JP7846887B2 - 分子イメージング装置およびその使用方法 - Google Patents

分子イメージング装置およびその使用方法

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Description

本発明は、タンパク質結晶のイメージングを行うための電子ビーム装置に関する。
ブラッグ回折では、位相の情報が不足している。これは、X線/電子結晶学のセントラルドグマである。位相の情報がない場合、記録されたブラッグ回折パターンから対象物の構造を再構築することができない。1975年に、HendersonおよびUnwinは、透過型電子顕微鏡(TEM)をデフォーカスさせることで撮影したノイズの多い実画像をフーリエ解析することにより、2次元結晶(無染色の、周期性のある生体試料)の位相を再構築した。そして、その位相と電子回折パターンを組み合わせ、紫膜タンパク質(現在では光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシンとして知られている)および酵素カタラーゼの構造を決定した。また、試料を傾けることで、紫膜の3次元モデルを作成した。これらのタンパク質は、2次元の分子配列を形成するという特性を有していた。
しかしながら、ほとんどのタンパク質は3次元結晶を形成する傾向がある。そのため、同じ方法を適用したり、TEM下でより直接的に分子配列をイメージングしたりするためには、多くの課題がある。現在まで、ダイレクトイメージングによって3次元タンパク質結晶の構造決定に成功したという報告はない。その困難な点は、次の通りである。(1)利用可能な画像を得るための最小電子線量が回折の場合よりも著しく高いため、非常にノイズが大きい画像となり、高度な処理を必要とする点。(2)実空間イメージングは、試料ドリフトおよび試料の振動に対して感度が高く、高度なアライメントおよび再構築の手法を要する点。(3)ランダムに配向する結晶の実空間イメージングは、複数の回折ビームが干渉するために、検出画像において複雑なモアレパターンとなる点。
これらの背景には、以下のような本質的な問題がある。(a)タンパク質の原子密度は水に非常に近いため、散乱コントラストが非常に低い。(b)タンパク質結晶は多くの水分子を含んでおり、重量の50%に達することもある。水分子は電子をランダムに散乱させるため、バックグラウンドのノイズが大きくなる。(c)動力学的電子回折が、TEM下の実像に種々の混乱を生じさせる。
上記の困難を克服し、TEM下でタンパク質の構造を決定するために、以下の手法を用いる。(i)晶帯軸で投影画像を撮影する。晶帯軸は、例えば、[100],[010],[001],[110],[011],[101],[-110],[0-11],[10-1]である。なお、“-”はその直後の指数に付されるバーを意味する。後述するように、晶帯軸において得ることができる最大数の散乱格子点を得ることで、隣接する分子への画像の重なりを減少させることができる。低電子線量画像、または回折モードのTEMをリアルタイムで高速フーリエ変換(FFT)し、結晶を回転させると、軸を見つけることができる。
(ii)ダメージ限界までの最大電子線量をワンショットで与え、高解像度の画像を得る。そして、次の微小結晶に移行する。このとき、その軸における動力学的回折の影響を無視できないことに留意する。この影響を緩和するために、角度をつけてスキャン光を照射する。そして、高解像度エッジ付近の格子点から、回折データを収集する。
(iii)高解像度画像を得ることができれば、既知のビルディングブロックである、アミノ酸および小さなペプチドまたαヘリックスの構造を利用することで、例えば13枚以上の限られた数の晶帯軸画像から、タンパク質の3次元構造を再構築することができる。
(iv)上記の方法は、AI(人工知能)が発展中である画像処理技術の一部である。タンパク質が、どのようにアミノ酸の直鎖から3次元形状に丸まり、自然なコンフォメーションを形成するかをAIにより予測するという分野も、急速に成長している。したがって、タンパク質の構造解析、誤りの検査、および構造の変更において、AIは大きな助けとなり得る。
