JP2004263850A - 摺動部材とその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】油を薄く被覆したような場合でも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに固体同士の接触の起こる摩擦環境である境界潤滑窒素領域において大幅に摩擦を下げることのできる摺動部材を提供する。
【解決手段】相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、1μm以下であることを特徴とする摺動部材。
【選択図】 なし
【解決手段】相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、1μm以下であることを特徴とする摺動部材。
【選択図】 なし
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規な摺動部材およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
セラミックスの低摩擦摺動材料は、水栓バルブとして広く用いられており、これは主にアルミナを用いている。この摩擦を下げるために微小な凹凸面を持つダイヤモンド状炭素の薄膜を形成させて、ダイヤモンド状炭素の低摩擦性に加えて摺動時の接触面積を最小化させる方法が公開されている(例えば、特許文献1参照。)。また、その凹凸面をフッ化水素酸によりエッチングして形成し、更にその表面に潤滑性の非晶質の熱分解炭素層を被覆する方法が公開されている(例えば、特許文献2参照。)。また、油中での耐摩耗性を大幅に改善した窒化ケイ素摺動材料が公開されている(例えば、特許文献3参照。)。しかしながら、これも摺動時の接触面積を最小化させ、更に潤滑性の物質で表面を覆うことでは共通の発想であり、具体的には化学的エッチング及び/又はレーザー照射によって穿設された空孔を有し、この空孔に潤滑材を充填して油中での耐摩耗性を大幅に低減したものである。さらに、水潤滑性セラミックスが記載されているが(例えば、特許文献4参照。)、これは酸化アルミニウム粉末などの酸化物セラミックス材料に金属窒化物を分散させることにより、水に接触したセラミックス焼結体の摺動時に水酸化物を生じ、焼結体表面を水膜で覆って境界潤滑を防止する効果がある。また、境界潤滑領域で潤滑油との濡れ性を高めることによって低摩擦とする方法が公開されている(例えば、特許文献5参照。)。これは潤滑油との濡れ性を改善するためにSiを含む母相の非酸化物セラミックスの中に潤滑油の濡れ性を高めるためのFe−O化合物が分散した材料である。
【0003】
更に、ケイ素系のセラミックスでは水中で潤滑すると低摩擦となる現象が知られている。これは、各種文献に報告されているように、窒化ケイ素や炭化ケイ素の表面には水和した非晶質シリカが形成されるため、そのゲル状皮膜のために低粘度流体である水中でも流体潤滑が得られている(例えば、非特許文献1〜3参照。)。しかし、ケイ素系セラミックスの低摩擦はその機構上、その表面が酸化され更に水和の起こることが必要だから、かなりの高面圧で、ある程度の距離を摩擦したのちに現れる。このような水和層を表面に早期に形成することは、他の文献に記載されているように、シランカプリング剤を水に添加して摩擦試験をすることで可能になる。更に、アルコール中ではメカノケミカル反応によって、アルコキシシランが形成され、それが重合して潤滑性膜であるポリオキシシランを形成して低摩擦が実現する(例えば、非特許文献4参照。)。しかし、このアルコール中での摩擦係数は0.2程度であり、水中での0.01程度の摩擦係数に比べればまだ大きな値である。
【0004】
ケイ素系セラミックスの摩擦を大幅に下げる方法としては、ケイ素の水和物を表面に形成させて、そのゲル状の皮膜形成により、よい潤滑性を保つことが知られている。これはゲル状皮膜が表面に形成されることによって流体潤滑が生じ、そのため摩擦係数が0.01付近まで低減することができるからである。しかし、この膜は水和によって形成されるのであるから、水を使った潤滑では効果のあるものの油中では効果がなく、自動車エンジンのような環境には応用困難であった。
【0005】
一方、例えば、他の文献に記載されているように、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品(図6参照のこと。)のように高い面圧のもとでの摩擦環境では境界潤滑となるから、摩擦係数は0.1程度までしか下げることは難しい(例えば、非特許文献5参照。)。更に摩擦を下げるために、摺動部品の仕上げ面粗さを更に向上させる超仕上げ加工、窒化チタン(TiN)やダイヤモンド状カーボン(DLC)などの表面被覆、モリブデン系潤滑剤の潤滑油への添加等が鋭意検討されているが、ダイヤモンド被膜、硫化モリブデン被膜等に効果は認められるものの、0.1を大幅に下回る0.01付近までに摩擦係数を下げることは極めて困難である。実際、記載されている測定データによれば80℃でのエンジン油潤滑のもとでの摩擦係数について、ダイヤモンド被膜で0.06、硫化モリブデンで0.08の値が報告されている。ただし、この値は被覆膜による摩擦の低減効果としては有意な値であることには間違いがないものの、一層の摩擦係数の低下が望まれる。0.01付近まで摩擦係数を低減した例としては、例えば、更に他の文献に記載されている(例えば、非特許文献6参照。)。これにはモリブデンジチオカーバメートの潤滑被膜を形成した試験片を超高真空で摩擦試験を行うと、数サイクルの試験の後に初期の摩擦係数0.1が0.02程度に低下して安定し、それが30サイクル継続したことが報告されている。これは境界潤滑条件のもとでモリブデンジチオカーバメートからMoS2が生成したことによるためであるが、潤滑被膜中のMoS2のみがピン表面に移着し、潤滑被膜中のMoS2と摩擦する状態が現れたためと推察されている。なお、モリブデンジチオカーバメートを添加したエンジンオイルを用いた摩擦試験では摩擦係数が0.04程度まで低下する実験結果が報告されているが、走行距離の増加とともに摩擦係数は高くなる傾向にあり5000kmを超えるあたりから、摩擦係数の測定値は0.04〜0.14の間に分布するようになり10000kmを越えるころには摩擦係数が0.14に次第に収束するようなる。更に、ディーゼルエンジン中では初期に0.06程度であった摩擦係数が20時間程度で0.14まで高くなるが、これはディーゼルエンジン油中へのすすの混入によると報告されている。このようにガソリンエンジン油ではモリブデンジチオカーバメートの添加により摩擦係数のかなりの低下が可能であるものの現在の技術では1万kmから1.5万kmに寿命があり、ディーゼルエンジン油ではすすの混入によって摩擦は高くなってしまう問題点がある。
【0006】
【特許文献1】
特開平05−263952号公報
【特許文献2】
特開平06−093277号公報
【特許文献3】
特開2000−185986号公報
【特許文献4】
特開平10−045462号公報
【特許文献5】
特開平06−234564号公報
【非特許文献1】
Wear 97 p1−8 (1985)
【非特許文献2】
Wear 105 p29−45 (1985)
【非特許文献3】
ASLE Trans 30 p41−46 (1986)
【非特許文献4】
トライボロジスト35(1990)p427−434
【非特許文献5】
JAST トライボロジーフォーラム2001、71頁
【非特許文献6】
日石三菱レビュー第43号、第2号、48頁
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明で解決しようとする課題としては、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに固体同士の接触の起こる摩擦環境である境界潤滑領域において大幅に摩擦を下げることのできる摺動部材およびその製造方法を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、ケイ素系セラミックスの表面処理によって、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域において摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することを狙って、鋭意研究を進めてきた。その結果、プラズマ中での各種の活性化処理によって窒化ケイ素を処理することによって得られた摺動部材を用いることで、低摩擦が実現することを見出し、本発明を完成するに至ったものである。なお、この処理には酸素プラズマ中でのスパッタ処理、窒化ケイ素をターゲットとした窒化ケイ素系被膜の被覆処理、イオン注入が含まれる。
【0009】
すなわち、本発明では、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、十分に小さく1μm以下であることを特徴とする摺動部材により達成されるものである。
【0010】
【発明の効果】
以上のように構成された本発明によれば、次のような効果を奏することができる。
【0011】
本発明にあっては、少なくとも片方の表面がセラミックスである摺動部材において、所定の合成粗さにすることによって、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することができる(図1参照のこと)。これは、機構は明らかではないが、摺動する2つの材料の接触部の表面の凹凸が十分に滑らかで適正な領域に入った効果が現われたことによるものと考える。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明の摺動部材では、少なくとも片方の表面がセラミックスの摺動部材を作製する際の焼成およびスパッタ等の活性化処理条件を調節することにより、所望の摺動部材を得ることができることから、以下、本発明の摺動部材の製造方法とともに説明する。
【0013】
本発明の摺動部材は、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、十分に小さく1μm以下であることを特徴とするものである。これは、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結し、機械加工後のスパッタ等の活性化処理を行ってセラミックスの摺動部材を製造することにより提供できる。かかる摺動部材およびその製造方法により、油を薄く被覆したような境界潤滑領域において大幅に摩擦を下げることができ、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することができるものである(図1参照のこと)。より詳しくは、図1(a)に示すように、本発明の摺動部材として、前記一対の摺動部材表面が、セラミックスと金属との組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、1.0μm以下、好ましくは0.05〜0.1μmである。また、図1(b)に示すように、本発明の摺動部材として、前記一対の摺動部材表面が、セラミックスどうしの組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、1.0μm以下、好ましくは0.05〜0.75μm、さらに好ましくは0.05〜0.68μm、さらにさらに好ましくは0.3〜0.6μmである。
【0014】
本発明の摺動部材は、相対的に摺動する1対の摺動部材であって、例えば、シリンダとピストン、自動車エンジンのカム(カムシャフト)とシム、ギアポンプのギアとケース、ロッドと軸受け部材、のような関係にあるものであればよく、特に制限されるべきものではない。
【0015】
本発明では、こうした1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材を用いるものである。すなわち、低い摩擦係数は、後述する実施例で示すように、同質の窒化ケイ素セラミックス同士を互いに滑らせたときに生じたが、摺動時の界面生成物が低摩擦に関与したとするならば、必ずしも同質の材料に限らなくとも低摩擦現象は起こると考えられるためである。実際に、実施例では低摩擦現象が起こった組み合わせについても片側の材料(窒化ケイ素の角板)については酸素ガス中でのスパッタ処理が行われたが、その相手側の材料(窒化ケイ素の円柱)は、同質の窒化ケイ素セラミックス材料ではあるが、なんらスパッタ処理を行っていないためである。すなわち、この低摩擦の実現は、摺動する一方の材料(摺動部材)のみを低摩擦化する処理を行ったものを用いればよいものといえる。
【0016】
また、上記した相対的に摺動する1対の摺動部材では、一方の摺動部材のうち、摺動する1対の部材の接触部に相当する部分にのみ、以下に示す合成粗さとなるようなセラミックスを採用していればよく1つの部品全体(すなわち、接触しない部分)において、このような特性を持たせることは必要ではないことから、製造コストを勘案した上で、必要があれば、該部材の接触部にのみ当該セラミックスを用いるようにしてもよい。これには、該部材の表面にのみ当該セラミックスを用いたものを作製してその表面を活性化する処理を施しても良いし、後に説明するように該部材の表面に当該セラミックスを被覆すると同時に活性化処理を行う処理を施すことでも良い。
【0017】
本発明の摺動部材では、表面がセラミックスである摺動部材において、その基部が金属材料であることを特徴とするものである。すなわち、摺動部材の基部については、特に制限されるべきものではなく、金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から適宜選択することができるものであるが、好ましくは、金属材料である。
【0018】
また、上記摺動部材に用いられるセラミックスとしては、以下に示す合成粗さとなるようなセラミックスであれば、いかなるものをも採用しえるものである。具体的には、実施例に示すような窒化ケイ素(Si3N4)が例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0019】
また、本発明に係る摺動する1対の部材の接触部における合成粗さは、1μm以下である(図1参照のこと)。合成粗さが、上記範囲を外れて大きな場合にはその粗さによって摩擦係数が高い水準を維持するから、低いものでも摩擦係数は0.1程度であり、本発明の目的とする油潤滑のもとで、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは摩擦係数0.08以下、特に好ましくは摩擦係数0.01付近の低摩擦を実現するのが困難となる。
【0020】
本発明において、「合成粗さ」を規定したのは、以下の理由による。すなわち、摩擦は一般に粗さの低下とともに小さくなることが知られているが、その接触部の微視的な側面においては滑らかな摩擦界面よりは、むしろ摺動時の接触面積の小さい適正な凹凸の方が好ましいといえる。かかる観点からは、摺動する2つの材料の接触部における合成粗さで表すことが合理的であるためである。本発明では、合成粗さRqcは、2つの材料、例えば、ピンと基板からなる1対の摺動部材の自乗平均粗さRqp(ピンの粗さ;摺動部材の一方の接触部の粗さ)とRqd(基板の粗さ;摺動部材の他方の接触部の粗さ)から、以下のように定義される。
【0021】
【数1】
【0022】
なお、この粗さは表面粗さ計を用いて、その触針で材料の表面をなぞり、その表面の凹凸を計測する。この粗さデータはさまざまな方法で解析され、それらに応じた粗さが定義されるが、自乗平均粗さは粗さ曲線の標準偏差σに相当する。
【0023】
また、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材が活性化処理を行ったものであることが望ましい。ここで、活性化処理とは、材料表面の化学結合状態をエネルギーの高い状態となすものであって、潤滑油などを強く吸着結合することが期待される表面を形成する処理である。この方法としてはスパッタ処理が代表的であるが、低エネルギーでのイオン注入や放射線の照射によっても表面の活性化は達成できる。後に示す実施例では、酸素ガス中でのスパッタ処理が活性化に有効な処理であることを述べるが、通常のスパッタ装置で負荷可能な電圧の範囲内では酸素ガスの表面反応が活性化に大きく寄与したためと考えられる。しかしながら、スパッタ電圧を上げることができれば、他のガス種でも十分活性化効果は予想されるから、必ずしも実施例に示すように酸素ガス中に限定する必要はない。
【0024】
また、本発明では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を活性化処理した窒化ケイ素を用いることが望ましい。表面を活性化処理した窒化ケイ素を用いることにより、所望の低い摩擦係数を実現することができるためである。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を実現することができるものである。これは、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、活性化処理を行うことにより、表面にセラミックスを有する摺動部材を製造することにより提供できるものである。
【0025】
更に、本発明の摺動部材では、前記活性化処理が酸素ガス中でのスパッタ処理であることが望ましい例として挙げられる。活性化処理として酸素ガス中でのスパッタ処理を行うことにより、所望の低い摩擦係数を実現することができる。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を実現することができるものである。これは、セラミックス材料を焼結して得られた部材、好ましくはセラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、酸素ガス中でスパッタ処理を行うことにより、表面がセラミックスの摺動部材を製造することにより提供できるものである。本発明にあっては、摺動部材を製造する方法に関するものであって、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、酸素ガス中でスパッタ処理を行って前記セラミックスの摺動部材を製造することにより、前記と同様の作用効果を奏する摺動部材を提供することができるものである。すなわち、所望の低い摩擦係数の摺動部材を実現することができる。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を有する摺動部材を実現することができる。
【0026】
好ましくは、焼結して結晶粒が粗大化した窒化ケイ素あるいは表面への窒化ケイ素系被膜処理で結晶粒が粗大化した窒化ケイ素を、酸素ガスが僅かに流れる真空中でスパッタ処理を行うことで、低い摩擦係数を有する表面がセラミックスである摺動部材を実現することができるものである(実施例参照のこと)。これは、機構は明らかではないが、スパッタによって活性化された窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面に化学吸着、あるいは表面反応によって薄い表面層が形成される。その表面層は摩擦試験を行ったときに、潤滑油を強く保持して、摩擦面に特異な領域を形成する。このような領域は、極薄の摩擦界面を形成し、おそらくその領域の粘度は活性化された窒化ケイ素表面あるいは窒化ケイ素系被膜の材料表面とのなんらかの結合によって高められ、そのため、その摩擦界面においては流体潤滑が起こって摩擦係数が低くなるものと考えられる。実際、後に示す低摩擦界面の分析によれば摩擦界面の極めて薄い領域に容易に塑性変形が起こり弾性率の低い膜の存在が示唆される。このような軟質な膜(軟質な相)は摩擦接触部の局所領域における流体潤滑化を促進して低摩擦が実現したものと推察される。
【0027】
なお、酸素ガス濃度としては、スパッタによって活性化された窒化ケイ素の表面あるいは窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を提供でき、本発明の作用効果を有効に発現しえるものであればよく、特に制限されるものではないが、上記したように、製造コスト、安全性などの観点からは、酸素ガスが僅かに流れる真空中でスパッタ処理を行うようにするのが望ましいと言える。
【0028】
また、上記スパッタ処理では、窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面をスパッタ処理すればよいものである。言い換えれば、摺動部材の内部にスパッタ処理された窒化ケイ素材料が含まれていても効果を発現し得ないものである。したがって、本発明の摺動部材では、少なくともスパッタ処理前に、所望の摺動部材の形状になるように機械加工するか、あるいは適当な大きさ機械加工し、その後に所望の摺動部材の形状になるように研削加工、さらにはバフ研磨等を施すことが望ましい。なお、表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面をスパッタ処理する場合には、特にこうした前処理は不要である。ただし、スパッタ処理の際には、少なくとも摺動する1対の部材のうちの少なくとも一方のセラミックスの接触部に相当する部分については、その表面を形成しておく必要があるが、他の部分については、スパッタ処理後に加工してもよい。
【0029】
例えば、実施例に示すように、適当な大きさに機械加工して焼結し、その後に研削加工、さらにはバフ研磨等を施して所望の摺動部材の形状にし、かかる所望の形状を有するセラミックスの表面をスパッタ処理すればよい。なお、実施例にも示したように、スパッタ処理により、寸法的に0.1μm程度は薄くなることを十分に考慮して、こうした加工精度(寸法精度)を決定する必要があることはいうまでもない。
【0030】
さらに、本発明の摺動部材では、前記セラミックスとして窒化ケイ素を用いることが望ましい。本発明にあっては、前記セラミックスに窒化ケイ素を用いることにより、上記に記載の作用効果をより顕著に奏することができる。
【0031】
さらにまた、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を酸素ガス中でスパッタ処理を行った窒化ケイ素を用いる上で、該スパッタ処理温度を0〜400℃とすることが望ましい。かかる表面がセラミックスの摺動部材は、スパッタ処理の温度を0〜400℃とすることで提供できる。スパッタによる表面の活性化温度に上限のある理由は、あまりに高いスパッタ処理温度では準安定な活性化した表面を更に安定な表面に転換させる可能性があるからである。また、スパッタ処理によって部材温度は数10度以上の温度にまで高まるから、極端に低い温度は現実的ではない。更に、温度が低いときには部材に吸着しているガスがスパッタ過程で放出されて真空度を下げ、スパッタが不安定になる場合がある。この観点からは適正なスパッタ処理温度が存在することが示唆されるが、これが0〜400℃のスパッタ処理温度が良い効果を生ずる理由であると考える。なお、ここでいうスパッタ処理の温度は、スパッタ処理に供される部材(窒化ケイ素)の温度および/または該部材の周囲温度をいう。かかる温度は、実施例に示すように、部材の周囲温度(例えば、実施例に示すようにスパッタ装置内の部材の周囲の空中に浮かした熱電対の温度など)として直接測定してもよいし、事前にスパッタ処理の際の加熱ヒータの設定温度とスパッタ処理に供される部材(窒化ケイ素)の温度または該部材の周囲温度との関係を調べておき、実際のスパッタ処理時には、かかる調査結果から加熱ヒータの設定温度から推測して求めてもよい。
【0032】
