JP6199579B2 - ミトコンドリア機能回復促進剤 - Google Patents

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本発明は,ミトコンドリア機能回復促進剤に関し,詳しくは,アコニターゼの活性回復に基づくミトコンドリア機能回復促進剤に関するものである。
一酸化窒素(NO)は,生体内でいわゆる「善玉」としての役割と「悪玉」としての役割の2面性を有する。すなわち,NOは,血管系では内皮細胞から遊離される血管弛緩物質としての,また中枢神経系ではシナプス間隙における神経伝達物質としての役割を有する。NOはまた,ストレスや炎症等により大量に誘導され,種々の慢性疾患,癌,老化等の原因物質の一つと考えられている。NOは脂溶性であり,且つ鉄イオンに対する親和性が著しく強く,NO−鉄複合体を形成することが知られている。
近年,メタボリックシンドロームと強く関連する糖尿病,心筋梗塞や脳梗塞等の心血管系疾患,アルツハイマー病,パーキンソン病やハンチントン病をはじめとする神経変性疾患,更に癌等は,酸化ストレスによるミトコンドリアの機能低下とそれに伴う細胞死が原因ではないかと注目されている。また心筋虚血,脳虚血,移植臓器,長時間圧迫を受けた組織等,虚血による酸素欠乏状態に置かれていた組織に新鮮な血流を再開させた際,酸素の再供給により生じる種々のフリーラジカルによる強度の酸化ストレスを,ミトコンドリアは受ける。これによりミトコンドリア機能,特にクエン酸回路の働きが障害されNADH生成が停止すると,電子伝達系が働かず,過剰の酸素を消費できないまま,ミトコンドリアの主たる機能である酸化的リン酸化によるATPの高率産生が不能となる。これはオキシダントによる障害作用と相俟って,そのミトコンドリアを含んだ細胞の死に直結し,組織の急速な破壊を引き起こす(虚血再灌流障害)。虚血再灌流障害を予防又は治療する(増悪の抑制を含む)する目的で,血流の再開に際しラジカルスカベンジャーの投与等の処置がなされてはいるものの,これまでのところ効果が十分に確立された方法はない。
ミトコンドリア内のアコニターゼ(aconitase)は,クエン酸回路(TCAサイクル)の主要酵素の一つであり,ミトコンドリア内の酸化還元状態によって調節される活性型と不活性型との相互変換により,エネルギー代謝におけるサーキットブレーカーとして働いている。
アコニターゼは,クエン酸からイソクエン酸への立体特異的相互変換を,中間体であるcis−アコニット酸を介して触媒する。アコニターゼの触媒活性は,活性中心に存在する無傷の[4Fe−4S]2+クラスターに依存している(非特許文献1)。この酵素は,独特な[4Fe−4S]2+キュバン・クラスターを活性部位に含み,このクラスターは,1個の,特別に変化を受けやすいFe原子(所謂,Fe)を有している。この[4Fe−4S]2+キュバン・クラスターの酸化的崩壊に対する感受性が高いために,細胞の酸化障害のバイオマーカーとして,アコニターゼ活性の喪失が広く用いられている(非特許文献2)。酸化により不活性化されたアコニターゼは,in vitro及びin vivoで,クラスターの還元及びFe(II)の再挿入により速やかに再活性化される(非特許文献3)。しかしながら,[3Fe−4S]の還元及び,[3Fe−4S]中心へのFe(II)の再挿入の生理学的メカニズムは,今のところ知られていない(非特許文献2)。細胞内では,アコニターゼは不活性化と再活性化の動的状態にあり,他方Fe−S中心は,スーパーオキサイドアニオン,過酸化水素,分子状酸素,一酸化窒素(NO),そしておそらくは,ペルオキシナイトライト(ONOO)さえも含む,種々の生理学的オキシダントによる攻撃の脅威に絶えず曝されている。そのようなオキシダントに曝された後にアコニターゼの不活性化が起こることが,報告されている(非特許文献2)。
一酸化窒素(NO)は,種々の細胞タイプにより産生されるフリーラジカルであり,主として,ヘムタンパク質及びFe−S中心のFe(III)又はFe(II)イオンと,また分子状酸素やスーパーオキサイドアニオンとも,反応する(非特許文献4,5)。更には,NOは,その分子半径の小ささ及び疎水性のため,細胞質や細胞外の発生源からミトコンドリアへと容易に到達する。NO合成の誘導やNO供与体への種々のタイプの細胞の曝露が,ミトコンドリアのアコニターゼ(m−アコニターゼ。以下,特に断らない限り,本明細書において,「アコニターゼ」は,「m−アコニターゼ」を指す。)活性の早期損失をもたらすことも,報告されている(非特許文献1)。
NO仲介型のアコニターゼの不活性化が,マクロファージ(非特許文献7),繊維芽細胞(非特許文献8),腫瘍細胞(非特許文献9〜10),及び大腸菌(非特許文献11)を含む種々の細胞において,報告されているが,in vitro研究の結果に幾分議論の余地がある。実際,ブタの心臓のアコニターゼを用いたin
vitro研究で,低濃度のNOがアコニターゼを不活性化しない一方,高濃度では中等度の阻害をもたらすことが見出されている(非特許文献12)。精製された大腸菌アコニターゼ及びヒト組換え細胞質アコニターゼ(c−アコニターゼ)の,NO依存性不活性化に対する抵抗性も,報告されている(非特許文献13)。反対に,NO又はNO供与体による不活性化が,基質の存在下及び非存在下において,m−アコニターゼとc−アコニターゼの両方について報告された(非特許文献14)。これらの知見に合致して,m−アコニターゼの活性型である[4Fe−4S]2+がONOOにより急速且つ直接に酸化されて[3Fe−4S]となり,その結果触媒活性の喪失を引き起こすことが見出された(非特許文献12)。別の報告の1つ(非特許文献11)も,大腸菌アコニターゼが,ONOO生成と一見無関係にNO仲介型の不活性化に対し,非常に感受性が高いことも報告された。最近になって,NOが,組換えブタm−アコニターゼ中の[4Fe−4S]2+クラスターのFeに結合して,クラスターの完全な崩壊をゆっくりと促すことも報告された(非特許文献6)。
他方,NOは,神経系の細胞において,それらの酸化還元状態に依存して顕著に異なる生物学的効果を有することが示されている。NOは,スーパーオキシドアニオンと反応してペルオキシナイトライト(ONOO)を生成することにより神経毒効果を有する。対照的に,ニトロソニウムイオン(NO)は,N−メチル−D−アスパラギン酸受容体表面のチオール基のS−ニトロシル化を介して,神経保護効果を有することが知られている(非特許文献18,19)。また,NO及び関連するニトロソ化合物の効果が,混合ニューロン・グリア培養を用いて調べられ,NOの神経の保護効果及び破壊効果に関して酸化還元に基づくメカニズムが報告されている(非特許文献18)。更に,SNPが,高濃度において,C6グリオーマ細胞において化学的低酸素状態誘発による細胞死を防止すること,及びまたm−アコニターゼ活性及びその遺伝子発現を,前立腺癌細胞において低濃度でアップレギュレートすることが知られている(非特許文献20)。最近,Kim等(非特許文献21)は,肝細胞の非ヘムFeの含量が,種々の細胞毒性レベルのNOがアポトーシスをもたらすか壊死をもたらすかを決定していることを示唆している。また,NOが,マクロファージ内(非特許文献21)で,及び腫瘍細胞内(非特許文献22)で,ジニトロシル鉄複合体を形成することも知られている。
次式1で示されるβ−シトリル−L−グルタミン酸(以下,「β−CG」ともいう。)は,最初に新生ラット脳から単離された化合物であり,その後精巣(主に精子)及び眼(水晶体,網膜)にも高濃度に存在することが知られている。しかしながら,この化合物については,化学合成方法は古くから確立されているものの(非特許文献15),生理学的にどのような機能を果たしているのかは,これまでのところ十分解明されていない。
我々は最近,β−CGが内因性の低分子量Fe(II)キレート剤であることを見出している(非特許文献16)。我々は更に,in vitroの実験系において,[Fe(II)(β−CG)]複合体が,還元剤の存在下にアコニターゼのためのFe運搬体としての役割を果たしこれを活性化させる(非特許文献17)。またペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)により損傷されたミトコンドリアのアコニターゼを再活性化させることを見出したが,β−CGやクエン酸,[Fe(II)(クエン酸)]にはそのような効果は認められなかった(非特許文献17)。
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上記背景において,本発明は,虚血等による酸化ストレスが発症又は進行,増悪の原因になっている上記の疾患や障害に対する予防及び治療剤,並びに治療方法の提供を目的とする。
本発明者らは,NO供与体が鉄(Fe)依存性のアコニターゼ活性化を促進することを,同酵素を用いたin vitro実験により見出した。また,無傷のミトコンドリアにおいて,ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)により不活性化されたこの酵素のFe依存性の再活性化を,NO供与体が促進することも見出した。加えて,血清を含む培地を用いたニューロン・グリア混合培養中,NO供与体がミトコンドリアの活性を高めること,及びNO供与体と[Fe(II)(β−CG)]複合体又はβ−CGの同時添加が,酸化ストレスに曝されて障害されたミトコンドリアの活性を有意に高め,ニューロンの生存数を大きく増大させることを見出した。本発明は,これらの発見に基づき,更に検討を重ねて完成させたものである。すなわち,本発明は,以下を提供する。
1.β−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的に許容し得る塩を含んでなる,ミトコンドリア機能回復促進剤。
2.NO供与体の投与と併用されるものである,上記1のミトコンドリア機能回復促進剤。
3.酸化ストレス関連疾患の治療用である,上記1又は2のミトコンドリア機能回復促進剤。
4.酸化ストレス関連疾患が,糖尿病合併症,心筋梗塞,脳梗塞,アルツハイマー,パーキンソン,ハンチントン病,癌,又は虚血再灌流障害である,上記3のミトコンドリア機能回復促進剤。
5.虚血再灌流障害が,心筋虚血,脳虚血,又は臓器移植後の虚血再灌流障害である,上記4のミトコンドリア機能回復剤。
6.ミトコンドリア・アコニターゼの再活性化促進剤である,上記1〜5の何れかのミトコンドリア機能回復剤。
7.非経口投与用剤である,上記1〜6の何れかのミトコンドリア機能回復促進剤。
8.酸化ストレス関連疾患の治療又は予防に使用するための,β−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
9.NO供与体の投与と併用されるものである,上記8のβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
