等の相互作用により特異的に結合する場合がある。当業者であれば、特定タンパク質を標的タンパク質として、多様な塩基配列を有するRNAやDNAを被験物質として供給して、結合性のあるDNAやRNAを適宜スクリーニングすることもできる。
こうした各種の識別体は、細胞分離に用いる手法に応じて種々の他の要素が予め結合されていてもよいし、他の要素と結合可能に構成されていてもよい。こうした他の要素としては、例えば、蛍光色素などの標識要素が挙げられる。こうした標識要素としては、当業者には周知であるが、例えば、FITC、ローダミンまたはテキサスレッドなどや、緑色蛍光タンパク質(GFP)が挙げられる。さらに、放射性同位体ラベルが挙げられる。さらにまた、他の要素としては、例えばヒスチジンタグ、GSTタグ、二次抗体のようなタンパク質もしくは短いペプチドなどの結合子が挙げられる。結合子としては、ビオチン−アビジンなどの特異的結合を生成するためのビオチン等が挙げられる。なお、ビオチン等は、各種の他の要素を識別体に複合化するための結合手段ともなる。さらに、他の要素としては、分離回収可能な磁性又は非磁性粒子が挙げられる。例えば、細胞表面マーカーに対する抗体を予めコートした非磁性粒子や磁性粒子が挙げられる。かかる粒子の大きさは、特に限定するものではないが、細胞分離・回収をろ過やデカンテーション等による場合には、例えば、数十μm程度の粒子とすることが好ましい。
磁性粒子としては、特に限定するものではないが、例えば、平均直径が10〜500nm程度の微小球の形態を採ることができる。磁性粒子は、例えば、そのコアとして磁性物質を含むことができる。磁性物質は、強磁性物質、常磁性物質、超常磁性物質等として既知である。磁性粒子は、例えば、磁性コアがデキストランなどの多糖類で被覆された形態を採ることができる。
非前駆細胞と識別体とを結合させて非前駆細胞を識別させるには、非前駆細胞と識別体とを接触させる必要がある。例えば、後述する、分化誘導方法において得られる、本細胞集団は細胞の凝集塊(凝集体)の形態又は当該凝集塊を含む培養液の形態を採る。この凝集体を少なくとも部分的には分散させた状態として識別体と接触させて適宜インキュベートすることにより、細胞表面のタンパク質と識別体との相互作用を生じさせる必要がある。なお、凝集体である本細胞集団と識別体とを接触後に、凝集体を分散させてもよいし、凝集体を分散後に識別体と接触させてもよい。
各種識別体を用いて、特定の細胞表面マーカーを有する非前駆細胞を分離回収する具体的態様としては、例えば、少なくとも部分的に分散された細胞集団を、識別体を固定化した固相体に適用する形態が挙げられる。固相体に固定化した識別体に細胞が捕捉され、固相体を系から除去することにより、非前駆細胞を排除し、分離回収できる。こうした固相体としては、アフィニティークロマトグラフィーなどに用いられるカラム、プレート、プラスチックビーズなどの非磁性粒子等の各種形態が挙げられる。
この態様に類した態様としては、ヒスタグ、GSTタグ、ビオチン、二次抗体などのペプチドなどからなる結合子を有する識別体で非前駆細胞が識別された細胞集団を、こうした結合子に親和性のある親和性物質が保持された固相体に適用する態様が挙げられる。かかる親和性物質としては、ニッケル/コバルトイオン、グルタチオン、アビジン、抗原又は抗体等が挙げられる。
固相体の分離回収は、固相体を本細胞集団を含む培養液などの液体から分離できる方法であればよく、ろ過、デカンテーション、遠心分離など公知の各種固液分離手段から適宜選択することができる。
また、他の分離回収態様としては、抗体などの識別体を介して、標識要素を細胞に付与して、その標識要素に基づいて細胞を分離回収する態様が挙げられる。こうした標識要素を用いて標識された細胞を分離回収するには、フローサイトメトリー(FCM又はFACS)を用いたソーティングが一般的に用いられるほか、公知の方法を適用することができる。
なお、標識要素は、タンパク質毎に異なる必要はなく、1種類の標識要素を用いることもできるし、適宜2種類以上の標識要素を組み合わせて用いてもよい。
また、さらに他の分離回収態様としては、抗体などの識別体を介して、磁気ビーズなどの磁性粒子を細胞に付与して、その磁性粒子を利用して磁力により細胞を分離回収する態様が挙げられる。いわゆる磁気細胞分離法(MACS)である。磁性粒子は、既に説明したように識別子に直接備えられていてもよいし、識別子に特異的に結合するような結合子(抗体やアビジンなど)や当該結合子を備えるタンパク質複合体を介して結合可能に、識別子とは別個に準備されていてもよい。例えば、抗体などの識別体に対して特異的に結合する二次抗体に対して磁性粒子を複合化しおいてもよい。こうした磁性粒子は、識別体とともに本細胞集団に供給されてもよいし、識別体と非前駆細胞とが相互作用した後に、これらに対して供給されてもよい。磁性粒子を付与した非前駆細胞は、公知の磁気細胞分離法に従い、磁力により分離回収される。
これらの各種形態のうち、特に限定するものではないが、磁性粒子を介して磁力を用いて排除し分離回収する形態を好ましく用いることができる。磁力を用いる場合、例えば、他の形態に比較して、非前駆細胞を完全に分散させなくても、磁性粒子を有する非前駆細胞を含む細胞凝集体(クランプともいう。例えば、細胞10個以下程度からなる集合体など)を一括して排除することができる。すなわち、本精製方法は、本来的に目的としている細胞以外の細胞を選択的に排除するというネガティブセレクションに基づくとともに、細胞が凝集体を形成する際には、同種の細胞、すなわち、非前駆細胞同士及び前駆細胞同士がそれぞれ凝集する傾向にあるため、非前駆細胞を効率的に排除できる一方、前駆細胞が排除されてしまうというロスを回避又は抑制できる。このため、結果として、前駆細胞を高い回収率で回収できる。また、前駆細胞のロスが抑制又は回避されていることから、回収率のバラツキを抑制して安定的に前駆細胞を回収できる。さらに、磁力による場合には、細胞障害が回避されているため、回収後の前駆細胞の生存率が向上される。
以上説明した本排除工程は、任意の順序で4種の細胞表面マーカーに関して行ってもよいし、4種の細胞表面マーカーについて一括して行ってもよいし、2以上の細胞表面マーカーを適宜組み合わせて同時に行ってもよい。また、4種の細胞表面マーカーは、いずれも抗体などの同種の識別体を用いてもよいし、それぞれ独立に任意の識別体を用いてもよいし、適宜組み合わせて用いることができる。
本排除工程により、本細胞集団から非前駆細胞を排除することにより、結果として、視床下部前駆細胞が濃縮又は精製される。本精製方法によれば、従来のRax遺伝子へのGFPノックインを介したFACSによる方法に比較して、遺伝子改変を伴わない視床下部前駆細胞を得ることができる。また、本精製方法によれば、Rax陰性の視床下部前駆細胞を含む全ての視床下部前駆細胞を回収できるようになる。さらに、本精製方法によれば、Raxを発現する非前駆細胞を排除することができる。結果として、従来よりも、高純度の視床下部前駆細胞を得ることができる。以上のことから、本精製方法で得られる前駆細胞は、その後の視床下部ニューロンへの分化・増殖、組織化、各種用途への適用に適したものとなっている。
また、磁力を用いて非前駆細胞を排除する形態においては、クランプ状態でも非前駆細胞を排除でき、しかも、前駆細胞のロスを抑制又は回避できるため、結果として高い回収率で前駆細胞を回収できる。さらに、磁力による方法であると、前駆細胞へのダメージが小さい結果、高い回収率で回収した前駆細胞の細胞死を抑制して、結果として、高い細胞生存率を確保できる。したがって、こうした形態によって得られる前駆細胞は、その後の分化誘導に一層適したものとなっている。
なお、本精製方法は、本排除工程を有する他の実施形態、例えば、視床下部前駆細胞の生産方法、視床下部ニューロンの生産方法、視床下部ニューロンの分化誘導方法又は培養方法の形態としても実施できることは明らかである。
(視床下部ニューロンの生産方法)
本明細書に開示される視床下部ニューロンの生産方法は、幹細胞由来の視床下部前駆細胞を含む細胞集団からEpCAM発現細胞、PECAM−1発現細胞、PDGFRα発現細胞及びDpp4発現細胞を含む非視床下部前駆細胞を排除して前記視床下部前駆細胞を分離する工程と、分離された前記視床下部前駆細胞を視床下部ニューロンに分化誘導する培養工程と、を備えることができる。本生産方法によれば、分化誘導に適した視床下部前駆細胞を用いて視床下部ニューロンへの分化誘導工程を実施できるため、視床下部ニューロンを効率的に得ることができる。
本生産方法における排除工程は、既に説明した本精製方法における排除工程であり、既に説明した各種実施態様をそのまま適用できる。また、本生産方法における、培養工程は、文献1に開示されるSFEBq法の一部であるため、後段で詳述する。
