JP2009022217A - 出穂期早生化イネの作成方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】出穂期が早生化したイネの生産方法の提供を課題とする。
【解決手段】 コシヒカリの遺伝的背景に導入する染色体の供与親として、コシヒカリと遠縁関係にあるインド型品種「広陸矮4号(G4)」を用い、該品種のLhd4座およびHd5座を含む領域が導入されたコシヒカリの作出を行った。Lhd4座またはHd5座を含む領域がG4型になったコシヒカリの固定系統について出穂特性の評価を行った。その結果、最大で21.5日早生となることを見出した。即ち、本発明者はG4のLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することによって、コシヒカリ等のイネの出穂期を早生化させることが可能であることを見出した。
【選択図】図2

Description

コシヒカリは日本国内で最も多く作付け・生産されている極良食味品種である。しかしながら、稈長が長いために倒伏し易く、また、いもち病に極めて弱いといった栽培上の欠点を有していることから、近年イネゲノム研究の成果を生かしたDNAマーカー育種法あるいはゲノム育種法(特許文献1、非特許文献1参照)によって、それらの欠点を改良したコシヒカリの同質遺伝子系統が育成されている。稈長を短くし、耐倒伏性を付与するために「緑の革命遺伝子」として知られるsd1(semi-dwarf 1)をコシヒカリに導入した品種・系統としては、佐賀1号、ヒカリ新世紀、つくばSD1号が育成されている。いずれの品種もコシヒカリの食味を維持しつつ、稈長を10 cm以上短くしたことにより耐倒伏性が付与され、栽培特性が大幅に向上したとして生産者から好評を得ている。
一方、いもち病抵抗性についても、真性抵抗性遺伝子を導入したコシヒカリいもち病抵抗性同質遺伝子系統群(マルチライン)が新潟、富山、福井など各県の農業試験場において育成され、農薬の使用を大幅に減らすことが可能となると共に、いもち病発生のリスク軽減が期待できることから有望視されている。さらに、真性抵抗性より罹病化のリスクが低いとされるいもち病圃場抵抗性遺伝子Pb1を導入した品種、コシヒカリ愛知SBLが育成され(品種登録番号:第12701号)、一層高度ないもち病抵抗性を持ったコシヒカリとして期待されている。
このように栽培特性を向上させたことにより、台風の襲来が多いなど風雨の強い地域や、稈長が長くなりやすい地域、いもち病発生のリスクが高い地域においても、安定的なコシヒカリの作付けが可能となりつつある。しかしながら、それら抵抗性の付与では解決できない問題が近年課題とされている。コシヒカリは日長の長さを感知して出穂期が調整される度合いが強い(感光性が強い)品種であるため、日本国内においては沖縄・九州・四国などでは極早生の品種となり、中国・近畿においても早生品種となるため、中生品種のような安定した生産・管理が難しいとされている。また、コシヒカリ発祥の地である福井県を含む北陸地域においても、近年夏場の高温による玄米品質の低下が大問題となっている。東北南部では晩生品種として作付けが拡大し、山形県や宮城県でも生産され、従来のコシヒカリ栽培の北限が北上している。しかしながら、東北北部地域および北海道ではあまりに晩生の熟期となるため、秋までに登熟が間に合わず、実質的に生産できない状況にある。これら寒冷地帯は近年コメの安定的な良質性と大規模生産の実績が評価され、外食産業を中心とする米穀業界で高い評価を受けている。このように幅広く日本国内で生産され、今や中国を初めとする諸外国においても生産が拡大しているコシヒカリは感光性の強い出穂特性を有しているため、最も安定的に栽培が可能な中生品種として利用できる栽培適地の範囲が狭く、各生産地では環境条件に適した栽培方法を個別に検討している。つまり、市場評価が高いコシヒカリを他品種に置き換えることが難しい状況下にあるため、食味・品質の維持を栽培技術で補っているのが実状である。栽培が不可能な東北北部や北海道といった寒冷、緯度の高い地域ではコシヒカリに代わるコシヒカリ並みの食味を有する品種開発が育種現場の最重要課題となっている。
個々の品種がいつ穂を出すかという特性は各栽培地域の自然条件に規定されるため、新品種の開発時には最も基本的な選抜指標の一つとされている。つまり、育成する品種は、栽培される地域に最も適した出穂特性を有している必要がある。一方でそれは、出穂期が異なる優れた形質を持つ品種の交雑を行ったとしても、出穂特性に関してはその地域の早生、中生、晩生の範囲に収まるという選抜圧がかけられるため、結果的に出穂期に関わる遺伝子座に連鎖するような形質に関しては多様性が失われた品種しか育成できないという問題を生む要因となる。また、優れた品種が育成されたとしても出穂特性から栽培適応地域が狭いために他県での導入が困難な状況がほとんどであり、効率的な育種と成果利用の障害となっている。
これまで、イネ育種における出穂期の改良には、品種が保有する自然変異や放射線や化学物質などの変異原を用いて人為的に生み出した早生・晩生突然変異体、さらには培養細胞のソマクローナル変異(体細胞変異)を利用した早生・晩生突然変異体の誘発の成果などを利用してきた。一方、新たな育種法開発の基盤となる研究は、イネゲノムの情報を利用して多くのDNAマーカーが作成できるようなり、それらを用いた出穂期に関するQTL解析が行われたことに始まる(非特許文献2〜6参照)。その結果、イネの出穂期の調節に関わる遺伝子座が広大な染色体上のどのあたりに存在するのかが明らかとなりつつあり(非特許文献7参照)、その内のいくつかの原因遺伝子が同定された(特許文献2〜8参照)。
その内、Lhd4は北海道品種の極早生性を特徴づけている最も重要な遺伝子であるとされ、また、Hd5は北海道における極早生品種と中生品種の出穂特性の違いを規定している遺伝子であることが明らかとなっている(特許文献8、非特許文献8および9参照)。また、感光性遺伝子Hd1においては、不感光性品種とされる東北品種では機能欠損型のHd1対立遺伝子を有していることが明らかとなり、東北品種の出穂特性を特徴づける遺伝子資源として東北地域での栽培に適した品種育成に長く利用されてきたことが予想されている(非特許文献10参照)。
