ところで、上記特許文献1のように電動モーターを動力源として用いたブレーキ用駆動装置では、例えば電動モーターの制御回路が故障した場合や停電した場合のように電力の供給が停止して電動モーターが回転力を発生しなくなる事態が考えられる。電動モーターが回転力を発生しなくなると、電動モーターと移動用ネジ部材との間に減速機構が介在しているので、ブレーキ摩擦材はその直前の状態、即ち、制動状態であればブレーキ摩擦材がブレーキディスクに押し付けられた状態で、解除状態であればブレーキ摩擦材がブレーキディスクから離れた状態で保持されてしまうことになる。
そこで、電動モーターが回転力を発生しなくなった場合の応急処置として、移動用ネジ部材に対してブレーキ摩擦材の移動方向の力を外部から加えることで、ブレーキ用駆動装置をその出力側から強制的に作動させてブレーキ摩擦材を移動させることが考えられる。この移動用ネジ部材に出力側から力を加えた際、ナット部材には出力側からの回転力が付与されることになり、この回転力が減速機構を介して電動モーターの出力軸に作用する。この出力軸が回転することで初めてナット部材が回転して移動用ネジ部材が移動し、このことでブレーキ摩擦材を移動させることが可能になる。
しかしながら、上記のようにして出力側からナット部材を回転させようとしたときには、減速機構が増速機構として作用することになる。つまり、移動用ネジ部材に出力側から加える力を大きなものとして、ナット部材に付与する回転力を減速機構のギヤ比に対応するように増大させなければ、電動モーターの出力軸が回転せず、ブレーキ摩擦材を移動させることができない。このような大きな力を移動用ネジ部材に出力側から加えるのは困難であるため、応急処置としてブレーキ摩擦材を移動させることができない虞れがある。
本発明は斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、電動モーター等からなる回転力発生部の回転力を減速機構により増大させてナット部材に伝達することで移動用ネジ部材を移動させるように構成した場合に、回転力発生部で回転力を発生できない事態が生じたときに、出力側から移動用ネジ部材を容易に移動可能にしてブレーキ摩擦材の移動を許容することにある。
上記目的を達成するために、本発明では、回転力発生部による回転力が付与されていない状態で減速機構の作動をキャンセルするようにした。
具体的には、請求項1の発明では、ブレーキ摩擦材を回転体に押し付けて制動力を得るように構成されたブレーキ機構に用いられるブレーキ用駆動装置であって、回転力発生部と、上記回転力発生部の回転力が入力される減速機構と、上記ブレーキ摩擦材の移動方向に延びるように形成されるとともにその中心線周りの回転が阻止された状態で駆動装置本体に支持され、該ブレーキ摩擦材に移動方向の力を作用させる移動用ネジ部材と、上記移動用ネジ部材に螺合した状態で上記減速機構から出力される回転力により上記移動用ネジ部材の中心線周りに回転駆動されるナット部材と、上記回転力発生部による回転力が付与されていない状態で上記減速機構の作動をキャンセルするキャンセル機構とを備えている構成とする。
この構成によれば、回転力発生部で回転力が発生している通常時では、回転力発生部の回転力は減速機構により増大されてナット部材に伝達されるので、回転力発生部の出力が小さくても移動用ネジ部材の推進力を高めることが可能になる。一方、回転力発生部が回転力を発生しなくなった場合には、減速機構の作動がキャンセル機構によりキャンセルされて減速効果が得られなくなる。これにより、移動用ネジ部材に出力側から中心線方向の力を加えてナット部材を回転させようとしたときに減速機構が増速機構として作用することはなく、よって、移動用ネジ部材に出力側から加える力が小さくてもナット部材を回転させて該移動用ネジ部材を移動させることが可能になる。
請求項2の発明では、請求項1の発明において、移動用ネジ部材が中心線方向一方に常時付勢されている構成とする。
この構成によれば、回転力発生部の回転力が発生しなくなると、移動用ネジ部材に作用している付勢力によりナット部材を直ちに回転させて移動用ネジ部材を移動させることが可能になる。
請求項3の発明では、請求項1または2の発明において、減速機構は、ナット部材を囲むように該ナット部材に回転一体に設けられた内歯歯車と、該内歯歯車の歯数よりも少ない数の外歯を有するとともに回転力発生部の回転力により駆動されて上記内歯歯車に対して噛み合いながら偏心揺動運動可能に配設された外歯歯車と、駆動装置本体に支持された状態で上記外歯歯車に係合して該外歯歯車を上記内歯歯車に対して偏心揺動運動するように制御するクランク部材とを備え、キャンセル機構は、上記回転力発生部による回転力が付与されていない状態で上記クランク部材を上記外歯歯車から離脱させる構成とする。
