JP5807483B2 - 温度測定装置、および温度測定方法 - Google Patents

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Description

本発明は、物体内部の温度を非局所的に測定する装置、およびその方法に関する。
安心・安全な社会実現のため、様々な場面で種々の物理量をセンシングする技術が期待されている。温度(温度分布)は、人間生活にとって最も基本的な物理情報の一つであり、様々な地点での計測が期待される。従来の温度計の種類としては、(1)熱電対、(2)抵抗温度計、(3)水銀温度計、(4)放射温度計、(5)超音波温度計などがある。
(5)超音波温度計については、特許文献1および特許文献2の中で、超音波の放出によって物体内部の温度を非局所的に測定する方法が示されている。いずれの場合も、物体の表面から内部に向かって超音波を照射する。その超音波が対向する面などに反射して帰ってくるまでの時間を計測することで、内部の温度分布を推定することが可能となる。
特開2008−70340号公報 特開平7−77465号公報 特開2009−130070号公報
Jiang Xiao, et al., "Theory of magnon-driven spin Seebeck effect", Physical Review B 81, 214418 Hiroto Adachi, et al., "Gigantic enhancement of spin Seebeck effectby phonon drag", AppliedPhysics Letter 97, 252506
しかし、多くの温度計は、測定端子が設置された地点での局所的な温度しか測定することができなかった。具体的には、(1)〜(3)では、温度を計測したい地点に測定装置の一端もしくは全体を配置する必要があった。(4)放射温度計については、装置を離れた場所に配置して非局所的な温度計測が可能だが、測定できる場所は、赤外線などの電磁波が到達可能な場所に限られていた。
このように、多くの温度計では、物体内部の温度を非局所的に測定することができなかった。例えば壁の表面の温度については、壁に温度計を設置することで測定可能だが、壁の内部の温度については、内部に温度計もしくはその端子を埋め込まない限り測定が不可能だった。
(5)の超音波温度計については、超音波の照射によって、離れた地点の非局所的な温度測定が原理的に可能となる。しかし、この方法では、超音波を発生・検出するための装置が必要で、測定システムが高コストになるという課題があった。
本発明の目的は、非局所的な温度分布を低コストで測定することが可能な装置および方法を提供することにある。
本発明の一側面において、温度測定装置は、磁性体層に取り付けられる電極膜と、電極膜に誘起される起電力を検出する起電力検出部と、起電力に基づいて、電極膜が取り付けられた測定対象の内部の温度分布を推定する温度分布推定部とを備える。
本発明の他の側面において、温度測定方法は、磁性体層に取り付けられた電極膜に誘起される起電力を検出する工程と、起電力に基づいて、電極膜が取り付けられた測定対象の内部の温度分布を推定する工程とを備える。
本発明により、非局所的な温度分布を低コストで測定することが可能な装置および方法が提供される。
第1の実施形態で利用するスピンゼーベック効果の原理の斜視図。 第1の実施形態で利用するスピンゼーベック効果の原理の斜視図。 参考技術における局所的な温度計測方法を示す図。 参考技術における局所的な温度計測方法を示す図。 参考技術における局所的な温度計測方法を示す図。 参考技術における温度分布の計測方法を示す図。 本発明の一実施形態における非局所的な温度計測方法を示す図。 本発明の一実施形態における非局所的な温度計測方法を示す図。 本発明の一実施形態における非局所的な温度計測方法を示す図。 第1の実施形態における温度計測方法を示す図。 第1の実施形態における温度測定装置の斜視図。 第1の実施形態における温度測定装置の実施例を示す図。 第1の実施形態における温度測定装置の実施例を示す図。 第1の実施形態における温度測定装置の別の実施例を示す図。 第1の実施形態における温度測定装置の別の実施例を示す図。 第2の実施形態における温度測定装置の斜視図。 第2の実施形態における温度測定装置の斜視図。 第2の実施形態の非局所的な温度計測方法を示す図。 第2の実施形態の非局所的な温度計測方法を示す図。 第2の実施形態の非局所的な温度計測方法を示す図。 第2の実施形態における温度測定装置の実施例を示す図。 第2の実施形態における温度測定装置の実施例を示す図。 第2の実施形態における温度測定装置の別の実施例を示す図。 第2の実施形態における温度測定装置の別の実施例を示す図。 本発明の第1の実施形態における温度計算部を示す。
