JP6558828B2 - 予測方法及び該予測方法を用いるタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の候補となり得る化合物の設計方法 - Google Patents

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本発明は、予測方法及び該予測方法を用いるタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の候補となり得る化合物の設計方法に関する。
一般にタンパク−タンパク相互作用の阻害剤は、タンパク間(インターフェース)に結合しタンパク間の相互作用を阻害するタイプと、タンパク構造体の表面をアロステリックに結合しタンパク質を変化させ阻害するタイプ、タンパク複合体を安定化させるもの、(例えば、タキソール等のチューブリン阻害剤)、及び、2つのタンパクの境界部位外側に結合するものと、分けることができる。
タンパク−タンパク相互作用(プロテイン−プロテイン相互作用(PPIs)(以下、「PPIs」と略記する場合がある)の阻害剤は、現在10化合物以上が臨床試験に挙がっており、次世代の創薬としてその重要性が証明されつつある。このように創薬の標的としての魅力が高いPPIsに関して、合理的な阻害剤のデザイン手法が求められ、実用的な研究が行われるようになっている(非特許文献1〜7)。
多くの研究は、PPIs阻害剤の物理化学的数値に関する研究や(非特許文献8〜12)、3次元のトポロジカルな特徴に関する研究(非特許文献13・14)等、阻害剤の性質に着目する研究である。
しかし、これらの情報では、ある化合物群から、PPIs阻害剤になり得る小分子化合物の選出には有効であるが、阻害剤がPPIsインターフェースのどの位置に結合するかを予測し、薬に繋がる小分子が阻害活性を示すサイト(タンパク表面上の位置)を同定することは難しい。
一方、構造生物学の見地から、PPIs阻害剤は、天然のPPIsにおいて相手タンパク質を認識するために利用される重要残基にしばしば重なることが知られていた。
タンパク質間のインターフェースとして様々なタンパク質の2次構造が考えられる。しかし、ペプチドミミックな構造のライブラリーデザインへの利用が試みられているインターフェースのタンパク質の2次構造は、α−へリックスに集中している(非特許文献15〜17)。この理由は、α−ヘリックスは筒状のため、理想的なα−ヘリックスを上からみるとα−へリックス側鎖の各残基の伸びる方向が非常に規則的であり、デザインが容易であるためである。
しかし、これらの知見を元にしたようなタンパク質の2次構造に基づくライブラリーデザインは、「理想的な2次構造の規則的な側鎖の伸びる方向を利用し相互作用するタンパク方向に向かう残基をパターン化し、結合に有効に働く残基を仮定する」という仮説の上で化合物デザインされているため、重要なホットスポットの残基が仮説通り側鎖の配向をもつα−へリックスがインターフェースにある標的の一部(全てのタンパクが、タンパク側に向いた全ての残基と相互作用するわけではない)のみで成功している。
もう1つ重要な知見として、インターフェースにおいて、小さいポケットに重要な残基が侵入する角度が3次元的に多様であることが発表されている(非特許文献18・19)。
突き刺さる残基をベクトルと考えた場合(ベクトルの根元をCαとし先端をCωとする)、ポケットが様々な方向を向いているため、それに突き刺さる残基(ベクトル)は3次元的に多用性があることになる。2つの残基(ベクトル)の3次元空間での配置は、残基間の距離と二面角で一義的に決めることができる。
したがって、3次元的な向きは、PPIs阻害剤の開発やライブラリーデザインにおいて、阻害剤のファーマコフォアの空間的な位置関係だけでなく、アミノ酸残基の側鎖が小さいポケットに侵入する角度もPPIsを詳細に理解するためには重要であると考えられる。
近年は、タンパク質の機能に対する遺伝学的およびコンピューテーショナルなアプローチを用い、タンパク質とタンパク質との間の相互作用(PPIs)において、ホットスポットが重要な働きをしていることが明らかにされ、タンパク質が相手のタンパク質(パートナータンパク)を認識する際、ホットスポットで側鎖若しくは残基がパートナータンパクの小さいポケットに正確に突き刺さることの重要性が示唆されている(非特許文献8、20〜23)。
BoganとThornは、ホットスポットでは小さいポケットが疎水性残基に囲まれているため、水分子をポケット内に入れないことにより、タンパク質間相互作用で重要な働きをし、ポケットを認識するアミノ酸残基が水を取り除くためのエネルギーをロスすることなくポケットを認識し結合することを指摘している(非特許文献24、25)。
また、Rajamani等は、タンパク質間の結合前後で、側鎖が結合するに際して、solvent-accessible surface areas(溶媒露出表面積)が変化(ΔSASA)することに着目し、結合に際して最も大きいSASAを埋めるホットスポット上の残基を明らかにした。それらを「anchor residues」と定義し、タンパク−タンパクの認識に必要な高い選択性を生み出すために必要と結論づけている(非特許文献26)。
本発明者は、タンパク質が相手のタンパク質(パートナータンパク)を認識するメカニズムが、阻害剤がタンパクを認識するメカニズムと似ているのではないかと仮定し、本研究に取り組んだ。
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本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、前記問題点を解決し、タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の結合位置を予測する方法、及び阻害剤の設計方法を提供することである。
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、タンパク−タンパクのインターフェースを狙った阻害剤をデザインするための鍵となる2つの残基(残基ペア)を同定する方法の確立を試みた。
低分子阻害剤が重なる残基(SIRs:superimposed residues)と重なりのない残基(non−SIRs:non-superimposed residues)の3次元配置に関係するパラメーターの違いや、結合能に関係するパラメーターの違いを比較分析し、阻害剤と重なる残基のペアのパラメーターを調べた結果、SIRs間で、特定のパラメーターに相関関係があることを見出した。
また、この相関関係は、様々な種類の標的タンパク質−パートナータンパク質複合体や該複合体の阻害剤でも見られることを見出して本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤が該タンパクに結合する位置を予測する予測方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする予測方法である。
