現在、スマートフォンなどの高機能な移動通信端末が爆発的に普及している。携帯電話に関しては、第3世代移動通信から第4世代移動通信に移行し、現在ではさらに先の第5世代移動通信(通称「5G」)に関する研究開発が進められている。この5Gに関して行われている検討のひとつに、マクロセルとスモールセルの利用がある。
これまでの携帯電話では、ひとつのサービスエリアを半径数キロメートル程度に設定し、このマクロセルのエリアをひとつの基地局装置がカバーしていた。しかし、この様なマクロセル内には非常に膨大な数のユーザが存在する。全体の限りあるシステム容量は各ユーザでシェアされることになるため、膨大な数のユーザを収容するときには、個々のユーザ毎のスループットは低下する。
この様なスループットの低下を回避するために、トラヒックが集中するような人口密集地に、半径数十メートル程度の非常に小さなサービスエリアであるスモールセルを設定する技術が開発されている。この技術では、スモールセルを活用することで、マクロセルを介さずにスポット的なトラヒックをネットワークにオフロードする。ここでは、スモールセルにおける通信能力とマクロセルにおける通信能力を同時並行的に利用可能な端末装置を想定する。このような端末装置を用いることで、制御情報についてはマクロセルを活用して情報交換を行いながら、ユーザデータをスモールセル側において収容する。これによって、マクロセルとスモールセルのメリットを最大限活用することが可能になる。
先に述べた5Gでは、伝送速度の目標値に10Gbit/s(ギガビット毎秒)以上が設定されており、このスモールセルでも同様の大容量の通信を行うことでトラヒックの効率的なオフロードを実現する必要がある。マクロセルにおいては長距離伝搬を許容するために周波数の低いマイクロ波帯を利用することが前提となる。しかし、既に周波数資源が枯渇しつつあるマイクロ波帯の現状を考慮し、比較的近距離での通信を想定するスモールセルでは、比較的周波数の高い準ミリ波帯またはミリ波帯の利用が想定されている。この高周波数帯の特徴は、周波数の2乗に反比例して伝搬減衰が大きくなることである。従って、スモールセル基地局は理想的にはユーザ端末に近い場所に設置されることが好ましい。例えば、ビルの屋上の様な設置が容易な場所では、ユーザ端末と基地局との距離が離れ過ぎてしまい、回線設計上、好ましくない。
この様なスモールセル基地局は、例えば人の多く集まる繁華街などにおいて、ビル壁面や街灯などの比較的高所に設置されることが想定される。多数のスモールセル基地局を設置すれば、より狭いエリアに分割してユーザを効率的に収容できるため、オフロード効果は高い。これらのスモールセル基地局においては、基本的に大容量化を図るため周波数資源が潤沢なミリ波帯を利用することが期待される。現在の検討の中心は、28GHz帯などの利用を想定しており、高周波数帯の利用に伴うリンクバジェットの不足を補うために、基地局と端末局の双方に多数のアンテナを実装したMassive MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)構成を想定し、ここで高次の空間多重伝送を行うことが期待されている。一例としては、基地局側において16素子×16素子の合計256素子の正方アレーアンテナを実装し、端末局側にも16素子(例えば4素子×4素子の正方アレー)程度の実装を行うことが想定される。
ここで、これらのミリ波帯のシステムにおいては、元々のリンクバジェットが不足するが故にMassive MIMO構成を想定しているため、見通し環境での通信が好ましい。しかし、見通し波が支配的な環境においてはMIMOチャネル行列の固有値の分布として第1固有値の利得と第2固有値以上の固有値の利得の差が非常に大きくなり、第2固有値以上を利用するメリットが非常に小さくなる傾向がある。すなわち、見通し環境においては反射波を利用した高次の空間多重伝送は困難であり、実際にはせいぜい偏波を用いた2多重(各偏波で第1固有モード伝送を行う)程度が限界で、それ以上の空間多重は非効率となる。
そこで、見通し波が支配的な環境での空間多重伝送の場合には、二つの無線局の備えるアレーアンテナないしは個々のサブアレーアンテナの送信及び受信のペアに対し定義される第1固有モードないしは近似的に第1固有モードに対応する伝送路ごとに、ひとつの信号系列を割り当てて伝送し、これらを並列的に空間多重伝送することが有効となる。
例えば、非特許文献1では、基地局装置においてある程度の離隔距離を確保した複数のサブアレーを実装し、これらのサブアレーから複数の端末局に対し、非常に簡易な制御で端末局間の与被干渉を低減し、高次の空間多重伝送を実現するマルチユーザMIMO伝送技術について開示している。ここでの評価においては、基地局装置側にて実装する各サブアレーは半波長間隔に配置されていることを仮定していた。通常の広帯域のシステムでは、送受信ウエイトを周波数成分ごとに個別に算出し、これらの周波数成分ごとに異なる送受信ウエイトで指向性ビームを形成するのが一般的であった。
それに対し、非特許文献1の技術では、全周波数帯域で共通の係数を送受信ウエイトとして用いるという特徴がある。全周波数帯域で共通であるということは、全周波数帯域で定数であるチャネル応答をフーリエ変換すると時間領域ではデルタ関数になることから、時間領域での信号処理では1タップの係数の乗算で指向性形成が可能となることを意味する。これは、サンプリングデータ毎に、各アンテナ素子の信号に所定の係数を乗算して加算すると、指向性形成がなされて合成されたサンプリングデータが取得できることを意味する。この様に、広帯域の信号でありながら高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)処理を行うことなしに、指向性形成を行うことが可能となる。
この信号処理は、各アンテナ素子の送受信信号に対して、送受信ウエイトの乗算に相当する複素位相の回転を与えることでも実現可能である。非特許文献2に記載の技術では、複素位相の回転量の算出は非特許文献1に記載の技術と同様にデジタル的に実施し、実際の複素位相回転を、移相器を用いてアナログ的に実現することで、より少ないD/A変換器で装置を構成することを可能としている。特に非特許文献2に記載の技術では、送信アンテナと受信アンテナが物理的に分離されている場合やFDDのシステムの場合であっても適用可能な技術であり、リンクバジェット的に厳しい無線システムでは、TDDスイッチを介することで生じる通過損失を回避することを目的として、送信アンテナとハイパワーアンプを直接接続する構成などにおいては有利である。
一方、Massive MIMO技術では非常に多数のアンテナ素子を用いて指向性形成を行う。一般的な指向性形成の方法では、チャネルフィードバックにより得られたチャネル情報を基に、概ね各アンテナ素子からの送受信信号が同位相で合成されるような送受信ウエイトを用いることで、非常に大きな指向性利得を確保することができる。一般的には広帯域のシステムであれば周波数成分ごとに異なる送受信ウエイトを用いることになるが、上記の非特許文献1及び非特許文献2においては、全帯域の中での周波数依存性を無視し、全帯域で共通の送受信ウエイトを用いた信号処理が行われる。
見通し波が支配的な環境での指向性形成方法の概要を示す図9に示す。図9において、20−1〜20−4はアンテナ素子、21−1〜21−4はウエイト乗算回路、22は指向性ビームの方向を表す。アンテナ素子20−1〜20−4それぞれの間隔をdとし、1次元的に等間隔で整列しているものとする。例えば、矢印22の方向から到来する電波を考える。送信局との距離が十分離れていれば、アンテナ素子20−1〜20−4で受信する電波は平面波と見なすことが可能である。到来波がアンテナ素子20−1〜20−4の正面方向から角度θだけずれた方向から入射した場合、アンテナ素子間の経路長差ΔはdSinθで与えられる。到来する信号の波長がλであるとすると、経路長差Δ=dSinθにより複素位相は2πdSinθ/λだけ回転することになる。
そこで、この経路長差に伴う複素位相の差を補正するように、アンテナ素子20−1に対しては係数Exp{j(2πdSinθ/λ)×0}、アンテナ素子20−2に対してはExp{j(2πdSinθ/λ)×1}、アンテナ素子20−3に対してはExp{j(2πdSinθ/λ)×2}、アンテナ素子20−4に対してはExp{j(2πdSinθ/λ)×3}を乗算する。これらの乗算処理は、デジタル的に実施してもよいし、移相器で+(2πdSinθ/λ)×0、+(2πdSinθ/λ)×1、+(2πdSinθ/λ)×2、+(2πdSinθ/λ)×3の複素位相回転を加えることで実施してもよい。この結果、各アンテナ素子20−1〜20−4で受信した信号の複素位相は概ね揃い、それぞれを加算するとN系統のアンテナ素子の加算で振幅が約N倍になるという結果が得られる。これにより、矢印22の方向(入射方向)への指向性が強まる一方、その他の方向に対しては到来波の複素位相が揃う訳ではないので、合成後の信号の振幅はN倍よりも大幅に小さな値となり、指向性利得は得られなくなる。
以上の説明は1次元的に並んだリニアアレーのアンテナの場合の例であるが、当然ながら2次元的なアンテナ素子の場合でも、信号の到来方向に合わせた送受信ウエイトの乗算、ないしは複素位相の回転を施すことで、同様に指向性ビームを形成することは可能である。
上述の様に、非特許文献1または非特許文献2に記載の技術においては、全帯域幅において共通の送受信ウエイトないしは共通の複素位相回転を用い、各アンテナ素子の信号を合成することで所望の指向性利得を確保することを目的としていた。非特許文献2の中に記載されている技術には大きく分けて二つのバリエーションがあり、それぞれの特徴は以下の(1)及び(2)の手法である。
