JP2011158425A - 目視蛍光分析用具及びそれを用いる微量重金属の分析方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】シクロデキストリン等の包摂化合物を固定化した基板又は粒子等の吸着担体を用い、目視蛍光分析する器具および方法であって、環境水中の被検体を蛍光誘導体化(Se−DAN又はCr−DAN)してこれを選択的に取り出し、固体相上の包摂化合物に吸着させて蛍光被検体を励起し、目視的に一次蛍光分析できるようにしたもので、この担体上の蛍光被検体はアルコール等の有機溶媒で抽出することができ、有機溶媒中の蛍光被検体を蛍光分析計を用いて高精度二次分析を行い、環境水中の微量Seを二段分析できる。
【選択図】図1A
Description
生体存在量が微量かつ生命維持に不可欠な元素は、鉄(Fe), 亜鉛(Zn), マンガン(Mn), 銅(Cu), セレン(Se), ヨウ素(I), モリブデン(Mo), クロム(Cr), コバルト(Co)の9元素といわれている。その中でもSeは安全な生体濃度域が非常に狭い(100〜200 mg mL-1)という特徴を有しており、欠乏症として克山病や心臓冠動脈疾患、過剰症として皮膚炎や胃腸障害などを引き起こすことが明らかとなっている。
ところが、Se及びSe化合物は、ガラス製品や窯業製品、半導体材料、太陽電池や映画用フィルム、赤外線偏光子、顔料、増感剤、脱水素剤、起泡剤等、様々な工業製品の原料として多用されているため、製造工場等からはSe含有排水が河川などに排出されている。また、Seは食物連鎖による生物濃縮が確認されているため、汚染水域に生息する魚介類を摂取し続けることで、Se過剰症を発現する危険性が高くなる。そのため、日本では平成5年にセレンの水質環境基準(0.01 mg L-1)が設定され、平成6年には排水基準(0.1 mg L-1)が設定され、種々の方法、例えば、JIS K 0102にはセレンの公定分析法として吸光光度法(UV)、水素化物発生原子吸光分光法(HGAAS)等が規定されている。近年では、誘導結合型プラズマを光源とする原子発光分析法(ICP-AES)、または誘導結合型プラズマ質量分析法(ICP-MS)のような分光法と水素化物発生法を連結することで、より高感度に測定することが可能となっている。これらの分析法以外にも、セレン化水素(H2Se)ガスを希硫酸溶液に吸収させ、定電位電解を行い、その際の電流値を測定する定電位電解法、光エネルギーにより励起した分子が基底状態に戻るときに生じる蛍光を測定する蛍光光度法が提案されている。
即ち、この簡易測定方法は、環境水を純水によって20倍以上に希釈する工程と、前記希釈後の環境水のpHを調整する工程と、前記pH調整後の環境水に2,3-ジアミノナフタレン(以下、DANと呼ぶ)を添加する工程と、前記DAN添加後の環境水を加温してDANのSe錯体を形成させる工程と、前記DANのSe錯体を有機溶媒で抽出する工程と、前記DANのSe錯体の抽出された有機溶媒中のSeを、蛍光光度計を用いて、標準添加法で定量する工程と、を有する環境水中の微量Seの簡易分析方法にある。
表1に各種セレノジアゾール誘導体の蛍光及び燐光特性、化1、化2、化3、化4に各種セレノジアゾール誘導体の構造式を示す。表1に示したpiazselenol誘導体の中でも、Se-DANは高い蛍光量子収率を有し、光安定性も高いため、3’,4’-diaminophenylpiazselenolと比較し、非常に優れている。
ホスト−ゲスト複合体では、ある特定の場(空孔)を持つ分子(ホスト)に非共有結合で別の分子(ゲスト)が結合し、ホスト−ゲストが一体となった複合体を生じる。そこには、ホストが特定のゲストのみを取り込む分子認識能が関与している。ホスト−ゲスト化学は、ホスト分子修飾による分子認識能の向上、選択的な化学種の能動輸送や触媒作用などの新しい機能を加えるなど、基礎から応用まで多岐にわたっている。ホスト−ゲスト複合体の代表例は、天然には酵素と基質、人工系ではクラウンエ−テルと金属イオンである。ホスト−ゲスト間には、疎水相互作用、水素結合、静電相互作用、van der Waals力、電荷移動相互作用などの非共有結合力が働き、ホストゲスト複合体が形成される。ホストが環状か鎖状か、単分子であるか多分子であるかは、二次的なことであって、空孔形成が特徴としてあげられる。
本発明で使用するβ-CDは疎水性空孔(直径0.7〜0.8 nm, 容量0.346 nm3)を有する化合物である。β-CDの最も重要な特性は、空孔に種々のゲスト分子を取り込み、包接化合物を形成することである。包接化合物の形成にはゲスト化合物とホスト化合物との van der Waals力並びにゲスト化合物とβ-CDのヒドロキシル基との水素結合が機能していると考えられる。
このような機能を有するβ-CDを固定相として用いることで、被分析元素であるSe(IV)を蛍光誘導体化したSe-DANを選択的に吸着可能となる。なお、残存する蛍光誘導体化試薬は誘導体化条件下では、大部分がプロトン化されておりβ-CDには包接されない。また、Se-DANはβ-CDに包接されることで、蛍光増強効果も期待できるため、目視蛍光分析法による半定量が可能となる。Cr(VI)もSeと同様にCr−DANとして蛍光体化され、固定相β-CDに吸着されることが見出されている。したがって、DANにより蛍光誘導体化される金属イオンは本発明により目視観測することができる。
TLCの固定相としては、主に多孔性シリカゲルやアルミナなどの極性の高い基をもつ無機物がそのまま用いられ、移動相には有機溶媒が利用される。シリカゲル、アルミナのいずれも、その固体相表面に水酸基を有しており、この水酸基が試料成分と相互作用を及ぼしている。その結果、各成分の分離はその相互作用の違いから達成される。TLCを高性能化したものに高性能薄層クロマトグラフィー(HPTLC)がある。これは粒子径が5 μm前後の多孔性シリカゲルなどを塗布し、乾燥させたプレートを用いる。短い展開距離(3〜6 cm)で高い分離が得られ、吸光光度法で0.5〜5 ng、蛍光光度法で10〜100 pgの検出限界が得られ、通常のTLCより約10倍の高感度定量が可能である。本発明では、目視分析の操作性の向上に向けて、このTLCプレートを利用する。TLCプレートの固定相にSe-DANの高選択性吸着剤かつ蛍光増強剤であるβ-CDを固定相に修飾することによって、Se-DANが選択的にトラップされ、蛍光色の濃淡による目視検出が可能である。また、Se-DANのスポットを展開させることで、夾雑物との分離、色長あるいは面積での評価も可能となり、より高感度な目視定量への応用も可能である。
上記具体例を図示した態様が図1Aの工程(a),(b)及び(c)で示される。
即ち、工程(a)ではTCL基板にアミド結合を介して包摂化合物のβシクロデキストリン(βCD)を結合させ、次いで工程(b)ではTCL基板上のシクロデキストリンにSe−ジアミノナフタレン(DAN)がトラップされ、工程(c)ではTCL基板上のシクロデキストリンにトラップされたSe−DANに励起光を照射すると蛍光が増強されて放出されることになる。
環境水を、前処理してSe(VI)をSe(IV)に還元する一方それ以外の妨害イオンをマスキングする工程と、
前記前処理後の環境水に2,3-ジアミノナフタレン(以下、DANと呼ぶ)を添加し、DANのSe錯体(Se−DAN)を形成させる工程と、
請求項1に記載の目視蛍光分析用具を用いてSe−DANをβ―CDに吸着させ、ブラックライトを用いて目視蛍光分析を行うことを特徴とする環境水中の微量Seの簡易分析方法にある。
また、本発明は上記ホストゲスト複合体として被測定対象の元素を持ち帰り、これを精密分析する二段分析方法を提供するものであり、上記一次目視観察後、目視蛍光分析用具中の前記DANのSe錯体(Se−DAN)を、アルコール等の溶媒で抽出する工程と、
