JP2016145380A - 大型鍛造用鋼及び大型鍛造部品 - Google Patents

大型鍛造用鋼及び大型鍛造部品 Download PDF

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Abstract

【課題】本発明は強度及び靭性に優れ、かつ材質ばらつきを抑制することにより耐久性に優れる大型鍛造用鋼及びこの大型鍛造用鋼を用いた大型鍛造部品の提供を目的とする。【解決手段】本発明の大型鍛造用鋼は、C:0.18質量%以上0.35質量%以下、Si:0質量%以上0.3質量%以下、Mn:1質量%以上2.7質量%以下、Ni:0質量%以上1質量%以下、Cu:0質量%以上1質量%以下、Cr:1.5質量%以上2.5質量%以下、Mo:0.35質量%以上0.55質量%以下、V:0質量%以上0.15質量%以下、Al:0.015質量%以上0.05質量%以下、N:30質量ppm以上100質量ppm以下、O:0質量ppm超30質量ppm以下、残部がFe及び不可避的不純物である組成を有し、金属組織がベイナイトを主体とし、下記式(1)及び(2)を満たすことを特徴とする。【選択図】なし

Description

本発明は、大型鍛造用鋼及び大型鍛造部品に関する。
船舶用駆動源の伝達部材として用いられるクランク軸、中間軸、推進軸、連接棒、ラダーストック、ラダーホーン等の部品には、大型鍛造用鋼が用いられる。船舶用ディーゼルエンジンの出力向上やコンパクト化を実現するため、これらの部品に用いられる大型鍛造用鋼には高強度、高靭性及び高耐久性が必要とされている。
強度及び靭性の高い大型鍛造用鋼としては、その元素組成等を工夫した大型鍛造用鋼が提案されている(特許第3663170号公報、特許第3896365号公報、及び特許第4332070号公報参照)。
このような大型鍛造用鋼は、一般に焼きなまし又は焼き入れを行った後、焼き戻しして製造される。この大型鍛造用鋼の製造において、一般に内部と表面との冷却速度の差によって材質ばらつきが生じる。特に船舶用駆動源の伝達部材の大型鍛造部品では、例えば大型クランクスローであれば全長3500mm、ウェブ幅2000mmというように厚肉の大型鍛造用鋼が必要となる。このような厚肉の大型鍛造用鋼を製造する場合、冷却速度が大型鍛造用鋼の厚み方向や各大型鍛造用鋼間で異なり易い。冷却速度が異なると製造される大型鍛造用鋼の組織が異なり易くなるため、大型鍛造用鋼の厚み方向や複数の大型鍛造用鋼間で材質ばらつきが発生し易い。また、例えばクランク軸のウェブやフィレット部位のように形状の異なる部分において冷却が不均一となり易く、部位による冷却速度の相違から大型鍛造用鋼の材質ばらつきが発生する場合もある。
大型鍛造用鋼の強度が高くとも材質ばらつきが大きい場合、材質ばらつきにより大型鍛造用鋼内に強度の差が生じ、大型鍛造用鋼が振動や変形し易くなるため耐久性が低下し易い。このため、従来の大型鍛造用鋼では、強度及び靭性と材質ばらつきの低減とを両立することが難しい。
特許第3663170号公報 特許第3896365号公報 特許第4332070号公報
本発明は、上述のような事情に基づいてなされたものであり、強度及び靭性に優れ、かつ材質ばらつきを抑制することにより耐久性にも優れる大型鍛造用鋼及びこの大型鍛造用鋼を用いた大型鍛造部品の提供を目的とする。
本発明者は、鋭意検討した結果、製造される大型鍛造用鋼の組織が冷却速度によって異なり難い元素組成が存在することを知得した。つまり、発明者は、元素組成の異なる多数の大型鍛造用鋼を分析したところ、冷却速度依存性の少ない元素組成とすることで、大型鍛造用鋼の材質ばらつきを抑制できることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、上記課題を解決するためになされた本発明の大型鍛造用鋼は、C(炭素):0.18質量%以上0.35質量%以下、Si(ケイ素):0質量%以上0.3質量%以下、Mn(マンガン):1質量%以上2.7質量%以下、Ni(ニッケル):0質量%以上1質量%以下、Cu(銅):0質量%以上1質量%以下、Cr(クロム):1.5質量%以上2.5質量%以下、Mo(モリブデン):0.35質量%以上0.55質量%以下、V(バナジウム):0質量%以上0.15質量%以下、Al(アルミニウム):0.015質量%以上0.05質量%以下、N(窒素):30質量ppm以上100質量ppm以下、O(酸素):0質量ppm超30質量ppm以下、残部がFe(鉄)及び不可避的不純物である組成を有し、金属組織がベイナイトを主体とし、下記式(1)及び(2)を満たすことを特徴とする。