(1):各アンテナ素子に付与したスイッチを切り替えることで全アンテナ素子に対して送受信の際に付与する複素位相回転量を直接求める手法
(2):全体のアンテナの中心付近の少数のアンテナ素子を用いて平面波近似におけるアンテナ素子に付与する複素位相回転量の規則性を求め、その規則性から全アンテナ素子の複素位相回転量を外挿補完する手法
(1)の手法で得られる各アンテナ素子の複素位相回転量(送受信ウエイトに相当)は非特許文献1で得られる各アンテナ素子の複素位相回転量と等価な物理量である。
上記(1)及び(2)に示す手法毎の各アンテナ素子に付与すべき複素位相の回転量の各アンテナ素子での振る舞いを図10に示す。図10(a)は非特許文献1ないしは非特許文献2の中の上記(1)の手法で取得した結果を示し、図10(b)は非特許文献2の中の上記(2)の手法で取得した結果を示す。細かなシミュレーション条件の詳細は省略するが、図10においてx軸、y軸はアンテナ素子の座標(ここでは23素子×23素子の529素子の座標を1〜23の整数i,jを用いて座標(i,j)を与えている)、縦軸(z軸)は各アンテナ素子で付与する複素位相を表している。
図10(b)に示す例では、平面波近似に基づき中心付近の少数のアンテナ素子で複素位相の回転量の規則性を推定して求め、その条件に従って複素位相を回転させるため、綺麗な2次元平面状の振る舞いが示されている。一方、図10(a)に示す例では、各アンテナ素子で送受信される信号の複素位相を概ね同位相で合成する際に、最も利得を高めることが期待される複素位相の回転量として、見通し波以外の反射波の影響を取り込んだ値を算出している。このため、図10(b)に示す綺麗な平面波近似とは異なり、各アンテナ素子の複素位相回転量は波打っている。図10(b)に示された非特許文献2の(2)の手法は、少数のアンテナ素子を用いて複素位相の回転量を取得するため、図10(a)に示す非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法に比べて複素位相回転量の推定精度が低いと考えられ、実際に、その特性評価を行った非特許文献3の中でも図10(b)に示された非特許文献2の(2)の手法の方が若干特性が劣化している。
しかし、この結果は着目する無線局の指向性利得だけに着目した結果である。一般に、2次元平面状に規則的に配置されたアンテナ素子に対し、図10(b)に示すようなアンテナ素子の座標に対し規則的な複素位相の回転を加えた場合、綺麗な指向性ビームが形成可能である。この綺麗な指向性ビームは反射波の影響とは関係なく形成される指向性パターンであり、アンテナ素子間隔が所定の間隔以下(例えば1/2波長間隔)であれば、グレーティングローブと呼ばれる高相関となる方向は回避され、反射波がなければターゲットとなる方向以外に対しては指向性利得が角度差に依存して急激に減衰する。これは、同時にマルチユーザ環境で多数の無線局を空間多重する際の相互与被干渉を低減するのに役立つが、図10(a)に示す複素位相回転量を用いた指向性ビームは、規則的な指向性ビームとは異なり、ターゲットとなる方向以外に対しても指向性利得が減衰しきらずに残留することにつながりかねない。この場合、その様な無線局間で空間多重伝送を行う場合のSIR特性は劣化し、その分、通信品質が低下することにつながる。したがって、空間多重伝送を行う無線局ごとに所望の指向性利得を確保する一方、相互の与被干渉を抑えて安定的なSIR特性を実現するための技術が求められている。
次に、非特許文献2に記載の技術について説明する。
図11は、非特許文献2における無線局装置550の構成例(サブアレー分離型)を示す機能ブロック図である。非特許文献1や非特許文献2に記載のMassive MIMO技術では、ひとつのアレーアンテナで複数の指向性ビームを形成することが可能であるが、ここでは簡単のため指向性ビームを複数のサブアレーに分離して形成する「サブアレー分離型」による構成について説明する。ひとつのアレーで複数の指向性ビームを実現する「サブアレー共用型」(厳密には、サブアレーに分離していないので、「一体型アレー」と理解してもよい)による構成のバリエーションも存在するが、本課題の原理原則はこれらのバリエーションには依存しない。また、ここでは非特許文献2に記載の技術として特徴的な送信アンテナと受信アンテナを分離した構成を例に説明を行う。なお、非特許文献2に記載の技術はTDDスイッチを用い時分割複信により送受信アンテナを共用する場合にも適用可能であるが、これらのバリエーションにも依存しないため、代表的な例として送受信アンテナを分離した構成を中心に説明を行う。
図11に示す無線局装置550は、ベースバンド信号処理回路140と、送受信信号処理回路555−1〜555−N(Nは1以上の整数)とを備える。送受信信号処理回路555−1〜555−Nは、送信アンテナ501−1−1〜501−1−M(Nは2以上の整数)及び501−N−1〜501−N−M、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M及び541−N−1〜541−N−Mを備える。ベースバンド信号処理回路140は、変調器120−1〜120−N(図11ではMOD)、復調器130−1〜130−N(図11ではDEM)及び信号分離回路141を備えている。
送受信信号処理回路555−1〜555−Nは、それぞれがサブアレー構成となっており、全体でN組の送受信信号処理回路で構成されている。また、厳密には、無線局装置550にはMAC(Medium Access Control)レイヤや更に上位の高位レイヤの信号処理を行う回路(例えば、Ethernet(登録商標)のインタフェースを実装したり、スケジューリングや無線回線で伝送するパケット、PDU(Protocol Data Unit)の終端処理などのMAC処理、及び全体の制御を行う回路など)も合わせて実装しているが、ここでは説明を省略している。
送信時の具体的な信号の流れは、変調器120−1〜120−Nで生成されたN系統の送信信号は、それぞれ個別の送受信信号処理回路555−1〜555−Nに入力され、それぞれの送受信信号処理回路555−1〜555−Nにおいて所定の信号処理を施したのちに、送信アンテナ501−1−1〜501−1−M〜送信アンテナ501−N−1〜501−N−Mより送信される。
また受信時の具体的な信号の流れは、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M〜受信アンテナ541−N−1〜541−N−Mで受信された信号は、送受信信号処理回路555−1〜555−N内で所定の信号処理を施したのち、信号分離回路141に入力される。この信号分離回路141に入力される信号は、送受信信号処理回路555−1〜555−Nにおいて、受信アンテナ541−1−1〜541−1−M〜受信アンテナ541−N−1〜541−N−Mのそれぞれで受信した信号に対して指向性利得を確保するための指向性形成処理を施すことで、送受信信号処理回路555−1〜555−N間の相互の与被干渉を相対的に低減された状態で入力されるが、それでも残留する相互与被干渉成分を信号分離回路141で抑圧し、信号分離された各信号系列を復調器130−1〜130−Nに入力し、復調器130−1〜130−Nにおいて送信側のデータを再生する。
なお、信号分離回路141が行うクロストーク成分の抑圧は、時間軸上で実施することも可能であるし、一旦、FFT処理により周波数軸信号に変換して周波数軸上で実施することも可能である。ないしは、送受信信号処理回路555−1〜555−Nで行う指向性形成の信号処理のみで済ませ、信号分離回路141では特に何も処理を行わなくてもよい(この場合には、信号分離回路141は省略可能である)。ただしいずれにしても、ここでの信号分離の方法の詳細な説明は省略する。
なお、この無線局装置550に実装される送受信信号処理回路555−1〜555−Nの数、「N」は、必ずしも複数である必要はなく、例えば多数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nを実装した基地局と、ひとつないしは小数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nを実装した端末局との間で空間多重伝送する構成であってもよい。
図12は、送受信信号処理回路555の構成を示す機能ブロック図である。図11に示した通り、ひとつの無線局装置550には複数の送受信信号処理回路555−1〜555−Nが実装されうるが、ここではその一つに着目し、添え字の1〜Nは省略している。送受信信号処理回路555は、D/A変換器122、アップコンバータ123(図12ではUC)、ダウンコンバータ124(図12ではDC)、A/D変換器125、移相器502−1〜502−M及び509−1〜509−M、スイッチ503−1〜503−M、分配結合器514及び515(図12ではHYB)、相関算出回路505、及び位相シフト制御回路506を備える。
移相器509−1〜509−Mはそれぞれ、送信アンテナ501−1〜501−Mと接続され、移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、受信アンテナ541−1〜541−Mと接続される。Nは空間多重を行う際の多重数(ストリーム数)に相当し、無線局装置550は、送受信信号処理回路555を全体でN系統分だけ実装している。Mは、各送受信信号処理回路555のそれぞれに実装されるサブアレーの送受信アンテナ数を表している。送受信信号処理回路555のそれぞれにサブアレーの送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mが付随しており、送受信信号処理回路555は、空間的に離して設置することが想定されている。
