JP2004256428A - 神経栄養因子様プリン系化合物含有作用剤 - Google Patents

神経栄養因子様プリン系化合物含有作用剤 Download PDF

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雅彦 池北
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Abstract

【課題】神経栄養因子様の活性を有するアデニン系有機化合物を有効成分として含む医薬組成物を提供する。
【解決手段】アデニン又はアデニン誘導体を有効成分として含むことを特徴とする。本発明の医薬組成物は、神経栄養因子様の活性、すなわち神経突起の再生/伸長促進作用及び/又は神経細胞生存維持作用を有する。

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、神経栄養因子的作用剤に関する。また、同作用剤を含む医薬組成物に関する。更に詳しくは、神経突起の再生/伸展作用及び/又は神経細胞の生存維持作用を有する化合物を有効成分として含む神経栄養因子的作用剤又は同作用剤を含む医薬組成物に関する。
【0002】
【従来の技術】
総称してニューロトロフィンとも呼ばれる神経栄養因子(neurotrophic factor; NTF)としては、神経成長因子(nervegrowth factor;NGF)、毛様体神経栄養因子、インシュリン様成長因子−I、脳由来神経栄養因子(brain−derived neurotrophic factor;BDNF)等の蛋白質が知られている。これらは生体内において神経細胞のホメオスタシスに深く関与し、(1)神経細胞の生存・維持作用、(2)シナプスの形成促進作用、(3)神経細胞死保護作用、(4)海馬での長期増強作用等を担っている。また、NGF、BDNF等はコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)活性を上昇させること、ChAT活性を上昇させる化合物が神経保護作用及び神経栄養因子様作用を有することが知られている〔ザ ジャーナル オブ ニューロサイエンス(The Journal ofNeuroscience),16巻,21号,6665−6675頁,1996年、ニューロサイエンス(Neuroscience),55巻,3号,629−641頁,1993年等〕。このため、神経栄養因子と同様の作用を有する薬物は、上記作用を介して、(1)神経変性疾患(例、老年期痴呆、アルツハイマー病、ダウン症、パーキンソン病、クロイツフェルト・ヤコブ病、筋萎縮性脊髄側索硬化症(ALS)、糖尿病性ニューロパシー等)、(2)脳血管障害(例、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化に伴う脳循環不全等)時、頭部外傷・脊髄損傷時、脳炎後遺症時又は脳性麻痺時の神経障害、(3)記憶障害(例、老年期痴呆、健忘症等)、(4)精神疾患(例、うつ病、恐慌性障害、精神分裂病等)等の予防及び(又は)治療に有用であると期待される。
【0003】
例えば、このような神経栄養因子としては、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動において約24,000に分子量を示すようなタンパク質坐骨神経毛様体神経栄養因子(SN−CNTF)が公表されている(特許文献1)。また、神経栄養因子様に作用する化合物の提案もなされている(特許文献2)。
【0004】
【特許文献1】
特表平4−502916号公報
【特許文献2】
特開2000−7568号公報
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、これまで神経栄養因子としては、上述の例のようにアミノ酸100個以上からなるタンパク質等の大きくて複雑なものがあげられており、このような神経栄養因子を準備することが容易でなかったり、このような神経栄養因子から神経栄養因子的作用剤を作るのが容易ではないことがある。また、神経栄養因子様に作用する化合物にあっても必ずしも得られやすいものとは限らない。そこで、調整や準備が容易なもので、巨大なタンパク質ではない神経栄養因子的化合物であって、入手が容易な化合物を見出し、これを有効成分として含む神経栄養因子的作用剤が準備できるようにすることが、本願の主な課題である。
【0006】
【発明を解決するための手段】
