以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。例えば、以下では、イオン注入が行われる物体として半導体ウエハを例として説明するが、他の物質や部材であっても良い。
はじめに、後述する本願発明の実施の形態に至った経緯について説明する。イオン注入装置は、加工物内に構築されるべき所望の特性に基づいて、注入されるイオン種を選択し、そのエネルギー及びドーズ量を設定することが可能である。イオン注入装置は一般に、注入されるイオンのエネルギーとドーズ量の範囲により、いくつかのカテゴリーに分けられる。代表的なカテゴリーには、高ドーズ高電流イオン注入装置(以下、HCともいう)、中ドーズ中電流イオン注入装置(以下、MCともいう)、及び、高エネルギーイオン注入装置(以下、HEともいう)がある。
図1は、典型的なシリアル型高ドーズ高電流イオン注入装置(HC)、シリアル型中ドーズ中電流イオン注入装置(MC)、シリアル型高エネルギーイオン注入装置(HE)のエネルギー範囲及びドーズ範囲を模式的に示す。図1は、横軸にドーズを、縦軸にエネルギーを示す。ここで、ドーズとは、単位面積(例えばcm2)あたりの注入イオン(原子)の個数であり、注入された物質の総量はイオン電流の時間積分で与えられる。イオン注入によって与えられるイオン電流は通例mA又はμAで表される。ドーズは、注入量またはドーズ量と呼ばれることもある。図1には、HC、MC、HEのエネルギー及びドーズの範囲をそれぞれ符号A、B、Cで示す。これらは、各注入毎の注入条件(レシピともいう)によって必要とされる注入条件の集合範囲であり、現実的に許容できる生産性を勘案して、注入条件(レシピ)に合わせた現実的合理的な装置構成カテゴリーを表す。図示される各範囲は、各カテゴリーの装置が処理可能な注入条件(レシピ)範囲を示す。ドーズ量は現実的な処理時間を想定した場合のおおよその値を示している。
HCは、0.1〜100keV程度の比較的低いエネルギー範囲かつ1×1014〜1×1017atoms/cm2程度の高ドーズ範囲のイオン注入に使用される。MCは、3〜500keV程度の中間のエネルギー範囲かつ1×1011〜1×1014atoms/cm2程度の中程度のドーズ範囲のイオン注入に使用される。HEは、100keV〜5MeV程度の比較的高いエネルギー範囲かつ1×1010〜1×1013atoms/cm2程度の比較的低いドーズ範囲のイオン注入に使用される。このようにして、エネルギー範囲については5桁程度、ドーズ範囲については7桁程度に及ぶ広範な注入条件の範囲がHC、MC、HEによって分担されている。ただし、これらのエネルギー範囲やドーズ範囲は代表的な例であり、厳密なものではない。また、注入条件の与え方はドーズ及びエネルギーには限られず、様々である。注入条件は、ビーム電流値(ビームの断面プロファイルにおける面積積分ビーム量を電流で表したもの)、スループット、注入均一性などによって設定されてもよい。
あるイオン注入処理のための注入条件はエネルギー及びドーズの特定の値を含むので、図1において個々の点として表すことが可能である。例えば、注入条件aは、ある高いエネルギー及びある低いドーズの値をもつ。注入条件aは、MCの運転範囲にありかつHEの運転範囲にあるから、MCまたはHEを用いて処理し得る。注入条件bは中程度のエネルギー/ドーズであり、HC、MC、HEのいずれかで処理し得る。注入条件cは中程度のエネルギー/ドーズであり、HCまたはMCで処理し得る。注入条件dは低エネルギー/高ドーズであり、HCのみによって処理し得る。
イオン注入装置は半導体デバイスの生産に欠かせない機器であり、その性能や生産性の向上はデバイスメーカーにとって重要な意味を持つ。デバイスメーカーは、製造しようとするデバイスに必要な注入特性を実現できる装置をこれら複数のイオン注入装置カテゴリーの中から選択する。その際に、デバイスメーカーは、最良の製造効率の実現、装置の所有コストなど種々の事情を考慮して、カテゴリーの装置の台数を決定する。
あるカテゴリーの装置が高い稼働率で使用されており、他のカテゴリーの装置の処理能力に比較的余裕がある場合を考える。このとき、カテゴリーごとに注入特性が厳密には異なることによって所望のデバイスを得るために前者の装置を後者の装置で代用できないとしたら、前者の装置の故障は生産工程上のボトルネックを生み、それによって全体の生産性が損なわれることになる。このようなトラブルは、あらかじめ故障率などを想定し、それに基づいて台数構成を決定することによって、ある程度回避可能である。
製造するデバイスが需要の変化や技術の進展に伴って変更され、必要な装置の台数構成が変化して装置の不足や非稼働装置が発生し、装置の運用効率が低下する場合もある。このようなトラブルは、将来的な製品のトレンドを予測して台数構成に反映させることである程度回避可能である。
他のカテゴリーの装置で代用が可能であったとしても、装置の故障や製造デバイスの変化は、デバイスメーカーに製造効率の低下や無駄な投資をもたらし得る。例えば、これまで主として中電流イオン注入装置で処理されていた製造プロセスが、製造デバイスの変更により高電流イオン注入装置で処理されるようになることがある。そうすると、高電流イオン注入装置の処理能力が不足する一方で、中電流イオン注入装置の処理能力が余るようになる。変更後の状態がその後長期間変化しないと見込まれるのであれば、新規の高電流イオン注入装置の購入及び所有している中電流イオン注入装置の売却という対策を取ることで、装置の運用効率を改善することができる。しかし、頻繁にプロセスが変更されたり、そうした変更が予測困難である場合には、生産に支障を来すことになるかもしれない。
実際には、あるデバイスの製造のためにあるカテゴリーのイオン注入装置で既に行われているプロセスを他のカテゴリーのイオン注入装置で直ちに代用することはできない。イオン注入装置上でのデバイス特性の合わせ込みの作業が必要になるからである。つまり、新たなイオン注入装置において同じイオン種、エネルギー、ドーズ量でプロセスを実行して得られたデバイス特性は、以前のイオン注入装置で得られたデバイス特性から大きく乖離し得る。イオン種、エネルギー、ドーズ量以外の諸条件、例えば、ビーム電流密度(すなわち、ドーズレイト)、注入角度、注入領域の塗り重ね方法などもデバイス特性に影響するからである。カテゴリーが異なる場合は一般に装置構成も異なるので、イオン種、エネルギー及びドーズ量を揃えたとしても、デバイス特性に影響するその他の条件まで自動的に一致させることはできない。これらの諸条件は注入方式に依存する。注入方式には例えば、ビームと加工物との相対移動の方式(例えば、スキャンビーム、リボンビーム、二次元ウエハスキャンなど)や、次に述べるバッチ型とシリアル型の種別などがある。
加えて、高ドーズ高電流イオン注入装置と高エネルギーイオン注入装置はバッチ型、中ドーズ中電流イオン注入装置はシリアル型と大きく棲み分けされていることも、装置間の差異を大きくしている。バッチ型は多数のウエハに一度に処理する方式であり、これらウエハは例えば円周上に配置されている。シリアル型は一枚ずつのウエハを処理する方式であり、枚葉式とも呼ばれる。なお、高ドーズ高電流イオン注入装置と高エネルギーイオン注入装置はシリアル型をとる場合もある。
さらに、バッチ型の高ドーズ高電流イオン注入装置のビームラインにおいては、高ドーズ高電流ビーム特性によるビームライン設計上の要請により、シリアル型の中ドーズ中電流イオン注入装置よりも典型的に短く作られている。高ドーズ高電流ビームライン設計において、低エネルギー/高ビーム電流条件でのイオンビームの発散によるビーム損失を抑制するためである。とりわけ、ビームを形成するイオンが互いに反発し合う荷電粒子を含むことにより径方向外側に拡大する傾向、いわゆるビームブローアップを軽減させるためである。このような設計の必要性は、高ドーズ高電流イオン注入装置がシリアル型である場合に比べてバッチ型である場合に、より顕著である。
シリアル型の中ドーズ中電流イオン注入装置のビームラインが相対的に長く作られているのは、イオンビームの加速やビーム成形のためである。シリアル型中ドーズ中電流イオン注入装置においては、かなりの運動量を有するイオンが高速移動している。これらのイオンは、ビームラインに追加される加速用間隙の一または幾つかを通過することにより運動量が増加される。さらに、かなりの運動量を有する粒子の軌道を修正するには、フォーカシング部は、フォーカシング力を十分に印加すべく相対的に長くなければならない。
高エネルギーイオン注入装置では、線形加速方式やタンデム加速方式を採用しているために、高ドーズ高電流イオン注入装置や中ドーズ中電流イオン注入装置の加速方式と本質的に異なる。こうした本質的な相違は、高エネルギーイオン注入装置がシリアル型であってもバッチ型であっても同様である。
このように、イオン注入装置HC、MC、HEはカテゴリーによってビームラインの形式や注入方式が異なり、それぞれ全く異なる装置として認識されている。カテゴリーの異なる装置間の構成上の違いは不可避であるとみなされている。HC、MC、HEというように異なる形式の装置間では、デバイス特性に与える影響を考慮したプロセス互換性は保証されていない。
したがって、既存のカテゴリーの装置よりも広いエネルギー範囲及び/またはドーズ範囲を有するイオン注入装置が望まれる。特に、注入装置の形式を変えることなく、既存の少なくとも2つのカテゴリーを包含する広い範囲におけるエネルギー及びドーズ量での注入を可能とするイオン注入装置が望まれる。
また、近年は全ての注入装置がシリアル型を採用することが主流となりつつある。したがって、シリアル型の構成を有し、かつ、広いエネルギー範囲及び/またはドーズ範囲を有するイオン注入装置が望まれる。
更に、HEが本質的に異なる加速方式を用いるのに対して、HCとMCは、直流電圧でイオンビームを加速または減速するビームラインを備える点で共通する。そのため、HCとMCのビームラインは共用できる可能性がある。したがって、HCとMCの両方の役割を1台で果たすことのできるイオン注入装置が望まれる。
このように広い範囲で運転可能な装置は、デバイスメーカにおける生産性や運用効率の改善に役立つ。
なお、中電流イオン注入装置(MC)は、高電流イオン注入装置(HC)に比べて高いエネルギー範囲かつ低いドーズ範囲で運転することが可能であることから、本願では低電流イオン注入装置と呼ぶことがある。同様にして、中電流イオン注入装置(MC)についてエネルギー及びドーズをそれぞれ、高エネルギー及び低ドーズと呼ぶことがある。あるいは、高電流イオン注入装置(HC)についてのエネルギー及びドーズをそれぞれ、低エネルギー及び高ドーズと呼ぶことがある。ただし、本願においてこうした表現は中電流イオン注入装置(MC)のエネルギー範囲及びドーズ範囲のみを限定的に指し示すわけではなく、文脈によっては文字通りに、「ある高い(又は低い)エネルギー(又はドーズ)の範囲」を意味し得る。
図2は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入装置100を概略的に示す図である。イオン注入装置100は、所与のイオン注入条件に従って被処理物Wの表面にイオン注入処理をするよう構成されている。イオン注入条件は例えば、被処理物Wに注入されるべきイオン種、イオンのドーズ量、及びイオンのエネルギーを含む。被処理物Wは、例えば基板であり、例えばウエハである。よって以下では説明の便宜のため被処理物Wを基板Wと呼ぶことがあるが、これは注入処理の対象を特定の物体に限定することを意図していない。
イオン注入装置100は、イオン源102と、ビームライン装置104と、注入処理室106と、を備える。また、イオン注入装置100は、イオン源102、ビームライン装置104、及び注入処理室106に所望の真空環境を提供するための真空排気系(図示せず)を備える。
イオン源102は、基板Wに注入されるべきイオンを生成するよう構成されている。イオン源102は、ビームの電流調整のための要素の一例である引出電極ユニット118によりイオン源102から加速引き出しされたイオンビームB1を、ビームライン装置104に与える。以下ではこれを初期イオンビームB1と呼ぶことがある。
ビームライン装置104は、イオン源102から注入処理室106へとイオンを輸送するよう構成されている。ビームライン装置104は、イオンビームを輸送するためのビームラインを提供する。ビームラインは、イオンビームの通路であり、ビーム軌道の道筋ともいえる。ビームライン装置104は、初期イオンビームB1に、例えば、偏向、加速、減速、整形、走査などを含む操作をすることによりイオンビームB2を形成する。以下ではこれを注入イオンビームB2と呼ぶことがある。ビームライン装置104は、こうしたビーム操作のために配列されている複数のビームライン構成要素を備える。このようにして、ビームライン装置104は、注入イオンビームB2を注入処理室106に与える。
注入イオンビームB2は、ビームライン装置104のビーム輸送方向(又はビーム軌道に沿う方向)に垂直な面内にビーム照射域105を有する。ビーム照射域105は通常、基板Wの幅を包含する幅を有する。例えば、ビームライン装置104がスポット状のイオンビームを走査するビーム走査装置を備える場合には、ビーム照射域105はビーム輸送方向に垂直な長手方向に沿って走査範囲にわたって延びる細長照射域である。また、ビームライン装置104がリボンビーム発生器を備える場合にも同様に、ビーム照射域105は、ビーム輸送方向に垂直な長手方向に延びる細長照射域である。ただし、この細長照射域は当該リボンビームの断面である。細長照射域は、長手方向に基板Wの幅(基板Wが円形である場合には直径)よりも長い。
注入処理室106は、基板Wが注入イオンビームB2を受けるように基板Wを保持する物体保持部107を備える。物体保持部107は、ビームライン装置104のビーム輸送方向及びビーム照射域105の長手方向に垂直な方向に基板Wを移動可能に構成されている。すなわち、物体保持部107は、基板Wのメカニカルスキャンを提供する。本願において、メカニカルスキャンは、機械式走査と同義である。なお、ここで、「垂直な方向」は、当業者には理解されるように、厳密な直交のみには限定されない。「垂直な方向」は、例えば、基板Wを上下方向にいくらか傾けて注入する場合には、そうした傾斜角度を含み得る。
注入処理室106は、シリアル型の注入処理室として構成されている。よって物体保持部107は典型的には一枚の基板Wを保持する。しかし、物体保持部107は、バッチ型のように複数の(例えば小型の)基板を保持する支持台を備え、この支持台を直線的に往復移動させることによりこれら複数の基板のメカニカルスキャンをするよう構成されていてもよい。ある他の実施形態においては、注入処理室106は、バッチ型の注入処理室として構成されていてもよい。この場合例えば、物体保持部107は、複数の基板Wを円周上にかつ回転可能に保持する回転ディスクを備えてもよい。回転ディスクはメカニカルスキャンを提供するよう構成されていてもよい。
図3には、ビーム照射域105とそれに関連するメカニカルスキャンの一例を示す。
イオン注入装置100は、スポット状のイオンビームB2の1次元ビームスキャンSBと基板Wの1次元メカニカルスキャンSMを併用するハイブリッドスキャン方式によるイオン注入を実施可能とするよう構成されている。物体保持部107の側方においてビーム照射域105に重なるようにビーム計測器130(例えばファラデーカップ)が設けられ、その計測結果が制御部116に与えられてもよい。
こうして、ビームライン装置104は、ビーム照射域105を有する注入イオンビームB2を、注入処理室106に供給するよう構成されている。ビーム照射域105は、基板Wのメカニカルスキャンと協働して基板Wの全体にわたって注入イオンビームB2が照射されるよう形成されている。したがって、基板Wとイオンビームとの相対移動によって基板Wにイオンを注入することができる。
他の実施形態においては、イオン注入装置100は、リボン状のイオンビームB2と基板Wの1次元メカニカルスキャンを併用するリボンビーム+ウエハスキャン方式によるイオン注入を実施可能とするよう構成されている。リボンビームはその横幅が均一性を保ちつつ拡げられており、基板Wがリボンビームと交差するよう走査される。更に他の実施形態においては、イオン注入装置100は、スポット状のイオンビームB2のビーム軌道を固定した状態で基板Wを二次元的にメカニカルスキャンする方式によるイオン注入を実施可能とするよう構成されていてもよい。