図12では、基本的に送受信ウエイトに相当する移相器で行う複素位相回転量の算出処理をデジタル信号処理的に行い、実際の複素位相の回転処理はアナログ信号処理にて実現する。このため、変調器120−1〜120−N及び復調器130−1〜130−NではOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)変調方式の様に周波数軸上の信号処理を前提とする場合でも、SC−FDEの様に時間軸上での信号処理を前提とする場合でも、どちらの方式に対しても対応可能であり、OFDM変調方式やSC−FDEなどの通信方式のバリエーションに適用可能である。
また、アップコンバータ123及びダウンコンバータ124では、無線周波数の信号とベースバンドの信号の間の周波数変換を行うために、ローカル発振器からの信号の入力が必要となるが、各送受信信号処理回路555間では協調した信号処理は想定していないので、必ずしも共通のローカル発振器を利用する必要はない。なお、説明が煩雑になるためにここでは簡易な記述として外部のローカル発振器の明記は省略する。また以降の説明では省略するが、付加的機能として各送受信信号処理回路555間で協調した信号処理を行うことも当然可能であるが、この場合にはローカル発振器の共通化を行っても構わない。
送受信信号処理回路555における具体的な信号の流れは以下の通りである。まず信号の送信について説明する。変調器120−1〜120−Nがそれぞれ、空間多重を行う各ストリームの時間領域のデジタル・ベースバンドの送信信号を生成し、送受信信号処理回路555に入力すると、D/A変換器122でデジタル信号をアナログ信号に変換し、アップコンバータ123にてベースバンド信号を無線周波数の信号に周波数変換する。この際、必要に応じてアップコンバータ123では帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、アップコンバータ123は無線周波数の信号を分配結合器514に入力する。
分配結合器514は、入力された信号をM系統の信号に分岐し、移相器509−1〜509−Mに入力する。移相器509−1〜509−Mのそれぞれは、入力された信号に対して、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加える。移相器509−1〜509−Mにより複素位相回転が加えられたアナログ信号はそれぞれ、送信アンテナ501−1〜501−Mを介して送信される。送信信号は、移相器509−1〜509−Mにおける複素位相回転により、所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。
以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路555に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
次に受信に関する信号の流れを説明する。無線局装置550は、スイッチ503−1〜503−Mを全てON(分配結合器515と移相器502−1〜502−Mとの接続状態)とした状態で信号の受信を行う。全ての送受信信号処理回路555でこれらの条件は同じである。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、移相器502−1〜502−Mに入力される。移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、入力された信号に対し、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、スイッチ503−1〜503−Mを介して分配結合器515に入力する。分配結合器515は、スイッチ503−1〜503−Mを介して入力された各アンテナ系統の信号をアナログ信号上で合成し、合成した信号をダウンコンバータ124に入力する。ここで無線周波数の信号からベースバンドの信号に周波数変換される。この際、必要に応じてダウンコンバータ124では帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、ダウンコンバータ124は無線周波数の信号をA/D変換器125に出力する。A/D変換器125ではアナログ信号をデジタル信号に変換し、信号分離回路141側にこれを出力する。
移相器502−1〜502−Mのそれぞれが、送信アンテナ501−1〜501−Mを介して受信した信号に対して、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、それらが合成されることで所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路555に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
次に、移相器502−1〜502−Mにおける複素位相の回転量を算出する際の信号処理を説明する。この信号処理は、スイッチ503−1〜503−Mのいずれかひとつが移相器502−1〜502−Mと分配結合器515とを接続(ON)する一方、残りのスイッチは分配結合器515との接続を切った状態(OFF)で行われる。スイッチ503−1〜503−Mのうちダウンコンバータ124に接続する(ONにする)対象は順に切り替える。これらのスイッチ切替は、ここには図示されていない制御回路の指示のもと、相関算出回路505が管理する。
なお、ここで説明している複素位相の回転量を算出するとき以外の通常運用時は、上述のように移相器502−1〜502−Mは全て、分配結合器515に接続される。また、複素位相の回転量の算出処理を行う際には移相器502−1〜502−Mの位相回転量を所定の値に設定しておく。その後の処理で得られる複素位相の回転量は、当初の所定の値に対する差分として設定する。例えば、もっとも分かり易い例では、移相器502−1〜502−Mを全てゼロ(又はすべて同一の値)に設定してもよく、この場合は得られた複素位相の回転量の値をそのまま、その後の通信時の移相器502−1〜502−Mの位相回転量とすればよい。ないしは、移相器502−1〜502−Mの当初の所定の値が+10度、+20度、+30度、・・・であり、複素位相の回転量の算出値が+α度、+β度、+γ度、・・・であったとすれば、その後の通信時の移相器502−1〜502−Mの位相回転量を+(α+10)度、+(β+20)度、+(γ+30)度、・・・とすればよい。
実際の処理としては、まず、複素位相の回転量を取得すべき通信相手の無線局装置がチャネル推定用のトレーニング信号を送信し、無線局装置550はこのトレーニング信号を受信する。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、移相器502−1〜502−Mに入力される。移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、入力された信号に対し、アナログ信号上で所定の複素位相回転を加え、スイッチ503−1〜503−Mを介して分配結合器515に入力する。ここで、スイッチ503−1〜503−Mでは、ひとつを除いてすべてがOFFとなっているため、実効的には分配結合器515において合成された信号は、スイッチ503−1〜503−Mの中で唯一、スイッチが接続(ON)されている系統のアンテナ素子で受信された信号のみが出力されたことになる。すなわち、スイッチ503−1〜503−Mと分配結合器515では、これ全体で、受信アンテナ541−1〜541−Mのアンテナ素子群の中から、ひとつの受信アンテナ541−k(kは1以上M以下の整数のいずれか)を抽出する処理を実施することになる。なお、kが1からMまでのいずれかの値をとるように所定の周期で切り変わる。この様にして選択された受信アンテナ541−kの受信信号は、ダウンコンバータ124に入力される。ダウンコンバータ124は、入力された無線周波数の信号をアナログ・ベースバンド信号に変換し、A/D変換器125に入力する。A/D変換器125は、入力されたアナログ・ベースバンド信号をデジタル・ベースバンド信号に変換し、相関算出回路505に入力する。
相関算出回路505は、スイッチ503−1〜503−Mを切り替えながら全てのスイッチを経由した信号を受信し終わるまで、連続的にデジタル・ベースバンド信号を記録する。つまり、相関算出回路505は、スイッチ503−1〜503−Mを切り替えながら、スイッチ503−1〜503−Mの全てのスイッチからデジタル・ベースバンド信号を受信し、記録する。相関算出回路505は、この記録されたデジタル・ベースバンド信号に対し、トレーニング信号の周期性(例えば、2048サンプル周期で同一内容のトレーニング信号が繰り返されるなどの周期性)を考慮し、当該周期におけるサンプリングタイミングが対応するように、各受信アンテナ541−kのサンプリングデータを抽出し、式(1)〜式(3)を用いて、移相器502−1〜502−Mそれぞれに設定すべき複素位相の回転量を算出する。
