本発明は、環境ストレス応答性プロモーターに関する。
遺伝子の配列決定プロジェクトによって、数種の生物について大量のゲノム配列及びcDNA配列が決定されており、植物モデルであるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、2つの染色体の完全なゲノム配列が決定されている(Lin, X.et al., (1999) Nature 402, 761-768.; Mayer, K. et al., (1999) Nature 402, 769-777.)。
EST(expressed sequence tag)プロジェクトも、発現遺伝子の発見に大いに貢献している(Hofte, H. et al., (1993) Plant J. 4, 1051-1061.; Newman, T. et al., (1994) Plant Physiol. 106, 1241-1255.; Cooke, R. et al., (1996) Plant J. 9, 1O1-124. Asamizu, E. et al., (2000) DNA Res. 7, 175-180.)。例えば、dbEST(National Center for Biotechnology Information(NCBI)のESTデータベース)には部分cDNA配列が含まれており、全遺伝子の半分以上(即ち、約28,000遺伝子)が再現されている(完全に配列決定されたシロイヌナズナの2番染色体の遺伝子含有量から推定[Lin, X. et al., (1999) Nature 402, 761-768.])。
近年、ゲノムスケールの遺伝子発現を分析するのにマイクロアレイ(DNAチップ)技術が有用な手段となっている(Schena, M. et al., (1995) Science 270,467-470.; Eisen, M. B. and Brown, P. O. (1999) Methods Enzymol. 303, 179-205.)。このDNAチップを用いる技術は、cDNA配列をスライドガラス上に1,000遺伝子/cm2以上の密度で配列させるものである。このように配列させたcDNA配列を、異なる細胞型又は組織型のRNAサンプルから調製した2色蛍光標識cDNAプローブ対に同時にハイブリダイズさせることで、遺伝子発現を直接かつ大量に比較分析することが可能となる。この技術は、最初、48個のシロイヌナズナ遺伝子を根及び苗条におけるディファレンシャル発現について分析することで実証された(Schena, M. et al., (1995) Science 270, 467-470.)。さらに、マイクロアレイは、熱ショック及びプロテインキナーゼC活性化に応答する新規な遺伝子を同定するため、ヒトcDNAライブラリーからランダムに採取した1,000個のクローンを調査するのに使用されている(Schena, M. et al., (1996) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 10614-10619.)。
一方、このDNAチップを用いる方法によって、各種の誘導条件下における炎症性疾患関連遺伝子の発現プロフィールの分析が行われている(Heller, R. A. etal., (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 2150-2155.)。さらに、マイクロアレイを用いて、6,000個を超えるコード配列からなる酵母ゲノムの動的発現についても分析が行われている(DeRisi, J.L. et al., (1997) Science 278, 680-686.; Wodicka, L. et al., (1997) Nature Biotechnol. 15, 1359-1367.)。
しかしながら、植物の分野では、マイクロアレイ分析に対しては若干の報告がなされているに過ぎない(Schena, M. et al., (1995) Science 270, 467-470.;Ruan, Y. et al., (1998) Plant J. 15, 821-833.; Aharoni. A. et al., (2000) Plant Cell 12, 647-661.; Reymond, P. et al., (2000) Plant Cell 12, 707-719.)。
植物の生育は、乾燥、高塩濃度及び低温等の環境ストレスの影響を顕著に受ける。これらのストレスのうち乾燥又は水分欠乏が、植物の生育及び作物の生産にとって最も厳しい制限因子となる。乾燥ストレスは、植物に様々な生化学的及び生理学的な応答を引き起こす。
植物は、これらのストレス条件下で生き抜くために、ストレスに対する応答性及び順応性を獲得する。近年、転写レベルで乾燥に応答する数種の遺伝子が記載されている(Bohnert, H.J. et al., (1995) Plant Cell 7, 1099-1111.; Ingram, J., and Bartels, D. (1996) Plant Mol. Biol. 47, 377-403.; Bray, E. A.(1997) Trends Plant Sci. 2, 48-54.; Shinozaki. K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (1997) Plant Physiol. 115, 327-334. ; Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (1999). Molecular responses to drought stress. Molecular responses to cold, drought, heat and salt stress in higher plants. Edited by Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. R. G. Landes Company.;Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (2000) Curr. Opin. Plant Biol. 3, 217-223.)。
一方、遺伝子導入によって植物のストレス耐性を向上させるために、ストレス誘導性遺伝子が使用されている(Holmberg, N., and Bulow, L. (1998) Trends Plant Sci. 3, 61-66.; Bajaj, S. et al., (1999) Mol. Breed. 5, 493-503.)。高等植物のストレス耐性とストレス応答の分子機構をさらに解明するためだけでなく、遺伝子操作によって作物のストレス耐性を向上させるためにも、ストレス誘導性遺伝子の機能を分析することが重要である。
DRE/CRT(乾燥応答性エレメント/C-反復配列)は、乾燥、高塩分濃度及び低温ストレス応答性遺伝子のABA(アブシジン酸:植物ホルモンの一種で種子の休眠や環境ストレスのシグナル伝達因子として機能する。)に依存しない発現において重要なシス作動性エレメントとして同定されている(Yamaguchi-Shinozaki, K.,and Shinozaki, K. (1994) Plant Cell 6, 251-264.; Thomashow, M.F. et al.,(1999) Plant Mol. Biol. 50, 571-599.; Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (2000) Curr. Opin. Plant Biol. 3, 217-223.)。また、DRE/CRT応答性遺伝子発現に関与する転写因子(DREB/CBF)がクローニングされている(Stockinger. E.J. et al., (1997) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94, 1035-1040.; Liu, Q. et al., (1998) Plant Cell 10, 1391-1406.; Shinwari, Z.K. et al., (1998) Biochem. Biophys. Res. Commun. 250, 161-170.; Gilmour, S.J.et al.,(1998) Plant J. 16, 433-443.)。DREB1/CBFは低温応答性遺伝子発現において機能すると考えられ、DREB2は乾燥応答性遺伝子発現に関与している。カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターの制御下でCBF1(DREB1B)cDNAを過剰発現するトランスジェニック・シロイヌナズナ植物では、凍結ストレスに対する強力な耐性が観察されている(Jaglo-Ottosen, K.R. et al., (1998) Science280, 104-106.)。