この構成によれば、回転力発生部の回転力が外歯歯車に伝わると、該外歯歯車は、クランク部材によりその動きが制御されて自転が阻止され、内歯歯車に対し噛み合いながら偏心揺動運動する。このとき、例えば、外歯歯車の歯数を内歯歯車の歯数よりも1枚だけ少なくしておくと、外歯歯車が1回揺動運動する毎に、内歯歯車は外歯歯車の歯1枚分に相当する回転角度だけ回転することになる。すなわち、減速機構は、歯車の数が少なくても高い減速比が得られる偏心揺動型の減速機構として作動する。
一方、回転力発生部の回転力が発生しなくなると、キャンセル機構によりクランク部材が外歯歯車から離脱するので、外歯歯車の動きが制御されなくなって自転可能となり、減速効果が得られなくなる。よって、移動用ネジ部材に出力側から中心線方向の力を加えると、ナット部材及び内歯歯車と一緒に外歯歯車が等速で自転することになる。これにより、減速機構の減速効果が得られなくなる。
請求項4の発明では、請求項3の発明において、クランク部材はナット部材の中心線方向に移動可能に駆動装置本体に支持され、キャンセル機構は、上記クランク部材を上記ナット部材の中心線方向に移動させることにより、外歯歯車に係合した状態と該外歯歯車から離脱した状態とに切り替える構成とする。
この構成によれば、外歯歯車に係合した状態のクランク部材を中心線方向に移動させることで外歯歯車から離脱させて減速機構の作動をキャンセルすることが可能になる。
請求項5の発明では、請求項4の発明において、キャンセル機構は、クランク部材を外歯歯車から離脱する方向に付勢する付勢部材を有するとともに、回転力発生部の回転力をナット部材の中心線方向の力に変換して上記クランク部材を上記付勢部材の付勢力に抗して外歯歯車に係合する方向に移動させる構成とする。
この構成によれば、回転力発生部の回転力が発生しなくなると、付勢部材による付勢力によりクランク部材が外歯歯車から離脱して減速機構の作動がキャンセルされる。一方、回転力発生部の回転力が発生すると、この回転力によりクランク部材が移動して外歯歯車に係合し、減速機構が作動するようになる。このように、付勢部材の付勢力と、回転力発生部の回転力とを利用して減速機構の作動状態を切り替えることで、電気的な制御装置を用いる場合に比べて誤作動が起こりにくくなる。
請求項6の発明では、請求項5の発明において、回転力発生部に設けられた出力軸と、上記出力軸と同一中心線上に配置され、該出力軸の回転力を減速機構に伝達する伝達軸と、上記出力軸にその中心線から径方向に離れて一体に回転するように設けられた出力側係合部と、上記伝達軸にその中心線から径方向に離れて一体に回転するようにかつ中心線方向に移動可能に設けられ、上記出力側係合部に係合する伝達側係合部とを備え、クランク部材は、上記伝達側係合部の中心線方向の移動に連動するように配置され、上記出力側係合部と上記伝達側係合部との一方の係合部には、上記出力軸の中心線と交差する方向に傾斜しかつ径方向に延びる傾斜面が形成され、他方の係合部には、上記傾斜面に当接する当接部が形成されている構成とする。
この構成によれば、出力側係合部と伝達側係合部との一方の傾斜面に他方の当接部が当接して両係合部が係合した状態となるので、回転力発生部の回転力が出力軸から伝達軸に伝わる。このとき、上記傾斜面は中心線と交差しているので、回転力が作用した際、当接部が傾斜面上を滑るように相対移動しようとしてスラスト力が発生する。つまり、回転力発生部の回転力が両係合部によりスラスト力に変換され、このスラスト力により伝達側係合部が伝達軸の中心線方向に移動し、これに連動してクランク部材が付勢力に抗して移動し、外歯歯車に係合する。
請求項1の発明によれば、回転力発生部が回転力を発生しなくなった場合に、減速機構の作動をキャンセルできる。これにより、移動用ネジ部材を出力側から小さい力で移動させることができ、よって、ブレーキ摩擦材を容易に移動させることができる。
請求項2の発明によれば、移動用ネジ部材を中心線方向一方に常時付勢するようにしたので、回転力発生部の回転力が発生しなくなったときに、ブレーキ摩擦材を直ちに移動させることができる。
請求項3の発明によれば、減速機構を偏心揺動型としたので、小型でかつ高い減速比を得ることができる。この場合に、回転力発生部が回転力を発生しなくなると、クランク部材を外歯歯車から離脱させることで、減速機構の作動を簡単にキャンセルできる。
請求項4の発明によれば、クランク部材を中心線方向に移動させるだけで、減速機構の作動をキャンセルすることができる。