上記課題に鑑みて、本発明では、神経突起の再生/伸展作用及び/又は神経細胞の生存維持作用を有する巨大なタンパク質ではない化合物を見出し、それを有効成分として含む神経栄養因子的作用剤を提供することを特徴とする。即ち、アデニン、2−アミノプリン、6−アミノ9−エチルプリン、グアニンヌクレオシド、グアニンヌクレオチドのいずれか若しくはこれらの組合わせが、神経突起の再生/伸展作用及び/又は神経細胞の生存維持作用を有することを見出し、これらから選ばれる少なくとも1以上の化合物を有効成分とする神経栄養因子的作用剤を提供することを特徴とする。
【0007】
より具体的に、本発明においては、以下のようなものを提供する。
【0008】
(1)アデニン、2−アミノプリン、6−アミノ9−エチルプリン、グアニンヌクレオシド、グアニンヌクレオチドから選ばれる少なくとも1以上の化合物を有効成分とする神経栄養因子的作用剤。
【0009】
(2)前記有効成分化合物がアデニンであることを特徴とする上記(1)に記載の神経栄養因子的作用剤。
【0010】
(3)前記有効成分化合物がアデニン及び6−アミノ9−エチルプリンの組合わせであることを特徴とする上記(1)に記載の神経栄養因子的作用剤。
【0011】
(4)上記(1)から(3)のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を含む医薬組成物。
【0012】
(5)上記(1)から(3)のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を含む神経細胞の維持又は増殖用培地。
(6)上記(1)から(3)のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を用いた神経細胞の維持又は増殖を行う方法。
【0013】
(7)アデニンを含む化合物を有効成分とする網膜神経節細胞の軸索伸長誘発剤。
【0014】
(8)前記軸索伸長誘発剤は、イノシンを含むものであることを特徴とする上記(7)に記載の軸索伸長誘発剤。
【0015】
(9)アデニンを含む化合物を有効成分とする神経機能障害治療用の医薬組成物。
【0016】
(10)前記医薬組成物は、過剰のグルタミン酸による神経細胞死を抑制することによるものであることを特徴とする上記(9)に記載の医薬組成物。
【0017】
ここで、アデニンとは、6−アミノプリンのことをいい、以下の化学式で表される。
【0018】
【化1】
Figure 2004256428
【0019】
プリン塩基の1つで、核酸やATP、およびNAD、FAD、CoA等の補酵素の構成成分である。遊離の形で動物組織や茶の葉の中に見出される。三水塩の結晶をつくるが、110℃で脱水し、220℃で昇華する。水溶液は中性で、酸及び塩基と塩をつくる。アデニンは、チミンあるいはウラシルと水素結合してDNAの二重らせん構造をつくり、リボースと結合してアデノシンになる。生体内ではアデノシンとリン酸イオンが結合したATP、ADP、AMPなどが存在する。
【0020】
2−アミノプリンは、以下の化学式で表される物質である。
【0021】
【化2】
Figure 2004256428
【0022】
6−アミノ9−エチルプリンは、以下の化学式で表される物質である。
【0023】
【化3】
Figure 2004256428
【0024】
グアニンヌクレオシドは、以下の化学式で表される物質である。
【0025】
【化4】
Figure 2004256428
【0026】
グアニンヌクレオチドは、GMP(guanosine 5’−monophosphate),GDP(guanosine 5’−diphosphate),GTP(guanosine 5’−triphosphate)等を含む総称的に表される物質である。
【0027】
9エチルアデニンは、9−EAと略されることができるが、9−ethyladenineのことである。
【0028】
神経細胞の維持又は増殖用の培地とは、一般的な細胞及び/又は神経細胞の死亡を抑制、死亡するが略同量増殖するため総量が略一定を維持、又は、死亡の有り無しにかかわらず増殖を図ることができる培地のことであってよい。この培地は、液体若しくは固体又は液体と固体の混合であってよく、相変化が生じるものをを含むこともできる。培地に限らず、本発明による物又は方法において、対象となる細胞は、神経細胞であることが好ましく、より好ましくは、脳神経細胞であってよく、更により好ましくは、プルキンエ細胞であってよい。
【0029】
神経栄養因子的作用剤は、例えば、神経細胞、特にプルキンエ細胞の死滅を直接又は間接的に抑制する機能を有する作用剤のことをいってよい。
【0030】