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
本発明の一実施形態における温度測定装置は、電極膜と磁性体層とからなる温度測定装置であって、磁性体層から測定対象にわたって分布する温度勾配に起因するスピンゼーベック効果によって、熱起電力が電極膜に誘起される。この熱起電力信号の符号と大きさを観測することで、磁性体層および測定対象における温度分布を推定する。
さらに、本発明の別の実施形態である温度測定装置は、電極膜と磁性体層とからなる温度分布測定素子を、測定対象に成膜した構造からなる。温度分布測定素子では、磁性体層から測定対象にわたって分布する温度勾配に応じて、スピンゼーベック効果に伴う熱起電力が電極膜に誘起される。この信号を観測することで、磁性体層および担体における温度分布を推定する。
特に、電極膜の近傍で局所的な絶対温度を計測する従来温度計を併用することで、電極膜から離れた内部地点における(絶対)温度を推定することが可能となる。
[第1の実施形態:温度測定装置]
〔スピンゼーベック効果の原理〕
まず、本発明の温度測定装置の基本動作を説明するために、特許文献3(特開2009−130070号)などで示されているスピンゼーベック効果の構成・原理について、図1Aと図1Bを参照して説明する。スピンゼーベック素子の基本的な素子構造は、基板上に成膜した磁化Mを有する磁性体層と、その上部に配置された金属膜とからなる。このような構造に対して面直方向の温度勾配を図面z方向に印加した場合、金属膜と磁性体層の間の界面にスピン流が誘起される。このスピン流を、金属膜における逆スピンホール効果によって電気的な起電力に変換することで、「温度勾配から熱起電力を生成する熱電変換」が可能となる。
非特許文献1(Physical Review B 81,214418)で示されている、微視的な(スピン系の素励起である「マグノン」自由度を用いて熱電変換を記述する)スピンゼーベック理論によると、金属膜/磁性体層界面において誘起されるスピン流Jsは、この界面における「格子温度Tp」と「マグノン温度Tm」の間の温度差ΔTmp=Tp−Tmによって駆動されることが分かっている。ここで、格子温度Tpとは熱による格子振動(フォノン)の大きさを表すパラメータ(通常の意味での「温度」)で、マグノン温度Tmとはスピンの熱運動の激しさを表すパラメータに相当する。
図1Aは、磁性体層状に電極膜が形成された素子において、面直方向に温度勾配が無い(すなわち温度が一様である)熱平衡状態の場合を示す。このように素子全体が一様な温度にある場合、マグノン系はフォノン系と熱平衡状態にあるため、格子温度Tpとマグノン温度Tmは常に等しく(ΔTmp=0)、スピン流は駆動されない。したがって、金属膜において起電力は生じない。
これに対し、図1Bのように、素子の面直方向(図面z方向)に温度勾配を印加した場合(上部を一様に加熱するなどの工程によって、素子の上面と底面の間に温度差ΔTを印加した場合)を考える。このとき磁性体中においては、格子温度(通常の「温度」)は熱伝導率等で決まる温度勾配を示す。その一方、スピンの熱運動を表すマグノン温度は、以下の2つの理由から、格子温度とは異なる非平衡的な温度分布を持つ。
(1)強磁性体やフェリ磁性体中では多くのスピンが相互作用して協調運動する。
(2)マグノン運動は環境(熱浴)との相互作用が小さい(熱浴に対して非平衡のまま伝播可能)。
特に、マグノンと環境との相互作用が小さい状況(より具体的には、マグノン緩和長λが磁性体層の厚さtより十分大きい状況)では、マグノンはフォノン散乱をほとんど受けず(熱浴と非平衡の状態で)磁性体中を移動できる。そのため単純近似の下では、マグノン温度は磁性体層全体の温度分布を積分した値を持つと考えてよい。
具体的には、図1Bのような構造の素子において、金属膜/磁性体層界面をz=0とする座標系を採用すると、マグノン温度は以下のような積分形で記述できる。
Figure 0005807483
tは磁性体層の厚みである。一方、界面での格子温度は、この地点(z=0)での局所的な温度で定義される。
Figure 0005807483
この結果、図1Bのように磁性体中に温度勾配(もしくは不均一な温度分布)が存在する場合には、Tm≠Tpとなり、界面で有限の格子−マグノン温度差ΔTmp=Tp−Tmが生じることになる。従って、この温度差ΔTmpを駆動源として、磁性体層から金属膜へと界面スピン流Jsがポンピングされる。具体的には、スピン流Js(ベクトル量)は以下のようにΔTmpに比例する(eは面直方向の単位ベクトル)。