本明細書では、タンパク質結晶における分子配列の高解像度画像を得るシステム及び方法を説明する。はじめに、MicroED(微結晶電子回折)の技術を改良し、ブラッグ回折の位相を構造位相に変換する。次に、ビームエキスパンダにより干渉縞を拡大する。次に、エワルド球および格子点に基づいて出力された画像を解明し、実測を行う。
近年、MicroEDが利用可能となり、多くのタンパク質構造が決定されている。この技術は、単一生体分子に対するX線結晶構造解析またはクライオ電子顕微鏡法に代わる強力な手法となりつつある。回折データを3次元構造へ再構築するようなデータ処理を直接行うことに成功しているが、現在では、この技術の使用は小分子に限定されている。X線結晶構造解析では、同型置換法(IR:重金属を結晶に染み込ませる)および異常散乱法(AS:X線の波長を変えて重金属にエネルギーを蓄積させ、位相をオフセットさせることで元の位相を推定する)によりこの課題を解決してきたが、MicroEDでは、これまで、このような位相決定法は実施されておらず、さらなる調査が必要な研究分野である。
上記課題を解決するため、本願の第1発明は、結晶の3次元スキャンを行う装置であって、入射電子ビームをシフトさせることにより、前記入射電子ビームをタンパク質結晶に対して所定の角度で入射させる1つまたは複数のスキャンコイルと、前記タンパク質結晶から回折した電子ビームを拡大する1つまたは複数のレンズを含むビームエキスパンダと、電子検出器と、を備える。
本願の第2発明は、第1発明の装置であって、前記1つまたは複数のスキャンコイルは、回転し、前記電子ビームは、前記タンパク質結晶に対して、特定パターンのスキャンを行う。
本願の第3発明は、第2発明の装置であって、前記特定パターンのスキャンは、スパイラルスキャンである。
本願の第4発明は、第2発明の装置であって、前記特定パターンのスキャンは、ラスタースキャンである。
本願の第5発明は、第1発明の装置であって、前記ビームエキスパンダは、第1の焦点距離を有する第1レンズと、第2の焦点距離を有する第2レンズと、を備え、前記第1レンズと前記第2レンズとの間の距離は、前記第1の焦点距離と前記第2の焦点距離との和である。
本願の第6発明は、a)タンパク質結晶を所定の角度で角度スキャンする工程と、b)前記タンパク質結晶から回折したビームを拡大する工程と、c)回折波と参照波との干渉パターンに基づいて、前記所定の角度で行われた前記角度スキャンの出力画像を生成する工程と、を含む、方法である。
本願の第7発明は、第6発明の方法であって、前記a)工程は、複数の異なる角度で、前記タンパク質結晶に対して複数の角度スキャンを行う工程であり、前記c)工程は、前記複数の異なる角度で行った前記複数の角度スキャンの、複数の出力画像を生成する工程であり、d)前記複数の出力画像を組み合わせることにより、3次元構造を構築する工程をさらに含む。
本願の第8発明は、第6発明の方法であって、前記角度スキャンは、スパイラルスキャンである。
本願の第9発明は、第6発明の方法であって、前記角度スキャンは、ラスタースキャンである。
本願の第10発明は、第6発明の方法であって、前記b)工程では、前記ビームを第1の焦点距離を有する第1レンズに通過させた後に、第2の焦点距離を有する第2レンズに通過させ、前記第1レンズと前記第2レンズとの間の距離は、前記第1の焦点距離と前記第2の焦点距離との和である。
本願の第1~第10発明によれば、ダイレクトイメージングによりタンパク質結晶の3次元構造を決定することができる。
図面は、本開示の態様を明確にし、強調するために、本明細書に含まれる。
