JP6238252B2 - Ptprz活性阻害剤、それを用いた治療剤、薬剤輸送システム及び治療システム - Google Patents
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Description
神経膠腫(グリオーマ)は、その中でも膠芽腫(グリオブラストーマ)には有効な治療法がなく、確定診断後の平均余命は1年程度である。本発明は、PTPRZの活性を阻害することが、グリオーマの治療に有効であることを示すものである。
本発明者らは、Trisodium 3-hydroxy-4-[(4-sulfonato-1-naphthyl)diazenyl]-2,7-naphthalenedisulfonate(別名アマランス、赤色2号、以下AR27)が、PTPRZに作用して、その酵素活性を阻害することを初めて見出した。
本発明者らは、そのままでは細胞膜を通過せず、細胞内に存在するPTPRZのPTPドメインに対して阻害効果を発揮しないAR27を、リポソームと混合することで効果的に生きた細胞内に取り込ませ、細胞内のPTPRZの酵素活性を抑制する手法(AR27/リポソーム複合体)を発明した。
以上の成果をまとめることで、PTPRZの細胞内ドメインに対する選択的機能阻害が神経膠腫治療のために有望であることを初めて示し、本発明が完成した。
1)前記一般式(1)で表されるアゾ化合物または薬学的に許容されるその塩を含む剤とリポソームとの複合体、および
2)投与用の溶媒
を含む母材を含み、
前記母材は、前記投与の後、前記経時変化にわたり、前記疾患部位に前記剤を放出するようになっている薬剤輸送システムまたは治療システムに係る発明である。
1)前記一般式(1)で表されるアゾ化合物または薬学的に許容されるその塩を含む剤とリポソームとの複合体、および
2)投与用の溶媒
を含む母材を含み、
前記母材は、前記投与の後、前記経時変化にわたり、前記疾患部位に前記剤を放出する方法を開示する。
本発明は、上記のPTPRZ活性阻害剤を含む神経膠腫治療剤、および、PTPRZ活性阻害剤を含む、PTPRZの過剰発現に起因する疾病の予防・治療剤であって、前記疾病が、脳腫瘍または神経膠腫、PTPRZを過剰発現する腫瘍から選択される、予防治療剤については、以下の実施態様において詳しく説明する。
(i)PTPRZ活性の阻害剤、それを用いた治療剤、薬剤輸送システム及び治療システムを提供することができる。
(ii)これまでPTPRZの活性を選択的に阻害する化合物は知られていなかったが、食用色素として用いられるアマランス(別名赤色2号、本明細ではAR27と呼称)にPTPRZ阻害活性があることを見出した。さらにAR27をリポソームと混合することで効率的に腫瘍細胞に取り込ませる手法を開発し、これによってグリオーマの細胞増殖や細胞浸潤を効果的に抑制することが可能になった。
蛋白質のチロシンリン酸化によるシグナリングは、細胞増殖、細胞接着・移動、細胞ー細胞間コミュニケーションといった様々な細胞機能の制御に関わっており、チロシン残基にリン酸基を付加するプロテインチロシンキナーゼ(PTK)ファミリーと、その逆反応を担うプロテインチロシンホスファターゼ(PTP)ファミリーによって制御されている。元々、細胞のトランスフォーメーション(形質転換)因子として発見されたPTKファミリーは、抗ガン剤の主要な創薬標的分子であり、既にimatinib、erlotinib、gefitinibなどの低分子のPTK活性阻害化合物がガン治療薬として上市されている(Nat Rev Cancer 11, 35-49, 2011)。一方、PTKファミリー分子に約10年遅れて発見されたPTPファミリー分子は、研究初期には基質特異性に欠けているとされ、あるPTP分子を阻害するとPTKファミリー分子及びその基質分子が非特異的に活性化し、発ガンなどの副作用が生じると懸念された。しかしながら、これまでにPTPファミリー分子のほとんどについてその遺伝子ノックアウトマウスが作出され、作出された31分子のノックアウトマウス系統のうち21系統は見かけ上正常に発育することから(本発明者らによる文献調査)、PTP阻害剤の副作用リスクは小さいと考えられた。
高度の浸潤性表現型を有するラットC6グリオブラストーマ細胞株は、グリオブラストーマの実験的モデルとして広く使われている(Science 161, 370-371, 1968; Cell Tissue Res. 310, 257-270, 2002)。C6細胞は、短いレセプター・アイソフォームPTPRZ−Bを主に発現する(非特許文献16参照)。
<In vitroにおけるAR27の阻害効果>