10.酸化ストレス関連疾患が,糖尿病合併症,心筋梗塞,脳梗塞,アルツハイマー,パーキンソン,ハンチントン病,癌,又は虚血再灌流障害である,上記8又は9のβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
11.虚血再灌流障害が,心筋虚血,脳虚血,又は臓器移植後の虚血再灌流障害である,上記10のβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
12.酸化ストレス関連疾患の治療又は予防がミトコンドリア・アコニターゼの再活性化促進によるものである,上記8〜11の何れかのβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
13.非経口投与されるものである,上記8〜12の何れかのβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的許容し得る塩。
14.ミトコンドリアの機能低下を有する患者のミトコンドリアの機能を回復させるための方法であって,有効投与量のβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的に許容し得る塩を該患者に投与することを含んでいる方法。
15.該患者がNO供与体の投与を受けているものである,上記14の方法。
16.酸化ストレス関連疾患の治療又は予防方法である,上記14の方法。
17.酸化ストレス関連疾患が,糖尿病合併症,心筋梗塞,脳梗塞,アルツハイマー,パーキンソン,ハンチントン病,癌,又は虚血再灌流障害である,上記16の方法。
18.虚血再灌流障害が,心筋虚血,脳虚血,又は臓器移植後の虚血再灌流障害である,上記17の方法。
19.ミトコンドリア機能の回復がミトコンドリア・アコニターゼの再活性化の促進によるものである,上記14〜18の何れかの方法。
20.投与が非経口的に行われるものである,上記1〜19の何れかの方法。
本発明のミトコンドリア機能回復促進剤は,虚血その他種々の原因による酸化ストレスに曝されたミトコンドリアにおいて,活性を喪失したアコニターゼの再活性化を促すことにより,ミトコンドリア機能の回復を促すことができる。アコニターゼはクエン酸回路のサーキットブレーカーであり,この酵素の再活性化はクエン酸回路の作動を可能とし,その結果として,ミトコンドリアにおける酸素の迅速な利用,酸化的リン酸化によるATP産生の再開,及び細胞質への迅速なATP再供給をもたらす。従って,本発明のミトコンドリア機能回復剤は,酸化ストレスに曝された細胞の生存必須のエネルギー代謝に寄与することから,糖尿病合併症の治療,心筋梗塞,脳梗塞等の心血管系疾患,アルツハイマー病,パーキンソン病やハンチントン病をはじめとする神経変性疾患,癌等を含む,酸化ストレスによるミトコンドリアの機能低下を伴う様々な疾患の治療(進行の抑制を含む)や予防に,また虚血状態の組織への血流の再開に際する虚血再灌流障害の治療(増悪の抑制を含む)や予防に,有用である。
本発明のミトコンドリア機能回復剤は,投与後生体内のFe(II)イオンと複合体[Fe(II)(β−CG)]を形成でき,この複合体は,ミトコンドリア内においてアコニターゼの不活性型クラスターにFe(II)を受け渡して活性型クラスターを再生することで,アコニターゼの再活性化を促し,ミトコンドリア機能を回復させることができる。またこの[Fe(II)(β−CG)]複合体は,生体内でNOと更なる複合体を形成でき,この更なる複合体は,ミトコンドリア内において[Fe(II)(β−CG)]複合体からアコニターゼへのFe(II)の受け渡しを助けることで,[Fe(II)(β−CG)]複合体のミトコンドリア機能回復を顕著に促進する。[Fe(II)(β−CG)]複合体と更なる複合体を形成するNOは,内因性に生じているものでもよいが,β−CGの投与と並行してNO供与体を投与してNOを補給した場合には,β−CGのミトコンドリア機能回復作用は一層顕著なものとなる。
図1は,Fe(II)ASの存在下における,種々の阻害剤のアコニターゼ活性に対する効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。*P<0.01:(対照に対する)(一元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図2Aは,アコニターゼ活性化に対する,NO供与体であるSNP,SIN,NaNO,及びNOC18の効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。*P<0.01,**P<0.05:(対照に対する)(一元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト)。B:ブランク(DTTのみの存在下における活性)。C:対照(DTT及びFe(II)ASの存在下における活性)。 図2Bは,Fe(II)AS及びDTTの存在下における,SNP,SIN,NaNO,及びNOC18によるアコニターゼの活性化の時間的推移を示す。 図2Cは,DTTの存在下における,Fe(II)ASの存在下又は非存在下でのSNPによる濃度依存性のアコニターゼ活性化を示す。横軸:SNP濃度。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。 図2Dは,DTTの存在下におけるFe(II)ASの存在又は非存在下,SIN及びNOC18による濃度依存性のアコニターゼ活性化を示す。 図3Aは,NO供与体により促進されるアコニターゼ活性化に対する,X/XOの効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。*P<0.01,**P<0.05:(対照に対する)(ニ元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図3Bは,NO供与体により促進されるアコニターゼ活性化に対する,ヘム及びPTIOの効果を示す。B:ブランク(DTTのみの存在下での活性)。C:対照(DTT及びFe(II)ASの存在下での活性。N:TPIO及びヘム不含。*P<0.01,**P<0.05:(対照に対する)(ニ元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図4Aは,NO供与体の存在下における,アコニターゼの活性化に対するFe濃度の影響を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。横軸:Fe(II)濃度 図4Bは,SINの存在下又は非存在下での,アコニターゼ活性化に対するFe(II)AS及びSNPの効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。横軸:SNP又はFe(II)の濃度。 図4Cは,SIN(1mM)の存在下又は非存在下における,アコニターゼ活性化に対する[Fe(II)(乳酸)](0〜0.1mM)及び[Fe(III)(クエン酸)](0〜0.1mM)の効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。横軸:Fe複合体濃度。 図4Dは,SIN(1mM)の存在下又は非存在下における,アコニターゼ活性化に対する[Fe(II)(β−CG)]複合体の効果を示す。縦軸:アコニターゼ活性(μmols/分)。横軸:[Fe(II)(β−CG)]濃度。*P<0.01([Fe(II)(β−CG)]のみに対する)(ニ元配置ANOVA) 図5Aは,APSにより障害されたミトコンドリアアコニターゼの再活性化に対する,NO供与体の効果を示す。Blank:Fe(II)AS非存在下,対照:Fe(II)AS存在下。*P<0.01(対照に対する)(一元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト)。 図5Bは,NO供与体により促進されるミトコンドリアアコニターゼ再活性化に対する,NO消去剤の効果を示す。Blank:Fe(II)AS非存在下,対照:Fe(II)AS存在下,N:PTIO非存在下。*P<0.01(PTIO不含に対する)(ニ元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト)。 図6Aは,ニューロン純化培養における,MTT還元活性に対するNO供与体の濃度依存性の効果を示す。縦軸:MTT活性(対照に対する%),横軸:NO供与体の濃度。*P<0.05(対照に対する)(二元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図6Bは,混合ニューロン・グリア培養における,MTT還元活性に対するNO供与体の濃度依存性の効果を示す。縦軸:MTT活性(対照に対する%),横軸:NO供与体の濃度。*P<0.05(対照に対する)(二元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図6Cは,混合ニューロン・グリア培養における,DNA含量に対するNO供与体の効果を示す。縦軸:DNA含量(対照に対する%)。*P<0.01(対照に対する)(ニ元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト)。 図6Dは,混合ニューロン・グリア培養における,NO供与体存在下での,MTT還元活性に対するβ−CG,[Fe(II)(β−CG)]及びFe(II)ASの用量依存性の効果を示す。縦軸:MTT活性(対照に対する%),横軸:β−CG,[Fe(II)(β−CG)]又はFe(II)ASの濃度。 図6Eは,[Fe(II)(β−CG)]の存在下における,混合ニューロン・グリア培養でのMTT還元活性に対するNO供与体の効果を示す。縦軸:MTT活性(対照に対する%),Ci:クエン酸,Fe−Ci:[Fe(II)(クエン酸)],Fe−b−CG:[Fe(II)(β−CG)]。*P<0.01([Fe(II)(β−CG)]のみに対する),**P<0.05(SIN又はNOC18単独に対する)(二元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト) 図7は,混合ニューロン・グリア培養におけるNO供与体と[Fe(II)(β−CG)]複合体の効果を示す図面代用顕微鏡写真である。A:対照,B:NOC18(30μM),C:Fe(II)AS(200μM),D:NOC18(30μM)+Fe(II)AS(200μM),E:[Fe(II)(β−CG)](200μM),F:NOC18(30μM)+[Fe(II)(β−CG)](200μM)。 図8は,混合ニューロン・グリア培養におけるNO供与体とβ−CGの効果を示す図面代用顕微鏡写真である。C:β−CG(200μM),D:NOC18(30μM)+β−CG(200μM)