本発明者らは、CaMV 35Sプロモーター又はストレス誘導性rd29Aプロモーターの制御下におけるトランスジェニック植物でのDREB1A(CBF3)cDNAの過剰発現によって、ストレス誘導性DREB1A標的遺伝子の強力な構成的発現が引き起こされ、凍結ストレス、乾燥ストレス及び塩ストレスに対する耐性が向上することを報告している(Liu, Q. et al., (1998) Plant Cell 10, 1391-1406.; Kasuga, M. et al., (1999) Nature Biotechnol. 17, 287-291.)。また、既に本発明者らは、rd29A/lti78/cor78、kin1、kin2/cor6.6、cor15a、rd17/cor47及びerd10等の6個のDREB1A標的遺伝子を同定している(Kasuga, M. et al., (1999) Nature Biotechnol. 17, 287-291.)。しかしながら、トランスジェニック植物におけるDREB1A cDNAの過剰発現が凍結、乾燥及び塩分に対するストレス耐性をどのように高めているのかは、十分には解明されていない。乾燥及び凍結耐性の分子機構を研究するためには、DREB1Aによって制御される遺伝子をより多く同定・分析することが重要である。
本発明は、環境ストレス応答性プロモーターを提供することを目的とする。
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、cDNAマイクロアレイ分析を応用して、新規なDREB1A標的遺伝子を同定し、そのプロモーター領域を単離することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の(a)、(b)又は(c)のDNAを含む、環境ストレス応答性プロモーターである。
(a)配列番号1〜18から選ばれるいずれかの塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号1〜18から選ばれるいずれかの塩基配列において1若しくは複数の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列からなり、かつ環境ストレス応答性プロモーターとして機能するDNA
(c) 配列番号1〜8から選ばれるいずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ環境ストレス応答性プロモーターとして機能するDNA。
環境ストレスとしては、低温ストレス、乾燥ストレス、塩ストレス及び強光ストレスからなる群から選択される少なくとも1つが挙げられる。さらに、本発明は、前記プロモーターを含む発現ベクター、又は該発現ベクターに、さらに任意の遺伝子が組み込まれた発現ベクターである。さらに、本発明は、前記発現ベクターを含む形質転換体である。さらに、本発明は、前記発現ベクターを含むトランスジェニック植物(例えば、植物体、植物器官、植物組織又は植物培養細胞)である。さらに、本発明は、前記トランスジェニック植物を培養又は栽培することを特徴とするストレス耐性植物の製造方法である。
本発明により、ストレス応答性プロモーターが提供される。本発明のプロモーターは、環境ストレス耐性植物の分子育種に使用できる点で有用である。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明者らは、乾燥処理植物及び低温処理植物等の条件の異なる植物から、ビオチン化CAPトラッパー法(Carninci. P. et al., (1996) Genomics, 37, 327-336.)によってシロイヌナズナの完全長cDNAライブラリーを構築し(Seki. M. et al., (1998) Plant J. 15, 707-720.)、ストレス誘導性遺伝子を含む約1,300個の完全長cDNA及び約7,000個の完全長cDNAを用いてシロイヌナズナの完全長cDNAマイクロアレイをそれぞれ調製した。また、これらの乾燥・低温誘導性の完全長cDNAに加えて、ストレス応答性遺伝子の発現をコントロールする転写制御因子であるDREB1Aの標的となる遺伝子を用いてcDNAマイクロアレイを作成した。そして、乾燥ストレス及び低温ストレス下における遺伝子の発現パターンをモニターし、ストレス応答性遺伝子を網羅的に解析した。その結果、約1,300個の完全長cDNAを含む完全長cDNAマイクロアレイから、新規な環境ストレス応答性遺伝子、すなわち、44個の乾燥誘導性遺伝子及び19個の低温誘導性遺伝子を単離した。44個の乾燥誘導性遺伝子のうち30個、19個の低温誘導性遺伝子のうち10個が新規のストレス誘導性遺伝子であった。さらに、12個のストレス誘導性遺伝子がDREB1Aの標的遺伝子であり、そのうち6個が新規の遺伝子であることがわかった。また、解析の結果、約7,000個の完全長cDNAを含むcDNAマイクロアレイから、301個の乾燥誘導性遺伝子、54個の低温誘導性遺伝子及び211個の高塩濃度ストレス誘導性遺伝子を単離した。
そして、これら環境ストレス応答性遺伝子からプロモーター領域を単離することに成功したものである。以上のように、完全長cDNAマイクロアレイは、シロイヌナズナの乾燥・低温ストレス誘導性遺伝子の発現様式の解析やストレス関連転写制御因子の標的遺伝子の解析にとって有効なツールである。
1.プロモーターの単離
本発明のプロモーターは、低温、乾燥、高塩濃度などの環境ストレスにより発現されるストレス応答性タンパク質をコードする遺伝子の上流に存在するシスエレメントであり、転写因子と結合して、その下流の遺伝子の転写を活性化する機能を有するものである。前記シスエレメントには、乾燥ストレス応答性エレメント(DRE;dehydration-responsive element)、アブシジン酸応答性エレメント(ABRE;abscisic acid responsive element)、低温ストレス応答性エレメントなどがあり、これらのエレメントに結合するタンパク質をコードする遺伝子として、DRE結合タンパク質1A遺伝子(DREB1A遺伝子ともいう)、DRE結合タンパク質1C遺伝子(DREB1C遺伝子ともいう)、DRE結合タンパク質2A遺伝子(DREB2A遺伝子ともいう)、及びDRE結合タンパク質2B遺伝子(DREB2B遺伝子ともいう)等が挙げられる。
本発明のプロモーターを単離するにあたり、まず、マイクロアレイを用いてストレス応答性遺伝子を単離する。マイクロアレイの作製には、シロイヌナズナ(Arabidopsis)の全長cDNAライブラリーから単離した遺伝子のほか、RD(Responsive to Dehydration)遺伝子、ERD(Early Responsive to Dehydration)遺伝子、kin1遺伝子、kin2遺伝子、cor15a遺伝子、また内部標準としてα-tubulin遺伝子、さらにネガティブコントロールとしてマウスのニコチン酸アセチルコリンレセプターのエプシロンサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスのグルココルチコイドレセプターの相同性遺伝子の計約1300のcDNAを用いることができる。
また、本発明のプロモーターを単離する際のマイクロアレイとしては、シロイヌナズナ(Arabidopsis)の全長cDNAライブラリーから単離した遺伝子のほか、RD(Responsive to Dehydration)遺伝子、ERD(Early Responsive to Dehydration)遺伝子、内部標準としてλコントロール鋳型DNA断片(TX803、宝酒造株式会社製)から得られたPCR増幅断片、さらにネガティブコントロールとしてマウスのニコチン酸アセチルコリンレセプターのエプシロンサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスのグルココルチコイドレセプターの相同性遺伝子からなる計約7000のcDNAを用いることもできる。
Kurabo製プラスミド調製装置を用いて抽出したプラスミドDNAをシーケンス解析に用いて、DNAシーケンサー(ABI PRISM 3700. PE Applied Biosystems, CA,USA)により配列を決定する。GenBank/EMBLデータベースをもとに、BLASTプログラムを用いて配列のホモロジー検索を行う。
次に、ポリAセレクション後、逆転写反応をおこない2本鎖DNAを合成し、cDNAをベクターに挿入する。cDNAライブラリ作成用ベクターに挿入されたcDNAを、cDNAの両側のベクターの配列と相補的なプライマーを用いてPCR法により増幅する。ベクターとしては、λZAPII、λPS等が挙げられる。
マイクロアレイは、通常の方法に従って作製することができ、特に限定されるものではない。例えば、gene tipマイクロアレイスタンプマシンGTMASS SYSTEM(Nippon Laser & Electronics Lab.製)を使って、上記PCR産物をマイクロタイタープレートからロードし、マイクロスライドガラスの上に所定間隔でスポットする。その後、非特異的なシグナルの発現を防ぐためにスライドをブロッキング・ソルーションに浸す。
植物材料としては野生型のほか、特定の遺伝子の破壊株等が挙げられるが、DREB1AのcDNAが導入されたトランスジェニック植物を用いることができる。植物種は、シロイヌナズナ、タバコ,イネ等が挙げられるが、シロイヌナズナが好ましい。乾燥及び低温ストレス処理は公知方法の方法で行うことができる(Yamaguchi-Shinozaki, K., and Shinozaki, K. (1994) Plant Cell 6, 251-264.)。
ストレス処理にさらした後は、植物体(野生型及びDREB1A過剰発現型形質転換体)をサンプリングし、液体窒素を用いて凍結保存する。野生型及びDREB1A過剰発現型形質転換体を、DREB1Aの標的遺伝子を同定するための実験に用いる。植物体から、公知方法又はキットを用いてmRNAを単離精製する。標識用Cy3 dUTP又はCy5 dUTP(Amersham Pharmacia)の存在下でそれぞれのmRNAサンプルの逆転写を行い、ハイブリダイゼーションに用いる。
