JP2007126747A - 成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法 - Google Patents

成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】引張強度が590MPa以上で成形性に優れ、かつ塩温水試験や複合腐食サイクル試験のような過酷な環境でも塗装後耐食性に優れる高強度冷延鋼板及びその製法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.25、Si:0.8〜3.0、Mn:0.5〜3.0、P:0.05以下、S:0.01以下、Al:0.06以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、体積率で、フェライト30%以上、残留オーステナイト2%以上、ベイナイト及び/又はマルテンサイト合計で3〜50%を含む組織を有し、次の式で定義される鋼板表面のSi量Cs(Si)が2.5%以下で、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とするS化合物が鋼板表面に存在している高強度冷延鋼板;Cs(Si)=Cb(Si)×[Rs(Si/Fe)/Rb(Si/Fe)]、Cb(Si)は鋼中Si量、Rs(Si/Fe)は表面から50nmの深さまでのSiとFeのGDSカウント積算値比、Rb(Si/Fe)は鋼中のSiとFeのGDSカウント比を表す。
【選択図】なし

Description

本発明は、引張強度TSが590MPa以上で、成形性に優れ、かつ塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験および複合サイクル腐食試験により評価される塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法に関する。
近年、地球環境の保全という観点から自動車の燃費改善が求められている。また、衝突時における乗員保護の観点から自動車の安全性向上も要求されている。このため、自動車車体には軽量化と高強度化が必要とされ、最近では自動車部品の薄肉化と高強度化が積極的に進んでいる。
一方、自動車部品の多くは鋼板をプレス成形して製造されることから、鋼板には高いプレス成形性、特に高い強度と高い延性、すなわち優れた強度-延性バランスが強く求められる。高い延性を有する高強度冷延鋼板には、強化元素として多量のSiが含有される場合が多く、焼鈍時にはSiの酸化物が鋼板表面に形成される。そのため、こうしたSi含有量の多い高強度冷延鋼板は、電着塗装後に塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験や湿潤-乾燥を繰り返す複合サイクル腐食試験のような過酷な環境に曝されると、通常の鋼板に比べて、塗膜がはがれ、塗装後耐食性が低下し易い。
そこで、特許文献1には、例えば、熱延時にスラブを1200℃以上の温度で加熱し、高圧でデスケーリングし、酸洗前に熱延鋼板の表面を砥粒入りナイロンブラシで研削し、9%塩酸槽に2回浸漬して酸洗を行って、鋼板表面のSi濃度を下げた高強度冷延鋼板が提案されている。また、特許文献2には、鋼板表面から1〜10μmに観察されるSiを含む線状の酸化物の線幅を300nm以下として耐食性を向上させた高強度冷延鋼板が提案されている。
特開2004-204350号公報 特開2004-244698号公報
しかしながら、特許文献1に記載の高強度冷延鋼板では、冷間圧延前に鋼板表面のSi酸化物を低減しても、その後の焼鈍により鋼板表面にSi酸化物が形成され、塗装後耐食性を十分には改善できない。また、特許文献2に記載の高強度冷延鋼板では、JIS Z 2371の塩水噴霧試験のような環境では耐食性が問題になることはないが、塩温水浸漬試験や複合サイクル腐食試験のような過酷な環境では塗装後耐食性が十分でない。このように、鋼板表面のSi量を低減するだけでは十分な塗装後耐食性を確保できず、優れた成形性と優れた塗装後耐食性の両立した高強度冷延鋼板が得られない。
本発明は、TSが590MPa以上で、成形性に優れ、具体的にはTS×El(El:伸び)が23000MPa%以上で、かつ塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験や複合サイクル腐食試験のような過酷な環境でも塗装後耐食性に優れる高強度冷延鋼板、およびその製造方法を提供することを目的とする。