格子面(hkl)からのブラッグ回折が、参照波と重なり合い、結晶からすぐ近くの下流に位置する像面において干渉縞を形成する様子を示す図である。 逆格子面上の波数ベクトルを示す図である。曲線は、曲率が強調されたエワルド球を示す。電子線結晶構造解析では、波長が極めて短いため、エワルド球はほぼ平坦な面となる。 像面を上方に移動させることにより、上流に位置する干渉縞が結晶内部の格子面に合う様子を示す図である。 異なる格子面(h’k’l’)におけるブラッグ条件を示す図である。入射ビームは傾いており、拡張された干渉縞は格子面に一致する。 2つのコヒーレントなビームがビームエキスパンダにより拡大され、同時に干渉縞が拡大される様子を示す図である。 配置した結晶に対してコヒーレントな電子波Ψを角度θで照射することで、回折波Ψとして角度θで(hkl)格子において反射する様子を示す図である。検出器上の格子の像は拡大されている。 200kVの電子ビームを用いた、10nmの単位胞における(半分の)逆空間を示す図である。 タンパク質結晶の分子イメージングを行うための実際の装置を示す図である。 不足の格子点を、ビームを傾けることで収集する様子を示す図である。 スパイラルスキャン、ラスタースキャン、およびサークルプリセッションスキャンの3種類の角度スキャンを示す図である。 スパイラルプリセッションビームにより解像度が向上することを示す図である。 それぞれ同一な2つの凸レンズを用いた3つの光学系を示す図である。
<ブラッグ回折>
ブラッグ回折は、1913年にローレンス・ブラッグおよびその父親ウィリアム・ヘンリー・ブラッグにより初めて発見された。「劈開面を鏡として利用する試みであり、雲母が劈開面から鏡のようにビームを反射することを発見した」と報告した。ここで重要なのは、ブラッグ回折は、結晶において規則的に並んだ原子からの「反射現象」であるということであった。入念な実験から、彼らは有名な数式を発見した。
λはX線の波長、nは整数、dは結晶の格子面間隔、およびθは反射角(=入射角)である。この発見は、鉱物やタンパク質などの結晶構造解析など、結晶構造解析の長い成功の歴史の出発点であった。
ブラッグらの言葉を言い換えると、「劈開面を鏡として用いる試みにより、雲母が劈開面を鏡として、ビームの反射像を与える事が判明した」ということである。狭いスペクトル光に対しては、結晶は反射鏡として機能する。ここで、顕微鏡を用いて鏡の上で原子の観察を試みることに意味はあるのかという疑問がある。日常生活において分かるように、我々は鏡を通して反射像を見るが、鏡がきれいな状態では鏡面に何も見つからない。
さらに、鏡は、太陽光を一方向に反射し、かつそのパワーを吸収しない、非常に効率的な道具であることがわかっている。レンズを用いて、紙面へ反射光の焦点を合わせようとすると、鏡の像ではなく、焦点のあった太陽の像が観察される。紙は、その点に極度に収束したパワーにより、発火する。
結晶から反射したパワーがある方向に局在化し、周囲の方向に一様に散乱しないため、従来のイメージングのコンセプトが機能しないという大きな問題がある。この問題の解決策の一つとして、本明細書において後述するビームエキスパンダを用いることが挙げられる。
<干渉縞>
図1は、結晶9の周囲における顕微鏡下の様子を示す模式図であり、(hkl)格子面(ブラッグ面)は、反射角2θで入射波11を反射する。整数(h,k,およびl)は、格子面のミラー指数である。図1上の平面(紙面)は、格子面に対して垂直な面を選び、入射波11とブラッグ回折12とが同一平面上にあるようにしている。便宜上、入射波11は上部から入射し、z軸に沿って結晶9の内部を通過するとする。複数の入射波11は、コヒーレントであり、同位相である。
図2は、逆空間における波数ベクトルを示す。入射波数ベクトルkは逆格子点(hkl)によってk’に散乱される。散乱ベクトルは、以下の式で与えられる。
回折過程でエネルギーの増減がないと仮定した場合、kおよびk’は等しいベクトル長kとなる。
上記の式から、格子面間隔は、次のようになる。
dは、常に基本の結晶格子の大きさより小さいことに留意する。単純立方晶系の場合、次のようになる。
上記の式を用いると、隣接する2つの格子面からの2つの反射波の位相差は次のようになる。
したがって、反射波は強め合うように干渉し、反射角2θの強い平面波を形成する。
図1に示すように、像面20を結晶9のすぐ近くに配置する。ブラッグ回折12と参照波13(コヒーレントな入射電子ビーム)が重なり合い、ヤングの干渉縞と同様に、干渉縞が像面に形成される。像面20上において隣接する2つの輝点の経路差は、次式の波長と等しくなる。
ブラッグの法則を用いると、像面上の干渉縞の間隔は次のようになる。
像面20上の干渉縞の間隔d’は、結晶格子dよりわずかに大きくなる。
