超音波診断では、超音波探触子に含まれるトランスデューサにより、まず、超音波パルスが検査対象としての媒体、例えば人体内のある領域に送波され、その後、媒体の数々の不連続部分で反射してきた超音波エコー(反射波)が電気信号(受信信号)に変換される。その受信信号に対して、例えば、増幅、フィルタリング、ビーム形成、検波などの種々の処理が施され、最終的にデジタル値(画素値)の集合(つまり超音波画像)に変換される。超音波画像は陰極線管(CRT)などの電子ディスプレイに表示することもできるし、あるいは超音波画像から写真を生成することもできる。超音波診断(及び他のコヒーレント映像システム)における問題点の1つとして、電気的ノイズがある。信号対ノイズ比(SNR)が低い場合、ノイズが有意な信号を完全に又は部分的に覆う場合がある(特に超音波画像において深部において顕著となる)。そこで、製造業者は低ノイズシステムを設計することに努力しているが、どんなシステムにおいても、ある程度のサーマルノイズが存在する。したがって、ノイズレベルの低減を図る一方において、SNRを改善するために信号を増強するのが望ましい。これは、端的に言えば、送信エネルギーの増加によって実現される。
信号の振幅及び存続時間の少なくともいずれかを増加させれば、送信エネルギーが増大する。しかし、信号の振幅を増加できる程度には限界がある。例えば、レーダでは、最大振幅に実際的な実施の限界がある。医用超音波の分野では、高い振幅の音圧が生体組織にダメージを及ぼす可能性があるため、生体の安全性の観点から、振幅の限界がある。そこで、振幅を増加させずに、信号エネルギーを増加させるためには、存続時間の長い波形を送信しなければならない。この長時間波形が単純な正弦波バースト(simple sinusoidal burst)の場合、当該信号の帯域幅が短パルス信号に比べて減少し、距離方向の分解能が劣化する。したがって、長時間波形信号の帯域幅が従来の短パルス信号の帯域幅と等しいかそれ以上に維持されるように、送信された信号を周波数変調する必要がある。この変調された送信波を「符号化された波形(符号化波形)」と呼ぶことにする。これは、大まかに言えば、各送信時期ごとに、異なる瞬時周波数を送信することと等価である。
送信された信号が符号化波形の場合、受信したエコー信号が「パルス圧縮フィルタ」により処理される。パルス圧縮フィルタは、各周波数成分ごとに異なる位相遅延を与えて、振幅が増大するように全周波数成分の位相を揃えて加算するものである。これにより、短い且つ高振幅の「圧縮」パルスが生成される。
符号化波形を用いる方式はよく知られており、数多くの通信理論及びレーダの教本で説明されている。例えば、ペイトンZピーブルズジュニア、ジョンワイリーアンドサンズ会社(Peyton Z. Peebles,Jr.,John Wiley & Sons,Inc.,1998)による「レーダ原理(Radar Principles)」に記載されている。この方法を医用超音波に適用した特定の方法については、例えば、Mオドネル(M. O'Donnell)によって"Coded excitation systems for improving the penetration of real-time phased-array imaging systems" (IEEE Transactions UFFC, Vol.39,No.3,May 1992)において、発表されている。
符号化波形を用いる方式を実施する場合における第1の問題は、パルス圧縮フィルタのコストである。高性能装置への当該方式の適用を考えた場合、パルス圧縮フィルタは、デジタルFIR(有限インパルス応答)フィルタとして実施されるが、このパルス圧縮フィルタのコストは、フィルタタップ数(すなわち、フィルタのインパルス応答におけるサンプル数)に伴い増加する。フィルタタップ数は、フィルタの有効時間とサンプリングレートとの積で規定され、医用超音波の分野では512タップを越えるものとなる。長いデータ列をリアルタイムでフィルタリングしなければならない場合には、各フィルタタップに対して、1つずつ乗算器が必要となり、このためパルス圧縮フィルタの回路規模は増大し、またそのコストは非常に高くなる。
長いデータ列のフィルタリングに関しては、周波数領域において畳込み演算を実行するのがより効率的であることが知られている。すなわち、まずデータに高速フーリエ変換(FFT)を実行し、この変換されたデータとフィルタ周波数特性とを乗算し、その結果を逆フーリエ変換(IFFT)することにより、フィルタリングされた時間領域の信号を得られる。この手法により計算量は低減するが、満足できるデータ処理速度で当該処理を実現することは依然として非常に難しい状況にある。
計算量を低減する方法として、2組のデータに対して並列にFFT演算を実行する方法が考えられる。すなわち、FFT演算器の実部入力に、あるデータを供給し、FFT演算器の虚部入力に、別のデータを供給する。FFT演算器から出力された2つの信号(実部信号、虚部信号)を分離し、その分離されたそれぞれの信号に対して、時間領域のフィルタ特性を周波数領域に変換したものを個別的に乗算し、更に、それらを個別的に逆フーリエ変換するというものである。この方法によれば、全体の計算量が20%強減少するが、それほど大きな改善とはいえない。
ちなみに、RF周波数をもった符号化波形に対するパルス圧縮に必要な計算量を低減する別の方法では、RF信号がベースバンドに復調され、これに対し、パルス圧縮に先立って、データ間引き処理がなされる。これにより、サンプリングレートが低減される。しかしながら、有効な帯域幅が中心周波数の50%を超える医用超音波技術の分野では、この方法による計算量低減はあったとしてもごく僅かである。しかも適切なパルス圧縮フィルタの設計がさらに難しいために、距離方向の分解能が劣る可能性がある。したがって、符号化波形のパルス圧縮に必要な計算量を減少させることが望まれている。
符号化波形システムの第2の問題は、送受信回路及び媒体における非線形性のため、殊に、媒体における周波数依存型減衰のために生じる信号の歪みに起因する問題である。パルス圧縮フィルタは、理論上の特定の波形形状に対して設計され、歪みのある波形を処理する場合にはその性能が低下する。したがって、このような波形の歪みを補償する簡易な方法が望まれる。以下に従来技術を示す文献を示す。
竹内康人、トランスフォームドメインでの信号処理によるビームフォーミングおよびレンジコンプレッションについて、電子情報通信学会技術研究報告、1995年8月25日発行、第95巻、第219号、第9−12頁
黒田徹、実験トランジスタ・アンプ設計講座 第7章FFTアナライザの設計(6)、ラジオ技術、1998年12月1日発行、第52巻、第11号、第157−160頁
特開平09−173334号公報
特開平09−204406号公報
本発明の目的は、低コストで信号対雑音比を高めることにある。
本発明の他の目的は、浅い部位から深い部位まで超音波画像の画質を高めることにある。
