以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
(熱電材料)
本発明の熱電材料は、下記組成式(1)又は(2):
XaYbZc (1)
XaY’b/2Z0.5+c (2)
(式(1)、(2)中、XはLi、Na及びKからなる群から選択される少なくとも一種であり、YはAl、Ga及びInからなる群から選択される少なくとも一種であり、Y’はZn及びCdからなる群から選択される少なくとも一種であり、ZはSi、Ge、Sn及びPbからなる群から選択される少なくとも一種であり、aは1.0の数値を示し、bは0.6〜1.7の数値を示し、cは1.4〜3.0の数値を示す。)
で表される結晶相を主成分とすることが必要である。
このような熱電材料の前記結晶相の組成式におけるYの原子比、すなわちbの値が前記下限未満若しくは前記上限を超えると、熱電材料中に含まれる高い熱電特性を有する結晶相の量が著しく減少し、熱電材料が十分な熱電特性を示さないという問題が生じる。なお、熱電特性の高い結晶相が熱電材料中に適量含まれるという観点から、bの値を0.75〜1.25とすることが好ましい。
また、このような熱電材料の前記結晶相の組成式におけるZの原子比、すなわちcの値が前記下限未満では、高い熱電特性を有する結晶相の量が著しく少ない熱電材料が作製されるため、その熱電材料の熱電特性が十分でないという問題が生じ、他方、前記上限を超えても同様の問題が生じる。なお、熱電特性の高い結晶相を適量含んだ熱電材料を作製するという観点から、cの値を1.4〜2.6とすることが好ましい。
ここで、「結晶相を主成分とする」とは、前記熱電材料が前記結晶相のみから構成されるもの、或いは、主として前記結晶相からなり本発明の効果を損なわない範囲で他の物質を含み構成されるものであることを意味する。他の成分としては、この種の用途の熱電材料として用いられる他の化合物を用いることができる。後者の場合、熱電材料における前記結晶相の含有量は、熱電材料の全質量100質量%に対して50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることが特に好ましい。このような熱電材料における前記結晶相の含有量が前記下限未満では、本発明の効果が十分に得られない傾向にある。
なお、前記結晶相は、X線回折法(XRD)により確認することができる。具体的には、ギニエ型回折計(例えば、Huber社製、「G670」)や粉末X線回折装置(例えば、リガク社製、「RINT−2200」)等の粉末X線回折法(XRD)、イメージングプレート式単結晶X線回折装置(例えば、リガク社製、「R−AXIS RAPID−II」)や共焦点多層膜ミラーとCMOS検出器を備えた単結晶X線回折装置(Bruker社製、「D8 QUEST」)等の単結晶X線回折装置(XRD)により確認することができる。
また、このような熱電材料の組成は、ICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析装置を用いたICP発光分析(プラズマ発光分析)による組成分析、EDX(エネルギー分散型X線検出装置)やSIMS(二次イオン質量分析装置)等を用いた組成分析などにより確認することができる。具体的には、例えば、ICP発光分析においては、熱電材料試料(例えば0.5g)を強酸などの溶液(例えば、硫酸、塩酸、塩酸と過酸化水素の混合溶液、塩酸とフッ酸の混合溶液、二段溶解処理のための王水([HNO3]:[HCl]=1:3(体積比))及び硫酸水溶液)に投入し、必要により加熱して溶解させる。次に、得られた溶解液を組成分析試料として用い、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置(例えば、リガク社製、商品名「CIROS 120EOP」や島津製作所社製、商品名「ICPS−8100」)を用いてICP発光分析を実施し、熱電材料試料の組成分析を行う。
このような本発明の熱電材料においては、前記結晶相の結晶構造が前記Y又はY’で表される原子と前記Zで表される原子とで構成される螺旋状網目構造を有しており、かつ、前記Xで表される原子が前記螺旋状網目構造の空間内に配置されていることが好ましい。このような結晶構造とすることにより、低い電気抵抗率を維持したまま低い熱伝導率を実現することがより容易となり、高い熱電特性を示すことができる傾向にある。
また、このような結晶構造としては、六方晶系の場合、格子定数aが6.2〜6.6Å、格子定数cが6.0〜6.5Åであることが好ましく、格子定数a、b及びcを乗じて求められる格子体積が200〜245Å3であることが好ましい。また、斜方晶系の場合は、格子定数aが6.1〜6.6Å、格子定数bが10.5〜12.0Å、格子定数cが6.1〜6.6Åであることが好ましく、格子定数a、b及びcを乗じて求められる格子体積が390〜523Å3であることが好ましい。
更に、このような本発明の熱電材料においては、前記組成式(1)中の前記YがGaである結晶相を主成分とする熱電材料である場合には、前記熱電材料の105℃におけるパワーファクターが1.5mWm−1K−2以上であることが好ましく、2.0mWm−1K−2以上であることがより好ましく、4.0mWm−1K−2以上であることが特に好ましい。このような熱電材料の105℃におけるパワーファクターが前記下限未満では、十分な熱電特性が得られない傾向にある。なお、このようなパワーファクターPF(power factor、単位:Wm−1K−2)は、PF=S2/ρ(Sはゼーベック係数(単位:VK−1)、ρは電気抵抗率(単位:Ω・m))であり、ゼーベック係数S及び電気抵抗率ρからパワーファクターPF(=S2/ρ)を計算して求めることができる。また、ゼーベック係数S及び電気伝導率σ(電気伝導度、電気導電率、単位:S/m)からパワーファクターPF(=S2σ)を計算して求めることもできる。このパワーファクターPFは、熱電材料特性(熱電特性)の良し悪しの指標であり、PFの値が大きいほど熱電特性に優れていることを示す。
なお、本発明の熱電材料においては、熱電材料のゼーベック係数Sとしては−100(μVK−1)以下(絶対値では100以上)であることが好ましく、−150(μVK−1)以下(絶対値では150以上)であることがより好ましい。また、電気抵抗率としては、3(mΩ・cm)以下であることが好ましく、2(mΩ・cm)以下であることがより好ましく、1(mΩ・cm)以下であることが更により好ましい。
更に、このような本発明の熱電材料においては、前記結晶相の結晶構造が六方晶系であることが好ましい。このような結晶相の結晶構造が六方晶系とすることにより、得られる熱電材料において低温域においてもより良好な熱電特性が発揮される傾向にある。
また、このような本発明の熱電材料においては、前記熱電材料の結晶相が、Na1.0Ga0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0Al0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0In0.75−1.25Sn1.4−2.6、K1.0Ga0.75−1.25Sn1.4−2.6、K1.0Al0.75−1.25Sn1.4−2.6、K1.0In0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0Zn0.3−0.85Sn2.9−3.5及びK1.0Zn0.3−0.85Sn2.9−3.5からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましく、その中でもNa1.0Ga0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0Al0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0In0.75−1.25Sn1.4−2.6、Na1.0Zn0.3−0.85Sn2.9−3.5及びK1.0Zn0.3−0.85Sn2.9−3.5からなる群から選択される少なくとも一種であることがより好ましい。このような結晶相とすることにより、低温域においてもより良好な熱電特性を示す熱電材料が得られる傾向にある。
更に、本発明の熱電材料においては、前記組成式におけるXの一部が、本発明の効果を損なわない範囲で、Mg、Ca、Sr及びBaからなる群より選ばれる少なくとも一種で置換されていても良い。
また、本発明の熱電材料においては、前記組成式におけるY又はY’の一部が、本発明の効果を損なわない範囲で、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni及びCuからなる群より選ばれる少なくとも一種で置換されていても良い。
更に、本発明の熱電材料においては、前記組成式におけるZの一部が、本発明の効果を損なわない範囲で、As、Sb、Bi及びTeからなる群より選ばれる少なくとも一種で置換されていても良い。
(熱電変換素子及び熱電変換モジュール)
次いで、本発明の熱電変換素子及び熱電変換モジュールについて説明する。本発明の熱電変換素子及び熱電変換モジュールは、それぞれ本発明の熱電材料を備えることを特徴とするものである。
