JP7422591B2 - 対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法、及びこれを用いたプロテアーゼ耐性分子の合成方法、並びに、対象分子中のアルギニン残基の、プロテアーゼ耐性予測装置及びプロテアーゼ耐性予測プログラム - Google Patents

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Description

本発明は、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法、及びこれを用いたプロテアーゼ耐性分子の合成方法、並びに、対象分子中のアルギニン残基の、プロテアーゼ耐性予測装置及びプロテアーゼ耐性予測プログラムに関する。
近年、医薬品の開発において、様々なアミノ酸配列のペプチド(ポリペプチド)のライブラリの中から、特定の疾患に対する治療薬や、標的分子に親和性の高い分子などを選択(探索)することが行われるようになっている。このように、ペプチドは、創薬のシーズ(種)として期待が高まっており、ペプチドを対象にした創薬は「ペプチド創薬」や「中分子創薬」と呼ばれることがある。
ペプチドを薬として用いる場合には、例えば、疾患を治療するための標的となる標的分子に、ペプチドが生体内の作用により分解されずに到達することが求められる。このため、薬として用いるペプチドとしては、例えば、血中での安定性が高いものが好ましい。例えば、ペプチドを薬として投与する場合、投与したペプチドが、血中で12時間程度安定に存在することが求められることがある。
ここで、血中には、ペプチドやタンパク質におけるペプチド結合を加水分解する酵素であるプロテアーゼが存在し、血中に存在するプロテアーゼ(血中プロテアーゼ)としては、例えば、トロンビン、プラスミンなどが挙げられる。また、プラスミンについては、基質特異性がトリプシンと類似していることが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
このような血中プロテアーゼは、塩基性のアミノ酸であるアルギニンにおけるカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解して切断する。
このため、薬として用いるペプチドについては、例えば、当該ペプチドにおけるアルギニン残基に対して、N-メチル化という化学修飾を行うことにより、アルギニン残基を保護して、血中プロテアーゼに対する耐性(血中での安定性)を向上させる技術が提案されている(例えば、非特許文献2及び非特許文献3参照)。このような技術においては、言い換えると、プロテアーゼにより切断されやすいアミノ酸残基であるアルギニン残基を、N-メチル化して保護することにより、血中プロテアーゼに対する耐性を向上させる。
ここで、ペプチドのアルギニン残基に対するN-メチル化を行う際には、N-メチル化するアルギニン残基の数が多いほど、N-メチル化を行うための実験(処理)に必要となる時間が長くなると共に、実験に必要となるコストも高くなる。このため、ペプチドを薬として大量に生産する際などにおいて、例えば、ペプチドが複数のアルギニン残基を有する場合、当該ペプチドの全てのアルギニン残基をN-メチル化することは、時間的な面でもコスト的な面でも効率的ではない。
また、例えば、ペプチドが多数のアルギニン残基を有する場合に、全てのアルギニン残基をN-メチル化すると、N-メチル化の影響により、ペプチド自体の性質や立体構造が大きく変化してしまうときがある。このため、例えば、ペプチドのライブラリの中から探索した、N-メチル化していない状態では薬として作用し得るペプチドについて、当該ペプチドが有する全てのアルギニン残基をN-メチル化すると、薬として作用できない状態(例えば、標的分子に結合できない状態)に変化してしまう場合がある。
このように、ペプチドを薬として用いようとする場合には、ペプチドに含まれるアルギニン残基に対するN-メチル化などの化学修飾を適切に行い、プロテアーゼに対する耐性を向上させることが求められる。つまり、創薬のシーズとしてヒットしたペプチドを薬として利用するためには、ペプチドにおけるプロテアーゼに対する耐性が低い(プロテアーゼにより切断されやすい)アルギニン残基に対して選択的にN-メチル化などの化学修飾を行うことが好ましい。
従来、ペプチドなどの分子中のアルギニン残基におけるプロテアーゼに対する耐性(切られにくさ)を、当該分子の構造などに基づいて予測できる技術は存在せず、プロテアーゼに対する耐性が低いアルギニン残基を、あらかじめ特定することはできなかった。
森原和之,「プロテアーゼの種類と基質特異性」,日本醸造協会雑誌 (1975) 70, 9 p.632-636(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1915/70/9/70_9_632/_pdf/-char/ja) 林剛介ら,「特殊環状ペプチドの翻訳合成と医薬品探索への展開」,生化学 第82巻 第6号,pp.505―514,2010(http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/10/82-06-07.pdf) 長野正展ら,「未来を切り拓く特殊ペプチド創薬」,Vol.50 No.8 2014,ファルマシア,p.751-755(https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/50/8/50_751/_pdf)
本発明は、アルギニン残基を有する対象分子における、アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性を予測できる、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法、及びこれを用いたプロテアーゼ耐性分子の合成方法等を提供することを目的とする。
上記の課題を解決するための手段としての本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法は、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する。
また、上記の課題を解決するための手段としての本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法は、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法により、プロテアーゼ耐性が低いと予測されたアルギニン残基を化学修飾する工程を含む。
さらに、上記の課題を解決するための手段としての本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置は、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する予測部を有する。
加えて、上記の課題を解決するための手段としての本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理をコンピュータに行わせる。
本発明によれば、アルギニン残基を有する対象分子について、アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性を予測できる、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法、及びこれを用いたプロテアーゼ耐性分子の合成方法等を提供することができる。
図1は、本発明の計算例において、ペプチド(A)についてのマルチカノニカルMDにおける、ペプチド(A)の立体構造の一例を示すスナップショットを示す図である。 図2は、本発明の計算例において、ペプチド(A)についてのマルチカノニカルMDにおける、ペプチド(A)の立体構造の他の一例を示すスナップショットを示す図である。 図3は、本発明の計算例において算出した、ペプチド(A)についてのPMFから求めた自由エネルギーマップの一例を示す図である。 図4は、本発明の計算例において算出した、ペプチド(A)についてのPMFから求めた自由エネルギーマップにおいて、代表構造として選択した10個の構造の分布の一例を示す図である。 図5は、ラマチャンドランプロットにおける、アミノ酸残基の各二次構造が分布する領域の一例を示す図である。 図6は、本発明の計算例において、ラマチャンドランプロットにおける、アルギニン残基がβストランド構造を形成するとした領域の一例を示す図である。 図7は、本発明の計算例における、ペプチド(A)における4位のアルギニン残基(ARG4)のラマチャンドランプロットの一例である。 図8は、ペプチド(A)における6位のアルギニン残基(ARG6)のラマチャンドランプロットの一例である。 図9は、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。 図10は、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置のハードウェアの他の構成例を示すブロック図である。 図11は、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置の機能構成例を示すブロック図である。 図12は、本発明を用いて、対象分子のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する際の流れの一例を示すフローチャートである。
(対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法)
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法は、対象分子の主鎖におけるアルギニン残基の結合状態と、当該アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性(プロテアーゼ耐性)とが相関するという本発明者の知見に基づくものである。そのため、まず、対象分子の主鎖におけるアルギニン残基の結合状態と、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性との関係ついて説明する。
<対象分子の主鎖におけるアルギニン残基の結合状態とプロテアーゼ耐性>
対象分子の一例であるペプチドやタンパク質におけるペプチド結合を加水分解して切断するプロテアーゼは、通常、ペプチドやタンパク質の分子構造を認識して、特定の部位でペプチドやタンパク質などの分子を切断する。上述したように、例えば、プロテアーゼの一例であるトリプシンなどにおいては、ペプチドやタンパク質が有する塩基性の残基であるアルギニン残基を認識して、当該アルギニン残基のペプチド結合を加水分解して分子を切断する。
プロテアーゼが切断しようとする対象分子の分子構造を認識して、対象分子を切断する際には、同じ種類のアミノ酸残基であっても、対象分子中における結合状態(対象分子中の位置)によって、切断されやすさが異なる場合がある。このため、例えば、対象分子が複数のアルギニン残基を有する場合には、アルギニン残基が位置する場所によって、プロテアーゼ耐性が異なる場合がある。
アルギニン残基を複数含むペプチドにおけるプロテアーゼ耐性に関する文献としては、例えば、7つのアミノ酸残基で形成され、そのうち2つがアルギニン残基であるペプチドの血中での安定性に関する文献である「K.Takayama et al., ACS Med. Chem. Lett. 2015, 6, 302-307(https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ml500494j)」及びこの文献の補足情報である「Discovery of potent hexapeptide agonists to human neuromedin U receptor 1 and identification of their serum metabolites(https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ml500494j/suppl_file/ml500494j_si_001.pdf)」が挙げられる。
これらの文献においては、トロンビンやプラスミンなどのプロテアーゼが含まれるヒトの血清に、次の化学式で表されるペプチド(A)を入れたときの分解産物を分析した結果などについて記載されている。
上記の化学式で表されるペプチド(A)は、「2-メチルチオフェン」-「トリプトファン」-「4-フルオロフェニルアラニン」-「アルギニン」-「プロリン」-「アルギニン」-「アスパラギン」の各残基がペプチド結合したペプチドである。また、以下では、上記の化学式で表されるペプチド(A)の配列において、左から4番目のアルギニン残基(4-フルオロフェニルアラニン残基とプロリン残基に結合するアルギニン残基)を4位のアルギニン残基と称し、左から6番目のアルギニン残基(プロリン残基とアスパラギン残基に結合するアルギニン残基)を6位のアルギニン残基と称する場合がある。
さらに、本明細書中では、上記の化学式で表されるペプチド(A)における各残基を、以下のような略名で称する場合がある。
・2-メチルチオフェン:KC1
・トリプトファン:TRP
・4-フルオロフェニルアラニン:PHE(4F)
・アルギニン:ARG
・プロリン:PRO
・アスパラギン:ASN
なお、上記の化学式で表されるペプチド(A)における2つのアルギニン残基については、4位のアルギニン残基を「ARG4」と称し、6位のアルギニン残基を「ARG6」と称して、区別して取り扱う場合がある。