本発明において,β−CGは,そのまま又はその薬剤学的に許容し得る塩の形で用いることができる。β−CGの薬剤学的に許容し得る塩は,β−CGの製剤化,特に非経口投与溶剤(液剤,乾燥固形製剤等)としての製剤化に際して支障がなく,実質上無毒である限り限定されない。β−CGの好ましい塩一例として,アルカリ金属塩が挙げられる。β−CGのアルカリ金属塩としては,例えば,ナトリウム塩,カリウム塩,又はナトリウム及びカリウムとの混合塩が挙げられる。β−CGは4個のカルボキシル基を有するが,β−CGのアルカリ金属塩は,それら4個のカルボキシル基のうち1個,2個,3個又は4個が,アルカリ金属イオンと塩を形成したものであってよい。
本明細書において,「酸化ストレス関連疾患」とは,糖尿病,心筋梗塞等の心血管系疾患,アルツハイマー病,パーキンソン病やハンチントン病をはじめとする神経変性疾患及び癌等,その発症又は増悪が種々の背景による酸化ストレスに関連づけられる疾患をいう。本発明のミトコンドリア機能回復剤は,それら酸化ストレス関連疾患における低下したミトコンドリアの機能の回復を促進してこれらの疾患を治療(進行の抑制を含む)又は予防するために,また虚血再灌流障害の予防又は治療(増悪の抑制を含む)のために,患者に非経口的に投与される。
発明のミトコンドリア機能促進剤は,患者の内因性のNOの存在を前提としてそれ単独で投与してもよいが,より好ましくはNO供与体の投与と併用する形で投与される。実施例の部に示したように(特に図8),NOの存在下におけるβ−GCの適用は,酸化ストレスに曝されたニューロンのミトコンドリア機能の改善を促して,ニューロンの生存率を有意に高めることができる。
本発明のミトコンドリア機能回復剤は,非経口投与用剤,特に注射剤として,輸液として,又は既存の輸液に添加するための製剤として,提供することができる。また,非経口投与用製剤は,水性液剤等の液剤であってもよく,また使用時に水性溶解液等の溶解液によって溶解される凍結乾燥製剤その他の乾燥固形製剤であってもよい。
本発明のミトコンドリア機能回復剤の投与量は,一般的には,β−CG換算で1〜500 mg/Kg体重/回の範囲内とすればよいが,この範囲に限定されることなく,個々の具体的治療目的及び患者の状態を考慮して担当医師がその都度適宜増減してよい。
本発明のミトコンドリア機能回復剤は,非経口投与溶剤の製造のための慣用の材料及び方法を用いて製造することができる。すなわち,本発明のミトコンドリア機能回復剤は,主薬であるβ−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的に許容し得る塩と共に,添加剤として,所望により安定化剤,緩衝剤,キレート剤,等張化剤,pH調整剤,賦形剤等を適宜用いて調製することができる。主薬の添加剤の配合比率や濃度は,1回当たりの意図する投与量及び投与経路(例えば,静脈注射用,点滴静注用等)に応じて,適宜設定すればよく,主薬及び所望により添加剤を,注射用水等非経口投与用の溶媒に溶解させ,必要に応じて常法により溶液のpHを調製し(例えば,pH 7.4その他の中性付近),滅菌処理をすることにより調製すればよい。簡便には,リンゲル液その他の輸液にβ−CGを配合することにより調製してもよい。また,用時溶解される凍結乾燥製剤も,β−CGと,所望により添加剤の1種又は2種以上を適宜注射用水に溶解させ,凍結乾燥することにより,調製することができる。凍結乾燥製剤を溶解するための溶解液としては,例えば,生理食塩水や5%グルコース溶液その他の注射用に滅菌された溶解液を,適宜用いることができる。
安定化剤の例としては,アルブミン,グロブリン,ゼラチン,ソルビトール,エチレングリコール又はプロピレングリコール,亜硫酸水素ナトリウム等が挙げられるが,これらに限定されない。
緩衝剤の例としては,リン酸緩塩,酢酸塩,クエン酸塩,グルタミン酸塩,イプシロンアミノカプロン酸塩等が挙げられるが,これらに限定されない。
キレート剤の例としては,EDTA又はその塩,リン酸又はその塩,クエン酸又はその塩等が挙げられるが,これらに限定されない。
等張化剤の例としては,塩化ナトリウム;D−マンニトール,ソルビトール,キシリトール等の糖アルコール;フルクトース,グルコース,ガラストース,リボース,キシロース,マンノース,マルトトリオース,マルトテトラオース等の単糖類;ソルビトール,イノシトール,マンニトール等の等アルコール等が挙げられるが,これらに限定されない。
pH調整剤としては,塩酸,リン酸,硫酸等の無機酸;酢酸,酒石酸,乳酸,クエン酸,酒石酸,コハク酸,リンゴ酸等の有機酸;水酸化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム等の無機塩基;クエン酸ナトリウム,酒石酸ナトリウム等の有機塩基等が挙げられるが,これらに限定されない。
本発明において,「NO供与体」とは,生体に投与したときこれにNOを供給することのできる薬剤をいう。NO供与体としては,ニトログリセリン,硝酸イソソルビド,一硝酸イソソルビド,ニコランジル等の有機硝酸エステル剤;亜硝酸アミル等の有機亜硝酸エステル剤;3−モルフォリノシドニミン(3-morpholino-sydnonimine:SIN),モルシドミン(molsidomine:1-Ethoxy-N-(3-morpholino-5-oxadiazol-3-iumyl)methanimidate);リンシドミン(linsidomine:5-imino-3-morpholin-4-yl-5H-1,2,3-oxadiazol-3-ium-2-ide);S−ニトロソシステイン,S−ニトロソグルタチオン(GSNO),S−ニトロソ−N−アセチルペニシラミン(SNAP)等のS−ニトロソチオール類;ジアゾニウムジチオレート類(NONOates);フロキサン類(Furoxans:1,2,5-Oxadiazole-N-Oxides);ニトロソアスピリン類等のNO発生有機化合物,及びニトロプルシドナトリウム(Na[Fe(III)(CN)NO])等のNO発生無機化合物が知られている。NO供与体は,硝酸薬,硝酸供与薬(nitric
acid donor drugs),ニトロ血管拡張剤(nitrovasodilators)等と呼ばれ,ニトログリセリン,硝酸イソソルビド,一硝酸イソソルビド,ニトロプルシドナトリウム(SNP)その他,既にNOの血管拡張薬作用に基づき狭心症の治療等に用いられている薬剤を含むが,生体に投与したときNOを供給するものであればよいから,本発明においてはそれらに限定されない。尤も,SNP,又はSNPのようなCNイオンを構成要素とする化合物は,「NO供与体」から除外してもよい。NO供与体の投与量は,血管拡張作用を期待して臨床上使用し得る投与量,又はこれに相当する投与量でよく,また患者の状態に応じて,担当医師が適宜増減することができる。
ヒトを含む哺乳類の血中にはFe(II)が十分な量で存在することから,β−CGは,患者に投与されると容易に[Fe(II)(β−CG)]複合体を形成することができる。[Fe(II)(β−CG)]複合体は,次いで,患者の内因性の,又はNO供与体の投与により供給されたNOの存在下に[(NO)Fe(II)(β−CG)]複合体を形成し,ミトコンドリア内に容易に到達して,酸化ストレス下に不活性化したアコニターゼへのFe(II)の受け渡しを助け,アコニターゼの再活性化を促して,ミトコンドリア機能の回復を促進する。
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
〔実施例1〕
1.材料及び方法
1.1.材料
以下の実験において次の材料を使用した。
・アコニターゼ(ブタ心臓由来),イソクエン酸デヒドロゲナーゼ組換え体(イースト由来),キサンチンオキシダーゼ(バターミルク由来),及びβ−NADP〔オリエンタル酵母(株)(東京,日本)〕
・メシル酸デフェロキサミン(Def:Fe(III)キレート剤),臭化3−(4,5−ジメチルチアゾール−2−イル)−2,5−ジフェニルテトラゾリウム(MTT),及びDL−フルオロクエン酸トリバリウム塩〔Sigma-Aldrich (St. Louis,MO USA)〕
・塩化アミノ−3−モルフォリニル−1,2,3−オキサゾリウム(SIN塩化物)〔Tocris Cookson Inc. (MO USA)〕
・Fe(II)O(Alfa Aesar),Fe(III),クエン酸Fe(III)アンモニウム,グルコン酸Fe(II)(Alfa Aesar)及び塩化ヘミン(Alfa Aesar)〔和光純薬工業(株)(大阪,日本)〕
・1−ヒドロキシ−2−オキソ−3,3−ビス(2−アミノエチル)−1−トリアジン(Deta NONOate: NOC18)〔Calbiochem (CA USA)〕
・ヒポキサンチンナトリウム,硫酸アンモニウムFe(II)・6水和物(Fe(II)AS),ニトロプルシドナトリウム(SNP),乳酸Fe(II),及びペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)〔ナカライテスク(株),(京都,日本)〕
・2−(4−カルボキシフェニル)−4,4,5,5−テトラメチルイミダゾリン−1−オキシル−3−オキシド(Carboxy-PTIO)〔同仁化学研究所,(東京,日本)〕
・MTTアッセイキット(細胞増殖アッセイキットI)〔Roche,マンハイム,ドイツ〕
・β−シトリル−L−グルタミン酸(β−CG)〔Miyake M.,Kakimoto Y.,Sorimachi M.,Biochim. Biophys. Acta,544,656-666 (1978)(非特許文献15)の記載に従って合成〕
・[Fe(II)クエン酸]複合体〔特許文献17の記載に従ってFe(II)Oとクエン酸三ナトリウムから合成〕
他の試薬は何れも,入手し得る最高グレードの市販品を入手。
1.2.アコニターゼ活性の測定
酵素活性のアッセイは,イソクエン酸からのcis−アコニット酸の形成を定量することにより行った(非特許文献1)。UVアッセイは,室温にて行った。最終液量は1 mlとし,これは25mM Tris-HCl,pH 7.4と2mM DL−イソクエン酸三ナトリウムとを含んでいる。酵素の添加後,240 nmにおける吸光度変化を0.5分から1.5分迄測定した。1単位は,1μmol のcis−アコニット酸/分(ε240nm=3.6mM-1cm−1)を産生するに必要な酵素量と定義した(非特許文献3)。特にことわらない限り,何れの比活性も,UVアッセイのことをいう。Fe(II)と例えばシステイン又はジチオスレイトール(DTT)等の還元剤の存在が,アコニターゼの活性化には必要である(非特許文献3)。幾つかの実験では,アコニターゼ活性を共役法(非特許文献1)を用いて測定し,そこではNADPの還元が調べられた。この方法が,この酵素に対する種々のオキシダントの効果を調べるのに頻繁に用いられているからである。