(1)既知のタンパク−タンパク相互作用をするタンパク、及び、該相互作用のインターフェースを阻害する既知の阻害剤の構造情報を得る工程
(2)工程(1)で得られた構造情報から、該既知のタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
(3)工程(2)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)の回帰直線を作成する工程
(4)予測対象の標的タンパク、そのパートナータンパク、及び、モデル阻害剤の構造情報を得る工程
(5)工程(4)で得られた構造情報から、予測対象の標的タンパクとそのパートナータンパクとのタンパク−タンパク相互作用を、該モデル阻害剤が阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
(6)工程(5)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)、及び、工程(3)で得られた回帰直線を基に、該任意の2つの残基が、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置の候補となり得るか否かを判定する工程
(7)工程(6)で候補となり得ると判定された2つの残基を基に、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置を予測する工程
また、本発明は、上記予測方法を用いることを特徴とするタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の候補となり得る化合物の設計方法を提供するものである。
本発明によれば、前記問題点や上記課題を解決し、タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤が該タンパクに結合する位置を精度よくかつ効率的に予測することができる。
また、本発明によれば、タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを標的とした阻害剤のデザイン等に重要な鍵となる残基ペアを合理的かつ戦略的に同定することができる。
従来、新しい阻害剤を設計する場合は、既知の阻害剤の結合位置の構造情報を基に、その既知の阻害剤の構造を変化させる設計手法しか存在しなかった。
しかし、本発明によれば、既知の阻害剤が結合する位置とは異なる位置に結合することによりタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤を設計することができる。
また、「モデル阻害剤」がタンパクに結合する位置を予測できるので、予測された「該タンパクにおける該位置」の情報を参考に、逆に「モデル阻害剤」とは異なる新しい阻害剤の構造の設計ができる。
阻害剤と重なっている残基を決める方法を表した模式図である。 1つの阻害剤に重なっている残基数を示すグラフである。 (a)二面角(DA)とΣΔSASAとの相関を示すグラフである。(b)DAの絶対値(|DA|)とΣΔSASAとの相関を示すグラフである。 |DA|とΣΔSASAとの相関関係が、(a)基礎データの39阻害剤以外の4つの阻害剤、(b)基礎データの8標的タンパク質以外の標的タンパク質、についても成り立つかを検証したグラフである。
<予測方法>
本発明の予測方法は、タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤が該タンパクに結合する位置を予測する予測方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする予測方法である。
(1)既知のタンパク−タンパク相互作用をするタンパク、及び、該相互作用のインターフェースを阻害する既知の阻害剤の構造情報を得る工程
(2)工程(1)で得られた構造情報から、該既知のタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
(3)工程(2)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)の回帰直線を作成する工程
(4)予測対象の標的タンパク、そのパートナータンパク、及び、モデル阻害剤の構造情報を得る工程
(5)工程(4)で得られた構造情報から、予測対象の標的タンパクとそのパートナータンパクとのタンパク−タンパク相互作用を、該モデル阻害剤が阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
(6)工程(5)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)、及び、工程(3)で得られた回帰直線を基に、該任意の2つの残基が、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置の候補となり得るか否かを判定する工程
(7)工程(6)で候補となり得ると判定された2つの残基を基に、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置を予測する工程
上記予測方法は、必要に応じて更にその他の工程を含んでいてもよい。以下、工程(1)〜(7)について順に説明する。
<<工程(1)>>
工程(1)は、既知のタンパク−タンパク相互作用をするタンパク、及び、該相互作用のインターフェースを阻害する既知の阻害剤の構造情報を得る工程である。
既知のタンパク−タンパク相互作用をするタンパク、及び、該相互作用のインターフェースを阻害する既知の阻害剤の構造情報は、例えば、Protein Data Bank(PDB、http://www.rcsb.org/pdb)から得ることができる。
<<工程(2)>>
工程(2)は、上記工程(1)で得られた構造情報から、該既知のタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程である。
残基の選定手段として、例えば、実施例1で用いられている手法を用いることができる。すなわち、ANCHOR database(http://structure.pitt.edu/anchor)を用いて、ΔGが−1kcal/moL以下及びΔSASAが10Å以上の基準を満たした残基を選び出すことが好ましい。
ΔGとは、ギブスの自由エネルギーの変化を示す。計算方法等は、例えば、非特許文献26や、Meireles, L. M. C. et al., Nucleic Acids Res. 2010, 38, W407-411に開示されている。