Figure 2016145380
当該大型鍛造用鋼は、その金属組織がベイナイトを主体とするので、強度に優れる。また、この金属組織は、当該大型鍛造用鋼の製造時に主としてベイナイト組織に変態したものであり、この変態時に、上記式(1)を満たすことで、高冷却速度での変態開始温度の低温化が抑制でき、上記式(2)を満たすことで、低冷却速度での変態開始温度の高温化を抑制できる。このように冷却速度による変態開始温度の相違を抑制することで、当該大型鍛造用鋼の材質ばらつきを抑制することができる。さらに当該大型鍛造用鋼の各元素組成を上記範囲内とすることにより、強度及び靭性が確保できる。従って、当該大型鍛造用鋼は、強度及び靭性と共に耐久性に優れる。
当該大型鍛造用鋼がP(リン)及びS(硫黄)をさらに有し、下記式(3)をさらに満たすとよい。本発明者は、このように当該大型鍛造用鋼が下記式(3)をさらに満たすことで、耐水素割れ性に優れることを見出した。
Figure 2016145380
本発明は、当該大型鍛造用鋼を鍛造した大型鍛造部品を含む。当該大型鍛造部品は、当該大型鍛造用鋼を鍛造して製造されるので、強度及び靭性と共に耐久性にも優れる。従って、当該大型鍛造部品は、船舶用ディーゼルエンジンや発電用ディーゼルエンジンの出力向上やコンパクト化を実現するための部品として好適に用いることができる。
なお、式(1)乃至(3)において、元素記号はその元素の含有率[質量%]を意味する。また、金属組織の「主体」とは、その面積分率が全組織に対し90面積%以上占めるものをいい、好ましくは面積分率が99面積%以上のものをいう。
以上説明したように、本発明の大型鍛造用鋼は、強度及び靭性と共に耐久性に優れるので、例えば船舶用ディーゼルエンジンや発電用ディーゼルエンジン等の大型鍛造部品に好適に用いることができる。
関数Gの値と低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度との関係を示すグラフである。 関数Gの値と低冷却速度時の大型鍛造用鋼の靭性との関係を示すグラフである。 関数Fの値と高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度との関係を示すグラフである。 実施例の耐水素割れ性の評価においてSSRT(低歪み速度試験)を行っている状態を示す模式的正面図である。
以下、本発明に係る大型鍛造用鋼及び大型鍛造部品の実施形態について説明する。
[大型鍛造用鋼]
<金属組織>
当該大型鍛造用鋼は、その金属組織がベイナイトを主体とする。このように金属組織がベイナイトを主体とすることにより、当該大型鍛造用鋼は強度に優れる。
<組成>
また、当該大型鍛造用鋼は、C(炭素):0.18質量%以上0.35質量%以下、Si(ケイ素):0質量%以上0.3質量%以下、Mn(マンガン):1質量%以上2.7質量%以下、Ni(ニッケル):0質量%以上1質量%以下、Cu(銅):0質量%以上1質量%以下、Cr(クロム):1.5質量%以上2.5質量%以下、Mo(モリブデン):0.35質量%以上0.55質量%以下、V(バナジウム):0質量%以上0.15質量%以下、Al(アルミニウム):0.015質量%以上0.05質量%以下、N(窒素):30質量ppm以上100質量ppm以下、O(酸素):0質量ppm超30質量ppm以下、残部がFe(鉄)及び不可避的不純物である組成を有する。
〔C(炭素)〕
当該大型鍛造用鋼のC含有率の下限としては、0.18質量%であり、0.23質量%がより好ましい。また、当該大型鍛造用鋼のC含有率の上限としては、0.35質量%であり、0.3質量%がより好ましい。Cは焼き入れ性を高めると共に強度向上に寄与する元素であり、当該大型鍛造用鋼のC含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の十分な強度と焼き入れ性とが確保できないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のC含有率が上記上限を超える場合、当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれや、Cの逆V偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の被削性が低下するおそれがある。
〔Si(ケイ素)〕