(1)本発明においては、送信パルスが符号化(周波数変調などを含む)され、反射波の受波により得られる受信信号に対して、周波数領域での畳み込み演算が遂行され、つまりパルス圧縮が施される。そして、パルス圧縮後の信号が時間領域の受信信号に戻される。必要に応じて、そのパルス圧縮後の受信信号に基づいて超音波画像が形成される。
望ましくは、パルス圧縮フィルタには、検波(包絡検波や直交検波)前におけるRF受信信号が入力される。また望ましくは、パルス圧縮フィルタは、複素FFT演算器、複素乗算器、及び、複素IFFT演算器を含む。複素FFT演算器には、2つのRF受信信号(2つの実信号)が入力され、つまり、それら2つの実信号が1つの複素信号に合成処理(パッキング)された状態で、複素FFT演算器に入力される。そして、複素FFT演算の結果としての複素信号が複素乗算器に入力され、そこで、複素信号に対して周波数領域においてフィルタリング(パルス圧縮)がなされる。フィルタリング後の複素信号は複素IFFT回路に入力され、そこで複素信号に対して分離処理(アンパッキング)がなされて、フィルタリングされた2つの実信号が出力される。フィルタの周波数特性は、周波数領域においてパルス圧縮を実現するために、時間領域における実インパルス応答に対応したものとして設計される。上記構成によれば、周波数領域において、パッキング状態でフィルタリングを行えるので、演算量を半減させることができる。なお、パッキング回路及びアンパッキング回路は、必要に応じて、パルス圧縮フィルタの入力段及び出力段に設けられる。
本発明において、望ましくは、深さ方向に複数のゾーン(フィルタリング処理の単位)が設定され、各ゾーンごとにフィルタ周波数特性が適応的に選択される。例えば、深いところの反射波ほど、歪み量が多い傾向があるが、上記構成によれば、反射波の歪み量を考慮しつつフィルタリングを行える。各ゾーンを部分的にオーバーラップさせれば、より自然な超音波画像を構成できる。
また、本発明において、望ましくは、非符号化送信と符号化送信とが組み合わせて実施される。受信信号の処理に当たっては、符号化送信に対応する受信信号に対してパルス圧縮処理がなされる。この構成によれば、非符号化送信と符号化送信の両者の利点を享受できる。
(2)本発明は、超音波の送波及び反射波の受波により得られた実信号に対してパルス圧縮を行う装置であって、1送信ビーム当たり複数の受信ビームが同時形成される超音波診断装置において、前記同時形成される複数の受信ビームに対応した複数の受信信号に対してパルス圧縮を行うパルス圧縮手段を含み、前記パルス圧縮手段は、前記複数の受信信号における第1の実信号を実部とし且つ第2の実信号を虚部とする複素信号を構成する手段と、前記複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、これにより複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記複素信号の周波数スペクトルに対して、フィルタ周波数特性を乗算し、これによりフィルタリングされた複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記フィルタリングされた複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ逆変換し、これにより、フィルタリングされた第1の実信号を実部とし且つフィルタリングされた第2の実信号を虚部とする、フィルタリングされた複素信号を生成する手段と、を含むことを特徴とする。
望ましくは、超音波の送波及び反射波の受波により得られた実信号に対してパルス圧縮を行う超音波診断装置において、第1の実信号を実部とし且つ第2の実信号を虚部とする第1の複素信号を構成する手段と、前記第1の複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、これにより第1の複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記第1の複素信号の周波数スペクトルに対して、第1のフィルタ周波数特性を乗算し、これによりフィルタリングされた第1の複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記フィルタリングされた第1の複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ逆変換し、これにより、フィルタリングされた第1の実信号を実部とし且つフィルタリングされた第2の実信号を虚部とする、フィルタリングされた第1の複素信号を生成する手段と、を含む。
上記構成によれば、第1及び第2の実信号(望ましくは、第1及び第2のRF受信信号)が第1の複素信号として構成され(パッキングされ)、その第1の複素信号が周波数スペクトル(各周波数ごとの成分量を表す信号)に変換される。そして、その周波数スペクトルに対して周波数領域においてフィルタリングつまりパルス圧縮がなされる。そして、そのフィルタリング後の周波数スペクトルが時間領域へ変換され、これによりパルス圧縮後の第1の複素信号が生成される。更に、必要に応じて、パルス圧縮後の第1の複素信号を構成する第1及び第2の実信号が分離される(アンパッキング)。よって、パッキングされた一組の実信号に対して、周波数領域において、まとめてパルス圧縮処理を行って、従来よりも演算量を大幅に削減できるという利点がある。同様の理由から、2つの実信号を並列処理あるいは一括処理できるので、リアルタイム性を向上できる。なお、第1及び第2の実信号は、同一のビーム方位上又は異なるビーム方位上において取得されたものである。
望ましくは、前記第1のフィルタ周波数特性を複数のフィルタ周波数特性の中から選択する手段を含む。例えば、深さ方向の処理範囲を規定する各ゾーンの深度に応じて、フィルタ周波数特性を切り換えれば、超音波画像全体として画質を向上することが可能である。
望ましくは、第3の実信号を実部とし且つ第4の実信号を虚部とする第2の複素信号を構成する手段と、前記第2の複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、これにより第2の複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記第2の複素信号の周波数スペクトルに対して、第2のフィルタ周波数特性を乗算し、これによりフィルタリングされた第2の複素信号の周波数スペクトルを生成する手段と、前記フィルタリングされた第2の複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ逆変換し、これにより、フィルタリングされた第3の実信号を実部とし且つフィルタリングされた第4の実信号を虚部とする、フィルタリングされた第2の複素信号を生成する手段と、を含む。