前記DANのSe錯体の抽出された溶媒中のSeを、蛍光光度計を用いて、定量する工程と、さらに有する環境水中の微量Seの二段分析方法を提供する。
前記前処理後の環境水に2,3-ジアミノナフタレン(以下、DANと呼ぶ)を添加し、DANのCr錯体(Se−DAN)を形成させる工程と、
請求項1に記載の目視蛍光分析用具を用いてCr−DANをβ―CDに吸着させ、ブラックライトを用いて目視蛍光分析を行うことを特徴とする環境水中の微量Seの簡易分析方法にある。また、本発明は上記ホストゲスト複合体として被測定対象の元素を持ち帰り、これを精密分析する二段分析方法を提供するものであり、上記一次目視観察後、目視蛍光分析用具中の前記DANのCr錯体(Cr−DAN)を、アルコール等の溶媒で抽出する工程と、前記DANのCr錯体の抽出された溶媒中のCrを、蛍光光度計を用いて、定量する工程と、さらに有する環境水中の微量Crの二段分析方法を提供する。
なお、本発明において、妨害イオンのマスキングについてはSe及びCrともに同様の方法を使用することができるが、Se及びCrの共存下においては水酸化物共沈(ランタン水酸化物)により、セレンとクロムを分別する方法を使用可能である( 本発明者著:Bulletin of the Chemical Society of Japan (2000), 73(4), 895-901頁参照. )。
1.1〜8800 μg L-1Se(IV)溶液5 mL、0.05% DAN 0.5 mL、1 mol L-1 HCl 30 μLを褐色バイアルに添加し、90℃で5分間加温した。室温まで冷却後、SDS/β-CD溶液1.5 mL、0.5 mol L-1クエン酸緩衝液(pH 4)を1 mL添加し、ブラックライト(lex = 365 nm)による目視測定及び蛍光測定(lex = 375 nm, lem = 550 nm)を行った。化5にセレン蛍光誘導体化反応式を示す。
1.1〜8800 μg L-1 Se(IV)溶液5 mL、0.05% DAN 0.5 mL、1 mol L-1 HCl 30 μLを褐色バイアルに添加し、90℃で5分間加温後、室温まで冷却した。
・陽イオン交換(未反応DANの除去)あり
1.1〜8800 μg L-1 Se(IV)溶液5 mL、0.05% DAN 0.5 mL、1 mol L-1 HCl 30 μLを褐色バイアルに添加し、90℃で5分間加温した。室温まで冷却後、陽イオン交換(100 mg, 10分振とう)を行った。
・誘導体化前
15 mg L-1 Se(IV)溶液0.5 mL、3.8 mg L-1 Cr(VI)溶液 2 mL、0.15 mmol L-1 アスコルビン酸(AA)溶液 2 mL、0.05 %(v/v) DAN溶液0.5 mLを褐色バイアルへ添加した。1 mol L-1 HClでpH 2に調整後、90℃で5分間加温した。室温まで冷却後、SDS/β-CD溶液1.5 mLおよびクエン酸緩衝液(pH 4) 1 mLを添加し、蛍光測定を行った。
・誘導体化後
15 mg L-1 Se(IV)溶液0.5 mL、3.8 mg L-1 Cr(VI)溶液 2 mL、0.05 %(v/v) DAN溶液0.5 mL、Milli-Q水 2 mLを褐色バイアルへ添加した。1 mol L-1 HClでpH 2に調整後、90℃で5分間加温した。室温まで冷却後、0.15 mmol L-1 AA溶液2 mL、SDS/β-CD溶液1.5 mLおよびクエン酸緩衝液(pH 4) 1 mLを添加し、蛍光測定を行った。
7.65 mg L-1Se(IV)溶液0.1 mL、0.33, 17 mmol L-1NO2 -溶液を褐色バイアルに添加した(全量5.5 mLになるようMilli-Q水で調整)。1 mol L-1 HCl 60 μL、0.05 %(v/v) DAN溶液0.5 mLを添加後、90℃で5分間加温した。室温まで冷却後、SDS/β-CD溶液1.5 mLおよびクエン酸緩衝液(pH 4) 1 mLを添加し、蛍光測定を行った。
ビーカーにβ-CD 8 g、NaOH 7.6 g、クロロ酢酸4.5 g、Milli-Q水50 mLを添加し、50℃で4時間攪拌した。その後、6 mol L-1 HCl 約20 mLで中和した溶液を230 mLメタノールに添加した。形成した白色沈殿を吸引ろ過(材質:PTFE, 孔径:0.45 μm)し、得られた沈殿を12時間減圧乾燥および24時間凍結乾燥することにより、半透明の合成物を得た。化6に反応式を示す。
合成の評価は1H NMR測定で行った。溶媒には重水(D2O)およびジメチルスルホキシド-d6 (DMSO-d6)を用いた。
1 wt% ゲル化剤溶液(寒天、アガロースH、ゲランガム)に15 mmol L-1となるようβ-CDを添加した。その混合溶液を、ガラス板上に10 μL滴下後、自然乾燥させ、薄膜を形成させた。5 mg L-1 Se-DAN溶液中で振とう後、Milli-Q水で洗浄し、ブラックライトを照射して色の変化を観察した。
ガラス板
ガラス板上へのCM-β-CDの修飾方法を化7に示す。ガラス板表面をアセトン、エタノール、水で洗浄し、0.3 mol L-1HClに1時間浸漬後、水で洗浄した。その後、1 %(v/v) N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(AEAPTS)(エタノール:水=90:10 (v/v))中に15分間浸漬した。110℃の乾燥機内で1時間加熱後、エタノール、水で洗浄した。AEAPTSの修飾評価として、接触角測定およびATR-IR測定を行った。0.1 mol L-1 N-エチル-N’-(3-ジメチルアミノプロピル) カルボジイミド(EDC)/0.1 mol L-1 N-ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)溶液を調製し、最終濃度1 mmol L-1となるようにCM-β-CDを添加した。AEAPTS修飾ガラス板をその溶液に一晩浸漬し、水で洗浄した。CM-β-CDの修飾評価として、ATR-IR測定および次の実験を行った。
CM-β-CD修飾ガラス板を5 mg L-1 Se-DAN溶液に浸漬し、手で軽く振とうした。水で洗浄後、ブラックライト(lex = 365 nm)を照射して色の変化を観察した。その後、メタノールで洗浄し、再度ブラックライトを照射して色の変化を観察した。そして、5 mg L-1 Se-DAN溶液に再度浸漬し、水で洗浄後、ブラックライトを照射して色の変化を観察した。
β-CD修飾TLCプレートの作製※
0.1 mol L-1 EDC/NHS溶液2 mLにCM-β-CD 24 mg =5 mmol L-1)を添加した。この溶液に、NH2修飾TLCプレート(1.5×1.5 cm2)を室温で18時間浸漬した。水で洗浄し、室温で乾燥させた。
※ プレート面積が異なる場合、プレート面積当たりのCM-β-CD濃度が4.4 μmol cm-2になるようEDC/NHS/CM-β-CD溶液を調製した
β-CD修飾TLCプレート※を8 mg L-1 Se-DAN溶液約5 mL中で1分間浸漬させた。水で洗浄し、乾燥させた後、ブラックライトを照射してプレートの様子を観察した。メタノール約10 mL中で5分間振とう後、ブラックライト(lex = 365 nm)を照射して観察した。
また、β-CD修飾プレートと未修飾プレート上に8 mg L-1Se-DAN溶液20 μLを滴下した。水で洗浄し、乾燥させた後、ブラックライトを照射してスポットの蛍光色を観察した。
※ 0.1 mol L-1 EDC/NHS溶液3 mLにCM-β-CD 0.01 g (=2 mmol L-1)を添加した。この溶液に、NH2修飾TLCプレート(2×2 cm2)を室温で一晩浸漬した。水で洗浄し、室温で乾燥させた。