なおこれは、無線局装置が高所に固定設置され且つ見通し環境であれば、チャネルの時変動は無視可能であることを利用している。さらに、必要に応じてキャリブレーション処理が必要な場合には、相関算出回路505は、式(1)〜式(3)にキャリブレーション係数を考慮した値として送信側の複素位相の回転量を定める。
なおここでは異なる受信アンテナ541−1〜541−Mはそれぞれ、時間的に異なるタイミングでサンプリングを行っているので、トレーニング信号の周期性から等価的に同一時刻にサンプリングしたものと見なせるように工夫している。この際、送信側と受信側で周波数誤差が無視できない場合には、トレーニング信号の周期性だけでは等価的に同一時刻のサンプリングと見なせない場合があり、この様な場合には周波数誤差の補正を行っても構わない。例えば、ひとつのスイッチ503−kが継続的にONとなっている間のトレーニング信号のサンプリングデータSk(n)に対し、トレーニング信号がNFFTサンプルの周期性をもつとし、さらにNTest周期分のサンプリングデータが確保できたとする。仮に周波数誤差(クロック周波数誤差を含む)がΔfであるとすると、様々なΔf’に対し以下の式(4)のQ値を最大とするΔf’を求めることで、Δfを推定することが可能である。
ここではスイッチ503−kの情報だけに着目したが、各スイッチ503−kのサンプリングデータに対してΔfを求め、それを平均化して扱っても構わない。この様にしてΔfを推定したら、サンプリングデータSk(n’)に対し、以下の式(5)に示す補正を行うことで周波数誤差の影響を除去することが可能となる。
なお、ここでのn’はスイッチ切り替えに関係なく、スイッチ503−1からスイッチ503−Nまで切り替える間で連続した通し番号を意味している。サンプリング周期×n’の時間の間に2πjΔfn’×Δt(ここでΔtはクロック周期)だけの位相が回転するので、その回転を逆補正していることになる。
この様にして相関算出回路505が求めた複素位相の回転量は、通信する相手となる無線局装置の識別番号と共に、位相シフト制御回路506に入力される。位相シフト制御回路506は、移相器502−1〜502−Mそれぞれに設定すべき複素位相の回転量を、通信相手の無線局装置の識別番号と対応付けてメモリに記憶するなどして管理する。
なお、実際のデータ通信を行う際、すなわち送信処理ないし受信処理を行う際には、ここでは図示されていない制御回路が通信相手となる無線局装置を把握し、位相シフト制御回路506に対して、通信を行う無線局装置に対応した複素位相の回転量を移相器502−1〜502−Mに設定するよう指示する。位相シフト制御回路506は、通信を行う無線局装置に対応した複素位相の回転量をメモリから読み出すなどして取得し、この複素位相の回転量を移相器502−1〜502−Mに設定してアナログ上のビームフォーミングを実現する。
なお、同図においては明記していないが、例えば送信側のハイパワーアンプ(HPA)等を配置するとすれば、図中の「A」または「C1〜CM」と記述された点に配置し、受信側のローノイズアンプ(LNA)等を配置するとすれば、図中の「B」または「D1〜DM」と記述された点に配置する。「A」、「B」と記述された点に関しては、同一の送受信信号処理回路555内では、送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mに対しアンプが共通化されているので、各送受信信号処理回路555間で協調した伝送を基本的には想定していない本発明背景技術においては、個別のハイパワーアンプ及びローノイズアンプの複素位相の不確定性を除去するキャリブレーション処理は不要である。一方、「C1〜CM」「D1〜DM」と記述された点に関しては、同一の送受信信号処理回路555内であっても、送信アンテナ501−1〜501−M及び受信アンテナ541−1〜541−Mに対しアンプが共通化されていないので、この場合には個別のキャリブレーション処理が必要となる。
Massive MIMOにおいてデジタルビームフォーミングを行う場合、従来の無線局装置には、高価なA/D変換器及びD/A変換器を、信号系列数に対応した個数分必要とするため、装置が高額になるとともに、消費電力が増大するという問題を有していた。そこで、本発明の背景技術における無線局装置は、指向性制御を行う際のウエイト情報を取得する際にのみ対象とする信号系列のみがA/D変換器と接続状態となるようスイッチを切替える。また、無線局装置は、データ送信時には、アンテナ素子毎に分離する前の信号をD/A変換器でアナログ信号に変換し、変換したアナログ信号をアンテナ素子毎に分離した後に移相器を用いてアナログビームフォーミングを行う。また、データ受信時には各受信アンテナで受信された信号に移相器でアナログビームフォーミングを行い、合成された信号に対してD/A変換を行う。その結果、データ送受信時にウエイト情報を取得するために必要とするA/D変換器及びD/A変換器の数を削減することが可能になるとともに、消費電力を低減することが可能となる。
上述の非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法を用いる場合、各アンテナ素子で送受信される信号に付加される複素位相の回転量は、図10(a)に示したように各アンテナ素子の座標に対して完全な規則性を伴うものではない。これは、実際の実伝搬環境では見通し波に加えて様々な反射波が存在し、その反射波と見通し波の合成結果が周波数依存性を持つからである。そこで、式(1)の意味するところを以下に整理する。
まず、第kアンテナ素子における第nサンプルのサンプリングデータSk(n)は、OFDM変調方式を仮定すれば式(6)に示す様に各サブキャリアの信号の合成で表される。
したがって、式(1)の右辺のΣの項は以下の様に表すことができる。
Σの順番を入れ替えると式(8)の様に表すことができる。
この右辺の最後のΣは、シンボル周期に亘りnの総和を取ると、k≠k’の項は全て相殺されてゼロとなり、k=k’の項だけが有効な値となる。この場合、所定の実数の定数をcとすると以下の式(9)の様に表すことができる。
上記の式(9)の右辺のA1,kA* j,kの複素位相は、仮に反射波がなければ概ね一定の値となる。しかし、反射波の影響でこの値は見通し波のみの場合の位相の周りに何らかのオフセット値を伴った位相値となる。これらを全帯域にわたってkで総和を取るのであるが、この時にA1,kA* j,kの絶対値は、これまた反射波の影響で異なる値を持つことになる。この際、本来であれば複素位相のばらつきの平均的な値を取ることで見通し波を抽出するのに適した位相回転となるのであるが、実際にはA1,kA* j,kの絶対値が大きな値をもつサブキャリアの複素位相に重きを置いた値となる。これは、見通し波と比較的強度の高い反射波が同位相で合成されるサブキャリアにおいて大きな値となるので、少なくともこの値が見通し波を抽出するのに必ずしも適した値でないことは明らかである。
そこで、非特許文献1ないしは非特許文献2の(1)の手法を用いて取得可能な情報を基に、より高精度に見通し波成分を抽出する方法が求められる。仮に見通し波のみであれば、その信号を受信するためのアンテナ素子毎の複素位相の回転量は図10(b)の様に綺麗な平面になる。ただし、図10(b)は中心部分の一部のアンテナ素子の複素位相回転量を用いて評価したものであるため、さらに高精度な複素位相の回転量の規則性、すなわち図10(b)の平面に関する関係式を導出する手法が求められている。
上記事情に鑑み、本発明は、高精度な指向性利得を確保するとともに相互与被干渉を低減することができる技術の提供を目的としている。
本発明の一態様は、1次元又は2次元アレー状に配置された複数のアンテナ素子と、該アンテナ素子のそれぞれで受信された信号を無線周波数からベースバンド信号に変換する周波数変換部と、該周波数変換部から出力されるベースバンド信号をサンプリングするアナログデジタル変換部と、全アンテナ素子の中の一部のアンテナ素子において前記アナログデジタル変換部により取得されたサンプリング信号列に対し、所定の周期に渡る相関演算を所定のアンテナ素子間で行う相関演算部と、該相関演算部により得られた複素係数の複素位相を取得し、近接するアンテナ素子間の複素位相回転量を算出する近接複素位相回転量算出部と、該近接複素位相回転量算出部により取得される複素位相回転量の累積値を求めることによって、前記複数のアンテナ素子のうちの端部に位置するアンテナ素子を含む複数のアンテナ素子間の相互の累積複素位相回転量の相対値を取得する位相回転量累積値取得部と、該位相回転量累積値取得部で取得された相対値と、当該アンテナ素子の座標情報を基に、前記アンテナ素子全体の複素位相回転量の個別値を算出する全アンテナ素子複素位相回転量算出部と、該全アンテナ素子複素位相回転量算出部により算出した前記個別値を用いて、前記アンテナ素子全体で指向性ビームを形成して信号を送信及び又は受信する指向性形成部と、を備えることを特徴とする無線通信装置である。
本発明の一態様は、上記の無線通信装置であって、前記指向性形成部は、前記複数のアンテナ素子にて送信される信号及びまたは前記複数のアンテナ素子から受信される信号に対し、アンテナ素子毎に個別に移相器を用いて複素位相回転を与える第1の複素位相回転部をアンテナ素子毎に備える。
本発明の一態様は、上記の無線通信装置であって、前記指向性形成部は、前記複数のアンテナ素子にて送信される信号及びまたは前記複数のアンテナ素子から受信される信号に対し、デジタル信号上でアンテナ素子毎に個別の複素係数をサンプリングデータ毎に乗算する第2の複素位相回転部をアンテナ素子毎に備える。