1.3.アコニターゼの活性化
今回の研究で用いたアコニターゼは,不活性型([3Fe−4S]クラスター型)であり,Fe(II)及び還元剤による活性化([4Fe−4S]クラスター型への)を必要とする(非特許文献3)。アコニターゼは,常法により,硫酸アンモニウム第一鉄(Fe(II)AS:5〜100μM)溶液を37℃にて10分間,50μM Tris塩酸緩衝液,pH7.4及び2.5mM ジチオスレイトールを全量50〜100μl中に含んだ小型試験管への添加することで活性化させた。幾つかの実験では,活性化されたアコニターゼタンパク質溶液を,低分子活性化剤を除去する目的で,0.5mMのジチオスレイトール(DTT)を含む50mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.4)で平衡化させたBio-Gel p-6カートリッジ(1.6×4 cm)を用いて,急速に脱塩した。これらのアコニターゼ調製物を,実験において「活性化アコニターゼ」として使用した。
1.4.オキシダントによる無傷のミトコンドリアの処理:ミトコンドリア・アコニターゼの再活性化に対するNO供与体の効果
ミトコンドリア画分を,先に記述(Bulteau A.L.,Saito M.,Szweda L.I.,Biochemistry,42,14846-14855(2003))されているようにして,Wistarラット心臓より調製した。すなわち,ラット心臓を20 mlの緩衝液A(210mMのマンニトール,70mMのショ糖,pH 7.4,これに5mMのEDTAを添加)中で,Polytron ホモジナイザーを用いてホモジナイズした。ホモジネートを500×gで5分間遠心し,次いで上清を10000×gで10分間遠心,ミトコンドリアのペレットを緩衝液Aで2回洗浄,EDTA不含の緩衝液Aで再洗浄,次いで100mMのTris-HCl緩衝液(pH 7.4)中に懸濁させ,実験での使用時まで−80℃で保存した。
ミトコンドリアを約25mgタンパク質/mlになるよう100mM
Tris-HCl緩衝液(pH 7.4)中に希釈し,次いで,先に記述されている(非特許文献3)ようにして,比較的緩和なオキシダントである100μMのペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)の添加後10分間インキュベートした。APSによりダメージを受けたアコニターゼ([3Fe−4S]クラスター型)は,酵素活性を喪失しているが,Fe(II)イオンにより再活性化することができる。全てのインキュベーションは37℃で行った。インキュベーション後,反応混合物の30μlの各部分量を30μlの1% Triton X-100に懸濁させ,溶解させてから,50μlの各部分量をアコニターゼ活性の定量に用いた。
1.5.新生マウス脳組織からの初代細胞培養
1日齢ddYマウスの大脳を摘出してCa2+/Mg2+不含Dulbecco'sリン酸緩衝食塩水〔PBS(-)〕中に入れた。ニューロンの分離及び培養を,若干の改変を加え,先に記述(Morrison R.S.,Sharma A.,Vellis J.D.,Bradshaw R.,Proc. Natl. Acad.Sci. USA,83,7537-7541 (1986))されているようにして行った。すなわち,大脳標本ををPBS(-)中で濯ぎ,鋏で細切れにし,ピペットを用いて分散させた。細胞を洗浄し,ペニシリン(50IU/ml)及びストレプトマイシン(50μg/ml)を含むDMEMに分散させた。次いで細胞懸濁液の各部分量(0.1 ml)(通常,細胞2×105個を含む)を0.1%ポリ−DL−オルニチンで予めコーティングされている96ウェルプレートに入れた。60分間37℃にて5%CO空気下にインキュベートした後,培地を,5 ng/mlのインスリン,5 ng/mlのトランスフェリン,7.3 ng/mlのプロゲステロン,16μg/mlのプトレシン及び5 ng/mlのセレンよりなるN成分を含有する血清不含DMEMに交換し,次いで,ニューロン純化培養物を得るために上記と同じ条件で細胞を連続3日間インキュベートした。培養細胞集団における非ニューロン細胞による割合は,抗β-IIIチューブリン抗体を用いた染色による評価で,播種後7日目までは殆ど観察されなかった。
別の実験において,上に詳述した細胞懸濁液の各部分量(0.1ml)を,0.1%ポリ−DL−オルニチンで予めコーティングしておいた96ウェルプレートに入れた。60分間37℃にて5%CO空気下にインキュベートした後,培地を,5%胎仔牛血清(FCS)を含んだDMEMに交換した。翌日,培地を,20μMのシトシンアラビノシドを含んだDMEMに交換し,細胞を連続3日間インキュベートした(混合ニューロン・グリア培養)。FCSへの交換の時を0日とした。培養皿中の神経細胞の集団は,インキュベーション後の5日目に約50〜60%にわたっており(全細胞数に対する抗β-IIIチューブリン抗体と反応する細胞の比率により推定),全細胞の約10%は抗グリア繊維状酸性タンパク質(GFAP)(星状グリア細胞特異的マーカー)抗体で染色された。
培養した細胞を4%のパラホルムアルデヒド中で30分間室温にて固定し,0.1%Triton X-100含有PBS(-)中で10分間透過処理して,Blocking One Solution(ナカライテスク(株))で処理した。次に,それらを抗β-IIIチューブリン一次抗体(Sigma,USA; 1:500)又はGFAP(Becton Dickinson USA; 1:1000)抗体と4℃で2時間インキュベートし,次いでTTBS(50mM Tris-HCl,pH 7.4,150mM NaCl,0.05% Tween
20)中で洗浄し,蛍光標識二次抗体(Alexa fluoro546,Molecular Probes, USA; 1:1000)と室温で2時間インキュベートした。IX70蛍光顕微鏡(オリンパス(株),日本)を用いて細胞を観察した。
1.6.初代培養細胞のMTT還元アッセイ
MTT還元アッセイは,ミトコンドリア機能の完全性を,Mosmann等の記述(Mosmann T.,J. Immunol. Methods,65,55-63 (1983))に従って評価する。このアッセイは,MTTのテトラゾリウム環が活性なミトコンドリア内で電子伝達系により還元される,という原理に基づいている。MTTを還元するための一次酵素は,複合体II中のコハク酸デヒドロゲナーゼ(コハク酸:ユビキノン酸化還元酵素)及び複合体III中のアンチマイシンA感受性チトクロムcオキシダーゼであることが示されている(Marshall N.J.,Goodwin C.J.,Holt S.J.,Growth Regul,5,69-84(1995))。今回の研究では,アッセイは,メーカーの仕様書(MTT kit I; Roche,Mannheim,Germany)に従って行った。すなわち,細胞を96ウェルプレート中で培養し,次いで,培地100μl中に細胞を含んだ各ウェルに10μlの5 mg/ml MTT標識試薬を添加して,加湿したインキュベータ内でプレートを37℃にて4時間インキュベートした。インキュベーション後,溶解液〔0.01 M HCl含有の10% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)溶液〕を各ウェルに17〜18時間の間加えた。630nmを参照波長として,サンプルの吸光度を波長570nmで測定した。特記しない限り,NO供与体に曝露された細胞におけるMTT変換の程度は,対照に対する%割合として表わした。
細胞内のDNA含量は,先に記載した(非特許文献16)ようにして行った。すなわち,細胞2×106個を24ウェルプレート中で3日間培養し,細胞溶解用緩衝液1 ml中で溶解させてから,プロテインキナーゼKとRNase A溶液で処理した。フェノール/クロロフォルムでDNAを2回抽出し,初めはイソプロピルアルコールで,次いで70%エタノールで,2回沈殿させ,その後,風乾させたペレットを溶解させた。DNA濃度を,OD260値を測定することにより算出した。
2.結果
2.1.アコニターゼ活性に対する他の阻害剤の効果とニトロプルシドの効果の比較
アコニターゼは,商業的供給源から不活性状態で入手し,これは,以前の研究(非特許文献3)が示しているように,システインやジチオスレイトール等のような還元剤の存在下にFe(II)による活性化を必要とした。今回の研究では,市販のブタ心臓アコニターゼ([3Fe−4S]型)を,20分間37℃にてFe(II)AS(0.05mM)及びジチオスレイトール(2.5mM)の存在下に活性化させ,次いで酵素活性を,種々の阻害剤の存在下に測定した。
アコニターゼ活性に対するFeキレート剤及びオキシダントを含む種々の阻害剤の効果を,Fe(II)AS及びジチオスレイトールの存在下に調べた。すなわち,Fe(II)AS(0.1mM)及びジチオスレイトール(2.5mM)存在下にアコニターゼを37℃で20分間活性化させ,各阻害剤の阻害活性をUVアッセイを用いて室温で測定した。D,L−フルオロクエン酸トリバリウム塩(FC:競合的阻害剤,Villafranca J.J.,Platus E.,Biochem.Biophys. Res. Commun.,55,1197-1207(1973)),EDTA,メシル酸デフェロキサミン(Def:Fe(III)キレート剤),及び過酸化水素(H)は,濃度0.1mMで使用し,ニトロプルシドナトリウム(SNP),ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS),フェリシアナイド([Fe(III)(CN)]),及びKCN(非競合的阻害剤,ヘム毒)の濃度は,それぞれ0.05,0.25,2,及び5mMとした。また37℃で20分間ヒポキサンチン(X)(0.25mM)とキサンチンオキシダーゼ(XO)(125 m単位/ml)をインキュベートすることにより,スーパーオキシドアニオンを生成させた(X/XO)。3〜5回の実験結果の平均値(±SEM)を図1に示す。
図1に示すように,Feキレート剤であるEDTA及びデフェロキサミンが活性を強力に阻害したのに対し,D,L−フルオロクエン酸トリバリウム塩),KCN(CN:非競合的阻害剤),フェリシアナイド([Fe(III)(CN)]),並びにスーパーオキシド・アニオン(X/XO),APS,及び過酸化水素を含む種々のオキシダントは,中等度の阻害を示した。対照的に,ニトロプルシドナトリウム(SNP)(Fe(III)(CN)5NO)のみは,酵素活性を有意に高めた。