上記目的は、質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.8〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.06%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、体積率で、フェライトを30%以上、残留オーステナイトを2%以上、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを合計で3〜50%を含む組織を有し、かつ以下の式(1)で定義される鋼板表面のSi量Cs(Si)が2.5%以下で、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とするS化合物が鋼板表面に存在していることを特徴とする成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板によって達成できる。
Cs(Si)=Cb(Si)×[Rs(Si/Fe)/Rb(Si/Fe)] ・・・(1)
ここで、Cb(Si)は鋼中のSi量を、Rs(Si/Fe)は鋼板表面から50nmの深さまでのSiとFeのGDSカウント積算値比を、Rb(Si/Fe)は鋼中のSiとFeのGDSカウント比を表す。
また、本発明の高強度冷延鋼板には、質量%で、Ti:0.005〜0.3%、Nb:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有させることができる。
さらに、本発明の高強度冷延鋼板には、質量%で、Mo:0.005〜0.3%を含有させることができる。
さらにまた、本発明の高強度冷延鋼板には、質量%で、Ca:0.001〜0.1%、REM:0.001〜0.1%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含有させることができる。
本発明の高強度冷延鋼板は、例えば、上記の組成を有する鋼スラブを、1170℃以下の温度に加熱後、熱間圧延を行い熱延鋼板とし、ついで該熱延鋼板を30〜60%の圧下率で冷間圧延した後、700℃以上の温度に加熱し30s以上保持した後、300〜480℃の温度まで10℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、その温度で60〜600s保持した後、冷却し、上記式(1)のCs(Si)が2.5以下となるように酸洗後、鋼板表面が湿潤状態にあるうちに、S化合物を含有する水溶液を鋼板表面に触れさせる処理を施すことにより、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とすることを特徴とする成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法により製造できる。
本発明により、TSが590MPa以上、TS×Elが23000MPa%以上で、かつ塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験や複合サイクル腐食試験のような過酷な環境でも塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板を製造できるようになった。
以下に、本発明の詳細を説明する。
1)成分(以下の「%」は、「質量%」を表す。)
C: Cは、鋼の高強度化に必須の元素であり、さらにTRIP効果を有する残留オーステナイト、ベイナイト、マルテンサイトの生成に不可欠の元素である。しかし、C量が0.05%未満では所望の高強度化が得られず、0.25%を超えると溶接性の劣化を招く。このため、C量は0.05〜0.25%、好ましくは0.10〜0.20%に限定する。
Si: Siは、固溶強化により鋼を強化するとともに、オーステナイトを安定化し、残留オーステナイト相の生成を促進する作用を有する。このような作用は、Si量が0.8%以上で認められるが、3.0%を超えると延性が劣化する。このため、Si量は0.8〜3.0%、好ましくは1.0〜2.5%に限定する。