(視床下部前駆細胞の精製キット)
本明細書に開示される視床下部前駆細胞の精製キットは、抗EpCAM抗体、抗PECAM−1抗体、抗PDGFRα抗体及び抗Dpp4抗体などに代表される各細胞表面マーカーの識別体を、含むことができる。本キットによれば、視床下部ニューロンの分化誘導に適した視床下部前駆細胞を効率的に得ることができる。
本キットにおける各種識別体は、本精製方法において既に説明した各種の識別体の態様を採ることができる。したがって、各種識別体は、標識要素、磁性粒子、非磁性粒子などの各種の他の要素を予め備えるものであってもよいし、他の要素を結合可能に結合子を備えていてもよい。また、本キットは、識別体に結合可能な他の要素を別途含むこともできる。
本キットは、特に限定するものではないが、磁気細胞分離による精製キットとすることができる。この場合には、少なくとも他の要素として、磁性粒子を含むことができ、さらには、各種識別体は、磁性粒子を識別体に結合させるための結合子を備えることができる。
(幹細胞から分化前駆細胞を分離するための細胞表面マーカーのスクリーニング方法)
本明細書に開示される幹細胞から分化前駆細胞を分離するための細胞表面マーカーのスクリーニング方法は、幹細胞に由来する分化前駆細胞を含む細胞集団に対して、分化前駆細胞を標識するとともに、非分化前駆細胞の1又は2以上の細胞表面マーカー候補に対する1又は2以上の被験抗体を用いて標識し、それぞれの標識量に基づいて、前記1又は2以上の細胞表面マーカー候補の前記非前駆細胞に対する特異性を評価する工程、を備えることができる。本スクリーニング方法によれば、分化前駆細胞と非分化前駆細胞を含む細胞集団から、非分化前駆細胞を排除して分化前駆細胞を精製するための好適な非分化前駆細胞の細胞表面マーカーを提供し、かかるマーカーをもちいた精製方法を提供できる。
評価工程では、例えば、それぞれの標識量は、FACS等を利用して取得することができる。例えば、分化前駆細胞について検出された標識量を横軸とし、非分化前駆細胞の1つの細胞表面マーカー候補について検出された標識量を縦軸として分散図を作成することで、分化前駆細胞で発現せず、非分化前駆細胞で特異的に発現している細胞表面マーカーを特定できる。
また、非分化前駆細胞についての2つの細胞表面マーカー候補についてそれぞれ検出された標識量を、縦軸及び横軸として分散図を作成することで、両方のマーカー候補が非分化前駆細胞で特異的に発現しているかどうかを特定できる。すなわち、表面マーカー候補の共発現パターンを確認することで、対象とする細胞集団での当該候補の発現プロファイルを取得できる。好ましくは、さらに、種々の組合せの2つの細胞表面マーカー候補について、分散図を作成する。この結果、その集団内に含まれる細胞系譜を推定して、どのマーカーを組み合わせれば効果的に非分化前駆細胞を排除できるかを評価することができる。
さらに、こうしたマーカー候補を用いた前記細胞集団に対する組織化学的観察により、これらのマーカー候補を特異的に発現する細胞が非分化前駆細胞であることについて確認することもできる。
以上のようにして、分化前駆細胞と非分化前駆細胞を含む細胞集団から、非分化前駆細胞に特異的である細胞表面マーカーを特定することができる。こうして特定された細胞表面マーカーに対する抗体などの識別体を適宜取得することで、意図する分化前駆細胞、ひいては分化細胞を効率的に取得することができる。
(幹細胞から視床下部ニューロンを分化誘導する方法)
以下、本精製方法等、本明細書に開示される各種実施形態を適用するのに好ましい視床下部ニューロンの分化誘導方法について説明する。なお、本精製方法は、以下に説明する分化誘導方法に限らず、分化前駆細胞と非分化前駆細胞を含む細胞集団からの分化前駆細胞の精製方法等について適用できるのは明らかである。
本精製方法における視床下部前駆細胞を含む細胞集団は、幹細胞を視床下部ニューロンへの分化誘導するプロセスにおける一定期において構成される集団であってもよい。以下、この視床下部ニューロン分化誘導プロセスについて説明する。この分化誘導プロセスは、既に開示する特許文献1(WO2009/148170号、以下、単に文献1という。)においても開示される方法であり、SFEBq法と称される、無血清培地で幹細胞の凝集体を用いる方法である。
この分化誘導方法は、(1)無血清培地中で均一な幹細胞の凝集体を形成させる工程と、(2)無血清培地中でこの凝集体を浮遊培養する工程を備えることができる。
(1)無血清培地中で均一な幹細胞の凝集体を形成させる工程
本工程における「均一な幹細胞の凝集体を形成させる」とは、幹細胞を集合させて幹細胞の凝集体を形成させて培養させる(凝集体培養)際に、「一定の数の分散した幹細胞を迅速に凝集」させることで質的に均一な幹細胞の凝集体を形成することをいう。さらに、特に「細胞を迅速に凝集」させることによって、幹細胞から派生する細胞の上皮化を促進させることをいう。すなわち本明細書中、「細胞を迅速に凝集」させるとは、幹細胞を均一に凝集させることによって産生される細胞の上皮様構造を再現性よく形成させることをいう。
例えば、均一な幹細胞の凝集体の形成は、「細胞を迅速に凝集」させることで均一な幹細胞の凝集体が形成され、幹細胞から産生される細胞の上皮様構造を再現性よく形成することができる限りどのような方法を採用してもよく、このような方法としては、例えば、ウェルの小さなプレート(96穴プレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法などが挙げられる。
凝集体の形成時に用いられる培養器は、「細胞を迅速に凝集」させることで均一な幹細胞の凝集体形成が可能なものであれば特に限定されず、文献1等に基づいて、当業者であれば公知の各種容器から適宜決定することが可能である。
凝集体の形成時に用いられる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
凝集体の形成時に用いられる無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明においては、上述したようなものである限り特に限定されない。しかしながら、調製の煩雑さを回避するという観点からは、かかる無血清培地として、市販のKSRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地(GMEM又はdMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を使用できる。
また、無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Chemically defined lipid concentrate(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
また凝集体形成時の培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
凝集体形成までの時間は、細胞を迅速に凝集させることができる限り、用いる幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な凝集体を形成するために出来る限り早く行われることが望ましい。従来、このような凝集体形成は2日間ほどの時間をかけて行なわれるが(例えば、Watanabe,K.ら、Nature Neurosci.8,288-296、Schuldiner M,Benvenisty N.Factors controlling human embryonic stem cell differentiation.Methods Enzymol.2003;365:446-461を参照のこと)、本発明ではこの時間を短くすることにより、目的のニューロン等の効率よい分化誘導をもたらすことが可能となった。例えばマウス胚性幹細胞の場合、好ましくは12時間以内、より好ましくは6時間以内に凝集体を形成させることが望ましい。一方ヒト胚性幹細胞の場合は、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内に凝集体を形成させることが望ましい。この時間を超えると、均一な幹細胞の凝集体が形成できず、後の分化効率が著しく低下する原因となり得る。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
幹細胞の凝集体が「均一に」形成されたことや、凝集体を形成する各細胞において上皮様構造が形成されたことは、凝集塊のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき、当業者であれば判断することが可能である。