上記の文献では、ペプチド(A)を25%のヒトの血清に入れて、RP-HPLC(reverse phase high-performance liquid chromatography)により、異なる時点での分解産物を分析した結果などについて記載されている。この文献では、上記のペプチド(A)が、ヒトの血清に含まれるプロテアーゼにより分解されて、下記の2つの分解産物(B)及び(C)が生成されるまでの時間や生成された分解産物の量などを分析している。
上記の文献では、ヒトの血清中にペプチド(A)を入れると、10分以内に、ペプチド(A)における、6位のアルギニン残基(ARG6)とアスパラギン残基(ASN)の間のペプチド結合が切断されて、上記の分解産物(B)が生成されるとされている。そして、上記の文献では、ヒトの血清中にペプチド(A)を入れてから120分程度経過すると、上記の分解産物(B)における、4-フルオロフェニルアラニン(PHE(4F))と4位のアルギニン残基(ARG4)の間のペプチド結合が切断されて、上記の分解産物(C)が生成されるとされている。
つまり、上記の文献では、ヒトの血清中のペプチド(A)においては、6位のアルギニン残基とアスパラギン残基の間のペプチド結合が先に切断され、4-フルオロフェニルアラニンと4位のアルギニン残基の間のペプチド結合が後に切断されることが、実験的に示されている。このことから、上記のペプチド(A)においては、4位のアルギニン残基(ARG4)と6位のアルギニン残基(ARG6)とでは、6位のアルギニン残基(ARG6)の方が、ヒトの血清に含まれるプロテアーゼにより切断されやすい(プロテアーゼ耐性が低い)ことがわかる。
このように、プロテアーゼが分子構造を認識する際には、プロテアーゼが切断しようとする対象分子が同じ種類のアミノ酸残基を複数有する場合に、アミノ酸残基における結合状態を認識して、同じ種類のアミノ酸残基であってもプロテアーゼ耐性が異なる場合がある。より具体的には、例えば、トロンビンなどの血中に存在するプロテアーゼが認識して切断するアルギニン残基においては、当該アルギニン残基の対象分子中における結合状態(対象分子中の位置)などによって、プロテアーゼ耐性が異なる場合がある。
また、プロテアーゼにおける分子構造の認識は、プロテアーゼが切断しようとする対象分子の立体構造にも影響されることが、種々の研究により示されている。プロテアーゼにおける分子構造の認識の研究に関する文献としては、例えば、プロテアーゼの分子認識の機能を阻害する阻害剤に関する文献である「Praveen K. Madala et al., Chem. Rev. 2010, 110, PR1-PR31(https://pubs.acs.org/doi/10.1021/cr900368a)」が挙げられる。この文献においては、例えば、プロテアーゼの機能を阻害する阻害剤として、βストランド構造を有する阻害剤などについて、実験データに基づいて議論されており、プロテアーゼの分子認識にβストランド構造が関係することが示唆されている。
ここで、βストランド構造とは、ペプチド結合した複数のアミノ酸残基で形成されるペプチドやタンパク質において、アミノ酸残基が直線状に位置する構造を意味する。また、βストランド構造が互いに同じ向きで平行に並んだ構造を平行βシート構造と呼び、互いに逆向きで平行に並んだ構造を逆平行βシートと呼ぶ。
一般に、アミノ酸残基で形成される分子中において、βストランド構造となっている部分は、他の特定の2次構造をとらない部分と比べて安定な状態となっている。特に、複数のβストランド構造によりβシート構造が形成されている場合は、βストランド構造どうしが水素結合を形成するため、より安定な状態となる。
このように、βストランド構造は安定な構造であるため、プロテアーゼが切断しようとする対象分子にβストランド構造が含まれる場合には、βストランド構造となっている部分は、他の特定の2次構造をとらない部分と比べて、プロテアーゼにより切断されにくい(プロテアーゼ耐性が高い)と考えることができる。したがって、プロテアーゼにより切断されにくいβストランド構造を有する対象分子においては、βストランド構造を形成しているアミノ酸残基、即ち、対象分子の主鎖において直線状に結合している(略平面状に結合している)アミノ酸残基は、プロテアーゼ耐性が高いと考えることができる。
そこで、本発明者が、プロテアーゼによる切断(加水分解)の対象となるアルギニン残基の結合状態と、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性との関係について、鋭意研究を重ねたところ、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性には、対象分子の主鎖におけるアルギニン残基の立体構造が大きく影響することを知見した。より具体的には、本発明者は、対象分子の主鎖において、アルギニン残基が隣り合うアミノ酸残基と直線状に結合して、βストランド構造を形成していると考えられる場合には、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性が高くなることを知見した。
これは、プロテアーゼによる切断(加水分解)の対象となるアルギニン残基においても、βストランド構造を形成している場合には、他の特定の2次構造をとらないアルギニン残基と比べて安定な状態であり、プロテアーゼ耐性が高くなるからであると考えることができる。
以上の知見から、本発明者らは、アルギニン残基を有する対象分子における、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率(割合)を解析することにより、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性(プロテアーゼによる切断に対する耐性)を予測し得ることを想到した。言い換えると、本発明者らは、例えば、アルギニン残基を有する対象分子において、βストランド構造を形成している比率が高いアルギニン残基は、βストランド構造を形成している比率が低いアルギニン残基と比べて安定な状態であり、プロテアーゼ耐性が高いとみなすことができることを想到し、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率(割合)を解析する方法について検討した。
<分子動力学計算の計算例>
本発明者らは、アルギニン残基を有する対象分子における、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率と、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性との相関を、より詳細に特定するため、上述した文献において、ヒトの血中での安定性(プロテアーゼ耐性)が既知となっているペプチド(A)について、コンピュータを用いた分子シミュレーションを実行し、ペプチド(A)が有する2つのアルギニン残基(ARG4及びARG6)がβストランド構造を形成している比率についての解析を行った。以下では、本発明者らが実行した分子シミュレーションの詳細について説明する。
以下で説明する計算例においては、上記のペプチド(A)の溶液中での動的な構造を解析するため、分子動力学法(Molecular Dynamics;MD)を用いて、分子シミュレーションを行った。
また、この計算例では、上記のペプチド(A)が取り得る様々な立体構造をより広くサンプリングして、アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率の計算結果の信頼性をより高くするため、拡張アンサンブル法の一つであるマルチカノニカル法を用いて、βストランド構造の比率を求めるための分子シミュレーションの初期構造を作成した。
このため、ここでは、ペプチド(A)における多様な構造をサンプリングするためのマルチカノニカル法による分子動力学計算(マルチカノニカルMD;McMD)と、ペプチド(A)におけるアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めるための分子動力学計算(カノニカルMD)とに分けて説明する。
<<マルチカノニカルMD(McMD)>>
まず、ペプチド(A)における多様な構造をサンプリングするためのマルチカノニカルMD(McMD)に用いるためのペプチド(A)の構造を、分子モデリングツールを用いて、上記のペプチド(A)をモデリングすることにより構築した。
続いて、ペプチド(A)の表面から10Å離れた領域までを1つのボックス(セル)として、ペプチド(A)の周りに水分子を配置し、Naイオン、Clイオンを生理的条件([NaCl]=100mM)で配置することで計算系の中性化を行った。なお、1Åは、0.1nmである。
次に、ペプチド(A)を構成する重原子(水素以外の原子)に位置拘束(位置束縛;Position Restraint)をかけて、分子力学(Molecular Mechanics;MM)計算によって、計算系全体のエネルギー極小化を行った。エネルギー極小化計算を行うことにより、初期構造が有する不自然な構造の歪みを取り除き、分子動力学計算の初期における時間積分の発散を避けることができる。
エネルギー極小化計算は、最急降下法を用い、最初のステップでの原子移動距離RMSD=0.1[Å]、最大計算ステップ数50000、収束判定条件RMSF(原子に加わる力の自乗平均)=100.0[kJ/mol/nm]として行った。
なお、本計算例においては、分子力場として、通常のアミノ酸に対しては「Amber ff99SB-ILDN」を用いた。また、2-メチルチオフェン(KC1)対しては、部分電荷として非経験的量子化学計算法によって算出されるRESP(Restrained Electrostatic Potential)電荷を割り当て、他の各種力場パラメータとして上記の「Amber ff99SB-ILDN」と低分子化合物等の汎用力場であるGAFF(General AMBER force field)を用いた。
続いて、分子動力学計算を行うソフトウェアとして、GROMACSのパッケージ(GROMACS 2018.4版)を用い、周期境界条件の下、溶媒の平衡化などのために、重原子に対する位置拘束ありで短時間のNVT(計算系の粒子数、体積、及び温度が一定の条件)計算を行った後、重原子に対する位置拘束ありで短時間のNPT(計算系の粒子数、圧力、及び温度が一定の条件)計算を行い、McMDに用いる初期構造を作成した。
ここで、McMDの計算方法について説明する。McMDにおいては、以下に示す力Fmc(r)を用いてMDシミュレーションを行う。
mc(r)=-grad Emc(r)
=-RT grad ln n(E)
=-RT d/dE ln n(E)grad E(r)
=RT γ(E) F(r)
ただし、上記の式において、
rは、計算系の全原子の位置を表す座標のベクトルである。
mc(r)は、マルチカノニカル・アンサンブルにおける、rでの系のエネルギーである。
Rは、気体定数である。
は、温度を意味し、300Kである。
lnは、自然対数である。
n(E)は、系のエネルギーがEであるときの状態密度である。
E(r)は、カノニカルアンサンブルにおける、rでの系のエネルギーである。
γ(E)は、d/dE ln n(E)を意味する。
F(r)は、カノニカルアンサンブルにおける、rでの力である。
マルチカノニカルMD(McMD)では、マルチカノニカルMDの計算を開始する前においては、状態密度n(E)は未知であるため、最初に広い温度幅で大雑把な状態密度を見積もる必要がある。この温度幅の上限は、例えば、ペプチド又はタンパク質系のあらゆるエネルギー障壁を乗り越えることができる値にし、下限は室温以下になるように設定する。
そして、最初の状態密度の推定のために、広い温度幅をカバーできる多様な温度でのMcMDを実行することにより、エネルギー分布ln Pcpreが得られる。エネルギー分布ln Pcpreから、状態密度ln npreを推定することができる。ただし、このエネルギー分布ln Pcpreは、通常、頂点付近において正確であるため、頂点付近のln Pcpreから状態密度ln npreを計算する。
上記のように、頂点付近のln Pcpreから状態密度ln npreを計算するため、この場合は、状態密度ln npreは離散化している。このため、状態密度ln npreの連続関数を見積もるために、この離散化されたln Pcpreを多項式でフィッティングする。
そして、状態密度ln npreをエネルギーで微分して、γ(E)(=γ(E))を得る。そうして、以下で述べるように、McMDを繰り返すことによりγ(E)を改善していく。
McMDを繰り返す際には、まず、最初(一回目)のMcMDを実行する。ここで、力Fmcはγ(E)で評価される。この一回目のMcMDにより求めたエネルギー分布をln Pmc1stとする。
続いて、ln Pmc1stを多項式でフィッティングし、それを微分することにより、d/dE lnPmc1stを得る。そして、「γ1st(E)=γ(E)+d/dE lnPmc1st」を計算することで、より正確なγ(E)を見積もる。
次いで、二回目のMcMDでは、γ1st(E)により力Fmcが評価される。また、二回目のMcMDからは、エネルギー分布ln Pmc2ndを求めることができる。
そして、エネルギー分布ln Pmc2ndを多項式でフィッティングし、エネルギーで微分することにより、「γ2nd(E)=γ1st(E)+d/dE lnPmc2nd」を計算することで、更に正確なγ(E)を見積もる。
このように、McMDにおいては、一般に、j回目のMcMDでは、γ(j-1)th(E)(j-1回目におけるγ(E))により力が評価され、j回目のMcMDから、d/dE lnPmcjthを計算できる。そして、「γjth(E)=γ(j-1)th(E)+d/dE lnPmcjth」を計算することで、より正確なγ(E)を見積もっていく。
ここで、仮に、j回目のMcMDにおけるγjth(E)が正確なものであるとすると、γjth(E)を用いたj+1回目のMcMDにより得られるエネルギー分布lnPmc(j+1)thは、平ら(フラット)な分布となる。言い換えると、McMDでは、より正確なγ(E)を求めることを繰り返すことにより、高温から低温まで広くカバーする平らなエネルギー分布をもつマルチカノニカル・アンサンブルを作成することができる。