Figure 0005807483
以上が、先に述べたスピンゼーベック効果の微視的な駆動メカニズムである。
この熱駆動されたスピン流Jsが、金属膜における逆スピンホール効果によって電場信号EISHEに変換されることで、金属膜の端部間には起電力信号Vが生じる。ここで、電場EISHEとスピン流Js、磁化M(いずれもベクトル量)との関係は、以下の式で与えられる。
Figure 0005807483
ここで、θSHはスピンホール角(電流−スピン流間の変換効率に相当)、ρは金属膜のシート抵抗を表す。この式が示すように、熱誘起された電場EISHEは、スピン流Jsと磁化Mの両方に垂直な方向に生じる。従って、金属膜面において生じる熱起電力Vも、スピン流及び温度勾配の方向(z方向)と磁化方向(x方向)にそれぞれ垂直な方向(y方向)に生じる。端子間の距離をLとすると、熱起電力Vは電場EISHEの積算信号として、以下のように表される。
Figure 0005807483
上記の一連の議論から、熱起電力Vは以下のような式で表すことが可能となる。
Figure 0005807483
ここで、βmagnon(V/Km)は金属膜や磁性体層の材料などによって決まる固有の比例定数(熱起電力生成係数)であり、あらかじめ評価可能なパラメータである。
従って、上式において、βmagnon、t、Lは既知のパラメータであることから、T(0)を別途測定しておくことで、次式で示される磁性体層内部の温度分布の積分値(以後、「積分温度」と呼ぶ)に応じた(一対一に対応した)熱起電力Vが得られる。
Figure 0005807483
具体的には、金属/磁性体界面の局所温度T(0)と、磁性体内部での積分温度TIntとの大小関係によってVの符号が決定され、その差によってVの大きさが決定される。したがって、起電力の符号に基づいて、測定対象の電極膜側の表面の温度に対して内部の温度が高いか低いかを推定することができる。さらに、起電力の大きさによって、表面温度に対する内部温度の温度差を推定することができる。測定対象の表面の温度と内部の温度との差を推定することができる。
なお、ここでは磁性体の形状として、単純な直方体を仮定したが、任意形状の場合は、上記の積分温度は、以下のような3次元的な体積分で置き換えるものとする。ここで、Vは磁性体部分の体積を表す。
Figure 0005807483
〔スピンゼーベック効果を用いた非局所温度計測〕
上記の原理に基づき、本実施形態における非局所計測方法について説明する。この方法では、磁性体材料からなる測定対象物体の厚さ方向の温度分布を測定する。
図面を参照して、本実施形態における非局所温度測定方法と、参考技術の一例における局所温度測定方法について、それぞれ具体的な温度計測場面に即して説明する。図2A〜2Cは局所温度測定方法を示し、図3A〜図3Cは局所温度測定方法を示す。
計測対象の表面は常にT(0)=20℃とする。内部(z>0)については、図2A、図3Aは内部のほうが温度が高い場合を示す。図2B、図3Bは内部まで温度が一定の場合を示す。図2C、図3Cは内部のほうが温度が低い場合を示す。
図2A〜図2C(参考例として、通常の局所温度計10を用いた方法)の場合、磁性体層2の一方の側(z=0)に局所温度計を配置しただけでは、計測が可能なのはこの表面部分での局所的な温度に限定される。すなわち、計測地点における温度T(0)は得られるが、磁性体層内部の温度T(z)(0<z<t)や、磁性体層の他方の側の温度T(t)を得ることはできない。
このため、表面温度がT(0)=20℃であることが測定できても、内部温度分布が図2A〜図2Cのいずれの状況にあるのかを測定・区別することができない。これを行うには、図2Dのように、磁性体層の反対側の面(z=t)や、その内部(0<z<t)の温度情報を得たい場所に直接、局所温度計10を設置する必要がある。
これに対し、本発明のスピンゼーベック効果に基づく温度計測では、図3A〜図3Cに示すように、測定対象内部の温度分布情報を、熱起電力信号をもとに推定することが可能となる。具体的には、例えば図3Aの場合、測定対象における温度勾配を反映して、高温側から電極膜にスピン流が流れ込む。その結果、電極膜の両端では+Vの熱起電力が生じる。逆に図3Cの温度勾配では、反対に電極膜から低温側へとスピン流が流れ出す。その結果、電極膜の両端では逆符号(−V)の熱起電力が生じる。図3Bの場合では、測定対象に温度勾配が生じない。その結果、電極膜には熱起電力が生じない。更に、この熱起電力の大きさから、内部での温度分布(温度勾配)に関する情報を得ることができる。
〔温度計測手順〕