均一な幹細胞の凝集体の形成として具体的には、例えば胚性幹細胞の維持培養後、分散処理した胚性幹細胞を適切な培地(例えば、Glasgow MEM培地に10%のKSR、0.1mM非必須アミノ酸溶液、2mMグルタミン、1mMピルビン酸および0.1mM2−メルカプトエタノールを添加した培地。必要に応じて後述する因子などを適量含んでいてもよい。)に懸濁し、細胞非接着性のU底96穴培養プレートに、1ウェルあたり3×103細胞になるように150μLの上記培地に浮遊させ、凝集体を速やかに形成させる方法が挙げられる。
(2)無血清培地中で均一な幹細胞の凝集体を浮遊培養する工程
本工程は、先の(1)の工程で形成した均一な幹細胞の凝集体を浮遊培養することで、幹細胞を分化誘導する工程である。均一な幹細胞の凝集体を「浮遊培養する」または「浮遊凝集体(凝集塊ともいう)として培養する」とは、上記(1)で得られた集合し均一な凝集体を形成した幹細胞群を、培養培地中において、細胞培養器に対して非接着性の条件下で培養することをいう(本明細書中、これらの(1)及び(2)の工程をあわせて、「SFEBq法」と記載する場合がある)。幹細胞を浮遊培養する場合、浮遊凝集体の形成をより容易にするため、並びに/あるいは、効率的な分化誘導(例えば、神経系細胞等の外胚葉系細胞への分化誘導)のために、フィーダー細胞の非存在下で培養を行うのが好ましい。
上記(1)で得られた凝集体の浮遊培養で用いられる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。また特に断りの無い限り、(1)記載の工程で用いた培地をそのまま浮遊培養に用いても構わない。
上記凝集体を浮遊培養する場合、培地としては無血清培地が用いられる。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。
浮遊培養で用いられる無血清培地は、例えば、血清代替物を含有するものであり得る。血清代替物は、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically defined lipid concentrate(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
また、本発明の方法で用いられる無血清培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有できる。例えば、2−メルカプトエタノールは、胚性幹細胞の培養に適する濃度で使用される限り特に限定されないが、例えば約0.05〜1.0mM、好ましくは約0.1〜0.5mM、より好ましくは約0.2mMの濃度で使用できる。
浮遊培養に用いられる無血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。しかしながら、調製の煩雑さを回避するという観点からは、かかる無血清培地として、市販のKSRを適量(例えば、1−20%)添加した無血清培地(GMEM又はdMEM、0.1mM 2−メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸Mix、1mM ピルビン酸ナトリウム)を使用できる。
浮遊培養で用いられる培養器は、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されない。凝集体を浮遊培養する場合、培養器は細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないものを使用できる。
凝集体の浮遊培養における培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。また浮遊培養時間は特に限定されないが、通常48時間以上である。
浮遊培養後、凝集体をそのまま、あるいは分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、細胞を接着条件下でさらに培養することもできる(以下、必要に応じて「接着培養」と記載する)。なお接着培養する場合、細胞接着性の培養器、例えば、細胞外マトリクス等(例えば、ポリ−D−リジン、ラミニン、フィブロネクチン)によりコーティング処理された培養器を使用することが好ましい。また、接着培養における培養温度、CO2濃度等の培養条件は、当業者であれば容易に決定できる。
上述した浮遊培養法、及び浮遊培養と接着培養との組合せ法によれば、培養期間等を適宜設定するほか、以下の選択的分化誘導工程を実施することで、胚性幹細胞から視床下部前駆細胞や視床下部ニューロンを得ることができる。
(3)視床下部ニューロンへの選択的分化誘導工程
本分化誘導工程により、間脳、特に視床下部前駆細胞、またはそこからさらに分化成熟した視床下部ニューロンを幹細胞から分化誘導することができる。この場合、上記SFEBq法に適用する無血清培地が、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸等の増殖因子並びにインシュリン類を実質的に含有しないことが望ましい。これらの増殖因子並びにインシュリン類を実質的に含有しないことを条件に、任意の動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。
浮遊培養で用いる無血清培地は、視床下部前駆細胞への選択的分化を促進するため亜セレン酸またはその塩を含むことが好ましい。亜セレン酸の塩としては、亜セレン酸ナトリウムが好ましい。亜セレン酸またはその塩の濃度は、通常約1〜100μg/ml、好ましくは約10〜50μg/mlである。
亜セレン酸またはその塩は、多能性幹細胞の培養開始時に培地に添加しておいてもよいが、例えば浮遊培養開始2日後以降に培地に添加できる。
浮遊培養で用いる無血清培地は、視床下部前駆細胞への選択的分化を促進するためShhシグナル促進剤を含んでいてもよい。Shhシグナル促進剤は、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル促進剤としては、例えば、Hedgehogファミリーに属するタンパク質(例えば、Shh、Shh−N)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト(例、Purmorphamine(2−(1−Naphthoxy)−6−(4−morpholinoanilino)−9−cyclohexylpurine)、Smoothened agonist (SAG))が挙げられるが、なかでも、Shh、Shh−N、Purmorphamineが好ましい。
なお、浮遊培養で用いる無血清培地にShhシグナル促進剤を含んでいない場合であっても、視床下部前駆細胞への選択的分化について達成できないわけではない。
浮遊培養に用いられるShhシグナル促進剤の濃度は、視床下部前駆細胞への選択的分化を達成可能であるような濃度であり得る。このような濃度は、例えばShh−Nの場合、約0.5〜500nM、好ましくは約3〜300nMであり、Purmorphamineの場合、約0.02〜20nM、好ましくは約0.1〜5nMであり、SAGの場合、約0.1〜100nM、好ましくは約1〜50nMであり得る。
Shhシグナル促進剤は、多能性幹細胞の培養開始時に培地に添加しておいてもよいが、例えば浮遊培養開始2日後以降、好ましくは浮遊培養開始4日後以降に培地に添加できる。
浮遊培養に用いる培地(本明細書中で「分化培地」と呼ぶ)は、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸等の増殖因子並びにインシュリン類を実質的に含有しない無血清培地である。
「増殖因子及びインシュリン類を実質的に含有しない無血清培地」とは、増殖因子及びインシュリン類を全く含有しない無血清培地、あるいは視床下部前駆細胞への選択的分化に不利な影響を与えない程度の量の増殖因子及び/又はインシュリン類を含有する無血清培地をいう。このような無血清培地は、例えば、培地成分としての増殖因子及びインシュリン類の未添加、またはNodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸及びインシュリン類を含有する培地からのこれらの因子の除去処理により調製できる。
或いは、増殖因子及びインシュリン類を実質的に含有しない無血清培地は、増殖因子及びインシュリン類が実質的に不活化された無血清培地であり得る。この培地は、増殖因子及びインシュリン類含有無血清培地に対する増殖因子シグナル阻害剤及び/又はインシュリンシグナル阻害剤の添加により、視床下部前駆細胞の選択的分化に不利な影響を与えない程度にまで増殖因子及びインシュリン類の活性が喪失した無血清培地をいう。
