JP6061277B2 - 高分子鎖の動態解析方法、高分子の製造方法、高分子、合成高分子の製造方法及び合成高分子 - Google Patents
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Description
しかし、高分子材料は多数の高分子鎖の集合体である上、高分子鎖に構造の多様性があるためその静態・動態を測定するのは容易ではない。
Chromatography)では高分子の平均分子量や分散度を知る事ができる。
しかし、このような従来の分析手法では、多数の高分子鎖からなる高分子材料全体に関するおおよそのデータしか得ることができず、高分子鎖一本が具体的にどのような静態・動態を有しているかを知ることができないという問題がある。また、NMRではポリエチレンの長鎖分岐構造を測定できないという問題や、短鎖分岐(SCB)であってもその炭素数が6以上になると区別できないという問題がある。
したがって、従来は上記分析手法で得られた情報に基づいて高分子鎖一本の静態・動態について仮定や推測に基づいて判断せざるを得なかった。また、これまでの高分子開発では、材料特性評価(材料加工の各種試験や粘弾性測定など)に比較的大量の試料が必要であるため全ての開発検討品について大量合成を行い、そのうち要求性能を満足できない大半の試料は廃棄せざるを得ず、多くの無駄が生じているという問題もあった。
そして、原子・分子の微細構造を画像化することが可能な走査プローブ顕微鏡(SPM: Scanning Probe Microscope)の一種である原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscope)や、これを独自に改良して高速化した高速原子間力顕微鏡(特許文献1)を使用して、合成高分子鎖一本の大気中における静態や、有機溶媒中における動態を直接観察することに成功している(例えば非特許文献1〜3)。
この独自開発の高速原子間力顕微鏡はアクチュエータが重量物となる溶液セルを移動させないため、高い共振周波数を維持して走査することを可能としている。溶液セル内に有機溶媒を収容し、また試料ホルダに高分子鎖を一本一本分散させた状態にした後に溶液セルに浸すと、高分子鎖一本について静態・動態の画像を取得することが可能となる。また、原子間力顕微鏡および高速原子間力顕微鏡を含むSPMは、試料走査型と探針走査型の二方式に大別されるが、静態・動態の画像を取得することが可能であれば、いずれの方式でも良い。
本発明は、高分子材料の構造物性相関等を明確化するために、高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡を用いて高分子鎖一本の動態を解析する方法を提供することを目的とする。また、この動態解析方法を用いた高分子の製造方法及び当該製造方法によって製造した高分子、この動態解析方法を用いた合成高分子の製造方法及び当該製造方法によって製造した合成高分子に関する。
更に、環境温度を変更することで、温度変化による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。更に、溶媒の種類、基板の種類又は溶媒と基板の両者の種類を変更することで、溶媒変更、基板変更又は溶媒と基板の両者の変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。更に、高分子鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。
また、高分子鎖一本に対して外力を付加することで、引張応力、圧縮応力及びせん断応力のうち少なくとも一つが生じている状態の高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。また、前記高分子鎖一本の動態画像が、材料加工を行う前の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像と、材料加工を行った後の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像であり、両画像を比較しながら解析するステップを含むことを特徴とする。また、高分子が合成高分子であることを特徴とする。また、本発明の高分子の製造方法は、上記動態解析方法を使用して高分子鎖一本が所望の構造を備えているか否かを解析する工程を備えることを特徴とする。また、本発明の合成高分子の製造方法は、上記動態解析方法によってデータを得る工程と、当該データに基づき高分子合成反応を制御する工程とを含むことを特徴とする。