ニトロプルシドナトリウム以外のこれらの阻害剤のアコニターゼ阻害活性値は,以前の報告(非特許文献3)に述べられているのと同等であった。尤も,それらのオキシダントの阻害率は,アコニターゼに対するFe(II)の保護作用のため,やや低い値となった。SNPは,分子にフェリシアン化ナトリウムと同様アコニターゼの強力な阻害剤であるフェリシアン部分を有してはいるが,NOも発生することが知られている。NOは低濃度ではアコニターゼを阻害しないが,高濃度ではアコニターゼを不活性化することが,以前報告されている(非特許文献12)。更には,NO基に加え,SNP分子はFe部分を有し,これは分解時にイオンの形で遊離されることから,アコニターゼに対しSNPにより加えられる活性促進効果はFeイオンによるものである可能性がある。このため我々は,この分子に対するNO基の役割及びそのアコニターゼ活性に対する効果を調べた。
2.2.アコニターゼ活性に対するSNP及び他のNO供与体の効果
上記SNPの促進効果が分子中に存在するNOとFeの何れによるものかを決定するために,アコニターゼの活性化に対するSNP及び他のNO供与体の効果を検討した。更に,NOには,異なった酸化還元条件下で,少なくとも3つのグループがあることが知られている。すなわち,ニトロソニウムイオン(NO),一酸化窒素(NO),及びペルオキシナイトライト(ONOO)であり,これらは顕著に異なった生物学的効果を有している(非特許文献18,20)。特に,アスコルビン酸等の還元剤の存在は,SNPを化学種NOから化学種NOに変換することが知られている。また,NO供与体である3−モルフォリノシドニミン(SIN)が,NO及びスーパーオキシドアニオンを産生することも示されており(Hogg N.,Darley-Usmar
V.M.,Wilson M.T.,Monocada S.,Biochem. J.,281,419-424(1992)),このことは結果的にアコニターゼに対する強力な阻害剤であるペルオキシナイトライト(Feelisch M.,Noack E.A.,Eup. J. Pharmacol.,139,19-30 (1987))の形成をもたらすことも予想される。そこで,SNP(NO急速遊離型化合物)に加え,SIN,Deta NONOate(NOC18)(非特許文献6,10)(非常に遅延遊離型のNO供与体),及びNaNO(古典的NO遊離化合物)を,今回の研究においてNO供与体として選択した。
(A)アコニターゼ活性化に対する,SNP,SIN,NaNO,及びNOC18の効果
アコニターゼ活性化に対するSNP(0.1mM),SIN(2mM),NaNO(2mM),及びNOC18(1mM)の効果を,Fe(II)ASの存在下(0.05mM)又は非存在下の,2.5mMのDTTで測定した。実験結果の平均値(±SEM)を図2Aに示す。
図2Aは,SNPを含む全てのNO供与体がFe(II)ASの存在下にアコニターゼの活性化を促進するのに,対してSNPのみは,Fe(II)ASの非存在下でさえ僅かにこれを促進することを示している。SNPから遊離されたFeが,アコニターゼ活性化効果の一因かも知れない。
(B)Fe(II)AS及びDTTの存在下における,NO供与体によるアコニターゼの活性化の時間的推移
次に,Fe(II)AS(0.05mM)及びDTT(2.5mM)の存在下における,SNP(0.1mM),SIN(0.1mM),NaNO(2mM),及びNOC18(1mM)によるアコニターゼの活性化の時間的推移を,反応開始後20分間にわたって測定した。結果を図2Bに示す。
図2Bは,アコニターゼと何れのNO供与体とのインキュベーションも,Fe(II)ASの存在下,アコニターゼ活性化を時間依存的に促進することを示している。この活性化は,Fe(II)AS単独の場合と比較して,NO供与体により有意に促進された。
(C)DTTの存在下,Fe(II)ASの存在又は非存在下でのSNPによる濃度依存性のアコニターゼ活性化
次いで,DTT(2.5mM)及びFe(II)AS(0.02mM)の存在下,SNPの濃度を0〜2mMの範囲内で変化させて,アコニターゼ活性化に対するSNPの濃度依存性を検討した。また,比較のため,Fe(II)ASの非存在下においても併せて検討を行った。結果を図2Cに示す。
図2Cに示したように,SNPは,Fe(II)ASの存在下に用量依存性にアコニターゼ活性化を強く促進したが,これに対しFe(II)ASの非存在下では,促進効果は,用量依存的ではあるが,中等度であった。SNP単独でも活性化が見られるのは,SNP分子から遊離されたFeイオンに仲介されているものかも知れない。実際,SNP(0.025mM)とDTT(2.5mM)を37℃で予備的にインキュベーションすると,インキュベーションを省いた場合と比較して,時間依存的にアコニターゼの活性化をもたらした(データ示さず)。
(D)Fe(II)AS及びDTTの存在下における,SIN及びNOC18による濃度依存性のアコニターゼ活性化
更に,Fe(II)AS(0.02mM)及びDTT(2.5mM)の存在下,SIN及びNOC18の濃度を変化させて,アコニターゼ活性化に対する濃度依存性を検討した。結果を,3回の実験の平均(±SEM)として図2Dに示す。
図2Dは,SINとNOC18の双方がFe(II)ASの存在下に用量依存的にアコニターゼ活性化を強く促進することを示している。これに対しFe(II)ASの非存在下では効果がなかった。またNaNOも用量依存的にFe依存性の活性化を強く促進したが,その効果を得るには,より高い濃度(約10mM)を必要とした(データ示さず)。NO供与体によるアコニターゼ活性化の促進はまた,アコニターゼ活性測定法のうちの共役法を用いても確認された(データ示さず)。
(E)上記の知見は,試験した何れのNO供与体から遊離されたNOも,Fe(II)の存在下にアコニターゼの活性化を促進することを示している。
2.3.NOにより促進されるアコニターゼ活性化に対するNO消去剤の効果
(A)NO供与体に促進されるアコニターゼ活性化に対する,X/XOの効果
NOがスーパーオキシドアニオンと反応してペルオキシナイトライトを生成することから,スーパーオキシドアニオンを生成する条件下でのNOの効果を検討するは興味がもたれる。予備的に,ヒポキサンチン(X)とキサンチンオキシダーゼ(XO)とを,37℃で20分間インキュベーションすることにより,スーパーオキシドを産生させ(Gardner P.R.,Fridovich
I.,J. Biol. Chem.,266,19328-19333 (1991); Flint D.H.,Tuminello
J.F.,Emptage M.H.,J. Biol. Chem.,268,22369-22376 (1993)),アコニターゼ活性化に対するNO供与体の効果を調べた。すなわち,ヒポキサンチン(0.25mM)をキサンチンオキシダーゼ(125 m単位/ml)と共に20分間37℃で予備インキュベートし,次いで,Fe(II)AS(0.02mM)及びSNP(0.1mM),SIN(2mM),NaNO(2mM),又はNOC18(0.2mM)の存在下,反応混合物の添加後直ちにアコニターゼと共に10分間37℃でインキュベートした後,アコニターゼ活性を測定した。結果を,3〜6回の実験の平均(±SEM)として図3Aに示す。
図3Aに示されるように,X/XOは,SIN及びNOC18による促進された活性化に対し強く拮抗的に作用し,NaNOによる促進を中等度に減弱させたが,これに対し,SNPによる促進は僅かしか阻害しなかった。Feイオンは種々のオキシダントにより障害されたアコニターゼ内に再挿入できることから(非特許文献3),SNP分子から遊離されたFeイオンが,ONOOによる障害を受けたアコニターゼ内に再挿入されていると推定された。しかしながら,そのメカニズムは明らかでない。
(B)NO供与体により促進されたアコニターゼ活性化に対するヘム及びPTIOの効果
NOはまた,ヘム(Dawson V.L.,Dawson T.M.,London E. D.,Bred D.S.,Snyder S.H.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,88,6368-6371(1991))やイミダゾリンオキシルNオキシド誘導体(PTIO)(Akaike T.,Yoshida M.,Miyamoto Y.,Sato K.,Kohno M.,Sasamoto K.,Miyazaki K.,Ueda S.,Maeda H.,Biochemistry,32,827-832 (1993))を含む種々のNO捕捉剤によっても,拮抗されることが知られている。そこで,NOが仲介するアコニターゼ活性化促進に対するヘム及びPTIOの効果を調べた。すなわち,NO供与体仲介性のアコニターゼ活性化の促進に対するヘム(0.05mM)及びPTIO(1mM)の効果を,Fe(II)AS(0.02mM)及びSNP(0.025mM),SIN(1mM),NaNO(10mM),又はNOC18(0.2mM)の存在下に調べた。結果を,3〜4回の実験の平均(±SEM)として図3Bに示す。
図3Bに示すように,活性化に対する全てのNO供与体の促進効果は,PTIOにより完全に阻害されたが,ヘムによる阻害は中等度であった。総合すると,これらの知見は,NO供与体から遊離されたNOがアコニターゼ活性化を促進することを示唆している。
2.4.NO供与体によるアコニターゼ活性化促進におけるFe依存性
(A)NO供与体の存在下,アコニターゼの活性化に対するFe濃度の影響
我々の発見は,NOがFe依存性のアコニターゼ活性化を時間及び濃度依存的に強く促進することを,明確に示している。しかしながら,アコニターゼ活性化の促進におけるNOとFeイオンの関係は,まだ詳細には明らかでなかった。そこで我々は,NO供与体であるSNP,SIN,NaNO及びNOC18の存在及び非存在下に,種々の濃度のFe(II)ASを用いた。すなわち,SNP(0.025mM),SIN(0.5mM),NaNO(5mM),及びNOC18(0.1mM)の存在又は非存在下,アコニターゼの活性化に際し種々の濃度(0〜0.2mM)のFe(II)ASを添加した。結果を,3〜6回の実験の平均(±SEM)として図4Aに示す。
図4Aに示されるように,Fe(II)AS単独の場合と比較して,試験した何れのNO供与体の存在下でも,Fe(II)ASは低濃度においてアコニターゼ活性化を用量依存的に促進した。しかしながら,各供与体の存在下におけるアコニターゼ活性化の最大レベルは,Fe(II)AS単独の場合とほぼ同じであった。
(B)SINの存在又は非存在下でのアコニターゼ活性化に対するFe(II)AS及びSNPの効果
次に我々は,種々のFe複合体中のFeをNOがアコニターゼ活性化の際に利用できるか否かを調べた。NOは主として,ヘム,種々の酵素タンパク質中のFe−S中心,及びフェリチン中のFe(III)又はFe(II)イオンと反応することが報告されている(非特許文献4,5)。他方,細胞内には遊離のFeは実質上存在しないことも報告されている(Kruszewski M.,Mutat.