当該大型鍛造用鋼のSi含有率の下限としては、0質量%であり、Siは含まれていなくてもよい。また、当該大型鍛造用鋼のSi含有率の上限としては、0.3質量%であり、0.2質量%がより好ましく、0.1質量%がさらに好ましい。Siは脱酸元素として酸素量低減に寄与する元素であり、必要により添加される。一方、当該大型鍛造用鋼のSi含有率が上記上限を超える場合、Siの逆V偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の靭性や耐水素割れ性が低下するおそれがある。
〔Mn(マンガン)〕
当該大型鍛造用鋼のMn含有率の下限としては、1質量%である。また、当該大型鍛造用鋼のMn含有率の上限としては、2.7質量%であり、2.5質量%がより好ましく、1.5質量%がさらに好ましい。Mnは焼き入れ性を高めると共に強度向上に寄与する元素である。当該大型鍛造用鋼のMn含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の十分な強度と焼き入れ性とが確保できないおそれや結晶粒度のばらつきを十分に抑制できないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のMn含有率が上記上限を超える場合、Mnの逆V偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の靭性や耐水素割れ性が低下するおそれがある。
〔Ni(ニッケル)〕
当該大型鍛造用鋼のNi含有率の下限としては、0質量%であり、Niは含まれていなくてもよい。また、当該大型鍛造用鋼のNi含有率の上限としては、1質量%であり、0.5質量%がより好ましく、0.2質量%がさらに好ましい。Niは強度及び靭性の向上に寄与する元素であり、必要により添加される。一方、当該大型鍛造用鋼のNi含有率が上記上限を超える場合、Niの逆V偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれがある。下限としては、1.5質量%である。
〔Cu(銅)〕
当該大型鍛造用鋼のCu含有率の下限としては、0質量%であり、Cuは含まれていなくてもよい。当該大型鍛造用鋼のCu含有率の上限としては、1質量%であり、0.5質量%がより好ましい。Cuは、靭性向上に寄与する元素であり、必要により添加される。一方、当該大型鍛造用鋼のCu含有率が上記上限を超える場合、製造コストが増大するおそれや熱間割れが生じるおそれがある。
〔Cr(クロム)〕
当該大型鍛造用鋼のCr含有率の下限としては、1.5質量%である。また、当該大型鍛造用鋼のCr含有率の上限としては、2.5質量%であり、2質量%がより好ましく、1.6質量%がさらに好ましい。Crは焼き入れ性を高めると共に靭性向上に寄与する元素であり、当該大型鍛造用鋼のCr含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の十分な靭性と焼き入れ性とが確保できないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のCr含有率が上記上限を超える場合、Crの逆V偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の被削性が低下するおそれがある。
〔Mo(モリブデン)〕
当該大型鍛造用鋼のMo含有率の下限としては、0.35質量%であり、0.45質量%がより好ましい。また、当該大型鍛造用鋼のMo含有率の上限としては、0.55質量%であり、0.5質量%がより好ましい。Moは焼き入れ性、強度及び靭性の向上に寄与する元素であり、当該大型鍛造用鋼のMo含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の十分な焼き入れ性、強度及び靭性が確保できないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のMo含有率が上記上限を超える場合、Moのミクロ偏析や重量偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれがある。
〔V(バナジウム)〕
当該大型鍛造用鋼のV含有率の下限としては、0質量%であり、0.035質量%がより好ましい。また、当該大型鍛造用鋼のV含有率の上限としては、0.15質量%であり、0.1質量%がより好ましい。Vは焼き入れ性を高めると共に強度向上に寄与する元素であり、必要により添加される。一方、当該大型鍛造用鋼のV含有率が上記上限を超える場合、Vの平衡分配係数の低さに起因してミクロ偏析が助長されるため当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれがある。
〔Al(アルミニウム)〕
