JP2004241049A - 量子メモリおよび量子メモリを用いた情報処理方法 - Google Patents

量子メモリおよび量子メモリを用いた情報処理方法 Download PDF

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Abstract

【課題】任意の2つのメモリセル間で他のメモリセルの干渉を受けることなく量子情報を自由に移動させることが可能な量子メモリを提供する。
【解決手段】全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団で1つのメモリセルが形成されている複数のメモリセルと、磁場を各メモリセルに印加する手段と、右偏光または左偏光の光で各メモリセルを照射する手段と、複数のメモリセルのうち2つのメモリセルを1本のレーザー光で同時に照射する手段と、2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段とを具備し、任意の1つの保存メモリセルと、移動用メモリセルとを選択したとき、それらを結ぶ直線上には他のメモリセルが存在しないことを特徴とする。
【選択図】 図8

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、量子情報の移動を可能にした量子メモリ、および量子メモリを用いた情報処理方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
物理系の量子状態で情報を表し、その量子状態を操作することで情報処理を行う、量子計算や量子情報通信などの量子情報処理技術では、量子状態の操作に適した物理系・構造と量子情報の保持に適した物理系・構造とが一般には異なる。そのため、量子情報の保持に主眼をおいた量子メモリの必要性が認識されるようになってきている。また量子通信において、光の量子状態が担っていた量子情報を、一旦静止した物質系の量子状態として保存し、必要なときに再生して利用するためにも、量子メモリは必要である。
【0003】
こうした量子メモリには下記(1)〜(3)が要求される。(1)情報処理に十分なだけの時間にわたって量子状態を保持できること。(2)ノイズに強いこと。(3)メモリ内の記憶用に設定した任意のメモリセル間、またはメモリ内にあるそのようなメモリセルと演算を行うゲートにおいて量子ビットを表している物理系との間で、簡単な方法で、量子情報を壊さずに自由に量子情報を移動できること。しかし、これらの要求を満たす量子メモリは従来存在しなかった。
【0004】
特に(3)の量子情報すなわち量子状態の移動については、一般の量子状態に対して、完全な量子情報を一旦読み出した後に別の量子ビットに書き込む操作を実施することは原理的に不可能である。これに対し、量子状態に関する情報を読み出さないまま、量子状態を丸ごと別の物理系に送る量子テレポーテーションと呼ばれる手法を利用すれば量子状態の移動が可能になる。しかし、任意の量子ビット間でのテレポーテーションを現実的な方法で実行できる量子メモリは従来存在しなかった。量子メモリ内での量子情報の移動や、演算部(ゲート部)から一時的に量子情報を量子メモリ部に移動させて必要なときに演算部へ戻すことは、効率的な量子情報処理にとって重要であると考えられる。
【0005】
近年、古典的なレーザー光(コヒーレント状態の光)を原子集団に作用させ、透過レーザー光の偏光を観測するだけで、原子集団間にエンタングルメント(量子力学的に絡まった状態)を生成する方法が提案された(Duanら、非特許文献1参照)。また、2001年9月にはその方法とほぼ同等の方法が実証されたという実験結果が発表された(Julsgaardら、非特許文献2参照)。
【0006】
Duanらの方法では、古典的レーザー光を、原子集団1と2に対して串刺しするように照射し、透過光をホモダイン検出することで、原子集団にエンタングルメントを生成する。この方法は、単一の原子や光子ではなく、原子集団の量子状態を利用してエンタングルメントを生成するため、ノイズに強いという利点を有する。また、この方法は、自由空間にある原子を利用できるため高性能の光共振器などが不要であり、しかも古典的な強いレーザー光でエンタングルメントを生成できるため、エンタングルメント生成の簡便で実用的な方法と言える。
【0007】
ところで、エンタングルメント生成は量子テレポーテーションの中心をなす重要な技術である。従って、このエンタングルメント生成法およびそれを利用した量子テレポーテーションが、量子メモリ内の自由な量子情報の移動に利用できれば、簡便で実用的な優れた量子情報移動の手段となり得ると考えられる。しかし、この方法によるエンタングルメント生成および量子テレポーテーションを利用して、量子メモリ内で自由に量子情報を移動させる方法は従来知られていなかった。