本発明の熱電変換素子としては、本発明の熱電材料を備えていればよく、特に制限されず、目的に応じて適宜任意の形状や構造を採用することができ、拡散防止、酸化防止、防水等の表面処理を施されていてもよい。また、本発明の熱電変換素子としては、出発原料、製造工程等に起因する不可避的な不純物やp型熱電材料を含有していてもよく、更に、熱伝導率を下げる目的でジルコニアやPMMA等を含有していてもよい。本発明の熱電変換素子としては、n型であることが好ましいが、例えばp型熱電材料を含有することにより、本発明の熱電変換素子をp型熱電変換素子とすることもできる。
本発明の熱電変換モジュールとしては、本発明の熱電材料を備えた前記本発明の熱電変換素子を備えていればよく、特に制限されず、例えば、本発明の熱電変換素子をn型熱電変換素子として用い、p型熱電変換素子と共に導電性基板等で接合して電極を取り付けた構成のものや、n型熱電変換素子のみで構成されたユニレグ型の構成のもの等が挙げられる。前記p型熱電変換素子としては、特に制限されず、目的に応じて適宜採用することができ、例えば、Bi−Te系、Pb−Te系、Mg−Si系のp型熱電変換材料からなるものを用いることができる。
このような本発明の熱電変換素子及び熱電変換モジュールにおいては、前記本発明の熱電材料を備えるため、BiやTeといった稀少元素や毒性を有する元素を用いることなく、低温域においても良好な熱電特性を発揮することができる。
(熱電材料の製造方法)
次に、本発明の熱電材料の製造方法について説明する。本発明の熱電材料は、例えば以下のような方法により製造することができる。
本発明の熱電材料焼結体の製造方法としては、例えば、上記本発明の熱電材料の組成となるように原料を準備し、これら原料を、加熱溶解、アーク溶解、高周波溶解、ボールミル、又はメカニカルアロイング(MA)などによって反応させた後に粉砕し、必要に応じて分級してから所定形状に焼結することにより製造することができる。或いは、反応性焼結によって製造することもできる。なお、化合物NaGaSn2の製造方法としてJ.T.Vaughey and J.D.Corbett、J.Am.Chem.Soc.、118(1996)、p.12098−12103.(参考文献1)、化合物NaInSn2の製造方法としてW.Blase、G.Cordier、R.Kniep、R.Schmidt、Z.Naturforsch.、44b(1989)、p.505−510.(参考文献2)、化合物Na2ZnSn5の製造方法としてS.Stegmaier、S.J.Kim、A.Henze、T.F.Fassler、J.Am.Chem.Soc.、118(1996)、p.12098−12103.(参考文献3)、が知られている。これらの文献には、いずれも熱電特性及び熱電材料についての開示はないが、これら化合物の作製の技術を適宜採用することができる。
このような熱電材料焼結体の製造方法において準備する原料の組成としては、上記本発明の熱電材料の組成と同一となるように原料の組成比(仕込み比)を設定することが好ましい。このような原料全量の組成比(仕込み比)が、ほぼ得られる熱電材料の組成比となる。
また、溶解等により原料を反応させて得られる生成物は、アニール処理を行うことが好ましい。アニール処理を施すことにより、熱電材料内の組織や組成を均一にすることができる傾向にある。また、粉砕する際は、できるだけ細かく粉砕することが好ましい。例えば、100μm以下が好ましく、50μm以下に粉砕することがより好ましい。このように前記生成物を細かく粉砕することにより、焼結によって作製される熱電材料が緻密となり、熱電特性が向上する傾向にある。更に、粉砕後に分級により粒径を整えておくことが好ましい。分級により、熱電材料が緻密となり熱電特性が向上する傾向にある。
更に、このような熱電材料焼結体の製造方法における焼結の条件としては、加熱温度(焼結温度)が300〜600℃の範囲内であることが好ましい。加熱温度が前記下限未満になると焼結が不十分な熱電材料が得られる傾向があり、他方、前記上限を超えると結晶相が融解又は分解し、均質な熱電材料が得られない傾向にある。また、加熱時間としては、前記焼成の温度によって異なるものであるため一概には言えないが、10〜48時間の範囲内であることが好ましい。
また、作製された焼結体は、必要に応じて熱処理を施してもよい。このような熱処理の条件としては、加熱温度が300〜600℃、加熱時間が10〜300時間の範囲内であることが好ましい。このような熱処理により焼結体中の結晶相が単相化されたり、結晶粒子径を制御することができ、熱電特性が更に向上する傾向にある。
更に、熱電材料焼結体の結晶相の結晶構造を六方晶系とする場合は、焼結する前又は後に、押圧や振動等によって各微粒子を配向しておくことが好ましい。各微粒子を配向させることにより、熱電特性をより向上することができる傾向にある。
また、上記製造過程においては、酸化を防止するという観点から、例えばArなどの不活性雰囲気中で処理を行なうことが好ましい。
次に、本発明の熱電材料インゴットの製造方法としては、例えば、上記本発明の熱電材料の組成となるように原料金属を準備し、原料金属を加熱することによって溶解した後に冷却することにより作製することができる。
このような熱電材料インゴットの製造方法において準備する原料金属の組成としては、上記本発明の熱電材料の組成と同一となるように原料金属の組成比(仕込み比)を設定することが好ましい。このような原料金属全量の組成比(仕込み比)が、ほぼ得られる熱電材料インゴットの組成比となる。
また、このような熱電材料インゴットの製造方法における溶解処理の条件としては、加熱温度が400〜700℃の範囲内であることが好ましい。加熱温度が前記下限未満になると、一部の原料が融解せずに、熱電材料中に残存する傾向があり、他方、前記上限を超えると、蒸気圧の高いアルカリ金属元素などが揮発し、インゴットの組成比が原料金属の組成比から大幅にずれる傾向がある。また、加熱時間としては、前記溶解の温度によって異なるものであるため一概には言えないが、30〜300時間の範囲内であることが好ましい。
なお、作製されたインゴットは、必要に応じて熱処理を施してもよい。このような熱処理によりインゴット中の結晶相が単相化され、結晶粒子径を制御することができ、熱電特性を更に高める傾向にある。また、製造過程において、酸化を防止するという観点から、例えばArなどの不活性雰囲気中で処理を行なうことが好ましい。
次いで、本発明の熱電材料単結晶の製造方法としては、例えば、上記本発明の熱電材料の組成となるように原料を準備し、前記原料を溶解させて溶湯とし、凝固させることにより作製することができる。
このような熱電材料単結晶の製造方法において準備する原料の組成としては、上記本発明の熱電材料の組成と同一となるように原料の組成比(仕込み比)を設定することが好ましい。このような原料全量の組成比(仕込み比)が、ほぼ得られる熱電材料単結晶の組成比となる。出発原料の種類は、特に限定されるものではなく、目的の組成が得られる限りにおいて、純金属、合金などを用いることができる。
このような熱電材料を得る方法としては、一方向凝固法により凝固させる方法であることが好ましい。具体的には、(1)所定の冷却能を持つ鋳型(例えば、水冷銅鋳型)に溶湯を鋳込み、鋳型壁面から内部に向かって一方向に凝固させる方法(広義の一方向凝固法)、(2)浮融帯溶融法(FZ法、光学式浮遊帯溶融法を含む)、ゾーンメルト法などを用いて、鋳塊全体を一方向凝固させる方法(狭義の一方向凝固法)、(3)チョクラルスキー法などの公知の方法を用いて、種結晶から単結晶を成長させる方法、などがある。本発明においては、いずれの方法を用いてもよい。
また、このような熱電材料単結晶の製造方法においては、熱電特性を向上させる観点から、凝固処理の後に熱処理を施すことが好ましい。このような熱処理の条件としては、加熱温度が200〜600℃、加熱時間が20〜100時間、熱処理雰囲気が非酸化性雰囲気であることが好ましい。
なお、本発明の熱電材料単結晶の製造方法としては、前記熱電材料焼結体の製造方法により得られた熱電材料又は前記熱電材料インゴットの製造方法により得られた熱電材料から単結晶を取り出して熱電材料単結晶を得ることもできる。
[Na−Al−Sn系化合物]
本発明の他の好適な実施形態は、Na−Al−Sn系化合物、及びそれを含有する熱電材料、並びにその熱電材料を用いた熱電変換素子及び熱電変換モジュールに関し、BiやTeといった稀少元素や毒性を有する元素を用いることなく、低温域においても良好な熱電特性を示す熱電材料等に好適に用いられる新規なNa−Al−Sn系化合物を提供すること、及びその新規な化合物を含有する熱電材料、並びにその熱電材料を用いた熱電変換素子及び熱電変換モジュールを提供することを目的とする。
(Na−Al−Sn系化合物)
本発明のNa−Al−Sn系化合物は、下記組成式(3):
NaaAlbSnc (3)
(式(3)中、aは1.0の数値を示し、bは0.6〜1.7の数値を示し、cは1.4〜3.0の数値を示す。)
で表される結晶相を主成分として含有することを特徴とするものである。本発明によれば、新規のNa−Al−Sn系化合物を提供することができる。また、このような新規のNa−Al−Sn系化合物を含有する熱電材料、並びにその熱電材料を用いた熱電変換素子及び熱電変換モジュールを提供することができる。