図3に示すように、像面20を上方に移動させ続けると、2つの波11,12間の開口角が一定になる。そのため、同じ間隔の干渉縞が観察される。平均面OO’(2波の平均角)上では、2つの波11,12間の経路長差は同じまま(0またはnλ)である。そのため、干渉縞の中心の明るい面は、平均面OO’上にとどまる。格子面PP’と平均面OO’とは平行である。像面20を上方に移動させると、干渉縞が左側へ連続的に移動する様子が観察される。
結晶9の内部へ像面20を移動させ続けると、なお干渉縞が観察される。これは、上流の原子からの回折波と結晶9を通る入射波11とが存在し、これらが干渉するためである。像面20が反射点Pに到達すると、2つの波11,12間の経路差も0になる。したがって、この格子面は、結晶9の内部の明るい干渉縞と完全に重なっていると結論づけることができる。したがって、この干渉縞は、結晶格子のレプリカであるといえる。
入射ビームを傾けた場合も同様である。図4に示すように、格子面(h’k’l’)がz軸に平行な場合、ブラッグ条件に基づいて、ビームをz軸からθ’傾ける。像面20上では、干渉縞の間隔はd’となり、格子面間隔d’と等しくなる。すなわち、干渉縞と格子面間隔は互いに重なり合う。
後述するように、より多くの格子点をカバーするために、ビーム傾斜角度スキャンを導入する。ブラッグ条件が満たされると、反射波と入射波11とが干渉することにより干渉縞が形成され、その全てが格子面を表す。角度スキャン中にシャッターを開けたまま、顕微鏡を通して、2次元電子検出器108に1フレームで静止画像を撮像する。そして、2次元検出器108上に、ビームでスケッチが描かれるように、多くの線(今回の場合は、干渉縞)により影が描かれる。このようにして、2次元分子密度マップ(クーロンポテンシャルマップ)が2次元検出器108上に図示される。
重要なのは、プリセッション電子回折における下流側の補正器を用いると、図示が不鮮明になることである。したがって、下流の光学系は結晶9に焦点を合わせたまま、変化させない。
散乱現象は、特定の位相シフト、すなわち、X線トムソン散乱では-π、位相対象物(生体分子)からの電子波散乱では-π/2の位相シフトを伴う。しかしながら、この位相シフトはすべての散乱波で共通に発生するため、画像の再構築に対する影響はない。しかし、電子線結晶構造解析では、ビーム軸が結晶の長軸に近づくと、動的散乱が支配的となり、出射波の位相は急激に変化する。入射波の角度が変化することで干渉縞がシフトするため、この現象は本明細書で説明するイメージング手法に対して弊害となる。そのため、干渉縞は格子の位置を表現していない。そこで、入射波の角度を動かすことで、つまり干渉縞の画像を塗りつぶすことで、動的散乱の影響を排除することができる。
タンパク質分子の密度は鉱物よりもはるかに低く、タンパク質分子の周囲には水分子が残存している(セル間のチャネルは水分子で満たされている)。これにより、結晶軸に沿って伝播する電子波の強度は更に弱まる。タンパク質結晶は、50%近くの水分子を含むことが多い。そのため、ランダムに配向した水分子からの散乱により、画像にノイズが発生する。したがって、動的散乱の影響はあまり重大ではなくなる。
結晶内部のクーロンポテンシャルによる平均内部電位は、屈折率の変化として作用する。上述したように、タンパク質結晶は鉱物結晶よりはるかに密度が低い。そのため、200~300keVの電子線をTEMで照射した場合における、平均内部電位の変化による実際の波長の変化は、無視できるほど小さい。また、可視光では、ガラス内部の構造はわずかにずれた位置で見えることがあり、表面が滑らかな場合は画質の劣化が起こらないことが分かっている。したがって、タンパク質結晶をさらに高解像度でイメージングするには、氷に包埋した微小結晶が適しており、氷の表面は滑らかで汚れがないことが望ましい。
<ビームエキスパンダによる干渉縞の拡大>
前項において、干渉縞は結晶格子のレプリカであることがわかった。現在の、高度な原子分解能を有する電子顕微鏡を用いて干渉縞を拡大すると、結晶格子を観測することができる。ここでは、結晶9内の単一原子(または分子)1つ1つの像を得ようとしているのでなく、格子の像(格子面の断面画像)を観測する。