本明細書中で「増殖因子を実質的に含有しない培地」という場合の「増殖因子」とは、無血清培地での細胞培養において、血清代替物として一般に添加される因子であって、ES細胞からの視床下部前駆細胞の選択的分化を阻害/抑制する作用を有する任意の因子を意味する。具体的には、この「増殖因子」としては、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸等を挙げることができる。好ましくは、「増殖因子を実質的に含有しない培地」は、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤及びレチノイン酸からなる群より選択される少なくとも1つの増殖因子を実質的に含有しない培地であり、最も好ましくは、これら全ての因子を実質的に含有しない培地である。また、lipid−richアルブミンも「増殖因子」に含まれ、本発明において使用される培地は好ましくはlipid−richアルブミンを含有しない培地である。
Nodalシグナル促進剤としては、例えば、Nodal、TGFβファミリーに属するタンパク質(例えば、アクチビン)、Smadタンパク質、活性型Nodal受容体が挙げられる。好ましくは、無血清培地への混入が所望されないNodalシグナル促進剤は、Nodalである。
Wntシグナル促進剤としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1〜16)、GSK3阻害剤、Wnt受容体、Li+イオンが挙げられる。好ましくは、無血清培地への混入が所望されないWntシグナル促進剤は、Wnt3aである。
FGFシグナル促進剤としては、例えば、FGFファミリーに属するタンパク質(例えば、FGF1〜23)が挙げられる。好ましくは、無血清培地への混入が所望されないFGFシグナル促進剤は、FGF8bである。
BMPシグナル促進剤としては、例えば、BMPファミリーに属するタンパク質(例えば、BMP2、BMP4、BMP7、GDF)、BMP受容体、Smadタンパク質が挙げられる。好ましくは、無血清培地への混入が所望されないBMPシグナル促進剤は、BMP7である。
本明細書中で使用する場合、「インシュリン類」とは、インシュリンシグナルを促進する化合物を意味する。インシュリンシグナル促進剤とは、インシュリン類によるシグナルの伝達に対して促進的に作用するものである限り特に限定されず、インシュリンシグナル伝達経路のどの段階で作用するものであってもよい(インシュリンの上流または下流に対して作用する因子、インシュリンのアゴニスト、類似物質など)。
インシュリン類には、インシュリン及びインシュリンの類似物質(アナログ)が含まれる。インシュリンの類似物質とは、インシュリン様の作用(本明細書中では、多能性幹細胞からの、間脳、特に視床下部、具体的には吻側視床下部のニューロン(ニューロン)、またはそれらの前駆細胞の選択的分化を阻害/抑制する作用をいう)を有する任意の物質をいい、例えば、IGF−I等が挙げられる。
上記無血清培地を得るための増殖因子及びインシュリン類含有培地からの増殖因子及びインシュリン類の除去処理には、例えば、上記増殖因子(例えば、Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸、lipid−richアルブミンなど)及びインシュリン類に対する抗体を用いることができる。また、増殖因子及びインシュリン類の不活化は、増殖因子シグナル阻害剤及びインシュリンシグナル阻害剤の添加によって実施され得る。このような阻害剤は、増殖因子又はインシュリンによるシグナル伝達経路の上流又は下流を阻害する任意の物質であり得る。例えば、増殖因子/インシュリンに対する抗体、増殖因子/インシュリンの可溶型受容体、増殖因子/インシュリン受容体に対する抗体、増殖因子/インシュリンのアンタゴニストなどが挙げられる。これらの物質は、所望の効果(視床下部前駆細胞への選択的分化)を得るのに適した量で培地に添加される。
Nodalシグナル阻害剤は、Nodalにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Nodalシグナル阻害剤としては、例えば、SB431542(Sigma)、Lefty−A、Lefty−B、Lefty−1、Lefty−2、可溶型Nodal受容体、Nodal抗体、Nodal受容体阻害剤が挙げられるが、なかでも、SB431542(4−(5−benzo[1,3]dioxol−5−yl−4−pyridin−2−yl−1H−imidazol−2−yl)−benzamide)が好ましい。
Wntシグナル阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Wntシグナル阻害剤としては、例えば、Dkk1、Cerberusタンパク質、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWntタンパク質が挙げられるが、なかでも、Dkk1が好ましい。
FGFシグナル阻害剤は、FGFにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。FGFシグナル阻害剤としては、例えば、抗FGF抗体、可溶型FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、Su5402)が挙げられる。
BMPシグナル阻害剤は、BMPにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。BMPシグナル阻害剤としては、例えば、BMPRFc(R&D)、抗BMP抗体、可溶型BMP受容体、BMP受容体阻害剤が挙げられるが、なかでもBMPRFcが好ましい。
レチノイン酸(RA)阻害剤は、RAにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。RA阻害剤としては、例えば、抗RA抗体、可溶型RA受容体、RA受容体阻害剤が挙げられる。
浮遊培養に用いられる上記各シグナル阻害剤の濃度は、視床下部前駆細胞への選択的分化を達成可能であるような濃度であり得る。例えば、SB431542について、このような濃度は、約0.1〜100nM、好ましくは約5〜30nMである。Dkk1については、約10〜1000ng/ml、好ましくは約100〜1000ng/mlである。また、BMPRFcについては、約0.1〜10μg/ml、好ましくは約0.5〜3μg/mlである。
上記各シグナル阻害剤は、幹細胞の培養開始時に培地に添加しておくことが最も好ましいが、場合により、培養数日後に培地に添加することも考えられる。
インシュリンの細胞内シグナル伝達には、大きく分けて2つの経路(MAPK経路とPI3K−Akt経路)が関与しているが、本発明の浮遊培養で使用されるインシュリンシグナル阻害剤としては、インシュリンシグナル伝達経路の下流因子であるPI3Kの阻害剤、そしてさらに下流の因子であるAktの阻害剤が挙げられる(MAPK阻害剤PD98059は、視床下部前駆細胞への分化に対するインシュリンの阻害作用を拮抗しなかった)。本発明において使用され得るPI3K阻害剤としては、LY294002(2−(4−morpholinyl)−8−phenyl−1(4H)−benzopyran−4−one hydrochloride)(Cayman Chemical)、Wortmannin(FERMENTEK)などが挙げられるが、好ましくはLY294002である。本発明において使用され得るAkt阻害剤としては、Akt inhibitor I〜X(Calbiochem)などが挙げられるが、好ましくはAkt inhibitor VIII(1,3−Dihydro−1−(1−((4−(6−phenyl−1H−imidazo[4,5−g]quinoxalin−7−yl)phenyl)methyl)−4−piperidinyl)−2H−benzimidazol−2−one)である。
インシュリンシグナルが阻害され、視床下部前駆細胞の選択的分化が達成される限り、浮遊培養においては、上記PI3K阻害剤又はAkt阻害剤から選択される阻害剤を単独で用いてもよく、あるいはPI3K阻害剤とAkt阻害剤とを併用してもよい。各阻害剤から2種以上を選択して併用することもできる。
浮遊培養に用いられるPI3K阻害剤/Akt阻害剤の濃度は、視床下部前駆細胞への選択的分化を達成可能であるような濃度であり得る。例えば、LY294002について、このような濃度は、約0.5〜30μM、好ましくは約2〜10μMである。Akt inhibitor VIIIについては、約0.1〜10μM、好ましくは約0.5〜5μMである。
