図1には、本発明の実施形態に係るNMR測定装置10の一例が示されている。NMR測定装置10は、試料中の観測核により生じたNMR信号を測定する装置である。
静磁場発生装置12は静磁場を発生させる装置であり、その中央部には、垂直方向に延びる空洞部としてのボア14が形成されている。NMRプローブ16は冷却型NMR測定用プローブであり、大別して、挿入部18と基部20とにより構成されている。挿入部18は、それ全体として垂直方向に伸長した円筒形状を有し、静磁場発生装置12のボア14内に挿入される。NMRプローブ16においては、真空容器が利用され、真空容器内の個々の部品(冷却対象部品)が低温状態におかれる。
冷却システム22は、例えば冷凍機を備え、その冷凍機により冷却したヘリウムガスをNMRプローブ16に供給し、これにより、NMRプローブ16内の冷却対象部品を冷却するためのシステムである。例えば、冷却対象部品が10K〜80K程度に冷却される。
なお、図1においては、NMR測定装置10に含まれる送受信部や分光計等の図示が省略されている。
以下、図2を参照してNMRプローブ16について詳しく説明する。図2には、NMRプローブ16の挿入部18の断面が示されている。
NMRプローブ16の挿入部18において、内壁体としての試料温調用配管24がプローブカバーとしての外壁体26に挿通されている。試料温調用配管24は、例えば筒状の空洞を有する石英ガラス管である。試料温調用配管24内には、試料が収容される試料管が配置される。試料の中心が磁場中心に一致するように、挿入部18が静磁場発生装置12のボア14内に設置される。試料温調用配管24内は大気空間である。試料温調用配管24内には下方から、試料の温度を操作するための温度調整用ガス(VTガス(variable temperature))が供給される。温度調整範囲内の温度に操作されたVTガスが試料温調用配管24内に供給され、これにより、試料の温度が温度調整範囲内の温度に操作される。温度調整範囲の下限は、後述するシール構造の特性によって決まる。
試料温調用配管24と外壁体26との間に気密室としての真空容器28が形成されている。真空容器28内は真空状態に減圧されている。一例として、真空容器28内は1×10−5Pa程度に減圧されている。挿入部18の上部に、試料温調用配管24と外壁体26との間のシール箇所(上部シール箇所)をシールするシール構造が設けられており、挿入部18の下部にも、試料温調用配管24と外壁体26との間のシール箇所(下部シール箇所)をシールするシール構造が設けられている。上部シール箇所には、Oリングを含むシール構造30が設けられている。例えば、外壁体26の上部フランジの側面と試料温調用配管24の側面との間にシール構造30が設けられており、その部分がシールされている。後述するように、シール構造として2つのOリングが用いられている。OリングはOリング固定部32により固定されている。これにより、挿入部18の上部においてシールが実現される。同様に、下部シール箇所にも、Oリングを含むシール構造が設けられている。このシール構造として2つのOリングが用いられており、これらはOリング固定部により固定されている。これにより、挿入部18の下部においてシールが実現される。これらのシール構造により、試料温調用配管24と外壁体26との間の気密性が確保される。
試料温調用配管24の上部には、試料導入ガイド34とサンプルステータ36が設けられている。試料導入ガイド34は、試料温調用配管24内への試料管の導入をガイドするための機構である。試料管は、試料導入ガイド34を介して試料温調用配管24内へ導入される。サンプルステータ36は、試料温調用配管24内に導入された試料管を保持するための機構である。
真空減圧下の真空容器28内には、NMR信号検出器(検出コイルとしての観測用コイル38、励起用コイル40、同調用可変コンデンサ、整合用可変コンデンサ等)が設置されている。観測用コイル38と励起用コイル40は、例えば基板上に形成された検出回路パターンである。もちろん、これ以外の検出コイルが用いられてもよい。また、真空容器28内には、シールド42、勾配磁場コイル44及び共振回路カバー46等が設置されている。観測用コイル38と励起用コイル40は、それらの下部においてコイルホルダ48(ステージ)に保持されている。