請求項5の発明によれば、付勢部材の付勢力と回転力発生部の回転力とを利用して減速機構を作動させたり、作動をキャンセルすることができる。これにより、電気的な制御装置を用いる場合に比べて信頼性を高く確保することができる。
請求項6の発明によれば、出力側係合部と伝達側係合部との一方の傾斜面に他方の当接部を当接させて両係合部を係合させるようにしたので、回転力発生部の回転力によりスラスト力を発生させることができ、このスラスト力によりクランク部材を付勢部材の付勢力に抗して移動させて外歯歯車に係合させることができる。
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
図1は、本発明の実施形態に係るブレーキ用駆動装置1及びこのブレーキ用駆動装置1が取り付けられたブレーキ機構2を示すものである。この実施形態の説明では、ブレーキ用駆動装置1の構造を説明する前に、ブレーキ機構2の構造を説明する。
上記ブレーキ機構2は、車両としての電車(図示せず)に取り付けられるものであり、車輪(図示せず)と一体に回転する回転体としてのブレーキディスク3の両面にブレーキ摩擦材4a、4bをそれぞれ押し付けることで制動力を得るように構成されている。このブレーキ機構2は、キャリパ本体5を備えている。キャリパ本体5は、枠体6を有しており、この枠体6は、ブレーキディスク3の回転軸方向に延びる一対のスライドピン7により、電車の下部におけるブレーキディスク3近傍の非回転部分に支持されている。つまり、枠体6は、電車の非回転部分に対し回転軸方向に移動可能にフローティング支持されている。
上記枠体6の内方には、一対のブレーキ摩擦材4a、4bがブレーキディスク3を厚み方向に挟むように配置されている。また、この枠体6の内部には、ブレーキ摩擦材4a、4bの移動方向に延びる一対の棒材8が配置され、これら棒材8の両端部が枠体6に固定されている。さらに、この枠体6の内部には、棒材8に対し該棒材8の中心線方向にスライド可能に支持された押付部材9が設けられている。押付部材9側のブレーキ摩擦材4aが該押付部材9によりブレーキディスク3に押し付けられると、その反力により枠体6がスライドピン7に沿って移動し、他方のブレーキ摩擦材4bが上記ブレーキ摩擦材4aとは反対側からブレーキディスク3に押し付けられる。
上記ブレーキ用駆動装置1は、ブレーキ摩擦材4a、4bの移動方向に延びる筒状のケーシング10を備えている。ケーシング10は、駆動装置本体を構成するものであり、このケーシング10内には、図2に示すように、電動モーター11、該電動モーター11の回転力により駆動される減速機構12、移動用ネジ部材13、該移動用ネジ部材13に螺合した状態で減速機構12から出力される回転力により回転駆動されるナット部材14及び減速機構12の作動を所定状態のときにのみキャンセルするキャンセル機構15とが収容されている。上記減速機構12及びキャンセル機構15は、ケーシング10内のキャリパ本体5側である移動用ネジ部材13の前進側に収容され、電動モーター11は、ケーシング10内のキャリパ本体5と反対側である移動用ネジ部材13の後退側に収容されている。尚、この実施形態の説明では、移動用ネジ部材13の前進側を単に「前」といい、後退側を単に「後」というものとする。
上記ケーシング10は、矩形断面を有するとともにその前後方向に2つに分割されており、上記減速機構12及びキャンセル機構15を収容する前側ケーシング構成部材18と、電動モーター11を収容する後側ケーシング構成部材19とで構成されている。
前側ケーシング構成部材18の前端部には、図1及び図2に示すように、矩形板状の前側蓋部材20が取り付けられている。後側ケーシング構成部材19の後端部には、矩形状の支持板21が取り付けられている。この支持板21の後面には、矩形板状の後側蓋部材22が取り付けられている。このケーシング10の前部が上記キャリパ本体5に固定されている。
上記前側蓋部材20、前側ケーシング構成部材18及び後側ケーシング構成部材19は、4つの角部にそれぞれ配置されたボルト24によって前後方向に締結されている。また、上記後側蓋部材22、支持板21及び後側ケーシング構成部材19も、同様に配置されたボルト25によって前後方向に締結されている。これにより、前側蓋部材20、前側ケーシング構成部材18、後側ケーシング構成部材19、支持板21及び後側蓋部材22が一体化している。
上記ナット部材14は、その中心線がケーシング10の中心線と一致するように配置されている。図2に示すように、ナット部材14の前端部近傍は、前側蓋部材20に対しナット部材用前側軸受27を介して支持され、後端部近傍は、後側蓋部材22に対しナット部材用後側軸受28を介して支持されている。これらナット部材用軸受27、28は円錐ころ軸受で構成されている。ナット部材14の内周面には、前端部から後端部に亘ってネジ溝14aが形成されている。