このようにして、広いエネルギー領域(例えば、T=280K~700K)において、エネルギーの確率分布Pmc(E)が平らな分布(ヒストグラム)を作るためのMcMDは、training McMD(トレーニング マルチカノニカルMD)と称される。
続いて、McMDでは、上記のtraining McMDを行うことにより得た、広いエネルギー領域をカバーする平らなエネルギー分布Pmc(E)を用いて、計算の対象とする分子の立体構造を広いサンプリング領域でサンプリングするためのMDを行う。この分子の立体構造を広いサンプリング領域でサンプリングするためのMcMDは、構造サンプリング(productive McMD)と称される。
productive McMDでは、上記のtraining McMDを行うことにより得た、広いエネルギー領域をカバーする平らなエネルギー分布Pmc(E)を満たすようにして、MDシミュレーションを行うことにより、ボルツマン分布に制限されることなく、対象とする分子が取り得る様々な立体構造をサンプリングすることができる。
以上、説明したように、マルチカノニカルMD(McMD)では、通常、広いエネルギー領域をカバーする平らなエネルギー分布Pmc(E)を得るためのtraining McMDと、エネルギー分布Pmc(E)を用いて、対象とする分子が取り得る様々な立体構造をサンプリングするためのproductive McMDという、2つの段階のMDシミュレーションを行う。
本計算例においても、上記のようにして用意したペプチド(A)の計算系について、training McMDを行った後、productive McMDを行うことにより、ペプチド(A)が取り得る様々な立体構造を、広いサンプリング領域でサンプリングした。
以下では、本計算例におけるMcMDのより具体的な計算の手順について説明する。
―training McMD―
本計算例においては、training McMDを、下記の手順に従って行った。
(1):training McMD1
上記のようにして用意したペプチド(A)の計算系について、高温(T=700K)に設定した条件における、シミュレーション時間1nsのカノニカルMD(通常のアンサンブルでのMDシミュレーション)を行う。
(2):training McMD2
設定したエネルギー領域において、エネルギーの確率分布Pmc(E)が平らな分布が得られるまで、McMDを繰り返す。
(2-1):Coverage run
設定したエネルギー領域を100%カバーするようにシミュレーション時間(1ns×Coverage率(0.0~1.0))を調整してシミュレーションを継続する。
ここで、Coverage率=(T/γmin-T/γmax)/(Tmax-Tmin)であり、T=300K、Tmax=700K、Tmin=280Kである。
(2-2):Flatness run
Coverage率1.0を達成した後、設定した最大シミュレーション時間(250ns)の中で、設定したエネルギー領域においてエネルギー確率分布Pmc(E)が平らな分布(分布の平均値の標準偏差が0.2未満)になるまでシミュレーションを継続する。
―productive McMD―
次に、上記のtraining McMDにより得たγ(E)(=d/dE ln n(E))を用いて、ペプチド(A)の計算系についてのMDシミュレーションを行うことで、ペプチド(A)が取り得る様々な立体構造をサンプリングする。
なお、上記のtraining McMD及びproductive McMDにおけるMDシミュレーションを行うソフトウェアとしては、大阪大学蛋白質研究所所属のGert-Jan Bekker博士がMcMDのアルゴリズムを実装したGROMACSのパッケージ(GROMACS 2018.4版)を用いた。また、上記のtraining McMD1のシミュレーション時間は15μsとし、productive McMDのシミュレーション時間は6μsとした。なお、McMDは、通常のカノニカルMDと比べて、計算コストが高いシミュレーションである。
また、McMDの計算(シミュレーション)には、CPUがXeon E5―2699 v4(クロック周波数2.2GHz、計44コア)、メモリが128GB、GPUカード4枚(GeforceGTX1080)のスペックの計算機(コンピュータ)を用いた。
図1は、本発明の計算例において、ペプチド(A)についてのマルチカノニカルMDにおける、ペプチド(A)の立体構造の一例を示すスナップショットを示す図である。
図1の中央部にラインモデルで示した分子が、「KC1-TRP-PHE(4F)-ARG-PRO-ARG-ASN」の配列を有するペプチド(A)であり、その周囲に位置している多数の分子が水分子及びイオンである。
図2は、本発明の計算例において、ペプチド(A)についてのマルチカノニカルMDにおける、ペプチド(A)の立体構造の他の一例を示すスナップショットを示す図である。図2においては、周囲の水分子及びイオンを表示せずに、ペプチド(A)の立体構造を示している。
<<<マルチカノニカルMDの結果の解析(カノニカルMDの初期構造の選定)>>>
マルチカノニカルMD(McMD)を行うことによりサンプリングしたペプチド(A)の多数の立体構造(状態)には、様々なエネルギー状態の立体構造が含まれている。ここで、ペプチド(A)におけるアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めるための分子動力学計算(カノニカルMD)の初期構造としては、計算の信頼性を高めるという観点では、エネルギー的に安定な構造を選択すると共に、特定の局所解(極小値、ローカルミニマム)に限定されない構造を選択することが好ましい。
このため、本計算例においては、McMDによりサンプリングしたペプチド(A)の多数の立体構造から、自由エネルギー的に安定な複数種類の構造を特定して選択するために、McMDの計算結果についての自由エネルギー解析を行った。なお、以下に示すような自由エネルギーの解析は、上述したGROMACSのパッケージ及び本発明者らが作成した解析プログラムを用いて行った。
本計算例では、McMDによりサンプリングしたペプチド(A)における、PMF(Potential of Mean Force;平均力ポテンシャル)を算出することにより、ペプチド(A)の各立体構造における自由エネルギーを解析した。以下では、本計算例でのPMFの算出方法について説明する。
ここで、PMFは、計算系の自由エネルギー曲面(任意の反応座標に沿って自由エネルギーをプロットした曲面)を表すことができるものであり、例えば、特定の構造が出現する確率(出現確率、存在確率)を意味する量としても考えることができる。例えば、PMFが低い構造(自由エネルギーが低く安定な構造)は、計算系での出現確率が高くなると考えることができる。
本計算例においては、McMDによりサンプリングしたペプチド(A)の全ての立体構造を用いて、PMFを算出して自由エネルギー曲面(自由エネルギーマップ)を作成した。
より具体的には、McMDによりサンプリングしたペプチド(A)の全ての立体構造について、平均構造から座標変動の分散共分散行列を算出し、主成分解析を実施した。主成分分析においては、第1主成分を横軸、第2主成分を縦軸にとって、すべての構造をそれら2軸からなる2次元に射影し、そのマップ上で定義したi番目のbin(ビン)に含まれる全ての構造jに対して、確率P(E,300K)を算出しそれを足し合わせることでPMFを算出した。
ここで、i番目のbinにおけるPMFは、以下の式で表すことができる。
PMF=-RT ln P
ただし、上記の式において、
Rは、気体定数である。
は、温度を意味し、300Kである。
は、確率P(Ej,300K)をjについて足し合わせたものである。
また、上記の式における確率P(E,300K)は、以下の式を用いて表すことができる。
Reweighting(P(E,T))=n(E)exp(-E/RT)/Z
=Pmc(E)Zmc -1exp(-(E-Emc)/RT))
=Pmc(E)Zmc -1exp(-(E-RT ln n(E))/RT)
=Pmc(E)Zmc -1exp(-E/RT+ln n(E))
図3は、本発明の計算例において算出した、ペプチド(A)についてのPMFから求めた自由エネルギーマップの一例を示す図である。
図3に示す自由エネルギーマップにおいては、上述したように、平均構造から座標変動の分散共分散行列を算出して主成分解析を行い、構造変化が最も大きくなるように第1主成分軸(PC1、横軸)を取り、第1主成分軸に直交するように第2主成分軸(PC2、縦軸)を取った。図3に示すペプチド(A)の自由エネルギーマップでは、自由エネルギーの高さを色の濃淡で示しており、色の薄い領域(白色に近い領域)の自由エネルギーが低く、色の濃い領域(黒色に近い領域)の自由エネルギーが高い。
本計算例においては、図3に示した自由エネルギーマップにおいて、自由エネルギーが低い(自由エネルギー的に安定な)構造を複数選択して、ペプチド(A)におけるアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めるための分子動力学計算(カノニカルMD)の初期構造とした。
より具体的には、上記のMcMDによりサンプリングされた全ての構造を、K-meansクラスタリング法によって10個のクラスターに分割(分類)し、それぞれのクラスターにおける代表構造を選択することにより、10個のカノニカルMDの初期構造を選択した。ここで、それぞれのクラスターにおける代表構造としては、それぞれのクラスターにおいて、平均構造に最も近い構造を選択した。
図4は、本発明の計算例において算出した、ペプチド(A)についてのPMFから求めた自由エネルギーマップにおいて、代表構造として選択した10個の構造の分布の一例を示す図である。
図4に示すように、本計算例では、McMDでサンプリングされた多数の立体構造の中から、立体構造(状態)が異なる10個の安定な構造を特定して選択しており、ペプチド(A)におけるアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めるためのカノニカルMDの初期構造として、好ましい構造を選択できていることがわかる。
<<カノニカルMD>>
続いて、本計算例では、上記のMcMDにより求めた10個の代表構造に対して、ペプチド(A)におけるアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めるためのカノニカルMDを行った。ここで、カノニカルMDとは、計算系の状態がカノニカルアンサンブルを満たす条件で行うMDシミュレーションを意味する。
本計算例においては、上記のMcMDにより求めた10個の代表構造のそれぞれに対して独立に、シミュレーション時間100ns(時間刻み幅Δt=2.0fs、計50,000,000 step)の速度スケーリング法を用いたNVT計算を、10本ずつ実施した。つまり、本計算例では、合計100本のカノニカルMDを実施した。なお、エネルギーや座標等のトラジェクトリは、1psごとに出力した(合計100,000 snapshots)。
ここで、分子動力学計算(MD)においては、計算(シミュレーション)の開始時における各原子の初期速度を、所定の分布(例えば、ボルツマン分布)となるように乱数を用いて設定することができる。この手法を用いる際には、同一の立体構造を初期構造として複数のMDを行う場合であっても、シミュレーションごとに原子の初期速度が異なるため、同一の条件での異なるトラジェクトリのデータを得ることができる。
本計算例においては、1つの代表構造について10本のカノニカルMDを行うことにより、各代表構造について信頼性の高い解析が可能となるトラジェクトリのデータを取得した。
カノニカルMDには、上記のMcMDに用いた計算機と同様の計算機を用いた。
本計算例で計算対象としているペプチド(A)の計算系を対象とした、シミュレーション時間100nsのカノニカルMDの計算にかかった計算時間は、5コア並列計算と1枚のGPUカードを利用した場合では、1つの計算系ついて約4.5時間であった。また、本計算例においては、複数のカノニカルMDを並行して実施したため、10個の代表構造を初期構造とした10本のカノニカルMDの計算(合計で100本のカノニカルMDの計算)に必要となった時間は、合計で約56時間であった。
<<ペプチド(A)のアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率の解析>>
そして、ペプチド(A)のアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を、上記の100nsのカノニカルMDにより取得したトラジェクトリを利用して解析した。
ここで、ペプチドやタンパク質などの分子については、主鎖におけるアミノ酸残基の結合状態(結合の角度)によって、様々な2次構造をとり得ることが知られている。ペプチドやタンパク質における2次構造としては、例えば、βストランド構造、βシート構造、αヘリックス構造などが挙げられる。
このような、分子における各残基の主鎖における結合状態(結合の角度)は、例えば、分子の主鎖における二面角で表すことができる。分子の主鎖における二面角(dihedral angle)とは、分子の主鎖において結合を持つ4つの連続する原子が作る2つの面の間の角度を意味する。
ペプチドやタンパク質などのアミノ酸により形成される分子の二面角においては、残基ごとに、主鎖におけるCα(不斉炭素原子)とN(窒素原子)の間の二面角φと、Cα(不斉炭素原子)とC(カルボニル基の炭素原子)の間の二面角ψとが変化し得る。なお、ペプチドやタンパク質などのアミノ酸により形成される分子の二面角において、主鎖におけるN(窒素原子)とC(カルボニル基の炭素原子)の間の二面角は、通常、180°又は0°となる。