PI3K阻害剤/Akt阻害剤は、多能性幹細胞の培養開始時に培地に添加しておくことが最も好ましいが、げっ歯類(例えばマウス)多能性細胞の分化の場合は少なくとも培養6日目まで(好ましくは少なくとも培養2日目までに添加する)の時期に、霊長類(例えばヒト)多能性細胞の分化の場合は少なくとも培養24日目まで(好ましくは少なくとも培養9日目までに添加する)の時期には、分化培地に添加すべきである。
好ましい態様において、本発明で使用される分化培地は、上述の増殖因子もインシュリン類も含有しない、化学的に規定された(Chemically defined)培地(growth factor−free CDM;gfCDMと呼ぶ)である(以下の実施例1を参照のこと)。このgfCDM培地は、以前に報告されたCDM培地(Mol.Cell.Biol.15:141-151(1995))を改変したものである。内因性の増殖因子/インシュリンの作用を抑制するため、このようなgfCDM培地あるいは他の培地に増殖因子阻害剤/インシュリン阻害剤をさらに添加してもよい。
別の好ましい態様において、本発明で使用される分化培地は、PI3K阻害剤及びAkt阻害剤からなる群より選択される少なくとも1つの阻害剤並びにインシュリン類を含有し、且つインシュリン以外の上述の増殖因子(Nodalシグナル促進剤、Wntシグナル促進剤、FGFシグナル促進剤、BMPシグナル促進剤、レチノイン酸等)を実質的に含有しない無血清培地である。例えば、霊長類の多能性幹細胞の分化誘導においては、インシュリンを含有しない培地により浮遊培養を行うと、細胞が死滅して増殖しにくい場合がある。このような細胞死を回避するために、細胞増殖を亢進させるためのインシュリン添加を実施し、同時にインシュリンの分化誘導阻害効果に拮抗するインシュリンシグナル阻害剤(例、PI3K阻害剤/Akt阻害剤)を添加することが好ましい。この場合、分化培地に含まれるインシュリン類の濃度は、多能性幹細胞の増殖を促進し得る濃度である。例えば、インシュリンについてこのような濃度は、通常約0.02〜40μg/ml、好ましくは約0.1〜10μg/mlである。PI3K阻害剤及びAkt阻害剤の濃度範囲は上述の通りである。
また、分散浮遊培養時の細胞死を抑制するために、インシュリン添加に加えて、ROCK阻害剤(Y−27632((+)−(R)−trans−4−(1−aminoethyl)−N−(4−pyridyl)cyclohexanecarboxamide dihydrochloride);渡辺ら、Nature Biotechnology (2007))を培養開始時から添加することが好ましい。浮遊培養に用いられるROCK阻害剤の濃度は、分散浮遊培養時の細胞死を抑制し得る濃度である。例えば、Y−27632について、このような濃度は、通常約0.1〜200μM、好ましくは約2〜50μMである。
本発明の方法においては、浮遊培養に用いる培地中のShhシグナル促進剤の有無により、得られ得る視床下部ニューロン前駆細胞の分化能が異なる。
Shhシグナル促進剤を含有する培地中で多能性幹細胞の浮遊培養を行うと、腹内側核ニューロン、A12型ドーパミンニューロン、弓状核ニューロン、オレキシン陽性ニューロンなどへの分化能を有する、腹側視床下部ニューロンの前駆細胞が選択的に誘導される。Shhシグナル促進剤としては、Shh、Shh−N、Purmorphamine、SAGが好ましい。
浮遊培養に用いられるShhシグナル促進剤の濃度は、腹側視床下部ニューロン前駆細胞への選択的分化を達成可能であるような濃度であり得る。このような濃度は、例えばShh−Nの場合、約1〜1000nM、好ましくは約10〜100nMであり、Purmorphamineの場合、約0.05〜50nM、好ましくは約0.1〜10nMであり、SAGの場合、約0.1〜100nM、好ましくは約1〜50nMであり得る。
Shhシグナル促進剤は、多能性幹細胞の培養開始時に培地に添加しておいてもよいが、例えば浮遊培養開始2日後以降、好ましくは浮遊培養開始4日後以降に培地に添加できる。必要に応じて、Shhシグナル促進剤の有無を浮遊培養の途中で切り替えてもよい。
一方、Shhシグナル促進剤を実質的に含有しない培地中で多能性幹細胞の浮遊培養を行うと、バゾプレシン産生内分泌細胞などへの分化能を有する、背側視床下部ニューロンの前駆細胞が選択的に誘導される。
Shhシグナル促進剤を実質的に含有しない培地中での浮遊培養は、Shhシグナル阻害剤の存在下に行なってもよい。Shhシグナル阻害剤の使用により、腹側視床下部ニューロン分化の抑制、背側視床下部ニューロン分化の促進等の効果が期待できる。
Shhシグナル阻害剤は、Shhにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル阻害剤としては、例えば、Shhシグナル促進剤に対する抗体、Shhシグナル促進剤のドミナントネガティブ変異体、可溶型Shh受容体、Shh受容体アンタゴニストが挙げられる。Shhシグナル阻害剤としては、例えば、Cyclopamine(11−Deoxojervine)等が挙げられる。必要に応じて、Shhシグナル阻害剤の有無を浮遊培養の途中で切り替えてもよい。
多能性幹細胞の浮遊培養に用いる培養器は、細胞の浮遊培養が可能なものであれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。
幹細胞を浮遊培養する場合、培養器は細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないものを使用できる。
培養開始時の幹細胞の濃度は、幹細胞の浮遊凝集体をより効率的に形成させるように適宜設定できる。培養開始時の多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞の浮遊凝集体を形成可能な濃度である限り特に限定されないが、例えば、約1×104〜約5×105細胞/ml、好ましくは約3×104〜約1×105細胞/mlであり得る。
幹細胞の浮遊培養における培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
具体的には、幹細胞の浮遊培養としては、例えば、多能性幹細胞の維持培養後、分散処理した多能性幹細胞を適切な培地に懸濁し、細胞非接着性の培養器に、1×104〜5×106細胞/mlの細胞濃度で播種し、例えば、少なくとも5日間(好ましくは7日間以上)37℃で5%の二酸化炭素を通気したCO2インキュベーターにて培養する方法が挙げられる。
例えば、多能性幹細胞の浮遊培養は、非接着性の96穴培養プレートに、1ウェル当たり約2500〜約5000細胞(例えば、約3000細胞)となるよう、150μlの分化培地に浮遊させることにより実施する。
浮遊培養の培養物から、視床下部前駆細胞を本精製方法により精製することにより、高純度の視床下部前駆細胞を得ることができる。「培養物」とは、細胞を培養することにより得られる結果物をいい、細胞、培地、場合によっては細胞分泌性成分等が含まれる。ここで得られる「培養物」は、視床下部前駆細胞と非前駆細胞との双方を含む本細胞集団に相当する。すなわち、本精製方法、より具体的にはその排除工程は、視床下部前駆細胞及び視床下部ニューロンの分化誘導方法において、上記(1)、(2)及び(3)の工程を組み合わせて実施して視床下部前駆細胞を分化誘導する工程の終了後に実施することが好ましい。
本精製方法の排除工程に先行するかかる工程は、幹細胞の凝集塊をShhなどの分化誘導剤の存在下又は非存在下等の無血清培地を用いて浮遊培養して視床下部前駆細胞へ分化誘導する培養工程ということができる。この工程終了後に、本精製方法の排除工程を実施して、精製した視床下部前駆細胞を再凝集して、さらに神経分化用培地を用いた視床下部ニューロンへ分化誘導する浮遊培養工程及び/又は同様の接着培養工程を実施することで、求める視床下部ニューロンを得ることができる。
視床下部前駆細胞への分化誘導する培養工程は、特に限定するものではないが、この培養工程で得られる細胞塊が、視床下部前駆細胞を含み、非前駆細胞を一部に含む状態であるまで行うことが好ましい。例えば、前記(1)の工程開始から、day5以上8以内で終了することができる。また、例えば、前記(1)の工程開始から、day6以上8以内で終了することもできる。最も典型的には前記(1)の工程開始からday7程度とすることができる。こうした視床下部前駆細胞への分化誘導のための培養工程後に、本精製方法を実施することで、効率的にかつその後の分化に好適な視床下部前駆細胞を精製することができる。