上記ナット部材14の長さはケーシング10の前後方向の長さよりも長く設定され、該ナット部材14の前端部は、前側蓋部材20から突出している。ナット部材14の前端部には、該ナット部材14の外周面と前側蓋部材20との間をシールする前側オイルシール29が配設され、後端部には、同様に後側オイルシール30が配設されている。ナット部材14のナット部材用前側軸受27よりも後側には、該ナット部材14の径方向に延出する円形板状の延出部14bが形成されている。延出部14bの外周部には、中心線方向に貫通する複数のボルト挿通孔14cが周方向に間隔をあけて形成されている。このボルト挿通孔14cには、後述の内歯歯車45を締結するためのボルト46が挿通するようになっている。
上記移動用ネジ部材13は、その中心線がケーシング10の中心線と一致するように配置され、ナット部材14に螺合した状態で該ナット部材14を介してケーシング10に支持されている。移動用ネジ部材13の長さは、ナット部材14の長さよりも長く設定されている。図1にも示すように、ナット部材14に螺合した状態にある移動用ネジ部材13の前側の約1/3は、該ナット部材14の前端部から前方へ突出し、また、後端部もナット部材14の後端部から僅かに後方へ突出している。移動用ネジ部材13の外周面には、前側約1/3以外の領域に上記ナット部材14のネジ溝14aに螺合するネジ山13aが形成されている。この移動用ネジ部材13は、てい形ネジ軸である。
図1に示すように、上記移動用ネジ部材13のナット部材14よりも前側へ突出した部分には、筒状のスペーサ32が外嵌めされている。このスペーサ32の外周側には、押付部材9をブレーキディスク3側へ付勢するための皿バネ33が設けられている。皿バネ33は円盤を多数重ねてなるものであり、その中心孔33aにスペーサ32が挿通した状態で移動用ねじ部材13に取り付けられている。皿バネ33は、移動用ネジ部材13に取り付けられた状態で、押付部材9と、枠体6のブレーキ用駆動装置1側の内面とに当接している。上記皿バネ33の付勢力によりブレーキ摩擦材4a、4bがブレーキディスク3に押し付けられるようになっている。このときのブレーキ摩擦材4a、4bの押し付け力は、電車を停止させておくのに十分な制動力が得られるように設定されている。
上記移動用ネジ部材13の前端部には、径方向に貫通するピン挿入孔13bが形成されている。また、押付部材9には、上記ピン挿入孔13bに対応するピン挿入孔(図示せず)が形成されている。上記移動用ネジ部材13及び押付部材9の両ピン挿入孔13bには、テーパーピン34が挿入されるようになっている。このテーパーピン34により、移動用ネジ部材13と押付部材9とが一体化している。これにより、皿バネ33の付勢力が、押付部材9を介して移動用ネジ部材13に対し該ネジ部材13を前進させる方向に常時作用するようになっている。この皿バネ33もブレーキ用駆動装置1の構成部材である。
上記移動用ネジ部材13と押付部材9とがテーパーピン34で一体化していることにより、移動用ネジ部材13の中心線周りの回転が阻止された状態となっている。これにより、ナット部材14が回転したときに、移動用ネジ部材13が該ナット部材14と一緒に回転することはない。つまり、ナット部材14を回転させることで、移動用ネジ部材13が中心線方向に移動することになる。また、ネジ山13a及びネジ溝14aは、移動用ネジ部材13を後端側から見たときに、ナット部材14を左方向へ回転させることで移動用ネジ部材13が前進し、ナット部材14を右方向へ回転させることで後退するように形成されている。
図2に示すように、上記ナット部材14の延出部14bよりも後側には、伝達軸39が配置されている。この伝達軸39は、図4に示すように、円筒状に形成され、その内方に上記ナット部材14が挿入されている。伝達軸39の中心線Xと上記ナット部材14の中心線とは一致している。
上記伝達軸39は、図2に示すように、ナット部材14の延出部14b近傍から中央部近傍まで延びており、ナット部材14に対し相対回転するようになっている。伝達軸39の前側には、この伝達軸39の中心線Xから所定量偏心して該中心線Xと平行に延びる中心線Yを有する前側偏心部39aが形成されている。伝達軸39の後端側は大径に形成され、この大径部分は、伝達軸39の中心線Xに対し前側偏心部39aと同じ方向に同じ量だけ偏心した後側偏心部39bとされている。