ハイブリダイゼーション後は、走査レーザー顕微鏡等を用いてマイクロアレイをスキャンする。マイクロアレイのデータ解析用プログラムとして、Imagene Ver 2.0(BioDiscovery)とQuantArray(GSI Lumonics)等を用いることができる。スキャン後は、目的とする遺伝子をもつプラスミドを調製することにより、遺伝子が単離される。
プロモーター領域の決定は、上記単離された遺伝子の塩基配列を解析し、データベース(GenBank/EMBL, ABRC)のゲノム情報をもとに、遺伝子解析用プログラムを用いて行われる。単離された遺伝子は、乾燥ストレス誘導性及び低温ストレス誘導性の両性質を有するもの、乾燥ストレス誘導性に特異的なもの、低温ストレス誘導性に特異的なものに分類することができる(図4)。遺伝子解析用プログラムによれば、上記遺伝子の中から18種の遺伝子(FL3-5A3,FL5-2H15,FL5-3M24,FL5-90,FL5-2I22,FL6-55,FL1-159,FL5-2D23,FL05-08P24,FL05-09-G08,FL05-09-P10,FL05-10-N02,FL05-18-I12,FL05-21-F13,FL06-10-C16,FL06-15-P15,FL08-10-E21及びFL09-11-P10)が同定される。これらの遺伝子のプロモーター領域を、それぞれ配列番号1〜18に示す。
但し、本発明のプロモーターが環境ストレス応答性プロモーターとして機能する限り、配列番号1〜18から選ばれるいずれかの塩基配列において1又は複数個、好ましくは1又は数個(例えば1〜10個、1〜5個)の塩基が欠失、置換又は付加された塩基配列を有するものでもよい。さらに、配列番号1〜18から選ばれるいずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ環境ストレス応答性プロモーターとして機能するDNAも、本発明のプロモーターに含まれる。
一旦本発明のプロモーターの塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、又はクローニングされたプローブを鋳型としたPCRによって、あるいは該塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、本発明のプロモーターを得ることができる。さらに、部位特異的突然変異誘発法等によって本発明のプロモーターの変異型であって変異前のプロモーターと同等の機能を有するものを合成することもできる。
なお、プロモーター配列に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異の導入が行われる。
ここで、「環境ストレス応答性プロモーターとして機能する」とは、所定の環境ストレス条件下にプロモーターをさらしたときに、RNAポリメラーゼがプロモーターに結合し、転写開始させる機能をいう。「環境ストレス」とは、一般には非生物的ストレスを意味し、例えば乾燥ストレス、低温ストレス、高塩濃度ストレス、強光ストレス等をいう。「乾燥」とは水分が欠乏した状態を意味し、「低温」とはそれぞれの生物種の生活至適温度よりも低い温度にさらされた状態(例えばシロイヌナズナの場合-20〜+21℃の温度を継続的に1時間〜数週間さらすことをいう。また、「高塩濃度」とは、50mM〜600mMの濃度のNaClを継続的に0.5時間〜数週間処理したときの状態を意味する。「強光ストレス」とは、光合成能を超える強光が植物に照射された状態を意味し、例えば5,000〜10,000Lx以上の光が照射した場合が該当する。これらの環境ストレスは、1種類のものを負荷してもよく、複数種類のものを負荷してもよい。
本発明の植物プロモーターは、配列番号1〜18のいずれかの塩基配列において、これらの3'末端に翻訳効率を上げる塩基配列などを付加したものや、プロモーター活性を失うことなく、その5'末端を欠失したものを含む。さらに、本発明のプロモーターは、配列番号1〜18のいずれかの塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ環境ストレス応答性プロモーターとして機能するDNAを含む。ここで、ストリンジェントな条件とは、ナトリウム濃度が25〜500mM、好ましくは25〜300mMであり、温度が42〜68℃、好ましくは42〜65℃である。より具体的には、5×SSC(83mM NaCl、83mMクエン酸ナトリウム)、温度42℃である。
2.発現ベクターの構築
本発明の発現ベクターは、適当なベクターに本発明のプロモーターを連結(挿入)することにより得ることができる。本発明のプロモーターを挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミド、シャトルベクター、ヘルパープラスミドなどが挙げられる。
プラスミド DNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
ベクターに本発明のプロモーターを挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクター DNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。本発明においては、任意遺伝子を発現させるため、上記発現ベクターに、さらに当該任意遺伝子を挿入することができる。任意の遺伝子を挿入する手法は、ベクターにプロモーターを挿入する方法と同様である。任意の遺伝子は特に限定されるものではなく、例えば表2に示す遺伝子やそれ以外の既知の遺伝子等が挙げられる。
本発明のプロモーターは、その3'末端にレポーター遺伝子、例えば、植物で広く用いられているGUS遺伝子を連結して用いれば、GUS活性を調べることでプロモーターの強さを容易に評価することができる。なお、レポーター遺伝子としては、GUS遺伝子以外にも、ルシフェラーゼ、グリーンフルオレセイントプロテインなども用いることができる。
このように、本発明においては、様々なベクターを用いることができる。さらに、本発明のプロモーターに目的の任意遺伝子をセンス又はアンチセンス方向で接続したものを作製し、これをバイナリーベクターと呼ばれるpBI101(Clonetech社)などのベクターに挿入することができる。
3.形質転換体の作製
本発明の形質転換体は、本発明の発現ベクターを宿主中に導入することにより得ることができる。ここで、宿主としては、プロモーター又は目的遺伝子を発現できるものであれば特に限定されるものではないが、植物が好ましい。宿主が植物である場合は、形質転換植物(トランスジェニック植物)は以下のようにして得ることができる。
本発明において形質転換の対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)又は植物培養細胞のいずれをも意味するものである。形質転換に用いられる植物としては、アブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科等に属する植物(下記参照)が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
アブラナ科:シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)
ナス科:タバコ(Nicotiana tabacum)
イネ科:トウモロコシ(Zea mays) 、イネ(Oryza sativa)
マメ科:ダイズ(Glycine max)
上記組換えベクターは、通常の形質転換方法、例えば電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法等によって植物中に導入することができる。例えばエレクトロポレーション法を用いる場合は、パルスコントローラーを備えたエレクトロポレーション装置により、電圧500〜1600V、25〜1000μF、20〜30msecの条件で処理し、遺伝子を宿主に導入する。
また、パーティクルガン法を用いる場合は、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい。このように調製した試料を遺伝子導入装置(例えばBio-Rad社のPDS-1000/He等)を用いて処理することができる。処理条件は植物又は試料により異なるが、通常は1000〜1800psi程度の圧力、5〜6cm程度の距離で行う。
また、植物ウイルスをベクターとして利用することによって、目的遺伝子を植物体に導入することができる。利用可能な植物ウイルスとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスが挙げられる。すなわち、まず、ウイルスゲノムを大腸菌由来のベクターなどに挿入して組換え体を調製した後、ウイルスのゲノム中に、これらの目的遺伝子を挿入する。このようにして修飾されたウイルスゲノムを制限酵素によって組換え体から切り出し、植物宿主に接種することによって、目的遺伝子を植物宿主に導入することができる。