当該大型鍛造用鋼のAl含有率の下限としては、0.015質量%である。また、当該大型鍛造用鋼のAl含有率の上限としては、0.05質量%である。Alは脱酸元素として酸素量低減に寄与する元素であり、当該大型鍛造用鋼のAl含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の十分な酸素量低減ができないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のAl含有率が上記上限を超える場合、酸化物の粗大化を招き、当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれがある。
〔N(窒素)〕
当該大型鍛造用鋼のN含有率の下限としては、30質量ppmである。また、当該大型鍛造用鋼のN含有率の上限としては、100質量ppmであり、80質量ppmがより好ましく、60質量ppmがさらに好ましい。Nは窒化物を形成して結晶粒を細粒化し、靭性の確保に寄与する元素であり、当該大型鍛造用鋼のN含有率が上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の靭性が確保できないおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼のN含有率が上記上限を超える場合、固溶Nとしてひずみ時効をもたらし、当該大型鍛造用鋼の靭性を低下させるおそれがある。
〔O(酸素)〕
当該大型鍛造用鋼のO含有率は、0質量ppm超である。また、当該大型鍛造用鋼のO含有率の上限としては、30質量ppmであり、15質量ppmがより好ましく、10質量ppmがさらに好ましい。Oは、当該大型鍛造用鋼中に酸化物として存在し、Oの含有量は0にはできない。従って、当該大型鍛造用鋼のO含有率の下限としては、0質量%超である。一方、当該大型鍛造用鋼のO含有率が上記上限を超える場合、酸化物の粗大化を招き、当該大型鍛造用鋼の靭性が低下するおそれがある。
〔他の成分〕
当該大型鍛造用鋼は、上述した成分以外に残部にFe及び不可避的不純物を含む。また、不可避的不純物としては、例えば原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれるP(リン)、S(硫黄)、Sn(スズ)、As(ヒ素)、Pb(鉛)、Nb(ニオブ)、Ti(チタン)等の元素の混入が許容される。
当該大型鍛造用鋼の不可避不純物であるPの含有率の上限としては、0.1質量%が好ましく、0.01質量%がより好ましい。当該大型鍛造用鋼のP含有率が上記上限を超える場合、粒界編析による粒界破壊を助長するおそれがある。
当該大型鍛造用鋼の不可避不純物であるSの含有率の上限としては、0.02質量%が好ましく、0.01質量%がより好ましい。当該大型鍛造用鋼のS含有率が上記上限を超える場合、硫化物系介在物が増大して強度を劣化させるおそれがある。
<各成分含有量間の関係>
当該大型鍛造用鋼は、下記式(1)及び(2)を満たす。
Figure 2016145380
当該大型鍛造用鋼の金属組織は、製造時に主としてベイナイト組織に変態したものであるが、この時、上記式(1)及び(2)を満たすことで、当該大型鍛造用鋼の材質ばらつきを低減することができる。今のところ、そのメカニズムは明確ではないが、上記式(1)を満たすことで、高冷却速度での変態開始温度の低温化が抑制でき、上記式(2)を満たすことで、低冷却速度での変態開始温度の高温化を抑制できると考えられる。これにより冷却速度の相違から大型鍛造用鋼の材質ばらつきが抑制され、材質ばらつきによる大型鍛造用鋼内の強度差が発生し難くなる。
さらに詳細に説明すると、式(1)及び式(2)の不等号に挟まれた下記式(4)及び式(5)で表される関数F及び関数Gは、元素組成の異なる多数の大型鍛造用鋼を回帰分析することにより導出した式である。
Figure 2016145380
式(5)の関数Gは、図1に示すように主に焼き入れ処理後時の平均冷却速度が1℃/minである低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度と正の相関がある。また、関数Gは、図2に示すように低冷却速度時の靭性と負の相関がある。
なお、「強度」はJIS−Z2201の14号試験片(φ6×G.30)を用いJIS−Z2241に基づいて引張強さ(TS)を測定した値を意味し、「靭性」はJIS−Z2202の試験片(2mmVノッチ)を用いJIS−Z2242に基づいてシャルピー衝撃試験により室温で吸収エネルギー(vE)を測定した値を意味する。強度及び靭性共に数値が大きいほど優れていることを意味する。