本発明者らは、2,7−ナフタレンスルホン酸、3−ヒドロキシ−4−[(4−スルホ−1−ナフタレニル)アゾ]−トリソジウム塩(3ナトリウム塩))(以下AR27と呼ぶ)が、試験管内において、ヒト由来のPTPRZの酵素ドメインを含む細胞内全領域のタンパク質(以降、Z-ICRと呼ぶ)が触媒する加水分解に対して阻害することを明らかにした。その阻害活性は、IC50 = 0.4 μMであった。AR27は、PTPRZと同じR5RPTPサブファミリーに属するPTPRGも強く阻害したが、他のPTP酵素に対する阻害IC50値と比べて低く、AR27がPTPRZとPTPRGに対して選択的阻害活性を有することが初めて見出された(図4)。
AR27は、アゾ染料である赤色2号(別名、アマランス)と同じ構造を有している(図4A参照)。赤色2号と構造的に類似物は、食品添加物や化粧品などに広く使われており、一般に入手可能である。しかし、これら構造的類似化合物(以下compound 2からcompound 10と呼ぶ)は、AR27と比較すれば、PTPRZに対する阻害活性は著しく低く(compound 2からcompound 6)もしくは、全く無視しうる程度(compound 7からcompound 10)であった(図5参照)。
AR27は、3つのスルホネート基を有しており、負に強く荷電しているため、そのままでは細胞膜を通過せず、生きた細胞内に取り込まれないため、細胞内に存在するPTPRZの酵素ドメインに作用することはできない。本発明者らは陽イオン性のリポソーム試薬を用いて、AR27は生きた細胞に導入できることを見出し、さらにこのリポソームを用いたAR27の細胞内への導入には至適の混合比が存在することを明らかにした(図7C、および図7A,B参照)。最適化された混合比で調整されたAR27/リポソーム複合体によって、シャーレ内で培養されたC6グリオブラストーマを処理すると、PTPRZの基質タンパク質であるパキシリン(paxillin)のチロシンリン酸化は、無処理細胞に比べて有意に上昇した(図7D参照)。一方、AR27単独もしくは、リポソーム単独で処理されたC6細胞ではパキシリンのリン酸化は変化しない。これらのことは、細胞内取り込まれたAR27がPTPRZの活性を阻害した結果を反映していると考えられる。さらにAR27/リポソーム複合体を用いた処理において、細胞全タンパク質の抽出物のチロシンリン酸化パターン(及び抽出物中のパキシリン量)に変化は認められなかった(図7D参照)。この結果は、AR27/リポソーム複合体が、細胞内で選択的にPTPRZに作用していることを示すものと判断された。
最後に、本発明者らは、AR27/リポソーム複合体が、Wisterラット頭蓋内へのC6グリオブラストーマの同種同所移植モデルにおける腫瘍形成を抑制するかについて評価を実施した。その結果、溶媒投与群やcompound 2/リポソーム複合体投与群に比べて、AR27/リポソーム複合体の投与群の腫瘍サイズは、有意に小さいことが判明し(図10参照)、PTPRZのホスファターゼ活性の薬理学的阻害は、神経膠腫(グリオーマ)や膠芽腫(グリオブラストーマ)、そしてPTPRZのホスファターゼ活性が悪性化に寄与している腫瘍に対して新規な治療の種類になると結論された。
本発明では、まずPTPRZの触媒活性が細胞移動、増殖とラットC6グリオブラストーマ細胞の悪性表現型に関与することを示した。次に、AR27がPTPRZに対する強力な阻害剤であることと、選択的阻害の構造的基礎を示した。そして、AR27/リポソーム複合体によってC6グリオブラストーマ細胞株の細胞移動能、細胞増殖能、腫瘍形成が有意に抑制されることを実証した。
グリオーマの悪性化へ対するPTPRZのホスファターゼ活性の関与には、これまで大きな疑問が残されていた。ヘパリン結合性成長因子(プレイオトロフィンまたはミッドカイン)は、PTPRZの細胞外領域に結合することでPTPRZ受容体の2量体化(もしくはオリゴマー化)を誘導し、その結果、細胞内のホスファターゼ活性が抑制されることが明らかになっている(J. Biol. Chem. 274, 12474-12479, 1999; Proc. Natl Acad. Sci. USA 98, 6593-6598, 2001; FEBS Lett. 580, 4051-4056, 2006)。しかしながら、プレイオトロフィンやミッドカインは、神経膠腫を含む多くの腫瘍において発現増加が認められており、しかもそれらの発現増加は腫瘍の悪性化に寄与すると報告されている(J. Biol. Chem. 280, 26953-2664, 2005)。これらの先行知見は、腫瘍細胞に発現するPTPRZは、リガンド分子と結合し、細胞内ホスファターゼ活性は不活性状態にあることを示唆しており、すなわち、PTPRZのホスファターゼ活性を阻害することは、ガンの悪性化につながるとの予見を与えるものであった。
以下の実施例において、用いた薬品に関する説明、及び用いた手法を以下に示す。
