JP6168583B2 - 概日リズムの乱れを予測するためのバイオマーカー - Google Patents

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Description

本発明は、ストレスにより惹起される睡眠障害を計測評価するための方法及びそのためのマーカーに関する。
現在、日本人の5人に1人は睡眠に関して何らかの問題を抱えているとされ、特に高齢者においては、3人に1人が睡眠について悩みを抱えているとされる。
睡眠障害としては、睡眠時無呼吸症などの睡眠時に発生する呼吸障害が原因となる睡眠呼吸障害、および体内時計がその発症にかかわるとされる概日リズム睡眠障害(サーカディアンリズム睡眠障害)等が挙げられる。概日リズム睡眠障害については、原因の特定や予測が難しく、客観的な診断およびリスク評価にも困難な状況があった。概日リズム睡眠障害は、時差ぼけや夜勤・交代勤務(シフトワーク)などが原因の外因性急性症候群と、睡眠相後退症候群(DSPS)や睡眠相前進症候群(ASPS)、非24時間睡眠覚醒障害、不規則型睡眠覚醒パターンなどの内因性慢性症候群とに分類することができる。
概日リズム睡眠障害の原因としては、睡眠相前進症候群において、一部、家族性の遺伝的原因が報告されているものの、それ以外の多くの場合には、夜勤や交代勤務、時差ぼけ、不規則な食生活、精神的ストレスなどの生活習慣が関与しているものと考えられる。
睡眠障害の診断は、本人や家族による問診が中心であり、確定的に評価するためには脳波計測も必要となる。よって、睡眠障害を客観的に評価するための簡便なツールの開発が待ち望まれている。
従来、断眠を行った実験動物での遺伝子発現量増加に着目し、トランスサイレチンやインスリン様成長因子、プロスタグランジンD合成酵素、HSP70、BACE1などが睡眠障害マーカーとなる可能性が報告されている(特許文献1)。しかしながら、これらの遺伝子の発現量の増加は、実験動物であるラットに強制的な手法によって断眠実験を行った結果認められた現象であるため、慢性的な精神的ストレスの結果として発症するヒトの睡眠障害や、ヒトの概日リズム睡眠障害に、係る結果を外挿することは困難である。さらに、これらの遺伝子発現の誘導は、脳内において認められた現象であって、血液中などでの発現は確認されておらず、ヒトを対象とした臨床的応用の可能性については不明である。
哺乳類における体内時計の中枢は、脳内視床下部の視交叉上核に存在していて、この神経核を電気的に破壊すると、行動リズムや睡眠・覚醒リズムなど、ほとんど全ての概日リズムが消失する。その一方で、概日リズムを刻む体内時計は、脳内のみならず心臓や肝臓、腎臓、脂肪、末梢血白血球などのほぼ全身の組織に存在していることが明らかとなっている(非特許文献2)。これらの末梢組織に存在する体内時計は、視床下部の視交叉上核に存在する中枢時計と区別して、末梢時計と呼ばれている。
様々な組織においてDNAマイクロアレイを用いた網羅的な発現遺伝子解析を行った結果、それぞれの組織において数%から数十%の遺伝子が日周発現していることが判明し、これら多数の遺伝子が組織特異的な生理機能の概日リズム形成に関与していると考えられている(非特許文献3)。また血液中代謝産物量、たとえばメラトニンやコルチコステロンも遺伝子発現のリズムに対応して日内で変動を示す事が知られている(非特許文献4)。これらの事実は、遺伝子の発現量や血液中の代謝産物を比較検討する場合には、体内時刻、すなわち個体からのサンプリング時刻を考慮に入れる必要があることを示すものでもある。
体内時刻を調べるためには、遺伝子の発現量を利用する方法(非特許文献5)や、血液中の代謝産物量を利用する方法(非特許文献6)などが考えられる。
このように、概日リズムを刻む体内時計の研究は進んできたものの、概日リズムの乱れを予測するまでは至っておらず、依然として、概日リズム睡眠障害を正確かつ簡便に診断することは困難であった。
特開2007−75071号公報