Mn: Mnは、固溶強化により鋼を強化するとともに、鋼の焼入性を向上させ、残留オーステナイト、ベイナイト、マルテンサイトの生成を促進する作用を有する。このような作用は、Mn量が0.5%以上で認められるが、3.0%を超えると飽和し、コストの上昇を招く。このため、Mn量は0.5〜3.0%、好ましくは1.0〜2.0%に限定する。
P: Pは、固溶強化元素であり、通常、高強度鋼板を得るのに有効な元素であるため、0.005%以上含有させることが好ましいが、0.05%を超えるとスポット溶接性を低下させる。このため、P量は0.05%以下、好ましくは0.02%以下に限定する。
S: Sは、鋼中にMnSとして析出し、鋼板の伸びフランジ性を低下させる。このため、S量は0.01%以下、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下に限定する。
Al: Alは、製鋼段階での脱酸剤として添加される元素であり、伸びフランジ性を低下させる非金属介在物をスラグとして分離するのに有効な元素であるので、0.01%以上含有させることが好ましいが、0.06%を超えるとコストの上昇を招く。このため、Al量は0.06%以下に限定するが、好ましくは0.02〜0.06%である。
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、次の理由により、Ti:0.005〜0.3%、Nb:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素、Ca:0.001〜0.1%、REM:0.001〜0.1%のうちから選ばれた少なくとも1種、Mo:0.005〜0.3%を、適宜組み合わせてあるいは個別に含有させることができる。
Ti、Nb、V: Ti、Nb、Vは、炭化物や窒化物を形成し、焼鈍時の加熱段階でフェライトの成長を抑制し、組織を微細化させ、成形性、特に伸びフランジ性を著しく向上させる。そのため、こうした元素を少なくとも1種含有させることが効果的である。このとき上記効果を得るため、各元素は各々0.005%以上含有させる必要がある。しかしながら、各元素とも0.3%を超えると析出強化により降伏強度YSが上昇して成形性が低下し、またTRIP効果を発現させるための残留オーステナイトが減少する。したがって、これらの元素の量は、それぞれ0.005〜0.3%、好ましくは0.01〜0.2%に限定する。
Mo: Moは、鋼の焼入性を向上させ、ベイナイトやマルテンサイトの生成を促進する作用を有する元素である。このような作用は、Mo量が0.005%以上で認められるが、0.3%を超えるとその効果が飽和し、コストの上昇を招く。このため、Mo量は0.005〜0.3%、好ましくは0.01〜0.2%に限定する。
Ca、REM: Ca、REMは、硫化物系介在物の形態を制御し、鋼板の伸びフランジ性を向上させる効果を有する。このような効果は、こうした元素を少なくとも1種含有させることで得られる。このとき各々の元素は0.001%以上含有させる必要がある。しかしながら、0.1%を超えるとその効果は飽和する。したがって、これらの元素の量は、それぞれ0.001〜0.1%、好ましくは0.001〜0.05%に限定する。
2)組織
優れた成形性、具体的には23000MPa%以上のTS×Elを得るには、上記の成分に加えて次の理由により、体積率で、フェライトを30%以上、残留オーステナイトを2%以上、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを合計で3〜50%を含む組織とする必要がある。
フェライト: フェライトは、鉄炭化物を含まない軟質な相であり、高い変形能を有し、鋼板の延性を向上させる。しかし、フェライトの体積率が30%未満では顕著な延性向上効果が期待できないので、フェライトの体積率は30%以上、好ましくは50%以上に限定する。
残留オーステナイト: 残留オーステナイトは、成形時にマルテンサイトに歪誘起変態し、局所的に加えられた歪を広く分散させ、鋼板の延性を向上させる作用、いわゆるTRIP効果を有する。しかし、残留オーステナイトの体積率が2%未満では顕著な延性向上が期待できないので、残留オーステナイトの体積率は2%以上、好ましくは5%以上に限定する。