化学品(用いた材料)
AR27の高純度化学品;2、7−ナフタレンスルホン酸、3-ヒドロキシ-4-[(4-スルホ-1-ナフタレニル)アゾ]−、三Na塩(2,7-Naphthalenedisulfonic acid, 3-hydroxy-4-[(4-sulfo-1-naphthalenyl) azo]-, trisodium salt)は、シグマ(SIGMA)社からから購入した(カタログ番号87612)。
赤色13号(acid red 13、compound 3、カタログ番号A1243)、赤色88号(acid red 88、compound 4、カタログ番号F0087)、ボルドーレッド(bordeaux red、compound 5、カタログ番号B0779)、β−ナフトールバイオレット(β-naphthol violet、compound 6
、カタログ番号N0037)、二ナトリウム 1−ニトロソ−2−ナフトール−3,6−ジスルホネート一水和物(disodium 1-nitroso-2-naphthol-3, 6-disulfonate monohydrate、compound 7、カタログ番号N0268)、二ナトリウム 3−ヒドロキシ−2,7−ナフタレンジスルホン酸(disodium 3-hydroxy-2, 7-naphthalenedisulfonate、compound 8、N0029)、4−アミノ−1−ナフタレンスルホン酸(4-amino-1-naphthalenesulfonic acid、compound 9、カタログ番号A0344)、ナトリウム−1−ナフタレンスルホン酸塩(sodium 1-naphthalenesulfonate、compound 10、カタログ番号N0015)は、東京化成工業(Tokyo chemical industry)社から購入した。
ヒト由来のPTPRZ(ジーンバンクアクセッションナンバー(GenBank accession no.)M93426)、ヒト由来のPTPRA(M34668)、ヒト由来のPTPRM(X58288)、ヒト由来のPTPRG(NM_002841)、ヒト由来のPTPRS(NM_002850)、ヒト由来のPTPN1(NM_002827)及び、ヒト由来のPTPN6(NM_002831)をコードするcDNAは、ヒト全RNAを鋳型とした逆転写PCR(RT-PCR)によって取得した。
PTPRZ酵素ドメインの点変異体の作成は、市販のクイックチェンジマルチサイト−ディレクテド突然変異生成キット(Quikchange multisite-directed mutagenesis kit、ストラタジーン社(Stratagene))を用いて実施した。
酵素アッセイの溶媒は、100 μg/mlの牛血清アルブミン、5 mMのDTT、0.01%のBrij35(登録商標)を含んだ100 mMの酢酸、50 mMのトリスと50 mMのビス・トリス(Bis-Tris)がアッセイ用緩衝液(pH6.5)を用いた。PTP酵素のホスファターゼ活性に対する化合物の阻害効果は、DiFMUP(6,8-Difluoro-4-Methylumbelliferyl Phosphate、ライフテクノロジー社)などの人工基質を用いた。100 μlの酵素を含むアッセイ用緩衝液に評価検体となる阻害物質を加えて、室温にて2時間程度静置する。ここで用いる酵素量は、使用する評価機器に合わせて適当な速度なるように調整することが望ましい。酵素反応は、100 μlの40 μM DiFMUPを含むアッセイ用緩衝液を加えることで開始させる。DiFMUPの加水分解の速度は、分光蛍光計(FI-4500、日立社製)を使用し、蛍光強度(検出は455 nm、励起波長は358 nm)の増加としてモニターした。阻害活性(%)は、(1−阻害検体を添加した際の蛍光強度の増加速度/溶媒添加した際の蛍光強度の増加速度)×100で算出した。IC50は、50%阻害を挟むに2点のデータから公知の計算手法によって算出した。
AR27と混合するリポソーム及びリポソーム原料は、カチオン性のものが適当である。本発明では、インビトロゲン社(Invitrogen)製のリポフェクタミン2000(Lipofectamine 2000、登録商標、(Cat no. 11668-027)を用いた。リポフェクタミン2000溶液を適当な溶媒で25倍に希釈した後、室温で5分間インキュベートした。このリポソーム溶液に対して、同じ溶媒で2 mMに希釈したAR27を等容積で加え、30分間インキュベートした。この反応液を1 mMのAR27を含むAR27/リポソーム複合体とした。リポソーム試薬及び化合物の希釈に用いる溶媒は、培養細胞実験用の場合は、培地と同等の成分が望ましく、本発明では、Opti-MEM(x1)+GlutaMAX培地(Cat no. 51985-034、インビトロゲン(Invitrogen、登録商標))を使用した結果である。また脳室内投与実験では、脳室内に安全に投与できる溶媒が望ましく、本発明では、0.9%のNaCl(生理食塩水)をした。