Lavie L, Dyugovskaya L, Golan-Shany O, Lavie P., (2010) J Sleep Res. 19: 139-47. 「末梢時計」、時間生物学事典、pp. 158-159、朝倉書店、2008年 Gachon, F. et al.: Chromosoma, 113, 103-112, 2004. 「血中ホルモン」、時間生物学事典、pp. 86-89、朝倉書店、2008年 Ueda HR. et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2004;101:11227-32. Minami Y. et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106: 9890-5. Miyazaki K, Itoh N, Ohyama S, Ohkura N, Oishi K (2011) Neurosci Res, 71S: e172-e173. doi:10.1016/j.neures.2011.07.746
本発明は、概日リズム睡眠障害などの体内時計の乱れに起因する生体リズムの乱れを化学的な計量法を用いて可視化して予測するための方法を提供すること、特に、概日リズム睡眠障害を正確かつ簡便に診断およびリスク評価するためのマーカーを提供することを目的とするものである。
本発明者らは、以前、通常の飼育ケージを用い、物理的な遮蔽によりマウスが回転輪から降りられないように制限する飼育方法を1週間続けることにより、ストレス性睡眠障害マウスを創出している(非特許文献7)。このストレス性睡眠障害マウスは、行動リズムの乱れと共に睡眠リズムの乱れが観察され、一般的な睡眠障害に外挿できるリズム障害を示す優れたストレス性睡眠障害モデル動物であるといえる。また、このマウスが示す活動期(夜間)の活動量の極端な減少から、現在では、慢性疲労症候群モデル動物としても位置づけられている。
そこで本発明者らは、当該ストレス性睡眠障害マウスおよび健常マウスの血漿を用いて包括的メタボローム解析を行い、散布図の形で当該モデル動物における睡眠障害に関与しうる因子を可視化して評価・予測を行ったところ、睡眠障害と特定の物質の相対的な存在比率とが相関することを発見し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の[1]〜[13]の発明を含むものである。
[1]被験哺乳動物由来の試料中における睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を、概日リズム睡眠障害マーカーとして用いることを特徴とする、被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れを有するか否か、またはそれらの発症リスクを有するか否かを判定する方法であって、
(1)被験哺乳動物由来の試料中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定する工程、
(2)工程(1)で得た測定値を、健常哺乳動物由来の試料中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率の値と比較する工程、および
(3)工程(1)で得た測定値と、工程(2)の値に有意差がある場合に、被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れを有する、またはそれらの発症リスクを有すると判定する工程
を含み、ここで、睡眠障害を表現する特徴因子として、塩、アミノ酸、脂質、糖質、アミン、アミド、ベタイン、カルボニル化合物、ヒドロキシカルボニル化合物、グリセロール、クレアチン、ならびに、タンパク質および核酸およびそれらの分解物からなる群から選択される少なくとも2つ以上の化合物を使用する、前記方法。
[2]前記塩が、酢酸塩、クエン酸塩、ギ酸塩、乳酸塩、またはピルビン酸塩である、[1]に記載の方法。
[3]前記アミノ酸が、アラニン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、チロシン、またはバリンである、[1]に記載の方法。
[4]前記糖質がグルコースである、[1]に記載の方法。
[5]健常哺乳動物由来の試料中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定する工程をさらに含む、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記試料が血液または尿である、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定することを特徴とする、概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れの改善物質のスクリーニング方法であって、