なお、イオン注入装置100は、基板W上の広い領域にわたってイオン注入をするための特定の注入方式には限定されない。メカニカルスキャンを使用しない注入方式も可能である。例えば、イオン注入装置100は、スポット状のイオンビームB2を基板W上で二次元的にスキャンする二次元ビームスキャン方式によるイオン注入を実施可能とするよう構成されていてもよい。あるいは、二次元的に拡げたイオンビームB2を用いるラージサイズビーム方式によるイオン注入を実施可能とするよう構成されていてもよい。このラージサイズビームは、均一性を保ちつつビームサイズを基板サイズ以上となるよう広げられており、基板全体を一度に処理することができる。
詳しくは後述するが、イオン注入装置100は、高ドーズ注入用の第1ビームライン設定S1又は低ドーズ注入用の第2ビームライン設定S2のもとで運転されることができる。したがって、ビームライン装置104は、第1ビームライン設定S1または第2ビームライン設定S2を運転中に有する。これら2つの設定は共通する注入方式のもとで異なるイオン注入条件のためのイオンビームを生成するよう定められている。そのため、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とでイオンビームB1、B2の基準となるビーム中心軌道は同一である。ビーム照射域105についても、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とで同一である。
基準となるビーム中心軌道とは、ビームをスキャンする方式においては、ビームをスキャンしていないときのビーム軌道を指す。また、リボンビームの場合には、基準となるビーム中心軌道は、ビーム断面の幾何学的な中心の軌跡にあたる。
ところで、ビームライン装置104は、イオン源102側のビームライン上流部分と注入処理室106側のビームライン下流部分とに区分することができる。ビームライン上流部分には例えば、質量分析磁石と質量分析スリットとを備える質量分析装置108が設けられている。質量分析装置108は、初期イオンビームB1を質量分析することにより必要なイオン種のみをビームライン下流部分に与える。ビームライン下流部分には例えば、注入イオンビームB2のビーム照射域105を定めるビーム照射域決定部110が設けられている。
ビーム照射域決定部110は、入射するイオンビーム(例えば初期イオンビームB1)に電場または磁場(またはその両方)を印加することにより、ビーム照射域105を有するイオンビーム(例えば注入イオンビームB2)を出射するよう構成されている。ある実施形態においては、ビーム照射域決定部110は、ビーム走査装置とビーム平行化装置とを備える。これらのビームライン構成要素の例示については図5を参照して後述する。
なお上述の上流部分及び下流部分との区分はビームライン装置104における構成要素の相対的な位置関係を説明の便宜のために言及したものにすぎないと理解されたい。よって、例えばビームライン下流部分のある構成要素が注入処理室106よりもイオン源102に近い場所に配置されていてもよい。逆も同様である。したがって、ある実施形態においては、ビーム照射域決定部110はリボンビーム発生器とビーム平行化装置とを備えてもよく、リボンビーム発生器は質量分析装置108を備えてもよい。
ビームライン装置104は、エネルギー調整系112と、ビーム電流調整系114と、を備える。エネルギー調整系112は、基板Wへの注入エネルギーを調整するよう構成されている。ビーム電流調整系114は、基板Wへの注入ドーズ量を広範囲で変化させるために、ビーム電流を大きな範囲で調整することが可能なように構成されている。ビーム電流調整系114は、イオンビームのビーム電流を(質的というよりも)量的に調整するために設けられている。ある実施の形態においては、ビーム電流の調整のためにイオン源102の調整を用いることも可能であり、この場合、ビーム電流調整系114は、イオン源102を備えるとみなしてもよい。エネルギー調整系112及びビーム電流調整系114の詳細は後述する。
また、イオン注入装置100は、イオン注入装置100の全体又はその一部(例えばビームライン装置104の全体又はその一部)を制御するための制御部116を備える。制御部116は、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とを含む複数のビームライン設定からいずれかを選択し、選択されたビームライン設定のもとでビームライン装置104を運転するよう構成されている。具体的には、制御部116は、選択されたビームライン設定に従ってエネルギー調整系112及びビーム電流調整系114を設定し、エネルギー調整系112及びビーム電流調整系114を制御する。なお、制御部116は、エネルギー調整系112及びビーム電流調整系114を制御するための専用の制御装置であってもよい。
制御部116は、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とを含む複数のビームライン設定のうち、所与のイオン注入条件に適するいずれかのビームライン設定を選択するよう構成されている。第1ビームライン設定S1は、基板Wへの高ドーズ注入のための高電流ビームの輸送に適する。よって、制御部116は例えば、基板Wに注入される所望のイオンドーズ量が概略1×1014〜1×1017atoms/cm2の範囲にあるとき第1ビームライン設定S1を選択する。また、第2ビームライン設定S2は、基板Wへの低ドーズ注入のための低電流ビームの輸送に適する。よって、制御部116は例えば、基板Wに注入される所望のイオンドーズ量が概略1×1011〜1×1014atoms/cm2の範囲にあるとき第2ビームライン設定S2を選択する。これらビームライン設定の詳細は後述する。
エネルギー調整系112は、ビームライン装置104に沿って配設されている複数のエネルギー調整要素を備える。これら複数のエネルギー調整要素はそれぞれビームライン装置104上で固定された位置に配置されている。図2に示されるように、エネルギー調整系112は、例えば3つの調整要素、具体的には、上流調整要素118、中間調整要素120、及び下流調整要素122を備える。これら調整要素の各々は、初期イオンビームB1及び/または注入イオンビームB2を加速または減速させるための電場を作用させるよう構成されている1つ又は複数の電極を備える。
上流調整要素118は、ビームライン装置104の上流部分、例えば最上流部に設けられている。上流調整要素118は例えば、イオン源102から初期イオンビームB1をビームライン装置104に引き出すための引出電極系を備える。中間調整要素120は、ビームライン装置104の中間部分に設けられており、例えば、静電式のビーム平行化装置を備える。下流調整要素122は、ビームライン装置104の下流部分に設けられており、例えば、加速/減速コラムを備える。下流調整要素122は、加速/減速コラムの下流に配置される角度エネルギーフィルタ(AEF)を備えてもよい。
また、エネルギー調整系112は、上述のエネルギー調整要素のための電源系を備える。これについては、図6及び図7を参照して後述する。なお、これら複数のエネルギー調整要素はビームライン装置104上の任意の場所に任意の個数で設けられていてもよく、図示の配置には限られない。また、エネルギー調整系112は、1つのエネルギー調整要素のみを備えてもよい。
ビーム電流調整系114は、ビームライン装置104の上流部分に設けられており、初期イオンビームB1のビーム電流を調整するためのビーム電流調整要素124を備える。ビーム電流調整要素124は、初期イオンビームB1がビーム電流調整要素124を通過するときに初期イオンビームB1の少なくとも一部を遮断するよう構成されている。ある実施形態においては、ビーム電流調整系114は、ビームライン装置104に沿って配設されている複数のビーム電流調整要素124を備えてもよい。また、ビーム電流調整系114は、ビームライン装置104の下流部分に設けられていてもよい。
ビーム電流調整要素124は、ビームライン装置104のビーム輸送方向に垂直なイオンビーム断面の通過領域を調整するための可動部分を備える。この可動部分によって、ビーム電流調整要素124は、初期イオンビームB1の一部を制限する可変幅スリットまたは可変形状開口を有するビーム制限装置を構成する。また、ビーム電流調整系114は、ビーム電流調整要素124の可動部分を連続的、または、不連続的に調整する駆動装置を備える。
それとともに又はそれに代えて、ビーム電流調整要素124は、複数の異なる面積及び/または形状のビーム通過領域を各々が有する複数の調整部材(例えば調整アパチャー)を備えてもよい。ビーム電流調整要素124は、複数の調整部材のうちビーム軌道上に配置される調整部材を切り換えることができるよう構成されている。このようにして、ビーム電流調整要素124は、ビーム電流を段階的に調整するよう構成されていてもよい。
図示されるように、ビーム電流調整要素124は、エネルギー調整系112の複数のエネルギー調整要素とは別個のビームライン構成要素である。ビーム電流調整要素とエネルギー調整要素とを別々に設置することにより、ビーム電流の調整とエネルギーの調整とを個別的に行うことができる。これにより、個々のビームライン設定におけるビーム電流範囲及びエネルギー範囲の設定の自由度を高くすることができる。
第1ビームライン設定S1は、エネルギー調整系112のための第1エネルギー設定と、ビーム電流調整系114のための第1ビーム電流設定と、を含む。第2ビームライン設定S2は、エネルギー調整系112のための第2エネルギー設定と、ビーム電流調整系114のための第2ビーム電流設定と、を含む。第1ビームライン設定S1は、低エネルギーかつ高ドーズのイオン注入を指向し、第2ビームライン設定S2は、高エネルギーかつ低ドーズのイオン注入を指向する。
よって、第1エネルギー設定は、第2エネルギー設定に比べて低エネルギービームの輸送に適するよう定められている。また、第2ビーム電流設定は、第1ビーム電流設定に比べてイオンビームのビーム電流を小さくするよう定められている。注入イオンビームB2のビーム電流の調整と照射時間の調整とを組み合わせることにより、所望のドーズ量を基板Wに注入することができる。
第1エネルギー設定は、エネルギー調整系112とその電源系との接続を定める第1電源接続設定を含む。第2エネルギー設定は、エネルギー調整系112とその電源系との接続を定める第2電源接続設定を含む。第1電源接続設定は、中間調整要素120及び/または下流調整要素122がビーム輸送を支援するための電場を発生させるよう定められている。例えば、ビーム平行化装置及び加速/減速コラムは全体として、第1エネルギー設定のもとで注入イオンビームB2を減速し、第2エネルギー設定のもとで注入イオンビームB2を加速するよう構成されている。これらの電源接続設定により、エネルギー調整系112の各調整要素の電圧調整範囲が定まる。その調整範囲において、各調整要素に対応する電源の電圧を、注入イオンビームB2に所望の注入エネルギーを与えるように調整することができる。
第1ビーム電流設定は、ビーム電流調整要素124のイオンビーム通過領域を定める第1開口設定を含む。第2ビーム電流設定は、ビーム電流調整要素124のイオンビーム通過領域を定める第2開口設定を含む。第2開口設定は、第1開口設定に比べてイオンビーム通過領域を小さくするよう定められている。これら開口設定は例えば、ビーム電流調整要素124の可動部分の移動範囲を定める。あるいは、開口設定は、使用されるべき調整部材を定めていてもよい。こうして、開口設定により定められている調整範囲内において、所望のビーム電流に対応するイオンビーム通過領域をビーム電流調整要素124に設定することができる。実施されるイオン注入処理に許容される処理時間内に所望のドーズ量が基板Wに注入されるようにイオンビーム通過領域を調整することができる。
よって、ビームライン装置104は、第1ビームライン設定S1のもとで第1エネルギー調整範囲を有し、第2ビームライン設定S2のもとで第2エネルギー調整範囲を有する。広い範囲にわたる調整を可能とするために、第1エネルギー調整範囲は、第2エネルギー調整範囲と重複部分をもつ。つまり、2つの調整範囲は少なくとも各々の端部で相互に重なり合う。重複部分は直線状であってもよく、この場合、2つの調整範囲は接している。ある他の実施形態においては、第1エネルギー調整範囲は、第2エネルギー調整範囲から分離されていてもよい。
同様に、ビームライン装置104は、第1ビームライン設定S1のもとで第1ドーズ調整範囲を有し、第2ビームライン設定S2のもとで第2ドーズ調整範囲を有する。第1ドーズ調整範囲は、第2ドーズ調整範囲と重複部分をもつ。つまり、2つの調整範囲は少なくとも各々の端部で相互に重なり合う。重複部分は直線状であってもよく、この場合、2つの調整範囲は接している。ある他の実施形態においては、第1ドーズ調整範囲は、第2ドーズ調整範囲から分離されていてもよい。
このようにして、第1ビームライン設定S1のもとでビームライン装置104は第1運転モードで運転される。第1運転モードを以下では低エネルギーモード(または高ドーズモード)と呼ぶこともある。また、第2ビームライン設定S2のもとでビームライン装置104は第2運転モードで運転される。第2運転モードを以下では高エネルギーモード(または低ドーズモード)と呼ぶこともある。第1ビームライン設定S1は、被処理物Wへの高ドーズ注入のための低エネルギー/高電流ビームの輸送に適する第1注入設定構成と呼ぶこともできる。第2ビームライン設定S2は、被処理物Wへの低ドーズ注入のための高エネルギー/低電流ビームの輸送に適する第2注入設定構成と呼ぶこともできる。
イオン注入装置100の操作者は、あるイオン注入処理を実行する前にその処理の注入条件に応じてビームライン設定を切り換えることができる。したがって、低エネルギー(または高ドーズ)から高エネルギー(または低ドーズ)までの広い範囲を1台のイオン注入装置で処理することができる。
また、イオン注入装置100は、同一の注入方式で、注入条件の広い範囲に対応する。すなわち、イオン注入装置100は、実質的に同一のビームライン装置104で広い範囲を処理する。さらに、イオン注入装置100は、最近主流となりつつあるシリアル型の構成をもつ。したがって、詳しくは後述するが、イオン注入装置100は、既存のイオン注入装置(例えばHC及び/またはMC)の共用手段としての使用に好適である。
ビームライン装置104は、イオンビームを制御するビーム制御装置と、イオンビームを調整するビーム調整装置と、イオンビームを整形するビーム整形装置と、を備えるとみなすこともできる。ビームライン装置104は、ビーム制御装置、ビーム調整装置、及びビーム整形装置によって、注入処理室106において被処理物Wの幅を超えるビーム照射域105を有するイオンビームを供給する。イオン注入装置100においては、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とでビーム制御装置、ビーム調整装置、及びビーム整形装置が同一のハードウェア構成を有してもよい。この場合、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とでビーム制御装置、ビーム調整装置、及びビーム整形装置が同一のレイアウトで配置されていてもよい。それにより、イオン注入装置100は、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とで同一の設置床面積(いわゆるフットプリント)を有してもよい。
基準となるビーム中心軌道は、ビームをスキャンする方式においては、ビームをスキャンをしていないときのビーム断面の幾何学的な中心の軌跡であるビームの軌道である。また、静止したビームであるリボンビームの場合には、基準となるビーム中心軌道は、下流部分の注入イオンビームB2におけるビーム断面形状の変化にかかわらず、ビーム断面の幾何学的な中心の軌跡にあたる。
ビーム制御装置は、制御部116を備えてもよい。ビーム調整装置は、ビーム照射域決定部110を備えてもよい。ビーム調整装置は、エネルギーフィルターまたは偏向要素を備えてもよい。ビーム整形装置は、後述する第1XY収束レンズ206、第2XY収束レンズ208、及び、Y収束レンズ210を備えてもよい。
ビームライン装置104の上流部分では初期イオンビームB1が単一のビーム軌道をとるのに対して下流部分では注入イオンビームB2が、ビームをスキャンする方式においては基準となるビーム中心軌道を中心に平行化されたスキャンビームによる複数のビーム軌道をとるとみなすこともできる。ただし、リボンビームの場合には、単一のビーム軌道のビーム断面形状が変化してビーム幅が広がって照射ゾーンとなっているから、ビーム軌道としてはなお単一である。こうした見方によると、ビーム照射域105は、イオンビーム軌道ゾーンと呼ぶこともできる。したがって、イオン注入装置100は、第1ビームライン設定S1と第2ビームライン設定S2とで注入イオンビームB2が同一のイオンビーム軌道ゾーンを有する。