次に、このような温度分布を計測する際の手順を、図4を参照して説明する。まず、計測前の事前作業として、以下の準備を行う。
(1)βmagnon等の計測素子固有の係数については、事前のキャリブレーション作業によって決定しておく(S1)。このキャリブレーションは、例えば次のように行われる。一般的な温度計の端子を測定対象の表面と内部に配置して表面温度と内部温度を測定し、それと共に電極膜3に発生した熱起電力を測定し記録する。この記録を、測定対象に印加する温度の条件を変更して複数回行うことによって、熱起電力と内部温度に関するキャリブレーション表を作成することができる。
(2)測定対象の形状(後述するような平板や円筒など)に応じた温度分布モデル(T(z)やT(r)等)についても、必要に応じてあらかじめ選択・用意しておく(S2)。
これらの事前作業を行った後で、以下のような手順で対象物の温度計測を行う。
(3)まず、局所温度計を用いて、測定対象の少なくとも1点の局所的な温度(例えば、z=0における温度T(0))を測定する(S3)。
(4)次に、測定対象内部での温度勾配に起因するスピンゼーベック熱起電力Vを、電極膜上で計測する(S4)。
(5)これらの情報をもとに、上で述べた式を用いて、磁性体内部の積分温度Tintを決定する(S5)。
(6)最後に、(2)で用意した温度分布モデルと、(3)で測定した少なくとも一点の局所温度(T(0))、および(5)で求めた積分温度Tintから、温度分布T(z)を定量的に推定する(S6)。
このように、スピン流熱電変換を利用することで、測定対象内部の温度勾配を推定することが可能となる。さらに、これに従来の局所温度計10を併用することで、内部の絶対温度を決定することが可能となる。
〔装置構造〕
本実施形態の温度測定装置および温度計測方法では、上記のスピンゼーベック効果を利用することで、磁性体内部の温度の推定を可能とする。
まず、本発明の第1の実施形態の構成について図5を参照して詳細に説明する。本実施形態における温度測定装置は、温度勾配から熱起電力を生成するスピンゼーベック素子を用いる。スピンゼーベック素子は、スピン軌道相互作用を有する電極膜3と、磁性体層2と、からなる。磁性体層2に面直温度勾配が印加されると、スピンゼーベック効果によってこの方向に誘起されたスピン流が電極膜に流れ込み、電極中での逆スピンホール効果によって、温度勾配に垂直な(面内方向の)電圧(熱起電力)信号として観測できる。この電圧信号は、電極膜3の一端に設けられる端子7と他端に設けられる端子9の間に接続される電圧計によって検出される。
さらに、このスピンゼーベック素子に加えて、局所的な絶対温度を測定するための局所温度計10を必要に応じて併用する。以下の実施例に示すように、熱起電力検出用の電極膜3を、局所温度を測定するための抵抗式温度計として兼用する構成も可能であり、その構成では、局所温度計10を電極膜3と別に形成することなく、局所的な絶対温度を測定することが可能である。温度の絶対値に関する情報が不要な場合は、局所温度計10は無くても良い。
端子7、端子9、局所温度計10に、温度計算部11が接続される。図12は、温度計算部11の機能ブロック図であり、このような機能はパーソナルコンピュータ等の計算機によって実現できる。温度計算部11は、起電力検出部12と、温度分布推定部13と、キャリブレーション情報格納部14とを備える。温度検出部12は、端子7と端子9との間の電圧を検出し、その検出値を示す電圧情報を生成する。キャリブレーション情報格納部14は、電圧の検出値(及び必要に応じて局所温度計10による局所温度の検出値)と、対象物(この例の場合は、磁性体層2)の温度分布との対応関係を関数やテーブルなどの形式で予め格納する。このような温度計算部11は、後述する他の実施形態においても同様に適用できる。
温度分布推定部13は、端子7と端子9の間の電圧(及び必要に応じて局所温度計による検出温度)が検出されると、キャリブレーション情報格納部14に格納された対応関係に基づいて、対象物の内部(厚さ方向)の温度分布に関する情報を生成して出力する。このような構成により、測定対象の厚さ方向の温度勾配に起因して磁性体層と電極膜との間に発生するスピンゼーベック効果によって誘起される熱起電力を観測することで、その温度勾配を推定することが可能となる。
磁性体層2の材料としては、磁性(磁化)を有する材料であれば、詳細は問わない。例えば鉄やニッケルなどの単元素金属材料や、パーマロイや希土類磁石などの合金金属材料、ガーネットフェライトやスピネルフェライトなどの酸化物材料などが適用できる。