(1)ストレス性睡眠障害モデルマウスを用意する工程、
(2)前記モデルマウスを2群に分け、一方には被検物質を投与し、他方には投与せずに、両者を一定期間飼育後、両者から試料を採取する工程、
(3)両試料中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定し、両者を比較する工程、および
(4)被検物質を投与した群の測定値が、投与しない群の測定値と比べて有意差をもって健常哺乳動物由来の試料中の値に近づいた場合に、被検物質を、概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れの改善物質であると評価する工程
を含み、ここで、睡眠障害を表現する特徴因子として、塩、アミノ酸、脂質、糖質、アミン、アミド、ベタイン、カルボニル化合物、ヒドロキシカルボニル化合物、グリセロール、クレアチン、ならびに、タンパク質および核酸およびそれらの分解物からなる群から選択される少なくとも2つ以上の化合物を使用する、前記方法。
[8]前記塩が、酢酸塩、クエン酸塩、ギ酸塩、乳酸塩、またはピルビン酸塩である、[7]に記載の方法。
[9]前記アミノ酸が、アラニン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、チロシン、またはバリンである、[7]に記載の方法。
[10]前記糖質がグルコースである、[7]に記載の方法。
[11]前記試料が血液または尿である、[7]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[12]被験哺乳動物由来の試料中における睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率により睡眠障害を可視化する方法であって、
(1)試料を調製する工程、
(2)主成分分析によって、睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を可視化する工程、
(3)二値分離を含む教師あり統計解析によって、試料の睡眠障害程度を可視化する工程、および
(4)前記(2)および(3)の可視化に関して、特徴を選択する工程
を含み、ここで、睡眠障害を表現する特徴因子として、塩、アミノ酸、脂質、糖質、アミン、アミド、ベタイン、カルボニル化合物、ヒドロキシカルボニル化合物、グリセロール、クレアチン、ならびに、タンパク質および核酸およびそれらの分解物からなる群から選択される少なくとも2つ以上の化合物を使用する、前記方法。
[13]NMR装置以外を用いて1つまたは複数の睡眠障害を表現する特徴因子を半定量または定量し、得られた結果を統合して統計解析を行なってNMRを代替することを特徴とする、[12]に記載の方法。
本発明に係る睡眠障害リスク評価法は、末梢血を用いた評価が可能であるため、簡便におよび客観的に睡眠障害を可視化してその程度や推移を判定できる。従って、被験者が、睡眠障害が疑われるにもかかわらず睡眠障害を訴えていない場合であっても、被験者の血液中の睡眠障害を表現する特徴因子の存在比を測定するだけで、ストレス性の睡眠障害など概日リズム睡眠障害であるか否かを判定できる。また、本発明は、睡眠障害治療薬の治療効果の判定や新規治療薬のスクリーニングに利用できる。さらに、本発明は、慢性疲労症候群の診断やリスク評価にも有用である。
マウスの1日の行動パターン(輪回し行動)を示す((A)睡眠障害モデルマウス、(B)対照マウス)。図中、縦軸は日付けを表し、横軸は時刻を表す。図中矢印は、睡眠障害を誘発するためのストレス負荷を実施した期間を示す。 健常マウス血漿とストレス性睡眠障害モデルマウス血漿の散布(全試料)を示す。丸が健常マウス、星が睡眠障害モデルマウスを示す。 健常マウス血漿とストレス性睡眠障害モデルマウス血漿の散布(特定時刻:14:00および18:00)を示す。丸が健常マウス、星が睡眠障害モデルマウスを示す。