「ΔSASA」は、タンパク−タンパク相互作用しているときと相互作用していないときの残基のSASA(solvent-accessible surface area;溶媒露出表面積)の変化を示す。計算方法等は、非特許文献26に開示されている方法に従う。
また、残基の選定手段として、ホットスポット上の残基から、上記基準を満たした残基を選び出すことが、本発明の予測方法の精度を上げる点等より好ましい。ホットスポットとは、タンパク−タンパク相互作用面に存在し、相互作用に関わる領域を指す。
次に、阻害剤と重なり合う残基を選び出し、該残基を「インターフェースを阻害する際に関与するタンパクの残基」とする。
本明細書において、「阻害剤と重なり合う残基」とは、「残基中に存在する原子のうち、何れかの原子の中心が、阻害剤をvan der Waals半径で球を描いたときに、該球と重なっている残基」を指す(図1b及びc)。
<<工程(3)>>
工程(3)は、上記工程(2)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)の回帰直線を作成する工程である。
任意の2つの残基を抽出する手段として、例えば、「2つの残基のCα原子間の距離」、及び/又は、「Cα原子又はCβ原子から最も遠い位置にある水素以外の原子をCω原子とした場合の2つの残基のCω原子間の距離」が各阻害剤において最も短くなる2つの残基を抽出する方法を用いることができる。該手段を用いることにより、好適な回帰直線が得られ、より分子量が小さな阻害剤を設計することができる。
αは、アミノ酸の中心炭素原子である。Cωは、Cα又はCβ(Cαに結合する、側鎖中の炭素原子)から最も遠い位置にある水素以外の原子である。
二面角とは、2つの平面がなす角度である。本明細書において、「2つの残基間の二面角」とは、「Cω−Cα−Cα−Cω」の値と定義する。例えば、PyMOLソフトを利用して二面角を計算することができる。
「回帰直線」は、最小二乗法を用いて常法により求める。
工程(1)〜(3)を行うことによって、以下の式(1)、式(2)の回帰直線が得られた。
ΣΔSASA[Å]=−0.57|DA|+211 (1)
ΣΔSASA[Å]=−0.53|DA|+207 (2)
[式(1)及び式(2)中、|DA|は、2つの残基間の二面角の絶対値を示し、ΣΔSASAは、タンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和[Å]を示す。]
また、前記2つの残基が何れも非極性のときは、以下の式(3)が得られ、前記2つの残基の一方が極性で他方が非極性のときは、以下の式(4)が得られた。
ΣΔSASA[Å]=−0.55|DA|+212 (3)
ΣΔSASA[Å]=−0.49|DA|+194 (4)
[式(3)及び式(4)中、|DA|は、2つの残基間の二面角の絶対値を示し、ΣΔSASAは、2つの残基の溶媒露出表面積の変化の総和[Å]を示す。]
<<工程(4)>>
工程(4)は、予測対象の標的タンパク及びそのパートナータンパク、及び、モデル阻害剤の構造情報を得る工程である。
ここで「予測対象のタンパク」とは、モデル阻害剤が結合する位置を予測する対象となる該タンパクを言う。
また、ここで「モデル阻害剤」とは、結合する「タンパク上の位置の予測」に用いられる阻害剤を言う。
予測対象の標的タンパク及びパートナータンパクの構造情報は、上記工程(1)と同様に、例えば、Protein Data Bankから得ることができる。予測対象の標的タンパク及びパートナータンパクのほかに、既に知られている該予測対象のタンパク−タンパク相互作用に対する阻害剤があれば、該阻害剤の構造情報を得ることが、目的の阻害剤がタンパクに結合する位置を高い精度で予測することができる点で好ましい。
<<工程(5)>>
工程(5)は、上記工程(4)で得られた構造情報から、予測対象の標的タンパクとそのパートナータンパクとのタンパク−タンパク相互作用を、該モデル阻害剤が阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程である。
残基の選定手段等は、上記工程(2)と同様の手段を用いることができる。
<<工程(6)>>
工程(6)は、上記工程(5)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、「該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)」、及び、「タンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)」、及び、「上記工程(3)で得られた回帰直線」を基に、該任意の2つの残基が、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置の候補となり得るか否かを判定する工程である。
任意の2つの残基を抽出する手段は、上記工程(3)と同様の手段を用いることができる。例えば、「2つの残基のCα原子間の距離」、及び/又は、「Cα原子又はCβ原子から最も遠い位置にある水素以外の原子をCω原子とした場合の2つの残基のCω原子間の距離」が各阻害剤において最も短くなる2つの残基を抽出する方法を用いることができる。該手段を用いることにより、より分子量が小さな阻害剤を設計することができる。
「2つの残基間の二面角の絶対値」も上記工程(3)と同様に、「Cω−Cα−Cα−Cω」の値と定義し、PyMOLソフトを利用して二面角を計算することができる。
任意の2つの残基が、上記「モデル阻害剤」が上記「予測対象のタンパク」に結合する位置の候補となり得るか否かを判定する手段として、以下の手段を用いることが好ましい。
すなわち、上記任意の2つの残基に関する|DA|をx軸、ΣΔSASAをy軸として、上記工程(3)で得られた回帰直線を用い、ΣΔSASA[Å]=−a|DA|+b±1.96S.E.(標準偏差)の範囲にプロットされた場合は(式中、a及びbは、上記工程(3)で得られる値である)、該任意の2つの残基は、上記「モデル阻害剤」が上記「予測対象のタンパク」に結合する位置の候補となり得ると判定する。
回帰直線は工程(3)で得られるものが用いられ、具体的には、工程(1)〜(3)を行って将来更に好適なものが得られる可能性があり、本発明においては特に限定はないが、本実施例で得られた上記した回帰直線である式(1)、(2)、(3)又は(4)を基に、工程(5)で選定した2つの残基が、「モデル阻害剤が予測対象のタンパクに結合する位置の候補となり得るか否か」を判定することが好ましい。
すなわち、上記回帰直線が下記式(1)又は式(2)であることが好ましい。
ΣΔSASA[Å]=−0.57|DA|+211 (1)
ΣΔSASA[Å]=−0.53|DA|+207 (2)
また、上記回帰直線が、上記2つの残基が何れも非極性のときは、下記式(3)であり、上記2つの残基の一方が極性で他方が非極性のときは、下記式(4)であることが好ましい。
ΣΔSASA[Å]=−0.55|DA|+212 (3)
