本発明は光学分別のための方法および装置に関する。本発明の一態様は、離散的な光学トラップのアレイを使用して微小な対象物を光学トラップおよび競合する外力(外部から加わる力)に対する相対的な親和性(あるいは親和性)に基づいて連続的に仕分けする光学分別技術に関する。本発明の別の態様は、“逆(reverse)”光学分別技術に関する。本発明の第3の態様は“ラチェット(ratcheting)”光学分別技術の利用に関する。
モデルシステムは、個々のコロイド球が離散的な光ピンセットで生成されたポテンシャルウェルの規則的なアレイを進むよう駆動されると同時にそれらの動きがデジタルビデオ顕微鏡法によって解析される変調輸送を調べるために開発されてきている。このシステムの実験では、アレイが駆動力に関して回転されると駆動粒子は動力学的閉じこめ状態の悪魔の階段階層(Devil's staircase hierarchy of kinetically locked-in states)をたどることが実証されている。これらの状態の各状態の中では、粒子の軌跡はアレイの方向性とは無関係にトラップ格子を対称性で選ばれた方向に進み、それ故に駆動力からは横方向に逸れるように偏向される。斯かる偏向は、選ばれた集団がトラップのアレイによって偏向される一方で残りのサンプルは進路を妨害されずに通過する連続的分別技術の基礎を与えるものと期待されている。この方法論は、光学分別の実例を提示するものであり、さらに光学分別の分解能は粒子サイズに指数関数的に依存し得ることを実証する。それ故にこの方法論は、すでに報告したどの仕分け技術よりも優れた感度を実現する。
離散的な光学トラップを使用して微小な対象物を光学トラップおよび競合する外力(外部から加わる力)に対する相対的な親和性に基づいて連続的に仕分けする光学分別技術の概念の1つの具体的な形を示すことができる。このアプローチは、水流に対してある角度だけ傾いた光ピンセットの線形アレイを通過して流れる水の中に分散した2つの異なるサイズのコロイド状シリカ球の軌跡を利用する。流れているコロイド分散は、カバースリップの端を顕微鏡スライドに固着させることによって形成された4mm×0.7mm×40μmのガラスチャネル(ガラス導水路)に閉じこめられている。このチャネルの両端に掛けられた圧力の差は、数分にわたって約60μm/秒でほぼ一定のポアズイユ流(Poisseuille flow)を引き起こす。サンプルは、半径a=0.79μmの球(Duke Scientific Duke Scientific Corporation, 2463 Faber Place Palo Alto, California 94303, Lot No. 24169)と半径a=0.5μmの球(Duke Scientific Lot No. 19057)との混合物である。ここで、両方の球は、従来の明視野顕微鏡とデジタルビデオ解析を使用して1/60秒間隔で平面内を30nm以内で追跡記録することが可能である。さらに、これらの球はそれらの外観に基づいて確実に区別することができ、光学分別に対するその微視的な応答をリアルタイムでモニタすることができる理想的なモデルシステムを提供する。大小の球の一般的な軌跡は、それぞれ図4Aおよび図4Bに表れている。
シリカ球は水の密度のほぼ2倍の密度を有しているので、チャネルの下部ガラス壁の真上に単層になって落ち着くが、より小粒の球はより軽いために若干より上の方を浮遊する。チャネル内におけるポアズイユ流の分布を仮定すると、より小粒の球は平均速度us=17±9μm/秒でより大きな球の平均速度us=13±2μm/秒と比べると幾分より速く移動する。定常球に対する粘性抵抗F1=γuは球の半径aと束縛面からの近さにも依存する抵抗係数γによって特徴付けられる。集団の抵抗係数は、拡散率Dからアインシュタイン・スモルコフスキ(Einstein-Smoluchowsky)関係D=KBT/γを使用して概算できる。KBTは温度Tにおける熱エネルギースケールである。拡散率はこのとき図4Aおよび図4Bに示された軌跡の横方向速度の揺らぎから測ることができる。より一般に、印加力F1は、電気泳動(electrophoresis)、電気浸透(electroosmosis)、磁気泳動(magnetophoresis)、または重力沈降(gravitational sedimentation)などのプロセスを通じて与えることができる。