【0008】
【非特許文献1】
Lu−Ming Duan et al., Phys. Rev. Lett., 85(26), 5643(2000)
【0009】
【非特許文献2】
B. Julsgaard et al., Nature 413, 400(2001)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、任意の2つのメモリセル間で他のメモリセルの干渉を受けることなく量子情報を自由に移動させることが可能な量子メモリ、およびそのような量子メモリを用いた情報処理方法を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明の一態様に係る量子メモリは、全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団で1つのメモリセルが形成されている複数のメモリセルと、磁場を各メモリセルに印加する手段と、右偏光または左偏光の光で各メモリセルを照射する手段と、複数のメモリセルのうち2つのメモリセルを1本のレーザー光で同時に照射する手段と、2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段とを具備し、任意の1つの保存メモリセルと、移動用メモリセルとを選択したとき、それらを結ぶ直線上には他のメモリセルが存在しないことを特徴とする。
【0012】
したがって、複数のメモリセルのうち少なくとも1つを量子状態移動用のメモリセルとして、量子状態移動用メモリセル以外から任意の2つの保存用メモリセルの組を選択したとき、その組の2つの保存用メモリセルと1つの移動用メモリセルとを結ぶ2つの直線上には、それぞれ2つのメモリセルのみが存在するように、複数のメモリセルが配置されている。
【0013】
本発明に他の態様に係る量子メモリは、全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ、全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団を1つのメモリセルとする複数のメモリセルと、磁場を各メモリセルに印加する手段と、右偏光または左偏光の光を各メモリセルに照射する手段と、複数のメモリセルの2つを1本のレーザー光で同時に照射する手段と、2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段とを具備し、前記複数のメモリセルのうち同一直線上に存在するものが2つのみであることを特徴とする。
【0014】
本発明に他の態様に係る量子メモリを用いた情報処理方法は、全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ、全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団を1つのメモリセルとする複数のメモリセルを用意し、前記複数メモリセルのうち少なくとも1つを量子状態移動用のメモリセルAとし、量子状態移動用メモリセルA以外の任意の2つのメモリセルVおよびメモリセルBの組を選択して、メモリセルVの量子状態をメモリセルBに移動させて情報処理する方法であって、磁場を各メモリセルに印加するとともに、右偏光または左偏光の光を各メモリセルに照射して、各メモリセルを形成する物理系集団全体の全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態にし、1本のレーザー光でメモリセルAおよびメモリセルBの2つのみを同時に照射し、両メモリセル透過後のレーザー光の偏光状態を測定して、メモリセルAとメモリセルBのエンタングルメントを生成して確認し、1本のレーザー光でメモリセルAおよびメモリセルVの2つのみを同時に照射し、両メモリセル透過後のレーザー光の偏光状態を測定して、メモリセルVの量子状態を、メモリセルAとの間でエンタングルメントを生成しているメモリセルBへテレポーテーションさせることを特徴とする。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明の実施形態に係る量子メモリにおいては、メモリセルは全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団で形成されており、複数のメモリセルを含んである。上記のような物理系集団としては、気体原子や、固体中の希土類イオンが用いられる。また、空間的に区切りなく一様に分布する物質への選択的な光照射によって集団としての角運動量を生じさせた一部の空間内に分布する物理系集団によってメモリセルを形成してもよい。このような物理系集団間にエンタングルメントを生成させた場合、ノイズに強いことが知られている。