Res.,531,81-92(2003)。そこで,Fe複合体として先ずSNPを選んだ。SNP濃度は変化させ,一方SINをNO供与体として用いるときは,その濃度は一定(1mM)とした。すなわち,SIN(1mM)の存在又は非存在下にFe(II)AS(0〜0.1mM)と共にアコニターゼをインキュベートし,またSIN(1mM)の存在又は非存在下にSNP(0〜0.1mM)と共にアコニダーゼをインキュベートした。結果を,3〜4回の実験の平均(±SEM)として,図4Bに示す。
図4Bに示されるように,Fe(II)AS(0〜0.1mM)は,SIN(1mM)の存在下,用量依存的にアコニターゼ活性化の促進をもたらした。またSNP(0〜0.1mM)は,SIN(1mM)の存在下でも,SNP単独の場合とほぼ同等の効果しかなかった。 SNPは,SINの存在下及び非存在下の何れでもアコニターゼ活性化を僅かしか増加させなかったが,これに対しFe(II)ASは,SINの存在下に活性化を用量依存的に促進した。これらの知見は,NOは,アコニターゼ活性化にSNP分子中のFeを利用できないことを示唆している。
(C)SINの存在又は非存在下における,アコニターゼ活性化に対する[Fe(II)(乳酸)]及び[Fe(III)(クエン酸)]の効果
我々はまた,SINの存在下及び非存在下において,アコニターゼ活性化に対するFe複合体[Fe(II)(乳酸)]及び[Fe(III)(クエン酸)]の効果も調べた。すなわち,SIN(1mM)の存在又は非存在下に,アコニターゼを[Fe(II)(乳酸)](0〜0.1mM)又は[Fe(III)(クエン酸)](0〜0.1mM)と共にインキュベートして,アコニターゼ活性を測定した。結果を,3回の実験の平均(±SEM)として,図4Cに示す。
図4Cに示されるように,SINの存在下において,アコニターゼと[Fe(II)(乳酸)]とのインキュベーションは用量依存的にアコニターゼ活性化を促進したが,これに対し[Fe(III)(クエン酸)]は効果がなかった。この複合体[Fe(III)(クエン酸)]は,複合体中のFe(III)を還元するために還元性化合物DTTの高濃度(20mM)を使用した場合ですら,活性化を促進できなかった(データ示さず)。更に,我々の以前の研究が示すように(非特許文献17),Fe(II)O粉末とクエン酸塩及びグルタミン酸塩との長時間インキュベーションにより調製した[Fe(II)(クエン酸)]及び[Fe(II)(グルタミン酸)]複合体は,[3Fe−4S]型アコニターゼを活性化できなかった。加えて,市販されている[Fe(II)(グルコン酸)]は,SINの存在下に,[Fe(II)(乳酸)]とほぼ同じ活性を示した(データ示さず)。これらの知見は,NOが,[Fe(II)(クエン酸)]におけるような強く結合したFeを利用できないことを示唆している。
(D)SINの存在下又は非存在下における,アコニターゼ活性化に対する[Fe(II)(β−CG)]複合体の効果
我々は最近,新生ラット脳から単離したβ−シトリル−L−グルタミン酸(β−CG)が内因性の低分子Feキレート剤であり(非特許文献16),[Fe(II)(β−CG)]複合体が,ミトコンドリア・アコニターゼのためのFe運搬体としての役割を果たし,次いでこれを活性化していることを見出した(非特許文献17)。そこで,我々は,中等度に強く結合したFeを含む[Fe(II)(β−CG)]複合体を用いて実験を行った。すなわち,SIN(1mM)の存在又は非存在下に,アコニターゼを[Fe(II)(β−CG)]複合体(0〜1mM)と共にインキュベートして,アコニターゼ活性を測定した。結果を,3回の実験の平均(±SEM)として,図4Dに示す。
図4Dに示すように,[Fe(II)(β−CG)]はSIN(1mM)の存在下に用量依存的にアコニターゼ活性化を促進したが,SINの非存在下では,以前に記述した(非特許文献17)ように中等度にしか活性化しなかった。
以上の知見は,NOは,アコニターゼ活性化のため,自身に結合できるFe(II)イオンを必須としていることを示唆している。
NOがアコニターゼを不活性化するか否かについて何故これまで相互に矛盾する結果が報告されているのか,という問題には未だ答えが出ていなかった。この問題に取り組むため,我々は,Fe不含(アコニターゼ中のFe以外には,溶液中にFeを実質上含まない)の活性化アコニターゼ調製物を準備した。すなわち,市販のアコニターゼ(ブタ心臓より精製)をFe(II)AS(100μM)及びジチオスレイトールにより37℃で10分間活性化させた。Feイオン等のような過剰の低分子活性化剤を除去するため,0.5mM
ジチオスレイトール含有の50mM Tris-HCl緩衝液,pH
7.4で緩衝化したBio-Gel p-6を用いてこのアコニターゼタンパク質調製物を急速に脱塩し,次いで,このFe不含アコニターゼ調製物を用いて種々のNO供与体の効果を直ちに調べた。すなわち,Fe不含の活性化したアコニターゼを,NO供与体の存在下に20分間37℃で予備インキュベートした後,酵素活性を測定した。別の実験において,活性化したアコニターゼをNO供与体及びFe(II)AS(0.05mM)の存在下にインキュベートした。使用したNO供与体の濃度は,SNPが0.1mM,SINが2mM,NaNOが2mM,そしてNOC18が1mMであった。結果を平均(±SEM)として表1に示す。アスタリスクは対照(100%)に対する有意差を示す(*P<0.01,ニ元配置ANOVA,Tukey―Kramerテスト,n=3)。
表1に示されているように,SIN及びNOC18は,4mMでアコニターゼを不活性化したが,これに対しSNPは低濃度(0.1mM)でこれを活性化し,高濃度(0.4mM)では不活性化した。NaNOは,低濃度でも高濃度でも効果がなく,非常に高濃度(10mM超)では酵素を阻害した(データ示さず)。低濃度のSNPによるアコニターゼの活性化は,DTTの存在下でのインキュベーション中にSNPからFeイオンが遊離したことによるものかも知れない。この研究において見られたNO供与体によるアコニターゼの不活性化は,以前に報告されているin vitroの研究結果と整合する(非特許文献6)。興味深いことに,これらのFe不含アコニターゼの活性は,その促進程度は供与体のタイプにより様々であったものの,NO供与体の存在下でのFe(II)ASの添加により,強く促進された。我々の知見は,NOはFe(II)の非存在下においてアコニターゼ活性を阻害するが,Fe(II)の存在下では,効果がないかあるいはFe依存性活性化を著しく促進するかのいずれかであることを示唆している。
2.5.APS処理ミトコンドリア内のアコニターゼ再活性化に対するNO供与体の効果
(A)APSにより障害されたアコニターゼの再活性化に対するNO供与体の効果
ミトコンドリア内のアコニターゼは,細胞内の反応性の酸素及び窒素種に対する高感度の酸化還元センサーとなることが報告されている(非特許文献18)。アコニターゼは,種々のオキシダント,例えばH等により,[4Fe−4S]クラスター中のFeの欠損によって阻害されることが示されている(非特許文献2)。また,APSは,Hに比べて緩和なオキシダントとして,アコニターゼを不活性化することが知られている(非特許文献3)。
そこで我々は,ラット心臓から調製した無傷のミトコンドリアを用いて,APSの効果を調べた。アコニターゼ活性は,APSをミトコンドリア内に添加すると低下した。そこで我々は,NO供与体がAPSにより損傷を受けたアコにターゼを再活性化させる否かを検討した。すなわち,無傷のミトコンドリア懸濁液をAPS(0.1mM)と共に10分間37℃で予備インキュベートし,続いて,Fe(II)AS(0.04mM)の存在又は非存在下に,種々のNO供与体と共に10分間37℃でインキュベートした。NO供与体としてはSNP,SIN,NaNO,及びNOC18を,それぞれ,0.02〜0.1mM,0.4〜2mM,4〜20mM,及び0.08〜0.4mMで用いた。次いでミトコンドリアを0.5% Triton X-100で溶解させ,溶解液中のアコニターゼ活性を30秒以内に測定した。結果を,3〜6回の実験の平均(±SEM)として,図5Aに示す。
図5Aに示すように,試験した全てのNO供与体が,Fe(II)AS(0.04mM)の存在下には用量依存的にアコニターゼの再活性化を促進したが,非存在下には活性化しなかった(データ示さず)。但し,SIN及びNaNOによるアコニターゼの再活性化の度合いは,SNP及びNOC18のそれに比べて低かった。
(B)NO供与体により促進されるアコニターゼ再活性化に対するNO消去剤の効果
NOの種々の効果がPTIO等のようなNO捕捉剤によって拮抗されることが知られている。そこで,NO供与体仲介型のミトコンドリア内アコニターゼ再活性化の促進に対する,PTIOの効果を調べた。すなわち,無傷のミトコンドリア懸濁液をAPS(0.1mM)と共に10分間37℃で予備インキュベートし,続いて,Fe(II)AS(0.02mM)の存在下又は非存在下に,NO供与体及びPTIO(1mM)と共に10分間37℃でインキュベートした。NO供与体としては,SNP(0.025mM),SIN(2mM),NaNO(10mM),及びNOC18(0.4mM)を用いた。次いでミトコンドリアを0.5% Triton X-100で溶解させ,溶解液中のアコニターゼ活性を30秒以内に測定した。PITOでの結果を,3〜6回の実験の平均(±SEM)として,図5Bに示す。
図5Bに示されているように,再活性化に対する何れのNO供与体の効果も,PTIOにより阻害された。これらの知見は,NO供与体から遊離されたNOがミトコンドリア・マトリクス内のアコニターゼの再活性化を促進していることを示唆している。
2.6.1日齢マウス脳組織からの初代培養ニューロンに対するNO供与体の効果
(A)ニューロン純化培養におけるMTT還元活性に対するNO供与体の濃度依存性的効果