図4は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入方法を表すフローチャートである。このイオン注入方法は、イオン注入装置100における使用に適している。この方法は、制御部116により実行される。図4に示されるように、この方法は、ビームライン設定選択ステップ(S10)と、イオン注入ステップ(S20)と、を備える。
制御部116は、複数のビームライン設定のうち所与のイオン注入条件に適するいずれかのビームライン設定を選択する(S10)。複数のビームライン設定は、上述のように、被処理物への高ドーズ注入のための高電流ビームの輸送に適する第1ビームライン設定S1と、被処理物への低ドーズ注入のための低電流ビームの輸送に適する第2ビームライン設定S2と、を含む。例えば、制御部116は、基板Wに注入される所望のイオンドーズ量がしきい値を超える場合に第1ビームライン設定S1を選択し、所望のイオンドーズ量がそのしきい値を下回る場合に第2ビームライン設定S2を選択する。なお、後述するように、複数のビームライン設定(または注入設定構成)は、第3ビームライン設定(または第3注入設定構成)及び/または第4ビームライン設定(または第4注入設定構成)を含んでもよい。
第1ビームライン設定S1が選択された場合には、制御部116は、第1エネルギー設定を用いてエネルギー調整系112を設定する。それにより、エネルギー調整系112とその電源系とが第1電源接続設定に従って接続される。また、制御部116は、第1ビーム電流設定を用いてビーム電流調整系114を設定する。それにより、第1開口設定に従ってイオンビーム通過領域(またはその調整範囲)が設定される。同様にして、第2ビームライン設定S2が選択された場合には、制御部116は、第2エネルギー設定を用いてエネルギー調整系112を設定し、第2ビーム電流設定を用いてビーム電流調整系114を設定する。
この選択処理は、選択されたビームライン設定に応じた調整範囲においてビームライン装置104を調整する処理を含んでもよい。この調整処理においては、所望の注入条件のイオンビームが生成されるように、ビームライン装置104の各調整要素が対応する調整範囲内で調整される。例えば、制御部116は、所望の注入エネルギーが得られるように、エネルギー調整系112の各調整要素に対応する電源の電圧を決定する。また、制御部116は、所望の注入ドーズ量が得られるように、ビーム電流調整要素124のイオンビーム通過領域を決定する。
こうして、制御部116は、選択されたビームライン設定のもとで、イオン注入装置100を運転する(S20)。ビーム照射域105を有する注入イオンビームB2が生成され、基板Wに供給される。注入イオンビームB2は、基板Wのメカニカルスキャンと協働して(またはビーム単独で)基板Wの全体を照射する。その結果、所望のイオン注入条件のエネルギーとドーズ量で基板Wにイオンが注入される。
デバイス生産に使用されているシリアル型高ドーズ高電流イオン注入装置では現状、ハイブリッドスキャン方式、二次元メカニカルスキャン方式、リボンビーム+ウエハスキャン方式が採用されている。しかしながら、二次元メカニカルスキャン方式は、メカニカルスキャンの機械的な駆動機構の負荷のためにスキャン速度の高速化に制限があり、それ故に注入ムラを十分に抑制できないという問題をもつ。また、リボンビーム+ウエハスキャン方式は、横方向にビームサイズを拡げるときに均一性の低下が生じ易い。そのため、特に低ドーズ条件(低ビーム電流条件)で、均一性およびビーム角度の同一性に問題をもつ。ただし、得られる注入結果が許容範囲にある場合には、二次元メカニカルスキャン方式またはリボンビーム+ウエハスキャン方式で本発明のイオン注入装置を構成してもよい。
一方で、ハイブリッドスキャン方式は、ビームスキャン速度を高精度に調整することにより、ビームスキャン方向に良好な均一性を達成することができる。また、ビームスキャンを十分に高速にすることにより、ウエハスキャン方向の注入ムラを十分に抑制することもできる。したがって、ハイブリッドスキャン方式が広範囲のドーズ条件にわたって最適であると考えられる。
図5(a)は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入装置200の概略構成を示す平面図、図5(b)は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入装置200の概略構成を示す側面図である。イオン注入装置200は、図2に示すイオン注入装置100に関してハイブリッドスキャン方式を適用した場合の1つの実施例である。また、イオン注入装置200は、図2に示すイオン注入装置100と同様にシリアル型の装置である。
イオン注入装置200は、図示されるように複数のビームライン構成要素を備える。イオン注入装置200のビームライン上流部分は、上流側から順に、イオンソース201、質量分析磁石202、ビームダンプ203、リゾルビングアパチャー204、電流抑制機構205、第1XY収束レンズ206、ビーム電流計測器207、及び、第2XY収束レンズ208を備える。イオンソース201と質量分析磁石202との間には、イオンソース201からイオンを引き出すための引出電極218(図6及び図7参照)が設けられている。
ビームライン上流部分と下流部分との間に、スキャナー209が設けられている。ビームライン下流部分は、上流側から順に、Y収束レンズ210、ビーム平行化機構211、AD(Accel/Decel)コラム212、及びエネルギーフィルター213を備える。ビームライン下流部分の最下流部にウエハ214が配置されている。イオンソース201からビーム平行化機構211までのビームライン構成要素は、ターミナル216に収容されている。
電流抑制機構205は、上述のビーム電流調整系114の一例である。電流抑制機構205は、低ドーズモードと高ドーズモードとを切り換えるために設けられている。電流抑制機構205は、一例としてCVA(Continuously Variable Aperture)を備える。CVAは、駆動機構により開口サイズを調整できるアパチャーである。したがって、電流抑制機構205は、低ドーズモードにおいては比較的小さい開口サイズ調整範囲で動作し、高ドーズモードにおいては比較的大きい開口サイズ調整範囲で動作するよう構成されている。ある実施形態においては、電流抑制機構205とともに又はこれに代えて、異なる開口幅を持つ複数のリゾルビングアパチャー204が、低ドーズモードと高ドーズモードとで異なる設定で動作するよう構成されていてもよい。
電流抑制機構205は、下流まで到達するイオンビーム量を制限して、低ビーム電流の条件でのビーム調整を助ける役割を持つ。電流抑制機構205は、ビームライン上流部分(すなわち、イオンソース201からのイオン引出後からスキャナー209の上流側までの間)に設けられている。そのため、ビーム電流の調整範囲を大きくすることができる。なお、電流抑制機構205は、ビームライン下流部分に設けられていてもよい。
ビーム電流計測器207は例えば、可動式のフラグファラデーである。
第1XY収束レンズ206、第2XY収束レンズ208、及び、Y収束レンズ210は、縦横方向のビーム形状(XY面内のビーム断面)を調整するためのビーム整形装置を構成する。このように、ビーム整形装置は、質量分析磁石202とビーム平行化機構211との間でビームラインに沿って配設されている複数のレンズを備える。ビーム整形装置は、これらのレンズの収束/発散効果によって、広範囲のエネルギー・ビーム電流の条件で下流まで適切にイオンビームを輸送することができる。すなわち、低エネルギー/低ビーム電流、低エネルギー/高ビーム電流、高エネルギー/低ビーム電流、及び、高エネルギー/高ビーム電流のいずれの条件下においてもイオンビームをウエハ214まで適切に輸送することができる。
第1XY収束レンズ206は例えばQレンズであり、第2XY収束レンズ208は例えばXY方向アインツェルレンズであり、Y収束レンズ210は例えばY方向アインツェルレンズまたはQレンズである。第1XY収束レンズ206、第2XY収束レンズ208、及びY収束レンズ210は、それぞれ単一のレンズであってもよいし、レンズ群であってもよい。このようにして、ビーム整形装置は、ビームポテンシャルが大きくビームの自己発散が問題となる低エネルギー/高ビーム電流の条件から、ビームポテンシャルが小さくビームの断面形状制御が問題となる高エネルギー/低ビーム電流の条件まで、イオンビームを適切に制御できるように設計されている。
エネルギーフィルター213は例えば、偏向電極、偏向電磁石、またはその両方を備えるAEF(Angular Energy Filter)である。
イオンソース201で生成されたイオンは、引出電場(図示せず)によって加速される。加速されたイオンは、質量分析磁石202で偏向される。こうして、所定のエネルギーと質量電荷比を持つイオンのみがリゾルビングアパチャー204を通過する。続いて、イオンは、電流抑制機構(CVA)205、第1XY収束レンズ206、及び第2XY収束レンズ208を経由して、スキャナー209へと導かれる。
スキャナー209は、周期的な電場または磁場(またはその両方)を印加することでイオンビームを横方向(縦方向または斜め方向でもよい)に往復走査する。スキャナー209によって、イオンビームはウエハ214上で横方向に均一な注入ができるように調整される。スキャナー209で走査されたイオンビーム215は、電場または磁場(またはその両方)の印加を利用するビーム平行化機構211で進行方向を揃えられる。その後、イオンビーム215は、電場を印加することによりADコラム212で所定のエネルギーまで加速または減速される。ADコラム212を出たイオンビーム215は最終的な注入エネルギーに達している(低エネルギーモードでは、注入エネルギーよりも高いエネルギーに調整し、エネルギーフィルター内で減速させながら偏向させることも行われる。)。ADコラム212の下流のエネルギーフィルター213は、偏向電極または偏向電磁石による電場または磁場(またはその両方)の印加によりイオンビーム215をウエハ214の方へと偏向する。それにより、目的とするエネルギー以外のエネルギーを持つコンタミ成分が排除される。こうして浄化されたイオンビーム215がウエハ214に注入される。
なお、質量分析磁石202とリゾルビングアパチャー204の間には、ビームダンプ203が配置されている。ビームダンプ203は、必要に応じて電場を印加することでイオンビームを偏向する。それにより、ビームダンプ203は、下流へのイオンビーム到達を高速で制御することができる。
次に、図6及び図7に示す高電圧電源系230の構成系統図を参照して、図5に示すイオン注入装置200における低エネルギーモード及び高エネルギーモードを説明する。図6に低エネルギーモードの電源切替状態を示し、図7に高エネルギーモードの電源切替状態を示す。図6及び図7には、図5に示すビームライン構成要素のうち、イオンビームのエネルギー調整に関連する主要な要素を示す。図6及び図7においてはイオンビーム215を矢印で示す。
図6及び図7に示されるように、ビーム平行化機構211(図5参照)は、二重Pレンズ220を備える。この二重Pレンズ220は、イオンの移動方向に沿って離間配置された第1電圧ギャップ221及び第2電圧ギャップ222を有する。第1電圧ギャップ221が上流に、第2電圧ギャップ222が下流にある。
第1電圧ギャップ221は一組の電極223、224間に形成されている。それら電極223、224の下流に配置されたもう一組の電極225、226間に第2電圧ギャップ222が形成されている。第1電圧ギャップ221及びこれを形成する電極223、224は上流側に向かって凸形状を有する。逆に、第2電圧ギャップ222及びこれを形成する電極225、226は下流側に向かって凸形状を有する。なお以下では説明の便宜上、これらの電極をそれぞれ、第1Pレンズ上流電極223、第1Pレンズ下流電極224、第2Pレンズ上流電極225、第2Pレンズ下流電極226と呼ぶことがある。
二重Pレンズ220は、第1電圧ギャップ221及び第2電圧ギャップ222に印加される電場の組み合わせによって、入射するイオンビームを平行化して出射するともに、イオンビームのエネルギーを調整する。すなわち、二重Pレンズ220は、第1電圧ギャップ221及び第2電圧ギャップ222の電場によってイオンビームを加速または減速する。
また、イオン注入装置200は、ビームライン構成要素のための電源を備える高電圧電源系230を備える。高電圧電源系230は、第1電源部231、第2電源部232、第3電源部233、第4電源部234、及び第5電源部235を備える。図示されるように、高電圧電源系230は、第1ないし第5の電源部231〜235をイオン注入装置200に接続するための接続回路を備える。
第1電源部231は、第1電源241と第1スイッチ251とを備える。第1電源241は、イオンソース201と第1スイッチ251との間に設けられており、イオンソース201に正の電圧を与える直流電源である。第1スイッチ251は、低エネルギーモードにおいては第1電源241をグランド217に接続し(図6参照)、高エネルギーモードにおいては第1電源241をターミナル216に接続する(図7参照)。したがって、第1電源241は、低エネルギーモードにおいては接地電位を基準としてイオンソース201に電圧VHVを与える。これはそのままイオンのトータルエネルギーを与えることになる。一方、高エネルギーモードにおいては、第1電源241は、ターミナル電位を基準としてイオンソース201に電圧VHVを与える。
第2電源部232は、第2電源242と第2スイッチ252とを備える。第2電源242は、ターミナル216とグランド217との間に設けられており、第2スイッチ252の切替により正負の電圧のいずれかをターミナル216に与える直流電源である。第2スイッチ252は、低エネルギーモードにおいては第2電源242の負極をターミナル216に接続し(図6参照)、高エネルギーモードにおいては第2電源242の正極をターミナル216に接続する(図7参照)。したがって、第2電源242は、低エネルギーモードにおいては接地電位を基準としてターミナル216に電圧VT(VT<0)を与える。一方、高エネルギーモードにおいては、第2電源242は、接地電位を基準としてターミナル216に電圧VT(VT>0)を与える。第2電源242の電圧VTは第1電源241の電圧VHVよりも大きい。
よって、引出電極218の引出電圧VEXTは、低エネルギーモードにおいてはVEXT=VHV−VTであり、高エネルギーモードにおいてはVEXT=VHVである。イオンの電荷をqとすると、最終エネルギーは、低エネルギーモードにおいてはqVHVとなり、高エネルギーモードにおいてはq(VHV+VT)となる。
第3電源部233は、第3電源243と第3スイッチ253とを備える。第3電源243は、ターミナル216と二重Pレンズ220との間に設けられている。第3電源243は、第1Pレンズ電源243−1及び第2Pレンズ電源243−2を備える。第1Pレンズ電源243−1は、ターミナル電位を基準として第1Pレンズ下流電極224及び第2Pレンズ上流電極225に電圧VAPを与える直流電源である。第2Pレンズ電源243−2は、第3スイッチ253を介する接続先にターミナル電位を基準として電圧VDPを与える直流電源である。第3スイッチ253は、切替により第1Pレンズ電源243−1及び第2Pレンズ電源243−2のいずれかを第2Pレンズ下流電極226に接続するように、ターミナル216と二重Pレンズ220との間に設けられている。なお第1Pレンズ上流電極223はターミナル216に接続されている。
第3スイッチ253は、低エネルギーモードにおいては第2Pレンズ電源243−2を第2Pレンズ下流電極226に接続し(図6参照)、高エネルギーモードにおいては第1Pレンズ電源243−1を第2Pレンズ下流電極226に接続する(図7参照)。したがって、第3電源243は、低エネルギーモードにおいてはターミナル電位を基準として第2Pレンズ下流電極226に電圧VDPを与える。一方、高エネルギーモードにおいては、第3電源243は、ターミナル電位を基準として第2Pレンズ下流電極226に電圧VAPを与える。