このような熱電材料の前記結晶相の組成式におけるYの原子比、すなわちbの値が前記下限未満若しくは前記上限を超えると、熱電材料中に含まれる高い熱電特性を有する結晶相の量が著しく減少し、熱電材料が十分な熱電特性を示さないという問題が生じる。なお、熱電特性の高い結晶相が熱電材料中に適量含まれるという観点から、bの値を0.75〜1.5とすることが好ましい。
また、このような熱電材料の前記結晶相の組成式におけるZの原子比、すなわちcの値が前記下限未満では、高い熱電特性を有する結晶相の量が著しく少ない熱電材料が作製されるため、その熱電材料の熱電特性が十分でないという問題が生じ、他方、前記上限を超えても同様の問題が生じる。なお、熱電特性の高い結晶相を適量含んだ熱電材料を作製するという観点から、cの値を1.4〜2.6とすることが好ましい。
ここで、「結晶相を主成分とする」とは、前記Na−Al−Sn系化合物が前記結晶相のみから構成されるもの、或いは、主として前記結晶相からなり本発明の効果を損なわない範囲で他の物質を含み構成されるものであることを意味する。他の成分としては、例えば、本発明のNa−Al−Sn系化合物を適用する用途(例えば、熱電材料)の材料として用いられる他の化合物等を用いることができる。後者の場合、前記Na−Al−Sn系化合物における前記結晶相の含有量は、前記Na−Al−Sn系化合物の全質量100質量%に対して50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることが特に好ましい。このようなNa−Al−Sn系化合物における前記結晶相の含有量が前記下限未満では、本発明の効果が十分に得られない傾向にある。
なお、本発明のNa−Al−Sn系化合物においては、特性の一例として、Na−Al−Sn系化合物のゼーベック係数Sとしては−100(μVK−1)以下(絶対値では100以上)であることが好ましく、−150(μVK−1)以下(絶対値では150以上)であることがより好ましい。
また、このような本発明のNa−Al−Sn系化合物においては、前記結晶相の結晶構造が六方晶系であることが好ましい。
このような本発明のNa−Al−Sn系化合物は、本発明により見いだされた新規化合物であり、低い熱伝導率が期待されるだけでなく、固溶域を有する可能性もある。また、このようなNa−Al−Sn系化合物の化学組成や合成条件等の最適化によって、またドーピング等によって、高い熱電特性を発現させることが十分に期待できる有用な材料である。更に、構成元素が資源的に豊富で入手が容易であり、安価な材料であるため、大量生産にも適した材料である。
したがって、このようなNa−Al−Sn系化合物は、熱電変換材料や電極材料等に広く応用することができ、非常に有用な化合物である。
(Na−Al−Sn系化合物の製造方法)
次に、本発明のNa−Al−Sn系化合物の製造方法について説明する。本発明のNa−Al−Sn系化合物は、例えば以下のような方法により製造することができる。
本発明のNa−Al−Sn系化合物焼結体の製造方法としては、例えば、上記本発明のNa−Al−Sn系化合物の組成となるように原料を準備し、これら原料を、加熱溶解、アーク溶解、高周波溶解、ボールミル、又はメカニカルアロイング(MA)等によって反応させた後に粉砕し、必要に応じて分級してから所定形状に焼結することにより製造することができる。或いは、反応性焼結によって製造することもできる。
次に、本発明のNa−Al−Sn系化合物単結晶の製造方法としては、例えば、上記本発明のNa−Al−Sn系化合物の組成となるように原料を準備し、前記原料を溶解させて溶湯とし、凝固させることにより作製することができる。このようなNa−Al−Sn系化合物単結晶を得る方法としては、一方向凝固法により凝固させる方法であることが好ましい。
<Na−Al−Sn系化合物の結晶相の確認>
本発明のNa−Al−Sn系化合物の前記結晶相は、X線回折法(XRD)により確認することができる。具体的には、ギニエ型回折計(例えば、Huber社製、「G670」)や粉末X線回折装置(例えば、リガク社製、「RINT−2200」)等の粉末X線回折法(XRD)、又は、イメージングプレート式単結晶X線回折装置(例えば、リガク社製、「R−AXIS RAPID−II」)や共焦点多層膜ミラーとCMOS検出器を備えた単結晶X線回折装置(Bruker社製、「D8 QUEST」)等の単結晶X線回折装置(XRD)等により確認することができる。
<Na−Al−Sn系化合物の特性の評価>
Na−Al−Sn系化合物の特性として、例えば、ゼーベック係数(S:Seebeck coefficient)の測定は、例えば、温度差起電力法及び直流4端子法による測定装置(例えば、熱電特性測定装置(オザワ科学社製、「RZ2001i」、熱電特性評価装置(アドバンス理工社製、「ZEM−3」等のZEMシリーズ))を用いて行うことができる。このゼーベック係数(S)によりNa−Al−Sn系化合物の特性として評価することができる。
また、Na−Al−Sn系化合物の特性として、例えば、熱電特性の評価は、ゼーベック係数(S)及び電気抵抗率(ρ)の測定を、例えば、温度差起電力法及び直流4端子法による測定装置を用いて行い、熱伝導率(κ)の測定を、例えば、ホットディスク法によりホットディスク法熱伝導率測定装置を用いて行い、このような測定値から、パワーファクターPF(=S2/ρ、or=S2×σ)、及び/又は、温度Tにおける無次元性能指数ZT(=T×PF/κ)を算出することにより評価することができる。
(熱電材料、熱電変換素子及び熱電変換モジュール)
次いで、本発明のNa−Al−Sn系化合物を含有する熱電材料、並びにその熱電材料を用いた熱電変換素子及び熱電変換モジュールについて説明する。
本発明の熱電材料としては、上記本発明のNa−Al−Sn系化合物を含んでいればよく、それ以外は特に制限されない。このような熱電材料としては、n型であることが好ましいが、例えば前記化合物のxの値を変化させたり、又はp型形成用添加剤を含有することにより、熱電材料にp型の性質を発現させることもできる。
また、本発明の熱電変換素子としては、上記本発明のNa−Al−Sn系化合物を含んだ熱電材料を備えていればよく、特に制限されず、目的に応じて適宜任意の形状や構造を採用することができる。
更に、本発明の熱電変換モジュールとしては、上記本発明のNa−Al−Sn系化合物を含んだ熱電材料を備えた前記本発明の熱電変換素子を備えていればよく、特に制限されず、例えば、本発明の熱電変換素子をn型熱電変換素子として用い、p型熱電変換素子と共に導電性基板等で接合して電極を取り付けた構成のものや、n型熱電変換素子のみで構成されたユニレグ型の構成のもの等が挙げられる。前記p型熱電変換素子としては、特に制限されず、目的に応じて適宜採用することができ、例えば、Bi−Te系、Pb−Te系、Mg−Si系のp型熱電変換材料からなるものを用いることができる。
このような本発明のNa−Al−Sn系化合物を含んだ熱電材料、並びにその熱電材料を用いた熱電変換素子及び熱電変換モジュールにおいては、前記本発明の新規化合物であるNa−Al−Sn系化合物を含み又は該新規化合物を含んだ熱電材料を備えるため、BiやTeといった稀少元素や毒性を有する元素を用いることなく、低温域においても良好な熱電特性を発揮することができる。
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1−1〜1−5)
原料としてNa塊(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)、Ga粒(DOWAエレクトロニクス社製、99.9999%、平均粒子径5〜8mm)、Sn粒(レアメタリック社製、99.999%、平均粒子径2〜6mm)を用いた。各原料金属がモル比でNa:Ga:Sn=1+x:1+x:2−x、(x=−0.07、0、0.06、0.13、0.18)となるように、Na塊は高純度アルゴン雰囲気(O2、H2O濃度<1ppm)のグローブボックス内で、Ga粒とSn粒は大気中で秤量した。これら原料金属をアルゴン雰囲気下で焼結BN製の坩堝(昭和電工社製、99.5%、内径φ6.5×13mm3)内に入れ、ステンレス鋼製の容器(内径φ9.7×80mm3)内に密封した。この反応容器を電気炉内に設置し、700℃まで2時間で昇温し、同温度を2時間保持した後、550℃まで1時間かけて降温し、同温度を2時間保持した。その後、反応容器を550℃から室温まで炉冷した。加熱後の試料はアルゴン雰囲気のグローブボックス内で取り出し、瑪瑙(めのう)の乳鉢と乳棒を用いて粉砕・混合し、金型を用いて圧粉成型体(約3×2×14mm3)を作製した。この圧粉成型体を焼結BN製の坩堝に入れ、アルゴン雰囲気下の容器内に設置し、440℃の温度条件で36時間加熱することにより焼結体試料を作製した。
(比較例1)
比較のために、Na−Ga−Sn系の既知の化合物Na3Ga8.1Sn2.9の焼結体を次の条件下で合成した。すなわち、原料金属をモル比でNa:Ga:Sn=3:8.1:2.9となるように秤量し、焼結BN製の坩堝内に入れ、反応容器内に密閉し、550℃まで2時間で昇温し、その後10時間かけて室温まで冷却した。この試料を粉砕し、金型を用いて圧粉成型体を作製し、400℃で36時間加熱した。その後、試料の粉砕・圧粉成形・加熱の行程を更に2度繰り返し、比較用焼結体試料を得た。
