オキシトシンは、配列番号1に示すアミノ酸配列を有し、1位と6位のシステイン残基がジスルフィド結合して環状構造をとる分子量約1000のペプチドである。オキシトシンは、中枢神経系及び末梢の双方に存在し、神経伝達物質及びホルモンとしての機能を有しているが、脳内での半減期は数時間とされているのに対して、血中での安定性は低く、半減期は数分〜数十分とされている。
一般的に、血中に存在するペプチドは、種々のペプチダーゼによって分解されてしまうために寿命は短い。ペプチダーゼ耐性を有するペプチドには、アルブミン等のタンパク質と複合体を形成するもの、分子内で複数のジスルフィド結合を形成するもの、あるいはシアル酸等の糖鎖を有するもの等があり、いずれもペプチダーゼによる攻撃を受けにくくなったものである。
オキシトシンと結合するタンパク質としては、種々の組織の細胞膜上で発現しているオキシトシン受容体があるが、その他にはオキシトシンと結合して複合体を形成するタンパク質はこれまで知られていなかった。
本発明者等は、後期糖化反応生成物受容体(RAGE)タンパク質の種々の形態、すなわち、膜結合型RAGE(mRAGE)、内在性分泌型RAGE(esRAGE)、及びmRAGEの細胞外ドメイン切断形態であるsRAGEが、いずれもオキシトシンと結合して複合体を形成することを見出した。これらのRAGEタンパク質は、オキシトシンの脳内移行を促進するための「トランスポーター」として機能していることが判明した。また、特に血液中に存在する可溶性RAGE、すなわちesRAGE及びsRAGEは、血中でのオキシトシンを安定化させる保護剤としての機能を有することが想定される。本明細書において、「RAGEタンパク質」とは、mRAGE、esRAGE及びsRAGEを含む。
オキシトシンとRAGEタンパク質との結合は、例えば表面プラズモン共鳴法、プレート結合アッセイ等によって定性的・定量的に確認することができる。表面プラズモン共鳴法では、オキシトシンは固定化した組換えesRAGEと結合し、本発明者等が行った試験において、見かけの解離速度定数(KD)は179nMであった(図2a)。結合の濃度依存性及び選択性は、プレートアッセイによって確認された(図2b及び2c)。
オキシトシンとRAGEタンパク質との結合はまた、血液中に存在するesRAGE及びsRAGEとの結合を、ゲル浸透クロマトグラフィー、esRAGEもしくはsRAGE又は抗-RAGE抗体を固定化したカラムを用いたアフィニティークロマトグラフィー等によって検出することもできる(図6a〜6e)。
本明細書において、「オキシトシントランスポーター」とは、オキシトシンと結合し、BBBを通過するオキシトシンの移行を促進することができるタンパク質、又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを意味し、「オキシトシン脳内移行促進剤」と表現することもできる。また、本明細書において、「オキシトシントランスポーター組成物」とは、組成物の形態で投与した場合に、BBBを通過するオキシトシンの移行を、オキシトシン単独で投与した場合と比較して、より増大させることができる組成物を意味し、「オキシトシン脳内移行促進組成物」と表現することもできる。
あるいは、本発明においてオキシトシントランスポーターとして使用できるRAGEタンパク質は、その非存在下と比較して、オキシトシンの脳内移行を2倍以上、5倍以上、10倍以上促進することができるものである。
例えば、本発明者等の知見によれば、mRAGEを発現しないマウスと比較した場合、mRAGEの発現によって促進されるオキシトシンのトランスポートは、mRAGE欠損マウスの脳脊髄液(CSF)中のオキシトシンのAUC値(ベースライン値を差し引いたもの)が317 min/pg/mlであったのと比較して25,057 min/pg/mlであり、RAGEの存在によってオキシトシンのトランスポートが79倍も促進されていることが見出された。
オキシトシントランスポーターとして使用できるRAGEタンパク質は、mRAGE、esRAGE又はsRAGEのいずれであっても良い。また、オキシトシントランスポーターとして使用できるポリヌクレオチドは、Ager遺伝子、mRAGE又はesRAGEをコードするポリヌクレオチドであって良い。
本発明において利用可能なmRAGEポリペプチドとしては、例えば配列番号2のアミノ酸配列で表されるヒト由来mRAGEポリペプチド、配列番号3のアミノ酸配列で表されるマウス由来mRAGEポリペプチド、配列番号4のアミノ酸配列で表されるラット由来mRAGEポリペプチド、及び配列番号5のアミノ酸配列で表されるウシ由来mRAGEポリペプチドが挙げられる。また、本発明において利用可能なesRAGEポリペプチドとしては、例えば配列番号6のアミノ酸配列で表されるヒト由来esRAGE、配列番号7のアミノ酸配列で表されるマウス由来esRAGEポリペプチドが挙げられる。更に、sRAGEとしては、上記のように、mRAGEの細胞外ドメイン切断形態のものが挙げられるが、より広義に、RAGEのV領域を含む可溶性ペプチド、及びV領域とC1領域を含む可溶性ペプチドを含むことができる。
すなわち、本発明におけるRAGEタンパク質は、配列番号2〜7で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質に加え、配列番号2〜7で表されるアミノ酸配列において1〜数個、例えば10個以下、5個以下、3個以下のアミノ酸の付加、欠失、若しくは置換を有し、かつオキシトシンとの結合能及び/又は脳内移行促進能を有するタンパク質を含む。ヒトへの利用を想定する場合には、ヒトmRAGE及びヒトesRAGEを用いることが好ましい。ここで、「結合能」とは、オキシトシンに対して上記の解離定数で規定される結合強度を有することをいい、また「脳内移行促進能」とは、オキシトシンの脳内移行を上記のように促進できることをいう。
また、本発明において利用できるRAGEタンパク質は、オキシトシンとの結合能及び/又は脳内移行促進能を有する限りにおいて、断片であっても良い。例えばヒト由来esRAGEのアミノ酸配列を示す配列番号6のアミノ酸配列において、位置38〜99のアミノ酸を必須に含む、62残基以上の断片であれば、本発明において好適に利用することができる。