0.1 mol L-1 EDC/NHS溶液1 mLに0.02〜20 mmol L-1CM-β-CD溶液1 mLを添加した。この溶液にNH2修飾TLCプレート(1.5×1.5 cm2)を室温で18時間浸漬した。水で洗浄し、室温で乾燥させたプレートに8 mg L-1Se-DAN溶液8 μLを滴下した。水で洗浄後、メタノール1.5 mLでSe-DANを溶出した。上澄み液を0.6 mL採取し、SDS/β-CD/buffer溶液(pH 4) 0.9 mLと混合した[30]。この溶液の蛍光測定により表面に吸着したSe-DAN量を定量し、修飾操作に最低限必要なCM-β-CD濃度を算出した。
2.3.7.1.で作製したβ-CD修飾薄層部1 mg (0.067 cm2に相当)を試験管に採取し、水1 mLを添加し、これを試料溶液とした。5 %(w/w)フェノール水溶液1 mLと混合後、濃硫酸3 mLを滴下し、10分間静置した。振とう混合後、30℃で20分間静置し、吸光度測定した。25, 50, 75, 100 mg L-1 β-CD溶液で作成した検量線を用いて、プレート面積あたりのβ-CD修飾量を算出した。なお、Milli-Q水1 mLを試料溶液とし、同様の操作を行ったものを対照とした。化8にフェノール硫酸法の反応式を示す。
上記で作製したβ-CD修飾TLCプレートに0〜5000 μg L-1 Se-DAN溶液※20 μLを滴下後、ブラックライトを照射し、目視によりスポットの蛍光色を確認した。また、目視蛍光検出限界を決定するため、0〜50 μg L-1(10 μg L-1間隔)を被験者7人で観察した。同時に、濃度を伏せた40, 100 μg L-1 Se-DANスポットの蛍光色から濃度を判定する半定量実験を行った。
プレートを水で洗浄後、メタノールでSe-DANを溶出した。上澄み液を0.6 mL採取し、SDS/β-CD/buffer溶液(pH 4) 0.9 mLと混合した[30]。この溶液を蛍光測定し、表面に吸着したSe-DAN量を定量した。
※ 前述した陽イオン交換によるDANの除去操作を行った。
上記で作製したβ-CD修飾TLCプレートに0〜2000 μg L-1 Se-DAN溶液 20 μLを滴下後、ブラックライトを照射し、目視によりスポットの蛍光色を確認した。
Cr(VI)はDANの最大蛍光波長である410 nm付近の蛍光強度を増強する作用を有しており、Se-DAN蛍光強度に対して正の誤差を及ぼす妨害元素として確認されているため、マスキングを行う必要がある。
Se誘導体化前後でのAA添加によるDANおよびSe(IV)と同様にCr(VI)もDANと反応して錯体(蛍光物質)を形成していると考えられ、誘導体化後に還元剤を添加しても、錯体形成により安定化しているため、蛍光増強作用の抑制は不可能であった。しかし、誘導体化前に添加した場合は、AAによってCr(VI)がCr(III)へ還元されたことで、DANとの錯形成反応が起きなかったため、蛍光増強作用が抑制されたと考えられる。したがって、Cr(VI)のマスキング剤は誘導体化操作前に添加する必要があると判明した。
また、マスキング剤として還元剤を利用する場合、還元力、反応速度、Se(IV)とDANへの影響を考慮して選択する必要がある。よって、Cr(VI)のマスキングには還元剤よりもキレート剤の方が利用しやすい。
DANはNO2 -と反応してナフトトリアゾール(NAT)という蛍光物質を生成する。蛍光強度変化はNO2 -濃度が増加するにしたがって、430 nm付近のピークが増大した。これは、NO2 -とDANの反応によって生じるNATに由来する蛍光ピークだと考えられる。そして、NO2 -濃度増加に伴いNATの蛍光によるバックグラウンドが上昇し、Se-DANの蛍光強度も増加した。したがって、NO2 -のマスキングを行う必要がある。
ガラス表面にβ-CDを修飾するために、ガラス表面のSi-OHとアミノシランをシランカップリングすることでNH2基を修飾した。次に、活性エステル化法によりNH2基とCM-β-CD間でアミド結合を形成させた。
なお、アミノシランにはN-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(AEAPTS)を用いた。
Se-DANの蛍光を利用してCM-β-CDの修飾の確認を行った。
Se-DAN溶液浸漬前は、どちらのガラスも蛍光が確認出来なかったが、Se-DAN溶液へ浸漬後は、CM-β-CD修飾ガラスのみ黄色の蛍光を発した。この現象はSe-DANがガラス上のCM-β-CDに包接されたことに起因していると考え、CM-β-CDが修飾されたと判断した。
その後、Se-DANを吸着させたガラスをメタノールで洗浄すると蛍光が消失した。これは、メタノールによってSe-DANが溶出したためだと考えられる。また、その修飾ガラスを再度Se-DAN溶液に浸漬させると、再び黄色の蛍光を発した。これは再利用可能な検知管の作製が可能であることを示唆している。
したがって、この実験操作によって、ガラス表面上へのCM-β-CDの修飾が可能である。
活性エステル化法によるアミド結合の形成によって、NH2修飾TLCプレート上にCM-β-CDを修飾した。β-CD修飾プレート上でのSe-DANの蛍光の目視、またβ-CD修飾に起因する効果を確認する。β-CD修飾プレートの作製および実験条件は上述したとおりである。
CM-β-CDを修飾することによって、Se-DANがプレート上に吸着し、淡いピンク色の蛍光を発したことが確認された。また、吸着したSe-DANをメタノールによって溶出させ、再度吸着させることも可能であった。
また、β-CD修飾プレートは未修飾プレートに比べて、スポットの半径が小さく、濃い蛍光色が得られた。これは、Se-DAN/β-CD包接錯体に起因した吸着作用による濃縮効果と、蛍光増強作用の結果だと考えられる。よって、β-CD修飾TLCプレートをSe-DANの目視定量の担体として利用することが可能である。
β-CD修飾プレートを用いたSe-DAN濃度に対するスポットの蛍光色変化を観察した。なお、β-CD修飾プレートの作製条件及び実験条件は上述したとおりである。
各濃度のSe-DANスポットでは濃度に依存した蛍光色(ピンク色)の濃淡を被験者7人とともに確認した。その際の蛍光色変化を図2に示す。目視蛍光検出限界は10 μg L-1で、半定量の結果、40, 100 μg L-1 Se-DANのどちらも71 %の正答率が得られた。しかし、蛍光色は時間とともに減色していった。Se-DAN溶液滴下から約30分後に4人の被験者で同様の検討を行った結果、目視蛍光検出限界は10 μg L-1だったが、半定量では40 μg L-1では50 %、100 μg L-1では50 %の正答率であった。よって、迅速に目視定量を行う必要がある。
β-CD修飾プレートを用いたSe-DAN濃度に対する蛍光スペクトル変化及びに蛍光強度変化をみると、Se-DAN濃度の増加に伴い、蛍光強度が増加している。したがって、スポット色の濃淡はSe-DAN濃度に依存した結果であると判断した。また、目視定量後メタノールで溶出することによって、蛍光測定による二次スクリーニングへの導入が可能であることも示唆している。なお、430 nm付近のピークはメタノールとSDS/β-CD/buffer (pH 4)の混合溶液でも確認されるため、未反応DANのピークではないと考えられる。
以上より、β-CD修飾プレートを利用し、スポットの蛍光色の濃淡によるSeの簡便な目視定量が可能であった。
0.001〜1 mg l-1Se(IV)溶液5 ml、0.05% DAN 0.5 ml、1 mol l-1 HCl 30 mlを褐色バイアルに添加し90℃×5分間加温した。室温まで冷却後、SDS/b-CD溶液1.5 mlを添加し、陽イオン交換(100 mg, 10分振とう)を行った。クエン酸緩衝液(pH 4) 1 ml添加し、ブラックライト(lex = 365 nm)による目視測定及び蛍光測定(lex = 375 nm, lem = 550 nm)を行った。化9にセレン蛍光誘導体化反応式を示す。