本発明は、ストレスにより惹起される睡眠障害を計測評価するための方法及びそのためのマーカーに関する。詳しくは、本発明は、睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定する概日リズム睡眠障害診断およびリスク評価用マーカーを提供するものである。詳細には、被験者の血液中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定することによる、概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れを診断およびリスク評価する方法、及び被検物質を投与した概日リズム睡眠障害モデルマウス又はストレス性睡眠障害マウスの血液中の睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を測定することによる、概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れの改善物質のスクリーニング方法を提供する。
1.睡眠障害を表現する特徴因子の同定
(1)ストレス性睡眠障害モデルマウスの作製
本発明者らは、以前、通常の飼育ケージを用い、物理的な遮蔽によりマウスが回転輪から降りられないように制限する飼育方法を2週間続けることにより、ストレス性睡眠障害モデルマウスを創出した(非特許文献6)。このストレス性睡眠障害マウスは、一般的な睡眠障害に外挿できるリズム障害を示す。また、総活動量(特に暗期の活動量)が減少するとともに、明期暗期ともに活動が見られる行動リズムの乱れが観察される。特に明期前半の過活動が特徴である。またこれに連動するように、明期前半の睡眠量低下、活動期(暗期)における睡眠量の増加が認められる(非特許文献6)。この行動リズムの判定には、クロノバイオロジーキット(Stanford Software Systems、CA)による飲水行動、又は回転かごの輪回し行動などの運動量の測定法を用いることができる。なお、活動期(夜間)の活動量の極端な減少も見られることから、現在大きな社会問題となっている慢性疲労症候群モデル動物としても位置づけられる。
このようなストレス性睡眠障害マウスの具体的な作製方法は、本発明者らによる概日リズム改善剤に係る出願明細書(特願2012−46806)および本願明細書中、実施例1に詳細に記載されている。具体的には、野生型マウスを、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下、回転かご内で個別飼育する。1週間以上の非ストレス飼育期間(馴化)後、ケージの底面に水を満たしてマウスが回転輪から降りられないように制限して飼育するストレス飼育期間を設ける。係るストレス飼育期間中、マウスにおいてストレス性睡眠障害が連続的に誘発される。
(2)試料の調製およびNMR測定
上記(1)に従って作製したストレス性睡眠障害モデルマウスおよび健常マウスから、血液を採取し、血漿を調製する。血漿は、凍結保存されたものでも、あるいは随時調製したものでもよい。係る血漿を重水または重水を含む緩衝液で希釈し、遠心分離により上清を得てNMR試料とし、溶媒前飽和プロトン一次元NMR測定を行う。
(3)解析(非標的メタボリック・プロファイリング)
全試料から得られたそれぞれの全スペクトル領域から軽水由来の信号部分を除き、一定間隔で面積積分を行って数値化を行う。この操作によって、1試料に対応するNMRスペクトルがおよそ250の変数で記述される。
次いで当該睡眠障害モデルマウスと健常マウスの数値化データで多変量解析を行う。多変量解析には、データ分布の観察に適した主成分分析(Principal Component Analysis)を基本とし、1試料が1データ点となるデータ散布図を得る。
得られた散布図に当該睡眠障害に特徴的な変数によって牽引された統計空間が生じていれば、データの分布としては健常サンプルと睡眠障害サンプルが分離して観察される。その時の各変数の因子負荷量を検討し、分離を特徴付ける因子を把握する。
各変数はある短冊の1つの範囲にあるスペクトルの極一部分に対応するので、その部分に信号を与える化学物質のデータベースを備えた標的プロファイリングによって物質を同定することができる。
血漿中に存在する低分子化合物20種あまりを同定し、個々の化学物質の健常とストレス誘導性睡眠障害マウスとの差異を検討しても、個々の単一の化合物に着目しただけでは有意差を見いだせない。当該睡眠障害モデルマウス血漿にこのように非標的メタボリック・プロファイリングを適用すれば、単一化学物質の計測では不可能であった事象を健常と睡眠障害の2群に展開することが可能となり、その睡眠障害の程度の評価が可能となる。