ここで、2つのコヒーレントビームΨ,Ψを、ビームエキスパンダにより変換する。2つのビームを開口角2αで入射させると、干渉縞の間隔は次のようになる。
電子顕微鏡の場合、ビームの角度は、α=0.001~0.01radと常に非常に小さい。そのため、sin(2α)=2αの近似が良好に成り立つ。2つのビームはΨ,Ψに拡大され、下流の像面21で再び重なり合う。そして、干渉縞の間隔は次のようになる。
交差角が非常に小さくなるため、干渉縞の間隔は大きくなる。像面21に2次元検出器108を配置すると、図5の円中に示すような、拡大された干渉縞が得られる。
重要なのは、焦点面において、ブラッグ回折の回折点に対応する2つの輝点があるということである。コヒーレントな光学系では、焦点面画像は像面20のフーリエ変換である。干渉縞(振幅)は正弦波状に変調されたパターンであり、そのフーリエ成分は対称的な2点である。
後述するように、対象物のA点は像面21のA’点に投影され、B点はB’点に投影される。A-D-A’とA-D-A’とでは経路長が等しい。同様に、B-D-B’とB-D-B’とでは経路長が等しい。像面20から像面21へ向かう2つの波ΨとΨとの間に位相差はない。本方法において、像面20(対象物)上の干渉縞は像面21(検出器108)において再構成される。
興味深いことに、検出器108のZ位置を像面21の周りで動かしても、記録される干渉縞は変化しない。これは、ブラッグ回折のイメージングにおいてCTF関数が存在しないため、デフォーカスさせた画像という構想が機能しないことを示している。
結晶9を対象物として配置し、コヒーレントな電子波Ψを角度θで照射すると、図6に示すように、回折波Ψとして(hkl)格子面において角度θで反射する。2つの波はレンズ系を伝播し、格子面(hkl)のレプリカとして検出器108上に干渉縞を形成する。
有名な外村彰の実験では、二重スリット(バイプリズム)にコヒーレントな電子ビームを低電流で照射すると、通過した電子が2次元検出器上で検出された。個々の電子は1つずつスリットを通過していると考えられるが、どちら側のスリットを通過したかはわからない。しかし、十分な累積時間が経過すると、多数の電子により干渉縞が形成される。この実験により、電子の波動と粒子の二重性が証明された。電子が自由空間を動くとき、確率波動関数Ψが伝播している。そのため、両側のスリットを通過して干渉縞が形成される。波が検出器に入射すると、「事象」として波動関数が一点に収縮し、シリコン検出器にエネルギーが蓄積される。この事象の確率は|Ψ|である。
図6では、2つのスポット、すなわち0次ビーム(入射波Ψ)およびブラッグ回折Ψが焦点面に存在する。電子の確率波は、この2つのスポットを同時に通過する。位相情報は保存されているため、検出器上の正しい位相(輝点の位置)に干渉縞が形成される。焦点面にフィルムまたは検出器を配置すると、2つのスポットは得られるが、位相は失われる。
0次ビームスポットの回折パターンは、中心より下側に現れることに注意する。プリセッション電子回折(PED)では、入射ビームを軸の周りで傾けることにより回折像を取得する。光学系は、レンズのパワーを上げる、すなわちFを短くすることで調整され、回折パターンを検出器に結像させる。0次ビームスポットを軸上に保つために、回折像の位置は下流の補正コイル(イメージシフトコイル)によって補正される。しかし、本イメージング手法においては、イメージシフト方式では検出器108上の格子像が劣化する。そのため、角度スキャン中は、結像光学系を変化させないようにする。
画像のコントラストを高めるためには、FFTデジタルフィルタが有用である。検出器108に記録された干渉縞にFFTを適用すると、2つのスポットではなく、結晶9からのブラッグ回折12、入射ビーム、および中央のバイアスの、3つのスポットが存在することとなる。コントラストを向上させるためには、中央のスポットを除去するというのは間違った考えであり、そうすると全く異なるコントラストになる。格子点間のノイズ信号を除去することもできるが、その場合、中央のスポットは変化しないようにするか、ノイズ振幅を除去することにより低下させるようにする。
<結晶による散乱および分子形状因子>