図1に、上記のヒト、ウシ、ラット及びマウス由来mRAGEポリペプチドのアミノ酸配列(配列番号2〜5)のアライメントを示す。図中に示すように、ヒトmRAGEアミノ酸配列(配列番号2)中の位置38〜99のアミノ酸がV領域、位置144〜208のアミノ酸がC1領域、位置256〜301のアミノ酸がC2領域のアミノ酸に相当する。当業者であれば、この配列情報に基づいて、必要とするペプチド断片を合成することができる。
また、可溶型RAGEタンパク質のアミノ酸配列及び機能については、例えば特開2003-125786号公報、特開2003-128700号公報等に開示されており、当業者であれば、本発明において好適に利用可能な断片を容易に認識することが可能である。
また、本発明において利用可能なポリヌクレオチドとしては、例えば配列番号8のヌクレオチド配列で表されるmRAGE cDNA、配列番号9のヌクレオチド配列で表されるesRAGE cDNA、Ager遺伝子(配列番号10)が挙げられる。
本発明は、別の実施形態として、オキシトシンと、RAGEタンパク質との複合体を含む、オキシトシントランスポーター組成物を提供する。本明細書において、「複合体」とは、in vitro又はin vivoにおいて結合した状態で挙動し得る形態であり、具体的にはオキシトシンとRAGEタンパク質とが安定ではあるが脳内でのオキシトシンの遊離が可能な形態で結合することを意図する。
上記のオキシトシントランスポーター、又はトランスポーター組成物の投与により、オキシトシンの脳内移行が促進され、脳内オキシトシンの欠乏により生じる精神疾患の症状を改善することが可能となる。
本発明は、また別の実施形態として、オキシトシンと、RAGEタンパク質との複合体を含む、精神疾患治療剤を提供する。精神疾患としては、特に限定するものではないが、例えば自閉症、アスペルガー症候群、及び注意欠陥・多動性障害等の自閉症スペクトラム障害、統合失調症等を挙げることができる。
RAGEは、糖尿病、老化関連疾患、アルツハイマー病等の種々の疾患との関連が報告され、特にesRAGEはmRAGEのデコイ受容体として阻害的に作用してこれらの疾患の治療に役立ち得ることが知られているが、これまでRAGEと精神疾患との関連は全く知られていなかった。本発明の治療剤を使用して、これらの精神疾患の症状の軽減がもたらされ得る。
オキシトシンと複合体を形成するRAGEタンパク質は、mRAGE、esRAGE又はsRAGEのいずれであっても良い。好適には、esRAGE又はsRAGEであり、より好適にはヒトesRAGE又はヒトsRAGEである。
本発明は更に、別の実施形態として、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドと組み合わせて投与されることを特徴とする、オキシトシンを有効成分として含有する精神疾患治療用組成物を提供する。
本発明はまた、オキシトシンと組み合わせて投与されることを特徴とする、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを有効成分として含有する精神疾患治療用組成物を提供する。
オキシトシンの鼻内投与による自閉症症状の軽減は知られているが、オキシトシンと併用して有効である薬剤については知られていなかった。本発明者等は、オキシトシンの脳内移行を促進するために、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドが有効であることを見出した。
オキシトシンと、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドとの投与のタイミングは、同時であっても、連続的であっても、あるいは全く異なっていても良い。オキシトシンの血中での安定性を考慮すると、好適には、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを先に投与し、mRAGE、esRAGE、又はsRAGEが存在する状態でオキシトシンを投与するのが好ましい。また、オキシトシンと、RAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドとの投与経路は同じであっても、又は投与経路が異なっていても良い。
本発明のトランスポーター及びトランスポーター組成物、並びに精神疾患治療剤及び組成物における有効成分としてのRAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチド及びオキシトシンは、いずれもそのままで有効成分として含めることも可能であるが、薬剤及び医薬組成物に通常使用される許容可能な塩の形態であっても良い。また、組成物には、有効成分に加えて、担体、賦形剤、防腐剤、酸化安定剤等を適宜添加することができる。
オキシトシンの投与、及びRAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの投与のために利用可能な投与経路は、非経口投与経路が好ましく、例えば静脈内、筋肉内、経皮、皮下、皮内、腹腔内への注射による投与、鼻腔内等の粘膜を含む局所への塗布、エアゾール、吸入等による投与等が挙げられるが、特に限定するものではない。当業者であれば、オキシトシン及びRAGEのようなタンパク質及びペプチド、あるいはポリヌクレオチドの投与のための好適な投与経路を目的に応じて適宜決定することができる。
オキシトシンの投与量、及びRAGEタンパク質又は該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの投与量は、投与対象の患者の年齢、体重、症状等に依存し、特に限定されないが、例えばそれぞれ1日当たり8マイクログラム〜100マイクログラム、0.1〜10mg/kg体重の範囲とすることが好ましい。
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