スパッタ処理温度が0℃未満の場合には、現実的に実施困難であるばかりでなく、化学反応が十分に進行しないおそれがあり、スパッタ処理による表面の活性化が不充分となるおそれがある。一方、400℃を超える場合には、準安定な活性化した表面を更に安定な表面に転換させるおそれがある。なお、表面処理温度が低いときにはスパッタ処理の加速電圧は低くても良いが、処理温度が高くなると更に表面を活性化するために更に高い加速電圧でスパッタすることが必要になる。少なくとも、300℃から400℃では1kV以上の加速電圧が必要であり、それ以下では表面活性化の効果が小さく摩擦を低くする効果は小さい。しかしながら、処理温度が低いときには、比較的低い電圧でも表面活性化の効果が認められる。しかし、いずれにせよ、上記範囲を外れる場合には、温度が高すぎても、また低すぎても、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品(摺動部材)のように高い面圧のもとでの摩擦環境では摺動部品の低摩擦の永続性は認められず、回転速度を変化させる過程で摩擦係数は0.1程度まで上がってしまい、常に(永続的に)摩擦係数略0.1ないしそれを下回る低摩擦領域まで低減することが困難な場合がある。
【0033】
さらにまた、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を活性化処理した窒化ケイ素、より具体的には表面を酸素ガス中でスパッタ処理を行った窒化ケイ素を用いる上で、該窒化ケイ素が、希土類金属の酸化物、アルカリ土類の酸化物あるいはアルミニウムの酸化物から選ばれた1種以上の酸化物を焼結助剤として添加して焼結したセラミックスであることが望ましい。
【0034】
ただし、本発明の摺動部材では、上記窒化ケイ素の焼結助剤として、希土類金属の酸化物を含む複数の種類の酸化物を用いるのが望ましいが、これらに制限されるべきものではなく、窒化ケイ素の焼結助剤については、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば特に制限されるものではなく、一般にアルカリ土類金属の酸化物、希土類金属の酸化物、およびアルミナなどを幅広く使用することができるほか、各種の遷移金属酸化物を利用することもできる。このような低摩擦を生ずるような添加剤としてどれが適当であるかを特定することは難しいが、実施例に示すように、少なくとも希土類金属の酸化物を焼結助剤として用いたときには有用な効果を奏することが認められる(表1参照のこと)。
【0035】
上記焼結助剤の具体例としては、例えば、実施例で使用したような酸化イットリウム、酸化ネオジウムなどの希土類金属の酸化物;酸化マグネシウムなどのアルカリ土類金属の酸化物;酸化アルミニウム(アルミナ)などが挙げられるが、これらに制限されるべきものではない。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0036】
また、焼結助剤の使用量や2種以上併用する場合の組み合わせ方については、上述したように本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であればよく、特に制限されるものではない。また、アルミナを焼結助剤成分に加えるとアルミニウムが窒化ケイ素に固溶してサイアロンと称される固溶体を形成することが知られているが、窒化ケイ素に代わってサイアロンを用いることでなんら支障はない。
【0037】
また、本発明の摺動部材は、窒化ケイ素セラミックスの表面にスパッタ処理を行った摺動部材であり、そのスパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたことを特徴とするものであるといえる。すなわち、表面に形成された軟質な相によって、上述してきたような低摩擦が実現できるものといえる。これは、軟質な相が摩擦接触部の局所領域において流体潤滑化を促進するように作用するためと考えられる。
【0038】
ここで、上記スパッタ処理によって表面に形成される軟質な相は、後述する実施例で説明するように(図10、11の説明部分を参照のこと。)、酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素の極表面に低い荷重(具体的には、ベルコビッチ圧子を用いた荷重8μN以下のナノインデンテーション試験によって、荷重の負荷過程と除荷過程でヒシテリシスが検出されるような低い荷重であり、またベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験によって、5nm以上、20nm以下の引っ掻き深さにおいて、摩擦係数が活性化処理によって低下する程度の低い荷重である。)で塑性変形が起こり始める軟質な相として検知することができるものである。かかる軟質な相は、スパッタ処理によって表面が活性化状態になり軟質な物質に変化した、あるいは形成されたものであり、この活性化された化学状態が潤滑油を強く吸着して低摩擦を実現し得るものといえる。
【0039】
また、本発明の摺動部材は、ベルコビッチ圧子を用いた荷重8μN以下のナノインデンテーション試験によって、荷重の負荷過程と除荷過程でヒシテリシスが検出されることを特徴とするものである(図10(b)を参照のこと。)。これは、上記スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたことの、直接的な確認がなされてなるものであり、一発明を多面的に捉えるための規定といえる。よって、かかる規定を満足する場合にも、スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成された場合と同様の作用効果を奏するものである。
【0040】
ここで、ナノインデンテーション試験に用いることのできるベルコビッチ(Berkovich)圧子としては、実施例に示したようなベルコビッチ型ダイヤモンド圧子を用いることができるが、同様の特性を有するものであれば、従来公知の他のものを用いてもよい。
【0041】
ベルコビッチ圧子を用いた荷重数μN〜十数μNのナノインデンテーション試験については、実施例に示した通りであるため、ここでの説明は省略する。
【0042】
更に、本発明の摺動部材は、ベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験によって、5nm以上、20nm以下の引っ掻き深さにおいて、摩擦係数が活性化処理によって低下することを特徴とするものである(図12を参照のこと。)。これは、上記スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたために予期される現象が起こっており間接的な確認になるものであり、一発明をより多面的に捉えるための規定といえる。よって、かかる規定を満足する場合にも、スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成された場合と同様の作用効果を奏するものである。
【0043】
ここで、ナノスクラッチ試験に用いることのできるベルコビッチ(Berkovich)圧子としては、実施例に示したような先端角度が30°で先端曲率が1μmの円錐形のダイヤモンド圧子(コニカル圧子)を用いることができるが、同様の特性を有するものであれば、従来公知の他のものを用いてもよい。
【0044】
ベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験については、実施例に示した通りであるため、ここでの説明は省略する。
【0045】
また、本発明の摺動部材の製造方法では、前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与することを特徴とするものである。より好ましくは、前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与し、かつそのスパッタ処理時間が30分以上5時間以内であることを特徴とするものである。これにより、窒化ケイ素表面の活性化処理を促進することができる。これらの点に関しては、後述する実施例(具体例)により図面を用いてより詳しく説明する。
【0046】
本発明の摺動部材では、前記表面活性化処理として酸素中でのスパッタ処理に於いて、必ずしもスパッタターゲットに高周波(RF)プラズマを発生させる必要はない。バイアス電圧をかけるだけでも低摩擦化処理は可能である。すなわち、真空チャンバーの中で、高バイアス電圧をかけると試料基板周囲に放電によるプラズマが発生して、イオンが加速されて表面に衝突する。この活性化処理法はターゲットのRFプラズマを伴わないために、イオンの発生量が少なくなるから、十分な量のイオン発生を起こすためには、RFプラズマを点灯させたときに比べて高い気体圧力を設定し、バイアス電圧も高い方が好ましい。
【0047】
また、本発明の摺動部材では、前記活性化処理がイオン注入処理であってもよい。活性化処理として、低電圧でのイオン注入も後述する実施例で説明するように、有効な活性化処理方法である。これは加速されたイオンを表面に衝突させることによって、表面を活性化させる作用がある。したがって、通常行われる100kV程度の高電圧の処理ではチャンネリング効果によって照射されたイオンは表面から数100nmの深さまで達してしまうから、むしろ10kV程度の低電圧でのイオン注入(低圧イオン注入処理)の方が活性化効果は高いものと考えられる。当該摺動部材は、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結して機械加工、イオン注入処理をして上記セラミックスの摺動部材を製造する方法により得ることができる。
【0048】
本発明の摺動部材では、前記イオン注入処理が、窒素イオンの注入であることを特徴とするものである。かかる方法によっても、活性化された表面を提供することができ、本発明の作用効果を有効に発現し得るものである。
【0049】
また、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスである摺動部材として、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に用いることを特徴とするものである。これらによっても、活性化された窒化ケイ素系被膜表面を提供することができ、本発明の作用効果を有効に発現し得るものである。
【0050】
当該摺動部材は、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面にスパッタ処理として、バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより前記セラミックスの摺動部材を製造する方法により得ることができる。前記バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に形成することができるものである。詳しくは、活性化処理した窒化ケイ素系被膜は、窒化ケイ素をターゲットとするスパッタ被覆処理によって行い、そのときに処理物にバイアス電圧を加えながら活性化被覆処理を行うことを特徴とするものである。そして、活性化スパッタ被覆処理温度は、0〜400℃であることが望ましい。
【0051】
すなわち、上記表面活性化処理として、バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理についても後述する実施例で説明するように、有効な方法である。これは、表面が活性化されたセラミックスである摺動部材を作製する方法であり、製造された摺動部材の表面にセラミックス相を有し、そのセラミックス相の表面が活性化された構成となっている。したがって、摺動部材の基部については金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から選択することができる。この基部の上に被覆する材料については、既に効果の確認されている窒化ケイ素焼結体を被覆して、その表面を酸素ガス中でスパッタ処理あるいは低圧イオン注入処理をすることでも差し支えないが、バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理は簡便に被覆と活性化処理を行うことのできる方法である。このときのバイアス電圧とスパッタ被覆のときの基部として用いる基板については既に説明した酸素ガス中でのスパッタ処理条件に準ずる。なぜならば、バイアス電圧を付与することによってプラズマイオンが基板に衝突して活性化されると推察されるので、バイアス電圧はある程度以上高いことが好ましく、基板温度は活性化効果が失われるような高い温度よりは低い方が好ましいからである。実施例に示すスパッタ被覆処理は窒化ケイ素をターゲットとしたスパッタ被覆処理であるから、窒化ケイ素系の被膜が処理物表面に形成され、その表面にプラズマイオンがバイアス電圧による加速によって衝突するのであるから、基本的な表面構成は窒化ケイ素系の被膜であり、その表面がプラズマイオンによって叩かれて活性化された構造を有しているものと推察される。図20にはスパッタ被覆処理によって形成された摺動部材の構造を模式的に表した概略断面図を示す。図20に示すように、摺動部材1では、金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から選択された基部2の上にスパッタによって製膜された被覆膜3が存在する。更に、被覆膜3の最表面4はスパッタ被覆処理の際に、プラズマイオンがバイアス電圧による加速によって衝突することから、活性化された構造を有している。
【0052】
【実施例】
以下、本発明の具体的な実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
【0053】
低摩擦(詳しくは油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは摩擦係数0.08以下、特に好ましくは0.01付近の低摩擦の摩擦表面を創出することで得られる低摩擦)は、いくつかの条件で製造したセラミックスの1種である窒化ケイ素(表1参照のこと)について極めて限られた条件でのスパッタなどの活性化処理で実現したものであり、その理由は明らかではないが、以下のような条件を満たしたときに発生することが確認できた。すなわち、希土類酸化物を焼結助剤として含む窒化ケイ素について、酸素ガスを僅かに真空中に導入しながら行ったスパッタ処理において、スパッタ処理を行う部材温度(窒化ケイ素基板温度)が400℃以下であり、スパッタ時の加速電圧が0.5kV以上1.5kVまでの領域で1時間の処理を行ったときにかなりの高い確率で低摩擦化の効果が認められた。具体的には、後に図13に提示するように、部材温度が低いときには低電圧でも効果が認められるが、部材温度が高くなると効果を得るためには、たとえば、1.5kV以上の電圧が必要であることが認められた。具体的な効果が得られた条件について以下詳細に記す。
【0054】
第1の実施例は、セラミックスとしては窒化ケイ素を用い、それを角板と円柱に機械加工して、角板に潤滑油を塗布して摩擦試験を行ったものである。
【0055】
上記セラミックスとしての窒化ケイ素は、希土類金属の酸化物として2mol%の酸化イットリウムと酸化ネオジウムをともに焼結助剤として添加して、2000℃で4時間、更に2200℃で16時間の焼結を行ったものをダイヤモンド砥石による研削加工に続き、遊離ダイヤモンド砥粒を用いたバフ研磨を施したものである。
【0056】
なお、このセラミックスとしての窒化ケイ素の熱伝導率は、レーザーフラッシュ法によって測定すると114W/m・Kであった。
【0057】
次に、スパッタ処理は、上記窒化ケイ素の角板を真空チャンバーの中において真空引きした後に、毎分40mlの酸素を導入し、高周波(RF)出力50W、加速電圧1kVで1時間行った。この際、加熱ヒータの温度を400℃にしてスパッタ処理を行ったが、そのときの基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、周囲においた熱電対によって測定すると約325℃であった。すなわち、加熱ヒータの設定温度に比べて窒化ケイ素の角板試料(基板)温度は、数10℃低いと推定される。
【0058】
上記スパッタ処理によって、セラミックスとしての窒化ケイ素の角板は、0.1μmほど薄くなった。
【0059】
摩擦試験(ピンディスク法による摩擦試験)は、荷重490Nで3本の窒化ケイ素ピン(セラミックスとして窒化ケイ素を用い、これを円柱に機械加工したものであって、上記スパッタ未処理のもの)の側面を、上記窒化ケイ素角板(上記スパッタ処理を行ったもの)に押し付けながら行った。窒化ケイ素ピンは、直径5mmで長さも5mmのものを用いた。毎分30回転の回転速度で行った摩擦試験では、初期の摩擦係数は0.04であったが2〜3分で0.02まで低下し、その後時間とともに僅かに低下することが認められた(図2参照のこと)。
【0060】
次に、上記摩擦試験における回転速度を変化させたときの試験を行った。
【0061】
その結果からは、開始時には毎分10回転のときに0.06であった摩擦係数は、回転数(回転速度)上昇とともに低下し、8分後に毎分1000回転まで達したときには0.04まで低下した(図3参照のこと)。
【0062】
さらに摩擦試験を続け、回転数(回転速度)を下げていくと、摩擦係数は、さらに低減し、毎分800回転を下回るようになると0.02以下となり、毎分100回転では0.011となった。
【0063】
低い摩擦係数が実現したときの条件は、表面粗さについては、図1に示すように、相対的に摺動する1対の摺動部材であるところの、上記窒化ケイ素の角板と上記窒化ケイ素ピンの接触部における合成粗さで表したときに、1μm以下の場合に相当した。なお、図1には、本実施例に示した試料全てについて摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦試験後の、ピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わしている。既に説明したように、通常0.12から0.13程度に摩擦係数を下げるのは容易であるが、この値以下に摩擦係数を下げ、低フリクション部材を得ることは今までの技術では不可能であったが、本発明では、図1(a)及び(b)に示すように、合成粗さ1μm以下を実現することで、0.12から0.13程度以下に摩擦係数を下げ、低フリクション部材を得ることができることが確認できた。
【0064】
図4には、基板(窒化ケイ素角板試料)の加熱用のヒータ(以下、単に加熱ヒータとする)の設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った各種の窒化ケイ素(角板)試料について、一定の摩擦速度(回転速度)で摩擦試験を行った結果を示す。
【0065】
図4にあるように、SN194の試料以外の他の試料(SN196、192)では低摩擦にはなっていないが、SN194の試料では初期に摩擦の低下の兆候が見られ、試験開始直後に摩擦係数は0.04まで低下した。しかしながら、その後、摩擦係数は増大し、最終的には0.1程度まで上昇した。この試料は効果の認められたSN195の試料に似た試料であり、上記焼結により結晶粒が粗大化して熱伝導度105W/m・Kが高まったものであるが(表1参照のこと)、その粒(窒ケイ素粒子)の大きさは、なお不十分であり、極めて短時間の低摩擦化効果しか認められなかった。
【0066】
図5には、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った各種の窒化ケイ素(角板)試料の回転速度を変化させたときの摩擦試験を行った結果を示す。
【0067】
効果を示したSN195の試料以外にSN192の試料についても、回転速度が上昇する過程では0.08以下の低摩擦を示す領域が現れたが、その永続性はなく毎分1000回転まであげてから、次に回転速度を下げる段階では摩擦係数は0.1程度まで上がってしまった。いづれにしても、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理した試料の摩擦係数はかなり低く、それがかなりの時間持続したことが認められた。
【0068】
図10には酸素ガス中でのスパッタ処理(以下、単に酸素プラズマ処理ともいう)によって低摩擦化した窒化ケイ素の摺動部のナノインデンテーション試験結果を示す。ここでの酸素プラズマ処理の詳細な内容については以下のとおりである。すなわち、真空チャンバーの中で酸素ガスを導入しながら、窒化ケイ素(表1のSN195の試料を用いた。)をターゲットとして高周波(RF)プラズマを発生させる。このときのRF出力はいずれの試験においても50Wと一定にした。酸素はプラズマによってイオン化され、ターゲットに衝突するが、酸素が活性であるためにターゲットの窒化ケイ素はほとんどたたき出されない。ターゲットに衝突した酸素はターゲットとの反応によりターゲット表面を酸化させる。摩擦係数の低い摺動部材として用いるために酸素プラズマ処理を行おうとする窒化ケイ素を基板として真空容器内に設置する。この窒化ケイ素基板はバイアス電圧をかけられるようになっている支持金属棒に括りつけ、その基板の周囲はチャージアップを防ぐためステンレスの金属網で覆った。更に、基板は支持棒を中心に自転しながら、チャンバー内を公転する。基板にバイアス電圧をかけてその周囲にプラズマを発生させるが、このプラズマの発生はRFプラズマによって誘起されて発生する。バイアスをかけることによってプラズマ中の荷電粒子が基板に衝突する。衝突粒子の多くは酸素がイオン化されたプラズマ粒子であろうと考えられる。すなわち、酸素プラズマ処理によって、イオン化された酸素粒子が窒化ケイ素基板に激しく衝突して表面が活性化されると推定される。
【0069】
上記ナノインデンテーション試験ではベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係を測定する。この試験は微小な荷重をかけてそのときの押し込み深さを変位として測定するのであるが、荷重が小さすぎると安定的な測定が困難なため、通常は少なくとも数10μN以上の荷重域で行われる。この手法を摩擦界面の極薄い相に応用するため、測定されたばらつきの大きいデータポイントを最小2乗法による近似曲線でフィッティングして得られた曲線を表示している。図10(b)には最大荷重6μNでベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係を示すが、負荷過程において荷重を高めるにつれて変位は増大し、最大荷重に達した後に除荷過程において荷重を下げると変位は小さくなるが塑性変形が起こったために原点には戻らない。これに対し、図10(a)に示した最大荷重4μNでベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係からは、最大荷重に達した後に荷重を下げると変位は小さくなり原点に戻ることからこの荷重では塑性変形が起こっていないと判断される。すなわち、酸素プラズマ処理によって低摩擦化した試料の表面には僅か6μNの押し込み荷重で塑性変形が起こる物質が存在することが示される。
【0070】
これに対し、図11には酸素無処理窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験を示すが、図11(a)に示すように最大荷重8μNにおいても荷重変位曲線は原点に戻り、塑性変形が起こっていないことを示す。これについては、図11(b)に示すように最大荷重10μNで塑性変形が起こる。すなわち酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素の極表面に低い荷重で塑性変形が起こり始める軟質な相が形成されたことを示している。この物質がどのような化学形態であるのかを調べるためにX線光電子分光による表面元素分析を行ったが、酸素プラズマ処理によって形成された化学物質を検出することはできなかった。したがって、低摩擦を実現した理由としては、酸素プラズマ処理によって表面が活性化状態になり軟質な物質に変化した、あるいは形成された活性化された化学状態が潤滑油を強く吸着して低摩擦化作用が得られたものであろうと推定される。