上記の構成において、検出コイルを含むNMR信号検出器は冷却対象部品に相当し、極低温に冷却される。信号のS/Nを向上させるために、可変コンデンサも検出コイルとともに冷却される。冷却機構として、例えば、特開2014−41103号公報に記載されている冷却システム(クライオスタット冷却システム)を利用することができる。
図3には、その冷却機構が示されている。図3は、NMRプローブ16の挿入部18の概略を示す断面図である。試料温調用配管24内には、試料が収容された試料管50が配置されている。試料は、例えば液体である。真空容器28内には、観測用コイル38と励起用コイル40とを含む検出コイル52が配置されている。検出コイル52は基板54に設置され、その基板54はコイルホルダ48に保持されている。図3においては、Oリング固定部32、試料導入ガイド34、サンプルステータ36、シールド42、勾配磁場コイル44及び共振回路カバー46の図示は省略されている。
コイルホルダ48(ステージ)には熱交換器56が接続されている。図1に示されている冷却システム22から冷却されたヘリウムガスが導入され、熱交換器56は極低温(例えば10K〜80K程度)に冷却される。これにより、検出コイル52等の冷却対象部品が冷却される。検出コイル52が冷却されることにより、検出コイル52の電気抵抗が低下してQ値が増加する。また、電気的な熱ノイズが低減される。その結果、NMR測定時における検出感度を向上させることが可能となる。なお、NMRプローブ16には、図示しない温度センサが取り付けられており、その温度センサによって冷却対象部品の温度が検知される。
次に、図4を参照してシール構造30について詳しく説明する。図4は、シール構造30の一例を示す断面図である。図4には、挿入部18の上部におけるシール構造30が示されている。このシール構造30は、いわゆるラジアルシール方式によるシール構造である。
シール構造30は、外壁体26の上部のフランジに設けられており、第1シール部材としての高真空Oリング58と、第2シール部材としての低温Oリング60と、を含む。高真空Oリング58と低温Oリング60は、試料温調用配管24と外壁体26との間のシール箇所に配置され、そのシール箇所をシールする機能を備えている。具体的には、高真空Oリング58と低温Oリング60は、外壁体26のフランジの側面と試料温調用配管24の側面との間に設置され、それらの側面に接触してシール箇所をシールしている。図4に示す例では、低温Oリング60は、高真空Oリング58に対して大気側に配置されている。高真空Oリング58と低温Oリング60との間には、空間62が形成されている。高真空Oリング58と低温Oリング60のサイズは同じであってもよいし、それぞれのサイズは異なっていてもよい。高真空Oリング58と低温Oリング60の断面形状は、円形であってもよいし、矩形であってもよい。高真空Oリング58と低温Oリング60が設置される溝の断面形状は、矩形であってもよいし、三角形であってもよい。一例として、高真空Oリング58と低温Oリング60の内径は6.8mmであり、その肉厚は1.9mmであり、その外径は10.6mmである。
高真空Oリング58は、通常温度域においてシール箇所をシールするための特性を有している。通常温度域は、低温域を除く温度域である。低温域は、温度調整用ガス(VTガス)がとり得る温度調整範囲における下限を含む温度域である。低温Oリング60は、その温度調整範囲における低温域においてシール箇所をシールするための特性を有している。
高真空Oリング58は一例としてフッ素系ゴム材料により構成されており、低温Oリング60は一例としてシリコーン系ゴム材料により構成されている。ゴム材料からなる高真空Oリング58と低温Oリング60が、その弾性によりシール箇所にて潰れ、これにより、シールが実現される。高真空Oリング58として、例えばバイトン(登録商標)を用いることができる。
低温Oリング60の脆化温度(又は、ガラス転移温度、TR10値(低温弾性回復温度))は、高真空Oリング58の脆化温度よりも低く、且つ、温度調整範囲における下限よりも低い。脆化温度は、耐寒性を示す指標であり、低温域においてゴム材料からなるOリングが脆化してその弾性が失われる温度である。