【0016】
磁場を各メモリセルに印加する手段としては、コイルや永久磁石が挙げられる。右偏光または左偏光の光で各メモリセルを照射する手段および複数のメモリセルのうち2つのメモリセルを1本のレーザー光で同時に照射する手段としては、レーザーが挙げられる。2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段としては、ホモダイン検出器が挙げられる。
【0017】
まず、本発明の実施形態に係る量子メモリにおいて、メモリセル間の情報の移動に利用する量子テレポーテーションの機構を説明する。
【0018】
ここで量子状態を表すために利用する物理量は、原子や分子などの物理系の集団において集団全体が持つ、集団としての角運動量の2つの成分、J(演算子)とJ(演算子)とである。この2つの物理量は共役物理量であり、その交換関係は下記式
[J,J]=iJ または [J/J 1/2,J/J 1/2]=i
で表される。またこの角運動量は、電子スピン、電子の軌道運動、核スピンからなり、磁気サブレベルを伴うものとする。
【0019】
この2つの物理量のスクイージングの状態、すなわち不確定性関係を満たすそれぞれの変数の不確定さを表す量を、ある物理系集団から別の物理系集団(それぞれ物理系集団Vと物理系集団Bとする)に移すことができる。
【0020】
最初に、2つの物理系集団(それぞれ物理系集団Aと物理系集団Bとする)の間でエンタングルメントを生成する。そのための方法を、図1を参照して説明する。図1に示すように、x軸方向に印加した磁場Bの中に、集団としての角運動量がそれぞれJxA=J、JxB=−Jである物理系集団A、Bを用意する。次に、この2つの物理系集団に、x軸方向に偏光した直線偏光のレーザー光(エンタングルメント生成用レーザー光)を照射する。このレーザー光によって、J(演算子)とJ(演算子)とがエンタングルメントで結ばれる。一方、レーザー光については、レーザーパルスのストークス演算子をS、S、Sとし、Sをx方向とy方向の直線偏光の光子数の差、Sを+45度方向と−45度方向に偏光した光子数の差、Sをz軸方向に進む光の左偏光と右偏光の光子数の差とした場合、その交換関係は下記式
[S,S]=iS
で表され、SとSとの間にエンタングルメントが生じる。
【0021】
物理系集団に、光遷移に共鳴しないように選んだ波長で上記のレーザー光を照射した場合、透過してくる光のSで表される偏光状態S out(t)は、入射レーザー光のSで表される偏光状態S in(t)、物理集団の角運動量JzAB=JzA+JzB、JyAB=JyA+JyB、磁場印加によるJ、JのLarmor歳差運動の角周波数Ωを利用して、下記式
out(t)=S in(t)+α[JzABcos(Ωt)+JyABsin(Ωt)]
(αは定数)
で表される(非特許文献2参照)。
【0022】
従って、物理系集団A、Bを透過したレーザー光を偏光ビームスプリッター(PBS)を通してホモダイン検出し、S out(t)に相当する偏光状態のcos(Ωt)成分とsin(Ωt)成分を測定すれば、JzAB=JzA+JzBとJyAB=JyA+JyBを同時に測定できる。さらに、複数回の測定でその分散を測定して、それらがゼロに近い値をとっていれば、物理系集団AとBとの間のエンタングルメントを示す強い量子相関を確認できる。
【0023】
上記のようにエンタングルメントで結ばれた物理系集団A、Bに対し、物理系集団Vの量子状態を物理系集団Bに移したいとする。そのための方法を、図2を参照して説明する。この場合、物理系集団VとAとの間でベル測定を行えば、物理系集団Vの量子状態を物理集団Bに移す(量子テレポーテーションを実行する)ことができる。ここでのベル測定は、物理系集団Vと物理系集団Aとを区別せずに全体としての物理量JzAV=JzA+JzV、JyAV=JyA+JyVを測定することである。従って、物理系集団Vと物理系集団Aを透過したレーザー光(テレポーテーション用レーザー光)に対して偏光ビームスプリッター(PBS)を通してホモダイン検出を実行すれば、ベル測定を行ったことになり、量子状態を物理系集団VからBへ移動することができる。
【0024】
その際、物理系集団Bの量子状態は物理系集団Vのもとの量子状態に近い状態になるが、いつも全く同じになるわけではない。正確に同じ量子状態を再現したい場合は、適宜ベル測定の結果に応じて、Bに電磁場などを作用させて補正を加えればよい。以降の実施例においては、近い量子状態に移す場合を記載しているが、必要に応じて正確に同じ量子状態に移すための補正を加えてもよい。