【0071】
図12にはナノスクラッチ試験による摩擦係数の測定結果を示す。これはナノインデンテーションの試験機を用い、ベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を用いたナノスクラッチ試験(引っ掻き試験)を行ったものである。該ナノスクラッチ試験(引っ掻き試験)に用いたベルコビッチ圧子は、先端角度が30°で先端曲率が1μmの円錐形のダイヤモンド圧子(コニカル圧子)を用いた。また、酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素には表1のSN195の試料を用い、酸素プラズマ処理の窒化ケイ素には、表1のSN195の試料を上記図10の説明した同様の酸素プラズマ処理を行ったものを用いた。
【0072】
さまざまな押し込み深さのもとでナノスクラッチ試験を行ってそのときの押し込み荷重とせん断力の比から摩擦係数を測定した。理由は不明であるが、引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が浅いときの摩擦係数は高く、引っ掻き深さを大きくするにつれて摩擦係数は低下し、約20nm以上の深さでのスクラッチ試験では摩擦係数は一定となった。酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素(無処理品)の摺動部と酸素プラズマ処理の窒化ケイ素(酸素プラズマ処理品)の摺動部の摩擦係数は20nmを超える深さでは同等であるが、20nm以下の領域では、酸素プラズマ処理品の方が低い。これは酸素プラズマ処理によって表面に軟質の相が形成され、それが潤滑機能を呈して摩擦係数を僅かに低下させた原因であろうと推定される。また、図12の摩擦係数と引っ掻き(スクラッチ)深さの関係において、酸素プラズマ処理品の摺動部と無処理品の摺動部の摩擦係数に有意差が現れる深さの下限側は、実験を行った最少深さの3nmで認められるものであり、より明確には5nm以上である。すなわち、摩擦係数は、20nm以下の深さ、好ましくは3nm以上20nm以下、より好ましくは5nm以上20nm以下の深さで、酸素プラズマ処理品の方が低い。摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦の摺動部材を得るには、酸素プラズマ処理では引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が5nm以上、好ましくは8nm以上であり、酸素プラズマ無処理では、引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が7nm以上、好ましくは10nm以上である。
【0073】
このように適正な酸素プラズマ処理によって表面に極めて薄い軟質相が形成されると、ナノスクラッチ試験による摩擦係数は僅かに減少するが、その摩擦係数の違いは潤滑油を用いた摩擦試験での違いに比べると微々たるものである。すなわち、酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素表面に形成された軟質な相はそれ自体の存在によって潤滑機能を呈して摩擦係数を下げる効果は僅かなものであろうと推定される。したがって、その表面が活性化された薄い軟質な相が摩擦係数を大幅に低下させる理由としては、該軟質な相が潤滑油と化学的な結合を形成し、摩擦係数の大幅な低下に寄与した可能性が高いと推定される。
【0074】
第2の実施例を以下に説明する。図7には低摩擦効果を示したSN195の試料と同一の製造法によって作製した窒化ケイ素試料(SN202−1〜10)について各種の条件で酸素プラズマ処理を行ったのち、毎分30回転の一定速度での摩擦試験によって摩擦係数を評価した結果を示す。また、図8には、同じく窒化ケイ素試料(SN202−1〜10)について、上記した毎分30回転の一定速度での摩擦試験を行った後、続いて回転速度を1000rpmまで上昇させ、再び降下させる摩擦試験によって摩擦係数を評価した結果を示す。さらに、図9には、同じく窒化ケイ素試料(SN202−9〜10)について、上記した毎分30回転の一定速度での摩擦試験後、回転速度を1000rpmまで上昇させ、再び降下させる摩擦試験を行った後、引き続き毎分30回転の摩擦試験を行ったときの60分間にわたる摩擦係数の変化を示したものである。図7〜図9に用いた窒化ケイ素試料の酸素プラズマ処理条件は表2に記載した通りである。
【0075】
ヒータによる基板の加熱を行わず毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約95℃まで上昇した(表2のSN202−10参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.04であったが、次第に低下して15分後には0.02となった(図7(e)の符号10参照のこと)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は、図8に示すように0.02付近であった(図8(e)の符号10参照のこと)。更に、図9に示すように毎分30回転の回転数で摩擦試験を行うと
摩擦係数は開始時には0.025であったが、次第に低下して60分後には0.013程度の値になった(図10の白四角を参照のこと。)。この試験終了後に試料表面の窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−10ではRqc=0.58μmであった。なお、図7〜9に示すSN202−1〜10の試料は、図1〜3に示したSN195の試料と焼結体密度は3.01Mg/m3と同等であったが、レーザーフラッシュ法によって測定した熱伝導率については87W/mKと低い値を示した(表1参照のこと。)。
【0076】
また、SN202−9の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を450℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約355℃まで上昇した(表2のSN202−9参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.08であったが、次第に低下して15分後には0.045となった(図7(e)の符号9参照のこと。)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は図8に示すように0.05付近であった(図8(e)の符号9参照のこと。)。更に、図9に示すように毎分30回転の回転数で摩擦試験を行うと摩擦係数は、開始時には0.05であったが、次第に低下して60分後には0.03付近になった(図9の黒丸を参照のこと。)。窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−9ではRqc=0.57μmであった。
【0077】
更に、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を500℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約410℃まで上昇した(表2のSN202−3参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.14であったが、次第に低下して15分後には0.02となった(図7(b)の符号3参照のこと。)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は図8に示すように0.02から0.03付近であった(図8(b)の符号3参照のこと。)。このときの窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−3では表面粗さRqcは0.53μmであった。
【0078】
すなわち、この条件は安定的に低摩擦を実現できるものではあるが、全く同様な処理を行った試料(表2のSN202−8参照のこと。)の毎分30回転の摩擦試験では、図7に示すように初期の摩擦係数は0.14と高く、試験開始5分後には0.075程度まで低下し、更に6から8分後の摩擦係数は0.05まで低下したのであるが、その後の摩擦係数は上昇し、15分後には約0.08と高くなった(図7(d)の符号8参照のこと。)。窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−8では合成粗さRqc=0.67μmであり、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦領域になり得るが、処理によって表面の合成粗さが増大して本発明で規定する範囲を逸脱した可能性がある。ただし、本発明の作用効果を実現できるものであることから、本発明の摺動部材の合成粗さRqcの要件については、0.3〜0.7μmの範囲まで広げることもできる。
【0079】
以上の結果から、SN202の試料について、加速電圧1.5kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が95℃と355℃のときには比較的容易に低摩擦状態が出現した。しかし、基板温度が410℃と高いときには試験開始時の摩擦係数は高く、その後、低下するが、そのまま低い摩擦状態に留まる場合と、摩擦係数が高まってしまう場合があることが認められた。したがって、加速電圧1.5kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が400℃を超える場合は低摩擦の再現性と安定性の観点からは好ましくなく、400℃以下の温度が好ましく、95℃と355℃の間の温度では確実に効果のあることが確認された。
【0080】
加速電圧が1.0kVの場合は基板温度325℃では低摩擦が認められたが、図7、8、13に示すように、基板温度を高めると効果は認められない場合もある。すなわち、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を500℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.0kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約410℃まで上昇した。処理後に測定した毎分30回転の摩擦試験では、処理は再現性を確認するために、2度行った。これはSN202−1と202−5に相当する。SN202−1では図7に示すように、処理後に測定した毎分30rpmでの摩擦試験では試験開始時の摩擦係数は0.13であったが、その後はやや低下して0.07から0.10付近で安定した値を示した(図7(a)の符号1参照のこと。)。図8に示した回転数を変化させた試験でも摩擦係数は0.10から0.16の範囲にあった(図8(a)の符号1参照のこと。)。また、SN202−5では図7に示すように、処理後に測定した毎分30rpmでの摩擦試験では0.08から0.11の摩擦係数を示したが(図7(c)の符号5参照のこと。)、図8に示した回転数を変化させた試験では摩擦係数は0.10から0.11の範囲にあった(図8(c)の符号5参照のこと。)。なお、このときの共材の窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−1では合成粗さRqc=0.96μmであり、SN202−5では合成粗さRqc=0.43μmであった。この結果から、高温でのスパッタ処理によって表面粗さの低下が起こることがあり得ることがわかる。しかし、共材の窒化ケイ素ピンとの間で、合成粗さRqc=1μm以下の要件については低い摩擦係数の得られたいずれの試験でも満足している(他の全ての実施例においても、合成粗さRqc=1μm以下の要件については、低い摩擦係数の得られたいずれの試験でも満足しており、本発明の目的を達成できている点については同様である。)。
【0081】
また、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を450℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.0kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約355℃まで上昇した(表2のSN202−4参照のこと。)。処理後に測定した毎分30回転の摩擦試験では摩擦係数は0.10程度であり(図7(b)の符号4参照のこと。)、回転数を変化させた試験でも摩擦係数には若干の変動はあったが0.10付近の値であった(図8(b)の符号4参照のこと。)。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN202−4での合成粗さRqc=0.32μmであった。
【0082】
SN195と202の試料について加速電圧1.0kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が325℃のときには効果が認められたが、基板温度が355℃以上では摩擦係数は0.1程度の高い水準であった。したがって、加速電圧1.0kVで酸素プラズマ処理を行った場合は電圧が低いために効果が現れる範囲が狭く、基板温度が325℃以下のときには効果があっても、それを超える場合は効果が認められなかった。すなわち、加速電圧は少なくとも1.0kV以上は必要であり、1.5kV以上が好ましい。
【0083】
続いて第3の実施例を以下に示す。これはアルミニウムを含有する窒化ケイ素が軸受鋼を相手材として摩擦試験を行ったときの摩擦係数が、スパッタ処理をおこなったために低くなったことを示す実施例である。すなわち、アルミニウムを含有する窒化ケイ素(表1のSN203の試料)と含有しない窒化ケイ素(表1のSN152の試料)の2種類の試料を実験に用いた。アルミニウムを含有する試料(SN203)は窒化ケイ素96mol%、イットリア2.0mol%、アルミナ2.0mol%の割合で粉末を混合し、成形後、ガス圧焼結炉を用いて焼結した。焼結条件は1900℃で4時間、9気圧の窒素ガスである。それに対しアルミニウムを含有しない窒化ケイ素(SN152)はY2O3−Nd2O3−MgO系の混合粉末であり、窒化ケイ素97mol%、イットリア0.5mol%、酸化ネオジウム0.5mol%、酸化マグネシウム2.0mol%の割合で粉末を混合し、成形後、2000℃で300気圧の窒素中4時間焼結し、更に2200℃で300気圧の窒素中で4時間焼成した。これら焼結体の研磨についてはバフ研磨まで行った。更に、熱伝導評価用の小型円板試料も作製し、レーザーフラッシュ法による熱伝導率の評価を行った。
【0084】
実験に用いた試料について、レーザーフラッシュによる熱定数の測定結果は、アルミニウムを含むSN203では熱伝導率は35.4±4.6W/mKであり、含まないSN152の67.6±4.1W/mKに比べて半分程度の熱伝導率の値を呈した。SN152についてアルキメデス法によって測定した密度は2.985±0.025Mg/m3、SN203については3.227±0.001Mg/m3であった。なお、これらの理論密度はSN152で3.234Mg/m3、SN203で3.22Mg/m3である。
【0085】
表面処理については、酸素プラズマ中でのプラズマ処理を行った。酸素プラズマ処理は良好と考えられる条件として、処理試験片の加熱は行わず、酸素を導入した真空中、加速電圧1.5kVで1時間の処理を予定した。すなわち、SN152とSN203の角板をそれぞれ2枚ずつ、スッパタ装置に取り付けて、酸素ガス中でのスパッタ処理を行った。試料の加熱は行わず室温のまま処理を始めたが、試料クリーニング時の加速電圧は通常の電圧である2.0kVにまで上昇させることができず、1.2kVでクリーニングを行った。そのときの試料近傍に置いた熱電対の温度(1chの温度)は110℃まで上昇した。続いて、酸素プラズマ処理に移ったが、その時の加速電圧も設定値の1.5kVには達せず、安定して加圧できる電圧0.5kVで処理を行った。なお、そのときの熱電対の温度(1chの温度)は70℃まで下降した。また、処理中に金網にスパークが発生し、プラズマは不安定であった。SN152の角板のうち1枚(SN152−1)についてのプラズマ処理はうまく行っていないと思われる(ただし、プラズマ処理がうまくいっていることもあり得るため、この試料についても実験を続けた。)。なぜなら、SN152−1の処理後の状態を観察すると、他の試料のような処理後の色変化が認められず、試料を覆うように取り付けたチャージアップ防止用の金網に導通が認められなかったからである。その原因としては、SN152−1試験片に取り付けたチャージアップ防止用の金網の取り付け方法に不備があり、スパーク放電が起こってプラズマ処理が不安定になった可能性が挙げられる。また、他の可能性としては、室温での処理のために吸着していたガスがプラズマ処理時に放出されて、プラズマが不安定になった可能性も僅かに残される。結局、SN203−1、SN203−2とSN152−2については電圧0.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったが、SN152−1については処理が不完全あるいは未処理の状態に近いと考えられる。
【0086】
窒化ケイ素角板試験片に酸素プラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験(第1の実施例で説明する摩擦試験のことである。)を行った結果を図14に示す。軸受鋼(金属)を相手材として評価したものである。
【0087】
SN203−1とSN203−2については、30rpmでの一定回転速度での摩擦試験では摩擦係数は、図14(a)に示すように時間と共に次第に低下し、0.03〜0.05の摩擦係数であったが、1000rpmまでの回転数上昇と下降を繰り返す摩擦試験では、図14(b)に示すように総じて下降段階の摩擦係数が高くなったが、これも0.03〜0.05の範囲の摩擦係数であった。それに対し、SN152−1とSN152−2については、いずれの摩擦試験でも摩擦係数は0.1付近の高水準を保った。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN203−1ではRqc=0.074μmであり、SN203−2ではRqc=0.060μmであったのに対し、152−1ではRqc=0.272μmであり、SN152−2ではRqc=0.197μmであった。SN152−1については酸素プラズマ処理が不完全であったために高い摩擦係数を示したのであろうが、SN152−2の摩擦係数が高く、SN203の摩擦係数が低かった理由については不明であるが、先に述べたように試料成分中のアルミニウムに起因するものといえる。
【0088】
続いて第4の実施例を以下に示す。図15には窒化ケイ素角板試験片(表1のSN194及び196の試料を用いた。)に酸素プラズマ処理を5分間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を示す。
【0089】
すなわち、酸素プラズマ処理のターゲットには窒化ケイ素焼結体を用い、RF出力50Wで誘導プラズマを誘起し、窒化ケイ素試験片にはバイアス電圧1.5kV、基板温度150℃で、酸素プラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験を行った。このとき、ターゲットの上ではプラズマ化された酸素はターゲットの窒化ケイ素と化学反応を起こし、ターゲット表面を酸化するが、ターゲットからの窒化ケイ素クラスターの飛び出しはほとんどないようである。そのため、試料窒化ケイ素にはプラズマ化された酸素イオンが衝突して、表面活性化が起こるものと考えられる。しかし、5分間の処理時間では十分な活性化処理は困難であり、図15にも示すように、30rpmでの一定回転速度での摩擦試験(図15(a)、(c)参照のこと)や1000rpmまでの回転数上昇と下降を繰り返す摩擦試験(図15(b)、(d)参照のこと)での摩擦係数は一部に0.04程度まで低下した例も認められるが、摩擦試験を継続する中で好適な低摩擦現象は失われ、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦は実現できるが、長時間のより低い低摩擦状態(一定期間実現できた摩擦係数0.05ないしそれ以下)の保持はできなかった。共材の窒化ケイ素ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN194−5では合成粗さRqc=0.064μmであり、SN194−6では合成粗さRqc=0.104μmであったのに対し、SN196−1では合成粗さRqc=0.096μmであり、SN196−2では合成粗さRqc=0.089μmであった。すなわち、摩擦化処理のための処理時間は5分間では長期間の好ましい低摩擦状態の実現には短すぎ、1時間程度の処理時間が必要かつ望ましいことが認められた。処理時間はある程度以上必要であるが、あまりに長い時間は不経済であるばかりでなく、表面粗さの低下をもたらす危惧がある。既に、1〜2時間の処理を行ったときには表面粗さが著しく低下する様相は認められないので、処理時間は少なくとも30分以上、好ましくは1〜2時間である。5時間を越えるような長時間の処理は不経済である。
【0090】
図16にはイオン注入品の摩擦試験結果を示す。これは窒化ケイ素試験片としてSN193を用い、イオン注入については窒素ガス流量3.0ml/minのもと、10kVで30分行った。摩擦試験は従来のピン/ディスク式の摩擦試験機(3本のピンの側面を押し当てる方式)で行った。すなわち、窒化ケイ素試験片の角板を試験ホルダーで固定し、その上に軸受鋼(SUJ2)のピンを3本その側面を接触させながら、摩擦試験を行った。ピンの直径は5mm、長さは5mmである。摩擦試験の押し付け荷重は標準の490Nで行った。潤滑油は自動車エンジン用のもの(5W−30SJ)を用い、室温で窒化ケイ素試料に塗布して試験を行った。摩擦計測は(1)回転速度30rpmで15分間継続する「一定すべり速度試験」と、(2)1000rpmまで回転をあげる「すべり速度変化試験」の2つの方法で摩擦係数を測定した。図16に摩擦試験の結果を示す。窒化ケイ素試料としてはSN193を用い、窒素イオンの注入の有無による摩擦係数への影響を評価した。
【0091】
図16(a)には30rpmの一定回転速度での試験結果を示すが、試験開始時には摩擦係数が0.10程度であったものが、窒素イオン注入のない未処理品では0.08〜0.10の領域で変動するのに対し、イオン注入品は約4分後に摩擦係数が0.04まで低下し、その後はこの値を維持した。図16(b)には回転数1000rpmまでの上昇試験を行った結果を示すが、イオン注入品では0〜1000rpmの回転数上昇過程では摩擦係数0.04〜0.05を保った。一方、未処理品では摩擦係数は0.08〜0.10の範囲であった。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN193の窒素イオン注入品では合成粗さRqc=0.092μmであり、SN193の未処理品ではRqc=0.080μmであった。
【0092】