上記ナット部材14の伝達軸39よりも後側には、出力軸40が配置されている。この出力軸40は、図3に示すように、円筒状に形成され、その内方にナット部材14が挿入されている。出力軸40の中心線は伝達軸39の中心線Xと一致している。上記出力軸40は、図2に示すように、伝達軸39の後端部から後方へ離れて配置され、ナット部材用軸受28の近傍まで延びている。出力軸40の前端部及び後端部は、出力軸用軸受42、42を介して後側ケーシング構成部材19及び支持板21にそれぞれ支持されている。これら軸受42の回転中心は、ナット部材14の中心線上に位置している。従って、出力軸40は、ナット部材14と同軸上で該ナット部材14に対し相対回転するようになっている。
図2に示すように、上記ナット部材14の延出部14bの後側には、円環状の内歯歯車45が取り付けられている。内歯歯車45の歯数は、44枚に設定されている。この内歯歯車45の中心線は、ナット部材14の中心線と一致している。内歯歯車45の外径は、延出部14bの外径と略同じに設定され、内周面に内歯が連続して形成されている。内歯歯車45の前側の面には、図5及び図6に示すように、延出部14bのボルト挿通孔14cよりも内周側が嵌る段部45aが形成されている。また、内歯歯車45の前側の面には、複数のねじ孔45bが上記ボルト挿通孔14cに対応して形成されている。内歯歯車45のねじ孔45bと延出部14bのボルト挿通孔14cとを一致させた状態で、ボルト挿通孔14cに挿通したボルト46をねじ孔45bに螺合させることで内歯歯車45が延出部14bに固定された状態となる。この状態で、内歯歯車45は、ナット部材14と同軸上、即ち、伝達軸39の中心線X上で該ナット部材14と一体に回転する。
図2に示すように、上記内歯歯車45の内方には、該内歯歯車45に噛み合う小径の外歯歯車47が配置されている。図7及び図8に示すように、上記外歯歯車47の中心部には、上記外歯歯車用軸受48、48が嵌る軸受嵌入孔47aが厚み方向に貫通するように形成されている。外歯歯車47は、図2に示すように、これら外歯歯車用軸受48、48を介して伝達軸39の前側偏心部39aに回転可能に支持されている。この外歯歯車47の歯数は、43枚に設定されている。この外歯歯車47の歯先円直径は、内歯歯車45の歯先円直径よりも所定長さ小さく設定されている。上記伝達軸39の前側偏心部39aの偏心量は、外歯歯車47の歯と内歯歯車45の歯との一部が噛み合い、他は噛み合っていない状態(図22に示す)となるように設定されている。外歯歯車47の後側の面には、互いに周方向に間隔あけて設けられた複数のねじ孔47cが開口している。尚、図2の符号50は、外歯歯車用軸受48、48を止めるための止め輪である。また、符号51、52は、外歯歯車用軸受48、48を位置決めするためのカラーである。
図2に示すように、上記外歯歯車47の後側には、揺動板55が配設されている。この揺動板55は、図14及び図15に示すように、リング状をなしている。揺動板55の内周側には、上記外歯歯車47のねじ孔47cに対応して複数のボルト挿通孔55aが貫通するように形成されている。揺動板55の後面には、ボルト挿通孔55aよりも外周側に環状溝55bが形成されている。また、環状溝55bが形成された部位には、該溝55bの底面に開口する複数の貫通孔55cが周方向に間隔をあけて形成されている。各貫通孔55cは、図15に示すように、前側へ向かって縮径するテーパー形状とされている。この揺動板55は、ボルト56により外歯歯車47に固定されている。
また、図9及び図10に示すように、上記前側ケーシング構成部材18の内面には、内方へ突出するように形成された厚肉板状の環状支持部18aが設けられている。この支持部18aには、図2に示すように、クランクピン60を支持するためのクランクピン挿入孔18bが形成されている。
上記クランクピン60は、図11及び図12に示すように、クランクピン挿入孔18bに挿入支持される大径部60aと、大径部60aの後端部から径方向に延出する板状の延出部60bと、延出部60bの後面から突出する小径部60cとを備えている。大径部60aは、図2に示すように、ブッシュ65に挿入された状態で該ブッシュ65を介してクランクピン挿入孔18bに回転可能に支持されている。このブッシュ65は、クランクピン挿入孔18b内をその中心線方向に摺動するようになっており、ブッシュ65の摺動によりクランクピン60が中心線Z(図11及び図12にのみ示す)方向、即ち伝達軸39の中心線X方向に移動するようになっている。