第4電源部234は、第4電源244と第4スイッチ254とを備える。第4電源244は、第4スイッチ254とグランド217との間に設けられており、ADコラム212の出口(即ち下流側末端)に負の電圧を与えるための直流電源である。第4スイッチ254は、低エネルギーモードにおいては第4電源244をADコラム212の出口に接続し(図6参照)、高エネルギーモードにおいてはADコラム212の出口をグランド217に接続する(図7参照)。したがって、第4電源244は、低エネルギーモードにおいては接地電位を基準としてADコラム212の出口に電圧Vadを与える。一方、高エネルギーモードにおいては、第4電源244は使用されない。
第5電源部235は、第5電源245と第5スイッチ255とを備える。第5電源245は、第5スイッチ255とグランド217との間に設けられている。第5電源245は、エネルギーフィルター(AEF)213のために設けられている。第5スイッチ255は、エネルギーフィルター213の運転モードの切替のために設けられている。エネルギーフィルター213は、低エネルギーモードにおいてはいわゆるオフセットモードで運転され、高エネルギーモードにおいては通常モードで運転される。オフセットモードとは正電極と負電極の平均値を負電位とするAEFの運転モードである。オフセットモードのビーム収束効果によりAEFでのビーム発散によるビーム損失を防ぐことができる。一方、通常モードとは正電極と負電極の平均値を接地電位とするAEFの運転モードである。
ウエハ214には接地電位が与えられている。
図8(a)は、低エネルギーモードにおいてイオン注入装置200の各部に印加される電圧の一例を示し、図8(b)は、低エネルギーモードにおいてイオン注入装置200の各部に印加されるエネルギーの一例を示す。図9(a)は、高エネルギーモードにおいてイオン注入装置200の各部に印加される電圧の一例を示し、図9(b)は、高エネルギーモードにおいてイオン注入装置200の各部に印加されるエネルギーの一例を示す。図8(a)及び図9(a)の縦軸は電圧を示し、図8(b)及び図9(b)の縦軸はエネルギーを示す。各図の横軸はイオン注入装置200における場所を符号aないしgで示す。符号aはイオンソース201、符号bはターミナル216、符号cは加速Pレンズ(第1Pレンズ下流電極224)、符号dは減速Pレンズ(第2Pレンズ下流電極226)、符号eはADコラム212の出口、符号fはエネルギーフィルター213、符号gはウエハ214を表す。
二重Pレンズ220は、注入条件により必要に応じて、加速Pレンズc単体にて、または、減速Pレンズd単体にて使用される構成、あるいは、加速Pレンズcおよび減速Pレンズdを両方使用される構成を有する。加速Pレンズcおよび減速Pレンズdを両方使用する構成において、二重Pレンズ220は、加速作用と減速作用の両方ともを使用して加速と減速の作用配分を変更可能とする構成とすることが可能である。この場合、二重Pレンズ220は、二重Pレンズ220への入射ビームエネルギーと二重Pレンズ220からの出射ビームエネルギーとの差によりビームが加速され又は減速されるよう構成されることが可能である。あるいは、二重Pレンズ220は、入射ビームエネルギーと出射ビームエネルギーの差がゼロでビームを加速も減速もしないよう構成されることが可能である。
一例として、二重Pレンズ220は、図示されるように、低エネルギーモードにおいて、イオンビームを、減速Pレンズdにて減速するとともに、必要に応じてゼロからいくらかの範囲で加速Pレンズcにて加速して、全体としてはイオンビームを減速するよう構成されている。一方、高エネルギーモードにおいて二重Pレンズ220は加速Pレンズcにてイオンビームを加速するよう構成されている。なお、高エネルギーモードにおいて二重Pレンズ220は、全体としてイオンビームを加速する限り、必要に応じてゼロからいくらかの範囲でイオンビームを減速Pレンズdにて減速するよう構成されていてもよい。
このように高電圧電源系230が構成されていることにより、ビームライン上のいくつかの領域に印加される電圧を電源の切替によって変更することができる。また、ある領域における電圧印加経路を変更することもできる。これらを利用して、同一のビームラインにおいて低エネルギーモードと高エネルギーモードとを切り換えることができる。
低エネルギーモードにおいては、イオンソース201の電位VHVは接地電位を基準として直接印加される。これにより、ソース部への高精度の電圧印加が可能になり、エネルギーの設定精度を高くして低エネルギーでイオンを注入できるようになる。また、ターミナル電圧VT、Pレンズ電圧VDP、及びADコラム出口電圧Vadを負に設定することにより、コラム出口まで比較的高エネルギーでイオンを輸送することが可能となる。そのため、イオンビームの輸送効率を向上させ、高電流を取得することができる。
また、低エネルギーモードにおいては、減速Pレンズを採用することで、高エネルギー状態でのイオンビーム輸送を促進している。このことは、低エネルギーモードを高エネルギーモードと同一のビームラインに共存させることに役立っている。さらに、低エネルギーモードにおいては、ビームの自己発散を最小化するように、ビームラインの収束・発散要素を調整し、ビームを意図的に拡げて輸送している。このことも、低エネルギーモードを高エネルギーモードと同一のビームラインに共存させることに役立っている。
高エネルギーモードにおいては、イオンソース201の電位は加速引出電圧VHVとターミナル電圧VTとの和である。これにより、ソース部への高電圧の印加が可能になり、高エネルギーでイオンを加速することができる。
図10は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入方法を表すフローチャートである。この方法は例えば、イオン注入装置のためのビーム制御装置により実行されてもよい。図10に示されるように、まず、注入レシピが選択される(S100)。制御装置は、そのレシピ条件を読み取り(S102)、レシピ条件に応じたビームライン設定を選択する(S104)。選択されたビームライン設定のもとでイオンビームの調整作業が行われる。調整作業は、ビーム出し及び調整と(S106)、取得ビーム確認(S108)とを含む。こうしてイオン注入のための準備作業が終了する。次に、ウエハが搬入され(S110)、イオン注入が実行され(S112)、ウエハが搬出される(S114)。ステップ110ないし114は所望の枚数が処理されるまで繰り返されてもよい。
図11は、イオン注入装置200により実現されるエネルギー及びドーズ量の範囲Dを模式的に示す。図11においても図1と同様に、現実的に許容できる生産性において処理可能なエネルギーとドーズ量の範囲を示す。比較のために、図1に示すHC、MC、HEのエネルギー及びドーズ量の範囲A、B、Cを併せて図11に示す。
図11に示されるように、イオン注入装置200は、既存の装置HC及びMCの運転範囲をいずれも包含することがわかる。よって、イオン注入装置200は、既存の枠組みを超える新規な装置である。この新規なイオン注入装置は、同一のビームラインと注入方式を保ちながら既存の二種類のカテゴリーHC、MCの役割を1台で果たすことができる。よってこの装置をHCMCと呼ぶことができる。
したがって、本実施形態によると、シリアル型高ドーズ高電流イオン注入装置とシリアル型中ドーズ中電流イオン注入装置とを単一の装置で構成した装置HCMCを提供することができる。HCMCでは電圧印加方法を低エネルギー条件と高エネルギー条件で変化させ、さらにCVAでビーム電流を高電流から低電流まで変化させることにより、広範囲のエネルギー条件とドーズ条件で注入を実施することが可能となる。
なお、HCMC式のイオン注入装置は、既存のHC、MCの注入条件範囲をすべて包含していなくてもよい。装置の製造コストと注入性能とのトレードオフを考慮して、図11に示す範囲Dよりも狭い範囲E(図12参照)をもつ装置を提供することも考えられる。こうした場合においても、デバイスメーカーに必要とされるイオン注入条件を十分にカバーする限り、実用性に優れるイオン注入装置を提供することができる。
デバイス製造工程においてHCMCにより実現される装置運用の効率性の向上について説明する。一例として、図13に示すように、あるデバイスメーカーがある製造プロセスXを処理するためにHCを6台、MCを4台を使用していたと仮定する(つまりこのデバイスメーカーは既存の装置HC、MCのみを所有している)。その後、このデバイスメーカーが、製造デバイスの変化に伴ってプロセスXをプロセスYに変更し、その結果としてHCを8台、MCを2台必要とするようになった。そうすると、このメーカーはHCを2台増設することになり、そのための増加投資とリードタイムが必要になる。同時に、MCを2台非稼働とすることになり、このメーカーはこれらを無駄に所有する。既述のように、一般にHCとMCとは注入方式が異なるため、非稼働のMCを新たに必要なHCに転用することは困難である。
これに対して、図14に示すように、デバイスメーカーがプロセスXを処理するためにHCを6台、MCを2台、HCMCを2台使用する場合を考える。この場合、製造デバイスの変化に伴ってプロセスXをプロセスYに変更しても、HCMCはHCとMCのプロセス共用機であるため、HCとしてHCMCを稼働することができる。そのため、装置の増設や非稼働は不要である。
このように、デバイスメーカーがある台数のHCMC装置を所有することには大きなメリットがある。HCMC装置によってHCとMCのプロセス変更を吸収することができるからである。また、一部の装置が故障やメンテナンスで使用できない場合にHCMC装置をHCまたはMCとして使用することもできる。したがって、HCMC装置を所有することにより、装置稼働率を全体として大幅に改善することができる。
なお、究極的には全ての装置をHCMCとすることも考えられる。しかし、多くの場合には、HCMCとHC(またはMC)との価格差や、既に所有しているHCやMCを活用することを考慮して、一部の装置のみをHCMCとすることが現実的であろう。
また、あるイオン注入処理のために、既存のある形式のイオン注入装置を、ウエハへのイオン注入方式が異なる他の装置で代用する場合には、注入特性の合わせ込みが困難になることがある。そのイオン注入処理のために、それら二種類のイオン注入装置でエネルギー及びドーズを一致させたとしても、ビーム発散角やビーム密度が異なり得るからである。ところが、HCMC装置は、同一ビームライン上(同じイオンビーム軌道)で高ドーズ高電流イオン注入条件と中ドーズ中電流イオン注入条件を処理することができる。このようにしてHCMC装置は高ドーズ高電流イオン注入条件と中ドーズ中電流イオン注入条件とを使い分ける。したがって、装置の代用に伴う注入特性の変化が十分に抑制され合わせ込みが容易になることが期待される。
HCMC装置は、HCとMCの共用装置であるだけでなく、既存のHC装置またはMC装置の運転範囲の外側にある注入条件を処理することもできる。図11に示されるように、HCMC装置は、高エネルギー/高ドーズ注入(範囲Dの右上領域F)及び低エネルギー/低ドーズ注入(範囲Dの左下領域G)も新たに処理可能な装置となる。したがって、上述の第1ビームライン設定S1及び第2ビームライン設定S2に加えて又はこれらに代えて、ある実施形態においては、イオン注入装置は、高エネルギー/高ドーズ注入のための第3ビームライン設定、及び/または、低エネルギー/低ドーズ注入のための第4ビームライン設定を備えてもよい。
以上説明したように、本実施形態においては、シリアル型高ドーズ高電流イオン注入装置と中ドーズ中電流イオン注入装置のビームラインを整合して共通化されている。そのうえで、ビームライン構成を切り換える仕組みが構築されている。こうして、同一ビームライン上(同じイオンビーム軌道と同じ注入方式)で広範なエネルギー/ビーム電流領域にわたる注入処理が可能となる。
以上、本発明を実施例にもとづいて説明した。本発明は上記実施形態に限定されず、種々の設計変更が可能であり、様々な変形例が可能であること、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは、当業者に理解されるところである。
上述の構成に代えて又はそれとともに、ビーム電流調整系によるビーム電流の量的調整は種々の構成が可能である。例えば、ビーム電流調整系がビームライン上に配設されている可変幅アパチャーを備える場合には、その可変幅アパチャーの場所は任意である。よって、可変幅アパチャーは、イオン源と質量分析磁石間、質量分析磁石と質量分析スリット間、質量分析スリットとビーム整形装置間、ビーム整形装置とビーム制御装置間、ビーム制御装置とビーム調整装置間、ビーム調整装置の各要素間、及び/または、ビーム調整装置と被処理物間にあってもよい。可変幅アパチャーは質量分析スリットであってもよい。
ビーム電流の調整は、固定幅アパチャーの前後に発散・収束レンズ系を配置することにより、アパチャーを通過するイオンビームの量を調整することで構成することもできる。固定幅アパチャーは質量分析スリットであってもよい。
ビーム電流の調整は、エネルギースリット開口幅可変(及び/またはビームライン終端開口幅可変スリット装置)を用いて行われてもよい。ビーム電流の調整は、アナライザマグネット(質量分析磁石)及び/またはステアラマグネット(軌道修正磁石)を用いて行われてもよい。ドーズ量の調整は、機械式走査の速度の可変範囲拡大(例えば、超低速から超高速まで)、及び/または、機械式走査の回数の変化を伴ってもよい。
ビーム電流の調整は、イオン源の調整(例えば、ガス量、アーク電流)によって行われてもよい。ビーム電流の調整は、イオン源の交換によって行われてもよい。この場合、MC用イオン源とHC用イオン源とが選択的に使用されてもよい。ビーム電流の調整は、イオン源の引出電極のギャップ調整によって行われてもよい。ビーム電流の調整は、イオン源の直下にCVAを設けることにより行われてもよい。
ビーム電流の調整は、リボンビームの上下幅の変更によって行われてもよい。ドーズ量の調整は、二次元メカニカルスキャン時のスキャン速度の変更によって行われてもよい。
ビームライン装置は、第1ビームライン設定または第2ビームライン設定のいずれかのみのもとで運転されるよう構成されている複数のビームライン構成要素を備え、それによって、イオン注入装置は、高電流イオン注入装置または中電流イオン注入装置として構成されていてもよい。すなわち、HCMC装置をプラットフォームとして、例えば一部のビームライン構成要素を交換したり、電源構成を変更したりすることによって、シリアル型高ドーズ・中ドーズ汎用イオン注入装置から、シリアル型高ドーズイオン注入専用装置またはシリアル型中ドーズイオン注入専用装置を生み出すことも可能となる。各々の専用装置は汎用装置よりも安価に製造できると見込まれるから、デバイスメーカーの製造コスト削減に貢献できる。
MCでは二価イオンや三価イオンの多価イオンを利用することにより、さらに高エネルギーでの注入もあり得る。しかし、通常のイオンソース(熱電子放出型イオンソース)における多価イオンの生成効率は、一価のイオンの生成効率よりかなり低い。そのため、そうした高エネルギー範囲における実用的なドーズ注入は現実的には難しい。イオンソースとしてRFイオンソースのような多価イオン増強ソースを採用すれば、四価、五価のイオンを取得することも可能である。したがって、さらに高エネルギーの条件で多くのイオンビームを取得することもできる。
よって、イオンソースとしてRFイオン源のような多価イオン増強ソースを採用することにより、HCMC装置をシリアル型高エネルギーイオン注入装置(HE)として運用することも可能である。これにより、シリアル型高エネルギー/低ドーズイオン注入装置でしかこれまで処理し得なかった注入条件の一部をHCMC装置で処理することが可能となる(図8に示されるMCの範囲を、範囲Cの少なくとも一部を包含するよう拡張することができる)。
以下、本発明の幾つかの態様を挙げる。
ある実施形態に係るイオン注入装置は、
イオンを生成しイオンビームとして引き出すイオン源と、
被処理物に前記イオンを注入するための注入処理室と、
前記イオン源から前記注入処理室へと前記イオンビームを輸送するためのビームラインを提供するビームライン装置と、を備え、
前記ビームライン装置は、前記注入処理室において前記被処理物の幅を超えるビーム照射域を有する前記イオンビームを供給し、
前記注入処理室は、前記ビーム照射域に対して前記被処理物を機械式に走査する機械式走査装置を備え、
前記ビームライン装置は、注入条件に応じて複数の注入設定構成のうちいずれかのもとで動作し、前記複数の注入設定構成は、前記被処理物への高ドーズ注入のための低エネルギー/高電流ビームの輸送に適する第1注入設定構成と、前記被処理物への低ドーズ注入のための高エネルギー/低電流ビームの輸送に適する第2注入設定構成と、を含み、