このように、主要な出穂期関連遺伝子の存在領域と作用が明らかになるにつれ、個々の品種の持つ出穂性をその品種が保有する出穂期関連遺伝子の組合せの作用として説明することもでき、矢野らは将来的にはさまざまな栽培地域に適した出穂特性を有する品種を出穂期関連QTL・遺伝子の組合せでデザインする育種が可能であると提唱している。これらQTL・遺伝子解析の成果は、イネの出穂期調節機構のネットワークを遺伝子レベルで解明する研究を推し進めるだけでなく、実際に育種現場において実用品種の開発に利用され始めている。コシヒカリとKasalathの間で検出した出穂期関連QTLsを利用し、コシヒカリの遺伝的背景にKasalathの染色体断片を1ヵ所ずつ個別に導入したコシヒカリ出穂期シリーズが育成された(非特許文献11および12参照)。その内、最も早生性を示す関東IL1号はKasalathのHd1対立遺伝子座を導入した系統であり、原品種のコシヒカリより12日出穂が早い。この系統は品種化に向け、現在「関東HD1号」として品種登録が申請されている(品種出願番号:第20119号)。
一方、美濃部らは交雑集団のBC1F1という初期世代から染色体全域に設定したDNAマーカーによって染色体の置換率を調査する選抜方法を取り入れた新世代の育種技術である「ゲノム育種法」を開発した(非特許文献1参照)。そのゲノム育種法を用いて育成された世界初の品種はインド型品種IR24が保有する半矮性遺伝子sd1をコシヒカリに導入した短稈コシヒカリ系統であり(特許文献1、非特許文献13参照)、この開発をもって原品種の持つ遺伝(子)資源を最大限に維持しつつ有用形質を効率よく付与できることが実証された。そこで、北澤らはこの選抜技術を用いてLhd4を利用したコシヒカリ早生同質遺伝子系統の育成に着手し、関東HD1号を上回る14日早生とすることに成功し(非特許文献14参照)、北海道での栽培が可能な出穂特性を有するコシヒカリ系統の作出の基盤となると期待されている。
他に、コシヒカリの早生化を目的とした改良は古くはガンマ線の照射によって突然変異を誘発させて得られた「関東79号」がある。この品種は育種素材としてミネアサヒを始め、多くの品種育成に貢献してきたが、その早生化の程度は関東IL1号と同等である。以上のように、これまで育成されてきたコシヒカリ早生系統は突然変異体や単一QTLを導入した系統に限られ、その早生化の程度もLhd4を導入した14日程度が最大であった。
再公表2004-066719号公報 再公表2001-032880号公報 再公表2001-032881号公報 特開2002-153283号公報 特開2003-339382号公報 特開2004-089036号公報 特開2004-290190号公報 特開2005-110579号公報 美濃部侑三、外2名著、「ゲノム育種 ポストゲノムシークエンス時代のイネ育種技術」、蛋白質 核酸 酵素、(2003)Vol.48, No.3, p. 252-256. Yano, M., Sasaki, T.著、「Genetic and molecular dissection of quantitative traits in rice.」、Plant Mol. Biol.、(1997) 35(1-2), 145-153. Review. Yano, M.外5名著、「Identification of quantitative trait loci controlling heading date in rice using a high-density linkage map.」、Theor. Appl. Genet.、(1997) 95, 1025-1032. Lin, S. Y.外2名著、「Mapping quantitative trait loci controlling seed dormancy and heading date in rice, Oryza sativa L., using backcross inbred lines.」、Theor. Appl. Genet. (1998) 96, 997-1003. Yamamoto, T.外4名著、「Fine mapping of quantitative trait loci Hd-1, Hd-2 and Hd-3, controlling heading date of rice, as single Mendelian factors.」、Theor. Appl. Genet.、(1998) 97, 37-44. Yamamoto, T.外3名著、「Identification of heading date quantitative trait locus Hd6 and characterization of its epistatic interactions with Hd2 in rice using advanced backcross progeny.」、Genetics、(2000) 154, 885-891. Yano, M.外4名著、「Genetic control of flowering time in rice, a short-day plant.」、Plant Physiol.、(2001) 127, 1425-1429. 野々上慈徳、外3名著、「日本型イネ品種の出穂期に関する比較QTL解析」、育種学研究2(別1)、(2000) 106 野々上慈徳、外3名著、「水稲品種「はやまさり」の極早生性に関する遺伝子」、育種学研究5(別1)、(2003) 71 矢野昌裕、外2名著、「イネ日本型品種間に見いだされた感光性遺伝子Hd1(Se1)の塩基配列多型」、育種学研究4(別1)、(2002) 27 竹内善信、外10名著、「コシヒカリの出穂期関連QTLsの準同質遺伝子系統の作出と育種的評価」、育種学研究6(別1)、(2004) 304 Takeuchi, Y.外10名著、「Development of Isogenic Lines of Rice Cultivar Koshihikari with Early and Late Heading by Marker-assisted Selection.」、Breeding Science、(2006) 56(4), 405-413. 王子軒、外4名著、「ゲノム育種法を用いた短稈コシヒカリの育成」、育種学研究7(別1・2)、(2005) 511 北澤則之、外4名著、「北海道型コシヒカリの開発 1.出穂期を改変したコシヒカリ準同質系統の作出」、育種学研究7(別1・2)、(2005) 510
本発明者らはこれらの状況を鑑みて、コシヒカリの栽培地域のさらなる拡大に貢献しうるコシヒカリ早生同質遺伝子系統の作成方法の開発を目的として研究を行った。本発明が解決しようとする課題は、特に東北北部や北海道、さらにそれらと同様な自然条件下にある高緯度・寒冷地域のような極早生形質の付与が必要な地域に適したコシヒカリ系統の作出、それを達成するためのこれまで不可能であった早生化の程度を有するコシヒカリ系統の作成方法を提供することである。より具体的には、出穂期が早生化したイネ、好ましくはコシヒカリの生産方法の提供を課題とする。
上記課題を解決すべく本発明者は、鋭意研究を行った。本発明者らは、コシヒカリの遺伝的背景に導入する染色体の供与親として、コシヒカリと遠縁関係にあるインド型品種「広陸矮4号」(以下、G4と略記する場合あり)を用い、該品種のLhd4座およびHd5座を含む領域が導入されたコシヒカリの作出を行った。