本実施形態の光学トラップは、動的ホモグラフィック光ピンセット技術により作り出されている。532nmのレーザ光で1.7±0.8mWの電力がそれぞれに供給される12個の離散的な光ピンセットが、チャネル軸に対してθ=12.0°±0.5°傾いた直線上にピンセットの中心から中心までb=3.6±0.1μmの間隔をあけた状態で配置されている。各トラップは、共に球の半径aに依存する深さV0であり幅σのほぼガウス型ポテンシャルウェルとしてモデル化されることがある。
光学トラップがないとしたならば、印加力F1によって粘性流体の中を駆動される粒子は平均速度u=F1/γで移動することになる。印加力F1が十分大きい条件の下では、光学トラップは粒子をその軌道から逸らせるのみである。偏向が小さい場合には、粒子は、トラップのラインから下流に移動し続け、トラップラインから逃れたといってよい。他方、各トラップが粒子を隣のトラップの影響領域に逸らせるのに十分に強い場合があり得る。この場合、粒子は、トラップからトラップへ通過し、アレイによって効率的に捕捉される。これは、動力学的閉じ込め輸送(kinetically locked-in transport)のメカニズムである。偏向角θは、この閉じ込め輸送の最大偏向角近くに選ばれている。捕捉された粒子の軌道の逃れた粒子の軌道に対する相対的偏向は光学分別による仕分けの基礎となる。偏向された部分と偏向されない部分は別々に集めることができ、そのプロセスは図1に概略的に示されている。
トラップの幾何学的配置を所与として、レーザパワーは大小の球が逃れるための実験的に決まる閾値の間に設定された。図4Aおよび図4Bに示された軌跡は、これらの条件の下でトラップのアレイによって、小さい方の球は曲げられずに、大きい方の球が意図的に曲げられることを実証している。その結果、小さい球は進路を妨害されることなく大きな球の分布における結果的に生じる陰に流れ込み、そこでそれらを集めることが可能である。逆に、偏向した大きな球は光学トラップアレイの端にある小さな領域に集中し、そこでそれらは単独に集められる。小さな球の浄化と大きな球の集中は大きな方の部分の横方向の偏向の結果生じるので、この光学分別プロセスは継続的に進行することが可能で、従って例えばゲル電気泳動法(gel electrophoresis)などのバッチモード(batch-mode)技術を超えた利点を提供するものである。
ほんの2、3の軌跡のこの定性的な解釈は、図4Cおよび図4Dに集められた何万もの軌跡を統計的に議論することによってより説得力のあるものとなり得る。ここで我々は、各集団ごとに、
を中心とする面積
の領域における球の時間平均されたエリアル密度
を時間平均された平均エリアル密度n
0で規格化したものをプロットした。球のトラップに対する相対的親和性を測ることが可能であり、大きな球は大半の流れ(bulk flow)の中よりもトラップの中でほぼ18倍も見つかる可能性が高くなるのに対して、小さな球は大半の流れ(bulk flow)の中よりもトラップの中でほぼ3倍足らずしか見つかる可能性は高くならない。球の相対速度を考えると、これらの比は、小さい方の球はただ速度が遅くなるだけなのに対して大きい方の球は一時的に局所的なポテンシャルの極小点に止まることと矛盾しない。
相対的な集団濃度を流れの中での位置の関数として測定することによって、結果として生じる分離の度合を測ることができる。
図5Aおよび図5Bに示したこの性能指数は、大きな球だけを含む領域においては最大値+1に達し、小さな球だけを含む領域においては最小値−1に達する。図5Aにおいてトラップアレイよりも前で流れを横断するラインAに沿った断面は、図5Bに小さな円で示されるように完璧に混ざり合ったサンプルQ(y)=0を示す。図5Aにおいてトラップアレイよりも後で流れを横断するラインBに沿った断面は、図5Bに大きな円でプロットされているように大きな球と小さな球両方のほぼ40%の純度を示す。大きな球が逃れるのを許した背景の大半は、トラップアレイにおける衝突が原因だと考えられる。衝突によって誘起されるトラップからの脱出は図4Cにおけるトラップアレイの下流の大きな球の濃度分布では明白であり、衝突と脱出は大きな球がトラップアレイの下流側の端で飽和するにつれてますます起こり得るようになる。斯かる衝突は、何本かの平行なトラップラインを投影することによって最も効率的に避けられる。本実験条件の下ではほんの三本程度で基本的に完全な分別が実現するが、より濃度の高い懸濁液ではもっと本数が必要となる。