図17にはアルゴンガス中でのスパッタ処理について、窒化ケイ素をターゲット材として用い、僅かに処理条件を変化させたものを行った材料についての摩擦試験結果を示す。すなわち、処理条件としてはRF出力を300W(SN194−1とSN194−2)と50W(SN194−3とSN194−4)と変化させたことは異なるが、他の条件は同一である。すなわち、アルゴン流量は40ml/min、試料回転速度3.0rpm、加速電圧1.5kV、ヒータ加熱温度150℃、処理時間1時間は共通である。試料は窒化ケイ素SN194の角板であり、一回の処理に2枚ずつ使用した。そのときの試料近傍の温度について、RF出力が50Wのときに104〜124℃、300Wのときは130〜140℃であった。図17に示す摩擦試験結果について、相手材としてSN194−1、SN194−2、SN194−3についてはSN195ピンを用いて試験を行い、SN194−4については金属ピン(SUJ2ピン)を用いて行った。一定回転速度試験の結果では、194−1、194−2、194−3のいずれも試験開始時の摩擦係数は0.08であったが、その後緩やかに低下し、15分経過したときには、それぞれ、0.02、0.04、0.06付近の値となった。しかし、194−4の摩擦係数は開始直後から0.10付近の値であった。回転速度変化試験では194−1の摩擦係数は0.02付近からほとんど変化しないが、回転速度を高めて再び下げたときの摩擦は回転速度上昇過程より僅かに低くなった。このような傾向は194−2についても認められ、試験開始時に0.04付近の摩擦係数は回転数上昇と低下を経た終了時には0.03付近にまで低下した。それに対し、194−3については試験開始時の摩擦係数0.05は試験終了時に0.06と僅かに増加した。194−4では摩擦係数は0.10付近にあり、その変化は少ないが、試験終了時の摩擦係数は僅かに増加した。なお、194−2の試験では摩擦痕の観測によると、片当たりが起こったことが示唆された。SN195ピンまたはSUJ2ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、194−1と195ピンとの合成粗さRqc=0.337μmであり、194−2と195ピンとの合成粗さRqc=0.308μmであり、SN194−3と195ピンとの合成粗さRqc=0.397μmであり、SN194−4とSUJ2ピンとの合成粗さRqc=0.077μmであった。
【0093】
このようなバイアス電圧を加えたスパッタ被覆処理について、摩擦は低い傾向にあり、摩擦係数が0.1を下回る低摩擦を実現することは可能である。ただし、安定した低摩擦状態、すなわち安定して低い摩擦係数が容易に得られるわけではないが、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品のように高い面圧のもとでの摩擦環境で実現が困難であった摩擦係数が0.1若しくはそれを下回る低摩擦を達成できれば十分にこうした用途に適用可能である。図18には窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を1時間施したものについてのピンディスク法による摩擦試験結果を示す。摩擦試験には共材の窒化ケイ素ピンを用いた。材料としてはSN194とSN196を用いた。一定回転速度試験の結果によれば、SN194−9とSN194−10に比べて、SN196−5とSN196−6ではやや低い摩擦係数を示すようである。実際、SN194−9とSN194−10の摩擦試験開始時の摩擦係数は0.14と0.12であり、15分後の摩擦係数も0.08程度であった。それに対し、SN196−5とSN196−6では試験開始時には摩擦係数は0.10程度であり、15分後にはそれぞれ0.06と0.04に低下している。しかし、回転速度変化試験においてはこの差異は不明瞭となり、SN194−9は試験開始時の摩擦係数が0.07であったものが、回転を高めて再び低下させたときの最終値は0.04まで低下した。それに対し、SN194−10では初期値が0.08、最終値が0.10であった。SN196−5とSN196−6についても、前者が0.05から0.10に高くなったが、後者では0.06付近で変化はほとんど認められなかった。このように、試料ごとの摩擦挙動の変化は複雑であり、統一的な説明は困難であった。特に、アルゴンプラズマ処理品の回転速度変化試験においては高速摺動になったときに摩擦係数が高くなり、低摩擦速度のときに摩擦係数が高いデータがいくつか得られているが、これはストライベック線図からの関係からは予期しにくい現象である。共材の窒化ケイ素ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、194−9での合成粗さRqc=0.117μmであり、194−10での合成粗さRqc=0.115μmであり、196−5での合成粗さRqc=0.080μmであり、196−6での合成粗さRqc=0.090μmであった。
【0094】
窒化ケイ素をターゲットしてアルゴンガス中で作製したスパッタ被覆膜について、化学組成をX線電子分光法(XPS)によって分析した。最表面には吸着によると思われる炭素と酸素の割合が高く検出されたが、2.5nm以上に表面をスパッタで削り取ってしまえば、吸着の影響が除外され、その元素の割合について深さ方向に元素分布の変化はほとんど認められず一定であり、その元素の割合はSi:51〜53atm%、N:25〜27atm%、O:19〜21atm%であった。これはケイ素過剰の酸窒化膜が形成されていることを示している。これはN1s、O1sの結合エネルギーの測定値の半値幅に対し、Si2pの半値幅が広くなっていることからも確認される。すなわち、Si2pのピークの半値幅が広くなったことは少なくとも2つ以上の異なる結合状態が混在していることであるから、Si−NあるいはSi−Oのような結合エネルギーの高い結合と、Si−Siのような僅かに結合エネルギーの低い結合が混在していることを示している。この結合エネルギーの測定結果の一例は図19に示した。更に、二次イオン質量分析計(SIMS)による分析では6〜7atm%の水素が含まれていることが確認された。
【0095】
図21にはRFによる酸素プラズマを発生させずに、3.0kVのバイアス電圧のみをかけて処理した窒化ケイ素の摩擦試験結果を示す。一定摩擦試験ではSN196−3は0.08程度の摩擦係数を示した。更に、回転数を変えたときには回転数上昇過程で0.04、下降過程では回転数低下と共に摩擦は上昇したが、0.06程度の値であった。SN193−3では0.1程度の摩擦係数が保たれたから、SN196−3についてのみ低摩擦化処理の効果が現れたものと推察される。すなわち、RFプラズマを発生させなくとも、バイアス電圧をかけて基板に放電させることによって表面が活性化され低摩擦化処理が行われたことがわかる。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、193−3での合成粗さRqc=0.068μmであり、196−3での合成粗さRqc=0.066μmであった。
【0096】
図22には3.0kVのバイアス電圧をかけて酸素プラズマ処理品の摩擦試験結果を示す。SN193−1とSN196−1については試料の加熱は行わなかったが、プラズマ処理によって試料温度は100℃付近にまで上昇した。また、SN193−2とSN196−2についてはヒータ温度を150℃に設定して加熱したが、試料温度は140℃付近であった。SN196については2つの試験片のいずれも摩擦係数は低く0.03付近(SN196−1)と0.05付近(SN196−2)の摩擦係数を示したが、SN193については0.10付近(SN193−2)の高い値と比較的低い0.06付近(SN193−1)の摩擦係数を示した。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、193−1での合成粗さRqc=0.081μmであり、193−2での合成粗さRqc=0.082μmであり、196−1での合成粗さRqc=0.076μmであり、196−2での合成粗さRqc=0.069μmであった。いずれの材料でも摩擦係数が0.1若しくはそれを下回る低摩擦を達成できているが、いずれの材料でも−2の実験の方が−1に比べて摩擦は高くなっていることから、プラズマ処理の際におけるヒータ加熱の有無による効果については、ヒータ加熱なし、あるいはガス流量の大きいときに摩擦は低くなるようにも思われる。
【0097】
表3に、鉄鋼基板の上に窒化ケイ素を被覆したものについて、各種の活性化処理を行い、その摩擦係数を測定した結果を示す。この活性化処理は酸素中でのスパッタ処理と同様の操作を行った。すなわち、酸素中でバイアス電圧をかけながら1時間真空チャンバー内に保持した。ここで、RF出力0のものはRFプラズマを発生させずに、バイアス電圧のみによってプラズマ活性化処理を行ったものである。いずれも活性化処理によって摩擦係数が低下した様子が認められる。また、鉄鋼基板の上に窒化ケイ素を被覆したものと、軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定した結果も表3に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
上記表1には窒化ケイ素(角板)試料ごとの材料の成分組成、該材料の焼結条件および焼結により得られた窒化ケイ素材料の熱伝導率についてまとめて記述した。なお、窒化ケイ素ピンは、いずれもセラミックスとして上記した窒化ケイ素材料を用い、これを円柱に機械加工したものであって、スパッタ処理なしのものを用いた。
【0100】
【表2】
【0101】
上記表2にはSN202の窒化ケイ素の酸素プラズマ処理条件を示す。試料SN202−1〜10は、図7〜9の試料番号1〜10に対応する。試料温度を直接測定することはできないので、加熱用ヒータの制御温度と試料の周囲温度として、スパッタ装置内の部材の周囲の空中に浮かした熱電対の温度(Ch1)を示した(基板はチャンバー内の支持金属棒に取り付けられて、チャンバー内を回転するので、熱電対を近傍に近づけることはできない。熱電対は試料に近づいているときには数cm以内であるが、離れているときには30cm程度の間隔がある。)。試料温度はヒータ温度よりCh1温度に近いと推定されるためである。
【0102】
【表3】
【0103】
上記表3に示す、鉄鋼の表面に窒化ケイ素を表面被覆した材料の表面に各種の表面処理を行った材料について摩擦係数を測定した。各種の表面活性化処理条件として、試料加熱温度とバイアス電圧およびRF出力を変えて行った。表面処理材料は相手材をSUJ2ピンとして、潤滑油中でのピンディスク法による摩擦試験を行った。摩擦係数は30rpmでのピンディスク法による摩擦試験を行った15分後の値である。
【図面の簡単な説明】
【図1】摩擦係数と合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。詳しくは、本実施例に示した試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦試験後の、ピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。図1(a)は、相手材が金属(軸受鋼(SUJ2))である場合の該相手材であるピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。図1(b)は、相手材がセラミックス(窒化ケイ素)である場合の該相手材であるピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。
【図2】摩擦係数と摩擦時間の関係(SN195の材料)を表わすグラフである。詳しくは、SN195の材料について、表1に示す焼結を行った後に、基板の加熱ヒータの設定温度をそれぞれ400℃および450℃としてスパッタ処理した試料、スパッタ処理なしの試料、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行うのに相当する325℃で酸化処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦時間の関係を表わすグラフである。
【図3】摩擦係数と回転速度の関係(SN195の材料)を表わすグラフである。詳しくは、SN195の材料について、表1に示す焼結を行った後に、基板の加熱ヒータの設定温度をそれぞれ400℃および450℃としてスパッタ処理した試料、スパッタ処理なしの試料、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行うのに相当する325℃で酸化処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と回転速度の関係を表わすグラフである。なお、各試料ごとに、回転速度を毎分1000回転まで上げていった際のデータと、その後に回転速度を下げていった際のデータを示した。
【図4】摩擦係数と摩擦時間の関係(基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理したもの)を表わすグラフである。詳しくは、表1に示す焼結を行った窒化ケイ素のSN192、194、195及び196について、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦時間の関係を表わすグラフである。
【図5】摩擦係数と回転速度の関係(基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理したもの)を表わすグラフである。詳しくは、表1に示す焼結を行った窒化ケイ素のSN192、194、195及び196について、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と回転速度の関係を表わすグラフである。なお、各試料ごとに、回転速度を毎分1000回転まで上げていった際のデータと、その後に回転速度を下げていった際のデータを示した。
【図6】本発明の摺動部材を適用し得る、相対的に摺動する1対の摺動部材の具体例として、高い面圧のもとでの摩擦環境で用いられる自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品を模式的に表わす該略図である。
【図7】図7(a)〜(e)は、各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−1〜10)について、一定回転速度(30rpm)で摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図8】図8(a)〜(e)は、各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−1〜10)について、図7の15分の一定回転速度試験に続いて、さらに回転速度を1000rpmまで上昇させ、その後降下させて摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図9】各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−9〜10)について、図7の15分の一定回転速度試験、さらに図8の速度可変試験に続いて、さらに一定回転速度(30rpm)で60分間にわたって摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図10】酸素プラズマ処理によって低摩擦化した窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験結果を示すグラフであり、図10(a)は、最大荷重4μNのときのグラフであり、図10(b)は、最大荷重6μNのときのグラフである。
【図11】酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験結果を示すグラフであり、図11(a)は、最大荷重8μNのときのグラフであり、図11(b)は、最大荷重10μNのときのグラフである。
【図12】ナノスクラッチ試験による摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【図13】酸素プラズマ処理によって摩擦係数が低下した加速電圧と基板温度(部材温度)との関係を示すグラフである。
【図14】酸素プラズマ処理後の摩擦係数を示すグラフであり、図14(a)は一定速度の摩擦試験結果を示すグラフであり、図14(b)は回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図15】窒化ケイ素角板試験片に酸素プラズマ処理を5分間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を示す図面であって、図15(a)は、SN194−5(白丸)、SN194−6(黒丸)の窒化ケイ素について一定回転速度の摩擦試験、図15(b)は、SN194−5(白丸)、SN194−6(黒丸)の窒化ケイ素について回転速度を1000rpmまで上昇/降下して変化させたときの摩擦試験、図15(c)は、SN196−1(白四角)、SN196−2(黒四角)の窒化ケイ素について一定回転速度の摩擦試験、図15(d)は、SN196−1(白四角)、SN196−2(黒四角)の窒化ケイ素について回転速度を1000rpmまで上昇/降下して変化させたときの摩擦試験の結果を表わすグラフである。試料SN194と196は表1に示した材料の名称であり、それに続く数字は別に意味はなく、単なる試料の識別のための番号(続番)である。
【図16】摩擦試験の結果を行った結果を表わすグラフである。なお、窒化ケイ素試料にはSN193を用い、イオン注入の有無による摩擦係数への影響を評価した。図16(a)は30rpmの一定回転速度での試験結果を示すグラフであり、図16(b)は回転数1000rpmまでの上昇試験結果を示すグラフである。
【図17】窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図17(a) 一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図17(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。なお、SN194−1、SN194−2及びSN194−3の相手材にはSN195ピンを、SN194−4の相手材にはSUJ2ピンを用いた。
【図18】窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を1時間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図18(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図18(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図19】図19(a)〜(c)は、窒化ケイ素をターゲットしてアルゴンガス中で作製したスパッタ被覆膜について、XPSによってSi2p、N1s、O1sの結合エネルギーを測定した結果をそれぞれ示すグラフである。
【図20】バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理によって製造された摺動部材の構造を模式的に表した概略断面図である。
【図21】SN196の窒化ケイ素角板試験片に酸素中でバイアス電圧をかけて、プラズマ処理を1時間施したものについて、SUJ2ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図21(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図21(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図22】SN196とSN193の窒化ケイ素角板試験片に酸素中でバイアス電圧を3.0kVかけ、窒化ケイ素ターゲットに25WのRFプラズマを発生させながら、1時間処理を施したものについて、SUJ2ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図22(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図22(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
1…摺動部材、
2…基部、
3…スパッタによる被覆膜、
4…バイアスをかけたスパッタによって活性化された被覆膜の最表面。
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規な摺動部材およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
セラミックスの低摩擦摺動材料は、水栓バルブとして広く用いられており、これは主にアルミナを用いている。この摩擦を下げるために微小な凹凸面を持つダイヤモンド状炭素の薄膜を形成させて、ダイヤモンド状炭素の低摩擦性に加えて摺動時の接触面積を最小化させる方法が公開されている(例えば、特許文献1参照。)。また、その凹凸面をフッ化水素酸によりエッチングして形成し、更にその表面に潤滑性の非晶質の熱分解炭素層を被覆する方法が公開されている(例えば、特許文献2参照。)。また、油中での耐摩耗性を大幅に改善した窒化ケイ素摺動材料が公開されている(例えば、特許文献3参照。)。しかしながら、これも摺動時の接触面積を最小化させ、更に潤滑性の物質で表面を覆うことでは共通の発想であり、具体的には化学的エッチング及び/又はレーザー照射によって穿設された空孔を有し、この空孔に潤滑材を充填して油中での耐摩耗性を大幅に低減したものである。さらに、水潤滑性セラミックスが記載されているが(例えば、特許文献4参照。)、これは酸化アルミニウム粉末などの酸化物セラミックス材料に金属窒化物を分散させることにより、水に接触したセラミックス焼結体の摺動時に水酸化物を生じ、焼結体表面を水膜で覆って境界潤滑を防止する効果がある。また、境界潤滑領域で潤滑油との濡れ性を高めることによって低摩擦とする方法が公開されている(例えば、特許文献5参照。)。これは潤滑油との濡れ性を改善するためにSiを含む母相の非酸化物セラミックスの中に潤滑油の濡れ性を高めるためのFe−O化合物が分散した材料である。
【0003】
更に、ケイ素系のセラミックスでは水中で潤滑すると低摩擦となる現象が知られている。これは、各種文献に報告されているように、窒化ケイ素や炭化ケイ素の表面には水和した非晶質シリカが形成されるため、そのゲル状皮膜のために低粘度流体である水中でも流体潤滑が得られている(例えば、非特許文献1〜3参照。)。しかし、ケイ素系セラミックスの低摩擦はその機構上、その表面が酸化され更に水和の起こることが必要だから、かなりの高面圧で、ある程度の距離を摩擦したのちに現れる。このような水和層を表面に早期に形成することは、他の文献に記載されているように、シランカプリング剤を水に添加して摩擦試験をすることで可能になる。更に、アルコール中ではメカノケミカル反応によって、アルコキシシランが形成され、それが重合して潤滑性膜であるポリオキシシランを形成して低摩擦が実現する(例えば、非特許文献4参照。)。しかし、このアルコール中での摩擦係数は0.2程度であり、水中での0.01程度の摩擦係数に比べればまだ大きな値である。
【0004】
ケイ素系セラミックスの摩擦を大幅に下げる方法としては、ケイ素の水和物を表面に形成させて、そのゲル状の皮膜形成により、よい潤滑性を保つことが知られている。これはゲル状皮膜が表面に形成されることによって流体潤滑が生じ、そのため摩擦係数が0.01付近まで低減することができるからである。しかし、この膜は水和によって形成されるのであるから、水を使った潤滑では効果のあるものの油中では効果がなく、自動車エンジンのような環境には応用困難であった。