磁性体層2は、膜面に平行な一方向に磁化を有しているものとする。実用上は、磁性体層2としては、保磁力を有する材料もしくは構造を用いることが望ましい。最初に、電極膜3において熱起電力Vを取り出す方向と垂直な磁性体層面内の1方向に外部磁場を印加することにより、磁化方向を初期化しておく。このように一旦初期化してしまえば、磁性体層2はこの方向に自発磁化を保持することから、その後は磁場ゼロ下においても熱電変換動作が可能となる。様々な電磁場環境下で安定して利用するため、上記保磁力は50Oe以上であることが望ましい。
電極膜3は、逆スピンホール効果を用いて熱起電力を取り出すために、スピン軌道相互作用を有する材料を含んでいる。例えばスピン軌道相互作用の比較的大きなAuやPt、Pd、Irなどの金属材料、またはそれらを含有する合金材料を用いる。また、Cuなどの一般的な金属膜材料に、Au、Pt、Pd、Irなどの材料を0.5〜10%程度ドープするだけでも、同様の効果を得ることができる。このような電極膜3は、スパッタや蒸着などの方法で成膜する。また、インクジェット法やスクリーン印刷法などで作製することもできる。
スピン流を高い効率で無駄なく電気に変換するためには、電極膜3の厚さは、少なくとも金属材料のスピン拡散長以上に設定するのが好ましい。例えばAuであれば50nm以上、Ptであれば10nm以上に設定するのが望ましい。
本実施形態のように、熱電効果を電圧信号として利用するセンシング用途では、電極膜3のシート抵抗が大きいほうが大きな熱起電力信号が得やすい。そのため膜厚は金属材料のスピン拡散長程度に設定するのがより好ましい。従ってその場合、例えばAuであれば50〜150nm程度、Ptであれば10〜30nm程度が望ましい。局所温度計10としては、熱電対温度計や抵抗式温度計、サーミスタ温度計、放射式温度計などを利用することができる。
〔具体的な実施例1:無限平板における内部温度の推定〕
ここでは、板形状の測定対象(厚さt)を仮定して、対象物の手前側(z=0)から奥側(z=t)までの温度分布T(z)を推定する非局所温度測定方法について、具体例をもとに説明する。
ここでは動作実証のために、図6Aに示したサンプルを用いた。測定対象(磁性体層2)としては、イットリウム鉄ガーネット(YIG、組成はYFe12)からなるスラブを用いている。スラブの厚さt=1mmで、サイズは10×10mmである。電極膜3としては厚さ15nmのPtを用いており、電極長さはL=4mm、電極幅はw=1mmである。
なお、ここではスラブの面直方向(図面のz方向)に温度勾配が生じている状況を想定しており、面内方向(図面のxy方向)には大きな温度勾配がないものとする。
以下、図4の手順に基づいて、温度分布計測を行った。
(1)既知の熱源を用いて測定系の事前キャリブレーションを行い、熱起電力生成係数がβmagnon=2.5×10−4V/Kmであることを導出した。
(2)今回の測定対象の場合、厚さtに対して面積が十分大きいことから、単純な無限平板形状とみなして、図6Bに示す以下の温度分布モデルを仮定した。
Figure 0005807483
(3)次に、サンプルの上側表面(z=0)における局所温度T(0)の測定を行った。本実施例では局所温度測定方法として、電極膜3として用いているPt膜を抵抗式温度計(Ptの抵抗が温度によって変化することを利用した局所温度計測方法)として活用し、その抵抗値からT(0)=20Kを得た。
(4)さらに、サンプル内部温度の推定のために、スピンゼーベック効果に起因する熱起電力Vを端子7と端子9間に接続した電圧計により計測し、V=5μVを得た。
(5)これによって、前述の式にβmagnon、T(0)、Lの値を代入することで、以下の積分温度を求めた。
Figure 0005807483
を求めた。
(6)これから、(2)の温度分布モデルをもとにT(z)=20+10zであることを決定した(zの単位はmm)。
〔具体的な実施例2:無限円筒における内部温度の推定〕
次に、配管などの無限円筒(内径r、外形r)を仮定して、円筒外側の温度T(r)から、円筒内側の温度T(r)を推定する方法について説明する。
動作実証のために、図7A、図7Bに示したサンプルを用いた。測定対象(磁性体層2)としては、Mn−Znフェライト(組成は(Mn,Zn)Fe)からなる円筒を用いている。円筒の厚さ5mmで、内径がr=10mm、外形がr=15mmである。電極膜3としては厚さ15nmのPtを用いており、円筒を巻くように成膜されている。電極長さはL=90mm、電極幅は4mmである。
このような円筒の内部(中心部)に、高温流体に相当する熱源が存在しており、円筒軸から放射状に温度勾配が生じている。
以下、図4の手順に基づいて、温度分布計測を行った。