(4)睡眠障害を表現する特徴因子
本発明において、「睡眠障害を表現する特徴因子」とは、ストレス性睡眠障害モデルマウスと健常マウスにおいて、血液中の存在量に有意差があった化合物、または、血液中の存在量に有意差はなかったが組み合わせて相対的な存在比率を求めると当該比率に有意差があった化合物をいう。
本発明において、「睡眠障害」は、米国睡眠障害連合会(American Sleep Disorders Association)により出版された睡眠障害国際分類:診断および法則マニュアル(International Classific ation of Sleep Disorders:Diagnostic and Coding Manual)(1990年)、米国精神医学協会(American Psychiatric Association)により出版された精神障害分類・診断基準第4版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)(1994年)の記述に従って定義できる。また、「ストレス性睡眠障害」は脳へのストレスに起因する睡眠障害であり、「概日リズム睡眠障害」または「サーカディアンリズム睡眠障害」とは、体内時計がその発症にかかわるとされる睡眠障害であり、時差ぼけ、不規則な食生活、精神的ストレスなどの生活習慣が原因となりうると考えられている。「概日リズム睡眠障害」としては、例えば、時差帯域変化(ジェット時差)症候群、交代勤務睡眠障害、不規則型睡眠・覚醒パターン、睡眠相後退症候群、睡眠相前進症候群、非24時間型睡眠・覚醒障害、特定不能の概日リズム睡眠障害が挙げられる。
上記(3)に従って解析した結果、睡眠障害を表現する特徴因子として、塩、アミノ酸、脂質、糖質、アミン、アミド、ベタイン、カルボニル化合物、ヒドロキシカルボニル化合物、グリセロール、クレアチン、ならびに、タンパク質および核酸およびそれらの分解物が同定された。限定するものではないが、例えば、塩としては、酢酸塩、クエン酸塩、ギ酸塩、乳酸塩、およびピルビン酸塩を、睡眠障害を表現する特徴因子として使用することができる。また、アミノ酸としては、限定するものではないが、例えば、アラニン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、セリン、トレオニン、チロシン、およびバリンを使用することができる。また、限定するものではないが、糖質としてはグルコースを使用することができる。
これらの睡眠障害を表現する特徴因子について、標的プロファイリングから得られた結果を用いることにより、高額なNMR装置を利用できない場合であっても、血液中の特定の物質の組み合わせ(相対的な存在比率)について、NMR装置以外の低廉な分析装置で同様な評価を行えば、同様の判定が可能と結論し、本発明を完成した。
2.哺乳動物において、睡眠障害を表現する特徴因子の相対的な含有比率を用いた、概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れの診断またはそれらの発症リスクの評価をする方法
(1)試料の調製およびNMR測定
睡眠障害が疑われる患者など哺乳動物から採取した生体試料、典型的には血漿または血清を重水あるいは緩衝液で4倍程度の定量希釈を行いNMRで測定する。希釈液はロック用重水を含有すれば、リン酸緩衝液あるいは他の緩衝液でも可能である。
本発明の方法を適用できる哺乳動物としては、典型的にはヒトであるが、イヌやネコなどの愛玩動物、ウシ、ウマ、ブタなどの家畜動物、マウス、ラットなどの実験動物など、どのような哺乳動物であってもよい。
本発明において、生体試料は、例えば、血漿、血清、または尿が使用され得る。好ましくは血漿が使用され、血漿は凍結保存されていたものでも、随時調製したものでも、使用することができる。また、血清であっても検体すべてが同一の手順で調製されていればよい。また、採血量が制限される小児、小動物等を対象とするときには、試料の希釈率を上げるか、高感度NMRプローブを使用することにより本発明の方法を適用することができる。