(1) Lhd4座を含む領域のみ、(2) Hd5座を含む領域のみ、(3)Lhd4座を含む領域とHd5座を含む領域の両方が、G4型になったコシヒカリの固定系統について、出穂特性の評価を行った。その結果、上記(1)のコシヒカリ早生系統では14.6日早生となり、上記(2)のコシヒカリ早生系統では9.5日、上記(3)のコシヒカリ早生系統では相加的に早生化し、最大の21.5日早生となることを見出した。
即ち、本発明者はG4のLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することによって、コシヒカリの出穂期を早生化させることが可能であることを見出した。また、G4のLhd4座およびHd5座の双方の領域を導入することにより、2週間以上の早生化が達成されることを見出した。コシヒカリの遺伝的背景において、12日程度の早生化を達成しているコシヒカリ系統としては「関東HD1号(旧:関東IL1号)」、コシヒカリの早生然変異種として固定化された「水稲関東79号」が知られている。しかしながら、コシヒカリの遺伝的背景において2週間を越え、3週間以上の早生化を達成した系統は育成されていない。本発明において実証された、特定した2つの領域はコシヒカリを極早生化するために必要な領域であると言える。
上述の如く本発明者は、コシヒカリの出穂期を、これまでに知られていない程度まで早生化させることが可能な方法を見出し、本発明を完成させた。
本発明の方法の一例を示せば、従来の育種で用いられている戻し交雑育種法により、以下のようにして出穂期が早生化したコシヒカリを生産する方法が挙げられる。まず、Lhd4座またはHd5座(好ましくは、G4のLhd4座またはHd5座)を含む領域を有するイネ(供与親)とコシヒカリ(反復親)を交雑し、F1を得る。このF1に対し反復親で戻し交雑を行うことで得られるBC1F1個体群の中から、DNAマーカーを用いてLhd4座またはHd5座を含む領域がヘテロ型になっている個体を選抜し、さらに反復親との戻し交雑によりBC2F1を得る。
同様にしてLhd4座またはHd5座を含む領域がヘテロ型になっている個体を選抜し、反復親との戻し交雑を重ねる。BC1F1、BC2F1、BC3F1と選抜・戻し交雑を繰り返すごとに、導入遺伝子を含む染色体領域がヘテロに維持されたまま、他の染色体領域が反復親のホモ型に徐々に置換されていき、遺伝的背景はほとんど反復親と同一で、目的とする染色体領域のみに供与親の染色体が導入された個体が得られる。出穂期に関連する供与親由来の遺伝子座(遺伝子)の影響がないようであれば、選抜したBC3F1種子の自殖種子BC3F2を展開・栽培し、供与親由来のLhd4座またはHd5座を含む領域をホモで保有する個体を選抜することで目的とするコシヒカリを得ることができる。
本発明は、出穂期が早生化したイネ、好ましくはコシヒカリの生産方法に関し、より具体的には、
〔1〕 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、対象のイネにイネLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することを特徴とする方法、
〔2〕 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネを供与親として、反復親であるイネと交雑させ、得られるF1に反復親との戻し交雑を繰り返し、供与親のLhd4座またはHd5座を含む領域が導入されたイネを選抜することを特徴とする方法、
〔3〕 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、下記工程(a)〜(e)を含む方法、
(a)反復親であるイネと、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有する供与親のイネを交雑させ、F1を作出する工程
(b)前記F1を前記反復親と戻し交雑させる工程
(c)前記領域を有する個体を選抜する工程
(d)工程(c)によって選抜された個体を、前記反復親と戻し交雑させる工程
(e)前記工程(c)および(d)を繰り返し、Lhd4座またはHd5座以外の染色体領域が実質的に反復親に置換された個体を選抜する工程
〔4〕 さらに、前記工程(e)によって選抜された個体の自家後代であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域がホモになった系統を選抜する工程、を含む〔3〕に記載の方法、
〔5〕 前記供与親が広陸矮4号である、〔2〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法、
〔6〕 生産対象のイネの品種がコシヒカリである、〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法、
〔7〕 広陸矮4号のLhd4座またはHd5座を有することを特徴とする、出穂期が早生化したコシヒカリ、
〔8〕 対象のイネに出穂期早生化の形質を含む複数の形質を集積化させることを特徴とする品種改良方法であって、以下の(a)および(b)の領域を導入する工程を含む方法、
(a)イネLhd4座またはHd5座を含む領域
(b)量的形質遺伝子座(QTL)またはその原因遺伝子を含む領域
を、提供するものである。
G4のLhd4座およびHd5座を含む領域が導入されたコシヒカリは、これまでに育成されたことのない出穂期早生の程度を示すコシヒカリ系統であることが明らかとなった。
出穂期に関しては量的形質と言われるように、複数の遺伝子座の総合的な作用の結果決定されている形質であることから、品種の組合せが異なるとどうなるのかについて予想するのは、現時点でのイネの研究では不可能と言える。従って、Lhd4座またはHd5座に関する公知技術、あるいは、コシヒカリ以外の品種における出穂期の早生に関する公知技術等に基いて、出穂期の極早生性を示すコシヒカリを作出する方法を開発することは、当業者といえども容易に想到しえるものとは到底言えない。
本発明者は、日本で最も栽培・生産されている極良食味のイネ品種「コシヒカリ」の出穂期を早生化したコシヒカリ系統の作成方法を発見した。
日本型イネ「コシヒカリ」にインド型イネG4の特定の染色体領域をゲノム育種法によって導入し(図2)、通常の水稲栽培の耕種概要に従って茨城県つくば市で栽培した場合、早生化領域(1)(Lhd4座を含む領域)を導入した場合に14〜15日(2ヵ年平均14.6日)、早生化領域(2)(Hd5座を含む領域)を導入した場合9〜10日(2ヵ年平均9.5日)、さらに(1)と(2)を共に導入した場合においては19〜23日(2ヵ年平均21.5日)程度、原品種であるコシヒカリより出穂期を早生化させることができることを実証した。