(1)まず、既知の熱源を用いて測定系の事前キャリブレーションを行い、熱起電力生成係数がβmagnon=1.2×10−4V/Kmであることを導出した。
(2)今回の測定では厚さに対して円筒長さが十分大きいことから、単純な無限円筒形状とみなして、以下の温度分布モデルを仮定した。なお、ここでは熱源が円筒中心に位置することから、円筒軸に対する回転対称性を仮定している。
Figure 0005807483
(3)次に、サンプルの上側表面(r=r)における局所温度T(r)の測定を行った。本実施例では局所温度測定方法として、電極膜3として用いているPt膜を抵抗式温度計(Ptの抵抗が温度によって変化することを利用した局所温度計測方法)として活用し、その抵抗値からT(r)=40Kを得た。
(4)さらに、サンプル内部温度の推定のために、スピンゼーベック効果に起因する熱起電力Vを電圧計により計測し、V=93.5μVを得た。
(5)これによって、前述の式にβmagnon、T(0)、Lの値を代入することで、以下の積分温度を求めた。
Figure 0005807483
(6)これから、(2)の温度分布モデルをもとにT(r)=−49.4ln(r)+173.7であることを決定した(rの単位はmm)。
[第2の実施形態]
〔スピン流のフォノンドラッグ効果:非磁性体中の温度勾配に起因する熱起電力生成〕
第1の実施形態で説明したような、マグノンによって誘起されるスピンゼーベック効果を用いた温度計測手法においては、温度を計測する対象は磁化を有する磁性体に限定される。しかし、フォノンとの非局所的な相互作用を通してスピン流が駆動・増強されるフォノンドラッグ効果を利用すれば、非磁性体の温度分布の測定も可能となる。
ここで言うフォノンドラッグとは、基板などの担体上に形成された電極膜/磁性体層構造におけるスピン流が、担体を含めた素子全体のフォノンと非局所的に相互作用する現象を指す(参考文献:引特許文献2(Applied Physics Letter 97, 252506.))。このフォノンドラッグ過程を考慮すると、薄い膜におけるスピン流が、前記フォノンとの非局所相互作用を介して、これよりはるかに厚い基板中の温度分布を感じることができるために、実効的な熱電効果が大きく増大する。すなわち、磁性体層部分の温度分布(印加される温度勾配)だけでなく、非磁性の担体などにおける温度分布(温度勾配)もスピン流の熱駆動に寄与し、熱起電力が電極膜中に生成される。
このフォノンドラッグの寄与を考慮すると、図8A、図8Bに示す構造のサンプルにおいて、以下のような熱起電力が得られる。
Figure 0005807483
ここで、βphonon (V/Km)はβmagnon と同様に、電極膜や磁性体層の材料などによって決まる固有の比例定数であり、あらかじめ評価可能なパラメータである。
上式のように、t≦z≦t+Dの範囲にわたる(非磁性の)測定対象4における温度分布T(z)も、フォノンドラッグ効果によって、熱起電力Vに寄与する。なお、0≦z≦tにおける磁性体層2内部においてもフォノンドラッグ効果は存在するが、ここでは係数βmagnon の中にそのフォノン寄与も押し込めて定式化している。
磁性体層2が測定対象4に対して極めて薄い磁性体膜22である場合(t≪D)には、磁性体中の温度分布はT(z)〜T(0)とみなせることから、上記の式の第一項は無視しても差し支えない。その場合、Vは以下の式で表すことができる。
Figure 0005807483
〔フォノンドラッグ効果を利用した非磁性測定対象の非局所温度計測〕
上式を利用すれば、第1の実施形態で説明した図4の手順に従うことで、測定対象4における温度分布T(z)の測定が可能となる。
具体的には図9A〜図9Cに示すように、電極膜と磁性体層からなるスピンゼーベック素子構造を、測定対象の表面に成膜することで、内部の温度分布情報を得ることができる。例えば図9Aの場合、非磁性のフォノン伝導体20(測定対象4に相当する)における温度勾配を反映して、高温側から電極膜にスピン流が流れ込む。その結果、電極膜の両端では+Vの熱起電力が生じる。逆に図9Cの温度勾配では、反対に電極膜から低温側へとスピン流が流れ出す。その結果、電極膜の両端では逆符号(−V)の熱起電力が生じる。図9Bの場合では、測定対象に温度勾配が生じない。その結果、電極膜には熱起電力が生じない。この熱起電力の大きさは、上述のフォノンドラッグ効果を通して、測定対象4における温度勾配を反映したものとなる。したがって、この熱起電力をもとに、内部での温度分布に関する情報を得ることが可能となる。