浮遊培養後、視床下部前駆細胞を含む凝集塊をそのまま、あるいは分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、次いで細胞を接着条件下でさらに培養できる(以下、必要に応じて「接着培養」と省略)。なお、接着培養では、細胞接着性の培養器、例えば、細胞外マトリクス等(例えば、ポリDリジン、ラミニン、フィブロネクチン)によりコーティング処理された培養器を使用することが好ましい。また、接着培養における培養温度、CO2濃度等の培養条件は、当業者であれば容易に決定できる。
接着培養において使用する培地は、視床下部前駆細胞を意図した細胞へと分化させることが可能である限り、他のいずれの物質を含んでもよい。この培地は、浮遊培養においては排除されていた「増殖因子」又は「インシュリン」などを必要に応じて含有していてもよく、血清代替物、並びに脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有していてよい。血清代替物は、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。市販の血清代替物としては、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically−defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
また、接着培養において使用する培地は、必要に応じて更に種々の添加物(N2添加物、B27添加物等)を含有することができる。
接着培養では、既知の分化誘導物質を使用することができる。視床下部前駆細胞からさらに特定の視床下部ニューロン(背側視床下部ニューロン、腹側視床下部ニューロン等)を分化誘導する場合に使用され得る分化誘導物質としては、毛様体神経栄養因子(CNTF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)等が挙げられる。分化誘導物質は、目的とする成熟細胞の種類に依存して適宜選択することが可能である。また、添加時の濃度も、用いる物質及び目的細胞の種類などに応じて適宜設定できる。例えば、CNTFを使用して背側視床下部ニューロン又は腹側視床下部ニューロンを誘導する場合の適切な濃度は、通常1〜200ng/ml、好ましくは、2〜50ng/mlである。BDNFを使用して、腹側視床下部ニューロン(内腹側核ニューロン、A12型ドーパミンニューロン、弓状核ニューロン、オレキシン陽性ニューロン等)を誘導する場合の適切な濃度は、通常1〜1000ng/ml、好ましくは、10〜200ng/mlである。
分化誘導物質は、接着培養開始時に既に培地に添加されてもよく、接着培養直後から数日後に培地に添加してもよい。
上述した浮遊培養法、及び浮遊培養と接着培養との組合せ法によれば、培養期間等を適宜設定することで、多能性幹細胞から視床下部前駆細胞を得ることができ、そこからさらに分化成熟した視床下部ニューロンを得ることもできる。
上記浮遊培養法、及び浮遊培養と接着培養との組合せ法により得られた細胞は、マーカー遺伝子の発現の有無、又は神経内分泌細胞の場合には分泌タンパク質(ホルモン)の培地への放出若しくは細胞内におけるその前駆タンパク質の蓄積等を指標とし、必要に応じてそれらを組み合わせることにより、いずれの細胞に分化したかを確認することができる。また、細胞の形態を観察することによって、得られた細胞を特定することもできる。更に、このようなマーカー発現パターンや細胞の形態に基づき、所望の特定の細胞を単離することもできる。
このようなマーカー遺伝子としては、例えば、N−cadherin(ニューロン)、Rax(視床下部及び網膜の前駆細胞)、nestin(視床下部前駆細胞では発現されるが網膜前駆細胞では発現されない)、Sox1(視床下部神経上皮で発現され、網膜では発現されない)、BF1(終脳前駆細胞)、Nkx2.1(腹側)、PAX6(背側)、Foxb1(尾側視床下部中の乳頭体ニューロン)、SF1(有糸分裂後のVMH前駆細胞)、Otp(背側視床下部)、GluT2、TH、AgRP、NPY、Orexin、Otx2(前−中脳マーカー)、Six3(吻側前脳)、Vax1、Irx3(尾側間脳及びそれより尾側の脳組織)、En2(典型的に中脳)及びHoxb9(尾側CNS)などの公知のマーカーが利用可能であるが、これらに限定されない。これらのマーカー遺伝子の発現の有無を適宜組み合わせることにより、得られた細胞の正体を特定することができる。マーカー遺伝子の発現は、当業者であれば、適宜確認することができる。
視床下部が分泌するホルモンとしては、CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)、GHRH(成長ホルモン放出ホルモン)、GIH(成長ホルモン抑制ホルモン)、GnRH(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)、PRF(プロラクチン放出因子)、PIF(プロラクチン抑制因子)、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)、SS(ソマトスタチン)、バゾプレシン(ADH:抗利尿ホルモン)、オキシトシンなどが挙げられる。これらのホルモンの産生/分泌を指標として、本発明の方法で得られた細胞の性状を確認する。これらのタンパク質の検出方法は、当業者に公知である。
本精製方法を適用して得られた視床下部ニューロンは、視床下部の再生医療に有用である。例えば、視床下部障害に起因する、中枢性尿崩症、副腎皮質機能低下症、小人症、性腺機能低下症、甲状腺機能低下症、肥満症、ナルコレプシー、睡眠障害、体温調節障害、口渇感障害、気分障害、血圧調節障害、電解質調節障害等が挙げられる。
以下、本明細書の開示を具現化する実施例について説明するが、以下の実施例は本明細書の開示を限定するものではない。
まず、以下のマウスES細胞の分化誘導プロセスにおいて用いたMACS、FACS及び免疫組織化学について説明し、その後、分化誘導プロセスについて説明する。
(MACSによるマウスES細胞由来-視床下部前駆細胞の精製方法)
(試薬及び装置)
Accumax(商品名、培養細胞の分離/分散溶液(Innovative Cell Technologies, Inc.))
MACS buffer: 0.5% BSA, 2 mM EDTA, 10 μM Y27632 in PBS(Miltenyi Biotec)
DFK培地
CD26-PE antibody, mouse (Miltenyi Biotec, 130-106-394 or 130-106-320)
CD31-PE antibody, mouse (Miltenyi Biotec, 130-102-971 or 130-102-608)
CD140a-PE antibody, mouse (Miltenyi Biotec, 130-102-502)
CD326-PE antibody, mouse (Miltenyi Biotec, 130-102-967 or 130-102-265)
Anti-PE Microbeads UltraPure (Miltenyi Biotec, 130-105-639)
LDカラム (Miltenyi Biotec, 130-042-901)
MidiMACS セパレータ− (Miltenyi Biotec, 130-042-302)
MACS MultiStand (Miltenyi Biotec, 130-042-303)
(1)準備
細胞凝集塊の分散の30分以上前にROCK阻害剤であるY27632を各ウェルに終濃度10μMで添加した。具体的には、100μM Y27632 in PBSを調製し、各ウェルに1/10量ずつ加えた。
(2)凝集塊の分散
後述するマウスES細胞の培養によって得られた細胞凝集塊を15mlチューブに回収し、PBSで2回洗浄後、Accumaxで、37℃で5分放置、ピペッティング、さらに37℃で5分放置、さらにピペッティングした。次いで、1000rpmで5分遠心後、上清を吸い取り、1mlのMACSbufferに懸濁した。さらに、セルストレイナーを通した後、新しい15mlチューブに移し、1000rpmで5分遠心後、上清を吸い取り、70μlのMACSbufferに懸濁した。
(3)標識抗原及び磁気ビーズの供給
この細胞集団に対して、4種類の表面抗原(Dpp4:CD26,PECAM−1:CD31,PDGFRα:CD140a,EpCAM:CD326)に対するPE(R−フィコエリスリン)標識抗体を8μlずつ加えて混ぜ、冷蔵庫で10分インキュベーションし、その後、2mlのMACSbufferを加えた。さらに、1000rpmで5分遠心後、上清を吸い取り、1mlのMACSbufferに懸濁し、さらに、1000rpmで5分遠心後、上清を吸い取り、80μlのMACSbufferに懸濁した。この細胞懸濁液に対してAnti−PEMicrobeadsを20μl加えて混ぜた。その後、冷蔵庫で15分インキュベーションした。