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とにおいて、前記ビームラインにおける基準となるビーム中心軌道が前記イオン源から前記注入処理室まで同一となるよう構成されている。
ある実施形態に係るイオン注入装置は、
イオンを生成しイオンビームとして引き出すイオン源と、
被処理物に前記イオンを注入するための注入処理室と、
前記イオン源から前記注入処理室へと前記イオンビームを輸送するためのビームラインを提供するビームライン装置と、を備えるイオン注入装置であって、
前記イオン注入装置は、前記被処理物のメカニカルスキャンと協働して前記イオンビームを前記被処理物に照射するよう構成されており、
前記ビームライン装置は、注入条件に応じて複数の注入設定構成のうちいずれかのもとで動作し、前記複数の注入設定構成は、前記被処理物への高ドーズ注入のための低エネルギー/高電流ビームの輸送に適する第1注入設定構成と、前記被処理物への低ドーズ注入のための高エネルギー/低電流ビームの輸送に適する第2注入設定構成と、を含み、
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とにおいて、前記ビームラインにおける基準となるビーム中心軌道が前記イオン源から前記注入処理室まで同一となるよう構成されている。
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とで同一の注入方式をとってもよい。前記ビーム照射域は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とで同一であってもよい。
前記ビームライン装置は、前記イオンビームを調整するビーム調整装置と、前記イオンビームを整形するビーム整形装置と、を備えてもよい。前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とで前記ビーム調整装置及び前記ビーム整形装置が同一のレイアウトで配置されていてもよい。前記イオン注入装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とで同一の設置床面積を有してもよい。
前記ビームライン装置は、前記イオンビームのビーム電流の総量を調整するためのビーム電流調整系を備えてもよい。前記第1注入設定構成は、前記ビーム電流調整系のための第1ビーム電流設定を含み、前記第2注入設定構成は、前記ビーム電流調整系のための第2ビーム電流設定を含み、前記第2ビーム電流設定は、前記第1ビーム電流設定に比べて前記イオンビームのビーム電流を小さくするよう定められていてもよい。
前記ビーム電流調整系は、当該調整要素を通過するときに前記イオンビームの少なくとも一部を遮断するよう構成されていてもよい。前記ビーム電流調整系は、前記ビームライン上に配設されている可変幅アパチャーを備えてもよい。前記ビーム電流調整系は、ビームライン終端開口幅可変スリット装置を備えてもよい。前記イオン源は、前記イオンビームのビーム電流の総量を調整するよう構成されていてもよい。前記イオン源は、前記イオンビームを引き出すための引出電極を備え、前記引出電極の開口を調整することにより前記イオンビームのビーム電流の総量が調整されてもよい。
前記ビームライン装置は、前記イオンの前記被処理物への注入エネルギーを調整するためのエネルギー調整系を備えてもよい。前記第1注入設定構成は、前記エネルギー調整系のための第1エネルギー設定を含み、前記第2注入設定構成は、前記エネルギー調整系のための第2エネルギー設定を含み、前記第1エネルギー設定は、前記第2エネルギー設定に比べて低エネルギービームの輸送に適するものであってもよい。
前記エネルギー調整系は、前記イオンビームの平行化のためのビーム平行化装置を備えてもよい。前記ビーム平行化装置は、前記第1注入設定構成のもとで前記イオンビームを減速し、または減速及び加速し、前記第2注入設定構成のもとで前記イオンビームを加速し、または加速及び減速するよう構成されていてもよい。前記ビーム平行化装置は、前記イオンビームを加速する加速レンズと、前記イオンビームを減速する減速レンズと、を備え、加減速の配分を変更可能に構成されており、前記ビーム平行化装置は、前記第1注入設定構成のもとで前記イオンビームを主に減速し、前記第2注入設定構成のもとで前記イオンビームを主に加速するよう構成されていてもよい。
前記ビームライン装置は、前記イオンビームのビーム電流の総量を調整するためのビーム電流調整系と、前記イオンの前記被処理物への注入エネルギーを調整するためのエネルギー調整系と、を備え、前記ビーム電流の総量と前記注入エネルギーとを個別に又は同時に調整してもよい。前記ビーム電流調整系と前記エネルギー調整系とは別個のビームライン構成要素であってもよい。
前記イオン注入装置は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とを含む複数の注入設定構成のうち所与のイオン注入条件に適するいずれかの注入設定構成を手動で又は自動で選択するよう構成されている制御部を備えてもよい。
前記制御部は、前記被処理物に注入される所望のイオンドーズ量が概略1×1014〜1×1017atoms/cm2の範囲にあるとき前記第1注入設定構成を選択し、前記被処理物に注入される所望のイオンドーズ量が概略1×1011〜1×1014atoms/cm2の範囲にあるとき前記第2注入設定構成を選択してもよい。
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成のもとで第1エネルギー調整範囲を有し、前記第2注入設定構成のもとで第2エネルギー調整範囲を有し、前記第1エネルギー調整範囲と前記第2エネルギー調整範囲とは部分的に重複した範囲をもってもよい。
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成のもとで第1ドーズ調整範囲を有し、前記第2注入設定構成のもとで第2ドーズ調整範囲を有し、前記第1ドーズ調整範囲と前記第2ドーズ調整範囲とは部分的に重複した範囲をもってもよい。
前記ビームライン装置は、ビーム輸送方向に垂直な長手方向に延びる細長照射域を形成するよう前記イオンビームを走査するビームスキャン装置を備えてもよい。前記注入処理室は、前記ビーム輸送方向及び前記長手方向に垂直な方向に前記被処理物のメカニカルスキャンを提供するよう構成されている物体保持部を備えてもよい。
前記ビームライン装置は、ビーム輸送方向に垂直な長手方向に延びる細長照射域を有するリボンビームを生成するリボンビーム発生器を備えてもよい。前記注入処理室は、前記ビーム輸送方向及び前記長手方向に垂直な方向に前記被処理物のメカニカルスキャンを提供するよう構成されている物体保持部を備えてもよい。
前記注入処理室は、ビーム輸送方向に垂直な面内で互いに直交する2つの方向に前記被処理物のメカニカルスキャンを提供するよう構成されている物体保持部を備えてもよい。
前記ビームライン装置は、前記第1注入設定構成または前記第2注入設定構成のいずれかのみのもとで運転されるよう構成されている複数のビームライン構成要素から選択可能なように構成され、それによって、前記イオン注入装置は、高電流イオン注入専用装置または中電流イオン注入専用装置として構成されていてもよい。
ある実施形態に係るイオン注入方法は、
被処理物への高ドーズ注入のための低エネルギー/高電流ビームの輸送に適する第1注入設定構成と、前記被処理物への低ドーズ注入のための高エネルギー/低電流ビームの輸送に適する第2注入設定構成と、を含む複数の注入設定構成のうち所与のイオン注入条件に適するいずれかの注入設定構成をビームライン装置に関して選択することと、
選択された注入設定構成のもとで前記ビームライン装置を使用して、イオン源から注入処理室までビームラインにおける基準となるビーム中心軌道に沿ってイオンビームを輸送することと、
前記被処理物のメカニカルスキャンと協働して前記被処理物に前記イオンビームを照射することと、を備え、
前記基準となるビーム中心軌道は、前記第1注入設定構成と前記第2注入設定構成とで同一である。
前記輸送することは、前記イオンビームのビーム電流の総量を調整することにより前記被処理物への注入ドーズ量を調整することを備えてもよい。前記注入ドーズ量は、前記第1注入設定構成のもとでは第1ドーズ調整範囲で調整され、前記第2注入設定構成のもとでは前記第1ドーズ調整範囲よりも小さいドーズ範囲を含む第2ドーズ調整範囲で調整されてもよい。
前記輸送することは、前記被処理物への注入エネルギーを調整することを備えてもよい。前記注入エネルギーは、前記第1注入設定構成のもとでは第1エネルギー調整範囲で調整され、前記第2注入設定構成のもとでは前記第1エネルギー調整範囲よりも高いエネルギー範囲を含む第2エネルギー調整範囲で調整されてもよい。
1.ある実施形態に係るイオン注入装置は、減速を主体とする電源の接続と加速を主体とする電源の接続とを切り替えることによって、同じビーム軌道と同じ注入方式を持ちながら、広いエネルギーレンジを持つ。
2.ある実施形態に係るイオン注入装置は、高電流を得られるビームラインにビームライン上流部でビームの一部をカットする機器を備えることで、同じビーム軌道と同じ注入方式を持ちながら、広いビーム電流レンジを持つ。
3.ある実施形態に係るイオン注入装置は、上記実施形態1および上記実施形態2の特性を共に備えることにより、同じビーム軌道と同じ注入方式を持ちながら、広いエネルギーレンジと広いビーム電流レンジを併せ持っていてもよい。
ある実施形態に係るイオン注入装置は、上記実施形態1から3において、同じ注入方式としてビームスキャンと機械的ウエハスキャンを組み合わせる装置であってもよい。ある実施形態に係るイオン注入装置は、上記実施形態1から3において、同じ注入方式としてリボン状のビームと機械的ウエハスキャンを組み合わせる装置であってもよい。ある実施形態に係るイオン注入装置は、上記実施形態1から3において、同じ注入方式として二次元の機械的ウエハスキャンを組み合わせる装置であってもよい。
4.ある実施形態に係るイオン注入装置またはイオン注入方法は、同一ビームライン(同じイオンビーム軌道と同じ注入方式)上に、高ドーズ高電流イオン注入ビームライン要素と中ドーズ中電流イオン注入ビームライン要素を並列して構成することにより、高ドーズ高電流イオン注入と中ドーズ中電流イオン注入とを選択/切換自在に構成し、低エネルギーから高エネルギーの極めて広いエネルギー範囲と、低ドーズから高ドーズまでの極めて広いドーズ範囲とをカバーする。
5.上記実施形態4において、同一ビームライン上に、高ドーズ用と中ドーズ用で共用される各ビームライン要素と、高ドーズ用/中ドーズ用で個別に切換される各ビームライン要素とが、それぞれ構成されていてもよい。
6.上記実施形態4又は5において、ビーム電流量を広い範囲で調節することを目的として、ビームの一部をビームライン上流部で物理的にカットするビーム制限装置((上下又は左右の可変幅スリット、または、四角状又は円形状の可変開口)を設けてもよい。
7.上記実施形態4から6のいずれかにおいて、被処理物に注入される所望のイオンドーズ量に基づいて、高ドーズ高電流イオン注入と中ドーズ中電流イオン注入とを選択するように構成する切換コントローラ制御装置を設けてもよい。
8.上記実施形態7において、切換コントローラは、被処理物に注入される所望のイオンドーズ量が、概略1×1011〜1×1014atoms/cm2の中ドーズ中電流範囲にあるとき、ビームラインを中ドーズ加速(引出)/加速(Pレンズ)/減速(ADコラム)モードで作動させるように構成され、また、被処理物に注入される所望のイオンドーズ量が、概略1×1014〜1×1017atoms/cm2の高ドーズ高電流範囲にあるとき、ビームラインを高ドーズ加速(引出)/減速(Pレンズ)/減速(ADコラム)モードで作動させてもよい。
9.上記実施形態4から8のいずれかにおいて、加速モードを使用して比較的高いエネルギーのイオンを注入する装置と、減速モードを使用して比較的低いエネルギーのイオンを注入する装置とは、互いに重複するエネルギー範囲を有してもよい。
10.上記実施形態4から8のいずれかにおいて、加速モードを使用して比較的高いエネルギーのイオンを注入する装置と、減速モードを使用して比較的低いエネルギーのイオンを注入する装置とは、互いに重複するドーズ範囲を有してもよい。
11.上記実施形態4から6のいずれかにおいて、ビームライン構成要素を制限することにより、高ドーズ高電流イオン注入専用装置、または、中ドーズ中電流イオン注入専用装置へと、構成を容易に変更できるようになっていてもよい。
12.上記実施形態4から11のいずれかにおいて、ビームラインの構成は、ビームスキャンとメカニカル基板スキャンとを組み合わせていてもよい。
13.上記実施形態4から11のいずれかにおいて、ビームラインの構成は、基板(又はウエハ又は被処理物)幅以上の幅を持つリボン状のビームとメカニカル基板スキャンとを組み合わせていてもよい。
14.上記実施形態4から11のいずれかにおいて、ビームラインの構成は、二次元方向のメカニカル基板スキャンを備えてもよい。
図15は、本発明のある実施の形態に係るイオン注入装置が備える走査ユニット1000の構成を示す斜視断面図である。イオン注入装置は、上流電極装置300と、走査電極装置400と、下流電極装置500とを含む走査ユニット1000を備える。本図に示す上流電極装置300、走査電極装置400及び下流電極装置500は、走査ユニット1000に入射するイオンビームBの基準軌道を基準に実質的に上下対称であり、かつ、左右対称の形状を有している。本図では、理解を助けるために、下半分のみの構成を示している。
上流電極装置300は、走査電極装置400のすぐ上流に配置され、走査電極装置400に入射するイオンビームの形状を整形する。上流電極装置300は、複数の電極体により構成されており、上流第1基準電圧電極310と、上流中間電極330と、上流第2基準電圧電極350を有する。上流電極装置300は、例えば、図5(a)及び図5(b)に示すイオン注入装置200において、第2XY収束レンズ208として用いることができる。
走査電極装置400は、走査電極装置400に入射するイオンビームに偏向電界を作用させて、イオンビームを横方向(x方向)に周期的に走査させる。走査電極装置400は、イオンビームに偏向電界を作用させる一対の走査電極410R、410L(以下、総称して走査電極410ともいう)と、ビーム輸送補正電極450を有する。ビーム輸送補正電極450は、走査電極410R、410Lによる偏向電界がゼロとなった瞬間に、偏向電界が印加されている場合と比べてイオンビーム径が小さくなってしまう、いわゆる「ゼロ電場効果」を抑制するために設けられる。ビーム輸送補正電極450は、縦方向(y方向)に対向して一対設けられる。本図では、下側に配置される下補正電極450Bのみを示している。走査電極装置400は、例えば、図5(a)及び図5(b)に示すイオン注入装置200において、スキャナー209として用いることができる。
下流電極装置500は、走査電極装置400のすぐ下流に配置され、走査電極装置400により走査されたイオンビームの形状を整形する。下流電極装置500は、複数の電極体により構成されており、下流第1基準電圧電極510と、下流第1中間電極530と、下流第2基準電圧電極550と、下流第2中間電極570と、下流第3基準電圧電極590を有する。下流電極装置500は、例えば、図5(a)及び図5(b)に示すイオン注入装置200において、Y収束レンズ210として用いることができる。
図16(a)及び図16(b)は、図15に示す走査ユニット1000の概略構成を示す断面図である。図16(a)は、イオンビームの基準軌道Zが延びる方向をz方向とした場合に、基準軌道Zを含む横方向断面(xz平断面)を示している。図16(b)は、基準軌道Zを含む縦方向断面(yz平断面)を示している。以下、本図を参照しながら、走査ユニット1000について、走査電極装置400、上流電極装置300、下流電極装置500の順に説明する。
図17は、走査電極装置400の概略構成を示す図であり、図16(a)のX−X断面を示す図である。一対の走査電極410R、410Lは、イオンビームBの基準軌道Zを挟んで横方向(x方向)に対向して設けられる。走査電極410R、410Lは、それぞれ略凹形状の電極面412R、412Lを有する。略凹形状の電極とすることにより、横長の断面形状を有するイオンビームBを均一に同じ角度で偏向させることができる。なお、破線で示すイオンビームBの断面形状は、図16(a)及び図16(b)に示す走査電極装置400の入口402付近における形状を模式的に示している。