磁性体層22の具体的な材料としては、例えばガーネットフェライトやスピネルフェライトなどの酸化物磁性材料を適用することができる。このような磁性絶縁体結晶膜構造は、有機金属分解法(MOD法)やゾルゲル法といった湿式プロセスによって、様々な基板上に作製することができる。電極膜3および局所温度計10としては、第1の実施形態と同様のものを用いることができる。測定対象4の材料・構造については、特に詳細は問わない。
図8Aの構成では、測定対象4の上に磁性体膜22が密着して形成され、磁性体膜22の上に電極膜3が形成される。しかしながら、これら構成要素の位置関係はこれに限られない。例えば、測定対象4の上に電極膜22を形成し、その電極膜22の上に磁性体膜22を形成する構成によっても、同様に電極膜22の熱起電力に基づいて測定対象4の内部温度を推定することができる。また本実施形態において図5のように局所温度計10を配置することも効果的であり、局所温度計は測定対象/磁性体膜/電極膜の積層構造と一体になっていたり、その積層構造の中に積層することによって形成されていてもよい。
〔具体的な実施例3〕
本実施形態に係る具体的な一実施例を図10A、図10Bに示した。ここでは、測定対象4として厚さD=1mm、サイズ15×15mmの石英ガラス基板を用いており、磁性体層22としてビスマス置換イットリウム鉄ガーネット(Bi:YIG、組成はBiYFe12)を用いている。
Bi:YIG膜は、有機金属分解法(MOD法)により成膜する。ここで用いる原料溶液では、適切なモル比率(Bi:Y:Fe=1:2:5)からなる金属原材料が、カルボキシ化された状態で酢酸エステル中に3%の濃度で溶解されている。この溶液をスピンコート(回転数800rpm、30s回転)で石英ガラス基板上に塗布し、150℃のホットプレートで5分間乾燥させた後、電気炉中で700℃の高温(大気雰囲気下)で10時間アニールさせる。これにより、石英ガラス基板中に膜厚t=100nmのBi:YIG膜が形成される。電極膜3としては厚さ15nmのPtをスパッタで成膜しており、電極長さはL=4mm、電極幅はw=1mmである。
以下、図4の手順に基づいて、温度分布計測を行った。
(1)まず、既知の熱源を用いて測定系の事前キャリブレーションを行い、熱起電力生成係数がβphonon=1×10−4 V/Kmであることを導出した。
(2)今回の測定対象では、厚さDに対して面積が十分大きいことから、単純な無限平板形状とみなして、以下の温度分布モデルを仮定した。
Figure 0005807483
(3)次に、サンプルの上側表面(z=0)における局所温度T(0)の測定を行った。本実施例では局所温度測定方法として、電極膜3として用いているPt膜を抵抗式温度計(Ptの抵抗が温度によって変化することを利用した局所温度計測方法)として活用し、その抵抗値からT(0)=40Kを得た。
(4)さらに、サンプル内部温度の推定のために、スピンゼーベック効果に起因する熱起電力Vを電圧計により計測し、V=3μVを得た。
(5)これによって、前述の式にβphonon、T(0)、Lの値を代入することで、以下の積分温度を求めた。
Figure 0005807483
(6)これから、(2)の温度分布モデルをもとにT(z)=40+15zであることを決定した(zの単位はmm)。
このようにして、極めて薄い電極/磁性体膜を成膜するだけで、測定対象内部の温度分布の測定が可能となった。特に、1μm以下の薄膜の場合、これを取り付けることによる測定対象の内部温度分布の変化が小さいことから、精度の高い非破壊温度計測が可能となる。
〔具体的な実施例4〕
次に、別の実施例として、非磁性金属であるCuからなる円筒を測定対象22として、同様の温度計測を行った。図11A、図11Bに示すように、円筒の厚さは5mmで、内径がr=10mm、外形がr=15mmである。本実施例でも、表面に成膜する磁性体層22としてビスマス置換イットリウム鉄ガーネット(Bi:YIG、組成はBiYFe12)を、電極膜3としてPtをそれぞれ用いている。
円筒のような曲面上に磁性体層22を成膜するために、本実施例ではエアロゾルデポジション法を用いてBi:YIG層を形成した。具体的には、Bi:YIG原料として直径約800nmのBi:YIG微粒子を用意し、この微粒子を成膜用ノズルから約300m/s程度の速度でCu円筒表面に吹き付けることで、膜厚1μmのBi:YIG多結晶膜を形成した。
以下、図4の手順に基づいて、温度分布計測を行った。
(1)まず、既知の熱源を用いて測定系の事前キャリブレーションを行い、熱起電力生成係数がβmagnon=4×10−5 V/Kmであることを導出した。
(2)今回の測定では厚さに対して円筒長さが十分大きいことから、単純な無限円筒形状とみなして、以下の温度分布モデルを仮定した。なお、ここでは熱源が円筒中心に位置することから、円筒軸に対する回転対称性を仮定している。