上記構成によれば、2つの処理部(それぞれの処理部が複素信号を構成する手段、周波数スペクトルを生成する手段、フィルタリングを行う手段を含む)が並列して設けられることになり、2つの複素信号を並列処理することができる。つまり、4つの実信号を同時又は時間差をもって並列処理できる。もちろん、それ以上の個数の実信号が並列処理されるように設計することもできる。
望ましくは、前記第2のフィルタ周波数特性を複数のフィルタ周波数特性の中から選択する手段を含む。第1の複素信号と第2の複素信号とで別々のフィルタ周波数特性を用いてフィルタリングを行ってもよいし、同一のフィルタ周波数特性を用いてフィルタリングを行ってもよい。
望ましくは、前記第1のフィルタ周波数特性を適応的に計算する手段を含む。望ましくは、前記第1のフィルタ周波数特性は、ファントムからの反射波のスペクトルを測定することによりあらかじめ計算されたものである。実験値からフィルタ周波数特性を得れば、それをより適切なものにできる。
(3)望ましくは、周波数領域フィルタは、超音波の送波及び反射波の受波により得られた実信号を処理する周波数領域フィルタであって、第1の実信号を実部とし且つ第2の実信号を虚部とする第1の複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、これにより第1の複素信号の周波数スペクトルを生成する第1の高速フーリエ変換器と、前記第1の複素信号の周波数スペクトルに対して、第1のフィルタ周波数特性を乗算し、フィルタリングされた第1の複素信号の周波数スペクトルを生成する第1の複素乗算器と、前記フィルタリングされた第1の複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ逆変換し、これにより、フィルタリングされた第1の実信号を実部とし且つフィルタリングされた第2の実信号を虚部とする、フィルタリングされた第1の複素信号を生成する第1の逆高速フーリエ変換器と、を含む。
上記構成によれば、第1の実信号及び第2の実信号を時間的に揃えて第1の複素信号を構成し、その第1の複素信号の周波数スペクトルに対して第1のフィルタ周波数特性を乗算してパルス圧縮のための畳み込み演算を実行し、その演算後の周波数スペクトルから、フィルタリング後の第2の複素信号(フィルタリングされた第1及び第2の実信号)が求められる。高速フーリエ変換器が複素FFT演算器とも称される場合があり、また、逆高速フーリエ変換器が複素IFFT演算器と称される場合がある。
望ましくは、複数のフィルタ周波数特性を格納し、その中から前記第1のフィルタ周波数特性が選択されると、その選択された第1のフィルタ周波数特性を前記第1の複素乗算器へ供給するメモリ装置を含む。各フィルタ周波数特性は望ましくは複素のフィルタ係数列として構成され、それらがメモリ装置に保有され、必要に応じて選択的に利用される。
望ましくは、前記第1の高速フーリエ変換器、前記第1の複素乗算器及び前記第1の逆高速フーリエ変換器を備えた第1の処理部を含む。
望ましくは、第2の処理部と、複素信号を前記第1の処理部と前記第2の処理部とに交互に供給する手段と、を含み、前記第2の処理部は、第3の実信号を実部とし且つ第4の実信号を虚部とする第2の複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、これにより第2の複素信号の周波数スペクトルを生成する第2の高速フーリエ変換器と、前記第2の複素信号の周波数スペクトルに対して、第2のフィルタ周波数特性を乗算し、フィルタリングされた第2の複素信号の周波数スペクトルを生成する第2の複素乗算器と、前記フィルタリングされた第2の複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ変換し、これにより、フィルタリングされた第3の実信号を実部とし且つフィルタリングされた第4の実信号を虚部とする、フィルタリングされた第2の複素信号を生成する第2の逆高速フーリエ変換器と、を備える。
望ましくは、前記第1及び第2の実信号を直列に入力し、前記第1の実信号を前記高速フーリエ変換器の実部入力に供給し、前記第2の実信号を前記高速フーリエ変換器の虚部入力に供給する入力バッファを含む。この入力バッファは、第1及び第2の実信号を時間的に揃えて、それらを複素信号として構成(パッキング)するものである。
望ましくは、前記フィルタリングされた第1の複素信号を入力し、前記フィルタリングされた第1の実信号と前記フィルタリングされた第2の実信号とを直列に出力する出力バッファを含む。この出力バッファは、フィルタリングされた第2の複素信号を構成する第1の実信号及び第2の実信号を分離(アンパッキング)するものである。それらのフィルタリング後の第1の実信号及び第2の実信号は、基本的に、もとの時系列順で直列出力される。
(4)望ましくは、送信信号を生成する送信信号生成部と、前記送信信号により生体に対して超音波を送波し、前記送信信号に対応する反射波を受波するトランスデューサと、前記トランスデューサからの出力信号に対してビーム形成処理を実行し、実信号を出力する受信部と、前記受信部からの実信号を入力するパルス圧縮フィルタと、を有する超音波診断装置において、前記パルス圧縮フィルタは、前記入力された実信号を振り分けて、一対の実信号を実部及び虚部とする複素信号を生成する入力バッファと、前記複素信号を時間領域から周波数領域に変換し、これにより前記複素信号の周波数スペクトルを生成する高速フーリエ変換器と、前記複素信号の周波数スペクトルに対してフィルタ周波数特性を乗算し、パルス圧縮された複素信号の周波数スペクトルを生成する複素乗算器と、前記パルス圧縮された複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域に逆変換し、パルス圧縮された一対の実信号を含む、パルス圧縮された複素信号を生成する逆高速フーリエ変換器と、を含む。
望ましくは、前記パルス圧縮フィルタは、前記複数のフィルタ周波数特性を記憶するメモリ装置を含み、前記複数のフィルタ周波数特性の中から選択されたフィルタ周波数特性が前記複素乗算器に供給される。
望ましくは、深さ方向に複数のゾーンが設定され、各ゾーンごとにフィルタ周波数特性が選択される。例えば、各ゾーンごとに、隣接する超音波ビーム間で2つの受信信号(信号セグメント)を揃えて複素信号として構成し、それをフィルタリングすることも可能である。
望ましくは、前記パルス圧縮フィルタは、重畳追加フィルタ方式及び重畳保留フィルタ方式の少なくとも一方に従って構成される。両者は、隣接ゾーン間での信号のオーバーラップ部分の処理に関する方式であるが、いずれの方式もそれ自体は公知である。そのようなオーバーラップを考慮し、すなわちゾーン間の重み付け(同様に、窓関数に従う重み付け)を考慮し、フィルタ周波数特性を設計しておくのが望ましい。
望ましくは、前記送信信号は符号化された波形である。望ましくは、前記送信信号は線形チャープ方式又はバーカ符号方式の一方に従って構成される。前者は周波数変調を用いるものであり、後者は送信コードを用いるものである。