このため、アミノ酸残基等により形成される分子については、主鎖における二面角φとψを解析することにより、各アミノ酸残基の結合状態(結合の角度)を解析することができる。ここで、主鎖における二面角φとψの解析方法としては、φとψを残基ごとに計算して、φとψをそれぞれ軸として2次元にプロットしたラマチャンドランプロットを利用する方法が知られている。
ラマチャンドランプロットは、主鎖における二面角φとψのそれぞれを、-180°から180°でプロットしたものであり、ラマチャンドランプロットにφとψをプロットすることにより、分子の主鎖の構造を視覚的に把握することができる。
ここで、主鎖における二面角φとψは、例えば、アミノ酸残基の側鎖の影響(立体障害)などから、-180°から180°の間で自由な角度を取り得るわけではなく、ある程度の制限を受ける。より具体的には、主鎖における二面角φとψは、ラマチャンドランプロットにおいて、アミノ酸残基の側鎖の影響(立体障害)などから、通常、図5に示すような領域に多くのプロットが位置することになる。
図5は、ラマチャンドランプロットにおける、アミノ酸残基の各二次構造が分布する領域の一例を示す図である。図5において、横軸は分子の主鎖におけるCα(不斉炭素原子)とN(窒素原子)の間の二面角φであり、縦軸は分子の主鎖におけるCα(不斉炭素原子)とC(カルボニル基の炭素原子)の間の二面角ψである。
図5に示すように、ペプチドやタンパク質などのアミノ酸残基で形成される分子においては、主鎖の各アミノ酸残基の二面角φとψは、図5の左上に位置するβストランド構造を形成する領域と、図5のβストランド構造を形成する領域の下側に位置するαヘリックス構造を形成する領域と、図5のβストランド構造を形成する領域の右側に位置する左巻きαヘリックス構造を形成する領域のいずれかの領域に位置することが多い。
また、図5における実線で囲まれた領域は、標準的な剛体球半径の条件において各構造を形成し得る領域であり、破線で囲まれた領域は、剛体球半径をより小さくした条件において各構造を形成し得る領域である。
また、ラマチャンドランプロットについては、RCSB PDB(Protein Data Bank)に登録されている膨大なタンパク質の立体構造のデータに基づいて、統計的な分布が求められている(例えば、Lovell, S.C.; Davis, I.W.; Arendall, W.B.; De Bakker, P.I.W.; Word, J.M.; Prisant, M.G.; Richardson, J.S.; Richardson, D.C. (2003). “Structure validation by Cα geometry: φ,ψ and Cβ deviation”. Proteins: Structure, Function, and Genetics 50 (3): 437-50.)。
このような統計的なラマチャンドランプロットにおいても、βストランド構造を取るアミノ酸残基は、図5に示したβストランドの領域にプロットされることが確かめられている。
そこで、本発明者らは、本計算例においては、ペプチド(A)のアルギニン残基がβストランド構造を形成している比率(割合)を、ラマチャンドランプロットを用いて解析することとした。より具体的には、本計算例では、ラマチャンドランプロットにおいて、ペプチド(A)のアルギニン残基における二面角φとψが、βストランド構造を形成する領域に含まれる比率に基づいて、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率を求めた。
ここで、本計算例では、ラマチャンドランプロットにおけるβストランド構造を形成する領域を、アルギニン残基における二面角φが-180°以上-30°以下、かつ、二面角ψが90°以上180°以下の領域として、解析を行った。
図6は、本発明の計算例において、ラマチャンドランプロットにおける、アルギニン残基がβストランド構造を形成するとした領域の一例を示す図である。
図6に示すように、本計算例では、ペプチド(A)のアルギニン残基についてのラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれる比率(存在比率)を、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率とみなして解析を行った。
以下では、本計算例において、ペプチド(A)が有する2つのアルギニン残基(4位のアルギニン残基及び6位のアルギニン残基)のラマチャンドランプロットを作成して、当該ラマチャンドランプロットにおける、アルギニン残基がβストランド構造を形成する領域に存在する比率を求める具体的な手順について説明する。
まず、上記の100nsの各カノニカルMDについて、より平衡化された状態のペプチド(A)の構造のデータを用いて解析を行うために、70nsから100nsのトラジェクトリ(原子の運動についての軌跡のデータ)を抽出した。そして、抽出したトラジェクトリを、MDのトラジェクトリ解析のライブラリである「MDTraj」を用いて解析して、ペプチド(A)における4位のアルギニン残基(ARG4)と6位のアルギニン残基(ARG6)のラマチャンドランプロットを作成した。このように、本計算例では、ペプチド(A)における2つのアルギニン残基について、各アルギニン残基における二面角の時間変化をプロットすることにより、溶媒中でのペプチド(A)の立体構造の変化(ダイナミクス)を考慮した解析を行った。
図7は、本発明の計算例における、ペプチド(A)における4位のアルギニン残基(ARG4)のラマチャンドランプロットの一例である。図8は、ペプチド(A)における6位のアルギニン残基(ARG6)のラマチャンドランプロットの一例である。
図7及び図8に示したラマチャンドランプロットを作成する際には、上述したように、100nsのカノニカルMDの70nsから100nsのトラジェクトリに基づいて、ペプチド(A)のアルギニン残基における主鎖の二面角φとψを算出し、所定の時間間隔ごとに、二面角φとψの値をプロットした。また、図7及び図8は、10個の代表構造のうちの1つを初期構造とした1本のカノニカルMDのトラジェクトリから算出した二面角φとψの値をプロットしたものである。このように、図7及び図8では、本計算例における、アルギニン残基のラマチャンドランプロットのうちの一例について示したが、他のカノニカルMDのトラジェクトリに基づいて作成したラマチャンドランプロットにおいても、4位のアルギニン残基(ARG4)については図7と同様のプロットになり、6位のアルギニン残基(ARG6)については図8と同様のプロットとなった。
図7と図8を比較すると、図6に示した-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域、即ちアルギニン残基がβストランド構造を形成する領域には、4位のアルギニン残基(ARG4)の方が多くのプロットがまとまって存在していることがわかる。言い換えると、図7及び図8から、ペプチド(A)では、4位のアルギニン残基の方が、6位のアルギニン残基よりも、ラマチャンドランプロットにおけるβストランド構造を形成すると考えられる領域に存在する比率が高いことがわかる。
続いて、ペプチド(A)における4位のアルギニン残基と6位のアルギニン残基について、βストランド構造を形成している比率をより詳細に特定するため、図7及び図8に示したラマチャンドランプロットを作成するために用いたデータを利用して、図6に示した-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域に、アルギニン残基の二面角φとψが存在する比率を算出した。
本計算例では、10個の代表構造を初期構造とした10本のカノニカルMD(合計で100本のカノニカルMD)から得られたトラジェクトリ(70nsから100ns)について、各アルギニン残基における二面角φとψが、図6に示した-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域に含まれる比率を、上記の「MDTraj」のライブラリを利用して作成したプログラムを用いて解析した。解析した結果を表1に示す。
Figure 0007422591000004
表1に示すように、本計算例では、ペプチド(A)の主鎖の二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率は、4位のアルギニン残基が0.923±0.087となり、6位のアルギニン残基が0.619±0.231となった。このように、本計算例においては、4位のアルギニン残基と6位のアルギニン残基を比較すると、図6に示した-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域、即ちアルギニン残基がβストランド構造を形成すると考えられる領域については、4位のアルギニン残基の存在比率が高いことがわかる。なお、表1においては、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域の存在比率と、その他の領域の存在比率を足すと「1」になっている。
また、表1において、「±(プラスマイナス)」の後の数値は、各カノニカルMD(100本のカノニカルMD)のトラジェクトリから算出した、各アルギニン残基における二面角φとψが、図6に示した-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域に含まれる比率の標準偏差を意味する。
上述したように、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれるアルギニン残基は、βストランド構造を形成していると考えることができる。そして、βストランド構造を形成しているアルギニン残基は、他の特定の2次構造をとらないアルギニン残基と比べて安定な状態である。
したがって、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれる(βストランド構造を形成する)アルギニン残基は、安定な状態となっており、プロテアーゼにより切断されにくい(プロテアーゼ耐性が高い)と考えることができる。言い換えると、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における存在比率が高いアルギニン残基は、プロテアーゼ耐性が高いと考えることができる。
また、別の側面では、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれない(βストランド構造を形成しない)アルギニン残基は、上記の領域に含まれるアルギニン残基と比べて不安定な状態であり、プロテアーゼにより切断されやすい(プロテアーゼ耐性が低い)と考えることができる。言い換えると、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における存在比率が低いアルギニン残基は、プロテアーゼ耐性が低いと考えることができる。
ここで、上述したように、「KC1-TRP-PHE(4F)-ARG-PRO-ARG-ASN」の配列を有するペプチド(A)については、4位のアルギニン残基(ARG4)と6位のアルギニン残基(ARG6)とでは、6位のアルギニン残基(ARG6)の方が、ヒトの血清に含まれるプロテアーゼにより切断されやすい(プロテアーゼ耐性が低い)ことが、実験的に証明されている。
そして、上述した計算例においても、4位のアルギニン残基(ARG4)と6位のアルギニン残基(ARG6)とでは、6位のアルギニン残基(ARG6)の方が、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における存在比率が低く、プロテアーゼ耐性が低いと考えることができることが示されている。
このように、上記の計算例においては、2つのアルギニン残基を有するペプチド(A)に関して、各アルギニン残基のプロテアーゼ耐性について、実際の実験結果と対応する解析結果が得られた。
本発明者らは、上記の知見に基づいて、アルギニン残基を有する対象分子における、当該アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率(割合)を解析することにより、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性(プロテアーゼによる切断に対する耐性)を予測し得ることを想到し、本発明を完成させるに至ったものである。
すなわち、本発明者が完成させた本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法は、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測すること(工程)を含み、更に必要に応じてその他の工程を含む。
以下、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法について、更に詳細に説明する。
<対象分子>
対象分子としては、少なくとも一部にアルギニン残基を含む主鎖を有する分子であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ペプチド、タンパク質などが挙げられる。これらの中でも、本発明においては、対象分子がペプチドであることが好ましい。
ペプチドとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、天然ペプチドであってもよいし、特殊ペプチドであってもよい。
ここで、天然ペプチドとしては、例えば、生体内でタンパク質の合成に用いられる20種類のアミノ酸が直鎖状にペプチド結合して形成されたものとすることができる。なお、本発明における天然ペプチドは、厳密な意味で天然由来のものである必要は無く、例えば、立体構造を形成可能又は機能を発揮可能なものであれば、糖鎖やその他のペプチド部分を欠失させたものであってもよい。