図4Aおよび図4B並びに図5Aおよび図5Bのデータは、離散的な光学トラップのアレイが球をそれらのサイズに基づいて連続的に分離することができることを実証している。1つのタイプの粒子がトラップアレイに捕捉される一方で別のタイプの粒子がそのトラップアレイから逃れる状況を作り出す物理的条件を議論することによって、光学分別を最適化するための基礎が提供される。
簡単のため、x=±b/2に中心があるほんの2つの離散的な光学トラップの、それらの中間点x=0近くにある粒子への影響が解析された。粒子の全ポテンシャルエネルギーは、
である。
粒子は、全体の力のy成分が消えることを表す式、
を満たすポインを通過することで脱出する。粒子は捕捉力が最も弱いx=0、しかも最大力からの隔たりy=σの近くで最も容易に逃れるはずである。この場合、捕捉される軌道を許す最大の達成可能な偏位(deflection)は、
で与えられる。この式において相対トラップ強度f(a)=(2/√e)V
0/V
1はサイズを含む粒子の物質特性に依存するが、トラップの配置には依存しない。ここで、V
1=F
1σは駆動力を特徴付ける。同様に、光学トラップの見掛けの広がりσ(a)は集束したレーザ光の幅σ
0だけでなく粒子のサイズにも依存する。
大きな方の粒子は小さな方の粒子よりも広い範囲で光学トラップの影響を受ける。σのaに対する定性的依存性は指数関数的に感じる分離の条件を設定した。例示目的のため式(5)を使い続けることにする。
本データに対して、光学トラップの深さを特徴付ける熱的揺らぎ解析を利用して、大きな球と小さな球でそれぞれV
0/V
1=1.3および0.73が得られた。トラップの見掛け幅について同じ解析をするとσ=0.94±0.07μmおよび0.74±0.07μmが示される。これらの結果は、大きな球に対しては臨界角θ=14°±1°、小さな球に対しては臨界角θ=3°±2°を提示し、このことは小さな球が脱出する一方で大きな球が意図的に捕捉される観測と矛盾しない。Nトラップアレイに対する辛うじて捕捉される粒子の全横方向偏位は(N−1)b・sinθである。従って、
は1トラップ当たりの横方向偏位を設定し、故にアレイの効率を特徴付ける。トラップ間隔としてb=2σ(a)を選ぶとこの効率はΔ=4/eV
0/F
1で最適化される。この結果は実際の光学分別システムを設計するのに有用であるが、粒子サイズに対する感度を必ずしも最適化しない。
この感度は次のように公式化される。
これは次の関係を設定することによって最適化される。
式(9)は、捕捉される“大きな”粒子と脱出する“小さな”粒子とを最も敏感に区別するであろう角度θの光学トラップアレイに対するトラップ間隔bを設定する。
実例として、これらの結果は粘性流における光学分別の最適化に適用することができる。サイズが光の波長と同程度またはそれより小さな粒子に対しては、ポテンシャルウェルの深さは粒子体積V
0=Aa
3で測るものとするところ、粘性抵抗力はそれらの半径に比例するのでf(a)はa
2に比例する。最適化された間隔bを式(4)の流れベースの分離の判定基準に代入すると次式が得られる。
式(4)および式(5)が、光学分別がポテンシャルウェルの深さに線形依存することを更に実証する。従って、光学ボルテックスの実際のアレイではポテンシャルウェルの深さが変化しても、分離の分解能を線形的にのみ低下させるだけで、一般に粒子サイズに対する実質上より大きな依存性によって代償することができる。
まとめると、上記実例は、コロイド状シリカ球のモデルシステムに対して実際に光学分別を実例で示し、その技術はサイズベースの分離の指数関数的な感度を約束することを具体的に示した。上記議論は、光学分別システムの幾何学的性質がサイズに基づく分離を最適化するよう選べること、また指数関数的な感度が標準的なものになるべきことを示すものである。他の特性に基づく分離は指数関数的な感度は一般の場合には期待できないが同様な論法によって最適化することが可能である。