本実施例で使用した材料は、以下のようにして入手した。オキシトシンは株式会社ペプチド研究所から入手した。高圧液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS)グレードの水、アセトニトリル(ACN)、ギ酸、トリフルオロ酢酸(TFA)及びトリクロロ酢酸(TCA)は和光純薬工業株式会社から購入した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)はSigma-Aldrich社(St. Louis, USA)から購入した。安定同位体オキシトシンは、[13C×5,15N×1]プロリン及び[13C×6,15N×1]ロイシンを用い、オキシトシンの7位のプロリンと8位のロイシンをそれぞれ[13C,15N]プロリン及び[13C,15N]ロイシンと置き換えたものを合成した。得られたオキシトシン同位体を、本明細書中において[13C,15N]OTと記載する。HPLCで確認して、[13C,15N]OT TFA塩の純度は95%超であった。分子量の理論値は1020.2であり、天然のオキシトシンの1007.2より高かった。
酵素免疫アッセイにおいて、オキシトシンの免疫反応性のレベルは、市販のオキシトシン ELISAキット(Enzo Life Sciences, NY, USA)を用い、以前に報告された前処理(Jin D. et al., Nature 446, 41-45 (2007))を行わずに定量した。全ての実験で同じロット番号のキットを使用した(カタログ番号AD1901-153)。CSFサンプル(5μl)を融解し、アッセイバッファーで1:20に希釈した。血漿サンプル(100μl)は氷上で融解し、取扱説明書に従ってアッセイした。オキシトシンアッセイの感度は5pg/mlであり、アッセイ間及びアッセイ内の変動係数は15%未満であった。
[実施例1]
RAGEに対するオキシトシンの結合
オキシトシンのRAGEへの結合を調べるために、精製した組換えesRAGE(COS細胞発現株からアフィニティーカラムで精製、Biochem. J. (2003) 370, 1097-1109)を用い、表面プラズモン共鳴法、及びプレート結合アッセイを実施した。
まず、リガンド結合ドメインを有する精製ヒトesRAGEを、アミンカップリングキットを用いてBIAcore CM5 研究グレードセンサーチップに約5,000応答単位(RU)の密度で固定化した。固定化したLPSに結合したesRAGEへのオキシトシンの結合を、BIAcore 2000システム(GE Healthcare, Japan)を用いて測定した。フローバッファーは10mM HEPES(pH7.4)、0.15M NaCl、3mM Na-EDTA及び0.005%(V/V)の界面活性剤P-20を含有する。会合及び解離を25℃、流速20μL/分で測定した。
その結果、esRAGEとオキシトシンとの間で物理的直接結合が観察された(図2a)。esRAGEへのオキシトシン結合において算出された見かけの解離(KD)速度定数は179 nMであった。
プレート結合アッセイにおけるRAGEへのオキシトシンの結合、及び種々のRAGEリガンドとオキシトシン-RAGE結合との競合は、オキシトシンを被覆した96ウェルプレート、ヒトesRAGEタンパク質及びHRP-標識抗-ヒトRAGE抗体(B-Bridge International, Inc. esRAGE ELISA Kitのものと同様のものを作製)とを用いてアッセイした。ELISA用の96ウェルプレートにオーバーナイトで100μMのオキシトシンを100μlで被覆化し、その後洗浄、1% BSA/PBS液にてブロッキングを行い、さらにその後洗浄、esRAGEタンパクを濃度を振って入れ、2時間室温でインキュベーション、さらにその後洗浄操作を行い、ヒトRAGE抗体で結合しているesRAGEタンパク量を定量化した。
オキシトシンとesRAGEとの結合は、オキシトシン濃度及びesRAGE濃度に依存していた(図2b及び2c)。9個のアミノ酸を有する2種の同様のペプチドについても試験した結果、結合はオキシトシンに特異的であることが判明した。アルギニン-バソプレッシンはRAGEに対して低い親和性で結合し、ブラジキニンの結合は観察されなかった(データは示さない)。
[実施例2]
オキシトシンと他のRAGEリガンドとの競合の検討
プレート結合アッセイを用い、周知のRAGEリガンドであるS100B、AGE、アミロイドβ、HMGB1、及び低分子量ヘパリンを結合アッセイ混合物中に添加すると、オキシトシンとRAGEとの結合を競合的に阻害した。しかしながら、これらの阻害はあくまでも部分的であり、50%の置換は得られないか、又は非常に高濃度でのみ得られた。例として図3a及び3bにS100BとAGEによる阻害データを示す。
[実施例3]
シグナル伝達活性化の有無の検討
次に、mRAGE介在型の細胞内シグナル伝達を、ルシフェラーゼレポーターによりNFκBの転写因子の活性化を定量可能なヒトmRAGEを細胞膜上に発現するラットC6グリオーマ細胞を用いて検討した。オキシトシン、及び2種の他のRAGEリガンド、S100B及びAGEを、培養物に添加することによって検討した。
ルシフェラーゼアッセイは、Yamamoto Y. et al., J. Immunol. 186, 3248-3257 (2011)に記載されているように行った。NFκBルシフェラーゼアッセイは、RAGE発現C6グリオーマ細胞を、0.1%FBSを添加したDMEM培地中で24時間プレインキュベートし、次いでオキシトシン、S100B又はAGE-BSAで4時間刺激した。ルシフェラーゼ活性はLuciferase Assay System(Promega)でアッセイした。得られた蛍光産物をFluoroscan Ascent FLルミノメーター(Labsystems)で測定した。
その結果、S100B及びAGEの投与によってNF-κBが活性化されたが、オキシトシンの投与によってはNF-κB活性化は誘導されなかった。また、オキシトシンの投与は、S100B及びAGEによって誘導されるNF-κBの活性化に影響を与えなかった(図4a)。
また、他のmRAGE依存型細胞内シグナル伝達経路の成分であるRac1及びCdc42の活性化に対するオキシトシン投与による効果についても検討したところ、mRAGEをオキシトシンで刺激後のRac1及びCdc42の活性化はいずれも観察されなかった(図4b及び4c)。Rac1、Cdc42の解析は、Cytoskeleton社のG-ELISA kitを用いて行った。細胞はRAGE発現のC6グリオーマ細胞を使用した。
これらの結果から、オキシトシンはmRAGEに結合するが、他の典型的なRAGEリガンドと異なり、細胞内シグナルを伝達しないことが判明した。