本イメージング手法は、回折分析に依存しない。しかし、電子顕微鏡下で観察した結晶の様子を理解するためには、X線構造解析の理論的根拠に注目することが非常に有効である。簡単のために、以下の議論ではフーリエ変換における正規化係数は記載していない。
結晶は、単位胞の並進的なコピーで形成されている。タンパク質結晶には種々の空間群が存在するが、ここでは単純なケースについて扱う。全域の密度分布は次のように表すことができる。
結晶は並進ベクトルa、b、およびcをもち、a方向にn個、b方向にn個、c方向にn個の単位胞を有する。X線結晶構造解析において、ρ(r)は単位胞内の電子密度(確率分布関数)である。電子線結晶構造解析では、ρ(r)は正の原子核および負の電子遮蔽によるクーロンポテンシャルに関連する散乱カーネルの密度である。ρ(r)は、分子内の原子密度分布として近似することができる。
結晶からの散乱振幅は次式で与えられる。
ここで、Sは散乱ベクトル(S=k’-k)である。畳み込み積分の定理を用いると、
ここで、F(S)はN原子系(1分子)の分子形状因子であり、次のように表すことができる。
数学的には、上式は3次元フーリエ変換と等価である。分子形状因子F(S)がわかっていれば、逆フーリエ変換により分子構造ρ(r)が導かれる。F(S)は複素数であり、すなわち位相F=|F|・eiαが含まれる。
上式の3つの和は干渉効果を表し、これは形状因子、すなわち図2中の格子点に対する標本化関数として作用する。MicroEDの場合、電子の波長は極めて短くなる。そのため、図7に示すように、単位胞の大きさが10立方nm、結晶の大きさが500立方nm、各指数に対して50個の配列、そして電子線ビームのエネルギーが200kVとすると、エワルド球はほぼ平坦になる。格子点は有限の大きさΔ=1/Narray=0.02を持つ。ビームの入射角度が結晶軸に正確に合っていると、エワルド球はh=-14から14付近の格子点に一致するため、分解能は0.7nmに制限される。より高い分解能で回折を集めるには、入射角を傾ける必要がある。1Åの解像度を得るためには、格子点を100まで集めなければならず、このときに必要な傾斜角はθ=λ/2δ±12.5mradである。
角度スキャンを使用して、入射ビームに垂直な格子点を集める。つまり、図7の場合では、ほとんどl=0である。本明細書にて説明した数式から、次のようになる。
ここでρ(x,y)は、2次元に投影された密度である。逆フーリエ変換により、投影された密度が次のように得られる。
本イメージング方法では、レンズ系を通して干渉縞の連続的な画像が収集されることにより、上式の積分が自動的に行われる。高解像度成分では、l=±1の点が含まれるため、縦方向の変動が観測されることとなる。したがって、最良の解像度を得るためには、結晶9の内部においてTEMの焦点位置を調整する必要がある。高解像度成分は、例えば10nmの単位胞の周期で、出現と消失とを繰り返す。
結晶9の任意の方向において、傾斜角度スキャンにより、ビーム軸の横断面上に密度マップが投影される。ブラッグ回折12の位相は常に含まれている。
<実際の計測装置>
図8は、本明細書において提案するタンパク質結晶9の分子イメージング装置の概念図である。電子ビームは、上から下に向かって進む。
(1)電子源101は、一般的なTEMに用いられるコヒーレントな電子源101である。
(2)コンデンサレンズ102は、試料へ向かう平行な電子流へとビーム形状を調整し、エッジビームを排除することでコヒーレンシを向上させる。
(3)角度スキャンコイルのセット103は、回転するように構成され、ビーム位置を横方向にシフトさせる。これにより、対物レンズ104(前側、対物レンズ全体の半分)を通過するビームの角度を変化させる。
(4)タンパク質結晶9は対物レンズ104の中央に位置する。便宜上、レンズ104を前側と後側の2つに分ける。
(5)タンパク質結晶9は、液体窒素で-160度以下に冷却されたTEMホルダのサンプルグリッド上に置かれる。これは、タンパク質結晶9の周囲において、ガラス状の透明な氷を保持し、不要な回折を発生させないようにするために重要である。また、冷却することにより、タンパク質結晶9を電子ビームの照射および損傷から保護することができる。