望ましくは、前記送信信号は、非符号化波形及び符号化波形を含む。前者によれば、パルスを構成する波数が少ないため送信開始時から受信開始時までの受信空白期間を削減でき、また送信フォーカスに当たって方位方向の集束性を向上できる。一方、後者によればSNRを向上できる。よって、諸条件に応じて、それらを組合せ利用するのが望ましい。
望ましくは、前記パルス圧縮フィルタは、前記非符号化波形の送受信周期の間に、前記符号化波形に対応する反射波を表す実信号に対してパルス圧縮処理を遂行する。
望ましくは、前記フィルタ周波数特性は、ビーム集束深度に基づき選択される。望ましくは、前記フィルタ周波数特性は適応的に計算される。望ましくは、前記フィルタ周波数特性はファントムからの反射波のスペクトルを測定することによりあらかじめ計算される。
(5)望ましくは、符号化された送信パルスを生体に繰り返し送波すると共に生体からの反射波を受波し、これにより受信信号を順次出力する送受波手段と、前記受信信号を入力し、その受信信号を時系列順で振り分ける手段であって、第1受信信号を実部とし且つ第2受信信号を虚部とする複素信号を構成する前処理手段と、前記複素信号を時間領域から周波数領域へ変換し、前記複素信号の周波数スペクトルを生成する手段であって、前記第1受信信号が入力される実部入力と、前記第2受信信号が入力される虚部入力と、前記周波数スペクトルを表す実部信号が出力される実部出力と、前記周波数スペクトルを表す虚部信号が出力される虚部出力と、を有する複素フーリエ変換手段と、前記複素信号の周波数スペクトルを表す実部信号に対してパルス圧縮のためのフィルタ周波数特性を乗算してフィルタリングされた実部信号を出力する第1乗算器と、前記複素信号の周波数スペクトルを表す虚部信号に対してパルス圧縮のためのフィルタ周波数特性を乗算してフィルタリングされた虚部信号を出力する第2乗算器と、を有する複素乗算手段と、前記フィルタリングされた実部信号と前記フィルタリングされた虚部信号とからなるフィルタリングされた複素信号の周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ逆変換し、フィルタリングされた第1受信信号とフィルタリングされた第2受信信号とで構成される複素信号を生成する手段であって、前記フィルタリングされた実部信号を入力する実部入力と、前記フィルタリングされた虚部信号を入力する虚部入力と、前記フィルタリングされた第1受信信号を出力する実部出力と、前記フィルタリングされた第2受信信号を出力する虚部出力と、を有する複素逆フーリエ変換手段と、前記フィルタリングされた複素信号を入力し、前記フィルタリングされた第1受信信号と前記フィルタリングされた第2受信信号とを時系列順で出力する後処理手段と、前記後処理手段から順次出力される受信信号に基づいて超音波画像を形成する画像形成手段と、を含む。
上記前処理手段はパッキング処理手段に相当し、上記後処理手段はアンパッキング処理手段に相当する。
望ましくは、前記フィルタ周波数特性を送受信条件に応じて切り換える手段を含む。望ましくは、前記送受信条件は送信ビーム集束深度である。
(6)望ましくは、符号化された超音波パルスを生体に送波すると共に生体からの反射波を受波し、これにより受信信号を出力する送受波手段と、前記受信信号を時間領域から周波数領域に変換して受信信号の周波数スペクトルを求め、その周波数スペクトルに対してパルス圧縮演算を実行し、パルス圧縮演算がなされた周波数スペクトルを周波数領域から時間領域へ変換し、これによりパルス圧縮された受信信号を出力するパルス圧縮手段と、前記パルス圧縮された受信信号に基づいて超音波画像を形成する画像形成手段と、を含み、前記パルス圧縮演算の条件が送信ビーム集束深度に応じて可変される。
上記パルス圧縮演算の条件の可変は、例えば、パルス圧縮のためのフィルタ周波数特性を可変するものである。
(7)望ましくは、所定シーケンスに従って非符号化送信パルス及び符号化送信パルスを生体に送波すると共に生体からの反射波を受波し、これにより前記非符号化送信パルスに対応する非符号化受信信号及び前記符号化送信パルスに対応する符号化受信信号を出力する送受波手段と、前記符号化受信信号に対してパルス圧縮処理を施して圧縮受信信号を出力するパルス圧縮処理手段と、前記非符号化受信信号及び前記圧縮受信信号に基づいて超音波画像を形成する画像形成手段と、を含む。
上記構成によれば、非符号化送信パルスの送波(通常送信)と符号化送信パルスの送波(符号化送信)とが所定シーケンスにしたがって実行される。この場合、例えば、近距離ゾーンについては、受信空白期間の削減などの観点から、通常送信を行うのが望ましい。遠距離(あるいは中距離及び遠距離)ゾーンについては、感度を向上させるために、符号化送信を行うのが望ましい。その場合に、例えば遠距離ゾーンに対して複数のサブゾーンを設定し、各サブゾーンごとにその深度に応じてフィルタ周波数特性を切り換えるようにするのが望ましい。なお、上記構成においては、2つの受信信号をパッキングして複素信号に構成し、その複素信号に対して周波数領域においてパルス圧縮を行うのが望ましいが、そのような処理以外のパルス圧縮処理を行うようにしてもよい。すなわち、上記構成は、通常送信と符号化送信の組合せを特徴とするものである。
望ましくは、深さ方向に複数のゾーンが設定され、各ゾーンごとに超音波パルスが送波され、前記ゾーンの深さに応じて前記非符号化パルスの送波又は前記符号化パルスの送波が選択される。望ましくは、前記超音波画像は二次元断層画像又は二次元ドプラ画像である。
本発明によれば、信号対ノイズ比を改善できる。また、そのための回路規模及びコストを低減できる。
図1は、本発明に係るフィルタが使用される医用超音波システム(超音波診断装置)10の簡略的な構成を示すブロック図である。超音波診断装置10は、トランスデューサ12、送受信スイッチ14、送信部16、受信部18、パルス圧縮フィルタ20、信号処理部22、画像処理部24、及び、表示装置26を含む。
トランスデューサ12は、図示されていない超音波探触子内に配置され、1つ又は多数の圧電素子28によって構成される。送受信スイッチ14は、トランスデューサ12に対して、送信部16又は受信部18を選択的に接続する。データ収集の各周期は送信トリガから開始され、個々のデータ収集の周期は大別して送信期間と受信期間とからなる。なお、データ収集の各周期は同一でなくてもよく、近距離のデータ収集に対応する短周期と遠距離のデータ収集に対応する長周期とを交互に繰り返すシーケンスなどを設定するようにしてもよい。更に、そのシーケンスとしては公知の各種の方式を採用できる。
送信期間において、送信部16は、種々の送信ビーム形成アルゴリズムに従って、相対遅延や振幅調整などを行いながら、トランスデューサ12に対して送信信号を供給する。具体例を説明すると、トランスデューサ12において送信開口を構成する複数の圧電素子に対して複数の送信信号が供給される。それらの励起により生体内へ超音波パルスが送波される。それらの超音波パルスは送波ビームを構成する。ここで、送信信号は、数個の波からなる通常のパルス、あるいは、それ以上の波数をもって符号化されたパルスである。後者は、例えば、線形チャープ又はバーカ符号などの符号化方式により生成された波形形状を有する。符号化方式としては、パルス圧縮を行える限りにおいて、各種の方式を用いることができる。