上記大径部60aの前端部には、上記揺動板55に係合する係合部60dが形成されている。この係合部60dは、大径部60aよりも小径の円形断面を有する突起形状をなしている。係合部60dの中心線W(図11及び図12にのみ示す)と大径部60aの中心線Zとは、前側偏心部39aの偏心量と同じだけずれている。この係合部60dは、図2に示すように、揺動板55の環状溝55bに対応するように位置している。係合部60dの径は、図13に示すように、環状溝55bの幅よりも若干小さめに設定され、クランクピン60が中心線Z方向に移動した際に該環状溝55bに挿入されるようになっている。図11及び図12に示すように、係合部60dの前端部には、面取り部60eが設けられている。この面取り部60eは、図13(a)に示すように、貫通孔55cの内面に沿うように形成されており、クランクピン60が中心線方向に移動した際に面取り部60eが環状溝55bから貫通孔55cに入り込むようになっている。これにより、クランクピン60と揺動板55、即ち外歯歯車47とが係合し、該外歯歯車47の自転が阻止された状態になる。このクランクピン60は、外歯歯車47を内歯歯車45に対して偏心揺動運動するように制御するクランク部材を構成している。また、上記小径部60cは、円柱形状をなしており、その中心線は、上記係合部60dの中心線W上に位置している。図2及び図13に示すように、小径部60cの外周面には、ブッシュ63が嵌め込まれている。
上記大径部60aに嵌められたブッシュ65の後端部には、図13に示すように、フランジ65aが形成されている。このフランジ65aと支持部18aとの間には、コイルスプリング66が配設されている。このコイルスプリング66は、ブッシュ65を介してクランクピン60を後方、即ち、面取り部60eが貫通孔55cから抜けて離脱する方向(図13(a)に矢印Sで示す)に付勢するように構成されている。
上記伝達軸39の後側偏心部39bには、図2に示すように、クランクピン60を大径部60aの中心線Z周りに回転駆動するための駆動板67が軸受68を介して支持されている。駆動板67は、リング形状をなしている。図13に示すように、駆動板67には、上記クランクピン60の小径部60cが挿入される小径部挿入孔67aが形成されている。この小径部挿入孔67aに挿入された小径部60cは、ブッシュ63を介して駆動板67に支持され、中心線W周りに回転可能となっている。また、伝達軸39の後側偏心部39bの外周面は、駆動板67の軸受68が中心線X方向に摺動するように形成されている。
後側偏心部39bの軸受68よりも後側には、移動クラッチ部材70が配設されている。この移動クラッチ部材70は、図16及び図17に示すように、リング形状をなしている。移動クラッチ部材70の中央部に設けられた貫通孔70aは、後側偏心部39bが挿入されるように形成されている。貫通孔70aの中心Jと移動クラッチ部材70の中心Hとは、後側偏心部39bの偏心量と同じだけずれている。
移動クラッチ部材70の後面の外周部には、複数のクラッチ爪70bが周方向に間隔をあけて突設されている。クラッチ爪70bは、展開した状態である図18に示すように、周方向の約30゜の範囲に亘って長く延びる形状とされ、長手方向両端部は、伝達軸39の中心線Xの径方向に延びるとともに該中心線Xと交差する方向に延びる傾斜面70cで構成されている。各クラッチ爪70bの両傾斜面70c、70cの間の部位は、平坦面で構成されている。
移動クラッチ部材70は、該移動クラッチ部材70の中心Hが伝達軸39の中心線Xと一致する状態で後側偏心部39bに嵌められてキー71により結合され、伝達軸39と一体に回転するようになっている。貫通孔70aの中心Jと移動クラッチ部材70の中心Hとが後側偏心部39bの偏心量と同じだけずれているので、伝達軸39の回転により、クラッチ爪70bは伝達軸39の中心線X周りに回転するようになる。また、キー71により結合された状態で、移動クラッチ部材70は、後側偏心部39bの外周面を中心線X方向に摺動可能となっている。
上記出力軸40の前端部には、図2に示すように、固定クラッチ部材72が配設されている。この固定クラッチ部材72は、図19及び図20に示すように、外径が上記移動クラッチ部材70の外径と同じリング形状をなしている。固定クラッチ部材72の中央部に設けられた貫通孔72aの中心は、固定クラッチ部材72の中心と一致しており、従って、出力軸40の中心線上に位置している。固定クラッチ部材72は、出力軸40に嵌められてキー73により結合され、出力軸40と一体に回転するようになっている。この固定クラッチ部材72は、出力軸40の中心線方向には移動しない。固定クラッチ部材72には、上記移動クラッチ部材70のクラッチ爪70bと同じ形状のクラッチ爪72bが図21に示すように該クラッチ爪70bと対向するように形成されている。