本発明の一態様は、1次元又は2次元アレー状に配置された複数のアンテナ素子のそれぞれで受信された信号を無線周波数からベースバンド信号に変換する周波数変換ステップと、該周波数変換ステップにおいて得られたベースバンド信号をサンプリングするアナログデジタル変換ステップと、全アンテナ素子の中の一部のアンテナ素子において前記アナログデジタル変換ステップにより取得されたサンプリング信号列に対し、所定の周期に渡る相関演算を所定のアンテナ素子間で行う相関演算ステップと、該相関演算ステップにより得られた複素係数の複素位相を取得し、近接するアンテナ素子間の複素位相回転量を算出する近接複素位相回転量算出ステップと、該近接複素位相回転量算出ステップにより取得される複素位相回転量の累積値を求めることによって、前記複数のアンテナ素子のうちの端部に位置するアンテナ素子を含む複数のアンテナ素子間の相互の累積複素位相回転量の相対値を取得する位相回転量累積値取得ステップと、該位相回転量累積値取得ステップにより取得された相対値と、当該アンテナ素子の座標情報を基に、前記アンテナ素子全体の複素位相回転量の個別値を算出する全アンテナ素子複素位相回転量算出ステップと、該全アンテナ素子複素位相回転量算出ステップにより算出した前記個別値を用いて、前記アンテナ素子全体で指向性ビームを形成して信号を送信及び又は受信する指向性形成ステップと、を有することを特徴とする無線通信方法である。
本発明により、高精度な指向性利得を確保するとともに相互与被干渉を低減することが可能になる。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。
図1は、本発明の動作原理を示す図である。図1において、x軸はアンテナ素子の座標を示し、y軸は各アンテナ素子における複素位相の回転量を示す。図1における四角20は、そのアンテナ素子の誤差範囲(四角の縦方向の幅が誤差を表す)を示している。なお、図1では、図面の簡略化のために全ての四角に対しては番号を付与していない。また、中央のアンテナ素子を基準アンテナとし、このアンテナ素子に対する複素位相の回転量をy軸に設定している。ここでは図9で示したように、1次元的に等間隔で並んだアンテナ素子における指向性形成のための複素位相の関係を示している。図9で説明したとおり、アンテナ素子間隔がdで電波の到来方向が正面からθ方向、波長がλの場合には、経路長差dSinθに対応して2πdSinθ/λの複素位相回転を各アンテナ素子に対して施せばよい。この複素位相の取得方法は、非特許文献1や非特許文献2に記載のとおりであり、各アンテナ素子で受信したトレーニング信号の相関値を基に算出すればよい。
ここで、見通し波のみを考慮した場合には、概ね平面波近似できる環境であれば、図1に示す点線で示した直線10の様に、所定の定数a,bを用いてy=ax+bの直線で複素位相の回転量が定まる。しかし実際には反射波の影響で、取得される複素位相の回転量にはこの値からの誤差が伴う。反射波の影響の程度で定まる誤差範囲(図のy軸方向の誤差)の範囲で、取得される複素位相の回転量は揺らぎを伴う。例えば、中央の基準アンテナ(x=0)とその両端(x=±1)のアンテナ素子で到来方向を推定する場合を考える。ここで、x=0の基準アンテナで取得された複素位相の回転量がサンプル11であり、x=+1のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル12−1であり、x=−1のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル12−2であった場合を考える。この場合、最小二乗法等で推定されるy=ax+bの直線は一点鎖線の直線13となる。一方、x=0の基準アンテナで取得された複素位相の回転量がサンプル11であり、x=+1のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル14−1であり、x=−1のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル14−2であった場合を考えると、最小二乗法等で推定されるy=ax+bの直線は一点鎖線の直線15となる。
正しい直線が点線で示す直線10であることを考慮すると、非常に誤差の大きな実際の複素位相の回転量からかけ離れた直線が推定されることになる。しかし、1次元的なアンテナ素子群の両端のアンテナ素子を用いる場合、全く同様の誤差範囲であったとしても、推定される直線の状況は異なる。例えば、推定される直線の傾きがもっとも大きくなるケースとして、x=0の基準アンテナで取得された複素位相の回転量がサンプル11であり、x=+7のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル16−1であり、x=−7のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル16−2であった場合を考える。この場合の直線は太い実線の直線17で表される。同様に、推定される直線の傾きがもっとも小さくなるケースとして、x=0の基準アンテナで取得された複素位相の回転量がサンプル11であり、x=+7のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル18−1であり、x=−7のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量がサンプル18−2であった場合を考える。この場合の直線は太い実線の直線19で表される。このいずれにしても、正しい直線が点線で示す直線10であることを考慮すると、直線の推定精度は大きく高まる。
これは、到来方向推定ないしは複素位相の回転量推定に用いるアンテナ素子の開口長が大きくなるために、高精度の推定が可能になることに対応している。この様に、上述の引用文献2の手法(2)では基準アンテナとなるアンテナ素子の近傍のアンテナ素子で取得された複素位相の回転量を基に図10(b)の平面を推定していたために推定精度が低下していたが、その精度は推定に用いるアンテナ開口を最大化することで高めることができる。しかし一方で、アンテナ素子の端部のアンテナ素子の複素位相回転量を推定するためには、基準となるアンテナ素子から複素位相の回転量が±π以内に収まる近接したアンテナ素子間で順番に複素位相の回転量を取得しなければならない。
例えば、図9の例を用いれば、アンテナ素子20−1を基準アンテナとする場合には、アンテナ素子20−1に対するアンテナ素子20−2の複素位相回転量の相対値を求め、次にアンテナ素子20−2に対するアンテナ素子20−3の複素位相回転量の相対値を求め、次にアンテナ素子20−3に対するアンテナ素子20−4の複素位相回転量の相対値を求め、それぞれの相対値の累積値としてアンテナ素子20−1に対するアンテナ素子20−4の複素位相回転量を求める必要がある。したがって、非特許文献2の手法(2)の方法では非常に多くのA/D変換器が必要となってしまうが、非特許文献2の手法(1)の方法であれば、最少の数のA/D変換器でこれらの情報を取得することが可能である。
非特許文献2の手法(1)の方法では、図12に示す様に必ず全受信アンテナに対してスイッチが必要であり、したがって回路的には図10(a)の様にすべてのアンテナ素子の複素位相回転量を取得可能であった。しかし、これらの全てのアンテナ素子の複素位相が分かっていても、それは反射波の影響を強く受けているときには逆に見通し波の抽出には適さない場合がある。別途行った伝搬実験データを用いた評価では、実際に非特許文献1又は非特許文献2の手法(1)で得られる指向性利得よりも、それらの情報から4隅の複素位相回転量の累積値を求め、その値を基に算出した複素位相回転量を用いた場合の指向性利得の方が高いという結果も得られている。
また更に、図10(b)の様な複素位相回転量により形成される指向性ビームは、綺麗な規則性のウエイトを用いるが故に想定外の方向に高い利得を生じさせるリスクはない。仮にグレーティングローブが生じない条件のアンテナ構成であれば、無線局装置間の低相関を確保するにも好ましい。この様な利点も合わせて期待できる。この様に、非特許文献1又は非特許文献2の手法(1)を用いて得られたアンテナ端部周辺の情報を基に、図10(b)に示した様な複素位相回転量の平面を求めればよいことになる。ここで、図10(a)の様な情報から図10(b)に示す情報を取得するためには幾つかのバリエーションがある。以下に、具体的な実施形態を通して説明を行う。
[第1の実施形態]
図1で説明したように、複素位相回転量の規則性の推定精度の向上のためには、中心付近の複素位相の回転量の推定情報以上に、物理的な広がりを持つアンテナ素子群の端部の情報が重要となる。更に言えば、アンテナ素子群全体の揺らぎの詳細な情報は、反射波の状況を把握するには有効であるかも知れないが、見通し波に関する情報の抽出のためにはそれほど重要ではない。そこで、正方アレーの場合を想定するならば、4隅の4素子の複素位相回転量を含む情報を用い、複素位相回転量の規則性の推定を行うことが好ましい。この場合、図10(a)に示す全素子の複素位相回転量情報は必要ない。
図2は、第1の実施形態における複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子の概要を示す図である。図2において示す四角は、全て10×20素子(合計200素子)の正方アレーアンテナを構成するアンテナ素子である。アンテナ素子1〜5は複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子を示し、点線6で囲まれるアンテナ素子は複素位相回転量を算出する対象となるアンテナ素子(以下「対象アンテナ素子」という。)を示し、点線7−1〜7−2で囲まれるアンテナ素子は複素位相回転量の算出対象ではないアンテナ素子を示す。すなわち、第1の実施形態では、点線7−1〜7−2で囲まれるアンテナ素子は複素位相回転量の規則性の推定には利用しない。