ここで図1及び図2に示すように関数Gの値が増加すると低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度が向上するが、関数Gの値が0.53を超えると大型鍛造用鋼の靭性が150J未満となり、大型鍛造用鋼として靭性不足となるおそれがある。逆に、関数Gの値が減少すると大型鍛造用鋼の靭性が向上するが、関数Gの値が0.45未満となると低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度が650MPa未満となり、大型鍛造用鋼として強度不足となるおそれがある。従って、強度及び靭性に優れた大型鍛造用鋼を得るには、式(2)を満たす必要がある。
同様に式(4)の関数Fは、図3に示すように主に焼き入れ処理後時の平均冷却速度が10℃/minである高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度と正の相関がある。関数Fの値が0.95未満となると高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度が650MPa未満となり、大型鍛造用鋼として強度不足となるおそれがある。従って、強度に優れた大型鍛造用鋼を得るには、関数Fの値を0.95以上とする必要がある。
また、関数Fの値が大きくなる際、高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度の増加は、低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度の増加よりも大きい。このため、関数Fの値が大きくなると、高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度と低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度との差が大きくなり易い。つまり、冷却速度の相違により大型鍛造用鋼の強度差が発生し易くなり、耐久性が低下するおそれがある。ここで関数Gが上述の0.53付近では、低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度は700MPa程度である。これに対し、関数Fの値が1.15を超えると高冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度が800MPaを超えるため、低冷却速度時の大型鍛造用鋼の強度との強度差が100Jを超え、大型鍛造用鋼が耐久性不足となるおそれがある。従って、耐久性に優れた大型鍛造用鋼を得るには、関数Fの値を1.15以下とする必要がある。これにより式(1)が導出される。
当該大型鍛造用鋼がP(リン)及びS(硫黄)をさらに有し、下記式(3)をさらに満たすとよい。このように当該大型鍛造用鋼が下記式(3)をさらに満たすことで、耐水素割れ性に優れる。
Figure 2016145380
今のところ、そのメカニズムは明確ではないが、式(3)を満たすことで耐水素割れの発生起点となるマクロ偏析の量が減少すると共に、偏析が生じた部分の硬度も低減できるため、耐水素割れ性が大きく改善すると推定される。
<機械的性質>
当該大型鍛造用鋼の引張強さ(TS)の下限としては、650MPaが好ましく、700MPaがより好ましい。また、当該大型鍛造用鋼の引張強さの上限としては、850MPaが好ましく、800MPaがより好ましい。当該大型鍛造用鋼の引張強さが上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の強度が不足するおそれがある。一方、当該大型鍛造用鋼の引張強さが上記上限を超える場合、当該大型鍛造用鋼の強度の冷却温度依存性が発生し易くなり、当該大型鍛造用鋼の耐久性が不足するおそれがある。
焼き入れ処理時の平均冷却速度を10℃/minとして製造した大型鍛造用鋼と焼き入れ処理時の平均冷却速度を1℃/minとした以外は同様の条件で製造した大型鍛造用鋼との引張強さ(TS)の差分の上限としては、100MPaが好ましく、50MPaがより好ましい。上記差分が上記上限を超える場合、当該大型鍛造用鋼の強度の冷却温度依存性が発生し易くなり、当該大型鍛造用鋼の耐久性が不足するおそれがある。
シャルピー衝撃試験により室温で測定した当該大型鍛造用鋼の吸収エネルギーの下限としては、150Jが好ましく、180Jがより好ましい。また、上記吸収エネルギーの上限としては、260Jが好ましい。上記吸収エネルギーが上記下限未満である場合、当該大型鍛造用鋼の靭性が不足するおそれがある。一方、上記吸収エネルギーが上記上限を超える場合、当該大型鍛造用鋼の強度が低下するおそれがある。