また、固液界面において分子レベルで動的に機能する分子デバイスの開発にも適用できる。また、表面処理された基板を含むマイカ等の無機材料からなる基板を使用する場合、ポリオレフィン等の高分子鎖と無機物表面との相互作用の動態を直接観測することができるので、本発明は有機/無機ハイブリッド材料の開発にも適用できる。他にも種々の配合材を使用する材料開発に適用できる。また、使用する基板表面は無機物に限定されるものではなく、例えば有機物でも金属であっても良い。
また、溶媒の種類、基板の種類又は溶媒と基板の両者の種類を変更することで、これら変更が高分子鎖一本の動態の変化に如何なる影響を与えるかを解明することができる。
また、多様な高分子材料の動態を解明し、その機能性を評価し、これらをデータベース化していくことで、所望の分子構造を作るために必要な反応条件が分かるようになり、高分子科学・工業分野の材料開発に技術革新をもたらすことができる。
観測対象を高分子材料表面の高分子鎖一本にしてもよく、また、延伸加工や射出成形加工などの材料加工を行う前の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像と、材料加工を行った後の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像をそれぞれ取得し、両画像を比較しながら解析してもよい。また、外力を付加することで応力場、すなわち引張応力、圧縮応力及びせん断応力が生じている高分子鎖一本の動態の変化を解析することにしてもよい。
高分子鎖一本に応力を生じさせる方法としては以下の例を挙げられる。
(1)試料走査型(サンプルスキャンタイプ)の原子間力顕微鏡または高速原子間力顕微鏡を用いる場合
フィルムなどの高分子材料の試料を熱膨張率の高い素材の基板表面に固定し、基板に温度を加えて膨張させれば引張応力を発生させることができ、逆に基板の温度を下げて収縮させれば圧縮応力を発生させることができる。また、熱膨張率の異なる素材からなる基板を水平方向に繋げて一枚の基板にし、両基板を跨ぐ位置に試料を配置すれば、両基板の境界線を中心に剪断応力を発生させることができる。また、基板素材の膨張・収縮を利用する応力発生方法であれば上記の熱膨張・収縮によるものに限定しない。例えば、電場に応答するピエゾ素子などを利用することもできる。
(2)探針走査型(プローブスキャンタイプ)の原子間力顕微鏡または高速原子間力顕微鏡を用いる場合
試料である高分子材料の両端を治具で把持し、引張ることで引張応力を発生させることができ、縮ませることで圧縮応力を発生させることができる。また、材料のX軸方向の両端を把持して一方をY軸プラス方向に、他方をY軸マイナス方向に引張る又は押すことで剪断応力を発生させることができる。応力を発生させる方法としては他にも、上記(1)の基板素材の熱膨張・収縮を利用してもよいし、電場に応答するピエゾ素子などによるものでもよい。
そのようにして得られた知見に基づいて高分子の構造に応じた最適な加工条件を見出すことができる。さらに高分子の構造に応じた極限材料性能を発現させることができる。これは高分子材料開発における究極の手法といえる。
また、本発明の動態解析方法を高分子の既存の製造プロセスに組み込むことで、所望の機能を持った高分子材料を精度よく且つ効率的に製造することができる。すなわち、高速原子間力顕微鏡や高分解能原子間力顕微鏡を用いて高分子鎖一本の画像を取得する1分子イメージング法は、測定に必要な試料量が極めて微量で済む上に、従来法では得られない構造・ダイナミックスを直接計測できるのが特徴である。そこで、本発明の方法によってまずごく微量だけ合成した高分子試料を1分子イメージングし、所望の機能を有する可能性が高い試料にある程度当たりを付けた上で大量合成するという開発工程を確立できるので、これまでの高分子開発で問題となっていた開発検討品の大量廃棄が不要となり、大幅なコストダウンと迅速化が両立した「無駄を最小限に抑え、最高性能を引き出す」夢の高分子開発を実現できる。
また、材料表面等に存在する高分子鎖一本の構造変化、例えばポリマー鎖の形態すなわち紐の形の変化は、当該ポリマー鎖がその周囲の高分子鎖によって拘束されていることから非常に速度が遅い場合がある。このような場合には必ずしも上記高速原子間力顕微鏡を使用して動態画像を取得する必要がなく、1フレームを取得するのに数分間を要するような上記原子間力顕微鏡を使用すれば足りる。このような原子間力顕微鏡を使用して取得した各画像は一般的には静止画像になるが、本明細書においては、時系列に沿って取得した静止画像が2枚以上存在していれば、これら静止画像を時系列で繋げて構成した画像群も「動態画像」に含めるものとする。