ΣΔSASA[Å]=0.49|DA|+194 (4)
<<工程(7)>>
工程(7)は、上記工程(6)で候補となり得ると判定された2つの残基を基に、上記「モデル阻害剤」が上記「予測対象のタンパク」に結合する位置を予測する工程である。
工程(1)〜(3)で得られた回帰直線を使用することにより工程(4)〜(6)で得られた「上記『モデル阻害剤』が上記『予測対象のタンパク』に結合する位置の予測」を基に、優れた「阻害剤」を好適に設計することができる。
<化合物の設計方法>
本発明の化合物の設計方法は、上記予測方法を用いることを特徴とするタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の候補となり得る化合物の設計方法である。
例えば、上記予測方法により得られた、「モデル阻害剤」が「予測対象のタンパク」に結合する位置を基に、阻害剤の分子設計;タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを標的としたフォーカスドライブラリーの構築;等により、目的の阻害剤と候補となり得る化合物を設計することができる。
従来の創薬では、既知の阻害剤(例えばMdm)の結合位置の構造情報を基に、ほぼ同じ位置で化合物の構造を変える戦略を取らざるを得なかった。このように、同じ位置を狙った化合物を研究せざるを得ない大きな理由の1つは、先行薬が結合していた位置とは別の位置で阻害剤が働く位置を同定できなかったことにある。
これに対し、本発明の方法には、新たな結合可能な位置情報と構造情報を提供できる可能性を有しているため、同じ標的タンパクでも異なる位置で阻害できる小分子をデザインすることができ、臨床試験において先行化合物との差別化をフェノタイプ(即ち薬効面)で違いを出すことができる。
<実施例1>
標的タンパク−パートナータンパク複合体等の選定
タンパク−タンパク相互作用に関与する2つのタンパクについて、阻害剤が結合するタンパクを「target protein;標的タンパク」とし、相互作用する相手方のタンパクを「partner protein;パートナータンパク」とする。
標的タンパク−パートナータンパク複合体の構造は、全てProtein Data Bank(PDB)から入手した。
各タンパクの構造図は、PyMOL(http://www.pymol.org)を利用した。
ΔSASAとΔG(ギブスの自由エネルギー変化)の予測値は、ANCHOR database(http://structure.pitt.edu/anchor)で入手可能である(Sharp, K. A. et al., Science (Washinton, DC, U.S.) 1991, 252, 106-109)。
各側鎖のΔSASAとΔGの予測値は、ANCHOR databaseにリスト化されているのでその値を利用した。
各アミノ酸残基の疎水性相互作用(HE:Hydrophobic effects)の見積り値はKarprusによって報告されているものを利用した(Karplus, et al., Protein Sci. 1997, 6, 1302-1307.)。
標的タンパク−パートナータンパク複合体を選ぶ際は、(i)標的タンパク−パートナータンパク複合体と標的タンパク−阻害剤複合体両方のデータを入手可能なこと、(ii)少なくとも2つの阻害剤の構造がPDBに開示されていること、及び(iii)インターフェースの2次構造の偏りを可能な限りなくすこと、を条件とした。
その結果、8つのタンパク−パートナータンパク複合体を選ぶことができた(表1)。
なお、これまでの研究でα−ヘリックスをインターフェースに持つ2つの標的から有望な化合物が見つかったことや、α−ヘリックス模倣化合物(ペプチドミミックな化合物)の合成が盛んであったこと等の理由で、公開されている阻害剤との複合体の情報は、パートナータンパクのインターフェースにα−ヘリックスが存在するものに偏っている。
また、標的タンパクの異なる位置を阻害する標的タンパク−阻害剤複合体を優先的に選出し、39個の複合体を基礎データに用いることとした。更に、ANCHOR databaseでΔGが−1kcal/moL以下及びΔSASAが10Å以上の基準を満たした、8つのパートナータンパクのホットスポット上の64残基を基礎データの対象とした(表1)。
<実施例2>
SIRs及びnon−SIRsの選別
実施例1で得られたホットスポット中の64残基は小分子(阻害剤)に比べて広い範囲に分布していた。次に、阻害剤が重なる残基と重ならない残基に分類することにした。
タンパク質の各残基が阻害剤と重なったものは、「SIRs(superimposed residues)」と略す。それぞれの残基が阻害剤と重なるか否かを決定する手法をMcl/p53複合体(PDBnumber:1YCR)を用いて説明する(図1)。
まず、PyMOLの“align”コマンドを用いて、阻害剤−標的タンパクと天然のパートナータンパク−標的タンパクに関して、各標的タンパクの構造をアライメントする(図1a)。パートナータンパクが結合している標的タンパクと阻害剤の結合している標的タンパクは、構造上も配列上も差が小さいため、PyMOLの“align”コマンドを使用した。実際、RMSD(平均二乗偏差)の平均値は、0.916Åであった。
次に、パートナータンパク(低分子阻害剤と重なる側)のアミノ酸残基をstickで描き、阻害剤をvan der Waals半径でsphereを描いた(図1b及びc)。パートナータンパクの残基に関しては、残基の各原子の中心を基準とした。例えば、残基Aのある原子中心を阻害剤のsphereが重なっているか否かで、その残基のその原子が重なっているか否かを判断した。
図1bは、ANCHOR databaseから残基を選んだ例を示し、図1cは、残基に小分子(阻害剤)が重なった例を示す。この場合、3つの残基(F19、W23及びL26)と、3つの残基ペア(F19−W23、F19−L26及びW23−L26)が小分子に重なっていると定義された。
図1dは残基ペアの構造情報を得るための測定方法(Cα−Cα間及びCω−Cω間の測定方法)を示している。
そして、残基のアミド結合の原子を除くα炭素と側鎖原子のうち、少なくとも2つの原子と重なっている場合、その残基は阻害剤と重なっていると判定し、「SIR(superimposed residues)」と名付けた。ここで、「重なっている」とは、阻害剤をファンデルワールス半径で描いたsphereとstickで描いた残基の原子中心が重なっている場合をいう。
重なっている残基ペアも同様の方法で決定した。すなわち、ある残基と別の残基の両方の残基に阻害剤が重なっている場合、阻害剤がその残基ペアと重なっていると定義した。