【0025】
以上で、物理系集団で量子状態を表し、それを量子テレポーテーションによってある物理系集団から他の物理系集団へ移す方法の機構について説明した。
【0026】
次いで、上記のような物理系集団を複数個用意し、それぞれをメモリセルとして量子メモリを構成する場合に、メモリセル間で自由に量子情報(量子状態)を移動できるために必要な条件について以下に説明する。
【0027】
いま、複数個のメモリセル(物理系集団)のうち任意のメモリセルM1(上記Vに相当する)から任意のメモリセルM2(上記Bに相当する)へ量子情報を移動させたいものとする。まず、任意の第3のメモリセル(上記Aに相当する)を移動用メモリセルとして設定する。この第3のメモリセルは、基本的には量子状態保存用のメモリセルと区別し、移動時にのみ利用する移動専用のメモリセルとする。次に、メモリセルM2とM3の間にエンタングルメントを生成する。すなわち、メモリセルM2とM3の両方を順次透過するように同一のレーザー光を照射し、透過光に対してホモダイン検出を行い、メモリセルM2とM3にエンタングルメントを生成し、確認する。最後に、メモリセルM1とM3を順次透過するように同一のレーザー光を照射し、透過光に対してホモダイン検出を行い、メモリセルM1とM3にベル測定を行うことにより、メモリセルM1の量子情報をメモリセルM2に移動(テレポーテーション)させる。
【0028】
本発明の実施形態においては、メモリセルM2とM3にエンタングルメントを生成させる際に照射するレーザー光(エンタングルメント生成用レーザー光)、およびメモリセルM1とM3でベル測定を行ってテレポーテーションを行う際に照射するレーザー光(テレポーテーション用レーザー光)が、M1、M2、M3以外の量子状態保存用または量子状態移動用メモリセルと相互作用しないようにする。
【0029】
そのためには、量子状態保存用として選択された任意の2つのメモリセル(M1、M2)の組について、その組のそれぞれのメモリセル(M1およびM2のそれぞれ)と1つの移動用メモリセル(M3)とを結ぶ直線上(直線M1−M3上および直線M2−M3上)にメモリセルが2つのみ存在し、3つ以上は存在しないように、複数のメモリセルを配置する。
【0030】
例えば、図3に示すように、6つのメモリセルを用意し、各メモリセルを同一円周上に配置し、1つのメモリセルを移動用メモリセル(M3)とし、他の5つのメモリセルを保存用メモリセルとする。
【0031】
また、図4に示すように、6つのメモリセルを用意し、5つの保存用メモリセルを一直線上に配置し、1つの移動用メモリセル(M3)を保存用メモリセルが配置されている直線からはずして配置する。
【0032】
また、実施例において後述するように、複数のメモリセルを同一平面上でかつ奇数個の頂点をもつ正多角形の頂点およびその正多角形の中心に配置し、正多角形の中心に位置するメモリセルを移動用メモリセル(M3)としてもよい。これは、複数のメモリセルのうち同一直線上に存在するものが2つのみである例でもある。
【0033】
複数のメモリセルを上記のように配置した場合、任意に選択された2つの保存用メモリセルの組に対して、その組のそれぞれのメモリセル(M1およびM2のそれぞれ)と1つの移動用メモリセル(M3)とを結ぶ直線上(直線M1−M3上および直線M2−M3上)にメモリセルが2つのみ存在するので、任意の量子状態保存用の量子ビット間で、他のメモリセルとの干渉なしに量子情報を移動できる。なお、これらのメモリセルは、量子ゲートにおいて量子ビットを表す物理系集団からなるものでもよい。
【0034】
一方、例えば図5に示したように、複数のメモリセルをマトリックス状に整列して配置した量子メモリにおいて、移動用メモリセルM3および保存用メモリセルM1,M2を図示したように選択した場合、直線M2−M3上に他のメモリセルMxが存在するため、エンタングルメント生成用レーザー光がメモリセルMxと相互作用してテレポーテーションの障害となる。図5で選択した保存用メモリセルM1,M2に対しては、他のどのメモリセルを移動用メモリセルに設定しても他のメモリセルとの干渉が起きる。
【0035】