コシヒカリの遺伝的背景において出穂期を早生化するためには、(1)の効果が大きく、次いで(2)も効果があり、3週間程度あるいはそれ以上の極早生化を達成させるためには、(1)と(2)の共導入が重要である(図5)。
本発明の方法によって生産されるコシヒカリは、これまでに栽培が不可能と言われていた東北北部や北海道等の寒冷、緯度の高い地域においても栽培することが可能であり、その有用性は非常に大きい。
本発明は、出穂期が早生化したイネの生産方法を提供する。本発明の方法は、対象のイネにイネLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することを特徴とする方法である。
本発明の方法において生産対象となるイネの品種は、特に制限されないが、コシヒカリであることが好ましい。即ち、本発明の好ましい態様としては、出穂期が早生化したコシヒカリの生産方法であって、コシヒカリにイネLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することを特徴とする方法が挙げられる。
また、本発明の好ましい態様としては、イネのインド型品種「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座を含む領域を、イネに導入することにより、出穂期が早生化したイネを生産する方法である。
本発明において、導入されるLhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネ品種を供与親と呼ぶ。本発明における供与親は、好ましくは、「広陸矮4号」が挙げられるが、必ずしも「広陸矮4号」のみに限定されない。「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座を含む領域と同等のゲノム構造を有する品種であれば、本発明における供与親として利用可能である。
「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座を含む領域と同等のゲノム構造を有する品種か否かは、例えば、Lhd4座またはHd5座を含む領域についてのゲノム構造を、「広陸矮4号」のゲノム構造と比較することにより、適宜評価することが可能である。
また、本発明において供与親として利用可能な品種は、Lhd4座およびHd5座の双方の領域を有する同一の品種に必ずしも限定されない。Lhd4座を含む領域を有するイネ品種とHd5座を含む領域を有するイネ品種は、それぞれ別の品種であってもよい。即ち、本発明においては、Lhd4座を含む領域を有するイネ品種(例えば、「広陸矮4号」のLhd4座を含む領域と同等のゲノム構造を有する品種)、およびHd5座を含む領域を有するイネ品種(例えば、「広陸矮4号」のHd5座を含む領域と同等のゲノム構造を有する品種)のそれぞれ異なる品種を、供与親として利用可能である。
Lhd4座(Late heading-4)(Lhd4遺伝子座)は、イネ品種「ほしのゆめ」と「Kasalath」の間で検出された出穂期を調節する晩生遺伝子座(特開2004-290190)であり、第7染色体上に座乗している。また、Lhd4遺伝子の塩基配列については既に知られている(特開2004-290190)。
また、Hd5座(Hd5遺伝子座)は、日本型品種「日本晴」とインド型品種「Kasalath」の交雑後代を利用して検出された出穂期関連量的形質遺伝子座(QTL)の一つであり、第8染色体上に座乗することが知られている(特開2005-110579)。
当業者であれば、図3−1、図3−2に記載されたLhd4座およびHd5座の座乗位置に関する情報、および、上記特許公開公報等に記載された内容等に基いて、Lhd4座またはHd5座を含む領域とは、「広陸矮4号」のゲノム上においてどの領域に相当するのかについて、容易に認識することができる。
また本発明において、「Lhd4座またはHd5座を含む領域を導入する」とは、これらのいずれか一方の遺伝子座のみ導入する場合にのみ限定されず、Lhd4座とHd5座の双方の遺伝子座を導入することが含まれる。
本発明において「Lhd4座またはHd5座を含む領域」とは、通常、Lhd4遺伝子またはHd5遺伝子を含む領域であれば、特にその長さは制限されない。好ましくは、Lhd4遺伝子またはHd5遺伝子を含む領域、または、該遺伝子からなる領域を指す。
また、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネ品種と交雑した任意のイネ(例えば、コシヒカリ)について、当該イネがLhd4座またはHd5座を含む領域を有するか否かは、例えば、DNAマーカーを利用した方法により、適宜評価することができる。Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するか否かの評価のために利用可能なDNAマーカーとしては、公知の種々のマーカーを利用することが可能であるが、例えば、前記特許文献(特開2004-290190、特開2005-110579等)に記載された各種DNAマーカーを好適に利用することが可能である。
本発明の好ましい態様においては、「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座を含む領域をイネ(例えば、コシヒカリ)に導入することを特徴とする方法であるが、Lhd4座を含む領域、およびHd5座を含む領域の両方をイネに導入する方法は、さらに好ましい本発明の態様である。後述の実施例で示すように、これらの両方の領域をイネに導入することにより、出穂期がより早生化されたイネ(極早生化イネ)を生産することが可能である。
従って、本発明のさらに好ましい態様においては、イネLhd4座およびHd5座(好ましくは、「広陸矮4号」のLhd4座およびHd5座)を含む領域を導入することを特徴とする方法である。
本発明において出穂期が「早生化した」とは、通常のイネ(例えば、通常のコシヒカリ)の出穂期と比較して実質的に出穂の時期が早いことを指す。本発明の好ましい態様において、出穂期が「早生化した」とは、例えば、1週間〜1ヶ月程度出穂期が早いことを指し、好ましくは、少なくとも9日〜10日出穂期が早いことを指し、より好ましくは少なくとも14〜15日出穂期が早いことを指し、さらに好ましくは少なくとも19〜23日出穂期が早いことを指す。
本発明においてイネの「生産方法」とは、通常のイネ(例えば、コシヒカリ)へイネLhd4座またはHd5座(好ましくは、「広陸矮4号」のLhd4座およびHd5座)を含む領域を導入することにより、出穂期が早生化したイネを育種(育成)することを指す。本発明において「生産方法」は、所謂「育種方法」、「育成方法」、あるいは「作出方法」等と表現することも可能である。従って、本発明において「生産方法」とは、例えば、所謂「育種方法」、「育成方法」、あるいは「作出方法」を包含する意味で用いられる。