上記コイルスプリング66の付勢力はクランクピン60を介して駆動板67、軸受68及び移動クラッチ部材70に伝わり、移動クラッチ部材70が固定クラッチ部材72に押し付けられるようになっている。これにより、図2や図21に示すように、上記固定クラッチ部材72のクラッチ爪72bの傾斜面72cが、移動クラッチ部材70の傾斜面70cに当接して噛み合い、両クラッチ部材70、72が係合して回転力の伝達が可能な状態となる。
上記クラッチ爪70bが本発明の伝達側係合部であり、クラッチ爪72bが本発明の出力側係合部である。また、クラッチ爪70bの傾斜面70cが本発明の傾斜面であり、クラッチ爪72bの傾斜面72cが本発明の当接部である。
上記電動モーター11は、いわゆるフレームレス型のサーボモーターであり、ローター11a及びステータ11bを備えている。ローター11aの内周面が上記出力軸40の外周面に接着されている。ステータ11bの外周面が上記後側ケーシング構成部材19の内周面に接着されている。この電動モーター11が本発明の回転力発生部を構成している。
上記電動モーター11は、図示しないが、ケーシング10の外部に設けられた周知のサーボ制御装置により、正転及び逆転の切り替えや、回転角度が制御されるようになっている。
上記ケーシング10の後端部には、出力軸40の回転量を検出するためのロータリエンコーダ(図示せず)が取り付けられるようになっている。このロータリエンコーダは、上記サーボ制御装置に接続されている。
次に、上記のように構成されたブレーキ機構2及びブレーキ用駆動装置1の動作について説明する。まず、図1に示す制動状態にあるブレーキ機構2を解除状態にする場合には、サーボ制御装置は、電動モーター11に対しローター11aを右方向へ回転させるように電力を供給する。電動モーター11の回転力を受けた出力軸40が右方向へ回転すると、固定クラッチ部材72が右方向に回転し始め、このとき、両クラッチ部材70、72の接触面である傾斜面70c、72cが中心線Xと交差する方向に傾斜しているので、スラスト力が発生する。このスラスト力により移動クラッチ部材70は、軸受68、駆動板67及びクランクピン60と共にコイルスプリング66の付勢力に抗して前進した状態となる。これにより、図2及び図13に示すように、クランクピン60の面取り部60eが貫通孔55cに挿入されてクランクピン60が外歯歯車47と係合した状態となる。
このとき、貫通孔55cの内周面はテーパー面となっているため、上記クランクピン60の面取り部60eが貫通孔55cの内周面に当接して、それ以上前進しなくなり、移動クラッチ部材70と固定クラッチ部材72とは傾斜面70c、72cが接触した状態で保たれる。これにより、出力軸40の回転力が伝達軸39に伝わり、該伝達軸39が回転する。この伝達軸39が回転すると、駆動板67は、後側偏心部39bによって偏心揺動運動し、クランクピン60の小径部60cを大径部60aの中心線Z周りに回転駆動し、クランクピン60が支持部18aに支持された状態で大径部60aの中心線Z周りに回転する。
一方、外歯歯車47には上記のようにクランクピン60が係合しているので、外歯歯車47は、自転が阻止された状態となっており、前側偏心部39aの回転によって、図22の(a)から(c)に順に示すように、内歯歯車45と噛み合いながら中心線X周りに偏心揺動運動する。このとき、駆動側である外歯歯車47の歯数が内歯歯車45よりも1枚少ないので、外歯歯車47の1回の揺動運動により、従動側である内歯歯車45が歯1枚分に相当する角度だけ右方向に回る。つまり、この実施形態では、内歯歯車45の歯数が44枚であるため、外歯歯車47が44回転すると内歯歯車45が1回転することになり、1:44という高い減速比が得られ、電動モーター11の回転力が増大されてナット部材14に伝達される。
このナット部材14が右方向に回転されることで、移動用ネジ部材13が皿バネ33の付勢力に抗して後退してブレーキ摩擦材4a、4bがブレーキディスク3から離れ、解除状態になる。このように、通常の走行時には電動モーター11へ常に電流を流しておき、解除状態で保持しておく。
一方、停電した場合や電動モーター11の制御回路が故障した場合のように電動モーター11の回転力が発生しない事態が生じた場合には、安全を確保するために、この電車ではブレーキ機構2を制動状態にする。電動モーター11の回転力が発生しなくなると、出力軸40に電動モーター11からの力が作用しない状態になる。