細胞内のミトコンドリアの個数はその細胞の代謝要求に依存する。ニューロンの生存にとって,ミトコンドリアによる十分なエネルギー供給が必要不可欠であり,細胞内のいわば発電所としての役割に基づき,ミトコンドリアは,細胞生存に関わる要の因子として注目されている。更には,皮質ニューロンに対して,ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化は,主たるATP源を提供している。MTT還元活性のアッセイでミトコンドリア機能を総合的に評価できることが,知られている。その反応は,主としてミトコンドリアの諸酵素と電子運搬体に帰せられ,細胞の生存を検出するのにも用いることができる。加えて,NOは,神経系の細胞においてその酸化還元状態に依存して顕著に異なる生物学的効果を有することが示されている。NOは,スーパーオキシドアニオンと反応してペルオキシナイトライト(ONOO)を生成することにより神経毒効果を有する。対照的に,ニトロソニウムイオン(NO)は,N−メチル−アスパラギン酸受容体のチオール基のS−ニトロシル化を介して,神経保護的効果を有する(非特許文献18,19)。そこで,ミトコンドリア機能を,NO供与体としてSNP,SIN及びNOC18の0.1〜1000μMに曝露後のニューロン純化培養で,播種後3日間,MTT還元アッセイを用いて調べた。すなわち,1日齢マウス大脳組織からの初代培養ニューロンを播種後3日間,0.1〜1000mMのNO供与体(SNP,SIN,又はNOC18)に曝露させた後,MTT還元アッセイを用いてミトコンドリア機能を調べた。3〜6回の実験のデータの統計学的有意性を,二元配置分散分析(ANOVA)により検討した。Turkey-Kramer多重比較テストを用いて,群間での有意差を判定し,危険率p<0.05を有意水準とした。結果を図6Aに示す。
図6Aに示されているように,初代培養ニューロンにおいて,SNP以外の全てのNO供与体が,低濃度でMTT還元活性を高めたが,NO供与体の全てが,高濃度ではMTT還元活性を用量依存的に低下させた。
(B)混合ニューロン・グリア培養におけるMTT還元活性に対するNO供与体の濃度依存的効果
以前に,NO及び関連するニトロソ化合物の効果が,混合ニューロン・グリア培養を用いて調べられ,NOの神経保護及び破壊的効果に関して,その酸化還元に基づくメカニズムが報告されている(非特許文献18)。今回の研究では,混合ニューロン・グリア培養におけるSNP,PIN,及びNOC18の効果を,0.1〜1000μMの範囲の濃度で調べた。得られた結果は,ニューロン純化培養でのものとほぼ同じであった(データ示さず)。実際,SIN及びNOC18は低濃度でMTT還元活性を高め,これに対しSNPは低濃度でも活性を僅かに低下させた。しかしながら,SNPはまた,高濃度においてではあるが,C6グリオーマ細胞において化学的低酸素誘導による細胞死を防止すること,また前立腺癌細胞のm−アコニターゼ活性及びその遺伝子発現を,低濃度でアップレギュレートすることが報告されている(非特許文献20)。そこで,混合培養でのMTTの還元活性に対する今回のNO供与体の効果を,0.1〜10μMの範囲の低濃度で検討した。結果を図6Bに示す。
図6Bに示した結果を得た。SINとNOC18は共に,用量依存的にMTT還元活性を有意に高めたが,これに対しSNPはこれを僅かに低下させた。
(C)混合ニューロン・グリア培養におけるDNA含量に対するNO供与体の効果
別の実験において,NO供与体で処理された培養細胞内のDNA含量を測定し,図6Cに示す結果を得た。共に10及び30μMのSIN及びNOC18で処理された細胞内のDNA含量は僅かに上昇したが,これに対しSNPで処理した細胞内のそれは,有意に低下した。但し,SIN及びNOC18処理した細胞内のDNA含量の変化は,統計学的に有意ではなかった。この培養系において,培養皿中のDNA含量に基づいて測定したところ神経系細胞の細胞数は,3日間の培養後には約70%まで減少していた。これは,NO供与体処理による細胞数の増加が,生存細胞の個数の増加を反映していることを示唆している。
(D)混合ニューロン・グリア培養におけるNO供与体存在下でのMTT還元に対する,β−CG及び[Fe(II)(β−CG)]の用量依存性の効果
先の我々のin vitro実験において(図4D),SINは,SIN単独の場合と比較して,[Fe(II)(β−CG)]複合体(約200μM)の添加を伴うと,アコニターゼの活性化を約2〜3倍に高めた。そこで,MTT還元活性に対するβ−CG,[Fe(II)(β−CG)]及びFe(II)ASの濃度依存性の効果を,SINの存在下に,混合ニューロン・グリア培養を用いて調べた。すなわち,SIN(1mM )の存在下,β−CG(0〜200μM),[Fe(II)(β−CG)](0〜200μM)又はFe(II)AS(0〜200μM)を用いて混合ニューロン・グリア培養を行った。結果を図6Dに示す。
図6Dに示されているように,は,SINの存在下に,より高いMTT還元活性を50μMでさえ示し,これに対しβ−CGは50μMではより低い活性しか有しなかったが,その後200μMまで,徐々に活性が高まった。対照的に,Fe(II)ASは,SINの存在下にMTT還元活性を低下させた。NOC18も,SINの場合とほぼ同じ結果を与えた(データ示さず)。加えて,先に図4Dに示したように,SIN及びNOC18は,[Fe(II)(β−CG)]複合体の存在下に,MTT還元活性をかなり効果的に促進した。また,我々が以前に明らかにしたように(非特許文献16),β−CGは中性のpH でFeイオンと比較的強い複合体を形成できる。このことから,β−CGは,胎仔牛血清含有培地中のFeイオン(全体で約2μM)と[Fe(II)(β−CG)]複合体を形成すると考えられる。従って,β−CGは,[Fe(II)(β−CG)]複合体と同等の効果を示したのであろうと推定された。
(E)混合ニューロン・グリア培養でクエン酸,[Fe(II)(クエン酸)]の存在下におけるMTT還元活性に対するNO供与体の効果
次に,混合ニューロン・グリア培養を用いて,Fe(II)AS,クエン酸,[Fe(II)(クエン酸)]又は[Fe(II)(β−CG)]複合体の存在下(何れも200μM)に,SIN及びNOC18(共に30μM)の効果を調べた。結果を図6Eに示す。
図6Eに示されているように,SIN及びNOC18は,[Fe(II)(β−CG)]複合体(200μM)の存在下に,MTT還元活性を有意に高めたが,これに対しこれらのNO供与体の何れも,Fe(II)AS,クエン酸及び[Fe(II)(クエン酸)]の存在下では効果を有しなかった。
(F)混合ニューロン・グリア培養におけるNO供与体と[Fe(II)(β−CG)]複合体の効果
別の実験において,培養細胞を播種後,[Fe(II)(β−CG)]の存在下に30μMのNOC18に最初の3日間曝露させ,次いで5日目に生存神経細胞をβ−チューブリン−III抗体(神経細胞マーカー)で染色した。[Fe(II)(β−CG)]の存在下にNOC18処理されたウェル内の染色されたニューロン(図7F)は,[Fe(II)(β−CG)]のみで処理されたウェル内のもの(図7E)より,著しく多くのニューロンが染色された。NOC18のみで処理されたウェルでは,染色されたニューロンはごく僅かであった(図7B)。加えて,染色されたニューロンは,Fe(II)ASのみ又はFe(II)AS含有のNOC18で処理されたウェル内には,殆ど存在しなかった(図7C,D)。また別の実験で,SINもNOC18と同じ結果を示したが,SNPは神経破壊的な結果をもたらした(データ示さず)。
上記の知見は,NOが,[Fe(II)(β−CG)]複合体の細胞による利用を促進してミトコンドリア機能を高めることにより,生存ニューロンの細胞数を増加させることを示唆している。
(G)混合ニューロン・グリア培養におけるNO供与体とβ−CGの効果
更に,[Fe(II)(β−CG)]に代えてβ−CG(200μM)についても,上記と同じ方法で混合ニューロン・グリア培養に対する効果を調べた。結果を図8に示す。図8に見られるように,β−CGは,NO供与体(NOC18)の共存下において,顕著に多くのニューロンの生存をもたらした。これは,β−CGが培養液中に含有されている胎仔牛血清由来のFe(II)イオンと[Fe(II)(β−CG)]複合体を形成する一方,ミトコンドリア内のアコニターゼによるこの複合体の利用を,NO供与体が促進した結果であると考えられる。
3.考察
NOが仲介するm−アコニターゼの不活性化は,種々の哺乳類細胞内において起こっていることが報告されているが(特許文献7,11)。in vitro研究から得られた従来の結果は,幾分相矛盾している。実際,ブタ心臓m−アコニターゼを用いた諸々の実験の結果は,低濃度のNOはアコニターゼを不活性化しないが,高濃度では,中等度の阻害がもたらされた(非特許文献12)。今回の研究で,我々は,SNP([Fe(III)(CN)NO])はフェリシアン酸部分を有するため,この酵素を阻害するであろうと予想していた。何故なら,青酸イオン及びフェリシアン化イオン([Fe(III)(CN))にそのような阻害活性があることが知られていたからである。しかしながら,SNPはアコニターゼ活性を有意に増強した。従って,SNPから遊離されたNO分子が,Fe依存性のアコニターゼ活性化を促進する,とみなすのが合理的であると考えた。SNP以外のNO供与体(SIN,NaNO及びNOC18)は,Fe(II)ASの存在下に,時間及び用量に依存的にm−アコニターゼの活性化を促進した。また,アコニターゼ活性化に対するNO供与体の促進効果は,ヘム及びPTIOを含むNO捕捉剤により阻害された。これらの知見は,NO供与体から遊離されたNOが,Fe依存性のアコニターゼ活性化を促進することを示唆している。