蛍光誘導体化の加温温度を25, 50, 60, 70, 80, 90℃と変化させSe-DAN蛍光強度の変化を測定した。また、各温度における加温時間も1, 3, 5, 10, 20, 30分と変化させSe-DAN蛍光強度の変化を測定した。
蛍光誘導体化により形成したSe-DANの蛍光安定性を評価するため、実験から測定までの時間を明暗それぞれの条件で変化させ蛍光強度の変化を測定した。
陽イオン共存物質
0.1 mg l-1Se(IV)に対し1〜100倍量(0.1〜10 mg l-1)のB, Al, Si, P, Ca, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Zn, As, Sr, Sb, Pb標準溶液を添加し、共存物質未添加時のSe-DAN蛍光強度と比較し、評価した。
陰イオン共存物質
5 mmol l-1Se(IV)に対し500〜10000倍量(2.5〜50 mmol l-1)のHNO3 -, SO4 2-, PO4 3-を添加し、共存物質未添加時のSe-DAN蛍光強度と比較した。
最適条件下での蛍光測定からSe(IV) 濃度範囲0, 20, 50, 100, 250, 500, 1000, 2000, 5000 mg l-1で基準色を作成した。作製した基準色から低・中・高濃度のSe(IV)試料で目視定量を6人以上で行い評価した。
試料採取
擬似サンプルとして水道水、実試料として徳島県吉野川中流(徳島県美馬市)より河川水、徳島県吉野川河口付近(小松海岸)より海洋水を採取した。採取後、試料を直ちにろ過し、0.1 mol l-1 HNO3溶液に調製した。調製後の溶液は使用前まで冷蔵庫中で保存した。
添加・回収試験
試料溶液(水道水、河川水、海洋水)に0.1, 1, 3 mol l-1 NaOHを添加しpH 2に調整し、0.1, 2 mg l-1 Se(IV)溶液となるようSe(IV)標準溶液を添加した。この試料溶液5 mlに0.05% DAN 0.5 ml添加し、90℃×5分加温した。室温まで冷却後、SDS/b-CD溶液1.5 mlを添加し、陽イオン交換(100 mg, 10分振とう)を行った。クエン酸緩衝液(pH 4)1 ml添加し、蛍光測定(lex = 375 nm, lem = 550 nm)を行った。蛍光測定結果と検量線からSe(IV)濃度を算出し評価した。
Se(VI)溶液1 ml、濃塩酸1 mlを試験管に添加し、アルミバス中で110℃×10分加温した。その溶液1 mlを褐色バイアルに添加し、milli-Q水及びNaOHにより5 ml (pH 2)に定容した。0.05% DAN 0.5 ml添加後、90℃×5分加温した。室温まで冷却後、SDS/b-CD溶液1.5 mlを添加し、陽イオン交換(100 mg, 10分振とう)を行った。クエン酸緩衝液(pH 4) 1 ml添加し、ブラックライト(lex = 365 nm)による目視測定及び蛍光測定(lex = 375 nm, lem = 550 nm)を行った。
10 mg l-1Se(VI)溶液1 mlに対し、還元剤 1ml (6 mol l-1塩酸、1 mol l-1 塩酸+100 mmol l-1アスコルビン酸溶液、1 mol l-1塩酸+100 mmol l-1硫酸ヒドラジン溶液)を添加し、アルミバス中で110℃×10分加温した。その後、試料溶液1 mlを蛍光誘導体化し、蛍光強度測定からセレン還元率を算出した。算出式は以下の通り。還元率(%) = IF (6価セレン還元操作後のSe-DAN蛍光強度)/IF0 (4価セレン還元操作後のSe-DAN蛍光強度)
0.1〜100 mg l-1Se(VI)溶液を調製し、2-3-2.に示す操作手順で蛍光分析を行った。またSe(IV:VI)混合系では、Se(IV)とSe(VI)を任意の割合で混合した0.1(1:1), 1(1:1), 5(3:2), 10(3:1), 25(1:1), 50(2:3), 75(5:6), 100(1:1) mg l-1Se溶液を使用した。
試料採取
上記実験中の試料採取を参照。但し、水道水試料は採取していない。
添加・回収試験
試料溶液(河川水、海洋水)1 mlに0.1, 1, 3 mol l-1 NaOHを添加しpH 2に調整し、0.04, 0.4 mg l-1 Se(IV)、0.06, 0.6 mg l-1(全セレン濃度0.1, 1 mg l-1)溶液となるようSe(IV)及びSe(VI)標準溶液を添加した。この試料溶液を用いて上記操作手順で全Se蛍光分析を行い、上記操作手順でSe(IV)蛍光分析を行った。蛍光測定結果と検量線から全Se及びSe(IV)濃度を算出し、全Se濃度からSe(IV)濃度を差し引くことでSe(VI)濃度を算出した。
CMbCD合成
ビーカーにb-CD 8 g、NaOH 7.6 g、クロロ酢酸4.5 g、milli-Q水50 mlを添加し、50℃×4時間攪拌した。その後、6 mol l-1 HCl 約20 ml (pH 試験紙で確認)で中和した溶液を230 mlメタノールに添加した。形成した白色沈殿を吸引ろ過(材質:PTFE, 孔径:0.45 mm)により採取し、48時間減圧乾燥を行い、半透明(薄い褐色)の合成物を得た。図3に反応式を示す。
合成の評価はESI-TOF-MS及びH1NMR測定により行った。ESI-TOF-MS測定溶液として、合成物濃度10〜1000 mg l-1メタノール溶液(メタノール/水 99/1 v/v)として調製した。H1NMR測定には溶媒として重水(D2O)を使用した。
CMbCD 4 g、キトパール(AL-01)3.2 g、DMT-MM 1 gを0.05 mol l-1 NaHCO3/NaOH緩衝液(pH 10) 20 ml中に添加し、室温で24時間攪拌した。合成物を吸引ろ過し、更にmilli-Q水で洗浄した後、milli-Q水中に保存した。図3に反応式を示す。また、キトサン粒子に修飾されたb-CD残基の重量含有率(%)はフェノール-硫酸法により算出した。
試料溶液1 mlを試験管に採取し、5%(w/w)フェノール液1 mlを加え混合した。試験管を静置し、濃硫酸3 mlを液面に直接滴下するように、速やかに(20秒以内)添加した。10分間放置後、振とう混合し、30℃のアルミバス中で20分間放置した試料溶液の吸光度(ヘキソース:490 nm)を測定した。対照には、試料としてmilli-Q水1 mlを使用して同様の操作したものを用いた。化10にフェノール硫酸法の反応式を示す。
10, 100, 200, 400 mg l-1b-CD溶液をグルコース標準溶液として検量線を作製した。また、CMbCDキトサン粒子は凍結乾燥により含水率を算出したものを1 mg試験管に採取し、milli-Q水1 mlを添加したものを試料溶液として使用した。
蛍光誘導体化したSe(IV)溶液5 ml (濃縮する場合は120 ml)にCMbCDキトサン粒子3 g添加し、2時間攪拌した。上澄み液0.5 mlにSDS/b-CD緩衝液(pH 4)0.2 mlを添加し蛍光測定(lex = 375 nm)することで、上澄みに残存するSe(IV)濃度を測定することで吸着率を算出した。吸引ろ過(PTFE, 1 mm)によりCMbCDキトサン粒子を回収し、メタノール4 ml中で1時間攪拌によりSe-DANを溶出した。上澄み液0.3 mlにSDS/b-CD-buffer(pH 4) 0.45 ml添加し蛍光測定(lex = 375 nm)することで、吸着による回収率を算出した。
パスツールピペット(内径)ならびにガラス管(内径)にCMbCDキトサン粒子(b-CD含有率19.3%) 0.5, 0.3 gをそれぞれ充填し両端をガラスウールにより粒子を固定した。また、試料への通液はペリスタポンプにより行った。