このとき、図21に白抜きの矢印で示すように、コイルスプリング66の付勢力により、上記移動クラッチ部材70の傾斜面70cが、固定クラッチ部材72の傾斜面72cを後側へ押す。これら傾斜面70c、72cが中心線Xに交差する方向に延びているので、コイルスプリング66の付勢力が出力軸40を回転させる力(方向を同図に矢印Pに示す)となり、該出力軸40が矢印P方向に回転し始めるとともに、傾斜面70cが白抜きの矢印の方向に移動し、これにより、図13(b)に示すように、移動クラッチ部材70、軸受68、駆動板67及びクランクピン60が後退する。その結果、クランクピン60の面取り部60eが揺動板55の貫通孔55cから抜けて離脱する。クランクピン60の後退量は、移動クラッチ部材70のクラッチ爪70b先端面が固定クラッチ部材72に接触するまでとされており、具体的には、面取り部60eが環状溝55bの底面から僅かに離れた状態で該溝55b内に留まる量とされている。このようにしてクランクピン60が外歯歯車47から離脱すると、外歯歯車47は自転可能な状態となる。つまり、クランクピン60は、移動クラッチ部材70の中心線X方向の移動に連動するように配置されている。
一方、移動用ネジ部材13は皿バネ33により前進方向へ付勢されているので前進しようとし、ナット部材14及び内歯歯車45には左方向の回転力が作用する。この出力側からの回転力は外歯歯車47に伝達される。この外歯歯車47は、上記のようにクランクピン60と係合していないので、ナット部材14及び内歯歯車45と一体に左方向に自転する。これにより、減速機構12の減速効果が得られなくなってギヤ比が1:1となり、減速機構12の作動がキャンセルされた状態となる。本発明のキャンセル機構15は、揺動板55、クランクピン60、コイルスプリング66移動クラッチ部材70及び固定クラッチ部材72で構成されている。
上記のように減速機構12の作動がキャンセルされたことで、出力側からナット部材14を回転させようとしたときに減速機構12が増速機として作用するのが回避される。これにより、ナット部材14を皿バネ33の付勢力のみで容易に左回転させることが可能になり、移動用ネジ部材13を前進させてブレーキ摩擦材4a、4bをブレーキディスク3に押し付けることが可能になる。
以上説明したように、この実施形態に係るブレーキ用駆動装置1によれば、電動モーター11の回転力を減速機構12により増大させてナット部材14に伝達するようにしたので、電動モーター11の小型化及び軽量化を図ることができる。そして、電動モーター11の回転力が付与されていない状態では、減速機構12の作動をキャンセルできるので、移動用ネジ部材13を出力側から容易に移動でき、よって、ブレーキ摩擦材4a、4bを移動させることができる。
また、移動用ネジ部材13を皿バネ33により常時付勢しているので、電動モーター11の回転力が発生しなくなったときに、ブレーキ摩擦材4a、4bを直ちに移動させて制動力を得ることができ、電車の安全性を高めることができる。
また、減速機構12を偏心揺動型とし、電動モーター11が回転力を発生しなくなると、クランクピン60を移動させて外歯歯車47から離脱させるようにしたので、減速機構12の作動を簡単にキャンセルできる。
また、コイルスプリング66の付勢力と電動モーター11の回転力とを利用して、減速機構12を作動させたり、その作動をキャンセルすることができる。これにより、電気的な制御装置を用いる場合に比べて誤作動の発生を抑制することができ、信頼性を高く確保することができる。
また、移動用ネジ部材13を中心線方向に付勢する付勢部材は、皿バネ33以外の付勢部材を用いるようにしてもよい。
また、内歯歯車45及び外歯歯車47の歯数は、上記した歯数以外にも任意に設定することが可能である。
また、この実施形態では、移動用ネジ部材13を皿バネ33で前進方向に付勢するようにしているが、これに限らず、移動用ネジ部材13を後退方向に付勢するようにしてもよい。この場合は、電動モーター11の回転力により移動用ネジ部材13を前進させてブレーキ摩擦材4a、4bをブレーキディスク3に押し付け、一方、電動モーター11の回転力が付与されていない状態で、移動用ネジ部材13が後退してブレーキ機構2が解除状態となる。
また、この実施形態では、本発明を電車のブレーキ機構2に適用した場合について説明したが、本発明は、回転体にブレーキ摩擦材4a、4bを押し付けることで制動力を得るように構成されたブレーキ機構を搭載する自動車等にも適用することができる。
また、1つのブレーキ用駆動装置1で多数のブレーキ摩擦材を移動させるようにしてもよい。また、1つのキャリパ本体5に複数のブレーキ用駆動装置1を固定するようにしてもよい。
また、この実施形態では、回転力発生部を電動モーター11で構成しているが、これに限らず、回転力発生部は、油圧モーターや空気圧モーターで構成してもよい。