本実施例では、いくつの阻害剤がある残基ペアを利用したかという頻度の情報ではなく、どの残基ペアの位置に阻害剤が結合し阻害したかという位置情報を知ることを目的としている。異なる阻害剤で同じ残基ペアを利用している場合であっても、その残基ペアは1回しかカウントしない。詳細は実施例4に記載するが、結果として阻害剤と重なる残基のペア(SIRPs)を39の阻害剤から35個見出した。
SIR同士の組み合わせを、「SIRPs(superimposed residue pairs)」と定義し、それ以外の残基ペアを「non−SIRPs(non-superimposed residue pairs)」と定義する。
表1より、上記64残基中26残基が少なくとも1つの阻害剤と重なっており、SIRs(superimposed residues)であることがわかった。一方で、阻害剤と重ならなかったが、ΔGとΔSASAの条件を満たした残りの残基をnon−SIRs(non-superimposed residues)と分類した。表1中、「XIAP−BIR3/Smac」複合体については、non−SIRsは存在していなかった。
表2は、上記64残基中のSIRs及びnon−SIRsの各パラメーターの比較をしている。64残基がタンパクのどの2次構造の上に存在しているか調べたところ、34残基はα−へリックス上にあることがわかった。
この結果、タンパク−タンパク相互作用の阻害剤のインターフェースの多くがα−ヘリックス上にあるというこれまでの報告と合致する(表2)。SIRsとnon−SIRs間において、ΔGの差は0.1kcal/moL、ΔHEの差は0.5kcal/moLであり、これらのパラメーターでは有意な差が得られなかった。
一方、ΔSASAに関しては、SIRsでは85.4Åであるのに対してnon−SIRs は61.9Åとなり、統計的に十分有意な差があることが認められた(p=0.00624、t検定)。
<実施例3>
阻害剤が重なるパートナータンパクの残基数の計算
一般に、ヒット化合物を得るためには、10μM程度のKi、Kd等の値が求められる。この値を得るために、ΔG=−RTlnKの式より、−6.9kcal/moLのΔGが必要である。しかしながら、本実施例で調査した64残基のΔGの平均値はSIRsとnon−SIRsの値で有意な差が見出せず、ともに−3.5kcal/moLであった。この数値は、ハイスループットスクリーニングでヒット化合物を取るために十分なΔGではない。
そこでまず、ある阻害剤が阻害活性を得るために、いくつのパートナータンパクのアミノ酸残基と重なっているかを調べた。結果を図2に示す。図2中、横軸は、1つの阻害剤に重なる残基数を示し、縦軸は頻度(frequency)を示す。
その結果、平均して、2以上の残基(平均2.75残基)と重なっていることがわかった(図2)。図2で示されているように、1残基のみと重なる阻害剤が2つ存在していた。共にMclの阻害剤であり同じ論文(JMC,2013,56,15-30)で開示されている構造である。両化合物とも、自然界のタンパク−タンパク相互作用では利用されていない、L62残基の奥にある小さな隙間に化合物を突き刺す形で大きな阻害活性を得ている。よって、L62残基のみしか重ならなくても阻害剤として働くことができたと推察される。
<実施例4>
SIRPs及びnon−SIRPsの選別
次に、同じ標的タンパクの同じ表面上の2つの残基の組み合わせについて、更に分析を進めることにした。8標的の合計の残基ペア数は、計算すると243となった(計算式:Σ[12(標的タンパク1)+(標的タンパク2)+・・・+(標的タンパク8)]=243)。243は、(SIRPsの数)と(non−SIRPsの数)の合計である。
表3は、上記243残基ペア中のSIRPs及びnon−SIRPsの各パラメーターの比較をしている。243残基ペア中、35のSIRPsが見つかった。SIRs数から理論上37個が見つかるはずであるが、実際には35個であった。これは、異なる位置に2つの阻害剤がついた場合、その両端のSIRsの組み合わせを満たす1つの阻害剤が見つからなかったことに起因する。もし2つの異なる位置の両端のSIRsからなる残基ペアと重なる阻害剤を作るには、小分子では抑えきれない(大きすぎて形を制御できない)ほど長いものになることが想像されるため、そのような阻害剤が存在する可能性が低いと考えるのが妥当である。
一方で、non−SIRPsの数は208であった(表3)。SIRPsとnon−SIRPsの各パラメーターを比較した結果、SIRPsの2つの残基間の距離が共にnon−SIRPsより、統計的に十分有意に短いことがわかった((4.7Å(Cω−Cω)、p=0.000040、t検定;4.4Å(Cα−Cα)、p=0.00015、t検定)(表3)。ΣΔSASAに関しては、表2の結果と同様に、SIRPsでは168Åであり、non−SIRPsでは 137Åと統計的に十分有意に大きい値を示した(p=0.00051、t検定)。ΣΔG、ΣHE及びDAの値に関しては、non−SIRPsとSIRPsの間で、平均値にほとんど差は見られなかった(表3)。
<実施例5>
各パラメーターの相関関係
次に、インターフェース上の小さいポケット(凹)へ鍵となる残基(凸)が侵入する角度と、PPIsのファーマコフォア間の三次元空間的配置を理解するため、2つの残基の関係性に着目した。そこで、残基間の二面角と距離は、化合物の空間的配置を認識する上で重要であることを考慮に入れて、次に構造に関係するパラメーター(例えば、距離や二面角)と結合能に関係するパラメーター(例えば疎水性相互作用やΔSASA、ΔG)の間に関係性が存在するか検討をした。
各残基ペアの距離と二面角を求めるためにPyMOLソフトを利用した。距離に関しては、1つの残基ペアについて2つの距離を測定した。1つはアミノ酸残基のCα間の距離(Cα−Cα:1つの残基のCαともう1つの残基のCαの間の距離)、もう1つは、基本的にCα又はCβから最も遠い位置にある水素以外の原子をCωと名付け、そのCω間の距離を測定した(Cω−Cω)。Cωは、芳香族アミノ酸ではCβから最も遠い位置の原子とし、非芳香族アミノ酸では、Cαから最も遠い位置の原子とした(芳香族アミノ酸では、Cβから先は芳香族で平面となり、アミノ酸によって原子を特定できるため、CαではなくCβから最も遠い原子とした)。
一方、Cαから最も遠いとすると芳香族上の原子が特定できず、毎回全てを測る必要が有り煩雑となることから芳香族アミノ酸か否かでCωを定義した。また、末端が分岐しているアミノ酸(Val、Leu、Glu、Gln、Asp、Asn、Arg)については、分岐する原子(末端の1つ手前)をCωとした。プロリンに関しては、C4炭素をCωとした。2つの残基間の二面角はCω−Cα−Cα−Cωの値と定義した。
一方、結合能に関係するパラメーターに関しては、疎水性結合(HE)、ΔG、ΔSASAと共に、2つのアミノ酸残基の値を足した値をΣHE、ΣΔG、ΣΔSASAとして計算した。
その結果、二面角(x軸)とΣΔSASA(y軸)にSIRPsでのみ相関がみられた(図3a)。一方、non−SIRPsでは相関はみられなかった。