アグロバクテリウムのTiプラスミドを利用する方法においては、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属に属する細菌が植物に感染すると、それが有するプラスミドDNAの一部を植物ゲノム中に移行させるという性質を利用して、目的遺伝子を植物宿主に導入する。アグロバクテリウム属に属する細菌のうちアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)は、植物に感染してクラウンゴールと呼ばれる腫瘍を形成し、また、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacteriumu rhizogenes)は、植物に感染して毛状根を発生させる。これらは、感染の際にTiプラスミド又はRiプラスミドと呼ばれる各々の細菌中に存在するプラスミド上のT-DNA領域(Transferred DNA)と呼ばれる領域が植物中に移行し、植物のゲノム中に組み込まれることに起因するものである。
Ti又はRiプラスミド上のT-DNA領域中に、植物ゲノム中に組み込みたいDNAを挿入しておけば、アグロバクテリウム属の細菌が植物宿主に感染する際に目的とするDNAを植物ゲノム中に組込むことができる。形質転換の結果得られる腫瘍組織やシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養又は器官培養に用いることが可能であり、また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)の投与などにより植物体に再生させることができる。
本発明のベクターは、上記植物宿主に導入するのみならず、大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、又はシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属に属する細菌、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等の酵母、COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf9等の昆虫細胞などに導入して形質転換体を得ることもできる。大腸菌、酵母等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、本発明のプロモーター、リボソーム結合配列、目的遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomycescerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などが用いられる。酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS-7、Vero、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、マウスL細胞などが用いられる。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞などが用いられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
遺伝子が宿主に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRは、前記プラスミドを調製するために使用した条件と同様の条件で行われる。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認する。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法も採用してもよい。
4.植物の製造
本発明においては、上記形質転換植物細胞等から形質転換植物体に再生することができる。再生方法としては、カルス状の形質転換細胞をホルモンの種類、濃度を変えた培地へ移して培養し、不定胚を形成させ、完全な植物体を得る方法が採用される。使用する培地としては、LS培地、MS培地などが例示される。
本発明の「植物体を製造する方法」は、上記植物プロモーターを挿入した植物発現ベクターを宿主細胞に導入して形質転換植物細胞を得て、該形質転換植物細胞から形質転換植物体を再生し、得られた形質転換植物体から植物種子を得て、該植物種子から植物体を生産する工程を含む。
形質転換植物体から植物種子を得るには、例えば、形質転換植物体を発根培地から採取し、水を含んだ土を入れたポットに移植し、一定温度下で生育させて、花を形成させ、最終的に種子を形成させる。また、種子から植物体を生産するには、例えば、形質転換植物体上で形成された種子が成熟したところで、単離して、水を含んだ土に播種し、一定温度、照度下で生育させることにより、植物体を生産する。このようにして育種された植物は、導入されたプロモーターのストレス応答性に応じた環境ストレス耐性植物となる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
〔実施例1〕プロモーターの単離
1.材料と方法
(1) Arabidopsis cDNAクローン
Arabidopsisの全長cDNAライブラリーから単離した遺伝子に加えて、RD(Responsive to Dehydration)遺伝子、ERD(Early Responsive to Dehydration)遺伝子、kin1遺伝子、kin2遺伝子、cor15a遺伝子、また内部標準としてα-tubulin遺伝子、さらにネガティブコントロールとしてマウスのニコチン酸アセチルコリンレセプターのエプシロンサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスのグルココルチコイドレセプターの相同性遺伝子の計約1300のcDNAをマイクロアレイ作成に用いた。
陽性対照:乾燥誘導遺伝子(脱水応答性:rd、及び初期脱水応答遺伝子:erd)
内部標準:α-チューブリン遺伝子
陰性対照:非特異的ハイブリダイゼーションを評価するためにArabidopsisのデータベースにある任意の配列とは実質的にホモロジーを有さないニコチン性アセチルコリン受容体εサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスグルココルチコイド受容体ホモログ遺伝子
また、Arabidopsisの全長cDNAライブラリーから単離した遺伝子に加えて、RD(Responsive to Dehydration)遺伝子、ERD(Early Responsive to Dehydration)遺伝子、内部標準としてλコントロール鋳型DNA断片(TX803、宝酒造株式会社製)から得られたPCR増幅断片(以下「PCR断片」と呼ぶ)、さらにネガティブコントロールとしてマウスのニコチン酸アセチルコリンレセプターのエプシロンサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスのグルココルチコイドレセプターの相同性遺伝子からなる計約7000のcDNAをマイクロアレイ作成に用いた。
陽性対照:乾燥誘導遺伝子(脱水応答性:rd、及び初期脱水応答遺伝子:erd)
内部標準:PCR断片
陰性対照:非特異的ハイブリダイゼーションを評価するためにArabidopsisのデータベースにある任意の配列とは実質的にホモロジーを有さないニコチン性アセチルコリン受容体εサブユニット(nAChRE)遺伝子及びマウスグルココルチコイド受容体ホモログ遺伝子
(2)Arabidopsis 全長cDNAマイクロアレイ
ビオチニル化CAPトラッパー法を用いて、本発明者はArabidopsisの植物体から、異なる条件(例えば、発芽から成熟種子までの種々の成長段階における乾燥処理、低温処理及び未処理)で全長cDNAライブラリーを構築した。全長cDNAライブラリーから、本発明者は、約1300及び約7000の独立したArabidopsis全長cDNAをそれぞれ単離した。公知の手法(Eisen and Brown, 1999)に従って、PCRで増幅したcDNA断片をスライドグラス上の整列させた。本発明者は、以下の遺伝子を含む約1300個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイ及び約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイをそれぞれ調製した。
(3) cDNAマイクロアレイを用いた乾燥誘導性遺伝子、低温誘導性遺伝子及び高塩濃度誘導性遺伝子の単離
本例では、約1300個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイを用いて、乾燥誘導性遺伝子及び低温誘導性遺伝子を単離した。また、約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイを用いて、乾燥誘導性遺伝子、低温誘導性遺伝子及び高塩濃度誘導性遺伝子を単離した。
乾燥処理植物、低温処理植物及びストレスを受けていない植物のCy3及びCy5蛍光標識プローブを混合し、約1300個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせた。図1には、当該cDNAマイクロアレイの像を示す。一方のmRNAサンプルをCy3-dUTPで標識し、他方のmRNAサンプルをCy5-dUTPで標識するcDNAプローブ対の二重標識によって、マイクロアレイ上のDNAエレメントへの同時ハイブリダイゼーションが可能となり、2種の異なる条件間(即ち、ストレス有り又はストレス無し)における遺伝子発現の直接的な定量測定が容易になる。ハイブリダイズさせたマイクロアレイを、各DNAエレメントからのCy3及びCy5発光について2つの別個のレーザーチャネルによって走査した。次いで、各DNAエレメントの2つの蛍光シグナルの強度比を相対値として測定し、マイクロアレイ上のcDNAスポットで表される遺伝子のディファレンシャル発現の変化を判定した。本実施例では、分析を行う2種の実験条件下で発現レベルがほぼ同等であるα-チューブリン遺伝子を内部対照遺伝子として使用した。