例えば、アンテナ素子5を基準アンテナとすれば、アンテナ素子5を基準に対象アンテナ素子の隣接するアンテナ素子間の複素位相回転量を水平方向に両端まで複素位相回転量を累積し、その後に上下方向に順番に複素位相の回転量を累積すれば、基準アンテナ5に対する4隅のアンテナ素子1〜4の相対的な複素位相回転量の累積値を算出することが可能になる。そこで、基準アンテナ5と、4隅のアンテナ素子1〜4を用いて最小二乗法によりアンテナ素子全体の複素位相回転量の規則性の推定を行うことが可能になる。
図3は、第1の実施形態における無線局装置50の構成例(サブアレー分離型)を示す機能ブロック図である。図3に示す無線局装置50は、ベースバンド信号処理回路140と、送受信信号処理回路55−1〜55−Nとを備える。送受信信号処理回路55−1〜55−Nは、送信アンテナ501−1〜501−M、受信アンテナ541−1〜541−Mを備え、ベースバンド信号処理回路140は変調器120−1〜120−N、復調器130−1〜130−N、信号分離回路141をそれぞれ備えている。送受信信号処理回路55−1〜55−Nはそれぞれがサブアレー構成となっており、全体でN組の送受信信号処理回路で構成されている。また、厳密には、無線局装置50にはMACレイヤや更に上位の高位レイヤの信号処理を行う回路(例えば、Ethernetのインタフェースを実装したり、スケジューリングや無線回線で伝送するパケット、PDUの終端処理などのMAC処理、及び全体の制御をつかさどる回路など)も合わせて実装しているが、ここでは説明を省略している。
図3に示す構成は図11に示す構成に対し、送受信信号処理回路555−1〜555−Nが送受信信号処理回路55−1〜55−Nに変更となった点を除き共通の構成である。送受信信号処理回路55−1〜55−Nと送受信信号処理回路555−1〜555−Nでは、以下に示す様に複素位相回転量の推定方法、及び推定に必要な機能の一部に差があることを除けば、その他の信号処理は全く同じであるため、信号の流れの全体的な説明は省略する。
図4は、送受信信号処理回路55の構成を示す機能ブロック図である。図3に示した通り、ひとつの無線局装置50には複数の送受信信号処理回路55−1〜55−Nが実装されうるが、ここではその一つに着目し、添え字の1〜Nは省略している。送受信信号処理回路55は、D/A変換器122、アップコンバータ123、ダウンコンバータ124、A/D変換器125、移相器502−1〜502−M、スイッチ503−1〜503−M、分配結合器514及び515、相関算出回路525、及び位相シフト制御回路526を備える。
移相器509−1〜509−Mはそれぞれ、送信アンテナ501−1〜501−Mと接続され、移相器502−1〜502−Mはそれぞれ、受信アンテナ541−1〜541−Mと接続される。
図12との差分は、相関算出回路505が相関算出回路525に、位相シフト制御回路506が位相シフト制御回路526に変更となった点のみであり、その他の構成は同じである。図12においては、移相器502−1〜502−Mにおける複素位相の回転量を算出する際の信号処理において、受信アンテナ541−1〜541−Mに接続された移相器502−1〜502−Mとダウンコンバータ124との間の接続がひとつだけ接続状態(ON)となる動作を、全てのスイッチ503−1〜503−Mに対して行っていた。したがって、相関算出回路505は全ての受信アンテナ541−1〜541−Mの複素位相の回転量に関する情報を取得できた。また、図12の相関算出回路505では、式(1)に示す様に、基準アンテナ(便宜上、式(1)では第1アンテナを基準アンテナとしていた)と第jアンテナとの相関演算を行っていた。
これに対し、第1の実施形態においては、相関算出回路525が、図2における対象アンテナ素子に対してのみ、ひとつだけ接続状態(ON)となる動作を行うこととすることで、図2における対象アンテナ素子に関する複素位相の回転量情報を取得することが可能になる。具体的には、相関算出回路525は、対象アンテナ素子に対応したスイッチ503−1〜503−Mの一部を選択的に切り替えながらスイッチからの信号を受信し終わるまで、連続的にデジタル・ベースバンド信号を記録する。つまり、相関算出回路525は、スイッチ503−1〜503−Mの一部を切り替えながら、スイッチ503−1〜503−Mの中の図2における対象アンテナ素子に対応した全てのスイッチから順番にデジタル・ベースバンド信号を受信し、記録する。
相関算出回路525は、この記録されたデジタル・ベースバンド信号に対し、トレーニング信号の周期性(例えば、2048サンプル周期で同一内容のトレーニング信号が繰り返されるなどの周期性)を考慮し、当該周期におけるサンプリングタイミングが対応するように、図2における対象アンテナ素子に対応したサンプリングデータを抽出し、式(1)〜式(3)と同様に対象アンテナ素子における複素位相の回転量を算出する。ただし、図12の場合と異なるのは、非特許文献1又は非特許文献2の手法(1)においては単純に基準アンテナ(便宜上、第1アンテナとする)と、着目する第jアンテナとの間の相関値の複素位相が分かれば良かったのであるが、本発明においては基準アンテナに対する複素位相の回転量の累積値の情報が必要になるため、式(1)から式(3)に対して若干の修正が必要となる点である。
ひとつの方法としては、式(1)から式(3)の手法で図2における対象アンテナ素子に関する複素位相の回転量を求めたのち、基準アンテナ5からアンテナ素子1〜4に向けて、対象アンテナ素子のうちの近接(ここでは隣接)するアンテナ素子j及びj’間の相対的な複素位相の回転量を式(10−1)から式(10−3)にて算出する。
ここでは第j素子が基準アンテナに近い側のアンテナ素子、第j’素子が基準アンテナから遠い側のアンテナ素子とする。また、複素位相は2π周期の不確定性を持つため、式(10−1)から式(10−3)では、相対的な複素位相差が±πの中に納まるような補正を行っている。
この様にして求めた近接するアンテナ素子間の複素位相差を基に、以下の式(11)で複素位相回転量の累積値を算出する。
ここで、Jは端点のアンテナ素子1〜4に付与されたアンテナ素子の識別番号(第J素子)であり、j、j’は基準アンテナ(j=1)から順番にアンテナ素子1〜4に向けて、近接するアンテナ素子j及びj’の組み合わせを選び、その順番で相対的な複素位相差の累積を行うとしている。この意味で、この総和演算の最後においてはj’=Jとなることを式中に明記しており、第1アンテナ素子5から端点の第Jアンテナ素子(1〜4のいずれか)までの間の複素位相回転量の累積値を算出する。
その他の方法としては、式(1)では第1アンテナ素子と第jアンテナ素子の相関を算出することとしているが、これを先ほどと同様に近接する第jアンテナ素子及び第j’アンテナ素子間での相関演算に置き換えても良い。この場合、以下の式(12)のように表される。
この変更に伴い、式(2)は式(13)に、式(3)は式(14)に置き換えられる。
ここでも同様に、複素位相は2π周期の不確定性を持つため、式(14−1)から式(14−3)では、相対的な複素位相差が±πの中に納まるような補正を行っている。これらの近接アンテナ素子間の相対的な複素位相回転量に対し、式(11)を用いて複素位相回転量の累積値を求めても良い。
これらの累積値として、アンテナ素子1〜5における複素位相の回転量の累積値を算出する。これらに対し、非特許文献2の手法(2)の方法と同様に、最小二乗法を用いてアンテナ素子1〜5における相対的な複素位相の回転量から図10(b)に示した平面を推定する。例えば、複素位相回転量φに対し、アンテナ素子座標(x,y)に対する平面を係数a,b,cを用いて下記の式(15)の様に表現するとする。
図2における対象アンテナ素子に1からmの通し番号を付けるとすると、第jアンテナ素子の座標(xj,yj)に対する取得された複素位相の回転量φjを用いて、以下の式(16)から式(18)で与えられる。
ここで、mは最小二乗法に用いるアンテナ素子数である。この様にして求めたa,b,cの定数を用い、全てのアンテナ素子の(x,y)の座標を当てはめて各素子の複素位相回転量を推定し、移相器502−1〜502−Mに設定する値を求める。また合わせてキャリブレーション処理を施し移相器509−1〜509−Mに設定する値を求め、これらの値を相関算出回路525は位相シフト制御回路526に指示する。位相シフト制御回路526は、これらの値を移相器502−1〜502−M及び移相器509−1〜509−Mに設定することで、所望の指向性を形成して通信を行うことが可能となる。その他の動作に関しては、実際のデータ通信を行う際の動作を含めて全て図12の場合と同様である。
なお、式(16)から式(18)の最小二乗法に用いるアンテナ素子は1〜5として説明したが、式(18)の演算量の増加を無視できるなら、複素位相の回転量の累積値を求めた対象アンテナ素子の全てを式(16)及び式(18)に用いても構わない。ないしは、その一部を選択して用いても構わない。
以上のように構成された無線局装置50によれば、アレーアンテナを構成するアンテナ素子のうちの特定位置のアンテナ素子を、複素位相回転量の規則性を推定するアンテナ素子、複素位相回転量を算出する対象となるアンテナ素子としている。これにより、指向性利得を確保するとともに、相互与被干渉を低減することが可能となる。