上述のような有効成分となる化合物は、自体公知の手段に従って製剤化することができ、化合物そのままあるいは薬理学的に許容される担体を、製剤化工程において適宜、適量混合することにより医薬組成物、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤、(ソフトカプセルを含む)、液剤、注射剤、坐剤、徐放剤、腸溶剤等として、当該製剤は、例えばヒト、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ等の哺乳動物に対して経口的又は非経口的(例、局所、直腸、静脈投与等)に安全に投与することができ得る。但し、本発明の対象となるのは、主に神経細胞であるので、神経細胞が存在するところにデリバリされるように投与されることが好ましい。これらの製剤中、化合物の含有量は、剤全体の約0.1から約100重量%であることが望ましい。投与量は、投与対象、投与ルート、疾患、症状等により異なるが、成人(体重約60kg)に対し、有効成分である化合物として約0.1から約200mg、好ましくは約1ないし約100mg、更に好ましくは約2ないし約50mgであり、1日1ないし数回に分けて投与することができる。
【0031】
本発明の製剤の製造に用いられる薬理学的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が挙げられ、例えば固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等が挙げられる。また、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を用いることもできる。賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、デンプン、コーンスターチ、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸等が挙げられる。滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカ等が挙げられる。結合剤としては、例えば結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、デンプン、ショ糖、ゼラチン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等が挙げられる。崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、L−ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。溶剤としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油等が挙げられる。溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等が挙げられる。等張化剤としては、例えばブドウ糖、D−ソルビトール、塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトール等が挙げられる。緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。無痛化剤としては、例えばベンジルアルコール等が挙げられる。防腐剤としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。
【0032】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を具体的な例を上げ、図を参照しつつ、より詳しく説明するが、1つの具体的な例として材料等が挙げられているに過ぎず、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【0033】
【実施例】
下記に述べる実験においては、次のような材料を用い、小脳分散培養系の調整を行い、免疫細胞による染色を行い、プルキンエ細胞の生存の評価を行なった。