当該大型鍛造用鋼の水素割れ感受性S値の上限としては、50%が好ましく、40%がより好ましく、30%がさらに好ましい。上記水素割れ感受性S値が上記上限を超える場合、大型鍛造用鋼の粒界への水素侵入及び蓄積による粒界破壊で割れが発生するおそれがある。一方、上記水素割れ感受性S値の下限としては、特に限定されず、低いほどよい。ここで、「水素割れ感受性S値」とは、0.5Mol/LのHSO及び0.01Mol/LのKSCNを混合した水溶液に浸漬し、水素を添加しつつ、電流密度0.5A/dmにて陰極電解を行った大型鍛造用鋼の破断応力(伸び)をS1、上記水溶液への浸漬を省略した状態、すなわち大気中で測定した大型鍛造用鋼の破断応力をS0とするとき、(1−S1/S0)×100で計算される量である。
<大型鍛造部品>
当該大型鍛造部品は、当該大型鍛造用鋼を鍛造して製造される。このため、当該大型鍛造用鋼は強度及び靭性と共に耐久性にも優れる。従って、当該大型鍛造部品は、船舶用ディーゼルエンジンの出力向上やコンパクト化を実現するための部品として好適に用いることができる。
<製造方法>
当該大型鍛造用鋼は、例えば溶製工程、鋳造工程、加熱工程、素材鍛造工程により製造され、当該大型鍛造用鋼を用いた大型鍛造部品は、部品鍛造工程、焼き入れ前処理工程、焼き入れ処理工程及び機械加工工程を備える製造方法により製造される。
(溶製工程)
溶製工程では、まず高周波溶解炉、電気炉、転炉等を用いて、上述した所定の組成に調整した鋼を溶製する。その後、その溶鋼に真空処理を施し、O(酸素)、H(水素)等のガス成分や不純元素を除去する。
(鋳造工程)
鋳造工程では、上記溶製工程で成分調整した鋼を用いて鋼塊(インゴット)を鋳造する。大型鍛造用鋼の場合は、主としてインゴット鋳造が採用されるが、連続鋳造法を採用することも可能である。
(加熱工程)
加熱工程では、所定の温度で所定時間、鋼塊を加熱する。低温になると材料の変形抵抗が増大するので、材料の変形能の良好な範囲で加工を行うために、加熱温度は例えば1150℃以上1350℃以下とする。また、鋼塊の表面と内部との温度を均一にするために所定の加熱時間が必要であり、加熱時間は例えば3時間以上とする。加熱時間は、一般的に被加工物の直径の2乗に比例すると考えられており、大型材ほど加熱保持時間は長くなる。
(素材鍛造工程)
素材鍛造工程では、加熱工程で加熱された鋼塊を鍛造する。ザク巣やミクロポロシティ等の鋳造欠陥を圧着させるために、鍛錬成形比としては3S以上が好ましい。このようにして当該大型鍛造用鋼が得られる。
(部品鍛造工程)
部品鍛造工程では、素材鍛造工程で鍛造された鋼塊(大型鍛造用鋼)をクランク軸等の大型鍛造部品に加工する。例えばクランク軸への加工方法としては、クランクアームとクランクピンを一体としたブロックとして鍛造し、ガス切断及び機械加工によってクランク軸形状に仕上る自由鍛造法や、鋼塊の軸心がクランク軸の軸心部となる様に鍛造加工し、中心偏析により特性の劣化を起こし易い部分をクランク軸の全ての軸心部となる様に一体に鍛造加工するRR鍛造法及びTR鍛造法が例示される。中でもRR鍛造法及びTR鍛造法が、クランク軸の表層側を清浄度の高い部分で占めさせることができ、強度及び耐久性に優れたクランク軸が得られ易いので好ましい。
(焼き入れ前処理工程)
焼き入れ前処理工程では、部品鍛造工程の鍛造品を所定温度まで加熱した後、所定時間保持し、その後室温まで冷却する。上記加熱温度としては、550℃以上650℃以下が好ましく、上記保持時間としては、10時間以上が好ましい。また、500℃以上の温度領域では保持温度まで50℃/hr以下の昇温速度で加熱するとよい。焼き入れ処理を行う前に焼き入れ前処理工程を行うことにより、鍛造品中の整合析出物を減少させることができる。
(焼き入れ処理工程)
焼き入れ処理工程では、焼き入れ処理を行った後、焼き戻し処理を行う。焼き入れ処理は、焼き入れ前処理工程で冷却された鍛造品を、所定温度まで昇温して所定時間保持した後、所定温度まで冷却する処理である。焼き入れ温度としては、800℃以上950℃以下が好ましく、上記保持時間としては1時間以上が好ましい。また冷却温度としては、450℃以上530℃以下が好ましい。また、昇温速度としては、30℃/hr以上70℃/hr以下が好ましく、冷却速度としては、15℃/min以下が好ましい。