(実施例2−1〜2−3)
モル比でNa:Ga:Sn=1+x:1+x:2−x、(x=0、0.06、0.13)となるように秤量した原料金属を、内径φ5.0×55mm3の焼結BN製坩堝に投入し、これらをアルゴン雰囲気の容器内で600℃まで1時間かけて昇温した後、同温度を1時間保持し、500℃まで1時間で降温した後、300℃まで200時間、その後50時間かけて200℃まで徐冷し、200℃から室温までは炉冷することにより、インゴット試料(外形φ5.0×45mm3)を作製した。
(実施例3)
組成比がNa:Ga:Sn=1:1:2の原料を加熱して溶解させた後、200℃まで徐冷してインゴット試料を作製した。このインゴット試料を破砕し、その中から単結晶を取り出し単結晶試料とした。これをAr雰囲気でガラスキャピラリー内に封入し、単結晶X線回折測定に用いた。
(試料の評価試験)
以下の方法でNa−Ga−Sn系化合物の単結晶、焼結体及びインゴット試料の評価を行った。
<単結晶の構造解析>
実施例3で得られた単結晶試料を、アルゴン雰囲気下でガラスキャピラリー内に封じ、イメージングプレート式単結晶X線回折装置(リガク社製、商品名「R−AXIS RAPID−II」、MoKα)により単結晶X線回折測定を行ない、データ解析用ソフトウェア「SHELXL−97」を用いて結晶構造の解析を行なった。
<X線回折(XRD)測定>
実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料を、ギニエ型回折計(Huber社製、商品名「G670」、MoKα)を用いて室温で粉末X線回折パターンを測定し、生成物の相同定を行い、MoKα線で2θが15°から60°まで測定された回折パターンより、リートベルト解析ソフトウェア「RIETAN−FP」を用いて、生成した結晶相の格子定数を精密化した。
<ゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)、電気抵抗率(ρ)、かさ密度の測定>
実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料及び実施例2−1〜2−3で得られたインゴット試料のゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)及び電気抵抗率(ρ)の測定は、温度差起電力法及び直流4端子法による自作の測定装置を用いてArガス雰囲気中で行った。試料のかさ密度は体積と重量から算出した。
(評価試験の結果)
<単結晶の構造解析>
実施例3で得られた単結晶試料に対してXRD測定を行ったところ、結晶のX線回折反射は六方晶系の格子定数a=6.3448(8)Å、c=6.1679(9)Åで指数付された。この結晶相の回折反射の消滅則は空間群P6122の条件を満たした。なお、後述するように、この結晶相は組成がNa1+xGa1+xSn2−x、x=0、0.06、0.13の原料を用いて作製した実施例1−2〜1−4の焼結体試料において単相試料が合成されたため、単結晶構造解析は、結晶相の化学組成をNaGaSn2の化学量論比に固定して行った。表1にNaGaSn2の結晶構造と精密化に関する結果を、表2及び表3に解析で得られた原子座標と異方性原子変位パラメータを、NaGaSn2の結晶構造の模式図を図1にそれぞれ示す。なお、図1において、六方晶系NaGaSn2の結晶構造の各原子は確率90%の回転楕円体で表記した。
表1及び表2に示すように、NaGaSn2の結晶構造は、GaとSnがそれぞれ1/3と2/3の確率で占有する6bサイト(0.7640(2)、0.5279(4)、0.25)と、Naが1/3の確率で占有する6bサイト(0.078(5)、0.155(9)、0.25)の2つの原子座標で表された。この解析における信頼度因子はR1=0.054、wR2=0.138であった。
図1に示すように、NaGaSn2の結晶構造においては、結晶構造中のGa/Sn原子は隣接するGa/Sn原子により4配位され、c軸方向に螺旋状鎖を形成する。この螺旋状鎖はa、b軸方向にもGa/Sn原子どうしがつながることで3次元的な骨格構造を形成している。螺旋配列内のGa/Sn−Ga/Sn原子間の結合長さは2.790(2)Åであり、螺旋配列間のGa/Sn−Ga/Sn原子間の結合長は2.767(3)Åである。
また、Ga/Snの螺旋配列で形成されるトンネルの直径は約5Åで、このトンネル内にNa原子が入る6bサイトが螺旋状に配列している。Naの6bサイト間の最近接距離は1.33(4)Åで、Na原子はこのサイトを確率1/3で統計的に占有している。NaサイトとGa/Snサイト間の最近接距離は3.077(8)Åである。
<焼結体試料のXRD測定、ゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)、電気抵抗率(ρ)、及びかさ密度の測定>
実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料について、XRD測定、ゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)、電気抵抗率(ρ)、及びかさ密度の測定を、上記評価試験により行った。
先ず、実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料の粉末XRDパターンを図2に示す。図2に示した結果から明らかなように、実施例1−1〜1−5の焼結体試料のすべての回折ピークは、NaGaSn2の単結晶構造解析から求められた六方晶系の空間群P6122の結晶構造で指数をつけることができた。NaGaSn2の回折線以外に、実施例1−1(x=−0.07)の焼結体試料ではSnの回折ピークが、実施例1−5(x=0.18)の焼結体試料にはNaSnとNa3Ga8.1Sn2.9の強度の小さな回折ピークが観察された。なお、加熱前後の坩堝内の試料重量変化は原料の重量の0.1%以下であり、単相領域の試料の化学組成は、原料組成に等しいことが確認された。
次に、実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料の格子定数及び格子体積を図3に示す。図3に示した結果から明らかなように、原料組成のxの増加に伴い、a軸長は6.3443(2)Åから6.33248(11)Åまで減少し、c軸長は6.14090(16)Åから6.16175(9)Åまで増加していることが確認された。特に、NaGaSn2の単相試料が得られたx=0(実施例1−2)、0.06(実施例1−3)、0.13(実施例1−4)の焼結体試料の格子定数はxの増加とともに単調に増加していることが確認された。これらの格子定数の値は、単結晶構造解析によって得られた値(a=6.3448(8)Å、c=6.1679(9)Å)に近いことが確認された。
実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料の粉末XRDパターンと格子定数変化より、六方晶系の結晶相は、定比組成Na1Ga1Sn2以外にも、単相試料が生成する組成域を有することが確認された。なお、本合成条件で作製された結晶相の固溶域は、Na1+xGa1+xSn2−x、−0.07<x<0.18と表記される。なお、組成がNa1+xGa1+xSn2−x、x=−0.07〜0.18の実施例1−1〜1−5の原料から作製された焼結体試料のかさ密度は3.67〜4.35gcm−3で、Na1Ga1Sn2の理論密度の72〜85%であることが確認された。
次に、実施例1−1〜1−5で得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)の温度依存性を図4に示す。図4に示した結果から明らかなように、x=−0.07(実施例1−1)の焼結体試料の電気抵抗率は402mΩcm(28℃)で、x=0〜0.18の焼結体試料の電気抵抗率は、x=−0.07の試料の値より2〜3桁小さい値(0.45〜1.17mΩcm、21〜28℃)であることが確認された。また、このような焼結体試料を加熱すると、x=−0.07の試料の電気抵抗率は、温度の増加とともに指数関数的に減少する半導体的な振る舞いを示し、200℃で4.39mΩcmとなった。x=0〜0.18の試料の電気抵抗率は、温度の増加とともに微増し、200℃における電気抵抗率は0.59〜1.64mΩcmであることが確認された。測定温度領域内(21〜200℃)では、x=0.06の試料が最も小さい電気抵抗率(0.46〜0.59mΩcm)を示すことが確認された。
図5に作製された焼結体試料のゼーベック係数(S)の温度依存性を示す。x=−0.07の試料のゼーベック係数は、25℃では正の値(+79.5μVK−1)であったが、その値は温度の上昇とともに減少して負の値になり、166℃で−248μVK−1に達した。x=0〜0.18の試料の室温付近(23〜33℃)のゼーベック係数は、−114μVK−1から−196μVK−1の負の値であり、それらの値の絶対値は、測定温度領域内(23〜173℃)では、温度の上昇に伴い15〜37%増加することが確認された。