[実施例4]
オキシトシン結合に関与するRAGEドメインの探索
オキシトシンと相互作用するRAGEのドメインを決定するために、多くのリガンドに共通の結合部位を含むヒトRAGEのV領域(配列番号2中の位置38〜99)、並びにC1(配列番号2中の位置144〜208)及びC2(配列番号2中の位置256〜301)領域由来の合成ペプチド断片を調製した。
ペプチドはペプチド合成機にて化学合成し、HPLCで95%以上の純度であることを確認した後に使用した。これらの可溶性ペプチド断片を、プレート結合アッセイ系で使用した。
その結果、RAGE V領域由来のペプチド断片がesRAGEへのオキシトシン結合を完全に阻害し、C1領域由来の断片はずっと弱いが有意な阻害をもたらした(図5)。これらの実験から、C1断片の関与と、5種のリガンドによる置換の不完全性が説明され、オキシトシンが、V領域に対して最も高い親和性で結合するが、一般的に細胞内シグナル伝達を誘導するリガンドのRAGE結合部位とは異なる部位に結合する可能性が示される。
[実施例5]
血清中でのオキシトシンとRAGEとの結合
内在性オキシトシンと血清中に存在し得るRAGEであるesRAGE/sRAGEとがヒト循環血液中でも結合することを確認するために、以下の実験を行った。
まず、分子のサイズに基づいて血清タンパク質を分離するゲル浸透クロマトグラフィー(Superdex 75pg HiLoad 26/600カラム(GE Healthcare社製))を用い、48ngのオキシトシンと共にプレインキュベートしたヒト血清(12ml)をカラムに載せた後、5mM 酢酸アンモニウム緩衝液(pH 7.8)を流速1.0ml/分で流して溶出させ、280nmでモニタリングした。溶出液をEIAでアッセイし、オキシトシンとの免疫反応性を有するピークを特定した。
その結果、オキシトシンの免疫反応性の単一の主要なピークがesRAGE/sRAGEと共に溶出することが見出された(図6a)。
次いで、2種のアフィニティークロマトグラフィーを用い、オキシトシンとRAGEタンパク質との結合を確認した。
モノクローナル抗-RAGE抗体(1.0mg)をHiTrap NHS-activated(GE Healthcare社製)に結合させてカラムに充填し、50mM Tris-HCl(pH7.4)及び0.15M NaClで予め平衡化したカラム(HiTrap-anti-RAGEカラム)に健常者の血清50mlをアプライした。5ベッド体積の平衡化緩衝液で洗浄した後、結合したタンパク質を100mM グリシン-HCl緩衝液(pH 2.5)で溶出させた。溶出液は次いでEIA又はLC-MS/MS分析及びウエスタンブロッティングのために使用した。
その結果、ヒト血清中の内在性オキシトシンは、抗-RAGE抗体アフィニティークロマトグラフィーを行った際にもesRAGE/sRAGEと挙動を共にした(図6b)。
更に、精製esRAGE(0.5mg)をHiTrap NHS-activated(GE Healthcare社製)に結合させてカラムに充填し、PBSで予め平衡化したカラム(HiTrap-esRAGEカラム)に、既知量のオキシトシン(100ng)をスパイクした、もしくはスパイクしていないヒト血清(50ml)由来の低分子量画分(MW<3,000、Amicon Ultracel3K)をアプライした。5ベッド体積の平衡化緩衝液で洗浄した後、10mM Tris-HCl(pH 7.4)及び2.0 M NaClで溶出させた。溶出液は次いでEIA又はLC-MS/MS分析のために使用した。
その結果、内在性オキシトシン及びヒト血清にスパイクした合成オキシトシン(100ng)はいずれも固定化したesRAGEに結合し、その後溶出させることができた(図6c)。また、可溶性RAGEに結合するヒト内在性オキシトシンがスパイクした合成オキシトシンと構造的に区別できないことがLC-MS/MSによって示された(図6d及び6e)。
スパイクするオキシトシン量を複数点振ることで標準曲線を作り、実際の血液中のオキシトシン濃度を測定した結果、このヒト血漿中のオキシトシン濃度がおよそ1.6 ng/mlであると評価された。尚、質量分析の結果、esRAGEに結合し得る他の構造的に関連する内在性ペプチド、例えばアルギニン及びバソプレッシン、及び免疫アッセイで交差反応し得るペプチドは検出されなかった。
[実施例6]
血液から脳へのオキシトシンの輸送
実施例3において、mRAGE-オキシトシン複合体形成によるシグナル伝達はないことが確認された。本発明者等は次いで、オキシトシンがRAGEに結合した後の挙動について検討した。この目的のために、BBBを通過するオキシトシンの輸送及び透過の方向をRAGEと関連付けて調べた。
本実施例では、初代培養したサル脳の毛細血管内皮細胞(EC)、ラット脳周皮細胞(Peri)及びラット星状細胞(Astro)を含む微小血管単位で構成されるin vitroの薬剤BBB透過性アッセイキット(MBT-24H、ファーマコセル株式会社)を用いた。
血液脳関門(BBB)のin vitroモデルを構築するために、ラット脳周皮細胞及びラット星状神経膠細胞(それぞれ1.5×104細胞/cm2)を、トランスウェルインサート(Corning Life Sciences, MA)のコラーゲン被覆ポリエステル膜の底側にまいた。細胞は一晩で強固に付着した。次いで、24-ウェルの培養プレート内のインサートの上側にサル脳血管内皮細胞(1.5×105細胞/cm2)をまいた。細胞培養の培地、試薬及び培養条件はキットの使用説明書に従った。細胞をまいてから4日以内にin vitro BBBモデルが確立された(図7a)。尚、内皮細胞として、RAGEを発現する対照細胞(CNT)及びRAGE shRNA発現ベクター(pSilencer 3.0-H1ベクター(Ambion, Austin, TX))での処理を行ったRAGEノックダウン内皮細胞(KD)を調製した。
フローサイトメトリーを用いて、内皮細胞におけるRAGEの発現を確認するために、単離した内皮細胞を洗浄後、FcBlock(BD Biosciences)を含む染色用バッファー(2%FCSを含むPBS)に懸濁させ、細胞をウサギ抗-RAGEポリクローナル抗体で染色した(4℃、暗所で15分間)。次に抗-ウサギIgG-FITC(eBioscience)と共に二次インキュベーションを行ってRAGE抗体を可視化させた。細胞を0.2μg/mLのヨウ化プロピジウム(PI、Sigma)を含む200μLの染色用バッファーに再懸濁させ、100μmのメッシュでろ過し、FACS AriaII(BD Biosciences)で分析した。データをFlowJoソフトウェア(Tree Star, Inc.)で解析した。