ベイナイトおよび/またはマルテンサイト: ベイナイト、マルテンサイトは、ともに硬質であり、組織強化によって鋼板強度を増加させる作用を有する。また、変態時に可動転位の発生を伴うため、鋼板の降伏比を低下させる作用も有する。このような作用は、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトの体積率を合計で3%以上にすることにより認められる。すなわち、ベイナイトとマルテンサイトの体積率の合計を3%以上とすればよく、ベイナイトおよびマルテンサイトの両者を含み合計で3%以上としてもよく、ベイナイトのみあるいはマルテンサイトのみとして、その体積率を3%以上としてもよい。一方、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトの体積率が50%を超えると、すなわちベイナイトとマルテンサイトの体積率の合計が50%を超えると鋼板強度が高くなりすぎ、延性を低下させるため、50%を上限とする。このため、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトの体積率は合計で3〜50%、好ましくは10〜30%に限定する。
なお、上記フェライト、残留オーステナイト、ベイナイト、マルテンサイト以外の相は、上記効果を得る上で少ない程好ましいが、体積率で3%程度は許容できる。
3)鋼板表面のSi量Cs(Si)
電着塗装後にカッターで素地の鋼板まで達するカット疵を入れ、塩温水(5%食塩水、60℃)中に240時間浸漬する塩温水浸漬試験、または乾燥-湿潤を繰り返す複合サイクル腐食試験ような劣悪な環境下にさらされた場合、上記の式(1)で定義されるCs(Si)が2.5%を超えるとカット疵部から塗膜剥離が大きく発生し、塗装後耐食性が著しく劣化することを、本発明者らは見出した。このような塗装後耐食性の劣化は、電着塗装の下地処理として行われるリン酸亜鉛処理(化成処理ともいう)において、鋼板表面のSi酸化物が鋼板のエッチングを阻害して健全な化成処理皮膜(リン酸塩皮膜ともいう)の形成を阻害するためと考えられる。したがって、塗装後耐食性を改善するには、Cs(Si)を2.5%以下、好ましくは2.2%以下とする必要がある。
なお、上記式(1)のRs(Si/Fe)を鋼板表面から50nmの深さまでのSiとFeのGDS(Glow Discharge Spectroscopy)カウント積算値から求めた理由は、化成処理時のエッチングによる鋼板の溶解は50nmの深さ程度であるので、鋼板表面から50nmの深さまでに存在するSi量が塗装後耐食性に大きく影響するためである。
ここで、鋼板表面からの50nm深さまでのSiとFeのGDSカウント積算値から求めるには、別途GDSによるスパッタリング深さとスパッタリング時間との関係を求め、50nmに相当するスパッタリング時間までのGDSカウント積算値を求めればよい。また、Rb(Si/Fe)は、鋼中のSiとFeのGDSカウント比であり、スパッタリング時間に対してSiとFeのGDSカウントがほぼ一定となり、表面濃化の影響が認められなくなった所での値を用いればよい。なお、Cb(Si)は、鋼中のSiの含有量(質量%)である。
4)鋼板表面のS化合物量
鋼板表面には、化成処理によってリン酸亜鉛皮膜が形成されるが、このとき、リン酸亜鉛結晶が緻密に生成するためには、リン酸亜鉛結晶核が化成処理初期段階で微細に数多く生成することが重要である。このリン酸亜鉛結晶核の生成は鋼板表面に存在するセメンタイトや硫化物などのカソードサイトを起点に起こっていると考えられている。一方、焼鈍時に鋼板表面に形成されたSi酸化物は鋼板のエッチングを阻害し、化成処理性を劣化させるため、事前に酸洗処理で取り除く必要があるが、酸洗によって鋼板表面に存在しているセメンタイトや硫化物などのカソードサイトも同時に溶解除去され、リン酸亜鉛結晶核の数が少なくなる。そのため、皮膜結晶の粗大化、スケ(リン酸亜鉛結晶未付着部分)発生などが起こり、酸洗処理のみでは良好な化成処理性が得られず、塗装後耐食性が劣ってしまう。
本発明者らは、酸洗後直ちに鋼板とS化合物とを接触させることにより、鋼板成分とS化合物とを鋼板表面で反応させ、このように鋼板表面成分と反応させて形成したS化合物を鋼板表面に存在させることにより、リン酸亜鉛結晶核の数を増加させてリン酸亜鉛結晶の微細化、緻密化を図り、リン酸亜鉛処理性を向上させて塗装後耐食性を改善できることを見出した。