(6)タンパク質結晶9をホルダの軸の周りで回転させ、結晶9への適切な入射角を選択する。例えば、ダブルチルトホルダが使用される。
(7)角度スキャンは、スパイラル(螺旋状)、ラスタースキャン(鋸歯状)、または角度スキャンコイルを回転させることによるサークルプリセッション(歳差運動)のいずれでもよい。全体のスキャン幅は、200keVのTEMで30mrad程度である。
(8)試料ドリフトおよび振動による像の不鮮明化を抑制するため、スキャン速度は速い方がよい。具体的には、1回のスキャンは1秒未満であることが好ましい。
(9)環状スリット105は、不要なノイズを除去する。環状スリット105は、鮮明な画像を得るために重要な部品である。
(10)データの取得中は、下流(結晶9の後方)の光学系は一定とし、変化させない。
(11)下流の光学系はビームエキスパンダ106として機能する。デスキャンコイルは設置されていない。PEDのデスキャンコイルは回折パターンを得るのに必要であるが、実像を壊すため、ここでは使用しない。
(12)2次元電子検出器108上でブラッグ回折12と参照波13(透過型照明)とが重なり合い、干渉縞を形成する。角度スキャンを1回実行する間、2次元検出器の画像取得機能をオンにしておくため、上記の数17の式で表されるρ(x,y)の積分が実行される。
図9に示すように、ビームを傾けなければ、高解像度のフーリエ成分が含まれる、より高い指数(hk)において格子点を取得することができない。入射ビームを傾けることにより、これらの点からの回折を取得することができる。これにより、再構築された像は高解像度となる。これは、プリセッション電子回折(PED)と共通の考え方である。図式化すると、図11に示す通りである。
実際に測定を行う際は、電子線量を低減し、ビームによる結晶9へのダメージを低減するために、直接電子検出器108を用いるのが好ましい。特定の角度設定において、1回のスパイラルプリセッションを行う間、およそ1秒間の露光時間において、シャッターを開けておく。その後、結晶9を次の角度設定まで回転させ、同じ工程を繰り返す。それぞれの画像に対して、一般的なデジタルノイズフィルタ処理を行い、これらの像を組み合わせることにより、3次元構造を構築する。各画像自体が完全なスライス画像であるため、一続きの角度での一続きの画像である必要はない。現在のクライオ電子顕微鏡法の高度な技術により、画像の分類および位置合わせは簡単になっている。
MicroEDの実験データによれば、500立方nmのタンパク質結晶9は、10e/Åの電子線量まで、詳細な構造を維持する。4k×4kピクセルフォーマットの2次元電子検出器108を用いて、結晶9の100nm×100nmの領域を見ると、0.25Å/ピクセルあたりに合計1×10個の電子、すなわちピクセルあたり0.6e、10×10ビニングあたり10eの電子が得られる。10nm×10nm×10nmの単位胞を仮定すると、100nm×100nm×500nmの箱に、5000個の分子が入っていることになる。10×10の単位胞の画像を横方向に平均化することで、統計量は10倍向上する。さらに、1Åの単位胞の画像が含む統計ノイズは1/√100=0.1程度と低く、十分に3次元構造を構築することができる。
<ビームエキスパンダ>
レーザービームエキスパンダは、可視光の光学系において、所望の倍率へビーム径を拡大または縮小するために頻繁に用いられる。ケプラー型のビームエキスパンダは、2つの凸レンズで構成される。もう1種類のガリレオ型ビームエキスパンダは、凹レンズを用いてビームを拡大するが、電子ビーム光学系では実現することができないため、ここでは扱わない。
<ビームエキスパンダの光学系>
図12(a)は、ビームエキスパンダ106を示す。第1レンズである対物レンズ104および第2レンズである投影レンズ107という焦点距離の異なる2つのレンズを組み合わせ、総移動距離がこれらの焦点距離の和に等しくなる(焦点が共通となる)ように配置する。平行に入射したビームは、拡大され、平行なビームとなって出力される。全ての光線は共通の焦点を通過して広がるため、像は反転する。拡大倍率は、M=F/Fである。