フッ素系ゴム材料はガス透過度の低い材料である。それ故、フッ素系ゴム材料からなる高真空Oリング58それ自体におけるガスの透過度は低い。高真空Oリング58の脆化温度(例えばTR10値)は、一例として−20℃〜−40℃である。つまり、−20℃〜−40℃の範囲内で、高真空Oリング58が脆化する。また、フッ素系ゴム材料は、一例として150℃〜300℃程度でも劣化しない。
シリコーン系ゴム材料は、フッ素系ゴム材料と比べてガス透過度の高い材料である。それ故、高真空Oリング58と比べて、シリコーン系ゴム材料からなる低温Oリング60それ自体におけるガスの透過度は高い。一方、低温Oリング60の脆化温度(例えばTR10値)は、高真空Oリング58の脆化温度と比べて低い温度であり、一例として−80℃〜−90℃である。つまり、−80℃〜−90℃の範囲内で、低温Oリング60が脆化する。また、シリコーン系ゴム材料は、一例として150℃〜300℃程度でも劣化しない。
高真空Oリング58と低温Oリング60の特性を考慮して、VTガスがとり得る温度調整範囲が決定される。TR10値が−90℃の低温Oリング60が用いられる場合、温度調整範囲の下限として、−90℃よりも高い温度(例えば−80℃)が採用される。この場合、温度調整範囲は、例えば−80℃〜+150℃に設定される。TR10値が−80℃の低温Oリング60が用いられる場合、温度調整範囲の下限として、−80℃よりも高い温度(例えば−70℃)が採用される。この場合、温度調整温度は、例えば−70℃〜+150℃に設定される。温度調整範囲の上限は、高真空Oリング58と低温Oリング60に用いられるゴム材料の特性により、220℃程度であってもよい。これらの値は一例に過ぎず、温度調整範囲の下限は、−20℃程度であってもよし、−40℃程度であってもよい。TR10値がより低い低温Oリング60を用いることにより、温度調整範囲の下限を更に下げることができる。このように、低温Oリング60のTR10値(脆化温度、ガラス転移温度)により、VTガスがとり得る温度調整範囲における下限が決定される。
図5には、挿入部18の上部におけるシール構造30の別の例が示されている。図5は、そのシール構造30の別の例を示す断面図である。図5に示す例では、低温Oリング60は、高真空Oリング58に対して真空側(真空容器28側)に配置されている。高真空Oリング58と低温Oリング60との間には、空間62が形成されている。
次に、図6を参照して、シール部材の具体的な固定方法について詳しく説明する。図6は、挿入部18の上部におけるシール構造30の断面図である。図6に示す例では、真空側(真空容器28側)に高真空Oリング58が配置され、大気側に低温Oリング60が配置されている。もちろん、真空側に低温Oリング60が配置され、大気側に高真空Oリング58が配置されてもよい。
試料温調用配管24と外壁体26との間において、高真空Oリング58と低温Oリング60とが、ワッシャ64をそれらの間に挟んで、リング状のボルト66により押圧されて固定されている。外壁体26において試料温調用配管24に対向する面には、ボルト66の側面に形成されたネジ溝に嵌合するネジ溝が形成されている。ボルト66のネジ溝を外壁体26のネジ溝に嵌合させ、ボルト66を締め付けることにより、高真空Oリング58と低温Oリング60が潰れた状態で固定される。これによりシールが実現される。
図7にはボルト66の一例が示されている。図7はボルト66の上面図である。ボルト66はリング状の形状を有している。ボルト66には、1又は複数の操作孔68が形成されている。図7に示す例では、4つの操作孔68が形成されている。操作孔68は、ボルト66を試料温調用配管24と外壁体26との間で回転操作してボルト66のネジ溝を外壁体26のネジ溝に嵌合させるための孔である。作業者は、試料温調用配管24と外壁体26との間にボルト66を挿入し、操作孔68に棒状部材等を挿入してボルト66を回転操作する。この操作によりボルト66が外壁体26に固定され、高真空Oリング58と低温Oリング60が押圧された状態で固定される。
図8には、シール部材の別の固定方法が示されている。図8は、挿入部18の上部におけるシール構造30の断面図である。ワッシャ64の代りにボルト70が用いられる。図8に示す例では、真空側(真空容器28側)に高真空Oリング58が配置され、大気側に低温Oリング60が配置されている。もちろん、真空側に低温Oリング60が配置され、大気側に高真空Oリング58が配置されてもよい。