なお、約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイの場合には、乾燥処理植物、低温処理植物、高塩濃度誘導性遺伝子及びストレスを受けていない植物のCy3及びCy5蛍光標識プローブを混合してハイブリダイズさせた。また、当該cDNAマイクロアレイにおいては、PCR断片を内部対照遺伝子として使用した。
図2には、約1300個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイにおける乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子の同定手順を示す。なお、約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイの場合も、図2に示した同定手順に準じて、乾燥誘導性遺伝子、低温誘導性遺伝子又は高塩濃度誘導性遺伝子の同定を行った。
1)乾燥処理又は低温処理を行った植物由来のmRNA及びストレスを受けていない野生型植物由来のmRNAを、それぞれCy3-標識cDNAプローブ及びCy5-標識cDNAプローブの調製に使用した。これらのcDNAプローブを混合し、cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせた。本実施例では、2種の条件下で発現レベルがほぼ同等であるα-チューブリン遺伝子を内部対照遺伝子として使用した。発現比率(乾燥/ストレス無し、又は低温/ストレス無し)がα-チューブリンの2倍を超える遺伝子を、乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子とした(図2)。
2)35S:DREB1Aトランスジェニック植物由来のmRNA及びストレスを受けていない野生型植物由来のmRNAを、それぞれCy3-標識cDNAプローブ及びCy5-標識cDNAプローブの調製に使用した。これらのcDNAプローブを混合し、cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせた。本実施例では、2種の条件下で発現レベルがほぼ同等であるα-チューブリン遺伝子を内部対照遺伝子として使用した。35S:DREB1Aトランスジェニック植物における発現レベルが、ストレスを受けていない野生型植物における発現レベルの2倍を超える遺伝子を、DREB1A標的遺伝子とした(図2)。
乾燥処理又は低温処理を行った植物由来のmRNA及びストレスを受けていない野生型植物由来のmRNAを、それぞれCy3-標識cDNAプローブ及びCy5-標識cDNAプローブの調製に使用した。これらのcDNAプローブを混合し、cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせた。マイクロアレイ分析の再現性を評価するため、同様の実験を5回繰り返した。なお、同じmRNAサンプルを様々なマイクロアレイとハイブリダイズさせたところ、良好な相関関係が認められた。発現比率(乾燥/ストレス無し、又は低温/ストレス無し)がα-チューブリン遺伝子の2倍を超える遺伝子を、乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子とした。
(4) 配列の解析
遺伝子配列のホモロジー検索をおこなうため、Kurabo製プラスミド調製装置(NA 100)を用いて抽出したプラスミド DNAを配列解析に用いた。DNAシーケンサー(ABI PRISM 3700. PE Applied Biosystems, CA, USA)を用いてダイターミネーターサイクルシーケンス法によりDNA配列を決定した。GenBank/EMBLデータベースをもとに、BLASTプログラムを用いて配列のホモロジー検索を行った。
(5) cDNAの増幅
cDNAライブラリ作成用ベクターとして、λZAPII(Carninci et al.1996)を用いた。ライブラリー用のベクターに挿入されたcDNAを、cDNAの両側のベクターの配列と相補的なプライマーを用いてPCR法により増幅した。プライマーの配列は以下の通りである。
FL forward 1224:5'-CGCCAGGGTTTTCCCAGTCACGA(配列番号19)
FL reverse 1233:5'-AGCGGATAACAATTTCACACAGGA(配列番号20)
100 μl のPCR混合液(0.25 mM dNTP,0.2 μM PCRプライマー,1 X Ex Taqバッファー,1.25 U Ex Taqポリメラーゼ (宝酒造製))に、テンプレートとしてプラスミド(1-2 ng)を加えた。PCRは、最初に94℃で3分反応させた後、続いて95℃で1分、60℃で30秒及び72℃で3分のサイクルを35サイクル、最後に72℃で3分の条件で行った。PCR産物をエタノール沈澱させた後、25μlの3 X SSCに溶かした。0.7%アガロースゲルを用いた電気泳動により、得られたDNAの質とPCRの増幅効率を確認した。
(6) cDNAマイクロアレイの作成
gene tipマイクロアレイスタンプマシンGTMASS SYSTEM(Nippon Laser & Electronics Lab.製)を使って、0.5μlのPCR産物(100-500 ng/ml)を384穴のマイクロタイタープレートからロードし、6枚のポリ-L-リジンでコートしたマイクロスライドガラス(Matsunami製,S7444)の上に280μmの間隔で5nlずつスポットした。DNAをより等しくスポットするために、プリント後のスライドを、熱した蒸留水を入れたビーカー内で湿らした後、100℃で3秒間乾燥させた。その後、スライドをスライドラックに置きスライドラックをガラスチャンバーに入れ、ブロッキング溶液(15mlの1 Mナトリウムホウ酸塩(pH8.0),5.5g succinic無水化合物(Wako),及び335mlの1-メチル-2-ピロリドン(Wako)を含む)をガラスチャンバー注いだ。スライドラックを入れたガラスチャンバーを上下に5回振ってさらに15分間静かに震盪し、その後、熱湯を入れたガラスチャンバーにスライドラックを移して5回振った後、2分間静置した。さらにその後、スライドラックを95%エタノールを入れたガラスチャンバーに移して5回振った後、30分間遠心(800rpm)した。
(7) 植物材料とRNAの単離
植物材料として、寒天培地に播種して3週間栽培した(Yamaguchi-ShinozakiとShinozaki,1994)野生型及びカリフラワーモザイクウイルスの35SプロモーターにDREB1AのcDNA(Kasugaなど,1999)をつないで導入したシロイヌナズナ(コロンビア種)の植物体を用いた。乾燥及び低温ストレス処理はYamaguchi-ShinozakiとShinozaki(1994)の方法で行った。すなわち、寒天培地から引き抜いた植物体をろ紙上に置き,22℃,相対湿度60%の条件で乾燥処理をおこなった。22℃で栽培した植物体を4℃に移すことにより低温処理をおこなった。また、高塩濃度ストレス処理は、250mMのNaClを含む水溶液内で水耕することによりおこなった。
野生型の植物体を2時間又は10時間のストレス処理にさらした後サンプリングし、液体窒素を用いて凍結保存した。また、カナマイシンを加えない寒天培地で栽培した野生型及びDREB1A過剰発現型形質転換体を、DREB1Aの標的遺伝子を同定するための実験に用いた。DREB1A過剰発現型形質転換体に対しては、ストレス処理を行わなかった。植物体から、ISOGEN(Nippon gene, Tokyo, Japan)を用いてトータルRNAを単離し、Oligotex-dT30 mRNA精製キット(Takara,Tokyo,Japan)を用いてmRNAを単離精製した。
(8) プローブの蛍光標識
Cy3 dUTP又はCy5 dUTP(Amersham Pharmacia)の存在下でそれぞれのmRNAサンプルの逆転写を行った。逆転写反応のバッファー(30μl)組成は以下の通りである。
42℃で1時間の反応を行った後、2つのサンプル(Cy3でラベルしたもの及びCy5でラベルしたもの)を混ぜ、15 μlの0.1 M NaOHと1.5 μlの20 mM EDTAを加えて70℃で10分間処理し、さらにその後15μlの0.1 M HClを加えた後、サンプルをMicro con 30 micro concentrator(Amicon)に移した。400μlのTEバッファーを加えてバッファー量が10〜20μlになるまで遠心し、流出液を捨てた。400μlのTEバッファーと20μlの1mg/ml ヒトCot-1 DNA (Gibco BRL)を加えて再び遠心した。ラベリングの完了したサンプルを遠心によって回収し数μlの蒸留水を加えた。得られたプローブに2μlの10μg/μl 酵母 tRNA 、2μlの1μg/μl pd(A)12-18(Amersham Pharmacia)、3.4mlの20 X SSC、及び0.6μlの10%SDSを加えた。さらに、サンプルを100℃で1分間変成処理し、室温に30分間置いた後ハイブリダイゼーションに用いた。