測定された焼結体試料の電気抵抗率(ρ)とゼーベック係数(S)の値から、熱電材料の特性を表す指数の1つであるパワーファクター(PF=S2/ρ)を算出した。それらの値を図6に、同系の化合物Na3Ga8Sn3の比較用焼結体試料(相対密度約60%)のパワーファクターの値とともに示した。Na1+xGa1+xSn2−x、x=−0.07〜0.18の試料のパワーファクターは、23〜170℃の温度域で、1.0mWm−1K−2以上の値を示すことが確認された。x=0.06及び0.13の試料のパワーファクターはそれぞれ105℃で最大値4.7mWm−1K−2及び3.9mWm−1K−2を示した。なお、比較例1により得られたNa3Ga8.1Sn2.9の比較用焼結体試料のパワーファクターの値は0.02〜0.04mWm−1K−2(26〜286℃)であり、Na1+xGa1+xSn2−x、x=−0.07〜0.18の試料の値よりも2桁小さいことが確認された。
なお、実施例1−1〜1−5における原料組成、得られた焼結体試料(熱電材料)のかさ密度、ゼーベック係数(S)、電気抵抗率(ρ)、及びパワーファクター(PF)を表4に示す。
<インゴット試料のXRD測定、ゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)、電気抵抗率(ρ)、及びかさ密度の測定>
実施例2−1〜2−3で得られたインゴット試料について、XRD測定、ゼーベック係数(S)、電気伝導率(σ)、電気抵抗率(ρ)、及びかさ密度の測定を、上記と同様にして行った。なお、作製した実施例2−1〜2−3の3つのインゴット試料の形状はφ5.0×40〜45mm3の円柱状で、NaGaSn2の理論密度に対する相対密度は、すべて95%以上であった。また、加熱前後の坩堝内の試料重量変化は原料の重量の0.1%以下であり、単相領域の試料の化学組成は、原料組成に等しいことが確認された。
図7に実施例2−1〜2−3により得られた熱電材料(インゴット試料)の電気抵抗率の温度依存性を示すグラフ、図8に実施例2−1〜2−3により得られた熱電材料(インゴット試料)のゼーベック係数の温度依存性を示すグラフ、及び、図9に実施例2−1〜2−3により得られた熱電材料(インゴット試料)のパワーファクターを示すグラフをそれぞれ示す。
図7に示した結果から明らかなように、24〜27℃の電気抵抗率は、x=0(実施例2−1)の試料が2.36mΩcm、x=0.06(実施例2−2)の試料が0.24mΩcm、x=0.13(実施例2−3)の試料が0.28mΩcmであり、測定温度域(23〜126℃)では、温度の増加とともに微増していることが確認された。これらの値は、同じ組成の原料から作製された焼結試料の電気抵抗率(0.46〜2.95mΩcm)よりも小さいことが確認された。このことは、インゴット試料は焼結体試料よりも高いかさ密度を有していることが一因であると考えられる。
また、図8に示した結果から明らかなように、それぞれのインゴット試料は、室温付近(23〜33℃)で−118μVK−1から−138μVK−1の負の値のゼーベック係数を示し、それらの値の絶対値は、測定温度領域内(23〜126℃)で、温度の上昇に伴い増加していることが確認された。
更に、図9に示した結果から明らかなように、x=0(実施例2−1)のインゴット試料のパワーファクターの値は1.0mWm−1K−2以下であったが、x=0.06(実施例2−2)のインゴット試料のパワーファクターの値は6.1〜8.0mWm−1K−2、及び0.13(実施例2−3)のインゴット試料の値は4.9〜5.0mWm−1K−2とそれぞれ高い値を示していることが確認された。
なお、実施例2−1〜2−3における原料組成、得られた焼結体試料(熱電材料)のかさ密度、ゼーベック係数(S)、電気抵抗率(ρ)、及びパワーファクター(PF)を表5に示す。
<本発明の実施例と代表的なクラスレート化合物系熱電材料の特性の比較>
次に、本発明の実施例(実施例1−3及び2−2)と代表的なクラスレート化合物系熱電材料(非特許文献2〜5)の特性の比較を行った。
これまでに熱電材料として研究されているクラスレート化合物は、主としてI型、II型、III型及びVIII型の結晶構造を有するものである。このようなクラスレート化合物としては、非特許文献2にSr8Ga16Ge30(type−I)、非特許文献3にCs8Na16Si136(type−II)、非特許文献4にBa24Ga12Ge88(type−III)、非特許文献5にBa8Ga16Ge30(type−VIII)が開示されている。これらクラスレート化合物の結晶構造は、種々の多面体を基本構造とする3次元の籠型の骨格構造を有し、主に籠型構造の中の空隙にゲスト原子が位置する結晶構造を特徴とする。高い熱電特性を示す多くのクラスレート化合物は、骨格構造の空隙に位置しているゲスト原子が乱雑に振動することでフォノンが強く散乱される(ラットリング効果)ため、ガラス並みの低い値(≦1Wm−1K−1)を示すことが知られている。
図10に、本発明の化合物の一つであるNa1+xGa1+xSn2−x(x=0.06)の焼結体試料(実施例1−3)及びインゴット試料(実施例2−2)、比較例1により得られた同系の化合物Na3Ga8.1Sn2.9の比較用焼結体試料(相対密度約60%)、及び上記4つのクラスレート化合物(非特許文献2〜5)のパワーファクターを示す。
図10に示した結果から明らかなように、本発明にかかる実施例1−3の焼結体試料のパワーファクターの値(2.8〜4.7mWm−1K−2(33〜173℃))及び、実施例2−2のインゴット試料のパワーファクターの値(6.1〜8.0mWm−1K−2(23〜126℃))は、上記非特許文献2〜5に開示された代表的なクラスレート化合物のパワーファクターよりも大きく、実用化されている高特性のBi2Te3系熱電材料の値(4mWm−1K−2、27℃)と同等、若しくはそれ以上の値であることが確認された。
以上の結果より、本発明の熱電材料は、BiやTeといった稀少元素や毒性を有する元素を用いることなく、低温域においても良好な熱電特性を示す熱電材料であることが確認された。
なお、本発明の熱電材料の化合物XaYbZcの及びXaY’bZcの結晶構造は、Y(Y’)−Z原子が螺旋配列することにより形成されるトンネル内にX原子が占有率1/3程度で統計的に配置していることが好ましい。NaGaSn2の結晶構造解析で得られたNaサイトの等方性原子変位パラメータはSn/Gaサイトの原子変位パラメータの値より大きく、熱による原子の大きな振動、若しくはサイト位置を中心とした原子配列の乱れが示唆された。これらのことから、本発明の化合物はX原子のラットリング効果、若しくはNa原子の局所的な不規則配列によるフォノン散乱効果による低い熱伝導率を有することが期待される。
また、Bi−Te系熱電材料に限らず、多くの熱電材料は、材料の組成比や、形態、また異種元素の置換によるキャリア制御、更には電極の材質や形態によって、最適の熱電特性が得られる。本発明の熱電材料は、それらの最適化によって、更に高い特性を得ることが十分に期待できる有用な材料である。
(実施例4−1〜4−3)
原料としてNa塊(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)、Ga粒(DOWAエレクトロニクス社製、99.9999%、平均粒子径5〜8mm)、Sn粒(レアメタリック社製、99.99%、平均粒子径2〜6mm)を用いた。各原料金属がモル比でNa:Ga:Sn=1+x:1+x:2−x、(x=−0.07、0.00、0.10)となるように、Na塊は高純度アルゴン雰囲気(O2、H2O濃度<1ppm)のグローブボックス内で、Ga粒とSn粒は大気中で秤量した。
次に、これら原料金属(総量約1.5g)のうち、Na塊及びSn粒をアルゴン(Ar)雰囲気下で焼結BN製の坩堝(昭和電工社製、99.5%、内径φ6.5×13mm3)内に入れ、ステンレス鋼(SUS)製の容器(内径φ9.7×80mm3)内に密封した。この反応容器を電気炉内に設置し、600℃まで4時間で昇温し、同温度を2時間保持した後、200℃まで8時間かけて降温した。次いで、反応容器から試料が含まれたBN坩堝をアルゴン雰囲気のグローブボックス内で取り出し、この坩堝の中にGa粒を加えて再び反応容器に密閉し、700℃まで2時間で昇温し、同温度を2時間保持した後、1時間かけて550℃まで降温し、同温度を2時間保持した。その後、反応容器を550℃から室温まで6時間かけて炉冷した。加熱後の試料はアルゴン雰囲気のグローブボックス内で取り出し、瑪瑙(めのう)の乳鉢と乳棒を用いて粉砕・混合し、金型を用いて圧粉成型体(約φ10〜11×3〜4mm3)を作製した。この圧粉成型体を焼結BN製の坩堝(内径φ11.5×10mm3)に入れ、アルゴン雰囲気下のステンレス鋼(SUS)製の容器(内径φ16.3×90mm3)内に密閉し、425〜440℃の温度条件で36〜60時間加熱することにより焼結体試料を作製した。なお、焼結体試料は、Na1+xGa1+xSn2−xにおいてx=−0.07の組成のものを5個、x=0.00及びx=0.10の組成のものをそれぞれ6個作製した。
焼結体試料を、粉末X線回折装置(Bruker社製、商品名「D2 PHASER」、CuKα)を用いて室温で粉末X線回折パターンを測定し(XRD測定)、生成物の相同定を行い、CuKα線で2θが15°から80°まで測定された回折パターンより、解析ソフトウェア「TOPAS」を用いて、生成した結晶相の格子定数を精密化した。