図7bに示すように、抗RAGE抗体で標識したRAGEは対照細胞で高発現し、一方ノックダウン細胞ではアイソタイプ対照IgG(灰色で示す)と同程度にRAGE発現の消失が観察された。
次に、各サンプルについて、細胞層を通過するナトリウムイオンの流れを反映する経内皮電気抵抗(TEER)を、上皮電圧抵抗計(epithelial-volt-ohm meter)及びEndohm-6 チャンバー電極(World Precision Instruments, USA)を用いて測定した。モデルのTEER測定値から被覆された無細胞フィルターのTEER値を差し引いて、ohm×cm2として示す。見かけの透過定数(Papp)はNakagawa等, Cell. Mol. Neurobiol. 27, 678-694 (2007)に記載されたようにして算出した。その結果、培養4日後に、図7cに示す高い経内皮電気抵抗で示されるように、RAGE発現内皮細胞及びRAGEノックダウン内皮細胞で同様のBBBの緊密度(tightness)が達成され、信頼性の高いin vitroシステムであることが確認された。
このin vitro BBBシステムにおけるオキシトシンの透過性を調べるために、キットのはめ込み皿の上部(血管側に相当する)コンパートメントにオキシトシンを加えて更に3時間インキュベートし、下部チャンバー(脳側に相当する)のオキシトシン濃度を酵素イムノアッセイ(EIA)で測定した。また、逆方向のオキシトシンの移行を調べるために、下部チャンバーにオキシトシンを加えて同様にインキュベートし、上部コンパートメントのオキシトシン濃度を測定した。
その結果、対照内皮細胞(CNT)の場合、オキシトシンは濃度依存的に血管側から脳側に移行したが、RAGEノックダウン内皮細胞(KD)では移行が有意に抑制され(n = 8, P < 0.05、図7d)、RAGEがオキシトシンのトランスポートに関与することが示された。一方、脳側から血管側チャンバーへのオキシトシンの移動は、このアッセイ系では反対方向のおよそ1/10〜1/5であり(図7e)、血液循環から脳への優先的な輸送が示唆された。見かけの透過性(Papp)は対照内皮細胞で3.07 ± 0.27 x 10-6cm/s (n = 6)、RAGEノックダウン細胞では0.94 ± 0.23 x 10-6 cm/s (n = 6)と算出された(図7f)。一方、脳側から血管側コンパートメントへのPapp値(CNT)は約0.1 x10-6cm/sであることがわかった。
[実施例7]
脳血管単位上でのRAGE及びオキシトシンの所在
RAGEが発現する細胞種を同定するために、マウスを用いて海馬領域及び脈絡叢の免疫組織化学分析を行った。
遺伝背景がC57BL/6マウスであるRAGE+/+マウスとRAGEノックアウト(RAGE-/-)マウスを使用した。RAGE-/-マウスは、(Diabetes 2006 Sep;55(9):2510-22)に記載されたように、マウスAger遺伝子の相同組換えによって作製した。
RAGE-/-マウスはヘテロ変異型マウスと交配させて維持した。C57BL/6野生型(RAGE+/+)及びRAGE-/-マウスは標準的な条件(24℃、12時間の明/暗周期)下で餌及び水は自由に摂取させて飼育した。
クリオスタットを用いてマウスの海馬及び脈絡叢を厚さ10μmの切片にし、0.3% Triton X-100及び3%BSAを含有するPBS中で室温で1時間ブロッキングし、一次抗体としてのポリクローナルウサギ抗-RAGE抗体(1:1000)、抗-CD31抗体又は抗-Cave抗体(Millipore, Billerica, MA, USA; 1:500)、及びDAPI(株式会社同仁化学研究所; 1:2000)と共に4℃で一晩インキュベートした(Kamide, T. et al., Neurochem. Int. 60, 220-228 (2012))。次に、切片を0.3% Triton X-100を含むPBSで洗浄し、Alexa Fluor 488(Invitrogen Molecular Probes; 1:200)及びCy3標識IgG(Jackson ImmunoResearch Laboratories, PA, 1:100)と共に室温で1時間インキュベートした。画像はNikon EZ-C1レーザー共焦点顕微鏡(株式会社ニコン)を用いて取得した。
切片中の微小血管を解析した結果、野生型(RAGE+/+)マウスでは、海馬及び脈絡叢の双方で、CD31陽性細胞の限られた領域でRAGE発現が観察されたが、Ager遺伝子ノックアウト(RAGE-/-)マウスのこれらの領域では発現は観察されなかった(図8a-b)。Z-stack画像からもRAGEとCD31との共局在化が確認され、RAGE発現が血管内皮細胞に限定されることが示唆された。更なる分析から、RAGE+/+マウスの内皮細胞及び脈絡叢における、RAGEと、カベオラのマーカーであるカベオリン(cavelolin)-1との共局在化が明らかとなった(図8c-d)。これらの知見から、RAGEは内皮細胞の細胞表面膜を介したオキシトシンのトランスポートに関与していることが示唆される。
RAGE発現はRAGE+/+マウスの海馬内の周皮細胞又は星状細胞では観察されなかった。先に報告されているように(Kamide, T. et al., Neurochem. Int. 60, 220-228 (2012))血管内皮細胞にRAGEが存在していることが確認された。
[実施例8]
免疫電子顕微鏡分析
オキシトシンがin vivoでBBBを通過して輸送されるためには、その必要条件の一つとして、脳の神経血管単位の周りにRAGE-オキシトシン複合体が存在することがある。本発明者等は、先に報告されている免疫電子顕微鏡分析(Jin D. et al., Nature 446, 41-45 (2007))を用い、金のスポットでオキシトシンを免疫染色してこの問題を検討した。