[第2の実施形態]
図2における対象アンテナ素子の配置は一例であり、その他の配置のアンテナ素子を複素位相回転量の算出に用いても構わない。図2の場合と同様に4隅のアンテナ素子1〜4を用いる場合には、例えば図5に示す構成であっても構わない。図5は、第2の実施形態における複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子の概要を示す図である。図5における複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子は点線8で囲まれるアンテナ素子であり、点線9で囲まれるアンテナ素子は利用しない。
第1の実施形態では、基準アンテナをアンテナ素子5としてアンテナ全体の中央付近のアンテナ素子としていたために、このアンテナ素子を含む形で対象アンテナ素子を設定していたが、第1の実施形態で複素位相の回転量の規則性を推定するためのアンテナ素子として中央付近のアンテナ素子を含まなければならない必然性はないため、第2の実施形態では外周の点線8で囲まれるアンテナ素子を用いてアンテナ素子1〜4の複素位相の回転量の累積値を求める。
この場合、例えばアンテナ素子2を基準アンテナにして、アンテナ素子2→アンテナ素子1→アンテナ素子3→アンテナ素子4のような順番で複素位相回転量の累積値を求めてもよいし、その逆の順番で求めてもよい。さらには、基準のアンテナ素子をアンテナ素子1とし、アンテナ素子1→アンテナ素子2の方向に順番に複素位相の回転量の累積値を求めると共に、アンテナ素子1→アンテナ素子3→アンテナ素子4の順番で複素位相回転量の累積値を求め、最終的にアンテナ素子1〜4の複素位相回転量の累積値を求めてもよい。指向性ビームは、あくまでも素子間の相対的な複素位相の回転量により形成される指向性が決まるため、何処のアンテナ素子を基準にしても、全体的な複素位相回転量のオフセットにしかならないため、いずれの素子を基準アンテナにしても構わない。
[第3の実施形態]
図6は、第3の実施形態における複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子の概要を示す図である。第1及び第2の実施形態では、4隅のアンテナ素子を用いることで複素位相回転量を算出していたが、4隅のアンテナ素子においても複素位相の回転量は反射波の影響を受けて見通し波成分から幾ばくかの誤差を含んでいる。そのため、4隅を含むその周辺のアンテナ素子31〜42を用いて複素位相の回転量の規則性を推定することも好ましい。この場合、例えば複素位相回転量の規則性の推定に用いるアンテナ素子は点線43で囲まれるアンテナ素子であり、点線44で囲まれるアンテナ素子は利用しない。
例えば、アンテナ素子31〜33においては3つのアンテナ素子を含むため、仮にいずれかのアンテナ素子において反射波の影響が強く表れていても、その他のアンテナ素子により平均化されるために、相対的には推定精度の向上が期待できる。これは、推定に用いるアンテナ素子の数が増えることによる効果であり、その他のアンテナ素子をさらに活用しても構わない。例えば、アンテナ素子31とアンテナ素子42の間のアンテナ素子も含めて、外周1周分のアンテナ素子の複素位相回転量の累積値を取得し、これら全てを複素位相回転量の規則性の推定に用いても構わない。
[第4の実施形態]
以上の第1から第3の実施形態の説明は、各アンテナ素子の複素位相回転量を取得するための方法として、非特許文献2の手法(1)のスイッチ切り替えの方法を用いることを前提に説明を行ってきたが、同様の処理は非特許文献1に対しても実施することができる。図7は、第4の実施形態における送受信信号処理回路56の構成を示す機能ブロック図である。基本的な無線局装置の構成は図3と同様であるが、図3における送受信信号処理回路55−1〜55−Nの部分が第4の実施形態では図7に示す構成に置き換わることになる。また、図3における無線局装置50が複数の送受信信号処理回路55−1〜55−Nを実装するのと同様に、図7に示す送受信信号処理回路56も無線局装置においては複数実装されてもよい。
送受信信号処理回路56は、時間軸送信ウエイト乗算回路61、時間軸受信ウエイト乗算回路62、D/A変換器222−1〜222−M、アップコンバータ223−1〜223−M、ダウンコンバータ224−1〜224−M、A/D変換器225−1〜225−M、相関算出回路535、ウエイト制御回路536、送信アンテナ501−1〜501−M、及び受信アンテナ541−1〜541−Mを備える。
アップコンバータ223−1〜223−Mは送信アンテナ501−1〜501−Mと接続され、ダウンコンバータ224−1〜224−Mは受信アンテナ541−1〜541−Mと接続される。これまでの説明と同様にここでは省略しているが、ハイパワーアンプを配置する場合にはC1〜CMの場所に、ローノイズアンプを配置する場合にはD1〜DMの場所に配置されることになり、必要に応じてキャリブレーション機能も合わせて実装されることになるが、ここでは本発明の本質に関係しないので、説明を省略する。なお、その他の注意事項は図12と同様である。
上述の第1から第3の実施形態では、基本的に送受信ウエイト乗算に相当する複素位相回転処理を移相器でアナログ的に行っていたが、第4の実施形態では、非特許文献1と同様に送受信ウエイト乗算をデジタル信号処理的に行い、実際の複素位相の回転処理もデジタル的な乗算処理にて実現する。背景技術と第1から第3の実施形態でも説明したように、第4の実施形態においても変調器120−1〜120−N及び復調器130−1〜130−NではOFDM変調方式の様に周波数軸上の信号処理を前提とする場合でも、SC−FDEの様に時間軸上での信号処理を前提とする場合でも、どちらの方式に対しても対応可能であり、OFDM変調方式やSC−FDEなどの様な通信方式のバリエーションに適用可能である。
また、アップコンバータ223−1〜223−M及びダウンコンバータ224−1〜224−Mでは、無線周波数の信号とベースバンドの信号の間の周波数変換を行うために、共通のローカル発振器からの信号の入力が必要となるが、各送受信信号処理回路56間では協調した信号処理は想定していないので、必ずしも異なる送受信信号処理回路56間では共通のローカル発振器を利用する必要はない。なお、記述が煩雑になるためにここでは簡易な記述として外部のローカル発振器の明記は省略する。また以降の説明では省略するが、付加的機能として各送受信信号処理回路56間で協調した信号処理を行うことも当然可能であるが、この場合にはローカル発振器の共通化を行っても構わない。
送受信信号処理回路56における具体的な信号の流れは以下の通りである。
まず信号の送信について説明する。変調器120−1〜120−Nがそれぞれ、空間多重を行う各ストリームの時間領域のデジタル・ベースバンドの送信信号を生成し、送受信信号処理回路56に入力すると、時間軸送信ウエイト乗算回路61では各送信アンテナ501−1〜501−Mに対応した送信ウエイトをデジタル的に乗算し、乗算結果をD/A変換器222−1〜222−Mに入力し、D/A変換器222−1〜222−Mではデジタル・ベースバンド信号をアナログ・ベースバンド信号に変換する。この信号はアップコンバータ223−1〜223−Mにそれぞれ入力され、ベースバンド信号から無線周波数の信号に周波数変換される。この際、必要に応じてアップコンバータ223−1〜223−Mでは帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、アップコンバータ223−1〜223−Mから出力された無線周波数の信号は、送信アンテナ501−1〜501−Mを介して送信される。送信信号は、時間軸送信ウエイト乗算回路61で乗算された送信ウエイトにより、所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。
以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路56に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
次に受信に関する信号の流れを説明する。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、ダウンコンバータ224−1〜224−Mに入力され、ここで無線周波数の信号からベースバンドの信号に周波数変換される。この際、必要に応じてダウンコンバータ224−1〜224−Mでは帯域外輻射の信号抑圧をフィルタを用いて行う。その後、ダウンコンバータ224−1〜224−Mはベースバンドの信号をA/D変換器225−1〜225−Mに出力する。これらの信号は時間軸受信ウエイト乗算回路62に入力され、アンテナ系統ごとに受信ウエイトをサンプリングデータ単位で乗算し、これをサンプリングデータ単位で加算し、加算した信号を指向性形成した合成後のサンプリングデータとして、ここでは図示していない信号分離回路に出力する。ここでは、時間軸受信ウエイト乗算回路62で乗算する各受信ウエイトが、受信アンテナ541−1〜541−Mを介して受信した信号に対して、デジタル信号上で所定の複素位相回転を加え、それらが合成されることで所定の指向性形成がなされており、その指向性の先の無線局装置と通信を行う。以上の説明はN系統実装される送受信信号処理回路56に共通の信号処理であり、共通のクロックで動作する等概ね同期関係を維持しながら、並列的に同様の処理を実施する。