本発明の動態解析方法は第1〜5の5つのステップで構成される。
まず第1ステップでは高分子鎖一本の動態画像を取得する。高分子の種類としては有機/無機のいずれでもよく、また天然/合成のいずれでもよいが、本実施の形態では合成高分子を使用する。まず、固体状態の合成高分子を有機溶媒に溶解して希薄溶液を調製し、合成高分子鎖一本一本を有機溶媒中に分散させる。そして、この溶液をマイカ等の周知の材料からなる基板(試料保持面)に滴下することで高分子鎖を一本一本が分散した状態で固定する(図2参照)。また、基板表面に種々の処理を施すことによって表面改質ができるので、様々な性質の基板表面と高分子鎖との相互作用を動態解析することもできる。
ここで基板の表面改質とは、種々の置換基を有するシラン化合物による化学修飾、例えば自己組織化単分子膜(SAM)形成、あるいは各種雰囲気におけるプラズマ処理等によるものが挙げられるが、上記の改質法に限定されるものではない。
なお、第1ステップとして、上述したような基板上に孤立した高分子鎖一本ではなく、例えばフィルム等の高分子材料の表面又は内部における高分子鎖一本の動態画像を取得することにしてもよい。この場合、高分子材料から切り出したものが試料となる。フィルムであれば適当な大きさに打ち抜けば良いし、大きな材料なら適切な形状に切り出せばよい。さらに高分子材料を任意間隔でスライスしてその表面の動態画像を取得することもできる。そして得られた画像を三次元に再構成することでバルク(固体内部)の動態に関する知見を取得できる。
なお、試料として合成高分子を用いる場合、例えばポリオレフィン系樹脂として、ポリエチレン、LLDPE(直鎖状低密度ポリエチレン)、HDPE(直鎖状高密度ポリエチレン)、ポリプロピレン、エチレン/プロピレン共重合体、エチレン/ブテン共重合体および分岐ポリオレフィンが挙げられ、またエステル系樹脂として、ポリトリメチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリシクロヘキサンテレフタレート樹脂、ポリエステルエラストマー等の芳香族ポリエステル樹脂、ポリブチレンサクシネート樹脂、ポリカプロラクトン樹脂等の脂肪族ポリエステル樹脂、ポリエチレンテレフタレート/サクシネート樹脂等の脂肪族芳香族ポリエステル樹脂が挙げられ、またスチレン系樹脂として、ポリスチレン、SBR(スチレン/ブタジエン共重合体)、SBS(スチレン/ブタジエン/スチレン共重合体)、水添SBS(水添スチレン/ブタジエン/スチレン共重合体)、SEPS(水添スチレン/イソプレン/スチレン共重合体)、HIPS(耐衝撃性ポリスチレン)、AS樹脂(アクリロニトリル/スチレン共重合体)、ABS樹脂(アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン共重合体)、MBS樹脂(メチルメタクリレート/ブタジエン/スチレン共重合体)、MABS樹脂(メチルメタクリレート/アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン共重合体)、AAS樹脂(アクリロニトリル/アクリルゴム/スチレン共重合体)、AES樹脂(アクリロニトリル/エチレンプロピレン系ゴム/スチレン共重合体)等が挙げられ、更にアクリル系樹脂として、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、ポリメタクリル酸プロピル、ポリメタクリル酸ブチル、ポリアクリル酸メチル、ポリアクリル酸エチル、メタクリル酸メチル/アクリル酸メチル共重合体、メタクリル酸メチル/メタクリル酸エチル共重合体、メタクリル酸メチル/メタクリル酸ブチル共重合体、メタクリル酸メチル/アクリル酸エチル共重合体等及びそれらの変性高分子が挙げられる。また共役系高分子として、ポリ置換アセチレン、ポリアリーレンエチニレン、ポリチオフェンなどのパイ共役系およびポリシラン類などのシグマ共役系が挙げられる。また超分子ポリマーとして、ポリロタキサンやポリ擬ロタキサン等が挙げられる。なお、高分子鎖一本の動態画像を取得し、本発明に係る動態解析方法を適用できさえすればよく、溶媒、基板及び高分子の種類は上述したものに限定されるわけではない。
第3ステップでは、第2ステップで選択した静止画像を用いて高分子鎖一本の複数部位に番号付けを行う(図5(a)参照)。番号付けの方法は特に限定されるものではないが、例えば主鎖の全長(一方の末端から他方の末端までの長さ)を測定し、適度な等間隔になるように番号を付せばよい。あるいは高分子鎖が複数の分岐鎖を有する場合には、分岐点に近い主鎖末端に番号1を付し、当該主鎖末端から他方の主鎖末端に向かって各分岐点に順に2,3,…と番号を付し、他方の主鎖末端をm(mは2以上の自然数)とし、次に、分岐点2から当該長鎖分岐の末端をm+1としてもよい。