免疫金染色法は、上記のJin D.等の方法を用い、10分前にオキシトシンを注射した(300ng/kg体重)2つの遺伝子型のマウスの下垂体、視床下部傍室核(PVN)、及び扁桃体に、0.1Mリン酸緩衝液(pH 7.2)中に2%パラホルムアルデヒド及び2%グルタルアルデヒドを含む混合液を潅流することで組織固定を行った。
潅流後、組織ブロックを同じ溶液中で4℃で4時間浸せきして固定し、次いで0.1Mのリン酸緩衝液(pH 7.2)で1時間洗浄した。洗浄後、組織ブロックを脱水状態にし、LR-White樹脂(London Resin Co.)に埋め込んだ。ニッケルグリッドに超薄切片を載せ、切片をPBSで洗浄後、PBS中に1%BSA及び0.05%NaN3を含有するブロッキング溶液中で15分間インキュベートした。PBSで洗浄した後、切片を抗-OTポリクローナル抗体(1:5000、Chemicon International, Inc. USA)と共に4℃で一晩インキュベートした。
その後、PBSで2回洗浄した後、切片を5nmの金をコンジュゲートさせたヤギ抗ウサギ二次抗体(1:100、Sigma、USA)と共にインキュベートし、室温で4時間、PBS中に0.1%BSAを含有する溶液中に希釈した。切片をPBSで洗浄し、次いで蒸留水で洗浄した。その後、切片を酢酸ウラニルで染色し、80-kVの加速電圧を用いて透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社)で分析した。
その結果、まず陽性対照である下垂体後葉を調べた。RAGE+/+及びRAGE-/-マウスのいずれにおいても、下垂体後葉の神経終末における有芯神経分泌小胞においてオキシトシンの明確な染色を得た(図9a)。両者の染色性に特に違いは認められなかった。RAGE+/+及びRAGE-/-マウスの視床下部脳室周囲核(PVH)及び扁桃体(Amy)毛細血管を検討したところ、オキシトシンはRAGE+/+マウスの微小血管の血管側表面に検出された(図9b及び9c)が、RAGE-/-マウスでは全く検出されず(図9d及び図9e)、オキシトシンとRAGEとの結合を裏付けた。尚、RAGE+/+マウスの視床下部及び扁桃体の周室核においては、免疫金染色がBBB単位の血管内皮の脳側にも観察され(図9b及び9c)、BBBを介したトランスポートを反映していることが考えられた。
これらの結果から、オキシトシンがマウスの神経血管単位に局在する結合パートナーのRAGEと複合体を形成して共に存在している可能性が示された。
更に、血管内オキシトシンの存在が、オキシトシン受容体との結合のために生じている可能性を排除するために、次にオキシトシン受容体-レポーターマウス(Yoshida,M. et al., J. Neurosci. 29, 2259-2271 (2009))中のVenus(変異型黄色蛍光タンパク質)の発現によって、オキシトシン受容体の発現を調べた。2匹のVenusマウスの脳の5つの領域から調製した100以上のサンプルのいずれにおいても、血管内皮細胞上での発現は全く観察されなかった。上記の結果から、オキシトシン受容体はBBBにおいてオキシトシントランスポーターとして機能しないことも確かめられた。
[実施例9]
末梢投与後の脳内オキシトシン
上記の生化学的及び組織学的実験結果は、RAGEが血液中からBBBを介して脳内へオキシトシンを輸送し得ることを示している。これをin vivoでも実証するために、本発明者等はオキシトシンを皮下注射後に麻酔したマウスの大槽から脳脊髄液(CSF)を回収し、オキシトシン濃度を測定した。また同時に心臓から血液を採取し、血漿中のオキシトシン濃度も併せて測定した。
CSFは、Liu,L. and Duff,K., J. Vis. Exp. 10, 960 (2008)に記載された、血漿の検出可能な混入なしにマウスからCSFを採取するためのプロトコルに従って回収した。具体的には、マウスをケタミン(100mg/kg)で麻酔し、頸部の毛を剃り、後頭部の皮膚を切開した。次いで皮下組織及び筋肉を分離すると、大槽硬膜から延髄、血管及び髄液腔が観察された。硬膜を通して大槽内にキャピラリーチューブを挿入し、シリンジでサンプルを回収した。回収したCSFは0.5mlのエッペンドルフチューブに入れ、速やかに凍結させて-80℃のフリーザーで保存した。
CSFの回収後、心臓から血液サンプルを採取し、遠心分離(1500×g、10分間)して血漿を得、-80℃で保存した。
図10a及び10bは、複数の雄の成体マウス(RAGE+/+及びRAGE-/-)における240分間にわたるCSF及び血漿中の平均オキシトシン濃度の時間変化を示す。血漿オキシトシン濃度(四角)及びその経時的変化は、RAGE+/+及びRAGE-/-マウスの双方で、ほとんど同じであり、皮下注射(100 ng/ml オキシトシン x 0.3 ml、すなわち約30 ng/匹)後10分以内に速やかに上昇し、次いで60〜120分で基底レベルにまで低下した。一元配置分散分析法から、双方の遺伝子型でP < 0.0001であった(RAGE+/+マウス:n = 3-16, F6,66 = 53.80;RAGE-/-マウス:F6,45 = 17.20)。
一方、CSF中のオキシトシン濃度(丸)は、RAGE+/+マウスではオキシトシンの皮下注射後に徐々に上昇し、注射後30〜120分に有意な上昇が見られた(n = 3-15、一元配置分散分析法、F6,58 = 7.15, P < 0.0001)。これに対してRAGE-/-マウスでは、CSF中のオキシトシン濃度の上昇はほとんど又は全く観察されなかった(n = 3-14)。その結果、RAGE+/+及びRAGE-/-マウスのCSF中のオキシトシンのAUC値(ベースライン値を差し引いたもの)はそれぞれ25,057及び317 min/pg/mlであった。
上記の結果から、RAGEを発現しないノックアウトマウスでは脳内へのオキシトシンの輸送が抑制されていることが明らかとなった。
[実施例10]
プッシュプル法による脳内オキシトシン濃度の測定