尚、以下の説明や図や表において、ACPDは1−amino−1、3−cyclopentanedicarboxylic acidを、adeはadenineを、Adoはadenosineを、ADPはadenosine 5’−diphosphateを、AMPAはα−Amino−3−hydroxy−5−methylisoxazole−4−propionic acidを、AMPはadenosine 5’−monoposphateを、2−APは2−aminopurineを、ATPはadenosine 5’−triphosphateを、8−BrcAMpは8−bromoadenosine3、5’−cyclic monophosphateを、cAMPはadenosine 3’,5’−cyclic monophosphateを、DAPは2,6−diaminopurineを、dbcAMPはNdibutyryl−adenosine 3’,5’−cyclic monophosphateを、DMAはN,N−dimethylaminopurineを、9−EAは9−ethyladenineを、GFAPはGrial Fibrillary Acidic Proteinを、Hypはhypoxanthineを、1−MAは1−methyladenineを、3−MAは3−methyladenineを、MAPKKはmitogen activated protein kinase kinaseを、NMDAはN−methyl−d−aspartic acidを、ODQは1H−[1,2,4] Oxadiazolo [4,3−A]quinoxalin−1−oneを、PI−3−kinaseはphosphatidylinositol 3−kinaseを、PKAはprotein kinase A (cAMP dependent kinase)を、PKCはprotein kinase Cを、SQ22536は9−(tetrahydro−2−furanyl)−9H−purin−6−aminを表している。
【0034】
[1 材料]
埼玉実験動物より購入したWistar Rat 胎仔(妊娠20−21日令)から調整した中枢神経細胞を培養に用いた。DMEM/F12培地、BME培地、ゲンタマイシンはGibcoBRLより、DNASE I はベーリンガーマンハイムより、L−グルタミン、パラホルムアルデヒド、スクロースはWAKOより、プロゲステロン、亜セレン酸ナトリウム、インスリン、アポトランスフェリン、アラビノシルシトシン、トリプシン、ポリ−L−オルニチンはシグマより購入したものを用いた。
【0035】
[2 小脳分散培養系の調整]
[2−1 培地とバッファー]
Serum(−)培地としてDMEM/F−12に2.05mg/mlグルタミン、161μg/ml putrecine、10μg/mlゲンタマイシン、30nM亜セレン酸ナトリウム、40nMプロゲステロン)、10μg/mlインスリン、100μg/mlアポトランスフェリン、2μMアラビノシルシトシンを添加したものを使用した。組織分散中の作業液は、トリプシン処理も含めて、全てHank’sの平衡塩類溶液(Ca+、Mg2+ free)を用いた。但し、DNase I 処理は、6mM MgSOを含んだHank’s平衡塩類溶液を用いた。
【0036】
[2−2 培養プレートのコート]
12wellプレート(Falcon)を500μg/mlポリ−L−オルニチン中、5%CO、37℃で一晩処理し、4回滅菌水にて洗浄した。なお、ウェルの縁に細胞が接触すると、接着の不均一性等の影響がでるため、ウェルの中心部のみコートし、細胞の播種時にウェルの縁に細胞分散液が接触しないようにした。
【0037】
[2−3 操作]
Furuyaらの方法(Furuya S.,Makino A.,Hirabayashi Y.; ”An Improved Method ForCulturing Cerebellar Purkinje Cells With Differntiated Dendrites Under A Mixed Monolayer Setting”;Brain Res. Brain Res. Protoc. 1998 Nov;3(2):192−8)を用いた。胎生20−21日令のラット胎仔より小脳を取り出し、0.1%(W/V)トリプシン処理後、0.025%(W/V)DNase I中にてパスツールピペットを用いてピペッティングにより機械的に単一細胞にまで分散した。遠心後、10%(W/V)FCS添加DMEM/F12培地に置換し、ポリ−L−オルニチンコートした12Wellプレートに2×10cell/wellでまき、3から4時間後serum(−)培地を10倍量添加した。
【0038】
[3 免疫細胞染色]
[3−1 試薬]
固定液は2%パラホルムアルデヒド、5%(W/V)ショ糖含有PBSを用いた。ブロッキングおよび膜透過処理として、0.1%(W/V)TritonX−100、1%(W/V)BSA含有PBSを用いた。抗体希釈液はPBSを用いた。発色液は0.25mg/ml NiCl・6HO、0.25mg/mlCo(CHCOO)・4HO、0.2mg/ml四塩酸3,3−ジアミノベンジジン、0.0125%(V/V)HとなるようにPBSに溶解した。
【0039】
[3−2 操作]