NMRスペクトルは水素核共鳴周波数500MHz溶液核磁気共鳴分光計を利用してリアルデータポイントで16k、スペクトル幅8000Hz、観測中心は水信号、パルスプログラムは溶媒前飽和法、CPMG法、定温(25℃)、精密温度調節下で取得する。再現性と定量性良くスペクトルが得られれば良いので、この他にNOESY 1D法、DPFGSE法などが、非水溶液系試料ではシングルパルス法など多数が応用可能であるが、解析対象については同一のパルスプログラムを全試料に等しく適用する必要がある。測定磁場強度やパラメータも同様である。
(2)診断または発症リスクの評価
あらかじめ、健常な哺乳動物(例えば健常人)の血漿、血清、または尿プロフィールの特徴空間を基準として設定しておけば、その基準値を超えた場合に、ストレス性睡眠障害であると診断できる。
また、NMRを用いずとも、パターンを与える物質群、すなわち睡眠障害を表現する特徴因子について、たとえば、血糖値、血中乳酸値、血中アミノ酸値などの化学計測値として、別途安価な方法で被験動物および健常動物の数値を取得して比較することで、同様にストレス性睡眠障害であるか否かを診断することができる。
ストレス性睡眠障害モデルマウスがリズム障害を示すこと、および概日リズム睡眠障害の原因の一つとしてストレスが考えられていることから、本発明の方法を用いると、ストレス性睡眠障害と同様に、睡眠障害を表現する特徴因子に基づいて、概日リズム睡眠障害および概日リズムの乱れについても診断することができる。ここで、「概日リズムの乱れ」とは、従来の休息期において活発な活動が認められる一方で、活動期に活動量の低下が認められ、一日の活動量の規則性が変化することをさす。
本発明の一態様において、睡眠障害を表現する特徴因子に基づいて、概日リズム睡眠障害および概日リズムの乱れの発症リスクの評価を行うことができる。ここで、概日リズム睡眠障害および概日リズムの乱れの発症リスクとは、被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害または概日リズムの乱れを発症するか否かを判断するための検査判定基準をいい、発症リスクが高いほど概日リズム睡眠障害または概日リズムの乱れを発症する可能性が高いと判断され、低いほど発症する可能性が低いまたは健常であると判断される。
特に、特定の時刻の生体試料を採取すれば、より正確な診断やリスク評価が可能である。
3.概日リズム睡眠障害または概日リズムの乱れを改善する薬剤のスクリーニング方法
前記1.(1)に記載されたストレス性睡眠障害マウスを用い、これらマウスを2群に分け、1つの群のマウスに対して被検物質を投与する。静注、塗布などの投与形態も可能であるが、典型的には、飼料中又は、給水中に被検物質を添加しておくことが好ましい。被検物質を投与した群のマウス由来の血液などの試料と残りの群の対照マウス由来試料を採取し、それぞれの睡眠障害を表現する特徴因子の存在比を比較して、前者の測定値が有意に健常群の測定値に近づいた場合、用いた被検物質を、概日リズム睡眠障害改善剤の候補として選択する。なお、その際の睡眠障害を表現する特徴因子の存在比は、上記2.に記載した手法により測定できる。
ここで、マウス由来試料としては、簡便かつ感度の高い血漿または血清が好ましいが、尿などの他の生体試料を用いて測定することも可能である。
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
なお、本発明で使用されている技術的用語は、別途定義されていない限り、当業者により普通に理解されている意味を持つ。
また、本発明で引用した先行文献又は特許出願明細書の記載内容は、本明細書の記載として組み入れるものとする。
(実施例1)ストレス性睡眠障害モデルマウスを用いた睡眠障害を表現する特徴因子の存在比の観察
(1)ストレス性睡眠障害モデルマウスの作製
ストレス性睡眠障害マウスの作製は、本発明者らによる前記出願明細書(特願2012−46806)に記載の方法に従った。具体的には、以下の通りである。
Slc:C3H-HeN系統のマウス(4週齢の雄性、日本エスエルシー株式会社)を48匹用意し、明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で飼育した。マウスは、全期間を通して、回転かご(SW-15S、有限会社メルクエスト)内で個別飼育した。マウスの活動量は、クロノバイオロジーキット(Stanford Systems、CA)を用いてその回転かごの輪回し行動をドットで表わしている。飼料としては、CE-2(日本クレア株式会社製)を用いた。