このように、FeやMnなどの鋼板成分とS化合物とを鋼板表面で反応させて形成されたFeSあるいはMnSなどのS化合物は、単に付着や吸着させたS化合物と異なり、鋼板成分とSとの強い結合を有している。このため、リン酸亜鉛処理液中で鋼板表面が溶解する際にも鋼板表面に安定して存在することができ、単に付着や吸着させたS化合物よりもリン酸亜鉛結晶核生成のカソードサイトとして安定して機能することができるため、化成処理性改善に非常に大きな効果を発揮し、塗装後耐食性を良好にすることができる。
酸洗後乾燥させることなくS化合物を含む水溶液に触れさせる処理を行った場合の鋼板表面のS化合物の観察例として、表2、表3の鋼板No.1について、図1および図2に、それぞれ鋼板表面のSとFeのX線光電子分光(XPS)分析結果を示す。図1の(a)は酸洗後、(b)はS化合物を含む水溶液に触れさせる処理(以下、S化合物処理と呼ぶ。)後の結果である。
なお、この鋼板は、以下のようにして製造したものであり、鋼板表面のSi量Cs(Si):2.2%、鋼板表面のS量:8mg/m2である。質量%で、C:0.11%、Si:1.25%、Mn:1.55%、P:0.018%、S:0.001%、Al:0.032%、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成の鋼スラブを、1150℃に加熱し、仕上温度850℃で熱間圧延を行い、620℃まで平均冷却速度25℃/sで冷却して巻取り(巻取温度:620℃)、60%の圧下率で冷間圧延を施した後、780℃に加熱し、45秒保持した後、350℃まで平均冷却速度20℃/sで冷却し、100秒保持した後、冷却して製造した冷延鋼板について、酸洗条件:10%塩酸、温度30℃、浸漬時間10秒で酸洗した後、表面を乾燥させることなく直ちにチオグリコール酸を0.3g/l含有する水溶液に10秒浸漬した後、水洗、乾燥を行った。
図1の(a)、(b)から、S化合物処理を行うと表面にS化合物のピークが現れることから、S化合物処理すると、鋼板表面にS化合物が存在することがわかる。また、図2の(a)、(b)から、S化合物処理を行うと金属Feのピークが減少することが認められ、金属FeがS化合物処理によってFe化合物を形成したことがわかる。これらのことから、酸洗後直ちにS化合物処理することで、鋼板表面には鋼板表面成分とS化合物(この例では、チオグリコール酸)が反応して形成したS化合物:FeSが存在していることがわかる。また、この場合、塗装後耐食性を調べた結果、表3の鋼板No.1に示すように、良好な塗装後耐食性を得ることができた。
また、種々検討した結果、S化合物処理を行った後の鋼板表面のS量が0.1mg/m2未満ではリン酸塩処理性を向上させて塗装後耐食性を良好にする効果がほとんどなく、また100mg/m2を超えると向上効果は飽和し、むしろ外観を悪くすることがわかった。このため、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とする。なお、0.1〜50mg/m2であることが好ましい。また、鋼板表面に存在させるS化合物としては、上記したように、例えばFeS、MnSなどが挙げられる。
5)製造方法
本発明の高強度冷延鋼板の製造方法の一例を上述したが、以下に各条件の限定理由を説明する。
スラブ加熱温度: スラブ加熱温度が1170℃を超えるとSiが表面に濃化して、熱間圧延時のデスケーリング、熱間圧延後の酸洗などで除去し難いスケールを形成し、これが冷間圧延・焼鈍後も残存し、化成処理性を劣化させる。このため、スラブの加熱温度は1170℃以下とする。
スラブ加熱温度以外の熱間圧延条件は、特に限定するものではないが、以下の条件とすることが好ましい。
仕上温度: 熱間圧延の仕上温度は、Ar3変態点未満では、オーステナイトとフェライトの混合組織となり、成形性を劣化させやすい。このため、仕上温度はAr3変態点以上、本発明鋼においては概ね800℃以上とすることが好ましい。また、仕上温度が(Ar3変態点+100)℃を超えると鋼の組織が粗大化し、成形性や表面性状を劣化させやすいため、(Ar3変態点+100)℃以下とすることが好ましい。
熱間圧延後の冷却速度: 熱間圧延された鋼板は冷却され、オーステナイトがフェライトへ変態する。このとき、冷却速度が遅いと変態により生成したフェライトが粗大化し、成形性に悪影響を与えることがあるため、平均冷却速度は20℃/s以上とすることが好ましい。また、冷却は400〜650℃の温度まで行い、その後鋼板は巻取ることが好ましい。このとき、400℃未満では熱延鋼板の強度が高くなりすぎ、その後の冷間圧延での圧延負荷を著しく上昇させ、冷間圧延が困難となるなどの問題を発生させやすいため、巻取温度の下限は400℃とし、また、650℃を超えると熱延鋼板での粒界酸化が著しくなり、表面性状を劣化させたり、疲労特性を低下させたりするなどの問題が生じやすいため、巻取温度の上限は650℃とすることが好ましい。