(4)カラムによる分離及び未標識細胞の回収
インキュベーション後の液に、2mlのMACSbufferを加え、1000rpmで10分程度遠心し、細胞を含むペレットを、0.5mlのMACSbufferに懸濁し、予め準備したLDカラムに負荷した。本精製法はネガティブセレクション(depletion)であるので、磁気ビーズで標識されていない細胞、すなわちカラムを通り抜ける細胞を回収する。細胞懸濁液が流れ切ったら、1mlのMACSbufferをカラムにロードし、さらに、再度1mlのMACSbufferをロードした。これにより、カラム内に残っている未標識細胞をすべて回収した。
回収した細胞懸濁液を1000rpm,5分遠心後、上清を吸い取り、DFK+10μM Y27632に懸濁して血球計算板にて細胞数を計測した。
その後、DFK+10μM Y27632で所定の細胞濃度に希釈し、U底96ウェルプレートにまいて再凝集させて(100μl/well)、その後の培養に用いた。
(マウスES細胞由来−視床下部前駆細胞誘導後のFACSによる各種表面抗原についての解析および細胞精製)
後述するマウスES細胞由来の視床下部前駆細胞へ分化誘導後、day7までの細胞に対して各表面マーカー候補に対するPE標識抗体でそれぞれ染色後にFACS解析を行った。すなわち、既述のMACSにおける細胞分散に準じて、細胞塊を分散し、得られた細胞懸濁液について常法に基づき、4種類の表面抗原(Dpp4:CD26,PECAM−1:CD31,PDGFRα:CD140a,EpCAM:CD326)を含む各種の表面マーカーに対するPE標識抗体で標識し、FACS Calibur (Becton, Dickinson and Company)を用いて解析を実施した。また、既述のMACS法との比較を行うために、FACSソーティングによる細胞精製を実施した。具体的には、MACSと同一の手順によりPE標識抗体による細胞標識を行った後、MoFlo Astrios (Beckman Coulter)を用いて、PE陰性細胞を分取した。回収した細胞は、MACS実施後と同様に細胞数計測および凝集培養を行い、回収率および生存率の比較に用いた。
(免疫組織化学)
day7およびday13の細胞塊は4%paraformaldehyde(PFA)in PBSを用いて室温で1時間固定後、10,20,30% sucrose in PBSに浸漬して凍結保護処理を行い、O.C.T.compound(Sakura Finetek Japan)に包埋して凍結した。次に凍結包埋ブロックをクリオスタット(CM3050S,Leica Microsystems)を用いて10μm厚に薄切し、コーティングスライドグラス(MAS―GP or PLATINUMPRO,Matsunami)に貼り付けた。凍結切片の免疫染色は、まず5% 正常ロバ血清、0.1% TritonX−100を含むPBSでブロッキングおよび膜透過処理を行い、同溶液で希釈した一次抗体で4℃、一晩反応を行った。その後、同溶液で希釈したAlexa Fluor標識二次抗体(Thermo Fisher Scientific)で室温、1時間反応を行い、退色防止剤(Fluoromount,Diagnostic Biosystems)で封入して蛍光顕微鏡観察を行った。
メンブレン上で培養した細胞は、4% PFA in PBSで室温、20−30分固定したのち、Whole−mountで免疫染色に用いた。免疫染色は基本的に凍結切片と同様に行ったが、ブロッキング時のTrironX−100濃度を0.5%に上げることで、膜透過処理を促進した。
蛍光顕微鏡観察には、倒立型蛍光顕微鏡(DMI6000B,Leica Microsystems)および倒立型共焦点レーザー顕微鏡(LSM710,Carl Zeiss)を使用した。
(画像解析)
細胞塊の断面積および免疫陽性細胞数の定量にはImageJを使用した。
(マウスES細胞の培養)
マウスES細胞株(EB5)およびRax::GFPノックインES細胞株(Rx20−10;Wataya et al.,PNAS, 105;11796−11801,2008による)を使用した。ES細胞の維持および分化培養は、以前に報告された方法(既述のWatayaら)に基づいて、以下のように実施した。
維持培養にはGMEM培地に、1% FBS,10% Knockout Serum Replacement(KSR;Gibco),2mM glutamine,0.1mM nonessential amino acids,1mM pyruvate,0.1mM 2−mercaptoethanol,2000U/ml LIF,20μg/ml Blasticidin Sを添加した培地を用いた。ES細胞の継代は2〜3日に1回行った。継代操作としては、ES細胞を0.25%トリプシン/EDTAまたはTrypLE Express(Gibco)でシングルセルに分散後、0.1% gelatinでコーティングした培養ディッシュに播種した。
分化培養は、growth factor−free chemically defined medium(gfCDM)を用いるSFEBq法(特許文献1)にて実施した。gfCDMは、IMDMおよびF12培地の混合培地(1:1)に、Chemically defined lipid concentrate(Gibco),450μM monothioglycerol,0.5% BSA (Sigma,A9418)を添加することで作製した。
SFEBq法の手順としては、ES細胞を0.25%トリプシン/EDTAまたはTrypLE Expressでシングルセルに分散後、gfCDM培地に懸濁し、細胞低吸着性96ウェルプレートであるPrimeSurface(商品名、96U plate(Sumitomo Bakelite)に分注して凝集させた(3000cells/100μl/well)。分化培養開始日をday0として、day7まで培養後、MACSによる精製操作を行った。
精製した細胞は、DFK培地(DMEM/F12培地に10% KSR,35mM glucose,penicillin/streptomycinを添加した培地)+10μM Y27632に懸濁して、PrimeSurface96U plateで再凝集させた(5000cells/100μl/well)。その後、day10でDFNB培地を等量添加した。DFNB培地は、DMEM/F12培地にMACS NeuroBrew−21(Miltenyi Biotec),N2,10ng/ml CNTFを添加することで作製した。
day13からMillicell cell culture insert(Millipore)を用いたメンブレンフィルター培養に移行し、DFNB培地を用いて最大day60まで培養を継続した。day13以降は2−3日に1回、培地の半量を新たなDFNB培地に交換した。
精製操作を省いて培養を行う場合には、day7で分散後に精製操作なしで再凝集し(3000cells/100μl/well)、それ以降は上記と同様に実施した。
なお、腹側視床下部ニューロンへの分化を行う場合は、Shhシグナル促進剤であるSAGをday4から継続的に培地添加した(10nM)。
(結果)
マウスのES細胞から視床下部ニューロンへの分化誘導プロセスにおけるRax発現強度について誘導から3〜10日における時間経緯を評価した結果を図1に示す。また、マウスのES細胞から視床下部ニューロンへの分化誘導プロセスにおいて、day7、day13、day35、day60について免疫組織化学を行うとともに、day7の細胞塊につきMACSによって視床下部前駆細胞を精製し、回収率及びその後の生存率を評価した。免疫組織化学の結果を図2〜図8に示し、細胞精製後の回収率と生存率を図9及び図10に示す。また、GFPの蛍光及び各種表面抗原に対するPE標識抗体を用いたFACSを用いて、表面抗原の特異性を評価した結果を図11〜図16に示す。なお、図2、図5,6(腹側誘導条件)、図8の一部は、SAGを添加した培養条件で実施した。その他、図1、3、4、7、9〜16、図5,6(背側誘導条件)、図8の一部は、SAG無添加の培養条件で実施した。
図1には、マウスES細胞から視床下部ニューロンへの分化誘導経過におけるRaxの発現量をGFPで評価した結果を示す。図1に示すように、Raxの発現はday5〜7の間でピークとなり、day8から減少することがわかった。また、day7が最もRax+/EpCAM+の細胞群が少ない状態、すなわち成熟した視床下部前駆細胞を最も多く含む状態であることを確認していたことから、day7が視床下部前駆細胞を精製するのに好適であることがわかった。