ボルト70の側面には、ボルト66と同様にネジ溝が形成されている。また、ボルト70には、ボルト66と同様に1又は複数の操作孔68が形成されている。外壁体26において試料温調用配管24に対向する面には、ボルト66,70のそれぞれのネジ溝に嵌合するネジ溝が形成されている。高真空Oリング58上にボルト70を配置し、ボルト70のネジ溝を外壁体26のネジ溝に嵌合させ、ボルト70を締め付けることにより、高真空Oリング58が潰れた状態で固定される。さらに、ボルト70上に低温Oリング60を配置し、低温Oリング60上にボルト66を配置する。ボルト66のネジ溝を外壁体26のネジ溝に嵌合させ、ボルト66を締め付けることにより、低温Oリング60が潰れた状態で固定される。これによりシールが実現される。
次に、図9を参照して、シール構造30による作用について説明する。図9は、試料温度とプローブ内の真空度との関係を示すグラフである。横軸は試料温度(℃)を示している。縦軸は、真空容器28内の真空度(Pa)を示している。VTガスが試料温調用配管24内に供給されると、VTガスにより試料の温度が操作される。試料温調用配管24に接している高真空Oリング58と低温Oリング60の温度は、VTガスの温度(試料の温度)に近づけられ、VTガスの温度とほぼ等しくなる。
図9において、グラフ72は、フッ素系ゴム材料からなる高真空Oリング58のみをシール部材として用いた場合における試料温度と真空度との関係を示すグラフである。グラフ74は、シリコーン系ゴム材料からなる低温Oリング60のみをシール部材として用いた場合における試料温度と真空度との関係を示すグラフである。
ここで、ゴム材料からなるOリングの一般的な弾性特性とガス透過度について説明する。ゴム材料からなるOリングの弾性は、そのゴム材料の分子鎖構造がなす分子運動に依存している部分が大きい。それ故、温度が低下してこの運動が鈍くなると、Oリングの弾性は極端に低下し、Oリングが脆化する。また、一般的に、分子間距離が長いほど、分子運動の回転モーメントが大きくなり運動しやすい。それ故、分子間距離が長いほど、脆化温度が低下する。つまり、低温特性が増加する。一方で、分子間距離が長いほどガスの透過度が高くなるので、真空度が悪化する。この場合についても、冷却されると分子運動が抑制されるので、ガスの透過が抑制され(ガス透過度が低くなり)、真空度が高くなる。
高真空Oリング58はガス透過度の低いシール部材であるため、グラフ72に示すように、脆化温度(例えばTR10値)よりも高い温度域においては、真空容器28内は高真空(例えば、2〜4×10−5Pa程度)に維持される。このとき、低温になるほど分子運動が抑制されるので、低温になるほど真空度が高くなる。TR10値が−20℃の高真空Oリング58を用いた場合、−20℃で高真空Oリング58が脆化し、弾性が失われる。これにより、シール箇所に隙間が発生し、そこからリークが発生して真空度が悪化する。TR10値が−40℃の高真空Oリング58を用いた場合、−40℃になると高真空Oリング58が脆化し、真空度が悪化する。高真空Oリング58のTR10値よりも高い温度域が、通常温度域に相当し、そのTR10値以下の温度域が、低温域に相当する。TR10値が−20℃の高真空Oリング58が用いられた場合、−20℃よりも高い温度域が通常温度域に相当し、−20℃以下の温度域が低温域に相当する。TR10値が−40℃の高真空Oリング58が用いられた場合、−40℃よりも高い温度域が通常温度域に相当し、−40℃以下の温度域が低温域に相当する。通常温度域の上限は、高真空Oリング58と低温Oリング60が劣化する温度よりも低い温度であり、例えば150℃〜300℃程度である。
低温Oリング60はガス透過度の高いシール部材であるため、グラフ74で示すように、通常温度域(例えば−20℃以上の温度域)においては、真空容器28内の真空度は、高真空Oリング58を用いた場合と比べて高くなる(例えば1〜2×10−4Pa)。一方で、温度が低くなるほど、低温Oリング60を構成するシリコーン系ゴム材料の分子運動が抑制されるので、ガス透過度が低くなり、その結果、真空度が良好となる。−80℃程度においては、真空度は、一例として3×10−5Pa程度となる。TR10値が−80℃の低温Oリング60が用いられた場合、−80℃で低温Oリング60が劣化し、弾性が失われる。これにより、シール箇所に隙間が形成し、そこからリークが発生して真空度が悪化する。TR10値が−90℃の低温Oリング60が用いられた場合、−90℃になると低温Oリング60が脆化し、真空度が悪化する。低温Oリング60のTR10値は、高真空Oリング58のTR10値よりも低いため、低温Oリング60は、高真空Oリング58のTR10値以下の温度範囲(低温域)においても脆化しない。