送信期間後の受信期間では、受信部18における複数のチャネルにおいて、トランスデューサ12から出力された複数の受信信号が処理される。具体例を説明すると、受信部18において、複数の受信信号は、受信ビーム形成アルゴリズムにしたがって増幅され、フィルタリングされ、遅延され、また重み付け加算され、これにより、受信ビーム(走査線)に対応するRF周波数をもった1つの受信信号が形成される。その受信信号は、いわゆる整相加算後の信号である。ここで、トランスデューサ12からの各受信信号はアナログ信号であるが、各受信信号は、ビーム形成の前後いずれかの時点においてデジタル信号に変換される。いずれの場合にも、受信部18からの出力は、複数のアナログRF信号から生成された一連のデジタルサンプルデータである。この連続するデジタルサンプルを以後、デジタルRF信号(あるいは単にRF信号)と呼ぶ。デジタルRF信号は、例えば、1024個のサンプルデータによって構成されるものである。それらのサンプルデータは、深さ方向(ビーム方向)にゾーン設定がなされない場合には、深さ方向の全範囲に対応し、深さ方向に複数のゾーンが設定される場合に個々のゾーンに対応する。いずれにしても、デジタルRF信号は、基本的に、超音波の送受波ごとに取得される(但し、1送信ビーム当たり複数の受信ビームが同時に形成されるような場合には各受信ビームごとにデジタルRF信号が取得される)。
次に、受信部18から順次出力されるデジタルRF信号は、パルス圧縮フィルタ20に入力され、ここで周波数依存位相遅延(パルス圧縮)処理が施される。これについては、後に詳述する。なお、通常送信の場合には、受信信号はパルス圧縮フィルタ20をそのまま通過し、あるいは、そのパルス圧縮フィルタ20をバイパスして、後段の信号処理部22へ出力される。
パルス圧縮フィルタ20から出力されたパルス圧縮信号は、信号処理部22においてさらに処理される。すなわち、そこでは、超音波画像を構成するために、パルス圧縮信号に対して、復調、フィルタリング、検波、ログ圧縮、間引き又は補間などの処理がなされる。なお、ドプラ情報を画像化する場合には、直交検波、自己相関演算などがなされる。このように処理された信号がさらに画像処理部24に送られ、ここで、走査変換、線形及び非線形2次元フィルタリング、グレイスケール処理又はカラーマッピング処理などの演算が実行される。このように処理された超音波画像は、一般には陰極線管である表示部26に表示される。さらに、この超音波画像をデジタル又はアナログ媒体に記憶してもよいし、フィルムへの記録又は用紙への印刷などのために用いてもよい。図1では、種々の記憶装置及びハードコピー装置、タイミング信号及び制御信号、ユーザインタフェースなどの他の構成が図示省略されている。
図2は、デジタルRF信号に周波数依存型の位相遅延を与える並列処理型の周波数領域フィルタ50のブロック図である。後述するように、この周波数領域フィルタ50は、そのまま図1のパルス圧縮フィルタ20として用いられてもよいし、後に図3を用いて説明するように、周波数領域フィルタ50に前段及び後段に入力バッファ100と出力バッファを付加した構成を図1のパルス圧縮フィルタ20として用いるようにしてもよい。
図2において、フィルタ50は、4つのブロック、すなわち、高速フーリエ変換(FFT)ブロック(高速フーリエ変換器)52、複素乗算器54、フィルタ特性メモリ56、及び、逆高速フーリエ変換(IFFT)ブロック(逆高速フーリエ変換器)58で構成されている。FFTブロック52及びIFFTブロック58は、それぞれ2つの入力(実部入力、虚部入力)及び2つの出力(実部出力、虚部出力)を備えている。周知のように、フーリエ変換は、その定義及び構造から、複素形式で処理される。したがって、ブロック52,58のそれぞれの1入力及び1出力が複素信号の実部のために用いられ、ブロック52と58のそれぞれの1入力及び1出力が複素信号の虚部のために用いられる。本実施形態において、周波数領域フィルタ50の1つの実部入力に実信号(デジタルRF信号)が入力され、フィルタ50のもう1つの虚部入力にも、実信号(デジタルRF信号)が入力がされる。これにより、2つの実信号を並列でフィルタリング処理することが可能である。つまり、処理速度を上げることができる。
複素信号を構成する2つの実信号は、深さ方向の全範囲で取得されたもの、あるいは、いずれかのゾーンで取得されたものである。各ゾーン間で異なるフィルタ周波数特性が用いられる場合には、同一深度のゾーンから取得された2つの実信号によって複素信号が構成され、各ゾーン間で同一のフィルタ周波数特性が用いられる場合には、異なる深度のゾーンから取得された2つの実信号によって複素信号を構成することができる。また、複素信号を構成する2つの実信号は、同一のビーム上において順番に取得され、あるいは、異なるビーム上において順番に又は同時に取得されたものである。
畳込み演算の線形性のため、複素信号が純粋な実インパルス応答を有するフィルタによりフィルタリングされる場合には、複素信号の実部及び虚部が相互作用することなく別々にフィルタリングされる。その性質を利用して2つの実信号を並列処理することが可能となる。
次式に示すように、周波数領域フィルタ50において、実部出力には、その実部入力に入力された実信号をフィルタリングした後の実信号が現れ、その虚部出力には、その虚部入力に入力された実信号をフィルタリングした後の実信号が現れる。
ここで、×を丸で囲んだ記号は、畳込み演算を表している。Sは信号であり、wはフィルタのインパルス応答(フィルタ特性)を表す。この結果、周波数領域フィルタ50において、入力される2つの実信号と、それに乗算するフィルタのインパルス応答とがいずれも実数であれば、周波数領域フィルタ50の有効処理速度は、1つの実信号を処理する場合に比べて倍増する。つまり、実部入力に入力された第1の実信号と、虚部入力に入力された第2の実信号とを並列処理することができる。