図2には、day7の細胞塊のNkx2.2陽性細胞とRax陽性細胞についての蛍光顕微鏡観察結果を示す。図2に示すように、視床下部前駆細胞の一種であるNkx2.2陽性細胞の多くはRaxを発現していないことがわかった。このことから、従来のRaxソーティングでは、Nkx2.2陽性細胞を回収できないことがわかった。
図3には、day7の細胞塊のNanog及びOct−3/4陽性細胞とRax(GFP)陽性細胞についての蛍光顕微鏡観察結果を示す。図3に示すように、細胞塊の外層には、Rax陽性細胞があるが、その内層には、未分化細胞であるNanog及びOct−3/4陽性細胞が存在していることがわかった。また細胞塊の中心部にはアポトーシスの様態を示す死細胞の塊(debris)が存在する。このことから、こうした未分化細胞および死細胞を除去する必要があることがわかった。
図4には、day7の細胞塊についてのNanog陽性細胞とN−cadherin陽性細胞との蛍光顕微鏡観察結果(A)と、PECAM−1陽性細胞とN−cadherin陽性細胞との蛍光顕微鏡観察結果(B)を示す。これらの図に示すように、N−cadherinはRax陽性の外層部分で染まり、Nanog陽性の内層部分では染まらなかった。PECAM−1は、N−cadherin陰性の内層部分で特異的に染まることから、未分化細胞及び死細胞で発現していると考えられた。
図5及び6には、day7でMACSによる精製後、day13まで培養した細胞塊のDAPI、Pax6及びOTP(背側視床下部マーカー)、Nkx2.1及びSF1(腹側視床下部マーカー)の陽性細胞についての蛍光顕微鏡観察結果を示す。図5に示すように、背側誘導条件(SAG無添加)では、腹側誘導条件(SAG添加)と比較して、Pax6及びOTPの発現が優位に観察された。また、図6に示すように、腹側誘導条件では背側誘導条件と比較して、Nkx2.1及びSF1の発現が優位に観察された。これらの結果から、本精製法で精製した視床下部前駆細胞は、day13において良好に分化誘導されていることがわかった。
図7のAには、day7でMACSによる精製後、day35及び60まで長期培養した細胞塊のNanog及びHuC/D陽性細胞についての蛍光顕微鏡観察結果を示す。図7のAに示すように、Nanog陽性の未分化細胞の増殖は観察されず、HuC/D陽性の神経細胞が高密度に分布することがわかった。
一方、精製されていないday35及び60の細胞塊についても同様に免疫組織化学観察を行った。結果を図7のBに示す。図7のBに示すように、Nanog陽性の未分化細胞が広範囲に増殖しており、HuC/D陽性の神経細胞は相対的に少なく、不均一に分布していることがわかった。
なお、day7でMACSによる精製後、day35まで培養した細胞塊について、視床下部神経ペプチドである、バゾプレシン、オレキシン、オキシトシン、AgRP、MCH、POMCについての免疫組織化学的観察を行った。なお、細胞塊は、バゾプレシン及びオキシトシンについては背側誘導条件で培養し、それ以外は腹側誘導条件で培養した。結果を図8に示す。図8に示すように、いずれの神経ペプチドについても産生を確認できた。
図9は、MACSによる精製後の視床下部前駆細胞の精製状態を示す。図9に示すように、MACS後においては、PEで標識された非前駆細胞(赤色)が良好に除去されることがわかった。また、MACSによる回収率をMACS前後の細胞数に基づいて算出した結果を併せて図9に示す。図9に示すように、MACSによれば、安定して高い回収率(60%から70%程度)を示した。また、MACSに用いたのと同じ細胞懸濁液(ただし、磁気ビーズを付与しない)についてFACSを行った回収率は、平均して約30%であった。ただし、FACSによると、回収率に5〜50%のバラツキがあった。
図10には、MACS及びFACSによる精製後のday13における視床下部前駆細胞由来の細胞塊の評価結果を示す。図10に示すように、細胞塊の断面積は、MACSを用いることでFACSを用いた場合の約2倍であった。このことから、MACSは、細胞へのダメージが小さく、良好な生存率で細胞を回収できることがわかった。
図11〜図16には、FACSによる各種表面抗原についての解析結果を示す。いずれも、day7まで分化誘導後、各表面マーカー候補に対するPE標識抗体でそれぞれ染色後にFACS解析を行った結果である。
図11には、day7における非視床下部前駆細胞の細胞表面マーカー候補であるPECAM−1とRax(GFP)とのFACS解析結果を示す。PECAM−1は、未分化細胞のマーカーであることが知られている。図11に示すように、PECAM−1陽性細胞は、Rax陰性であって、約5%の細胞集団を認識していた。免疫組織化学の結果を考慮すると、PECAM−1は、未分化細胞を主とする非前駆細胞の細胞表面マーカーとして使用できることがわかった。
図12には、day5およびday7における非視床下部前駆細胞の細胞表面マーカー候補であるEpCAMとRax(GFP)とのFACS解析結果を示す。なお、EpCAMは、マウスE7.5胚では外胚葉および内胚葉細胞全般で強く発現するが、E8.25胚では神経外胚葉での発現が弱まり、E9.5胚では神経外胚葉での発現が消失し、内胚葉および一部の外胚葉で特異的に発現することが知られている。
図12に示すように、EpCAMを発現するRax陽性細胞の割合はday5で高く、day7では顕著に減少することから、EpCAMを未熟な神経外胚葉の細胞表面マーカーとして使用できることがわかった。これにより、day7の時点でも残存している未熟な神経外胚葉細胞(EpCAM+/Rax+)を、EpCAMをマーカーとすることで効果的に検出し除去できることがわかった。また、day7の時点では多くのEpCAM陽性細胞はRax陰性であった。このことから、未熟な神経外胚葉以外にも、内胚葉または未分化細胞のマーカーとして発現していることが推測された。そこで、EpCAMを発現する細胞系譜を特定するために、Dpp4、CXCR4、PECAM−1とのFACS解析が必要となった。
図13には、day7における非視床下部前駆細胞の細胞表面マーカー候補であるDpp4とRax(GFP)とのFACS解析結果等を示す。Dpp4は内胚葉成分のうち、胚体外内胚葉のマーカーとして知られている。図13に示すようにDpp4陽性細胞は、Rax陰性であり、EpCAMと大部分共存するが、一部は共存しない。したがって、EpCAMに加えてDpp4を、胚体外内胚葉細胞の細胞表面マーカーとして使用することが可能であり、両者を組み合わせることで胚体外内胚葉をもれなく検出できることがわかった。
図14には、非視床下部前駆細胞の細胞表面マーカー候補であるEpCAMとPECAM−1とのFACS解析結果を示す。図14に示すようにPECAM−1陽性細胞のほとんどがEpCAMを共発現することから、EpCAMは未分化細胞のマーカーとしても利用できることがわかった。しかし、一部のPECAM−1陽性細胞は、EpCAMを発現しないことから、EpCAMとPECAM−1とを併せて細胞表面マーカーとして用いることで非前駆細胞をもれなく検出できることがわかった。
図15には、day7における非視床下部前駆細胞の細胞表面マーカー候補であるPDGFRαとRax(GFP)とのFACS解析結果、PDGFRαとEpCAMとのFACS解析結果及びPDGFRαとVEGFR2とのFACS解析結果を示す。PDGFRαは、胚体外内胚葉細胞や大部分の中胚葉細胞で発現することが知られている。ただし、一部の中胚葉では発現しない替わりにVEGFR2を発現することも知られている。図15に示すように、PDGFRα陽性細胞は、Rax陰性であり、約2%の非前駆細胞を認識することがわかった。またPDGFRα陽性細胞の多くはEpCAMを共発現しているが、一部はEpCAMを発現しないことから、胚体外内胚葉細胞と中胚葉細胞の両方を検出していることが示唆された。また、VEGFR2陽性細胞は、シングル陽性及びPDGFRαとのダブル陽性ともに存在しないことがわかった。以上のことから、PDGFRαは、中胚葉細胞を検出するための細胞表面マーカーとして必須であることがわかった。
なお、胚体内胚葉の細胞表面マーカーであるCXCR4(CD184)についても同様の検討を行ったところ、CXCR4陽性細胞の約半数は、Rax陽性細胞であった。実際にCXCR4は一部の視床下部前駆細胞で発現することが知られているため、非前駆細胞の細胞表面マーカーとして用いることができないことがわかった。
以上のことから、図16に示すように、EpCAM、PECAM−1、PDGFRα及びDpp4を幹細胞由来の視床下部前駆細胞を含む細胞集団から非前駆細胞を排除するための細胞表面マーカーとして利用できることがわかった。