ラットC6グリオブラストーマ細胞は、5%のCO2、37℃の加湿インキュベーター中で、10%のウシ胎児血清(FBS)と100 U/ml ペニシリン−ストレプトマイシンを含む、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco's modified Eagle's medium)(DMEM、cat no. 11995-065、ライフテクノロジー(Life technologies))で培養、継代維持した。遺伝子導入には、Amaxa Nucleofector(Amaxa社製)を用い、メーカ推奨のプログラムを用いて、2×106個の細胞あたり、プラスミドであれば1 μg程度、siRNAであれば100 pmol程度でエレクトロポレーション(electroporated)法によって実施した。遺伝子導入操作後の細胞は、24〜36時間の培養した後、移動移動能や細胞増殖試験のために使用できる。PTPRZの発現を安定的にノックダウンしたC6細胞系統は、PTPRZに対するshRNAプラスミドを導入後に、薬剤耐性マーカーであるピューロマイシン(puromycin)の存在下(5 μg/ml)で、限界希釈法によって選別し、取得した。
AR27やAR27/リポソーム複合体の細胞内への直接導入は、微量試薬注入装置(フェムトジェットB5247とインジェクトマンNI2、エッペンドルフ社製)を用いて実施した。AR27/リポソーム複合体は要事調製が望ましい。C6細胞(1ウエルあたり1.5×104セル程度)を、24ウエルのプラスチック製の培養皿に播種し、10%のFBSを含む500 μlのDMEMで細胞培養した。翌日、ウエル内の培地を500 μl のOpti-MEMに交換した後、同じ培地で適時希釈したAR27/リポソーム複合体を100 μl添加し、それぞれのアッセイにおいて適切な時間インキュベーションした。
ボイデンチャンバー分析は、8 μm孔サイズの膜(ケモタクシセル、クラボー(Chemotaxicell、Kurabo)社製)と24ウエルのプラスチック製組織培養プレート(BD Falcon社製)でトランスウエル・インサート(transwell inserts)を使って常法に従い実施した。具体的には、検体となる細胞を100 μg/mlのBSAを含むOpti-MEM培地中に懸濁し、ラミニン(10 μg/ml)で被覆されたトランスウエル・インサートに、1ウエルあたり1.5×105細胞で播種した。下部チャンバーは、細胞遊誘引物質として上皮細胞増殖因子(EGF、10ng/ml)を含有する培地で満たした。細胞播種の3時間後、10%の中性のホルマリンにより細胞を固定し、DAPI(4'、6-ジアミジノ-2-フェニルインドール)により細胞核を蛍光染色した。蛍光顕微鏡観察下の観察では、まず、トランスウエルに存在する全細胞数をDAPIの蛍光シグナルとしてカウントし、次に、ウエル上部に存在する細胞を綿棒を用いて除去し、ウエル下部の表面まで移動した細胞のみの細胞数を計測し、これを細胞移動能として評価した。
細胞増殖の評価は常法に従って実施した。具体的には、一般的な24ウエルのプラスチック製細胞培養皿(1ウエルにつき1.5×105細胞)に検体細胞を播種し、10%のFBSを含む500 μlのDMEMで適当時間まで培養し、細胞数をカウントした。AR27/リポソーム複合体の評価においては、検体細胞をウエルに播種して1時間後に、2%のFBSを含む500 μlのOpti-MEMに培地交換し、この培地で希釈したAR27/リポソーム複合体を100 μl添加し、指定時間まで培養した。培養皿上で生育した細胞は、トリプシン処理によって剥離・回収し、一般的な血球計盤を用いて顕微鏡下で計数した。
免疫沈降とウエスタンブロット解析は常法に従い実施した。具体的には、細胞タンパク質の抽出には、20 mMのトリス-HCl、pH 7.4、1%のNP-40、150 mMのNaCl、10 mMのNaF、1 mMのオルトバナジウム酸ナトリウム塩(sodium orthovanadate)、及びプロテアーゼ阻害剤カクテル(EDTAフリー(complete EDTA-free)、ロシュ(Roche)社製)を溶解緩衝液として用いた。細胞抽出物中に混在する抗体成分は、プロテインG(Protein G)セファロース(GEヘルスケア社製)を用いた吸着処理により除去した。この抽出物に対して、マウス抗パキシリン(paxillin)抗体(BDバイオサイエンス社製)とプロテインG(Protein G)セファロースを加えた。プロテインGセファロースに吸着・回収されたパキシリンの免疫複合体は、SDS-PAGEにより分離した後、電気的ブロッティング法を用いて重合ビニリデン・ジフルオリド(PVDF)膜上に転写した。