ただし、上述した図3および図4のメモリセルの配置はよいが、図5のメモリセルの配置はよくないという議論は、エンタングルメント生成用レーザー光およびテレポーテーション用レーザー光を2つのメモリセルを串刺しするようにして照射する際、1つ目のメモリセルを通過した後のレーザー光を、反射鏡などを用いて2つ目のメモリセルを通過する前にその進行方向を積極的に大きく変化させることをしないことを前提としたものである。これに対して、例えばメモリセルが配置されている平面に対して、その平面の上方にレーザーを配置するとともにその平面の下方に反射鏡を配置して、レーザー光の照射方法を工夫し、1本のレーザー光の光路には常に2つのメモリセルのみが存在するようにすれば、図5のメモリセルの配置でも原理的には他のメモリセルとの干渉なしに任意の2つのメモリセル間で量子情報を移動できる。
【0036】
【実施例】
(実施例1)
図6を参照して本実施例の量子メモリを説明する。
セシウムの原子気体を半径1cm、高さ3cmの円筒状のガラスセルに充填したメモリセル11を6個用意し、これらのメモリセル11をステージ10上の同一平面上に並べた。6個のメモリセル11のうち、1つを量子状態移動用メモリセル(ME3)、残りの5つを量子状態保存用メモリセルとする。この場合、5つの量子状態保存用メモリセルは同一直線上に配置され、量子状態移動用メモリセルME3は量子状態保存用メモリセルが配置されている直線からはずして配置されている。
【0037】
ステージ10の上方および下方にコイル12、12が設けられ、全てのメモリセル11に対し垂直上向きの0.9Gの磁場が印加される。
【0038】
ステージ10の下方に第1のレーザー13が設けられ、全てのメモリセル11に対し、第1のレーザー光L1が照射される。この第1のレーザー光は、6S1/2から6P3/2への遷移に共鳴する波長852nmの円偏光である。音響光学素子(図示せず)のON/OFFによって第1のレーザー光L1をパルス照射できるようになっている。
【0039】
ステージ10の側方に第2のレーザー14が設けられ、量子状態移動用メモリセルME3と、任意の1つの量子状態保存用メモリセルとを串刺しにして第2レーザー光L2が照射される。この第2のレーザー光は、6S1/2から6P3/2への遷移から700MHzだけ短波長側にずらした直線偏光である。音響光学素子(図示せず)のON/OFFによって第2のレーザー光L2をパルス照射できるようになっている。
【0040】
第2のレーザー14から量子状態移動用メモリセルME3と各々の量子状態保存用メモリセルとの通過する直線の延長線上には、それぞれ5つのホモダイン検出器15が設けられている。これらのホモダイン検出器15は2つのメモリセルを透過したレーザー光を偏光ビームスプリッター(PBS)で分岐し、それぞれの光を検出して差をとり、ロックインアンプで印加磁場中のセシウム原子のラーモア歳差運動角周波数でのsin成分とcos成分を測定するものである。
【0041】
上記のような構成を有する量子メモリにおいて量子状態を移動させる方法について説明する。ここでは、5つの保存用メモリセルから任意の2つ(図6のME1とME2)を選択して、ME1からME2へ量子状態を移動させる場合について説明する。
【0042】
まず、磁場Bを印加した状態で、ME1とME2に右円偏光のレーザー光L1を、ME3に左円偏光のレーザー光L1を照射した。この結果、各メモリセルに含まれるセシウム原子気体の全角運動量が設定したい磁気サブレベルの状態になる。次に、ME3とME2にレーザー光L2を0.45ms照射し、透過光をホモダイン検出した。さらに、レーザー光L2の照射から0.3ms後に、ME3とME1にレーザー光L2を0.45ms照射し、透過レーザー光をホモダイン検出した。これによりME1の量子状態をME2に移動(テレポーテーション)することができた。
【0043】
(実施例2)
図7を参照して本実施例の量子メモリを説明する。
セシウムの原子気体を充填した半径20cm、高さ3cmの円筒状のガラスセル20を用意し、このガラスセル20を実施例1におけるステージおよび複数のメモリセルの代わりとして設置した。
【0044】
ガラスセル20の下方からセル中の3箇所に対して実施例1における第1のレーザー光L1に相当する光を照射することにより、それらの部分をそれぞれメモリセルME4、ME5、ME6として選択した。メモリセルME4、ME5は量子情報保存用であり、メモリセルME6は量子情報移動用である。それぞれのメモリセルに対し、実施例1で施したのと同様の光照射、ホモダイン検出を行うことにより、ME4の量子状態をME5に移動することができた。
【0045】
本実施例のように、メモリセル間を隔壁(またはメモリとなる媒質の存在しない空間)で区切ることなく、空間的に区切りなく一様に分布する物質への選択的な光照射によってその部分の物理系集団をメモリセルとして利用することができ、空間的に区切りなく一様に分布する物質中に複数のメモリセルを含ませることができる。
【0046】
(実施例3)