図1は、マウスの活動リズムを示す図である。全48匹中の24匹のマウスを明期12時間、暗期12時間の明暗サイクル下(8:00点灯、20:00消灯)で1週間以上の非ストレス飼育期間(馴化)後、ケージの底面に水を満たしマウスが回転輪から降りられないように制限することにより、ストレス性睡眠障害を1週間連続的に誘発した(ストレス飼育期間)。他の24匹のマウスは対照マウスとして、上記同様の非ストレス飼育を続けた。
このストレス性睡眠障害モデルマウスは、一般的なヒトの睡眠障害に外挿できるリズム障害を示す(図1)。例えば、夜行性であるマウスの本来の非活動期である昼間(明期)の活動量が増加するとともに、活動期である夜(暗期)の活動量の減少が認められる。特に、明期前半の過活動が特徴である。またこれに連動するように、明期前半の睡眠量低下、活動期(暗期)における睡眠量の増加が認められる点も特徴的である(非特許文献6)。
図1は、マウスの1日の行動パターンを示す図である。図1中、縦軸は日付けを表し、横軸は時刻を表す。ドットはマウスの輪回し行動が観察されたことを表す。なお、図1(A)はストレス負荷したマウスの行動パターンを、図1(B)はストレス負荷していないマウスの行動パターンを示す。図1より、ストレスがなければ、明期(8〜20時:睡眠時間帯)では、ほとんど輪回し行動が観察されないことが分かる(ドットが少ない)。一方、暗期(20〜8時:活動時間帯)では、活発に輪回し行動を行っていることが分かる(ドットが多い)。これに対して、ストレス性睡眠障害モデルマウスの場合は、明期におけるドットの増加及び暗期におけるドットの減少が観察され、行動の概日リズムが乱れ睡眠障害が起きていることが分かる。また、このモデルマウスでは、全体に活動量が低下していることが見て取れ、特に暗期(活動期)の活動量の極端な減少が特徴的であり、慢性疲労症候群モデルであるともいえる。
(2)ストレス性睡眠障害マウスの血漿を用いたノンターゲット・プロファイリング計測
ストレス性睡眠障害を1週間負荷した後に、明期(10:00、14:00、18:00)と暗期(22:00、2:00、6:00)に4個体づつマウスを殺処分し、末梢血より血漿を得た。
ノンターゲット・プロファイリングにおいては、試料中に目的変動を内包すると考えられる一連の試料群について多検体NMR計測を行なって、それぞれを数値化して多変量解析を行うことによって行う。したがって1試料が1スペクトルに対応し、250次元程度の変数数から変数選択と多変量解析による次元圧縮を行って得られる2次元データプロットである散布図を得る。散布図上では、1検体は1データ点となる。統計空間での健常群に対する睡眠障害群のデータ分布の違いを観察した。
凍結保存しておいた一連のマウス血漿(48試料)はそれぞれ重水で4倍に希釈し、一定量の標準物質(TSP [2,2,3,3-D4](トリメチルシリル)プロパン酸ナトリウム([2,2,3,3-D4] sodium (trimethylsilyl) propanoate))を添加(終濃度1mM)して最終量600μリットルとして5mmNMR試料管中に入れ測定試料とした。
NMRスペクトルは水素核共鳴周波数500MHz溶液核磁気共鳴分光計を利用してリアルデータポイントで16k、スペクトル幅8000Hz、観測中心は水信号、パルスプログラムは溶媒前飽和法、CPMG法、定温(25℃)、精密温度調節下で取得した。取得したNMR生データである16kデータポイントの生データ(FID)について、32kまでゼロフィリング処理を行い、フーリエ変換して時間領域データから周波数領域データへと変換し、血漿スペクトルを得た。引き続きスペクトルに対して、ベースライン補正と位相補正に代えて絶対値微分を行ない、信号先鋭化とベースラインの平滑化を行い、それぞれのスペクトルを一定間隔(ケミカルシフト値で0.04ppmごと)に面積を積分し、数値化を行った。スペクトル中央部の水信号部分に相当する数値を処理から外し、1スペクトルを237変数で記述した。変数の総和を一定にするというノーマライズを行なって濃度変化等による過大な変動を制御した。
ストレス誘導によって睡眠障害を生じたマウス血漿試料と対照群について合計48試料からPCA(主成分分析)法により次元圧縮を行い2次元プロット(スコアプロット)を得た(図2)。