蛍光誘導体化したSe(IV)溶液1.5 mlをCMbCDキトサン粒子管に0.5 ml min-1で通液し、Se-DAN吸着量(mg)を蛍光着色長さにより規格化した。また、吸着したSe-DANはメタノール1.5 ml(流速0.1 ml min-1)により溶出し、溶離液0.3 mlに対してSDS/b-CD-buffer (pH 10) 0.45 ml添加し蛍光分光光度計による測定を行った。
ビーカーに河川水120 mlを採取し6 mol l-1 NaOH約2 mlでpH 2に調製した試料溶液に0.05%DAN 1 mlを添加し、90℃×15分加温した。流水中で冷却後、陽イオン交換(樹脂100 mg, 10分振とう)を行った。CMbCDキトサン粒子3 g×2時間攪拌し、吸引ろ過(PTFE, 1 mm)により回収した粒子をメタノール4 ml中に添加、1時間攪拌した。ろ液0.3 mlにSDS/b-CD-buffer (pH 10) 0.45 ml添加し、蛍光分光光度計により測定を行い、濃度算出を行った。
蛍光誘導体化条件の最適化
蛍光誘導体化時間に対するSe-DAN蛍光強度を反応温度別に評価した。 結果として、90℃で加温した場合、5分で反応は平衡に達した。一方、50℃で加温した場合、30分反応させることで、90℃加温した場合と同程度のSe-DAN蛍光強度を得たことから、反応は平衡に達したものと考えられる。室温で反応させた場合は、平衡に達するのに長時間を要し、短時間ではセレン(IV)と完全に反応しないことが考えられる。分析の迅速性を考慮し、蛍光誘導体化温度90℃×時間5分を最適とした。
Se-DANの蛍光安定性を評価する。測定開始から10時間経過してもSe-DAN蛍光強度の減衰は未観測である。更に、Se-DAN蛍光強度は明所・暗所に関わらず安定であることを確認した。これらの結果より、Se-DAN形成後、少なくとも10時間はその蛍光測定に影響はないと考えられる。
各種陽イオンであるB, Al, Si, P, Ca, Ti, Mn, Ni, Zn, As, Sr, Sb, Pbに関して、顕著な妨害は確認されなかった。しかし、Fe, Co, V, Cu, Cr濃度増加に伴うSe-DAN蛍光強度の増加を確認した。この要因として、DANと各種元素が蛍光誘導体を形成していること、各種陽イオンによりSe-DAN蛍光量子収率が向上していることの2点が考えられる。しかし、分析濃度範囲がppmオーダーと高濃度であることから本分析法に及ぼす影響は無いものと考えられる。また、Fe, Co, V, Cuの妨害に関しては、マスキング試薬としてEDTAを添加することでその妨害を抑制可能である。
一方、各種陰イオンであるNO3 -, SO4 2-, PO4 3-を添加した場合、NO3 -, SO4 2-に関して、顕著な妨害は確認されていない。しかしPO4 3-を添加した場合、PO3 4-濃度増加に伴うSe-DAN蛍光強度の減少を確認した。要因として、蛍光誘導体化反応の阻害、微視的環境への影響(極性変化による蛍光量子収率の低下)が考えられる。しかし、一般的な河川水などには10-7〜10-5 mol l-1のPO4 3-が存在し、今回の実験で使用したPO4 3-濃度と比較して極希薄である。このため、環境水中の陰イオンのセレン蛍光誘導体化への妨害は無いものとした。
前述の通りCr濃度増加に伴うSe-DAN蛍光強度が直線的に増加することを確認した。蛍光スペクトルを測定したところ、DAN蛍光の著しい増強を確認した。一方で、Se-DAN蛍光はDAN蛍光増強によるバックグラウンドの増大により検出は不可能であった。しかし、本実験系においてはDANを陽イオン交換により除去することから、高濃度(サブppm)にCrが存在しない限り、その影響はないものと考えられる。また、このCr共存下におけるDAN蛍光増強のメカニズムは未解明であるが、DAN蛍光を利用したCr蛍光定量に活用できるものと推測される。
0〜5 mg l-1Se(IV)濃度範囲において蛍光色変化を観測した。その蛍光色変化は青色から黄色への変化であり、溶液中に僅かに残存する未反応蛍光誘導体化試薬DANの青色から、セレン蛍光誘導体Se-DANの黄色への濃度変化に依存するものと考えられる。また、目視蛍光検出限界を決定するため、0〜100 mg l-1(10 mg l-1間隔)での蛍光色変化を10人以上で観察した。0から20 mg l-1濃度上昇させた場合、蛍光色変化が観測可能であった。この結果より、セレン(IV)目視蛍光分析法の検出限界値を20 mg l-1と決定した。また、通常は蛍光色を観測する場合、暗室などの暗所で観測することが好ましい。しかし、屋外などで分析する場合、専用の容器を作製することで明所でも蛍光色は観測可能である。
セレンは環境水中では、主に亜セレン酸(4価セレン)とセレン酸(6価セレン)の化学形態で溶存している。本研究で使用した蛍光誘導体化試薬DANは亜セレン酸に対して高選択性を示すがセレン酸とは反応しないため、環境水中セレン濃度の定量には不完全である。従って、全セレン濃度分析には、6価セレンの4価セレンへの還元操作が必要となる。また、全セレン定量値から4価セレン定量値を差し引くことで6価セレン濃度の定量も可能である。
図4に4価セレンへの還元剤及び塩酸による還元法の評価、図5に塩酸還元法の塩酸濃度依存性、図6に塩酸還元の温度依存性を示す。
簡易分析を考慮した場合、煩雑な還元操作は採用できない。還元剤による6価セレンの4価セレンへの還元の制御は困難であり、強酸である塩酸還元によるセレン還元を選択した。
塩酸によるセレン還元法の最適化を行った。塩酸還元は以下の式で進行する。
図6から、セレン還元操作は反応温度にも依存する結果が得られた。これは過去の報告と一致する結果であり、セレン酸の還元には高濃度塩酸、120℃以上の反応温度や比較的長い反応時間が必要という報告もある。結果として、90℃では十分に還元されず、100℃では標準偏差が増大する結果となった。しかし、110℃以上では標準偏差も比較的小さく、更に、還元率約100%を得た。この結果から、還元に要する最適温度を110℃とした。
表2にセレン(IV)蛍光分析及び全セレン蛍光分析法の評価を行った結果を示す。
還元操作を行わないセレン(IV)蛍光分析法の場合、0.001〜1 mg l-1 Se(IV)濃度範囲において相関係数0.999の検量線、検出限界値0.7 mg l-1を得た。一方、6価セレンを還元させ蛍光分析法へ適用した場合、0.01〜10 mg l-1 Se(VI)濃度範囲において相関係数0.999の検量線、検出限界値7 mg l-1を得た。ここで、検量線濃度範囲及び検出限界値が10倍上昇している。これは還元操作時に強酸を添加することでの2倍希釈、還元溶液を蛍光分析法へ適用する場合の5倍希釈を行うことから、各々のパラメータが約10倍上昇している。
ここまでに、セレン(IV)及びセレン(VI)単独での蛍光分析は可能である結果を得た。次に、4価、6価セレン混合系における蛍光分析への適用評価を行った。結果として、0.01〜10 mg l-1 Se濃度範囲において相関係数0.999の検量線、検出限界値7 mg l-1を得た。これは還元操作を用いた場合のセレン蛍光分析法と一致する結果である。故に、セレン混合系における蛍光分析は可能である。この結果から、全セレン蛍光分析法とセレン(IV)分析法を両分析法によるセレンの化学種形態別分析法への応用も可能である。
図7にセレン(VI)蛍光分析法におけるSe-DAN蛍光色変化を示す。
上述した通り、セレン(IV)蛍光分析法と比較し、塩酸処理によちセレン濃度は10倍希薄になっている。このため分析濃度範囲、検出限界ともに上昇する結果となった。結果として、全セレン蛍光分析法における目視検出限界値は約100 mg l-1という結果を得た。
表3に還元操作を含む実試料へのセレン(IV)及びセレン(IV, VI)添加・回収試験の結果を示す。尚、セレン(IV)検量線からのセレン(IV)濃度の算出、全セレン検量線より算出した全セレン濃度から、セレン(IV)濃度を減じることでセレン(VI)濃度を算出した。