本発明において、出穂期が早生化したイネの生産は、イネLhd4座またはHd5座(好ましくは、「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座)を含む領域を対象のイネに導入することにより行う。該領域をイネへ導入するための方法・手段は、特に制限されず、公知の種々の技術を用いることができる。一般的には、所謂「育種法」により実施することができる。
上記育種法としては、例えば、イネLhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネと対象のイネを交雑させることを特徴とする一般的な育種法(交雑育種法等)を挙げることができる。従って、本発明の好ましい態様においては、育種法によって出穂期が早生化したイネ(例えば、コシヒカリ)を生産する方法を挙げることができる。
育種法によって本発明の出穂期が早生化したイネを作製する際には、公知の種々の文献を参照して適宜実施することができる。
本発明の上記出穂期が早生化したイネの生産を育種法によって実施する場合には、より具体的には、以下の方法を例示することができる。
Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネ(好ましくは、「広陸矮4号」)を供与親として、反復親であるイネ(例えば、コシヒカリ)と交雑させることにより、供与親のLhd4座またはHd5座を含む領域が導入されたイネ(F1)を選抜する。次いで、得られたF1を反復親との戻し交雑を繰り返し、イネLhd4座またはHd5座を含む領域が導入されたイネを選抜する。
即ち、供与親由来のLhd4座またはHd5座以外の染色体領域が、実質的に反復親であるイネと置換された構造のゲノムを有するイネを選抜することにより、本発明の出穂期が早生化したイネを生産することができる。
上記方法においては、Lhd4座またはHd5座(好ましくは、「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座)を含む領域を有するイネ(供与親)と、出穂期を早生化させたい品種のイネ(反復親)を交雑し、供与親の有するLhd4座またはHd5座を含む領域が受け継がれ、かつ反復親に近いゲノム構造を有する個体を選抜し、これに反復親による交雑を重ねていく「戻し交雑」を行うことにより、供与親が有するLhd4座またはHd5座を含む領域を導入する。
その際、一般的にゲノム育種に利用されるDNAマーカーを利用してLhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネを選抜することにより、上記「戻し交雑」による置換を効率的に行うことが可能である。その結果、育種期間の短縮に繋がり、また、余分なゲノム領域の混入を正確に除くことができる。通常、「戻し交雑」では、Lhd4座またはHd5座を含む領域と非常に強く連鎖する他の領域に依存する形質がどうしても排除できないという現象が問題となることがあるが、Lhd4座またはHd5座を含む領域の近傍に存在するDNAマーカーを利用することにより、出穂期が早生化したイネの正確な選抜が可能となる。
さらに本発明の好ましい態様においては、上述のように選抜された個体の自家(自殖)後代であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域がホモになった系統を選抜する。当業者であれば、任意の個体について自家後代を容易に作出することができる。
イネ品種と交雑した任意のイネ(例えば、コシヒカリ)について、当該イネがLhd4座またはHd5座を含む領域を有するか否かは、例えば、DNAマーカーを利用した方法により、適宜評価することができる。Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するか否かの評価においては、公知の種々のマーカーを利用することが可能である。利用可能なDNAマーカーとしては、例えば、CAPS、dCAPS、またはSNPマーカー等が挙げられる。本発明の方法に利用可能な各マーカーの染色体上の位置、品種間の多型情報は、株式会社植物ゲノムセンターが無償で公開している「イネSNPsデータベース(http://www.pgcdna.co.jp/snps/abstract_j.html)」にて入手可能であり、各種のDNAマーカーを容易に作成することが可能である。
特に、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有する個体の選抜においては、例えば、前記特許文献(特開2004-290190、特開2005-110579等)に記載された各種DNAマーカーを好適に利用することが可能である。
本発明の方法において好適に利用可能なDNAマーカーの具体例としては、後掲の表1に記載された各マーカーを挙げることができる。
本発明の出穂期が早生化したイネは、例えば、Lhd4座を含む領域とHd5座を含む領域を、それぞれ別の品種を供与親とする育種法によって、目的のイネに導入することにより作出することもできる。
一例を示せば、まず、Lhd4座を含む領域を有する品種を供与親として対象のイネと交雑させ、供与親のLhd4座を含む領域が導入された個体を選抜する。次いで、該個体を、Hd5座を含む領域を有する品種を供与親としてさらに交雑させ、供与親のHd5座を含む領域が導入された個体を選抜する方法が挙げられる。
また、対象のイネ(例えば、コシヒカリ)へLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することを特徴とする本発明の方法の前後において、さらに他の有用形質に関わる遺伝子座を導入する工程が付加された工程からなる方法もまた、本発明に含まれる。即ち本発明によって作出されるイネは、Lhd4座またはHd5座を含む領域が導入されたことにより出穂期が早生化しているものであれば、元のイネに存在しない他の有用形質が新たに付与されたものであってもよい。
現在重要農業形質に関わるQTL、その原因遺伝子の座乗位置が次々と明らかになっている中、同一の遺伝背景(例えば、コシヒカリ)にそれらを別々の品種を供与親として導入することが進んでいる。そして、それらを相互交雑することにより、有用形質の集積化(ピラミディング)が目指されている。このような有用形質の集積化(ピラミディング)方法もまた、本発明の方法を工程として含む限り、本発明に含まれる。即ち、本発明の方法によりLhd4座またはHd5座を含む領域を導入し、「出穂期早生化」を一つの形質とするイネ(例えば、コシヒカリ)を作出する限り、その他の有用形質が導入され複数の有用形質が集積化されたイネの作出方法もまた本発明に含まれる。従って、本発明の好ましい態様としては、例えば、対象のイネに出穂期早生化の形質を含む複数の形質を集積化させることを特徴とする品種改良方法であって、以下の(a)および(b)の領域を導入する工程を含む方法が挙げられる。