【0005】
一方、例えば、他の文献に記載されているように、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品(図6参照のこと。)のように高い面圧のもとでの摩擦環境では境界潤滑となるから、摩擦係数は0.1程度までしか下げることは難しい(例えば、非特許文献5参照。)。更に摩擦を下げるために、摺動部品の仕上げ面粗さを更に向上させる超仕上げ加工、窒化チタン(TiN)やダイヤモンド状カーボン(DLC)などの表面被覆、モリブデン系潤滑剤の潤滑油への添加等が鋭意検討されているが、ダイヤモンド被膜、硫化モリブデン被膜等に効果は認められるものの、0.1を大幅に下回る0.01付近までに摩擦係数を下げることは極めて困難である。実際、記載されている測定データによれば80℃でのエンジン油潤滑のもとでの摩擦係数について、ダイヤモンド被膜で0.06、硫化モリブデンで0.08の値が報告されている。ただし、この値は被覆膜による摩擦の低減効果としては有意な値であることには間違いがないものの、一層の摩擦係数の低下が望まれる。0.01付近まで摩擦係数を低減した例としては、例えば、更に他の文献に記載されている(例えば、非特許文献6参照。)。これにはモリブデンジチオカーバメートの潤滑被膜を形成した試験片を超高真空で摩擦試験を行うと、数サイクルの試験の後に初期の摩擦係数0.1が0.02程度に低下して安定し、それが30サイクル継続したことが報告されている。これは境界潤滑条件のもとでモリブデンジチオカーバメートからMoS2が生成したことによるためであるが、潤滑被膜中のMoS2のみがピン表面に移着し、潤滑被膜中のMoS2と摩擦する状態が現れたためと推察されている。なお、モリブデンジチオカーバメートを添加したエンジンオイルを用いた摩擦試験では摩擦係数が0.04程度まで低下する実験結果が報告されているが、走行距離の増加とともに摩擦係数は高くなる傾向にあり5000kmを超えるあたりから、摩擦係数の測定値は0.04〜0.14の間に分布するようになり10000kmを越えるころには摩擦係数が0.14に次第に収束するようなる。更に、ディーゼルエンジン中では初期に0.06程度であった摩擦係数が20時間程度で0.14まで高くなるが、これはディーゼルエンジン油中へのすすの混入によると報告されている。このようにガソリンエンジン油ではモリブデンジチオカーバメートの添加により摩擦係数のかなりの低下が可能であるものの現在の技術では1万kmから1.5万kmに寿命があり、ディーゼルエンジン油ではすすの混入によって摩擦は高くなってしまう問題点がある。
【0006】
【特許文献1】
特開平05−263952号公報
【特許文献2】
特開平06−093277号公報
【特許文献3】
特開2000−185986号公報
【特許文献4】
特開平10−045462号公報
【特許文献5】
特開平06−234564号公報
【非特許文献1】
Wear 97 p1−8 (1985)
【非特許文献2】
Wear 105 p29−45 (1985)
【非特許文献3】
ASLE Trans 30 p41−46 (1986)
【非特許文献4】
トライボロジスト35(1990)p427−434
【非特許文献5】
JAST トライボロジーフォーラム2001、71頁
【非特許文献6】
日石三菱レビュー第43号、第2号、48頁
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明で解決しようとする課題としては、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに固体同士の接触の起こる摩擦環境である境界潤滑領域において大幅に摩擦を下げることのできる摺動部材およびその製造方法を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、ケイ素系セラミックスの表面処理によって、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域において摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することを狙って、鋭意研究を進めてきた。その結果、プラズマ中での各種の活性化処理によって窒化ケイ素を処理することによって得られた摺動部材を用いることで、低摩擦が実現することを見出し、本発明を完成するに至ったものである。なお、この処理には酸素プラズマ中でのスパッタ処理、窒化ケイ素をターゲットとした窒化ケイ素系被膜の被覆処理、イオン注入が含まれる。
【0009】
すなわち、本発明では、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、十分に小さく1μm以下であることを特徴とする摺動部材により達成されるものである。
【0010】
【発明の効果】
以上のように構成された本発明によれば、次のような効果を奏することができる。
【0011】
本発明にあっては、少なくとも片方の表面がセラミックスである摺動部材において、所定の合成粗さにすることによって、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することができる(図1参照のこと)。これは、機構は明らかではないが、摺動する2つの材料の接触部の表面の凹凸が十分に滑らかで適正な領域に入った効果が現われたことによるものと考える。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明の摺動部材では、少なくとも片方の表面がセラミックスの摺動部材を作製する際の焼成およびスパッタ等の活性化処理条件を調節することにより、所望の摺動部材を得ることができることから、以下、本発明の摺動部材の製造方法とともに説明する。
【0013】
本発明の摺動部材は、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、十分に小さく1μm以下であることを特徴とするものである。これは、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結し、機械加工後のスパッタ等の活性化処理を行ってセラミックスの摺動部材を製造することにより提供できる。かかる摺動部材およびその製造方法により、油を薄く被覆したような境界潤滑領域において大幅に摩擦を下げることができ、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは0.01付近の低摩擦の得られる水潤滑のような摩擦表面を創出することができるものである(図1参照のこと)。より詳しくは、図1(a)に示すように、本発明の摺動部材として、前記一対の摺動部材表面が、セラミックスと金属との組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、1.0μm以下、好ましくは0.05〜0.1μmである。また、図1(b)に示すように、本発明の摺動部材として、前記一対の摺動部材表面が、セラミックスどうしの組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、1.0μm以下、好ましくは0.05〜0.75μm、さらに好ましくは0.05〜0.68μm、さらにさらに好ましくは0.3〜0.6μmである。
【0014】
本発明の摺動部材は、相対的に摺動する1対の摺動部材であって、例えば、シリンダとピストン、自動車エンジンのカム(カムシャフト)とシム、ギアポンプのギアとケース、ロッドと軸受け部材、のような関係にあるものであればよく、特に制限されるべきものではない。
【0015】
本発明では、こうした1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材を用いるものである。すなわち、低い摩擦係数は、後述する実施例で示すように、同質の窒化ケイ素セラミックス同士を互いに滑らせたときに生じたが、摺動時の界面生成物が低摩擦に関与したとするならば、必ずしも同質の材料に限らなくとも低摩擦現象は起こると考えられるためである。実際に、実施例では低摩擦現象が起こった組み合わせについても片側の材料(窒化ケイ素の角板)については酸素ガス中でのスパッタ処理が行われたが、その相手側の材料(窒化ケイ素の円柱)は、同質の窒化ケイ素セラミックス材料ではあるが、なんらスパッタ処理を行っていないためである。すなわち、この低摩擦の実現は、摺動する一方の材料(摺動部材)のみを低摩擦化する処理を行ったものを用いればよいものといえる。
【0016】
また、上記した相対的に摺動する1対の摺動部材では、一方の摺動部材のうち、摺動する1対の部材の接触部に相当する部分にのみ、以下に示す合成粗さとなるようなセラミックスを採用していればよく1つの部品全体(すなわち、接触しない部分)において、このような特性を持たせることは必要ではないことから、製造コストを勘案した上で、必要があれば、該部材の接触部にのみ当該セラミックスを用いるようにしてもよい。これには、該部材の表面にのみ当該セラミックスを用いたものを作製してその表面を活性化する処理を施しても良いし、後に説明するように該部材の表面に当該セラミックスを被覆すると同時に活性化処理を行う処理を施すことでも良い。
【0017】
本発明の摺動部材では、表面がセラミックスである摺動部材において、その基部が金属材料であることを特徴とするものである。すなわち、摺動部材の基部については、特に制限されるべきものではなく、金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から適宜選択することができるものであるが、好ましくは、金属材料である。
【0018】
また、上記摺動部材に用いられるセラミックスとしては、以下に示す合成粗さとなるようなセラミックスであれば、いかなるものをも採用しえるものである。具体的には、実施例に示すような窒化ケイ素(Si3N4)が例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0019】
また、本発明に係る摺動する1対の部材の接触部における合成粗さは、1μm以下である(図1参照のこと)。合成粗さが、上記範囲を外れて大きな場合にはその粗さによって摩擦係数が高い水準を維持するから、低いものでも摩擦係数は0.1程度であり、本発明の目的とする油潤滑のもとで、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは摩擦係数0.08以下、特に好ましくは摩擦係数0.01付近の低摩擦を実現するのが困難となる。
【0020】
本発明において、「合成粗さ」を規定したのは、以下の理由による。すなわち、摩擦は一般に粗さの低下とともに小さくなることが知られているが、その接触部の微視的な側面においては滑らかな摩擦界面よりは、むしろ摺動時の接触面積の小さい適正な凹凸の方が好ましいといえる。かかる観点からは、摺動する2つの材料の接触部における合成粗さで表すことが合理的であるためである。本発明では、合成粗さRqcは、2つの材料、例えば、ピンと基板からなる1対の摺動部材の自乗平均粗さRqp(ピンの粗さ;摺動部材の一方の接触部の粗さ)とRqd(基板の粗さ;摺動部材の他方の接触部の粗さ)から、以下のように定義される。
【0021】
【数1】
【0022】
なお、この粗さは表面粗さ計を用いて、その触針で材料の表面をなぞり、その表面の凹凸を計測する。この粗さデータはさまざまな方法で解析され、それらに応じた粗さが定義されるが、自乗平均粗さは粗さ曲線の標準偏差σに相当する。
【0023】
また、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材が活性化処理を行ったものであることが望ましい。ここで、活性化処理とは、材料表面の化学結合状態をエネルギーの高い状態となすものであって、潤滑油などを強く吸着結合することが期待される表面を形成する処理である。この方法としてはスパッタ処理が代表的であるが、低エネルギーでのイオン注入や放射線の照射によっても表面の活性化は達成できる。後に示す実施例では、酸素ガス中でのスパッタ処理が活性化に有効な処理であることを述べるが、通常のスパッタ装置で負荷可能な電圧の範囲内では酸素ガスの表面反応が活性化に大きく寄与したためと考えられる。しかしながら、スパッタ電圧を上げることができれば、他のガス種でも十分活性化効果は予想されるから、必ずしも実施例に示すように酸素ガス中に限定する必要はない。
【0024】
また、本発明では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を活性化処理した窒化ケイ素を用いることが望ましい。表面を活性化処理した窒化ケイ素を用いることにより、所望の低い摩擦係数を実現することができるためである。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を実現することができるものである。これは、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、活性化処理を行うことにより、表面にセラミックスを有する摺動部材を製造することにより提供できるものである。
【0025】
更に、本発明の摺動部材では、前記活性化処理が酸素ガス中でのスパッタ処理であることが望ましい例として挙げられる。活性化処理として酸素ガス中でのスパッタ処理を行うことにより、所望の低い摩擦係数を実現することができる。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を実現することができるものである。これは、セラミックス材料を焼結して得られた部材、好ましくはセラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、酸素ガス中でスパッタ処理を行うことにより、表面がセラミックスの摺動部材を製造することにより提供できるものである。本発明にあっては、摺動部材を製造する方法に関するものであって、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を、酸素ガス中でスパッタ処理を行って前記セラミックスの摺動部材を製造することにより、前記と同様の作用効果を奏する摺動部材を提供することができるものである。すなわち、所望の低い摩擦係数の摺動部材を実現することができる。より詳しくは、油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦が得られる摩擦表面を有する摺動部材を実現することができる。
【0026】
好ましくは、焼結して結晶粒が粗大化した窒化ケイ素あるいは表面への窒化ケイ素系被膜処理で結晶粒が粗大化した窒化ケイ素を、酸素ガスが僅かに流れる真空中でスパッタ処理を行うことで、低い摩擦係数を有する表面がセラミックスである摺動部材を実現することができるものである(実施例参照のこと)。これは、機構は明らかではないが、スパッタによって活性化された窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面に化学吸着、あるいは表面反応によって薄い表面層が形成される。その表面層は摩擦試験を行ったときに、潤滑油を強く保持して、摩擦面に特異な領域を形成する。このような領域は、極薄の摩擦界面を形成し、おそらくその領域の粘度は活性化された窒化ケイ素表面あるいは窒化ケイ素系被膜の材料表面とのなんらかの結合によって高められ、そのため、その摩擦界面においては流体潤滑が起こって摩擦係数が低くなるものと考えられる。実際、後に示す低摩擦界面の分析によれば摩擦界面の極めて薄い領域に容易に塑性変形が起こり弾性率の低い膜の存在が示唆される。このような軟質な膜(軟質な相)は摩擦接触部の局所領域における流体潤滑化を促進して低摩擦が実現したものと推察される。
【0027】
なお、酸素ガス濃度としては、スパッタによって活性化された窒化ケイ素の表面あるいは窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面を提供でき、本発明の作用効果を有効に発現しえるものであればよく、特に制限されるものではないが、上記したように、製造コスト、安全性などの観点からは、酸素ガスが僅かに流れる真空中でスパッタ処理を行うようにするのが望ましいと言える。
【0028】
また、上記スパッタ処理では、窒化ケイ素の表面あるいは表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面をスパッタ処理すればよいものである。言い換えれば、摺動部材の内部にスパッタ処理された窒化ケイ素材料が含まれていても効果を発現し得ないものである。したがって、本発明の摺動部材では、少なくともスパッタ処理前に、所望の摺動部材の形状になるように機械加工するか、あるいは適当な大きさ機械加工し、その後に所望の摺動部材の形状になるように研削加工、さらにはバフ研磨等を施すことが望ましい。なお、表面を窒化ケイ素系被膜で覆った材料表面をスパッタ処理する場合には、特にこうした前処理は不要である。ただし、スパッタ処理の際には、少なくとも摺動する1対の部材のうちの少なくとも一方のセラミックスの接触部に相当する部分については、その表面を形成しておく必要があるが、他の部分については、スパッタ処理後に加工してもよい。
【0029】
例えば、実施例に示すように、適当な大きさに機械加工して焼結し、その後に研削加工、さらにはバフ研磨等を施して所望の摺動部材の形状にし、かかる所望の形状を有するセラミックスの表面をスパッタ処理すればよい。なお、実施例にも示したように、スパッタ処理により、寸法的に0.1μm程度は薄くなることを十分に考慮して、こうした加工精度(寸法精度)を決定する必要があることはいうまでもない。
【0030】
さらに、本発明の摺動部材では、前記セラミックスとして窒化ケイ素を用いることが望ましい。本発明にあっては、前記セラミックスに窒化ケイ素を用いることにより、上記に記載の作用効果をより顕著に奏することができる。
【0031】
さらにまた、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を酸素ガス中でスパッタ処理を行った窒化ケイ素を用いる上で、該スパッタ処理温度を0〜400℃とすることが望ましい。かかる表面がセラミックスの摺動部材は、スパッタ処理の温度を0〜400℃とすることで提供できる。スパッタによる表面の活性化温度に上限のある理由は、あまりに高いスパッタ処理温度では準安定な活性化した表面を更に安定な表面に転換させる可能性があるからである。また、スパッタ処理によって部材温度は数10度以上の温度にまで高まるから、極端に低い温度は現実的ではない。更に、温度が低いときには部材に吸着しているガスがスパッタ過程で放出されて真空度を下げ、スパッタが不安定になる場合がある。この観点からは適正なスパッタ処理温度が存在することが示唆されるが、これが0〜400℃のスパッタ処理温度が良い効果を生ずる理由であると考える。なお、ここでいうスパッタ処理の温度は、スパッタ処理に供される部材(窒化ケイ素)の温度および/または該部材の周囲温度をいう。かかる温度は、実施例に示すように、部材の周囲温度(例えば、実施例に示すようにスパッタ装置内の部材の周囲の空中に浮かした熱電対の温度など)として直接測定してもよいし、事前にスパッタ処理の際の加熱ヒータの設定温度とスパッタ処理に供される部材(窒化ケイ素)の温度または該部材の周囲温度との関係を調べておき、実際のスパッタ処理時には、かかる調査結果から加熱ヒータの設定温度から推測して求めてもよい。
【0032】
スパッタ処理温度が0℃未満の場合には、現実的に実施困難であるばかりでなく、化学反応が十分に進行しないおそれがあり、スパッタ処理による表面の活性化が不充分となるおそれがある。一方、400℃を超える場合には、準安定な活性化した表面を更に安定な表面に転換させるおそれがある。なお、表面処理温度が低いときにはスパッタ処理の加速電圧は低くても良いが、処理温度が高くなると更に表面を活性化するために更に高い加速電圧でスパッタすることが必要になる。少なくとも、300℃から400℃では1kV以上の加速電圧が必要であり、それ以下では表面活性化の効果が小さく摩擦を低くする効果は小さい。しかしながら、処理温度が低いときには、比較的低い電圧でも表面活性化の効果が認められる。しかし、いずれにせよ、上記範囲を外れる場合には、温度が高すぎても、また低すぎても、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品(摺動部材)のように高い面圧のもとでの摩擦環境では摺動部品の低摩擦の永続性は認められず、回転速度を変化させる過程で摩擦係数は0.1程度まで上がってしまい、常に(永続的に)摩擦係数略0.1ないしそれを下回る低摩擦領域まで低減することが困難な場合がある。
【0033】
さらにまた、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスの摺動部材として、表面を活性化処理した窒化ケイ素、より具体的には表面を酸素ガス中でスパッタ処理を行った窒化ケイ素を用いる上で、該窒化ケイ素が、希土類金属の酸化物、アルカリ土類の酸化物あるいはアルミニウムの酸化物から選ばれた1種以上の酸化物を焼結助剤として添加して焼結したセラミックスであることが望ましい。
【0034】
ただし、本発明の摺動部材では、上記窒化ケイ素の焼結助剤として、希土類金属の酸化物を含む複数の種類の酸化物を用いるのが望ましいが、これらに制限されるべきものではなく、窒化ケイ素の焼結助剤については、本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であれば特に制限されるものではなく、一般にアルカリ土類金属の酸化物、希土類金属の酸化物、およびアルミナなどを幅広く使用することができるほか、各種の遷移金属酸化物を利用することもできる。このような低摩擦を生ずるような添加剤としてどれが適当であるかを特定することは難しいが、実施例に示すように、少なくとも希土類金属の酸化物を焼結助剤として用いたときには有用な効果を奏することが認められる(表1参照のこと)。
【0035】
上記焼結助剤の具体例としては、例えば、実施例で使用したような酸化イットリウム、酸化ネオジウムなどの希土類金属の酸化物;酸化マグネシウムなどのアルカリ土類金属の酸化物;酸化アルミニウム(アルミナ)などが挙げられるが、これらに制限されるべきものではない。これらは1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0036】
また、焼結助剤の使用量や2種以上併用する場合の組み合わせ方については、上述したように本発明の作用効果に影響を及ぼさない範囲であればよく、特に制限されるものではない。また、アルミナを焼結助剤成分に加えるとアルミニウムが窒化ケイ素に固溶してサイアロンと称される固溶体を形成することが知られているが、窒化ケイ素に代わってサイアロンを用いることでなんら支障はない。
【0037】
また、本発明の摺動部材は、窒化ケイ素セラミックスの表面にスパッタ処理を行った摺動部材であり、そのスパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたことを特徴とするものであるといえる。すなわち、表面に形成された軟質な相によって、上述してきたような低摩擦が実現できるものといえる。これは、軟質な相が摩擦接触部の局所領域において流体潤滑化を促進するように作用するためと考えられる。
【0038】