図2を参照して動作を説明する。FFTブロック52の実部入力に、デジタルRF信号を供給し、FFTブロック52の虚部入力に、タイミングを揃えつつ別のデジタルRF信号を供給することにより、時間領域の複素信号が構成される。超音波診断装置において、各デジタルRF信号は、例えば、受信部18(図1)により形成される受波ビーム(の全体又は一部)に相当するものである。FFTブロック52は、この時間領域の複素信号を周波数領域に変換する。変換後における複素信号の周波数スペクトルは、実部信号及び虚部信号によって表され、それらが複素乗算ブロック54に供給される。複素乗算ブロック54は実数部の乗算器と虚数部の乗算器とを有する。そこで、フィルタ特性メモリ56に記憶される適当なフィルタ周波数特性が、入力された周波数スペクトルに乗算される。複素乗算ブロック54から出力された実部信号及び虚部信号は、パルス圧縮された複素信号の周波数スペクトルに相当し、それらがIFFTブロック58の実部入力及び虚部入力に供給される。IFFTブロック58では、パルス圧縮された複素信号の周波数スペクトルを、パルス圧縮された時間領域の複素信号へ変換する。このIFFTブロック58から出力される実部信号及び虚部信号がパルス圧縮された2つの実信号である。要するに、IFFTブロック58から出力された実部信号が、FFTブロック52の実部入力に供給されたデジタルRF信号をフィルタリングした結果であり、一方、IFFTブロック58から出力された虚部信号が、FFTブロック52の虚部入力に供給されたデジタルRF信号をフィルタリングした結果である。さらに後に詳述するが、各デジタルRF信号に対する適当なフィルタ周波数特性は、ビーム集束深度(beam focus depth)などの設定に基づいて選択できる。ビーム集束深度は各ゾーンごとに設定され、具体的には、ゾーンの中間深さとして設定されてもよい。ただし、各フィルタ周波数特性が対応する時間領域のインパルス応答は実数でなければならない。
本実施形態によれば、FFTブロック52及びIFFTブロック58のそれぞれの1入力及び1出力のみを用いる場合(従来技術)と比較して、それらのブロック52,58を最大限活用できるので、処理速度が倍増する。例えば、従来技術においては、デジタルRF信号は実部入力にのみ入力され、虚部入力には一定のゼロ値が供給されている。また、2つの実信号に対して並列してフーリエ変換を実行し、その後、その変換後の2つの信号を分離して別々に処理する方法とは異なり、周波数領域フィルタ50では、一連の処理過程の全体において複素信号の形式で処理されており、フィルタ50の実部出力及び虚部出力から、フィルタリングされた2つの信号が直接的に得られる。
なお、周波数領域フィルタ50は、パルス圧縮の用途以外でも、すなわち実信号を実インパルス応答フィルタでフィルタリングしなければならない全ての信号処理技術において同様に使用できるが、特に、超音波診断装置におけるパルス圧縮に適用するのが好適である。
周波数領域フィルタ50が搭載される装置(例えば、超音波診断装置10)が並列システム(後述)であれば、後述の入力バッファ100及び出力バッファ104(図3)といった変換手段を用いることなく、周波数領域フィルタ50を図1のパルス圧縮フィルタ20としてそのまま利用することができる。ここで、並列システムとは、受信部18が2つのデジタルRF信号を並列的に出力し、信号処理部22がパルス圧縮された2つのデジタルRF信号を並列的に入力可能なシステムである。このような並列方式を採用するシステムでは、図2のフィルタ50は、システムが要求するRFサンプリングレート(データ入力/出力レート)で信号を処理する。すなわち、受信部18から一対のRF信号が入力されると、フィルタ50は、上記の処理ステップ(FFT、乗算及びIFFT)で要求される時間以上遅延させることなく、フィルタリングされた一対の信号を信号処理部22へ出力する。
図3は、直列システムにおいて使用されるパルス圧縮フィルタ20のブロック図である。
図3に示すパルス圧縮フィルタ20が図1の超音波診断装置のパルス圧縮フィルタ20として使用される場合、受信部18がデジタルRF信号を1つずつ順次出力し、信号処理部22は、パルス圧縮されたデジタル信号を1つずつ順次受信する。パルス圧縮フィルタ20は入力バッファ(パッキング回路)100を含み、入力バッファ100は、受信部18(図1)からの先のデジタルRF信号を受信し、受信した先のデジタルRF信号を一時的に保存し、後のデジタル受信信号が入力された時点で、保存された先のデジタルRF信号を出力する。これにより、時間的に揃えられた2つのデジタルRF信号として複素信号が構成される。このとき、一方のデジタルRF信号が複素信号の実部となり、他方のデジタルRF信号が複素信号の虚部となる。この複素信号の実部及び虚部が周波数領域フィルタ50に入力される。出力バッファ(アンパッキング回路)104は、フィルタ50から出力された複素信号を保存して、フィルタリングされた2つのデジタルRF信号を分離して信号処理部22(図1)に供給する。
図2に示される周波数領域フィルタ50は、3つの処理部を有し、すなわちFFTブロック52、複素乗算器54及びIFFTブロック58を有する。好ましい実施形態においては、フィルタ50は、単一のデバイスとして構成され、それは3つの機能、すなわち、FFT演算、フィルタ伝達関数との乗算、及び、IFFT演算のすべてを実行する。そのようなデバイスは、例えば、汎用DSPチップ又は専用FFTチップである。つまり、そのようなデバイスは、3つの処理すべてを順次実行するために必要な演算機能を具備し、またメモリバッファを具備する。以後、プログラム可能な汎用DSPチップを「DSPチップ」と呼び、専用FFTチップを「FFTチップ」と呼ぶ。ただし、FFTチップもある程度はプログラム可能であり、FFT処理以外の例えば複素乗算を実行することもできる。
一般的な医用超音波(又はレーダシステム)に必要な処理速度でフィルタ50の機能を実行するには、1つのDSPチップでは速さが十分でない場合もある。そこで、複数のDSP又はFFTチップ(それぞれが内部バッファ又は外部バッファを備える)を並列配置して、それらによって並列処理を遂行させることにより所望の処理速度を実現できる。
図4には、2つのDSP又はFFTチップ150,152を含むフィルタ50が示されている。各チップ150,152は、望ましくは、信号格納用及びフィルタ周波数特性格納用の内部メモリバッファを含む。この実施形態では、各チップ150、152は、周波数領域フィルタ50に要求される処理速度の2分の1の速度で、一連のフィルタ処理を実行でき、また、内部メモリバッファのサイズは倍増されており、その内部メモリバッファに既にロードされたデータを処理しつつ、そこに新しいデータがロードされる。
実際の動作では、複素信号が、受信部18から供給され(並列システムの場合)、あるいは、入力バッファを介して供給されると(直列システムの場合)、スイッチ154,156,158及び160(例えば、マルチプレクサ又は読出し/書込み可能なタイマ制御モジュール)が同期化し、複素信号をチップ150及び152に交互に送る。例えば、すべての偶数番目の複素信号をチップ150にロードし、すべての奇数番目の複素信号をチップ152にロードできる。この場合、各チップ150、152は、1つの複素信号の処理に、1チップだけを用いる場合に比べて、2倍の時間を利用できる。なお、チップの処理時間と所望の処理時間との関係に応じて、並列チップの数をさらに増加させることができる。例えば、各チップの処理速度が所望の処理速度の3分の1である場合、3つのチップを同様の配置で並列に配置できる(図示せず)。