溶液を交換する際には全てPBSで3回洗浄した。所定の培養時間が経過した後、固定液にて30分処理し、ブロッキングおよび膜透過処理を30分行なった。その後、一次抗体を一晩4℃で反応させ、二次抗体を90分室温で反応させた。HRP標識二次抗体を用いたときは、発色液を添加しちょうど良い像が得られた所で発色液を除去し、PBSで2回洗浄した。Alexa488、Alexa546標識二次抗体の際は、PBSで洗浄した後、遮光し観察した。アストロサイトのマーカーとして抗グリア繊維性酸性タンパク(GFAP)抗体、プルキンエ細胞のマーカーとして抗CalbindinD 28k 抗体を用いた。
【0040】
[4 プルキンエ細胞の生存の評価]
例えば、各プリン、ピリミジン誘導体等の試薬をSerum(−)培地を添加する際に同時に添加し所定の培養時間が経過した後、免疫細胞染色を行い、プルキンエ細胞のマーカー交代である抗CalbindinD 28k抗体陽性細胞を計数した。試薬無添加をControlとしてこれに対する百分率で表した。
【0041】
[実験例1]
プリン、ピリミジン類縁体は核酸の構成物質で普遍的に存在しているが、特定のレセプターのリガンドとしてシグナルを伝達したり、神経細胞において軸索伸長を促進するといった作用も有すると考えられる。そこで、プリン、ピリミジン類縁体の中枢神経における働きを明らかにすべく、ラット胎児小脳の分散培養系を用いて、小脳皮質に存在する神経細胞の一種であるプルキンエ細胞の生存におよぼすプリン、ピリミジン類縁体の影響を解析した。上述のように胎生20から21日令のラット胎児より小脳を取り出し、トリプシンおよびデオキシリボヌクレア−ゼで処理後、ピペッティングにより単一細胞まで分散しプレートに接着させた。その後種々のプリン・ピリミジン類を含む培地を添加して10日間培養した後、プルキンエ細胞の特異的マーカーである抗カルビンディン抗体によりプルキンエ細胞を染色し生存に及ぼす影響を解析した。その結果、ある種のプリン、ピリミジン類縁体の添加により培養10日目においてプルキンエ細胞数の増加が見られ、とくにプリン塩基の一種であるアデニンによりプルキンエ細胞数が著しく増加した。一方、アデニンに糖が付加したアデノシン、さらにリン酸基が付加したAMP、ADP、ATPなどではプルキンエ細胞の細胞数を増加させる効果は見られなかった。
【0042】
[実験例2]
ラット全脳をホモジナイズし、37,000×gで遠心分離後得られた沈殿を緩衝液で3回洗い細胞膜画分とした。次いで[H]アデニンと反応させ、反応終了後ガラスフィルターを用いた濾過により膜結合アデニンと透過アデニンを分離し、細胞膜への[H]アデニン結合量を測定した。また、過剰の非標識アデニンの添加により非特異的結合を算出した。その結果、ラット脳膜画分には可逆的に結合する[H]アデニン結合サイトが存在しており、KdとBmaxはそれぞれ約156nM、16.3pmol/mg protein であった。この結合は、プリン、2,6−ジアミノプリン、4−アミノピラゾロ[3,4−d]ピリミジンにより阻害されたが、グアニン、ヒポキサンチン、キサンチン、ウラシル、シトシン、チミン塩基をもつプリンやピリミジンによっては阻害されなかった。また、アデノシンによっても部分的に阻害を受けたが、アデノシン受容体特異的リガンドであるNECAや、ヌクレオチドトランスポーター阻害剤であるNBTIによっては阻害を受けなかった。一方でラット脳内分布を調べたところ、このアデニン結合サイトは大脳皮質よりむしろ小脳に多く存在していた。以上のことから、ラット脳の膜画分中にアデニン塩基に特異的な可逆的結合サイトが存在することが明らかとなった。以上より、神経細胞死の抑制機構として、新規なアデニン受容体(又はアデニン結合サイト)を介する可能性が考えられる。
【0043】
[実験例3]
ここでは、小脳分散培養系の調整によって培養の準備をし、各プリン、ピリミジン誘導体を培養初日より添加、10日間培養した後、抗カルビンディンD28k 抗体陽性細胞を計数し、Controlに対する百分率で評価した。
【0044】
系内に生育する小脳皮質内の神経細胞の一種であるプルキンエ細胞は、培養系に移した際に多くの細胞が細胞死を起こすことから、プルキンエ細胞に対する各種プリン誘導体の効果を検討すべく、以下の実験を行なった。小脳分散培養系は胎生20から21日令のラット胎児より小脳を取り出し、トリプシンにより単一細胞まで分散し単層培養として調整した。この系を用い、核酸の代謝系に認められる、ヒポキサンチン、キサンチン、グアニン、アデニンの各プリン塩基をもつ誘導体、またピリミジン塩基についてまず検討した。図1に、アデニンによるプルキンエ細胞死抑止効果の濃度依存性を示す。横軸は、プルキンエ細胞の単位培養系に加えられたアデニンの濃度であり、縦軸は、生きているプルキンエ細胞の数であって、コントロール(アデニン無添加で、プルキンエ細胞の単位培養系を10日培養したときの生きているプルキンエ細胞の数)に対する相対値である。この図から明らかなように、アデニンの濃度が100μMを超えたところから、濃度の増加に伴ってプルキンエ細胞の数が増えている。即ち、アデニンを多く加えるとプルキンエ細胞がより多く生きており、アデニンのプルキンエ細胞死の抑止効果が明確に現れている。