(a)イネLhd4座またはHd5座を含む領域
(b)量的形質遺伝子座(QTL)またはその原因遺伝子を含む領域
本発明の出穂期が早生化したイネの生産方法の好ましい態様として、より具体的には、下記工程(a)〜(e)を含む方法を挙げることができる。
(a)反復親であるイネと、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有する供与親のイネを交雑させ、F1を作出する工程
(b)前記F1を前記反復親と戻し交雑させる工程
(c)前記領域を有する個体を選抜する工程
(d)工程(c)によって選抜された個体を、前記反復親と戻し交雑させる工程
(e)前記工程(c)および(d)を繰り返し、Lhd4座またはHd5座以外の染色体領域が実質的に反復親に置換された個体を選抜する工程
本発明の方法において「選抜する」とは、通常、DNAマーカーを特徴付ける塩基配列(例えば、多型等)についての塩基種の情報を基に、選抜を行うことを言う。例えば、Lhd4座またはHd5座を含む領域の近傍に多型変異が存在する場合、当該多型変異と同一の多型変異を有する個体を選抜することを言う。
また、上記工程(d)によって交雑された個体について、一般的なDNAマーカーを利用して、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有し、かつ、ゲノム構造が反復親に近い個体を選抜することができる。この選抜された個体は、さらに必要に応じて、「戻し交雑」(反復親との交雑)させることができる。
本発明の好ましい態様においては、さらに、前記工程(e)によって選抜された個体の自家後代であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域がホモになった系統を選抜する工程を含む方法である。
上記方法においては、必要に応じて、導入されたLhd4座またはHd5座を含む領域以外のゲノム全域が目的の遺伝形質でホモ固定するまで、繰り返して行うことができる。上記「自家後代」とは、工程(e)によって選抜された個体の自家受粉(自殖)による子孫(後代)を指す。
本発明の方法においては、好ましくは、DNAマーカーを利用したゲノム育種法を好適に利用することができる。DNAマーカーを利用したゲノム育種法では、置換率の高い個体を選抜して次の交雑に進むことができるため、世代を進めるほどに選抜効率が良くなる。また、本方法では、幼苗期での個体選抜が可能なため、省スペースでの育種が可能になる。さらに、温室や人工気象室を利用して1年に複数回の交雑が行えるため、育種年限の大幅な短縮化が可能になる。
「ゲノム育種」とは、ゲノム全域に高密度に設定したDNAマーカーを利用し、交雑のたびに後代個体のゲノム全域についての染色体置換状況を図示したもの(グラフ遺伝子型)を描写し、最も目的に合った染色体置換を有する個体を幼苗期に選抜して次の交雑に用いることを連続して行う育種法である(再表2004/066719)。従来の育種法では、次の交雑に用いる個体を選抜するために形質評価を指標としていたため、多数の個体を収穫期まで成長させる必要があり、1年に1回、あるいは2年に1回の交雑しかできず、また多数の個体を均一に栽培し正しく形質評価するには多大な労力と経験を要した。そして、育種過程の最後に、染色体全域をホモ接合体とする固定化には、複数回の自殖が必要であり、結果的に品種の完成までに10年以上を要することが多かった。これに対して、ゲノム育種の戦略を用いれば、交雑して得られた多数の種子を発芽させ、幼苗期に選抜して少数の個体を育てて交雑することを繰り返し、形質評価を最終段階まで行わずに進行することが可能であり、温室や人工気象室を利用して1年に複数回の交雑が可能である。さらに、染色体全域がホモ化しているかどうかは選抜の過程でDNAマーカーによって確認できるため、交雑を終了した時点で品種を完成させることも可能である。このため、開始から短期間で目的の植物体を作出することが可能である。
染色体全域を調査せずに、特定の位置に設置したDNAマーカーのみを用いて選抜・戻し交雑を繰り返し行う方法によっても本発明を実施することは可能である。該方法は、現在一般的に行われている同質遺伝子系統の作成において主に利用されている。該方法は、従来から行われてきた「戻し交雑育種法」と「DNAマーカー選抜」を併用して使う方法で「DNAマーカー育種」と呼ばれている。ただし、該方法は、戻し交雑の回数を繰り返すことでマーカーによる確認をしていない領域が偶然反復親型に置き換わることを期待して行うものであり、形態的に反復親に近づいたとしても、染色体構成がどれだけ実際に反復親に近づいているかについて確認することはできない。従って、本発明においては、特に制限されないが、上述の「ゲノム育種法」により実施することが好ましい。
また、相同組換え技術を利用して、Lhd4座またはHd5座(好ましくは、『広陸矮4号』のLhd4座またはHd5座)を含む領域を、対象のイネ(例えば、コシヒカリ)に導入することにより、目的の出穂期が早生化したイネを作出することも可能である。該方法を利用した出穂期が早生化したイネの生産方法もまた、本発明に含まれる。
本発明の方法によって生産される出穂期が早生化したコシヒカリは、本発明者らによって初めて作出されたものである。即ち、「広陸矮4号」のLhd4座またはHd5座を有することを特徴とする出穂期が早生化したコシヒカリもまた、本発明に含まれる。
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕 早生化作用を有する遺伝子資源の探索
コシヒカリの早生化に利用が可能な遺伝子資源を保有するか否かを確認するため、以下の実験を行った。コシヒカリを母本、中国原産のインド型品種「広陸矮4号」(以下、G4と略記する場合あり)を父本とした交雑を実施し、F1を取得した。そして、F1個体から収穫したF2世代の種子を平成17年度茨城県つくば市観音台にある株式会社植物ゲノムセンター内の圃場における試験栽培に供試した。栽培は慣行法に従い、4月27日に種子を播種し、5月27日に苗を水田に移植した。そして、出穂期関連遺伝子座と共分離するようなDNAマーカーによる解析を行うため、分げつ期に各個体の葉切片を収穫し、個別にDNAを抽出した。各個体の育成を継続し、穂の先端が止葉の基部の葉鞘より抽出した日を出穂日として記録した。以前、G4と日本型イネ品種の祖先種とされるOryza rufipogonに分類される野生イネW1943を材料とした出穂期に関するQTL解析が株式会社植物ゲノムセンターにて行われていた。その結果によれば、夏場の温室・自然環境下いずれの日長条件においてもLhd4座およびHd5座の近傍に検出されたQTLが大きな作用力を持ち、さらにその作用は、いずれもG4型が出穂を早める方向に作用していた(未発表)。従って、近代栽培品種を代表する日本型イネであるコシヒカリに置き換えて考えた場合においても、同様な作用を持つことが期待された。そこで、Lhd4の近傍に設定したSTSマーカーS7035およびHd5の近傍に設定したSNPマーカーS0130を用いて(表1)、両遺伝子座の遺伝子型調査を行った。