ウエスタン解析のために、タンパク質が転写されたPVDF膜は、ブロッキング溶液(10 mMのトリス-HCl、pH 7.4、150 mMのNaCl中に4%の脱脂粉ミルクと0.1%のトリトンX-100が含まれる)でブロッキングの前処理を行った。リン酸化されたタンパク質を検出する場合のブロッキング溶液には、10 mMのトリス-HCl、pH 7.4、150 mMのNaCl中に1%のBSAと0.1%のトリトンX-100が含まれる溶液を用いた。その後、PVDF膜は、同じブロッキング溶液で希釈した特異抗体で一晩静置し、ECLウエスタンブロット検出試薬(GEヘルスケア社製)を用いて検出した。
この発明で行った動物実験は、大学共同利用機関法人自然科学研究機構動物実験規程に基づき設置された自然科学研究機構岡崎3機関動物実験委員会の承認を得て実施された。すべての手術はイソフルラン麻酔下で行われ、実験動物の苦しみを最小限にするよう細心の注意が払われて実施された。
例1
図1A〜図1Fは、PTPRZノックダウンによってC6グリオブラストーマ細胞の悪性度が低下したことを示す図である。
図1Aにおいては、PTPRZに対する特異的なsiRNA(SASI_Rn01_00053281、シグマ−アルドリッチ)及びコントロールsiRNA(scramble)をC6細胞に導入し、24から36時間培養した後、それらの細胞抽出物を、抗PTPRZ-S抗体(全てのPTPRZアイソフォームの細胞外領域を認識する特異抗体、非特許文献13参照)を用いてウエスタンブロット解析したもの(図1Aの左側)と、クマシーブリリアントブルー(CBB)によりタンパク質染色したもの(図1Aの右側)である。図1Aの左側及び右側の図の縦方向は分子サイズ(単位はkDa)を示す。図1Aの結果から、C6グリオブラストーマ細胞における主要な発現アイソフォームがPTPRZ-Bであること、そしてPTPRZに対するsiRNAによってノックダウンされたことが分かる。
図1Bにおいては、例1(図1A)に示したPTPRZのsiRNAでノックダウンしたC6細胞とコントロールsiRNAで処理した細胞の運動能をボイデンチャンバー法によって評価した結果(図1Bの左側)である。
実験方法は、前記Eのボイデンチャンバー分析を参照。
図1Cにおいては、shRNA含有プラスミドを用いてPTPRZを安定的にノックダウンしたC6細胞株を作成、取得したことを示す(図中、RZ-KD#1及び#2として表示)。PTPRZが発現したものを抗RPTPβ抗体(PTPRZの細胞内領域を認識する特異抗体、非特許文献13参照)を用いたウエスタンブロットにより解析したもの(図1Cの左側)とクマシーブリリアントブルー(CBB)により染色したもの(図1Cの右側)を示す。RZ-KD#2では、PTPRZ-Bタンパク質とその細胞内タンパク質断片であるZ-ICFがほぼ消失していることが分かる。
図1Dにおいては、例3(図1C)に示した親細胞株(parent)のC6細胞及びC6細胞由来のPTPRZの安定的ノックダウン細胞株(RZ-KD#1及びRZ-KD#2)の細胞増殖能を評価した結果を示す。培養プレートに播種して1時間後の細胞数に違いはなく、PTPRZのノックダウンによって細胞接着性は変化していないことが分かる。一方、細胞播種して25及び49時間後の細胞数は、PTPRZのノックダウン細胞株で有意に低下した。すなわち、図1Dのグラフにおいて「*」で示されるように、student t検定においてp < 0.05と有意差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 4)である。PTPRZの安定的ノックダウンによって細胞増殖が低下したことが分かる。
図1Eにおいては、ボイデンチャンバー法による細胞運動能の評価の結果を示す。PTPRZの安定的ノックダウンによって細胞運動能は有意に低下したすなわち、図1Eのグラフにおいて「**」で示されるように、student t検定においてp < 0.01と有意差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 5)である。
図1Fにおいては、C6細胞及びPTPRZのノックダウンC6細胞株の腫瘍形成を、同種同所移植モデルを用いて評価した結果を示す。ラットの脳内移植して1週間後の脳組織(冠状断面)における腫瘍形成部位のヘマトキリン染色像を示す。下側のパネルは、上側パネルの四角で囲った区域の拡大図である。スケール・バーは1 mm。右側のグラフは、脳の連続切片から測定される個々の腫瘍容積をプロットしたものである(n = 6)。グラフ中の水平バーは、それぞれのグループの平均値である。図1Fのグラフにおいて「*」で示されるように、student t検定においてp < 0.05と有意差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 5)である。このことからPTPRZノックダウン細胞株の腫瘍サイズの成長は、親細胞株に比べて有意に抑制されることが分かる。