また、特殊ペプチドとしては、例えば、上述の20種類のアミノ酸以外のアミノ酸を含むもの、アミノ酸残基の一部が化学修飾されているもの、主鎖が環状構造を有するもの(環状ペプチド)などが挙げられる。なお、特殊ペプチドは、人工的に合成されたものに限られるものではなく、天然由来のものであってもよい。
対象分子としてのペプチドの残基数としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、5残基以上25残基以下が好ましく、10残基以上20残基以下がより好ましい。
また、対象分子としてのタンパク質としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
対象分子におけるアルギニン残基の数としては、1つ以上であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、2以上であることが好ましい。言い換えると、本発明においては、対象分子におけるアルギニン残基の数が2以上であることが好ましい。
このように、対象分子が2以上のアルギニン残基を有する場合、本発明では、対象分子が有する全てのアルギニン残基について、プロテアーゼ耐性を予測することが好ましい。こうすることにより、対象分子中における複数のアルギニン残基のそれぞれについて、プロテアーゼ耐性を比較することが可能となり、例えば、対象分子中で最もプロテアーゼ耐性が低い(プロテアーゼにより切断されやすい)アルギニン残基を特定することができる。
なお、本発明において、対象分子が2以上のアルギニン残基を有する場合に、全てのアルギニン残基についてプロテアーゼ耐性を予測することは必須ではなく、例えば、プロテアーゼ耐性が既知のアルギニン残基については予測を行わないようにしてもよい。
<ラマチャンドランプロット>
本発明において、対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットとしては、アルギニン残基の二面角φとψについて、所定の領域の存在確率を求めることができるものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。ラマチャンドランプロットについては、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したものを、適宜目的に応じて用いることができるが、これに限られるものではない。
ラマチャンドランプロットとしては、例えば、図5から8に示したようなもの用いることができるが、これに限定されるものではなく、例えば、縦軸として二面角φを取り、横軸として二面角ψを取ったものであってもよい。
また、本発明では、ラマチャンドランプロットは、上述した分子動力学計算を行った結果のデータに基づいて作成してもよいし、あらかじめ用意したものを用いてもよい。つまり、本発明においては、分子動力学計算によりラマチャンドランプロットを作成することは必須ではなく、既にラマチャンドランプロットが存在する場合は、そのラマチャンドランプロットを用いてもよい。
本発明においては、アルギニン残基のプロテアーゼ耐性の予測の精度をより高くするという観点では、上記の<分子動力学計算の計算例>で示したように、分子動力学計算を行うことにより得たトラジェクトリに基づいて、ラマチャンドランプロットを作成することが好ましい。
<<分子動力学計算>>
ラマチャンドランプロットを作成するための分子動力学計算の手法については、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明した手法を、適宜目的に応じて用いることができるが、これに限られるものではない。
以下では、分子動力学計算の詳細について説明する。
ペプチドの分子を構成する原子は、例えば、溶液中で静止しているわけではなく、少しずつ位置を変えている。このような原子の動きを計算機(コンピュータ)の中で再現するために使用されるのが分子動力学法(Molecular Dynamics;MD)である。
分子動力学法では、まず、計算対象とする分子(対象分子)の初期構造を作成する。本発明においては、例えば、ペプチドを計算対象とする場合には、モデリングツールを用いて、主鎖骨格の構造及びペプチドのアミノ酸配列に応じて側鎖構造を構築することで、ペプチドの初期構造を作成することができる。また、ペプチドのN末端にアセチル基(いわゆるACE基)を、C末端にN-メチル基(いわゆるNME基)をそれぞれ付加してキャップしてもよい。
対象分子の初期構造を作成した後、安定な分子シミュレーションを実施するために、十分大きなボックス(セル)サイズを設定し、周りに溶媒分子(例えば、水分子)を配置し、セル内の環境が生理的な溶液状態で中性になるようにNaイオン、Clイオンを挿入し、周期的境界条件下で、それぞれの原子に働く力を計算する。それぞれの原子に働く力(エネルギー)としては、結合の伸縮エネルギー、結合角の変角エネルギー、ねじれ(トーション)エネルギー、ファンデルワールス相互作用エネルギー、静電相互作用エネルギー、水素結合エネルギーなどが挙げられる。なお、分子を構成する全ての原子に働く力の総和が「ポテンシャルエネルギー」となる。
次に、分子動力学法では、その力を受けた原子がどのように運動するかを、ニュートンの運動方程式に基づいて計算する。これにより、最初の配置から短い刻み時間の後における、原子の位置の変化を計算することができる。
続いて、分子動力学法では、変化後の原子の位置を新たな起点として、同様の計算を再び行う。非常に短い時間の刻みでこれを繰り返すと、原子が徐々に動く様子が再現できる。このように、分子動力学法においては、(i)原子の位置の決定、(ii)原子に働く力の計算、(iii)原子の動きの計算、という(i)~(iii)の工程を計算機で繰り返し、時間の経過に伴って変化する物理量や立体構造を任意に抽出し、抽出したデータに基づいて統計処理や、立体構造の画像を表示するなどして、分子の構造、物性を解析する。
ここで、安定なシミュレーションを実施するためには、溶媒分子の構造緩和と計算系のセルサイズの調整が必要となる場合がある。このため、セルサイズを固定したまま、対象分子の主鎖の原子に位置拘束をかけた粒子数、体積、温度一定の分子動力学計算(以下では、NVT計算と称することがある)を行って溶媒分子の構造緩和を行った後、粒子数、圧力、温度一定の分子動力学計算(以下では、NPT計算と称することがある)を行って計算系全体の平衡化を行うことで計算系のセルサイズを決定することが好ましい。
その後、平衡化の計算で得られた最終構造のセルサイズを用いてNVT計算又はNPT計算を実施することにより、安定なシミュレーションを継続して行うことができる。
本発明における分子動力学法の「シミュレーション時間」とは、ニュートンの運動方程式に基づいて短い刻みの時間での原子の位置の変化を繰り返し計算することにより、分子の構造変化を再現した時間を意味する。
また、上記の短い刻みの時間は、0.1fs(フェムト秒)以上10fs以下であることが好ましく、0.5fs以上2.0fs以下であることがより好ましい。なお、短い刻みの時間を「ステップ時間」又は「時間刻み幅」と称することがある。本発明では、特段の断りが無い限り、時間刻み幅は2.0fsとする。
ここで、ステップ時間での原子の位置の変化を繰り返し計算する際における繰り返し回数を「ループ回数」とすると、シミュレーション時間は、ステップ時間とループ回数の積で表される。本発明においては、例えば、ラマチャンドランプロットを作成するためのトラジェクトリを得る目的で行う計算(カノニカルMD)については、シミュレーション時間を100ns以上とすることが好ましいが、これに限定されるものではない。
また、ペプチドなどの分子中に存在する各原子が、どのような力を受けているのかを関数として数式化したものが分子力場である。分子力場に基づく分子力学計算や分子動力学計算では、原子間に働く力を、原子間の結合を表すパラメータ(結合距離や結合角など)を変数とし、原子の種類や結合様式によって決まるポテンシャル関数で数値として表す。
本発明に用いることができる分子力場としては、特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Amber系の分子力場、CHARMm系の分子力場、OPLS系の分子力場などが挙げられる。Amber系の分子力場としては、例えば、Amber ff99SB-ILDN、Amber 12SBなどが挙げられる。CHARMm系の分子力場としては、例えば、CHARMm36などが挙げられる。
また、分子力場における、どのエネルギー項を計算に取り入れるかの選択も、特に限定はされない。また、計算の効率を考慮して、原子間の距離が一定以上であれば静電相互作用などを計算しない方法であるカットオフ法と呼ばれる手法を導入してもよい。
分子動力学計算を行うことができるプログラムとしては、AMBER(http://ambermd.org/)、CHARMM(http://www.charmm.org/charmm/)、NAMD(http://www.ks.uiuc.edu/Research/namd/)、GROMACS(http://www.gromacs.org/)、MyPresto(http://presto.protein.osaka-u.ac.jp/myPresto4/)、GENESIS(https://www.r-ccs.riken.jp/labs/cbrt/)などが挙げられる。
分子動力学計算は、280K(ケルビン)以上320K以下程度の設定温度下で行うことが一般的であり、本発明においては、例えば、300Kとすることが好ましい。
また、分子動力学計算においては、溶媒効果を考慮することが好ましく、溶媒分子(例えば、水分子)をペプチドなどと同じ様に、1個1個の分子として取り扱う系で計算することが好ましい。本発明においては、天然ペプチドの周りに、水分子を十分な数配置した。水分子のモデルとしては、例えば、TIP3Pモデルなどを用いることができる。
また、本発明において、ラマチャンドランプロットを作成するための分子動力学計算(MDシミュレーション)は、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したように、対象分子が取り得る様々な立体構造をより広くサンプリングして、計算の信頼性をより高くするため、拡張アンサンブル法の一つであるマルチカノニカル法を用いて、ラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるためのMD(カノニカルMD)の初期構造を作成することが好ましい。
つまり、本発明においては、対象分子における多様な構造をサンプリングするためのマルチカノニカル法による分子動力学計算(マルチカノニカルMD;McMD)と、対象分子におけるラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるため(βストランド構造を形成している比率を求めるため)の分子動力学計算(カノニカルMD)とを行うことが好ましい。
なお、McMD及びカノニカルMDについては、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明した手法を、適宜目的に応じて用いることができるが、これに限られるものではない。
ここで、本発明において、対象分子における多様な構造をサンプリングするための手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、高温に設定したMDによりランダムな構造を複数作成し、作成したランダムな構造を初期構造として室温のMDを行う手法、拡張アンサンブル法を用いる手法などが挙げられる。
高温に設定したMDによりランダムな構造を複数作成し、作成したランダムな構造を初期構造として室温のMDを行う手法としては、対象分子が残基数の少ない(短い)ペプチドである場合は、例えば、700K程度に設定したMDにより当該ペプチドのランダムな構造を複数作成し、作成した複数の構造のそれぞれについて、300K程度の室温のMDを行うことにより、複数の安定な当該ペプチドの構造を作成してサンプリングすることができる。
拡張アンサンブル法としては、例えば、マルチカノニカル法、レプリカ交換法などが挙げられる。本発明においては、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したマルチカノニカル法が好ましい。言い換えると、本発明では、マルチカノニカルMD(McMD)により、ラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるためのMD(カノニカルMD)の初期構造を作成することが好ましい。こうすることにより、本発明では、対象分子の立体構造を広いサンプリング領域でサンプリングすることができ、当該対象分子が取り得る様々な立体構造をサンプリングすることができる。
McMDにおいては、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したように、training McMDとproductive McMDと行い、広いエネルギー領域をカバーする平らなエネルギー分布に基づいて、サンプリングのためのMDを行うことが好ましい。
また、拡張アンサンブル法を用いてサンプリングした多数の立体構造の中から、ラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるためのMD(カノニカルMD)の初期構造を選択(抽出)する手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、計算の信頼性を高めるという観点では、エネルギー的に安定な構造を選択すると共に、特定の局所解(極小値、ローカルミニマム)に限定されない構造を選択することが好ましい