走査電極410R、410Lは、図16(a)に示すように、下流方向に向かって右電極面412Rと左電極面412Lの距離が広がっていく末広がりの形状を有している。これにより、走査電極装置400の出口404付近において、右走査電極410Rまたは左走査電極410Lのいずれか一方に近づくように偏向されるイオンビームBを均一に同じ角度で偏向させることができる。
一対のビーム輸送補正電極450A、450B(以下、総称してビーム輸送補正電極450ともいう)は、イオンビームBの基準軌道Zを挟んで縦方向(y方向)に対向して設けられる。ビーム輸送補正電極450は、横方向(x方向)に厚さdを有する板状部材により形成される。ビーム輸送補正電極450の厚さdは、自立できる強度を有する程度に厚く、ビーム輸送補正電極450による効果を基準軌道Zの近傍に限定できる程度に薄くすることが望ましい。ビーム輸送補正電極450により抑制しようとする「ゼロ電場効果」は、偏向電界がゼロとなりイオンビームが基準軌道Zに沿って進むときに発生するためである。ビーム輸送補正電極450には、数kV〜20kV程度の正のバイアス電圧が印加され、例えば、+10kV程度の電圧が印加される。
ビーム輸送補正電極450A、450Bは、それぞれ走査電極装置400の入口402から出口404へ延びる直線部452と、直線部452から基準軌道Zに向けて縦方向に突出するビーム輸送補正入口電極体454を有する。直線部452は、主に、走査電極装置400の全体に対してゼロ電場効果の発生を抑制する機能を有する。一方、ビーム輸送補正入口電極体454は、主に走査電極装置400の入口402において、基準軌道Zの近くを通るイオンビームを縦収束させる機能を有する。
ビーム輸送補正入口電極体454は、走査電極装置400の入口402付近に設けられる。ビーム輸送補正入口電極体454は、図16(b)に示すように、z方向の長さLbが、直線部452を含むビーム輸送補正電極450全体の長さLaの1/3以下程度となるように設けられる。好ましくは、ビーム輸送補正入口電極体454の長さLbは、ビーム輸送補正電極450全体の長さLaの1/4程度から1/5程度の長さとすることが望ましい。これにより、ビーム輸送補正入口電極体454による縦収束の効果を走査電極装置400の入口402付近に限定することができる。また、ビーム輸送補正入口電極体454の厚さdを薄くすることで、縦収束の効果が基準軌道Zの近くを通るイオンに限定され、基準軌道Zより外側を通るイオンへの影響が抑えられる。
ビーム輸送補正入口電極体454は、図17に示すように、端部454aがイオンビームBに近接するように設けられる。このとき基準軌道Zと端部454aの距離h0は、走査電極410により生成される偏向電界への影響を少なくしつつ、基準軌道Zの近くにビーム輸送補正入口電極体454による影響を与えることができる程度の距離に調整する必要がある。基準軌道Zと端部454aの距離h0は、イオンビームBの縦方向の径Dyの数倍程度とすることが望ましく、例えば、径Dyの3倍から4倍程度とすればよい。
図16(a)及び図16(b)に戻り、上流電極装置300について詳述する。
上流電極装置300を構成する電極は、走査電極装置400の入口402から上流方向に向かって、上流第1基準電圧電極310、上流中間電極330、上流第2基準電圧電極350の順に配置される。
上流第1基準電圧電極310、上流中間電極330及び上流第2基準電圧電極350は、それぞれイオンビーム通過用の開口部312、332、352を有する。上流電極装置300に入射するイオンビームBは、横方向に長い扁平形状をしており、上流電極装置300を構成するこれらの電極の開口部312、332、352は、横方向に長い断面矩形の形状を有する。例えば、上流第1基準電圧電極310の開口部312の形状は、後述する図18(a)に示される。
上流第1基準電圧電極310及び上流第2基準電圧電極350は、通常接地電位とされる。したがって、上流第1基準電圧電極310及び上流第2基準電圧電極350は、上流第1グランド電極及び上流第2グランド電極ということもできる。なお、上流第1基準電圧電極310及び上流第2基準電圧電極350には、接地電位ではなく、基準電圧となる他の電位が印加されていてもよい。
上流第1基準電圧電極310と上流第2基準電圧電極350の間に配置される上流中間電極330は、負の高電圧が印加される。これにより、上流中間電極330は、走査電極装置400への電子の侵入を抑制するサプレッション電極として機能する。また、上流中間電極330の上流側および下流側の双方に基準電圧電極を設けることで、サプレッション電極による電子の遮蔽効果が高められる。したがって、上流電極装置300は、走査電極装置400に入射するイオンビームに対して電子抑制作用を有するサプレッション電極装置ということもできる。
また、他の実施例として、上流中間電極330には、サプレッション電圧として必要とされる電圧よりも高い電圧が印加されることがある。例えば、上流中間電極330には、数十kVの負の電圧が印加され、例えば、−30kV程度から−50kv程度の電圧が印加される。これにより、上流電極装置300は、アインツェルレンズとして機能する。したがって、上流中間電極330をアインツェル電極ということもできる。これにより、上流電極装置300は、上流電極装置300を通過するイオンビームを縦方向や横方向に収束させ、走査電極装置400に入射するイオンビームBを整形する。したがって、上流電極装置300は、走査電極装置400に入射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成される。
上流中間電極330の上流面330aは、凸曲面となるような弓形形状を有する。また、上流第2基準電圧電極350の下流面350bは、上流中間電極330の上流面330aに対応して凹曲面となるような弓形形状を有する。これにより、上流電極装置300を通過するイオンビームは、横方向に収束される。なお、上流電極装置300は、上流電極装置300を通過するイオンビームを縦方向に収束させるような形状を有してもよいし、横方向と縦方向の双方にイオンビームを収束させるような形状を有してもよい。
図18(a)及び図18(b)は、上流第1基準電圧電極310の概略形状を示す図である。図18(a)は、上流第1基準電圧電極310の下流面310bの外観を示し、図18(b)は、図18(a)のX−X線断面を示す。図示されるように、上流第1基準電圧電極310の開口部312は、横方向に長い矩形状を有する。開口部312は、上面314、下面315、右側面316及び左側面317の四面に囲まれている。
上流第1基準電圧電極310は、下流面310bから走査電極装置400に向かって突出する一対の収差補正部324を有する。一対の収差補正部324は、開口部312を縦方向に挟むようにして開口部312の上下に設けられる。収差補正部324は、例えば、開口部312を挟んで縦方向に対向する面が三角形状または台形状となる形状を有する。
収差補正部324を設けることにより、開口部312の上面314及び下面315は、その中央部320が走査電極装置400に向けて突出した形状となる。その結果、上流第1基準電圧電極310の上面314及び下面315は、中央部320のz方向の厚さw1が、側方部322の厚さw2よりも大きくなる。なお、ここで中央部320とは、基準軌道Zに対応する位置のことをいい、側方部322とは中央部320から横方向に離れた位置であって、右側面316や左側面317に近い位置のことをいう。
収差補正部324は、走査電極装置400が生成する偏向電界を部分的に遮蔽し、ビーム輸送補正入口電極体454を有するビーム輸送補正電極450を設けることにより発生する収差を低減する。以下、比較例に係る上流第1基準電圧電極及び走査電極装置を挙げながら、ビーム輸送補正入口電極体454を有するビーム輸送補正電極450の効果とともに、上流第1基準電圧電極310に収差補正部324を設けることによる効果について示す。
図19(a)及び図19(b)は、比較例に係る上流第1基準電圧電極1310及び走査電極装置1400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。比較例に係る上流第1基準電圧電極1310は、収差補正部324を有しておらず、中央部と側方部とでイオンビームの軌道に沿ったz方向の厚さが同じとなる開口形状を有する。また、比較例に係る走査電極装置1400は、ビーム軌道に向けて突出するビーム輸送補正入口電極体のないビーム輸送補正電極1450が設けられる。
図19(a)及び図19(b)は、輸送されるイオンビームの電流値が比較的低い場合の軌道を示しており、空間電荷効果によって輸送されるイオンビームが発散しにくい状態を示している。そのため、輸送されるイオンビームの軌道は、設計時に意図した軌道をそのままトレースすることとなり、イオンビームが基準軌道を通る場合であっても、基準軌道よりも外側を通る場合であっても、走査電極が印加する偏向電界によってほぼ同じ角度に偏向される。したがって、図19(a)に示されるように、中心の軌道F1を通るイオンビームと、中心の軌道F1の左外側および右外側の軌道E1、G1を通るイオンビームは、ほぼ同じ角度で偏向される。また、図19(b)に示されるように、中心の軌道の上外側および下外側の軌道J1、K1を通るイオンビームは、空間電荷効果によって縦方向にほとんど発散することなく輸送される。
なお、空間電荷効果とは、正の電荷を有するイオンが多数含まれるイオンビームにおいて、互いに近接するイオン同士に作用する斥力により、イオンビームの径が横方向もしくは縦方向または双方向に広がってしまう現象をいう。イオンビームの電流値が低い場合、イオンビームに含まれるイオンの空間的な密度が低く、近接するイオン同士の距離が離れているために斥力が生じにくい。一方、イオンビームの電流値が高い場合、イオンビームに含まれるイオンの空間的な密度が高いため、近接するイオン同士の距離が近づいて比較的強い斥力が生じ、ビーム径が広がりやすい状態となる。そのため、高電流のイオンビームを適切に輸送するためには、空間電荷効果を考慮してビームラインを設計する必要がある。
以下、輸送されるイオンビームの電流値が高い場合におけるビーム軌道について説明する。このとき、図19(a)及び図19(b)に示すイオンビームの軌道E1、F1、G1、J1、K1を基準となる設計軌道とする。この設計軌道は、高電流のイオンビームの輸送時に考慮しなければならない空間電荷効果の影響が解消された軌道ということができ、高電流ビームの輸送において目標とする理想的な軌道ということができる。
図20(a)及び図20(b)は、比較例に係る上流第1基準電圧電極1310及び走査電極装置1400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。本図は、図19(a)及び図19(b)と同じ機器構成において、輸送されるイオンビームの電流値が高い場合の軌道を示しており、空間電荷効果によってビームが横方向および縦方向に発散する様子を示している。
図20(a)に示すように、中心の軌道F2を通るイオンビームは、設計軌道F1とほぼ同じ軌道を通るのに対し、右外側および左外側の軌道E2、G2を通るイオンビームは、設計軌道E1、G1よりも少し外側を通る。また、図20(b)に示すように、上外側および下外側の軌道J2、K2を通るイオンビームは、設計軌道J1、K1に対して縦方向に大きく発散する。走査電極装置1400に入射されるイオンビームは、縦方向に強く収束されて横方向に広がったビーム断面形状を有しており、縦方向により強く空間電荷効果が作用するためであると考えられる。
このように、走査電極装置1400から出射されるビーム径が縦方向に大きく広がってしまうと、走査電極装置1400よりも下流に設けられる機器に影響を与えることとなる。例えば、ビーム径の広いイオンビームをそのまま輸送しようとすると、各種電極に設けられるイオンビーム通過用の開口部を大きくする必要があり、その結果、下流側の電極サイズを大きくしなければならない。また、電極がサイズアップすると、電極に高電圧を印加する電源の容量も大きくしなければならない。そうすると、装置全体の大型化につながり、装置のコストも高くなってしまう。
そこで、本実施の形態では、ビーム輸送補正電極450に基準軌道に向けて突起するビーム輸送補正入口電極体454を設けて、走査電極装置400の入口付近においてイオンビームを縦収束させることとする。図21(a)及び図21(b)は、本発明のある実施の形態に係る上流第1基準電圧電極1310及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。上流第1基準電圧電極1310は、上述の比較例と同様の構成を有するが、走査電極装置400は、ビーム輸送補正電極450がビーム輸送補正入口電極体454を有する点で上述の比較例と異なる。
図21(b)に示すように、ビーム輸送補正入口電極体454を設けることにより、走査電極装置400の入口402においてビームを縦収束させることができる。これにより、本実施の形態において上外側および下外側の軌道J3、K3を通るイオンビームは、比較例に係る軌道J2、K2と比べて縦方向の発散が抑制される。これにより、走査電極装置400から出射されるイオンビームが縦方向に広がることによる影響を防ぐことができる。
一方で、図21(a)に示すように、ビーム輸送補正入口電極体454に近い中心の軌道F3を通るイオンビームは、ビーム輸送補正入口電極体454の影響により設計軌道F1からずれる。ビーム輸送補正入口電極体454の存在により、ビーム輸送補正入口電極体454の周囲において偏向電界に歪みが生じ、ビーム輸送補正入口電極体454に近い軌道を通るイオンほど相対的に強く偏向されるためである。その結果、イオンビームの基準軌道の近傍で収差が生じ、走査電極装置400を通過したイオンビームのビーム品質が劣化してしまう。
そこで、本実施の形態では、上流第1基準電圧電極310の中央部320に収差補正部324を設けることで、イオンビームの基準軌道の近傍で生じる収差の影響を抑制する。図22(a)及び図22(b)は、本発明のある実施の形態に係る上流第1基準電圧電極310及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。図示されるように、収差補正部324は、ビーム輸送補正入口電極体454に向かって突出するように設けられる。収差補正部324は、走査電極装置400が生成する偏向電界を収差補正部324の近傍において部分的に遮蔽する効果を有する。その結果、中心の軌道F4を通るイオンビームは、収差補正部324により偏向電界が部分的に遮蔽され、偏向電界が作用する実質的な距離が短くなる。これにより、ビーム輸送補正入口電極体454に近い軌道を通るイオンほど相対的に強く偏向されてしまう影響を抑制する。したがって、収差補正部324を設けることにより、イオンビームの基準軌道の近傍で生じる収差の影響を抑え、ビーム品質を高めることができる。さらに、上流電極装置300は、ビーム輸送補正電極450と相互に連関して、走査電極装置400に入射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されていてもよい。
図23(a)及び図23(b)は、本発明のある実施の形態に係る上流電極装置300及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。本図は、上流第1基準電圧電極310の上流に、上流中間電極330および上流第2基準電圧電極350を追加した構成を示す。上述したように、上流中間電極330にサプレッション電圧よりも高い電圧を印加させることで、上流電極装置300は、アインツェルレンズとして機能する。つまり、上流電極装置300は、走査電極装置400に入射させる手前でイオンビームを横方向に収束させる。これにより、図23(a)に示すように、中心の軌道の右外側および左外側の軌道E5、G5を通るイオンビームを、アインツェルレンズがない場合の軌道E4、G4と比べて横方向に収束させることができる。
図24(a)及び図24(b)は、変形例に係るビーム輸送補正電極450の概略形状を示す図である。上述の実施の形態においては、ビーム輸送補正電極450が走査電極装置400の入口402から出口404まで延びる直線部452を有することとした。図24(a)に示すように、変形例に係るビーム輸送補正電極450では、直線部452の長さが短く、走査電極装置400の上流側のみに設けられることとしてもよい。また、図24(b)に示すように、変形例に係るビーム輸送補正電極450では、直線部452が設けられず、走査電極装置400の入口402付近に含まれるビーム輸送補正入口電極体454によりビーム輸送補正電極450が構成されていてもよい。このような変形例においても、上述の実施の形態と同様に、走査電極装置400の入口402付近においてイオンビームを縦方向に収束させるとともに、ゼロ電場効果の発生を抑制する効果を奏することができる。