Pr3+イオンを0.05%添加した(Y3+イオンのうち0.05%をPr3+イオンで置換した)半径1mm、高さ2mmの円筒状のYSiO結晶を6個用意し、これらの結晶を実施例1におけるセシウム原子の入ったガラスセルの代わりにステージ上に設置してメモリセルとして使用した。ステージを含めてYSiO結晶からなる6個のメモリセルの全体を光学窓付きのクライオスタット中に入れ、3.8Kに冷却した。
【0047】
実施例1の第1のレーザー光L1の代わりに、第3のレーザー光L3を用いた。このレーザー光L3は、Pr3+イオンのからへの遷移に共鳴する波長606nmの円偏光である。
【0048】
実施例1の第2のレーザー光L2の代わりに、第4のレーザー光L4を用いた。このレーザー光L4は、Pr3+イオンのからへの遷移から20GHz短波長側へシフトさせた周波数に設定した直線偏光である。
【0049】
上記の構成を有する量子メモリに対して、実施例1と同様の操作を行ったところ、量子状態保存用メモリセルに相当する任意の2つの結晶間で、結晶中の希土類イオン集団の量子状態を移動させることができた。
【0050】
(実施例4)
図8を参照して本実施例の量子メモリを説明する。
メモリセルとして、Pr3+イオンを0.05%添加した(Y3+イオンのうち0.05%をPr3+イオンで置換した)半径0.25mm、高さ0.5mmの円筒状のYSiO結晶を6個用意した。これらのメモリセル31を回転ステージ30上に設置した。このとき、6個のメモリセル31を正五角形の頂点と正五角形の中心にそれぞれ設置し、中心の一個を量子状態移動用メモリセル、周りの5個を量子状態保存用メモリセルとした。回転ステージ30を回転させると、保存用メモリセルは移動用および保存用メモリセルが分布する平面内において移動用メモリセルを中心として回転することになる。回転ステージ30を含めてYSiO結晶からなる6個のメモリセル31の全体を光学窓付きのクライオスタット(図示せず)中に入れ、3.8Kに冷却した。ステージ30の上方および下方にコイル32、32が設けられ、全てのメモリセル31に対し垂直上向きの磁場Bが印加される。
【0051】
本実施例では、常に図8に図示した1つの直線上(回転ステージ30の直径に相当する)でエンタングルメント生成およびテレポーテーションを実行するようにし、各操作の間で回転ステージ30を回転させて保存用メモリセルの位置を移動させる。図示されている中心の移動用メモリセルの位置と所定の円周上の一点に移動した1つの保存用メモリセルの位置を「操作位置」という。
【0052】
回転ステージ30の下方、具体的には操作位置の移動用メモリセルと保存用メモリセルの下方に、実施例3において説明した第3のレーザー光L3を照射する第3のレーザー33が設けられている。回転ステージ30の側方に、操作位置にある移動用メモリセルと保存用メモリセルを串刺しするように実施例3において説明した第4のレーザー光L4を照射する第4のレーザー34が設けられている。第4のレーザー34から操作位置にある移動用メモリセルと保存用メモリセルとの通過する直線の延長線上に、ホモダイン検出器35が設けられている。
【0053】
このような構成を有する量子メモリにおいて、移動用メモリセルと1つの保存用メモリセルに第4のレーザー光を照射してエンタングルメント生成を実行した後、回転ステージ30を回転させて別の保存用メモリセルを操作位置に移動させ第4のレーザー光を照射してベル測定を実行することにより、任意の保存用メモリセル間で量子テレポーテーションが可能になった。したがって、図6または図7の量子メモリと比較してレーザーおよびホモダイン検出器を減らすことができ、装置構成が簡単になった。
【0054】
(実施例5)
実施例1における6個のセシウム原子入りガラスセルの代わりとして10個のセシウム原子入りガラスセルをメモリセルとして用い、これらのメモリセルを同一円周上に並べて量子メモリを作製した。
【0055】
この場合、量子情報保存用に利用していないメモリセルが1つでもあれば、それを移動用メモリセルに設定し、任意の2つのメモリセル間での量子情報の移動を実行することが可能であり、2つ以上の量子情報の移動を同時に実行することも可能であった。
【0056】
【発明の効果】
以上説明したように本発明によれば、任意の2つのメモリセル間で他のメモリセルの干渉を受けることなく量子情報を自由に移動させることが可能な量子メモリおよびそのような量子メモリを用いた情報処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】物理系集団間にエンタングルメントを生成する方法を説明する図。
【図2】物理系集団間での量子テレポーテーションを説明する図。