NOがアコニターゼを阻害する,或いは何も影響を及ぼさない,との報告がこれまでなされているのは何故なのか,ということを問うのは重要である。今回の研究では,我々は,Fe不含(アコニターゼ中のもの以外には,溶液中にFeを実質上含まない)の活性化アコニターゼを調製し,NO供与体の効果を調べた。表1に示すように,SIN及びNOC18はアコニターゼ活性を阻害し,これは,以前に報告されていたin vitroの研究結果(特許文献6,12)と合致するものであった。加えて,Fe不含アコニターゼの活性は,各NO供与体へのFe(II)ASの添加により著しく促進された。これらの知見は,NOにより誘導されるアコニターゼ活性の阻害又は促進は,細胞内にNOが利用可能なFe(II)イオンの存在するか否に依存していることを示している。
無傷のミトコンドリアにおいては,今回試験した全てのNO供与体が,Fe(II)ASの存在下に,アコニターゼの再活性化を用量依存的に促進したが,Fe(II)ASの非存在下では促進しなかった。またアコニターゼの再活性化に対するNO供与体の促進効果は,NO捕捉剤であるPTIOにより阻害された。
加えて,我々の予備的実験は,細胞質アコニターゼ(c−アコニターゼ),すなわち鉄調節タンパク質1(IRP1)が,EDTA/Fe(CN)試薬による損傷を受けた後,やはり[Fe(II)(β−CG)]複合体とNO供与体との同時添加により再活性化されることを明らかにした。しかしながら,ラット肝の細胞質から調製したc−アコニターゼは,比較的安定な[4Fe−4S]クラスター型をしている。そこでEDTA/Fe(CN)を用いて[3Fe−4S]クラスター型にしようとしたが,このクラスターは不安定でさらに崩壊してしまうことがわかった。従って,c−アコニターゼでの活性化条件は,より詳細に研究するのが困難であった。
混合ニューロン・グリア培養では,SNP以外の全てのNO供与体が,低濃度でMTT還元活性を増強して,細胞生存率を有意に高めたが,逆に高濃度ではMTTの還元活性を減弱させた。細胞内において,何故SNPのみがMTT還元活性を高めなかったのかは,不明である。SNP分子はNO基に加えてFeを含んでいる。Feイオンは強力な神経毒であることが知られている。このことが,MTT還元活性に対しSNPに作用がないことを説明しているのかも知れない。別の説明の1つは,SNPからのシアンイオンの遊離によるのかも知れない,ということである。最近,SNPからのNOの遊離は,SNP分子からのシアンイオンの発生によって進行するのではないかと報告された(Roncaroli F.,Olabe J.A.,van Eldik R.,Inorg. Chem.,42,4179-4189(2003)。シアンイオンの毒作用に関しては,呼吸鎖の終末酵素であるシトクロムcを抑制することが古くから知られている。従って,SNPにMTT還元反応の促進効果がないのは,Feイオンおよび(または)シアンイオンに起因するのかも知れない。総合すると,これらの知見は,NOが,アコニターゼからFeを除去できるものの,また一方Feを運ぶこともできる,いわばこの酵素にとって低分子量Feシャペロンとしての役割を演じていることを示唆している。
今や,NOが壊死やアポトーシスを誘導できることも,また細胞を死から保護することさえできることが明らかである。しかしながら,これらの逆説的な作用を決定づけるファクターは,これまで殆ど知られていない。NOの傷害作用と保護作用という相矛盾する結果の多くは,神経系(非特許文献18),前立腺癌(非特許文献20),及び赤白血病細胞(非特許文献19)中のNOの酸化還元状態の違いや,マクロファージ,神経細胞,又は肝細胞等の細胞タイプの違いや,NOへの曝露のレベル(非特許文献21)の違いのためであると考えられてきた。しかしながら,最近細胞内のFe含量が,細胞の生存に対する効果を決定するための,要をなす別の1ファクターであると考えられている。Kim等(非特許文献21)は,肝細胞の非ヘムFeの含量が,種々の細胞毒性のレベルのNOがアポトーシスをもたらすか壊死をもたらすかを決定していることを示唆している。実際,NO供与体は,低含量の非ヘムFeを含むハツカネズミのマクロファージにアポトーシスを誘導し,これに対し,高い含量の非ヘムFeを含む肝細胞ではアポトーシスを誘導しなかった。しかしながら,FeSOでマクロファージを前処理すると,細胞内Feを肝細胞内と近似のレベルにまで高め,且つNO誘導性の細胞死を遅らせた。更に,NO仲介型のDNA損傷が,腫瘍細胞にアポトーシスによる細胞死を誘導することが知られている(非特許文献10)が,実際SNPやFeCN等のようなFe含有化合物の同時添加は,腫瘍細胞のNO仲介型の増殖阻害及びアポトーシスから保護した。総合すると,これらの知見は,細胞内の鉄含量の上昇は,マクロファージ及び腫瘍細胞を,NO仲介型の増殖阻害及びアポトーシスから救出し得ることを示唆している。
今回の研究においては,SIN及びNOC18は,混合ニューロン・グリア培養に対して,[Fe(II)(β−CG)]複合体の添加によってMTT還元活性を高めたが,他方何れのNO供与体もFe(II)AS及び[Fe(III)(クエン酸)]の存在下では効果がなかった(図6E)。興味深いことに,[Fe(II)(β−CG)]存在下のNOC18処理ウェルにおける生存ニューロンの数は,NOC18単独で処理したウェルのものよりも多く(図7E,F),これに対し,Fe(II)ASのみ又はNOC18とFe(II)ASで処理した殆ど全てのウェルで,生存ニューロンはほとんど見出されなかった(図7C,D)。以前にNO供与体であるSIN又はS−ニトロソシステインから生じたNOが,今回の培養系に類似した混合ニューロン・グリア培養において神経毒性をもたらすことが報告されているが,その研究において用いられたNO供与体の濃度は比較的高かった(非特許文献18)。加えて,我々は以前,ミトコンドリアを含むin
vitro実験及び培養細胞において,APSにより障害された後のアコニターゼ([3Fe−4S]クラスター型)に,[Fe(II)(β−CG)]複合体を加えたところFeを受け渡すことができることを示している(非特許文献17)。従って,これらの知見は,[Fe(II)(β−CG)]複合体の同時添加が,NOの神経保護的効果を決定する上での鍵であることを示している。総合すると,NO供与体は,細胞内における[Fe(II)(β−CG)]複合体の利用を促進して,ミトコンドリア機能を増強することによりニューロンの生存数を著しく高めるものと考える。
最後に,NOは,Feイオンに対しより高い親和性を有するが,その高い疎水性の故に細胞質又は細胞外の供給源から容易にミトコンドリアに到達すること(特許文献6),及びin vitroで(特許文献14),マクロファージ内(非特許文献21)で,及び腫瘍細胞内(非特許文献22)で,ジニトロシル鉄複合体(NO―鉄複合体)を形成することが知られている。従って,[Fe(II)(β−CG)]複合体はミトコンドリア内のアコニターゼに対する高い親和性を有し,そのFeイオンをアコニターゼの[3Fe−4S]クラスターに挿入してこれを活性型に変えることができる(非特許文献16,17)このことから,NOは,[Fe(II)(β−CG)]複合体のFe部分と反応し,さらに[(NO)Fe(II)(β−CG)]複合体を形成してミトコンドリアに到達し,アコニターゼの活性化をもたらすものと考えられる。完全な証明のためには更なる検討を要するものの,β−CGは,ミトコンドリア内のアコニターゼに向けられた荷札として機能すると考えられる。
ヒトを含む哺乳類の血中にはFe(II)が十分な量で存在することから,β−CGは,生体に投与されると容易に[Fe(II)(β−CG)]複合体を形成することができる。従って,生体へのβ−CGの投与は,[Fe(II)(β−CG)]複合体の投与と実質上等価である。そして,β−CGの投与により生体内で形成された[Fe(II)(β−CG)]複合体は,NOの存在下に更に[(NO)Fe(II)(β−CG)]複合体を形成できる。この新たな複合体は,ミトコンドリア内に容易に到達し,酸化ストレスを受けて不活性化したアコニターゼへのFe(II)の受け渡しを助け,アコニターゼの再活性化を促して,ミトコンドリア機能の回復を促進する。ここにおいて,NO源は内因性であってもよいが,NO供与体の投与を併せて行い生体側のNO血中濃度を高めておくことが,β−CG単独投与の場合に較べ,顕著な効果を発揮させることができる。またβ−CGをリポソーム等で内包した製剤あるいはβ−CGを脂溶性の誘導体に変えた製剤も細胞内でその効果を発揮させることができると考えられる。
本発明は,酸化ストレスに曝されたミトコンドリア機能の回復を促進する薬剤として,糖尿病合併症の治療,心筋梗塞,脳梗塞等の心血管系疾患,アルツハイマー病,パーキンソン病やハンチントン病をはじめとする神経変性疾患,癌等を含む,酸化ストレスによるミトコンドリアの機能低下を伴う様々な疾患の治療(進行の抑制を含む)や予防に,また虚血状態の組織への血流の再開に際する虚血再灌流障害の治療(増悪の抑制を含む)や予防に有用である。

Claims (6)

  1. β−シトリル−L−グルタミン酸又はその薬剤学的に許容し得る塩を含んでおり,NO供与体の投与と併用されるものである,ミトコンドリア機能回復促進剤。
  2. 酸化ストレス関連疾患の治療用である,請求項のミトコンドリア機能回復促進剤。
  3. 酸化ストレス関連疾患が,糖尿病合併症,心筋梗塞,脳梗塞,アルツハイマー,パーキンソン,ハンチントン病,癌,又は虚血再灌流障害である,請求項のミトコンドリア機能回復促進剤。
  4. 虚血再灌流障害が,心筋虚血,脳虚血,又は臓器移植後の虚血再灌流障害である,請求項のミトコンドリア機能回復剤。
  5. ミトコンドリア・アコニターゼの再活性化促進剤である,請求項1〜の何れかのミトコンドリア機能回復剤。
  6. 非経口投与用剤である,請求項1〜の何れかのミトコンドリア機能回復促進剤。

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