冷間圧延の圧下率: 熱延鋼板は所望の板厚に冷間圧延されるが、圧下率が30%未満だと導入される歪みが不十分なため焼鈍後の特性が劣り、60%を超えると特性には影響がなく、むしろ冷間圧延機の圧延負荷が大きくなる。このため、冷間圧延の圧下率は30〜60%とする。なお、熱延鋼板は、表面に生成しているスケールを除くため、冷間圧延前に常法に従い酸洗することが好ましい。
焼鈍温度および保持時間: 冷間圧延後の鋼板は連続焼鈍などによりオーステナイト+フェライトの2相域まで、すなわち700℃以上の温度に加熱して、その後冷却で残留オーステナイトが得られるようにする必要がある。なお、850℃を超えて加熱すると、フェライト粒径が粗大となり成形性が低下するため、焼鈍温度は850℃以下とすることが好ましい。
また、2相域に加熱後直ちに冷却すると残留オーステナイトが得られないため、焼鈍温度で30s以上保持する必要がある。しかし、長時間保持するとフェライト粒径が粗大化し、成形性が低下するおそれがあるため、保持時間は300s以内とすることが好ましい。
焼鈍後の冷却速度: 焼鈍後の鋼板は、残留オーステナイトを生成させるために、焼鈍温度から次に述べる急冷停止温度まで10℃/s以上、好ましくは20℃/s以上の平均冷却速度で冷却する必要がある。
急冷停止温度および保持時間: 急冷停止温度が300℃未満だとオーステナイトはすべてマルテンサイトに変態し、480℃を超えるとオーステナイトはほとんどがパーライトもしくはベイナイトに変態し、残留オーステナイトが得られなくなりTRIP効果が期待できなくなる。したがって、急冷停止温度は300〜480℃、好ましくは350〜450℃とする。また、そのときの保持時間は、60s未満で次の冷却を開始するとほとんどの残留オーステナイトがマルテンサイトに変態し、600sを超えるとベイナイトが生成し、残留オーステナイトが減少してTRIP効果が期待できなくなる。したがって、急冷停止温度での保持時間は60〜600s、好ましくは60〜300sとする。
上記300〜480℃での保持後は適宜冷却すればよい。冷却条件は特に限定するものではないが、上記保持中に形成した残留オ−ステナイトを確保するため、50℃以下程度まで、平均冷却速度30℃/s以上程度で冷却することが好ましい。
酸洗: こうして冷却された鋼板は、焼鈍時に鋼板表面に形成されたSi酸化物を除去して上記Cs(Si)を2.5%以下にするため、塩酸、硫酸、硝酸+塩酸などで酸洗する必要がある。酸の種類、酸洗温度、酸洗時間などは特に限定しないが、例えば、10%塩酸や1%塩酸+25%硝酸を用い、30〜70℃で5〜20s浸漬することが好ましい。
S化合物処理: 酸洗後の鋼板は、鋼板表面にS化合物を存在させて鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とするために、チオ尿素、チオグリコール酸、硫化ジメチルなどのS化合物を含有する水溶液に浸漬、スプレー、ロールコーターなどで接触させるS化合物処理を施す必要があり、S化合物処理後は水洗する。このS化合物処理は、酸洗後、鋼板表面が湿潤状態にあるうちに、すなわち鋼板表面を乾燥させないで、行う必要があるが、これは、酸洗によって鋼板表面が活性化した状態にあるうちに鋼板成分と上記S化合物とを反応させ、鋼板表面に上記S化合物とは異なるFeSやMnSなどのS化合物を形成するためである。酸洗後に鋼板表面を乾燥させると、大気中の酸素と鋼板成分が反応して酸化物が形成され、鋼板表面にFeSやMnSなどのS化合物が形成されなくなる。具体的には、例えば、酸洗後、酸洗液を、S化合物処理槽への酸の持ち込みを低減するためにリンガーロールなどで絞り、0.3g/lの濃度のチオ尿素水溶液中に常温で10秒浸漬し、水洗、乾燥することで鋼板表面のS量を8mg/ m2程度とすることができる。上記処理後は、通常行われるように、形状矯正などのために伸び率2%以下程度の調質圧延を施してもよい。