ここで、上記スパッタ処理によって表面に形成される軟質な相は、後述する実施例で説明するように(図10、11の説明部分を参照のこと。)、酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素の極表面に低い荷重(具体的には、ベルコビッチ圧子を用いた荷重8μN以下のナノインデンテーション試験によって、荷重の負荷過程と除荷過程でヒシテリシスが検出されるような低い荷重であり、またベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験によって、5nm以上、20nm以下の引っ掻き深さにおいて、摩擦係数が活性化処理によって低下する程度の低い荷重である。)で塑性変形が起こり始める軟質な相として検知することができるものである。かかる軟質な相は、スパッタ処理によって表面が活性化状態になり軟質な物質に変化した、あるいは形成されたものであり、この活性化された化学状態が潤滑油を強く吸着して低摩擦を実現し得るものといえる。
【0039】
また、本発明の摺動部材は、ベルコビッチ圧子を用いた荷重8μN以下のナノインデンテーション試験によって、荷重の負荷過程と除荷過程でヒシテリシスが検出されることを特徴とするものである(図10(b)を参照のこと。)。これは、上記スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたことの、直接的な確認がなされてなるものであり、一発明を多面的に捉えるための規定といえる。よって、かかる規定を満足する場合にも、スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成された場合と同様の作用効果を奏するものである。
【0040】
ここで、ナノインデンテーション試験に用いることのできるベルコビッチ(Berkovich)圧子としては、実施例に示したようなベルコビッチ型ダイヤモンド圧子を用いることができるが、同様の特性を有するものであれば、従来公知の他のものを用いてもよい。
【0041】
ベルコビッチ圧子を用いた荷重数μN〜十数μNのナノインデンテーション試験については、実施例に示した通りであるため、ここでの説明は省略する。
【0042】
更に、本発明の摺動部材は、ベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験によって、5nm以上、20nm以下の引っ掻き深さにおいて、摩擦係数が活性化処理によって低下することを特徴とするものである(図12を参照のこと。)。これは、上記スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたために予期される現象が起こっており間接的な確認になるものであり、一発明をより多面的に捉えるための規定といえる。よって、かかる規定を満足する場合にも、スパッタ処理によって表面に軟質な相が形成された場合と同様の作用効果を奏するものである。
【0043】
ここで、ナノスクラッチ試験に用いることのできるベルコビッチ(Berkovich)圧子としては、実施例に示したような先端角度が30°で先端曲率が1μmの円錐形のダイヤモンド圧子(コニカル圧子)を用いることができるが、同様の特性を有するものであれば、従来公知の他のものを用いてもよい。
【0044】
ベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験については、実施例に示した通りであるため、ここでの説明は省略する。
【0045】
また、本発明の摺動部材の製造方法では、前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与することを特徴とするものである。より好ましくは、前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与し、かつそのスパッタ処理時間が30分以上5時間以内であることを特徴とするものである。これにより、窒化ケイ素表面の活性化処理を促進することができる。これらの点に関しては、後述する実施例(具体例)により図面を用いてより詳しく説明する。
【0046】
本発明の摺動部材では、前記表面活性化処理として酸素中でのスパッタ処理に於いて、必ずしもスパッタターゲットに高周波(RF)プラズマを発生させる必要はない。バイアス電圧をかけるだけでも低摩擦化処理は可能である。すなわち、真空チャンバーの中で、高バイアス電圧をかけると試料基板周囲に放電によるプラズマが発生して、イオンが加速されて表面に衝突する。この活性化処理法はターゲットのRFプラズマを伴わないために、イオンの発生量が少なくなるから、十分な量のイオン発生を起こすためには、RFプラズマを点灯させたときに比べて高い気体圧力を設定し、バイアス電圧も高い方が好ましい。
【0047】
また、本発明の摺動部材では、前記活性化処理がイオン注入処理であってもよい。活性化処理として、低電圧でのイオン注入も後述する実施例で説明するように、有効な活性化処理方法である。これは加速されたイオンを表面に衝突させることによって、表面を活性化させる作用がある。したがって、通常行われる100kV程度の高電圧の処理ではチャンネリング効果によって照射されたイオンは表面から数100nmの深さまで達してしまうから、むしろ10kV程度の低電圧でのイオン注入(低圧イオン注入処理)の方が活性化効果は高いものと考えられる。当該摺動部材は、相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結して機械加工、イオン注入処理をして上記セラミックスの摺動部材を製造する方法により得ることができる。
【0048】
本発明の摺動部材では、前記イオン注入処理が、窒素イオンの注入であることを特徴とするものである。かかる方法によっても、活性化された表面を提供することができ、本発明の作用効果を有効に発現し得るものである。
【0049】
また、本発明の摺動部材では、表面がセラミックスである摺動部材として、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に用いることを特徴とするものである。これらによっても、活性化された窒化ケイ素系被膜表面を提供することができ、本発明の作用効果を有効に発現し得るものである。
【0050】
当該摺動部材は、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面にスパッタ処理として、バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより前記セラミックスの摺動部材を製造する方法により得ることができる。前記バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に形成することができるものである。詳しくは、活性化処理した窒化ケイ素系被膜は、窒化ケイ素をターゲットとするスパッタ被覆処理によって行い、そのときに処理物にバイアス電圧を加えながら活性化被覆処理を行うことを特徴とするものである。そして、活性化スパッタ被覆処理温度は、0〜400℃であることが望ましい。
【0051】
すなわち、上記表面活性化処理として、バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理についても後述する実施例で説明するように、有効な方法である。これは、表面が活性化されたセラミックスである摺動部材を作製する方法であり、製造された摺動部材の表面にセラミックス相を有し、そのセラミックス相の表面が活性化された構成となっている。したがって、摺動部材の基部については金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から選択することができる。この基部の上に被覆する材料については、既に効果の確認されている窒化ケイ素焼結体を被覆して、その表面を酸素ガス中でスパッタ処理あるいは低圧イオン注入処理をすることでも差し支えないが、バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理は簡便に被覆と活性化処理を行うことのできる方法である。このときのバイアス電圧とスパッタ被覆のときの基部として用いる基板については既に説明した酸素ガス中でのスパッタ処理条件に準ずる。なぜならば、バイアス電圧を付与することによってプラズマイオンが基板に衝突して活性化されると推察されるので、バイアス電圧はある程度以上高いことが好ましく、基板温度は活性化効果が失われるような高い温度よりは低い方が好ましいからである。実施例に示すスパッタ被覆処理は窒化ケイ素をターゲットとしたスパッタ被覆処理であるから、窒化ケイ素系の被膜が処理物表面に形成され、その表面にプラズマイオンがバイアス電圧による加速によって衝突するのであるから、基本的な表面構成は窒化ケイ素系の被膜であり、その表面がプラズマイオンによって叩かれて活性化された構造を有しているものと推察される。図20にはスパッタ被覆処理によって形成された摺動部材の構造を模式的に表した概略断面図を示す。図20に示すように、摺動部材1では、金属材料、高分子材料、無機材料、複合材料など様々な材料から選択された基部2の上にスパッタによって製膜された被覆膜3が存在する。更に、被覆膜3の最表面4はスパッタ被覆処理の際に、プラズマイオンがバイアス電圧による加速によって衝突することから、活性化された構造を有している。
【0052】
【実施例】
以下、本発明の具体的な実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
【0053】
低摩擦(詳しくは油潤滑のもとでも、高い面圧のもとでの摺動のために油膜を介さずに一部に固体同士の接触の起こる境界潤滑領域においても、摩擦係数が略0.1程度ないしそれを下回る低摩擦、好ましくは摩擦係数0.08以下、特に好ましくは0.01付近の低摩擦の摩擦表面を創出することで得られる低摩擦)は、いくつかの条件で製造したセラミックスの1種である窒化ケイ素(表1参照のこと)について極めて限られた条件でのスパッタなどの活性化処理で実現したものであり、その理由は明らかではないが、以下のような条件を満たしたときに発生することが確認できた。すなわち、希土類酸化物を焼結助剤として含む窒化ケイ素について、酸素ガスを僅かに真空中に導入しながら行ったスパッタ処理において、スパッタ処理を行う部材温度(窒化ケイ素基板温度)が400℃以下であり、スパッタ時の加速電圧が0.5kV以上1.5kVまでの領域で1時間の処理を行ったときにかなりの高い確率で低摩擦化の効果が認められた。具体的には、後に図13に提示するように、部材温度が低いときには低電圧でも効果が認められるが、部材温度が高くなると効果を得るためには、たとえば、1.5kV以上の電圧が必要であることが認められた。具体的な効果が得られた条件について以下詳細に記す。
【0054】
第1の実施例は、セラミックスとしては窒化ケイ素を用い、それを角板と円柱に機械加工して、角板に潤滑油を塗布して摩擦試験を行ったものである。
【0055】
上記セラミックスとしての窒化ケイ素は、希土類金属の酸化物として2mol%の酸化イットリウムと酸化ネオジウムをともに焼結助剤として添加して、2000℃で4時間、更に2200℃で16時間の焼結を行ったものをダイヤモンド砥石による研削加工に続き、遊離ダイヤモンド砥粒を用いたバフ研磨を施したものである。
【0056】
なお、このセラミックスとしての窒化ケイ素の熱伝導率は、レーザーフラッシュ法によって測定すると114W/m・Kであった。
【0057】
次に、スパッタ処理は、上記窒化ケイ素の角板を真空チャンバーの中において真空引きした後に、毎分40mlの酸素を導入し、高周波(RF)出力50W、加速電圧1kVで1時間行った。この際、加熱ヒータの温度を400℃にしてスパッタ処理を行ったが、そのときの基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、周囲においた熱電対によって測定すると約325℃であった。すなわち、加熱ヒータの設定温度に比べて窒化ケイ素の角板試料(基板)温度は、数10℃低いと推定される。
【0058】
上記スパッタ処理によって、セラミックスとしての窒化ケイ素の角板は、0.1μmほど薄くなった。
【0059】
摩擦試験(ピンディスク法による摩擦試験)は、荷重490Nで3本の窒化ケイ素ピン(セラミックスとして窒化ケイ素を用い、これを円柱に機械加工したものであって、上記スパッタ未処理のもの)の側面を、上記窒化ケイ素角板(上記スパッタ処理を行ったもの)に押し付けながら行った。窒化ケイ素ピンは、直径5mmで長さも5mmのものを用いた。毎分30回転の回転速度で行った摩擦試験では、初期の摩擦係数は0.04であったが2〜3分で0.02まで低下し、その後時間とともに僅かに低下することが認められた(図2参照のこと)。
【0060】
次に、上記摩擦試験における回転速度を変化させたときの試験を行った。
【0061】
その結果からは、開始時には毎分10回転のときに0.06であった摩擦係数は、回転数(回転速度)上昇とともに低下し、8分後に毎分1000回転まで達したときには0.04まで低下した(図3参照のこと)。
【0062】
さらに摩擦試験を続け、回転数(回転速度)を下げていくと、摩擦係数は、さらに低減し、毎分800回転を下回るようになると0.02以下となり、毎分100回転では0.011となった。
【0063】
低い摩擦係数が実現したときの条件は、表面粗さについては、図1に示すように、相対的に摺動する1対の摺動部材であるところの、上記窒化ケイ素の角板と上記窒化ケイ素ピンの接触部における合成粗さで表したときに、1μm以下の場合に相当した。なお、図1には、本実施例に示した試料全てについて摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦試験後の、ピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わしている。既に説明したように、通常0.12から0.13程度に摩擦係数を下げるのは容易であるが、この値以下に摩擦係数を下げ、低フリクション部材を得ることは今までの技術では不可能であったが、本発明では、図1(a)及び(b)に示すように、合成粗さ1μm以下を実現することで、0.12から0.13程度以下に摩擦係数を下げ、低フリクション部材を得ることができることが確認できた。
【0064】
図4には、基板(窒化ケイ素角板試料)の加熱用のヒータ(以下、単に加熱ヒータとする)の設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った各種の窒化ケイ素(角板)試料について、一定の摩擦速度(回転速度)で摩擦試験を行った結果を示す。
【0065】
図4にあるように、SN194の試料以外の他の試料(SN196、192)では低摩擦にはなっていないが、SN194の試料では初期に摩擦の低下の兆候が見られ、試験開始直後に摩擦係数は0.04まで低下した。しかしながら、その後、摩擦係数は増大し、最終的には0.1程度まで上昇した。この試料は効果の認められたSN195の試料に似た試料であり、上記焼結により結晶粒が粗大化して熱伝導度105W/m・Kが高まったものであるが(表1参照のこと)、その粒(窒ケイ素粒子)の大きさは、なお不十分であり、極めて短時間の低摩擦化効果しか認められなかった。
【0066】
図5には、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った各種の窒化ケイ素(角板)試料の回転速度を変化させたときの摩擦試験を行った結果を示す。
【0067】
効果を示したSN195の試料以外にSN192の試料についても、回転速度が上昇する過程では0.08以下の低摩擦を示す領域が現れたが、その永続性はなく毎分1000回転まであげてから、次に回転速度を下げる段階では摩擦係数は0.1程度まで上がってしまった。いづれにしても、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理した試料の摩擦係数はかなり低く、それがかなりの時間持続したことが認められた。
【0068】
図10には酸素ガス中でのスパッタ処理(以下、単に酸素プラズマ処理ともいう)によって低摩擦化した窒化ケイ素の摺動部のナノインデンテーション試験結果を示す。ここでの酸素プラズマ処理の詳細な内容については以下のとおりである。すなわち、真空チャンバーの中で酸素ガスを導入しながら、窒化ケイ素(表1のSN195の試料を用いた。)をターゲットとして高周波(RF)プラズマを発生させる。このときのRF出力はいずれの試験においても50Wと一定にした。酸素はプラズマによってイオン化され、ターゲットに衝突するが、酸素が活性であるためにターゲットの窒化ケイ素はほとんどたたき出されない。ターゲットに衝突した酸素はターゲットとの反応によりターゲット表面を酸化させる。摩擦係数の低い摺動部材として用いるために酸素プラズマ処理を行おうとする窒化ケイ素を基板として真空容器内に設置する。この窒化ケイ素基板はバイアス電圧をかけられるようになっている支持金属棒に括りつけ、その基板の周囲はチャージアップを防ぐためステンレスの金属網で覆った。更に、基板は支持棒を中心に自転しながら、チャンバー内を公転する。基板にバイアス電圧をかけてその周囲にプラズマを発生させるが、このプラズマの発生はRFプラズマによって誘起されて発生する。バイアスをかけることによってプラズマ中の荷電粒子が基板に衝突する。衝突粒子の多くは酸素がイオン化されたプラズマ粒子であろうと考えられる。すなわち、酸素プラズマ処理によって、イオン化された酸素粒子が窒化ケイ素基板に激しく衝突して表面が活性化されると推定される。
【0069】
上記ナノインデンテーション試験ではベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係を測定する。この試験は微小な荷重をかけてそのときの押し込み深さを変位として測定するのであるが、荷重が小さすぎると安定的な測定が困難なため、通常は少なくとも数10μN以上の荷重域で行われる。この手法を摩擦界面の極薄い相に応用するため、測定されたばらつきの大きいデータポイントを最小2乗法による近似曲線でフィッティングして得られた曲線を表示している。図10(b)には最大荷重6μNでベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係を示すが、負荷過程において荷重を高めるにつれて変位は増大し、最大荷重に達した後に除荷過程において荷重を下げると変位は小さくなるが塑性変形が起こったために原点には戻らない。これに対し、図10(a)に示した最大荷重4μNでベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を試料表面に押しこんだときの荷重と変位の関係からは、最大荷重に達した後に荷重を下げると変位は小さくなり原点に戻ることからこの荷重では塑性変形が起こっていないと判断される。すなわち、酸素プラズマ処理によって低摩擦化した試料の表面には僅か6μNの押し込み荷重で塑性変形が起こる物質が存在することが示される。
【0070】
これに対し、図11には酸素無処理窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験を示すが、図11(a)に示すように最大荷重8μNにおいても荷重変位曲線は原点に戻り、塑性変形が起こっていないことを示す。これについては、図11(b)に示すように最大荷重10μNで塑性変形が起こる。すなわち酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素の極表面に低い荷重で塑性変形が起こり始める軟質な相が形成されたことを示している。この物質がどのような化学形態であるのかを調べるためにX線光電子分光による表面元素分析を行ったが、酸素プラズマ処理によって形成された化学物質を検出することはできなかった。したがって、低摩擦を実現した理由としては、酸素プラズマ処理によって表面が活性化状態になり軟質な物質に変化した、あるいは形成された活性化された化学状態が潤滑油を強く吸着して低摩擦化作用が得られたものであろうと推定される。
【0071】
図12にはナノスクラッチ試験による摩擦係数の測定結果を示す。これはナノインデンテーションの試験機を用い、ベルコビッチ(Berkovich)型ダイヤモンド圧子を用いたナノスクラッチ試験(引っ掻き試験)を行ったものである。該ナノスクラッチ試験(引っ掻き試験)に用いたベルコビッチ圧子は、先端角度が30°で先端曲率が1μmの円錐形のダイヤモンド圧子(コニカル圧子)を用いた。また、酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素には表1のSN195の試料を用い、酸素プラズマ処理の窒化ケイ素には、表1のSN195の試料を上記図10の説明した同様の酸素プラズマ処理を行ったものを用いた。
【0072】
さまざまな押し込み深さのもとでナノスクラッチ試験を行ってそのときの押し込み荷重とせん断力の比から摩擦係数を測定した。理由は不明であるが、引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が浅いときの摩擦係数は高く、引っ掻き深さを大きくするにつれて摩擦係数は低下し、約20nm以上の深さでのスクラッチ試験では摩擦係数は一定となった。酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素(無処理品)の摺動部と酸素プラズマ処理の窒化ケイ素(酸素プラズマ処理品)の摺動部の摩擦係数は20nmを超える深さでは同等であるが、20nm以下の領域では、酸素プラズマ処理品の方が低い。これは酸素プラズマ処理によって表面に軟質の相が形成され、それが潤滑機能を呈して摩擦係数を僅かに低下させた原因であろうと推定される。また、図12の摩擦係数と引っ掻き(スクラッチ)深さの関係において、酸素プラズマ処理品の摺動部と無処理品の摺動部の摩擦係数に有意差が現れる深さの下限側は、実験を行った最少深さの3nmで認められるものであり、より明確には5nm以上である。すなわち、摩擦係数は、20nm以下の深さ、好ましくは3nm以上20nm以下、より好ましくは5nm以上20nm以下の深さで、酸素プラズマ処理品の方が低い。摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦の摺動部材を得るには、酸素プラズマ処理では引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が5nm以上、好ましくは8nm以上であり、酸素プラズマ無処理では、引っ掻き深さ(スクラッチ深さ)が7nm以上、好ましくは10nm以上である。
【0073】
このように適正な酸素プラズマ処理によって表面に極めて薄い軟質相が形成されると、ナノスクラッチ試験による摩擦係数は僅かに減少するが、その摩擦係数の違いは潤滑油を用いた摩擦試験での違いに比べると微々たるものである。すなわち、酸素プラズマ処理によって窒化ケイ素表面に形成された軟質な相はそれ自体の存在によって潤滑機能を呈して摩擦係数を下げる効果は僅かなものであろうと推定される。したがって、その表面が活性化された薄い軟質な相が摩擦係数を大幅に低下させる理由としては、該軟質な相が潤滑油と化学的な結合を形成し、摩擦係数の大幅な低下に寄与した可能性が高いと推定される。
【0074】
第2の実施例を以下に説明する。図7には低摩擦効果を示したSN195の試料と同一の製造法によって作製した窒化ケイ素試料(SN202−1〜10)について各種の条件で酸素プラズマ処理を行ったのち、毎分30回転の一定速度での摩擦試験によって摩擦係数を評価した結果を示す。また、図8には、同じく窒化ケイ素試料(SN202−1〜10)について、上記した毎分30回転の一定速度での摩擦試験を行った後、続いて回転速度を1000rpmまで上昇させ、再び降下させる摩擦試験によって摩擦係数を評価した結果を示す。さらに、図9には、同じく窒化ケイ素試料(SN202−9〜10)について、上記した毎分30回転の一定速度での摩擦試験後、回転速度を1000rpmまで上昇させ、再び降下させる摩擦試験を行った後、引き続き毎分30回転の摩擦試験を行ったときの60分間にわたる摩擦係数の変化を示したものである。図7〜図9に用いた窒化ケイ素試料の酸素プラズマ処理条件は表2に記載した通りである。