【図3】任意の量子状態保存用メモリセル間で量子情報の移動が可能であるメモリセルの配置例を示す図。
【図4】任意の量子状態保存用メモリセル間で量子情報の移動が可能であるメモリセルの配置例を示す図。
【図5】量子状態保存用メモリセル間での量子情報の移動に際して、他のメモリセルとの干渉が生じるメモリセル配置例を示す図。
【図6】本発明の実施例1における量子メモリの概略構成を示す図。
【図7】本発明の実施例2における量子メモリの概略構成を示す図。
【図8】本発明の実施例4における量子メモリの概略構成を示す図。
【符号の説明】
10…ステージ、11…メモリセル、12…コイル、13…第1のレーザー、14…第2のレーザー、15…ホモダイン検出器、20…ガラスセル、30…回転ステージ、31…メモリセル、32…コイル、33…第3のレーザー、34…第4のレーザー、35…ホモダイン検出器。

Claims (7)

  1. 全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団で1つのメモリセルが形成されている複数のメモリセルと、
    磁場を各メモリセルに印加する手段と、
    右偏光または左偏光の光で各メモリセルを照射する手段と、
    複数のメモリセルのうち2つのメモリセルを1本のレーザー光で同時に照射する手段と、
    2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段とを具備し、任意の1つの保存メモリセルと、移動用メモリセルとを選択したとき、それらを結ぶ直線上には他のメモリセルが存在しないことを特徴とする量子メモリ。
  2. 前記メモリセルは空間的に区切りなく一様に分布する物質への選択的な光照射によって集団としての角運動量を生じさせた一部の空間内に分布する物理系集団からなり、前記空間的に区切りなく一様に分布する物質中に複数のメモリセルが含まれることを特徴とする請求項1の量子メモリ。
  3. 前記物理系集団が気体原子からなることを特徴とする請求項1または2に記載の量子メモリ。
  4. 前記物理系集団が固体中の希土類イオンからなることを特徴とする請求項1または2に記載の量子メモリ。
  5. 前記複数のメモリセルが同一平面上でかつ奇数個の頂点をもつ正多角形の頂点およびその正多角形の中心に位置し、正多角形の中心に位置するメモリセルを量子状態移動用のメモリセルとすることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の量子メモリ。
  6. 全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ、全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団を1つのメモリセルとする複数のメモリセルと、
    磁場を各メモリセルに印加する手段と、
    右偏光または左偏光の光を各メモリセルに照射する手段と、
    複数のメモリセルの2つを1本のレーザー光で同時に照射する手段と、
    2つのメモリセルを透過したレーザー光の偏光状態を測定する手段とを具備し、前記複数のメモリセルのうち同一直線上に存在するものが2つのみであることを特徴とする量子メモリ。
  7. 全角運動量が磁気サブレベルを持つエネルギー状態を取ることができ、全体の角運動量の量子状態で量子情報が表される物理系集団を1つのメモリセルとする複数のメモリセルを用意し、前記複数メモリセルのうち少なくとも1つを量子状態移動用のメモリセルAとし、量子状態移動用メモリセルA以外の任意の2つのメモリセルVおよびメモリセルBの組を選択して、メモリセルVの量子状態をメモリセルBに移動させて情報処理する方法であって、
    磁場を各メモリセルに印加するとともに、右偏光または左偏光の光を各メモリセルに照射して、各メモリセルを形成する物理系集団全体の全角運動量が特定の値を持つエネルギー状態にし、
    1本のレーザー光でメモリセルAおよびメモリセルBの2つのみを同時に照射し、両メモリセル透過後のレーザー光の偏光状態を測定して、メモリセルAとメモリセルBのエンタングルメントを生成し、
    1本のレーザー光でメモリセルAおよびメモリセルVの2つのみを同時に照射し、両メモリセル透過後のレーザー光の偏光状態を測定して、メモリセルVの量子状態を、メモリセルAとの間でエンタングルメントを生成しているメモリセルBへテレポーテーションさせる
    ことを特徴とする量子メモリを用いた情報処理方法。
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