所望の処理速度を実現するために必要な並列設置されるDSP又はFFTチップの数は、周知の多領域映像方法により減少させることができる。この方法では、画像全体を深さ方向に2つ以上の深度領域(ゾーン)に分割し、別々の送受信周期を用いて各領域からデータを取得する。この方法は、一般に、送信部16(図1)の作用によって、各ゾーンごとに最適な送信ビームが形成される。例えば、送信部16は、信号の減衰が大きく、信号対ノイズ比(SNR)が極めて劣っている遠距離領域においては、符号化された波形をもった送信パルスを生成する(符号化送信)。一方、減衰やSNRがほとんど問題にならない近距離領域では、受信空白期間を削減するためにも、複数個の波で構成される単純なパルス信号を生成する(通常送信)。パルス圧縮フィルタ20は、符号化送信が適用される場合にのみ必要である。したがって、符号化送信が遠距離領域でのみ使用される場合には(つまり、近距離領域については通常送信が行われる場合には)、近距離領域の送受信期間を遠距離領域についての受信信号処理期間の一部として用いることができる。
図5には、直列システムに使用されるパルス圧縮フィルタ20が示されている。上述のように、直列システムとは、受信部18が1つずつデジタルRF信号を順次出力し、信号処理部22がパルス圧縮されたデジタルRF信号を1つずつ順次受信するシステムである。パルス圧縮フィルタ20は、入力バッファ100、周波数領域フィルタ50及び出力バッファ104を含んでいる。
周波数領域フィルタ50は、DSPチップ又はFFTチップ150,152を含む。図5に示される実施形態では、受信部18(図1)からパルス圧縮フィルタ20へデジタルRF信号が送信される場合のデータ速度を基準として、その4分の1の速度で、チップ150,152が1つの複素信号を処理できる。複素信号を2つのデジタルRF信号で構成することにより、各チップ150,152の有効処理速度を所望の処理速度の半分にすることができる。この結果、2つのチップだけで所望の信号処理速度が実現される。フィルタ50はさらにスイッチ158,160を含む。これらのスイッチは、図ではマルチプレクサとして示され、時分割トライステート(time-shared tri-state)バスで構成してもよい。
入力バッファ100はバッファメモリ202を含む。バッファメモリ202は、例えば、処理チップ150,152の信号記憶容量と等しい記憶サイズを有するFIFO又はデュアルポートRAMである。例えば、デジタルRF信号が1024サンプルのデータの場合、バッファメモリ202及び処理チップ150,152の記憶容量は1024の整数倍である。好ましくは、FFT演算の効率を最大化するために、デジタルRF信号のデータ数は2の累乗又は4の累乗である。
出力バッファ104は、マルチプレクサ206及びバッファメモリ204を含む。バッファメモリ204は、例えば、バッファメモリ202と等しい記憶サイズを有するFIFO又はRAMである。マルチプレクサ158,160,206は、時分割トライステートバスで構成してもよい。
図5に示したパルス圧縮フィルタ20の動作を図6を参照しつつ説明する。
図6は、パルス圧縮フィルタ20のタイミングチャートであり、各時間ステップが列1−9で示され、パルス圧縮フィルタ20の各部の処理が行(方向)に示されている。時間ステップ1において、デジタルRF信号「a」がメモリ202に入力される。時間ステップ2において、次のデジタルRF信号「b」が受信され、デジタルRF信号「a」及び「b」が処理チップ150の実部入力及び虚部入力に供給される。時間ステップ3において、デジタルRF信号「c」がメモリ202に入力され、処理チップ150は「a」と「b」からなる複素信号の処理を開始する。時間ステップ4において、デジタルRF信号「d」が受信され、デジタルRF信号「c」及び「d」が、処理チップ152の実部入力及び虚部入力に供給される。時間ステップ5において、デジタルRF信号「e」がメモリ202に入力され、処理チップ152は、「c」と「d」からなる複素信号の処理を開始する。時間ステップ6において、処理チップ150は、「a」と「b」からなる複素信号の処理を完了し、信号「e」と「f」が入力される。時間ステップ7においては次の動作が発生する。すなわち、処理チップ150はパルス圧縮されたRF信号「a」をマルチプレクサ158及び206を介して出力ライン208に出力し、パルス圧縮されたRF信号「b」をマルチプレクサ160を介してメモリ204に出力し、さらに「e」と「f」から成る複素信号の処理を開始する。メモリ202は新しいデジタルRF信号「g」を受信する。時間ステップ8においては、次の動作が発生する。すなわち、処理チップ152は「c」と「d」からなる複素信号の処理を完了し、信号「g」及び「h」の入力を受け、メモリ204は、パルス圧縮された信号「b」をマルチプレクサ206を介して出力208に供給する。時間ステップ9においては、処理チップ152は、パルス圧縮されたRF信号「c」をマルチプレクサ158及び206を介して出力208に出力し、パルス圧縮されたRF信号「d」をマルチプレクサ160を介してメモリ204に供給し、「g」と「h」からなる複素信号の処理を開始する。メモリ202は新しいデジタルRF信号「i」の入力を受ける。時間ステップ10(図示せず)においては、メモリ204は、パルス圧縮された信号「d」をマルチプレクサ206を介して出力ライン208に出力し、処理チップ150は「e」と「f」からなる複素信号の処理を完了し、新しいデジタルRF信号を受信する。このようにして、上記の処理を任意の時間ステップ数の間、継続することができる。
要約すると、図5のパルス圧縮フィルタ20は、各偶数番目のデジタルRF信号をメモリ202に一時的に保存し、次に奇数番目のデジタルRF信号を処理チップ150又は152のいずれかの虚部入力にロードし、これと同時に保存された偶数番目のデジタルRF信号をメモリ202から同じ処理チップ150又は152の実部入力にロードすることにより、2つのデジタルRF信号を並列処理する。次の偶数番目及び奇数番目のデジタルRF信号も、同様に、他方の処理チップ150又は152にロードされる。このように、デジタルRF信号の対が4信号周期に1回ずつ各処理チップ150又は152にロードされることにより、処理チップ150又は152には、フィルタリング処理を実行するための十分な時間が与えられる。フィルタリング処理が完了すると、チップ150,152は、フィルタリングした複素信号を出力する。ここで、複素信号の実部は、マルチプレクサ158又は206を介して信号処理部22(図1)に直接出力され、複素信号の虚部はマルチプレクサ206を介してメモリ204にロードされる。実部の出力後、マルチプレクサ206が切替わり、メモリ204に保存された信号が信号処理部22に出力される。次のRF信号処理周期においては、第2のチップ150又は152による処理が完了し、マルチプレクサ158,160,206が切替えられ、フィルタリングされた次の2つの信号が出力される。このように、パルス圧縮フィルタ20は、5信号周期のパイプライン遅延で信号をリアルタイムに処理する。