CSFを回収するための外科的処置の際に血液が混入している可能性を排除するために、本発明者等は、常時埋め込んだカニューレを介したプッシュプル法(Wotjak C.T. et al., Eur. J. Neurosci. 16, 477-485 (2002))によって30分ごとに回収した微小潅流液を検査して、RAGE+/+及びRAGE-/-マウスにおける血液中から脳内へのオキシトシンの輸送の有無を検討した。オキシトシンの投与は鼻腔内投与(1000ng/ml、20μl)、静脈内投与(100ng/ml、30μl)又は皮下投与(100ng/ml、0.3ml)とした。[13C,15N]オキシトシン(10、100、及び1000ng/kg体重)は皮下注射した。
微小潅流プローブの移植のために、マウスをケタミンの皮下注射によって麻酔した(0.015 ml/kg体重)。頭部を固定し、毛を剃った後、70%エタノールで消毒した。歯科用ドリルを使用して、硬膜を残しながら頭蓋骨に直径1mmの孔を開けた。次いで硬膜を鉗子で穿刺し、髄膜の開口部を作製した。固定枠を用い、ヒーリングダミー(healing dummy)を前頭葉内に、正中線の2mm左、ブレグマの0mm前、硬膜下1.5mmの位置までゆっくり挿入した(Paxinos,G. and Franklin, K.B.J., The Mouse Brain in Stereotaxic Coordinates. 2. San Diego: Academic Press (2001))。2つのアンカースクリュー及び生体適合性歯科用セメントを使用してプローブを頭蓋骨に固定した。外科的処置は全部で30分以内に完了した。
移植と2週間の回復期間の間の機械的安定性をもたらすためにヒーリングダミーを使用した(Birngruber, T. et al., PLoS One. 9, e90221 (2014))。20-Gのフッ素化エチレンプロピレン(FEP)ガイドカニューレからなる微小潅流プローブ(同軸チューブ長4mm、直径2.5mm)を、実験日に流出入用チューブでサンプリングを始める前に交換した。このチューブをシリンジポンプ(エイコム社)中に配置した2本のガラス製シリンジ(Hamilton, USA)に接続した。
微小潅流液は2μl/分の流速でプローブ中にポンプで注入し、同じ流速でサンプルを取り出した。サンプリングは2時間行った。扁桃体、PVN、及び前頭前皮質からの微小潅流液を回収する最初の30分の60分前に、サンプリングをせずにマイクロプローブに潅流させた。
無菌条件下で微小潅流液を混合し、154mM NaCl、2.2mM CaCl2、5.6mM KCl、2.3mM NaHCO3、及び0.15%ウシ血清アルブミンの構成とした(Neumann I.D. et al., Psychoneuroendocrinol. 38, 1985-1993 (2013)等)。試薬は全て滅菌水に溶解させた。鼻腔内投与直後から30分間隔で更に4回、微小潅流液を採取した。潅流液はオキシトシンの皮下又は鼻内投与後に回収した。実験終了後、潅流部位を組織学的に確認するために脳を摘出した。
その結果、図11aに示すように、オキシトシンの皮下注射から90分後、第3脳室のCSF中のオキシトシン濃度は有意に上昇した(n = 6、一元配置分散分析法、F1,16 = 6.31、P < 0.05)。鼻内投与後の第3脳室のCSFからの微小潅流液中のオキシトシン濃度の時間経過は図11bに示す。RAGE+/+マウス(丸)では投与から90分後に有意な上昇が観察されたが、RAGE-/-マウス(四角)では観察されなかった(n = 9-10、一元配置分散分析法、F1,18 =9.25, P < 0.01)。
微小潅流液は、脳内微小血管内皮障壁によって血液から隔てられている細胞外液に相当する(Neuwelt, E.A. et al., Nat. Rev. Neurosci. 12, 169-182 (2011))。オキシトシンが血液中から血管内皮細胞を介して脳の細胞外液に直接輸送されるということを実証するために、本発明者等は更に、行動が制限されていない雄のマウスの視床下部(皮下注射、n = 4、F1,4 = 17.56、P < 0.02;図11c)及び扁桃体(鼻内投与、図11d)からの微小潅流液中のオキシトシン濃度を測定した。
潅流液中のオキシトシンのEIAから、オキシトシン濃度がRAGE+/+マウスへのオキシトシン投与後に2.3±0.3倍に上昇し(n = 7-15、一元配置分散分析法、F1,11 =5.99、P <0.05)、生理食塩水の投与、又はRAGE-/-マウスへのオキシトシン投与後には上昇は観察されなかった(図11d)。
更に、合成オキシトシン又は生理食塩水を種々の経路で注射した60分後に、双方の遺伝子型で視床下部中のオキシトシン濃度を比較した(図11e)。RAGE+/+マウスにオキシトシンを投与した場合、いずれの経路で投与した場合も細胞外液中のオキシトシンの上昇が観察された(それぞれn = 4、F1,4 =17.13、P < 0.02(皮下注射); F1,4 =16.99、P < 0.02(静脈内注射); F1,4 =17.13、48.12、P < 0.01(鼻内投与))。
これらの結果から、オキシトシンが血液からBBBを通過して視床下部及び扁桃体の脳細胞の細胞外液に直接輸送されること、及びこの輸送がマウスにおいてRAGE依存的であることが示され、mRAGEがCSFへのオキシトシンのトランスポートに必要であることが初めて明らかとなった。血漿におけるオキシトシンの速やかな上昇、及び脳でのゆっくりした上昇と長時間の持続は、これまでの報告(Neuman I.D. et al., Psychoneuroendocrinol. 38, 1985-1993 (2013))と一致している。
[実施例11]
オキシトシン類似体の脳への投与
オキシトシンの末梢投与後に観察された脳内オキシトシンの増加が内在性オキシトシンによるものであるのか、投与してBBBを通過した合成オキシトシンによるものであるのかを判断するために、安定同位体標識した[13C,14N] オキシトシン(1μg/ml x 0.3 ml)を投与した。
その結果、試験した22匹のRAGE+/+マウス中18匹で、皮下投与の30〜60分後にCSFで[13C,14N] オキシトシンが検出され(81.8%)、末梢投与したオキシトシンが脳内に移行していることが確認された。この移行はRAGE-/-マウスでは全く検出されなかった(0%)。
[実施例12]
RAGE -/- マウスにおける挙動の改善