本実施形態では、以上のような特性をもつ高真空Oリング58と低温Oリング60の両方がシール部材として用いられている。通常温度域(高真空Oリング58のTR10値よりも高い温度域)においては、ガス透過度の低い高真空Oリング58の作用により、ガスの透過が抑制され、真空容器28内が高真空(例えば1〜2×10−5Pa程度)に維持される。低温域(高真空Oリング58のTR10値以下の温度域)においては、高真空Oリング58は脆化するため、シール部材として機能しない。一方で、低温になるほど、低温Oリング60のガス透過度が低くなるので、真空容器28内の真空度が高く維持される(例えば、3×10−5〜1×10−4Pa程度)。低温Oリング60の材料としては、高真空Oリング58がリーク部材として機能しない低温域でガスの透過を抑制するゴム材料を用いればよい。VTガスがとり得る温度調整範囲における下限は、低温Oリング60のTR10値(脆化温度、ガラス転移温度)よりも高い温度に設定さされる。これにより、その温度調整範囲においては、真空容器28内が高真空に維持される。
なお、図9中のグラフの傾斜は一例に過ぎず、実際の傾斜は、実際に使用される材料等により異なるが、その傾斜の傾向は図9中のグラフの傾向と同じである。
以上のように、通常温度域においては高真空Oリング58の作用により、真空容器28内が高真空に維持される。高真空Oリング58によるシールが機能しない低温域においては、低温Oリング60が補助的に機能し、その低温Oリング60の作用により、真空容器28内が比較的高真空に維持される。これにより、高真空Oリング58のみを用いる場合と比べて、真空容器28内の真空度を悪化させずに、VTガスがとり得る温度調整範囲における下限を下げることが可能となる。高真空Oリング58と低温Oリング60の両方を用いることにより、通常温度域と低温域とを含む温度域において真空度の悪化を防止又は抑制することができるので、それらの中の一方のシール部材のみを用いる場合と比べて、真空容器28内の真空度を悪化させずに、温度調整範囲を拡大させることが可能となる。
低温Oリング60を用いずに高真空Oリング58のみを用いた場合、通常温度域においては高真空が実現されるが、低温域においては高真空が維持されないので、真空度を悪化させずに、温度調整範囲の下限を下げることができない。高真空Oリング58を用いずに低温Oリング60のみを用いた場合、低温域においては比較的高真空が実現されるが、通常温度域においては真空度が悪化する。このように、高真空Oリング58又は低温Oリング60のいずれか一方のみを用いた場合、低温域又は通常温度域のいずれかにおいて高真空が実現されない。これに対して本実施形態によると、低温域及び通常温度域のいずれにおいても高真空を実現することが可能となり、これにより、VTガスがとり得る温度調整範囲を拡大させることが可能となる。
本実施形態によると、高真空を維持しつつ試料温度を−40℃以下に下げることができるので、測定の応用が広がる。例えば、−40℃以下で分子運動が制限され、未知パラメータを選択的に削除して分子構造解析が容易になる場合があるので、有機材料や触媒材料に対する分析の需要が見込まれる。
なお、ゴム材料からなるOリングが低温下におかれた場合であっても、そのOリングには、基本的には物理的な変化のみが生じ、温度が室温に戻れば、その性質は元の性質に戻る。それ故、TR10値よりも低い温度下にOリングがおかれた場合であっても、そのOリングは破損しない。一方、Oリングが高温下におかれた場合、そのOリングにて不可逆的な化学変化が生じ、永久的に変形が残存する。それ故、Oリングが劣化しないように、VTガスがとり得る温度調整温度における上限が決定される。