上述したパルス圧縮フィルタ20の動作は、各プロセッサ150、152が、パルス圧縮に必要な全データを受け入れるのに十分な容量を備えることを仮定している。しかしながら、例えば、各ゾーンに対応させて、デジタルRF信号を複数のセグメントに分割し、それらを別々に処理することが効果的な場合もある。この場合、図5のフィルタ20を使用し、同一RF信号を2つのセグメントに分割し、これらを並列処理してもよい。この場合の処理は、図5及び図6において上述した処理と同様であるが、この場合、フィルタ20は、時間的に連続するデジタルRF信号ではなく、連続するセグメントを処理する。
RF信号を複数のセグメントで処理する場合、既知のフィルタリング技術である「重畳加算法(overlap-add)」又は好ましくは「重畳保留法(overlap-save)」を適用できる。後者の重畳保留法によれば、入力セグメントは部分的に重複する(重複の長さはインパルス応答の長さマイナス1に等しい)。このような重複は、入力バッファ100や出力バッファ104を用いて実現できる。重畳加算法及び重畳保存法のフィルタリング技術は周知であり、オッペンハイムとシェ−ファ−(Oppenheim & Schafer)による「デジタル信号処理」(Digital Signal Processing,Prentice-Hall,Inc.1975)にさらに詳細な記載がある。
超音波診断において、超音波は、媒体を伝搬する際に周波数依存の減衰を受ける。信号が伝搬するほど減衰が大きくなり、各周波数成分は別々に減衰される。この現象により、深度が相違するとエコーのスペクトルが異なる。このため、パルス圧縮に当たっては、深度ごとに対応した複数のフィルタ周波数特性を用いる必要がある。すなわち、深度によって特性が可変するパルス圧縮フィルタが要求される。
深度可変型のパルス圧縮フィルタを実施するために、重畳保留フィルタ技術が使用される。この技術においては、減衰によって信号がそれほど大きく変形されない、比較的小さい範囲に対応するセグメントのサイズが選択される。例えば、3.75MHzの中心周波数、15MHzのRFサンプリング周波数、及び、513タップのフィルタインパルス応答に対する医用超音波においては、1024サンプルのセグメントサイズが選択される。本実施形態の方法により、2つのセグメントが並列に処理されることを考慮すると、上記セグメントサイズは、0.5×(1024÷15MHz)×1.54mm/μs=52.56mmの範囲をカバーする1024のフィルタリングサンプルとなる。52.56mmセグメントのそれぞれに対し、異なるフィルタ特性を使用してもよい。図2のフィルタ特性メモリ56は複数(通常は4つ)のフィルタ周波数特性を保存する十分な容量を備え、各深度のセグメントに対して適当なフィルタ周波数特性が選択される。
各深度セグメントに対する適当なフィルタ周波数特性は、K.エック(Eck)と共著者による"Depth-Dependent Mismatched Filtering Using Ultrasonic Attenuation as a Filter Design Parameter", proceedings of the IEEE Ultrasonics Symposium, 1998.に記載されるように、各ビーム又はビーム群からのRF信号から、つまり信号自身から適応的に計算できる。しかしながら、より好ましい手法は、組織の減衰特性に近い減衰特性を有するファントムからエコーのスペクトルを測定し、各深度におけるフィルタ周波数特性を予め計算する方法である。
フィルタ特性の予備計算に使用されるファントムは、低反射強度をもつ一様な媒質中に、例えば2cmの深度ごとの目標深度に1つずつ配置された複数の強力な反射体(金属又はナイロン糸)を配設したものである。このようなファントムを用いれば、減衰された信号が直接測定できる。これは、減衰されたエコー信号が、1つの強力な反射体から完全に(一部の加法性のノイズ(additive noise)を除き)生成されるためである。ノイズを低減するためには、各反射体からのエコーを繰り返し測定し、複数の測定値を平均化する。これによって、測定数の平方根に比例して信号対ノイズ比を改善できる。これは、測定を同一条件で所望の回数実行できる静止ファントムを用いて可能である。信頼できる信号の推定値が得られれば、パルス圧縮フィルタ20のフィルタ周波数特性を、公知の多数の方法のいずれかにより計算できる。
フィルタの周波数特性の計算は、オフラインで実行するのが最適であるが、実際の動作中における適当なフィルタの選択は、フィルタリングされた信号セグメントの深度だけに基づく固定的方法でもよいし、各セグメントに対する簡略化されたリアルタイム減衰推定を用いた適応的方法でもよい。パルス圧縮フィルタの実行中に適当なフィルタを選択するための上記固定的方法又は適応的方法は公知の技術である。
以上を要約すると、本実施形態の周波数領域フィルタ50では、2つの実信号の並列処理が可能である。2つの実信号の並列処理により、従来技術のフィルタに比べて、フィルタの回路規模及びそのコストを大幅に低減できる。特に超音波診断装置に使用するパルス圧縮フィルタ20にフィルタ50を適用することにより、符号化送信及びパルス圧縮の利点を最大限発揮できる超音波診断が実現される。さらに、本実施形態において、周波数領域フィルタ50では、デジタルRF信号のセグメントの並列処理が可能である。デジタルRF信号のセグメントの並列処理によって、重畳加算及び重畳保留フィルタリング方法の実施が可能になる。したがって、本実施形態の装置は、重畳加算法を用いて比較的短い信号セグメントに周波数領域フィルタリングを実行することにより、減衰の影響を補償することができる。さらに、本実施形態の装置は、フィルタ特性を記憶し、固定方法又は適応方法のいずれかにより、異なる深度セグメントに対する異なるフィルタ周波数特性を選択できる。これらのフィルタ周波数特性は、好ましくは、ファントムを用いた較正処理においてオフラインで求められる。
好ましい1実施形態及び種々の選択的な実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明の範囲を逸脱することなく、本発明の要素に変更を行い、かつこれを同等物と置き換えてもよいことが当業者には理解されるだろう。さらに、本発明の本質的な範囲を逸脱することなく、特定の状況又は材料を本発明の教示に適合させるべく多くの修正が可能である。したがって、本発明は、本発明を実行するための最適モードとして開示される特定の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲に包含されるすべての実施形態を含むものである。
12 トランスデューサ、16 送信部、18 受信部、20 パルス圧縮フィルタ、22 信号処理部、24 画像処理部、26 表示部、50 周波数領域フィルタ、52 FFTブロック、54 複素乗算器、56 フィルタ特性メモリ、58 IFFTブロック、100 入力バッファ、104 出力バッファ、150,152 プロセッサ、202,204 メモリ。