次に、時間軸送信ウエイト乗算回路61及び時間軸受信ウエイト乗算回路62における送受信ウエイトを算出する際の信号処理を説明する。第1から第3の実施形態では、受信アンテナ541−1〜541−Mで単一のA/D変換器を共用していたが、第4の実施形態では、A/D変換器225−1〜225−Mは受信アンテナ541−1〜541−M毎に個別に実装されているので、同一時刻に同時にデータの信号処理が可能である。
まず、受信ウエイトを取得すべき通信相手の無線局装置がチャネル推定用のトレーニング信号を送信し、無線局装置50はこのトレーニング信号を受信する。受信アンテナ541−1〜541−Mが受信した信号はそれぞれ、ダウンコンバータ224−1〜224−M及びA/D変換器225−1〜225−Mを介して、各アンテナ系統のデジタル・ベースバンド信号に変換される。A/D変換器225−1〜225−Mからの出力結果は、図2の対象アンテナ素子、図5に示す点線8で囲まれるアンテナ素子、図6に示す点線43で囲まれるアンテナ素子などの情報を相関算出回路535に入力する。相関算出回路535は、この入力されたデジタル・ベースバンド信号を一旦記録し、その個別のデジタル・ベースバンド信号に対し、トレーニング信号の周期毎に、各受信アンテナ541のサンプリングデータを抽出し、式(1)〜式(3)、式(10)〜式(14)及び式(15)〜式(19)などを適宜用いて、時間軸受信ウエイト乗算回路62に設定すべき受信ウエイトを算出する。
なおこれは、無線局装置が高所に固定設置され且つ見通し環境であれば、チャネルの時変動は無視可能であることを利用している。さらに、必要に応じてキャリブレーション処理が必要な場合には、相関算出回路535は、式(15)で与えられる複素位相回転量を基に、キャリブレーション係数を考慮した値として送信側の時間軸送信ウエイト乗算回路61に設定すべき送信ウエイトを算出する。
この様にして相関算出回路535が求めた送受信ウエイトは、通信する相手となる無線局装置の識別番号と共に、ウエイト制御回路536に入力される。ウエイト制御回路536は、時間軸送信ウエイト乗算回路61及び時間軸受信ウエイト乗算回路62に設定すべき送受信ウエイトを、通信相手の無線局装置の識別番号と対応付けてメモリに記憶するなどして管理する。
なお、実際のデータ通信を行う際、すなわち送信処理ないし受信処理を行う際には、ここでは図示されていない制御回路が通信相手となる無線局装置を把握し、ウエイト制御回路536に対して、通信を行う無線局装置に対応した送受信ウエイトを時間軸送信ウエイト乗算回路61及び時間軸受信ウエイト乗算回路62に設定するよう指示する。ウエイト制御回路536は、通信を行う無線局装置に対応した送受信ウエイトをメモリから読み出すなどして取得し、この送受信ウエイトを時間軸送信ウエイト乗算回路61及び時間軸受信ウエイト乗算回路62に設定してデジタルビームフォーミングを実現する。
ここで相関算出回路535では、式(1)〜式(3)、式(10)〜式(14)などで複素位相回転量を算出するが、全てのアンテナ素子に対する図10(a)に示す複素位相の回転量を用いるのではなく、図2の対象アンテナ素子、図5に示す点線8で囲まれるアンテナ素子、図6に示す点線43で囲まれるアンテナ素子で示した一部のアンテナ素子に対してだけ処理を実施すればよい。これらの複素位相回転量を用いて第1から第3の実施形態と同様に、式(16)から式(18)を用いて式(15)の方程式の係数a,b,bを算出し、第iアンテナ素子の複素位相回転量がφiの場合、送信ウエイトwjを以下の式(19)で与える。
この算出されたウエイトを基に、ウエイト制御回路536では必要に応じてキャリブレーション処理を施して全アンテナ素子の送受信ウエイトを決定する。以上の差分以外は、第1から第3の実施形態と同様である。
[その他の補足事項]
以上の説明では、通信相手となる無線局装置を通信全体を制御する制御回路が管理して通信の際に指示するものとして説明したが、スケジューリングなどを伴わない固定的な連続通信であるならば、一旦、複素位相の回転量または送受信ウエイトを設定すれば、それ以降は通信相手を指示することなく通信を継続することが可能となる。
また、式(15)で与えられる複素位相の回転量φは±2πを超えた値を取り得るが、送受信ウエイトExp(jφ)は複素位相に対して2πの周期をもち、整数Nに対してExp(jφ)とExp(j{φ+2Nπ})は同じ値である。したがって、移相器に設定すべき値はφそのものである必要はなく、φに対し2Nπを適宜シフトさせ、移相器に設定可能な位相値として設定を行えば良い。したがって、移相器の設定可能範囲は例えば0〜+2πなどの様に、2πの幅で設定可能であればよい。
また、以上の説明では2次元的な配列のアンテナとして正方格子状にアンテナ素子を配置した正方アレーを例にとって説明を行ったが、その他の配列・形状であっても構わない。
また、以上の説明におけるアンテナ素子とは、単純な1素子で構成されるアンテナ素子の他にも、複数素子を固定的に合成して形成されるアンテナ(1素子のアンテナとの対比から、便宜上、以下ではアンテナユニットと呼ぶ)であっても構わない。この後者のアンテナユニットは、物理的には複数のアンテナ素子により構成されているが、実効的には仮想的な1素子のアンテナとして振る舞うため、この様な物理的な広がりを持つアンテナユニットも本発明においては等価的に1素子のアンテナと見なして説明されている。例えば、この様な複数のアンテナ素子を固定的に合成して構成されたアンテナユニットが1次元的に配列されている場合には、このアンテナユニットの1次元軸と直交する方向に広がりを持って複数のアンテナユニットが配置されていたとしても、それは1次元的なリニアアレーと見なすことができる。
以上の本発明の各実施形態では2次元的な配列のアレーアンテナを中心に説明を行ったが、当然ながら1次元的な配列のアレーアンテナ(リニアアレー)であっても適用は可能である。その場合の端部とは、リニアアレーの両端のアンテナ素子を意味し、上述の様にそれが複数のアンテナ素子を固定的に合成されて形成されたアンテナユニットであったとしても、その固定的に合成されたアンテナ素子の更に端部のみに限定された素子を意味するものではなく、複数のアンテナユニットで構成されたアンテナ全体における端部と見なすことになる。
また、本発明の実施形態におけるアンテナの端部とは、例えば2次元アレー状のアンテナの場合の4隅のアンテナ素子のみに限定するものではなく、例えば、長方形状のアンテナ構成であれば、各辺のアンテナをそれぞれ1素子以上含む構成であれば、端部のアンテナ素子を用いたものとみなすことも可能である。また同様に、2次元アレー状のアンテナの場合の4隅のアンテナ素子を結んで構成される長方形の面積に対して、例えばその他のアンテナ素子を結んで構成される多角形の面積が元の長方形の面積に対して9割以上のとなる場合には、それぞれの素子で構成されるアンテナ開口面積は近似的に同等であると言えるため、この場合にも端部のアンテナ素子を用いたものとみなすことも可能である。
同様に1次元アレー状のアンテナ構成の場合には、両端のアンテナ素子の間隔に対して9割以上の幅を与える任意のふたつのアンテナ素子を用いる場合にも、それぞれの素子で構成されるアンテナ開口は近似的に同等であると言えるため、この場合にも端部のアンテナ素子を用いたものとみなすことも可能である。
なお、本発明を実際の実伝搬環境で取得したチャネル情報に適用した場合の効果を図8に示す。ここでは、周波数75GHz、アンテナ素子は10cm×5cmのサイズの20×10の正方格子の格子点にアンテナ素子を配置し(素子間隔は約1.3波長間隔)、約24m×17m×高さ7mのホール内で伝搬実験を行い取得した伝搬データを基に評価を行った結果である。この実験環境のライス係数は、別途行った評価において約10dBであった。壁面における反射波が無視できない環境ではあるが、送信機/受信機間で見通しが確保されているため、概ね見通し波が支配的な環境である。まず、アンテナ素子群の中央付近に配置した基準アンテナに対し、全アンテナ素子の複素位相の回転量を算出する。従来技術の特性としては、式(1)から式(3)を用いて求めた全素子の複素位相の回転量をそのまま用いて指向性形成を行った場合の利得を示している。
一方、本発明適用時の特性としては、図2に示したアンテナ素子1〜5の相対的な複素位相の回転量を基に、式(16)から式(18)を用いて求めた式(15)の関係式により、全素子の複素位相回転量を算出して指向性形成を行った場合の利得を示している。指向性利得の値は、送信アンテナが1素子、受信アンテナが1素子の場合の平均受信電力を基準とし、指向性形成時に得られる受信電力の差分を指向性利得として求めている。伝搬実験は、複数個所で測定を行っているため、各箇所における指向性利得の値の累積分布関数(CDF:Cumulative Distribution Function)を示した。図8より分かるように、CDFの全領域において、本発明適用時の特性が高い指向性利得を示している。ここでの指向性利得の差は限定的なものではあるが、規則的な複素位相の回転を施すことで、通信相手の無線局装置に対してピンポイントで指向性ビームが向くことになり、その他の方向への不要輻射を抑圧するのに有効である。したがって、直接的な指向性利得の増大とは別に、不要輻射の抑圧により他の無線局装置に対する与被干渉の低減効果という副次的な効果も合わせて期待することができる。
以上、図面を参照して本発明の実施の形態を説明してきたが、上記実施の形態は本発明の例示に過ぎず、本発明が上記実施の形態に限定されるものではないことは明らかである。したがって、本発明の技術思想及び範囲を逸脱しない範囲で構成要素の追加、省略、置換、その他の変更を行ってもよい。