式(11)は、その寸法aが数十ナノメータで測られるタンパク質およびナノクラスタなどの対象物に光学分別を適用する可能性に関する識見を更に提供する。特に、式(11)は、固定角度θで1マイクロメータスケールから10マイクロメータスケールまでの対象物を移動させるには比A/Bの大きさを数桁上げる必要があることを示している。これは原理的には、光の強度を増大させ、光の波長を小さくし、そして粒子との相互作用が共振的に強まる波長を選択することによって達成することができる。
斯かるシステムにおいて光学分別を実施することには、粒子の所望する部分が区分線を越えて緩衝流(buffer flow)内に偏向されるように、入力される混合流全体に掛かるトラップアレイを作り出すことを含む。一態様として、作業が成功するには、サンプルは所望しない部分が自発的に区分線を受入可能な低い割合で横切るのに十分なほど低い拡散性または運動性を持つことが要求される。
しかしながら、本発明の別の態様は、所望する部分が所望しない部分よりも拡散性または運動性が高い正反対のケースを対象とする。さらに、それは所望する部分がその他の部分よりも弱く相互作用して従来の光学分別によっては選ばれないようなケースを対象とすることができる。本発明からの最も大きな利益はいずれか一方の条件でも十分であるが両方の条件が該当するシステムにおいて実現される。図1に2つの流体が流れるマイクロ流体のH接合100を示す。1つの流れは混合入力流110であって、分別されるべき不均一サンプルを含む。その他の流れは緩衝流(buffer flow)120であって、背景(バックグラウンド)流体または緩衝流体からなる。入力流110内の対象物はその流れに対して角度θをなす光ピンセットのアレイ130に遭遇し、そのアレイによってサンプルの選ばれた部分は収集のための緩衝出力流140内に偏向される。サンプルの偏向されなかった部分はオリジナルストリームまたは出力流150内に残り続け、そこに集められる。
対象物を混合入力流110から取り出し緩衝流120内に導くよう光学トラップアレイを構成するのではなく、図2に示すように、本発明は光学トラップを使用して対象物をそれらが拡散または活発な泳動によって区分線を横切ろうとする際に入力混合流に戻すよう導くこともできる。図1に示した従来の方法のように、マイクロ流体のH接合200は、分別されるべき不均一サンプルを含む一方の流れ210と緩衝溶液だけを含む他方の流れ220からなる2つの流れている流体ストリームを含む。これら2つの流れの間の区分線を横切ろうとする混合入力流210内の対象物のみが、対象物を混合入力流210に戻すよう導くよう生成された光学トラップのアレイ230に遭遇する。トラップアレイ230を通って区分線を横切る対象物は緩衝出力流240内に集められる。拡散性が低かったりあるいはトラップアレイ230によって偏向されたりしたためにオリジナルの入力流に残るものは出力流250内に単独に集められる。この場合、拡散性または運動性に劣る対象物は混合入力流内に戻るよう導かれることになるが、拡散性または運動性のより高い部分はトラップを逃れて区分線を横切って集められることになる。同様に、光学トラップの影響をあまり強く受けない対象物は区分線を横切って集められる可能性がより高くなる。
光学分別は全混合入力流を満たすのに十分に多数の光学トラップを必要とするが、この逆プロセスは流れの間の区分線周辺の領域をちょうどカバーするのに十分なトラップのみを必要とする。その結果、逆光学分別は従来の光学分別に必要とされるよりもはるかに少ない光学トラップで済み、結果的にトラップを生成するのに必要なレーザ光をより効率的に利用することができる。
光学分別が他の仕分け技術を超える十分裏付けられた利点を有する範囲内において、逆光学分別は同じ利点を提供する。これらはバッチモード作業ではなく連続的な作業と、レーザパワー、レーザ波長、光ピンセットの幾何学的構成、駆動力、およびサイズに対する指数関数的な感度の調整を通じた連続的な最適化とを含む。逆光学分別は、従来の光学分別が適用不可能または実用不可能なシステムにこれらの利点を拡張する。従来の光学分別と同様に、逆光学分別は、捕捉光の偏極または捕捉ビームのモード構造をうまく利用して、サイズ、光散乱断面積、光吸収率、面電荷、および形状などの特性の他にそれらの複屈折、光活性、弾力性に基づいて対象物を仕分けする。
マイクロ流体H接合は対象物を拡散性に基づいて仕分けするのに有用であることが知られている。逆光学分別用に構成された光ピンセットアレイを加えることによってプロセスの選択性が大きく向上し、対象物をそれによって仕分けするためのありとあらゆる新たな物理的基盤が提供される。