このような手法としては、例えば、多数の立体構造をサンプリングするために行ったMD(例えば、McMD)の計算結果に対して、自由エネルギー解析を行うことにより、自由エネルギー的に安定な複数種類の構造を特定して選択することが好ましい。
ここで、本発明において用いることができる自由エネルギー解析の手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、McMDによりサンプリングした対象分子の立体構造を用いてPMF(Potential of Mean Force;平均力ポテンシャル)を算出することにより、自由エネルギー曲面(自由エネルギーマップ)を作成する手法を用いることができる。
対象分子についてのPMFを算出して自由エネルギーマップを作成する手法として、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明した手法を、適宜目的に応じて用いることができるが、これに限られるものではない。
自由エネルギー的に安定な複数種類の構造を特定して選択する手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、サンプリングされた全ての構造を、クラスタリングすることにより複数のクラスターに分割し、それぞれのクラスターにおける代表構造を選択する手法などを用いることができる。サンプリングした構造のクラスタリングに用いる手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、K-means法(K平均法)などが挙げられる。
クラスタリングしたクラスターにおける代表構造を選択する手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、それぞれのクラスターにおいて平均構造に最も近い構造を選択する手法を用いることができる。
また、対象分子におけるラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるための分子動力学計算としては、例えば、上記のMcMDに基づいて特定した代表構造を初期構造とした分子動力学計算とすることができる。
また、ラマチャンドランプロットの作成に用いるトラジェクトリを求めるための分子動力学計算における計算系のアンサンブルとしては、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したカノニカルアンサンブル(NVT;計算系の粒子数、体積、及び温度が一定の条件)に限られるものではなく、例えば、NPTアンサンブル(計算系の粒子数、圧力、及び温度が一定の条件)であってもよい。
ここで、分子動力学計算により得られたトラジェクトリに基づいて、ラマチャンドランプロットを作成する手法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明したように、MDのトラジェクトリ解析のライブラリである「MDTraj」を利用する手法を用いることができる。
なお、本発明においては、例えば、アルギニン残基の二面角φとψの値を、分子動力学計算により得られたトラジェクトリに基づいて、実際に多数の点としてプロットし、ラマチャンドランプロットを作成して出力することは必須ではなく、コンピュータ内の処理において、ラマチャンドランプロットを仮想して、ラマチャンドランプロットの所定の領域におけるアルギニン残基の存在比率を求めるようにしてもよい。
<プロテアーゼ耐性の予測>
本発明では、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する。
ここで、上述したように、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれるアルギニン残基は、βストランド構造を形成していると考えることができる。このため、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率を求めることにより、アルギニン残基がβストランド構造を形成している比率(割合)を求めることができる。
さらに、βストランド構造を形成しているアルギニン残基は、他の特定の2次構造をとらないアルギニン残基と比べて安定な状態であるため、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における存在比率が高いアルギニン残基は、プロテアーゼ耐性が高いと考えることができる。
また、別の側面では、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域に含まれない(βストランド構造を形成しない)アルギニン残基は、上記の領域に含まれるアルギニン残基と比べて不安定な状態であり、プロテアーゼにより切断されやすい(プロテアーゼ耐性が低い)と考えることができる。言い換えると、ラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における存在比率が低いアルギニン残基は、プロテアーゼ耐性が低いと考えることができる。
つまり、本発明においては、アルギニン残基の存在比率が低い程、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性が低いと予測することが好ましい。こうすることにより、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、プロテアーゼ耐性の低いアルギニン残基を、より適切に特定することができる。このため、例えば、対象分子におけるプロテアーゼ耐性の低いアルギニン残基を化学修飾(例えば、N-メチル化)により保護する必要があるときに、化学修飾すべきアルギニン残基を、より正確に予測することができる。
また、対象分子におけるアルギニン残基の数が2以上である場合には、それぞれのアルギニン残基における、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域での存在比率を求めて、当該存在比率がより低いアルギニン残基を、プロテアーゼ耐性がより低いアルギニン残基であるとして予測することが好ましい。言い換えると、本発明においては、2以上のアルギニン残基の内の、ひとつのアルギニン残基の存在比率と、他のアルギニン残基の存在比率とを比較し、存在比率の値が小さい方のアルギニン残基が他方のアルギニン残基よりもプロテアーゼ耐性が低いと予測することが好ましい。
こうすることにより、対象分子中における複数のアルギニン残基のそれぞれについて、プロテアーゼ耐性を比較することが可能となり、例えば、対象分子中で最もプロテアーゼ耐性が低い(プロテアーゼにより切断されやすい)アルギニン残基を特定することができる。このため、対象分子におけるプロテアーゼ耐性の低いアルギニン残基を化学修飾(例えば、N-メチル化)により保護する必要があるときに、プロテアーゼ耐性が最も低く、化学修飾する必要性が最も高いアルギニン残基を、より正確に予測することができる。
ここで、「-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率」とは、例えば、ラマチャンドランプロットにおける、全てのプロットの数(全領域のプロットの数)に対する、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°の領域に含まれるプロットの数の比率とすることができる。
このため、「-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率」は、ラマチャンドランプロットにおけるプロットの数に基づいて算出することができる。なお、上記のアルギニン残基の存在比率の算出方法は、実際に作成したラマチャンドランプロットのプロット数に基づいて算出する方法に限られるわけではなく、例えば、コンピュータ内の処理において、ラマチャンドランプロットを仮想して、分子動力学計算のトラジェクトリのデータに基づいて、アルギニン残基の二面角φとψを直接計算し、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の条件を満たす立体構造の比率(割合)を求める方法を用いることもできる。
また、本発明において予測するプロテアーゼ耐性としては、アルギニン残基を認識して切断し得るプロテアーゼに対する耐性であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、特に、血中プロテアーゼ耐性であることが好ましい。言い換えると、本発明では、予測するプロテアーゼ耐性が血中プロテアーゼ耐性であることが好ましい。
こうすることにより、例えば、対象分子を薬として用いる場合に重要となる、血中でのプロテアーゼ耐性、即ち血中での対象分子の安定性を予測することができ、創薬の場面でより好適に用いることができる。
ここで、本発明においては、例えば、プロテアーゼ耐性が低いと予測したアルギニン残基を、化学修飾(例えば、N-メチル化)により保護すべきアルギニン残基として特定することが好ましい。
上述したように、例えば、対象分子を薬として用いる場合には、プロテアーゼにより切断されやすいアルギニン残基を、化学修飾(例えば、N-メチル化)して保護することにより、血中プロテアーゼに対する耐性を向上させる場合がある。本発明では、アルギニン残基を有する対象分子における、アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性を予測できるため、化学修飾により保護すべきアルギニン残基を予測することができる。
このため、本発明を用いることにより、対象分子(例えば、ペプチド)に含まれるアルギニン残基に対するN-メチル化などの化学修飾を適切に行うことができ、プロテアーゼに対する耐性を向上させることができる。したがって、本発明を用いることにより、N-メチル化を行うための実験(処理)に必要となる時間を短くできると共に、実験に必要となるコストも抑制することができる。
このように、本発明では、アルギニン残基を有する対象分子における、アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性を予測することができるので、例えば、対象分子を薬として用いようとする場合に、当該対象分子におけるプロテアーゼ耐性が低い(化学修飾により保護すべき)アルギニン残基を特定することができるため、中分子創薬などの場面において特に好適に用いることができる。
<その他の工程>
その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
(プロテアーゼ耐性分子の合成方法)
本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法は、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法により、プロテアーゼ耐性が低いと予測されたアルギニン残基を化学修飾する工程を含む。
つまり、本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法においては、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて予測したプロテアーゼ耐性が低いアルギニン残基を化学修飾する。
上述したように、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法を用いることにより、プロテアーゼ耐性が低いアルギニン残基を予測することができるため、対象分子のプロテアーゼ耐性を高めるために化学修飾して保護すべきアルギニン残基を特定することができる。このため、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法において、プロテアーゼ耐性が低いと予測したアルギニン残基を化学修飾することにより、プロテアーゼ耐性が高いプロテアーゼ耐性分子を合成することができる。
ここで、本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法により合成するプロテアーゼ耐性分子としては、上記の対象分子に化学修飾を行った分子とすることができ、例えば、薬として用いることを想定した分子であることが好ましい。つまり、発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法においては、プロテアーゼに対する高い耐性が求められる薬として用いる分子を合成する際に好適に用いることができる。
また、本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法により行う化学修飾としては、対象分子のプロテアーゼ耐性を向上させることができるものであれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、N-メチル化であることが好ましい。
N-メチル化とは、アミノ酸残基などにおけるNH基のH(水素)を、CH(メチル)で置換する化学修飾を意味する。プロテアーゼ耐性が低いと予測されたアルギニン残基をN-メチル化して保護することにより、プロテアーゼ耐性(特に血中プロテアーゼ耐性)を向上させることができる。
また、対象分子におけるアルギニン残基の数が2以上である場合には、これらのアルギニン残基の内、プロテアーゼ耐性がより低いと予測されたアルギニン残基を化学修飾することが好ましい。言い換えると、本発明のプロテアーゼ耐性分子の合成方法においては、2以上のアルギニン残基の内、プロテアーゼ耐性が他のアルギニン残基よりも低いと予測したアルギニン残基を化学修飾することが好ましい。
こうすることにより、プロテアーゼ耐性がより低いアルギニン残基を選択的に化学修飾することができ、効果的に分子のプロテアーゼ耐性を向上させることができることに加え、化学修飾に必要となる時間を短くできると共に、必要となるコストも抑制することができる。