【0075】
ヒータによる基板の加熱を行わず毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約95℃まで上昇した(表2のSN202−10参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.04であったが、次第に低下して15分後には0.02となった(図7(e)の符号10参照のこと)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は、図8に示すように0.02付近であった(図8(e)の符号10参照のこと)。更に、図9に示すように毎分30回転の回転数で摩擦試験を行うと
摩擦係数は開始時には0.025であったが、次第に低下して60分後には0.013程度の値になった(図10の白四角を参照のこと。)。この試験終了後に試料表面の窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−10ではRqc=0.58μmであった。なお、図7〜9に示すSN202−1〜10の試料は、図1〜3に示したSN195の試料と焼結体密度は3.01Mg/m3と同等であったが、レーザーフラッシュ法によって測定した熱伝導率については87W/mKと低い値を示した(表1参照のこと。)。
【0076】
また、SN202−9の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を450℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約355℃まで上昇した(表2のSN202−9参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.08であったが、次第に低下して15分後には0.045となった(図7(e)の符号9参照のこと。)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は図8に示すように0.05付近であった(図8(e)の符号9参照のこと。)。更に、図9に示すように毎分30回転の回転数で摩擦試験を行うと摩擦係数は、開始時には0.05であったが、次第に低下して60分後には0.03付近になった(図9の黒丸を参照のこと。)。窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−9ではRqc=0.57μmであった。
【0077】
更に、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を500℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約410℃まで上昇した(表2のSN202−3参照のこと。)。処理後に測定した摩擦試験では摩擦係数は、図7に示すように試験開始には0.14であったが、次第に低下して15分後には0.02となった(図7(b)の符号3参照のこと。)。続いて、回転数を毎分1000回転まであげ、再び下げる過程では摩擦係数は図8に示すように0.02から0.03付近であった(図8(b)の符号3参照のこと。)。このときの窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−3では表面粗さRqcは0.53μmであった。
【0078】
すなわち、この条件は安定的に低摩擦を実現できるものではあるが、全く同様な処理を行った試料(表2のSN202−8参照のこと。)の毎分30回転の摩擦試験では、図7に示すように初期の摩擦係数は0.14と高く、試験開始5分後には0.075程度まで低下し、更に6から8分後の摩擦係数は0.05まで低下したのであるが、その後の摩擦係数は上昇し、15分後には約0.08と高くなった(図7(d)の符号8参照のこと。)。窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−8では合成粗さRqc=0.67μmであり、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦領域になり得るが、処理によって表面の合成粗さが増大して本発明で規定する範囲を逸脱した可能性がある。ただし、本発明の作用効果を実現できるものであることから、本発明の摺動部材の合成粗さRqcの要件については、0.3〜0.7μmの範囲まで広げることもできる。
【0079】
以上の結果から、SN202の試料について、加速電圧1.5kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が95℃と355℃のときには比較的容易に低摩擦状態が出現した。しかし、基板温度が410℃と高いときには試験開始時の摩擦係数は高く、その後、低下するが、そのまま低い摩擦状態に留まる場合と、摩擦係数が高まってしまう場合があることが認められた。したがって、加速電圧1.5kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が400℃を超える場合は低摩擦の再現性と安定性の観点からは好ましくなく、400℃以下の温度が好ましく、95℃と355℃の間の温度では確実に効果のあることが確認された。
【0080】
加速電圧が1.0kVの場合は基板温度325℃では低摩擦が認められたが、図7、8、13に示すように、基板温度を高めると効果は認められない場合もある。すなわち、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を500℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.0kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約410℃まで上昇した。処理後に測定した毎分30回転の摩擦試験では、処理は再現性を確認するために、2度行った。これはSN202−1と202−5に相当する。SN202−1では図7に示すように、処理後に測定した毎分30rpmでの摩擦試験では試験開始時の摩擦係数は0.13であったが、その後はやや低下して0.07から0.10付近で安定した値を示した(図7(a)の符号1参照のこと。)。図8に示した回転数を変化させた試験でも摩擦係数は0.10から0.16の範囲にあった(図8(a)の符号1参照のこと。)。また、SN202−5では図7に示すように、処理後に測定した毎分30rpmでの摩擦試験では0.08から0.11の摩擦係数を示したが(図7(c)の符号5参照のこと。)、図8に示した回転数を変化させた試験では摩擦係数は0.10から0.11の範囲にあった(図8(c)の符号5参照のこと。)。なお、このときの共材の窒化ケイ素ピンとの間の摩擦試験後の合成粗さRqcを測定すると、SN202−1では合成粗さRqc=0.96μmであり、SN202−5では合成粗さRqc=0.43μmであった。この結果から、高温でのスパッタ処理によって表面粗さの低下が起こることがあり得ることがわかる。しかし、共材の窒化ケイ素ピンとの間で、合成粗さRqc=1μm以下の要件については低い摩擦係数の得られたいずれの試験でも満足している(他の全ての実施例においても、合成粗さRqc=1μm以下の要件については、低い摩擦係数の得られたいずれの試験でも満足しており、本発明の目的を達成できている点については同様である。)。
【0081】
また、SN202の試料について、ヒータによる基板の加熱温度を450℃に設定して、毎分40mlの酸素を導入して、高周波出力50W、加速電圧1.0kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったときには、基板(窒化ケイ素の角板)の温度は、その周囲においた熱電対によって測定すると約355℃まで上昇した(表2のSN202−4参照のこと。)。処理後に測定した毎分30回転の摩擦試験では摩擦係数は0.10程度であり(図7(b)の符号4参照のこと。)、回転数を変化させた試験でも摩擦係数には若干の変動はあったが0.10付近の値であった(図8(b)の符号4参照のこと。)。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN202−4での合成粗さRqc=0.32μmであった。
【0082】
SN195と202の試料について加速電圧1.0kVで酸素プラズマ処理を行った場合は基板温度が325℃のときには効果が認められたが、基板温度が355℃以上では摩擦係数は0.1程度の高い水準であった。したがって、加速電圧1.0kVで酸素プラズマ処理を行った場合は電圧が低いために効果が現れる範囲が狭く、基板温度が325℃以下のときには効果があっても、それを超える場合は効果が認められなかった。すなわち、加速電圧は少なくとも1.0kV以上は必要であり、1.5kV以上が好ましい。
【0083】
続いて第3の実施例を以下に示す。これはアルミニウムを含有する窒化ケイ素が軸受鋼を相手材として摩擦試験を行ったときの摩擦係数が、スパッタ処理をおこなったために低くなったことを示す実施例である。すなわち、アルミニウムを含有する窒化ケイ素(表1のSN203の試料)と含有しない窒化ケイ素(表1のSN152の試料)の2種類の試料を実験に用いた。アルミニウムを含有する試料(SN203)は窒化ケイ素96mol%、イットリア2.0mol%、アルミナ2.0mol%の割合で粉末を混合し、成形後、ガス圧焼結炉を用いて焼結した。焼結条件は1900℃で4時間、9気圧の窒素ガスである。それに対しアルミニウムを含有しない窒化ケイ素(SN152)はY2O3−Nd2O3−MgO系の混合粉末であり、窒化ケイ素97mol%、イットリア0.5mol%、酸化ネオジウム0.5mol%、酸化マグネシウム2.0mol%の割合で粉末を混合し、成形後、2000℃で300気圧の窒素中4時間焼結し、更に2200℃で300気圧の窒素中で4時間焼成した。これら焼結体の研磨についてはバフ研磨まで行った。更に、熱伝導評価用の小型円板試料も作製し、レーザーフラッシュ法による熱伝導率の評価を行った。
【0084】
実験に用いた試料について、レーザーフラッシュによる熱定数の測定結果は、アルミニウムを含むSN203では熱伝導率は35.4±4.6W/mKであり、含まないSN152の67.6±4.1W/mKに比べて半分程度の熱伝導率の値を呈した。SN152についてアルキメデス法によって測定した密度は2.985±0.025Mg/m3、SN203については3.227±0.001Mg/m3であった。なお、これらの理論密度はSN152で3.234Mg/m3、SN203で3.22Mg/m3である。
【0085】
表面処理については、酸素プラズマ中でのプラズマ処理を行った。酸素プラズマ処理は良好と考えられる条件として、処理試験片の加熱は行わず、酸素を導入した真空中、加速電圧1.5kVで1時間の処理を予定した。すなわち、SN152とSN203の角板をそれぞれ2枚ずつ、スッパタ装置に取り付けて、酸素ガス中でのスパッタ処理を行った。試料の加熱は行わず室温のまま処理を始めたが、試料クリーニング時の加速電圧は通常の電圧である2.0kVにまで上昇させることができず、1.2kVでクリーニングを行った。そのときの試料近傍に置いた熱電対の温度(1chの温度)は110℃まで上昇した。続いて、酸素プラズマ処理に移ったが、その時の加速電圧も設定値の1.5kVには達せず、安定して加圧できる電圧0.5kVで処理を行った。なお、そのときの熱電対の温度(1chの温度)は70℃まで下降した。また、処理中に金網にスパークが発生し、プラズマは不安定であった。SN152の角板のうち1枚(SN152−1)についてのプラズマ処理はうまく行っていないと思われる(ただし、プラズマ処理がうまくいっていることもあり得るため、この試料についても実験を続けた。)。なぜなら、SN152−1の処理後の状態を観察すると、他の試料のような処理後の色変化が認められず、試料を覆うように取り付けたチャージアップ防止用の金網に導通が認められなかったからである。その原因としては、SN152−1試験片に取り付けたチャージアップ防止用の金網の取り付け方法に不備があり、スパーク放電が起こってプラズマ処理が不安定になった可能性が挙げられる。また、他の可能性としては、室温での処理のために吸着していたガスがプラズマ処理時に放出されて、プラズマが不安定になった可能性も僅かに残される。結局、SN203−1、SN203−2とSN152−2については電圧0.5kVで1時間の酸素プラズマ処理を行ったが、SN152−1については処理が不完全あるいは未処理の状態に近いと考えられる。
【0086】
窒化ケイ素角板試験片に酸素プラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験(第1の実施例で説明する摩擦試験のことである。)を行った結果を図14に示す。軸受鋼(金属)を相手材として評価したものである。
【0087】
SN203−1とSN203−2については、30rpmでの一定回転速度での摩擦試験では摩擦係数は、図14(a)に示すように時間と共に次第に低下し、0.03〜0.05の摩擦係数であったが、1000rpmまでの回転数上昇と下降を繰り返す摩擦試験では、図14(b)に示すように総じて下降段階の摩擦係数が高くなったが、これも0.03〜0.05の範囲の摩擦係数であった。それに対し、SN152−1とSN152−2については、いずれの摩擦試験でも摩擦係数は0.1付近の高水準を保った。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN203−1ではRqc=0.074μmであり、SN203−2ではRqc=0.060μmであったのに対し、152−1ではRqc=0.272μmであり、SN152−2ではRqc=0.197μmであった。SN152−1については酸素プラズマ処理が不完全であったために高い摩擦係数を示したのであろうが、SN152−2の摩擦係数が高く、SN203の摩擦係数が低かった理由については不明であるが、先に述べたように試料成分中のアルミニウムに起因するものといえる。
【0088】
続いて第4の実施例を以下に示す。図15には窒化ケイ素角板試験片(表1のSN194及び196の試料を用いた。)に酸素プラズマ処理を5分間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を示す。
【0089】
すなわち、酸素プラズマ処理のターゲットには窒化ケイ素焼結体を用い、RF出力50Wで誘導プラズマを誘起し、窒化ケイ素試験片にはバイアス電圧1.5kV、基板温度150℃で、酸素プラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験を行った。このとき、ターゲットの上ではプラズマ化された酸素はターゲットの窒化ケイ素と化学反応を起こし、ターゲット表面を酸化するが、ターゲットからの窒化ケイ素クラスターの飛び出しはほとんどないようである。そのため、試料窒化ケイ素にはプラズマ化された酸素イオンが衝突して、表面活性化が起こるものと考えられる。しかし、5分間の処理時間では十分な活性化処理は困難であり、図15にも示すように、30rpmでの一定回転速度での摩擦試験(図15(a)、(c)参照のこと)や1000rpmまでの回転数上昇と下降を繰り返す摩擦試験(図15(b)、(d)参照のこと)での摩擦係数は一部に0.04程度まで低下した例も認められるが、摩擦試験を継続する中で好適な低摩擦現象は失われ、摩擦係数が略0.1ないしそれを下回る低摩擦は実現できるが、長時間のより低い低摩擦状態(一定期間実現できた摩擦係数0.05ないしそれ以下)の保持はできなかった。共材の窒化ケイ素ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN194−5では合成粗さRqc=0.064μmであり、SN194−6では合成粗さRqc=0.104μmであったのに対し、SN196−1では合成粗さRqc=0.096μmであり、SN196−2では合成粗さRqc=0.089μmであった。すなわち、摩擦化処理のための処理時間は5分間では長期間の好ましい低摩擦状態の実現には短すぎ、1時間程度の処理時間が必要かつ望ましいことが認められた。処理時間はある程度以上必要であるが、あまりに長い時間は不経済であるばかりでなく、表面粗さの低下をもたらす危惧がある。既に、1〜2時間の処理を行ったときには表面粗さが著しく低下する様相は認められないので、処理時間は少なくとも30分以上、好ましくは1〜2時間である。5時間を越えるような長時間の処理は不経済である。
【0090】
図16にはイオン注入品の摩擦試験結果を示す。これは窒化ケイ素試験片としてSN193を用い、イオン注入については窒素ガス流量3.0ml/minのもと、10kVで30分行った。摩擦試験は従来のピン/ディスク式の摩擦試験機(3本のピンの側面を押し当てる方式)で行った。すなわち、窒化ケイ素試験片の角板を試験ホルダーで固定し、その上に軸受鋼(SUJ2)のピンを3本その側面を接触させながら、摩擦試験を行った。ピンの直径は5mm、長さは5mmである。摩擦試験の押し付け荷重は標準の490Nで行った。潤滑油は自動車エンジン用のもの(5W−30SJ)を用い、室温で窒化ケイ素試料に塗布して試験を行った。摩擦計測は(1)回転速度30rpmで15分間継続する「一定すべり速度試験」と、(2)1000rpmまで回転をあげる「すべり速度変化試験」の2つの方法で摩擦係数を測定した。図16に摩擦試験の結果を示す。窒化ケイ素試料としてはSN193を用い、窒素イオンの注入の有無による摩擦係数への影響を評価した。
【0091】
図16(a)には30rpmの一定回転速度での試験結果を示すが、試験開始時には摩擦係数が0.10程度であったものが、窒素イオン注入のない未処理品では0.08〜0.10の領域で変動するのに対し、イオン注入品は約4分後に摩擦係数が0.04まで低下し、その後はこの値を維持した。図16(b)には回転数1000rpmまでの上昇試験を行った結果を示すが、イオン注入品では0〜1000rpmの回転数上昇過程では摩擦係数0.04〜0.05を保った。一方、未処理品では摩擦係数は0.08〜0.10の範囲であった。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、SN193の窒素イオン注入品では合成粗さRqc=0.092μmであり、SN193の未処理品ではRqc=0.080μmであった。
【0092】
図17にはアルゴンガス中でのスパッタ処理について、窒化ケイ素をターゲット材として用い、僅かに処理条件を変化させたものを行った材料についての摩擦試験結果を示す。すなわち、処理条件としてはRF出力を300W(SN194−1とSN194−2)と50W(SN194−3とSN194−4)と変化させたことは異なるが、他の条件は同一である。すなわち、アルゴン流量は40ml/min、試料回転速度3.0rpm、加速電圧1.5kV、ヒータ加熱温度150℃、処理時間1時間は共通である。試料は窒化ケイ素SN194の角板であり、一回の処理に2枚ずつ使用した。そのときの試料近傍の温度について、RF出力が50Wのときに104〜124℃、300Wのときは130〜140℃であった。図17に示す摩擦試験結果について、相手材としてSN194−1、SN194−2、SN194−3についてはSN195ピンを用いて試験を行い、SN194−4については金属ピン(SUJ2ピン)を用いて行った。一定回転速度試験の結果では、194−1、194−2、194−3のいずれも試験開始時の摩擦係数は0.08であったが、その後緩やかに低下し、15分経過したときには、それぞれ、0.02、0.04、0.06付近の値となった。しかし、194−4の摩擦係数は開始直後から0.10付近の値であった。回転速度変化試験では194−1の摩擦係数は0.02付近からほとんど変化しないが、回転速度を高めて再び下げたときの摩擦は回転速度上昇過程より僅かに低くなった。このような傾向は194−2についても認められ、試験開始時に0.04付近の摩擦係数は回転数上昇と低下を経た終了時には0.03付近にまで低下した。それに対し、194−3については試験開始時の摩擦係数0.05は試験終了時に0.06と僅かに増加した。194−4では摩擦係数は0.10付近にあり、その変化は少ないが、試験終了時の摩擦係数は僅かに増加した。なお、194−2の試験では摩擦痕の観測によると、片当たりが起こったことが示唆された。SN195ピンまたはSUJ2ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、194−1と195ピンとの合成粗さRqc=0.337μmであり、194−2と195ピンとの合成粗さRqc=0.308μmであり、SN194−3と195ピンとの合成粗さRqc=0.397μmであり、SN194−4とSUJ2ピンとの合成粗さRqc=0.077μmであった。
【0093】
このようなバイアス電圧を加えたスパッタ被覆処理について、摩擦は低い傾向にあり、摩擦係数が0.1を下回る低摩擦を実現することは可能である。ただし、安定した低摩擦状態、すなわち安定して低い摩擦係数が容易に得られるわけではないが、自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品のように高い面圧のもとでの摩擦環境で実現が困難であった摩擦係数が0.1若しくはそれを下回る低摩擦を達成できれば十分にこうした用途に適用可能である。図18には窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を1時間施したものについてのピンディスク法による摩擦試験結果を示す。摩擦試験には共材の窒化ケイ素ピンを用いた。材料としてはSN194とSN196を用いた。一定回転速度試験の結果によれば、SN194−9とSN194−10に比べて、SN196−5とSN196−6ではやや低い摩擦係数を示すようである。実際、SN194−9とSN194−10の摩擦試験開始時の摩擦係数は0.14と0.12であり、15分後の摩擦係数も0.08程度であった。それに対し、SN196−5とSN196−6では試験開始時には摩擦係数は0.10程度であり、15分後にはそれぞれ0.06と0.04に低下している。しかし、回転速度変化試験においてはこの差異は不明瞭となり、SN194−9は試験開始時の摩擦係数が0.07であったものが、回転を高めて再び低下させたときの最終値は0.04まで低下した。それに対し、SN194−10では初期値が0.08、最終値が0.10であった。SN196−5とSN196−6についても、前者が0.05から0.10に高くなったが、後者では0.06付近で変化はほとんど認められなかった。このように、試料ごとの摩擦挙動の変化は複雑であり、統一的な説明は困難であった。特に、アルゴンプラズマ処理品の回転速度変化試験においては高速摺動になったときに摩擦係数が高くなり、低摩擦速度のときに摩擦係数が高いデータがいくつか得られているが、これはストライベック線図からの関係からは予期しにくい現象である。共材の窒化ケイ素ピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、194−9での合成粗さRqc=0.117μmであり、194−10での合成粗さRqc=0.115μmであり、196−5での合成粗さRqc=0.080μmであり、196−6での合成粗さRqc=0.090μmであった。