スコアプロットの観察から、特定時刻にサンプリングを行った血漿を用いることにより、主成分第一軸(PC1)方向への対照群とストレス誘導性睡眠障害群との明確な分離が観察できた。48試料から、対照群と睡眠障害の影響を明確に示す時間帯の試料群のみを残して得た15試料の散布図を示す(図3)。図ではより明確にPC1軸方向への分離が観察できている。
因子負荷量(ローディング)を検討することによりこの統計空間を特徴付ける因子を簡単に一括して見出すことができる。図3の場合、この特徴空間を牽引する因子は、NMR信号として代表値1.34、3.66、3.26、1.30、0.94ppm(それぞれ±0.2ppmの幅を持つ)などが次々と見いだせる。分離する統計空間を張る因子は血糖、乳酸、グリシン等のアミノ酸群が主な化学成分とみられる。
睡眠障害動物の睡眠障害の程度を簡便に可視化する方法の例はかつて報告されていない。本発明により、単一の物質の変化を追跡していては決して評価できないストレス誘導性睡眠障害マウスのストレス影響度を計測評価することができる。
本発明を用いると、体内時計に関連した睡眠障害が脳組織以外の他の生体サンプルを用いて観測することができるので、本発明は概日リズム睡眠障害の簡便な診断にとって極めて大きな意味を持つ。また、本発明は、睡眠障害治療薬の治療効果の判定や新規治療薬のスクリーニングに利用できる。さらに、本発明は、慢性疲労症候群の診断やリスク評価にも有用である。

Claims (6)

  1. 被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れを有するか否か、またはそれらの発症リスクを有するか否かを判定するための方法であって、
    被験哺乳動物から日差による測定誤差を軽減するために1日のうちの特定時刻にサンプリングして得られた被検試料のNMRスペクトルを得ることと、
    複数の健常哺乳動物から前記特定時刻にサンプリングして得られた複数の対照試料のNMRスペクトルを得ることと、
    それぞれのNMRスペクトルを主成分分析により解析することと
    を含み、
    主成分第一軸方向において被検試料と複数の対照試料とが分離した場合に被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れ、またはそれらの発症リスクが検出される、
    前記方法。
  2. 前記試料が血液または尿である、請求項1に記載の方法。
  3. 概日リズム睡眠障害又は概日リズムの乱れの改善物質のスクリーニング方法であって、
    ストレス性睡眠障害モデルマウスを用意する工程、
    前記モデルマウスを2群に分け、一方には被検物質を投与し、他方には投与せずに、両者を一定期間飼育後、両者から日差による測定誤差を軽減するために1日のうちの特定時刻に試料を採取する工程、
    得られた被検試料のNMRスペクトルを得る工程、
    複数の健常哺乳動物から前記特定時刻にサンプリングして得られた複数の対照試料のNMRスペクトルを得る工程、
    それぞれのNMRスペクトルを主成分分析により解析する工程、
    を含み、
    主成分第一軸方向において被検試料と複数の対照試料との分離が改善した場合に被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害および/又は概日リズムの乱れの改善物質であると評価する、
    前記方法。
  4. 前記試料が血液または尿である、請求項3に記載の方法。
  5. 被験哺乳動物の睡眠障害を可視化する方法であって、
    被験哺乳動物から日差による測定誤差を軽減するために1日のうちの特定時刻にサンプリングして得られた被検試料のNMRスペクトルを得ることと、
    複数の健常哺乳動物から前記特定時刻にサンプリングして得られた複数の対照試料のNMRスペクトルを得ることと、
    それぞれのNMRスペクトルを主成分分析により解析することと
    を含み、
    主成分第一軸方向において被検試料と複数の対照試料とが分離した場合に被験哺乳動物が概日リズム睡眠障害が可視化される、
    前記方法。
  6. 前記試料が血液または尿である、請求項5に記載の方法。



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