作製された焼結体試料の密度は、試料の体積と重量から算出し、この密度と、粉末試料のXRD測定より求められたNa1+xGa1+xSn2−xの格子体積から求まる理論密度の比を、かさ(相対)密度とした。
(熱電特性評価試験)
実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料の熱電特性の評価として、ゼーベック係数(S)及び電気抵抗率(ρ)の測定は、温度差起電力法及び直流4端子法による自作の測定装置を用いてArガス雰囲気中で行った。また、熱伝導率(κ)の測定は、ホットディスク法により、ホットディスク法熱伝導率測定装置(Hot Disk AB社(スウェーデン)製、「Hot Disk Thermal Constants Analyser」)を用い、Arガス雰囲気のグローブボックス中で測定した。更に、試料の密度は体積と重量から算出した。
熱電特性パラメータの測定温度は、ゼーベック係数(S)及び電気抵抗率(ρ)が22〜118℃、熱伝導率(κ)が22℃とした。各試料に対して得られた測定値から、パワーファクターPF(=S2/ρ、or=S2×σ)、及び、温度Tにおける無次元性能指数ZT(=T×PF/κ)を算出した。
また、温度差起電力法によるゼーベック係数(S)の測定においては、試料の両端に温度勾配を生じさせ、試料に接触させた2つのPt電極間の熱起電力を、5点以上の温度差(0<ΔT≦5℃)に対して測定し、その傾きを最小二乗法で算出した後、その値から各測定温度におけるPtの絶対起電力を差し引いて、試料のゼーベック係数(S)とした。
更に、ホットディスク法による熱伝導率(κ)の測定においては、ホットディスクセンサーを2つの試料で挟んで測定を行う必要がある。電気抵抗率の値が同程度の2つの焼結体試料を測定に使用し、ホットディスクセンサーに接する焼結体試料の面を変えて行った4回の測定値の平均値を、試料の熱伝導率(κ)の値とした。
(評価試験の結果)
先ず、実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料の各試料の密度と、室温(22±3℃)において測定された熱電特性パラメータ(電気抵抗率(ρ)、ゼーベック係数(S)、熱伝導率(κ))を表6に示す。また、これら熱電特性パラメータ測定値から算出したパワーファクター(PF)及び無次元性能指数(ZT)を表6に示す。
表6に示した結果から明らかなように、実施例4−1〜4−3により得られた焼結体試料のかさ密度は73〜86%で、実施例4−1(x=−0.07、試料番号:a−1〜a−5)の試料のかさ密度(80〜86%)が、実施例4−2(x=0.00、試料番号:b−1〜b−6)の試料及び実施例4−3(x=0.10、試料番号:c−1〜c−6)の試料の値(73〜79%)よりも高いことが確認された。
また、実施例4−1〜4−3により得られた焼結体試料の焼結体試料の電気抵抗率(ρ)は、0.35〜3.29mΩcmで、実施例4−2(x=0.00、試料番号:b−1〜b−6)の試料の値(0.35〜1.23mΩcm)が、実施例4−1(x=−0.07、試料番号:a−1〜a−5)の試料及び実施例4−3(x=0.10、試料番号:c−1〜c−6)の試料の値(1.61〜3.29mΩcm)よりも低いことが確認された。なお、焼結体試料の電気抵抗率は、原料組成や加熱条件が同じであっても値にばらつきがあり、かさ密度との相関は小さかった。
更に、実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)とゼーベック係数(S)との関係を示すグラフを図11に示す。また、実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)と熱伝導率(κ)との関係を示すグラフを図12に示す。図11〜図12に示した結果から明らかなように、焼結体試料の電気抵抗率が大きいほど、試料のゼーベック係数の絶対値は増加し熱伝導率の値は減少していることが確認された。なお、表6に示された焼結体試料の中で、電気抵抗率(ρ)が最も低い試料b−6(実施例4−2、x=0.00、ρ=0.35mΩcm)のゼーベック係数(S)の値は−57μVK−1、熱伝導率(κ)の値は1.98(10)Wm−1K−1で、電気抵抗率が最も高い試料c−1(実施例4−3、x=0.10、3.29mΩcm)のゼーベック係数(S)の値は−235μVK−1、熱伝導率(κ)の値は0.52(3)Wm−1K−1であった。
また、実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)と無次元性能指数(ZT)の値との関係を図13に示す。実施例4−1〜4−3で得られた焼結体試料ののZTの値は0.12〜0.98で、電気抵抗率(ρ)が増加するとZTの値は増加する傾向にあることが確認された。なお、最も高いZT=0.98を示した試料はc−4(実施例4−3、x=0.10、2.35mΩcm)で、この値は、実用化された熱電材料で、室温における最も高い特性を示すBi2Te3系材料の値(ZT〜1、300K)に匹敵するものである。
更に、仕込み組成xが同じ焼結体試料の中で、比較的高いZTを示した試料a−1(実施例4−1、x=−0.07)、試料b−1(実施例4−2、x=0.00)、試料c−4(実施例4−3、x=0.10)について、室温から118℃までのゼーベック係数(S)、電気抵抗率(ρ)及びパワーファクター(PF)の値についてそれぞれ確認した。実施例4−1の試料a−1、実施例4−2の試料b−1、実施例4−3の試料c−4で得られた焼結体試料のゼーベック係数(S)の温度依存性を示すグラフを図14、電気抵抗率(ρ)の温度依存性を示すグラフを図15、パワーファクター(PF)の温度依存性を示すグラフを図16にそれぞれ示す。図14〜図16に示した結果から明らかなように、試料c−4(実施例4−3、x=0.10)のゼーベック係数の絶対値は、室温から徐々に増加し、93℃でSの値は−231μVK−1に達した。また、試料c−4の電気抵抗率(ρ)は室温から113℃までほぼ一定の値(2.3〜2.4mΩcm)を示した。更に、試料c−4のパワーファクターは94℃で最大値を示し、その値は2.26mWm−1K−2であった。なお、この試料の67℃の熱伝導率は0.58Wm−1K−1で、22℃の値(0.56Wm−1K−1)より僅かに増加した。この変化率で67℃以上の試料の熱伝導率が増加すると仮定した値と、Sやσの測定値から得られるZTの値は113℃で約1.4になる。
(実施例5)
組成比がNa:Ga:Sn=1:1:6(0.86:0.86:5.14)となるように秤量した原料金属(総量3.3g)を、内径φ5.0×55mm3の焼結BN製坩堝に投入し、これらをアルゴン(Ar)雰囲気の容器内で550℃まで1.5時間かけて昇温した後、450℃まで2時間で降温(降温速度:−50℃/時間)し、更に100時間かけて200℃まで徐冷(降温速度:−2.5℃/時間)し、200℃から室温までは炉冷することにより、試料を得た。得られた試料を粉砕して、光学顕微鏡により観察したところ、金属Snの中にNa1+xGa1+xSn2−xの柱状の単結晶が生成していた。
<単結晶の組成分析>
組成比でNa:Ga:Sn=1:1:6の原料から得られた試料からNa1+xGa1+xSn2−xの単結晶を取り出し、単結晶の表面を走査型電子顕微鏡と電子線マイクロアナライザ(EPMA)(日本電子社製、電子プローブマイクロアナライザ「JXA−8200system」)を用いて、元素の定量組成分析を行った。
その結果、単結晶の組成はNa:Ga:Snのモル比で0.93(7):0.92(16):2.08であった。この組成をNa1+xGa1+xSn2−xの表記に当てはめると、xの値は−0.075となり、Na1+xGa1+xSn2−x焼結体の粉末XRD試験で決定したNa1+xGa1+xSn2−xのSnに富む側の固溶限の値(x=−0.07)とほぼ一致したことが確認された。
<単結晶の構造解析>
実施例5で得られた試料から構造解析に用いる単結晶を取り出し、アルゴン(Ar)ガス雰囲気下のグローブボックス内でガラスキャピラリー内に封じ、MoKα線を線源とし、共焦点多層膜ミラーとCMOS検出器を備えた単結晶X線回折装置(XRD)(Bruker社製、「D8 QUEST」)を用いてX線回折測定を、低温N2吹き付け装置を用いて30℃と−180℃で行った。回折データの収集と、格子定数の精密化、及び吸収補正はそれぞれソフトウェアBruker Instrument Service V4.2.0(Bruker AXS社製、2014)のAPEX2バージョンソフトウェア及びSAINTバージョンソフトウェアを用いた。すべての解析計算はパーソナルコンピュータ上でWinGXソフトウェアパッケージを用いて行った。結晶構造パラメータの精密化にはソフトウェアSHELXL−2014/7(Fo 2についての完全行列最小二乗法)を用いた。原子結晶構造の描画はソフトウェアCrystal Makerを用いて行った。
単結晶のXRD測定を30℃及び−180℃で行い、単結晶の組成をNa1+xGa1+xSn2−x、x=−0.075として精密結晶構造解析を行ったところ、30℃及び−180℃における単結晶のXRD測定から得られたX線回折反射は六方晶で指数付され、精密化された格子定数は30℃でa=6.3662(3)Å、c=6.1148(3)Å、−180℃でa=6.3487(3)Å、c=6.0990(3)Åであった。得られる回折反射の消滅則はどちらの温度においても空間群P6122の条件を満たした。