上記表1中「*1」は、このマーカーがAcycloPrime-FP SNP detection kit(Perkin Elmer社)を用いて、キットに添付の業者推奨のプロトコールに従って遺伝子型を判定したことを示す。
まず、Lhd4座の作用を確認するため、S7035の遺伝子型別に見たF2分離集団の到穂日数の頻度分布表を作成した。なお、播種から出穂日までに要した日数を到穂日数として解析に用いた。まず、両親品種の平均到穂日数はコシヒカリが98.3日(N=48)、G4が83.0日(N=48)であり、F2集団では61日から161日となり、2頂分布ともとれる連続的変異を示した。しかしながら、Lhd4座の遺伝子型別に見ると、G4型のときに到穂日数が小さい個体、ヘテロ型、コシヒカリ型のときに大きい個体と、頻度分布の2頂を構成している要素を遺伝子型で分類することが可能であった(図1A)。
さらに、Lhd4座がG4型である個体群におけるHd5座の遺伝子型の情報を加えて頻度分布表を作成したところ、この早生個体群で形成された山においても、Hd5座の遺伝子型によって分類が可能であることが明らかとなった(図1B)。つまり、Hd5座がG4型である個体の到穂日数が概ね小さく、次いでヘテロ型、コシヒカリ型と大きくなっていた。特に、両遺伝子座が共にG4型の場合には、例外なく親品種であるコシヒカリより早生であった。このG4が保有する2つの対立遺伝子座は、コシヒカリの早生化に利用可能な遺伝子資源であることが裏付けられた。そして、図1Cに示すように、2遺伝子座が共にG4型となったときに早生化の程度が最大になることが期待された。
〔実施例2〕 コシヒカリ出穂期同質遺伝子系統の作成
コシヒカリの遺伝的背景に導入する染色体の供与親としてはコシヒカリと遠縁関係にあるインド型品種「広陸矮4号」(以下、G4と略記)を用いた。コシヒカリを遺伝的背景とするため1回目の交雑ではコシヒカリを母本、G4を父本とし、反復親をコシヒカリとした。コシヒカリ/G4//コシヒカリ BC1F1世代の幼苗期に染色体全域に設定したSNPマーカーを用いて各個体のグラフ遺伝子型を作成し、Lhd4座およびHd5座を含む領域をヘテロで保持し、かつ他の染色体領域がコシヒカリ型に効率的に置換された数個体を選抜した。以後、それらの個体のみを継続して栽培し、コシヒカリによる戻し交雑に使用した。続いて、選抜したBC1F1個体それぞれに由来するBC2F1集団に対して、同様に幼苗期にグラフ遺伝子型の作成と選抜を行い、有望な個体を選定した後、コシヒカリによる戻し交雑に供試した。このBC2F1世代では、コシヒカリの遺伝的背景にG4由来の残存する染色体断片数が最低5つの個体が出現した。さらに、BC3F1集団に対してグラフ遺伝子型を作成したところ、Lhd4座を含む領域のみ、Hd5座を含む領域のみ、そしてLhd4座を含む領域とHd5座を含む領域の両方がヘテロ型となった3つのタイプの個体が現れた。そこで、それらの自殖後代BC3F2世代でLhd4座がG4型になった固定個体を選抜した。また、同様にBC3F2世代でHd5座を含む領域のみがG4型になった固定個体を選抜した。さらに、Lhd4座およびHd5座が共にG4型になった固定個体を選抜した(図2および図3−1)。
これら3つの系統を区別するため、Lhd4座を含む領域がG4型となった固定系統を「コシヒカリ早生系統(1)」、Hd5座を含む領域のみがG4型になった固定系統を「コシヒカリ早生系統(2)」、Lhd4座およびHd5座を含む領域が共にG4型になった固定系統を「コシヒカリ早生系統(3)」とした。なお、SNPマーカーは阪口ら(2004、育種学研究6(別1)513)によってG4、野生イネW1943間で作成された331個のマーカーの内、コシヒカリ、G4間で同様に多型を示すものを確認の上、利用した。各マーカーの染色体上の位置、品種間の多型情報は、株式会社植物ゲノムセンターが無償で公開している「イネSNPsデータベース(http://www.pgcdna.co.jp/snps/abstract_j.html)」にて入手可能であり、各種のDNAマーカーを容易に作成することが可能となっている。
〔実施例3〕 育成系統の出穂特性の評価
平成17年度および平成18年度の2ヵ年、これら3つの固定系統「コシヒカリ早生系統(1)」「コシヒカリ早生系統(2)」「コシヒカリ早生系統(3)」を茨城県つくば市観音台にある株式会社植物ゲノムセンター内の実験圃場において慣行法に従って栽培した。その結果、コシヒカリに比較してコシヒカリ早生系統(1)では14.6日早生となり、コシヒカリ早生系統(2)では9.5日、コシヒカリ早生系統(3)では相加的に早生化し、最大の21.5日早生となった(図4および表2;育成系統の出穂調査結果)。
上記表2中、「*1」は、播種日から出穂までに要した日数を指し、平均±標準偏差で表わしている。「*2」は、コシヒカリより早い場合にマイナスで、遅い場合にプラスで表わしている。
また、東北、北海道地方で栽培されている代表的な品種と比較したところ、(3)は北海道中生品種の「ほしのゆめ」より数日遅く、岩手県の早生品種「かけはし」と同等、(1)でも青森県の中生品種「つがるロマン」より明らかに早かった。(2)が東北北部地域で栽培されている品種に近い出穂期であった(表3;各地の標準品種と育成系統の早晩性比較)。
なお、平成18年度に実施された東北地域水稲立毛検討会における宮城県古川農業試験場の資料によれば、コシヒカリ早生系統(1)の出穂期が8月6日であったのに対し、関東IL1号が8月8日、関東79号が8月7日、コシヒカリが8月22日であった。従って、(1)が関東IL1号、関東79号より早生であることは宮城県においても明らかであり、以上の結果を統合すると(3)はこれまでに育成されたことのない早生の程度を示すコシヒカリ系統であることが明らかとなった。
〔実施例4〕 導入領域の組合せ効果の確認
コシヒカリ早生系統(1)および(2)は単一の特定領域を導入したことにより1週間以上の早生化が達成され、(3)ではそれら2つの領域を併せ持ったことにより、さらなる早生化が達成されることが明らかとなった。これまでコシヒカリの遺伝的背景において、特定の領域を2ヶ所以上組合せて置換することで、これほどの早生化が達成されることを予測し、かつ実証した例はない。