(対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置)
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置は、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する予測部を有する。
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置は、例えば、上述した本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法を行う装置とすることができる。このため、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置における好ましい形態は、上記の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法と同様とすることができる。
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置は、例えば、後述する対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを記録した記録媒体を有するコンピュータとすることができる。本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置は、例えば、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを記録した記録媒体から、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを読み出し、CPU(Central Processing Unit)などの制御装置により、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを実行するものであってもよい。また、計算の高速化のために、計算の一部をGPU(Graphics Processing Unit)により行うようにしてもよい。
なお、対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置の具体的な構成例などについては後述する。
(対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラム)
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理をコンピュータに行わせる。
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、例えば、上記の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法をコンピュータにより実現させるためのプログラムとすることができる。言い換えると、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムをコンピュータにより実行することで、コンピュータを上記の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置として機能させることができる。このため、本発明の実対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムにおける好ましい形態は、上記の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置及び対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法と同様とすることができる。
また、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを実行するコンピュータとしては、プログラムを実行可能なコンピュータ(計算機)であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。このようなコンピュータとしては、例えば、通常のパーソナルコンピュータであってもよいし、サーバーコンピュータ、複数のコンピュータを接続したコンピュータクラスター、スーパーコンピュータなどの大型で高性能のコンピュータであってもよい。
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、使用するコンピュータの構成及びオペレーティングシステムの種類・バージョンなどに応じて、各種のプログラミング言語を用いて作成することができる。
本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、ハードディスクなどの記憶媒体に記録しておいてもよいし、CD-ROM(Compact Disc-Read Only Memory)、DVD-ROM(Digital Versatile Disc-ROM)、MO(Magneto-Optical)ディスク、USB(Universal Serial Bus)メモリなどの記憶媒体に記録しておいてもよい。
また、コンピュータから情報通信ネットワークを通じてアクセス可能な外部記憶領域(他のコンピュータなど)に、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを記録しておいてもよい。この場合、外部記憶領域に記録された本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを、必要に応じて、外部記憶領域から情報通信ネットワークを通じて、ハードディスクにインストールして使用することができる。
なお、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、複数の記憶媒体に、任意の処理毎に分割されて記録されていてもよい。
(実施形態)
以下では、本発明のより具体的な実施形態について、図面を参照して説明する。
図9に、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置のハードウェア構成例を示す。なお、以下では、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置を、単に「プロテアーゼ耐性予測装置」と称し、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムを、単に「プロテアーゼ耐性予測プログラム」と称する場合がある。
プロテアーゼ耐性予測装置100においては、例えば、制御部101、主記憶装置102、補助記憶装置103、I/Oインターフェイス104、通信インターフェイス105、入力装置106、出力装置107、表示装置108が、システムバス109を介して接続されている。
制御部101は、演算(四則演算、比較演算、焼き鈍し法の演算等)、ハードウェア及びソフトウェアの動作制御などを行う。制御部101としては、例えば、CPUであってもよいし、GPUであってもよく、これらの組み合わせでもよい。
制御部101は、例えば、主記憶装置102などに読み込まれたプログラム(例えば、プロテアーゼ耐性予測プログラムなど)を実行することにより、種々の機能を実現する。
本発明のプロテアーゼ耐性予測装置における予測部が行う処理は、例えば、制御部101により行うことができる。
主記憶装置102は、各種プログラムを記憶するとともに、各種プログラムを実行するために必要なデータ等を記憶する。主記憶装置102としては、例えば、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)の少なくともいずれかを有するものを用いることができる。
ROMは、例えば、BIOS(Basic Input/Output System)などの各種プログラムなどを記憶する。また、ROMとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、マスクROM、PROM(Programmable ROM)などが挙げられる。
RAMは、例えば、ROMや補助記憶装置103などに記憶された各種プログラムが、制御部101により実行される際に展開される作業範囲として機能する。RAMとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)、SRAM(Static Random Access Memory)などが挙げられる。
補助記憶装置103としては、各種情報を記憶できれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ソリッドステートドライブ(SSD)、ハードディスクドライブ(HDD)などが挙げられる。また、補助記憶装置103は、CDドライブ、DVDドライブ、BD(Blu-ray(登録商標) Disc)ドライブなどの可搬記憶装置としてもよい。
また、本発明のプロテアーゼ耐性予測プログラムは、例えば、補助記憶装置103に格納され、主記憶装置102のRAM(主メモリ)にロードされ、制御部101により実行される。
I/Oインターフェイス104は、各種の外部装置を接続するためのインターフェイスである。I/Oインターフェイス104は、例えば、CD-ROM(Compact Disc ROM)、DVD-ROM(Digital Versatile Disk ROM)、MOディスク(Magneto-Optical disk)、USBメモリ〔USB(Universal Serial Bus) flash drive〕などのデータの入出力を可能にする。
通信インターフェイス105としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、無線又は有線を用いた通信デバイスなどが挙げられる。
入力装置106としては、プロテアーゼ耐性予測装置100に対する各種要求や情報の入力を受け付けることができれば特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル、マイクなどが挙げられる。また、入力装置106がタッチパネル(タッチディスプレイ)である場合は、入力装置106が表示装置108を兼ねることができる。
出力装置107としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、プリンタなどが挙げられる。
表示装置108としては、特に制限はなく、適宜公知のものを用いることができ、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイなどが挙げられる。
図10に、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置の他のハードウェア構成例を示す。
図10に示す例において、プロテアーゼ耐性予測装置100は、ラマチャンドランプロットにおけるアルギニン残基の存在比率に応じて、アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理を行う端末装置200と、当該アルギニン残基の存在確率を求めるための分子動力学計算(MDシミュレーション)を行うサーバーコンピュータ300とに分かれている。また、図10に示す例において、プロテアーゼ耐性予測装置100における端末装置200とサーバーコンピュータ300は、ネットワーク400により接続されている。
図10に示す例では、例えば、端末装置200としては、通常のパーソナルコンピュータを用いることができ、サーバーコンピュータ300としては、複数のコンピュータを接続したコンピュータクラスターや、スーパーコンピュータなどの大型で高性能のコンピュータを用いることができる。なお、サーバーコンピュータ300としては、クラウド上のコンピュータ群であってもよい。
また、端末装置200とサーバーコンピュータ300とを接続するネットワーク400としては、例えば、SSH(Secure Shell)などの通信規格を用いることができる。
図10に示す例においては、例えば、端末装置200により、対象分子のラマチャンドランプロットを作成するための分子動力学計算の初期構造の作成や条件の設定を行う。そして、端末装置200で作成した分子動力学計算に必要な条件ファイルを、端末装置200からサーバーコンピュータ300にネットワーク400を介して送信する。
次いで、サーバーコンピュータ300により、対象分子のラマチャンドランプロットを作成するための分子動力学計算を実行する。そして、分子動力学計算の結果のデータ(トラジェクトリのファイルなど)を、サーバーコンピュータ300から端末装置200にネットワーク400を介して送信する。
続いて、端末装置200により、受信した分子動力学計算の結果のデータに基づいて、ラマチャンドランプロットを作成し、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率を求めることで、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する。
図11に、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置の機能構成例を示す。
図11に示すように、プロテアーゼ耐性予測装置100は、通信機能部120と、入力機能部130と、出力機能部140と、表示機能部150と、記憶機能部160と、制御機能部170とを備える。
通信機能部120は、例えば、各種のデータを外部の装置と送受信する。
入力機能部130は、例えば、プロテアーゼ耐性予測装置100に対する各種指示を受け付ける。
出力機能部140は、例えば、作成したラマチャンドランプロット、アルギニン残基の存在比率の値、対象分子の立体構造などをプリントして出力する。