【0045】
図2は、アデニンによるプルキンエ細胞死抑制効果の時間変化を表している。横軸は、プルキンエ細胞を培養系に移してからの日数であり、縦軸は、生きているプルキンエ細胞のコントロールに対する相対数である。このとき加えられたアデニンの量は1mMであった。即ち、1mMアデニン添加時のプルキンエ細胞数の経時変化であり、培養10日アデニン無添加の系を100%とした。この図からわかるように、培養系に移された後の第4日目に、アデニン添加のプルキンエ細胞の培養系では、生存するプルキンエ細胞の数が略1500%であるのに対し、無添加の系では、その半分以下の600%である。また、培養後4から7日までは、アデニン添加のプルキンエ細胞の培養系では、生存するプルキンエ細胞の数が殆ど変わらないのに対して、無添加の系では、約600%から約200%へと略3分の1にまで減少している。7から10日までにおいても、アデニン添加のプルキンエ細胞の培養系では、生存するプルキンエ細胞の数が約1500%から1000%へと減少しているものの、無添加の系の200%から100%へという半減までには至っていない。このことから、プルキンエ細胞は、アデニン添加でより長期間生存できることがわかり、また、時間に対する生存細胞数の変化の度合いがより緩やかになることがわかる。
【0046】
また、アデニン以外の添加物においては、グアニンヌクレオシド、グアニンヌクレオチドがプルキンエ細胞死に対し有意な抑制効果を有していた。尚、上述のようにアデニンには効果が認められたものの、アデニンヌクレオシドやアデニンヌクレオチドが細胞死を抑制する効果は認められなかった(表1)。
【0047】
【表1】
Figure 2004256428
【0048】
また、アデニンを基質としてAMPを合成する酵素、アデニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(APRT)や、蓄積時にアデニンを基質として、2,8−hydroxyadenineを生成するキサンチンオキシダーゼ(XO)に対する阻害剤によりアデニンの効果は阻害されなかった。これらの結果から、アデニンは代謝されてAMPなど他の物質に変換されて作用するのではなく、アデニン自身が作用することが示唆された。
【0049】
次に、アデニンの構造と神経細胞死抑制作用の相関性を調べた。その結果、アデニンの1位や3位にメチル基が1つ付加した誘導体では活性を失った。しかし9位にエチル基が付加した誘導体では活性が保たれていた。また、アデニンのアミノ基が2位に変換されたものでは活性はアデニンに比べ低く、アデニンで生存可能となる樹状突起の未成熟なプルキンエ細胞は認められなかった。アデノシン、ヒポキサンチン、キサンチン、グアニン、アデニンヌクレオチドはいずれも細胞死抑制活性を持たなかったことからプリン環の6位にアミノ基が付加したアデニンに特異的な作用であり、このアミノ基の近傍にメチル基の付加により活性が消失すると考えられる。
【0050】
[実験例4]
アデニンの添加によりコントロール条件下では細胞死を起こしてしまうと思われる樹状突起の未成熟なプルキンエ細胞が多数認められた。このプルキンエ細胞は培養日数を14日に延長しても存在していた。樹状突起の発達したプルキンエ細胞も認められるが、全般的に樹状突起の分岐が少なくなった。
【0051】
プルキンエ細胞死に対しコントロールと有意な差が認められる濃度のアデニンの添加によっても培養10日の時点でアストロサイトや顆粒細胞の生育に顕著な違いは認められなかった。しかしながら、14日ではアストロサイトの減少がやや見られた。また、培養系全体的にもアデニンによって顕著な差異は認められなかった。
【0052】
[実験例5 グルタミン酸毒性の評価]