(9) マイクロアレイハイブリダイゼーション及びスキャニング
プローブをbenchtop micro centrifugeを用いて1分間の高速遠心にかけた。泡の発生を避けるために、プローブをアレイの中央に置きその上にカバースリップをかぶせた。スライドガラス上に5μlの3 X SSCを4滴落として、チェンバーを適度な湿度に保ち、ハイブリダイゼーション中のプローブの乾燥を防いだ。スライドガラスをハイブリダイゼーション用のカセット(THC-1,BM機器)に入れて密封した後、65℃で12〜16時間処理した。スライドガラスを取り出してスライドラックに置き、溶液1(2 X SSC,0.1%SDS)中でカバースリップを慎重にはずした後ラックを振って洗浄し、ラックを溶液2(1 X SSC)中に移して2分間洗浄した。さらにラックを溶液3(0.2 X SSC)に移して2分間放置し、遠心(800rpm, 1min)にかけて乾燥させた。走査レーザー顕微鏡(ScanArray4000; GSI Lumonics,Watertown,MA)を用いて1ピクセルあたり10μmの解像度でマイクロアレイをスキャンした。マイクロアレイのデータ解析用プログラムとして、Imagene Ver 2.0(BioDiscovery)とQuantArray(GSI Lumonics)を用いた。
(10) ノーザン解析
トータルRNAを用いてノーザン解析を行った(Yamaguchi-ShinozakiとShinozaki,1994)。シロイヌナズナの全長cDNAライブラリーからPCR法によって単離したDNA断片をノーザンハイブリダイゼーションのプローブとして用いた。
(11)プロモーター領域の決定
データベース(GenBank/EMBL, ABRC)のシロイヌナズナのゲノム情報をもとに、遺伝子解析用プログラムBLASTを用いてプロモーター領域を解析した。
2.結果
(1) ストレス誘導性遺伝子
ストレスを受けていないシロイヌナズナ植物から単離したmRNAから、Cy5-dUTPの存在下で逆転写を行って蛍光標識cDNAを調製した。低温処理(2時間)を行った植物から、Cy3-dUTPで標識した第2のプローブを調製した。両プローブを約1,300個のシロイヌナズナcDNAクローンを含むcDNAマイクロアレイへ同時にハイブリダイズさせた後、疑似カラー像を作成した(図1)。
低温ストレスによって誘導された遺伝子及び抑制された遺伝子は、それぞれ赤色及び緑色のシグナルで表される。両方の処理においてほぼ同レベルで発現した遺伝子は、黄色のシグナルとなる。各スポットの強度は、各遺伝子の発現量の絶対値に相当する。低温誘導性遺伝子(rd29A)は赤色のシグナルであることが分かる。α-チューブリン遺伝子(内部対照)は黄色シグナルであることが分かる。cDNAマイクロアレイ分析によって合計44個の乾燥誘導性遺伝子を同定した(表1及び表2)。
表2において、乾燥及び低温誘導性遺伝子並びにDREB1A標的遺伝子(35S:DREB1A)は、rd29、cor15A, Kin2, erd10, kin1, rd17, erd4, FL3-5A3, FL5-77, FL5-94, FL3-27及びFL5-2I22である。乾燥及び低温誘導性遺伝子であるがDREB1A標的遺伝子ではないものは、FL5-2O24, FL5-1A9, FL5-3M24及びFL5-3A15である。乾燥特異的誘導性遺伝子は、rd20, FL6-55, FL5-3J4, FL2-56及びFL5-2D23である。低温特異的誘導性遺伝子はDREB1A及びFL5-90である。なお、これらの分類結果を図4に示す。また、表2において、「コードタンパク質又は他の特徴」の欄には、配列のホモロジーから予想される遺伝子産物の推定機能を示す。「乾燥」の欄における「比」は、以下の式から求めたものである(FI:蛍光強度)。
比=[(乾燥条件での各cDNAのFI)/(ストレスを負荷しない条件での各cDNAのFI)]÷[(乾燥条件でのα-チューブリンのFI)/(ストレスを負荷しない条件でのα-チューブリンのFI)]
「低温」の欄における「比」は、以下の式から求めたものである(FI:蛍光強度)。
比=[(低温条件での各cDNAのFI)/(ストレスを負荷しない条件での各cDNAのFI)]÷[(低温条件でのα-チューブリンのFI)/(ストレスを負荷しない条件でのα-チューブリンのFI)]
「35S:DREB1A」の欄における「比」は、以下の式から求めたものである(FI:蛍光強度)。
比=[(35S:DREB1A植物の各cDNAのFI)/(野生型植物の各cDNAのFI)]÷[(35S:DREB1A植物のα-チューブリンのFI)/(野生型植物のα-チューブリンのFI)]
「乾燥」の欄において、「新規又は既報」は、遺伝子が乾燥誘導性遺伝子として報告されていなければ「新規」と、報告されていれば「既報」とした。「低温」の欄の低温誘導性遺伝子及び「35S:DREB1A」の欄のDREB1A標的遺伝子についても同様である。
表2に記載の遺伝子のうち14個(cor15A, kin1, kin2, rd17, rd19A, rd20, rd22, rd29A, erd3, erd4, erd7, erd10, erd14, AtP5CS)は、これまでに乾燥誘導性遺伝子として報告されているものである(Bohnert, H.J. et al., (1995) Plant Cell 7, 1099-1111.; Ingram, J., and Bartels, D. (1996) Plant Mol. Biol. 47, 377-403.; Bray, E. A. (1997) Trends Plant Sci. 2, 48-54.; Shinozaki. K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (1997) Plant Physiol. 115, 327-334.; Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (1999). Molecular responses to drought stress. Molecular responses to cold, drought, heat and saltstress in higher plants. Edited by Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. R. G. Landes Company. ;Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K.(2000) Curr. Opin. Plant Biol. 3, 217-223.; Taji, T. et al., (1999) Plant Cell Physiol. 40, 119-123.; Takahashi, S. et al., (2000) Plant Cell Physiol. 41, 898-903.)。
これらの結果から、本発明者らのcDNAマイクロアレイシステムが適切に機能してストレス誘導性遺伝子を見出したことが分かる。残りの30個の新規な乾燥誘導性遺伝子中には、推定低温順化タンパク質(受託番号AC006438)、LEA 76型1タンパク質(受託番号X91919)、非特異的脂質転移タンパク質(LTP1;受託番号M80567)、推定水チャネルタンパク質(受託番号AC005770)、T45998 EST、及びHVA22相同体(受託番号AB015098)と配列同一性を示すcDNA(FL3-5A3、FL6-55、FL5-1N11、FL5-2O24、FL5-2H15及びFL1-159)を見出した。
また、cDNAマイクロアレイ分析によって合計19個の低温誘導性遺伝子を同定した(表1及び表2)。このうち9個は、rd29A、cor15a、kin1、kin2、rd17、erd10、erd7、erd4(Kiyosueら, 1994; Shinozaki及びYamaguchi-Shinozaki, 1997, 1999, 2000; Tajiら, 1999; Thomashow, 1999)の低温誘導性遺伝子並びにDREB1A(Liuら, 1998)として報告されているものである。
同様に、残りの10個の新規な低温誘導性遺伝子中には、推定低温順化タンパク質(受託番号AC006438)、フェリチン(受託番号X94248)、EXGT-A2(受託番号D63510)、β-アミラーゼ(受託番号AJ250341)、DC 1.2相同体(受託番号X80342)、及びHVA22相同体(受託番号AB015098)と配列同一性を示すcDNA(FL3-5A3、FL5-3A15、FL5-3P12、FL5-90、FL5-2I22及びFL1-159)を見出し、また、ノジュリン様タンパク質(受託番号CAA22576)、イネ・グリオキサラーゼI(受託番号AB017042)及びLEAタンパク質相同体(SAG21;受託番号AF053065)と配列類似性を示すcDNA(FL5-1A9、FL5-95及びFL5-3M24)を見出した。