図2A〜図2Bは、PTPRZノックダウンによるPTPRZの基質分子のチロシンリン酸化の上昇を示す図である。
図2Bにおいては、paxillinに対する特異抗体を用いて免疫沈降したpaxillinのチロシンリン酸化状態を評価した結果を示す。図2Bの右側のグラフにおいて「*」で示されるように、student t検定においてp < 0.05と有意差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 3)である。このことからpaxillin上のPTPRZの脱リン酸化サイトのリン酸化は、RZ-KD#2 において有意に上昇したことが分かった。
図3A〜図3Bは、ラットC6グリオブラストーマ細胞のPTPRZの細胞内フラグメントの過剰発現によるC6細胞の悪性度の亢進を示す図である。
図3Aにおいては、C6細胞にチロシンホスファターゼ(PTP)ドメインを有するPTPRZの細胞内全域フラグメント(Z-ICR)と蛍光タンパク質(EGFP)との融合タンパク質(EGFP-Z-ICR(WT))及び、ホスファターゼ活性に必須のシステイン残基をセリン残基に置換した変異体(EGFP-Z-ICR(CS))を発現する細胞の抽出物をPTPRZの細胞内エピトープに対する抗RPTPβを用いてウエスタンブロット解析した結果(左側図)、また分析に用いたタンパク質の総量をクマシーブリリアントブルー(CBB)染色によって検証した結果(右側図)を示す。EGFP-Z-ICR(WT)及びEGFP-Z-ICR(CS)に由来するタンパク質のバンドは、EGFP-PTPRZ-ICRsと表示している。
図3Bにおいては、例9(図3A)に示したEGFP-Z-ICR(WT)、EGFP-Z-ICR(CS)それと、コントロールとしてEGFPを強制発現させたC6細胞の細胞運動性をボイデンチャンバー法によって評価した結果を示す(左側の図)。図3Bの右側のグラフは、ウエル下部に移動した細胞数を示す(前記E ボイデンチャンバー分析も参照)。「*」で示されるように、Z-ICR(WT)は、EGFP対照細胞に比べてstudent t検定においてp < 0.05と有意差を示した。このことからPTPRZの細胞内フラグメントの発現によってC6細胞の運動能は有意に亢進することが分かった。また「##」で示されるように、Z-ICR(WT)は、student t検定においてp < 0.01とZ-ICR(CS)に比べて有意な差を示した。すなわちホスファターゼ活性が運動能の亢進に必要であることが初めて分かった。データは、平均 ± 標準誤差(n = 5)である。
図4A〜図4Bは、PTPRZ及びそのほかのPTP分子に対するAR27の阻害作用を示す図である。
図4Aにおいては、AR27の化学構造を示す。
図4Bにおいては、AR27がPTPRZ及びそのほかのPTP分子の細胞内チロシンホスファターゼ活性に与える影響のIC50を示す。PTPZ(○)、PTPN1(●、PTP1B、NT1サブファミリー)、PTPN6(×、SHP1、NT2サブファミリー)、PTPRB(▼、PTPβ、R3サブファミリー)、PTPRS(■、PTPσ、R2Aサブファミリー)、PTPRM(▲、PTPμ、R2Bサブファミリー)、PTPRA(◆、PTPα、R4サブファミリー)、PTPRG(◇、PTPγ、R5サブファミリー)。PTP酵素の基質特異性の影響を排除するため、低分子人工基質であるDiFMUPを最終濃度20μMでアッセイ用の基質して用いた。AR27は、PTPRZおよびPTPRGに対して選択的に強く阻害することを示すことが明らかになった。
図5A〜図5Bは、AR27及びAR27の類似化合物によるPTPRZの阻害を示す図である。
図5Aにおいては、AR27(compound 1)及びその類似化合物(compound 2〜10)の化学構造を示す。
図5Bにおいては、PTPRZに最適化された基質ペプチドであるpCAP-GIT1549-556を用いて化合物(各々10μM)の阻害活性を評価した結果を示す。化合物番号は例13に示した図5A内に付された番号に対応している。図の縦軸は残存酵素活性を示し、DMSOコントロールとの相対値として表記されている。図5Bの下側のグラフにおいて「**」で示されるように、ANOVAとScheffe's post hoc検定においてp < 0.01と有意な差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 3)。このことからcompound 2からcompound 6の阻害活性は、AR27に比べて低いものの有意な阻害活性は認められること、一方、compound 7からcompound 10には全く阻害活性を持たないことが初めて明らかになった。