全ての添加・回収試験から、100%に近い高回収率を得た。但し、全セレン蛍光分析を行った場合、標準偏差が上昇する傾向が確認された。要因として、6価セレンの還元が不十分である可能性、溶液系のイオン強度等の問題も考えられる。全セレン蛍光分析法は、6価セレンの4価セレンへの塩酸還元を用いることで可能である。
一般的に、環境水中セレン濃度はサブpptレベルともいわれており、現在までのセレン目視蛍光分析法の分析感度では測定することが困難である。また、目視定量法としても蛍光色からの判断では個人差等が生じ、正確さや精度に問題が生じる可能性があり、目視定量法の更なる実用性の向上を目指す必要がある。そこで、Se-DANに対するホスト分子b-CDを導入した吸着剤の作製から、簡易濃縮及びセレン検知管への応用を検討した。セレン検知管としては、ガラス管へ充填した吸着剤にSe-DAN溶液を通液することで、蛍光着色長さをセレン濃度指標として目視定量法を行う。
ここでは、吸着素材として陰イオン交換機能を有するキトサン粒子(キトパール)を使用した。キトサン粒子表面へb-CDを導入するために、b-CDのヒドロキシル基末端にカルボキシルメチル基を修飾し、キトサンのアミノ基末端と脱水縮合重合によりCMbCDキトサン粒子を合成した。
図8、図9にそれぞれポジティブモード、ネガティブモードによる合成したCMbCDのESI-TOF-MSスペクトルを示す。また、図10にb-CDのH1NMRスペクトル、図11にCMbCDのH1NMRスペクトルを示す。
ポジティブスペクトルより、1157(bCD+Na+), 1237(CMbCD+Na+, CM=1), 1317(CMbCD+Na+, CM=2), 1397(CMbCD+Na+, CM=3)にCMbCDのピークを確認した。また、630〜900 m/zのピークはNa+が2個付加したイオン形態(CMbCD+2Na+)、もしくは、プロトン化したCMbCDにNa+が付加したイオン形態(CMbCDH++Na+)と考えられる。一方、ネガティブスペクトルより、624(CMbCD-2H+, CM=2), 435(CMbCD-3H+, CM=3), 340(CMbCD-4H+, CM=4)にCMbCDと思われるピークを確認した。その他のピークに関してはプロトン脱離したCMbCD(CM=2〜5)にNa+が付加したイオン形態が推測される。よって、TOF-MS分析より、得られた生成物はカルボキシルメチル基数0から5個のb-CD誘導体及び分解物の混合物であると推定される。
H1NMR測定より、1.14 ppmにカルボキシルメチル基のピークを確認した。これよりCMbCD1分子当たりの平均カルボキシルメチル基数は約3.4個と推定される。これは文献値26)とほぼ一致する結果である。また、D-グルコース7分子から成る環状構造を有するb-CD特有のスペクトルピークが確認できることから、合成したCMbCDは環状構造を維持しているものと考えられる。但し、カルボキシルメチル基修飾に関して、位置選択性は無いものと考えられ、グルコース骨格中の3箇所のヒドロキシル基の内、いずれかに修飾されていると推測される。 また、b-CDの分解物と思われるピークも0.1 ppm付近に確認した。本来、b-CDの分解物として考えられるグルコースは水に対する溶解性が高いため、反応溶液をメタノール中に投入した時、沈殿として析出しにくい。このときのメタノールの割合が高過ぎたため、分解物も沈殿として析出したものと推測される。また、形成した沈殿にはメタノールと分解物の不安定な不純物が混入しており、これらは減圧乾燥により除去可能であるが、減圧乾燥が不十分であると不純物として残存する可能性も高い。
図12にb-CD(D-グルコース)からフェノール-硫酸法により形成するヒドロキシメチルフラフールのUVスペクトル、図13にフェノール-硫酸法によるb-CD検量線を示す
CMbCDキトサン粒子の合成評価として、CMbCDキトサン粒子中に含まれるb-CDの重量含有率を糖定量法であるフェノール-硫酸法により算出した。D-グルコースなどの糖は硫酸処理すると脱水されフラフールまたはその誘導体となり、フェノール等の試薬と反応して発色する。多糖類であるb-CDは硫酸処理で単糖類であるグルコースに加水分解されるため、実際には、全糖の定量がなされていることとなる。尚、本研究で固定化粒子として使用したキトサンはアミノ糖を骨格とする粒子であり、アミノ糖は硫酸処理でフラフール誘導体を与えない。 図12よりフラフール誘導体であるヒドロキシルメチルフラフールの極大吸収波長を490 nmに確認した。また、490 nmにおけるUV測定よりb-CD濃度に対する検量線を作製し、濃度範囲10〜400 mg l-1において相関係数0.999の直線を得た。この検量線を用いてCMbCDキトサン粒子中のb-CD重量含有率を算出した。作製したCMbCDキトサン粒子はb-CD重量含有率5.8〜36.6%であった。これら粒子のSe-DAN吸着に関する評価は以下で行った。
作製したCMbCDキトサン粒子の吸着剤及び目視蛍光判定材料としての特性評価を行った。評価項目として、Se-DAN脱吸着挙動、Se-DAN吸着による蛍光着色性、脱吸着平衡時間、溶離液組成や濃縮倍率に関する検討を行った。
図14にCMbCDキトサン粒子による吸着操作前後のSe-DAN蛍光スペクトル、図15にCMbCDキトサン粒子のSe-DAN吸着前後の蛍光色変化、表4に作製したCMbCDキトサン粒子のSe-DAN吸着評価を行った結果を示す。
Se-DANに対してホスト分子であり、蛍光増強剤でもあるb-CDをキトサン粒子表面に修飾することで、吸着剤及び蛍光材料としての利用にも期待できる。また、使用したキトサン粒子(キトパール)は陰イオン交換機能を有する粒子である。このため、未反応DANH+やb-CDに包接されるような電荷を持たない化合物を吸着することはない。図14よりCMbCDキトサン粒子添加によりほとんど全てのSe-DANが吸着されることを確認した。一方で、DANH+といった陽イオンはb-CDには包接されていない。しかし、DANの酸解離定数(pKa1 = 0.50, pKa2= 2.11) からpH 2において、プロトン化していないDANはb-CDに包接される可能性がある。
図16にCMbCDキトサン粒子によるSe-DAN吸着平衡時間に関する結果を示す。
結果として、b-CD含有率に関わらず吸着平衡に達する時間は約2時間であることを確認した。また、吸着反応の大部分は数分で進行し、比較的迅速な吸着反応であると考えられる。この吸着平衡時間2時間はb-CD修飾粒子を用いたビスフェノールA等の吸着に関する報告と一致する。) この結果からCMbCDキトサン粒子によるSe-DAN吸着を検知管の充填剤として使用することが可能であると考えられる。
5-2-3. モル比(b-CD/Se)
図17にb-CD/Seモル比に対するSe-DAN吸着率及び単位b-CD mol数あたりのSe-DAN吸着量を算出した結果を示す。尚、CMbCDキトサン粒子中のb-CD物質量は次式より算出した。物質量(mol) = 粒子重量(g)×含水率(%)÷100÷分子量(b-CD)
結果として、CMbCDキトサン粒子添加量増加に伴う、Se-DAN吸着率の向上を確認した。セレン濃度に対して過剰量のCMbCDキトサン粒子を添加することで、ほとんどすべてのSe-DANを吸着捕集することが可能である。但し、微量ではるがセレン吸着や大容量セレン溶液からの吸着にはある程度のCMbCDキトサン粒子量が必要なものと考えられる。
図18にメタノール含有%(v/v)のSe-DAN蛍光強度へ及ぼす影響評価、図19に溶離液のセレン濃度を算出するため、50%(v/v)メタノール溶媒でのセレン検量線を作製した。また、図20にメタノール含有%(v/v)に対するSe-DANの脱着を評価した結果を示す。