また、本発明者らは、完全長cDNAマイクロアレイを使用して、DREB1A転写因子によって制御されるストレス誘導性遺伝子を同定した。DREB1A標的遺伝子の同定手順を図2に示す。CaMV 35Sプロモーターの制御下でDREB1A cDNAを過剰発現するトランスジェニック・シロイヌナズナ植物(35S:DREB1Aトランスジェニック植物)から調製したmRNA及び野生型対照植物から調製したmRNAを、それぞれCy3-標識cDNAプローブ及びCy5-標識cDNAプローブの調製に使用した。これらのcDNAプローブを混合し、cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせた。35S:DREB1Aトランスジェニック植物における発現レベルが、野生型対照植物における発現レベルの2倍を超える遺伝子を、DREB1A標的遺伝子とした。
cDNAマイクロアレイ分析によって合計12個のDREB1A標的遺伝子を同定した(表1及び表2)。このうち6個は、rd29A/cor78、cor15a、kin1、kin2、rd17/cor47及びerd10のDREB1A標的遺伝子として報告されているものである(Kasugaら, 1999)。同様に、残りの6個の新規なDREB1A標的遺伝子中には、推定低温順化タンパク質(受託番号AC006438)、DC 1.2相同体(受託番号X80342)、エノラーゼ(受託番号X58107)及びペルオキシレドキシンTPX1(受託番号AF121355)と配列同一性を示すcDNA(FL3-5A3、FL5-2I22、FL5-94及びFL5-77)を見出し、また、ササゲ・システインプロテイナーゼ阻害剤(受託番号Z21954)と配列類似性を示すcDNA(FL3-27)及びerd4 cDNA(Kiyosueら, 1994; Tajiら, 1999)を見出した。同定された乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子を、以下の3つのグループに分類した(図4)。
1) 乾燥・低温誘導性遺伝子
2) 乾燥に特異的な誘導性遺伝子
3) 低温に特異的な誘導性遺伝子以下の21個の遺伝子は、これら3つのグループへ分類するのが困難であったため、分類を行わなかった。
erd3、FL3-519、FL3-3A1、FL5-1F23、FL2-1F6、FL3-5J1、FL5-1N11、FL5-2H15、FL5-2G21、FL5-2I23、FL5-1C20、FL2-1H6、FL5-2E17、FL3-3B1、FL5-3E18、FL3-2C6、FL5-1P10、FL2-5G7、FL2-1C1、FL2-5A4、及びFL5-3P12。
その結果、同定された遺伝子は、20個の乾燥・低温誘導性遺伝子、5個の乾燥特異的誘導性遺伝子、及び2個の低温特異的誘導性遺伝子に分類された。次に、乾燥・低温誘導性遺伝子をさらに2つのグループに分類した。
1) DREB1A標的遺伝子
2) DREB1A標的遺伝子以外
16個の乾燥・低温誘導性遺伝子は、12個のDREB1A標的遺伝子と4個のDREB1A標的遺伝子以外の遺伝子に分類された。
(2) RNAゲルブロット分析
cDNAマイクロアレイ分析では、最小限の労力で適切なデータを抽出することが重要である。本発明者らは、下記の方法によってcDNAマイクロアレイ分析の有効性を評価した。まず、発現比率(乾燥2時間/ストレス無し)がα-チューブリンの2倍を超える80個の遺伝子を同定した。80個の推定乾燥誘導性遺伝子についてノーザンブロット分析を行い、44個を実際の遺伝子として同定した。マイクロアレイの結果とノーザンブロットの結果の不一致は、1)遺伝子の低発現、2)高いバックグラウンド、3)cDNAスポット上の塵や引っ掻き傷、及び4)比活性の低い不良なcDNAプローブに起因するものであった。従って、上述の実験データに印をつけ、その半分を後続の分析から排除した。このようなデータ処理を行った後、cDNAマイクロアレイ分析に基づいて、44個の乾燥誘導性遺伝子、19個の低温誘導性遺伝子、及び12個のDREB1A標的遺伝子を最終的に同定した。次いで、RNAゲルブロット分析を行って、cDNAマイクロアレイを用いて得られた結果を確認した。マイクロアレイ分析によって得られた発現データの結果は、44個の乾燥誘導性遺伝子、19個の低温誘導性遺伝子、及び12個のDREB1A標的遺伝子が同定された点で、ノーザンブロット分析で得られた結果と一致した。
図3では、6個の新規なDREB1A標的遺伝子(FL3-5A3、FL3-27、FL5-2I22、FL5-94、FL5-77及びerd4)についてマイクロアレイ分析の結果とノーザンブロット分析の結果とを比較した。6個の遺伝子は全て、乾燥及び低温処理によって誘導され、ストレスを受けない条件下では35S:DREB1A植物中で過剰発現した。
乾燥処理を行った野生型植物(2時間又は10時間乾燥(ろ紙上に放置))、低温処理を行った野生型植物 (4℃にて2時間又は10時間冷却)、又は未処理の35S:DREB1Aトランスジェニック植物(35S:DREB1A対照)由来のサンプルをCy3-dUTPで蛍光標識し、未処理の野生型植物(対照)由来のサンプルをCy5-dUTPで標識した。cDNAマイクロアレイとハイブリダイズさせて走査を行い、相対発現比率を計算して図示した(図3)。野生型植物の乾燥、低温処理及び35S:DREB1Aトランスジェニック植物に対するノーザンブロット分析像を示した。2つのDREB1A標的遺伝子(FL3-5A3とFL3-27)の完全長cDNA配列は、それぞれGenBank, EMBL及びDDBJデータベースに受託番号AB044404及びAB044405で登録されている。一方、同様にして約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイを用いることによって、301個の乾燥誘導性遺伝子、54個の低温誘導性遺伝子及び211個の高塩濃度ストレス誘導性遺伝子を単離した。
(3) プロモーター領域の同定
プロモーター領域を同定した結果、約1300個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイにおいて得られた8種の遺伝子(FL3-5A3,FL5-2H15,FL5-3M24,FL5-90,FL5-2I22,FL6-55,FL1-159,FL5-2D23)のプロモーター領域が得られた。これらのプロモーターの配列を、それぞれ配列番号1〜8に示す。
遺伝子名 プロモーター領域の配列
FL3-5A3: 配列番号1
FL5-2H15: 配列番号2
FL5-3M24: 配列番号3
FL5-90: 配列番号4
FL5-2I22: 配列番号5
FL6-55: 配列番号6
FL1-159: 配列番号7
FL5-2D23: 配列番号8
一方、プロモーター領域を同定した結果、約7000個のArabidopsisの全長cDNAを含有する全長cDNAマイクロアレイにおいて得られた10種の遺伝子(FL05-08P24,FL05-09-G08,FL05-09-P10,FL05-10-N02,FL05-18-I12,FL05-21-F13,FL06-10-C16,FL06-15-P15,FL08-10-E21及びFL09-11-P10)のプロモーター領域が得られた。これらのプロモーターの配列を、それぞれ配列番号9〜18に示す。
遺伝子名 プロモーター領域の配列
FL05-08-P24 配列番号9
FL05-09-G08 配列番号10
FL05-09-P10 配列番号11
FL05-10-N02 配列番号12
FL05-18-I12 配列番号13
FL05-21-F13 配列番号14
FL06-10-C16 配列番号15
FL06-15-P15 配列番号16
FL08-10-E21 配列番号17
FL09-11-P10 配列番号18
ところで、保存配列「PyACGTG(G or T)C」(Pyはピリミジン塩基すなわちCまたはTを示す。)は、多くのABA-応答性遺伝子においてABA-応答性エレメント(ABRE)として機能することが知られている(Ingram, J., and Bartels, D. (1996) Plant Mol. Biol. 47, 377-403.;Bray, E. A. (1997) Trends Plant Sci. 2,48-54.;Shinozaki, K., and Yamaguchi-Shinozaki, K. (1999). Molecular responses to drought stress. Molecular responses to cold, drought, heat and salt stress in higher plants. Edited by Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. R. G. Landes Company.)。また、9塩基の保存配列「TACCGACAT」(乾燥応答性エレメント:DRE)は、乾燥、低温及び高塩濃度のストレス条件下においてrd29A発現の誘導調節に必須であるが、ABA-応答性エレメント(ABRE)として機能しないことが知られている(Yamaguchi-Shinozaki, K., and Shinozaki, K. (1994) Plant Cell 6, 251-264.)。DRE及びDRE関連コアモチーフ(CCCAG)であるCRT又はLTREはまた、乾燥及び低温誘導性遺伝子(例えばkin1, kin2,rd17/cor47, cor15a)の領域内に存在することが知られている(表3、Baker, S.S. et al., (1994) Plant Mol. Biol. 24, 701-713.;Wang, H. et al., (1995) Plant Mol. Biol. 28, 605-617.;Iwasaki, T. et al., (1997) Plant Physiol. 115, 1287.)。