なお、酸洗後鋼板表面が湿潤状態にあるうちにS化合物処理を行うことに代えて、本発明の方法で焼鈍後、酸液中へS化合物を投入して酸洗と同時にS化合物処理を行うことも検討したが、良好な塗装後耐食性を確保することができなかった。詳細は不明であるが、酸洗とS化合物処理の同時処理ではS化合物と鋼板成分との反応が不安定になり、S化合物の形成が不十分になるためと考えられる。
表1に示す組成の鋼a〜qを溶製し、スラブとした。これらスラブを表2に示す熱延条件で熱間圧延し、板厚3〜4mmの熱延板とした。これら熱延板を表2に示す冷延条件で冷間圧延し、板厚1.8mmの冷延板とした。これらの冷延板を表2に示す焼鈍条件で焼鈍後、表2に示す酸洗条件で酸洗し、引き続き表2に示すS化合物処理条件でS化合物を含む水溶液と接触させるS化合物処理を行い、水洗・乾燥後、伸び率0.7%の調質圧延を行った。ここで、S化合物処理は、表2に示す化合物の水溶液を用い、その濃度を変えて表面S量を調整した。そして、得られた鋼板の表面S量、Cs(Si)、組織、機械的特性、塗装後耐食性を、以下の方法で調査した。なお、酸洗後、酸洗液を、S化合物処理槽への酸の持ち込みを低減するためにリンガーロールである程度絞り、その後S化合物処理をする直前に、目視で鋼板表面の乾燥の有無を観察した。
(1)表面S量
あらかじめ蛍光X線で鋼板表面のS量とSカウントとの関係を測定してS量の検量線を作成しておき、各鋼板の蛍光X線のSカウント値の測定結果から鋼板表面のS量を求めた。
(2) Cs(Si)
上述したように、Rs(Si/Fe)とRb(Si/Fe)をGDS分析により測定し、上記の式(1)を用いて算出した。なお、Rb(Si/Fe)は、1μm深さでのSiとFeのGDSカウント比とした。
(3)組織
鋼板の圧延方向断面を光学顕微鏡または走査電子顕微鏡で観察することにより調査した。倍率1000倍の断面組織写真を用いて、画像解析により任意に設定した写真上で100mm四方の正方領域内に存在するフェライト、ベイナイト/マルテンサイトの占有面積率を求め、それぞれの体積率とした。また、残留オーステナイト量は、鋼板の板厚方向の1/4まで研磨し、X線回折強度の測定により求めた。入射X線にはMoKα線を使用し、残留オーステナイトの{111}、{200}、{220}、{311}各面のX線回折強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイトの体積率とした。
(4)機械的特性
圧延方向に直角方向に採取したJIS Z 2201に規定の5号試験片を用いて、JIS Z 2241に規定の方法に準拠して、YS、TS、Elを測定した。また、降伏比YR(=YS/TS)、強度-延性バランスTS×Elを計算した。
(5)塗装後耐食性
化成処理は、日本ペイント社製の脱脂剤;サーフクリーナーEC90、表面調整剤;サーフファイン5N-10、化成処理剤;サーフダインSD2800を用い、それぞれの温度や濃度条件は標準条件とより劣悪な条件で実施した。標準条件の1例として、脱脂工程は、濃度16g/l、処理温度42〜44℃、処理時間120s、スプレー脱脂、表面調整工程は、全アルカリ度1.5〜2.5ポイント、温度は20〜25℃、処理時間30s、浸漬、化成処理工程は、全酸度21〜24ポイント、遊離酸度0.7〜0.9ポイント、促進剤濃度2.8〜3.5ポイント、処理温度44℃、処理時間120sとした。劣悪条件としては、化成処理工程での処理温度を38℃に低下させた。その後、日本ペイント社製の電着塗料;V-50を使用して電着塗装を行った。化成処理皮膜の付着量は2〜2.5g/m2、電着塗装は膜厚25μmを狙いとした。
塗装後耐食性の評価は、塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験(SST)、複合サイクル腐食試験(CCT)の3通りで行った。それぞれの条件を以下に示す。
塩温水浸漬試験:化成処理、電着塗装を施した試料にカッターでクロスカット疵を付与し、60℃の5%NaCl溶液に240h浸漬後、水洗、乾燥し、カット疵部についてテープ剥離を行い、カット疵部左右の最大剥離全幅を測定した。最大剥離全幅が5.0mm以下であれば、耐塩温水密着性は良好といえる。
塩水噴霧試験(SST):化成処理、電着塗装を施した試料にカッターでクロスカット疵を付与し、5%NaCl溶液を使用し、JIS Z 2371に従い、1000hの塩水噴霧を行ったあと、クロスカット疵部を粘着テープ剥離した時のクロスカット左右を合わせた最大剥離全幅を測定した。最大剥離全幅が4.0mm以下であれば、SSTは良好といえる。