図25は、変形例に係る上流第1基準電圧電極1310及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。上述の実施の形態では、図21(a)に示したように、ビーム輸送補正入口電極体454に近い中心の軌道F3を通るイオンビームが、ビーム輸送補正入口電極体454の影響により強く偏向されてしまうこととなる場合について示した。一方、本変形例においては、ビーム輸送補正入口電極体454に近い中心の軌道F6を通るイオンビームが、ビーム輸送補正入口電極体454の影響により相対的に弱く偏向されてしまう場合を示す。ビーム輸送補正入口電極体454の形状や配置によっては、ビーム輸送補正入口電極体454の存在によって偏向電界の分布に乱れが生じ、図示するように基準軌道の近傍において偏向の度合いが弱くなることもある。この場合においても、イオンビームの基準軌道の近傍で収差が生じることとなるため、走査電極装置400を通過したイオンビームのビーム品質が劣化してしまう。
そこで、本変形例では、上流第1基準電圧電極310の中央部320に凹形状を有する収差補正部326を設けることで、イオンビームの基準軌道の近傍で生じる収差の影響を抑制する。図26は、変形例に係る上流第1基準電圧電極310及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。図示されるように、収差補正部326は、ビーム輸送補正入口電極体454に対して中央部320が陥没するように設けられ、下流面310bが走査電極装置400に対して凹となる形状を有する。いいかえれば、上流第1基準電圧電極310の中央部320におけるz方向の厚さw11が、側方部322におけるz方向の厚さw12よりも小さくなるような開口形状とする。
収差補正部326は、走査電極装置400が生成する偏向電界が作用する領域を拡張する効果を有し、中心の軌道F7を通るイオンビームは、偏向電界が作用する実質的な距離が長くなる。これにより、ビーム輸送補正入口電極体454に近い軌道を通るイオンほど相対的に弱く偏向されてしまう影響を抑制する。したがって、本変形例においては、凹形状の収差補正部326を設けることにより、イオンビームの基準軌道の近傍で生じる収差の影響を抑え、ビーム品質を高めることができる。
なお、収差補正部324、326が設けられる上流第1基準電圧電極310は、ビーム輸送補正電極450のビーム輸送補正入口電極体454により生じる収差の影響を低減させる目的以外の用途で用いることとしてもよい。例えば、走査電極装置400の入口402付近にビーム輸送補正入口電極体454を設けない場合であっても、基準軌道の近くを通るイオンビームに収差が発生する場合に、その収差の影響を緩和する目的で収差補正部324、326を設けることとしてもよい。例えば、基準軌道に沿って走査電極装置400へ入射するイオンビームの偏向量が相対的に大きい場合には、上流第1基準電圧電極310に凸形状を有する収差補正部324を設ければよい。一方、基準軌道に沿って走査電極装置400へ入射するイオンビームの偏向量が相対的に小さい場合には、上流第1基準電圧電極310に凹形状を有する収差補正部326を設ければよい。また、収差補正部324、326により補正する収差の量は、収差補正部324、326の形状により調整することができるため、必要とする補正量に応じて収差補正部324、326の形状を定めればよい。
つづいて、図16(a)及び図16(b)に戻り、下流電極装置500について詳述する。下流電極装置500を構成する電極は、走査電極装置400の出口404から下流方向に向かって、下流第1基準電圧電極510、下流第1中間電極530、下流第2基準電圧電極550、下流第2中間電極570、下流第3基準電圧電極590の順に配置される。
下流第1基準電圧電極510、下流第1中間電極530、下流第2基準電圧電極550、下流第2中間電極570及び下流第3基準電圧電極590は、それぞれイオンビーム通過用の開口部512、532、552、572、592を有する。下流電極装置500には、走査電極装置400により横方向に走査されたイオンビームが入射するため、これらの電極の開口部512、532、552、572、592は、横方向に長い形状を有する。
下流電極装置500を構成する電極は、下流側に配置される電極ほど横方向の開口幅が広くなるように開口部が形成される。例えば、下流第1中間電極530の横方向の開口幅w4は、下流第1基準電圧電極510の横方向の開口幅w3よりも大きい。また、下流第2基準電圧電極550の横方向の開口幅w5は、下流第1中間電極530の横方向の開口幅w4よりも大きい。
下流第1基準電圧電極510以外の電極の開口部532、552、572、592は、横方向に長い断面矩形の形状を有する。一方、下流第1基準電圧電極510の開口部512は、後述する図27(a)に示されるように、左右両端の開口幅が縦方向(y方向)に広がった断面形状を有する。
下流第1基準電圧電極510、下流第2基準電圧電極550及び下流第3基準電圧電極590は、通常接地電位とされる。したがって、下流第1基準電圧電極510、下流第2基準電圧電極550及び下流第3基準電圧電極590のそれぞれは、下流第1グランド電極、下流第2グランド電極及び下流第3グランド電極ということもできる。なお、下流第1基準電圧電極510、下流第2基準電圧電極550及び下流第3基準電圧電極590のそれぞれには、接地電位ではなく、基準電圧となる他の電位が印加されていてもよい。
下流第1基準電圧電極510と下流第2基準電圧電極550の間に配置される下流第1中間電極530には、数十kVの正の高電圧が印加され、例えば、+30kVから+50kv程度の電圧が印加される。これにより、下流第1基準電圧電極510、下流第1中間電極530及び下流第2基準電圧電極550は、アインツェルレンズとして機能する。したがって、下流第1中間電極530は、アインツェル電極ということもできる。これにより、下流第1基準電圧電極510、下流第1中間電極530及び下流第2基準電圧電極550は、下流電極装置500を通過するイオンビームを縦方向や横方向に収束させて、下流電極装置500を通過するイオンビームを整形する。したがって、下流電極装置500は、走査電極装置400から出射されるイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成される。
また、下流第2基準電圧電極550と下流第3基準電圧電極590の間に配置される下流第2中間電極570には、数kV程度の負の高電圧が印加され、例えば、−1kVから−10kV程度の電圧が印加される。これにより、下流第2中間電極570は、走査電極装置400への電子の侵入を抑制するサプレッション電極として機能する。また、下流第2中間電極570の上流側および下流側の双方に基準電圧電極を設けることで、サプレッション電極による電子の遮蔽効果が高められる。したがって、下流電極装置500は、走査電極装置400から出射するイオンビームに対して電子抑制作用を有するサプレッション電極装置ということもできる。
図27(a)及び図27(b)は、下流第1基準電圧電極510の概略形状を示す図である。図27(a)は、下流第1基準電圧電極510の下流面510bの外観を示し、下流第1基準電圧電極510の上流に配置される走査電極410の位置を破線で示している。図27(b)は、図27(a)のX−X線断面を示す。図示されるように、下流第1基準電圧電極510の開口部512は、横方向に長い略矩形状を有し、左右両端に向かって開口幅が縦方向に徐々に大きくなる形状を有する。
下流第1基準電圧電極510の開口部512は、基準軌道Zに対応する中央部520における縦方向の開口幅h1よりも、側方部522R、552Lにおける縦方向の開口幅h2が大きい。また、中央部520の近傍にあたる中央領域X1では縦方向の開口幅がh1のまま一定であるのに対し、側方部522R、522Lの近傍にあたる側方領域X2では、縦方向の開口幅が左右両端に近づくにつれて大きくなる。ここで、側方領域X2とは、走査電極410の下流側の端部に対向する位置であり、走査電極410の電極面412R、412Lの下流端部422R、422Lに対向する位置である。
走査電極410の下流端部422R、422Lの近傍は、電極面412R、412Lからある程度離れた位置と異なって歪んだ電界分布となっている。一般に、電極の端部近傍は、電極面の中央付近と比べて電界分布が乱れやすいためである。そのため、走査電極410の下流端部422R、422Lの近傍を通過するイオンビームは、歪んだ偏向電界の影響を受けて、意図しない方向に収束されてしまう。本実施の形態においては、走査電極410の下流端部422R、422Lに対向する位置にある側方領域X2において、下流第1基準電圧電極510の開口部512の縦方向の開口幅を広げることにより、この歪んだ偏向電界の影響を緩和させる。
図28は、下流第1基準電圧電極510及び下流第1中間電極530の概略構造を示す図である。下流第1中間電極530は、基準軌道Zと直交する上流面530aを有し、基準軌道Zが位置する中央部540の近傍で上流面530aが下流第1基準電圧電極510に向かって凸となる形状を有する。また、下流第1中間電極530は、開口部532を囲む上面534、下面535、右側面536及び左側面537を有し、上面534及び下面535の中央部540が下流第1基準電圧電極510に向けて凸となる形状を有する。したがって、下流第1中間電極530は、開口部532の基準軌道Zに沿ったz方向の厚さが、中央部540の厚さw7が側方部542R、542Lの厚さw8よりも大きくなる。また、下流第1中間電極530の開口部532は、中央領域X1においてz方向の厚さw7が一定であり、側方領域X2においてz方向の厚さが徐々に小さくなり、側方領域X2の外側で中央領域X1よりも小さい厚さw8となる。
一方、下流第1基準電圧電極510は、基準軌道Zと直交する下流面510bが平坦面である。つまり、下流第1基準電圧電極510の開口部512は、z方向の厚さw6が中央領域X1及び側方領域X2においてともに一定である。このため、下流第1基準電圧電極510の下流面510bと、下流第1中間電極530の上流面530aとの距離は、中央領域X1における距離L1が小さく、側方領域X2において距離が徐々に広がり、側方領域X2の外側における距離L2が大きくなる。
本実施の形態では、側方領域X2において下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530の間隔に傾斜をつけることで、下流第1基準電圧電極510の開口部512の開口幅を縦方向に広げたことにより発生する収差の影響を緩和する。さらに、下流電極装置500は、走査電極装置400から出射するイオンビームにて発生する偏向収差を補正する電極レンズとして構成されていてもよい。特に、下流電極装置500は、走査電極装置400から出射するイオンビームのうち、走査電極410の下流端部422の近傍を通るイオンビームにて発生する偏向収差を補正してもよい。
以下、比較例に係る走査電極装置、下流第1基準電圧電極及び下流第1中間電極を挙げながら、下流第1基準電圧電極510の開口部512を側方領域X2において縦方向に広げる効果を示す。つづいて、側方領域X2において、下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530の間隔に傾斜をつけることによる効果を示す。
図29は、比較例に係る走査電極装置400、下流第1基準電圧電極1510及び下流第1中間電極1530を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。図30は、比較例に係る下流第1基準電圧電極1510の概略形状を示す図である。図30に示すように、比較例に係る下流第1基準電圧電極1510は、開口部1512の形状が矩形状であり、中央部1520と側方部1522R、1522Rにおいて縦方向の開口幅h1が一定の形状を有する。また図29に示すように、比較例に係る下流第1中間電極1530は、中央部が下流第1基準電圧電極1510に向けて突出しておらず、下流第1基準電圧電極1510と下流第1中間電極1530の間隔が一定である。
図29において、破線で示すイオンビームの軌道E1、G1は、横方向のビーム径Dx1が小さい場合を示し、実線で示すイオンビームの軌道E2、G2は、横方向のビーム形Dx2が大きい場合を示す。イオンビームの電流値が比較的低い場合には、空間電荷効果によるビーム発散の影響が小さいため、破線で示すようにビーム径Dx1を小さくしても断面形状が均一なビーム品質の高いイオンビームを輸送しやすい。しかしながら、イオンビームの電流値が高い場合には、空間電荷効果によってビームが発散しやすくなるため、破線で示すような小さなビーム径Dx1でイオンビームを輸送することが困難となる。そのため、高電流のイオンビームを輸送するためには、実線で示すような大きなビーム径Dx2とする必要がある。
小さなビーム径Dx1のイオンビームを輸送するための機器を用いたまま、大きなビーム径Dx2のイオンビームを輸送しようとすると、ビーム軌道の外側を通るイオンが電極の開口端に近接することとなる。電極の開口端の近傍は、開口部の中央と比べて電界分布に乱れが生じているため、そこを通過するイオンビームは意図しない方向に偏向されたり、収束されたりするおそれがある。例えば、イオンビームを右方向に偏向させる場合、右外側の軌道G2を通るイオンビームは、右走査電極410Rの下流端部422Rや、下流第1基準電圧電極1510の右側面1516の上流端部1516aに近接した地点Qを通過する。この地点Qは、左外側の軌道E2を通るイオンビームが通過する地点Pと比べて、電界分布の乱れが大きく、縦方向(y方向)にイオンビームが収束されやすい。そうすると、右外側の軌道G2を通るイオンビームのみが縦方向に大きく収束され、収差が発生することとなる。そうすると、輸送されるイオンビームのビーム品質が劣化してしまう。
外側の軌道を通るイオンビームが電極の開口端の近傍を通過しないようにすれば、このような現象の発生を防ぐことができるかもしれない。しかしながら、イオンビームが電極の開口端の近傍を通過しないようにするためには、各種電極に設けられるイオンビーム通過用の開口部を大きくする必要があり、その結果、下流側の電極サイズを大きくしなければならない。また、電極がサイズアップすると、電極に高電圧を印加する電源も容量を大きくしなければならない。そうすると、装置全体の大型化につながり、装置のコストも高くなってしまう。
そこで、本実施の形態では、走査電極410の下流端部422と対向する位置である側方領域において縦方向の開口幅を大きくした下流第1基準電圧電極510を用いて、上述した収差の影響を抑制する。図31は、本発明のある実施の形態に係る走査電極装置400、下流第1基準電圧電極510及び下流第1中間電極1530を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。下流第1基準電圧電極510は、側方部522において縦方向の開口幅が広がる形状を有するため、右外側の軌道G3を通るイオンビームが地点Qを通過する際に生じる縦収束を緩和させることができる。
しかしながら、下流第1基準電圧電極510の側方部522において縦方向の開口幅を広げると、別の収差の発生を引き起こすこととなりうる。下流第1基準電圧電極510の開口形状を変えると、下流第1中間電極530の開口形状と相似形ではなくなるため、下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530との間の電界分布の乱れが生じる。特に、下流第1中間電極530にアインツェル電極としての機能を持たせるために高電圧を印加すると電界分布の乱れが顕著となり、下流第1基準電圧電極510の側方部522の近傍を通過したイオンビームのみが、横方向に収束されて別の収差を生むこととなる。