焼き戻し処理は、焼き入れ処理を行った鍛造品を所定の温度まで徐加熱し、一定時間保持した後、室温まで冷却する処理である。焼き戻し温度としては、550℃以上650℃以下が好ましく、上記保持時間としては5時間以上20時間以下が好ましい。また、昇温速度としては、30℃/hr以上70℃/hr以下が好ましく、冷却速度としては、15℃/min以下が好ましい。焼き戻しを行うことにより、強度、延性及び靭性のバランスが調整されるとともに、相変態で生じた内部応力(残留応力)が除去される。
(機械加工工程)
焼き入れ処理工程後の鍛造品から、必要に応じ表層の一部を切削又は研削を含む仕上げ機械加工を施すことで、当該大型鍛造用部品を得ることができる。
<利点>
当該大型鍛造用鋼は、その金属組織がベイナイトを主体とするので、強度に優れる。また、この金属組織は、当該大型鍛造用鋼の製造時に主としてベイナイト組織に変態したものであり、この変態時に、上記式(1)を満たすことで、高冷却速度での変態開始温度の低温化が抑制でき、上記式(2)を満たすことで、低冷却速度での変態開始温度の高温化を抑制できる。このように冷却速度による変態開始温度の相違を抑制することで、当該大型鍛造用鋼の材質ばらつきを抑制することができる。さらに当該大型鍛造用鋼の各元素組成を上記範囲内とすることにより、強度及び靭性が確保できる。従って、当該大型鍛造用鋼は、強度及び靭性と共に耐久性に優れる。このため、当該大型鍛造用鋼を用いた当該大型鍛造部品は、船舶用ディーゼルエンジンや発電用ディーゼルエンジン等の出力向上やコンパクト化を実現するための部品として好適に用いることができる。
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1〜15、比較例1〜21]
高周波炉を用いて表1に示す成分の鍛造用鋼を溶製し、鋳造して直径132mm以上158mm以下、長さ323mmの鋼塊50kgを製造した。
得られた鋼塊の押湯部分を切除し、温度1230℃で5時間以上10時間以下の加熱をした後、自由鍛造プレス機を用いて高さ比1/2まで圧縮した。次に、この鋼塊を鋼塊中心線を90°回転させて鍛造し、90mm×90mm×450mmにまで引き伸ばして鋼材を得た。この鋼材を室温となるまで大気中で放冷した。この鋼材を焼き入れ処理前に550℃以上650℃以下で10時間以上保持した後、炉冷した。なお、500℃以上の温度領域では保持温度まで50℃/hr以下の昇温速度で加熱した。
その後、小型シミュレート炉を用いて上記鋼材に焼き入れ処理を施した。焼き入れは、上記鋼材を昇温速度50℃/hrで870℃まで昇温し3時間保持した後、500℃まで冷却した。この時、平均冷却速度を1℃/minとした鋼材及び平均冷却速度を10℃/minとした鋼材をそれぞれ用意した。その後、それぞれの鋼材に焼き戻し処理を施した。この焼き戻し処理としては、620℃の温度で10時間保持してから炉冷する方法を採用した。このようにして実施例1〜15及び比較例1〜21の大型鍛造用鋼を得た。
Figure 2016145380
[評価方法]
実施例1〜15及び比較例1〜21の大型鍛造用鋼について以下の評価を行った。評価結果を表2に示す。
<強度評価>
強度評価として、各大型鍛造用鋼について引張試験を実施した。引張試験は、JIS−Z2201の14号試験片(φ6×G.30)を用いJIS−Z2241に基づいて引張強さ(TS)を測定することで行った。引張強さ(TS)の数値が大きいほど大型鍛造用鋼が強度に優れることを意味する。なお、引張試験は、平均冷却速度を1℃/minとした大型鍛造用鋼及び平均冷却速度を10℃/minとした大型鍛造用鋼の双方について実施した。上述のようにこの引張強さの数値が650MPa以上である場合、大型鍛造用鋼が強度に優れると判断できる。また、平均冷却速度の異なる大型鍛造用鋼間の引張強さの差が100MPa以下である場合、大型鍛造用鋼が耐久性に優れると判断できる。
<靭性評価>
靭性評価として、各大型鍛造用鋼についてシャルピー衝撃試験を実施した。シャルピー衝撃試験は、JIS−Z2202の試験片(2mmVノッチ)を用いJIS−Z2242に基づいて室温で吸収エネルギー(vE)を測定することで行った。吸収エネルギーの数値が大きいほど大型鍛造用鋼が靭性に優れることを意味する。なお、シャルピー衝撃試験は、平均冷却速度を1℃/minとした大型鍛造用鋼について実施した。上述のようにこの吸収エネルギーの数値が150J以上である場合、大型鍛造用鋼が靭性に優れると判断できる。
<耐水素割れ性評価>
耐水素割れ性評価として、各大型鍛造用鋼について比較試験法により水素割れ感受性を比較評価した。耐水素割れ性評価は以下の手順で行った。まず、各大型鍛造用鋼から丸棒形の試験片を採取した。採取した試験片を、長さ150mm、標線間距離10mmのダンベル状に加工し、中央部分を直径4mmに加工すると共に、両端のつかみ具部分を直径8mmに加工して長さ15mmにわたってネジを設けた。なお、水素割れ感受性の比較評価は、平均冷却速度を1℃/minとした大型鍛造用鋼について実施した。