また、得られた結果のうち、Na1+xGa1+xSn2−x、x=−0.075の結晶構造と精密化に関する結果を表7、解析で得られた原子座標と等方性及び異方性原子変位パラメータを表8及び表9、30℃における結晶構造の模式図を図17、にそれぞれ示す。なお、30℃及び180℃での測定データを用いた解析のすべての回折点に対する信頼度因子は、それぞれR1=1.34%、wR2=2.94%(30℃)、R1=1.39%、wR2=3.09%(−180℃)であった。また、図17において、六方晶系Na0.925Ga0.925Sn2.075(Na1.00Ga1.00Sn2.24)の結晶構造の各原子は確率75%の回転楕円体で表記した。
更に、実施例3で行ったNa1+xGa1+xSn2−x、x=0.0の原料組成から作製された単結晶の構造解析では精密化することができなかったNa原子の異方性原子変位パラメータが、本解析において求めることができた。図17に示した結果から明らかなように、この異方性原子変位パラメータを用いて表されるNa原子の原子変異回転楕円体は、球形に近い原子変異回転楕円体で表されるGa/Sn原子で構成される螺旋配列内のトンネルに沿ってc軸方向に大きく伸長していることが確認された
また、表8及び表9に示した結果から明らかなように、Na原子の等方性温度因子パラメータUeqの値は、30℃では0.073(5)Å2、−180℃では0.043(3)Å2で、同温度におけるGa/Sn原子のUeqの値(30℃:0.0196(3)Å2、−180℃:0.0120(3)Å2)よりも3.5〜3.7倍大きいことが確認された。このことは、各温度に置けるNa原子の熱振動が、Ga/Sn原子のそれよりも著しく大きいことを示唆している。また、30℃と−180℃の2点のUeqから外挿される0KにおけるNa原子のUeqの値は0.030(7)Å2で、Ga/Sn原子サイトの値(0.0086(6)Å2)よりも有為に大きい。このことは、比較的大きなNaサイト位置の統計的な欠損(ディスオーダー)が存在することを示している。なお、実施例4−1〜4−3で作製されたNa1+xGa1+xSn2−x焼結体試料の低い熱伝導率は、このトンネル構造内に位置するNa原子の大きな熱振動(ラットリング)と、Naサイトの統計的に乱れた欠損が、フォノンを大きく散乱することで実現されていると考えられる。
(実施例6)
本実施例では、Na−Al−Sn系化合物の単結晶を合成した。
すなわち、先ず、原料としてNa塊(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)、棒状Al(レアメタリック社製、99.9999%、φ6mm)、Sn粒(レアメタリック社製、99.99%、平均粒子径2〜6mm)を用いた。
モル比でNa:Al:Sn=1:3:6となるように秤量した原料金属(総量約1g)を、焼結BN製の坩堝(昭和電工社製、99.5%、内径φ6.5×13mm3)内に投入し、これらをアルゴン(Ar)雰囲気のステンレス鋼製(SUS製)の容器(内径φ9.7×80mm3)内に密封した。この反応容器を電気炉内に設置し、700℃まで2時間で昇温した後、同温度を2時間保持した後、更に100時間かけて200℃まで徐冷し、200℃から室温までは炉冷することにより、試料を得た。得られた試料を粉砕し、金属Snの中に生成した粒状の単結晶を取り出した。
<単結晶の組成分析>
得られた単結晶の表面の元素定量組成分析を、走査型電子顕微鏡と電子線マイクロアナライザ(EPMA)(日本電子社製、電子プローブマイクロアナライザ「JXA−8200system」)を用いて行った。その結果、単結晶の組成はNa:Al:Snのモル比で0.90(4):0.83(2):2.17(4)であった。
<単結晶の構造解析>
実施例6で得られた試料から構造解析に用いる単結晶を取り出し、得られた単結晶をArガス雰囲気下のグローブボックス内でガラスキャピラリー内に封じ、MoKα線を線源とした単結晶X線回折装置(XRD)(リガク社製、商品名「R−AXIS RAPID−II」)により単結晶X線回折測定を20℃で行ない、データ解析用ソフトウェア「SHELXL−97」を用いて結晶構造の解析を行なった。なお、回折データの収集と、格子定数の精密化はソフトウェアPROCESS−AUTO(Rigraku/MSC & Rigaku Corporation、2005)を、吸収補正はNUMABS(リガク社製、1999)を用いた。すべての解析計算はパーソナルコンピュータ上でWinGXソフトウェアパッケージを用いて行った。結晶構造パラメータの精密化にはソフトウェアSHELXL−97を用いた。原子結晶構造の描画はソフトウェアCrystal makerを用いて行った。
得られた結果のうち、結晶構造と精密化に関する結果を表10、解析で得られた原子座標と等方性及び異方性原子変位パラメータを表11及び表12、結晶構造の模式図を図18、にそれぞれ示す。測定されたすべての回折点の強度データについて解析した結果の信頼度因子は、それぞれR1=1.22%、wR2=2.21%であり、結晶構造は、六方晶系、空間群P6122、a=6.4050(6)Å、c=6.1427(6)Åで、Na1+xGa1+xSn2−xと同型構造であった。結晶相の組成をNa1+xAl1+xSn2−xと仮定して解析することで求められたこの単結晶の化学組成はNa0.81Al0.81Sn2.19(x=0.19)であり、この組成は、先のEPMAで分析された単結晶の化学組成とほぼ一致した。以上より、単結晶の化学組成をNa0.81Al0.81Sn2.19(Na1.00Al1.00Sn2.70)と決定した。この結晶相は、Na−Al−Sn系で見いだされた最初の3元系化合物である。また、図18において、六方晶系Na0.81Al0.81Sn2.19(Na1.00Al1.00Sn2.70)の結晶構造の各原子は確率75%の回転楕円体で表記した。
(実施例7)
本実施例では、Na−Al−Sn系化合物多結晶の試料を合成した。
すなわち、先ず、原料としてSn粉末(レアメタリック社製、99.9%、平均粒子径約40μm)、Al粉末(レアメタリック社製、99.9%、平均粒子径10μm)、NaSn粉末を用いた。なお、NaSn粉末は、等モルのNa塊(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)とSn粒(レアメタリック社製、99.99%、平均粒子径2〜6mm)をBN製の坩堝内に入れ、不活性雰囲気下でSUS製の容器内に封入し、電気炉で625℃から225℃まで50時間徐冷することにより作製した。得られたNaSnを粉砕してNaSn粉末を得、これをSn粉末、Al粉末とともに所定の組成比となるように秤量し、混合した後、金型を用いて圧粉成型体を作製した。この圧粉成型体を350℃の温度条件で10時間加熱した後、再度、試料を粉砕・混合して作製した成型体を350℃の温度条件で10時間加熱することにより、焼結体試料(3×3×14mm3又はφ10×3mm3)を作製した。
実施例7で得られた焼結体試料について、ギニエ型回折計(Huber社製、商品名「G670」、CuKα)を用いて室温で粉末X線回折パターンを測定し、焼結体試料中に含まれる結晶相を粉末XRD法で同定した。また、実施例4−1と同様にして、得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)及びゼーベック係数(S)の測定を、温度差起電力法及び直流4端子法による自作の測定装置を用いてArガス雰囲気中で行い、更に、得られた焼結体試料の熱伝導率(κ)の測定を、ホットディスク法により、ホットディスク法熱伝導率測定装置を用い、Arガス雰囲気のグローブボックス中で測定した。
種々の原料組成で試料を作製した結果、本実施例で見いだされた新規Na−Al−Sn系化合物は、モル比でNa:Al:Sn=1:1.5:2.25の組成の原料から作製された試料に最も多く含まれていた。
実施例7で得られた焼結体試料(原料組成:モル比でNa:Al:Sn=1:1.5:2.25)の粉末XRDパターンを図19に示す。図19に示した結果から明らかなように、Na0.81Al0.81Sn2.19の強い回折ピーク以外に、NaSn5、Sn、Alに起因する弱い回折ピークが観察された。粉末XRDパターンから求められたNa0.81Al0.81Sn2.19の格子定数は、六方晶系、a=6.39617(6)Å、c=6.15184(7)Åであり、この値は、単結晶構造解析で求められたNa0.81Al0.81Sn2.19の格子定数の値と近いことが確認された。
また、実施例7で得られた焼結体試料のうち、原料組成がNa:Al:Sn=1:1.5:2.25の原料から作製された焼結体試料(3×3×14mm3、かさ密度:73%)のゼーベック係数(S)、電気抵抗率(ρ)の測定結果と、それらから算出されたパワーファクター(PF)をそれぞれ図20〜図22に示す。図20は実施例7で得られた上記焼結体試料のゼーベック係数(S)の温度依存性を示すグラフである。図21は実施例7で得られた上記焼結体試料の電気抵抗率(ρ)の温度依存性を示すグラフである。図22は実施例7で得られた上記焼結体試料のパワーファクター(PF)の温度依存性を示すグラフである。図20〜図22に示した結果から明らかなように、実施例7で得られた上記焼結体試料のゼーベック係(S)数は22℃において−294μVK−1で、その絶対値は温度が上昇するにつれて減少し、310℃では−139μVK−1となった。電気抵抗率(ρ)は22℃で55.2mΩcmを示し、温度上昇とともに急激に減少し、310℃では3.0mΩcmとなった。パワーファクター(PF)は284℃において最大値を示し、その値は6.8×10−4Wm−1K−2であった。