そこで、本実施の形態では、走査電極410の下流端部422と対向する位置である側方領域において、下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530の距離に傾斜を設けることにより、上述した別の収差の発生を抑制する。図32は、本発明のある実施の形態に係る走査電極装置400、下流第1基準電圧電極510及び下流第1中間電極530を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。図示されるように、下流第1中間電極530は、下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530の距離が、下流第1中間電極530の中央部540における距離L1よりも側方部542の距離L2が長くなるような形状を有する。そのため、下流第1基準電圧電極510の側方部522の対向する位置において、下流第1基準電圧電極510と下流第1中間電極530の距離が、左右両端に向けて徐々に長くなるように傾斜が設けられる。これにより、右外側の軌道G4を通るイオンビームについて、下流第1基準電圧電極510の側方部522の近傍で発生する横方向の収束を緩和し、ビーム品質の低下を抑えることができる。
図33は、変形例に係る下流第1基準電圧電極510及び下流第1中間電極530の概略形状を模式的に示す図である。上述の実施の形態に係る下流第1基準電圧電極510及び下流第1中間電極530は、下流第1中間電極530の上流面530aを下流第1基準電圧電極510に向けて突出させることにより、中央領域X1における距離L1と側方領域X2の外側の距離L2を変えることとした。本変形例においては、下流第1基準電圧電極510の下流面510bを下流第1中間電極530に向けて突出させることにより、中央領域X1における距離L1を小さくして、側方領域X2の外側の距離L2を大きくする。したがって、変形例に係る下流第1基準電圧電極510は、側方部522におけるz方向の厚さw6が小さく、中央部520における厚さw9が大きい。また、開口部512を囲む四面のうち、上面および下面の中央部520が下流第1中間電極530に向けて突出した形状を有する。これにより、上述の実施の形態と同様に、側方領域X2を通過するイオンビームにおいて生じる横方向の収差を緩和させることができる。
図34(a)及び図34(b)は、本発明のある実施の形態に係る上流電極装置600及び走査電極装置400を通過するイオンビームの軌道を模式的に示す図である。本実施の形態に係る上流電極装置600は、上述の実施の形態または変形例に係る上流電極装置300と異なり、上流第1基準電圧電極610に凹部または凸部が設けられていない。また、上流第1基準電圧電極610の開口部におけるz方向の厚さw10が、上述の実施の形態または変形例に係る上流第1基準電圧電極310と比べて大きい。以下、上流電極装置600について、上述の実施の形態に係る上流電極装置300との相違点を中心に説明する。
上流電極装置600は、ビーム輸送補正電極450のビーム輸送補正入口電極体454による縦収束の効果が十分でない場合に、走査電極装置400に入射する前のイオンビームを縦収束させて、ビーム輸送補正入口電極体454の役割をバックアップすることを一つの目的として配置される。つまり、上流電極装置600は、走査電極装置400の上流に設けられる収束部としての役割を有する。上流電極装置600の上流中間電極630は、縦収束の効果を高めるために、電子の遮蔽に必要なサプレッション電圧よりも数倍程度大きい高電圧が印加される。
このとき、上流中間電極630に高電圧を印加すると、走査電極装置400が生成する偏向電界に影響を及ぼすおそれがある。そこで、上流中間電極630が生成するアインツェル電界を十分に遮蔽するため、上流第1基準電圧電極610のz方向の厚さw10を厚くする。上流第1基準電圧電極610のz方向の厚さw10は、アインツェル電界の遮蔽効果を高めるため、上流第1基準電圧電極610の縦方向の開口幅h10と同程度か、それよりも大きくすることが望ましい。これにより、走査電極装置400が生成する偏向電界への影響を防ぎつつ、走査電極装置400に入射するイオンビームを手前で縦収束させることができる。これにより、走査電極装置400から出射するイオンビームの縦方向の発散を抑制することができる。
図35(a)、図35(b)及び図35(c)は、変形例に係る上流電極装置600及び走査電極装置400の概略構成を示す図である。変形例においては、上流電極装置600を構成する電極の電極面を弓形形状とすることにより、横方向の収束機能を持たせることとしてもよい。
図35(a)に示すように、上流第2基準電圧電極650の下流面650bを凹面、上流中間電極630の上流面630aを凸面として第1の凸レンズを形成するとともに、上流中間電極630の下流面630bを凸面、上流第1基準電圧電極610の上流面610aを凹面として第2の凸レンズを形成してもよい。
図35(b)に示すように、上流第2基準電圧電極650の下流面650bを凹面、上流中間電極630の上流面630aを凸面として凸レンズを形成する一方で、上流中間電極630の下流面630b及び上流第1基準電圧電極610の上流面610aを平坦面としてレンズを形成しないこととしてもよい。
図35(c)に示すように、上流第2基準電圧電極650の下流面650bを凹面、上流中間電極630の上流面630aを凸面として凸レンズを形成し、上流中間電極630の下流面630bを凹面、上流第1基準電圧電極610の上流面610aを凸面として凹レンズを形成することとしてもよい。
以下、本発明のいくつかの態様を挙げる。
1−1.ある実施の形態に係るイオン注入装置は、基準軌道に沿って入射するイオンビームに偏向電界を作用させて、前記基準軌道と直交する横方向にイオンビームを走査させる走査電極装置と、前記走査電極装置の上流に設けられる複数の電極体により構成される上流電極装置と、を含む走査ユニットを備える。
前記走査電極装置は、
前記基準軌道を挟んで前記横方向に対向して設けられる一対の走査電極と、
前記基準軌道を挟んで前記横方向と直交する縦方向に対向して設けられる一対のビーム輸送補正電極と、を備える。
前記一対のビーム輸送補正電極のそれぞれは、前記走査電極装置の入口付近において、前記基準軌道に向かって前記縦方向に延出したビーム輸送補正入口電極体を有する。
1−2.前記ビーム輸送補正電極は、前記走査電極装置の入口から出口へ延びる直線部を有し、
前記ビーム輸送補正入口電極体は、前記走査電極装置の入口付近において前記直線部から前記基準軌道に向けて突出するように設けられてもよい。
1−3.前記ビーム輸送補正入口電極体は、厚さ方向が前記横方向と一致する板状部材であってもよい。
1−4.前記上流電極装置は、前記走査電極装置のすぐ上流に配置され、イオンビームが通過する開口部が設けられる上流第1基準電圧電極を備えてもよい。
前記上流第1基準電圧電極は、
前記走査電極装置に対向し、前記基準軌道と直交する下流面と、
前記下流面において前記開口部を前記縦方向に挟むようにして設けられ、前記下流面から前記走査電極装置に向かって凸または凹となる形状を有する一対の収差補正部と、
を有し、
前記開口部は、前記一対の収差補正部が設けられることにより、前記基準軌道に沿った方向の厚さが前記基準軌道の近傍に位置する中央部と前記中央部から前記横方向に離れた側方部とで異なってもよい。
1−5.前記一対の収差補正部のそれぞれは、前記走査電極装置に向かって凸となる形状であって、前記開口部を挟んで前記縦方向に対向する面が三角形状または台形状となる形状を有しており、
前記開口部は、前記基準軌道に沿った方向の厚さが、前記側方部よりも前記中央部において大きくてもよい。
1−6.前記上流電極装置は、前記走査電極装置に入射するイオンビームを前記縦方向および/または前記横方向に収束させる収束部をさらに備えてもよい。
1−7.前記上流電極装置は、前記上流第1基準電圧電極の上流に配置される上流第2基準電圧電極と、前記上流第1基準電圧電極と前記上流第2基準電圧電極の間に配置される上流中間電極と、をさらに備えてもよい。
前記上流中間電極および前記上流第2基準電圧電極は、前記上流第1基準電圧電極の開口部と連通する位置に、イオンビーム通過用の開口部をそれぞれ有しており、
前記上流中間電極は、前記上流第1基準電圧電極および前記上流第2基準電圧電極の電位とは異なる高電圧が印加されており、前記走査電極装置に入射するイオンビームを前記縦方向および/または前記横方向に収束させる機能を有してもよい。
1−8.前記上流電極装置は、前記走査電極装置に入射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。
1−9.前記上流電極装置は、前記ビーム輸送補正電極と相互に連関して、前記走査電極装置に入射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。
1−10.前記上流電極装置は、前記走査電極装置に入射するイオンビームに対して電子抑制作用を有するサプレッション電極装置として構成されてもよい。
1−11.前記走査ユニットは、前記走査電極装置の下流に設けられる複数の電極体により構成される下流電極装置をさらに備えてもよい。
1−12.前記下流電極装置は、前記走査電極装置から出射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。
1−13.前記下流電極装置は、前記ビーム輸送補正電極と相互に連関して、前記走査電極装置から出射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。
1−14.前記下流電極装置は、前記走査電極装置から出射するイオンビームに対して電子抑制作用を有するサプレッション電極装置として構成されてもよい。
1−15.前記ビーム輸送補正電極は、前記走査電極装置を通過するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する補正電極として構成されてもよい。
1−16.ある実施の形態に係るイオン注入装置は、基準軌道に沿って入射するイオンビームに偏向電界を作用させて、前記基準軌道と直交する横方向にイオンビームを走査させる走査電極装置と、前記走査電極装置の上流に設けられる複数の電極体により構成される上流電極装置と、を含む走査ユニットを備える。
前記上流電極装置は、前記走査電極装置のすぐ上流に配置され、イオンビームが通過する開口部が設けられる上流第1基準電圧電極を備え、
前記上流第1基準電圧電極は、
前記走査電極装置に対向し、前記基準軌道と直交する下流面と、
前記下流面において前記開口部を前記横方向と直交する縦方向に挟むようにして設けられ、前記下流面から前記走査電極装置に向かって凸または凹となる形状を有する一対の収差補正部と、
を有し、
前記開口部は、前記一対の収差補正部が設けられることにより、前記基準軌道に沿った方向の厚さが前記基準軌道の近傍に位置する中央部と前記中央部から前記横方向に離れた側方部とで異なってもよい。
2−1.ある実施の形態に係るイオン注入装置は、基準軌道に沿って入射するイオンビームに偏向電界を作用させて、前記基準軌道と直交する横方向にイオンビームを走査させる走査電極装置と、前記走査電極装置の下流に配置され、前記横方向に走査されたイオンビームが通過する開口部が設けられる下流電極装置と、を含む走査ユニットを備える。
前記走査電極装置は、前記基準軌道を挟んで前記横方向に対向して設けられる一対の走査電極を有し、
前記下流電極装置の開口部は、前記基準軌道および前記横方向の双方と直交する縦方向の開口幅および/または前記基準軌道に沿った方向の厚さが、前記基準軌道が位置する中央部と、前記走査電極の下流端部と対向する位置の近傍と、で異なるように構成される電極体を有する。
2−2.前記下流電極装置は、前記走査電極装置による走査偏向の結果、前記走査電極装置から出射するイオンビームにて発生する偏向収差を補正する電極レンズとして構成されてもよい。
2−3.前記下流電極装置は、前記走査電極装置による走査偏向の結果、前記走査電極装置から出射するイオンビームのうち走査両端部の近傍を通るイオンビームにて発生する偏向収差を補正する電極レンズとして構成されてもよい。
2−4.前記下流電極装置は、前記走査電極装置のすぐ下流に配置される下流第1基準電圧電極を備えてもよい。
前記下流第1基準電圧電極の開口部は、前記基準軌道が位置する中央部よりも前記走査電極の下流端部と対向する位置の近傍において、前記縦方向の開口幅が大きくてもよい。
2−5.前記下流第1基準電圧電極の開口部は、前記中央部の近傍における前記縦方向の開口幅が一定であり、前記走査電極の下流端部と対向する位置の近傍における前記縦方向の開口幅が開口部の左右両端に向けて徐々に大きくなってもよい。
2−6.前記下流電極装置は、前記下流第1基準電圧電極の下流に配置される下流第2基準電圧電極と、前記下流第1基準電圧電極と前記下流第2基準電圧電極の間に配置される下流第1中間電極と、をさらに備えてもよい。
前記下流第1中間電極および前記下流第2基準電圧電極は、前記下流第1基準電圧電極の開口部と連通する位置に、イオンビーム通過用の開口部をそれぞれ有しており、
前記下流第1中間電極は、前記下流第1基準電圧電極および前記下流第2基準電圧電極の電位とは異なる高電圧が印加されており、
前記下流第1基準電圧電極は、前記下流第1中間電極に対向し、前記基準軌道と直交する下流面を有し、
前記下流第1中間電極は、前記下流第1基準電圧電極に対向し、前記基準軌道と直交する上流面を有し、
前記下流第1基準電圧電極および前記下流第1中間電極は、前記下流第1基準電圧電極の前記下流面と前記下流第1中間電極の前記上流面との距離が、前記基準軌道が位置する中央部よりも前記走査電極の下流端部と対向する位置の近傍において大きくなる形状を有してもよい。
2−7.前記下流第1基準電圧電極および前記下流第1中間電極は、前記走査電極の下流端部と対向する位置の近傍において、前記下流第1基準電圧電極の前記下流面と前記下流第1中間電極の前記上流面との距離が、開口部の左右両端に向けて徐々に大きくなってもよい。
2−8.前記下流第1中間電極の前記上流面は、前記基準軌道が位置する中央部の近傍において前記下流第1基準電圧電極に向かって凸となる形状を有してもよい。
2−9.前記下流第1基準電圧電極の前記下流面は、前記基準軌道が位置する中央部の近傍において前記下流第1中間電極に向かって凸となる形状を有してもよい。
2−10.前記下流第1中間電極の開口部は、前記下流第1基準電圧電極よりも前記横方向の開口幅が大きく、
前記下流第2基準電圧電極の開口部は、前記下流第1中間電極よりも前記横方向の開口幅が大きくてもよい。
2−11.前記下流電極装置は、前記下流第2基準電圧電極の下流に配置される下流第3基準電圧電極と、前記下流第2基準電圧電極と前記下流第3基準電圧電極の間に配置される下流第2中間電極と、をさらに備えてもよい。
前記下流第2中間電極および前記下流第3基準電圧電極は、前記下流第2基準電圧電極の開口部と連通する位置に、イオンビーム通過用の開口部をそれぞれ有しており、
前記下流第2中間電極は、前記下流第2基準電圧電極および前記下流第3基準電圧電極の電位とは異なる高電圧が印加され、前記走査電極装置への電子の侵入を抑制する機能を有してもよい。
2−12.前記下流第1中間電極は、前記下流第2中間電極の電位よりも絶対値の大きい高電圧が印加されており、前記走査電極装置から出射するイオンビームを前記縦方向および/または前記横方向に収束させる機能を有してもよい。
2−13.前記走査ユニットは、前記走査電極装置の上流に設けられる複数の電極体により構成される上流電極装置をさらに含んでもよい。
2−14.前記上流電極装置は、前記走査電極装置に入射するイオンビームの形状を整形または調整する作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。
2−15.前記上流電極装置は、前記走査電極装置に入射するイオンビームに対して電子抑制作用を有するサプレッション電極装置として構成されてもよい。
2−16.前記走査電極装置は、前記基準軌道を挟んで前記横方向に対向して設けられる一対の走査電極と、前記基準軌道を挟んで前記縦方向に対向して設けられる一対のビーム輸送補正電極と、を含んでもよい。
前記ビーム輸送補正電極は、前記走査電極装置を通過するイオンビームのビーム形状に対して整形作用または調整作用を有する補正電極として構成されてもよい。
2−17.前記走査電極装置は、前記基準軌道を挟んで前記横方向に対向して設けられる一対の走査電極と、前記基準軌道を挟んで前記縦方向に対向して設けられる一対のビーム輸送補正電極と、を含んでもよい。
前記下流電極装置は、前記上流電極装置および前記ビーム輸送補正電極と相互に連関して、前記走査電極装置から出射するイオンビームのビーム形状に対して整形作用または調整作用を有する電極レンズとして構成されてもよい。