本発明の別の態様として、サーマル・ラチェット法(thermal ratcheting)が利用される。図6(A乃至D)は光学蠕動(optical peristalsis)が働く原理を示すもので、光学サーマル・ラチェットの特徴を説明するのに役立つ。図6Aには、離散的光学トラップのパタンが単一の対象物を局在させる様子が示されている。本パタンは、それぞれ幅σを有し中心が距離Lだけ隔てられた2つの離散的なポテンシャルエネルギーウェルとして意図的に描かれている。現実には、実際のパタンはマニホルド(manifolds)に組織化されるかなり多くの光学トラップを含むものである。光学蠕動とここに開示された同じく光学サーマル・ラチェット法の両方の目標は、トラップの1つのマニホルドから別のマニホルドまで対象物を移動させることにある。これら2つのアプローチはそれらがこれを達成する仕方が異なる。
光学蠕動では、トラップの初期パタンはマニホルドがσ程度の距離だけシフトした別のパタンにより置き換えられる(図6Bを参照)。新たなポテンシャルウェルは古いものと重なるために、粒子はこの新たなパタン上の最も近いマニホルドに確定的に受け渡される。このプロセスは図6Cにおいてトラップの別の更にシフトしたパタンで繰り返される。オリジナルのパタンが投影されたときに1サイクルの光学蠕動は完了する(図6Dを参照)。このサイクルの正味の効果は、捕捉粒子を最初のパタンのトラップの1つのマニホルドから同じく最初のパタンの次のマニホルドに輸送することにある。実際には、かなり多くの粒子がかなり多くの光学トラップに捕捉されることが可能であり、その全ての粒子は各光学蠕動サイクル毎に1セットのマニホルド分だけ前方に輸送されることになる。移動の方向は曖昧さ無くパタンシーケンスの順序で決まり、その順序を逆にすることによってのみ逆転が可能である。
光学サーマル・ラチェットは移動方向におけるマニホルドの間隔が個々のトラップの幅よりも十分大きい点で光学蠕動とは異なる。結果、最初のパタン(第1パタン)に捕捉された粒子は第2パタンが励起されたときには自由に拡散できる状態に置かれる。第2パタンにおける最も近いマニホルドに到達するのに十分なほど遠くに拡散するそれらの粒子はすぐに局在した状態になる。続いてこの局在した部分は、第3パタンが投影されるとすぐに(この場合も同様に拡散により)前方に送られることが可能で、サイクルが最初のパタンに戻ると再び送られる。確定的な輸送が各サイクル毎に全ての捕捉粒子が前方に移動することを約束する光学蠕動とは異なり、このバイアスが掛かった拡散はサンプルの一部のみを前方に輸送する。
しかし、本形態のサーマル・ラチェットは新たな機会をもたらす。前方に進む波をキャッチするには遅すぎる粒子は、図6Cの第3パタンが照射されているときにそれらの出発点に向かって逆行してウェルをキャッチするのに十分に遠くまで拡散する場合がある。これらの粒子は、各サイクル毎にマニホルド間隔の1/3だけ後方に送られることになる。集団が一連のトラッピングパタンを通じて前方に移動するかまたは後方に移動するかは粒子の拡散速度と一連のトラッピングパタンが循環する速度とのバランスによって決まる。循環速度(cycling rate)は故に平均運動の方向を変えることができ、この現象はフラックス反転(flux reversal)として知られている。
循環する光ピンセットパタンの影響下における粒子の期待されるフラックスが計算できる。位置x
jにある光ピンセットは、次のガウス型ポテンシャルウェルとしてモデル化できる。
このウェルは深さV
0および幅σを有する。このガウス型ポテンシャルウェルは明らかに空間的に対称的である。ウェルのパタンは、ラチェット動作に必要とされる3状態サイクルの1つの状態を設定する。一例として、ウェルは、あるパタンにおいて間隔Lで等間隔に並んでいると考えることができ、この場合、状態kにおける全体のポテンシャルは、
で与えられる。ただし、k=0、1、または2である。再び一例として、ポテンシャルエネルギーのランドスケープ(地形)はこれら3つの状態を等時間間隔Tで繰り返し循環すると考えることができる。この時間Tは拡散率Dの粒子がシステム全体に拡散するのに必要とされる時間τと比較される。
Tとτとのバランスは粒子が一連のポテンシャルエネルギー状態によってシステムを駆動される方向を決定することになる。