オキシトシンの末梢投与によってノックアウトマウス(RAGE-/-)の行動障害を改善できる(Jin D. et al., Nature 446, 41-45 (2007))のは、おそらくオキシトシンが脳に到達することができるためと考えられる。しかしながら、RAGE-/-マウスにおいては、オキシトシンが脳内に到達できないため、この改善は期待できない可能性があった。この点を調べるために、RAGE-/-マウスの自発運動の亢進・多動に着目し、この指標が改善するかどうかを調べた(Sakatani, S, et al. PLoS One 4, e8309 (2009))。
RAGE-/-マウスは、多動性を有し、注意欠陥障害の症状を示す。明暗選択箱テスト(light-dark transition)での実験において、RAGE-/-マウスの明箱ゾーン内での移動距離及び速度は、埋め込まれたカニューレを介して第3脳室にオキシトシンを直接投与した場合にのみ改善し、皮下注射では改善しなかった(一元配置分散分析法、F5,31 =3.51、P < 0.02、図12a及び図12b)。更に、オープンフィールドテストにおける総移動距離も、鼻内投与では改善しなかったが、脳への直接投与(intraV)によってのみ回復した(n = 4-5、P < 0.02、図12c)。これらの挙動の変化もまた、RAGE-/-マウスでは、オキシトシンが脳内に移行しないことを間接的に示すものである。
[実施例13]
Ager遺伝子操作マウスにおける脳内オキシトシン
RAGE-/-マウスにおいて、オキシトシンの末梢投与後に脳内オキシトシンの増加がほとんど又は全くないことが、CSF及び脳へのオキシトシンの移動がRAGE依存的であるためであるということを、次に、複数の遺伝子改変マウスを用いて検証した。
血管内皮細胞RAGE発現トランスジェニック(flk1-RAGE Tg)マウスは、全身でRAGEを欠損するマウスであるRAGE-/-マウスに血管内皮細胞でのみヒトAger遺伝子を導入してRAGEを発現させるための交配用に使用した。内皮RAGE-トランスジェニック(flk1-RAGE Tg)はYamamoto等、J Clin Invest. 2001 Jul;108(2):261-8;特開2010-268686号)に記載のようにして作製することができる。このマウスとRAGE-/-の交配によって作出されたマウスを血管内皮細胞でmRAGEを発現するendRAGE Tg マウスとした。
esRAGEトランスジェニック(esRAGE Tg)マウスは、esRAGEをコードするcDNAを導入して作出され、ヒトesRAGEタンパクを肝臓で発現し血中に分泌するマウス(RAGE+/+マウス中の循環esRAGE過剰発現マウス)である。esRAGE Tgマウスは(Sugihara et al. J Alzheimers Dis. 2012;28(3):709-20、特許第5565786号)に記載のようにして作製することができる。
mRAGEノックイン(mRAGE KI)マウスは、本発明者等が新たに作出したマウスである。図13に示すようなターゲッティングベクターを使用して作製することができる。Ager遺伝子の部位にマウスの膜結合全長RAGE (mRAGE) cDNAをノックインして、esRAGEなしにmRAGEのみを発現させるマウスである。
ノックインマウスの作成は、通常のES細胞から作製するノックアウトの作出方法に従い、ノックイン用のターゲティングベクター(図中)を作製し、電気穿孔法を用いてマウスES細胞に導入し、相同組換えによって得られたES細胞クローンを樹立することにより行った。その後、キメラマウスを作製し、その掛け合わせによって目的とするmRAGEノックインマウスを得た。
7種のマウスそれぞれの4-8匹の雄の成体からCSF及び血漿を回収し、オキシトシン濃度をEL-MS/MSによって測定した。
その結果、オキシトシン皮下注射後のCSF中のオキシトシン濃度は、RAGE-/-マウスと比較して、endRAGE Tgマウスで回復した(図14a)。また、オキシトシンの皮下注射後のCSF中オキシトシン濃度は、RAGE+/+マウス、及びmRAGE KI(RAGE-/-)マウス(esRAGE形態でなくmRAGEのみの発現、図14c)で同様であることが見出された。esRAGE Tgマウスでは、オキシトシン濃度の上昇傾向が確認された。
これらのデータから、オキシトシンの経内皮輸送にmRAGEが必須であることが明らかとなった。また、esRAGEは、他のリガンドとの結合で見られるのとは異なり、オキシトシンに対して競合的に阻害するデコイ型の受容体として機能するのではなく、オキシトシンの輸送をむしろ増強し得る可能性が示唆された。
本発明者等は更に、RAGE-/-、RAGE+/+、及びendRAGE Tgマウスにおける[13C,15N]オキシトシンの取り込みの変化を検討した。その結果、血漿中ではいずれのマウスにおいても[13C,15N]オキシトシンが同様のレベルで検出されたが、RAGE-/-マウスのCSFでは[13C,15N]オキシトシンは検出されなかった。しかしながら、endRAGE Tgマウス(RAGE-/-)でRAGE+/+と同様のレベルで[13C,15N]オキシトシンが取り込まれていることが確認された(図14e及び14f)。
[実施例14]
脳虚血後のRAGE及びオキシトシンの取り込み
RAGE発現はマウスでの一過性の全脳虚血後に血管内皮細胞で増大することが知られている(Kamide、T. et al., Neurochem. Int. 60, 220-228 (2012))ため、本発明者等は次に、脳虚血状態をもたらす両側総頸動脈閉塞(BCCAO)後のRAGE発現及びオキシトシン輸送を検討した。
その結果、血管上でのRAGEの発現は、シャム操作マウスと比較して、BCCAOマウスにおいてより多量であった(データは示さない)。オキシトシンの皮下注射から60分後のCSFでのオキシトシン濃度(100 ng/ml x 0.3 ml)は、シャム操作RAGE+/+と比較してBCCAOマウスで有意に高かった(スチューデント検定、P < 0.05、図15a)。RAGE-/-マウスでは同様の増加は観察されなかった。予想したように、血漿オキシトシン濃度はいずれの遺伝子型においてもシャムとBCCAOマウスとで差異はなかった(図15b)。また、いずれの遺伝子型においてもシャム操作によってCSFへのフルオレセインの漏出は生じておらず、血管の透過性が全体的に上昇している訳ではないことが示された(図15c)。