図18よりメタノールの含有%の増加に伴うSe-DAN蛍光強度の低下を確認した。要因として、本来、Se-DANはSDS/b-CD混成ミセル内の非極性化部に包接するものと推測されるが、メタノール添加に伴いb-CD疎水性空孔のSe-DANに対する拘束力が弱体化するものと考えられる。一方、蛍光増強剤の存在しない条件では、メタノール添加に伴いSe-DAN蛍光強度は上昇した。これはSe-DAN周囲の微視的環境がメタノール投入により僅かずつ非極性化されることと一致する結果である。また、アルコールなどの両親媒性を有する溶媒との混合溶媒では有機溶媒成分割合の増加に伴い、その蛍光強度が上昇するという報告が過去に存在する。13) 特に有機溶媒成分割合が80〜90%の場合、その上昇率は著しい。
溶離液からセレン濃度を算出するためメタノール含有溶媒でのセレン濃度に対する検量線を作製する必要がある。メタノール含有%に対する脱着率を調査するため、図19に50%メタノール溶媒において検量線を作製した。セレン濃度範囲10〜1000 mg l-1で、相関係数0.991の直線を得た。以後のSe-DAN脱着率の算出にはこの検量線を使用した。
CMbCDキトサン粒子に吸着したSe-DANを可能な限り少量の溶液量で溶出するため、溶離液のメタノール含有率を図20で検討した。メタノール含有率上昇に伴い、Se-DAN脱着率は上昇し、50%メタノール溶媒で脱着率90%以上を得た。しかし、メタノール含有率60〜80%の場合、Se-DAN脱着率が減少し、メタノール含有率90%以上の場合、100%に近い脱着率を得た。ここで、本研究で作製したCMbCDキトサン粒子の含水率は平均して約90%と高い。溶媒のメタノール含有率上昇に伴いCMbCDキトサン粒子に保持される水分がメタノールへと変換され、粒子に保持されるメタノールにより脱着しにくくなるものと推測される。また、粒子にメタノールが保持することで、粒子径の減少も確認した。過去にCMbCDを使用した脱吸着に関する報告24)-27) では、エタノール50%(v/v)溶液を溶離液として使用していた。本研究では、溶出力の強いメタノールを混合溶媒として選択した。また、Se-DAN蛍光強度への影響を考慮し、メタノール100%溶液を溶離液とし、溶離液にSDS/b-CD-buffer(pH 4)を添加することでSe-DAN蛍光強度の維持を図った。溶離液量に対するSDS/b-CD-buffer添加量を評価した結果を図21に示す。溶離液量に対して150%(v/v)のSDS/b-CD-bufferを添加した場合、最も高い蛍光強度を示した。従って、蛍光測定溶液へのSDS/b-CD-buffer添加量を150%とした。
図22にメタノールによるSe-DAN逐次通液脱着評価、図23にCMbCDキトサン粒子量に対する溶離液量の最適化を行った結果を示す。
Se-DANを吸着したCMbCDキトサン粒子から、可能な限り少量の溶離液量でSe-DANを脱着することでセレン含有試料中のセレン高濃度に濃縮することが可能である。故に、CMbCDキトサン粒子添加量に対する溶離液量の最適化を行う必要がある。図22に示したSe-DAN脱着法は、捕集したCMbCDキトサン粒子にメタノールを少量ずつ通液することでSe-DANを脱着する方法である。しかし、CMbCDキトサン粒子5 gに対して、Se-DANを完全に脱着させるために、最低でも15 mlの溶離液が必要であるが、この方法による逐次脱着によるSe-DAN脱着は、濃縮操作を考慮すると15 mlもの溶離液量の使用は不適当である。次いで、図23に示したSe-DAN脱着法は、捕集したCMbCDキトサン粒子をメタノール中に添加し、一定時間攪拌することでSe-DANを脱着させる方法である。結果として、良好なSe-DAN回収率を得ることができた。しかし、CMbCDキトサン粒子の含水量に満たない溶離液量では、十分に溶液を攪拌することが困難であった。要因として、CMbCDキトサン粒子の含水率は90%近くあるため、少量のメタノールでは粒子内部にSe-DAN共々吸収してしまい、上手くSe-DANを脱着することが困難であった。以上の結果より、Se-DAN脱着は攪拌による脱着が最も有効であると考えられる。また、CMbCDキトサン粒子添加量を3 gに固定し、溶離液量も3 mlを最適値として、以後の実験を行った。
図24に濃縮倍率に対するセレン回収率、図25にCMbCDキトサン粒子によるSe-DAN吸着濃度を検討した結果を示す。
結果として、濃縮倍率1〜30倍までの場合、90%以上の回収率を得た。また、40, 50倍の場合、CMbCDキトサン粒子量3 gに対して試料溶液量が150 ml以上となるため、溶液中のSe-DANを全て吸着することは困難であると考えられる。従って、セレン回収率は80%台まで減少した。更に濃縮倍率を上げ、100倍濃縮を試みたが、溶液量が400 mlとなり回収率は50%近くまで低下する結果となった。但し、CMbCDキトサン粒子添加量の増加に伴い、吸着可能な溶液量も増加すると推測される。しかし、CMbCDキトサン粒子添加量増加に伴い、溶離液量も増加するため、濃縮倍率を考慮するとCMbCDキトサン粒子添加量3 gが最適であると判断した。また、濃縮倍率の設定は90%以上回収可能である30倍とした。
Se-DAN脱吸着によるセレン回収において、CMbCDキトサン粒子のSe-DAN吸着平衡濃度も重要なファクターとなり得る。そこで、図25にセレン濃度に対する吸着率(回収率)を算出した。約0.01 mmol l-1Se(1 mg l-1)溶液からのSe-DAN吸着率が90%以上であったことから、0.01mmol l-1より高濃度の場合、吸着による回収が可能であると判断できる。
前段において、CMbCDキトサン粒子によるSe-DAN脱吸着評価を行い、Se-DAN吸着剤として良好な結果を得た。ここでは、CMbCDキトサン粒子をガラス管等に充填し、脱吸着評価及び目視蛍光分析法への応用を目指した。CMbCDキトサン粒子をガラス管等の細い管に充填する利点は、セレン濃度の目視蛍光定量と濃縮操作を同時に行える点にある。更に、1次スクリーニングで濃縮されたセレンを精密分析にかけることで、超微量レベルのセレンを分析可能である。
図26に作製したCMbCD管、図27にCMbCD管へのペリスタポンプによる流速調査、図28に流速に対するSe-DAN吸着率、図29に溶離液量の最適化を行った結果を示す。
本研究で、使用したガラス管の内径は2.1, 5.7 mmである。(図26) また、充填剤として使用したCMbCDキトサン粒子はb-CD含有率19.3%のビーズ形を維持している粒子である。b-CD含有率36.6%のCMbCDキトサン粒子は微粒子であり、試料通液時に圧力上昇から流速を維持することが困難であったため使用していない。また、作製したCMbCD管への試料溶液等の通液はペリスタポンプにより行った。本研究で使用したペリスタポンプはCMbCD管(内径2.1 mm)連結時に流速0.1〜0.9 ml min-1間で制御可能である。(図27) 図28で試料通液流速に対するSe-DAN吸着率を算出した。流速に関わらずSe-DANをほぼ100%吸着することが可能であった。しかし、流速上昇に伴い若干のSe-DANの通過が観測されたため、以後の実験では、流速0.5 ml min-1とした。また、CMbCD管内に吸着したSe-DANを溶出するため、溶離液であるメタノール通液量の検討を図29により行った。Se-DAN吸着の際も可能な限り低流速による試料通液を行うことが望ましい。なぜなら、吸着剤と対象物質間での吸着反応は必ずしも迅速な反応ではなく、むしろより吸着剤との接触時間を作ることで高効率に吸着ならびに脱着が可能と考えられる。従って、脱着流速は0.1 ml min-1により溶離液量の検討を行った。結果として、メタノールを0.2 mlずつ逐次的に通液した場合、メタノールを0.5, 1, 1.5, 2 mlとそれぞれ別々に通液した場合において、両方法間に大きな差異は確認されなかった。また、両方法において、必要最低通液量は約1.5 mlという結果を得た。従って、CMbCD管によるSe-DAN吸着条件は吸着流速0.5 ml min-1、溶離液量1.5 ml(0.1 ml min-1)とし、以後の実験を行った。