また、図5(b)に示すように分岐鎖中に更に分岐鎖がある場合には、主鎖の末端mに対して、番号2の分岐点から伸びる分岐鎖中の各分岐点に順にm+1、m+2・・・と付していき、分岐鎖の末端をm+n(nは2以上の自然数)とする。そして、m+1の分岐点から伸びる分岐鎖についてm+n+1、m+n+2・・・と末端まで付し終えた後、番号3の分岐点に移り、同様に番号を付していくことにしてもよい。このように、主鎖上の一つの分岐点から伸びる分岐鎖及び当該分岐鎖から枝分かれする全ての分岐鎖について番号を付した上で、主鎖上の次の分岐点に移動して同様の手法で番号を付すことにしてもよい。なお、理解を容易にするために図中の主鎖並びに分岐鎖の各末端及び各分岐点に黒丸を付している。また、分岐鎖の末端と分岐点だけでなく、分岐鎖を適度に等分割した各点に番号付けしてもよい。
第5ステップでは、第4ステップで番号付けを行った部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度(又は3点角度)及び拡散係数のうち少なくとも一つを算出する。
図7のグラフは各部位のX方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図8のグラフは各部位のY方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図9のグラフは各部位の移動速度を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図10のグラフは各部位の移動加速度を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図11のグラフは各部位の3点間角度を縦軸、時間を横軸にとったものである。
「3点間角度」とは、図12に示すように、任意の3つの部位(例えば2,3,4)を選択した場合において、部位2と部位3とを結んだ線分L23と、部位3と部位4とを結んだ線分L34とが成す角度θをいう。3つの部位は必ずしも連続している必要はなく、例えば2,5,7の3部位による3点間角度など、任意の3点を選択してよい。
以上のように、各部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度を算出することで、高分子鎖一本の動態を定量化することができる。
一次元の場合:D = MSD / 2t (式1)
二次元の場合:D = MSD / 4t (式2)
ここで、MSDとはMean Squared Displacementの略である。高分子鎖の重心位置(座標)の平均二乗変位と時間から拡散係数を算出することで、ブラウン運動の解析が可能になる。さらに、本発明では高分子鎖一本中の各部位における平均二乗変位と時間から拡散係数を算出することでミクロブラウン運動の解析が可能になる。
他のステップとしては、環境温度を変更することで温度変化による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことにしてもよい。縦軸を拡散係数、横軸を環境温度にとるアレニウスプロットより高分子鎖一本の各部位と基板との相互作用エネルギーを計測することが可能になる。あるいは、溶媒の種類を変更することで、溶媒変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップや、高分子鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことにしてもよい。
以上のように、高分子鎖一本の動態解析方法を用いることで、従来不明確であった接着剤・粘着剤用等の各種高分子の開発指針、即ち、如何なる高分子構造がどのような接着・粘着等の特性を有するのかという高分子構造と機能の相関に関する有用なデータを得ることができる。
本願発明者の独自開発による高速原子間力顕微鏡10はアクチュエータ40が試料ホルダ30に連結し、重量物となる溶液セル20を移動させずに試料ホルダ30を探針51に対して移動させることで高い共振周波数による走査を可能にした点が特徴である。