SIRPsでの相関は、図3aに示す通り、二面角(DA)が正の場合は負の相関が、DAが負の場合は正の相関が得られた(DA>0;r=−0.61、p<0.035、y=−0.464x+202、n=12)(DA<0;r=0.70、p<0.00021、y=−0.612x+215、n=23)。DAが正の場合でも負の場合でも、DAがゼロ付近で最大値を取り、その値はほぼ等しかった。また、傾きは正負で逆であるが、その絶対値はほぼ似た値であった。
上記の結果を考慮し、DAの絶対値(|DA|)をx軸、ΣΔSASAをy軸にしてグラフを作成した(図3b)。その結果、DAの絶対値(|DA|)とΣΔSASAにおいて相関がみられた (r=−0.68、p<0.00001、y=−0.57x+211、n=35)。この相関は、ΣΔSASA(結合能に関係するパラメーター)と|DA|(3次元空間の位置又は3次元的な形に関係するパラメーター)からなる相関である点で意味深い。
すなわち、SIRPsとnon−SIRPsを区別するために利用できるだけでなく、これまで報告されてきた技術(手法)のいずれの特徴とも異なり、構造情報と結合能情報を関係づける式が得られた点で実用的な利用可能性を高めることを示唆している。
<実施例6>
他の阻害剤や標的タンパクへの応用
|DA|とΣΔSASAの関係性がSIRPsとnon−SIRPsとの識別に利用できるという仮説を実証するため、|DA|とΣΔSASAとの相関が他の阻害剤(上記39の阻害剤以外の阻害剤)に対して当てはまるか否かを検討した。
まず、上記8つの標的タンパクの中の3つの標的タンパクに対する4つの阻害剤で検討を行った。検討した阻害剤は、いずれも上記39の阻害剤とは異なる部位に結合するものを選んだ。
4つの阻害剤のうち、Bcl−xLの阻害剤(PDBnumber: 4C52)(Brady, R.M. et al., J. Med. Chem. 2014, 57, 1323-1343)からは、3つの新しいSIRPs(I90−A91、I90−L94、I90−I97)が見つかった。2つのMcl阻害剤(PDBnumber:4OQ5及び4WGI)(Petro. A. M. et al., Bioorg. Med. Chem. Lett. 2014, 24, 1484-1488., Fang, C. et al., ACS Med Chem Lett, 2014, 5, 1308-1312)からは、2つの新しいSIRPs(I58−L62及びA59−L62)が見つかった。integrase阻害剤(PDBnumber: 3ZT1)(T.S.Peat, et al., PLos One, 2012, 7, e40147.)からは、2つの新しいSIRPs(K364−I365及びK364−D366)が見つかった。
上記7つの新しいSIRPs全ては、the regression equation(回帰直線)±S.E.(標準偏差)の範囲にプロットされた(図4a、n=35、y=−0.57x+211、S.E.=32.4)。この結果より、基礎データとして用いた39の阻害剤が結合しない位置に結合する阻害剤の場合でも、実施例4で導いた相関式に当てはめることができることが示唆された。
上記見つかったSIRPsは、もとはnon−SIRPsとされていたものであり、新しい阻害剤が見つかることで、non−SIRPsからSIRPsにオセロの黒が白になるように変化した。つまり、残基ペア(residue pair)の総数はこの8つの標的タンパクを基礎データとして使っている限り、243に等しい。そして、この事実は、これまでnon−SIRPsとされていた残基ペアの組み合わせが、相関式±S.E.と距離の条件を満たす時にSIRPsに変わる可能性があることを示している。
次に上記8つの標的タンパク−パートナータンパク複合体とは異なる標的タンパク−パートナータンパク複合体であるKeap1−Nrf2(PDBnumber:1X2R)を、標的タンパクの一般性の評価に用いた(Jiang, Z.Y., et al., J. Med. Chem. 2014, 57, 2736-2745)。
Keap1阻害剤(PDBnumber:4IQK)からは、3つの新しいSIRPs(E79−80、E79−T82及びT80−E82)が見つかった。これら3つのSIRPsを図3bで得られた回帰直線上にプロットした。
結果を図4bに示す。3つの新しいSIRPsうち2つのSIRPsはthe regression equation(回帰直線)±S.E.(標準偏差)の範囲内であった(図4a、n=35、y=−0.57x+211、S.E.=32.4)。
一方で、他の1つのSIRPsはthe regression equation(回帰直線)±1.96S.E.(標準偏差)の範囲内であった。
上記新しい3つのSIRPsは、243の残基ペア以外の新しいスポットである。すなわち、上記8つの標的タンパクから得られた相関式が、8つの標的タンパクとは異なる新たな標的とその阻害剤でも通用したことを示された。この結果は、この相関が新規のPPIs(protein-protein inhibitors)であるインターフェース阻害剤のデザインにも効果的に利用できる可能性を示している。
実施例6で新たに見つかった10個のSIRPsの2つの距離(Cα−Cα、Cω−Cω)は基礎データに用いた35個のSIRPsの平均値+1.96S.D.(全体の95%以上が含まれる範囲)より小さい値であった(Cα−Cα:15.4Å、Cω−Cω:17.0Å)。
実施例6で新たに見つかった10個のSIRPsと基礎データで用いた35個のSIRPsとの合計45個のSIRPsの相関式は、y=−0.53x+207となり(n=45、r=−0.63、S.E.=31.9、p<0.00001)、図3bの基礎データから得られた相関式とほぼ同一であった。この結果から、相関式は8つの標的タンパクへの新しい阻害剤の他に、全く別の標的タンパクにも適用可能であることが示された。
<実施例7>
最も短いSIRPsの選定
上記実施例で用いた44(39(実施例1〜5)+4(実施例6)+1(実施例7))個の阻害剤について、「Cα−Cα」間の距離と「Cω−Cω」間の距離の値を基にして、これらの2つの値が最も短くなるSIRPsを「最も短いSIRPs」(The shortest SIRPs)を選び出した。
この操作は、PPIsのインターフェース上で1つの阻害剤に求められる最適の残基ペアを決めるために行った。PPIs阻害剤は、通常の阻害剤と比較して分子量がかなり大きくなることが知られている。ヒット化合物(阻害剤)の分子量が大きくなる程、ヒット化合物を合成展開する際に問題となり、ライブラリーに入れる化合物はできるだけ最小の構造で最大の効果を上げるような分子設計をする必要があるためである。
各44個の阻害剤から選ばれた、その阻害剤に対する「最も短いSIRPs」を集め、次にその中で重複しているSIRPsを取り除いた。同じ標的タンパクの場合、一部の残基ペアが重複していることが多くあり、またその重複しているペアが「最も短いSIRPs」である場合があるからである。