表示機能部150は、例えば、作成したラマチャンドランプロット、アルギニン残基の存在比率の値、対象分子の立体構造などをディスプレイに表示する。
記憶機能部160は、例えば、各種プログラム、分子動力学計算より得られたトラジェクトリなどを記憶する。
制御機能部170は、予測部171と、分子動力学計算部172とを有する。制御機能部170は、例えば、記憶機能部160に記憶された各種プログラムを実行するとともに、プロテアーゼ耐性予測装置100全体の動作を制御する。
予測部171は、例えば、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理を行う。
分子動力学計算部172は、例えば、ラマチャンドランプロットにおける、所定の領域でのアルギニン残基の存在確率を求めるための分子動力学計算(MDシミュレーション)を行う。
ここで、図12を参照して、本発明を用いて、対象分子のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する際の流れの一例について説明する。以下では、図12において「S」で示すステップごとに説明する。
まず、S101では、対象分子をモデリングすると共に、モデリングした対象分子の周囲に水分子とイオンを配置して計算系を構築する。言い換えると、S101においては、モデリングツールを用いて対象分子をモデリングした後、当該対象分子の周りに水分子とイオンを配置することで、電気的に中性化された計算系を構築する。
続いて、S102では、構築した計算系に対して、エネルギー極小化計算及び短時間の構造緩和計算を行うことにより、マルチカノニカルMD(McMD)の初期構造を作成する。言い換えると、S102においては、S101で構築した計算系に対して、分子力学計算によるエネルギー極小化計算を行って、不自然な構造の歪みを取り除いた後、溶媒の平衡化などのために、短時間の構造緩和計算(NVT計算及びNPT計算)を行い、McMDの初期構造を作成する。
次に、S103では、作成した初期構造に基づいて、training McMD及びproductive McMDを行うことにより、多数の立体構造をサンプリングする。言い換えると、S103においては、S102で作成した初期構造を利用して、上記の<分子動力学計算の計算例>で説明した、広いエネルギー領域をカバーする平らなエネルギー分布を求めるためのtraining McMDと、求めた平らなエネルギー分布を用いて、対象とする分子が取り得る様々な立体構造をサンプリングするためのproductive McMDとを行うことにより、対象分子が取り得る様々な立体構造を、広いサンプリング領域でサンプリングする。
そして、S104では、サンプリングした多数の立体構造について、PMFを算出することにより、自由エネルギーマップを作成する。言い換えると、S104においては、S103でサンプリングした多数の立体構造の全てについて、平均構造から座標変動の分散共分散行列を算出し、主成分解析を実施することによりPMFを算出して、自由エネルギーマップ(自由エネルギー曲面)を作成する。
次いで、S105では、作成した自由エネルギーマップに基づいて、クラスタリング解析を行うことにより、立体構造を複数のクラスターに分類する。言い換えると、S105においては、S104で作成した自由エネルギーマップに基づいて、McMDによりサンプリングされた全ての構造を、K-meansクラスタリング法によって、複数のクラスターに分類する。
続いて、S106では、クラスターごとに、平均構造に最も近い構造を選択して、クラスターの代表構造とする。言い換えると、S106においては、S105で分類した各クラスターについて、当該クラスターにおいて平均構造に最も近い構造を選択することで、各クラスターの代表構造を特定する。
次に、S107では、各代表構造について、長時間のカノニカルMDを行う。言い換えると、S107においては、S106で特定した各クラスターの代表構造について、それぞれの代表構造を初期構造とした、長時間(例えば、100ns)のカノニカルMDを行う。
そして、S108では、カノニカルMDのトラジェクトリのデータに基づいて、ラマチャンドランプロットを作成する。言い換えると、S108においては、S107で行ったカノニカルMDの計算結果としてのトラジェクトリ(原子の運動の軌跡)のデータに基づいて、各シミュレーション時間におけるアルギニン残基の二面角φとψを算出して、二次元にプロットすることにより、ラマチャンドランプロットを作成する。
次いで、S109では、作成したラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率を求める。言い換えると、S109においては、S108で作成したラマチャンドランプロットにおいて、180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°の領域に、アルギニン残基の二面角φとψが存在する比率を算出する。より具体的には、S109においては、ラマチャンドランプロットにおける、全てのプロットの数(全領域のプロットの数)に対する、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°の領域に含まれるプロットの数の比率を算出する。
続いて、S110では、求めた存在比率に応じて、アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測すると、処理を終了させる。言い換えると、S110においては、S109で求めた、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測すると、処理を終了させる。より具体的には、S110では、例えば、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率が低い程、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性が低いと予測すると、処理を終了させる。
また、図12においては、本発明の一例における処理の流れについて、特定の順序に従って説明したが、本発明においては、技術的に可能な範囲で、適宜各ステップの順序を入れ替えることができる。また、本発明においては、技術的に可能な範囲で、複数のステップを一括して行ってもよい。
以上、説明したように、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法は、アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域におけるアルギニン残基の存在比率に応じて、当該アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する。
これにより、本発明の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法は、アルギニン残基を有する対象分子における、アルギニン残基のプロテアーゼに対する耐性を予測できる。
本発明の態様としては、例えば、以下のとおりである。
<1> アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測することを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<2> 前記アルギニン残基の存在比率が低い程、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性が低いと予測する、前記<1>に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<3> 前記対象分子がペプチドである、前記<1>から<2>のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<4> 前記対象分子における前記アルギニン残基の数が2以上である、前記<1>から<3>のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<5> 2以上の前記アルギニン残基の内の、ひとつのアルギニン残基の存在比率と、他のアルギニン残基の存在比率とを比較し、存在比率の値が小さい方のアルギニン残基が他方のアルギニン残基よりもプロテアーゼ耐性が低いと予測する、前記<4>に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<6> 前記プロテアーゼ耐性が血中プロテアーゼ耐性である、前記<1>から<5>のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法である。
<7> アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する予測部を有することを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置である。
<8> アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°<φ<-30°、かつ、90°<ψ<180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理をコンピュータに行わせることを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラムである。
<9> 前記<1>から<6>のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法により、プロテアーゼ耐性が低いと予測された前記アルギニン残基を化学修飾する工程を含むことを特徴とするプロテアーゼ耐性分子の合成方法である。
<10> 2以上の前記アルギニン残基の内、プロテアーゼ耐性が他のアルギニン残基よりも低いと予測した前記アルギニン残基を化学修飾する、前記<9>に記載のプロテアーゼ耐性分子の合成方法である。
<11> 前記化学修飾がN-メチル化である、前記<9>から<10>のいずれかに記載のプロテアーゼ耐性分子の合成方法である。
前記<1>から<6>のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法、前記<7>に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置、前記<8>に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラム、及び前記<9>から<11>のいずれかに記載のプロテアーゼ耐性分子の合成方法によれば、従来における諸問題を解決し、本発明の目的を達成することができる。
100 プロテアーゼ耐性予測装置
200 端末装置
300 サーバーコンピュータ
171 予測部

Claims (11)

  1. アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測することを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  2. 前記アルギニン残基の存在比率が低い程、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性が低いと予測する、請求項1に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  3. 前記対象分子がペプチドである、請求項1から2のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  4. 前記対象分子における前記アルギニン残基の数が2以上である、請求項1から3のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  5. 2以上の前記アルギニン残基の内の、ひとつのアルギニン残基の存在比率と、他のアルギニン残基の存在比率とを比較し、存在比率の値が小さい方のアルギニン残基が他方のアルギニン残基よりもプロテアーゼ耐性が低いと予測する、請求項4に記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  6. 前記プロテアーゼ耐性が血中プロテアーゼ耐性である、請求項1から5のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法。
  7. アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する予測部を有することを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測装置。
  8. アルギニン残基を有する対象分子の主鎖における二面角のラマチャンドランプロットにおいて、-180°≦φ≦-30°、かつ、90°≦ψ≦180°、の領域における前記アルギニン残基の存在比率に応じて、前記アルギニン残基のプロテアーゼ耐性を予測する処理をコンピュータに行わせることを特徴とする対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測プログラム。
  9. 請求項1から6のいずれかに記載の対象分子中のアルギニン残基のプロテアーゼ耐性予測方法により、プロテアーゼ耐性が低いと予測された前記アルギニン残基を、化学修飾する工程を含むことを特徴とするプロテアーゼ耐性分子の合成方法。
  10. 2以上の前記アルギニン残基の内、プロテアーゼ耐性が他のアルギニン残基よりも低いと予測した前記アルギニン残基を化学修飾する、請求項9に記載のプロテアーゼ耐性分子の合成方法。
  11. 前記化学修飾がN-メチル化である、請求項9から10のいずれかに記載のプロテアーゼ耐性分子の合成方法。

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