図13の改良は、ステンレス製の保護プレート100に開口101を設けて、当該開口101内にZアクチュエータ42を挿入した状態で保護プレート100をXYアクチュエータ41のフレーム部41aに固定し、開口101とZアクチュエータ42の間に生じる隙間に弾性接着剤102を充填したものである。溶液セル20中の有機溶媒Sとして揮発性や浸透性の高い溶媒などを用いることがあり、有機溶媒SがZアクチュエータ42としてのピエゾ素子等に接触すると破損が生じるおそれがある。本改良によればZアクチュエータ42が有機溶媒Sにおかされることなく長期間に亘り安定して動態解析を行うことができるようになる。
合成高分子としてかさ高い光学活性なコレステリル基をパラ位に有する置換フェニルアセチレンポリマー[(+)-poly(ChOCAPA)、図14参照]を使用し、THF溶液からマイカ基板表面に高分子鎖を分散した状態で吸着させ、有機溶媒としてノルマルオクチルベンゼン中室温下で高速原子間力顕微鏡を用いて動態画像を取得した(ステップ1)。フレームレートは5 fps(フレーム間隔0.20 s)、撮像時間60秒で計300フレームの静止画像を取得した。画像サイズは横280 nm、縦210 nm、高さ16.8
nmである。
図15は全300フレーム(シーン)のうち第129シーンから第142シーンの計14シーン分の静止画像を示している。紐状構造体の高さは2.8 nmと計測され、分子力場計算で構造最適化したらせんモデルの幅と一致したことから、これは高分子鎖一本であると結論した。紐状構造体からなる高分子鎖一本の微細構造がシーン毎に変化する様子が鮮明に撮影されている。
次に図16に示すように、全300シーンの中から任意の1画像として第129シーンを選択し(ステップ2)、高分子鎖一本に番号付けを行った(ステップ3)。具体的には、高分子鎖一本の重心位置を番号1とし、主鎖の一方の末端を番号2として、他方の端部まで適度な等間隔になるように番号3から順に付していき、主鎖の他方の末端を番号18とした。つまり、高分子鎖の主鎖を16等分するように番号付けを行った。
また、図18の各計測点の変位を元に、重心を示す計測点1の拡散係数D1、高分子鎖の末端を示す計測点2の拡散係数D2、高分子鎖のほぼ中央を示す計測点10の拡散係数D10は、上記式2よりそれぞれ以下のとおり算出された。
D1 = 3.07 nm2/s
D2 = 43.9 nm2/s
D10 = 4.95 nm2/s
高分子鎖の末端の拡散係数(D2)が鎖中央部(D10)の8.9倍高いことが分かった。一方、高分子鎖の末端の拡散係数(D2)は重心(D1)の14倍高いことが分かった。
また、第129シーンにおける番号1〜18の各部位のX座標、Y座標を基準として、他の各シーンの番号1〜18の各部位のX方向への移動量、Y方向への移動量及び移動量(絶対値)を算出し(ステップ5)、これらをグラフ化した(図19の(a)〜(c))。
次に、全300フレーム(シーン)のうち第1シーンから第34シーンまでの静止画像に対して計測点1〜18の変位計測を行った。図22はそのうちの4フレームを抜粋したものである。図23に示すように、(+)-Poly(ChOCAPA)の高分子鎖一本の重心位置を番号1、主鎖の一方の末端を番号2、他方の末端を番号18、中央部を番号10とし、一方の末端から他方の末端まで適度な等間隔になるように番号3から順に付した。つまり、高分子鎖の主鎖の末端から分岐部までを16等分するように番号付けを行った。
計測点1(重心位置),2(鎖末端),10(鎖中央)の拡散係数Dはそれぞれ以下のとおり算出された。
D1 = 2.7 nm2/s
D2 = 110 nm2/s
D10 = 17 nm2/s
これらの拡散係数が上記図18に基づいて算出した値と異なる理由は計測に採用した動画の観測時間帯が異なるためであるが、このことは当該時間スケールで高分子鎖を含む界面の状態に変化が生じていることを示している。すなわち、観測時間帯を変えてMSD-Δt特性を議論することで高分子ダイナミックスの理解を深めることができる。
高分子鎖の末端の拡散係数(D2)が鎖中央部(D10)の6.5倍高いことが分かった。一方、高分子鎖の末端の拡散係数(D2)は重心(D1)の41倍高いことが分かった。なお、拡散係数DはMSD-Δtグラフの傾き/4 (二次元の場合)で与えられる。このことより、上記図18に基づいて算出した値とは異なるものの、相対的な大小関係には変化はなく、高分子鎖動態の解析にはこの程度のタイムスケールで十分であることが支持された。
また、計測点2は計測時間(Δt)内でMSDが1次に増加していることから拡散挙動を示していると言える。一方、計測点18はΔtが1秒までは拡散挙動を示すものの、それ以上のΔtでは、MSDがプラトーとなり分子運動が拘束されていることを示す。