なお、実施例6〜7において見いだされた新規化合物Na0.81Al0.81Sn2.19(Na1.00Al1.00Sn2.70)は、上記実施例として示したNa1+xGa1+xSn2−xと同型構造のため、低い熱伝導率が期待されるだけでなく、固溶域を有する可能性もある。また、このような新規化合物Na0.81Al0.81Sn2.19の化学組成や合成条件等の最適化によって、またドーピング等によって、Na1+xGa1+xSn2−xが示すような高い熱電特性を発現させることが十分に期待できる有用な材料である。
(実施例8)
原料としてIn片(三菱マテリアル社製、99.999%、約5mm)、Na片(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)及びSn粒(レアメタリック社製、99.99%、平均粒子径2〜6mm)を用いた。
モル比でNa:In:Sn=1:1:2となるように秤量した原料金属(総量約1.0g)を、焼結BN製の坩堝(昭和電工社製、99.5%、内径φ6.5×13mm3)内に投入し、これらをアルゴン(Ar)雰囲気のステンレス鋼製(SUS製)の容器(内径φ9.7×80mm3)内に密封した。この反応容器を電気炉内に設置し、850℃まで2時間で昇温した後、同温度を2時間保持した後、炉冷することにより試料を得た。得られた試料を粉砕し、粒状の単結晶を取り出した。
<単結晶の構造解析>
実施例8で得られた試料から構造解析に用いる単結晶を取り出し、得られた単結晶をArガス雰囲気下のグローブボックス内でガラスキャピラリー内に封じ、MoKα線を線源とした単結晶X線回折装置(XRD)(リガク社製、商品名「R−AXIS RAPID−II」)により単結晶X線回折測定を20℃で行ない、データ解析用ソフトウェア「SHELXL−97」を用いて結晶構造の解析を行なった。なお、回折データの収集と、格子定数の精密化はソフトウェアPROCESS−AUTO(Rigraku/MSC & Rigaku Corporation、2005)を、吸収補正はNUMABS(リガク社製、1999)を用いた。すべての解析計算はパーソナルコンピュータ上でWinGXソフトウェアパッケージを用いて行った。結晶構造パラメータの精密化にはソフトウェアSHELXL−97を用いた。原子結晶構造の描画はソフトウェアCrystal makerを用いて行った。
構造解析の結果、回折反射は六方晶系の格子定数a=6.3126(4)Å、b=6.5717(4)Å、c=11.3804(8)Åで指数付けされ、回折反射は空間群P212121の消滅則を満した。これらの結晶構造パラメータは、BlaseらによるNaInSn2の単結晶構造解析結果と同じ晶系および空間群で、その格子定数(a=6.279(3)Å、b=6.543(3)Å、c=11.396(5)Å)とも値が近かった(参考文献2、W.Blase、G.Cordier、R.Kniep、R.Schmidt、Z.Naturforsch.、44b(1989)、p.505−510.)。
得られた結果のうち、結晶構造と精密化に関する結果を表13、解析で得られた原子座標と等方性及び異方性原子変位パラメータを表14及び表15、にそれぞれ示す。測定されたすべての回折点の強度データについて解析した結果の信頼度因子は、それぞれR1=4.14%、wR2=9.08%であった。
また、本解析で導出されたNaInSn2の結晶構造の模式図を図23に示す。なお、図23において、六方晶系NaInSn2の結晶構造の各原子は確率75%の回転楕円体で表記した。NaInSn2の結晶構造は、InとSnの混合サイト(占有率In/Sn=0.33/0.67)で構成される螺旋鎖が互いに結合することで3次元的な骨格構造が形成され、その中のa軸方向に伸びたトンネル状の空隙に、Naが4つのサイトに15〜33%の占有率で統計的に配置している。Na原子の等方性温度因子パラメータUの値は0.14(8)〜0.57(9)Å2で、そのうちのNa1やNa3原子の値は、InとSnの混合サイトの値(0.0209(2)〜0.0226(2)Å2)よりも有為に大きい。先のBlaseらによって解析された結晶構造では、Naは1つのサイトに100%の占有率で配置(U=0.079(8)Å2)しており、この点が今回の解析結果と大きく異なる。
NaInSn2の結晶構造は,先の実施例で示したNa1+xGa1+xSn2−xやNa0.81Al0.81Sn2.19の六方晶系の結晶構造と、Snと13族元素で構成される混合サイトで構成される骨格構造や、その空隙に比較的大きな原子変位パラメータを有したNaが統計的に配置している点が類似している。そのため、NaInSn2の熱伝導率は、低い値を示すことが期待される。
(実施例9−1〜9−2)
原料として、In片(三菱マテリアル社製、99.999%、約5mm)、Na片(日本曹達社製、99.95%、大きさ約5mm)及びSn粒(レアメタリック社製、99.99%、平均粒子径2〜6mm)を用いた。各原料金属が所定の組成比(Na:In:Sn=1:1:2)となるように秤量し、焼結BN製坩堝に投入し、これらをアルゴン(Ar)雰囲気のステンレス鋼製の容器内で550℃の温度条件で10時間加熱した後、室温まで炉冷した。得られた試料を、粉砕・混合し、金型を用いて圧粉成型体(3×3×14mm3)を作製し、この圧粉成型体を340℃の温度条件で36時間加熱した後、再度、試料を粉砕・混合し、その圧粉成型体を340℃の温度条件で36時間加熱することにより焼結体試料を作製した(実施例9−1)。
実施例9−1で得られた焼結体試料について、実施例7と同様にして、焼結体試料中に含まれる結晶相を粉末XRD法で同定した。また、実施例4−1と同様にして、得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)及びゼーベック係数(S)の測定を、温度差起電力法及び直流4端子法による自作の測定装置を用いてArガス雰囲気中で行い、更に、得られた焼結体試料の熱伝導率(κ)の測定を、ホットディスク法により、ホットディスク法熱伝導率測定装置を用い、Arガス雰囲気のグローブボックス中で測定した。
実施例9−1で得られた焼結体試料の粉末XRDパターンを図24に示す。焼結体試料の粉末XRDパターンから求められたNaInSn2の格子定数は、斜方晶系、a=6.3108(5)Å、b=6.5602(3)、c=11.3855(8)Åで、Blaseらによって単結晶構造解析から求められたNaInSn2の格子定数の値(a=6.279(3)Å、b=6.543(3)、c=11.396(5)Å)と近い値であった(参考文献2、W.Blase、G.Cordier、R.Kniep、R.Schmidt、Z.Naturforsch.、44b(1989)、p.505−510.)。
また、実施例9−1で得られたNaInSn2の単相多結晶体焼結体試料(3×3×14mm3、かさ密度:89%)のゼーベック係数(S)及び電気抵抗率(ρ)の測定結果と、それらから算出されたパワーファクター(PF)をそれぞれ図25〜図27に示す。図25は実施例9−1で得られた焼結体試料のゼーベック係数(S)の温度依存性を示すグラフである。図26は実施例9−1で得られた焼結体試料の電気抵抗率(ρ)の温度依存性を示すグラフである。図27は実施例9−1で得られた焼結体試料のパワーファクター(PF)の温度依存性を示すグラフである。図25〜図27に示した結果から明らかなように、実施例9−1で得られた焼結体試料のゼーベック係数(S)は27℃において−61.7μVK−1で、その絶対値は127℃で最大値(S=−68.9μVK−1)を示し、その後温度が上昇するにつれて減少した。電気抵抗率(ρ)は25℃で0.37mΩcmで、温度上昇とともに減少し、300℃では0.30mΩcmとなった。パワーファクター(PF)は144℃において最大値を示し、その値は1.38×10−3Wm−1K−2であった。
次に、実施例9−1と同様にして、同じ原料組成と加熱条件でNaInSn2焼結体試料(φ11×3mm3、かさ密度:81%)を作製(実施例9−2)し、実施例4−1と同様にしてホットディスク法で熱伝導率(κ)を測定した。その結果、焼結体試料の室温(23℃)での熱伝導率(κ)は1.29(9)Wm−1K−1であった。この熱伝導率(κ)と、先に測定されたゼーベック係数(S)、電気抵抗率(ρ)から、室温(25±2℃)におけるNaInSn2焼結体試料の無次元性能指数ZTを算出すると、その値は0.24となった。
実施例9−1〜9−2により得られたNaInSn2焼結体の結晶構造は、上記実施例で示したNa1+xGa1+xSn2−xの類似構造であり、固溶域を有する可能性もある。このようなNaInSn2は、その組成や合成条件等の最適化によって、またドーピング等によって、更に高い熱電特性を発現させることが期待できる有用な材料である。