表3において、a)、b)及びc)の意味は、それぞれ以下の通りである。
a): ABRE、DRE及びCCGACコア配列は、単離された最も長いcDNAの5’末端から1000bp上流に観察された配列である。
b): 括弧内の数字は、単離されたcDNAの5'末端で始まるヌクレオチドを示す。マイナスの表示は、ヌクレオチドが推定転写開始部位の5'末端よりも上流に存在することを意味する。
c): CCGACコアモチーフを含むこれら9塩基の配列は、互いにオーバーラップしている。
本発明者は、12個のDREB1A標的遺伝子をcDNAマイクロアレイ解析により同定した。9bpのDRE配列は、FL3-5A3及びFL3-27のcDNAに対応する遺伝子のプロモーター領域に観察される(表3)。コアとなるCCGAC配列は、FL3-5A3、FL5-2I22、FL5-77及びFL5-94のcDNAに対応する遺伝子のプロモーター領域において観察される(表3)。ほとんどの乾燥及び低温誘導性遺伝子は、DREB1A標的遺伝子であり、DRE/CRT シス作用性エレメントをプロモーター中に含んでいる(表3及び図4)。ABRE配列(「PyACGTG(G or T)C」)は、同定した12個のDREB1A標的遺伝子のうち6個のプロモーター領域において観察された(表3)。このことは、多くの乾燥及び低温誘導性遺伝子が、ABA-依存性及びABA-独立の経路の両者によって調節されていることを示すものである。しかしながら、いくつかの乾燥及び低温誘導性遺伝子(FL5-3M24, FL5-3A15, FL5-1A9, FL5-2O24)は、35S:DREB1Aトランスジェニック植物において増加しなかった(図4)。このことは、これらの遺伝子がDREB1A標的遺伝子ではないことを示すものである。コア配列「CCGAC」は、FL5-3M24のcDNAの5'末端側の2,000bp上流領域において観察されなかった。この結果は、乾燥及び低温誘導性遺伝子発現に関与する新規シス作用性エレメントが、FL5-3M24遺伝子のプロモーター領域に存在する可能性を示すものである。
(4) 各種ストレス処理時間と発現比率との関係
上述したように単離された18種類の各種ストレス誘導性遺伝子について、以下のように、各種ストレス処理時間と発現比率との関係を検討した結果を図5〜図39に示す。
遺伝子名 ストレス処理(結果を示す図)
FL3-5A3: 低温処理(図5)、乾燥処理(図6)、高塩濃度処理(図7)
FL5-2H15: 低温処理(図8)、乾燥処理(図9)、高塩濃度処理(図10)
FL5-3M24: 乾燥処理(図11)、高塩濃度処理(図12)
FL5-90: 低温処理(図13)
FL5-2I22: 低温処理(図14)、乾燥処理(図15)、高塩濃度処理(図16)
FL6-55: 乾燥処理(図17)、高塩濃度処理(図18)
FL1-159: 乾燥処理(図19)
FL5-2D23: 乾燥処理(図20)、高塩濃度処理(図21)
FL05-08-P24: 乾燥処理(図22)
FL05-09-G08: 乾燥処理(図23)
FL05-09-P10: 乾燥処理(図24)、ABA処理(図25)
FL05-10-N02: 高塩濃度処理(図26)
FL05-18-I12: 乾燥処理(図27)、高塩濃度処理(図28)、ABA処理(図29)
FL05-21-F13: 乾燥処理(図30)、低温処理(図31)
FL06-10-C16: 乾燥処理(図32)、高塩濃度処理(図33)、ABA処理(図34)
FL06-15-P15: 乾燥処理(図35)、高塩濃度処理(図36)、ABA処理(図37)
FL08-10-E21: 乾燥処理(図38)
FL09-11-P10: 高塩濃度処理(図39)
これら図5〜図39に示すように、本方法により単離されたストレス誘導性遺伝子は、それぞれ異なるプロファイルであるが、各種ストレスの付加により発現誘導されていることが判る。
低温ストレス下における遺伝子発現のcDNAマイクロアレイ分析結果を示す写真である。
乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子及びDREB1A標的遺伝子の同定手順を示す図である。
新規なDREB1A標的遺伝子及びDREB1A遺伝子のcDNAマイクロアレイと、ノーザンブロット分析との比較を示す写真である。
同定された乾燥誘導性遺伝子又は低温誘導性遺伝子を、RNAゲルブロット分析並びにマイクロアレイ分析に基づいて4つのグループに分類した結果を示す図である。
FL3-5A3について低温処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL3-5A3について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL3-5A3について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2H15について低温処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2H15について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2H15について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-3M24について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-3M24について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-90について低温処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2I22について低温処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2I22について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2I22について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL6-55について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL6-55について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL1-159について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2D23について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL5-2D23について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-08-P24について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-09-G08について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-09-P10について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-09-P10についてABA処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-10-N02について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-18-I12について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-18-I12について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-18-I12についてABA処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-21-F13について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL05-21-F13について低温処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-10-C16について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-10-C16について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-10-C16についてABA処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-15-P15について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-15-P15について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL06-15-P15についてABA処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL08-10-E21について乾燥処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。
FL09-11-P10について高塩濃度処理時間と発現比率との関係を示す特性図である。