【0094】
窒化ケイ素をターゲットしてアルゴンガス中で作製したスパッタ被覆膜について、化学組成をX線電子分光法(XPS)によって分析した。最表面には吸着によると思われる炭素と酸素の割合が高く検出されたが、2.5nm以上に表面をスパッタで削り取ってしまえば、吸着の影響が除外され、その元素の割合について深さ方向に元素分布の変化はほとんど認められず一定であり、その元素の割合はSi:51〜53atm%、N:25〜27atm%、O:19〜21atm%であった。これはケイ素過剰の酸窒化膜が形成されていることを示している。これはN1s、O1sの結合エネルギーの測定値の半値幅に対し、Si2pの半値幅が広くなっていることからも確認される。すなわち、Si2pのピークの半値幅が広くなったことは少なくとも2つ以上の異なる結合状態が混在していることであるから、Si−NあるいはSi−Oのような結合エネルギーの高い結合と、Si−Siのような僅かに結合エネルギーの低い結合が混在していることを示している。この結合エネルギーの測定結果の一例は図19に示した。更に、二次イオン質量分析計(SIMS)による分析では6〜7atm%の水素が含まれていることが確認された。
【0095】
図21にはRFによる酸素プラズマを発生させずに、3.0kVのバイアス電圧のみをかけて処理した窒化ケイ素の摩擦試験結果を示す。一定摩擦試験ではSN196−3は0.08程度の摩擦係数を示した。更に、回転数を変えたときには回転数上昇過程で0.04、下降過程では回転数低下と共に摩擦は上昇したが、0.06程度の値であった。SN193−3では0.1程度の摩擦係数が保たれたから、SN196−3についてのみ低摩擦化処理の効果が現れたものと推察される。すなわち、RFプラズマを発生させなくとも、バイアス電圧をかけて基板に放電させることによって表面が活性化され低摩擦化処理が行われたことがわかる。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、193−3での合成粗さRqc=0.068μmであり、196−3での合成粗さRqc=0.066μmであった。
【0096】
図22には3.0kVのバイアス電圧をかけて酸素プラズマ処理品の摩擦試験結果を示す。SN193−1とSN196−1については試料の加熱は行わなかったが、プラズマ処理によって試料温度は100℃付近にまで上昇した。また、SN193−2とSN196−2についてはヒータ温度を150℃に設定して加熱したが、試料温度は140℃付近であった。SN196については2つの試験片のいずれも摩擦係数は低く0.03付近(SN196−1)と0.05付近(SN196−2)の摩擦係数を示したが、SN193については0.10付近(SN193−2)の高い値と比較的低い0.06付近(SN193−1)の摩擦係数を示した。軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定すると、193−1での合成粗さRqc=0.081μmであり、193−2での合成粗さRqc=0.082μmであり、196−1での合成粗さRqc=0.076μmであり、196−2での合成粗さRqc=0.069μmであった。いずれの材料でも摩擦係数が0.1若しくはそれを下回る低摩擦を達成できているが、いずれの材料でも−2の実験の方が−1に比べて摩擦は高くなっていることから、プラズマ処理の際におけるヒータ加熱の有無による効果については、ヒータ加熱なし、あるいはガス流量の大きいときに摩擦は低くなるようにも思われる。
【0097】
表3に、鉄鋼基板の上に窒化ケイ素を被覆したものについて、各種の活性化処理を行い、その摩擦係数を測定した結果を示す。この活性化処理は酸素中でのスパッタ処理と同様の操作を行った。すなわち、酸素中でバイアス電圧をかけながら1時間真空チャンバー内に保持した。ここで、RF出力0のものはRFプラズマを発生させずに、バイアス電圧のみによってプラズマ活性化処理を行ったものである。いずれも活性化処理によって摩擦係数が低下した様子が認められる。また、鉄鋼基板の上に窒化ケイ素を被覆したものと、軸受鋼(SUJ2)のピンとの間の合成粗さRqcを測定した結果も表3に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
上記表1には窒化ケイ素(角板)試料ごとの材料の成分組成、該材料の焼結条件および焼結により得られた窒化ケイ素材料の熱伝導率についてまとめて記述した。なお、窒化ケイ素ピンは、いずれもセラミックスとして上記した窒化ケイ素材料を用い、これを円柱に機械加工したものであって、スパッタ処理なしのものを用いた。
【0100】
【表2】
【0101】
上記表2にはSN202の窒化ケイ素の酸素プラズマ処理条件を示す。試料SN202−1〜10は、図7〜9の試料番号1〜10に対応する。試料温度を直接測定することはできないので、加熱用ヒータの制御温度と試料の周囲温度として、スパッタ装置内の部材の周囲の空中に浮かした熱電対の温度(Ch1)を示した(基板はチャンバー内の支持金属棒に取り付けられて、チャンバー内を回転するので、熱電対を近傍に近づけることはできない。熱電対は試料に近づいているときには数cm以内であるが、離れているときには30cm程度の間隔がある。)。試料温度はヒータ温度よりCh1温度に近いと推定されるためである。
【0102】
【表3】
【0103】
上記表3に示す、鉄鋼の表面に窒化ケイ素を表面被覆した材料の表面に各種の表面処理を行った材料について摩擦係数を測定した。各種の表面活性化処理条件として、試料加熱温度とバイアス電圧およびRF出力を変えて行った。表面処理材料は相手材をSUJ2ピンとして、潤滑油中でのピンディスク法による摩擦試験を行った。摩擦係数は30rpmでのピンディスク法による摩擦試験を行った15分後の値である。
【図面の簡単な説明】
【図1】摩擦係数と合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。詳しくは、本実施例に示した試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦試験後の、ピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。図1(a)は、相手材が金属(軸受鋼(SUJ2))である場合の該相手材であるピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。図1(b)は、相手材がセラミックス(窒化ケイ素)である場合の該相手材であるピンとの間の合成粗さRqcの関係を表わすグラフである。
【図2】摩擦係数と摩擦時間の関係(SN195の材料)を表わすグラフである。詳しくは、SN195の材料について、表1に示す焼結を行った後に、基板の加熱ヒータの設定温度をそれぞれ400℃および450℃としてスパッタ処理した試料、スパッタ処理なしの試料、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行うのに相当する325℃で酸化処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦時間の関係を表わすグラフである。
【図3】摩擦係数と回転速度の関係(SN195の材料)を表わすグラフである。詳しくは、SN195の材料について、表1に示す焼結を行った後に、基板の加熱ヒータの設定温度をそれぞれ400℃および450℃としてスパッタ処理した試料、スパッタ処理なしの試料、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行うのに相当する325℃で酸化処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と回転速度の関係を表わすグラフである。なお、各試料ごとに、回転速度を毎分1000回転まで上げていった際のデータと、その後に回転速度を下げていった際のデータを示した。
【図4】摩擦係数と摩擦時間の関係(基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理したもの)を表わすグラフである。詳しくは、表1に示す焼結を行った窒化ケイ素のSN192、194、195及び196について、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と摩擦時間の関係を表わすグラフである。
【図5】摩擦係数と回転速度の関係(基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理したもの)を表わすグラフである。詳しくは、表1に示す焼結を行った窒化ケイ素のSN192、194、195及び196について、基板の加熱ヒータの設定温度を400℃としてスパッタ処理を行った試料について摩擦試験を行ったときの摩擦係数と回転速度の関係を表わすグラフである。なお、各試料ごとに、回転速度を毎分1000回転まで上げていった際のデータと、その後に回転速度を下げていった際のデータを示した。
【図6】本発明の摺動部材を適用し得る、相対的に摺動する1対の摺動部材の具体例として、高い面圧のもとでの摩擦環境で用いられる自動車エンジンのカム/シムに代表される動弁系部品を模式的に表わす該略図である。
【図7】図7(a)〜(e)は、各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−1〜10)について、一定回転速度(30rpm)で摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図8】図8(a)〜(e)は、各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−1〜10)について、図7の15分の一定回転速度試験に続いて、さらに回転速度を1000rpmまで上昇させ、その後降下させて摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図9】各種の酸素プラズマ処理を行った窒化ケイ素(SN202−9〜10)について、図7の15分の一定回転速度試験、さらに図8の速度可変試験に続いて、さらに一定回転速度(30rpm)で60分間にわたって摩擦試験を行った結果を示すグラフである。
【図10】酸素プラズマ処理によって低摩擦化した窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験結果を示すグラフであり、図10(a)は、最大荷重4μNのときのグラフであり、図10(b)は、最大荷重6μNのときのグラフである。
【図11】酸素プラズマ無処理の窒化ケイ素摺動部のナノインデンテーション試験結果を示すグラフであり、図11(a)は、最大荷重8μNのときのグラフであり、図11(b)は、最大荷重10μNのときのグラフである。
【図12】ナノスクラッチ試験による摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【図13】酸素プラズマ処理によって摩擦係数が低下した加速電圧と基板温度(部材温度)との関係を示すグラフである。
【図14】酸素プラズマ処理後の摩擦係数を示すグラフであり、図14(a)は一定速度の摩擦試験結果を示すグラフであり、図14(b)は回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図15】窒化ケイ素角板試験片に酸素プラズマ処理を5分間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を示す図面であって、図15(a)は、SN194−5(白丸)、SN194−6(黒丸)の窒化ケイ素について一定回転速度の摩擦試験、図15(b)は、SN194−5(白丸)、SN194−6(黒丸)の窒化ケイ素について回転速度を1000rpmまで上昇/降下して変化させたときの摩擦試験、図15(c)は、SN196−1(白四角)、SN196−2(黒四角)の窒化ケイ素について一定回転速度の摩擦試験、図15(d)は、SN196−1(白四角)、SN196−2(黒四角)の窒化ケイ素について回転速度を1000rpmまで上昇/降下して変化させたときの摩擦試験の結果を表わすグラフである。試料SN194と196は表1に示した材料の名称であり、それに続く数字は別に意味はなく、単なる試料の識別のための番号(続番)である。
【図16】摩擦試験の結果を行った結果を表わすグラフである。なお、窒化ケイ素試料にはSN193を用い、イオン注入の有無による摩擦係数への影響を評価した。図16(a)は30rpmの一定回転速度での試験結果を示すグラフであり、図16(b)は回転数1000rpmまでの上昇試験結果を示すグラフである。
【図17】窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を施したものについて、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図17(a) 一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図17(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。なお、SN194−1、SN194−2及びSN194−3の相手材にはSN195ピンを、SN194−4の相手材にはSUJ2ピンを用いた。
【図18】窒化ケイ素角板試験片にアルゴンプラズマ処理を1時間施したものについて、共材の窒化ケイ素ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図18(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図18(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図19】図19(a)〜(c)は、窒化ケイ素をターゲットしてアルゴンガス中で作製したスパッタ被覆膜について、XPSによってSi2p、N1s、O1sの結合エネルギーを測定した結果をそれぞれ示すグラフである。
【図20】バイアス電圧を付与しながら行うスパッタ被覆処理によって製造された摺動部材の構造を模式的に表した概略断面図である。
【図21】SN196の窒化ケイ素角板試験片に酸素中でバイアス電圧をかけて、プラズマ処理を1時間施したものについて、SUJ2ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図21(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図21(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【図22】SN196とSN193の窒化ケイ素角板試験片に酸素中でバイアス電圧を3.0kVかけ、窒化ケイ素ターゲットに25WのRFプラズマを発生させながら、1時間処理を施したものについて、SUJ2ピンを用い、ピンディスク法による摩擦試験を行った結果を表わすグラフである。図22(a)は一定回転速度試験結果を示すグラフであり、図22(b)は回転速度変化試験結果、詳しくは回転速度を1000rpmまで上昇/降下したときの摩擦試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
1…摺動部材、
2…基部、
3…スパッタによる被覆膜、
4…バイアスをかけたスパッタによって活性化された被覆膜の最表面。
Claims (28)
- 相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材において、摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが、1.0μm以下であることを特徴とする摺動部材。
- 前記一対の摺動部材表面が、セラミックスと金属との組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、0.05〜0.1μmであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
- 前記一対の摺動部材表面が、セラミックスどうしの組み合わせであって、かつ部材の接触部における合成粗さが、0.05〜0.75μmであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
- 前記表面がセラミックスである摺動部材において、その基部が金属材料であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 表面がセラミックスの摺動部材が活性化処理を行ったものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 表面がセラミックスの摺動部材として、表面を活性化処理した窒化ケイ素を用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 前記活性化処理が酸素ガス中でのスパッタ処理であることを特徴とする請求項5または6に記載の摺動部材。
- 前記スパッタ処理温度が、0〜400℃であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 前記活性化処理がイオン注入処理であることを特徴とする請求項5または6に記載の摺動部材。
- 前記イオン注入処理が、窒素イオンの注入であることを特徴とする請求項1〜6および9のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 前記窒化ケイ素が、希土類金属、アルカリ土類金属およびアルミニウムの酸化物から選ばれた酸化物を添加して焼結したセラミックスであることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 表面がセラミックスである摺動部材として、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に用いてなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 前記活性化処理した窒化ケイ素系被膜が、窒化ケイ素をターゲットとするスパッタ被覆処理によって行い、そのときに処理物にバイアス電圧を加えながら活性化被覆処理を行って得られてなるものであることを特徴とする請求項12に記載の摺動部材。
- 前記活性化スパッタ被覆処理温度が、0〜400℃であることを特徴とする請求項1〜5および12、13のいずれか1項に記載の摺動部材。
- 窒化ケイ素セラミックスの表面にスパッタ処理を行った摺動部材であり、そのスパッタ処理によって表面に軟質な相が形成されたことを特徴とする摺動部材。
- ベルコビッチ圧子を用いた荷重8μN以下のナノインデンテーション試験によって、荷重の負荷過程と除荷過程でヒシテリシスが検出されることを特徴とする摺動部材。
- ベルコビッチ圧子を用いたナノスクラッチ試験によって、5nm以上、20nm以下の引っ掻き深さにおいて、摩擦係数が活性化処理によって低下することを特徴とする摺動部材。
- 相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結し機械加工して、更にスパッタ処理して上記表面がセラミックスの摺動部材を製造することを特徴とする摺動部材の製造方法。
- セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面を、酸素ガス中でスパッタ処理を行って前記セラミックスの摺動部材を製造することを特徴とする請求項18に記載の摺動部材の製造方法。
- 前記スパッタ処理の部材温度および/または該部材の周囲温度が、0〜400℃であることを特徴とする請求項18または19に記載の摺動部材の製造方法。
- 前記窒化ケイ素が、希土類金属、アルカリ土類金属およびアルミニウムの酸化物から選ばれた酸化物を添加して焼結したセラミックスであることを特徴とする請求項18〜20のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
- 前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与することを特徴とする請求項19〜21のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
- 前記スパッタ処理において、セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素にバイアス電圧を付与し、かつそのスパッタ処理時間が30分以上5時間以内であることを特徴とする請求項19〜22のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
- 相対的に摺動する1対の部材のうち、少なくとも一方の表面がセラミックスである摺動部材の製造方法において、相対的に摺動する1対の部材の接触部における合成粗さが1μm以下となるように、セラミックス材料を焼結し、イオン注入処理をして上記表面がセラミックスの摺動部材を製造することを特徴とする摺動部材の製造方法。
- セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面を、イオン注入処理を行って前記セラミックスの摺動部材を製造することを特徴とする請求項18〜23のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
- セラミックス材料を焼結して得られた窒化ケイ素の表面にスパッタ処理として、バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより前記セラミックスの摺動部材を製造することを特徴とする請求項18に記載の摺動部材の製造方法。
- バイアス電圧をかけてプラズマを発生させる処理を行うことにより、活性化処理した窒化ケイ素系被膜を表面に形成することを特徴とする請求項26に記載の摺動部材の製造方法。
- 前記活性化処理した窒化ケイ素系被膜の製造方法が、窒化ケイ素をターゲットとするスパッタ被覆処理によって行い、そのときに処理物にバイアス電圧を加えながら活性化被覆処理を行うことを特徴とする請求項26または27に記載の摺動部材の製造方法。
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Cited By (3)
Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
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CN100383280C (zh) * | 2005-01-20 | 2008-04-23 | 上海交通大学 | 单晶硅片表面制备磺酸基硅烷-稀土纳米复合薄膜的方法 |
JP2008230862A (ja) * | 2007-03-16 | 2008-10-02 | Toshiba Corp | 耐摩耗性部材およびそれを用いた耐摩耗性機器 |
EP2653740A4 (en) * | 2010-12-13 | 2016-09-07 | Ud Trucks Corp | PUSHING MECHANISM AND FRICTION REDUCTION METHOD THEREFOR |
-
2003
- 2003-04-24 JP JP2003120411A patent/JP2004263850A/ja not_active Withdrawn
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