次に、図4に示すように、試験片1を、試験装置2にセットして、0.5Mol/LのHSO及び0.01Mol/LのKSCNを混合した水溶液3に浸漬した。その状態で水素を添加しつつ、電流密度0.5A/dmにて陰極電解を行った。以上の準備を完了した試験片1に、長軸方向の引張負荷Nを加えてその破断応力S1(伸び)を測定するSSRT(低歪み速度試験)を実施した。この時、試験装置2のクロスヘッドの引張速度は2×10−3mm/minとした。
一方、水溶液3への浸漬を省略した状態、すなわち大気中で測定した以外は、上記条件と同条件でSSRT(低歪み速度試験)を実施して、大型鍛造用鋼の破断応力S0を測定した。
これらの測定で得られた測定値を下記式(6)に代入して水素割れ感受性S値を算出した。この水素割れ感受性S値が50%以下である場合、大型鍛造用鋼が耐水素割れ性に優れると判断できる。
S値=(1−S1/S0)×100 ・・・(6)
Figure 2016145380
なお、表2において、関数Hとは、式(3)の左辺の下記式(7)の関数を意味する。
Figure 2016145380
[評価結果]
表2に示すように、C、Si、Mn、Ni、Cu、Cr、Mo、V、Al、N及びOの含有率が本発明の範囲内であり、かつ式(1)及び式(2)を満たす実施例1〜15の大型鍛造用鋼は、引張強さ、平均冷却速度の異なる大型鍛造用鋼間の引張強さの差、及び吸収エネルギーが高く、強度、耐久性及び靱性に優れることが分かる。
これに対し、比較例1、4、及び8の大型鍛造用鋼は、関数Gの値が小さ過ぎるため、平均冷却速度を1℃/minとした大型鍛造用鋼の引張強さが小さくなったと考えられ、強度が不足することが分かる。また、比較例2、9及び19の大型鍛造用鋼は、関数Fの値が大き過ぎるため、平均冷却速度の異なる大型鍛造用鋼間の引張強さの差が大きくなったと考えられ、耐久性が不足することが分かる。さらに、比較例3、5〜7、及び11〜17の大型鍛造用鋼は、Si、Mn、Ni、Cu、Mo、V、Al、N及びOのいずれかの元素が本発明の範囲外であるため、吸収エネルギーが低くなったと考えられ、靭性が不足することが分かる。また、比較例10の大型鍛造用鋼は、Moが本発明の範囲よりも少ないため、平均冷却速度を1℃/minとした大型鍛造用鋼の引張強さが小さくなったと考えられ、強度が不足することが分かる。比較例18、20、及び21については、そのメカニズムは明確ではないが、関数F又は関数Gの値が本発明の範囲外であるため、平均冷却速度の異なる大型鍛造用鋼間の引張強さの差を小さくすることができなかったと考えられ、耐久性が不足することが分かる。
また、式(3)を満たす実施例1〜14は、式(3)を満たさない実施例15よりも耐水素割れ感受性が低い。このことから、式(3)をさらに満たすことで、大型鍛造用鋼は耐水素割れ性に優れることが分かる。
以上説明したように、本発明の大型鍛造用鋼は、強度及び靭性と共に耐久性に優れるので、例えば船舶用ディーゼルエンジンや発電用ディーゼルエンジン等の大型鍛造部品に好適に用いることができる。
1 試験片
2 試験装置
3 水溶液
N 引張負荷

Claims (3)

  1. C:0.18質量%以上0.35質量%以下、
    Si:0質量%以上0.3質量%以下、
    Mn:1質量%以上2.7質量%以下、
    Ni:0質量%以上1質量%以下、
    Cu:0質量%以上1質量%以下、
    Cr:1.5質量%以上2.5質量%以下、
    Mo:0.35質量%以上0.55質量%以下、
    V:0質量%以上0.15質量%以下、
    Al:0.015質量%以上0.05質量%以下、
    N:30質量ppm以上100質量ppm以下、
    O:0質量ppm超30質量ppm以下、
    残部がFe及び不可避的不純物である組成を有し、
    金属組織がベイナイトを主体とし、
    下記式(1)及び(2)を満たすことを特徴とする大型鍛造用鋼。
    Figure 2016145380
  2. 上記大型鍛造用鋼がP及びSをさらに有し、
    下記式(3)をさらに満たす請求項1に記載の大型鍛造用鋼。
    Figure 2016145380
  3. 請求項1又は請求項2に記載の大型鍛造用鋼を鍛造した大型鍛造部品。
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