その結果、20個のSIRPsが「最も短いSIRPs」として選出された。これら20個のSIRPsの平均値と標準偏差(S.D.)を、平均値+1.96S.D.の式に当てはめると、8.19Å(Cα−Cα)と11.61Å(Cω−Cω)であった(Cα:平均値5.10Å、S.D.=1.58)(Cω:平均値7.16Å、S.D.=2.27)。
一方で、全てのSIRPs(n=44)に関しても同様の作業を行うと、14.5Å(Cα−Cα)と16.2Å(Cω−Cω)であった(Cα:平均値7.21Å、S.D.=3.71、Cω:平均値8.99Å、S.D.=3.66)。これら「最も短いSIRPs」の距離に関する結果と相関式は、SIRPs候補を抽出するために利用可能できると考えられる。SIRPsの候補は、タンパク間のインターフェースを標的としたフォーカスドライブラリーのデザイン等に利用できることが示唆される。
<実施例8>
SIRPsに含まれる残基が相関関係に及ぼす影響
SIRPsの多くが非極性な残基であること、また、約半分(49%)のSIRPsが同じα−へリックス上に2つの残基とも存在することから、残基が存在するタンパク質の二次構造の効果と残基の極性の効果が、先に見出した相関関係に影響を及ぼすか否かを検討するため、極性と2次構造の影響に関して更に詳しい分析を行った。
まず初めに、極性を有する残基の影響について考えた。D、E、R、K、H、N、Q、S、Tを極性基とし、A、V、L、I、P、F、M、W、V、Cを非極性基とした(Perutz,1965)。そして、残基ペアの極性によって、非極性残基同士のペア(グループ1);非極性と極性残基のペア(グループ2);そして2つとも極性残基のペア(グループ3)と3つのグループに分類した。それぞれのグループを極性の順に並べると、グループ1<グループ2<グループ3となる。
non−SIRPsでは、極性の順に、ほぼ全てのパラメーターの平均値(ΣΔG、ΣHE、ΣΔSASA、Cα−Cα、Cω−Cω)が増減をした。SIRPsの残基もnon−SIRPsより顕著ではないが、極性によるパラメーターの平均値の変化が少ないながらも見られた。
また、non−SIRPsについて、上記3つ全てのグループで|DA|とΣΔSASAの間に相関はみられなかった。
一方で、SIRPsの2つのグループ(グループ1及びグループ2)では、|DA|(x軸)とΣΔSASA(y軸)の間で相関が見られた。
グループ1:
r=−0.67、p<0.000014、n=27、y=−0.55x+212
グループ2:
r=−0.54、p<0.17、n=8、y=−0.49x+194
なお、SIRPsでグループ3は分類されるものはなかった。相関式の傾きとy切片の値が上記実施例で得られた相関式と近いことから、残基の極性が相関に影響しないことが示唆された。
次に残基ペアを、残基が属すタンパクの2次構造に応じて、以下の9種類に分類した。
(1)2残基とも同じα−へリックス上に存在する。
(2)2残基は互いに異なるα−へリックス上に存在する。
(3)2残基ともα−へリックス−ターン上に存在する。
(4)2残基ともα−へリックス−ループ又はα−へリックス−ストランド上に存在する。
(5)2残基とも同じターン上に存在する。
(6)2残基は互いに異なるターン上に存在する。
(7)2残基はターン−ループ又はターン−ストランド上に存在する。
(8)2残基とも同じループ又はストランド上に存在する。
(9)2残基は互いに異なるループ又はストランド上に存在する。
non−SIRPs(n=208)では、上記(2)(2残基は互いに異なるα−へリックス上に存在する)に分類されるものはなく、約半分の残基ペアが上記(1)(2残基とも同じα−へリックス上に存在する)に分類された。この傾向が導かれた1つの理由は、PPIsのインターフェースにおいて、α−へリックスは十分長く、阻害剤やタンパクが結合するために必要なΔGやΔSASAを得るためにたくさんのアンカーとして働く残基を持つことができるためと考えられる。
non−SIRPsの2次構造の分類で、|DA|とΣΔSASAの相関が得られるものは1つも存在しなかった。一方、SIRPsでは、上記(1)(2残基とも同じα−へリックス上に存在する)に分類される残基ペア(n=17)と上記(8)(2残基とも同じループ又はストランド上に存在する)(同じloop or strand)に分類される残基ペア(n=12)では、|DA|(x軸)とΣΔSASA(y軸)の間で相関が見られた(上記(1):r=−0.72、p<0.0011、n=17、y=−0.59x+209、上記(8):r=−0.43、p<0.17、n=12、y=−0.38x+184)。相関式の傾きとy切片が上記実施例で得られた相関式と似ていた。
他のSIRPsの2次構造の分類については、上記(5)(2残基とも同じターン上に存在する)に分類されたものが2つ、上記(7)(2残基はターン−ループ又はターン−ストランド上に存在する)に分類されるものが4つと相関を見るには十分な数ではなかった。
以上の結果から、本実施例で得られた相関は、残基が属すタンパクの2次構造に影響を受けないことが示唆された。
<実施例9>
SIRPsの候補の抽出
本発明の応用例として、新たな標的の阻害剤について、non−SIRPsを取り除き、SIRPsの候補を抽出できる可能性がある。1つの例として、実施例5で用いたKeap1−Nrf2を適用してみた。
まず、本発明の方法により、7つの残基をANCHOR databaseから選んだ。選ばれた残基の全ての残基ペアの合計は21(=)残基ペアとなる。この21残基ペアを距離のフィルターとなる「最も短いSIRPs」を選定し、11残基ペアをSIRPsになる可能性の高い候補(plausible SIRPs)として選んだ。この残った11残基ペアを図3bで得られた回帰直線上にプロットするとthe regression equation(回帰直線)±1.96S.E.の範囲内に11個の残基ペアが認められた。この距離と相関式のフィルターを通過した候補残基ペアを‘plausible SIRPs’と呼び、SIRPsになる可能性の高い候補と位置づけた。
Keap1阻害剤(PDBnumber:4IQK)の全ての3つのSIRPs(実施例6)は、図3bで得られた回帰直線にプロットすると、the regression equation(回帰直線)±1.96S.E.の範囲内にプロットされた。また、the regression equation(回帰直線)±1.96S.E.より狭いthe regression equation(回帰直線)±S.E.の範囲内には11残基ペア中、5つの残基ペアがプロットされた(狭いとは、相関式に近いということを意味している)。Keap1阻害剤の3つのSIRPs(実施例6)のうち2つがthe regression equation(回帰直線)±S.E.の範囲にプロットされた。
<実施例のまとめ>