図12(b)は一般的な顕微鏡である。光学系の構成は同じであるが、レンズの上流に距離Fで点光源Oを配置することで、平行なビームが形成される。ビームは、レンズから距離F離れた点O’に集光する。出射したビームの半開口角をαとすると、集光角はα/Mとなる。対象物上において横方向にδ離れた2点OおよびOは、拡大され、Mδ離れた点O’およびO’として像面に投影される。現在の電子顕微鏡では、M=1~50×10の拡大を実現することができる。図12(b)は、光学顕微鏡における対物レンズの「無限遠補正光学系」とも同じである。ビームは、2つのレンズの間で平行な光路となるため、2つのレンズの間において距離を自由に選択することができる。さらに、ポラライザまたは照明といった光学装置を追加することもできる。
図12(c)はより一般的な場合であり、点Oを角度αで通過する平行ビームは、M倍に拡大され、角度がα/Mとなった平行ビームとして出力される。
9 :結晶
11 :入射波
12 :ブラッグ回折
13 :参照波
20 :像面
101 :電子源
102 :コンデンサレンズ
103 :角度スキャンコイル
104 :対物レンズ
105 :環状スリット
106 :ビームエキスパンダ
107 :投影レンズ
108 :電子検出器

Claims (10)

  1. 結晶の3次元スキャンを行う装置であって、
    入射電子ビームをシフトさせることにより、前記入射電子ビームをタンパク質結晶に対して所定の角度で入射させつつ回転方向に角度スキャンを行う1つまたは複数のスキャンコイルと、
    前記タンパク質結晶から回折した電子ビームを拡大する1つまたは複数のレンズを含むビームエキスパンダと、
    回折波と参照波との干渉パターンに基づいて、前記所定の角度で行われた前記角度スキャンの出力画像を生成する電子検出器と、
    を備える、装置。
  2. 請求項1に記載の装置であって、
    前記1つまたは複数のスキャンコイルが、前記電子ビームの回転方向の角度を変化させることにより
    前記電子ビームは、前記タンパク質結晶に対して、特定パターンのスキャンを行う、
    装置。
  3. 請求項2に記載の装置であって、
    前記特定パターンのスキャンは、スパイラルスキャンである、装置。
  4. 請求項2に記載の装置であって、
    前記特定パターンのスキャンは、ラスタースキャンである、装置。
  5. 請求項1に記載の装置であって、
    前記ビームエキスパンダは、
    第1の焦点距離を有する第1レンズと、
    第2の焦点距離を有する第2レンズと、
    を備え、
    前記第1レンズと前記第2レンズとの間の距離は、前記第1の焦点距離と前記第2の焦点距離との和である、装置。
  6. a)タンパク質結晶を所定の角度で角度スキャンする工程と、
    b)前記タンパク質結晶から回折したビームを拡大する工程と、
    c)回折波と参照波との干渉パターンに基づいて、前記所定の角度で行われた前記角度スキャンの出力画像を生成する工程と、
    を含む、方法。
  7. 請求項6に記載の方法であって、
    前記a)工程は、複数の異なる角度で、前記タンパク質結晶に対して複数の角度スキャンを行う工程であり、
    前記c)工程は、前記複数の異なる角度で行った前記複数の角度スキャンの、複数の出力画像を生成する工程であり、
    d)前記複数の出力画像を組み合わせることにより、3次元構造を構築する工程
    をさらに含む、方法。
  8. 請求項6に記載の方法であって、
    前記角度スキャンは、スパイラルスキャンである、方法。
  9. 請求項6に記載の方法であって、
    前記角度スキャンは、ラスタースキャンである、方法。
  10. 請求項6に記載の方法であって、
    前記b)工程では、前記ビームを第1の焦点距離を有する第1レンズに通過させた後に、第2の焦点距離を有する第2レンズに通過させ、
    前記第1レンズと前記第2レンズとの間の距離は、前記第1の焦点距離と前記第2の焦点距離との和である、方法。
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