本実施形態においては、図4に示すように、高真空Oリング58が真空側(真空容器28側)に配置され、低温Oリング60が大気側に配置されてもよいし、図5に示すように、高真空Oリング58が大気側に配置され、低温Oリング60が真空側に配置されてもよい。説明の便宜上、図4に示されているシール構造30をシール方式Aと称し、図5に示されているシール構造30をシール方式Bと称することとする。
シール方式Aにおいては、通常温度域にて、真空側に配置された高真空Oリング58がシール部材として正常に機能するので、高真空Oリング58と低温Oリング60との間に形成された空間62内の空気は真空引きされない。つまり、空間62内に空気だまりが形成される。この場合において、試料温度が高真空Oリング58のTR10値以下まで下げられると、低温Oリング60が補助的に機能し、真空容器28内は高真空に維持される。このとき、高真空Oリング58は脆化しているので、空間62内の空気が真空容器28内にリークすることになる。空間62の容積は真空容器28内の容積に比べて非常に小さい(無視できるほど小さい)ので、リークが発生したとしても、真空容器28内への真空度に与える影響は皆無又は僅かである。
シール方式Bによると、通常温度域にて、大気側に配置された高真空Oリング58がシール部材として正常に機能するので、空間62を含む真空容器28内が高真空に維持される。つまり、空間62内に空気だまりは形成されない。それ故、空間62内の空気が真空容器28内に流入することを防止することが可能となる。試料温度が高真空Oリング58のTR10値以下まで下げられた場合、空間62に空気が流入することになる。この場合、低温Oリング60が補助的に機能するので、空間62から真空容器28内への空気の流入が防止され、真空容器28内は高真空に維持される。この点に関しては、空間62内の空気が真空容器28に流入する可能性があるシール方式Aと比べて、シール方式Bの方が有利である。
一方、シール方式Bによると、空間62内の空気まで真空引きするので、その分、真空容器28内の真空度が高真空に到達するまでに要する時間が長くなる可能性がある。上記のとおり、空間62の容積は真空容器28内の容積に比べて非常に小さい(無視できるほど小さい)ので、空間62内の空気まで真空引きしたとしても、これに要する時間は僅か又は皆無の可能性がある。しかし、Oリングを固定するためのナット等にはネジ溝が形成されており、そのネジ溝等に固着した空気を取り除くのに時間を要する可能性がある。この点に関して、シール方式Aでは、通常温度域において、空間62内の空気を真空引きする必要がないので、シール方式Bと比べてシール方式Aの方が有利である。
以上のように、シール方式A,Bにはそれぞれ固有の利点があるので、NMRプローブ16の利用環境、利用条件、測定環境、測定条件、等に応じて、シール方式A,Bの中からいずれかを選択すればよい。
以下、図10を参照して変形例に係るNMRプローブについて説明する。図10は、変形例に係るシール構造を示す断面図である。図10には、挿入部18の上部におけるシール構造30Aが示されている。このシール構造30Aは、いわゆるフェイスシール方式によるシール構造である。
シール構造30Aは、上記のシール構造30と同様に、外壁体26の上部のフランジに設けられており、高真空Oリング58と低温Oリング60とを含む。試料温調用配管24の上部は外側に折り曲げられており、高真空Oリング58と低温Oリング60は、外壁体26のフランジの上面と試料温調用配管24におけるその折り曲げ部分との間に設置され、その部分をシールしている。図10に示す例では、真空側(真空容器28側)に高真空Oリング58が配置され、大気側に低温Oリング60が配置されている。これは一例に過ぎず、上記の実施形態と同様に、大気側に高真空Oリング58が配置され、真空側に低温Oリング60が配置されてもよい。
変形例においても、通常温度域と低温域とを含む温度域において、真空容器28内を高真空に維持することができる。これにより、VTガスがとり得る温度調整範囲を拡大させることが可能となる。
なお、上記の実施形態及び変形例において、高真空Oリング58と低温Oリング60とを含む3つ以上のOリングがシール部材として用いられてもよい。この場合、TR10値(脆化温度、ガラス転移温度)がそれぞれ異なるOリングが用いられてもよいし、一部のOリング群のTR10値が同じであってもよい。