DMEM/F12培地はグルタミン酸を含むため、BME培地を用いた。培地添加物は同濃度で使用した。培養7日の時点で1mMアデニンとグルタミン酸レセプターアゴニストを添加し、12時間後固定・解析した。図3にグルタミン酸による短期間におこる細胞死を抑制する効果を示す。グルタミン酸レセプターアゴニストによりおこる短期間におこるプルキンエ細胞死のアデニンによる阻害の様子を示している。培養7日において1mMアデニンとグルタミン酸アゴニストを添加し、12hr後プルキンエ細胞数を解析した。グルタミン酸は中枢神経系における一般的な神経伝達物質であり、プルキンエ細胞と顆粒細胞間のシナプスでも用いられている。しかしながら、過剰量のグルタミン酸の暴露は神経細胞を細胞死へと導く。グルタミン酸レセプターはその薬理学特性および細胞内へのシグナルの経路によりいくつかのサブタイプに分類される。用いたアゴニストは、イオンチャンネル型グルタミン酸レセプターの一種、NMDA型、およびAMPA型、代謝型受容体のアゴニストACPDを用いた。この結果、NMDAでプルキンエ細胞の細胞死は引き起こされたが、アデニンを添加することで回避された。このことから、アデニンはNMDAによる細胞応答よりも短時間で作用し、アデニンによりおそらく早い細胞内応答が引き起こされていると考えられた。
【0053】
図4は、アデニン代謝酵素阻害剤の影響を示すグラフである。(A)は、アデニンを添加していないもので、(B)は1mMアデニンを添加したものである。アデニン代謝酵素阻害剤によりアデニンの効果に影響が生じるかを検討したものである。アデニンは、1mMで代謝阻害剤と同時に培養初日に添加した。アデニンはプリン代謝経路であるサルベージ回路においてアデニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(APRT)により、α−d−5−phosphoribosyl−1−pyrophosphate (PRPP) を付加され、AMPへ変換される。また、アデニンはキサンチンオキシダーゼの基質ともなり、アデニン蓄積時にはプリン環2位と8位に酸素が付加されて 2,8−dihydroxyadenine が生成される。そこで、APRTの阻害剤である 9−ethyladenine、若しくはキサンチンオキシダーゼの阻害剤であるアロプリノール(allopurinol)をアデニンと同時に作用させたところ、アデニンの効果は阻害されなかった。具体的には、アデニンを添加しなかった場合、9−ethyladenineが単独でプルキンエ細胞死を抑制することがわかった。また、アデニンを更に添加すると、このプルキンエ細胞死の抑制効果が増強された。また、アロプリノールの存在の有無にかかわらず、アデニンのプルキンエ細胞死の抑制効果があることがわかった。
【0054】
[実験例6]
図5は、アデニン類似体の構造を示すものであり、図6は、種々のアデニン類似体によるプルキンエ細胞死抑制効果を示すグラフである。培養初日に各種アデニン類似体を添加し、培養10日においてプルキンエ細胞数を解析した。アデニンのプリン環1位や3位にメチル基が付加すると細胞死抑制活性を失った。しかしながら、9位にエチル基が付加したものやテトラヒドロ−2−フラニル基が付加した物(SQ22536)では活性は保たれていた。SQ22536はアデニル酸シクラーゼの阻害剤でもあるが、1mMという高濃度ではおそらくアデニル酸シクラーゼは阻害されており、アデニンの効果においてアデニル酸シクラーゼの活性化は不要であると考えられた。なお、他のアデニル酸シクラーゼの阻害剤であるMDL12330Aではプルキンエ細胞の細胞死を抑制する働きは認められなかったが、MDL12330Aは5μM以上では細胞毒性が強いため用いることができず、こればMDL12330Aがグリシントランスポートにも影響を与えるためである可能性がある。
【0055】
[実験例7]
網膜神経節細胞においてイノシンにより軸索伸長が誘導され、6−チオグアニンにより阻害される。また、6−チオグアニンによりプルキンエ細胞死は抑制される。イノシンとアデニン、あるいは6−チオグアニンを共に作用させたところ、6−チオグアニンによるプルキンエ細胞の細胞死抑制効果は阻害されたが、アデニンの効果は阻害されなかった。これは、図7のイノシン感受性シグナル異伝達経路の関与についての結果に基づく。1mMイノシン存在下で100μMアデニン若しくは1000μMアデニン又は1μM若しくは10μM6−チオグアニンを培養初日に添加し、培養10日において解析した。なお、6−チオグアニンは転写や細胞分裂に影響を与え、細胞毒性が強いため10μMより高い濃度では使用できなかった。イノシンによりプルキンエ細胞は細胞死を促進されることがわかったので、アデニンとイノシンが拮抗している可能性がある。また、アデニンの効果は、膜透過性 PKAアクチベーターであるdbcAMPやPKC阻害剤であるGF109203Xにより部分的に阻害された。
【0056】
[実験例8]