同じ高分子鎖の末端であっても拡散運動する末端もあれば、基板表面との相互作用によって拘束される末端もあることが分かるだけでなく、本発明の動態解析方法ではその程度を計測することができ、さらに、MSD-Δt特性を評価することで高分子鎖中の動態を定量的に明らかにできる。
また、他の解析法として図示は省略するが、MSD-Δtのグラフにおいて各計測点に対してMSDの標準偏差をエラーバーとして表示することにしてもよい。MSDは計測点の二乗変位の平均値であるが、元となる二乗変位データには分布がある。これは計測点変位のばらつきを示す数値であり、当該計測点の固液界面の状態を理解する際に利用できる。
ここで3点間角度(2-4-6)の時間平均をθ2-4-6と表記し、標準偏差をσ2-4-6と表記した。他の計測角についても同様にして表記した。
鎖末端:θ2-4-6 = 135°, σ2-4-6 = 30.0
鎖内部:θ6-8-10 = 160°, σ6-8-10 = 17.2
鎖内部:θ10-12-14 = 62.6°, σ10-12-14 = 26.1
鎖末端:θ14-16-18 = 152°, σ14-16-18 = 20.4
鎖全体:θ2-10-18 = 40.2°, σ2-10-18 = 14.5
固液界面において、(+)-Poly(ChOCAPA)の高分子鎖の両末端共に比較的大きな時間平均角度(θ:135°と152°)を示しており、平均の構造は比較的直線状と言える。一方、標準偏差(σ:30.0と20.1)には差があり運動性の程度に違いがあることが分かった。
また、高分子鎖の内部はドメインによって値が大きく異なった。直線状で動きのやや少ないドメイン(θ:160°, σ:17.2)がある一方で、屈曲性が高く相対的に動きのあるドメイン(θ:62.6°, σ:26.1)が確認され、固液界面における高分子鎖内部の構造動態の多様性が計測された。また(+)-Poly(ChOCAPA)の高分子鎖全体としての特性は、屈曲性が高く動きは比較的少ない(θ:40.2°, σ:14.5)ことが分かった。
MSD-Δt解析は高分子鎖のある1点の動態解析を可能にするが、一方で3点間角度解析は高分子鎖のあるドメインの動態解析を可能にする。3点間角度解析とMSD-Δt解析を組み合わせることで、固液界面における高分子鎖動態に関してより掘り下げた考察が可能となる。また、3点間角度の解析は時間の関数としてグラフ化する手法でもよい。
nmである。高分子鎖一本の重心位置を番号1、主鎖の一方の末端を番号2、分岐部を番号18とし、末端から分岐部まで適度な等間隔になるように番号3から順に付した。つまり、高分子鎖の主鎖の末端から分岐部までを16等分するように番号付けを行った。図28は計測点2,6,10,14,18の運動の軌跡を示すものである。
計測点2(鎖末端),10(鎖中央),18(分岐部)の拡散係数Dはそれぞれ以下のとおり算出された。
D2 = 2.01 nm2/s
D10 = 3.88 nm2/s
D18 = 3.50 nm2/s
鎖末端部の拡散係数(D2)が鎖中央部(D10)の半分程度に低かった原因は、高分子鎖の部位によって基板との相互作用が異なるためであると考察した。
図29は計測点の3 点間角度の変化(図30参照)をヒストグラム化したものであり、固液界面における当該ドメインの屈曲性動態に以下の特徴が見出された。3点間角度(10-14-18)の分布が最も大きな角度(θ10-14-18:165°、σ10-14-18:9.63)を示し、固液界面における当該ドメインの構造に直線性が高いことが分かった。一方、3点間角度(6-10-14)の角度は最も低く(θ6-10-14:129°、σ6-10-14:13.0)、固液界面における屈曲性が比較的高いことが分かった。さらに、標準偏差の値が比較的大きいことから、当該ドメインに様々な形態を取りうる柔軟性が確認される。また、3点間角度(2-6-10)はこれらの中間の値(θ2-6-10:149°、σ2-6-10:10.9)を示した。
また、本発明の動態解析方法を高分子の既存の製造プロセスに組み込むことで、所望の機能を持った高分子材料を精度よく且つ効率的に製造することができる。
図32は比較例の動態画像である。これは高速原子間力顕微鏡を用いて取得した、他の合成高分子フィルム(延伸フィルム)表面の多数の高分子鎖のミクロブラウン運動に関する動態画像の中から13フレームを抜粋したものである。この合成高分子フィルムは、気相法で重合したエチレン/α-オレフィン共重合体(MFR = 4.0 g/10min、密度 = 919 kg/m3)を用い、周知のTダイフィルム成形機を用いて製造したものである。