図6A〜図6Cは、AR27の阻害に関わるPTPRZ中のアミノ酸残基の特定を示す図である。図6Aと例16の図6Bでは、PTPRZの触媒活性に関する部位特異的変異誘発の効果を示す。
実験方法は、前記Aの発現プラスミド及び組み換え酵素を参照。
図6Bにおいては、それぞれのPTPRZ変異体の同一タンパク量あたりの酵素活性(比活性)は、5nMの酵素を20μMのpCAP-GIT1549-556を基質として用いて評価した結果を示す。データは、野生型酵素との相対値として提示したものである。その結果、「*」および「**」で示されるように、ANOVAとScheffe's post hoc検定においてp < 0.05(*)、p < 0.01(**)と有意な差を示した。データは、平均 ± 標準誤差 (n = 3〜5)。このことから、野生型に比べて、ほとんどの変異体で、酵素活性は有意に低下していたことが分かった。
例17
図6Cにおいては、野生型と変異型酵素の酵素活性を同程度に調整した後、AR27、その類似化合物(例13の図5Aに示したcompound 3からcompound 5)及び非特異的PTP阻害剤として知られるバナジン酸(vanadate)に対する阻害感受性を評価した結果を示す)。阻害分析は、pCAP-GIT1549-556を基質として阻害化合物(各々10 μM)またはvanadate(200 μM)の終濃度になるよう加えて実施した。残存酵素活性は、各々の酵素の溶媒コントロールとの相対値として表現した。その結果、「*」および「**」で示されるように、ANOVAとScheffe's post hoc検定においてp < 0.05(*)、p < 0.01(**)と有意な差を示した。データは、平均 ± 標準誤差(n = 3)。
実験方法は、前記BのIC50の決定を参照。
図7A〜図7Dは、リポソームを用いたAR27の細胞内導入法の開発を示す図である。
図7Aにおいては、マイクロインジェクション法を用いてAR27をC6細胞にインジェクションした。蛍光と明視野(BF)イメージは、矢頭によって示されるAR27の注射の前(before)後(after)における同一視野の顕微鏡観察像を示す。細胞内のAR27は、蛍光励起によって赤い蛍光を示すことが分かった(矢頭)。
図7Bにおいては、AR27/リポソーム複合体の最適化条件を検討した結果を示す。この結果から、100μMのAR27を含むAR27とリポソームの混合比までは直線的に細胞内取り込みは増加するが、それ以降は減少することが分かった(AR27/リポソーム複合体、白丸○)。またリポソームと混合しないと、AR27単独処理ではほとんど細胞内に取り込まれない(黒丸●)ことが分かった。
図7Cにおいては、AR27及びリポソームで処理したC6細胞を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す。通常のプラスチック培養皿の上で培養したC6細胞を、無処理、AR27単独処理、リポソーム単独処理、AR27/リポソーム複合体処理の条件下で3時間インキュベートし、通常培地へ交換することで細胞を洗浄した後、蛍光と位相コントラスト(PhC)を撮影した。図7C中の最も右のパネルは、AR27/リポソーム複合体で処理した細胞のみ赤色の蛍光が観察された。スケール・バーは20μmである。AR27/リポソーム複合体でのみ、細胞内にAR27が取り込まれていることが明確に示された。
図7Dにおいては、C6細胞を用いてPTPRZの基質分子paxillinのリン酸化に対する複合体の効果を評価した結果を示す。C6細胞懸濁液は、図に示された組合せのAR27とリポソームで30分間インキュベートし、その後、ラミニンで被覆した培養シャーレに播種した。播種15分後の細胞からタンパク抽出を行い、PTPRZの基質サイトであるTyr118のパキシリンのリン酸化を分析した(右側の上図)。右下のグラフは、その定量結果を示している。データは、平均 ± 標準誤差(n = 3)である。その結果、「**」で示されるように、ANOVAとScheffe's post hoc検定においてp < 0.05(**)と有意差を示した。この結果は、AR27/リポソーム複合体処理した場合においてのみ、paxillinのチロシンリン酸化の有意な上昇を示している。一方、全細胞タンパク質のチロシンリン酸化のパターン(左上図)とpaxllinの発現量(左下図)に変化はしておらず、複合体の処理によってチロシンリン酸化シグナルが非特異的に損なわれた可能性が否定された。
図8A〜図8Bは、AR27/リポソーム複合体によるC6細胞の細胞運動及び細胞増殖能の阻害作用を示す図である。