図30にCMbCD管脱吸着を利用したセレン検量線を作製した結果を示す。
ここでは、試料通液量1.5 ml、溶離液量1.5 mlと濃縮操作は行っていないが、Se-DAN吸着操作及びSe-DAN脱着操作を通じ、溶離液中のSe-DAN蛍光強度を利用し検量線を作製した。セレン濃度範囲1〜1000 mg l-1で相関係数0.9997の直線を得た。この結果が意味することとして、Se-DAN脱吸着操作におけるロス等が無いため、非常に定量性に優れた方法であることが言える。
図31にCMbCDキトサン粒子管によるSe-DAN濃縮と回収率の結果を示す。
CMbCDキトサン粒子管を使用した場合、濃縮倍率の増加と伴に回収率が低下する結果となった。これは通液量の増加に伴い、Se-DANがCMbCDキトサン粒子に吸着されず、通過したことが要因として考えられる。バッチ法の場合と比較し、CMbCDキトサン粒子を細いガラス管内に充填すること、粒子とSe-DAN間の吸着のための接触時間が絶対的に不足していると考えられる。
図32にSe-DAN吸着後のCMbCD管の蛍光色、図33にセレン吸着量に対する蛍光着色長さを調査した結果を示す。
Se-DAN含有試料を通液することで、図32に示すようにピンク色に蛍光着色した。この吸着による蛍光着色長さによるセレン吸着量の半定量を試みた。また、蛍光着色長さは完全に青色からピンク色へ変化した長さとした。結果として、相関係数0.957の良好な直線を得た。また、この吸着操作による検出限界は0.05 mg程度であると推測される。また、使用したガラス管の内径が2.1 mmと非常に細いため試料通液時に粒子が詰まりやすいという問題点もある。また、濃縮倍率と回収率の結果を考慮し、通液量は現段階で3 mlを限界値として設定した。これらの問題を改善するためには、CMbCDキトサン粒子作製の段階での粒子径の最適化等を行う必要がある。
実試料として、河川水(徳島県美馬市:吉野川中流)を採取し、本分析法におけるSe(IV)濃度の測定を行った。結果として、Se(IV)は検出限界値以下であった。一般的な河川水中セレン濃度は数ppt〜数十pptともいわれており、極微量である。Se(IV)濃度はその河川水セレン濃度の約半量程度存在するものと推測される。そのため、本分析法の感度では、検出することが困難である。同時に、徳島県河川水中へのセレン濃縮は生じていないと推測される。
セレン蛍光誘導体であるSe-DAN形成反応には、ある程度の反応温度ならびに反応時間が必要であり、90℃×5分加温を本法の最適条件とした。また、Se-DAN蛍光は蛍光誘導体形成後、少なくとも10時間は安定であることから、非常に光安定性の高い蛍光物質であり、現場分析法のような簡易モニタリングには適した特性である。このSe-DANはSe(IV)とDANの特異的な錯体形成反応により生じる。このため、蛍光誘導体化反応における妨害物質の影響は受けにくい。しかし、蛍光強度に関しては、測定溶液系の様々な影響を受け、特定元素の存在も例外ではない。本発明で妨害物質として確認された元素はCrを除き、全てEDTAによりマスキング可能である。また、環境水中全セレン濃度定量の実施に向け、6価セレンの塩酸還元に関して検討を行い、最適条件を6 mol l-1HCl中110℃×10分加温とした。また、還元操作を行わない定量と全セレン濃度定量を行うことでSe(IV)とSe(VI)の分別定量も可能となる。実試料への添加・回収試験において高回収率を得た。これより実試料中セレン化学種形態別分析への応用も可能である。更なる高感度化及び実用性の向上を目指し、b-CDをSe-DAN選択的吸着基としたCMbCDキトサン粒子を合成し、その特性評価を行った。結果として、CMbCDキトサン粒子により90%以上のSe-DANを吸着回収することが可能である。また、吸着後の粒子からメタノールによりSe-DANを溶出することで濃縮も可能となる。本発明での濃縮可能な体積倍率は30倍である。この濃縮操作を使用したセレン蛍光分析法の検出限界値は0.03 ng l-1であり30倍の高感度化に成功した。また、CMbCDキトサン粒子を濃縮担体として使用することで、吸着したSe-DANの蛍光増強も同時に行うことが可能である。この特性を利用したセレン吸着量目視蛍光検知管として、CMbCDキトサン粒子を充填剤としてガラス管に充填した。このCMbCD管に試料溶液及び溶離液を通液することで、Se-DANの脱吸着が簡便に可能となる。また、吸着したSe-DANにブラックライト照射することで、その蛍光着色長さから簡易定量を行った結果、相関係数0.957の良好な直線性を得ることができ、簡易定量法としての精度も良好である。この検知管を使用した検出限界値は0.5 mgである。
Claims (11)
- 包摂化合物を固定化した吸着担体であって、2, 3-ジアミノナフタレン(DAN)とこれと結合する被測定対象である金属Me(但し、MeはSe(IV),Cr(VI)を含む重金属)とで形成されるMe−DANで示される蛍光誘導体を吸着し、吸着担体上の包摂化合物中で蛍光誘導体の蛍光機能を増強して目視分析を可能とすることを特徴とする目視蛍光分析用具。
- 包摂化合物が吸着担体上に固定化されたシクロデキストリン(β―CD)である請求項1記載の目視蛍光分析用具。
- シクロデキストリン(β―CD)をカルボキシルメチル化し、このカルボメチル化シクロデキストリン(CM-β―CD)をNH2修飾担体上にアミド結合して固定化してなる請求項2記載の目視蛍光分析用具。
- NH2修飾担体がNH2修飾シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートである請求項3記載の目視蛍光分析用具。
- NH2修飾担体がキトサン粒子であって、アミド結合させて固定化し、ガラス管に充填してなる請求項3記載の目視蛍光分析用具。
- 環境水中の金属がSe(IV)であって、蛍光誘導体がSe−DANである請求項1記載の目視蛍光分析用具。
- 環境水中の金属がCr(VI)であって、蛍光誘導体がCr−DANである請求項1記載の目視蛍光分析用具。
- 環境水を、前処理してSe(VI)をSe(IV)に還元する一方それ以外の妨害イオンをマスキングする工程と、
前記前処理後の環境水に2,3-ジアミノナフタレン(以下、DANと呼ぶ)を添加し、DANのSe錯体(Se−DAN)を形成させ、蛍光誘導体化する工程と、
請求項1に記載の目視蛍光分析用具を用いてSe−DANを包摂化合物に吸着させ、ブラックライトを用いて目視蛍光分析を行うことを特徴とする環境水中の微量Seの簡易分析方法。 - 請求項7の分析後目視蛍光分析用具中の前記DANNのSe錯体(Se−DAN)を、アルコール等の溶媒で抽出する工程と、
前記DANのSe錯体の抽出された溶媒中のSeを、蛍光光度計を用いて、定量する工程とを、さらに有することを特徴とする環境水中の微量Seの二段分析方法。 - 環境水を、前処理してCr(VI)以外の妨害イオンをマスキングする工程と、
前記前処理後の環境水に2,3-ジアミノナフタレン(以下、DANと呼ぶ)を添加し、DANのCr錯体(Cr−DAN)を形成させ、蛍光誘導体化する工程と、
請求項1に記載の目視蛍光分析用具を用いてCr−DANを包摂化合物に吸着させ、ブラックライトを用いて目視蛍光分析を行うことを特徴とする環境水中の微量Crの簡易分析方法。 - 請求項7の分析後目視蛍光分析用具中の前記DANのCr錯体(Cr−DAN)を、アルコール等の溶媒で抽出する工程と、
前記DANのCr錯体の抽出された溶媒中のCrを、蛍光光度計を用いて、定量する工程とを、さらに有することを特徴とする環境水中の微量Crの二段分析方法。
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