図8に各種シグナル伝達系分子のモジュレーター存在下でのアデニンの効果を示す。これにより、シグナル伝達経路の関与に関する知見が得られる。各種シグナル伝達系分子のモジュレーター存在下でアデニンの効果がどのように変化するか培養14日において解析した。アデニン添加(B)、非添加(A)についてそれぞれモジュレーター非存在下に対する百分率で表してある。プルキンエ細胞の生存数は、アデニン非存在下ではPKC阻害剤であるGF109203XやPKAのアクチベーターであるdbcAMPやMARKK阻害剤であるPD98059や可溶性グアニル酸シクラーゼ阻害剤であるODQとコントロールとの間に変化が認められなかった。しかし、アデニン存在下ではアデニンのみを添加したものに比べて減少した。また、アデニン非存在下でPI−3キナーゼ阻害剤であるLY294002共存下では逆に減少した。アデニンとLY294002の共存下で、プルキンエ細胞の授樹状突起も著しく未発達となった。顆粒細胞などから樹状突起上で受けとる生存因子が作用せずにプルキンエ細胞が減少したと考えれた。また、アデニン非存在下で8−BrcAMPによりプルキンエ細胞数は増加したが、アデニン存在下では有意な差は認められなかった。以上より、アデニンを有効成分と含む組成物においては、これらのものが共存しない(非共存の)方が好ましく、特に、LY294002が共存しないことがより好ましいことがわかる。
【0057】
【発明の効果】
以上のように、本発明のアデニン、2−アミノプリン、6−アミノ9−エチルプリン、グアニンヌクレオシド、グアニンヌクレオチドを含む作用剤は、神経細胞特にプルキンエ細胞死抑制効果が顕著であり、これらを有効成分として含む医薬組成物は、神経細胞死により引き起こされる種々の症状に有効であると考えられる。更に、神経細胞を培養系に移したときに、このような作用剤を添加することにより、この神経細胞を長く生存させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】アデニンによるプルキンエ細胞死抑止効果の濃度依存性を示す図である。
【図2】アデニンによるプルキンエ細胞死抑制効果の時間変化を示す図である。
【図3】グルタミン酸による短期間のプルキンエ細胞死のアデニンによる抑制効果を示す図である。
【図4】アデニン代謝酵素阻害剤の影響を示す図である。
【図5】アデニン類似体の構造を示す図である。
【図6】種々のアデニン類似体によるプルキンエ細胞死抑制効果を示す図である。
【図7】イノシン存在下でのアデニン等によるプルキンエ細胞死抑制効果を示す図である。
【図8】シグナル伝達系分子のモジュレーター存在下におけるアデニンによるプルキンエ細胞死抑制効果を示す図である。

Claims (10)

  1. アデニン、2−アミノプリン、6−アミノ9−エチルプリン、グアニンヌクレオシド、グアニンヌクレオチドから選ばれる少なくとも1以上の化合物を有効成分とする神経栄養因子的作用剤。
  2. 前記有効成分化合物がアデニンであることを特徴とする請求項1に記載の神経栄養因子的作用剤。
  3. 前記有効成分化合物がアデニン及び6−アミノ9−エチルプリンの組合わせであることを特徴とする請求項1に記載の神経栄養因子的作用剤。
  4. 請求項1から3のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を含む医薬組成物。
  5. 請求項1から3のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を含む神経細胞の維持又は増殖用培地。
  6. 請求項1から3のいずれかに記載の神経栄養因子的作用剤を用いた神経細胞の維持又は増殖を行う方法。
  7. アデニンを含む化合物を有効成分とする網膜神経節細胞の軸索伸長誘発剤。
  8. 前記軸索伸長誘発剤は、イノシンを含むものであることを特徴とする請求項7に記載の軸索伸長誘発剤。
  9. アデニンを含む化合物を有効成分とする神経機能障害治療用の医薬組成物。
  10. 前記医薬組成物は、過剰のグルタミン酸による神経細胞死を抑制することによるものであることを特徴とする請求項9に記載の医薬組成物。
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JP2013177410A (ja) * 2006-04-26 2013-09-09 Toyama Chem Co Ltd アルキルエーテル誘導体またはその塩を含有する神経細胞新生誘導剤および精神障害治療剤
JP2018104466A (ja) * 2007-08-15 2018-07-05 サンバイオ,インコーポレイティド 神経変性を治療するための方法及び組成物

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