8つの標的タンパク−パートナータンパクのインターフェースを標的にした39の阻害剤と、該インターフェースに存在するホットスポット中の64残基を、タンパクを認識する際に重要となる残基として用いた(表1)。ホットスポットの64残基中で、阻害剤が重なる残基と重ならない残基があることに着目しその違いが生じる理由を検証したところ、残基ペア間の距離とsolvent-accessible surface areaの変化(ΔSASA)に明らかな差(違い)があることを見出した。
また、39の阻害剤がいくつのパートナータンパク質の残基と重なっているか計算したところ、図2より1つの阻害剤あたり平均2.75残基であることを見出した。また、2つの重なり合う残基(残基ペア)の関係性に注目したところ、2つの残基からなる二面角の絶対値と、2つの残基のΔSASAの和との間に負の直線の相関式を見出した(図3)。
更に、この相関式を上記で検討した8つの標的タンパクの何れかに結合する4つの阻害剤(上記39阻害剤と異なる形式や位置に結合するもの)、及び8つの標的タンパク以外の標的タンパクに関する阻害剤を用いて検証した。結果、残基ペアのほとんど全てが、相関式±S.E.の範囲内にプロットされることがわかった(図4)。
SASAを利用し、タンパク−タンパクとタンパク−核酸のインターフェースのホットスポットを予測することができることが報告されている(Cristian R. et al., J. Chem. Inf. Model. 2015, 55, 1077-86)。このことは、アンカー残基でのΔSASAの重要性に関する報告を彷彿させる(非特許文献26)。本実施例で得られた結果は、一般に公開されている3つのデータベースを利用し、SIRPsが持つ特徴を示した。その特徴は、|DA|とΣΔSASAの相関と残基ペア間の距離にまとめられる。これらの結果は、新しい阻害剤だけでなく、新しい標的タンパクにも対応可能である。
本実施例では、標的タンパク−パートナータンパクとタンパク−阻害剤の比較に基づいて、2つの残基の関係性に着目することで、SIRPsにおいて、直線で負の相関を|DA|とΣΔSASAの間で見出した。この相関は5つの新たな阻害剤に応用された。残基間の距離情報を合わせると、本発明者の結果はSIRPsになる可能性の高い残基ペアを見出すことに有効であり、またPPIsのインターフェース阻害剤のフォーカスドライブラリーのデザインに効果を発揮することが期待できる。
本発明の予測方法を用いることにより、新規のタンパク−タンパク相互作用の阻害剤を設計すること等ができるため、本発明は医薬開発分野等に広く利用されるものである。

Claims (6)

  1. タンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤が該タンパクに結合する位置を予測する予測方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする予測方法。
    (1)既知のタンパク−タンパク相互作用をするタンパク、及び、該相互作用のインターフェースを阻害する既知の阻害剤の構造情報を得る工程
    (2)工程(1)で得られた構造情報から、該既知のタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
    (3)工程(2)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)の回帰直線を作成する工程
    (4)予測対象の標的タンパク、そのパートナータンパク、及び、モデル阻害剤の構造情報を得る工程
    (5)工程(4)で得られた構造情報から、予測対象の標的タンパクとそのパートナータンパクとのタンパク−タンパク相互作用を、該モデル阻害剤が阻害する際に関与するタンパクの残基を選定する工程
    (6)工程(5)で選定した残基の中から任意の2つの残基を抽出し、該2つの残基間の二面角の絶対値(|DA|)、及びタンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和(ΣΔSASA)、及び、工程(3)で得られた回帰直線を基に、該任意の2つの残基が、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置の候補となり得るか否かを判定する工程
    (7)工程(6)で候補となり得ると判定された2つの残基を基に、該モデル阻害剤が該予測対象のタンパクに結合する位置を予測する工程
  2. 工程(3)において任意の2つの残基を抽出する際に、「2つの残基の『アミノ酸の中心炭素原子であるα原子間の距離」、及び/又は、「Cα原子又は『C α 原子に結合する側鎖中の炭素原子であるβ原子から最も遠い位置にある水素以外の原子をCω原子とした場合の2つの残基のCω原子間の距離」が各阻害剤において最も短くなる2つの残基を抽出する請求項1に記載の予測方法。
  3. 工程(6)において任意の2つの残基を抽出する際に、「2つの残基の『アミノ酸の中心炭素原子であるα原子間の距離」、及び/又は、「Cα原子又は『C α 原子に結合する側鎖中の炭素原子であるβ原子から最も遠い位置にある水素以外の原子をCω原子とした場合の2つの残基のCω原子間の距離」が各阻害剤において最も短くなる2つの残基を抽出する請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
  4. 上記回帰直線が下記式(1)又は式(2)である請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の予測方法。
    ΣΔSASA[Å]=−0.57|DA|+211 (1)
    ΣΔSASA[Å]=−0.53|DA|+207 (2)
    [式(1)及び式(2)中、|DA|は、2つの残基間の二面角の絶対値を示し、ΣΔSASAは、タンパク−タンパク相互作用しているときとタンパク−タンパク相互作用していないときの溶媒露出表面積の変化の総和[Å]を示す。]
  5. 上記回帰直線が、上記2つの残基が何れも非極性のときは、下記式(3)であり、上記2つの残基の一方が極性で他方が非極性のときは、下記式(4)である請求項1ないし請求項3の何れかの請求項に記載の予測方法。
    ΣΔSASA[Å]=−0.55|DA|+212 (3)
    ΣΔSASA[Å]=−0.49|DA|+194 (4)
    [式(3)及び式(4)中、|DA|は、2つの残基間の二面角の絶対値を示し、ΣΔSASAは、2つの残基の溶媒露出表面積の変化の総和[Å]を示す。]
  6. 請求項1ないし請求項5の何れかの請求項に記載の予測方法を用いることを特徴とするタンパク−タンパク相互作用のインターフェースを阻害する阻害剤の候補となり得る化合物の設計方法。
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