そこで、組合せの効果によりコシヒカリに極早生性が付与されることを確認するため、両領域をヘテロで有する個体から採種した両遺伝子座が分離する自殖世代を栽培・調査した(図5A)。本実験は実施例3と共に平成17年度に行った。圃場に植えられた94個体の植物体の葉切片からDNAをそれぞれ抽出し、出穂期関連遺伝子Lhd4の近傍マーカーとしてS7035(STSマーカー)、Hd5の近傍マーカーとしてS0130(SNPマーカー)を用いて遺伝子型調査を行った。その後、個体ごとの出穂日を記録し、播種日から出穂日までに要した日数を到穂日数として評価に用いた。その結果、(3)と同等な個体を含む早生個体群はS7035、つまりLhd4座の遺伝子型がG4型であり、次いでヘテロ型、コシヒカリ型の個体が順に出穂したことが確認された(図5B)。さらに、Lhd4座がG4型の早生個体群におけるS0130、つまりHd5座の遺伝子型を確認したところ、その集団における出穂期の分離はHd5座の遺伝子型結果で容易に説明が可能であることが明らかとなった。つまり、最も早い個体群は両遺伝子座が共にG4型となった場合であり、次いで、Hd5座がヘテロ型、コシヒカリ型の順に出穂の早晩が決定していることが確認された(図5C)。以上の結果から、コシヒカリ早生系統(3)の(1)および(2)を超越した極早生性は、両遺伝子座を含む2つの領域が導入されたことによりはじめて達成されることが証明された。
図1は、コシヒカリ、G4のF2集団を用いた出穂日に関する解析結果を示した図である。黒塗りで示した領域はコシヒカリ型、白抜きで示した領域はG4型、斜線で示した領域はヘテロ型であることを表す。AはF2集団の到穂日数の頻度分布をS7035の遺伝子型で分けて表した図である。G4型の個体群の頻度分布で作られる山を実線で、ヘテロ型、コシヒカリ型の個体群の頻度分布で作られる山を点線で描いている。BはAにおけるG4型の個体群に対して、さらにS0130の遺伝子型で分けて表した図である。CはS7035およびS0130の2遺伝子座の組合わせによって出現する9種の遺伝子型パターンのそれぞれに分類された個体群の平均到穂日数を示した図である。 図2は、育成系統の作成過程を示す図である。12本の縦線はイネの12対の染色体を模式的に示したものである。黒塗りで示した領域はコシヒカリ型、白抜きで示した領域はG4型、斜線で示した領域はヘテロ型であることを表す。X印は人工交配を行ったことを示す。右端のF1、BC1F1、BC2F1、BC3F1のグラフ遺伝子型は、育成系統の由来となった各世代の個体のものを表す。 図3−1は、コシヒカリ早生系統の第7染色体、第8染色体の詳細なグラフ遺伝子型を示した図である。その他の染色体領域はコシヒカリ型となっているため省略してある。染色体番号の付いた太い縦線の左横の数字は阪口らよって作成された連鎖地図における遺伝距離を、右横の番号はDNAマーカーを示している。DNAマーカーの番号の下線は、系統育成の選抜時に遺伝子型の判定に用いたマーカーであることを表している。第7染色体上の矢印はLhd4の座乗位置を、第8染色体上の矢印はHd5の座乗位置を表している。 図3−2は、図3−1に記載された第7染色体および第8染色体のグラフ遺伝子型を模式的に示した図を拡大したものである。 図4は、圃場で栽培した育成系統の代表株の写真である。代表株は、草丈、茎数、稈長、到穂日数のいずれもが、その系統における平均値に近い個体とし、撮影のために圃場より掘り上げ、ポットに移植したものである。写真の上部の図は育成系統それぞれのグラフ遺伝子型の模式図を、写真の下部の数字はコシヒカリの出穂期を基準「0日」とした場合に育成系統が何日早く出穂期を迎えたかを表す。 図5は、Lhd4座を含む領域とHd5座を含む領域の早生化の効果を示した図である。Aは実験に供試した種子の由来を表す。斜線で表したヘテロ型の領域を有する個体から自殖種子を回収し、それらを圃場で栽培・調査したことを表す。BはLhd4座の極近傍に設定したDNAマーカーS7035の遺伝子型別に見た到穂日数の頻度分布を表す。白抜きの棒はG4型、斜線で塗られた棒はヘテロ型、黒塗りの棒はコシヒカリ型であることを表している。CはS7035がG4型である個体群におけるHd5座の極近傍に設定したDNAマーカーS0130の遺伝子型別に見た到穂日数の頻度分布を表す。灰色の棒はLhd4座の遺伝子型がヘテロあるいはコシヒカリ型であることを表す。

Claims (8)

  1. 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、対象のイネにイネLhd4座またはHd5座を含む領域を導入することを特徴とする方法。
  2. 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有するイネを供与親として、反復親であるイネと交雑させ、得られるF1に反復親との戻し交雑を繰り返し、供与親のLhd4座またはHd5座を含む領域が導入されたイネを選抜することを特徴とする方法。
  3. 出穂期が早生化したイネの生産方法であって、下記工程(a)〜(e)を含む方法。
    (a)反復親であるイネと、Lhd4座またはHd5座を含む領域を有する供与親のイネを交雑させ、F1を作出する工程
    (b)前記F1を前記反復親と戻し交雑させる工程
    (c)前記領域を有する個体を選抜する工程
    (d)工程(c)によって選抜された個体を、前記反復親と戻し交雑させる工程
    (e)前記工程(c)および(d)を繰り返し、Lhd4座またはHd5座以外の染色体領域が実質的に反復親に置換された個体を選抜する工程
  4. さらに、前記工程(e)によって選抜された個体の自家後代であって、Lhd4座またはHd5座を含む領域がホモになった系統を選抜する工程、を含む請求項3に記載の方法。
  5. 前記供与親が広陸矮4号である、請求項2〜4のいずれかに記載の方法。
  6. 生産対象のイネの品種がコシヒカリである、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
  7. 広陸矮4号のLhd4座またはHd5座を有することを特徴とする、出穂期が早生化したコシヒカリ。
  8. 対象のイネに出穂期早生化の形質を含む複数の形質を集積化させることを特徴とする品種改良方法であって、以下の(a)および(b)の領域を導入する工程を含む方法。
    (a)イネLhd4座またはHd5座を含む領域
    (b)量的形質遺伝子座(QTL)またはその原因遺伝子を含む領域
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