図8Bにおいては、AR27/リポソーム複合体がC6及びRZ-KD#2の細胞増殖に与える影響を評価した結果を示す。上側のグラフは、AR27/リポソーム複合体を加えてから1時間後の細胞数の定量評価である。データは、平均 ± 標準誤差(n = 4)である。有意差はなく、AR27/リポソーム複合体が細胞接着性に与えた影響はないと判断された。
図9は、AR27類似化合物でPTPRZに対する阻害活性が弱いcompound 2が、C6細胞の増殖に与える影響を評価した結果を示す図である。下側のグラフは、リポソーム複合体による処理の1時間後と25時間後の細胞数をカウントし、24時間の細胞増殖を定量評価したものある。データは、平均 ± 標準誤差(n = 3)である。「**」で示されるようにstudent t検定においてp < 0.01(**)と有意差を示し、AR27/リポソーム複合体(40 μMのAR27を含む)処理でのみ、リポソーム(vehicle)単独処理に比べて有意に低下した。一方、compound 2/リポソーム複合体では、細胞増殖の抑制効果は検出されなかった。すなわち、AR27/リポソーム複合体によるC6細胞の増殖抑制効果は、PTPRZの活性阻害に起因することが明らかになった。
図10は、AR27/リポソーム複合体によるC6細胞の腫瘍形成の抑制を示す図である。
C6細胞をラットの脳内に移植し、移植手術の翌日から5 μlのAR27/リポソーム複合体(0.9%のNaCl中で1 mM)、compound 2/リポソーム複合体(0.9%のNaCl中で1 mM)もしくは5 μlの溶媒(0.9%のNaCl)を毎日脳内に投与した。脳内移植の1週間後の脳組織(冠状断面)における腫瘍形成部位のヘマトキリン染色像を示す。下側のパネルは、上側パネルの四角で囲った区域の拡大図である。スケール・バーは1 mm。右側のグラフは、脳の連続切片から測定される個々の腫瘍容積をプロットしたものである(n = 5〜8)。グラフ中の水平バーは、それぞれのグループの平均値である。「*」で示されるように、student t検定においてp < 0.05と有意差を示し、AR27/リポソーム複合体の投与群の腫瘍サイズが生理食塩水投与群に比べて有意に抑制されることが分かった。一方、compound 2/リポソーム複合体投与群では、腫瘍サイズの抑制はほとんど認められず、PTPRZの活性阻害によって腫瘍形成が抑制されることが明らかになった。
Claims (11)
- 下記一般式(1)で表されるアゾ化合物または薬学的に許容されるその塩を含む、PTPRZ活性阻害剤。
- 前記一般式(1)中、Aは下記式(2)
- 請求項1又は請求項2記載のPTPRZ活性阻害剤を含む、神経膠腫治療剤。
- 請求項1又は請求項2記載のPTPRZ活性阻害剤を含む、ヒトPTPRZの過剰発現に起因する疾病の予防・治療剤であって、前記疾病が、脳腫瘍または膠芽腫から選択される、予防治療剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4は、各々独立して、水素原子または硫酸基を示す、請求項1又は請求項2記載のPTPRZ活性阻害剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4は、各々独立して、水素原子または硫酸基を示す、請求項3記載の神経膠腫治療剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4は、各々独立して、水素原子または硫酸基を示す、請求項3記載の予防治療剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4はいずれも硫酸基を示し、かつR2は水酸基を示す、請求項1又は請求項2記載のPTPRZ活性阻害剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4はいずれも硫酸基を示し、かつR2は水酸基を示す、請求項3記載の神経膠腫治療剤。
- 前記式(1)中、R1、R3およびR4はいずれも硫酸基を示し、かつR2は水酸基を示す、請求項3記載の予防治療剤。
- 患者の腫瘍疾患部位において、母材が投与された後、経時変化における腫瘍の増殖を阻止できる、神経膠腫を治療するための薬剤輸送システムまたは治療システムであって、
1)請求項1〜10のいずれかに記載の一般式(1)で表されるアゾ化合物または薬学的に許容されるその塩を含む剤とリポソームとの複合体、および
2)投与用の溶媒
を含む母材を含み、
前記母材は、前記投与の後、前記経時変化にわたり、前記疾患部位に前記剤を放出するようになっている薬剤輸送システムまたは治療システム。
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