光学トラップおよびランダムな熱的力(thermal force)が複合した影響のもとに時間tにおいて位置xのdxに1つのブラウン粒子を見出す確率p(x、t)dxは、次のマスタ方程式(master equation)によって支配される。
上式において各状態kの伝搬関数は、
で与えられる。
ここでβ
-1は熱エネルギースケールである。1つの完全な3状態サイクルに対するマスタ方程式は次のようになる。
対称的な光ピンセットポテンシャルについて、我々は、このマスタ方程式は次のような周期条件を満たす定常状態解を有すると考えている。
このとき、この定常状態の平均速度は、
で与えられる。
図7に、βV0=10およびσ/Lの2つの代表値に対するこの方程式系の数値解を示す。循環時間Tの非常に小さな値に対して、粒子は速く時間発展するポテンシャルエネルギーのランドスケープに遅れずについていくことは不可能なのでランダムに拡散する。従って平均速度はこの極限では消える。連続したパタンにおけるトラップが重なる場合(図7に示されたσ=0.15L)、粒子はトラップからトラップへ確定的に移り、一様に正のドリフト速度をもたらす。この移動は適度の循環時間Tの間に最大効率に達し、より長い滞留時間の間に改善はしない。その結果、ドリフト速度は長時間極限では1/Tで低下する。
より広い間隔で分離したトラップ(図7におけるσ=0.10L)は別の挙動を与える。ここでは、粒子は十分大きな値のTの間に前方に進む波に遅れずについていくことが可能である。しかしより高速な循環は負の値のvによって特徴付けられるフラックス反転をもたらす。この数値結果は、光ピンセットのアレイがそれに基づいて十分対称的なサーマル・ラチェットをフラックス反転で実施するために使用できる原理を実証する。
図7に示すように、βV0=10におけるガウス型ウェルポテンシャルの3状態サイクルについて、σ=0.15Lにおける確定的な光学蠕動からσ=0.10Lにおけるフラックス反転のサーマル・ラチェット動作まで重なり部分が生じる。
ここまでのところ、フラックス反転は循環時間Tの変化の結果としてもたらされるものとして説明されてきた。同じ効果はその異なる拡散係数が異なる値のτを与える不均一サンプル内の異なる集団に生じ得る。これらの異なる集団は、1つの集団を前方に進めその他の集団を後方に進めるようTが選ばれているという条件で、正反対の方向に同時に移動するようになっている場合がある。このように、上述した光学サーマル・ラチェットは流体によって運ばれる小さな対象物を分離して精製するのに有用である。
反転可能なサーマル・ラチェットを実施する好ましい光学的アプローチは、他のラチェットベースの分離スキームを超える利点を有する。例えば、相互に嵌合した電極アレイに基づくサーマル・ラチェットは、DNAフラグメントを仕分けすることに適用されている。しかしこれらは洗練された微細加工を必要とするが、光学ラチェットは費用を掛けずに実施でき、ラブ・オン・チップ(Lab on Chip)用途のためのマイクロ流体装置に容易に一体化できる。単一の時間分割走査式光ピンセットに基づく光学ラチェットはすでにフラックス反転を誘導することが実証されている。このアプローチは時間平均された意味において空間的に非対称なポテンシャルエネルギーのランドスケープを作り出すことに基づいており、システムはすでに述べたプロセスとは異なる原理で動作する。ここで説明した好ましいシステムでは、各パタンにおける各光学トラップは空間的に対称的なポテンシャルエネルギーウェルを提供する。パタンそれ自体は空間的に対称的である。一方向輸送は、各サイクルにおいて一連の少なくとも3パタンを通じて時間空間的な対称性を破ることによって駆動される。
すでに提案されている対称的なサーマル・ラチェットの1つの例も一連の3つの状態を含む。このアプローチは、粒子は1つの状態でのみ拡散することが許されるが他の2つの状態は確定的ラチェットとしての機能を果たすことに基づいており、それにより拡散にバイアスをかける。この文書で説明したプロセスは3つの状態において拡散および局在化の両方を含み、それ故に不均一なサンプルのより高い選択性とより迅速な仕分けを実現する。
好ましい実施形態について図示および説明が行われてきたが、当業者であればより広い態様において本発明から逸脱することなく様々な変更および修正が可能なことは理解されたい。本発明の様々な特徴は本願特許請求の範囲の請求項に定義される。