Figure 0005807483
(3)次に、サンプルの上側表面(r=r)における局所温度T(r)の測定を行った。本実施例では局所温度測定方法として、電極膜3として用いているPt膜を抵抗式温度計(Ptの抵抗が温度によって変化することを利用した局所温度計測方法)として活用し、その抵抗値からT(r)=40Kを得た。
(4)さらに、サンプル内部温度の推定のために、スピンゼーベック効果に起因する熱起電力Vを電圧計により計測し、V=23.4μVを得た。
(5)これによって、前述の式にβmagnon、T(0)、Lの値を代入することで、以下の積分温度を求めた。
Figure 0005807483
(6)これから、(2)の温度分布モデルをもとにT(r)=−37ln(r)+144.3であることを決定した(rの単位はmm)。
以上、幾つかの実施形態について説明したが、本願発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、当業者ならば本願発明の範囲で他の様々な変形を行うことが可能である。例えば、本願明細書で説明した実施形態・実施例を互いに矛盾しない範囲で組み合わせることが可能である。
2 磁性体層
3 電極膜
4 測定対象(担体)
7,9 端子
10 局所温度計
11 温度計算部
12 起電力検出部
13 温度分布推定部
14 キャリブレーション情報格納部
20 フォノン伝導体
22 磁性体膜

Claims (13)

  1. 磁性体層に取り付けられる電極膜と、
    前記電極膜に誘起される起電力を検出する起電力検出部と、
    前記起電力に基づいて、前記電極膜が取り付けられた測定対象の内部の温度分布を推定する温度分布推定部と
    を具備し、
    前記温度分布推定部は、前記起電力の符号に基づいて、前記測定対象の前記電極膜側の表面の温度に対する内部の温度の高低を推定する
    温度測定装置。
  2. 前記起電力は、前記測定対象の厚さ方向の温度勾配に起因して前記磁性体層と前記電極膜との間に発生するスピンゼーベック効果によって前記電極膜に誘起される
    請求項1に記載の温度測定装置。
  3. 前記温度分布推定部は、前記起電力の大きさに基づいて、前記測定対象の前記電極膜側の表面の温度と内部の温度との差を推定する
    請求項1または2に記載の温度測定装置。
  4. 更に、前記電極膜に誘起される起電力と、前記測定対象の内部の温度分布との対応関係をキャリブレーション情報として予め格納するキャリブレーション情報格納部を具備し、
    前記温度分布推定部は、前記キャリブレーション情報に基づいて前記温度分布を推定する
    請求項1から3のいずれかに記載の温度測定装置。
  5. 更に、電極膜の近傍で局所的な絶対温度を計測する局所温度計測部を具備し、
    前記温度分布推定部は、前記局所温度計測部が計測した前記局所的な絶対温度を用いて前記温度分布を推定する
    請求項1から4のいずれかに記載の温度測定装置。
  6. 前記温度分布推定部は、前記起電力に基づいて、前記電極膜における局所的な絶対温度を計測し、計測された前記局所的な絶対温度を用いて前記温度分布を推定する
    請求項1から4のいずれかに記載の温度測定装置。
  7. 前記電極膜が、スピン軌道相互作用を有する材料を含む
    請求項1から6のいずれかに記載の温度測定装置。
  8. 前記磁性体層は、面内方向の磁化を有している
    請求項1から7のいずれかに記載の温度測定装置。
  9. 前記磁性体層が保磁力を有する
    請求項1から8のいずれかに記載の温度測定装置。
  10. 前記測定対象は、前記磁性体層である
    請求項1から9のいずれかに記載の温度測定装置。
  11. 前記測定対象は、前記磁性体層と前記電極膜とを具備する積層構造が取り付けられた非磁性体である
    請求項1から9のいずれかに記載の温度測定装置。
  12. 磁性体層に取り付けられた電極膜に誘起される起電力を検出する工程と、
    前記起電力に基づいて、前記電極膜が取り付けられた測定対象の内部の温度分布を推定する工程とを具備し、
    前記推定する工程は、
    前記起電力の符号に基づいて、前記測定対象の前記電極膜側の表面の温度に対する内部の温度の高低を推定する工程
    を具備する
    温度測定方法。
  13. 前記起電力は、前記測定対象の厚さ方向の温度勾配に起因するスピンゼーベック効果によって前記電極膜に誘起される
    請求項12に記載の温度測定方法。
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