複合サイクル腐食試験(CCT):化成処理、電着塗装を施した試料にカッターでクロスカット疵を付与し、塩水噴霧(5%NaCl:35℃-98%RH)2h→乾燥(60℃-30%RH)2h→湿潤(50℃-95%RH)2hを1サイクルとして90サイクルの繰返し試験後、水洗、乾燥し、カット疵部についてテープ剥離を行い、カット疵部左右の最大剥離幅を測定した。最大剥離全幅が6.0mm以下であれば、複合サイクル耐食性は良好といえる。
結果を表3に示す。本発明の要件を満足する発明例はいずれも、TSが590MPa以上で、TS×Elが23000MPa%以上と非常に良好な強度-延性バランスを示し、塩温水浸漬試験、塩水噴霧試験、複合サイクル腐食試験のいずれにおいても最大剥離全幅が小さく、極めて良好な塗装後耐食性を示す。
Figure 2007126747
Figure 2007126747
Figure 2007126747
酸洗後(a)およびS化合物処理後(b)の鋼板表面に存在するSのXPS分析結果を示す図である。 酸洗後(a)およびS化合物処理後(b)の鋼板表面に存在するFeのXPS分析結果を示す図である。

Claims (5)

  1. 質量%で、C:0.05〜0.25%、Si:0.8〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.06%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、体積率で、フェライトを30%以上、残留オーステナイトを2%以上、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトを合計で3〜50%を含む組織を有し、かつ以下の式(1)で定義される鋼板表面のSi量Cs(Si)が2.5%以下で、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とするS化合物が鋼板表面に存在していることを特徴とする成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板;
    Cs(Si)=Cb(Si)×[Rs(Si/Fe)/Rb(Si/Fe)] ・・・(1)
    ここで、Cb(Si)は鋼中のSi量を、Rs(Si/Fe)は鋼板表面から50nmの深さまでのSiとFeのGDSカウント積算値比を、Rb(Si/Fe)は鋼中のSiとFeのGDSカウント比を表す。
  2. 上記組成に加え、さらに、質量%で、Ti:0.005〜0.3%、Nb:0.005〜0.3%、V:0.005〜0.3%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板。
  3. 上記組成に加え、さらに、質量%で、Mo:0.005〜0.3%を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板。
  4. 上記組成に加え、さらに、質量%で、Ca:0.001〜0.1%、REM:0.001〜0.1%のうちから選ばれた少なくとも1種の元素を含むことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板。
  5. 請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の組成を有する鋼スラブを、1170℃以下の温度に加熱後、熱間圧延を行い熱延鋼板とし、ついで該熱延鋼板を30〜60%の圧下率で冷間圧延した後、700℃以上の温度に加熱し30s以上保持した後、300〜480℃の温度まで10℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、その温度で60〜600s保持した後、冷却し、上記式(1)のCs(Si)が2.5以下となるように酸洗後、鋼板表面が湿潤状態にあるうちに、S化合物を含有する水溶液を鋼板表面に触れさせる処理を施すことにより、鋼板表面のS量を0.1〜100mg/m2とすることを特徴とする成形性および塗装後耐食性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法。
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