図31及び図32に基づいて算出した本実施例と比較例の各合成高分子フィルム表面に存在する高分子鎖一本の各重心位置の拡散係数D1及びD2は、上記式2より以下のとおり算出された。
D1
= 1.3 × 102 nm2/s
D2
= 2.0 × 10-1 nm2/s
本実施例の合成高分子フィルムはアクリル系粘着剤を表面に有する粘着フィルムの剥離フィルムとして用いるのに適しており、比較例の合成高分子フィルムは適さないことが分かっている。
粘着フィルムは粘着層と剥離フィルム層の2層構造になっており、使用時に剥がされる剥離フィルム層は粘着層に対する適度な粘着性と高い剥離性という相反した性質を兼ね備えている必要がある。具体的にはJIS Z1528に準拠した90度剥離試験で測定した剥離フィルム層の剥離力が0.02 N/25mm 〜 0.2 N/25mmの範囲内にあることが望ましいところ、本実施例と比較例の合成高分子フィルムの剥離力はそれぞれ0.055 N/25mmと1.13 N/25mmであった。
本実施例における合成高分子フィルムの高分子鎖の拡散係数(D1)は比較例の拡散係数(D2)の650倍である一方、剥離力は1/20倍であることから、本発明の動態解析方法を利用することで本実施例での材料の組み合わせにおいては当該合成高分子フィルム表面の高分子鎖が高い運動性を有する場合には剥離力が低くなり、粘着フィルムの剥離フィルム層として適度な特性となることが分かった。一方、比較例の合成高分子フィルムの剥離力は過度に高く剥離フィルム層として適さないが、これは当該フィルム表面の高分子鎖の運動性の低さに原因があるものと考察される。
本発明により、例えば粘着フィルム表面の高分子鎖の運動性を示す拡散係数D [nm2/s]と剥離力[N/25mm]との相関を明らかにすることができる。
また、本発明の動態解析方法を高分子の既存の製造プロセスに組み込むことで、所望の機能を持った高分子材料を精度よく且つ効率的に製造することができる。
Claims (10)
- 高分子鎖一本の動態画像を取得するステップと、前記動態画像を構成する各静止画像のうち任意の1画像を選択するステップと、選択した静止画像を用いて高分子鎖一本の複数部位に番号付けを行うステップと、前記番号付けを行った部位の変位計測を前記各静止画像に対して行うステップとを備え、更に、前記番号付けを行った部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度及び拡散係数のうち少なくとも一つを算出するステップを備えることを特徴とする高分子鎖一本の動態解析方法。
- 更に、環境温度を変更することで、温度変化による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 更に、溶媒の種類、基板の種類又は溶媒と基板の両者の種類を変更することで、溶媒変更、基板変更又は溶媒と基板の両者の変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 更に、高分子鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 前記高分子鎖一本が、高分子材料表面の高分子鎖一本であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 高分子鎖一本に対して外力を付加することで、引張応力、圧縮応力及びせん断応力のうち少なくとも一つが生じている状態の高分子鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 前記高分子鎖一本の動態画像が、材料加工を行う前の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像と、材料加工を行った後の高分子材料の高分子鎖一本の動態画像であり、両画像を比較しながら解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 高分子が合成高分子であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の高分子鎖一本の動態解析方法。
- 請求項1〜8のいずれか一項に記載の動態解析方法を使用して、高分子鎖一本が所望の構造を備えているか否かを解析する工程を備えることを特徴とする高分子の製造方法。
- 請求項1〜8のいずれか一項に記載の動態解析方法によってデータを得る工程と、当該データに基づき高分子合成反応を制御する工程とを含むことを特徴とする合成高分子の製造方法。
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